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関連審決 異議1999-71314
関連ワード 発明者 /  製造方法 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  特許出願日 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 510号 特許取消決定取消請求事件
原告 片山特殊工業株式会社
訴訟代理人弁護士 末澤誠之
同 弁理士 大和田 和美
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 影山秀一
同 中村朝幸
同 雨宮弘治
同 森田 ひとみ
同 林栄二
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/10/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が平成11年異議第71314号事件について平成12年11月9日にした決定中,特許第2810257号の請求項6に係る特許を取り消すとの部分を取り消す。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを4分し,その3を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年異議第71314号事件について平成12年11月9日にした決定中,特許第2810257号の請求項2,4,6,7に係る特許を取り消すとの部分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
前提となる事実
(以下においては,決定や証拠等を引用する場合であっても公用文用字用語例に従って表記を改めた部分もある。) 1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「電池用缶および該缶形成材料」とする特許第2810257号(平成3年7月12日特許出願,平成10年7月31日設定登録)の特許権者であるが,この特許のすべての請求項1ないし9について特許異議の申立てがあり,平成11年異議第71314号事件として審理され,特許取消理由通知があってその指定期間内である平成12年4月4日に訂正請求書が提出された(以下「本件訂正請求」という。)。同特許異議事件において,同年11月9日,「特許第2810257号の請求項2,4,6,7に係る特許を取り消す。同請求項1,3,5,8,9に係る特許を維持する。」との決定があり,その謄本は同年12月11日原告に送達された。
2 本件発明の要旨 (1) 訂正前の請求項2,4,6及び7に係る発明の要旨(以下,訂正前の請求項2に係る発明を「本件発明2」,同4に係る発明を「本件発明4」,同6に係る発明を「本件発明6」,同7に係る発明を「本件発明7」という。)【請求項2】 冷延鋼板の内外両面にメッキを施したメッキ鋼板を,DI絞り加工で形成した一端開口の筒形状の電池用缶であって,上記メッキ鋼板の縦方向,横方向,及び斜め方向のランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の差が±0.15以下で,その長さ方向,長さ方向と直交する横方向及び斜め方向の伸び率がほぼ一定のものであることを特徴とする電池用缶。
【請求項4】 冷延鋼板の両面にメッキを施したメッキ鋼板からなり,DI絞り加工で電池用缶を形成するために用いられるもので,上記メッキ鋼板の縦方向,横方向,及び斜め方向のランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の差を±0.15以下に設定し,その長さ方向,長さ方向と直交する横方向及び斜め方向の伸び率をほぼ一定に設定していることを特徴とする電池用缶の形成材料。
【請求項6】 上記メッキ鋼板の縦方向,横方向,及び斜め方向の各ランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の平均が1.2以上である請求項3乃至請求項5のいずれか1項に記載の電池用缶の形成材料。
【請求項7】 上記メッキ鋼板の絞り加工で缶周壁外面となる面に,光沢メッキ層を備えている請求項3乃至請求項6のいずれか1項に記載の電池用缶の形成材料。
なお,上記に引用された請求項3,5に係る発明の要旨は次のとおりである。
【請求項3】 冷延鋼板の両面にメッキを施したメッキ鋼板からなり,DI絞り加工で電池用缶を形成するために用いられるもので,上記DI絞り加工に周壁内面となるメッキ鋼板の一面に,DI絞り加工時に縦,横,斜め方向にランダムな多数の楔模様の割れを発生させる硬質メッキ層を備えていることを特徴とする電池用缶の形成材料。
【請求項5】 上記メッキ鋼板は,上記DI絞り加工時に周壁内面となるメッキ鋼板の一面に,DI絞り加工時に縦,横,斜め方向にランダムな多数の楔模様の割れを発生させる硬質メッキ層を備えている請求項4に記載の電池用缶の形成材料。
(2) 本件訂正請求に係る訂正後の請求項2,4に係る発明の要旨(以下,訂正後の請求項2に係る発明を「訂正発明2」,同4に係る発明を「訂正発明4」という。)【請求項2】 冷延鋼板の内外両面にニッケルメッキを施したニッケルメッキ鋼板を,DI絞り加工で形成した一端開口の筒形状の電池用缶であって,上記ニッケルメッキ鋼板の縦方向,横方向,及び斜め方向のランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の差が±0.15以下で,その長さ方向,長さ方向と直交する横方向及び斜め方向の伸び率がほぼ一定のものであることを特徴とする電池用缶。
【請求項4】 冷延鋼板の両面にニッケルメッキを施したニッケルメッキ鋼板からなり,DI絞り加工で電池用缶を形成するために用いられるもので,上記ニッケルメッキ鋼板の縦方向,横方向,及び斜め方向のランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の差を±0.15以下に設定し,その長さ方向,長さ方向と直交する横方向及び斜め方向の伸び率をほぼ一定に設定していることを特徴とする電池用缶の形成材料。
3 決定の理由 本件決定の理由は,別紙異議の決定書の写し(以下「決定書」という。)に記載のとおりである。その要旨は次のとおりである。
(1)(訂正請求について)訂正発明2は,刊行物1(特開昭60-180058号公報,本訴甲第3号証),刊行物3(薄鋼板成形技術研究会編「プレス成形難易ハンドブック」395〜396頁,443〜445頁,本訴甲第4号証),刊行物4(日本機械学会誌84巻748号44〜48頁,本訴甲第5号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,訂正発明4は,訂正発明2と同様の理由により当業者が容易に発明することができたものであるので,いずれも特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,この訂正は,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則6条1項の規定によりなお従前の例によるとされる特許法120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法126条3項の規定に適合しないので,この訂正は認められない。
(2)(取消理由について)本件発明2は,前記訂正発明2と同様に当業者が容易に発明をすることができたもの,本件発明4は,前記訂正発明4と同様に当業者が容易に発明をすることができたもの,本件発明6は,前記刊行物1,3,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたもの,本件発明7は,前記刊行物1,3,4及び刊行物7(特開平3-104855号公報,本訴甲第6号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであって,いずれも特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。なお,本件発明1,3,5,8,9は,特許を維持すべきである。
原告主張の決定取消事由の要点
1 取消事由1(訂正発明2に関する判断の誤り) 本件決定は,訂正発明2につき,相違点aに関する判断を誤って,進歩性を否定し,いわゆる独立特許要件を充足しないとする誤った判断をした。
すなわち,本件決定は,訂正発明2と刊行物1記載の発明とを比較し,相違点aとして,訂正発明2が「ニッケルメッキ鋼板の縦方向,横方向,及び斜め方向のランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の差が±0.15以下」という構成であるのに対し,刊行物1に記載の発明では,その構成を有するかどうか不明である点であると認定し(決定書6頁8〜14行),この点について検討した結果,相違点aに係る構成は,当業者が容易に想到し得るものであり,しかも,±0.15に臨界的な意義があるものではないから,そのようにしたことにより奏する効果は,予想することができた範囲内のものであって,訂正発明2は,刊行物1,3,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであると判断し(決定書9頁9〜14行),結論として,前記第2,3(1)のとおり,訂正発明2は,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,この訂正は認められないとしたものである(決定書9頁21〜26行)。
しかしながら,この本件決定の判断は誤りである。その理由は,以下のとおりである。
(1) 本件決定は,相違点aに係る構成は当業者が容易に想到し得るものであると判断したことに関し,次のように説示している(決定書6頁27行〜7頁15行)。
「イヤリングの発生に関して,刊行物3には,よく知られていることとして,鋼板を一端開口の筒形状に深絞り成形する場合において,Δrの絶対値が大きいほど耳の発生量も大きくなること,言い換えれば,Δrの絶対値が小さいほど,開口端縁のイヤリングの発生量が小さくなることが記載され,さらに,刊行物4には,スチールDI缶,すなわちブリキ材を用いたDI絞り加工による飲料缶の製造に当たっては,Δr値が耳の大きさに影響すること,及び異方性の小さい,すなわちΔr値の小さい材料を選定することが必要であることが記載されており,図5には,Δrの絶対値が0.15の前後にわたって,Δrを小さくするほど耳率(イヤリングの発生量の程度を示す)が減少することが示されている。
