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関連審決 審判1999-19751
関連ワード 有用性 /  容易に実施 /  容易に発明 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  優先権 /  置換 /  実施 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 345号 審決取消請求事件
原告 ファイザー・インク
訴訟代理人弁護士 鈴木修、深井俊至、弁理士 村上清、野崎久子
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 谷口浩行、森田ひとみ、林栄二
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/10/01
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が平成11年審判第19751号事件について平成13年3月23日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成2年3月15日(優先権主張1989年3月17日、イギリス)に出願された特願平2-65521号の一部を特許法第44条第1項の規定により、
平成6年9月26日に新たな特許出願をしたところ(特願平6-229807、発明の名称「ピロリジン誘導体を有効成分とする薬剤組成物」)、平成11年9月3日に拒絶査定があったので、同年12月13日これに対する不服の審判請求をし、
平成11年審判第19751号事件として審理されたが、平成13年3月23日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月18日原告に送達された(出訴期間90日附加)。
2 本願発明の要旨(請求項1記載の発明の要旨) 「式:〔式中、Yは、直接結合、-CH 2-、-(CH 2) 2-、-CH 2O-、又は-CH2S-であり;Rは-CN又は-CONH 2であり;そして、R1は式:又は”Het”(ここで、X及びX1は、各々別個にO又はCH 2であり;mは、
1,2又は3であり;そして”Het”は、ピリジル基、ピラジニル基又はチエニル基である)の基である〕の化合物又はその薬学的に受容できる塩、及び薬学的に受容できる希釈剤又はキャリヤーより成る、平滑筋の変化した自動運動性及び/又は緊張と関連する病気の治療用の薬剤組成物。
3 審決の理由 別紙審決の理由のとおりであるが、その要点は次のとおりである。
本件出願の請求項1に係る発明(本願発明1)の薬剤組成物を投与した結果、その薬剤組成物が請求項1に掲げられた適用対象疾患の治療薬としての効果を奏することについては具体的に確認ができないから、本願発明1の医薬としての用途発明が当業者に容易に実施できる程度に記載されているとはいえない。したがって、本件出願は、特許法第36条第3項(当時)に規定する要件を満たしていないので、
拒絶すべきものである。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(拒絶理由通知欠如の違法) (1) 審決は、「RがCNである化合物についてはムスカリン様受容体拮抗物質として多少の活性を有していることのみしか記載しておらず、この化合物が医薬として請求項1に掲げられた適用対象疾患の治療薬としての効果を奏するのかどうかも不明である。」と認定判断する(別紙審決の理由59〜61行)。
本願発明には、化合物のRが-CNである場合と-CONH2である場合の2通りがあって、「平成8年9月17日付け(起案日)拒絶理由通知書」(甲第9号証)の内容は、前記2つの場合を区別しないものであった。したがって、審決の上記認定判断は、出願人(原告)に対し、Rが-CNである場合を削除するなどの補正の機会を、実質的に、与えなかったことになり、このように適正を欠いた拒絶理由に基づいてされた審決は、手続上の誤りを犯すものである。
(2) 拒絶理由の通知は、出願人に意見書提出及び補正の機会を与えるという重要な手続であるから、当該通知の内容が実質的に当該機会を出願人に与えるものであったかどうかという観点から、上記拒絶理由が適正かどうかが判断されねばならない。1つの請求項に2つの化合物が含まれており、その1つは特許要件を満たすが他の1つは満たさないというような場合において、それらを区別することなく特許法第36条第3項(当時)に違反するという拒絶理由通知を受領した出願人が、特許要件を満たさない化合物を削除するなどの補正をすることは極めて困難である。
