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関連ワード 技術的範囲 /  実施料相当額 /  時効 /  援用権(援用) /  技術的意義 /  均等 /  均等論 /  置き換え /  置換 /  置換可能性 /  置換容易性 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  侵害 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 13年 (ネ) 3773号 損害賠償請求控訴事件
控訴人(1審原告) 古野電気株式会社
訴訟代理人弁護士 内田修
同 内田敏彦
被控訴人(1審被告) 株式会社光電製作所
訴訟代理人弁護士 尾崎英男
裁判所 大阪高等裁判所
判決言渡日 2002/09/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における予備的請求を棄却する。
3 当審における訴訟費用は,全て控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨等
1 原判決を取り消す。
2(主位的請求) 被控訴人は,控訴人に対し,3億8445万7300円及びこれに対する平成10年8月6日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3(予備的請求) 被控訴人は控訴人に対し,2億8740万1000円及びこれに対する平成14年1月16日(平成13年12月25日付け控訴人準備書面送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 仮執行宣言
事案の概要
1 本件は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人の製造,販売した製品が,いずれも控訴人の後記甲発明及び乙発明の技術的範囲に属するとして,主位的に民法709条,特許法102条3項に基づき,3億8445万7300円の損害賠償金の支払,予備的に民法703条,特許法102条3項に基づき,2億8740万1000円の不当利得返還金の支払を求めた事案である。
原審は,被控訴人の製造,販売に係るイ号ないしホ号物件は,いずれも,甲発明及び乙発明の構成要件のうち「蓄積記憶回路」を具備しないとして,控訴人の被控訴人に対する請求(主位的請求)を棄却したので,控訴人が控訴した。
なお,控訴人は,当審において,上記損害賠償請求権が時効により消滅したと判断された場合に備えて,予備的に不当利得返還請求権に基づく請求(予備的請求)を追加した。
2 本件の前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり付加,訂正等するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第2の1から3まで(1頁24行目〜6頁8行目)及び第3(6頁9行目〜49頁8行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決の訂正等 ア 5頁5行目の「I、」の次に「K、」を加える。
イ 5頁7行目の「特許法102条3項」から同頁8行目末尾までを「主位的に民法709条,特許法102条3項に基づき,3億8445万7300円の損害賠償金,予備的に民法703条,特許法102条3項に基づき,2億8740万1000円の不当利得返還金の支払を求めた。」と改める。
ウ 8頁13行目の「(以下,乙発明の構成要件Hも同じ。)」を削る。
エ 17頁22行目の「(3)」を「(2)」と,18頁9行目の「(4)」を「(3)」と各改める。
オ 30頁5行目の「表示画面位置」を「表示画面中央位置」と改める。
カ 33頁9行目の「XY座標軸」を「XY座標値」と改める。
キ 34頁6行目の「緯度の値」の次に「及び経度の値」を加える。
ク 37頁19行目の「支持する」を「指示する」と改める。
ケ 38頁14行目の「現在位置を」の次に「表す点とを」を加える。
コ 46頁15〜16行目の「「書き換え」動作」を「「置き換え」動作」と改める。
サ 49頁8行目の次に,改行の上,次のとおり加える。
「【控訴人】 仮に,被控訴人が被控訴人製品を本件訴訟提起の日(平成10年7月31日)の3年以上前に販売したことに基づく甲特許権及び乙特許権の侵害を理由とする損害賠償請求権が時効により消滅しているとしても,被控訴人が平成2年3月1日から同7年7月31日までの間に販売した被控訴人製品の売上金額は,少なくとも57億4802万9000円であるところ,甲発明及び乙発明の実施料相当額を算出するための料率は,両発明を合わせて5%を下ることはないから,控訴人は,被控訴人に対し,民法703条,特許法102条3項に基づき,次式のとおり2億8740万1000円の不当利得返還請求権を有する。
