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関連審決 無効2000-35186
関連ワード 29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明の詳細な説明 /  遡及 /  出願変更 /  意匠登録出願 /  特許出願日 /  参酌 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 311号 審決取消請求事件
原告 岐阜プラスチック工業株式会社
訴訟代理人弁理士 廣江武典
被告 株式会社ヨシカワ
訴訟代理人弁理士 小谷悦司
同 大月伸介
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/10/09
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が無効2000-35186号事件について平成13年6月5日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、名称を「収納ボックス」とする特許第3010255号発明(平成6年4月26日原意匠登録出願、平成8年7月31日変更出願、平成11年12月10日設定登録(出願日平成8年7月31日)、以下「本件発明」といい、その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。被告は、平成12年4月10日、
本件特許の無効審判の請求をし、同請求は、無効2000-35186号事件として特許庁に係属した。特許庁は、上記事件につき審理した結果、平成13年6月5日、「特許第3010255号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同月18日、原告に送達された。
2 本件発明の要旨 【請求項1】 前面に開口部を有する外箱と、この外箱内に前記開口部から出入自在に嵌装される内箱とからなる収納ボックスであって、
前記外箱を、その底部の内面上に設けられて前後方向に伸びる左右一対の外箱側案内レールと、この外箱側案内レールから上方に僅かに突出すべく前記開口部内側に設けた左右一対の外箱側回転ローラーとを有したものとして構成するとともに、
前記内箱を、その底部の外面に設けられて前記外箱側回転ローラーを案内すべく前後方向に伸びるとともに、当該内箱の底部から下方に僅かに突出する左右一対の内箱側案内レールと、前記外箱側案内レールに対応する位置であって当該内箱の後端部に設けられ、前記外箱側案内レール上にて案内される左右一対の内箱側回転ローラーとを有したものとして構成したことを特徴とする収納ボックス。
【請求項2】 前記外箱の奥に位置する底部上に、前記内箱を外箱内に嵌装したとき、前記内箱側回転ローラーがはまり込むローラー収納部を形成したことを特徴とする請求項1に記載の収納ボックス。
3 審決の理由 審決の理由は、別添審決謄本写し記載のとおり、本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)及び図面(以下「本件図面」といい、
本件明細書と併せて「本件明細書等」という。)に記載された事項は、原意匠登録出願の願書に最初に添付した図面等(以下、同図面を「原意匠図面」、収納部を引き出した状態を示す参考図を「参考図」といい、これらを併せて「原意匠図面等」という。)の記載の範囲内のものではないから、原意匠登録出願から本件特許出願への変更(以下「本件出願変更」という。)は不適法であって、本件特許出願の出願日の遡及は認められず、本件特許出願日は、登録原簿に記載されているとおりの平成8年7月31日であるとした上、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)は、本件特許出願日である平成8年7月31日より前の同年4月23日公開の特開平8-103339号公報(審判甲第1号証、以下「引用刊行物」という。)に記載された発明であって、特許法29条1項3号に掲げられた発明に該当するから、その特許は同法123条1項2号に該当し、無効にすべきものであり、本件明細書の特許請求の範囲の請求項2に係る発明(以下「本件発明2」という。)は、引用刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、その特許は、同法29条2項の規定に違反してされたものであるから、同法123条1項2号に該当し、無効にすべきものであるというものである。
原告主張の審決取消事由
1 審決の理由中、「1 手続の経緯」、「2 請求人の主張の概要」及び「3 被請求人の主張の概要」は認め、その余は争う。
2 審決は、本件明細書等に記載された事項が原意匠図面等の記載の範囲内のものではないとの誤った判断をした(取消事由)結果、本件出願変更が不適法であって本件特許出願の出願日の遡及は認められないとの誤った判断をし、ひいては、本件発明1が引用刊行物に記載された発明であり、本件発明2が引用刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されるべきである。
