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関連審決 無効2003-35490
関連ワード 発明者 /  物の発明 /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  公知技術 /  技術常識 /  クレーム /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10120号 審決取消請求事件

原告 日本ジーイープラスチックス株式会社 代表者代表取締役
訴訟代理人弁護士 増井和夫
同 橋口尚幸
同 弁理士 松井光夫
同 五十嵐 裕子
被告 旭化成ケミカルズ株式会社 代表者代表取締役
訴訟代理人弁理士 酒井正己
同 弁護士 村田真一
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/10/06
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2003-35490号事件について平成16年10月27日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告の有する後記特許につき,被告が無効審判請求をしたところ,特許庁が無効とする審決をしたことから,特許権者である原告がその取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁における手続の経緯 原告は,平成元年1月31日,発明の名称を「導電性樹脂混合物」とする発明について特許を出願し,平成10年3月13日,特許庁から特許第2756548号として設定登録を受けた(甲2。以下「本件特許」という。)。
被告は,平成15年11月27日付けで本件特許につき無効審判請求をした。特許庁は,これを無効2003-35490号事件として審理し,その係属中の平成16年3月5日,原告は,本件特許につき訂正請求をした(甲3。以下「本件訂正」といい,甲3中の明細書を「訂正明細書」という。)。
特許庁は,平成16年10月27日,「訂正を認める。特許第2756548号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は平成16年11月9日原告に送達された。
(2) 発明の内容 本件訂正後の発明の内容は,下記のとおりである(以下,本件訂正後の請求項1に係る発明を「訂正発明1」等という。)。
記 【請求項1】ポリフェニレンエーテル,ポリアミド及び導電性カーボンブラックを含み,ポリフェニレンエーテルは小さな粒子相としてポリアミドマトリックス相中に分散している導電性樹脂混合物において,導電性カーボンブラックが主にポリアミド相中に含有されることを特徴とする導電性樹脂混合物。
【請求項2】ポリフェニレンエーテル,ポリアミド及び導電性カーボンブラックを含み,ポリフェニレンエーテルは小さな粒子相としてポリアミドマトリックス相中に分散している導電性樹脂混合物を作る方法において,予め導電性カーボンブラックをポリアミド中へ均一分散させた後,これとポリフェニレンエーテルとを混合することを特徴とする方法。
(3) 審決の内容 ア 本件審決の内容の詳細は,別紙審決写しのとおりである。
その要旨は,本件訂正を認めた上,訂正発明1及び2は,下記の引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたので,特許法29条2項に違反する等,としたものである。
記 ・引用例1 特開昭62-151456号公報(審判甲1・本訴甲4) ・引用例2 特開昭62-4749号公報(審判甲2・本訴甲5) イ なお,本件審決は,引用例1には,引用例1発明及び引用例1方法発明が記載されているとした上で,訂正発明1と引用例1発明を,訂正発明2と引用例1方法発明をそれぞれ対比して,一致点及び相違点を,次のとおり認定した。
記 (ア) 訂正発明1と引用例1発明の対比 (引用例1発明の内容) ポリフェニレンエーテル,ポリアミド,補強剤であるゴム状物質,及びカーボンブラックを含み,ポリフェニレンエーテルは2〜10μmの粒子相としてポリアミドマトリックス相中に分散している樹脂組成物。
(一致点) ポリフェニレンエーテル,ポリアミド及びカーボンブラックを含み,ポリフェニレンエーテルは小さな粒子相としてポリアミドマトリックス相中に分散している樹脂混合物である点。
(相違点1) 訂正発明1は,カーボンブラックが導電性であり,カーボンブラックを含む樹脂混合物が導電性であるのに対して,引用例1発明はカーボンブラックが導電性であるかどうか不明であり,樹脂混合物が導電性であるかどうかも不明である点。
(相違点2) 訂正発明1は,導電性カーボンブラックが主にポリアミド相中に含有されるのに対して,引用例1発明は,カーボンブラックがどの相にどのように存在するのか不明である点。
(イ) 訂正発明2と引用例1方法発明の対比 (引用例1方法発明の内容) ポリフェニレンエーテル,ポリアミド,補強剤であるゴム状物質,及びカーボンブラックを含み,ポリフェニレンエーテルは2〜10μmの粒子相としてポリアミドマトリックス相中に分散している樹脂組成物を作る方法において,ポリアミド,ポリフェニレンエーテル,ゴム状物質及びカーボンブラックを混ぜ合わせた後,これらを溶融混練する方法。
(一致点) ポリフェニレンエーテル,ポリアミド及びカーボンブラックを含み,ポリフェニレンエーテルは小さな粒子相としてポリアミドマトリックス相中に分散している樹脂混合物を作る方法において,ポリアミドとポリフェニレンエーテルとを混合する方法である点。
(相違点1) 訂正発明2は,カーボンブラックが導電性であり,カーボンブラックを含む樹脂混合物が導電性であるのに対して,引用例1方法発明はカーボンブラックが導電性であるかどうか,また樹脂混合物が導電性であるかどうか不明である点。
(相違点2) 訂正発明2は,「予め導電性カーボンブラックをポリアミド中へ均一分散させた後,これとポリフェニレンエーテルとを混合する」点,すなわち訂正発明2は,予め導電性カーボンブラックをポリアミド中へ均一分散させた樹脂(具体例では「マスターペレット」)を用意した後,この樹脂とポリフェニレンエーテルとを混合するのに対して,引用例1方法発明は,ポリアミド,ポリフェニレンエーテル及びカーボンブラックを用意した後,これらを混合しているだけであるから,訂正発明2のようなマスターペレットを用意しない点。
(4) 審決の取消事由 しかしながら,本件審決には,以下のとおり認定判断の誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(訂正発明1の相違点1に関する判断の誤り) 本件審決は,「樹脂混合物に導電性を付与し,導電性樹脂混合物として使用しようとすることは,周知の課題であり,そのためにカーボンブラックを導電性充填材として樹脂混合物に充填することも,周知・慣用の技術」であり,当該周知技術を引用例1に適用することにより,引用例1の組成物に導電性カーボンブラックを添加することは当業者が容易になし得た(11頁15行〜22行)と判断した。