そして,電池用缶においても,その製造の際にイヤリングの発生を防止する必要があることは当然の課題であり,飲料缶と電池缶とで,用いられるDI加工法に特に差が出るほどの形状の相違があるものではなく,かつ,電池缶に使用されるニッケルメッキ鋼板においても,イヤリングの発生は飲料缶に使用されるブリキ材と同様,ベースとなる鋼板の特性に大きく依存することは当然予想できることであるから,イヤリングの発生を防止するための指標として,鋼板では周知であり,飲料缶でも用いられているΔrを採用することは,当業者が適宜なし得るものである。・・・・・イヤリングに対してΔrを小さくすればよいことも前記のように知られているから,その発生量が許容できるΔrの上下限の値として±0.15を見い出すことは,当業者が通常の実験を通して容易になし得るものである。」 金属板の絞り加工において,一般的な傾向として,ランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の差であるΔrが耳率(イヤリング率)に影響を及ぼすことは,刊行物3,4の開示を待つまでもなく,本特許出願日(平成3年7月12日)以前から当業者では知られていることである。
しかし,Δrを小さくするほど耳率が小さくなる傾向はあるが,Δrが小さくなると耳率が小さくなることが,すべての金属板及びメッキ鋼板に該当するものではない。上記傾向がすべての金属板に該当するものであるか否か,また,メッキの有無,メッキの種類が相違するとΔrが耳率に与える影響がどの程度であるかは,実験を重ねなければ知見することはできない。まして,ニッケルメッキ鋼板におけるΔrと耳率との関係,さらに,電池缶形成材料として実用に供し得る耳率以下とするにはニッケルメッキ鋼板のΔrをどの程度にすればよいかを示唆する記載は,刊行物1,3,4には全く存在しない。
原告は,多年にわたる実験を繰り返すことにより,ニッケルメッキ鋼板を用いてDI絞り加工で電池缶を形成する場合に,実用に耐え得るニッケルメッキ鋼板のΔr値を求め,そのΔr値を±0.15より小さくすることにより,該ニッケルメッキ鋼板を用いて,電池用缶をDI絞り加工した場合に,イヤリング率を急減させることができるとともにイヤリング率のばらつきも急減させることができることを見いだしたもので,当業者が通常の実験でなし得る程度のものではなく,進歩性を有するものである。
以上のことは,次のような証拠から明らかである。
ア 甲第7号証の2(社団法人日本塑性加工学会「塑性と加工」1970年10月発行11巻117号707〜710頁)においては,従来,板面異方性を表すパラメータとしては, Δr=(r0+r 90 -2r 45 )/2が用いられ,耳を防止するためにはΔrをできるだけ小さくすることが必要であると考えられてきたが,板面異方性を表すには,として定義されるc値が妥当であることが明らかになったこと,図5にr 0を固定してr45 とr 90 を変化させたときのc値の変化を示してあり,図中の実線はr 45/r 0=一定,破線はΔr=一定の線を表しているが,これより板面異方性のなくなるc=0の状態は,必ずしもΔr=0と一致しないことがわかること,例えば,r0=1.0,r 45 =0,r 90 =0.155のような極端なr値分布のとき,c=0となって耳が出ないことが記載されている(708頁右欄,709頁左欄)。
すなわち,イアリングの発生量を低減するにはΔrをできるだけ小さくすることが必要であると考えられていたが,Δr=0と最も小さくしても耳が発生する一方,上記ランクフォード値の場合(Δrは0.58になっているが),耳の発生が抑えられることが報告されている。また,図5のランクフォード値とc量(耳発生量)との関係を示す図面からも,r90 /r 0=4では,Δr=0でも板面異方性c量は0とならず,Δr=1.0で板面異方性c量は0となり,耳の発生が抑えられている。
さらに,同書証においては,耳の高さが定量的に一致しない原因としては次の三つが考えられるとした上で,「(3)深絞りによる変形集合組織の発達を無視して初期異方性が変形中一定に保たれると仮定したこと。」が挙げられており(710頁の左欄の3.2耳の高さの項),すべての金属板において,Δrを小さくすると耳率を低減させることができるとは限らないことが明白である。
これに対して,本件決定は,「乙第1号証(本訴甲第7号証の2)についての引用箇所は,耳の発生について理論による解析の一例を示したものにすぎず,他の箇所には,『実際の金属板ではΔr=0のときc=0となるように自然に調質されている』(709頁左欄)としてその理論の限界が示されており,イヤリングの発生を防止するための指標として,メッキ鋼板のΔrを用いることの有効性が否定されているものではなく」(決定書7頁下から3行〜8頁3行)という。
しかし,実際の金属板ではΔr=0のときc=0となるように自然に調質されているとは限らず,本件決定が指摘する記載は,精度のよいΔr測定手段を持たない時期に推測されて記載されたものにすぎない。
イ 甲第8号証の2(特開平11-315346号公報)においては,「Δr値がゼロである鋼板を造り,厳しい深絞り試験を行い,深絞り性とイヤリング性を評価したが,深絞り性は良好であるが・・・良好なイヤリング性は得られなかった。」(【0003】),「深絞り試験を行い,イヤリング性を調査した結果,Δrがほぼゼロでもイヤリング性が良好なものが得られないことを知見した。」(【0008】),「即ち,上記『Δr値がほぼゼロでもイヤリング性が良好なものから悪いものまで種々あること』の原因は,Δr値の測定の定義そのものが,イヤリング性に関連するr値の面内異方性を代表する指数になっていないことに起因していることがわかった」(【0009】)とされ,Δrで定義されているものがイヤリング性の指数になっていないことが記載されている。
これに対し,本件決定は,「乙第7号証(本訴甲第8号証の2)は,Δrが0でイヤリング性がよいという従来の知見を前提に,深絞り性を良好にした鋼では『Δrがほぼゼロでもイヤリング性が良好なものから悪いものまで種々あること』(3頁右欄27〜28行),すなわち,イヤリングの結果がばらつくことを問題にしているものであり,Δrとイヤリング発生に関する従来の知見を否定しているものではない」(決定書8頁5〜10行)という。
しかしながら,甲第8号証の2には,イヤリングの結果がばらつくことを問題としているとの記載はなく,本件決定は,甲第8号証の2の発明の趣旨をねじ曲げて,「Δrを小さくするとイヤリングは小さくなる」とする論拠に我田引水をしているものである。
ウ 甲第8号証の3ないし5(大阪府立産業技術総合研究所作成の「研究報告書」平成12年8月11日)においてはチタン,甲第8号証の6(株式会社コベルコ科研作成の「技術報告アルミ材の成形試験」2000年8月)においてはアルミ板について記載があるが,これらに対する本件決定の認定は全く当を得ないものである。
つまり,本件決定は,「甲8号証の2(本訴甲第8号証の3)の図(本訴甲第8号証の4)や甲第9号証(本訴甲第8号証の6)の図1において,それぞれ下方にはずれた一点を異常値として除外すれば,それらの図からいずれもΔrが小さいほどイヤリングの発生が少ない傾向にあるとも読み取ることができ,いずれにしても,Δrに関する測定値は,例えば前記刊行物4の図5にも示されるようにサンプル間のばらつきが大きいから,甲第8,9号証で示されたデータでは,サンプルの個数が少なく,Δrが小さいほどイヤリングの発生が小さいとは限らないと結論づけることはできない。」(決定書8頁10〜17行)とする。
しかしながら,Δrとイヤリングの関係を示すグラフ(前記「研究報告書」(甲第8号証の3)に添付された「Δrとイヤリングの関係」と題する図であり,本訴では甲第8号証の4とされている)においては,外れている点は下方の点のみではなく左右に外れているものもある上,下方に外れている点(Δrが0.02で耳率であるΔh/hが0.05の点)を除外する理由は不明である。また,この一点を異常値として除外しても,残りの点で最も耳率(Δh/h)が小さいのはΔrが-0.8のものであり,これよりもΔrの絶対値が小さいにもかかわらず,耳率が高い点が5点も存在し,Δrが小さいほどイヤリングの発生が少ない傾向にあることは到底読み取ることはできない。逆に異常値として除外される下方にはずれた上記一点がΔrが小さく耳率が小さくなっている。
また,アルミに関するΔrと耳率との関係を示すグラフ(前記「技術報告アルミ材の成形試験」(甲第8号証の6)に添付された「Δr値と耳率の関係(アルミ試験データ)と題する図1)においても,Δrが-0.3の6個のサンプルA4において耳率が一定でなく,耳率が1.2%〜3.5%にばらついていることが示され,Δrが-0.01の4個のサンプルA7においても,耳率が一定でなく,耳率が1.7〜2.5とばらついていることが示されている。この図1において,下方に外れたΔrが-0.01の下端点(あるいはΔrが-0.3の下端点)を除外しても,耳率はΔrと関係がないこと,及びA4とA7との関係でみるとΔrの絶対値が大きくても耳率が小さくなる場合があることが読み取れるだけである。
(2) 本件決定は,前記のとおり,±0.15に臨界的な意義があるものでないから,そのようにしたことにより奏する効果は,予想し得た範囲内のものであると判断したことに関し,次のように説示している(決定書7頁5〜10行)。
「本件発明1においてΔrを規制することによりイヤリングの発生に対してどのような技術的意義を有するかについて,明細書には具体的に記載されていないことから,その技術的意義は0.15を境にイヤリングの発生が急激に減少するという臨界的なものではなく,±0.15以下であればイヤリングが発生してもその量は許容できる範囲内であるというようなものであると解することができ」 しかし,ニッケルメッキ鋼板において,Δrを±0.15以下とすることには臨界的な技術的意義があり,Δr±0.15より小さくすることにより,発生するイヤリング率を急減させることができるとともに,イヤリング率のばらつきも急激に低下させることができることを見いだしたものであり,Δrを指標とすることは当業者が適宜になし得ることであっても,この臨界的数値を得た点に進歩性を有し,特許性を有するものである。本件決定はこの点を看過した。
以上のことは,次のような証拠から明らかである。
ア 甲第9号証(参考図)は,イヤリング率の良品限界線とΔrの関係を示すグラフを提示するものであり,Δrを±0.15以下にするとイヤリングの発生率が急減することが数値データのプロット点で示されており,良品限界線をイヤリング率3.2%以下とした場合に,不良品の発生を抑えることができることを示している。
大量生産ラインにおいて,不良品の発生を抑えることは最も重要な点である。
