関連審決 | 異議1999-71294 |
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関連ワード | 確実性 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 技術常識 / 技術的意義 / 置き換え / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 変更 / 独立特許要件 / 訂正明細書 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
57号
特許取消決定取消請求事件
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原告 松下電器産業株式会社 訴訟代理人弁護士 松尾和子,宮垣 聡 同弁理士 大塚文昭,竹内英人,倉澤伊知郎,坂口智康,小野 康英,中原健吾 被告 特許庁長官太田信一郎 指定代理人 紀本 孝,岩本正義,大野克人,林 栄二 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/10/24 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
特許庁が平成11年異議第71294号事件について平成12年12月26日にした決定を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 |
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前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「走行位置表示装置」とする特許第2809042号の発明(平成5年4月13日出願,平成10年7月31日設定登録)の特許権者であるが,この特許の請求項1,2に係る発明につき特許異議の申立てがあり(平成11年異議第71294号),原告から平成11年11月8日に訂正請求がされたが(本件訂正),平成12年12月26日「特許第2809042号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」との決定があり,その決定謄本は,平成13年1月15日原告に送達された。 2 本件発明の要旨 (1) 本件訂正請求前のもの 【請求項1】自車位置を検出する自車位置検出手段と,上記自車位置検出手段で検出された自車位置に対応する地図データ及び簡略化された高速道路上にサービスエリアやインターチェンジなどの高速道路上の施設のみの隣接関係を表した簡略地図表示用の簡略地図データを記憶する記憶手段と,上記記憶手段から読出された地図データに基づく地図と上記自車位置検出手段で検出された自車位置を表示する表示手段とを具備し,高速道路走行時に上記記憶手段から読出された簡略化地図データに基づく簡略地図を上記表示手段の表示画面の一部に同時に表示可能とするとともに,この簡略地図上に自車位置を表示することを特徴とする走行位置表示装置。 【請求項2】表示手段に表示された簡略地図に,自車位置と高速道路上の次の施設との間の距離を表示することを特徴とする請求項1記載の走行位置表示装置。 (2) 本件訂正請求に係るもの(以下,請求項1に係る発明を「訂正発明1」,同2に係る発明を「訂正発明2」という。) 【請求項1】自車位置を検出する自車位置検出手段と,上記自車位置検出手段で検出された自車位置に対応する地図データ及び簡略化された高速道路上にサービスエリアやインターチェンジなどの高速道路上の施設のみの隣接関係を表した簡略地図表示用の簡略地図データを記憶する記憶手段と,上記記憶手段から読出された地図データに基づく地図と上記自車位置検出手段で検出された自車位置を表示する表示手段とを具備し,高速道路走行時に上記記憶手段から読出された簡略化地図データに基づく簡略地図を上記表示手段の表示画面の一部に同時に表示可能とするとともに,上記地図上及び上記簡略地図上のそれぞれに自車位置を表示することを特徴とする走行位置表示装置。 【請求項2】表示手段に表示された簡略地図に,自車位置と高速道路上の次の施設との間の距離を表示することを特徴とする請求項1記載の走行位置表示装置。 3 決定の理由 別紙の決定書の写し(以下「決定書」という。)のとおりである。 その骨子は,(1) まず訂正発明1について検討し,刊行物2(特開昭61-95386号公報)に開示された技術を刊行物1(特開平3-194417号公報)のものに適用すること自体は,当業者が容易になし得るものであって,刊行物1と訂正発明1との相違点を想到することは当業者であれば適宜容易になし得たものであり,効果も格別顕著なものとも認められないとし,(2) 訂正発明2についても,訂正発明1に距離の構成が付加されたものであり,その認定判断は,上記と同様であるとし,(3) 結局,訂正発明1,2は,刊行物1,2に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件訂正請求は認められないとし,その上で,(4) 異議の対象となる本件訂正請求前の請求項1,2に係る発明について検討し,その認定判断も上記と同様であるとして,刊行物1,2に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,特許出願は拒絶されるべきであったので,その特許は取り消されるべきである,というものである。 |