しかし,導電性添加物による樹脂の導電性向上は,あまり効率的ではなく,実用的に十分な導電性を得ようとすると,添加する導電性カーボンブラックの量が多くなり,樹脂組成物の機械特性を低下させるために,実用性に乏しいとの認識もまた技術常識であったから,本件審決認定の上記周知技術は,目的とする特定の樹脂組成物において機械特性の低下を防止するという手段の発明を伴って初めて適用できるものである。
そして,上記周知技術は,ポリフェニレンエーテル/ポリアミドのポリマーブレンドにおける特徴的な高い機械強度(機械特性)を損なう以上,その機械特性を低下させない態様で導電性カーボンブラックを添加する手段に想到しなければ,適用する動機付けはないのであるから,本件審決には,上記技術常識を看過し,上記周知技術を引用例1に適用できるとした点において誤りがある。
イ 取消事由2(訂正発明1の相違点2に関する判断の誤り) (ア) 理由不備 本件審決は,引用例2により,『「海-島構造である樹脂混合物の海(連続相)に主に導電性物質を凝縮させることにより,より少ない導電性物質の充填率で格段に改良された導電性能(低い表面抵抗)を得る」ことは,本件出願前,公知の技術であ』り,引用例1発明において『樹脂混合物に導電性を付与するという周知の課題を解決するに当たり,より少ない量の導電性粒子の混入により低い表面抵抗を得るために,連続相であるポリアミドマトリックス相に主に導電性カーボンブラックを含有するようにすることは,甲第2号証(判決注・本訴甲5。引用例2)記載の上記公知の技術に基づいて当業者が容易に想到し得た』(12頁13行〜21行)と判断した。
しかし,物の発明容易に想到することができるとは,その物を得る手段が容易に想到されなければならないが,本件審決は,引用例1発明の樹脂組成物に導電性カーボンブラックを添加する場合に,導電性カーボンブラックを主としてポリアミド相に含有させるための手段が,どのようにして引用例2記載の公知技術から容易に想到されるかについて,何の理由も示していないから,理由不備がある。
(イ) 引用例1と引用例2の組合せの容易性についての判断の誤り @引用例1が,ポリアミド中にポリフェニレンエーテルが溶融混練によってミクロに分散した樹脂組成物を開示しているのに対し,引用例2は,ペレットをドライブレンドして加熱プレスにより成形した複合体を開示しているが,ミクロに分散混合した樹脂組成物を開示していない,A引用例2の加熱プレス法では,二つの相を構成する樹脂が接着性を有するものでなければならない(引用例2は一つの樹脂で二つの相を構成する場合を教示しているにすぎない。)のに対し,引用例1のポリアミドとポリフェニレンエーテルは,接着性の悪い樹脂の組合せであり,しかも,この組合せにつき引用例2には接着性を付与するためどのような添加剤を使用すればよいかの教示がない,B引用例2は,使用する2種類のペレットを溶融混練すると,全体が均一に混合され,導電性物質が全体に分散して目的を達せられないので,加熱プレスという特殊な手段を採用することにより,導電性物質を連続相中に局在化させることに成功した発明であって,引用例2においては加熱プレス以外の方法(例えば,引用例2記載の比較例の押出機による溶融混練)を排除していることからすれば,引用例2の方法を,複数の成分の混合方法として溶融混練工程を必須とする引用例1に適用する動機付けがなく,仮に適用するとしても,どのように適用するのか手がかりがなく,その適用は困難である。また,海-島構造の海相に導電性物質を局在化させるという引用例2の技術思想は,引用例2の製造方法(加熱プレス法)を前提としたものであって,溶融混練工程を必須とする引用例1において海相に導電性物質を局在化する手段を,引用例2は教示していない。
以上の相違を無視して,引用例2の開示の一部だけを取り出して,引用例1と組み合わせることは,技術的に無意味であり,当業者が容易に想到するものではない。
このように連続相に導電性物質を局在化させるという技術思想は,局在化させるための手段を伴って技術的意味を有するのであり,引用例2の加熱プレス法が引用例1のミクロ分散構造の製造には適用できない以上,引用例1と組み合わせても訂正発明1に到達しない。
ウ 取消事由3(訂正発明2の相違点1に関する判断の誤り) 本件審決は,訂正発明2の相違点1に関し,訂正発明1に関する前記アと同一の判断の誤りがある。
エ 取消事由4(訂正発明2の相違点2に関する判断の誤り) (ア) 引用例1方法発明の認定の誤り 引用例1には,材料の混合方法について何の教示もなく,引用例1の実施例の記載によれば,材料をペレット化して予め混合しておくのではなく,溶融混練の際に同時に全材料の混合が行われると理解するのが自然であるから,本件審決が,引用例1方法発明について,「ポリアミド,ポリフェニレンエーテル,ゴム状物質及びカーボンブラックを混ぜ合わせた後,これらを溶融混練する方法」という混合の順序の要素まで開示されているものと認定したのは誤りである。
(イ) 「第1の混合」と「第2の混合」に関する認定の誤り(相違点の看過) 本件審決は,訂正発明2の導電性樹脂混合物を作るための「混合」とは,具体的にはマスターペレット(導電性物質を含有した海となる樹脂ペレット)と他の樹脂ペレットとをドライブレンドによって「混ぜ合わせる工程」(以下,「樹脂ペレット同士を混ぜ合わせる」ことを「第1の混合」という。)と,その後これらペレットを「溶融混練する工程」(以下「第2の混合」という。)とを意味するというべきであり,引用例1における「ポリアミド,ポリフェニレンエーテル,ゴム状物質及びカーボンブラックを混ぜ合わせた後,これらを溶融混練する」ことは,具体的には,海となるポリアミドのペレットとポリフェニレンエーテルのペレットを混ぜ合わせ,これにカーボンブラックをも混合する「第1の混合」後に,これら混合物を溶融混合する「第2の混合」とを行うことであるといえるから,引用例1の「第1の混合」と「第2の混合」が訂正発明2の「第1の混合」と「第2の混合」に相当する(13頁37行〜14頁18行)とし,訂正発明2と引用例1は「第2の混合」については相違がなく,「第1の混合」についてはマスターペレットを用意するか否かが相違するだけである(15頁33行〜16頁10行)と認定判断している。
しかし,訂正発明2に関して本件審決がいう「第1の混合」は,「予め導電性カーボンブラックをポリアミド中へ均一分散」した状態が既に存在することに技術的意味があり,導電性カーボンブラックを含有したポリアミドのマスターペレットとポリフェニレンエーテルペレットとをドライブレンドすることには,何の技術的意味もない。
一方,引用例1に関して本件審決がいう「第1の混合」は,ポリフェニレンエーテルとポリアミドとカーボンブラックを別々の材料として混合した状態であるから,カーボンブラックは未だポリアミド中に均一分散しておらず,カーボンブラックは,「第2の混合」において,初めて樹脂混合物と溶融混練される。そして,引用例1において,ポリアミドペレットを他の材料とドライブレンドすることなく,全部の材料を粉体又はペレットとして押出機に別々の投入口から投入することによって溶融しながら同時に混合する場合には,「第1の混合」を観念する余地がない。発明の目的物であるポリマーブレンドの構造に関係するのは,あくまで溶融混練における混練の順序(導電性カーボンブラックを予めポリアミドと混練して均一に分散しておくか,それとも他の順序で混練するか)である。
