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関連審決 異議1998-74402
関連ワード 製造方法 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の判断 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  先願発明との同一性 /  試行錯誤 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  翻訳文 /  優先権 /  参酌 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 /  国際公開 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 141号 特許取消決定取消請求事件
原告 大日本インキ化学工業株式会社
原告 財団法人川村理化学研究所
原告ら訴訟代理人弁理士 志賀正武
同 高橋詔男
同 大場充
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 高橋美実
同 森田 ひとみ
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/10/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら 特許庁が平成10年異議第74402号事件について平成11年3月16日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは,発明の名称を「液晶デバイス及びその製造方法」とする特許第2724596号の特許(昭和63年9月19日に特許出願(優先権主張の日,昭和62年10月20日),平成9年12月5日に特許権設定登録,以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
本件特許に対し,請求項1ないし8のすべてについて特許異議の申立てがなされ,その申立ては,平成10年異議第74402号事件として審理された。特許庁は,審理の結果,平成11年3月16日に,「特許第2724596号の請求項1ないし8に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年4月21日にその謄本を原告らに送達した。
2 特許請求の範囲 【請求項1】電極層を有する少なくとも一方が透明な2枚の基板とこの基板の間に支持された調光層を有し,前記調光層が正の誘電率異方性を有する液晶材料と透明性固体物質から成り,前記液晶材料が連続層を形成し,前記透明性固体物質が前記液晶材料中に3次元ネットワーク状に存在していることを特徴とする液晶デバイス。(以下「本件発明1」という。) 【請求項2】液晶材料が調光層構成成分の60重量%以上を占める請求項1記載の液晶デバイス。(以下「本件発明2」という。) 【請求項3】液晶材料が,基板の電極間に印加される電圧によって,その分子配列を可逆的に変更し,それによって光散乱不透明状態と透明状態とに可逆変化する請求項1又は2記載の液晶デバイス。(以下「本件発明3」という。) 【請求項4】透明性固体物質が合成樹脂より成る請求項1,2又は3記載の液晶デバイス。(以下「本件発明4」という。) 【請求項5】調光層の厚さが5〜30ミクロンである請求項1,2,3又は4記載の液晶デバイス。(以下「本件発明5」という。) 【請求項6】電極層を有する少なくとも一方が透明性を有する2枚の基板間に,(1)正の誘電率異方性を有する液晶材料,(2)紫外線硬化型の高分子形成性モノマー若しくはオリゴマー及び(3)重合開始剤を含有する調光層構成材料を介在させ,透明性基板を通して紫外線を照射し,それによって前記モノマー若しくはオリゴマーを重合させることから成る請求項1記載の液晶デバイスを製造する方法。(以下「本件発明6」という。) 【請求項7】液晶材料の割合が調光層形成材料の60重量%以上である請求項6記載の方法。(以下「本件発明7」という。) 【請求項8】高分子形成性モノマーがトリメチロールプロパントリアクリレート,トリシクロデカンジメチロールジアクリレート,ポリエチレングリコールジアクリレート,ポリプロピレングリコールジアクリレート,ヘキサンジオールジアクリレート,ネオペンチルグリコールジアクリレート又はトリス(アクリルオキシエチル)イソシアヌレート,ヒドロキシピバリン酸エステルネオペンチルグリコールジアクリレート又は2モル以下のモル比のカプロラクトンで変性したヒドロキシピバリン酸エステルネオペンチルグリコールジアクリレートである請求項6又は7記載の方法。