5,748,029,000円×5%=287,401,000円 【被控訴人】 上記控訴人の主張は争う。」 (2) 当審における付加主張 (控訴人) ア 甲発明及び乙発明(両発明を合わせて,以下「本件各発明」という。)にいう「蓄積」の意義等について (ア) 本件各発明における「蓄積記憶回路」(甲発明においては構成要件A,乙発明においては構成要件H。以下同じ。)に航行位置データ(甲発明においては絶対航行位置データ。以下同じ。)を蓄積する目的は,@表示画面上のリアルタイム航跡表示,Aマーカ表示要素の生成(甲発明の場合のみ。以下同じ。),B画面書換え時における過去航跡の再生描画の,二つないし三つの目的・機能(以下,@ないしBとのみ表記する場合も,上記@ないしBの目的・機能を指す。)のために航行位置データを使用することにあるが,@ないしBの目的・機能の全てとの関係で,航行位置データを「順次継続的に記憶」すること(時間的継続性)が必要となるわけではない。
長時間の記憶が必要となるのはBについてだけであって,@については,最新の航行位置データを,間引くことなく,「表示用記憶回路」の記憶素子に順次連続して書き込むことにより,リアルタイム航跡表示を実現できるし,Aについても,最新の航行位置データ(この場合は絶対航行位置データ)1個だけを用いてマーカ表示要素を生成することができるのであって,いずれもごく短時間(1秒内外)記憶されれば足りるものである。
(イ) そして,上記の点は,甲明細書及び乙明細書(両者を合わせて,以下「本件各明細書」という。)に明示の記載がなくても,当業者の容易に理解できる事項にすぎないから,本件各明細書に記載があるものとして解釈されるべきである。すなわち,これらの点が甲特許及び乙特許(両者を合わせて,以下「本件各特許」という。)の出願前から当業者に周知となっていたことは,@については,XYプロッタを応用したペン書き方式の航跡記録装置に係る公開特許公報又は特許公報の記載(甲19,20。ロラン航法装置等からの航跡データを継続的に記憶する記憶回路を具備していないにもかかわらず,記録紙の紙面上に自船のリアルタイムの航跡をペン書きで表示できている。),Aについては,東海大学出版会1973年10月25日発行の「海洋測量ハンドブック」(甲17。既に基準緯度と縮尺とが与えられている状況下では,任意の1点(通常は中央位置)の緯度・経度が与えられるだけで,この点を基準点とする海図が作成し得る。)があることからも明らかである。
(ウ) 以上によれば,本件各発明にいう「蓄積」なる用語が,時間的継続性の意味を内在するものではないことは明らかである。
(エ) なお,被控訴人は,本件各発明は,航法装置から入力される航行位置データを全て一つの「蓄積記憶回路」に蓄積記憶するものであると主張しているが,被控訴人製品でも,「現在位置記憶回路」と「航跡再生用位置データ記憶回路」とで構成される集合体記憶回路というべき記憶回路の構成要素である「現在位置記憶回路」に,航法装置から入力される航行位置データ(被控訴人製品においては,甲発明の絶対航行位置データに相当する緯度・経度座標。以下同じ。)が全て入力され,記憶されるようになっているのであるから,この点で本件各発明の「蓄積記憶回路」と異なるところはない。
イ 記憶回路の個数等について (ア) 被控訴人製品においても,前記Bに係る画面書換え処理の場合は,再生画面の基準位置を決めるために,「現在位置記憶回路」に記憶された航行位置データが使用されるのであり,まさに「現在位置記憶回路」と「航跡再生用位置データ記憶回路」とが協働している。
他方,被控訴人製品の「現在位置記憶回路」及び「航跡再生用位置データ記憶回路」は,前記@,Aのためには協働することはないものの,これらの目的・機能との関係では,本来,両者が協働する必要がない以上(必要のないことに協働を求めるのは論理矛盾である。),そのことは上記各記憶回路をもって,本件各発明の「蓄積記憶回路」の一部をなす構成要素とみなすことの妨げとはならない。
(イ) そして,被控訴人製品におけるように,本件各発明の「蓄積記憶回路」を二つの記憶領域に分けて構成することは,甲18(大阪大学教授白川功作成の鑑定書。以下同じ。)も指摘するとおり,本件各特許出願前の技術水準に照らし,当業者が回路設計にあたって任意に選択し得る事柄にすぎないというべきから,技術的観点からみても,被控訴人製品の「現在位置記憶回路」と「航跡再生用位置データ記憶回路」とは,本件各発明の「蓄積記憶回路」と等価といい得る。