イ 甲第10号証(神戸大学工学部助教授A作成)の「イヤリング率とΔrとの関係についての報告書」(2001年2月15日)によれば,データ点のほぼ中央を通る曲線とデータ点との平均距離(標準偏差)は, -0.15 < Δr <0.15 の範囲では,0.098 -0.225< Δr <-0.15 の範囲では,0.304 0.15 < Δr <0.228 の範囲では,0.356と見積もられている。
すなわち,Δrが±0.15より小さい場合,標準偏差は0.098となっているが,Δrが±0.15より大きくなると,標準偏差は0.3以上となり,Δr=0.15を境界として,標準偏差に3倍の開きが生じている。
その結果,Δrが±0.15の範囲内ではイヤリング率は小さく,かつ,そのばらつきが小さく,再現性のよい加工仕上がりを期待することができる。それに対して,Δrが±0.15の範囲外ではイヤリング率は大きく,かつ,そのばらつきも大きくなるため,再現性のよい加工仕上がりを期待することはできない。 具体的には,標準偏差が3倍となることは,Δrが±0.15以下において1000個のうち1個の割合で不良品(イヤリング率が3.2%を越えるもの)が発生するものとすると,Δrが+0.15以上,-0.15以下の場合には1000個のうち168個の割合で不良品が発生することとなり,不良品の発生率は168倍となる。
このように,Δrが±0.15以下ではイヤリング率が3.2%以下の良品を再現性よく加工できるのに対して,Δrが+0.15以上,-0.15以下では,イヤリング率のばらつきが急激に増加し,3.2%を越える不良品が大量に発生することとなる。
上記のように,イヤリング率3.2%以下のものがばらつきがなく,再現性よく加工できるかできないかの臨界的数値として,Δrの±0.15は技術的意義をもち,かつ,イヤリングの発生率が急減する点に技術的意義をもつものである。
なお,被告は,甲第9号証に記載されたグラフのデータを解析した甲第10号証について,客観的な結論を導くのに十分なデータ量のものではないこと,甲第9,10号証に基づく原告の主張は,明細書等に基づかない新たなデータによって新たな効果を主張するものであり失当であることを主張する。しかし,データ量,すなわちサンプル総数は56個であり,データ量としては十分である。Δrが0.15より大きいものは13点で,全体の約25%となっており,データとしては片寄ったものではない。また,Δrを小さくしてイヤリング率を3.2%以下に抑えるために試作しているために,Δrが小さいサンプルが多くなるのも当然である。また,甲第9号証は審査段階における拒絶理由に対して提出したものであり,甲第10号証は,甲第9号証の証明書に記載のデータを解析したものである。よって,甲第9,10号証を用いて明細書に記載された効果である「イヤリングの発生を防止できる」ことを実証した点について,何ら問題はない。
2 取消事由2(訂正発明4に関する判断の誤り) 本件決定は,訂正発明4について,「訂正発明4は訂正発明2の電池缶を形成するために用いられる形成材料の発明である。したがって,訂正発明4は,訂正発明2と同様の理由により当業者が容易に発明をすることができたものである。」とする(決定書9頁16〜19行)。
しかし,この決定の判断は,前記の取消事由1と同様の事由により,誤っている。
3 取消事由3(本件発明2及び4に関する判断の誤り) 本件決定は,本件発明2につき,「本件発明2は,前記訂正発明2で,「ニッケルメッキ」としていた部分を,「メッキ」とするもので,その他の構成は本件発明2と訂正発明2とは一致しているから,訂正発明2が,刊行物1,3,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである以上,本件発明2も,同様に当業者が容易に発明をすることができたものである。」(決定書13頁5〜9行)とし,本件発明4につき,「本件発明4は,前記訂正発明4で,「ニッケルメッキ」としていた部分を,「メッキ」とするもので,その他の構成は本件発明4と訂正発明4とは一致しているから,訂正発明4が,刊行物1,3,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである以上,本件発明4も,同様に当業者が容易に発明をすることができたものである。」(決定書13頁17〜21行)とした。
しかしながら,刊行物1に刊行物3,4を組み合わせても,メッキ鋼板,特に,訂正発明2,4のニッケルメッキ鋼板については当業者が容易に発明することができなかったものであって,前記の取消事由1及び2に記載したことから,本件決定の上記判断も誤りである。
4 取消事由4(本件発明6に関する判断の誤り) 本件決定は,本件発明6につき,相違点dに関する判断を誤り,当業者が容易に発明をすることができたものとする誤った判断をした。
本件決定は,本件発明6と刊行物1記載の発明を対比し,本件発明6は請求項4を引用して記載された発明を含んでいるから,両者は,相違点a,bの点で相違するとともに,相違点dでも相違するとし,相違点dとは,「メッキ鋼板の縦方向,横方向,及び斜め方向の各ランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の平均が1.2以上である点」が刊行物1には記載されていない点であると認定した(決定書13頁23〜28行)。決定は,その上で,相違点dについて,次のように判断した(決定書13頁29行〜14頁6行)。
「刊行物4には,スチールDI缶用素材の絞り性については,カップ成形の際に限界絞り比(L.D.R.)が高いこと及び耳の発生が少ない,すなわち,イヤリング発生量が小さいことが要件となり,ブリキ材においてもr値(ランクフォード値)の絞り性に与える影響は大きく,r値によって容器の缶径精度と端部の耳発生に多大な影響を与えることは周知のことであることが記載されている。また,スチールDI用素材もカッピングでのカップ破断を避けるためには.L.D.R.=2.0以上を具備する必要があることが記載され,図4には,L.D.R.=2.0以上で,r値が1.2以上であることが示されている。
そうすると,電池缶の形成材料においても,イヤリング発生量を小さくし成形時の破断をさけるため,ランクフォード値を高くする必要があることは,当業者にとって明らかなことであるから,そのための条件として相違点dに係る本件発明6の構成を採用することに,特に困難性があるものではない。
したがって,本件発明6は,刊行物1,3,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」 しかしながら,刊行物4は,スチールDI缶に関するものであり,その図4は,ブリキ材のr値と限界絞り比の関係を示したものである。ブリキ材は前述したとおり,鉄に錫めっきを施したもので,錫の伸び率は95%であり,融点が低いためにDI絞り加工時に流体化して潤滑剤の役割を果たし,ブリキは伸びも大きくプレス成形性が良いが,電池缶としては用いることはできない。図4は電池缶形成材料を対象とする本件発明6には何らの示唆も与えない。
5 取消事由5(本件発明7に関する判断の誤り) 本件決定は,本件発明7につき,「本件発明7は請求項3〜6のいずれか1項を引用して記載された発明であり,かつ,光沢メッキは刊行物7に記載されているように適宜採用できるものであること,及び電池の外観を向上するためには外観が優れる光沢メッキを缶周壁外面となる面に備える必要があることは当業者にとって周知のことであるから,本件発明7の「メッキ鋼板の絞り加工で缶周壁外面となる面に,光沢メッキ層を備えている」ことは,当業者が適宜なし得ることである。したがって,本件発明7は,刊行物1,3,4,7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」(決定書14頁8〜16行)とした。
しかし,甲第6号証の刊行物7(特開平3-104855号公報)は,鋼板とニッケルメッキとの間にFe-Ni拡散層を設けたニッケルメッキ鋼板に関するもので,「Fe-Ni合金層を設けると,鋼自体を硬化させてプレス加工性(限界絞り比等)を低下させることが判明した」と記載され,よって,「プレス加工性が厳しく要求され,かつ,内面または外面のいずれか一方に厳しく耐食性が要求される乾電池缶等の用途に用いられる」もので,Fe-Ni合金層(拡散層)の厚みを両面で変えており,この拡散層の厚みを変えるために,拡散層を設けるためのニッケルメッキを施した後に,再度拡散層とならないニッケルメッキを施すことを特徴としている。この拡散層とならない後メッキのニッケルメッキとして用途に応じて光沢メッキ,黒色メッキなどが適時選択できると記載されている。ただし,耐食性についての欄に,深絞り加工により電池缶形状の円筒缶とした場合の開示があるが,この円筒缶の周壁の外面となる面に光沢メッキを施すことは記載されていない。
このように,刊行物7には,電池缶の周壁外面に光沢メッキ層を設けることは開示されていない。
また,本件発明7は,Fe-Ni拡散層を設けたものに限られておらず,Fe-Ni拡散層を設けていないニッケルメッキ鋼板においても適用されるものである。
比較的硬くプレス成形性が悪い光沢メッキを缶周壁外面に設けることができるようにしている理由は,メッキ鋼板のΔrを±0.15以下として,プレス加工性を低下させないようにしているからである。
よって,単に,Fe-Ni拡散層を形成後の後メッキで,用途に応じてメッキを選択して施し,その選択の範囲に光沢メッキが含まれていることだけが開示されている刊行物7からは,他の刊行物と組み合わせても,ニッケルメッキ鋼板のΔrを±0.15以下とする前提がない限り,本件発明7を当業者が容易に想到することはできない。
被告の反論の要点
1 取消事由1(訂正発明2に関する判断の誤り)に対する反論 本件決定は,相違点aの構成を有することが当業者にとって容易に想到し得ることかどうかにつき,まず,イヤリングの発生を防止するための指標としてΔrを採用することが当業者にとって容易かどうかを判断し,そのことが容易である場合,さらに,Δrの限界値を±0.15とすることが容易かどうかを判断するという順序で検討している。
まず,鋼板を深絞り成形する際にΔrの絶対値が大きいほど耳の発生量も大きくなるという刊行物3の知見が,錫メッキを施した鋼板を使用し深絞りにしごき加工を加えたDI絞り加工する飲料缶の成形でも同様に見られることが刊行物4に示されているところから,鋼板を缶形状に成形する時の耳(イヤリング)の発生は,メッキの有無や深絞り成形後のしごき加工の有無に大きく影響されないことが理解される。したがって,ニッケルメッキを施した電池缶のDI加工における耳(イヤリング)の発生を小さくするための指標としてΔrの値を利用し,この値が所望の耳(イヤリング)発生率を与えるような範囲にされた鋼板を成形材料として採用しようとすることは,当業者が容易になし得ることである。