このように本件審決のいう「第1の混合」と「第2の混合」は,訂正発明2と引用例1につき技術的意味が本質的に異なるから,この概念を用いて訂正発明2と引用例1方法発明の対比を行うのは不適当である。
そして,訂正発明2と引用例1の相違点は,マスターペレットを用意するか否か(相違点2)ではなく,訂正発明2が,予め導電性カーボンブラックをポリアミドに均一に分散させておき,その後に,ポリフェニレンエーテルとを混合させるのに対し,引用例1では,材料を予めドライブレンドするか否かを問わず,全部の材料を押出機中で同時に融解混合する点にあり,本件審決は,この相違点を看過している。
(ウ) 引用例1と引用例2の組合せの容易性についての判断の誤り @ 本件審決は,引用例1方法発明と引用例2記載の樹脂混合物の製造方法は,その取り扱う2種の樹脂の組合せの点で相違しているものの,その樹脂の組合せの相違は,「第1の混合」後の混合段階で溶融混練を採用するか熱プレス成形を採用するかという点に影響を及ぼすだけであって,それ以前の樹脂原料(樹脂ペレット)を用意してこれらを混ぜ合わせるだけの「第1の混合」の段階には特段影響を及ぼすものでなく,海(連続相)に導電性物質を主に含有せしめるために,引用例2記載の上記公知の手段(マスターペレット)を引用例1方法発明の「第1の混合」の段階に適用して差し支えないから,訂正発明2の相違点2の「予め導電性カーボンブラックをポリアミド中へ均一分散させた後,これとポリフェニレンエーテルとを混合する」という点も,引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到することができた(17頁22行〜34行)と認定判断した。
しかし,前記のとおり,引用例2は相互に接着性を有する樹脂のペレットをドライブレンドし,加熱プレスすることにより,マクロのスケールの縞状に形成されるポリアミドの連続相中に導電性物質を局在化させる発明を開示しているものであって,引用例2において溶融混練を適用すると,海-島構造が得られないのみならず,導電性物質がどのように分布するかを予測することは一般に困難で,導電性物質を海相に局在化させることも当然できなくなるから,引用例2では溶融混練の混合方法を排除している。
他方,引用例1は,相互に接着性を有しない非相溶のポリフェニレンエーテルとポリアミドを溶融混練することによって,ポリフェニレンエーテルをミクロンレベルの微細な分散相にすることを必須としている。
したがって,引用例2の手段を引用例1に組み合わせることは技術的に無意味であるから,引用例2の開示の一部である,導電性物質を含有するマスターペレットの使用という点のみを抜き出し,引用例1と組み合わせるとの発想は,容易に想到されるものではなく,本件審決の上記認定判断は誤りである。
A また,本件審決は,引用例1方法発明の「非相溶系」の樹脂混合物の製造方法に,引用例2記載の『上記「マスターペレット」を適用した場合でも,樹脂の組み合わせが非相溶であるが故に「第2の混合」である溶融混練によって海-島構造が保たれ,導電性物質の局在化も保たれることは明らかであるから,「第2の混合」として「溶融混練」を採用する甲第1号証方法発明(判決注・引用例1方法発明)の場合でも,その「第1の混合」において・・・上記「マスターペレット」を適用しても構わないことはいうまでもない』(18頁34行〜19頁3行)と認定している。
しかし,樹脂の組合せが非相溶であるが故に溶融混練によって,導電性物質の局在化も保たれるというためには,溶融混練が非相溶の樹脂間における導電性物質の移動をもたらさないことが客観的に正しく,かつ,本件特許出願当時の技術常識になっていなければならないところ,甲18ないし20から認定される公知技術においても,本件特許出願後の資料である甲8,22,23,24の1,2においても,非相溶のポリマーの溶融混練において,カーボンブラックが他のポリマー相又は二つの相の境界に移行する少なからぬ事例が示されており,本件特許出願当時において,ポリフェニレンエーテル/ポリアミドブレンドという材料中のカーボンブラックの挙動を当業者が予想することを可能にするような技術常識が存在しなかったことは明らかであり,非相溶の樹脂の溶融混練においてカーボンブラックの局在化が保たれるとの本件審決の上記認定は誤りである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論 (1) 取消事由1に対し 本件審決は,一般に樹脂混合物に導電性カーボンブラックを添加することによって樹脂に導電性を付与することが周知であるならば,引用例1記載のポリフェニレンエーテルとポリアミドの樹脂混合物においても,これに導電性を付与するために導電性カーボンブラックを添加することは当業者が容易に想到し得るとしたものであり,極めて自然かつ妥当な判断である。
また,導電性物質の添加により機械特性を損なうおそれがあることは,カーボンブラックに限られたことではなく,そのことが,樹脂にカーボンブラックを添加して導電性樹脂を得ようという必要性や動機付けを失わせてしまうものでないことも明らかであり,用途に応じて樹脂を導電性とするために樹脂に導電性物質を添加することは極めてありふれた自明の課題であり,当業者が普通に試みることである。その結果として,仮に機械特性が劣ることになったとしても,それは,樹脂を導電性にするために樹脂に導電性物質を添加することを当業者が想到し得ないというのではなく,樹脂を導電性にするために樹脂に導電性物質を添加することは容易に想到した結果得られた樹脂の機械特性が期待どおりでなかったというだけのことである。
さらに,引用例1記載の発明の直接の目的は,〔発明が解決しようとする問題点〕に記載のとおり,耐衝撃性,剛性など(機械物性ないし機械特性)のバランスに優れた熱可塑性樹脂組成物(ポリアミド-ポリフェニレンエーテルブレンド物)を提供することにあるが,カーボンブラックを当該発明の目的を損なわない範囲内で添加できることも記載されており,引用例1には,ポリアミド-ポリフェニレンエーテル混合樹脂の機械特性を考慮しても,カーボンブラックの添加を阻害するものでないことが示されている。
したがって,引用例1記載のポリフェニレンエーテル/ポリアミドの樹脂混合物に導電性を付与するために導電性カーボンブラックを添加することは当業者が容易に想到し得ることであったことは明らかである。
(2) 取消事由2に対し ア (ア)について 原告は,本件審決は,引用例1発明の樹脂組成物に導電性カーボンブラックを添加する場合に導電性カーボンブラックを主としてポリアミド相に含有させるための手段がどのようにして引用例2記載の公知技術から容易に想到されるかについて理由を示していないから,理由不備がある旨主張するが,そもそも訂正発明1は,製法限定クレームではなく,具体的な製造方法構成要件とするものではないから,具体的な手段は相違点にはならず,発明の構成が容易か否かを判断するに際し,具体的な手段の相違を論ずること自体誤りである。