したがって、前記のような拒絶理由通知は、実質的に、上記機会を出願人に与えるものとはいえず、適正な拒絶理由とはいえない。そうでないと、単に特許法第36条第3項違反との通知をすれば、どの点が記載不備なのかを出願人に通知しなくてもよいということになりかねず、拒絶理由通知の趣旨を没却する。
2 取消事由2(容易実施性に関する認定判断の誤り) (1) 審決は、「請求項1に係る発明の薬剤組成物を投与した結果、その薬剤組成物が請求項1に掲げられた適用対象疾患の治療薬としての効果を奏することについては具体的に確認できないから、請求項1に係る発明の医薬としての用途発明が当業者に容易に実施できる程度に記載されているとはいえない。したがって、本願は、特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていない」(別紙審決の理由62〜66行)と認定判断したが、誤りである。
(2) 審決は、この認定判断に当たって、「医薬についての用途発明は、特定の物質又は組成についての確認された薬理効果を専ら利用するものであることから、薬理効果が薬理データ又はそれに代わり得る具体的記載によって明細書に確認ができるように記載されていることが必要である。 そこで、本願の明細書を検討すると、
医薬としての物質、適用対象疾患、投与量、投与方法及び製剤形態については記載されているものの、具体的に投与される薬物及び投与量、それによる効果については具体的なデータは何ら記載されていない。」(別紙審決の理由53〜58行)と認定するが、誤りである。
特許法第36条第3項は、「発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」と規定する。ここにおいて、発明の効果は、必ずしも実験データやこれに代わり得る具体的記載によって確認ができるように記載されなければならないと規定されているわけではなく、医薬についての用途発明についてのみ別に解する理由はないから、該発明に係る薬理効果が薬理データ又はこれに代わり得る具体的記載によって確認ができるように記載されている必要があるというものではない。同条項が効果を記載しなければならないとした趣旨は、当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な程度において記載すればよいといったものとして理解すべきである。そして、医薬についての用途発明において上記意義を理解するために必要な効果の記載は、薬理効果、すなわち、医薬をどう投与すると、いかなる症状に効くかという記載で十分である。
本願発明の目的は、心臓のムスカリン様部位よりも平滑筋のムスカリン様部位に対して選択的であり、何ら有意の抗ヒスタミン活性を有さない、ムスカリン様受容体拮抗物質を提供することにある(本願明細書【0001】)。そして、ムスカリン様受容体拮抗物質として本願発明の有効成分である化合物の選択性測定方法の記載があり(同【0027】ないし【0032】)、「実施例の化合物はすべて、有意の不利な毒性をもたず、選択的ムスカリン様受容体拮抗物質としての有用な活性を有することがわかった。」(同【0076】)と上記目的を達成したことを示す記載がある。そして、更に、投与量も説明され(同【0033】)、このムスカリン様受容体拮抗物質の作用と請求項1に記載された病気の治療との関係についての具体的な記載もある(同【0001】及び【0027】)から、本願発明の薬剤組成物は、上記の投与量に従って投与することにより、前記の病気に効くという薬理効果を有すると、当業者は確認ができるのである。
(3) 被告は、「明細書に薬理データ又はそれと同一視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要がある」と主張する。
しかしながら、特許法第36条第3項の解釈として、効果の存在を確証するに足る実験データを必ずしも記載する必要はない。当業者が明細書の発明の詳細な説明から当該発明の特有の効果があることを容易に理解することができる場合には、その効果の生ずる理由を記載したり、実験データ等を具体的に示して従来技術による例と当該発明による例とを対比することによって差異を明確にする必要もないのであって、医薬についての用途発明だからといって異なる解釈が適用されるべき理由はない。
(4) 被告は、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の化合物が本願発明に係る病気の治療結果の記載がなく、また、投与量に係る記載(【0033】)は、上記化合物に含まれる具体的な化合物に対応して、その投与量を示すものではないことなどから、本願発明に係る化合物については、その置換基の相違する、それぞれの化合物について、それぞれの効果を確認ができるとはいえない旨主張するが、失当である。
