関連審決 | 異議1999-74945 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の判断 / 置き換え / 置換 / 設定登録 / 請求の範囲 / 取消決定 / 異議申立 / |
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事件 |
平成
12年
(行ケ)
431号
特許取消決定取消請求事件
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原告 ソニー株式会社 訴訟代理人弁理士 松隈秀盛 同 角田芳末 被告 特許庁長官太田信一郎 指定代理人 藤内光武 同 橋本恵一 同 小林信雄 同 大橋良三 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/10/15 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年異議第74945事件について平成12年9月26日にした特許取消決定を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「カメラ一体型ビデオレコーダ」とする特許第2913704号の特許(平成1年10月31日特許出願(以下「本件出願」という。),平成11年4月16日特許権設定登録。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。 本件特許について,特許異議の申立てがなされ,特許庁は,これを平成11年異議第74945号事件として審理し,その結果,平成12年9月26日に,「特許第2913704号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年10月16日にその謄本を原告に送達した。 2 特許請求の範囲(請求項1。本件特許に係る特許請求の範囲は,請求項1以外には存在しない。) 「撮像ビデオ信号を生成するカメラ部と該撮像ビデオ信号を記録媒体に記録する記録部とを備えたビデオカメラ装置において, 上記カメラ部は, 撮像素子からの撮像アナログ信号をデジタル信号に変換するアナログ-デジタル変換手段と, 上記アナログ-デジタル変換手段からのデジタル信号から,デジタル輝度信号及びデジタル色差信号から構成されるデジタルコンポーネント信号を生成するデジタル信号処理手段と, を備え, 上記記録部は, 上記カメラ部から出力された上記デジタルコンポーネント信号を受け取り,該デジタルコンポーネント信号を上記記録媒体に記録できるようにデジタル的に処理するデジタル信号処理手段と, 上記記録部のデジタル信号処理手段から出力された上記輝度信号及び色差信号から構成されたコンポーネント信号で記録媒体に記録する記録手段とを備えたことを特徴とするビデオカメラ装置。」 3 決定の理由の要点 別紙決定書の写し記載のとおり,本件発明は,特開平1-220593号公報(審判甲第1号証,本訴甲第3号証。以下「刊行物1」という。)記載の発明(以下「刊行物1発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は特許法29条2項に違反してなされたものである,と認定判断した。 |
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原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,(1)手続の経緯,(2)訂正の適否は認める。(3)特許異議申立についての判断のうち,決定書2頁12行の「しかも,」から19行の「決定する。」までは争い,その余は認める。 決定は,本件発明と刊行物1発明との相違点を看過し(取消事由1),「刊行物1記載のデジタル信号の形で圧縮という信号処理を行う技術思想がビデオカメラ装置にも適用可能であることは,当業者には自明の事項である」(決定書2頁12行〜14行)との誤った判断をした結果,相違点についての判断を誤ったものであり(取消事由2),これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(相違点の看過) (1) 本件発明は,「カメラ部」と「記録部」とから成るビデオカメラ装置であり,アナログ-デジタル変換手段とデジタルコンポーネント信号を生成するデジタル信号処理手段を備えた「カメラ部」と,上記デジタルコンポーネント信号を記録媒体に記録できるようにデジタル的に処理するデジタル信号処理手段と該デジタル信号処理手段の出力を記録媒体に記録する記録手段とを備えた「記録部」とに分かれている。 これに対し,刊行物1発明のディジタル電子スチルカメラは,刊行物1の第1図(別紙図面参照)に図示されているとおり,カメラ部と記録部とが一体として構成されたもの,である。