運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 審判1997-19988
関連ワード 公然実施(29条1項2号) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  慣用技術 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  業として /  請求の理由 /  請求の範囲 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 12年 (行ケ) 380号 審決取消請求事件
原告 杉本基礎株式会社
原告 有限会社柳工務店
原告 国崎産業株式会社
原告ら訴訟代理人弁護士 鈴木正勇
同 濱田俊郎
同 阪本智宏
原告ら訴訟代理人弁理士 榎本一郎
被告 株式会社日進企業
訴訟代理人弁理士 中前 富士男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/10/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成9年審判第19988号事件について平成12年8月22日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら 主文と同旨 2 被告 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「コンクリート深礎杭の構築方法」とする特許第2583830号(平成6年6月17日出願(以下「本件出願」という。)。平成8年11月21日登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告らは,平成9年11月19日,本件特許を請求項1,2のいずれに関しても無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,この請求を平成9年審判第19988号事件として審理し,その結果,平成12年8月22日に,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年9月11日にその謄本を原告らに送達した。
2 審決の理由の要点 別紙審決書の写し記載のとおりである。要するに,@本件特許の請求項1及び2に係る発明は,原告杉本基礎株式会社(以下「原告杉本基礎」という。)が,本件特許の出願前の平成2年3月7日から同月13日にかけて,建造物マンション名「ロイヤル通谷」で実施した深礎式場所打杭基礎工事(以下「ロイヤル通谷工事」という。)において,工事日誌写し(審判甲第3号証,本訴甲第5号証)の5/6頁の下段に示された丸の杭(以下「杭A」という。)について実施した方法と同じ方法である,とすることはできないから,特許法29条1項2号に該当しない,A本件特許の請求項1に係る発明は,原告杉本基礎が上記ロイヤル通谷工事において杭A及び上記工事日誌写しの5/6頁の上段に示された3本の丸の杭(以下,まとめて「杭B」という。)について実施した方法と,同原告が,平成4年3月に実施した高峰マンション新築工事,平成元年7月に実施した小倉西高校複合施設増築建築工事及び平成5年6月に実施したメゾンモンブラン竹末新築工事において行われた杭工事と,本件特許出願前の周知の技術的事項とから当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないから,特許法29条2項に該当しない,B本件特許の請求項2は,本件特許の請求項1の構成要件を更に限定したものであるから,本件特許の請求項1の発明が容易に発明をすることができないものである以上,同じ証拠に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできないから,特許法29条2項に該当しない,として,請求人ら(原告ら)主張の無効事由をすべて排斥したものである。