(以下「本件発明8」という。) 3 決定の理由の要点 別紙決定書の理由の写し記載のとおり,@本件発明1ないし8は,いずれも,特願昭62-231184号(特開昭64-74531号公報。本訴甲第3号証)の願書に最初に添付された明細書及び図面(以下「先願明細書」という。)記載の発明(以下「先願発明」という。)と同一であるから,特許法29条の2第1項の規定に該当し,A本件発明1ないし8は,いずれも,国際公開WO87/01822パンフレット(本訴甲第4号証。昭和62年3月26日国際公開。特表昭63-501512号公報(本訴乙第3号証)参照)(以下「甲第4号証刊行物」という。)記載の発明(以下「甲第4号証刊行物発明」という。)から当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができない,と認定判断した。
原告ら主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,「(1)本件発明」(決定書2頁2行〜4頁9行),「(2)申立て理由の概要」(4頁10行〜5頁4行)は認める。「(3)請求項1〜8に係る発明について」(5頁5行〜32頁18行)のうち,(引用刊行物)(5頁6行〜12頁15行)は認め,その余は争う。「(4)むすび」(32頁19行〜33頁15行)は争う。
決定は,本件発明1と先願発明との同一性の判断を誤り,かつ,本件発明1と甲第4号証刊行物発明との相違点の判断をも誤り,その結果,本件発明1ないし8のすべてにつき新規性及び進歩性を否定したものであり,これらの誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 同一性判断の誤り (1) 本件発明1は,「液晶材料が連続層を形成し」ていることを要件としている(第2の2の【請求項1】参照)。この液晶材料は,「調光層」を構成しており,その調光層は二枚の基板の間に支持されている(第2の2の【請求項1】参照)ことからすれば,上記「液晶材料が連続層を形成し」ているとは,液晶材料が透明性固体物質内で単に連続的な層を形成していることを意味するのではなく,液晶材料が二枚の基板と接触した状態で連続層を形成していることを意味すると解するべきである。
本件発明1における調光層は,液晶材料と透明性固体物質とから成り,それ以外の物質は,調光層内に存在しない。「透明性固体物質は,液晶材料中に3次元ネットワーク状に存在して」(第2の2【請求項1】参照)おり,液晶材料の「外には」存在しない。もし,液晶材料が二枚の基板と接触していないとすると,調光層内には,透明性固体物質,液晶材料に加えて,これら以外の物質も存在しなければならないことになり,上記特許請求の範囲の記載と矛盾してしまう。
液晶材料の連続層は,二枚の基板間で部分的に連続しているのではなく,全体的に連続していると解するべきである。このことは,願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)における,「この様に構成された液晶デバイスは,従来のものに比べて,電界が直接液晶材料に印加されるため,低電圧駆動が可能であり」(甲第2号証(本件特許に係る特許公報)7欄42行〜44行)との記載からも明らかである。
(2) 決定は,「先願明細書には・・・「この硬化により硬化物が網目状にマトリックスを形成し,この空隙部に液晶が封じ込められた構造をとる。」(上記g項)及び「この効果は,マトリックスの硬化物が網目状で連通した空隙を形成するのでなく,夫々独立した空隙を形成するようにされた場合でも同様である。」(上記h項)との記載からみて,先願発明にはマトリックスの硬化物が網目状で連通した空隙を形成する場合は,当然,この効果を奏すると解せ,「網目状で連通した空隙」が「連続層」を形成し,その結果「網目状で連通した空隙」以外の部分,すなわち「マトリックスの硬化物」部分が,「3次元ネットワーク状」に残ることになるから,先願明細書には,本件請求項1に係る発明の「前記液晶材料が連続層を形成し,前記透明性固体物質が前記液晶材料中に3次元ネットワーク状に存在している」が開示され」(決定書13頁13行〜14頁12行)ている,と判断した。
しかし,先願発明は,上記のとおり,「硬化物が網目状にマトリックスを形成し,この空隙部に液晶が封じ込められた構造をとる。」(甲第3号証6頁左上欄17行〜19行)ものであるから,「マトリックスの硬化物が網目状で連通した空隙を形成する」としても,その空隙は網目状のマトリックスの硬化物の内部におけるものである。先願発明の「マトリックスの硬化物」は液晶材料中に三次元ネットワーク状に存在するものではない。