すなわち,刊行物1発明のディジタル電子スチルカメラは,制御回路24によって全体が制御されるものであり,刊行物1の第1図の信号処理回路40と帯域圧縮回路80との間で2つに分けてカメラ部と記録部とに分離して考える必要は全くない。刊行物1発明は,カメラ部と記録部とを分けるという技術思想を開示も示唆もしていない。 「一体」という用語が,カメラ部と記録部とが物理的に一つに結合しているということを意味するのであれば,本件発明のビデオカメラ装置も,「一体」として構成されているということになる。しかし,原告のいう「一体」とは,機能的にみて統合的に動作すること意味する。刊行物1発明ではカメラ部と記録部とが機能的に統合的に制御されて動作する。これに対し,本件発明ではカメラ部と記録部とが別々に独立して動作する。このことは,本件発明を特定する特許請求の範囲において「カメラ部」と「記録部」とが分かれていることが明記され,両者が概念的に分けて考えられていることから明らかであり,そうでなくとも,願書に添付した明細書及び図面(以下「本件明細書」という。)の記載から明らかである。 (2) 刊行物1発明のディジタル電子スチルカメラは,主として静止画を扱うものであるから,メモリの容量も比較的小さい(半導体メモリ等が使われる。)。これに対し,本件発明のビデオカメラは,動画を扱うため記録容量も大きくする必要がある(磁気テープ等が使われる。)。このように,刊行物1発明のディジタル電子スチルカメラと本件発明のビデオカメラとは,記録手段及びその駆動方法において相違する。 (3) 決定は,本件発明と刊行物1発明の上記各相違点を看過したものであり,これが結論に影響を及ぼすことは明らかである。 2 取消事由2(相違点判断の誤り) 決定は,本件発明がビデオカメラ装置であるのに対し,刊行物1発明はデジタル電子スチルカメラであるとの,両発明の相違点につき,「刊行物1記載のデジタル信号の形で圧縮という信号処理を行う技術思想がビデオカメラ装置にも適用可能であることは,当業者には自明の事項である」(決定書2頁12行〜14行)と認定判断した。しかし,この認定判断は誤りである。 刊行物1には,「デジタル信号の形で圧縮という信号処理を行う」ことは開示されているものの,これを「ビデオカメラ装置」に適用することが可能であることは,開示も示唆もされておらず,このような転用が当業者に自明であるというわけでもない。 被告は,特開昭63-117594号公報(甲第4号証。決定が,ビデオカメラ装置が周知であることを示す例として挙げているもの。以下「甲第4号証刊行物」という。)を挙げて,ビデオカメラ装置に関し,輝度信号と色差信号とをそれぞれ別々に記録再生するようにしたものが周知であったと主張し,このことから,刊行物1発明の信号処理技術をビデオカメラ装置に適用することは容易であった,と主張する。しかし,「輝度信号と色差信号を別々に記録再生する」ことは,「コンポーネント信号の形で記録再生すること」とは関係するものの,「デジタル信号の形で信号処理する」ことを示してはいない。 本件発明は,「デジタル信号の形で圧縮という信号処理を行う」ことに要点があるのではなく,「信号をカメラ部からデジタルの形で取り出し,記録部でデジタルの形でその信号を受け取ってデジタル信号処理を行う」ことに要点があるのである(本件発明を特定する特許請求の範囲には,「圧縮」の語の記載はない。)。 刊行物1発明が,「デジタル信号の形で圧縮という信号処理を行う」ものであるとしても,同刊行物から,ビデオカメラ装置において「カメラ部から記録部への信号の受け渡しがデジタル信号で行われる」ことに想到することが,容易であるとすることはできない。 決定は,相違点の判断を誤っている。 |
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被告の反論の要点
1 取消事由1(相違点の看過)について (1) 本件発明を特定する特許請求の範囲には「撮像ビデオ信号を生成するカメラ部」と「該撮像ビデオ信号を記録媒体に記録する記録部」とが,一体であるか,一体でないかを特定する構成は記載されていない。したがって,本件発明は,「撮像ビデオ信号を生成するカメラ部」と「該撮像ビデオ信号を記録媒体に記録する記録部」が一体として構成されたものも含むものであるから,刊行物1発明がカメラ部と記録部とが一体として構成されているものであるとしても,この点において,本件発明と刊行物1発明との間に相違はない。 原告は,刊行物1発明は,カメラ部と記録部とを分けるという技術思想を示唆していない,と主張する。原告がここで主張する「分けるという技術思想」の意味は明確でない。しかし,いずれにせよ,刊行物1発明は,本件発明の「撮像ビデオ信号を生成するカメラ部」と「該撮像ビデオ信号を記録媒体に記録する記録部」とを備えており,この点において,本件発明との間に相違するところはない。 (2) 原告は,刊行物1発明のディジタル電子スチルカメラは,主として静止画を扱うものであるため,メモリの容量が小さく,半導体メモリ等が使われるのに対し,本件発明のビデオカメラは,動画を扱うため記録容量も大きくする必要があり,磁気テープ等が使われるので,両者は,記録手段及びその駆動方法において相違する,と主張する。 しかし,本件発明を特定する特許請求の範囲には,単に「記録媒体」と記載されているだけであり,本件発明の「記録媒体」に半導体メモリ等も磁気テープ等も含まれることは,明らかである。 (3) 以上のとおりであるから,決定に原告主張の相違点の看過はない。 2 取消事由2(相違点判断の誤り)について 原告は,刊行物1には,「デジタル信号の形で圧縮という信号処理を行う」ことは開示されているものの,ビデオカメラ装置にこの信号処理を行うことを適用することが可能であることは,開示も示唆もされておらず,このような転用は当業者にとって容易なことではない,と主張する。 しかし,甲第4号証刊行物には,従来の技術として「VTR付TVカメラとして,輝度信号と色差信号とを夫々別々に記録再生するようにしたものが知られている。」(1頁右欄8行〜10行)との記載がある。本件発明は「撮像部と記録部が一体化されたカメラ一体型VTR等に用いて好適なビデオカメラ装置に関する。」(甲第2号証1頁2欄9行〜10行)ものであり,カメラ一体型VTRと甲第4号証刊行物に記載されたVTR付TVカメラは同様なものであるから,本件特許出願前において,本件発明のビデオカメラ装置の好適例であるカメラ一体型VTRについて,輝度信号と色差信号とをそれぞれ別々に記録再生するようにしたものは周知であった。刊行物1発明も,輝度信号と色差信号とをそれぞれ別々に記録するものであるから,刊行物発明を本件発明の好適例である周知のVTR付TVカメラに適用することは,当業者にとって格別困難なことではない。 原告は,本件発明はデジタル信号の形で圧縮という信号処理を行うこと自体に骨子があるのではなく,信号をカメラ部からデジタルの形で取り出し,記録部でデジタルの形でその信号を受け取ってデジタル信号処理を行うことに骨子がある,と主張する。しかし,刊行物1発明も,信号をカメラ部からデジタルの形で取り出し,記録部でデジタルの形でその信号を受け取ってデジタル信号処理を行うものであるから,原告の上記主張は,失当である。 原告は,「圧縮」は特許請求の範囲に記載されていない,と主張する。しかし,本件発明の「デジタル信号処理手段」は,刊行物1発明の「帯域圧縮回路」を含むものであるから,原告の主張は,失当である。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の看過)について (1) 原告は,本件発明では,カメラ部と記録部とが分けられているのに対し,刊行物1発明では,カメラ部と記録部とが一体として構成されている点で相違する,と主張する。 刊行物1発明の「撮像デバイス22」,「ADC36」,「輝度信号Y及び色差信号R-Y,B-Y」,「信号処理回路40」が,本件発明の「撮像素子」,「撮像素子からの撮像アナログ信号をデジタル信号に変換するアナログ-デジタル変換手段」,「デジタル輝度信号及びデジタル色差信号から構成されてるデジタルコンポーネント信号」,「上記アナログ-デジタル変換手段からのデジタル信号から,デジタル輝度信号及びデジタル色差信号から構成されるデジタルコンポーネント信号を生成するデジタル信号処理手段」にそれぞれ相当し,刊行物1発明の上記の各部分を合わせたものが,本件発明の「カメラ部」に相当することは,当事者間に争いがない。 刊行物1発明の「帯域圧縮回路80」,「制御回路24及びメモリ90」が,本件発明の「上記カメラ部から出力された上記デジタルコンポーネント信号を受け取り,該デジタルコンポーネント信号を上記記録媒体に記録できるようにデジタル的に処理するデジタル信号処理手段」,「上記記録部のデジタル信号処理手段から出力された上記輝度信号及び色差信号から構成されたコンポーネント信号で記録媒体に記録する記録手段」にそれぞれ相当し,刊行物1発明の上記の各部分を合わせたものが,本件発明の「記録部」に相当することも,当事者間に争いがない。 このように,刊行物1発明においても,本件発明の「カメラ部」に相当する部分及び本件発明の「記録部」に相当する部分を,それぞれ概念的に区別して認識することができることは明らかである。 原告は,刊行物1発明においては,本件発明におけるのとは異なって,「カメラ部」と「記録部」とが「一体」となっている,と主張する。この主張の当否を検討するに当たっては,まず,そこにいう「一体」とは何を意味するものなのか,が問題である。 「カメラ部」と「記録部」とが物理的に一つに結合しているかどうかという観点からは,本件発明も刊行物1発明も「カメラ部」と「記録部」とが物理的に一つに結合しており,この点において両発明間に相違はないから,上記「一体」とは物理的に一つに結合していることを意味するものではないことは,明らかであり,これは,原告も自認するところである。 原告は,「一体」とは,機能的にみて統合的に動作することをいう,と主張する。