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事件 平成 13年 (ワ) 22447号 不当利得返還等請求事件
原告 株式会社大協精工
訴訟代理人弁護士 木村宏
同 木村政道
補佐人弁理士 萩原亮一
同 加藤公清
被告 浪華ゴム工業株式会社
訴訟代理人弁護士 藤田健
補佐人弁理士 高島一
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/09/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙物件目録2,4及び5記載の各物件を製造,販売してはならない。
2 被告は,前項の各物件及びその各半製品を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,金2億5015万円及びこれに対する平成13年10月27日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 本件は,後掲特許権を有している原告が,被告に対し,被告の製造販売する別紙物件目録記載の各医療品用プラスチック容器栓体(以下,「被告製品」という。)は同特許発明技術的範囲に属するとして,それらの製造及び販売の差止,完成品及び半製品の廃棄並びに損害賠償を求めている事案である。
2 争いのない事実等 (1) 原告は,医薬,医療用器具包装材の製造及び販売等を業とする会社であり,被告は,各種ゴム製品,医療用具の製造及び販売等を業とする会社である。
(2) 原告は,次の特許権を有している(以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲請求項1の発明を「本件発明」という。)。
発明の名称 医薬品用プラスチック容器の栓体及びその製造方法 特許番号 第2582134号 出願日 昭和63年9月9日 公開日 平成2年1月5日 優先日 昭和63年3月3日 登録日 平成8年11月21日 特許請求の範囲 別添特許公報(以下「本件公報」という。)の特許請求の範囲請求項1記載のとおり。
(3) 本件発明を分説すると,次のとおりとなる。
A 医薬品用プラスチック容器本体の口部に適用される隔膜の無いプラスチック製外郭支持体と B 該外郭支持体に嵌入され当該栓体の天面部を構成するゴム栓とからなり C 該ゴム栓はその表面の一部又は全部に前記外郭支持体と融着可能なプラスチックフィルムのラミネート膜が密着結合されていて D 該ゴムのラミネート面と前記外郭支持体内壁が融着されてなる E 医薬品用プラスチック容器の栓体 (4) 被告は,次のとおり,製品を,業として製造し,販売していた又はしている(ただし,次の各目録のうち,下線で示す「接合されて一体化してなる」という部分は,争いがあり,被告は,「付着しているにすぎない」と主張している。また,3号物件については,下線で示す「密着結合」という部分にも争いがある。)。
ア 被告は,別紙物件目録1記載の製品(以下「1号物件」という。)を遅くとも平成8年12月1日から,業として製造し,日本製薬株式会社(以下「日本製薬」という。)に販売していた。
イ 被告は,別紙物件目録2記載の製品(以下「2号物件」という。)を,業として製造し,日本製薬に販売している。
ウ 被告は,別紙物件目録3記載の製品(以下「3号物件」という。)を遅くとも平成8年12月1日から,業として製造し,ビーブラウン模範薬品株式会社(以下「ビーブラウン」という。)に販売していた。
エ 被告は,別紙物件目録4記載の製品(以下「4号物件」という。)を,業として製造し,ビーブラウンに販売している。
オ 被告は,別紙物件目録5記載の製品(以下「5号物件」という。)を,業として製造し,日研化学株式会社に販売している。
(5) 被告製品は,本件発明の構成要件A,B及びEを充足する。また,3号物件を除く被告製品は本件発明の構成要件Cを充足する。
争点及び当事者の主張
1 本件の争点 (1) 3号物件は本件発明の構成要件Cを充足するか。
構成要件Cにおける「密着結合」の意義 イ 3号物件はゴム栓にラミネート膜が「密着結合」しているか。
(2) 被告製品は本件発明の構成要件Dを充足するか。
構成要件Dにおける「融着」の意義 イ 被告製品はゴム栓のラミネート膜の外面と外郭支持体内壁が「融着」しているか。
(3) 被告製品は,本件発明と均等か。
(4) 損害の発生及びその額 2 当事者の主張 (1) 争点(1)について (原告の主張) ア 争点ア(構成要件Cにおける「密着結合」の意義)について 従来の医薬品用プラスチック容器の栓体は,ゴム栓とプラスチック隔壁との間に空間があることから,針刺時に生じた隔膜の穴から薬液が侵入して薬液とゴム栓とが直接接触する状態となり,ゴム栓に含まれる成分により薬液を汚染する等の問題があった。本件発明の主たる作用効果は,ゴム栓とラミネート膜とを密着結合させることによって,従来品にあった刺通時におけるプラスチック隔膜の破片の容器内落下という問題及びゴム栓とプラスチック隔膜間の空間の存在に起因する薬液とゴム栓との接触という問題を解決し,使用時における針刺容易性及び安全性を確保することにある。したがって,ゴム栓とラミネート膜の「密着結合」とは,両者の間に空間がないことが重要であり,その接合強度は問題とならない。
イ 争点イについて 3号物件は,ラミネート膜がゴム栓の下部及び側面に沿う形で空間なく構成され,通常の使用をすれば針刺時に針の周囲のラミネート膜がわずかに剥離するにすぎず,針を刺した部分以外に薬液が侵入するような間隙は生じない。したがって,3号物件はゴム栓にラミネート膜が「密着結合」している。よって,3号物件は,本件発明の構成要件Cを充足する。
(被告の主張) ア 争点アについて 本件発明において,ゴム栓とラミネート膜が「密着結合」していることを要するのは,ラミネート膜とゴム栓との間に隙間をなくして,この隙間に薬液が侵入するのを防ぐためである。したがって,刺針時にゴム栓からラミネート膜が剥がれてゴム栓の表面とラミネート膜との間に隙間が生じ,この隙間に薬液が侵入するような場合には,ラミネート膜とゴム栓が「密着結合」しているとはいえない。
イ 争点イについて 3号物件においては,ラミネート膜としてポリプロピレンを用いていたが,このポリプロピレンのラミネート膜を用いてラミネートゴム栓を製造する場合,ゴム栓とラミネート膜との密着強度はきわめて弱く,「密着結合」の状態とはならない。このことは,3号物件に医薬品用プラスチック容器に通常用いられる針を刺した後に抜き取ると,刺針部分のラミネート膜がゴム栓の表面から剥離し,これらの剥離部分をピンセットで引っ張ると,比較的容易に広い範囲にわたってラミネート膜を剥離することができ,この際に界面に破壊が生じてゴム栓側にラミネート膜の成分が付着するようなこともないことから明らかである。3号物件は,刺針部分において,ラミネート膜がゴム栓の表面から剥離し,その間隙に薬液が混入する。したがって,3号物件は,ラミネート膜とゴム栓が「密着結合」していない。
