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関連審決 異議1999-74533
関連ワード 29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  参酌 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 506号 特許取消決定取消請求事件
原告 利根地下技術株式会社
訴訟代理人弁理士 和泉久志
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 安藤勝治
同 杉浦淳
同 山口由木
同 高木進
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/10/15
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年異議第74533事件について平成12年11月14日にした特許取消決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「深層混合処理工法施工における安定材注入管理方法」とする特許第2901185号の特許(平成10年1月22日特許出願(以下「本件出願」という,平成11年3月19日特許権設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許の請求項1及び2について,特許異議の申立てがなされ,その申立ては,平成11年異議第74533号事件として審理された。原告は,この審理の過程で,平成12年6月26日に,本件出願の願書に添付された明細書の訂正を請求した(以下,この訂正を「本件訂正」という。)。特許庁は,平成12年11月14日に,本件訂正を拒絶した上,「特許第2901185号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年12月5日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 (1) 本件訂正前のもの 「【請求項1】攪拌羽根を有する回転軸を地盤中に挿入し,貫入過程または引き上げ過程において安定材を注入するとともに,原位置土と攪拌混合し,両者の化学的硬化作用によって地盤中に改良体を連続的に造成する深層混合処理工法施工において, 予め,事前調査によって地盤改良対象領域の原地盤データを採取するとともに,室内での配合試験のために各土層毎に試料採取を行い,室内試験により,各土層試料に対して,安定剤の配合および/または安定材の注入量を変化させた各ケースについて強度試験を行って,地盤性状または地盤強度毎に安定材の配合および注入量の少なくとも一方を変化させた場合の改良後地盤強度との関係を示す強度相関データを得ておき, 実施工に当たって,前記強度相関データに基づいて,原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて安定材の配合および注入量の少なくとも一方を変化させながら安定材と原位置土との攪拌混合を行い,造成される地盤改良体の全長に亘って地盤種別毎に必要強度を確保するようにしたことを特徴とする深層混合処理工法施工における安定材注入管理方法。」(以下「本件発明1」という。) 「【請求項2】前記安定材の配合変化および/または注入量変化の制御をコンピューターによってリアルタイムに管理する請求項1記載の深層混合処理工法施工における安定材注入管理方法。」(以下「本件発明2」という。) (2) 本件訂正後(下線部が訂正個所である。) 「【請求項1】攪拌羽根を有する回転軸を地盤中に挿入し,貫入過程または引き上げ過程においてセメントと水とを 混合 した スラリー を注入するとともに,原位置土と攪拌混合し,両者の化学的硬化作用によって地盤中に改良体を連続的に造成する深層混合処理工法施工において, 予め,事前調査によって地盤改良対象領域の原地盤データを採取するとともに,室内での配合試験のために各土層毎に試料採取を行い,室内試験により,各土層試料に対して,スラリーの配合 ,或いは スラリー の配合 および 注入量 を変化させた各ケースについて強度試験を行って,地盤性状または地盤強度毎にスラリーの配合 ,或いは スラリー の配合 および 注入量 を変化させた場合の改良後地盤強度との関係を示す強度相関データを得ておき, 実施工に当たって,前記強度相関データに基づいて,原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合 ,或いは スラリー の配合 および 注入量 を変化させながらスラリーと原位置土との攪拌混合を行い,造成される地盤改良体の全長に亘って地盤種別毎に必要強度を確保するようにしたことを特徴とする深層混合処理工法施工における安定材注入管理方法。」