被告は,本件発明1と先願発明とで製造方法が異ならないから,結果として本件発明と同じ構造のものが得られる,と主張する。確かに,本件明細書には,製造方法における従来方法との相違が明確に記載されていない面がある。しかし,本件発明1における液晶表示素子はPNLCD(Polymer Network Liquid Crystal Display)であり,従来の液晶表示素子であるNCAP(Nematic Curvilinear Aligned Phase),PDLCD(Polymer Dispersed Liquid Crystal Display)とは製造方法が異なる(甲第7号証添付の参考資料である特表平成4-502781号証6頁右下欄7行〜10行参照)。この点に着目して,本件発明1における液晶表示装置の構造となるように,試行錯誤的に製造を行うことは可能である(例えば,高温にして,相が均一な状態で重合させることによりPNLCDを製造することができる。)。液晶の組成比を高くしただけで,PNLCDの構造が得られるわけではない。
(3) 本件発明1における「液晶材料の連続層」が,液晶材料が二枚の基板と接触した状態で連続層を形成していること(全体的連続)を意味することは,(1)で述べたとおりである。
これに対し,先願発明においては,「マトリックスの硬化物が網目状で連通した空隙を形成する」ことの記載はあるものの,この連通した空隙は,マトリックスの硬化物内部におけるものであることは(2)で述べたとおりである。したがって,先願発明において,液晶材料が連続的な層を形成したとしても,それはマトリックスの内部における部分的な連続に限られると解するべきである。
「マトリックスの硬化物が網目状で連通した空隙を形成」するとしても,液晶が封じ込められた空隙が大きくなり,「ウォール」と称されるような形態(硬化物が卵状にマトリックスを形成したものの空隙部に液晶が封じ込められた状態。
甲第5号証参照)となることが常識的には考えられ,これは三次元ネットワーク状にマトリックスが形成されたものでないため,液晶は二枚の基板に接触していない(部分的な連続)。
このように,先願発明は,本件発明1の「液晶材料の連続層」を有せず,この点において,本件発明1とは相違する。本件発明1と先願発明とが同一であるとした決定の判断は誤りである。
(4) 両発明の構成が相違することは,効果が相違することからも,明らかである。
本件発明1においては,「このような液晶デバイスは,電圧を印加しなくても,液晶材料が等方性液体相に相転移する温度になると透明状態に変わるので,適当な相転移温度を有する液晶材料を選択することによって,所望の温度域における感温型(温度応答型)の光変調デバイスとして使用可能である。」(甲第2号証4頁8欄15行〜20行)という効果を奏する。
これに対し,先願発明は,電圧を印加することによって,マトリックスの硬化物の屈折率と一定の方向を向いている液晶の屈折率とが一致し,その結果光が透過することとなる(甲第3号証6頁右上欄10〜14行)にすぎないのであり,本件発明のように,電圧を印加しなくても,液晶材料が等方性液体相に相転移する温度になると透明状態に変わることについては,先願明細書に,その記載も,これを示唆する記載もない。
さらに,本件発明1は,「従来のものに比べて,・・・低電圧駆動が可能であり,応答速度が大で,また,特に明瞭なしきい値電圧がありうるため,マルチプレックス駆動が可能である。」(甲第2号証4頁7欄42行〜46行)という効果を奏する。先願明細書には,このような効果については何も記載されておらず,そのような状況の下で,先願発明によりこのような効果が奏せられると考えるのは,技術常識からして,無理である。
2 相違点判断の誤り (1) 決定は,本件発明1と甲第4号証刊行物発明との相違点として,イ)液晶材料が,本件発明1では,連続層を形成しているのに対して,甲第4号証刊行物発明では微小滴を形成している点(以下「相違点イ」という。)及びロ)透明性固体物質が,本件発明1では,液晶材料中に三次元ネットワーク状に存在しているのに対して,甲第4号証刊行物発明では,そのような記載がない点(以下「相違点ロ」という。)を挙げる(決定書22頁16行〜23頁3行)。