なお,引用例2記載の連続相に導電性物質を凝集させるという技術思想を実施可能にする具体的手段の典型は,マスターバッチ法であるが,この方法も本件特許出願当時周知であったものであり,手段についても容易想到であった。
イ (イ)について (ア) 導電性を得るために充填材としてカーボンブラックを多量に用いると,機械特性が低下するという技術課題が本件特許出願前に存在し,引用例2の発明は,この技術課題を解決するためになされたものである。引用例2には,樹脂組成物に少ない導電性物質の充填率で導電性を付与するために,カーボンブラックを含有する連続相とカーボンブラックを含有しない分散相とで複合材料を構成すると,少ない導電性物質によって高い導電性を示すという技術思想が明確に開示されており,当業者であれば,引用例1の樹脂に導電性を付与しようとする場合,引用例2の技術思想を参酌しようという強い動機付けがあることは明白である。
したがって,引用例1発明において,連続相であるポリアミドマトリックス相に主に導電性カーボンブラックを含有するようにすることは,引用例2記載の公知の技術に基づいて当業者が容易に想到し得たとした本件審決の判断に誤りはない。
(イ) また,引用例2の技術思想においては,具体的な樹脂の種類,その組合せ,製法等は問題とされていないから,仮に引用例1と引用例2の具体的な樹脂の接着性に違いがあったとしても,引用例2を参酌しようという動機付けを阻害するものではない。
また,引用例2には,分散相を構成する樹脂βは,連続相を形成する複合材(α)と接着するものであれば何でもよいこと(甲5の2頁右下欄9行〜10行),分散相を構成する樹脂βとして,連続相を形成する樹脂として使用できる材料の中に,連続相を形成する樹脂との接着性強化等のために適宜の添加剤を含有させた樹脂を使用できること(同頁右下欄下から2行〜3頁左上欄5行)が記載されており,複合材(α)及び材料(β)としては,ポリアミドもポリフェニレンエーテルも例示されているのであるから,引用例2は,樹脂の組合せとしてポリアミド及びポリフェニレンエーテルを示唆し,かつ,接着性強化用の添加剤を添加することを示唆している。
したがって,その意味でも,引用例2を引用例1と組み合わせることに何ら障害は存在しないし,また,引用例1の樹脂は,ポリアミドとポリフェニレンエーテルの接着性強化用の添加剤を含有させた樹脂に該当する。
(ウ) 原告は,引用例2に開示された樹脂が加熱プレス成形して得られたものに限られると主張するが,引用例2の発明が物の発明であって,「そして,このペレット同士を,ドライブレンドし,プレス成形をして作成するのが最も簡便な方法であるが,上記方法に限定されるものではなく,結果として,複合材(α)相が少なくとも連続相になっていれば本発明の目的は達せられる」(甲5の3頁右上欄8行〜13行)として,その製法を何ら限定していないことを看過した誤った主張である。
(3) 取消事由3に対し 前記(1)と同旨である。
(4) 取消事由4に対し ア (ア)について 本件審決は,引用例1には,「ポリアミド,ポリフェニレンエーテル,ゴム状物質及びカーボンブラックを混ぜ合わせた後,これらを溶融混練する方法」の発明が記載されていると述べ,ポリアミド,ポリフェニレンエーテル,ゴム状物質及びカーボンブラックを混合し,最終的に,これらを溶融混練するという方法が記載されていることを認定しているにすぎない。「カーボンブラックを混ぜ合わせた後,これらを溶融混練する」との点も,典型例の一つとして,材料を混合してから,これらを押出機に供給する方法を想定してそのように表記されたにすぎず,引用例1において,材料が同時に押出機に供給され溶融混練される場合を除外すべき理由はない以上,本件審決も,そのような態様を排除するものではない。
また,引用例1には樹脂材料がペレットの形態で供給されたか否かについて明確な記載がないが,樹脂混合物の成形体を製造する方法としては,粉末状の樹脂材料を混練機に供給して樹脂混合物のペレットを得て,次いでこの樹脂混合物のペレットを成形するという方法及びペレット状の樹脂材料を混練機に供給して樹脂混合物のペレットを得て,次いでこの樹脂混合物のペレットを成形するという方法のいずれも周知の方法であり,本件審決の引用例1方法発明の認定に誤りはない。
イ (イ)について 本件審決は,一致点及び相違点を見い出すために便宜的に「第1の混合」及び「第2の混合」という概念を用いたにすぎないものであり,本件審決にいう相違点2は,原告が主張する訂正発明2と引用例1の相違点を正しく言い表しているものであり,その認定に誤りはない。
ウ (ウ)について (ア) 本件審決が認定するように,樹脂に導電性を付与することは当業者にとって自明の課題(技術常識,技術水準からみて自明な課題)であり,樹脂の機械特性の程度にかかわらずその必要性が認められるものであるから,当業者が引用例1記載のポリフェニレンエーテル/ポリアミドブレンド樹脂にカーボンブラックを添加して導電性を付与することは極めて自然なことである。
一方,引用例2記載の発明は,少ない導電性物質(カーボンブラック)の充填率で導電性を著しく低下させることなく,機械物性ないし機械特性の低下等導電性物質含有量を増やすことによって生じるデメリットを解決すべく,連続相中に導電性物質を含有させた導電性物質充填複合材料(開示された材料にはポリアミドとポリフェニレンエーテルの組合せを含む。)を提供ないし開示するものである。この導電性付与剤としてのカーボンブラックの添加量が多すぎると,機械特性を損なうという問題は周知の課題であり,引用例1記載のポリフェニレンエーテル/ポリアミドブレンド樹脂にカーボンブラックを添加して導電性を得ようとする場合,当業者は,上記周知の課題の解決を図るため,連続相中に導電性物質を存在させることにより,少ない導電性物質(カーボンブラック)の充填率で導電性を著しく低下させることなく機械物性の低下を防止するという引用例2で開示された技術思想を用いることは当然であって,その適用を妨げる積極的な理由又は阻害要因は全く存在しない。
そして,訂正発明1及び2によって得られる効果は「少量の導電性粒子で静電塗装を可能にする」というものであり,これは,引用例2によって予測し得る効果の域を出るものではなく,また,引用例2が開示している「連続相中に主にカーボンブラックを存在させることにより,少ないカーボンブラックの使用量で所望の導電性を得る」という技術思想を特にポリアミド-ポリフェニレンエーテルという複合材料に適用した場合に,前記の予測し得る効果以上の顕著な効果が奏せられるものではない。
さらに,一方の樹脂にカーボンブラックを含有させた後(マスターペレットを作った後),別の樹脂と溶融混練しても,二つの樹脂が分子レベルで完全に混じり合ってしまういわゆる相溶の関係にあるような場合でなければ(すなわち,非相溶の関係にあれば),通常,カーボンブラックはもともと存在した樹脂相により多く残るであろうことは当業者が容易に予測し得ることである(乙3,4,6,18ないし20等)。