(以下「訂正発明1」という。) 「【請求項2】前記スラリーの配合変化 ,或いは スラリー の配合変化 および 注入量変化 の制御をコンピューターによってリアルタイムに管理する請求項1記載の深層混合処理工法施工における安定材注入管理方法。」(以下「訂正発明2」という。) 3 決定の理由の要点 別紙決定書の写し記載のとおりである。要するに,@訂正発明1,2は,1993年12月発行「液状化対策工法と施工事例」社団法人日本電力建設業協会(甲第4号証。以下「引用例」という。)記載の発明(以下「引用発明」という。)及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,特許法29条2項の規定に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであり,本件訂正請求は認められない,A本件発明1,2は,引用例に記載された発明であるから,本件発明1,2に係る特許は,特許法29条1項3号の規定に違反してされたものである,というものである。
原告主張の決定取消事由(周知例記載の発明の認定の誤り)の要点
決定の理由中,「(一)手続きの経緯」(決定書1頁下から5行〜2頁1行)は認める。「(二)訂正の適否」(同2頁2行〜5頁24行)のうち,「1.訂正後発明」(同2頁3行〜23行),「2.引用文献」(同2頁24行〜3頁27行),「3.対比」(一致点及び相違点。同3頁28行〜4頁34行。)は認め,「4.判断」(同4頁35行〜5頁19行)及び「5.むすび」(同5頁20行〜24行)は争う。「(一)異議申立について」(同5頁25行〜6頁19行)は認める。
決定は,周知事項の認定を誤った結果,相違点についての判断を誤ったものであり,この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきであ る。
1 訂正発明1,2(以下,両者を合わせて,単に「訂正発明」ということがある。)と引用例との相違点が,「訂正後の請求項1に係る発明においては,安定材をセメントと水を混合したスラリーとし,強度相関データに基づいて,原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合,或いはスラリーの配合および注入量を変化させながらスラリーと原位置土との攪拌混合を行うとしたのに対して,引用例に記載の発明においては,安定材をセメントとし,強度相関データに基づいて,原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,セメント量を変化させながらセメントと原位置土との攪拌混合を行うとしたた点(判決注・「行うとした点」の誤記と認める。)。」(決定書4頁18行〜24行)であることは決定の認定するとおりである。決定は,この相違点について,特開昭62-242012号公報(甲第6号証。以下「周知例」という。)を周知例として挙げた上,その中の「即ち,第4図は,地盤性状とセメントミルク注入量ρと造成ソイルパイルの強度quとセメント配合率との関係を示す特性線図であり,・・・また,セメントミルクにおけるセメント配合率は,軟弱地盤では大きな強度を必要とするといったように,作業現場それぞれに合わせて初期に設定されるものである。」(同公報5頁左上欄3行〜左下欄12行)との記載における「セメントミルクにおけるセメント配合率」(甲第6号証5頁左下欄9行,10行)は,訂正発明における「スラリーの配合」に対応する,との理由により,「周知例には,前記相違点にあげた訂正後の請求項1に係る発明の「原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合および注入量を変化させながらスラリーと原位置土との撹拌混合を行う」という構成が記載されて」(決定書5頁10行〜13行)いるとし,これを前提に,「引用例に記載の発明における安定材に代えて,前記周知事項を適用して,前記相違点にあげた訂正後の請求項1に係る発明の構成のようにすることは,当業者が容易になしえる程度のものである。」(決定書5頁13行〜16行)と判断した。
しかし,周知例の上記引用部分の記載から,訂正発明の「原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合,或いはスラリーの配合および注入量を変化させながらスラリーと原位置土との撹拌混合を行」うという構成,特に後段の「スラリーの配合および注入量を変化させながらスラリーと原位置土との撹拌混合を行」う構成が周知例に記載されていると解することはできない。