さらに,Δrを指標として採用する場合は,その目標範囲を具体的に定める必要がある。Δrの目標範囲は,当業者が技術的や経済的などの事情を考慮して,個々の材料ごとに実験的に定められるものであるが,実験的に範囲を定めるにあたっては,公知のΔrとイヤリングの発生量(耳率)との関係を参考にすることが通常の方法である。そして,Δrを±0.15以下とすることは,電池缶製造における材料の板厚や缶のサイズ,絞り比などを設定の上,種々のΔrの小さい値の材料で製造した缶の耳の発生率を調べれば,許容し得る値以下の耳発生率を与えるΔr値の材料を選択することができることは刊行物4の図5から理解することができ,これと同様の実験を行えば,容易になし得るのである。そして,もともとΔrの絶対値が0に近いほど耳の発生が少ないことが知られている以上,その範囲として0に近い値である±0.15を設定する点に何ら困難性はない。
なお,本件決定は,Δrの±0.15の範囲が,直接刊行物4の図5そのものから導くことができるという趣旨をいうものではない。
原告の引用する証拠に対する反論は,次のとおりである。
ア 甲第7号証の2には,Δrよりcの値を板面異方性の指標とすべきであるとする記載はあるものの,その709頁の図6に示されるように,cとΔrの関係を求めてプロットすると大部分の材料は原点を通る1本の曲線に乗り,実際の金属板ではΔr=0のときc=0となるよう自然に調質されているのであるから,結局,大部分の材料は,Δrを板面異方性の指標として用いて差し支えないということができ,Δrとイヤリング発生の関係が否定されているわけではない。
イ 甲第8号証の2には,Δrがほぼ0でもイヤリング性が良好なものから悪いものまで種々であること,すなわち結果がばらつくこと,その原因は,Δr値の測定の定義そのものが,イヤリング性に関連するr値の面内異方性を代表する指数になっていないことに起因していることが分かること,すなわち,Δrが指標として優れているかどうかについては記載されているが,Δrの変化に対してイヤリング率がどう変化するかについては記載されておらず,「Δrが小さくなっても,イヤリング率が小さくなるとは限らない」というような記載はどこにもない。それが記載されているとするのは,原告の一方的な解釈にすぎない。
ウ 甲第8号証の3,4では,測定したサンプルの数が十分でなく,そのデータだけでは,Δrを小さくしてもイヤリング率が小さくなる傾向にないと結論づけることはできない。
エ 甲第9号証は,それを作成した前提条件(いつ,誰が,どのような資料を用い,どのような実験条件の下で作成したか)が何ら明らかにされることなく提出されたものであり,そのデータの信憑性が明らかでない。また,甲第9号証のグラフにおいて,Δrの変化に対するイヤリング発生率の変化は連続的なものであって,Δrが±0.15前後のデータが他の箇所に比べて少なく,Δrを±0.15以下にするとイヤリングの発生率が急減することが数値データのプロット点で示されているといえるものではない。
もっとも,甲第9号証のグラフからは,Δrが±0.15より外側の領域では,引かれた曲線からの個々のデータの隔たりが,内側の領域と比べて大きくなっていることをおおよそ読み取ることができ,甲第10号証における解析はそれを裏付けるものにはなっている。
しかし,甲第9号証のグラフは,Δrが±0.1程度より外の領域ではデータの個数が少なくて,客観的な結論を導くのに十分なデータ量のものではなく,Δrが上記の範囲であることと,イヤリング率の発生のばらつきとを直ちに関係づけることはできない。
そもそも,甲第9号証のグラフは,本件特許の明細書及び図面に記載されたものではなく,かつ,前記明細書には,Δrを±0.15以下とすることの効果について,段落【0047】などで,「イヤリングの発生を防止でき」と一般的に記載されているにすぎず,原告が甲第9,10号証によって明らかにしようとしている,前記の発生するイヤリング率のばらつきが急激に低下するという効果についても,何ら記載されていなかったものである。このように,甲第9,10号証を用いた主張は,明細書等に基づかない新たなデータによって新たな効果を主張するものであり,失当である。
2 取消事由2(訂正発明4に関する判断の誤り)に対する反論 前記1の取消事由1に対する反論から明らかなように,本件決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由2に関する主張も理由がない。
3 取消事由3(本件発明2,4に関する判断の誤り)に対する反論 前記1の取消事由1に対する反論,前記2の取消事由2に対する反論で主張したように,訂正発明2,4は当業者が容易に発明することができるものであるとする本件決定に誤りはなく,したがって,本件発明2,4について,本件決定が「当業者が容易に発明をすることができたものである」としたことに誤りはない。
4 取消事由4(本件発明6に関する判断の誤り)に対する反論 前記のとおり,刊行物4(甲第5号証)の記載を電池缶のDI絞り加工に適用することができるので,本件決定が本件発明6について,「当業者が容易に発明をすることができたものである」としたことに誤りはない。
原告が主張するように,ブリキ材(錫メッキ鋼板)は,本件発明6のメッキ鋼板に含まれないとしても,ブリキ材でも他のメッキ鋼板でも,イヤリングの発生はベースとなる鋼板の特性に大きく依存するものであるから,ブリキ材のDI絞り加工において認識されているランクフォード値(r値)の影響が,他のメッキ鋼板の場合にも当てはまることは当然予想し得ることである。
そうすると,図4は電池缶形成材料を対象とする本件発明6には何らの示唆も与えないとする原告の主張は失当である。
5 取消事由5(本件発明7に関する判断の誤り)に対する反論 刊行物7(甲第6号証)には,1頁右欄に「本発明は,深絞り加工を施す大半の各種家電部品,例えば乾電池内装缶・・・」の記載,3頁右上欄には「このように・・・Niメッキ層は光沢Niメッキ,・・・その用途によって適時選択できるようになり,応用範囲も拡大する。」との記載があり,電池缶の外面に光沢メッキ層を設けることが十分示唆されているのであり,本件発明4あるいは6において,さらにそのようにすることは,当業者が適宜なし得ることであるから,本件決定が,本件発明7について,「当業者が容易に発明をすることができたものである」としたことに誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正発明2に関する判断の誤り)について 原告は,訂正発明2に関し,本件決定が,相違点aに関する判断を誤って,進歩性を否定し,いわゆる独立特許要件を充足しないとする誤った判断をしたと主張する。原告は,具体的には,相違点aに係る構成が当業者が容易に想到し得るものであり,しかも,±0.15に臨界的な意義があるものではないから,そのようにしたことにより奏する効果は,予想し得た範囲内のものであるとした本件決定の判断が誤っていると指摘するので,この点を中心に検討する。
(1) まず,ニッケルメッキ鋼板としてΔrの絶対値が小さいものを採用しようとすることの容易想到性についてみる。
前記のとおり,訂正発明2は,「冷延鋼板の内外両面にニッケルメッキを施したニッケルメッキ鋼板を,DI絞り加工で形成した一端開口の筒形状の電池用缶であって,上記ニッケルメッキ鋼板の縦方向,横方向,及び斜め方向のランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の差が±0.15以下で,その長さ方向,長さ方向と直交する横方向及び斜め方向の伸び率がほぼ一定のものであることを特徴とする電池用缶。」と特定される。
そして,上記「縦方向,横方向,及び斜め方向のランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の差」とは,ランクフォード値の面内異方性を表すΔrであると認められる(当事者も争わない。)。
ア 甲第3号証によれば,刊行物1には,「冷延鋼板の内外両面にニッケルメッキを施したニッケルメッキ鋼板を,DI絞り加工で形成した一端開口の筒形状の電池用缶」(以下,「刊行物1発明」という。)が記載されていることが認められる(決定書6頁1〜4行参照。以上は当事者も争わない。)。
イ 甲第4号証によれば,刊行物3には,以下の(ア)及び(イ)の記載があることが,甲第5号証によれば,刊行物4には,以下の(ウ)ないし(カ)の記載があることが認められる。
(ア) 「一般の材料では引張り方向によりr値が異なっている(板面内異方性)。その場合には次式で示す平均r値()や板面内異方性Δr値が用いられる。図8.36は円筒深絞り成形時の耳とΔrの関係を実験的に調べた例である。
式8.14」(甲第4号証396頁1〜4行) (イ) 「図9.36はr値の面内方向性(Δr値)と耳の発生傾向を模式的に示したものである。よく知られているようにΔr>0の場合0゜及び90゜方向に耳が発生し,Δr<0の場合には45゜方向に耳が発生する。そしてΔrの絶対値が大きいほど耳の発生量も大きくなる。」(甲第4号証445頁9〜11行及び同頁の図9.36) (ウ) 「スチールDI缶用素材の多くは板厚0.33mm前後の調質度T-1ブリキ材が使用されている。」(甲第5号証46頁左欄5〜6行) (エ) 「スチールDI缶用素材の絞り性については,カップ成形の際に限界絞り比(L.D.R.)が高いことと,耳の発生が少ないことが要件となり,塑性ひずみ(r値)あるいは面内異方性(Δr値)に対して考慮が必要である。」(甲第5号証46頁左欄15行〜右欄3行) (オ) 「面内異方性(Δr値)が耳の大きさに影響することもすでに報告されている(図5).」(甲第5号証46頁右欄15〜16行及び同頁の図5) (カ) 「大きな耳を発生する材料はトリムしろが多くなり,材料歩どまりを低下させるばかりでなくストリッピング性にも問題をもたらす。さらに絞り込みの際,耳部が強圧下され耳の端部がナイフエッジ化することもあり,これが金型に付着してトラブルの原因となる。スチールDI缶の製造では素材の効率的利用が重要な点であるから,r値については十分配慮しなければならない.現実には耳の発生を完全に防止することは困難であるが,使用に当たっては異方性の小さい材料を選定することと,プレスの金型設計及び潤滑剤などにもくふうが必要である。」(甲第5号証46頁右欄17〜28行) 上記(ア)及び(イ)によると,薄鋼板の深絞り加工時に耳が発生することがうかがわれ,また,(ウ)ないし(オ)によると,ブリキ板のDI絞り加工によるブリキ板からの缶の成形時にも耳が発生することがうかがわれる。そして,(カ)によると,大きな耳の発生は,トリムしろが多くなり材料歩どまりを低下させるなどの問題があることがうかがわれ,このような問題は,上記の深絞り加工時に発生する耳についてもいえることは明らかであるから,DI絞り加工や深絞り加工といった絞り加工において,この出願当時に,耳の発生を防止するとの要請のあったことが認められ,そして,耳の大きさを小さくすれば上記の材料歩どまりが低下するとの問題が軽減し得ることは明らかであるから,その大きさをできるだけ小さくするとの課題が存在していたものと認められる。一方,刊行物1発明は,DI絞り加工で形成した電池用缶に係るもので,上記課題が存在していた絞り加工に係るものであるから,刊行物1発明にも当該課題が存在していることは,当業者において明らかである。