その上で,決定は,相違点イについて,「刊行物1(判決注・甲第4号証刊行物)には,液晶が44%より大きいときにマイクロドロップレットの集合があるとの開示があり,しかも,液晶が12%より小さいときにはマイクロドロップレットの形成がなく,液晶の%が増加するにつれてマイクロドロップレット寸法が徐々に増加することが開示されている。しかも,液晶が0%のときには全てが透明性固体物質になり,液晶が100%のときには全て液晶になることが予測されるから,混合物中で液晶の%が増加するにつれて液晶分子と液晶分子とが接触する確率が増加し,その結果,接触した液晶分子同士が集合し,マイクロドロップレットの寸法が増加したり,液晶の連続層が形成されることが示唆されている。してみれば,当該示唆に基づいて,液晶の連続層を形成することは,当業者であれば,容易に推考できたものと認められる。」(決定書23頁4行〜20行)と判断し,相違点ロについて,「調光層が液晶材料と透明性固体物質とから成る以上,上記相違点イ)の残余部分について,述べたものに過ぎず,液晶の連続層が形成されれば,当然に,透明性固体物質は,液晶材料中に3次元ネットワーク状に存在することになる」(決定書24頁1行〜6行)と判断した。
(2) 相違点イについての判断について 決定は,甲第4号証刊行物には,「接触した液晶分子同士が集合し,マイクロドロップレットの寸法が増加したり,液晶の連続層が形成されることが示唆されている」(決定書23頁15行〜17行)と述べている。
しかし,甲第4号証刊行物発明は,マイクロドロップレットを固体中に分散させることを要件とする発明である。このことは,甲第4号証刊行物中の「光透過性の合成樹脂固体マトリックス中に分散された液晶マイクロドロップレット」(請求項1の一部。甲第4号証の78頁3行〜5行の訳文参照)との記載から容易に理解することができる。甲第4号証刊行物発明は,マイクロドロップレットが接触して連続的になることを積極的に肯定しているとは認められないから,同刊行物に液晶の連続層が形成されることが示唆されている,ということはできない。
仮に,マイクロドロップレットが接触して連続層を形成したとしても,それは固体中に封じ込められた部分的な連続層を意味するにすぎず,本件発明の連続層を示唆するものではない。
決定の「当該示唆に基づいて,液晶の連続層を形成することは,当業者であれば,容易に推考できたものと認められる」(決定書23頁18行〜20行)との判断は誤りである。
(3) 相違点ロについての判断について 決定は,相違点ロについて,「上記相違点イ)の残余部分について述べたものにすぎず」(決定書24頁2行〜4行)と述べている。しかし,相違点イについての判断が誤りである以上,相違点ロについての判断も誤りである。
(4) 顕著な作用効果の看過 本件発明1による液晶デバイスは,「従来のものに比べて,電界が直接液晶材料に印加されるため,低電圧駆動が可能であり,応答速度が大で,また,特に明瞭なしきい値電圧がありうるため,マルチプレックス駆動が可能である。」(甲第2号証4頁7欄42行〜46行)という効果を奏する。
甲第4号証刊行物にはこのような効果についての記載もこれを示唆する記載もない。
決定は,本件発明1の上記顕著な作用効果を看過した結果,本件発明が刊行物1から容易に推考することができたとの誤った判断をしたものである。
被告の反論の要点
決定の認定判断は,正当であり,決定を取り消すべき理由はない。
1 同一性判断の誤りについて (1) 本件明細書の請求項1中の「液晶材料が連続層を形成し」との文言は,「液晶材料が連なり続く層を形成している」という程度の意味に解することができ,その意味は,文言自体から明らかである。これを,原告らの主張するように,「液晶材料が2枚の基板と接触した状態で連続層を形成し」などと限定して解すべき理由はない。
原告らは,その主張する解釈の根拠として,本件発明1に係る特許請求の範囲(本件明細書の請求項1)の記載によれば,「液晶材料」は「調光層」を構成しており,その調光層は二枚の基板間に支持されている,ということ,を挙げている。しかし,調光層は,液晶材料だけから成るのではない。それと透明性固体物質とから成るのである(請求項1の記載参照)。そうである以上,調光層が二枚の基板間に支持されていることが,直ちに,液晶材料が二枚の基板と接触した状態にあることに結び付く,などということはあり得ない。
(2) 原告らは,先願発明は,「硬化物が網目状にマトリックスを形成し,この空隙部に液晶が封じ込められた構造をとる。」ものであるから「マトリックスの硬化物が網目状で連通した空隙を形成する」としても,それは網目状のマトリックス内部におけるものである,と主張する。