(2) 争点(2)について (原告の主張) ア 争点ア(構成要件Dにおける「融着」の意義)について 「融着」とは,一方又は双方の物質の全体もしくは表面を加熱融解して流動状態にすることにより,両物質間の空間が充たされて接触面積が増大し,分子間力が高まることで実現される,2つの物質間の接合方法及びその結果である。すなわち,単に,物質を溶融して複数の部材を互いに接着することを意味するにすぎず,2つの熱可塑性物質が熱により相互に解け合って表面部分が混じり合い強固に結合していることを示すような狭い概念ではない。
そして,本件発明におけるラミネート膜と外郭支持体といういずれも高分子化合物であるプラスチック成形体同士の接合においては,機械接着(一方の成形体が融解して流動状態になったものが他方の成形体の凹部や微細孔に入り込んで固化して,両成形体が相互に固化される場合をいう。),化学接着(両成形体の接着面の両物質が化学的結合力により接合される場合をいう。本件のような高分子化合物同士の場合には,界面で高分子鎖同士が拡散,絡み合いを生じることをいう。)などがあるところ,構成要件Dにいう「融着」については,その接合の機構は必ずしも化学接着に限定されるものではなく,機械接着だけである場合や化学接着が混在している場合を含むものである。
その理由は次のとおりである。
(ア) プラスチック工業分野における専門用語辞典である「英和プラスチック工業辞典」(小川伸著・株式会社工業調査会発行。甲4の46。以下「本件辞典」という。)が「融着」の意味内容に直接言及した唯一の文献であるが,これによると,「FUSION BOND」が「融着させる」ことと定義され,「融着させる」とは「熱可塑性プラスチックなどを加熱して融着させる」こととされている。そして,「FUSION」とは「融解」と同義であり,「融解」とは「一定の温度圧力の下に固相が液相に変化すること」であると定義づけられている。これによると,当業者間において,「融着」とは,単に融解,すなわち物質を固相から液相に変化させることによってもたらされる結合状態である以上には,何ら特別な意味を持たないことが明らかである。
(イ) 本件発明の副たる作用効果は,医療用器具の口部に適用する栓体のうち,外郭支持体とゴム栓下面周辺部のラミネート膜との間を,接着剤を使用せずに「融着」させることによって,従来の医薬品容器と同様の密封性を確保することにあるから,構成要件Dにおける「融着」は,第11改正日本薬局方の輸血用プラスチック容器試験法及び輸血用ゴム栓の規格に適合又は準拠する程度の密封性が確保されていれば十分であり,融着の程度(剥離強度)は問題ではない。しかるところ,このような密封性を確保するためには化学接着のみならず,機械接着でも十分である。
(ウ) 本件公報の明細書には,「ラミネート膜材料としては外郭支持体と同系統のプラスチックが接着性の上から最も好ましく」と記載されているが,この記載は,同系統でないプラスチックが融着することを前提とした記載である。しかるところ,「融着」が被告が主張するような意味であれば,同系統でないプラスチックが融着することはない。
(エ) 被告は,平成元年3月31日付け出願にかかる特許の特許請求の範囲にポリエチレン製の筒状栓体主体とゴム質栓の超高分子量ポリエチレンフィルムが「融着」される旨記載している。被告の主張によると,これらの物質の間では,被告のいう意味における「融着」は生じないのであるから,この特許請求の範囲における「融着」の意義は,被告主張のものとは異なる。
(オ) 構成要件Dの「融着可能なプラスチック」という表現は,フィルムの融点や厚さ,射出速度,射出圧力等の条件によっては,射出成形時にフィルムが破れる等実用にならない場合があるので,このような場合を除外する意味にすぎない。
イ 争点イ(被告製品の外郭支持体とラミネート膜との融着性)について 被告製品においては,いずれも外郭支持体とラミネート膜とは「融着」している。
その理由は次のとおりである。
(ア) 外郭支持体とラミネート膜の材質 被告製品の外郭支持体は,純粋なポリプロピレンではなく,ポリプロピレンとポリエチレンのブロックコポリマーである。そして,ラミネート膜に用いられているのは3号物件を除き超高分子量ポリエチレンであり,それとポリエチレンとは類似の素材であるから,ポリエチレンを含有する外郭支持体内側筒状部と超高分子量ポリエチレンのラミネート膜は親和性を有し,「融着」する。
(イ) 剥離強度 「融着」によって得られる効果は密封性にあるから,密封性が確保されている限り,剥離強度は「融着」の有無とは関係がない。
また,被告製品は,弱い力で剥離しないが,「融着」が生じても,材料物質の粘性や流動性,形成時の圧力,射出速度等の諸条件の違いにより,接合強度が異なることは技術常識上明らかであるから,被告製品が弱い力で剥離したとしても,「融着」を否定する根拠にはならない。
(ウ) 剥離面の状態 被告製品のラミネート膜と外郭支持体の接合部分を剥離し,その剥離面を観察すると,剥離面以外ではみられないサブミクロンレベルのひだ状の凹凸が認められる。これは延性破壊が生じていることを示すものであるから,両者が「融着」していることを示している。
(エ) 密封性・液漏れの不存在 被告製品のラミネート膜と外郭支持体との間には,密封性がある。また,実験により,被告製品は,ラミネート膜と外郭支持体の接合部分から液漏れがないことが確かめられている。したがって,この部分は「融着」しているということができる。
プラスチックのラミネート膜の表面は微視的にみれば粗面となっている上,ゴムのような弾力性がないので,外郭支持体内側筒状部と単に接触している状態においては,粗面の存在により,毛細管現象による薬液の侵入を防ぐことができない。したがって,栓体にプラスチックのラミネート膜のあるゴム栓が用いられる場合,「融着」させずにリング状の凹凸嵌合部だけで薬液の侵入を防ぐことは理論的に不可能であって,もし,ラミネート膜と外郭支持体の間に毛細管現象を防ぎ得るほどの密封性があるとすれば,それはまさしく「融着」しているからにほかならない。
(オ) 成形方法 被告製品はいずれも射出成形法で製造されている。射出成形法によって外郭支持体を成形する場合,外郭支持体に使用される物質は当然流動状態となっているため,その流動化した物質が成形時に必然的にラミネート膜表面に存在する凹凸に入り込むことになる。その結果,ラミネート膜と外郭支持体の境界部分の空間がなくなり,密封性と接合力が得られる。したがって,射出成形法で成形されている被告製品はラミネート膜と外郭支持体が「融着」している。
よって,被告製品は,いずれも,本件特許の構成要件Dを充足する。 (被告の主張) ア 争点ア(「融着」の意義)について 「融着」とは「溶着」とほぼ同義であり,同じあるいは異なる2つの熱可塑性物質が熱により解け合って表面部分が混じり合い強固に結合していることをいい,溶けて混じり合った部分が接着剤と同じ役割を果たすことをいう。そして,プラスチックにおける「融着」とは,熱可塑性樹脂を加熱・溶融することによって,界面の高分子鎖同士の拡散・絡み合いを生じさせ,もって両者を結合することをいい,プラスチックのいずれか一方が融解して他方に接触した結果生じたにすぎない接合状態は含まれない。