決定は,周知事項の認定を誤っており,これにより,相違点についての判断を誤るに至ったものである。
2 上記相違点に係る訂正発明の構成である原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合及び注入量を変化させながらスラリーと原位置土との撹拌混合を行う,とは,地盤の深さ方向にスラリーの配合及び注入量を変化させながらスラリーと原位置土との攪拌混合を行うとの意味であることは明らかである。
これに対し,周知例(甲第6号証)に記載されている「セメントミルクにおけるセメント配合率」の変化は,作業現場それぞれとの関係においてであり,そこには,地盤の深さ方向との関係で「セメント配合率」を変化させることは,一切記載されていないのである。
(1) 周知例の5頁左上欄3行ないし11行には,「即ち,第4図は,地盤性状とセメントミルク注入量ρと造成ソイルパイルの強度quとセメント配合率との関係を示す特性線図であり,砂層S1〔第4図(a)参照〕,シルト層S 2〔第4図(b)参照〕および粘土層S3〔第4図(c)参照〕それぞれにおいて,互いに異なるセメント配合率m1,m 2,m 3(但し,m 1>m 2>m 3)のセメントミルクを注入し,このセメントミルクの注入量ρに対するソイルパイルの造成強度を測定している。」として,互いに異なるセメント配合率m1,m 2,m 3のセメントミルクを注入することが記載されている。
しかし,上記記載は,実施工前の事前試験として,適用するセメント配合率を決定するための配合データを得るために行ったものについての記載であり,実施工に当たって,スラリーの配合および注入量を変化させながらスラリーと原位置土との撹拌混合を行ったものではない。実施工前の事前試験として,互いに異なるセメント配合率のものについて,強度相関関係のデータを取ることは,訂正発明1の特許請求の範囲の記載中の「スラリーの配合,或いはスラリーの配合および注入量を変化させた各ケースについて強度試験を行って,地盤性状または地盤強度毎にスラリーの配合,或いはスラリーの配合および注入量を変化させた場合の改良後地盤強度との関係を示す強度相関データを得ておき,」との記載部分に相当する。この種の地盤改良工法においては,セメントミルク注入量とセメント配合率とは密接に関係し,セメントミルク注入量を決定するには,その前にセメント配合率が決定している必要がある。事前試験において,現場の地盤性状に合った最適なセメント配合率を決定するために,複数種のセメント配合率のものについて強度試験を行い,最終的に1種類のセメント配合率が決定されるものなのである。
(2) 周知例の5頁左上欄18行ないし右上欄4行には,「更に,第5図は,シルト層S2の場合を例にして,互いに異なるセメント配合率m 1〔第5図(a)参照〕,m2〔第5図(b)参照〕,m 3〔第5図(c)参照〕それぞれの場合における,互いに異なる撹拌効率η1,η 2,η 3(但し,η 1>η 2>η 3)でセメントミルクを注入したときの注入量ρと造成ソイルパイルの強度quとの関係を測定した特性線図であり,」とあり,セメント配合率ごとに,異なる撹拌効率での注入量ρと強度との相関図を作成することが記載されている。
しかし,この記載は,セメント配合率は作業現場ごとに一定値として設定されるものの,作業現場が違えばセメント配合率も異なることを予定し,そのために互いに異なるセメント配合率ごとに,互いに異なる撹拌効率η1,η 2,η 3でセメントミルクを注入した場合の注入量ρと強度quとの関係を示したデータを揃えたことを述べているにすぎないものである。
(3) 周知例の5頁左下欄9行ないし12行には,「また,セメントミルクにおけるセメント配合率は,軟弱地盤では大きな強度を必要とするといったように,作業現場それぞれに合わせて初期に設定されるものである。」と記載されている。
上記記載の「セメントミルクにおけるセメント配合率は,軟弱地盤では大きな強度を必要とするといったように,作業現場それぞれに合わせて」の部分は,地盤種別や軟弱度合いが異なれば,地盤改良による設計強度も異なってくるため,地盤改良を行う作業現場ごとに,作業現場の地盤性状に合わせてセメント配合率を決定する,という意味であり,「初期に設定される」の部分は,実施工を行う前にセメント配合率が決定される,との意味である。この文言のみでは,セメント配合率を地盤深さごとに変えて設計するのか否かは明瞭でないものの,周知例の特許請求の範囲中には「設定配合率のセメントミルクを作成する作泥プラント」との記載があり,設定したセメント配合率のセメントミルクしか作泥できないことが明記されていること,周知例中には,セメントミルク注入量を算出注入量に一致するように注入制御する旨の記載はあるものの,セメント配合率を変えながらセメントミルクの注入を行う旨の記載は一切なく,周知例で出現されている発明の課題,構成,作用等を参酌しても,周知例に記載された発明においては,セメント配合率を地盤深さごとに変えながら注入を行っていないことが明らかである。そこにおいては,地盤深さ方向のセメント配合率は1種類のみである。