しかしながら,決定は,先願明細書の「この硬化により硬化物が網目状にマトリックスを形成し,この空隙部に液晶が封じ込まれた構造をとる。」(甲第3号証6頁左上欄17行〜19行)及び「この効果は,マトリックスの硬化物が網目状で連通した空隙を形成するのではなく,夫々独立した空隙を形成するようにされた場合でも同様である」(同6頁右上欄15行〜18行)との記載からみて,先願明細書に記載されたマトリックスの硬化物は,網目状で独立した空隙を形成する場合も,網目状で連通した空隙を形成する場合もあって,そのいずれであっても,「マトリックスの硬化物」部分は「3次元ネットワーク状」であるということができ,マトリックスの硬化物が連通した空隙を形成する場合は,その「網目状で連通した空隙」の内部に封じ込まれた液晶は,その空隙を満たすに十分な量が存在すれば,連通する部分において隣接する空隙内に封じ込まれた液晶と接触した状態すなわち連続した状態になるから,先願明細書には本件発明1の「前記液晶材料が連続層を形成し,前記透明性固体物質が前記液晶材料中に3次元ネットワーク状に存在している」が開示されている,としたものである。
本件明細書では,液晶材料が連続層を構成するための条件としては,調光層を構成する成分において液晶材料の占める割合が60重量%以上であることが好ましいとされている(甲第2号証5欄9行〜10行)。他方,先願明細書における液晶含有率は,実施例6ないし9では74.6%である。このように,先願明細書に開示された調光層においては,液晶材料は連続層を形成するのに十分な量が使用されるのであるから,先願発明の液晶材料は,連続層を形成するということができる。
また,本件発明の液晶デバイスは,透明性固体物質と液晶材料とを混合し,調光層構成材料とし,これを,二枚の基板間に,注入,塗布,挿入し,あるいは挟んだ後に,透明性固体物質を紫外線や熱,電子線を照射し硬化させて製造するものである(甲第2号証4頁7欄33行〜41行)。他方,先願発明の素子も,硬化性化合物(透明性固体物質に対応する。)と液晶物質の混合物をガラス基板間に注入,塗布し,光露光又は熱処理により,液晶と硬化物との相分離状態で固定化させて(甲第3号証5頁右下欄〜6頁左上欄),製造するものであるから,両者に製造上の差異はない。先願発明においても透明性固体物質は三次元ネットワークを形成している,ということができる。
(3) 原告らは,本件発明1の「液晶材料が連続層を形成し」との構成が,液晶材料が二枚の基板と接触した状態で連続層を形成していることを意味する,との原告らの解釈を前提にして,先願発明は,本件発明1の「液晶材料が連続層を形成」との構成を有しないから,本件発明1と相違する,と主張する。しかし,原告らの本件発明1についての上記解釈が誤りであることは,前記のとおりである。原告らの主張はその前提を欠くものである。
(4) 原告らは,両発明の構成が相違することは,効果が相違することから明らかである,と主張する。しかし,本件発明1と先願発明とは構成が同じであるから,当然に同じ効果を期待できるものである。
なお,液晶が温度によって相変化すること及び液晶の材料などによって相変化温度が異なることは,従来周知である(乙第4号証参照)から,液晶材料が限定されていない本件発明について,感温型の光変調デバイスが得られるとの主張は,発明の構成に基づかないものである。
2 相違点判断の誤りについて (1) 相違点についての判断について 決定は,甲第4号証刊行物のテーブル12(液晶%とマイクロドロップレットの直径の測定値を示す表,甲第4号証76頁)に,液晶が44%より大きいときにマイクロドロップレットの集合があること,液晶が12%より小さいときにマイクロドロップレットの形成がないこと,液晶の%が増加するにつれてマイクロドロップレット寸法が徐々に増加すること,が示されていることに着目し,混合物中における液晶の%が多いと液晶分子と液晶分子とが接触する確率が増加し,その結果,接触した液晶分子同士が集合し,マイクロドロップレット状態を維持することが不可能になって,液晶の連続層が形成されることが,これにより示唆されている,としたものである。
液晶が0%のときにはすべてがポリマー(透明性固体物質)になり,液晶が100%のときにはすべてが液晶であることからすれば,上記の液晶の配合量が多ければ,結果として「液晶の連続層が形成されること」は,容易に予測できることである。液晶の連続層が形成されれば,部分的であれ,全体的であれ,請求項1の「液晶材料が連続層を形成し」を満たすことは,明らかである。
甲第4号証刊行物の実例29において,66%を超える液晶(この場合,マイクロドロップレットは集合状態であると推認することができる。)を使用する例が記載されていることからしても,同刊行物に,マイクロドロップレットが必ずしも独立した微小滴である必要はないことが示されていることは,明らかである。
(2) 顕著な作用効果の看過について 原告らが本件発明1の特有の効果として主張する効果については,甲第4号証刊行物において,同号証刊行物発明も同様の効果を奏することが記載されている(甲第4号証の翻訳文である乙第3号証12頁右下欄6行〜9行,8頁左上欄7行〜10行,10頁左上欄6行〜8行,17頁右下欄18行〜22行,21頁左下欄16行〜25行参照)。原告ら主張の効果は,進歩性の根拠とはなり得ない。