したがって,本件において,ラミネート膜と外郭支持体が「融着」している場合は,これらが接着剤で強固に結合されているのと同じ状態となり,この融着部分を剥離することができず,無理に剥がそうとすれば融着部分以外の部位で物理的破壊が生じることになる。
そして,このことは,本件公報の記載からも明らかである。すなわち,本件発明は,「該ゴム栓はその表面の一部又は全部に前記外郭支持体と融着可能なプラスチックフィルムのラミネート膜が密着結合されていて」というもの(構成要件C)であり,特許請求の範囲請求項6には,「ゴム配合組成物シート表面の一部又は全部に外郭支持体と融着可能なプラスチックフィルムを配置して」との記載がある。また,発明の詳細な説明においても,「外郭支持体と融着可能なプラスチックフィルム」との記載があり,さらに,「ラミネート膜材料としては,外郭支持体と同系統のプラスチックが接着性の上からも望ましい」との記載がある。プラスチックのいずれか一方が融解して他方に接着した結果生じる接合状態までもが「融着」に含まれるとすれば,プラスチックフィルムの種類を問わず「融着」が生じるはずであって,「融着可能な」プラスチックフィルムという限定を付したり,わざわざ同系統のプラスチックを選んだりする必要はないはずである。このような公報の記載からしても,「融着」というのは,単にプラスチックのいずれか一方が融解して他方に接着した結果生じる接合状態というものでないことは明らかである。
なお,本件辞典において,「FUSIBLE」を「可融性」という意味に訳し,さらに,「可融性」を「接着剤と支持体が共に溶融され界面に均質層を形成する性質」と具体的に説明されている点からすれば,これは,被告が主張する「融着」の意味と同じであり,熱可塑性プラスチックの接合面が熱によって溶け合って混じり合っており,分子レベルでいえば接合面の構成分子が激しいブラウン運動を起こし,高分子の絡み合いが生じていることを意味している。また,同辞典の「FUSE」の「A融合させる,溶融させる」の意味として「ビニルプラスチゾル成形加工においては,プラスチゾルを高温に加熱して単一の位相体とする」との説明がされ,「FUSION」の「A融合,溶融」の意味として「ビニルプラスチゾルおよびオルガノゾルにおいて,加熱したときに樹脂粒子が可塑剤中に完全に溶解した状態をいう。したがって,冷却すると均質な固溶体が得られ」との説明がされている。これらのことからすると,本件辞典においても,「融着」には,2つの熱可塑性プラスチックが溶け合い混じり合うという意味が含まれており,単に,1つの熱可塑性プラスチックを融解して他のプラスチックに付着させるだけでは「融着」とはいえない。
また,被告が平成元年3月31日付けで出願した特許の公報において開示されている外郭支持体の射出成形に用いたエチレンープロピレン共重合樹脂は,三菱油化のSPX8400という特殊な樹脂であり,この樹脂を用いる場合は,フィルムの剥離面に延性が認められ「融着」が生じるが,被告製品は通常のエチレン-プロピレン共重合体であり,超高分子量ポリエチレンとの間に「融着」は生じない。
イ 争点イ(被告製品の外郭支持体とラミネート膜との融着性)について 被告製品の外郭支持体とラミネート膜とは「融着」していない。
その理由は次のとおりである。
(ア) 外郭支持体とラミネート膜の材質 相溶性の熱可塑性プラスチック同士は,加熱・溶解すると界面において互いの高分子鎖同士が他方に拡散して絡み合い,その結果「融着」を生じるが,相溶性がない熱可塑性プラスチック同士においては,通常このような拡散や高分子鎖の絡み合いは生じない。1号,2号,4号及び5号物件の各ラミネート膜に用いられている超高分子量ポリエチレンと外郭支持体に用いられているポリプロピレンとの間には相溶性はなく,通常はこれらの高分子同士の拡散や絡み合いは生じない。確かに,2号,4号及び5号物件の外郭支持体の成分は単純なポリプロピレンではなく,プロピレン-エチレン共重合体が90パーセント,ポリエチレンが8パーセント,ポリスチレンが2パーセントのブレンドである(なお,4号物件は,外郭支持体の成分及び射出条件を変更しており,変更前の成分は,ポリエチレン及びポリスチレンがブレンドされておらず,エチレンとプロピレンの割合が2対98程度の共重合体である。)。しかしながら,超高分子量ポリエチレンは,ポリエチレンとはいえ通常のポリエチレンとはその性質を大きく異にするものであり,通常のポリエチレンと超高分子量ポリエチレンは,同じポリエチレンであっても「融着」は生じない。また,ポリスチレンについても,ポリプロピレンやポリエチレンとの親和性は全くなく,「融着」を生じることは考えられない。その上,外郭支持体の成分にポリエチレンやポリスチレンが含まれているといっても,少量であって,ポリプロピレンの性質を強く残しているから,超高分子量ポリエチレンとは「融着」し難い。
(イ) 剥離強度 3号物件において,ゴム栓とラミネート膜は外郭支持体に密着してはいるが,「融着」はしていない。3号物件は,ラミネート膜と外郭支持体が密着しているにすぎないから,2.7ないし5.0s/p2の力を加えただけでラミネートしたゴム栓が外郭支持体からきれいに剥離する。1号,2号,4号及び5号物件の外郭支持体とラミネート膜の剥離強度は非常に弱く,指で触れる程度で剥離する。
したがって,「融着」は生じていない。
(ウ) 剥離面の状態 被告製品の外郭支持体から剥離したラミネート膜の表面を観察すると,表面が延性する等の形態の変化は全く認められず,外郭支持体に接する部分の表面と接しない部分との間に特に差異はない。したがって,被告製品は外郭支持体とラミネート膜に「融着」は生じていない。
(エ) 密封性・液漏れの不存在 ポリプロピレン及び超高分子量ポリエチレンは疎水性(水をはじく性質)があるので,毛細管現象のみによっては両者の間隙に薬液が侵入することは不可能である。1号,2号,4号及び5号物件における密封性は,内栓樹脂とラミネート膜の「融着」とは全く関係がなく,界面におけるゴムの弾力による押し合う力(特に凹凸の嵌合部,内栓樹脂先端部の食い込み部)により確保されているにすぎない。
(3) 争点(3)について (原告の主張) 仮に被告製品が構成要件Dの「融着」の要件を充足しないとしても,2号,4号及び5号物件については,均等論が適用されるべきである。
以下,均等論の要件ごとに検討する。
ア 本件発明の本質的部分 本件特許出願時の技術水準に照らすと,刺針時において破砕されたプラスチック隔膜による薬液の汚染防止及び刺通時の薬液とゴム材との接触による薬液のゴム析出物汚染の防止という,従来技術では十分に達成しえなかった技術的課題を解決するために,ゴム栓にプラスチックフィルムのラミネート膜を密着結合させるという構成をとった点が本件発明に特有の解決手段である。これに対し,ゴム栓表面のラミネート膜と外郭支持体内壁との「融着」は,その作用効果が薬液保存期間中の内容薬液の品質保持のための密封性確保という既に解決済みの課題であり,副次的なものにすぎない。したがって,本件発明の本質的部分は構成要件Cの「密着結合」であり,構成要件Dの「融着」は本件発明の本質的部分ではない。