3 本件特許の特許請求の範囲 「【請求項1】 予め隙間を有して配置された複数のリング部材の全外周に複数の長尺板材が固定されている第1の井枠を作り,該第1の井枠を略垂直に掘削された1段目の構築穴に垂直配置し,その外側を埋め戻しする第1の工程と,前記第1の井枠内に作業者が入って前記1段目の構築穴の底部を掘削し,掘削した土をバケットと地表面に設けられた昇降手段により外部に取り出して,前記第1の井枠の内径と略同じ径で,下方に一定深さ掘削して2段目の構築穴の一部を形成する第2の工程と,前記2段目の構築穴の一部に,昇降手段により第2の井枠用の複数のリング部材及び複数の長尺板材を降ろし,前記第1の井枠の内側下部に一部重合させて前記昇降手段によって降ろした複数の長尺板材を敷き詰め,その後,該敷き詰めた複数の長尺板材の内側に前記昇降手段によって降ろした複数のリング部材を配置して第2の井枠を組み立てる第3の工程と,前記2段目の構築穴の残りを掘削し,掘削した土を前記バケットと前記昇降手段により取り出しながら,前記第1の井枠の下端部と前記第2の井枠の上端が少しの長さ重合する位置まで下げる第4の工程と,前記第2〜第4の工程を繰り返して一部重合した複数の井枠からなる所定長の土留側壁を形成する第5の工程と,前記土留側壁の内側に配筋してコンクリートを打設する第6の工程とを有してなることを特徴とするコンクリート深礎杭の構築方法。」(以下「本件発明1」という。) 「【請求項2】 前記長尺板材は木材からなって,前記リング部材はリング状に曲げられ先部が一部重合する鉄筋材からなる請求項1記載のコンクリート深礎杭の構築方法。」(以下「本件発明2」という。)
原告ら主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「1.」(審決書2頁4行〜11行),「2.請求人の請求の理由の概要」(2頁12行〜3頁7行),「3.被請求人の主張の概要」(審決書3頁8行〜28行)は認める。「4.請求の理由についての検討」(審決書3頁29行〜12頁11行)のうち,「4-1 本件特許発明の認定」,「4-2 証拠」は認める。「4-3 特許法29条1項第2号に該当するとの主張について」のうち,(1),(2)は認める。(3)のうち,(3-1)は認める。(3-2)のうち,審判甲第4ないし第6号証(本訴甲第6ないし第8号証)の添付した「工程説明書」に記載した外組式について「3段目,4段目の井枠に関しては正確ではない」との点は否認し,その余は認める。(3-3)は認める。(3-4)は争う。(3-5)のうち,工事が公然と行われたとの証人の証言の点は認め,その余は争う。(3-6)は争う。(4)は争う。「4-4 本件特許発明1は特許法第29条第2項に該当するとの主張について」のうち,(1)は認める。(2)のうち,(2-2)は認める。(2-3)のうち,審判甲第7号証の2ないし7(本訴甲第9号証の2ないし7)に杭の井枠の具体的な組み立て方法に関する記載は認められない,との点を否認し,その余は認める。(2-4)のうち,審判甲第8号証の2ないし5(本訴甲第10号証の2ないし5)に杭の井枠の具体的な組み立て方法に関する記載は認められないとの点を否認し,その余は認める。(2-5)のうち,審判甲第9号証の2ないし5(本訴甲第11号証の2ないし5)に杭の井枠の具体的な組み立て方法に関する記載は認められないとの点は否認し,その余は認める。(2-6)のうち,審判甲第10ないし第14号証の2(本訴甲12ないし第16号証の2)に杭の井枠の具体的な組み立て方法に関する記載は認められないとの点は否認し,その余は認める。(3)のうち,審判甲第3号証(本訴甲第5号証)の5/6頁の下段に示された丸の杭(杭A)の第1の井枠が外組式で組み立てられたものと認められないとの点は争い,その余は認める。(4)は認める。
(5)のうち,本件発明1の相違点2に係る構成が本件特許出願前に公知であったと認められるとの点は認め,その余は争う。(6)は争う。「4-5 本件特許発明2は特許法第29条第2項に該当するとの主張について」は争う。