このように,上記記載は,セメント配合率について,作業現場の地盤性状に合わせて,作業現場ごとに,1種類のセメント配合率が実施工前に設定されることを意味するものである。
周知例は,訂正発明のように,一本の地盤改良体を造成するに当たり,深さ方向に「スラリーの配合,或いはスラリーの配合および注入量を変化させながらスラリーと原位置土との撹拌混合を行」うという構成を開示するものではないのである。
(4) 被告は,上記相違点を「作業現場ごとにスラリーの配合及び注入量を変化させながら」との意味に解釈している。しかし,施工現場が異なれば地盤種別が異なり,地盤種別に応じて,スラリーの配合率が変わり,スラリーの注入量が変わるのは当然である。訂正発明では,「作業現場ごとに」などは全く問題にしておらず,問題にしているのは,地盤深さ方向に地盤改良体を造成するにあたって,「スラリーの配合,或いはスラリーの配合および注入量を変化させながらスラリーと原位置土との攪拌混合を行」う点である。
(5) 被告は,「安定材がスラリーの場合は,スラリーの配合及び注入量を変化させる構成」と,「安定材がセメントの場合には,セメント量を変化させる構成」とは,安定剤がスラリーであるかセメントであるかの安定材の構成の相違により必然的に生じるものである,と主張する。しかし,この主張は誤りである。
安定材がスラリーの場合には,注入の仕方として,@安定材の注入量を変化させる(安定材の配合は一定),A安定材の配合を変化させる(安定材の注入量は一定),B安定材の注入量及び配合を共に変化させる,という3つの方法がある。引用例及び周知例が採用している方法は@であるのに対し,訂正発明が採用している方法はA及びBである。
安定材の構成をスラリーとすることにより,必然的にスラリーの配合及び注入量を変化させる構成が生じるとする被告の主張は,誤りである。スラリーの配合及び注入量を変化させるのは訂正発明だけである。
(6) 以上のとおり,周知例には,訂正発明のうち,後段の原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合及び注入量を変化させながらスラリーと原位置土との攪拌混合を行い,という構成は記載されておらず,したがって,同構成が周知であると認めることはできない。
(7) 被告は,周知例には,「設定配合率のセメントミルクを作成する作泥プラント」という記載があり,設定配合率は作業現場の地盤性状に合わせて設定されるものであるから,周知例に記載されている作泥プラントは,セメントミルクの配合率を自由に制御することが可能なものであり,作泥プラントにより投入する水とセメントの量の割合を深さ方向の地盤種別ごとに制御することにより,一本の地盤改良体を造成するに当たり,深さ方向の地盤種別ごとにセメントミルクの配合率を変化させることが格別困難であるとはいえない,と主張する。
周知例に記載されている作泥プラントが,任意の配合率のスラリーを調整することが可能であることは認める。しかし,任意の配合率のスラリーを調整することが可能な装置があるからといって,一本の地盤改良体を造成するに当たり,深さ方向の地盤種別ごとにセメントミルクの配合率を変化させることが容易であるという論理には合理性がない。引用例にも周知例にも,訂正発明における上記(5)のA,Bの方法を採用している例は一切挙げられていないからである。
仮に,決定の判断が,周知例の装置は,装置としては,任意の配合率のスラリーを調整することが可能だから,一本の地盤改良体を造成するに当たり,深さ方向の地盤種別ごとにセメントミルクの配合率を変化させることが容易である,というものであるとすれば,それは,本件発明の最も重要な構成部分に引用文献なしに取消決定を下したに等しい。
被告の反論の要点
決定の認定判断は,正当であり,決定を取り消すべき理由はない。