置換可能性 被告製品は,いずれも,プラスチックフィルムをゴム栓にラミネートする方法でこの両者を密着結合させる方法により,ゴム栓と内容薬液の接する面をゴム栓に密着結合したラミネート膜で覆い,このことにより従来未解決であった上記アの2つの技術的課題を一緒に解決するとともに,このようなラミネートされたゴム栓と外郭支持体とを射出成形法を用いて接合し,これにより少なくとも外郭支持体を構成するプラスチックが溶融しゴム栓面上のラミネート膜との間の空間に入り込み,空間が充たされて接触面積が増大することにより,日本薬局方が求める規格に適合又は準拠する程度の密封性を確保しているのであるから,本件発明と同一の作用効果を奏し,本件発明の目的を達している。したがって,構成要件Dの「融着」を被告製品における接合状態に置き換えても,本件発明の目的を達することができ,本件発明と同一の作用効果を有している。
置換容易性 被告製品は,いずれも,本件公報記載の製造方法である射出成形により作出されたものであり,かつ,本件公報記載の材質(超高分子量ポリエチレン)が使用されているのであるから,被告製品にみられる接合方法をもって「融着」に置換し,ゴム栓のラミネート膜と外郭支持体との隙間を塞ぎ,日本薬局方の規格に適合又は準拠する密封性を確保することは当業者において製造時点で容易に想到することができたものである。
公知技術と非同一ないし非容易推考性 上記従来技術では未解決の2つの技術的課題を解決するための手段として,ゴム栓の表面の一部又は全部にプラスチックのラミネート膜を密着結合させるという構成を採ることは,本件特許出願時,公知技術と同一又は当業者が公知技術から容易に推考できたものではない。 オ 意識的に除外した等の「特段の事情」の不存在 被告製品の構成が本件特許出願時において意識的に除外された等の特段の事情は存しない。
(被告の主張) ア 本件発明の本質的部分 本件発明の目的は,「プラスチック隔膜を無くするか,又は極端に薄いものにするに加え,プラスチック栓体部分とゴム栓を接着剤なしに融着状態にするという課題を解決することにより上記の問題点を克服して,保存期間中の密封性,使用時における針刺容易性,安全性を確保した医薬用プラスチック容器の栓体及びその製法を提供すること」である。そして,その手段として,「本発明者らは,ゴム栓にプラスチック製栓体本体と融着可能なプラスチックフィルムのラミネート膜が密着結合されており,このラミネート膜とプラスチック製の外郭支持体の内壁とを融着した構造が上記目的を達成しうると考え」たものである。したがって,構成要件C,すなわち,ゴム栓にプラスチック製栓体と融着可能なプラスチックフィルムのラミネート膜が密着結合されていることと,構成要件D,すなわち,このラミネートとプラスチック製の外郭支持体の内壁とが融着していることの両方が本件発明の本質的部分である。このことは,ゴム栓とラミネートフィルムを「密着結合」させることが公知の技術であったことを理由に,本件特許の出願が拒絶査定となり,その後,原告が,審判理由補充書において,本件発明の最も重要な要素は「密着結合」と「融着」の二つであると主張していたことからも明らかであり,本件訴訟において,原告が「密着結合」こそが本件発明の本質的部分であり,「融着」は本質的部分ではないと主張するのは,禁反言の法則に反する。
置換可能性 被告製品における密封性の確保(液漏れ防止)は,「融着」によるものではなく,ラミネートゴム栓と外郭支持体の界面におけるゴムの弾力による押し合う力によるものである。「融着」による密封性の確保は化学接合の問題であるが,被告製品における密封性の確保は,機械的・物理的作用の問題であるので,作用効果の点において全く異なり,同一の作用効果を有していない。
置換容易性 ラミネートゴム栓と外郭支持体の界面におけるゴムの弾力による押し合う力だけで密封性の維持(液漏れ防止)ができるということは,容易に想到,推考することができるものではない。
(4) 争点(4)(損害の発生及び額)について (原告の主張) 被告は,次のとおり,被告製品を製造,販売した。
ア 1号及び2号物件について (ア) 製造・販売数 少なくとも月間30万個 (イ) 販売単価 1個当たり15円 (ウ) 売上金額 少なくとも月間450万円 (エ) 期 間 平成8年12月1日から平成13年9月末まで(58か月間) (オ) 小 計 450万円×58=2億6100万円 イ 3号及び4号物件について (ア) 製造・販売数 少なくとも月間80万個 (イ) 販売単価 1個当たり20円 (ウ) 売上金額 少なくとも月間1600万円 (エ) 期 間 平成8年12月1日から平成13年9月末まで(58か月間) (オ) 小 計 1600万円×58=9億2800万円 ウ 5号物件について (ア) 製造・販売数 少なくとも月間250万個 (イ) 販売単価 1個当たり15円 (ウ) 売上金額 少なくとも月間3750万円 (エ) 期 間 平成10年11月1日から平成13年9月末まで(35か月間) (オ) 小 計 3750万円×35=13億1250万円 したがって,被告は,少なくとも,上記売上げ合計金額25億0150万円に実施料率10パーセントを乗じた実施料相当額である2億5015万円を不当に利得し,原告に同額の損害を負わせた。
(被告の主張) 原告主張の損害の発生及び額については否認ないし争う。
当裁判所の判断
1 争点(1)について (1) 争点アについて 「結合」とは,一般に,2つ以上の系に相互作用を持たせて結びつけることを意味する(「岩波 理化学事典」)。そうすると,「密着結合」とは,単にラミネート膜とゴム栓との間に空間がない状態(このような状態は単なる「密着」にすぎない)ではなく,両者の間に「結合」といえるような相互作用が働いていることを要するというべきである。
そして,本件公報の明細書の記載によると,本件発明の作用効果の1つは,ゴム栓とラミネート膜とを「密着結合」させることによって,従来品にあった刺通時におけるプラスチック隔膜の破片の容器内落下という問題及びゴム栓とプラスチック隔膜間の空間の存在に起因する薬液とゴム栓との接触という問題を解決し,使用時における針刺容易性及び安全性を確保することにあると認められる。そうすると,「密着結合」といえるためには,少なくとも,本件発明の目的である「刺針時に隙間が生じてゴム栓と薬液とが接触することを妨げる」程度の接合強度を有することが必要であり,刺針時にゴム栓からラミネート膜が剥がれてゴム栓の表面とラミネート膜との間に隙間が生じるような場合には,ラミネート膜とゴム栓が「密着結合」しているとはいえないものというべきである。
この点,原告は,「密着結合」とはゴム栓とラミネート膜との間に「空間」がないことであると主張するが,この主張は,既に述べたところから,採用できないことは明らかである。また,証拠(甲4の31)によると,原告は,無効審判請求事件の答弁書において,「本件発明は,請求項1でゴム栓とラミネート膜が「密着結合」するという文言を用いているが,これは例えば本件公報第8欄第40行〜第9欄第5行に説明されているように,未架橋ゴムシート20にラミネートフィルム材30を貼合させ(第3図A),ついで加熱加圧(140〜170℃,50〜100s/p2,7〜14分間)してゴム栓2の架橋成形と表面へのラミネート膜3(第3図B)の形成を同時に行うことによって「密着結合」させるものである。