審決は,本件発明1,2(以下,両発明をまとめて「本件発明」ということがある。)とロイヤル通谷工事の杭Aについて実施された方法との対比を誤って相違点でないものを相違点と認定して,本件発明とロイヤル通谷工事とが同一でないとの誤った判断をし(取消事由1),本件発明とロイヤル通谷工事の杭Bについて実施された中組式(以下「ロイヤル通谷工事(中組式)という。)とで相違する点(審決が「相違点1」として認定したもの,すなわち,「本件特許発明1においては,「予め隙間を有して配置された複数のリング部材の全外周に複数の長尺板材が固定されている第1の井枠を作り」,該第1の井枠を「掘削された1段目の構築穴に垂直配置」するものであるのに対し,ロイヤル通谷の杭工事においては,第1の井枠は,掘削した構築穴の中で組み立てられる点」)についての認定判断を誤った結果,進歩性の判断を誤った(取消事由2)ものであり,これらの誤りが,それぞれ,結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(同一性についての認定判断の誤り) (1) 審決は,「ロイヤル通谷の杭工事(判決注・杭Aについての工事のこと)においては本件特許発明1及び2における構成要件のうち少なくとも「第1の工程」,「第5の工程」を有せず,本件特許発明1及び2の方法とロイヤル通谷の杭工事の方法とを同じ方法とすることはできない。」(審決書8頁8行〜11行)と認定判断した。しかし審決のこの認定判断は誤りである。
(2) ロイヤル通谷工事は,本件発明の「第1の工程」(予め隙間を有して配置された複数のリング部材の全外周に複数の長尺板材が固定されている第1の井枠を作り,該第1の井枠を略垂直に掘削された1段目の構築穴に垂直配置し,その外側を埋め戻しする第1の工程。以下,この「第1の工程」を有する工法を「外組式」といい,第1の井枠を掘削した構築穴の中で組み立てる工法を「中組式」という。)を有する。すなわち,ロイヤル通谷工事のうち杭Aの工事は,外組式で実施されたものである。
杭Aの掘削場所は,傾斜地であって転石が多いため,第1の井枠を杭穴内で組み立てることに適しないことが明らかな場所であることから,外組式が採られたものである。ロイヤル通谷工事において,杭Aが外組式で組み立てられたことは,各証明書(甲第6〜第8号証)によって裏付けられている。上記各証明書に添付された「工程説明書」の「(3)外組工程」,「(4)第1の井枠垂直配置工程」,及び「(5)埋戻し工程」(工程説明書1〜2頁)は,「第1の工程」そのものである。
審決は,「甲第4号証ないし甲第6号証(判決注・本訴甲第6ないし第8号証)に添付した「工程説明書」に記載した外組式においては,第1の井枠は外組式で,2段目から4段目の井枠は中組式で形成されたものが記載されており,全部で4段の井枠が記載されているから,井枠の数について明らかに相違しており,証明者は内容をよく吟味することなく証明したことになり,ロイヤル通谷の杭工事の内容がどのようなものであったのか甲第4号証ないし甲第6号証からは不明であるといわざるをえない。」(審決書7頁19行〜25行)と認定した。しかし,「工程説明書」は,ロイヤル通谷工事を具体的に説明したものではなく,同工事で実施された深礎式場所打杭基礎工事の工法の概要を示すものにすぎない。杭Aについて実施された工事と上記工程説明書との間で井枠の数が相違しているからといって,そのことは,証明書の信用性を左右するものではない。井枠の数が2段であろうと,4段であろうと,同工程説明書に記載されている工法であることに変わりはない。
(3) ロイヤル通谷工事の杭Aの工事が「第5の工程」(第2〜第4の工程を繰り返して一部重合した複数の井枠からなる所定長の土留側壁を形成する工程)を有さないことは事実である。しかし,第2ないし第4の工程を繰り返すことは,杭長に応じて適宜繰り返せばよいだけのものであって何らの困難性もなく,それにより本件発明の作用効果が生じるようなものでもない。第5の工程は,実質的に考慮して,本件発明の要件とはならないと解すべきである。
2 取消事由2(進歩性の判断の誤り) (1) 相違点1についての判断の誤り ア 審決は,本件特許発明1とロイヤル通谷工事(中組式)との相違点の一つとして,「本件特許発明1においては,・・・第1の井枠を「掘削された1段目の構築穴に垂直配置」するものであるのに対し,ロイヤル通谷の杭工事においては,第1の井枠は,掘削した構築穴の中で組み立てられる点」(審決書10頁36行〜11頁1行)と認定した上,この相違点(相違点1)について,「場所打ちコンクリート杭工事において,1段目の井枠を外組式で作成することが周知であるとの証拠が提出されていないことを考慮すると,当該技術的事項が本件特許出願前に周知であったとは認められない。」(審決書11頁31行〜34行)とした。しかし,審決のこの認定判断は誤りである。