原告のいう「機能的にみて統合的に動作することをいう」との主張の趣旨は必ずしも明確でない。しかし,原告の,刊行物1発明のディジタル電子スチルカメラは,制御回路24によって全体が制御されるものであり,刊行物1の第1図の信号処理回路40と帯域圧縮回路80との間で2つに分けてカメラ部と記録部とに分離して考える必要は全くない,との主張からみて,「カメラ部」と「記録部」とが同じ制御回路によって制御されることを,「一体」と表現しているものと理解することができる。 しかしながら,本件発明のビデオカメラ装置が制御手段(回路)を有することは自明のことであり,この制御手段(回路)については,本件発明の特許請求の範囲において,何ら限定がなされていないことは明らかであるから,制御手段(回路)の構成は,本件発明と刊行物1発明との相違点となり得ないというべきである。 原告は,本件発明の特許請求の範囲においては,「カメラ部」と「記録部」とが分かれていることが明記され,カメラ部と記録部とを概念的に分けるという技術思想が示唆されている点において,刊行物1発明と相違する,と主張する。 しかしながら,刊行物1発明においても,本件発明の「カメラ部」に相当する部分及び本件発明の「記録部」に相当する部分を,それぞれ概念的に区別して認識することができることは前記のとおりである。原告の主張は,単に,同じ事項を表すのに,本件発明においては,刊行物1発明では用いられていないカメラ部と記録部という用語を用いている,と言っているだけのことであり,このようなことが,技術思想と呼べるようなものでないことは明らかである。また仮に,これを技術思想と呼ぶことが許されるとしても,本件発明にそのような技術思想があり,刊行物1発明にそれがないことが,両発明の構成の相違に結合していないことは前述したところから明らかであるから,これをもって両発明の相違点とすることはできないのである。 原告の主張は,いずれも採用することができない。 (2) 原告は,刊行物1発明のディジタル電子スチルカメラは,主として静止画を扱うものであるから,メモリの容量も比較的小さい(半導体メモリ等が使われる。)のに対し,本件発明のビデオカメラは動画を扱うため記録容量も大きくする(磁気テープ等が使われる。)必要があるので,刊行物1発明のディジタル電子スチルカメラと本件発明のビデオカメラとは,記録手段及びその駆動方法が相違する,と主張する。 しかし,本件発明の特許請求の範囲においては,記録手段として,「記録媒体」と記載されているにすぎない。「記録媒体」の語は,一般的に,半導体メモリ及び磁気テープを含む広い概念であることは,当業者でない者においても明らかなことであり,半導体メモリを本件発明のビデオカメラの記録手段として用いることが困難であることが自明であるといった特段の事情を認めることもできないから,本件発明における「記録媒体」の語は,上記のとおり一般的な意味のものとして理解するべきである。したがって,記録手段において,本件発明と刊行物1発明とは相違しないというべきである。 原告の主張は採用することができない。 (3) 以上のとおりであるから,取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(相違点判断の誤り)について (1) 決定は,本件発明と刊行物1発明との相違点(「本件発明はビデオカメラ装置であるのに対して,刊行物1記載の発明ではデジタル電子スチルカメラである点で相違する」(決定書2頁8行〜10行)こと)について,「ビデオカメラ装置は周知のものであり(特許異議申立人鈴木徹の提出した参考資料1(特開昭63-117594号公報)(判決注・甲第4号証刊行物)を参照),しかも,刊行物1記載のデジタル信号の形で圧縮という信号処理を行う技術思想がビデオカメラ装置にも適用可能であることは,当業者には自明のことであるから,本件発明は,刊行物1記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」(決定書2頁10行〜15行)と判断した。 (2) 原告は,刊行物1発明は,「デジタル信号の形で圧縮という信号処理を行う」ことは開示しているものの,これによって,デジタル信号の形で圧縮という信号処理を行うことを「ビデオカメラ装置に」適用することが可能であることを示唆してはおらず,また,このような転用をすることが,当業者に自明であるわけでもない,と主張する。 決定は,上記のとおり,本件発明がビデオカメラ装置であるのに対し,刊行物1発明がデジタル電子スチルカメラであるという相違点について,刊行物1発明のデジタル電子スチルカメラを,周知のビデオカメラ装置に置き換えることが容易である,としたものである。 刊行物1中には,同刊行物記載の信号処理の技術をビデオカメラ装置に適用することを直接述べる記載も,これを示唆する記載は見当たらないことは,原告主張のとおりである(甲第3号証)。