(ウ) したがって,原判決説示の判断基準(57頁7行目〜同頁19行目)に従ったとしても,被控訴人製品の「現在位置記憶回路」と「航跡再生用位置データ記憶回路」は,両者相まって,これを前記@ないしBの目的・機能で使用するために,航法装置から入力された直近の航行位置データを順次記憶していく一つの集合体的記憶回路ととらえることが可能である上,一つの多目的回路を個々の目的に応じて複数に分割することも当業者からみて容易である以上,被控訴人製品の「現在位置記憶回路」と「航跡再生用位置データ記憶回路」とを組み合わせた集合体(「自船位置データ記憶装置(V+W)」)が,本件各発明の「蓄積記憶回路」に該当するものと認められるべきである(均等論を認めた無限摺動用ボールスプライン軸受事件に関する平成10年2月24日最高裁判所第三小法廷判決(民集52巻1号113頁)も,均等の第2,第3の要件である置換可能性,置換容易性について同趣旨の判示をしている。)。
(エ) なお,被控訴人は,被控訴人製品の記憶回路の航跡データの蓄積能力が本件各発明の「蓄積記憶回路」よりも大きい点を強調しているが,本件各発明においても,プログラミング技術として「循環バッファ法」を採用し,0番地に直近のデータを格納し,1〜(N-1)番地には,書込みアドレスをn回の入力ごとに1回だけ進ませるようにすれば,被控訴人製品の記憶方法に近いものになる(甲18)。
そして,「循環バッファ法」は,コンピュータを用いる全ての技術分野において共通に利用される汎用技術であるから,本件各明細書に記載される必要はなく,これをいかに組み立てるかも本件各特許出願当時の情報処理分野における技術水準からみて,設計者が任意に選択できる事項であるから,被控訴人製品が,「現在位置記憶回路」から「航跡再生用位置データ記憶回路」への間引きによる転送記憶をなし得る回路構成を採用している点も,その集合体が本件各発明の「蓄積記憶回路」に該当することを否定する理由とはならない。
また,被控訴人主張のような航跡データの蓄積能力の相違は,本件各発明の技術思想そのものとは直接関係がない技術事項であって,仮に被控訴人製品が航行位置データの蓄積能力において優れているとしても,その点で本件各発明を改良した,いわゆる利用発明となり得るにすぎず,そのことの故に本件各発明の技術的範囲に属することを免れることはできないし,本件各発明の「蓄積記憶回路」においても,同様の結果が得たければ,容量の大きなメモリを使用すれば足りることである(本件各発明の特許請求の範囲には,メモリの容量や個数を限定するような記載は全くない)。
(被控訴人) ア 本件各発明の「蓄積」の意義等について (ア) 本件各発明の「蓄積記憶回路」の目的・機能が,控訴人指摘のように,@ないしBの点にあるとしても,本件各明細書には,これらの目的・機能の実現に一つの「蓄積記憶回路」に記憶された航行位置データが使用されることが記載されているだけで,@,Aのためには航行位置データのごく短時間の記憶で足り,長時間の記憶が必要になるのはBだけであるなどということは,本件各明細書には記載も示唆もされていない。むしろ,本件各明細書においては,@ないしBを一つの「蓄積記憶回路」で行うことが発明の内容とされているのである。
本件各発明の「蓄積」の意義等に関する控訴人の主張は,本件各明細書に基づくものではなく,かえって被控訴人製品の知見によっているのである。
(イ) 本件各発明は,航法装置からの入力デ一タを全て一つの「蓄積記憶回路」に蓄積記憶するものであり,本件における問題は,被控訴人製品にそのような「蓄積記憶回路」が存在するか否かの点にある。そして,被控訴人製品にそのような回路は存在しない。
イ 記憶回路の個数等について (ア) 被控訴人製品の記憶回路が全体として一つの記憶回路とみられないことはもとより,被控訴人製品のように,記憶回路を二つに分割した構成が本件各特許出願当時の当業者にとって容易であったとする大阪大学の白川教授の意見(甲18)も,本件各明細書には「蓄積記憶回路」の諸機能を異なる記憶回路に分ける点が全く記載されていないという事実を無視している点で相当でない。被控訴人製品において異なる記憶回路に分けた理由を知った当業者にとっては,その知見に基づいて本件各発明の「蓄積記憶回路」を被控訴人製品のように設計変更することは容易であるかも知れないが,それは,いわゆる後知恵にすぎない。
また,仮に「循環バッファ法」が一般的なプログラム技術として知られていたとしても,プログラム技術には様々な技術が存在する。ある技術を特定の技術分野の特定の技術課題の解決のために適用することを認識してはじめて発明が成り立つのであって,本件各明細書に「循環バッファ法」を適用することが記載されていないのに,被控訴人製品の構成を知った後で,本件各発明に「循環バッファ法」が適用し得るなどと主張するのは,本件各発明を解釈するものとはいえない。
(イ) 本件各発明と被控訴人製品とは,航跡データの蓄積能力という効果においても全く相違する。