病気の治療結果の記載がないとの主張は、医薬品として必要とされるような臨床試験データを明細書に記載しなければならないというものであるが、特許法上、そのような臨床試験の記載は要求されていない。また、投与量についても、具体的な化合物ごとに区別していないので本願発明に係る化合物すべてに通じる投与量であることも分かり、そして、本願発明に係る化合物は、置換基が相違する化合物であっても明細書に記載する作用効果を有するという点で異なるものではない。
(5) 審決は、上記判断に当たって、「出願当初の明細書には、・・・、「Rは、
好ましくは-CONH2である。RがCNである化合物は、ムスカリン様受容体拮抗物質として多少の活性を有しているが、主として、合成中間体として有用である。」(段落【0003】)と記載され、」(別紙審決の理由39〜41行)と、
本願明細書の記載を指摘した上で、「RがCNである化合物についてはムスカリン様受容体拮抗物質として多少の活性を有していることのみしか記載しておらず、この化合物が医薬として請求項1に掲げられた適用対象疾患の治療薬としての効果を奏するのかどうかも不明である。」(別紙審決の理由59〜61行)と認定する。
しかしながら、Rが-CONH2である化合物に関する実施例1ないし9について、「実施例の化合物はすべて、有意の不利な毒性をもたず、選択的ムスカリン様受容拮抗物質としての有用な活性を有することがわかった。」(本願明細書【0076】)と記載され、審決指摘の記載は、Rが-CNである化合物は、Rが-CONH2である化合物よりもムスカリン様受容体拮抗物質としての活性が劣ることを示すものの、該活性を有していることを示していることに変わりはなく、Rが-CNである化合物の場合には、本願発明が目的とした適用対象疾患の治療薬としての効果を奏しないことが明らかである場合を除き、特許法第36条第3項に定める要件を欠くということにはならないと解釈されるべきである。したがって、本願明細書の発明の詳細な説明から、Rが-CNである化合物についても、本願発明の目的とした適用対象疾患の治療薬としての効果を奏することが記載されているとみるべきである。
審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1に対して 原告が指摘するRが-CNである化合物については、請求項1に記載された化合物に包含されるのであるから、「本願各請求項に係る発明を当業者が容易に実施し得る程度に発明の目的、構成及び効果が記載されているものとすることができない。」とした「平成8年9月17日付け(起案日)拒絶理由通知書」(甲第9号証)には、Rが-CNである前記化合物についても拒絶理由が示されたというべきである。
2 取消事由2に対して (1) 原告は、医薬についての用途発明に係る薬理効果が薬理データ又はこれに代わり得る具体的記載によって確認ができるように記載されている必要はないと主張するが、失当である。
特許法第36条第3項の規定は、発明の内容を正確に第三者に把握せしめるために定められたものであるから、本願明細書の発明の詳細な説明においては、当該発明の構成のみならず、当該発明の目的及び特有の効果の説明が必要であるとされており、特有の効果を的確に理解し得るように示さなければ、当業者が明細書の記載に基づいて容易に発明実施することができないものとされている(東京高裁昭和50年(行ケ)第73号昭和55年12月22日判決、東京高裁平成元年(行ケ)第259号平成2年6月19日判決)。医薬についての用途発明においては一般的に、物質名、化学構造だけからその有用性を予測することは困難であり、明細書に有効量、投与方法、製剤化のための事項がある程度記載されている場合であっても、それだけでは、当業者は当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることはできないから、明細書に薬理データ又はそれと同一視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要があり、それがなされていない本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法36条3項の規定に違反するものといわなければならない(東京高裁平成8年(行ケ)第201号平成10年10月30日判決)。明細書に実験により確認された薬理効果が記載されていない場合には、当業者はその発明の医薬としての有効性を認識することができないのである。