3 取消事由(本件出願変更の適否の判断の誤り) (1) 左右一対の回転ローラー及び案内レールの記載 ア 審決は、「原意匠図面等から該回転ローラーが左右に一対すなわち2個配置されているとすることはできない」(審決謄本4頁34行目〜35行目)と判断するが、誤りである。
すなわち、審決は、「該回転ローラーは例えば左右に延びる一本の棒状のものであるとも考えられ」(同頁32行目〜33行目)としており、原意匠図面等に回転ローラーが存在すること、回転ローラーの記載から様々なことが読み取れることは、審決も認めるところである。このように、原意匠図面等から様々なことが読み取れる場合、これらの事項から出願人が一つを選択し、これを発明として明細書に記載して特許出願に変更することは、出願人の自由に行い得ることであって、特許法上の補正のような制限を受ける事項とは全く異なった手続である。
そもそも、意匠登録出願をするためには、特許請求の範囲発明の詳細な説明の記載は要求されていないから、本件出願変更が適法であるといえるためには、原意匠図面等の回転ローラーという記載から様々なことが読み取れれば十分であり、そう解さなければ、特許法46条2項に規定する、意匠登録出願から特許出願への出願変更の制度そのものの存在意義がなくなってしまう。しかも、ローラーとは、一般に、車の両輪などというように、一対すなわち2個あるのが通例である。
イ 審決は、「案内レールについても、『左右一対の外箱側案内レール13』、『左右一対の内箱側案内レール23』として構成されているかどうか原意匠図面等から認識できるものではない」(審決謄本5頁1行目〜3行目)と判断するが、誤りである。
すなわち、ローラーには、これが接する地面等があるはずで、原意匠出願の参考図又は本件図面で図番13及び23として示した実線がレールである。
ウ そうすると、審決の「請求項1に係る発明(注、本件発明1)の『前記外箱を、その底部の内面上に設けられて前後方向に伸びる左右一対の外箱側案内レールと、この外箱側案内レールから上方に僅かに突出すべく前記開口部内側に設けた左右一対の外箱側回転ローラーとを有したものとして構成する』、『前記内箱を、その底部の外面に設けられて前記外箱側回転ローラーを案内すべく前後方向に伸びるとともに、当該内箱の底部から下方に僅かに突出する左右一対の内箱側案内レールと、前記外箱側案内レールに対応する位置であって当該内箱の後端部に設けられ、前記外箱側案内レール上にて案内される左右一対の内箱側回転ローラーとを有したものとして構成した』点も、原意匠図面等の記載の範囲内の事項とはいえない」(審決謄本5頁4行目〜13行目)とする判断も誤りである。
(2) 従来の技術及びその改良技術の問題点の記載 審決は、「明細書(注、本件明細書)に、『(注、【0003】)しかしながら、この種の収納ボックスは、これを多段に積み上げて、例えば押入内に収納しておかれるものであり、一番上側のものは問題がないとしても、上から2段目以下のものについて、内箱を外箱に対してスライドさせることは、仮に当該収納ボックスが比較的軽い衣類等を収納するためのものであっても、困難となる場合がある。特に、これからの高齢化社会のように、老人だけの生活が増加すると考えられる傾向であってみれば、内箱を外箱に対して単にスライドさせる構造の収納ボックスでは、不都合が生ずると考えられる。(注、【0004】)そこで、スチールデスクの引出しに用いられているようなスライド装置を、この種の収納ボックスに採用することが考えられる。スチールデスクの引出しに用いられているスライド装置は、内箱に相当する引出しの両側部外方に水平方向に設けられた雄レールと、デスクの内側面に設けられて雄レールに対応する雌レールとを有して、雌レールにローラを取り付けておいて、このローラによって支持されるように、上記雌雄のレールを嵌合するようにしているものである。このようなスライド装置を、合成樹脂によって一体成形されることの多い収納ボックスに採用することは、構造が複雑すぎて不適当である。つまり、スチールデスクの引出しに用いられているようなスライド装置を、この種の収納ボックスに適用することは、内外箱の寸法精度を良くしなけれならないだけでなく、材料費や製造コストも高くなって、適当ではない。』(【0003】〜【0004】)と記載されているが、このようなことは原意匠図面等の記載の範囲内のものではない」(審決謄本5頁15行目〜37行目)と判断するが、誤りである。
審決は、本件明細書(甲第2号証)の「【0002】【従来の技術】従来のこの種の収納ボックスは・・・内箱を外箱内に単にスライドさせる形式のものであり、簡単な構造のものが多い」(2欄12行目〜3欄6行目)との記載が原意匠図面等の記載の範囲内のものであることを認めており、上記段落【0003】及び【0004】の記載は、「内箱を外箱内に単にスライドさせる形式のもの」に対して、重いものを転がすための車であるローラーを使用する構成のものが適していることを記載しているだけで、実質的に、原意匠図面等の記載の範囲内のものである。