(イ) 本件審決は,「甲第1号証方法発明(判決注・引用例1方法発明)の「非相溶系」の樹脂混合物の製造方法に,甲第2号証(判決注・引用例2)に記載の上記「マスターペレット」を適用した場合でも,樹脂の組み合わせが非相溶であるが故に「第2の混合」である溶融混練によって海-島構造が保たれ,導電性物質の局在化も保たれることは明らかであるから,「第2の混合」として「溶融混練」を採用する甲第1号証方法発明(判決注・引用例1方法発明)の場合でも,その「第1の混合」において甲第2号証(判決注・引用例2)に記載の上記「マスターペレット」を適用しても構わないことはいうまでもないことである。」(18頁34行〜19頁3行)と認定したが,「導電性物質の局在化が保たれること」について特に証拠を挙げていないのは,証拠を挙げるまでもなく明らか(技術常識周知技術)であるとしているにすぎない。
訂正発明1は,「導電性カーボンブラックが主にポリアミド相中に含有されることを特徴とする導電性樹脂混合物」というものであり,「主に」の意味は「過半」であることから(本件訂正前の明細書(甲2)4頁7欄5行),カーボンブラックが100%ポリアミド相に残っていることが必要なわけではない。
したがって,原告が主張するように「常に」予めブレンドした樹脂中にカーボンブラックが存在することが周知でなければ,引用例1に引用例2を組み合わせることによって,訂正発明の手段に容易に想到することができなくなるわけではない。
そして,ポリアミド中に分散したカーボンブラックの過半がポリフェニレンエーテル中に移行するとする特段の事由は見い出せず,それ故,本件審決が認定するとおり「導電性物質の局在化も保たれることは明らか」である。
なお,引用例2の比較例においては,実施例との比較のために,相溶する同じ樹脂を用いて全体が均一な混合物を得ることを目的とするゆえ,ブレンド方法として一般的な溶融混練を採用しているにすぎず,引用例2は,樹脂を均一に混合する(全体が均一な混合物になってしまう)ことを排除してはいるものの,押出機による溶融混練そのものを排除しているわけではないから,引用例2に接した当業者が,引用例2の海構造,島構造等の記載から,非相溶の樹脂同士を溶融混練して製造された海-島構造の樹脂混合物を想起することも特段の困難はない。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,原告主張に係る本件審決の取消事由(請求原因(4))について,以下,順次判断する。
2 取消事由1(訂正発明1の相違点1に関する判断の誤り)について 原告は,樹脂にカーボンブラックを添加すれば導電性が向上するという本件審決認定の周知技術は,導電性添加物により実用的に十分な導電性を得ようとすると,添加する導電性カーボンブラックの量が多くなり,樹脂組成物の機械特性を低下させるため,実用性に乏しいとの認識もまた技術常識であったから,目的とする特定の樹脂組成物において機械特性の低下を防止するという手段の発明を伴って初めて適用できるものであって,ポリフェニレンエーテル/ポリアミドのポリマーブレンドにおける特徴的な高い機械強度(機械特性)を低下させない態様で導電性カーボンブラックを添加する手段に想到しなければ適用する動機付けはないのに,本件審決には,上記技術常識を看過し,上記周知技術を引用例1に適用できるとした点において誤りがある旨主張する。
そこで検討するに,引用例1(審判甲1・本訴甲4)に,「ポリフェニレンエーテル,ポリアミド,補強剤であるゴム状物質,及びカーボンブラックを含み,ポリフェニレンエーテルは2〜10μmの粒子相としてポリアミドマトリックス相中に分散している樹脂組成物。」の発明(本件審決認定の引用例1発明)が記載されていること,樹脂混合物に導電性を付与し,導電性樹脂混合物として使用しようとすることは,周知の課題であり,そのためにカーボンブラックを導電性充填材として樹脂混合物に充填することも,周知・慣用の技術であることは,当事者間に争いがない。
加えて,引用例1(甲4)には,「発明が解決しようとする問題点」として,「ポリアミドとポリフェニレンエーテルとのブレンド系において,耐熱変形性,耐衝撃性,耐油性,剛性,成型流動性などのバランスに優れた熱可塑性樹脂組成物を提供することにある。」(2頁右上欄14行〜19行),「問題点を解決するための手段」として,「ポリアミド,ポリフェニレンエーテル及び補強剤としてのゴム状物質を所定の割合で含有して成る組成物において,これら3成分の分散形態を特定の状態に制御することにより,その目的を達成しうることを見出し,この知見に基づいて本発明するに至った。」(2頁右上欄20行〜同頁左下欄7行),「本発明組成物には,所望に応じ他のポリマー,可塑剤,難燃剤,あるいはガラス繊維,カーボン繊維,カーボンブラック・・・などの充てん剤などを,本発明の目的を損なわない範囲内で添加することができる。」(4頁左下欄18行〜同頁右下欄2行)との記載があることからすれば,引用例1は,ポリアミドとポリフェニレンエーテルとの樹脂組成物に耐熱変形性,耐衝撃性,耐油性,剛性,成型流動性などの機械物性ないし機械特性を損なわない範囲内で,導電性付与するためにカーボンブラックを添加できることを示唆しているものと認められる。
そうすると,ポリフェニレンエーテル/ポリアミドのポリマーブレンドに特徴的な高い機械強度(機械特性)があるからといって,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)がこれに導電性物質の添加を諦めたり,又は避けようとするものとは認められず,引用例1記載の樹脂混合物にカーボンブラックを添加すれば導電性が向上するという本件審決認定の周知技術を適用する動機付けがないということはできないから,当該周知技術を引用例1に適用することにより,引用例1の樹脂組成物に導電性を付与するため導電性カーボンブラックを添加することを当業者において容易に想到することができたものと認められる。
したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(訂正発明1の相違点2に関する判断の誤り)について (1) 原告は,本件審決は,引用例1発明において「樹脂混合物に導電性を付与するという周知の課題を解決するに当たり,より少ない量の導電性粒子の混入により低い表面抵抗を得るために,連続相であるポリアミドマトリックス相に主に導電性カーボンブラックを含有するようにすることは,引用例2記載の公知技術に基づいて当業者が容易に想到し得た旨(12頁3行〜21行)判断しているが,導電性カーボンブラックを主としてポリアミド相に含有させるための手段が,どのようにして引用例2記載の公知技術から容易に想到されるかについて,本件審決は何の理由も示していないから,理由不備がある旨主張する。