(2) 原告は、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を指摘して、これらの記載から、本願発明に係る薬剤組成物は本願発明に係る病気に効くという薬理効果を有すると、当業者は確認ができると主張するが、失当である。
上記のとおり、医薬についての用途発明においては、薬理データ又はそれと同一視すべき程度の記載がなされていない発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第3項の規定に違反するものであって、本願明細書の発明の詳細な説明も薬理データなどの記載がなく、本件出願は、上記規定に違反するものであるが、原告の主張自体も誤りである。
本願明細書の発明の詳細な説明には、ムスカリン様受容体拮抗物質の作用と、請求項1に記載された病気の治療との関係を具体的に説明した記載があるとはいえないし、ましてや、本願発明の化合物が上記の病気、具体的には、過敏性腸症候群、
憩室病、尿失禁、食道弛緩不能症及び慢性閉塞性気道病の治療用の薬剤として有効であることを示す、これら病気の治療結果のような具体的な記載もない。また、原告が指摘する記載についてみても、投与量に係る記載(【0033】)は、投与量についての一般的な記載であって、上記化合物に含まれる具体的な化合物に対応して、その投与量を示すものではなく、選択性測定方法に係る記載(【0027】)は、一般的な試験方法を示すものであり、具体的な化合物について、その測定結果を示すものでもない。結局、本願発明に係る化合物については、その置換基の相違する、それぞれの化合物について、それぞれの効果の確認ができているとはいえない。
当裁判所の判断
1 取消事由1について 取消事由1に係る原告の主張は、審決が、請求項1に記載された化合物におけるRが-CNである本願発明の部分にのみ注目し、この発明部分について、当業者が容易にその実施をすることができる程度に本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないと判断していることを前提とした上、審決は、Rが-CNである場合を削除して、Rが-CONH2である場合に絞るなどの補正の機会を与えなかったことになるというにある。
しかしながら、審決は、「医薬についての用途発明は、特定の物質又は組成についての確認された薬理効果を専ら利用するものであることから、薬理効果が薬理データ又はそれに代わり得る具体的記載によって明細書に確認できるように記載されていることが必要である。 そこで、本願明細書を検討すると、医薬としての物質、
適用対象疾患、投与量、投与方法及び製剤形態については記載されているものの、
具体的に投与される薬物及び投与量、それによる効果については具体的なデータは何ら記載されていない。」(別紙審決の理由53〜58行)と認定した上で、結論として「本願は、特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていないので、拒絶すべきものである。」(別紙審決の理由66〜67行)と判断している。原告が指摘する、審決の「RがCNである化合物についてはムスカリン様受容体拮抗物質として多少の活性を有していることのみしか記載しておらず、この化合物が医薬として請求項1に掲げられた適用対象疾患の治療薬としての効果を奏するのかどうかも不明である。」との説示部分(別紙審決の理由59〜61行)は、上記判断における補充的な部分と位置づけられる。
このように、審決は、本願発明のうち、Rが-CNである本願発明部分についてのみ判断しているものではなく、取消事由1に係る原告の主張は前提を欠き、理由がない。
2 取消事由2について (1) 本願発明1は、請求項1の記載からすると、「式:(注;式は省略)〔式中、Yは、直接結合、-CH2-、-(CH 2) 2-、-CH 2O-、又は-CH 2S-であり;Rは-CN又は-CONH2であり;そして、R1は式:(注;式は省略)又は”Het”(ここで、X及びX1は、各々別個にO又はCH 2であり;mは、1,2又は3であり;そして”Het”は、ピリジル基、ピラジニル基又はチエニル基である)の基である〕の化合物又はその薬学的に受容できる塩、及び薬学的に受容できる希釈剤又はキャリヤーより成る組成物」(以下「本願発明組成物」と表記)をその構成として有し、「平滑筋の変化した自動運動性及び/又は緊張と関連する病気」(本願発明に係る病気)の治療用という、その治療対象とする病気が特定された医薬に係る発明であると認められる。
(2) 甲第1号証(本願公開特許公報)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明に以下の記載のあることが認められる。