さらに,(オ)における図5及び(ウ)によると,薄鋼板の深絞り加工時及びブリキ板のDI絞り加工時に発生する耳は,ともに,Δrの絶対値が大きいほど耳が大きくなることがうかがえ,これを別の視点から見れば,Δrの絶対値を小さくすれば耳が小さくなることは普通に理解されるものである。そして,上記ブリキ板は,錫がメッキされているものの,鋼板を基体とするものであることを考え合わせると,鋼板(これが圧延されたものであることは技術常識である。)やこれを基体とするメッキ板材については,一般的には,Δrの絶対値を小さくすれば耳が小さくなるものと,本件出願当時の当業者は理解していたものと認められる。
ウ そうすると,前記のとおり,当業者にとって,刊行物1発明には耳の大きさをできるだけ小さくするとの課題が存在していたのであり,そして,刊行物1発明は,冷延鋼板の内外両面にニッケルメッキを施したニッケルメッキ鋼板に対してなされる絞り加工に係るものであるものの,そのニッケルメッキ鋼板が圧延鋼板を基体としたメッキ板材であることに変わりはないから,前記の当業者の理解に基づいて,上記ニッケルメッキ鋼板としてΔrの絶対値が小さいものを採用しようとすることは,容易に想到し得るものといえる。
(2) 以上の点に関し,原告は,「塑性と加工,vol.11,no.117,昭和45年10月20日,社団法人日本塑性加工学会・コロナ社発行」(甲第7号証の2),「特開平11-315346号公報」(甲第8号証の2),「大阪府立産業技術総合研究所の研究報告書,その試験結果のグラフ及び資料写真」(甲第8号証の3)及び「株式会社コベルコ科研の技術報告書」(甲第8号証の6)を根拠としつつ,金属板の絞り加工において,一般的な傾向として,ランクフォード値の差であるΔrが耳率(イヤリング率)に影響を及ぼすことは,刊行物3,4の開示を待つまでもなく,本特許出願日以前から当業者では知られていることであり,Δrを小さくするほど耳率が小さくなる傾向はあるものの,Δrが小さくなると耳率が小さくなることが,すべての金属板及びメッキ鋼板に該当するものではなく,実験を重ねなければ知見することはできない旨主張する。
しかし,この主張は直ちには採用することができない。
以下に,原告が根拠として挙げる各甲号証について検討する。
ア 甲第7号証の2について 甲第7号証の2には,以下の記載が認められる。
「2・1解析方法 第1報の3・1の基礎仮定をふたたび採用する。そして図1に示すように板の圧延方向をx軸,面内の直角方向をy軸にとる。この場合,板の降伏条件式は第1報と同じく 」(708頁左欄8〜15行) 「従来,板面異方性をあらわすパラメータとしては Δr=(r0+r 90 -2r 45 )/2 (3) が用いられ,耳を防止するためにはΔrをできるだけ小さくすることが必要であると考えられてきたが,本解析によって板面異方性をあらわすには式(2)で定義されるc値が妥当であることが明らかになった。
図5にr0を固定してr 45 とr 90 を変化させたときのc値の変化を示してある。図中の実線はr45 /r 0=一定,破線はΔr=一定の線をあらわしている。
これより板面異方性のなくなるc=0の状態はかならずしもΔr=0と一致しないことがわかる。たとえばr0=1.0,r 45 =0,r 90 =0.155のような極端なr値分布のときc=0となって耳がでないことになるのは興味深い。
福井と工藤,福田ならびに著者らの実験値よりcとΔrの関係を求めてプロットすると図6のようになり,大部分の材料は原点を通る1本の曲線上にのる。」(708頁右欄下から4行〜709左欄下から12行及び709頁の図6) 「3・2耳の高さ 異方性平面ひずみ理論による計算値と比較するため,福井・工藤の実験値及び著者らの実験値を図4にプロットした。cが正の場合はθ=0゜,90゜方向の耳,cが負の場合は0=45゜方向の耳を生じており,またcの絶対値が等しい場合,cが正のほうが負に比べて耳の高さが大きく,計算値と実験値は定性的にはよく一致しているが,耳の高さは計算値の約半分である。」(710頁左欄1〜11行及び709頁の図4) 「4.結論 第1報に引き続いてHillの異方性金属に対する平面ひずみ理論に基づいて深絞り円筒容器の耳の解析を行ない,板の降伏条件が式(1)であらわされる場合,耳の発生方向は式(2)のc値に依存することを導いた。すなわち,c>0では圧延方向及び圧延直角方向に山,c<0では圧延方向と45゜方向に山をもつ四つ耳を生ずる。そしてc=0のとき耳は発生しない。
以上の解析結果はアルミニウム,銅,鋼板などの実験結果とよく一致し,また耳の高さも深絞りによる集合組織の変化を考慮してc値を変形前の値の1/2程度にとれば計算値と実験値はよく一致することが示された。」(710頁右欄1〜12行) 以上の記載によると,理論に基づいてc=0のときには耳の発生しないことが判明したこと,また,図4を参照すれば,実線で示されたものが理論から導かれたものであることは明らかであるが,その実線によれば,c=0のときには耳が発生しないこととともに,cの絶対値が小さいほど耳の小さくなることがうかがえ,実際の各種金属材料についても,定性的には,上記理論から導かれた内容と一致することがうかがえる。さらに,これらの記載によると,板面異方性は耳の発生に関係すること,そして,c値は,板面異方性を表すパラメータとして,従来用いられていたΔrに対して妥当性の高いことが記載されているので,前判示のようにcの絶対値が小さいほど耳の小さくなることがうかがわれることとを考え合わせると,耳を小さくするためにはΔrの絶対値をできるだけ小さくすることが必要であるとは,必ずしもいえないことを記載しているようにも解される。
しかしながら,図6を参酌すると,実際の各種金属材料においてc値とΔr値とは正の相関関係のあることがうかがえ,このことは,cの絶対値が小さいほど耳が小さくなることが,Δrの絶対値についてもいえること(Δrの絶対値が小さいほど耳が小さくなる)にほかならない。結局,上記のc値はΔrに対して妥当性が高いとの記載は,板面異方性を示す指標としてc値の優位性を示すにすぎず,必ずしも圧延鋼板やこれを基体とするメッキ板材については,一般的には,Δrの絶対値を小さくすれば耳が小さくなるものと,当業者が理解していたことを否定するに足りるものではない。
イ 甲第8号証の2について 甲第8号証の2には,以下の記載が認められる(誤記も含め原文のまま引用)。
「【0002】 【従来の技術】従来,特公平7-59734号報等の方法,あるいは,板金プレス成形分科会第29回SMFセミナー資料「製缶技術と製缶材料の最新動向(平成6年10月7日/於名古屋大学)」(以下文献1いう。)で紹介されている技術があった・・・。
【0003】そこで,本発明者らは,前述の文献に紹介されている図3の高r値(2.0前後レべル)である0.009C-0.118Ti(いわゆるTi添加の極低炭素鋼)を,図6にイヤリング性が最も良くなると紹介されている冷延率(87〜88%)前後に調整し,Δr値{=(r0+r90)/2-r45…r0,r90,45:r値測定用引張り試験片の方向と圧延方向とのなす角度がそれぞれ0,90,45゜であるところのそれぞれのr値)}がゼロである鋼板を造り,厳しい深絞り試験を行い,深絞り性とイヤリング性を評価したが,深絞り性は良好であるが,イヤリング性は,Δr値がゼロであるにもかかわらず特公平7-59734号報で得られるような良好なイヤリング性が得られなかった。」(2頁1欄48行-2欄38行) 「【0008】最初の調査として,Ti,Nb,B,N等を種々添加した極低炭素鋼及び特公平7-59734号報の方法及び箱焼鈍(BAF)法用の種々の鋼に,冷間圧延率を種々調整して冷間圧延を行い,Δr値がほぼゼロの缶用深絞り冷延鋼板を造り供試材とし,深絞り試験を行い,イヤリング性を調査した結果,Δr値がほぼゼロでもイヤリング性が良好なものか性が得られないことを知見した。
なお,このことは前述の文献1の図4を詳細に見れば,Δr値がゼロでもイヤリング率は0.7〜3wt%と大幅に変動していることからも,イヤリング性はΔr値以外のファクターが意外に大きいことを示唆していることが分かる。
【0009】次に,本発明者らは,何故このようなことが起こるのかを,鋼板のr値を15度ピッチ0〜90度まで調査し,r値の面内異方性を詳細に調査し,イヤリング性との関係を比較検討した。その結果, 1) イヤリング性に関連するr値の0〜90゜間の最大値,最小値は,従来のΔr値の測定に使われる0,45,90゜の位置ではなく,最大値は90,75,60゜,最小値は0,15,30,45゜の位置のどこかに存在し,特定の方向に定まっていないこと,ましてや0,45,90゜で代表できるものではないことが判明した。即ち,上記の「Δr値がほぼゼロでもイヤリング性が良好なものから悪いものまで種々であること」の原因は,Δr値の測定の定義そのものが,イヤリング性に関連するr値の面内異方性を代表する指数になっていないことに起因していることがわかった。」(3頁3欄41行〜4欄31行) 「【0028】 【実施例】以下に本発明の効果を実施例により説明する。表1に示す成分の鋳片を造り,表2に示す熱延,冷延,焼鈍及び調質圧延条件で0.25mmの絞り缶用鋼板を製造し,材質調査,φ30mmの円筒絞りのイヤリング率(=(缶側壁の最大山高さ-最少谷高さ)/最少谷高さ×100)ならびに5段の深絞りプレス加工時の絞り割れ及びイヤリングよるプレストラブルを評価した。それらの評価結果は,表2に示す。なお,5段の深絞り時の絞り割れ及びイヤリング性の評価は,0.01%以下のトラブルのものを○,0.01%超〜0.05%未満のものを×,0.05超のものを××とした。なお,イヤリング率の絶対値は,イヤリング率を測定する深絞り缶のプレス条件によって大幅に異なるので,他の文献のイヤリング率の値と単に比較してもどちらが優れているのかは判別できないので留意する必要がある。」(5頁7欄33〜48行) 以上の記載によると,イヤリング性とは,耳が発生することにより生じるプレストラブルの発生程度を示すものであって,板金プレス成形分科会第29回SMFセミナー資料「製缶技術と製缶材料の最新動向(平成6年10月7日/於名古屋大学)」に記載の0.009C-0.118Ti(いわゆるTi添加の極低炭素鋼),Ti,Nb,B,N等を種々添加した極低炭素鋼,特公平7-59734号公報の方法及び箱焼鈍(BAF)法用の種々の鋼について,Δr値とイヤリング性との関係を評価した結果,Δr値がゼロであるにもかかわらずイヤリング性が良好なものから悪いものまで種々であること,そして,その原因はΔr値がイヤリング性についての指数としては適当ではないとの知見が示されている。