イ 第1の井枠を構築穴の内部で組み立てるか,外部で組み立てるかは,単なる設計事項にすぎない。
ロイヤル通谷工事(中組式)において,第2の井枠以降は,杭穴の内部で組み立てなければならないのに対し,第1の井枠は,必ずしも,杭穴内部で組み立てなければならないものではない。
本件明細書においても,「地表面から2段目までの井枠78は地表で組み立て,予め深い構築穴70を形成した後,これらを同時に前記構築穴70に挿入配置することも行われていた。」(甲第2号証3欄44行〜47行)として,従来技術のナマコ式について1段目の井枠を外部で組み立てて設置することを述べていることからも分かるように,井枠を外部で組み立ててから,構築穴に配置することは,本件出願以前から行われていた周知技術である。ロイヤル通谷工事(中組式)についても,1段目の井枠を外部で組み立てることが上記の周知技術に比べて困難になるといった事情は,何ら認められない。 平成2年5月25日に発行された「土木施工の実際と解説」(土木施工積算研究会編,甲第29号証)100頁の施工手順には,「わく組設置」の後に「掘削」と記載され,101頁の「芯出し状況」の写真においても,長尺板材(以下「バシ板」ということがある。)の井枠と同様に土留めに用いるライナープレートの1段目の井枠が掘削前に既に組み立てられている。
昭和53年2月20日に発行された「新版土木工法事典」(甲第22号証)には「1段目は空掘して波型鋼板・リングを組み立て,周囲を十分に埋め戻し,1段目を固定する。」(102頁右欄4〜5行)と記載されている。
「鑿井 1979年2月号」(甲第35号証の2)には,「(1)土留枠を組んで入れる」(5頁左欄2行目),「枠を組んで入れるようになった」(5頁左欄20行〜21行),「まず1枠(6尺)入れる。」(6頁左欄18行〜19行),「井戸穴を6尺掘ったところで,まず1枠おろしていく。」(6頁右欄18行〜19行)と記載されている。同文献において,「枠」は組み立てられたものの意味で使用されており,それを「入れる」,「おろしていく」ということは,1段目の枠を穴の外で組み立て,掘削した穴に配置する趣旨であると解することができる。
昭和10年実用新案公告6259号公報(甲第36号証)にも,1段目の井筒を穴の外で組み立てておいて,掘削した穴に配置することが記載されている。同公報記載の技術は,1段目の井筒に加えて後段の井筒も事前に組み立てておいて,掘削しながら順次下ろしていくというものであるものの,1段目の井筒を,掘削した穴の内部でではなく,外部で組み立てて,配置するという点においては何ら変わりはなく,穴の外部で組み立てた1段目の井筒を掘削した穴に配置することが開示されているということができる。
このように,井戸堀りにおいて,土留用の1段目の井枠を,穴の外で組み立てて,掘削した穴に配置することは,本件出願前からの周知慣用技術である。
この周知慣用技術は,掘削した穴の側壁の土留に用いるものである点において,本件発明1のような場所打ちコンクリート杭工事にも用いることができるものである。
以上によれば,ロイヤル通谷工事(中組式)において,第1の井枠につき外組式を採用することが容易であることは,明らかである。
ウ 被告は,本件発明1の外組式による作用効果を主張する。しかし,掘削した穴の側壁が崩壊することを防ぐために,あらかじめ井枠を組み立てて,1段目の穴に設置し,土留めを行う必要性は,ナマコ板式とバシ板式とで差異はない上,本件明細書にも,上記記載のとおり,従来技術としてナマコ式について1段目の井枠を外部で組み立てて設置することの記載があるにもかかわらず,外組式の効果については一切記載がないことからすれば,外組式による効果は本件発明1の作用効果としては予定されていない,と解する以外にない。