イ.「【産業上の利用分野】本発明は、例えば、腸、気管及び膀胱において見られる変化した平滑筋の自動運動性及び/又は緊張と関連する病気の治療に有効な薬剤組成物に関する。これらの病気には、過敏性腸症候群、憩室病、尿失禁、食道弛緩不能症及び慢性閉塞性気道病が含まれる。本発明の有効成分である化合物は、
特定の3-置換ピロリジン誘導体で、心臓のムスカリン様部位よりも平滑筋のムスカリン様部位に対して選択的であり、何ら有意の抗ヒスタミン活性を有さない、ムスカリン様受容体拮抗物質である。」(【0001】) ロ.「【0027】作用ムスカリン様受容体拮抗物質としての本発明の有効成分である化合物の選択性は次のようにして測定することができる。
【0028】雄のモルモットを犠牲にして、回腸,気管,膀胱及び右心房を切除し、95%O2及び5%CO2 で通気し、32℃で静止張力1gで生理的食塩水中につるす。回腸、膀胱及び気管の攣縮を、等張性(回腸)又は等張性変換器(膀胱及び気管)を用いて記録する。自発的に拍動している右心房の攣縮の頻度は、等長的に記録された攣縮から誘導される。
【0029】アセチルコリン(回腸)又はカルバコール(気管,膀胱及び右心房)に対する用量-反応曲線は、最大反応が達成されるまで、各用量の作用薬に対し1-5分の接触時間を用いて決定される。器官浴を排液し、最低用量の試験化合物を含有する生理的食塩水で再び満たす。試験化合物を、20分間組織と平衡させておき、最大反応が得られるまで作用薬用量-反応曲線をくり返す。器官浴を排液して、二番目の濃度の試験化合物を含有する生理的食塩水で再び満たし、上記の手順をくり返す。典型的には、4つの濃度の試験化合物を、各々の組織について評価する。
【0030】もとの反応を生ずるために作用薬濃度の倍加をひき起こす試験化合物の濃度を決定する〔pA2値-アランラクシャナ(Arunlakshana)及びシルド(Shild)(1959),Brit.J.Pharmacol.,14,48-58〕。上記の分析技術を用いて、ムスカリン様受容体拮抗物質に対する組織選択性を決定する。
【0031】心拍数の変化と比較した、作用薬によって誘発される気管支収縮又は腸又は膀胱収縮性に対する活性を、麻酔犬で決定する。経口活性は、意識犬において、例えば心拍数、瞳孔直径及び腸の自動運動性、に関する化合物効果を決定して評価する。
【0032】他のコリン作動性部位に対する化合物親和力は、静脈内又は腹腔内投与後にマウスにおいて評価する。従って、瞳孔のサイズの倍加をひき起こす用量を、静脈内オキソトレモリンに対する唾液分泌過多及び振せん反応を、50%抑制する用量と同様に決定する。」(【0027】ないし【0032】) ハ.「実施例の化合物はすべて、有意の不利な毒性をもたず、選択的ムスカリン様受容体拮抗物質としての有用な活性を有することがわかった。」(【0076】7〜9行) ニ.「【0077】最良の化合物である実施例1(B)の化合物は、10mg/kgをマウスに経口的に投与しても悪影響は全く観察されず、十分に耐性であった。20mg/kgでは、眼の瞳孔の大きさの増大のみがみられた。」(【0077】) (3) 本願発明は、上記(1)で説示したように、本願発明に係る病気の治療用という、その治療対象とする病気が特定された医薬に係る発明である。そして、本願発明に係る記載イには、過敏性腸症候群、憩室病、尿失禁、食道弛緩不能症及び慢性閉塞性気道病が本願発明に係る病気に含まれることが記載され、本願発明組成物を構成する化合物が心臓に対するムスカリン様受容体拮抗物質としてではなく、平滑筋に対して選択的に該物質としての活性を有することが記載されていることから、
その記載は、本願発明に係る病気の治療には、上記化合物が、平滑筋に対するムスカリン様受容体拮抗物質であることが関係していると示唆するものである。なお、
本願明細書の記載ニで示される瞳孔の大きさを調整する機能にかかわる疾患は、本願発明に係る病気の例として、具体的には示されてはいない。
次に、記載ロには、上記化合物についてムスカリン様受容体拮抗物質としての各種組織に対する選択性を測定する方法が記載され、この方法はムスカリン様受容体拮抗物質としての活性の程度を実質的に評価しているのは明らかで、記載ロによれば、雄のモルモットの回腸、気管、膀胱及び右心房を利用して、これら組織に対する、上記活性の程度を、上記化合物の濃度を指標として評価していることが認められる。一方、記載ハには、本願発明の実施例に係る化合物が、平滑筋に対するムスカリン様受容体拮抗物質としての有意な活性を有することが示唆されているものの、指標とする濃度を具体的に示す記載は、本願明細書には認められない。