そして,この知見と前記認定の本件出願当時の当業者の理解とが技術的にどのような関係にあるのかについての検討はひとまずおくとして,この知見が示された甲第8号証の2は,公開日が平成11年11月16日の特開平11-315346号公報であって,本件出願(平成3年7月12日)の約8年後に頒布された刊行物であることは明らかであるから,この知見は,本件出願後に得られたにすぎず,甲第8号証の2の存在によっては,本件出願当時,前判示のように当業者が理解していたことの認定を覆すに足りるものではない。
ウ 甲第8号証の3ないし5及び甲第8号証の6について 前記第3の1(1)ウにおける甲第8号証の4の図に関する原告の主張中には,「下方に外れている点(Δrが0.02で耳率であるΔh/hが0.05の点)」及び「残りの点で最も耳率(Δh/h)が小さいのはΔrが-0.8のもの」との部分があるが,上記の図は,甲第8号証の3の表3,4に基づいて作成されたもので,正確な数値はこの表に記載されている。これらによれば,上記主張の数値はいずれも不正確であり,「0.02」は「0.24」と,「-0.8」は「-0.68」と訂正されるべきものであることが認められる。
同じ箇所における甲第8号証の6の図1に関する原告の主張中には,「耳率が1.2%〜3.5%にばらついている」,「Δrが-0.01の4個のサンプルA7」及び「耳率が1.7〜2.5とばらついている」との部分があるが,上記の図は,甲第8号証の6の表1,2に基づいて作成されたもので,正確な数値はこの表に記載されている。これらによれば,上記主張の数値はいずれも不正確であり,耳率を四捨五入した数値で表すとしても,「3.5」は「3.4」と,「4個」は「6個」と,「1.7」は「1.6」と訂正されるべきものであることが認められる。
そこで,甲第8号証の3及び甲第8号証の6をみると,以下の記載が認められる。
「1.供試材料 供試材料は公称板厚1oの工業用純チタン1種材(TP270C)で,材料メーカ3社から供給された10種類のものを使用した。以降,この10種類のサンプルを表1に示すとおり,試料A〜Jと呼ぶことにする。」(甲第8号証の3,2頁2〜5行)及び表1(同2頁) 「3.実験結果 3-1)引張り強さ,全伸び,r値 得られた結果を表3にまとめて示す。引張強さについては,いずれの材料についても45゜方向で低い値を示しており,よく似た傾向を示している。全伸びについては90゜方向が低い傾向は同じであるが,45゜方向の伸びについては圧延方向(0゜方向)より大きいものや同程度のもの,小さいものと様々で,試料ごとの差が大きい。r値については圧延方向で低く,45゜,90゜の順に大きくなる傾向が認められる。なお,45゜,90゜方向のr値は同じ試料でも試験片によってばらつきが大きいものもあったが,そのまま算術平均した。」(甲第8号証の3,4頁1〜9行及び同頁の表3) 「3-2)円筒深絞り試験における耳率(Δh/h),深絞り最大荷重 得られた結果を表4にまとめて示す。耳の発生状況は試料によって大きく異なっており,中でも試料B,Gなどは耳が高い傾向を示し,試料Aは耳が低い。
深絞り荷重については,試料E,F,H,Jの4つが特に小さく,良好な絞り性を示しているといえる。」(甲第8号証の3,5頁1〜5行及び同頁の表4) 「2.供試材 次のロットの異なる純アルミ材2種類を用いた。
・純アルミ材(JISA1100-O材)1mm厚 略号 A4,A7」(甲第8号証の6,1頁4〜6行) 「4.1.Δr値の測定結果 表1に供試材の各方向のr値ならびに平均r値,Δr値の測定,計算結果を示す。各々Δr値の高いもの,低いものの材料特性が示される。
4.2.各成形品の耳率の測定結果 表2に各成形条件で得られた成形品の耳率の測定結果を示す。
Δr値が低く,耳率が低くなる場合と,Δr値が大きいものでも,低Δr値材より耳率が低くなることもあることが示される。
今回の試験データからΔr値と耳率で整理した図を図1に,また成形品の例を写真1〜3に示す。」(甲第8号証の6,2頁2〜末行並びに3頁の表1,4頁の表2及び5頁の図1) 以上の記載によると,甲第8号証の3ないし5には,材料メーカー3社から供給された10種類工業用純チタン1種材(TP270C)を試料として,また,甲第8号証の6には,ロットの異なる純アルミ材2種類を試料として,Δr値と耳率,すなわち,Δr値と耳の大きさの程度を測定した結果が示されている。そして,これらの結果についての詳細な評価はひとまずおくとして,少なくとも,甲第8号証の3ないし5は平成12年8月11日付けの報告書であり,同号証の6は2000年(平成12年)8月付けの技術報告であって,両書証は,本件出願前に公知となっていないことは明らかであって,上記結果は,圧延鋼板やこれを基体とするメッキ板材については,一般的には,Δrの絶対値を小さくすれば耳が小さくなると本件出願当時の当業者が理解していた旨の前記認定を左右するに足りるものではない。
また,本件出願前に当業者は種々の金属についてΔr値と耳率や耳の大きさの程度とを測定し得る状況にあったことは,本件証拠から明らかではあるが,少なくとも測定条件の一つである上記試料が本件出願前に当業者が容易に入手することができるような状況にあったかは判然とせず,本件出願前に当業者が上記と同じ結果が得られたとの理由はなく,さらに,仮に,本件出願前に当業者に上記と同じ結果が得られたとしても,これらはチタン材やアルミ材についてのものであり,前記の圧延鋼板やこれを基体とするメッキ板材についてのものではないのであって,前判示の本件出願当時の当業者の理解に関する認定を覆すに足りるものではない。
(3) 次に,Δrを±0.15以下とすることの容易想到性についてみる。
刊行物3(甲第4号証)及び「特開平2-267242号公報」(乙第1号証)においては,以下の記載が認められる。
ア 「Δrが作り出される原因も集合組織にある。前出図9.30に示すように(110)面あるいは(211)面が多く存在するほど面内方向性が大きくなる。
これは微細析出物を多く含むTiあるいはNb添加鋼で著しい。その例を図9.37に示す。」(甲第4号証445頁12〜14行及び同頁の図9.37) イ 「本発明は,プレス加工性,プレス加工後の肌荒れ性,イヤリング性に優れた低炭素アルミニウムキルド冷延鋼板及びその製造方法に関する。」(乙第1号証1頁右下欄12〜14行) ウ 「次に本発明の実施例を説明する。
第1表に示す本発明の限定範囲成分の溶鋼1,2及びAl量が本発明範囲をはずれた成分の溶鋼3,4を連続鋳造して得た鋳片を,第2表に示す熱延条件で熱間圧延し熱延コイルとした。そして通常の方法で酸洗し,冷間圧下率87%で板圧が0.25mmとなるよう冷間圧延し箱焼鈍炉で焼鈍した。焼鈍条件はN2:95%,H 2:5%(露点-30℃)雰囲気で均熱炉温を640℃とし5時間均熱の後32時間炉冷した。そして1%の調質圧延を施すことで製品とし各種特性を調査し,調査結果は第2表に示した。」(乙第1号証4頁左上欄9〜末行並びに5頁の第1表及び第2表) 上記アによれば,刊行物3の図9.37を参酌すると,キルド鋼各種において,また,前記(1)イ(イ)(オ)によれば,刊行物4の図5を参酌するとブリキ板において,さらに,上記イ及びウによれば,乙第1号証の第2表を参酌すると,低炭素アルミニウムキルド冷延鋼板各種において,Δrの絶対値が0.15以下のものを含め,種々の値のものが得られることがうかがわれ,本件出願前において,圧延鋼板やこれを基体とするメッキ板材としてΔrの絶対値が0.15以下のものの得られていたことが認められるから,圧延鋼板を基体とするメッキ板材である刊行物1発明におけるニッケルメッキ鋼板においても,各種のものとすることにより,Δrの絶対値が0.15以下のものを得ることは,本件出願前において技術的には可能であったことが推認される。
そして,前記(1)に判示したとおり,刊行物1発明におけるニッケルメッキ鋼板として,Δrの絶対値が小さいものを採用しようとすることは容易になし得るものであって,しかも,その絶対値は,前記(1)で説示した問題である材料歩どまりをどの程度にするかといった,製品の所望により適宜に設定することができるものといえるから,これを0.15とし,Δrを±0.15以下とすることは容易になし得るものであって,これと同旨の判断をした本件決定に誤りはない。
(4) さらに,Δrを±0.15以下とすることの臨界的な意義について検討する。
原告は,甲第9及び第10号証を示し,訂正発明2はΔrを±0.15以下とすることに臨界的な意義があり,顕著な効果を有するのであって,その効果は予想し得るものではなく,決定はこの効果を看過するものであると主張する。
しかし,以下に検討するように,この主張は採用することができない。
ア 原告は,「甲第9号証(参考図)は,イヤリング率の良品限界線とΔrの関係を示すグラフを提示するものであり,Δrを±0.15以下にするとイヤリングの発生率が急減することが数値データのプロット点で示されており,良品限界線をイヤリング率3.2%以下とした場合に,不良品の発生を抑えることができることを示している。」と主張する。
しかしながら,上記データが訂正明細書の記載に裏付けられたものであるかの検討はひとまずおくとして,少なくとも,甲第9号証からは,Δrが±0.15を境に,発生する耳の大きさに顕著な変化を見て取ることはできず,Δrを±0.15以下とすることに臨界的な意義があるとはいえず,むしろ,Δrの絶対値を小さくすれば耳が小さくなること,すなわち,前判示の本件出願当時の当業者の理解が認められるだけであり,そして,このような効果は当業者が予測し得るものであることはいうまでもないことである。
イ 原告は,甲第10号証は甲第9号証のデータを別の視点から評価したもので,これによれば,Δrが±0.15より小さい場合,標準偏差は0.098となっているが,Δrが±0.15より大きくなると,標準偏差は0.3以上となり,Δr=±0.15を境界として,標準偏差に3倍の開きが生じていることが分かり,そして,このことは,Δrが±0.15以下ではイヤリング率のばらつきが小さく,再現性のよい加工仕上がりを期待することができるのに対し,Δrが±0.15以上ではばらつきが大きくなるため,再現性のよい加工仕上がりを期待することはできないという顕著な効果を主張する。