(2) 本件発明2についての進歩性の判断の誤り 審決は「本件特許発明2は,本件特許発明1の構成要件をさらに限定したものであるから,本件特許発明1について,・・・当業者が容易に発明をすることができないものである以上,本件特許発明2について,同じ証拠から容易に発明することができたものとすることはできず,特許法第29条第2項の規定に該当するとすることはできない。」(審決書12頁6行〜11行)と判断した。しかし,本件発明1に対する審決の判断が誤りであることは上記のとおりであるから,審決の上記判断も誤りである。
被告の反論の要点
1 取消事由1(同一性についての認定判断の誤り)について (1) 甲第6号証に添付された工程説明書に記載された工法は,ロイヤル通谷工事の杭Aの工事とは異なるものであり,甲第7,8号証は,工程説明書の添付もされていないものである。このような甲第6ないし第8号証の各証明書は,いずれも信用することができない。
Aの口頭審理での証言(甲第23号証)及び同人の陳述書(甲第38号証)の記載内容と,原告らの審判での弁駁書(乙第1号証)中の主張内容とは矛盾している。原告らは,上記弁駁書において,原告らは「掘削をする前に杭穴の外部で,予めAが鉄筋リングの周囲にバシ板を巻き付けた井枠を組み立てた」(乙第1号証5頁2行〜4行)と主張した。ところが,Aは,特許庁での口頭審理で行われた証人尋問において,「掘削が先で,まず2m掘って危ないなと言うんで井枠を作りました。」(甲第23号証137項)と,弁駁書での主張と相反する証言をし,さらに,陳述書においては,「転石が問題でしたので,・・・「バシ板」と呼ばれている木製の長尺板では強度が心配になり,建設現場で足場に使っていた「道板」と呼ばれ,バシ板よりも厚い板を用いて井枠を組み立て」た(甲第38号証6頁23行〜25行)と陳述し,バシ板の使用を否定している。
このような状況では,Aの証言及び陳述には信用性がなく,ロイヤル通谷工事がどのような工事であったのかは,全く不明というべきである。上記各証拠を離れて,他に,外組式が施工されたという客観的証拠はない。そうである以上,「ロイヤル通谷の杭工事の内容がどのようなものであったのか甲第4号証ないし甲第6号証からは不明であるといわざるをえない。」(審決書7頁23行〜25行),「ロイヤル通谷の杭工事において,第1の井枠が杭穴の外部で外組式で組み立てられたものとすることはできない。」(審決書7頁36行〜37行)との審決の認定に誤りはない。
(2) 原告らは,「第5の工程」は,本件発明の要件とすべきものではない,と主張する。しかし,同工程がなければ,本件発明の工法は成立せず,必要な深さの深礎式場所打杭基礎工事もできないのであるから,同工程を有さないロイヤル通谷工事が,本件発明と同一であるはずがない。
2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)について (1) 相違点1について 原告らは,「土木施工の実際と解説」(甲第29号証)には,第1の井枠が外組式で組み立てられることが記載されている,と主張する。しかし,上記文献は,ライナープレート工法を開示したものであり,この工法における第1の井枠の高さは1m以内と極めて低いものである。「新版 土木工法事典」(甲第22号証)に記載されているのは,本件明細書に従来例として記載されたのと同様の工法(ナマコ板工法)であり,この工法における第1の井枠の高さは90cm程度である。
上記各文献に記載された工法では,いずれも,第1の井枠の高さが低いため,大部分を手掘りで行わねばならず,ナマコ板工法ではナマコ板を解体するすることもあって,極めて能率が悪い。
本件発明1は,長尺板材を使用する点において,これらの工法とは基本的に相違する。本件発明1では,第1井枠が高いため,ユンボでの掘削長を長く取ることができ,しかも第1井枠を外で組み立てるため,極めて作業性がよい。第1井枠を中組式とすることも可能であるものの,長尺板材を立てた状態で組み立てること,掘削穴直径が第1の井枠直径よりも大きいことから作業性の点で外組式に劣る。