したがって、ある化合物が、それ自体の構造からでは、特定の生物学的な活性を持っているとは必ずしも確信を持って認識し得ないというべき医薬分野の当業者にしてみれば、上記指標とする濃度が具体的に示されていない以上、上記実施例に係る化合物については、これらが、実際に上記の有意な活性を有しているのかとの疑念を生じさせるものと認めざるを得ない。そして、前記のように、記載イからは、
本願発明に係る病気の治療には本願発明組成物を構成する化合物が平滑筋に対するムスカリン様受容体拮抗物質であることが関係すると示唆されていることからみて、ある化合物が平滑筋に対するムスカリン様受容体拮抗物質としての活性を有すれば本願発明に係る病気の治療に有効であると理解し得たとしても、そもそも、本願発明の実施例に係る化合物が実際に有意な上記活性を有していることについては疑念が生じるのであるから、当該化合物を含む本願発明組成物が、実際に本願発明に係る病気の治療に有効であることにも疑念が生じるものと認めざるを得ない。
また、記載ニは、本願発明に係る実施例1(B)の化合物が実施例として最良のものであること、そして、該化合物10mg/kgをマウスに経口的に投与しても影響が出ず、20mg/kgを投与すると眼の瞳孔の大きさの増大のみが見られたとの実験結果を記載しているものであるが、瞳孔の大きさを調整する機能にかかわる疾患についてみれば、上記説示のように、本願発明に係る病気の例としては、具体的に示されてはいないことからして、上記の眼の瞳孔の大きさの増大が見られたとの記載からでは、当業者にとって、具体的に過敏性腸症候群、憩室病、尿失禁、
食道弛緩不能症及び慢性閉塞性気道病が挙げられている本願発明に係る病気に対して、上記実施例1(B)の化合物を有する本願発明組成物が、本願発明に係る病気の治療に有効であると確信できるものではない。記載ロには、上記した選択性を測定する方法のほかに、意識犬を利用しての、経口投与による、化合物の心臓、瞳孔や腸についての効果を評価する手法が記載されていて、当該手法と、ムスカリン様受容体拮抗物質としての活性の評価や本願発明に係る病気に対する治療の有効性との関係については明確な記載は認められないものの、当該手法は、経口投与という薬剤投与方法に注目しているものと認められる。上記実験結果も経口投与量に注目していることからして、この実験結果は、被検動物の違いがあるにしても、記載ロに記載された上記手法を、上記実施例1(B)の化合物について適用した結果のものであると、当業者において理解するものと認めることができる。そして、この実験結果によれば、瞳孔についての効果があるというだけで、本願発明に係る病気として例示された過敏性腸症候群や憩室病のような腸についての効果はないとの評価がされているとの理解が生じるものと認められるのであって、上記実験結果は、本願発明に係る病気の治療に、最良のものと記載されている実施例1(B)の化合物でさえ、有効であることについて、相当の疑いを生じさせるものである。
(4) してみると、当業者は、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を読んだ際には、本願発明組成物の本願発明に係る病気の治療用としての有効性、すなわち、本願発明の効果に、極めて強い疑念を持つものと認めざるを得ない(甲第12号証の宣誓書もこの認定を左右するものではない。)。当業者は、本願発明を、本願発明に係る病気の治療用のものとして容易に実施することができないものと認めるのもやむを得ず、本願発明は明細書の発明の詳細な説明に当業者に容易に実施することができる程度に記載されているとはいえないのであって、これと同旨の審決の判断に誤りはなく、取消事由2も理由がない。
結論
以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。
(平成14年9月17日口頭弁論終結)
追加
(別紙)平成13年(行ケ)第345号平成11年審判第19751号審決の理由1.本願は、平成2年3月15日(優先権主張1989年3月17日イギリス国)に出願された特願平2-65521号の一部を特許法第44条第1項の規定により、平成6年9月26日に新たな特許出願としたものであって、本願の請求項に係る発明は、明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1〜10に記載されたとおりのものであって、請求項1には、次のとおり記載されている。