しかしながら,アで説示したのと同じく,上記データが訂正明細書の記載に裏付けられたものであるかの検討は,ひとまずおくとして,甲第10号証から原告主張どおり顕著な効果がいえるとしても,甲第17号証の訂正明細書(平成12年9月22日付け)には,次の記載がみられる。
「【0046】 【発明の効果】 以上の説明より明らかなように,本発明によれば,冷延鋼板の両面にニッケルメッキを施したニッケルメッキ鋼板を,DI絞り加工で上端開口の円筒形状の電池用缶とするものにおいて,缶周壁内面となる面に,DI絞り時に表面に発生した多数の割れを有する硬質メッキ層を備えているため,缶中空部に充填する充填材との接触面積が増大し,接触抵抗が低下して,電池特性を向上させることが出来る。また,DI絞り加工で電池用缶を形成するため,周壁の厚さを従来の順送りプレス方法による場合と比較して1/2以下にすることができ,この周壁の薄肉分だけ中空部の容積を増大させることが出来る。よって,中空部に充填する充填材を増量して電池のパワーアップを図ることが出来る。
【0047】 また,この電池用缶の形成材料では,その長さ方向,長さ方向と直交する横方向及び斜め方向のランクフォード値の差を±0.15以下として,伸び率を一定としているため,電池用缶とするためにDI絞り加工する際,開口端縁にイヤリングが発生するのを防止でき,材料の歩停まりを良くして,コストダウンを図ることが出来るとともに,金型の耐久性を向上することが出来る。
【0048】 さらに,上記缶形成材料の缶周壁内面となる面に硬質メッキ層を設けているため,絞り加工時に引き延ばし加工される際,硬質メッキ層に縦,横,斜め方向等のランダム方向の割れ(言わば, 楔模様の割れ)が発生し, この割れにより缶周壁内面の表面積が増大し, 上記充填材との接触抵抗が低下して電池特性を飛躍的に向上させることが出来る。
【0049】 さらに,上記缶形成材料の缶周壁の最外面となる面に光沢メッキ層を設けると,あるいは調質圧延の圧下条件により光沢を与えると電池用缶の外観が良好となる。また,冷延鋼板の両面に薄肉にFe-Ni拡散層を成形した場合には,さらに,耐食性,電池特性の点で優れたものとすることが出来る。」(14頁下から2行〜15頁下から4行) 以上によれば,Δrを±0.15以下とすることにより,イヤリングが発生するのを防止することができ,材料の歩どまりを良くして,コストダウンを図ることができるとともに,金型の耐久性を向上することができることが記載されているものの,イヤリング率のばらつきが小さくなることや,再現性のよい加工仕上がりが期待できるという効果については記載がなく,原告の主張は,訂正明細書の記載に基づくものでないのであるから,本件決定が上記効果を看過した違法があるということはできない。
(5) なお,原告は,準備書面(第3回)において,主張を整理ないし補正した。
これにより,前記第3に摘示した主張以外は実質的に撤回されたものと解される。
ちなみに,撤回されたものと解される主張は,本件決定が,相違点aの構成を有することが当業者にとって容易に想到し得ることかどうかについて,まず,イヤリングの発生を防止するための指標としてΔrを採用することが当業者にとって容易かどうかを判断し,そのことが容易であるとされた場合に,Δrの限界値を±0.15とすることが容易かどうかを判断するという順序で検討しており,その過程においても,引用された刊行物記載の発明から直ちにΔrの値を導くなどのことはしていないものと解されるのであるから,いずれも取消事由としては採用し得るものではない。また,原告の主張中には,本件決定の補足的説示部分(決定書7頁16行ないし8頁30行)に対する非難をするものもあるが,いずれも決定の結論を覆すに足りるものとは認められない。
(6) 以上,いずれにしても,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(訂正発明4に関する判断の誤り)について 訂正発明4は,前記のとおりであり,訂正発明2が電池用缶の発明であるのに対し,訂正発明は,訂正発明2の電池用缶の形成材料に関するものである。そして,原告の主張及び被告の反論は,前記のとおり,取消事由1のものがそのまま当てはまるものである。
そこで,前記1に判示した取消事由1に対する当裁判所の判断に照らせば,原告による取消事由2の主張は,理由がないことが明らかである。
3 取消事由3(本件発明2,4に関する判断の誤り)について 本件発明2は,前記のとおりであり,訂正発明2で「ニッケルメッキ」となっている部分が,本件発明2では「メッキ」となっているほかは,構成が一致している。また,本件発明4は,前記のとおりであり,訂正発明4で「ニッケルメッキ」となっている部分が,本件発明4では「メッキ」となっているほかは,構成が一致している。
このような関係から,原告,被告の主張も前記のとおり,取消事由1,2と実質的に同旨のものとなっている。
当裁判所の判断としても,前記1の取消事由1の部分で説示したところに照らせば,本件発明2,4について,当業者が容易に発明をすることができたとする本件決定の認定判断は是認し得るものであって,原告による取消事由3の主張は,理由がないことが明らかである。
4 取消事由4(本件発明6に関する判断の誤り)について 原告は,本件決定が,相違点dに係る本件発明6の構成を採用することに,特に困難性があるものではなく,本件発明6は,刊行物1,3,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした判断は誤りであると主張する。そして,刊行物4は,スチールDI缶に関するものであり,その図4は,ブリキ材のr値と限界絞り比の関係を示したものであって,ブリキ材は,鉄に錫メッキを施したもので,錫の伸び率は95%であり,融点が低いためにDI絞り加工時に流体化して潤滑剤の役割を果たし,ブリキは伸びも大きくプレス成形性が良いが,電池缶としては用いることはできないとし,電池缶形成材料を対象とする本件発明6には図4は何らの示唆も与えないと主張するので,以下,検討する。
(1) 前記のとおり,本件発明6は,「上記メッキ鋼板の縦方向,横方向,及び斜め方向の各ランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の平均が1.2以上である請求項3乃至請求項5のいずれか1項に記載の電池用缶の形成材料。」(甲第2号証の【請求項6】)と特定される。そして,ここで引用されている請求項4は,「冷延鋼板の両面にメッキを施したメッキ鋼板からなり,DI絞り加工で電池用缶を形成するために用いられるもので,上記メッキ鋼板の縦方向,横方向,及び斜め方向のランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の差を±0.15以下に設定し,その長さ方向,長さ方向と直交する横方向及び斜め方向の伸び率がほぼ一定に設定していることを特徴とする電池用缶の形成材料。」(甲第2号証の【請求項4】)と特定される。
そして,前記1の(1),イで判示した(ア)(甲第4号証396頁1〜4行)によると,平均r値()とは以下の式で表されるものであることが認められる。
さらに,「日本工業規格,JIS,Z2254-1996」(甲第7号証の7)には,以下の記載がある。
「2.用語の定義・・・。
(2)塑性ひずみ比 板状引張試験片に単軸引張応力を加えることによって生じた,試験片の幅方向真ひずみと厚さ方向真ひずみとの比。r値又はランクフォード値ともいい,式(1)によって定義する。
r= ・・・(1) ここに,εw :幅方向の真ひずみ εt :厚さ方向の真ひずみ ・・・ (3)平均塑性ひずみ比 試験片を板面の圧延方向に対し平行,45°及び90°の各方向から採取し測定した塑性ひずみ比を用いて,式(3)によって求めた加重平均値。
ここに,r0:試験片を板面の圧延方向に対し平行に採取し測定した塑性ひずみ比 r45 :試験片を板面の圧延方向に対し45°方向に採取し測定した塑性ひずみ比 r90 :試験片を板面の圧延方向に対し90°方向に採取し測定した塑性ひずみ比」(1頁下から9行〜2頁11行) この記載によれば,平均塑性ひずみ比,すなわち,平均ランクフォード値の定義は,1996年に日本工業規格として制定され,同年までには,規格となるほどに成熟した技術的理解であったことがうかがえること,また,上記の1(1)イ(ア)によるの定義,すなわち,本件出願前におけるものと,上記制定された の定義とが一致していると認められることから,ランクフォード値の平均については,以下の式で定義されるが,本件出願当時に技術常識にあったものと認められる。
そして,本件明細書には,本件発明6を特定する「縦方向,横方向,及び斜め方向の各ランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の平均」の定義について具体的に説明がないものの,上記技術常識からして,上記「縦方向,横方向,及び斜め方向の各ランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の平均」とは,上記のrを意味しているものと認められる。
さらに,本件明細書には,甲第2号証によると,以下の記載が認められる。
「【0008】・・・, イヤリング発生防止のためには,長さ方向, 横方向,斜め方向のランクホード値の差が±0.15以下が望ましく, ±0.15以上になるとイヤリングが発生しやすい。また。上記各ランクホード値が平均1.2以上とすることが好ましい。しかしながら,平均ランクホード値を上記1.2以上とするとともに長さ方向, 横方向, 斜め方向のランクホード値の差を±0.15以下とすることは極めて困難で,従来は達成されていなかった。」(2頁4欄47行〜3頁5欄6行) 「【0021】 【作用】・・・。
【0022】・・・,長さ方向,横方向及び斜め方向のランクフォード値の差を±0.15以下として伸び率をほぼ一定としていること,各ランクフォード値を平均1.2以上としているため,絞り性が良く,開口端縁にイヤリングが発生するのを防止出来る。」(4頁7欄4〜17行) これらの記載によると,本件発明6は,を1.2以上とすることにより,絞り性が良く開口端縁にイヤリングが発生するのを防止できるという作用を奏すること,及びΔrを±0.15以下とするとともに,を1.2以上とすることは極めて困難であり,このことを達成し得たことに技術的意義を持つものとして記載されていることがうかがえる。
(2) 前記1(1)で説示したように,刊行物1には刊行物1発明,すなわち,「冷延鋼板の内外両面にニッケルメッキを施したニッケルメッキ鋼板を,DI絞り加工で形成した一端開口の筒形状の電池用缶」が記載されていることが認められる。そして,前記1で説示したように,刊行物1発明におけるニッケルメッキ鋼板としてΔrを±0.15以下のものを採用することも容易になし得るものである。