当裁判所の判断
(同一性判断の誤りについて) 1 本件発明1について 原告らは,本件発明1に係る特許請求の範囲の「液晶材料が連続層を形成し」は,液晶材料が2枚の基板と接触した状態で連続層を形成していること,を意味し,液晶材料が透明性固体物質内において単に連続的な層を形成していること,を意味するのではない,と主張する。
しかしながら,本件発明1に係る特許請求の範囲は,前記第2の2記載のとおり「電極層を有する少なくとも一方が透明な2枚の基板とこの基板の間に支持された調光層を有し,前記調光層が正の誘電率異方性を有する液晶材料と透明性固体物質から成り,前記液晶材料が連続層を形成し,前記透明性固体物質が前記液晶材料中に3次元ネットワーク状に存在していることを特徴とする液晶デバイス。」というものである。この特許請求の範囲の記載によれば,本件発明においては,連続層を形成する液晶材料は,二枚の基板の間に支持された調光層中に存在することが要件とされているにとどまり,液晶材料が二枚の基板と接触することは,要件とされていないことが明らかである。
原告らは,その主張の根拠として,液晶材料は調光層を構成しており,その調光層は二枚の基板間に支持されている,ということを挙げる。しかし,液晶材料が二枚の基板間に支持されている調光層を形成しているからといって,調光層内の液晶材料が基板に接触しているとは限らないことは,論ずるまでもないところである。原告らの指摘する点は,本件発明1において,調光層を構成するのは液晶材料のみであるという,事実に反することの明らかな前提に立って,初めて原告ら主張の根拠となり得るものであるにすぎない。
原告らは,本件発明1においては,@特許請求の範囲に,調光層は液晶材料と透明性固体物質とから成る,と記載されていることからすれば,調光層には,液晶材料と透明性固体物質以外のものは存在しない,A特許請求の範囲に,透明性固体物質は,液晶材料中に三次元ネットワーク状に存在していると記載されていることからすれば,液晶材料の外には存在しないとし,@,Aを前提に,液晶材料は二枚の基板と接触していなければならず,もし接触していなければ,液晶材料の外に透明性固体物質及び液晶材料以外の物質が存在しなければならないことになり,調光層は液晶材料と透明性固体物質とから成る,との記載と矛盾することになる,と主張する。
しかしながら,本件発明1に係る特許請求の範囲の,「前記透明性固体物質が前記液晶材料中に3次元ネットワーク状に存在している」との記載中の「液晶材料中」との文言を,原告ら主張のように,透明性固体物質が液晶材料以外のものとはおよそ接することのない態様でのみ存在する,すなわち,二枚の基板とはおよそ接しない態様でのみ存在することを意味すると,限定して解釈するのを相当とする根拠は,本件明細書の記載(甲第2号証)を中心に,本件全資料を検討しても見いだすことができない。
原告らは,上記解釈の根拠として,本件明細書の発明の詳細な説明中の「この様に構成された液晶デバイスは,従来のものに比べて,電界が直接液晶材料に印加されるため,低電圧駆動が可能であり」(甲第2号証4頁7欄42行〜44行)との記載を挙げる。しかし,「液晶材料が連続層を構成し」との記載の意味は,特許請求の範囲の記載から明確であることは前記のとおりであるから,発明の詳細な説明の記載を参酌して限定解釈することは許されない,というべきである。仮に,本件明細書の発明の詳細な説明中の上記記載を参酌することが許されるとしても,「電界が直接液晶材料に印加され」ているというためには,透明性固体物質が二枚の基板とおよそ接しない態様でのみ存在しなければならない,と解すべき根拠はない。上記記載も,原告らの主張する上記限定解釈の根拠とすることはできない,というべきである。
小林駿介作成の平成13年4月16日付見解書と題する書面(甲第7号証)中には,「本件特許の請求項1における「液晶材料が形成する連続層」とは,液晶材料が2枚の基板間で全体的に連続していることを意味する,と考えられる。」との結論が記載されている。しかしながら,同見解書の理由部分には,「本件特許出願の優先権主張の基礎となる出願がなされた1987年頃の本技術分野の技術者は,本件特許の請求項1における「液晶材料が形成する連続層」とは,「液晶材料が2枚の基板間で全体的に連続した液晶の海を形成している。」ことを意味する,と理解すると考えられる。」との見解が記載されているのみで,上記特許請求の範囲の文言にかかわらず,当業者が上記のとおり限定解釈する根拠については,これを裏付ける資料は何ら提示されていない。上記見解書は,理由を示すことなく,単に結論部分を述べたに等しいものである,といわざるを得ず,採用することができない。