この処理条件からみてゴム栓とラミネート膜との接合状態が甲第1号証のように,単に重ね合わせられたものと相違することは明らかである。そして,特許庁における審理経緯においても,この点が認められて特許審決されているのである。」,「本件発明においては単にゴム栓とラミネート膜との間の空間をなくして両者を密着させることにその解決手段を求めているのではなく,ゴムとプラスチックフィルムのラミネート膜とを密着結合[前述のとおり加圧加熱して架橋成形すると同時にラミネートすることにより得られる結合で請求書第11頁9〜12行において請求人も認めている]させているのであるから機械的に押さえつけた状態と相違することはいうまでもない。」と主張しており,本件発明の「密着結合」がゴム栓とラミネート膜との間に「空間」がないだけではないことを自認しているのであるから,このことから考えても,原告の上記主張は,採用できない。
(2) 争点イについて 本件全証拠によっても,3号物件において,ラミネート膜とゴム栓が,上記1(1)で認定したような意味において「密着結合」していると認めることはできない。
かえって,証拠(甲5の14,甲5の15,乙7)と弁論の全趣旨によると,3号物件に,輸液用プラスチック針を刺した後に針を抜き取ると,刺針部分のラミネート膜がゴム栓の表面から剥離し,これらの剥離部分をピンセットで引っ張ると容易にフィルム全面を剥離することができたこと,3号物件と同様にラミネート膜にポリプロピレンを使用している被告の医療品用プラスチック容器栓体について,上記3号物件と同様の実験をしたところ,同様の結果になり,かつ,走査電子顕微鏡による形態観察をしたところ,ラミネート膜表面に付着物らしきものは観察されず,X線マイクロアナライザを使用した元素分析でもラミネート膜表面からゴムの元素成分が検出されなかったこと,以上の事実が認められる。以上の事実によると,3号物件においては,ラミネート膜とゴム栓は結合しておらず,刺針部分においてラミネート膜がゴム栓の表面から剥離し,ゴム栓と薬液とが接触する可能性があったものと認められるから,このような3号物件は,前記1(1)で認定した「密着結合」の概念に該当しないものと認められる。
したがって,3号物件は,本件発明の構成要件Cを充足しない。 2 争点(2)について (1) 争点アについて ア 本件公報の明細書には「融着」についての定義がされていない。
イ そこで,まず,学術用語としての「融着」の意味について検討する。
証拠(甲4の46,甲5の16,甲14,15)と弁論の全趣旨によると,「図解プラスチック辞典」(甲5の16)には「溶着」(熱可塑性プラスチックが熱により溶け合って接合する現象をいう)という用語はあるが,「融着」という用語は存在せず,その他「接着用語辞典」(日本接着学会編・日刊工業新聞社発行。甲14),「JISハンドブック29接着」(日本規格協会編。甲15)などの書籍にも「融着」という用語は掲載されていないこと,本件辞典では,「FUSION BOND」が「融着させる」と訳され,「FUSE」の訳の一つとして「融着させる」という訳が掲げられ,「熱可塑性プラスチックなどを加熱して融着させる」という説明が付されているが,他方,「FUSION」については,「@融解 一定の温度圧力の下に固相が液相に変化すること」,「A融合,溶融 ビニルプラスチゾルおよびオルガノゾルにおいて,加熱したときに樹脂粒子が可塑剤中に完全に溶解した状態をいう。従って冷却すると均質な固溶体が得られ」と記載され,「FUSIBLE」については,「可融性の」と訳され,「接着剤と支持体が共に溶融し界面に均質層を形成する性質」と説明されていること,以上の事実が認められる。これらの事実からすると,「融着」という言葉は,本件辞典に記載されているのみであり,しかも,本件辞典も,「融着」を明確に定義しているとは認められない。
東京工業大学工学部教授A作成の「鑑定書」と題する書面(甲5の17)によると,「融着」とは,熱可塑性高分子同士を加熱,溶融して接合することであり,高分子同士の融着はその融着部分において各高分子化合物を構成する高分子鎖同士が絡み合って強固な結合を形成することと定義され,また,神戸大学工学部応用化学科教授B作成の「意見書」と題する書面(甲5の40)によると,熱可塑性プラスチックにおける「融着」とは,2つの熱可塑性プラスチックが熱によって溶け,その界面において2つの熱可塑性プラスチックの高分子鎖が絡み合って強固に結合することと定義されている。しかし,これらの書面は,書面作成者の見解を述べたにとどまり,特段その根拠が示されているわけではない。他方,群馬大学工学部応用化学科教授C作成の「市販のプラスチック製容器の部材の接合状態に関する見解」と題する書面(甲4の22)では,「融着」とは,ゴム栓と栓体基部の2つの部材のいずれか一方もしくはその両方の部材の接合面が融解し,接触した結果生じた接合状態を意味する概念として用いたとされており,また,財団法人大阪科学技術センター代表科学技術コーディネータD作成の「意見書」と題する書面(甲13)には,「融着」という用語は,物質が溶融され他の物質と接着する状態を表すため,かかる状態の構成要素である溶融の「融」と,接着の「着」とを組み合わせた便宜的な合成語にすぎず,これが特別の概念的意味を帯びる学術用語にまで発展しているとは考えられないが,物体双方の溶融を生じない場合に「融着」という用語を用いても,違和感はないと記載されている。しかし,これらの書面も,書面作成者の見解を述べたにとどまり,特段その根拠が示されているわけではない。
以上の事実からすると,「融着」という用語は,一義的に意味が明らかな学術用語とはいえないものと認めるのが相当であり,以上の事実のみでは,本件発明における「融着」の意義を確定的に認定することはできないというべきである。しかし,後述のとおり,「融着」の意義について以上のような考え方があることは,本件発明における「融着」の意義を認定するに際して参考とすることができるというべきである。
ウ そこで,次に,本件公報の明細書の記載を参酌することとする。
まず,本件特許請求の範囲には,「融着可能なプラスチックフィルムのラミネート膜」との記載(構成要件C)があり,また,発明の詳細な説明中には,「ラミネート膜の材料は,外郭支持体のプラスチックと融着可能なプラスチックを用い,……。このようなラミネート膜材料としては外郭支持体と同系統のプラスチックが接着性の上から最も好ましく,例えば,ポリエチレン,ポリプロピレン,ポリエステル,エチレン酢酸ビニル樹脂又はこれらの混合物等を主成分とするプラスチックフィルムから選ぶことができる」(第8欄22ないし32行)との記載があることが認められる。これらの記載からすると,本件発明においては,ラミネート膜の材料いかんによって,外郭支持体のプラスチックと「融着するもの」と「融着しないもの」があることを前提として,外郭支持体のプラスチックと「融着する」材料を用いるとされていることが認められる。