すなわち,本件各発明は,航法装置から入力された航行位置データを全て「蓄積記憶回路」に蓄積記憶し,そこから「表示用記憶回路」に航行位置データを書き込み,表示する構成(甲発明においては構成要件A,D,乙発明においては構成要件H,J)である。これに対し,被控訴人製品は,航法装置から入力された航行位置データを全て「現在位置記憶回路」を介して「表示用記憶回路」に書き込み,表示する。そして,設定された時間又は距離間隔により,一部の航行位置データを「現在位置記憶回路」から「航跡再生用位置データ記憶回路」に蓄積記憶する構成である。
航法装置からの入力デ一タを全て「蓄積記憶回路」に蓄積記憶する本件各発明の構成では,「蓄積記憶回路」は1秒ごとに入力される航行位置データで記憶容量がすぐに使い尽くされてしまい,十分な時間の航跡記憶ができないのに対し,被控訴人製品の構成はこのような問題の生じない方式である。被控訴人製品においては,上記のような構成の採用により,長時間の航行位置データの記憶を可能にするという格別の作用効果を奏しているのである。
当裁判所の判断
当裁判所も,被控訴人製品は,いずれも,本件各発明の「蓄積記憶回路」を具備せず,甲発明の構成要件A及び乙発明の構成要件Hを充足しないものと判断する。
その理由は,次のとおり原判決を訂正等し,当審における付加主張に対する判断等を付加するほか,原判決「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」(49頁10行目〜66頁19行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の訂正等 (1) 49頁15行目の「「航跡データ」」の次に「及びこれに関わる構成」を加える。
(2) 51頁7行目の「27行」を「47行」と改める。
(3) 52頁19行目の「リアルタイム表示」の次に「(航法装置から送られた直近の入力データを表示画面上に表示する意味。蓄積記憶回路に記憶された過去の航行位置データを表示画面上に再生描画する場合と対比する用語として便宜使用する。以下同じ。)」を加える。
(4) 55頁13行目の次に,改行の上,次のとおり加える。
「(c) なお,前項(b)の@ないしBの処理動作は,電源投入時や縮尺率の変更を行った時にもなされる(原判決別紙物件目録(三)の第2図の画面書換え処理のフロー図参照)。」 (5) 59頁15行目の「行われる」を「行なわれる」と,同19行目の「行わせる」を「行なわせる」と各改める。
(6) 60頁9行目の「前記2、(1)、イ、(ア)」を「前記1、(1)、イ、(ア)」と改める。
(7) 61頁11行目の「前記1、ア」を「前記1、(1)、ア」と,同16〜17行目の「「航跡再生用位置データ記憶回路の」構成」を「「航跡再生用位置データ記憶回路」の構成」と各改める。
(8) 65頁21行目の「「蓄積記憶」」を「「蓄積記憶回路」」と改める。
2 当審における付加主張に対する判断等 (1) 本件各発明の「蓄積」の意義等について 本件各明細書には,本件各発明でいう「蓄積記憶回路」の構成については,引用に係る原判決摘示に係る記載(甲明細書につき50頁4行目〜52頁15行目,乙明細書につき59頁4行目〜60頁1行目)以外には,格別の記載もなされていないから,その具体的内容としては,本件各特許出願前から周知ないし公知の構成に係る「蓄積記憶回路」の使用が前提とされていたものと解される。
また,本件各発明の構成要件A及びHの「蓄積記憶」及び「蓄積記憶回路」にいう「蓄積」の意味については,引用に係る原判決の認定判断(52頁25行目〜54頁4行目)のとおり,時間的継続性の意味が含まれていると解するのが相当であって,これが内在されていないとの控訴人の主張は,採用できない。
なお,控訴人が,本件各発明の「蓄積記憶回路」の目的・機能との関係で主張している点は,要するに,当該「蓄積記憶回路」に記憶された航行位置データの性質や本件各発明中で果たす役割の違いを述べているにすぎず,仮に本件各明細書を読んだ当業者においてこれらの点を理解することができたとしても,直ちに本件各発明の「蓄積記憶回路」の構成の問題につながるわけではない。
(2) 記憶回路の個数等について ア 控訴人は,被控訴人製品の「現在位置記憶回路」と「航跡再生用位置データ記憶回路」は,少なくともBの画面書換え時における再描画の場面では両記憶回路部分が協働しているから,原判決説示に係る判断基準(57頁7行目〜同頁19行目)に従ったとしても,両記憶回路部分は一つの回路とみなされるべきであると主張するが,原判決説示の理由(57頁20行目〜58頁9行目)に加えて,「現在位置記憶回路」は,@の現在位置のリアルタイム表示及びAのマーカ表示要素の生成という基本的な目的・機能の点で「航跡再生用位置データ記憶回路」とは独立に動作するものである以上,Bの点で,再生画面の基準位置の決定のために「現在位置記憶回路」のデータが一部利用されることがあったとしても,「航跡再生用位置データ記憶回路」とは別個の回路とみられること,次にみるように,被控訴人製品が両記憶回路を分離した点には格別の技術的意義が認められること等に照らすと,控訴人主張のように,両記憶回路を全体として一つの記憶回路ととらえることはできないというべきである。