そこで検討するに,本件審決は,相違点2に係る訂正発明1の「導電性カーボンブラックが主にポリアミド相中に含有される」構成の技術的意義は,「ポリアミドが海,ポリフェニレンエーテルが島である樹脂混合物に,より少い量の導電性カーボンブラックで低い表面抵抗を得る」ことにあり,引用例2の記載から「海-島構造である樹脂混合物の海(連続相)に主に導電性物質を凝縮させることにより,より少ない導電性物質の充填率で格段に改良された導電性能(低い表面抵抗)を得る」ことは,本件出願前,公知の技術であったといえるから,樹脂混合物に導電性を付与するという周知の課題を解決するに当たり,より少ない量の導電性粒子の混入により低い表面抵抗を得るために,連続相であるポリアミドマトリックス相に主に導電性カーボンブラックを含有するようにすることは,引用例2の上記公知の技術に基づいて当業者が容易に想到し得た(11頁35行〜12頁21行)と判断している。
そして,引用例2(甲5)には,「静電防止,電磁波遮蔽等に用いられる導電性物質充填複合材料としては,例えば,炭素繊維,カーボンブラックや金属繊維を合成樹脂に均一に練込んだものが,その成型性の容易さから広く用いられている。」(1頁左下欄下から4行〜同頁右下欄1行),「本発明は,少ない導電性物質の充填率で,導電性を著しく低下させることなく,見かけの充填率を増やすことにより,発生する種々の制約の少ない複合材料を提供することを目的とする。」(1頁右下欄10行〜13行),「本発明者は更にこの接触確率を高める手段を,導電性物質を一相に凝縮せしめ,さらにこの相を海構造にすることにより,全体の濃度は低いが,電気導通路相においての濃度が高く,従って接触確率が高くなるため,同じ充填率ならば,格段に改良された導電性能を示す複合材料を得られたものと考えられる。」(2頁左上欄15行〜同頁右上欄1行)との記載がある。
これらの記載によれば,引用例2には,樹脂組成物を少ない導電性物質の充填率で導電性にするために,カーボンブラックを含有する連続相とカーボンブラックを含有しない分散相とから複合材料を構成することによって,少ない導電性物質によって高い導電性を示すという技術思想が明確に開示されているものと認められるから,樹脂混合物に導電性を付与するという周知の課題を解決するに当たり,より少ない量の導電性粒子の混入により低い表面抵抗を得るために,連続相であるポリアミドマトリックス相に主に導電性カーボンブラックを含有する構成とすることは,引用例2の上記公知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものと認められる。
そして,導電性カーボンブラックを主としてポリアミド相に含有させるための手段が,どのようにして引用例2記載の公知技術から容易に想到されるかについて,本件審決は,訂正発明1の樹脂混合物を得る方法である訂正発明2の容易想到性の問題として検討し,その判断を示しているから(15頁6行〜19頁20行),訂正発明1の相違点2に関する判断の箇所に示されていなくても,本件審決に理由不備があるものということはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することはできない。
(2) また,原告は,訂正発明1における引用例1と引用例2の組合せの容易性に関する判断の誤りを取消事由2(イ)として主張するが,上記主張は,訂正発明2の容易想到性の問題と同一であり,後記5(3)において説示するとおり,理由がない。
4 取消事由3(訂正発明2の相違点1に関する判断の誤り)について 原告主張の取消事由3は,取消事由1と同旨のものであり,取消事由1に理由がないことは先に説示したとおりであるから,取消事由3も理由がない。
5 取消事由4(訂正発明2の相違点2に関する判断の誤り)について (1) 引用例1方法発明の認定の誤りの有無 原告は,引用例1には,材料の混合方法について何の教示もなく,実施例の記載によれば,材料をペレット化して予め混合しておくのではなく,溶融混練の際に同時に全材料の混合が行われると理解する方が自然であるから,本件審決が,引用例1方法発明について,「ポリアミド,ポリフェニレンエーテル,ゴム状物質及びカーボンブラックを混ぜ合わせた後,これらを溶融混練する方法」という混合の順序の要素まで開示されていると認定した点は誤りである旨主張する。
そこで検討するに,本件審決は,@引用例1には,「ポリフェニレンエーテル,ポリアミド,補強剤であるゴム状物質,及びカーボンブラックを含み,ポリフェニレンエーテルは2〜10μmの粒子相としてポリアミドマトリックス相中に分散している樹脂組成物」が記載されていること,Aその製造方法として,『「ポリアミド,ポリフェニレンエーテル及びゴム状物質を・・・溶融混練する」・・・こと,「本発明組成物には・・・カーボンブラックを添加する」・・・こと,具体的な実施例として,「ポリ(2,6-ジメチルフェニレン-1,4-エーテル),6,6-ナイロン,結合スチレン40%のSBブロックポリマー・・・を,第1表に示した配合処方に従い,30φ2軸押出機に供給し,300℃の温度で押出混練し,ペレット化した」・・・こと』が記載されているとした上で,B上記「押出機に供給し」とは,樹脂材料が通常ペレットの形態で供給されることであり,そしてこのペレットの供給によりペレット同士が混ぜ合わされることであること,上記「300℃の温度で押出混練し」とは,これらペレットの混合物がその後300℃で加熱・押し出しにより溶融混練されることであること,C「上記・・・に記載のカーボンブラックについても,これが溶融混練時に添加されていないと組成物に混入されないこととなるから,ペレット同士の混ぜ合わせ工程ではカーボンブラックは既に添加され,混合されている」ことをそれぞれ認定し,引用例1には,「ポリフェニレンエーテル,ポリアミド,補強剤であるゴム状物質,及びカーボンブラックを含み,ポリフェニレンエーテルは2〜10μmの粒子相としてポリアミドマトリックス相中に分散している樹脂組成物を作る方法において,ポリアミド,ポリフェニレンエーテル,ゴム状物質及びカーボンブラックを混ぜ合わせた後,これらを溶融混練する方法。」の発明(引用例1方法発明)が記載されていると認定したものである(12頁25行〜13頁13行)。
そして,本件審決認定の引用例1方法発明における上記「カーボンブラックを混ぜ合わせた後,これらを溶融混練する」との点は,引用例1記載の実施例から,典型例の一つとして,材料を混合してからこれらを押出機に供給する方法を想定してそのように表記されたにすぎず,引用例1において,材料が同時に押出機に供給されて溶融混練される場合を除外するものではなく,また,樹脂材料の供給の形態がペレット又は粉末であるかは問わないものと認められるから,本件審決の引用例1方法発明の認定について原告主張の誤りはないというべきである。
(2) 「第1の混合」と「第2の混合」に関する認定の誤り(相違点の看過)の有無 原告は,訂正発明2の目的物であるポリマーブレンドの構造に関係するのは,あくまで溶融混練における混練の順序(導電性カーボンブラックを予めポリアミドと混練して均一に分散しておくか,それとも他の順序で混練するか)であるから,本件審決が認定した「第1の混合」と「第2の混合」の概念を用いて訂正発明2と引用例1方法発明の対比を行うのは不適当であり,また,訂正発明2と引用例1の相違点は,マスターペレットを用意するか否か(相違点2)ではなく,訂正発明2が,予め導電性カーボンブラックをポリアミドに均一に分散させておき,その後に,ポリフェニレンエーテルとを混合させるのに対し,引用例1では,材料を予めドライブレンドするか否かを問わず,全部の材料を押出機中で同時に融解混合する点にあり,本件審決は,この相違点を看過している旨主張する。