ところで,本件公報の明細書の記載からすると,本件発明にかかる栓体の製造方法は,射出成形法や超音波等によって加熱加圧する方法が用いられるものと認められるが,証拠(甲4の19,甲5の30,甲5の33)と弁論の全趣旨によると,これらの方法は,いずれも,プラスチックを高温に加熱し溶融して製造する方法であると認められる。また,証拠(甲4の22,甲5の40)と弁論の全趣旨によると,物質の一方又は双方を加熱溶融し流動状態にした後に両物質を接合させた場合には,加熱溶融によって混じり合うことなく,単に付着している場合でも,分子間力が働いて接合することが認められる。そうすると,原告が主張するように,本件発明において「融着」を,単に,物質を溶融して複数の部材を互いに接着することを意味すると解すると,通常は「融着する」ということになり,「融着するもの」と「融着しないもの」があることが前提とされないことになる。
また,証拠(甲5の18,甲5の40)と弁論の全趣旨によると,各種樹脂の溶着(各樹脂がそれぞれ融けて混じり合うこと)の可能性については,その種類及び被着材の組合せによって,適,不適があり,同系統のものほど,溶着しやすいことが認められるから,上記発明の詳細な説明中の「ラミネート膜の材料は,外郭支持体のプラスチックと融着可能なプラスチックを用い,……。このようなラミネート膜材料としては外郭支持体と同系統のプラスチックが接着性の上から最も好ましく,」という記載は,本件発明における「融着」が溶着を意味するものとして記載されたと理解することができる。なお,原告が主張するように,この記載は,ラミネート膜の材料と外郭支持体の材料の組合せを同系統のものに限っていないし,本件公報の明細書の表5には,超高分子量ポリエチレンとポリエチレンといった性質が異なるもの(これらの性質が異なることは後記2(2)アのとおり)の組合せが実施例として記載されていることが認められる。しかし,後記2(2)アのとおり,このように性質が異なるものであっても,条件次第では,溶着することがあるから,性質が異なるものの組合せを対象としているからといって,「融着」が溶着を意味するものとして記載されたと理解することの妨げになるものではない。
そして,以上の本件公報の明細書の記載に,上記2(1)イ認定のとおり,「融着」の意義について,2つの熱可塑性プラスチックが熱によって溶け,その界面において2つの熱可塑性プラスチックが混じり合って結合することを支持する見解が存すること及び証拠(甲3の1,甲4の5,甲4の7)によると,本訴に先立つ仮処分の申立て当初には,原告は,被告の製品の構成要件D該当性について,被告の製品は,プラスチックフィルムのラミネート膜と外郭支持体のプラスチックが相互に溶け合った一体化したものであるとの主張をしていたことを総合すると,本件発明の「融着」については,プラスチックフィルムのラミネート膜と外郭支持体のプラスチックがそれぞれ融けて混じり合っていなければならないというべきである。
なお,原告は,「融着可能なプラスチック」という表現は,フィルムの融点や厚さ,射出速度,射出圧力等の条件によっては,射出成形時にフィルムが破れる等実用にならない場合があるので,このような場合を除外する意味にすぎないと主張するが,上記認定のとおり,本件公報の明細書中には,ラミネート膜の材料が「融着可能なプラスチック」かどうかに関係する旨の記載はあるが,「フィルムの融点や厚さ,射出速度,射出圧力等の条件によっては,射出成形時にフィルムが破れる等実用にならない場合があること」が「融着可能なプラスチック」かどうかに関係する旨の記載は全くないから,原告の主張は採用できない。
また,上記認定のような意味における「融着」が生じていない場合に,本件発明の作用効果である栓体の密封性が確保されるとしても,本件発明は,「融着」によって,このような密封性を確保するものであるから,上記認定のような意味における「融着」が生じていない場合に,本件発明の作用効果である栓体の密封性が確保されるかどうかは,「融着」の意義についての上記認定を左右することはないものというべきである。
さらに,証拠(甲4の30)によると,被告は,平成元年3月31日付けで出願した特許の特許請求の範囲において,ポリエチレン製の筒状栓体主体とゴム質栓の超高分子量ポリエチレンフィルムが「融着」される旨記載していることが認められるが,この事実は,本件発明とは別の発明に関する事実であるので,直ちに本件発明における「融着」の意義を解釈するに当たって考慮しなければならないということはできないし,また,後記2(2)ア認定のとおり,高分子量ポリエチレンとポリエチレンは,条件によっては溶着することがあることが認められるから,上記「融着」が当然に溶着を意味するものではないということもできない。したがって,本件発明における「融着」の意義についての上記認定を左右することはないものというべきである。
(2) 争点イについて 被告製品が,本件発明における意味での「融着」をしているか否かについて,検討する。
ア 外郭支持体とラミネート膜の材質について 1号,2号,4号及び5号物件のラミネート膜の材質が超高分子量ポリエチレンであることについては,当事者間に争いはなく,証拠(甲4の36,甲5の48,甲5の51,甲5の60)と弁論の全趣旨によると,これらの被告製品の外郭支持体の材質はいずれも純粋のポリプロピレンではなく,プロピレン-エチレン共重合体(プロピレン87に対しエチレン3)が90パーセント,ポリエチレンが8パーセント,ポリスチレンが2パーセントのブレンド品である(ただし,4号物件については,平成11年4月23日以降の材質。それより前の材質は,プロピレン-エチレンの共重合体である。)が,その配合比率からみてポリプロピレンとしての性質を強く残していることが認められる。
また,証拠(甲4の22,甲5の17,甲5の18,甲5の37,甲5の40,甲5の53)によると,相溶性のある熱可塑性プラスチック同士は,加熱溶融すると界面において混じり合うが,超高分子量ポリエチレンとポリプロピレンは相溶性がないので混じり合わないこと,ポリスチレンも超高分子量ポリエチレンとは全く相溶性がないこと,超高分子量ポリエチレンはポリエチレンとはいえ通常のポリエチレンとはその性質を異にするので,加熱溶融によってポリエチレンと混じり合うかどうかは,両者を溶かすときの条件によること,プロピレンとエチレンの共重合体であり,少量のポリエチレンやポリスチレンがブレンドされている材質の場合は,純粋のポリプロピレンと比較すると,超高分子量ポリエチレンと混じり合いやすいということができるが,加熱溶融によって混じり合うかどうかは,溶かすときの条件次第であること,以上の事実が認められる。そして,証拠(甲4の19,甲5の30,甲5の47)と弁論の全趣旨によると,被告製品はいずれも,射出成形法(外栓とラミネート膜を有するゴム栓とを金型中央部に順次配置し,液状になったプラスチック材料を金型内に射出注入することによって内栓を成形する製造方法)によって製造されていること,射出成形時の射出温度は200℃以上であり,ポリプロピレンの融点よりも高温であること,以上の事実が認められる。 そうすると,1号,2号,4号及び5号物件においては,外郭支持体は,ポリプロピレンの性質を強く残しているプロピレン-エチレンの共重合体であり,少量のポリエチレンやポリスチレンがブレンドされている(ただし,4号物件については,平成11年4月23日より前には,ブレンドされていない)から,このような材質の外郭支持体と超高分子量ポリエチレンのラミネート膜が,加熱溶融によって混じり合うかどうかは,上記のとおりの各種条件によって異なるものである。したがって,外郭支持体とラミネート膜の材質から,直ちに「融着」が生じているか否かを判断することはできない。そして,上記被告製品において,これらが混じり合うことが明らかになっているような条件で,射出成形がされていることの立証もない。