「鑿井 1979年2月号」(甲第35号証の2)第5頁には,土留枠を組んで入れるとの記載があり,「鑿井 1979年3月号」(甲第35号証の3)第10頁の図面には井戸側の図面がある。しかし,これらにおいては,リングが板材または井戸側の外側にあるため,本件発明1の「複数のリング部材の全外周に複数の長尺板材が固定されている第1の井枠」とは構成が異なる。
原告らは,昭和10年実用新案公告第6259号公報(甲第36号証)には,1段目の井枠を外で組み立てることが記載されている,と主張する。しかし,本件発明1における第1の井枠は,複数のリング部材の全外周に複数の長尺板材が固定されており,上記公報記載の井筒とは構成が異なる。
「1段目の井枠を外組式で作成することが周知であるとの証拠が提出されていないことを考慮すると,当該技術的事項が本件特許出願前に周知であったとは認められない。」(審決書11頁32行〜34行)との審決の認定に誤りはなく,それに基づく審決の判断にも誤りはない。
(2) 本件発明2の進歩性について 原告らの主張は,本件発明1に進歩性がないことを前提とするものであり,その前提が失当である以上,本件特許発明2についての主張にも理由がない。
当裁判所の判断
1 取消事由2(進歩性の判断の誤り)について (1) 審決は,本件発明1とロイヤル通谷工事(中組式)との相違点の一つ(相違点1)として,「本件特許発明1においては,「予め隙間を有して配置された複数のリング部材の全外周に複数の長尺板材が固定されている第1の井枠を作り」,該第1の井枠を「掘削された1段目の構築穴に垂直配置」するものであるのに対し,ロイヤル通谷の杭工事においては,第1の井枠は,掘削した構築穴の中で組み立てられる点。」(審決書10頁36行〜11頁1行)を認定し,この相違点につき,「場所打ちコンクリート杭工事において,1段目の井枠を外組式で作成することが周知であるとの証拠が提出されていないことを考慮すると,当該技術的事項が本件特許出願前に周知であったとは認められない。」(審決書11頁31〜34行)とした上で,この認定を前提に,「本件特許発明1を,・・・「ロイヤル通谷」の中組式の杭で行われたによる杭工事(判決注・「中組式で行われた杭工事」の誤記と認める。)と,・・・本件特許出願前周知の技術的事項から,当業者が容易に発明できたものとすることはできず,特許法第29条第2項の規定に該当するとすることはできない。」(審決書11頁35行〜12頁1行)と判断した。
(2) 「図解土木用語辞典」(昭和44年3月31日初版第1刷発行,昭和61年12月25日初版第20刷発行)には,「場所打ちコンクリートぐい」の語の説明として「既成のコンクリートぐいを打込む代わりに,あらかじめくいを打つ場所に所定の深さの穴を作り,その中にコンクリートを填充して作るくい・・・掘削中の穴の壁面の崩壊を防ぐには,ケーシングパイプを挿入する・・・」(420頁32行〜41行)との記載がある(甲第24号証)。これによれば,ここで用いられるケーシングパイプは,「掘削中の穴の壁面の崩壊を防ぐ」土留材である点において,本件発明1の井枠と共通するものであり,かつ,「挿入する」ものである以上,穴内で形成されるものではなく,穴の外で形成されたものであることが,明らかである。
「鑿井 1979年2月号」には,井戸堀りについて,「井戸を掘る工程のうえで必要な作業として(1)土留枠を組んで入れる」(5頁左欄1行〜2行),「地面を掘りながら,まず1枠(6尺)入れる。」(6頁左欄18行〜19行)との記載がある(甲第35号証の2)。同記載において枠を「入れる」との表現がとられていることからみて,同刊行物に記載された枠は,井戸穴内で組み立てられるのではなく,別途組み立てられた枠を掘削した井戸穴内に入れるものであると理解することができる。同刊行物は,深礎工法について記載したものではないものの,枠が土留のために設けられたものである点では,本件発明1及びロイヤル通谷工事における井枠と共通するものである。