1 決定は,「実施工に当たって,前記強度相関データに基づいて,原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,安定材の配合量等を変化させながら安定材と原位置土との攪拌混合を行い,造成される地盤改良体の全長に亘って地盤種別毎に必要強度を確保する」(決定書4頁13行〜16行)という構成,すなわち一本の地盤改良体を造成するに当たり,深さ方向の地盤種別ごとの地盤強度又は地盤性状に応じて安定材の配合量等を変化させながら安定材と原位置土との攪拌混合を行うという点は一致点であると認定し,その上で,「安定材がスラリーであるかセメントであるか」の安定材の構成の相違と,安定材がスラリーであるかセメントであるかの安定材の構成の相違により生じる,「安定材がスラリーの場合は,スラリーの配合および注入量を変化させ,安定材がセメントの場合は,セメント量を変化させる」という原地盤の地盤強度又は地盤性状に応じた安定材の対応の構成の相違を相違点として挙げたものであって,一本の地盤改良体を造成するに当たり,深さ方向の地盤種別毎の地盤強度又は地盤性状に応じて安定材の配合量等を変化させる構成を相違点としたものではない。
安定材であるセメントの量を変化させる構成と,安定材であるスラリーの配合及び注入量を変化させる構成とは,そもそも,安定材がセメントであるかスラリーであるかの安定材の構成の相違により必然的に生じるものであるから,安定材がスラリーの場合に,スラリーの配合及び注入量を変化させる構成にすることに,格別の技術的意味はない。
2 上記のとおり,決定は,深さ方向の地盤種別ごとの地盤強度又は地盤性状に応じて安定材の配合量等を変化させながら安定材と原位置土との攪拌混合を行うという構成の有無を相違点としたものではなく,安定材がスラリーであるかセメントであるかの安定材の構成の相違により生じる,安定材がセメントの場合には,セメント量を変化させ,安定材がスラリーの場合には,スラリーの配合および注入量を変化させる,という原地盤の地盤強度又は地盤性状に応じた安定材の対応の構成の相違を相違点としたものである。
決定は,上記相違点についての判断の前提として,原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合及び注入量を変化させながらスラリーと原位置土との攪拌混合を行う,という相違点に挙げた訂正発明1の構成が,安定材としてスラリーを採用することに伴う構成として,周知の事項であると認定したものであって,深さ方向にスラリーの配合及び注入量を変化させながら攪拌混合を行う,ことまで周知であると認定したものではない。
周知例の,「即ち,第4図は,地盤性状とセメントミルク注入量ρと造成ソイルパイルの強度quとセメント配合率との関係を示す特性線図であり,・・・また,セメントミルクにおけるセメント配合率は,軟弱地盤では大きな強度を必要とするといったように,作業現場それぞれに合わせて初期に設定されるものである。」(甲第6号証5頁左上欄3行〜左下欄12行)との記載は,地盤改良を行う作業現場ごとに,作業現場の地盤性状に合わせてセメント配合率を決定する,例えば,地盤性状に応じて,A現場ではセメント配合率m1,B現場ではセメント配合率m2,C現場ではセメント配合率m 3というように,作業現場毎に設定される,ということを意味している。
周知例には,原地盤の地盤強度又は地盤性状に応じて,スラリーの配合及び注入量を変化させること,及び,配合と注入量を設定されたスラリーが原位置土と攪拌混合されること,のいずれもが開示されているといい得るのであるから,決定の周知例に記載された発明の技術的内容の認定に誤りはない。
以上述べたところによれば,原地盤の地盤強度又は地盤性状に応じて,スラリーの配合及び注入量を変化させながらスラリーと原位置土との撹拌混合を行うことは,安定材としてスラリーを採用することに伴い,前記周知事項に基づいて当業者が容易に採用し得る安定材の対応構成にすぎないというべきである。
3 周知例には,「設定配合率のセメントミルクを作成する作泥プラント」という記載があり,設定配合率は作業現場の地盤性状に合わせて設定されるものであるから,周知例記載の作泥プラントは,セメントミルクの配合率を自由に制御することが可能なものである。そこに投入する水とセメントの量の割合を深さ方向の地盤種別毎に制御することにより,1本の地盤改良体を造成するに当たり,深さ方向の地盤種別ごとにセメントミルクの配合率を変化させることを格別困難であるとすることはできない。
当裁判所の判断
1 決定は,「周知例には,「即ち,第4図は,地盤性状とセメントミルク注入量ρと造成ソイルパイルの強度quとセメント配合率との関係を示す特性線図であり,・・・・・・中略・・・・・・また,セメントミルクにおけるセメント配合率は,軟弱地盤では大きな強度を必要とするといったように,作業現場それぞれに合わせて初期に設定されるものである。」(公報(判決注・甲第6号証)第5頁左上欄〜第5頁左下欄)と記載されており,周知例における「セメントミルクにおけるセメント配合率」は,訂正後の請求項1に係る発明における「スラリーの配合」に対応するものであるから,周知例には,前記相違点にあげた訂正後の請求項1に係る発明の「原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合および注入量を変化させながらスラリーと原位置土との撹拌混合を行う」という構成が記載されて」いる(決定書5頁3行〜13行),と判断した。