「式:〔式中、Yは、直接結合、-CH2-、-(CH2)2-、-CH2O-、または-CH2S-であり;Rは-CNまたは-CONH2であり;そして、R1は式:または”Het”(ここで、XおよびX1は、各々別個にOまたはCH2であり;mは、1,2または3であり;そして”Het”は、ピリジル基、ピラジニル基またはチエニル基である)の基である〕の化合物またはその薬学的に受容できる塩、および薬学的に受容できる希釈剤またはキャリヤーより成る、平滑筋の変化した自動運動性および/または緊張と関連する病気の治療用の薬剤組成物。」なお、本願については、平成9年3月24日付けの手続補正がされたが、これは平成9年9月29日付けの補正の却下の決定により却下され、この決定は確定している。
2.これに対する原査定の拒絶の理由の概要は、「本出願の明細書において、薬理試験に関し記載されているのは、実施例の化合物が全て有意の不利な毒性を持たず、選択的ムスカリン様受容体拮抗物質として有用な活性を有すること、その経口投与量は平均的な成人患者に対し1日3.5〜350mgであること、等の一般的なものであり、具体的にどの程度の量を投与した場合に、どの程度の効果が現れるかについては具体的になんら記載されていない。そして、通常、当該分野においては、投与する化合物がどの程度の量でどのような薬理効果を有するかをその構造から予測するのは困難であるものと認められるから、上記の本出願の明細書の記載をもって、本願各請求項に係る発明を当業者が容易に実施し得る程度に発明の目的、
構成及び効果が記載されているとすることができない。したがって、本出願は特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていない。」というものである。
3.上記拒絶理由について検討する。
出願当初の明細書には、
「【産業上の利用分野】本発明は、例えば腸、気管および膀胱において見られる変化した平滑筋の自動運動性および/または緊張と関連する病気の治療に有効な薬剤組成物に関する。これらの病気には、過敏性腸症候群、憩室病、尿失禁、食道弛緩不能症および慢性閉塞性気道病が含まれる。本発明の有効成分である化合物は、特定の3-置換ピロリジン誘導体で、心臓のムスカリン様部位よりも平滑筋のムスカリン様部位に対して選択的であり、なんら有意の抗ヒスタミン活性を有さない、ムスカリン様受容体拮抗物質である。」(段落【0001】)と記載され、
「Rは、好ましくは-CONH2である。RがCNである化合物は、ムスカリン様受容体拮抗物質として多少の活性を有しているが、主として、合成中間体として有用である。」(段落【0003】)と記載され、
「過敏性腸症候群、憩室病、尿失禁、食道弛緩不能症および慢性閉塞性気道病のような変化した平滑筋の自動運動性および/または緊張と関連する病気の治癒的または予防的治療においてヒトに投与するためには、本化合物の経口投与量は、一般に、平均的な成人患者(70kg)に対して、1日3.5ないし350mgの範囲であろう。」(第10欄26行〜32行)と記載され、
実施例の化合物はすべて、有意の不利な毒性をもたず、選択的ムスカリン様受容体拮抗物質としての有用な活性を有することがわかった。」(第40欄10行〜13行)と記載され、
「最良の化合物である実施例1(B)の化合物は、10mg/kgをマウスに経口的に投与しても悪影響は全く観察されず、十分に耐性であった。20mg/kgでは、眼の瞳孔の大きさの増大のみがみられた。」(段落【0077】)と記載されている。
ところで、医薬についての用途発明は、特定の物質または組成についての確認された薬理効果を専ら利用するものであることから、薬理効果が薬理データまたはそれに代わり得る具体的記載によって明細書に確認できるように記載されていることが必要である。
そこで、本願の明細書を検討すると、医薬としての物質、適用対象疾患、投与量、投与方法および製剤形態については記載されているものの、具体的に投与される薬物及び投与量、それによる効果については具体的なデータは何ら記載されていない。
また、RがCNである化合物についてはムスカリン様受容体拮抗物質として多少の活性を有していることのみしか記載されておらず、この化合物が医薬として請求項1に掲げられた適用対象疾患の治療薬としての効果を奏するのかどうかも不明である。
そうすると、請求項1に係る発明の薬剤組成物を投与した結果、その薬剤組成物が請求項1に掲げられた適用対象疾患の治療薬としての効果を奏することについては具体的に確認できないから、請求項1に係る発明の医薬としての用途発明が当業者に容易に実施できる程度に記載されているとはいえない。
したがって、本願は、特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていないので、拒絶すべきものである。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利