しかしながら,本件審判事件の第1回口頭審理調書(乙12)には,確認事項1として,「特許請求の範囲の請求項2に記載の「混合する」とは,具体的には,「ポリアミドとカーボンブラックを押出機を用いて溶融混練して得たペレットと,ポリフェニレンエーテルペレットとを,押出機を用いて300℃で加熱して混合する」工程であることで,双方とも合意する。」との記載があることに照らせば,本件審決が,訂正発明2の導電性樹脂混合物を作るための「混合」とは,『具体的にはマスターペレット(導電性物質を含有した海となる樹脂ペレット)と他の樹脂ペレットとをドライブレンドによって「混ぜ合わせる工程」(以下,「樹脂ペレット同士を混ぜ合わせる」ことを,便宜上「第1の混合」という)と,その後これらペレットを「溶融混練する工程」(以下,便宜上「第2の混合」という)とを意味するというべきであり,引用例1における「ポリアミド,ポリフェニレンエーテル,ゴム状物質及びカーボンブラックを混ぜ合わせた後,これらを溶融混練する」ことは,具体的には,海となるポリアミドのペレットとポリフェニレンエーテルのペレットを混ぜ合わせ,これにカーボンブラックをも混合する「第1の混合」後に,これら混合物を溶融混合する「第2の混合」とを行うことであるといえるから,引用例1の「第1の混合」と「第2の混合」が訂正発明2の「第1の混合」と「第2の混合」に相当する』(13頁37行〜14頁18行)と認定したのは,上記双方の合意を踏まえたもので,訂正発明2と引用例1方法発明の一致点と相違点を導き出すための便宜的な手法であることが認められる。
そして,本件審決が認定した相違点2(訂正発明2は,「予め導電性カーボンブラックをポリアミド中へ均一分散させた後,これとポリフェニレンエーテルとを混合する」点,すなわち訂正発明2は,予め導電性カーボンブラックをポリアミド中へ均一分散させた樹脂(具体例では「マスターペレット」)を用意した後,この樹脂とポリフェニレンエーテルとを混合するのに対して,引用例1方法発明は,ポリアミド,ポリフェニレンエーテル及びカーボンブラックを用意した後,これらを混合しているだけであるから,訂正発明2のようなマスターペレットを用意しない点。)は,訂正発明2が,予め導電性カーボンブラックをポリアミドに均一に分散させた点で引用例1方法発明と相違するとの原告の主張と実質的に異なるものではない。
したがって,本件審決に相違点の看過がある旨の原告の上記主張は採用することができない。
(3) 引用例1と引用例2の組合せの容易性についての判断の誤りの有無 原告は,@引用例1が,ポリアミド中にポリフェニレンエーテルが溶融混練によってミクロに分散した樹脂組成物を開示しているのに対し,引用例2は,ペレットをドライブレンドして加熱プレスにより成形した複合体を開示しているが,ミクロに分散混合した樹脂組成物を開示していないこと(取消事由2(イ)@),A引用例2の加熱プレス法では,二つの相を構成する樹脂が接着性を有するものでなければならない(引用例2は一つの樹脂で二つの相を構成する場合を教示しているにすぎない。)のに対し,引用例1のポリアミドとポリフェニレンエーテルは,接着性の悪い樹脂の組合せであり,しかも,この組合せにつき引用例2には接着性を付与するためにどのような添加剤を使用すればよいかの教示がないこと(取消事由2(イ)A),B引用例2は,使用する2種類のペレットを溶融混練すると,全体が均一に混合され,導電性物質が全体に分散して目的を達せられないので,加熱プレスという特殊な手段を採用することにより,導電性物質を連続相中に局在化させることに成功した発明であって,引用例2においては加熱プレス以外の方法(例えば,引用例2記載の比較例の押出機による溶融混練)を排除していることからすれば,引用例2の方法を,複数の成分の混合方法として溶融混練工程を必須とする引用例1に適用する動機付けがなく,仮に適用するとしても,どのように適用するのか手がかりがなく,その適用は困難であり,本件審決が引用例2記載の公知の手段(マスターペレット)を引用例1方法発明の「第1の混合」の段階に適用して差し支えないと判断したことは誤りであること(取消事由2(イ)B,取消事由4(ウ)@),C樹脂の組合せが非相溶であるが故に溶融混練によって海-島構造が保たれ,導電性物質の局在化も保たれるというためには,溶融混練が非相溶の樹脂間における導電性物質の移動をもたらさないことが客観的に正しく,かつ,本件特許出願当時の技術常識になっていなければならないところ,本件特許出願当時において,ポリフェニレンエーテル/ポリアミドブレンドという材料中のカーボンブラックの挙動を当業者が予想することを可能にするような技術常識が存在しなかったことは明らかであるから,非相溶の樹脂の溶融混練においてカーボンブラックの局在化が保たれるとの本件審決の認定は誤りであること(取消事由4(ウ)A),上記@ないしCによれば,引用例2の開示の一部だけを取り出して,引用例1と組み合わせることは,技術的に無意味であり,引用例1と引用例2を組み合わせても訂正発明1及び2に当業者が容易に想到するものではない旨主張する。
ア 前記@について そこで検討するに,引用例2(甲5)には,「本発明のブレンド型導電性複合材料を得る方法としては,まず電気絶縁性マトリックス(A)に,公知の導電性フィラーを含有させる方法,例えば,押出機を用いて導電性繊維もしくは粒子を電気絶縁性マトリックス(A)に練り込んだペレット(複合材α)を作る。次に,電気絶縁性マトリックス(A)に必要に応じて強化剤,流動性改良剤,接着改良材,添加剤等を公知の方法で含有させて複合材(α)と同程度の形状のペレット(材料β)を作る。そして,このペレット同士を,ドライブレンドし,プレス成形をして作成するのが最も簡便な方法であるが,上記方法に限定されるものではなく,結果として,複合材(α)相が少なくとも連続になっていれば本発明の目的は達せられる。以下に実施例を記すが,本発明はこれに限定されるものではない。」(3頁左上欄下から2行〜同頁右上欄15行)と記載されている。
加えて,引用例2(甲5)には,実施例1として,「PAN系炭素繊維チョップ(以下CFチョップと略す)」と「ガラス繊維チョップ(以下GFチョップと略す)」を,別々にナイロン-6,6ペレットにドライブレンドしたものを,それぞれ2軸押出機で溶融押出して得られたストランドをペレタイズして直径,長さ共約2mmの円柱状ペレットの複合材とし,これら2種のペレットをドライブレンドした後,300℃で加熱したプレスで成形した成形板を得たこと(3頁右上欄16行〜同頁左下欄14行),比較例1として,CFチョップとGFチョップとをナイロン-6,6ペレットと同時にドライブレンドし,実施例1と同様にしてペレットを得た後,成形板を得た比較例とが記載されていること(3頁右下欄1行〜12行)が認められる。
これらの記載によれば,引用例2は,その実施例においてペレット同士のドライブレンドとその後の加熱プレスによる成形方法を最も簡便な方法として示してはいるものの,この方法に限定していないことは明らかであり,結果として,導電性を有する複合材(α)相が少なくとも連続(連続相)になればよいことを理解することができる。