原告は,周知例に,訂正発明における,原地盤の地盤強度又は地盤性状に応じて,スラリーの配合及び注入量を変化させながらスラリーと原位置土との撹拌混合を行う,という構成が記載されている,とした決定の上記認定は誤っている,と主張する。
しかしながら,原告の上記主張は,決定のいわんとするところを誤って理解し,この誤った理解に基づいてなしているものというべきである。原告の上記主張は,決定が周知例に記載されているものと認定した,「前記相違点にあげた訂正後の請求項1に係る発明の「原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合および注入量を変化させながらスラリーと原位置土との攪拌混合を行う」という構成」(決定書5頁10行〜13行)は,一本の地盤改良体を造成するに当たり,深さ方向にスラリーの配合及び注入量を変化させながらスラリーと原位置土との攪拌混合を行う構成を意味する,ということを当然の前提にするものであるのに,決定の上記認定をそのように理解することに合理性は認められないからである。
決定は,いずれも,一本の地盤改良体の造成に関する発明である訂正発明と引用発明とを対比して,「・・・実施工に当たって,前記強度相関データに基づいて,原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,安定材の配合量等を変化させながら安定材と原位置土との攪拌混合を行い,造成される地盤改良体の全長に亘って地盤種別毎に必要強度を確保するようにしたことを特徴とする深層混合処理工法施工における安定材注入管理方法。」(決定書4頁4行〜17行)を一致点として認定した上,「訂正後の請求項1に係る発明においては,安定材をセメントと水を混合したスラリーとし,強度相関データに基づいて,原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合,或いはスラリーの配合および注入量を変化させながらスラリーと原位置土との攪拌混合を行うとしたのに対して,引用例に記載の発明においては,安定材をセメントとし,強度相関データに基づいて,原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,セメント量を変化させながらセメントと原位置土との攪拌混合を行うとしたた点(判決注・「した点」の誤記と認める。」(決定書4頁18行〜24行)を相違点として認定しているのであるから,そこで相違点として着目されているのは,いずれも一本の地盤改良体の造成に係る発明であることを当然の前提にしての,安定材の相違及び「原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,安定材の配合量等を変化させ」る方法の相違であることが明らかである。また,決定自身,周知例の具体的記載として,「即ち,第4図は,地盤性状とセメントミルク注入量ρと造成ソイルパイルの強度quとセメント配合率との関係を示す特性線図であり,・・・・・・中略・・・・・・また,セメントミルクにおけるセメント配合率は,軟弱地盤では大きな強度を必要とするといったように,作業現場それぞれに合わせて初期に設定されるものである。」(甲第6号証5頁左上欄3行〜左下欄12行)との部分を挙げた上で,「周知例には,前記相違点にあげた訂正後の請求項1に係る発明の「原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合および注入量を変化させながらスラリーと原位置土との撹拌混合を行う」という構成が記載されて」(決定書5頁10行〜13行)いる,と認定しているのである。これらの事情を併せ考えれば,決定は,周知例に,一本の地盤改良体の造成に係るものとして決定認定の構成が記載されていると認定したわけではなく,具体的には作業現場での地盤の性状に応じていくための技術に係るものとして,「セメントミルクにおけるセメント配合率は,軟弱地盤では大きな強度を必要とするといったように,作業現場それぞれに合わせて初期に設定される」(決定書5頁5行〜7行)という構成が記載されているものとして認定した上,「原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合および注入量を変化させ」るという抽象度でとらえれば,周知例記載の構成は,訂正発明のものと異なることがないところから,周知例に,相違点に係る訂正発明の「原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合および注入量を変化させながらスラリーと原位置土との攪拌混合を行う」(決定書5頁11行〜13行)という構成が記載されていると表現したものと理解するのが合理的である。