上記の各刊行物に記載された内容を総合すると,本件出願前において,土留用の枠を掘削穴外で形成し,掘削穴に配置することは周知であったと認めることができる。このことは,本件明細書に「なお,地表面から2段目までの井枠78は地表で組み立て,予め深い構築穴70を形成した後,これらを同時に前記構築穴70に装入配置することも行われていた。」(甲第2号証3欄44行〜47行・段落【0002】)との記載とも符合するものである(甲第24号証及び甲第35号証の2は,審判において提出されておらず,本件訴訟において,初めて提出された証拠である。ある事項が状況により適宜選択できる技術的事項であるか否か(より一般的にいえば,ある事項が周知事項であるか否か)は,当業者なら当然に知っているはずの事柄であるから,審判においては,具体的な証拠の有無にかかわらず,正しく認定されなければならない。審決取消訴訟においては,認定判断の主体が当業者でない裁判所であるため,その点について当業者間に争いがある限り,立証がなければならないことになるだけである。したがって,上記各証拠を本件訴訟において提出することは許される,というべきである。)。
このように,掘削穴の外で土留用の枠を形成し,その後掘削穴に配置することが行われるか否かが,その枠を形成する材料や枠の形態によるものでないことは,当業者でない者にとっても,その原理に照らして明らかである。本件発明1及びロイヤル通谷工事(中組式)における第2以降の井枠については,既に形成された第1の井枠の内側下部に一部重合するように形成する関係上,第2の井枠を別途組み立てた後に,第1の井枠の下に配置することは困難である(もっとも,少なくとも原理上は,不可能ではないであろう。)。しかし,第1の井枠については,そのような障害がないため,井枠を掘削穴の外で組み立てることに,何ら困難性は認められない。本件明細書の段落【0002】の上記記載も,このことを前提にすると,極めて自然に理解することができるのである。
(3) (2)で述べたところによれば,相違点1に係る本件発明1の構成は,ロイヤル通谷工事(中組式)における第1の井枠を,上記周知の事実に基づいて外組式としただけのことにすぎず,当業者が容易に想到し得たことというべきである。
「場所打ちコンクリート杭工事において,1段目の井枠を外組式で作成することが周知であるとの証拠が提出されていないことを考慮すると,当該技術的事項が本件特許出願前に周知であったとは認められない。」(審決書11頁31行〜34行)との審決の認定は誤りであり,審決の述べる理由によっては,「本件特許発明1を,・・・「ロイヤル通谷」の中組式の杭で行われたによる杭工事(判決注・「中組式で行われた杭工事」の誤記と認める。)と,・・・本件特許出願前周知の技術的事項から,当業者が容易に発明できたものとすることはできず,特許法第29条第2項の規定に該当するとすることはできない。」(審決書11頁35行〜12頁1行)と判断することはできないというべきである。
(4) 審決は,「本件特許発明1について,・・・当業者が容易に発明をすることができないものである以上,本件特許発明2について,同じ証拠から容易に発明することができたものとすることはできず,特許法第29条第2項の規定に該当するとすることはできない。」(審決書12頁7行〜11行)と判断した。しかし,本件発明1について,審決の述べる理由によっては「特許法第29条第2項の規定に該当するとすることはできない。」と判断することができない以上,本件発明2についても上記判断をすることができないことは明らかである。
(5) 被告は,ロイヤル通谷工事は本件発明1の第2ないし第4工程を有しないので,審決は,本件発明1とロイヤル通谷工事との相違点を看過している,と主張する。しかしながら,仮に,審決に被告主張の相違点看過があったとしても,本訴において,それを理由に原告の請求を棄却して審決を維持することが許されるものではないことは,明らかである。被告の主張は,主張自体として,失当である。
(6) 以上述べたところによれば,審決は,本件発明1に関して相違点1についての認定判断を誤って進歩性の判断を誤り,併せて,これが原因で本件発明2の進歩性の判断をも誤ったものであり,これらの誤りが,請求項1及び2のそれぞれについての審決の結論に影響を及ぼすことは,明らかである。
取消事由2は理由がある。
結論
以上のとおりであるから,原告らのその余の主張について検討するまでもなく,原告らの本訴請求は理由があることが明らかである。そこで,これを認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久