イ また,被控訴人製品の構成として当事者間に争いのない原判決別紙物件目録(一)ないし(五)の記載に照らすと,被控訴人製品の記憶回路の構成は,いずれも,直近に入力された航行位置データのみを常に1個だけ記憶する(次の航行位置データの入力により上書更新される。)記憶回路(「現在位置記憶回路」)を設けるとともに,これとは別個の長時間記憶用の記憶回路(「航跡再生用位置データ記憶回路」)を設け,前者の記憶回路に記憶されたデータを,設定された時間又は距離間隔に従って選択的に後者の記憶回路に転送し,同回路によってこれを長時間記憶させるものと認められるが,かかる構成に関しては,本件各明細書には記載も示唆もされていない。
のみならず,被控訴人製品においては,いずれも,上記構成を採用することにより,メモリを節約し,長時間又は長距離にわたる航跡の記憶を可能とする作用効果を得ていることが明らかであり,その意味で,かかる構成の採用には格別の技術的意義が認められるものというべきである。
ウ(ア) 控訴人は,本件各特許出願当時の技術水準に照らせば,被控訴人製品のような構成の採用は,本件各発明の「蓄積記憶回路」を設計するに当たって当業者が任意に選択し得る設計事項にすぎないと主張しているが,この点が設計事項にすぎないことを認めるに足りる的確な証拠は提出されていないのみならず,本件各発明に係る航跡記録装置に関してはもとより,その他の類似の装置に関してすら,被控訴人製品のような記憶回路の構成の採用について記載又は示唆された公知文献等は全く提出されていない。
(イ) また,控訴人は,たとえ単一の記憶回路を用いる場合でも「循環バッファ法」の採用により同一の効果が得られるとした上,当業者にとってこの点も周知事項にすぎないと主張し,この点に関し,甲18(これに添付された,株式会社サイエンス社昭和50年5月20日初版発行のE.W.ダイクストラ他の共著「構造化プログラミング」を含む。)を提出している。
しかし,甲18には,プログラミング技術として,単一のバッファメモリに対する記憶のさせ方(書きポインタの移動方法の設定)について記載されているものの,具体的な記憶回路の構成について触れるものではないし,その点をおいても,同号証のみによっては,「循環バッファ法」において被控訴人製品に近い記憶方式を採る点が,本件各発明の技術分野に属する全部門の当業者にとって自明の事項であったことまでは認めるに足りず,他にこの点を認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,この点に関する控訴人の主張も採用できない。
(ウ) 控訴人は,前記イの程度の効果であれば,より大きな容量のメモリを用いさえすれば得られると主張するが,前記でいう「メモリの節約」とは,同一容量のメモリを用いる場合であっても航跡の記録可能時間の長期化が図れるという意味であるから,この点に関する控訴人の主張は当たらない。
(エ) また,控訴人は,被控訴人製品が格別の作用効果を発揮するものとしても,本件各発明を改良したにすぎず,いわゆる利用発明となり得るだけであるとも主張しているが,前記のとおり,被控訴人製品は,本件各発明の構成要件の一部について構成を異にするものというべきである以上,この点に関する控訴人の主張も,その前提を欠くものであって失当というほかない。
(3) なお,前項のイ,ウによれば,被控訴人製品の記憶回路の構成が容易に想到し得たものとも認められないから(被控訴人製品の製造等の時点で想到が容易であったことを認めるに足りる証拠もない。),均等の問題として考えても,その第3要件(置換容易性)を満たさないことは明らかである。
3 その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,原審で提出,援用された全証拠を改めて精査しても,引用に係る原判決の認定判断を含め,当審の認定,判断を覆すほどのものはない。
結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本件請求はいずれも理由がないから,これを棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
(平成14年7月12日口頭弁論終結)
裁判長裁判官 竹原俊一
裁判官 小野洋一
裁判官 西井和徒