以上のとおりであるから,周知例記載事項についての決定の認定に誤りがあるとし,これを前提に,周知事項についての決定の認定に誤りがあるとする,原告主張の取消事由には,理由がないことが明らかである。
2 念のために,原告主張の取消事由を離れて,決定の認定判断に誤りがあるか否かを検討してみる。
(1) 訂正発明と引用発明との一致点及び相違点が次のとおりであることは当事者間に争いがない。
(一致点) 攪拌羽根を有する回転軸を地盤中に挿入し,貫入過程または引き上げ過程において安定材を注入するとともに,原位置土と攪拌混合し,両者の化学的硬化作用によって地盤中に改良体を連続的に造成する深層混合処理工法施工において,予め,事前調査によって地盤改良対象領域の原地盤データを採取するとともに,室内での配合試験のために各土層毎に試料採取を行い,室内試験により,各土層試料に対して,安定剤の配合量等を変化させる各ケースについて強度試験を行って,地盤性状または地盤強度毎に安定材の配合量等を変化させた場合の改良後地盤強度との関係を示す強度相関データを得ておき, 実施工に当たって,前記強度相関データに基づいて,原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,安定材の配合量等を変化させながら安定剤と原位置土との攪拌混合を行い,造成される地盤改良体の全長に亘って地盤種別毎に必要強度を確保するようにしたことを特徴とする深層混合処理工法施工における安定材注入管理方法。
(相違点) 訂正後の請求項1に係る発明においては,安定材をセメントと水を混合したスラリーとし,強度相関データに基づいて,原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,スラリーの配合,或いはスラリーの配合および注入量を変化させながらスラリーと原位置土との攪拌混合を行うとしたのに対して,引用例に記載の発明においては,安定材をセメントとし,強度相関データに基づいて,原地盤の地盤強度または地盤性状に応じて,セメント量を変化させながらセメントと原位置土との攪拌混合を行うとした点。
(2) 上記の一致点,相違点によれば,一本の地盤改良体を造成するに当たり,原地盤の地盤強度又は地盤性状に応じて,地盤の深さ方向に,注入するセメントの量を変化させながらセメントと原位置土との攪拌混合を行うとする構成が引用例に開示されていることは,明らかである。
地盤改良のための深層混合処理工法において,安定材として,セメント等の粉体を用いる粉体噴射攪拌工法(DJM工法)と,安定材としてセメントと水を混合したスラリーを用いる工法とが,いずれも周知の事項であるとの決定の認定については,当事者間に争いがない。そうすると,引用例におけるセメントに換えて,同じ深層混合処理工法において用いられている周知の安定材である,スラリーを用いることは容易であるというべきである。
そして,周知例には,作業現場ごとに初期に設定されるものであるとはいえ,対象となる地盤強度又は地盤性状に応じて,セメントミルクの配合率及び注入量を変化させる構成が開示されていることは,当事者間に争いがなく,周知例が本件特許に係る出願日(平成10年1月22日)から10年以上前に公開されたものであることからすれば,上記の点は,訂正発明の出願当時周知の事項であったと認めることができる。
そうすると,当業者が,引用発明におけるセメントに換えてスラリーを用いる場合に,引用発明における地盤の深さ方向に注入するセメントの量を変化させる構成に換えて,上記周知の事項に基づき,地盤の深さ方向に注入するスラリーの配合を変化させる構成を採用することは容易であったというべきである。
原告主張のとおり,周知例に,一本の地盤改良体を造成するに当たり,地盤の深さ方向にセメントミルクの配合率を変化させる構成そのものが記載されていないことは,上記のように判断することを何ら妨げるものではなく,他に上記判断を覆すに足りる主張,立証はない。
(3) 周知例の記載についての決定の認定は前述のとおりであり,これを前提にすると,決定は,上記説示したところと同旨の判断をしているものと理解することができる。
以上のとおりであるから,原告主張の決定取消事由は理由がなく,他にも,
決定には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