以上のとおりであるから,本件発明1において,「液晶材料が連続層を形成し」とは,液晶材料が2枚の基板に接触している場合に限定されないと解釈するのが相当である。
原告らの主張は採用することができない。
2 先願発明について 甲第3号証によれば,先願明細書には,別紙決定書の写し5頁12行ないし7頁17行で認定されたとおりの記載があることが認められる。
先願明細書の上記認定の記載によれば,先願明細書には,本件発明1の「電極層を有する少なくとも一方が透明な2枚の基板とこの基板の間に支持された調光層を有し,前記調光層が正の誘電率異方向性を有する液晶材料と透明性固体物質から成り,」との構成及び「液晶デバイス」との構成が開示されていることは明らかである。
先願明細書の上記認定の記載のうち,「この硬化により硬化物が網目状にマトリックスを形成し,この空隙部に液晶が封じ込められた構造をとる。」(甲第3号証6頁左上欄17行〜19行),「これにより,電圧を印加しない状態で,液晶はマトリックスの硬化物の面に対して特定の配向を取る。具体的には,正の誘電率異方性のネマチック液晶を用いた場合には,液晶分子はほぼ網目状のマトリックス硬化物の面に対して平行に配列する傾向がある。このため,ある広い範囲で見れば液晶分子は種々の方向を向いていることとなり,周囲のマトリックスの硬化物の屈折率と,種々の方向を向いている液晶の屈折率とが異なることにより,散乱を生じ,白濁してみえることとなる。(判決注・この部分は,決定では認定に挙げられておらず,甲第3号証に基づき判決において補充して認定した。)この効果は,マトリックスの硬化物が網目状で連通した空隙を形成するのでなく,夫々独立した空隙を形成するようにされた場合でも同様である。」(6頁左上欄19行〜右上欄18行)との記載によれば,マトリックスの硬化物が網目状で連通した空隙を形成する場合も,当然に上記の効果を奏するものとして先願発明に含まれるものであること,網目状で連通した空隙が連続層を形成する場合には,その結果として,網目状で連通した空隙以外の部分,すなわちマトリックスの硬化物部分が三次元ネットワーク状に残ることになるから,先願明細書には,本件発明1の「前記液晶材料が連続層を形成し,前記透明性固体物質が前記液晶材料中に3次元ネットワーク状に存在している」との構成が開示されているものと認めることができる。この旨を述べた決定の認定判断に誤りはない。
前記見解書(甲第7号証)中には,「先願明細書における「マトリックスの硬化物」は,上記「3次元ネットワーク状」に該当しないと考えられる。」(6頁11行〜12行)との記載がある。しかし,上記記載は,前記認定の先願明細書の記載内容に照らし,採用することができない。
原告らは,先願発明は,「硬化物が網目状にマトリックスを形成し,この空隙部に液晶が封じこめられた構造をとる」(甲第3号証6頁左上欄17行〜19行)ものであるから,「マトリックスの硬化物が網目状で連通した空隙を形成する」としても,それは網目状のマトリックス内部におけるものであるのに対し,本件発明1における「液晶材料の連続層」とは,液晶材料が2枚の基板と接触した状態で連続層を形成していることを意味するから,先願発明は,本件発明1とは異なる,と主張する。
しかしながら,本件発明1における「液晶材料の連続層」を原告ら主張のように限定的に解することができないことは前記のとおりであるから,原告らの主張は,その前提を欠き,失当である。
原告らは,本件発明1と先願発明との間に効果の違いがあるから,両発明の構成が異なる,と主張する。しかしながら,両発明の間に効果の違いがあることは,本件全証拠を検討しても認めることができない(特定の発明に係る明細書にある効果が記載されていないということは,当該発明が当該効果を奏さないことを意味するものではない。)。このことはおくとしても,そもそも,特許請求の範囲の記載自体により発明の構成が明らかなとき,発明の詳細な説明の効果の記載から発明の構成要件を特定することは許されないというべきであるから,原告らの主張は,主張自体失当である。
3 本件発明1及び先願発明につき,それぞれ上記1及び2のようにいうことができる以上,先願発明と本件発明1とが同一であるとした決定の判断に誤りがあるということはできない。
結論
以上のとおりであるから,原告らのその余の主張について判断するまでもなく,原告らの請求に理由がないことは明らかである。そこで,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