そして,引用例2においては,分散相を構成する粒子のサイズについて何らの限定も設けられておらず,実際,粉末状の樹脂素材は周知であり,相互に非相溶の樹脂2種を種々の割合で溶融混練したものを成形した状態を想定すれば,体積割合の少ない方の樹脂が分散相(島構造)として存在する一方,他方の多い方の樹脂が連続相(海構造)を形成する可能性が高いことは容易に想像されるところである。
したがって,原告の前記@の主張は採用することができない。
イ 前記Aについて (ア) 原告は,引用例2の加熱プレス法では,二つの相を構成する樹脂が接着性を有するものでなければならないのに対し,引用例1のポリアミドとポリフェニレンエーテルは接着性の悪い樹脂の組合せである旨主張する。
しかし,引用例2の技術思想は連続相を構成する樹脂中にカーボンブラックを充填することにより,より少ないカーボンブラックによって高い導電性を得ることができるというものであって,前記アにおいて説示したとおり,引用例2は,加熱プレス法に限定されるものでなく,導電性を有する複合材(α)相が少なくとも連続(連続相)になれば具体的な樹脂の種類,その組合せ,製法等は問題とされていないものと認められる。
(イ) また,原告は,接着性を有しないポリフェニレンエーテルとポリアミドについて,如何なる添加剤を使用すればポリフェニレンエーテルとポリアミドの接着性を付与することができるかについて何の教示もない旨主張する。
しかし,引用例2(甲5)においては,複合材(α)及び材料(β)として,ポリアミドもポリフェニレンエーテルも例示されているのみならず(2頁右上欄12行〜14行,19行〜20行,同頁右下欄9行〜10行),その具体例として挙げられている各樹脂は,同一の樹脂の組合せの場合以外はいずれも非相溶の組合せとなること,引用例2には,分散相を構成する樹脂βとしては連続相を形成する樹脂として使用できる材料の中に,連続相を形成する樹脂との接着性強化等のために適宜の添加剤を含有させた樹脂が使用できること(2頁右下欄下から2行〜3頁左上欄5行)が記載されていることからすれば,引用例2においては非相溶の樹脂について添加物により接着性を向上させることが開示されていることは明らかであり,また,添加物は樹脂の種類に応じて,当業者が適宜選択し得る事項にすぎない。
(ウ) そして,引用例1(甲4)には,ポリフェニレンエーテルとポリアミドの分散形態調整剤として,無水マレイン酸等のマレイン酸化合物と特定のアミン系化合物(フェノチアジン等)等を併用することが実質的に必要である旨の記載があり(4頁左上欄15行〜同頁左下欄9行),引用例1の実施例では無水マレイン酸,フェノチアジンが添加されていること(5頁左上欄13行以下)からすれば,引用例1にはポリフェニレンエーテルとポリアミドの接着性を改良するために無水マレイン酸等を添加することが記載されているものと認められる。一方,訂正明細書(甲3)には,「ポリフェニレンエーテルとポリアミドを相溶化する方法としては,単に相溶化剤を添加混合する方法あるいは予じめポリフェニレンエーテルをクエン酸,無水マレイン酸等と反応させて変性した後にポリアミドと混練する方法等のいずれの方法を使用することもできる。」(段落【0012】)との記載があり,実施例では,クエン酸が添加されていること(段落【0022】の表1)などに照らすと,ポリフェニレンエーテルとポリアミドとの接着性を改良するためにクエン酸,無水マレイン酸等の添加剤を添加することは引用例2に開示がなくとも当業者にとっては技術常識であるものと認められる。
(エ) したがって,引用例2の技術を引用例1に適用することを当業者は容易に想到できたものと認められ,原告の前記Aの主張は採用することができない。
ウ 前記Bについて 原告は,引用例2は,使用する2種類のペレットを溶融混練すると,全体が均一に混合され,導電性物質が全体に分散して目的を達せられないので,加熱プレスという特殊な手段を採用することにより,導電性物質を連続相中に局在化させることに成功した発明である旨主張するが,引用例2が加熱プレス法の採用を必須とする技術でないことは前記アで説示したとおりであるから,原告の前記Bの主張は,その前提を欠くものであって,採用することができない。
エ 前記Cについて 原告は,樹脂の組合せが非相溶であるが故に溶融混練によって,導電性物質の局在化も保たれるというためには,溶融混練が非相溶の樹脂間における導電性物質の移動をもたらさないことが客観的に正しく,かつ,本件特許出願当時の技術常識になっていなければならないなどと主張する。
しかし,訂正明細書(甲3)には,「本発明においてカーボンブラックを主にポリアミド相中に含有せしめるためには,カーボンブラックをポリアミド中に予め均一分散させた後に,ポリフェニレンエーテルと混合する。こうすることによって,カーボンブラックの過半,好ましくは70重量%以上,特に90重量%以上,最も好ましくは95重量%以上がポリアミド相中に含まれることになる。」(段落【0020】)との記載があることに照らすと,訂正発明1及び2の「主に」とは,「過半」を意味するものであり,当業者において,ポリアミド及びポリフェニレンエーテルのような非相溶の樹脂を溶融混練すればカーボンブラックが予め混合されていた相に相対的に多く残っていることが予測されるのであれば,それで足りるのであって,導電性物質(カーボンブラック)が予め混合されていた相から常に移動しないことが客観的事実である必要はないというべきであるから,本件審決認定の「導電性物質の局在化が保たれる」とは,海(連続層)となる樹脂に予め均一分散させたカーボンブラックが溶融混練後においても海(連続層)に相対的に多く存在していることを意味するものと理解することができる。
そして,前記アで説示したとおり,相互に非相溶の樹脂同士を溶融混練すれば,体積割合の多い方の樹脂が構成する海(連続相)の中で,少ない方の樹脂相が島構造となる可能性が高いことは,当業者であれば容易に予測することができること,もともと海相中に含まれる導電性物質等の第3成分が島相へ移行するためには,海相中を移動する島相が当該第3成分と接して,なおかつ海相-島相間の界面を拡散して島相中へ入り込む必要があり,拡散が通常は正逆方向に移行可能な反応であること(移行の程度は異なっても,一旦島相に入り込んだ第3成分が再び海相へ戻る可能性もある。)をも合わせ考えると,当初は海相中にのみ含まれていた導電性物質等の第3成分が,押出機等による比較的短い時間での溶融混練中に海相から島相へ一方的に大量に移行し,過半を超えるような事態は当業者においておよそ想定しがたいものと認められるから,「導電性物質の局在化が保たれる」との本件審決の認定に誤りはない。
したがって,原告の前記Cの主張も採用することができない。
(4) したがって,原告主張の取消事由2(イ)及び4も理由がない。
6 結論 以上によれば,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 大鷹一郎
裁判官 長谷川浩二