イ 剥離強度について 証拠(甲4の39,甲4の40)には,原告が,被告製品について,ゴム栓のラミネートフィルムと外郭支持体との剥離強度試験を行ったところ,その剥離強度は,最低でも0.42sf/5o,最大で2.43sf/5oであって,触れただけで剥離するような強度の弱いものではなかったこと,被告製品では,荷重-たわみ曲線(ゴム栓に荷重をかけていったときのゴム栓のたわみとそのときの剥離界面に負荷されている荷重の相関図)において,2段ピークを示すものがあるが,2段ピークが生じる原因は,外郭支持体の平面部の端点に荷重がかかることによって荷重値が上昇し,平面の剥離が一気に進んだ後,リング状の凹凸嵌合部の端点に荷重がかかることによって荷重値が上昇したことによるものであるとの記載がある。また,証拠(甲4の41,甲4の42)には,2号,4号及び5号物件についての剥離試験の結果では,最大荷重となるのはリング状の凹凸嵌合部の剥離強度であり,この部分に強い接合が生じていることが示されているところ,リング溝とリング部の幅にはほとんど差がなく,変形も生じていないから,リング溝がリング部を押さえつける力はほどんど生じておらず,それにもかかわらずリング部で最大荷重となるのは,嵌合力以外の接合力,すなわち「融着」が存在するからであるとの記載がある。
これに対し,証拠(甲5の19,甲5の21,甲5の29)には,被告が,被告製品について,ゴム栓のラミネートフィルムと外郭支持体との剥離強度試験を行ったところ,リング状の凹凸嵌合部がある容器栓体では最大でも0.21sf/5o程度の剥離強度しかなく,接合面が平面である容器栓体の剥離強度は,0.01sf/5o以下であるとの記載がある。また,証拠(甲5の55,甲5の59)には,5号物件では,荷重-たわみ曲線のピークはリング部の端点に荷重がかかって荷重値が上昇したときの1段しか認められないこと,2号物件では荷重-たわみ曲線において2段ピークを示すが,これは,凸型の外郭支持体の上に,凹型のゴム栓が被さっているという嵌合部構造によるものであるとの各記載がある。
以上の各証拠を対比すると,剥離強度等について上記のような差が生じたのは,剥離試験において引っ張るゴム栓の長さが,被告の方が長いため,「てこの原理」によって少ない力でも剥離するという違いがあるものと認められるほかは,必ずしも明らかではないが,前記2(1)認定のとおり,物質の一方又は双方を加熱溶融し流動状態にした後に両物質を接合させた場合には,加熱溶融によって混じり合うことなく,単に付着している場合でも,分子間力が働いて接合することが認められ,証拠(甲4の22)によると,分子間力による接合状態は,各々の物質の特性,接合するときの樹脂温度,圧力等により,変わることが認められるから,ゴム栓のラミネートフィルムと外郭支持体との間に一定の接合力が働いているからといって,直ちにそれが「融着」によるものと認めることはできない。また,以上の各証拠からすると,リング状の凹凸嵌合部の接合力が他の部分に比べて強いことが認められるが,証拠(甲5の44)によると,リング状の凹凸嵌合部において,射出成形時に,外郭支持体の樹脂やゴム栓のゴムが変形することがあることが認められるから,リング溝がリング部を押さえつける力がほとんど生じていないとは認められず,このことをも考慮すると,直ちにリング状の凹凸嵌合部の接合力が「融着」によるものと認めることができるものではない。以上の認定に反する甲4の42の記載は採用できない。さらに,剥離強度は,1箇所でも強く結合している部分があると大きくなるから,「融着」が生じているとしても,一部に生じていることがあり得る。そうすると,剥離強度が大きいからといって,直ちに「融着」によって,栓体の密封性が実現されていると認めることはできない。本件発明は,「融着」によって,栓体の密封性を実現する発明であるから,このように一部に「融着」が生じているのみでは,構成要件Dを充足しない。
したがって,剥離強度試験の結果をみても,1号,2号,4号及び5号物件について,構成要件Dを充足すると認めることはできない。
ウ 剥離面の状態について 証拠(甲5の17,甲5の40)によると,加熱溶融によって混じり合って接合している2つの熱可塑性プラスチックを無理に剥がそうとすると,その接合部分において,延性破壊が生じることが認められる。
そして,証拠(甲5の42,甲5の43,甲5の46)によると,2号,4号及び5号の外郭支持体とラミネート膜を剥離し,その剥離部分を走査電子顕微鏡法で形態観察すると,いずれにおいても,ラミネート膜と外郭支持体の接触部を剥離した部分と,もともと接触が生じていなかった面とを比較してみても,その表面形状に差異は認められず,延性破壊は観察されなかったことが認められる。
この点,証拠(甲4の43)には,2号,4号及び5号物件のいずれにおいても表面の荒れが認められ,延性破壊が確認されたと記載されている。確かに,同証拠中の顕微鏡写真をみると一部に他の部分とは異なる表面の荒れがみられる。しかしながら,証拠(甲5の58)によると,2号,4号及び5号物件に使用されるラミネート膜はいずれも,射出成形する以前においても,表面部分に延性破壊と間違われるほどの表面の荒れが認められるところ,同証拠中の顕微鏡写真と甲4の43の顕微鏡写真を比較しても,両者の異同を判別することは困難である。もっとも,証拠(甲4の43)によると,2号物件,4号物件については,フィルムの一部が剥離して外郭支持体に付着していることが観察されることが認められるから,被告製品において,一部に延性破壊が生じている可能性を否定することができないが,その現象は,写真の撮影範囲のごく一部に認められるにすぎないから,「融着」が生じているとしても,一部に生じているにすぎず,それによって,栓体の密封性が実現されているとまで認めることはできない。本件発明は,「融着」によって,栓体の密封性を実現する発明であるから,このように一部に「融着」が生じているのみでは,構成要件Dを充足しない。
したがって,剥離面の状態から,1号,2号,4号及び5号物件が構成要件Dを充足すると認めることはできない。
エ 密封性・液漏れの不存在について 証拠(甲4の35,甲4の38)によると,原告が,2号,4号及び5号物件において,本件公報の明細書に記載されている液漏れ試験法を用いて,容器栓体の上面からの液漏れ試験を行ったところ,いずれにおいても液漏れは認められなかったこと,原告が,1号,2号,4号及び5号物件について,ウラニン薬液を用いて液漏れ実験を行ったところ,いずれの物件においても容器に入れたウラニン薬液は内栓部の内側平面接触部へ侵入せず,薬液接触面にのみウラニンが認められたこと,以上の事実が認められる。