(3) 本件発明2の作用の記載 審決は、本件発明2のローラー収納部の作用として、「原意匠図面等には、ローラー収納部が認められるが、『カチリという音を伴って自然に収納されるため、内箱20が外箱10内に完全に嵌装されたという節度感を得ることができ』、『内箱20を強く押圧して外箱10内に押し込むことによるリバウンドを有効に抑止することができる』ことは、原意匠図面等に開示されているとはいえず、
原意匠図面等の記載の範囲内のものとはいえない」(審決謄本6頁9行目〜14行目)と判断するが、誤りである。
原意匠図面等にローラー収納部が記載されていることは、審決も認めているところ、このローラー収納部が内箱側ローラーの下側になれば、内箱側ローラーがローラー収納部内に収納されることは、自然の理であり、そのときに、カチリと音がするであろうことも、リバウンドがないことも、当然理解し得ることである。
被告は、材質及び寸法等が異なれば、カチリと音がすることはなく、ほぼ無音の状態で内箱20が外箱10内に嵌挿されたり、又は内箱20を外箱10内に押し込む方法によってはリバウンドが発生することが当然に想定されると主張するが、この主張は、条件を整えれば、カチリと音がすることやリバウンドがないことについて、当業者が原意匠図面等の記載の範囲内から想定し得ることを、暗に認めていることになる。
(4) 他の実施の形態の記載 審決は、【発明の実施の形態】において、「回転ローラーと案内レールの関係を『敷居の上に取り付けたレールと、これに上から嵌合する戸車との関係のように』することについて、『なお、例えば内箱側回転ローラー24及び外箱側案内レール13を、敷居の上に取り付けたレールと、これに上から嵌合する戸車との関係のようにして、外箱側回転ローラー14の周面に形成した溝が外箱側案内レール13上に形成した軌条に案内されるようにすれば、内箱20の外箱10に対する出入操作をより一層円滑なものとす(注、本件明細書の「る」の脱字と認める。)ことができる。このことは、外箱側回転ローラー14及び内箱側案内レール23についてもいえることである。』(【0012】)と記載され、【0017】【0021】にも同様に記載されているが、この構成について、原意匠図面等には何ら記載されていない」(審決謄本6頁16行目〜26行目)と判断するが、誤りである。
敷居の上に取り付けたレールと、これに上から嵌合する戸車との関係は、
よく知られており、本件発明の回転ローラーと案内レールとの関係によっても表現されている。
被告の反論
1 審決の認定判断は正当であり、原告の取消事由の主張は理由がない。
2 取消事由(本件出願変更の適否の判断の誤り)について (1) 左右一対の回転ローラー及び案内レールの記載 ア 意匠登録出願の願書に添付される図面は、意匠に係る物品(物品の部分を含む。以下同じ。)の特定の具体的な形状及び構造を示すにすぎないから、意匠登録出願から特許出願に変更し得る範囲は、その特定の具体的な形状及び構造と、
せいぜい、願書中の「意匠に係る物品の説明」中に記載されたその物品の形状、構造及び機能に関する説明の範囲内に限られる。上記の「図面」や「意匠に係る物品の説明」中に表われていない形状及び構造を追加したり、特定されていない意味不明の形状及び構造を勝手に特定して明細書に記載することは、原意匠図面等に記載した事項そのもの又はこれから当業者が直接的かつ一義的に導き出せるもの以外の事項を含むものであって、本来許されないはずの補正が出願変更の手続を採ることによって実質的に可能になるという不当な結果を招くため、許されるものではない。
イ 原告は、原意匠図面等の回転ローラーの記載から様々なことが読み取れることを前提として、そのうちの一つを選択し、これを発明として明細書に記載して特許出願に変更することが適法であると主張するが、原意匠図面等から様々なことが読み取れる場合とは、特定されていない意味不明の形状及び構造が存在することであり、そのうちの一つを選択することは、意味不明の形状及び構造を特定することにほかならないから、上記の理由により許されない。
ウ そして、「外箱側回転ローラー及び内箱側回転ローラーが左右一対ある」ことが原意匠図面等に記載した事項そのもの又はこれから当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項でない以上、外箱側案内レール及び内箱側案内レールが左右一対あることも、当然に、原意匠図面等に記載した事項そのもの又はこれから当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項ではない。
エ また、原告は、ローラーにはこれが接する地面等があると主張し、このことをもって、レールがあること、さらには、当該レールが原意匠出願の参考図又は本件図面で図番13及び23として示した実線であると主張するが、「地面」は平面状のものを意味し、「レール」は細長い形状又は棒状のものを意味するから、
このように形状が明らかに異なる概念を順次同一のものとすることは、論理的に明らかに矛盾し、飛躍している。外箱側案内レール及び内箱側案内レールが存在することさえも、原意匠図面等に記載した事項そのもの又はこれから当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項ではない。