しかしながら,刊行物1発明におけるニッケルメッキ鋼板としてΔrを±0.15以下のものであって,さらに,を1.2以上とすることが容易になし得るとの根拠を刊行物1,3,4の記載に見いだすことはできず,本件決定の「本件発明6は,刊行物1,3,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」との判断は誤りであるといわざるを得ない。
(3) 被告は,原告が主張するように,ブリキ材(錫メッキ鋼板)は,本件発明6のメッキ鋼板に含まれないとしても,ブリキ材でも他のメッキ鋼板でも,イヤリングの発生はベースとなる鋼板の特性に大きく依存するものであるから,ブリキ材のDI絞り加工において認識されているランクフォード値(r値)の影響が,他のメッキ鋼板の場合にも当てはまることは当然予想し得ることであって,電池缶形成材料を対象とする本件発明6には図4は何らの示唆も与えないとする原告の主張は失当であると主張する。そして,本件決定においては,「スチールDI用素材もカッピングでのカップ破断を避けるためには,L.D.R.=2.0以上を具備する必要があることが記載され,図4には,L.D.R.=2.0以上で,r値が1.2以上であることが示されている。」(決定書13頁35〜38行)とされている。要するに,被告は,刊行物4(甲第5号証)の図4の記載からを1.2以上とすることが容易になし得ると主張するものである。
しかし,以下のとおり,被告のこの主張は,採用することができない。
すなわち,甲第5号証によると,刊行物4には以下の記載が認められる。
「スチールDI缶用素材の多くは板厚0.33mm前後の調質度T-1ブリキ材が使用されている。」(46頁左欄5〜6行) 「スチールDI缶用素材の絞り性については,カップ成形の際に限界絞り比(L.D.R.)が高いことと,耳の発生が少ないことが要件となり,塑性ひずみ(r値)あるいは面内異方性(Δr値)に対して考慮が必要である。図4はブリキ材のr値と限界絞り比の関係を示したものであるが,ブリキ材においてもr値の絞り性に与える影響は大きく,特に鋼種によって著しく絞り性が異なることが示されている。通常,製造されているブリキ材の中にあっては,r値の高い調質度T-1クラスでL.D.R.=2.3,T-4クラスでr値の低いもので1.7程度の絞り性能を示すようである。スチールDI用素材もカッピングでのカップ破断などを避けるためには,L.D.R.=2.0以上を具備する必要がある。また,r値によって容器の缶径精度と端部の耳発生に多大な影響を与えることは周知のことである。」(46頁左欄下から3行〜右欄15行及び同頁の図4) これらの記載によると,ブリキ材をDI絞り加工する際にはL.D.R.を2.0以上とする必要があること,また,図4を参照するとr値が大きいほどL.D.R.も大きいことがうかがえる。そして,前記(1)で説示したことから明らかなようにr値には,代表的には,試験片を板面の圧延方向に対して平行に採取し測定したr0゜ ,同じく圧延方向に対して45゜に採取し測定したr45° ,同じく90゜に採取し測定したr90° があって,「r値」という表現では,その技術的意味を厳密には表現し得ないこと,また,「材料とプロセス,Vol.2,NO.5,平成元年9月1日,社団法人日本鉄鋼協会発行」(甲第7号証の3)には「亜鉛めっき鋼板のLDRはr値だけでは整理できない。めっき層が地鉄を拘束することによりr値が低下するが,冷薄並の深絞り性を示すめっき鋼板(GA,EL,Eめっき材)もある(Fig1)。」(21〜22行)の記載及び同頁にFig1図の掲載があり,これらによると,本件出願前に,L.D.Rとの関係を示すr値としてを採用していることから,上記図4に示されたr値はと理解することができ,結局,刊行物4には 値が大きいほどL.D.R.も大きいことが示唆されているといえる。そして,図4には具体的に,L.D.R.が2.0以上のものとして,具体的なブリキ材の存在することが認められるものの,このもののΔrが±0.15以下のものであるとする理由は見当たらない。しかも,上記図4に係る知見はブリキ材についてのものであり,この知見に関わりなく,冷延鋼板の内外両面にニッケルメッキを施したニッケルメッキ鋼板において,が1.2以上であって,しかもΔrが±0.15以下のものは刊行物4に記載がないのは明らかである。刊行物4の記載に基づいて,刊行物1発明における,冷延鋼板の内外両面にニッケルメッキを施したニッケルメッキ鋼板として,が1.2以上のものを採用することが容易になし得るとはいい難い。
(4) 以上によれば,本件決定が,本件発明6について,刊行物1,3,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした認定判断には誤りがあり,違法としてこの部分の取消を免れない。
5 取消事由5(本件発明7に関する判断の誤り)について 原告は,本件決定が「光沢メッキは刊行物7に記載されているように適宜採用できるものであること,及び電池の外観を向上するためには外観が優れる光沢メッキを缶周壁外面となる面に備える必要があることは当業者にとって周知のことであるから,本件発明7の「メッキ鋼板の絞り加工で缶周壁外面となる面に,光沢メッキ層を備えている」ことは,当業者が適宜なし得ることである。」との判断が誤りであると主張するので,以下に検討する。
(1) 前記のとおり,本件発明7は,「上記メッキ鋼板の絞り加工で缶周壁外面となる面に,光沢メッキ層を備えている請求項3乃至請求項6いずれか1項に記載の電池用缶の形成材料。」(甲第2号証の【請求項7】)と特定される。そして,引用されている請求項4は,「冷延鋼板の両面にメッキを施したメッキ鋼板からなり,DI絞り加工で電池用缶を形成するために用いられるもので,上記メッキ鋼板の縦方向,横方向,及び斜め方向のランクフォード値(幅方向の変形度/板厚方向の変形度)の差を±0.15以下に設定し,その長さ方向,長さ方向と直交する横方向及び斜め方向の伸び率がほぼ一定に設定していることを特徴とする電池用缶の形成材料。」(甲第2号証の【請求項4】)と特定される。
そして,甲第6号証によると,刊行物7には以下の記載が認められる。
「2.特許請求の範囲 (1)鋼板の表裏面にNi拡散層を有し,一方の面のNi拡散層がNi換算で2〜10g/m2,他方の面のNi拡散層がNi換算で2g/m2未満であることを特徴とするNi拡散処理鋼板。
(2)請求項(1)のNi拡散処理鋼板の表裏面のNi拡散層上にNiメッキ層を有してなることを特徴とするNiメッキ鋼板。」(1頁左下欄5〜12行) 「本発明は,深絞り加工を施す大半の各種家電部品,例えば乾電池内装缶のようにプレス加工性が厳しく要求され,かつプレス加工後製品の内面又は外面のいずれか一方に優れた耐食性が要求されるような用途において,最適なNiメッキ鋼板及びその製造方法,ならびに上記Niメッキ鋼板の素材となるNi拡散処理鋼板に関するものである。」(1頁右下欄1〜8行) 「本発明法は,鋼板表裏面にそれぞれ2〜10g/m2,2g/m2未満のNiメッキを施した後,加熱してメッキしたNiを鋼中に拡散浸透させNiメッキ層を消失させたNi拡散層を形成した後,再度Niメッキを行うものである。
Niメッキ層を消失させたNi拡散層の形成は,厚Niメッキ層のNiが実質的に鋼中に拡散浸透する加熱処理条件を採用することにより,薄Niメッキ層のNiが実質的に鋼中に拡散浸透して行われる。また鋼板として未焼鈍鋼板を用いる場合,焼鈍と上記加熱拡散処理を同時に行うことができる。
このようにNi拡散層を得るためのNiメッキ工程と,Ni拡散層上のNiメッキ層を得るためのNiメッキ工程を別々に分けることにより,鋼板表裏に異なるNi拡散量のNi拡散層を極めて容易に形成可能であり,またNi拡散層とNiメッキ層を別々に形成するため,Niメッキ層は光沢Niメッキ,黒色Niメッキ等その用途によって適宜選択できるようになり,応用範囲も拡大する。」(3頁左上欄13行〜右上欄13行) (2) 以上の記載によると,鋼板の表裏面にNi拡散層を有し,一方の面のNi拡散層がNi換算で2〜10g/m2,他方の面のNi拡散層がNi換算で2g/m2未満であるNi拡散処理鋼板において,その表裏面のNi拡散層上にNiメッキ層を有するNiメッキ鋼板(以下,「刊行物7鋼板」という。)が特許を受けようとする発明として記載され,上記Niメッキ層を光沢Niメッキとすることが用途に応じて適宜選択し得るものとして記載されていることが認められる。一方,前記1(1)で判示したように,刊行物1には刊行物1発明,すなわち,「冷延鋼板の内外両面にニッケルメッキを施したニッケルメッキ鋼板を,DI絞り加工で形成した一端開口の筒形状の電池用缶」が記載されている。そして,電池用缶についても,その製品の所望により,その缶周壁外面に光沢を持たせようとすることは普通に考慮される事柄であり,刊行物7には,刊行物7鋼板に係ることとはいえ,Niメッキ層を光沢Niメッキとすることが用途に応じて適宜選択し得るものとして記載されているから,刊行物1発明における,電池用缶の形成材料を構成するニッケルメッキとして,光沢Niメッキを採用することは容易になし得るものである。さらに,先に前記1で説示したように,刊行物1発明におけるニッケルメッキ鋼板としてΔrを±0.15以下のものを採用することは容易になし得るものであって,前記1(3)で説示したように,キルド鋼各種,ブリキ板や低炭素アルミニウムキルド冷延鋼板各種において,Δrの絶対値が0.15以下のものを含め,種々の値のものの得られることがうかがわれるから,刊行物1発明における,電池用缶の形成材料を構成するニッケルメッキとして,光沢Niメッキを採用したからといって,Δrを±0.15以下のものを得ることが,本件出願前において技術的に可能でなかったとする理由も見当たらない。
したがって,刊行物1発明におけるニッケルメッキ鋼板としてΔrを±0.15以下のものを採用し,ニッケルメッキ鋼板のニッケルメッキとして光沢Niメッキを採用することも容易になし得るものであって,これと同旨の判断をした本件決定に誤りはない。この点に関する原告の主張は,採用することができない。
6 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由1ないし3及び5の主張はいずれも理由がないが,取消事由4の主張には理由がある。したがって,本件決定中,本件発明6(特許第2810257号の請求項6)に係る特許を取り消すとの部分は取り消されるべきであり,原告のその余の請求は棄却されるべきである。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利