前記2(2)イのとおり,物質の一方又は双方を加熱溶融し流動状態にした後に両物質を接合させた場合には,加熱溶融によって混じり合うことなく,単に付着している場合でも,分子間力が働いて接合するものと認められるから,上記認定のとおり密封性があるからといって,直ちに外郭支持体とラミネート膜が「融着」していると認めることはできない。また,証拠(甲5の38,甲5の44,甲5の45,甲5の47)と弁論の全趣旨によると,1号,2号,4号及び5号物件はいずれもゴム栓と外郭支持体との間にリング状の凹凸嵌合部を有しており,このような構造の場合,ゴム栓の反発弾性力によりゴム栓と外郭支持体との押し合う力が垂直方向だけでなく水平方向にも働く結果,それが容器栓体の密封性の確保に関与している可能性が高いものと認められる(なお,原告は,これらの実験について,滅菌条件が厳しすぎると主張するが,これらの実験が通常行われているものよりもことさら厳しい滅菌条件の下でされたことを認めるに足りる証拠はない)。さらに,前記2(2)イ認定のとおり,リング状の凹凸嵌合部において,射出成形時に,外郭支持体の樹脂やゴム栓のゴムが変形することがあることが認められる。
したがって,液漏れ実験の結果によって外郭支持体とラミネート膜との平面接触部への液漏れがないからといって,直ちに外郭支持体とラミネート膜が「融着」しているとは認められない。
なお,証拠(甲11)によると,原告は,各種の材質の組合せによる試作栓体を作成して液漏れ実験を行い,その結果,すべての試作栓体において平面接触部へのウラニンの侵入は認められなかったとしているが,この実験については,証拠(乙8)に示されているとおり,栓体の形状及び製造方法が,被告製品とは異なっているという問題点がある上,種々の物質の組合せによる栓体でも,密封性が確保されるということを示しているにすぎず,直ちに被告製品において「融着」が生じていることの証拠となるものではない。
また,原告は,外郭支持体内側筒状部と単に接触している状態においては,粗面の存在により,毛細管現象によって薬液が侵入するから,リング状の凹凸嵌合部だけで薬液の侵入を防ぐことは理論的に不可能である旨主張するが,証拠(甲5の53)によると,1号,2号,4号及び5号の外郭支持体に使用されているプロピレン-エチレン共重合体及びラミネート膜に用いられている超高分子量ポリエチレンはともに疎水性を有しており,隙間に毛細管現象は生じる可能性は少ないことが認められるから,同主張は理由がない。
オ 以上によると,いずれの観点から検討しても,1号,2号,4号及び5号物件が,構成要件Dを充足すると認めることはできない。
3 争点(3)について (1) 本件発明の本質的部分について 本件公報の明細書によると,本件発明の目的は,「プラスチック隔膜を無くするか,又は極端に薄いものにするに加え,プラスチック栓体部分とゴム栓を接着剤なしに融着状態にするという課題を解決することにより上記の問題点を克服して,保存期間中の密封性,使用時における針刺容易性,安全性を確保した医薬用プラスチック容器の栓体及びその製法を提供すること」(第5欄30ないし36行,「上記問題点」とは,「従来品にあった刺通時におけるプラスチック隔膜の破片の容器内落下という問題及びゴム栓とプラスチック隔膜間の空間の存在に起因する薬液とゴム栓との接触という問題」を指す)であり,「課題を解決するための手段」として「本発明者らは,ゴム栓にプラスチック製栓体本体と融着可能なプラスチックフィルムのラミネート膜が密着結合されており,このラミネート膜とプラスチック製の外郭支持体の内壁とを融着した構造が上記目的を達成しうると考えついた」(5欄38ないし44行)と記載されているのであるから,ゴム栓とラミネート膜との「密着結合」及びラミネート膜と外郭支持体との「融着」の両方が本件発明の課題を解決する手段であると認められる。なお,上記「プラスチック栓体部分」(第5欄31ないし32行)は,「栓体」という用語をラミネート膜のみに用いるのは不自然であること,「保存期間中の密封性」の確保が記載されていること,その後の「プラスチック製栓体本体」(5欄38行)は外郭支持体を意味し,それとゴム栓との融着が上記のとおり記載されていることからすると,ラミネート膜ではなく外郭支持体を意味するものと認められ,これに反する原告の主張は採用できない。
また,証拠(甲4の25)によると,原告の本件特許出願は,平成6年4月4日,6つの引例(@実願昭56-125792号マイクロフィルム(実開昭58-29939),A特開昭59-90563公報,B実願昭53-144204号マイクロフィルム(実開昭55-59640),C実公昭58-37396,D実願昭60-30015号マイクロフィルム(実開昭61-146250),EUSP3552591に基づき当業者が容易に発明することができたとして拒絶査定となったこと,原告は,上記拒絶査定に対し,審判請求を行い,平成6年7月28日,審判理由補充書(甲4の25)を提出したが,その中で,「本願発明の医薬品用プラスチック容器の栓体及びその製造方法に共通して最も重要な点は,(@) ゴム栓の表面の一部又は全部に外郭支持体と融着可能なプラスチックフィルムのラミネート膜が密着結合されていること,(A) 該ゴムのラミネート面と前記外郭支持体内壁が融着されていることの2点にあるが,このような(@) +(A)の結合に係る特徴を上記引例1〜6のいずれもが記載もしていないし,示唆もしていない」,したがって,「本願発明は引例1〜6に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものではない」と主張したこと,以上の事実が認められる。
そうすると,本件発明における本質的部分は,ゴム栓とラミネート膜が「密着結合」していることとラミネート膜と外郭支持体とが「融着」していることの両方であると認められるところ,2号,4号及び5号物件はラミネート膜と外郭支持体とが「融着」していないから,これらの製品と本件発明の構成が異なる部分は本件発明の本質的部分であると認められる。
なお,当事者は,上記各引例等と本件発明との関係,殊に,これらの引例等においてゴム栓とラミネート膜の「密着結合」が開示されているかどうかについて種々の主張をしているが,それがどうであれ,上記明細書の記載及び出願経過からすると,ラミネート膜と外郭支持体とが「融着」していることが本件発明の本質的部分であることは明らかであり,その他この判断を左右するような主張や証拠はない。
(2) したがって,その余の点について判断するまでもなく,2号,4号及び5号物件が,本件発明と均等なものとは認められない。
4 よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 森義之
裁判官 東海林保
裁判官 瀬戸さやか
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