(2) 従来の技術及びその改良技術の問題点の記載 本件明細書(甲第2号証)の段落【0003】及び【0004】の記載は、本件発明の従来技術及びその改良技術の問題点に関する記載であり、これらの記載は、特許出願の際にどのような観点から発明をとらえるかによって、特許請求の範囲の記載との関係から決定されるものであるから、原意匠図面等に開示されているはずがなく、原意匠図面等の記載の範囲内のものとはいえない。
(3) 本件発明2の作用の記載 本件明細書(甲第2号証)の「カチリという音を伴って自然に収納されるため、内箱20が外箱10内に完全に嵌装されたという節度感を得ることができる。それだけでなく、内箱20を強く押圧して外箱10内に押し込むことによるリバウンドを有効に抑止することができる」(5欄4行目〜9行目)との記載は、原意匠図面等に記載した事項そのもの又はこれから当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項でないことは明らかであるから、これに反する原告の主張は失当である。すなわち、カチリと音がすること、リバウンドがないことは、外箱10、内箱20、ローラー収納部16及び内箱側回転ローラー24の材質、寸法等が具体的に特定されて初めて分かることであり、材質、寸法等が異なればカチリと音がしないこともあり、また、内箱20を外箱10内に押し込む方法によっては、リバウンドが発生することも当然に想定されるから、上記記載が原意匠図面等の記載の範囲内のものとはいえない。
(4) 他の実施の形態の記載 原意匠図面等には、敷居自体はもちろんのこと、敷居の上に取り付けたレール及びこれに上から嵌合する戸車の記載は一切ないから、本件明細書(甲第2号証)の「内箱側回転ローラー24及び外箱側案内レール13を、敷居の上に取り付けたレールと、これに上から嵌合する戸車との関係のようにして」(5欄15行目〜17行目)、「内箱側回転ローラー24及び外箱側案内レール13を、敷居の上に取り付けたレールと、これに上から嵌合する戸車との関係のようにして実施することもできる」(6欄14行目〜17行目)及び「内箱側回転ローラー24及び外箱側案内レール13を、敷居の上に取り付けたレールと、これに上から嵌合する戸車との関係のようにして」(7欄12行目〜15行目)との記載は、原意匠図面等に記載した事項そのもの又はこれから当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項でないことが明らかである。
当裁判所の判断
1 取消事由(本件出願変更の適否の判断の誤り)について (1) 取消事由の検討 ア 原意匠図面等(甲第3号証)には、審決において「参考図には、本件図面で図番13及び図番23として示される実線が記載されている」(審決謄本4頁36行目〜37行目)と認定したとおり、外箱底部よりも上方に1本の実線が前後方向に延びるものとして描かれ、内箱底部よりも下方に1本の実線が前後方向に延びるものとして描かれている。しかし、外箱側回転ローラー及び内箱側回転ローラーは、それら実線とは接しておらず、それぞれ内箱底部及び外箱底部に接している。
参考図(甲第3号証)では、上記実線が、回転ローラーのある部分で途切れており、上記実線が、A-A断面よりも奥側に存在する何らかの部材を描写したものと認められるところ、当該部材は、@外箱底部より上方及び内箱底部よりも下方に突出した部分の端部であるか、A外箱及び内箱側面から内方に突出した部分であるか、そのいずれかを意味するものと認めることができる。
イ そして、上記実線が、A外箱及び内箱側面から内方に突出した部分であると解した場合には、その部材がレールと無関係であることは明らかである。また、上記実線が、@外箱底部より上方及び内箱底部よりも下方に突出した部分の端部であると解した場合でも、その解釈は一義的ではない。すなわち、第1の可能な解釈は、上記実線が回転ローラーの左右位置を規制するために外箱及び内箱の底部から突出した部材の上端であるとするものである。第2の可能な解釈は、外箱については内箱側回転ローラー当接部がそれ以外の部分よりも低くなるように底部が段差を有し、同様に内箱については外箱側回転ローラー当接部がそれ以外の部分よりも高くなるように底部が段差を有する構造であるとするものである。第3の可能な解釈は、回転ローラーの周面部に溝が存在し、その溝に嵌合する突起(その上端及び下端が実線で図示されるものである。)が外箱及び内箱に形成されているとするものである。このように、原意匠図面等の上記実線についての記載は、上記の全く異なった3種類の構成中のいずれかを図示したものであることは理解可能であるものの、そのいずれであるかを決定することはできず、また、このように全く異なった相容れない構成等が同時に記載されていると解することは不合理である。