しかしながら,原告の主張は,刊行物1発明における信号処理の技術をビデオカメラ装置に適用することが刊行物1に開示又は示唆されている場合には,上記の置換えが容易である,という限りにおいては正しいものの,同刊行物中に上記開示又は示唆がなければ,上記の置換えが容易とされることはおよそありえない,という趣旨であれば,誤りである。主たる引用例自体に,相違点に係る構成に関して,その克服が容易であることを根拠付ける記載がなくとも,他の引用例あるいは周知事項から,相違点に係る構成が容易であるとされることが少なくないことは,当裁判所に顕著な事実だからである。 原告は,刊行物1発明の,デジタル信号の形で圧縮という信号処理を行う技術思想をビデオカメラ装置にも適用することが可能であることは,当業者に自明の事項ではない,と主張する。 しかしながら,もともと,一般的にみても,デジタル電子スチルカメラとビデオカメラ装置とが,技術的に共通するところを多く有し,技術的に近い関係にあることは論ずるまでもないところである。かえって,甲第4号証刊行物(特開昭63-117594号公報。昭和61年11月5日出願)には,従来技術として,「VTR付きTVカメラとして,輝度信号と色差信号とを夫々別々に記録再生するようにしたものが知られている。」(甲第4号証1頁右欄8行〜10行)と記載されており,ここにいう「VTR付きTVカメラ」は,本件発明の「ビデオカメラ装置」に相当するものと認められるから(本件特許に係る明細書には,「本発明は撮像部と記録部が一体化されたカメラ一体型VTR等に用いて好適なビデオカメラ装置に関する」(甲第2号証1頁2欄)との記載があることが認められ,ここにいうカメラ一体型VTRと甲第4号証刊行物に従来技術として挙げられたVTR付きTVカメラとは,同様の装置であることは,その用語自体から明らかである。),本件出願時において,ビデオカメラ装置で色差信号と輝度信号とをそれぞれ別々に記録再生するものは周知であった,と認めることができる。刊行物1発明も,輝度信号と色差信号とをそれぞれ別々に記録するものであることは前記1(1)で述べたとおりであるから,刊行物1発明の電子スチルカメラと周知のビデオカメラ装置とは,具体的なこの点においても共通性を有することが明らかである。このように,刊行物1発明の電子スチルカメラと周知のビデオカメラ装置とは,技術分野において共通点を有する。刊行物1発明の信号処理の技術を上記周知のビデオカメラ装置に適用することは,他にこれを妨げる特段の事情のない限り,容易であるというべきである。 原告は,「輝度信号と色差信号を別々に記録再生する」ことは,「コンポーネント信号の形で記録再生すること」とは関係するものの「デジタル信号の形で信号処理する」ことを示していない,と主張する。しかしながら,本件においては,デジタル信号の形で信号処理すること自体は刊行物1に示されており,問題となるのは,刊行物1のデジタル電子スチルカメラをビデオカメラ装置に置き換えることが容易であるか,なのであるから,デジタル信号の形で信号処理することが周知であるか否かの点は,上記想到容易性の判断を左右するに足りるものではない。 他に,本件において,上記特段の事情を認めに足りる主張,立証はない。 決定が,刊行物1発明のデジタル信号の形で圧縮という信号処理を行う技術思想をビデオカメラ装置にも適用することが可能であることは,当業者に自明の事項である,としたのは上記の趣旨を述べたものであると解することができる。決定の上記判断に誤りがあるとすることはできない。 原告は,本件発明は,「デジタル信号の形で圧縮という信号処理を行う」ことに要点があるのではなく,「信号をカメラ部からデジタルの形で取り出し,記録部でデジタルの形でその信号を受け取ってデジタル信号処理を行う」ことに要点がある(本件発明の特許請求の範囲には,「圧縮」の記載はない。)のに対し,刊行物1発明は,単に「デジタル信号の形で圧縮という信号処理を行う」ことが公知であることを示すにとどまるから,同刊行物から,ビデオカメラ装置において「カメラ部から記録部への信号の受け渡しがデジタル信号で行われる」構成に想到することは,容易又は自明であるとはいえない,と主張する。 しかしながら,刊行物1発明も,「信号をカメラ部からデジタルの形で取り出し,記録部でデジタルの形でその信号を受け取ってデジタル信号処理を行う」ものであること,刊行物1発明の「帯域圧縮回路」は本件発明の特許請求の範囲中の「デジタル信号処理手段」に含まれることは,前記1(1)で述べたところから明らかである。原告の主張は,失当である。 取消事由2も理由がない。 |
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以上のとおりであるから,原告主張の決定取消事由はいずれも理由がなく,
その他決定には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって,本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 阿部正幸 |