ウ 加えて、上記実線についていずれの解釈を採用したとしても、本件明細書(甲第2号証)に記載された回転ローラーとレールの関係に符合する記載であるとは認められない。すなわち、本件明細書に記載された「外箱側回転ローラー14は、その上面にて内箱側案内レール23をスライド自在に受け、内箱側回転ローラー24は、外箱側案内レール13上を転動する」(4欄23行目〜25行目)との記載によれば、レールとは、回転ローラーと当接する部材であり、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1記載の「底部の内面上に設けられて前後方向に伸びる・・・外箱側案内レール」及び「底部から下方に僅かに突出する・・・内箱側案内レール」との構成を有するものでなければならないが、上記実線について、上記3種類のいずれの解釈を採っても、外箱側及び内箱側回転ローラーは、内箱及び外箱の底部そのものに当接しており、本件明細書に記載された上記レールとは明らかに異なる構成であるといわざるを得ない。
エ なお、本件図面(甲第2号証)中、【図4】(5頁)及び【図7】(6頁)は、図番と部材の名称が付加されているほかは、原意匠図面等のA-A断面図及び参考図と同一図面であると認められ、【図7】では原意匠図面等の実線で表示されたものに「外箱側案内レール13」及び「内箱側案内レール23」と記載されている。上記のとおり、これら実線で表示されたものは、回転ローラーの転動部ではなく「レール」とは称し得ないものであるから、【図7】における上記記載は誤りであって、本件明細書の上記記載と図面との間には不一致が存在するといえるが、本件明細書の回転ローラーとレールが相互に当接する場合の両者の関係は、これら図面を参酌するまでもなく一義的に明確であるから、これら図面との不一致があったとしても、これにより本件明細書の記載の意味内容が左右されるものではない。
オ したがって、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に係る回転ローラーとレールの構成が本件明細書の上記記載のものを包含する以上、審決の「請求項1に係る発明の『前記外箱を、その底部の内面上に設けられて前後方向に伸びる左右一対の外箱側案内レールと、この外箱側案内レールから上方に僅かに突出すべく前記開口部内側に設けた左右一対の外箱側回転ローラーとを有したものとして構成する』、『前記内箱を、その底部の外面に設けられて前記外箱側回転ローラーを案内すべく前後方向に伸びるとともに、当該内箱の底部から下方に僅かに突出する左右一対の内箱側案内レールと、前記外箱側案内レールに対応する位置であって当該内箱の後端部に設けられ、前記外箱側案内レール上にて案内される左右一対の内箱側回転ローラーとを有したものとして構成した』点も、原意匠図面等の記載の範囲内の事項とはいえない」(審決謄本5頁4行目〜13行目)とする判断は、外箱側案内レール及び内箱側案内レールに係る構成が原意匠図面等の記載の範囲内の事項とはいえないとの意味において誤りではなく、原意匠出願の参考図又は本件図面で図番13及び23として示した実線がレールであるとする原告の主張は理由がない。
(2) 原告のその余の主張について 原告は、原意匠図面等から様々なことが読み取れる場合、これらの事項から出願人が一つを選択し、これを発明として明細書に記載して特許出願に変更することは、出願人の自由に行い得ることであると主張するので、この点について判断する。
意匠登録出願から特許出願への出願の変更が適法である場合には、特許出願は原意匠登録出願の時にしたものとみなされ(特許法46条5項44条2項)、出願日の遡及という効果を生ずるから、原意匠図面等に記載されていない事項を出願変更に係る特許出願の願書に添付した明細書等に記載することが認められると、意匠登録出願人を不当に保護し、意匠登録出願人と特許出願人との利益において著しい不均衡を生ずるとともに、第三者に不測の不利益を課すこととなり、相当ではないことは明らかである。そして、原意匠図面等の記載が一義的でない場合において、当該図面等の記載が複数の構成等を同時に表していることが当業者にとって自明であるときは、複数の構成等について開示がされていると解すべきであるが、複数の構成のいずれを表しているかが当業者にとって自明でないときは、その記載は、不明りょうなものとして、いかなる構成等を記載するものとも解されないというべきである。
本件において、原意匠図面等に記載された上記実線は、一見すると、上記のとおり3種類の相容れない構成を表しているように見えないではないが、当業者にとって、そのいずれを表すものかを原意匠図面等の記載自体から決定することはできず、また、上記実線を3種類のいずれの構成であると解しても、本件明細書の記載と相容れないのであるから、結局、上記実線は、原意匠図面等における不明りょうな記載として、本件明細書にいう「レール」を記載するものということはできない。
(3) そうすると、原告のその余の主張について検討するまでもなく、審決の「原意匠登録出願から本件特許出願への変更は不適法であって、本件特許の出願日の遡及は認められない」(審決謄本6頁29行目〜30行目)とする判断は、正当ということができる。
2 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 長沢幸男