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原告主張の決定取消事由の要点
(本件決定は,訂正発明1の独立特許要件につき検討し,その認定判断の内容を,訂正発明2及び本件訂正請求前の請求項1,2に係る発明についての認定判断に引用して結論を導く構造となっている。当事者の主張も,この構造を前提として,専ら訂正発明1に関する決定の認定判断の当否を論ずるものとして整理した。) 本件決定は,訂正発明1の独立特許要件について判断するに際し,相違点に関する認定及び判断(容易推考性の判断)を誤った違法があるので,取り消されるべきである。 すなわち,決定は,相違点につき,「刊行物2の車載用ナビゲータ装置は自動車等の走行位置を表示する技術に関わるものであって,その表示装置に表示される曲がり角の風景は,高速道路用の簡略地図ではないとはいえ,運転者に対して一般(通常)の道路地図とは別の運転者にとって必要な情報を与える点でも刊行物1のものと共通する」(決定書7頁),及び「刊行物1,2のものは共に所謂ナビゲーション装置に関わるものである点でその技術分野を共通にし,しかも,同時表示か切換え表示かはともかく,一般道路地図の外に使用者が必要とする情報を表示させる点でもその機能を共通にするものである以上,刊行物1に記載の発明に刊行物2に記載の発明を適用する動機付けは十分に存在するというべきである」(決定書9頁)として,「刊行物2に開示された技術を刊行物1のものに適用すること自体は,当業者が容易になし得るものというべきである。」(決定書7頁)と判断した。 しかし,刊行物1に記載の発明に刊行物2に記載の発明を適用する動機付けが存在せず,当業者といえども容易になし得ることではなく,上記の判断は誤りである。以下,具体的に主張する。 1 技術的課題の認識の欠如 (1) 訂正発明1について,次のことがいえる。 高速道路走行時,従来の走行位置表示装置では,地図の縮尺によっては,液晶ディスプレイ等表示手段上には高速道路上の自車位置を中心とする狭い範囲の地図が表示されるのみで,次のインターチェンジ,サービスエリア,パーキングエリア等が表示されないことがあり,次のインターチェンジまで表示しようとする場合には,広域切換ボタンを手動操作して広域地図に切換えなければならないという欠点があった(本件訂正明細書(乙1に添付)【0007】〜【0009】)。 訂正発明1は,上記欠点を克服するために,「通常地図(一般道路と高速道路を表した道路地図)」と「簡略地図(インターチェンジ,サービスエリア,パーキングエリア等高速道路上の施設の隣接関係を表した地図)」とを表示手段上に同時に表示することにより,通常地図の表示に基づく詳細情報と,簡略地図の表示に基づく概略情報とを同時に容易に把握し得るようにすることを目的とする(同【0010】)。 このように,訂正発明1は,車両の運転者にとって高速道路走行時,実際には簡略地図により提供される情報では不十分であるとの認識に基づき,相互に補い合うものとして,通常の地図と簡略地図の双方を同時に表示することを特徴とするものである。 (2) 刊行物1(甲3)は,高速道路走行中に通常地図と簡略地図とを切換え表示するもので,一般道路走行中と高速道路走行中とでは,運転者が必要とする情報は異なるとの認識に基づき,一般道路走行中は通常地図を,高速道路走行中は簡略地図をそれぞれ表示するという,双方の地図を走行する道路毎に使い分けることを前提とするものである。つまり,高速道路走行中は,簡略地図の表示のみで必要な情報は十分に提供されるものであって,これを通常地図と同時に表示する必要はないという基本的思想によるものである。よって,刊行物1は,訂正発明1の高速道路走行中に通常地図と簡略地図の双方を同時表示するものとは異なる思想に基づくものである。 (3) 刊行物2(甲4)は,上空から見た一般道路地図は一瞥しただけでは現在地点を認識しにくいという欠点を解消するために,道路地図に加えて,曲がり角等の現在地付近の状況(風景)の立体的な図を同時表示又は切換え表示するものである。 しかし,このような表示が高速道路走行時の表示である旨の記載はない。また,同時表示するとしても,通常の地図を主たる情報源として,自動車が所定の場所の近傍に存在する短時間内だけ,風景画像を同時表示又は切換え表示して,通常の地図上での自動車位置の確認を補佐するためのものにすぎない。 このように,刊行物2は,高速道路走行時の運転者の便宜など全く念頭においていないばかりか,同時表示する情報も道路地図に付随する情報にすぎないので,訂正発明1の高速道路走行時に通常地図と簡略地図とを同時表示するものとは異なる思想に基づくものである。 (4) 以上,刊行物1及び刊行物2のいずれにも,高速道路走行時に通常地図と簡略地図との双方が運転者に必要な情報であるとの訂正発明1の認識がないものであり,この認識がない限り,刊行物1と刊行物2を組み合わせることは困難である。 (5) 被告は,刊行物1(甲3)の切換え装置が,高速道路の走行中であっても,高速道路が表示される通常の地図も使用者にとって必要な情報であるとの認識に基づいている旨を主張する。 しかし,この主張は,刊行物1の明細書の記載に合致しないばかりか,高速道路走行中に運転者に通常地図と簡略地図とを切り換えながら,現在位置を確認する操作を期待するのは,現実的でなく,危険な操作を強いるものであって,刊行物1は,高速道路走行中に簡略地図を表示すれば足りるという思想に基づくものであると解するのが合理的で自然である。被告の主張は失当である。 (6) 被告は,刊行物2(甲4)の地図と風景を表示装置に同時に表示する技術的意義は,地図と風景とを別々に表示する例の欠点(甲9のように表示装置に複数の異なる地図を切換え表示する使い勝手の悪さという欠点)を回避し,車両の走行案内を向上させるためであることは,当業者の技術常識である旨を主張する。 甲第9号証は,複数の異なる地図を表示するものである。しかし,刊行物2は,通常の地図と所定の場所における風景画像を表示するもので,風景は地図ではない上,所定場所近傍に自動車が存在する間しか表示する意味がない点で,甲第9号証とは表示内容が異なるものであるから,甲第9号証を参照することは当を得ない。 また,風景画像が曲がり角ないし交差点の風景のときは切換え表示の方が使い勝手がよく,それが交通案内標識のときは同時表示の方が使い勝手がよいのであって,一律に切換え表示の方が使い勝手が悪いわけではない。そうであるからこそ,刊行物2には,切換え表示と同時表示とが併記される一方でそれらの優劣については記載されていない。刊行物2には,表示情報の内容が何であるかに係わらず,一般的に,切換え表示が不便であるから同時表示が好ましいという技術思想も開示されていない。被告の主張は失当である。 2 「運転者にとって必要な情報」の判断の誤り 決定は,刊行物1の通常の地図及び簡略地図並びに刊行物2における通常の地図及び所定の場所の風景画像は,いずれも「運転者にとって必要な情報」であると抽象化して一括し,刊行物2には運転者に必要な情報を切換え表示及び同時表示という双方の表示方式によって表示する技術が開示されていると解釈し,刊行物1と2を組み合わせることによって通常の地図と簡略地図とを同時表示する訂正発明1は当業者が容易に推考することができると結論しているが,誤っている。 ある情報をどのように表示すれば,情報の使用者の役に立つのかということは,当該情報の内容に依存するものである。また,ある文献に開示された技術内容を,具体的開示から導かれる合理的範囲に一般化・抽象化して把握することは,決して不当なことではないが,かかる一般化・抽象化が合理的と認められる範囲は,当該技術によって解決される課題によって一定の限界が付されるのであって,当該技術と全く関係のない事項にまで無制限に一般化・抽象化して当該技術の内容を拡大解釈することは許されない。 しかし,決定は,刊行物2につき「運転者に対して一般(通常)の道路地図とは別の運転者にとって必要な情報を与える点でも刊行物1のものと共通する」と判断しているが,刊行物1に開示された走行位置表示装置に表示された通常の地図と簡略地図,並びに刊行物2に開示された走行位置表示装置に表示される所定の場所における風景画像につき,それらによって表示される個々の具体的情報内容(前記のとおり,互いに同一視できるようなものではない)を捨象し,単に「運転者にとって必要な情報」というレベルに抽象化して,そのようなものとして一括してとらえる点に根本的な誤りがある。運転者に必要な情報を同時表示することが刊行物2に開示されていると解釈するのは,刊行物2の具体的開示から導かれる合理的な範囲を超えた抽象化であって,到底許容し得ない。 3 刊行物1と2の開示内容に照らして,両者を組み合わせるとすれば,当業者は,高速道路の簡略地図と,曲がり角等の立体図とを同時に表示するとの構成に想到するだけであって,通常の地図と高速道路の簡略地図の双方を同時に表示するとの構成に想到するものではない。 |
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被告の反論の要点
1 技術的課題の認識の欠如の主張に対し (1) 原告は,刊行物1は,一般道路走行中と高速道路走行中とでは,運転者が必要とする情報は異なるとの認識に基づき,一般道路走行中は通常地図を,高速道路走行中は簡略地図というように,走行する道路毎に使い分けることを前提とし,高速道路走行中は,簡略地図の表示のみで必要な情報は十分であり,これを通常地図と同時に表示する必要はないという基本的思想によるものであるから,刊行物1は,高速道路走行時に通常地図と簡略地図の双方を同時表示する訂正発明1とは異なる思想に基づくものであるとの趣旨を主張する。 しかし,以下のとおり,決定の認定判断は正当であり,原告の上記主張は理由がない。 ア 訂正発明1の訂正明細書(乙1に添付)の段落【0009】,【0010】の記載によれば,訂正発明1が地図データに基づくデータ(通常の地図)と簡略化データに基づく簡略地図を同時に表示可能にした構成を採用したのは,表示画面を切り換えて表示する欠点を回避し,運転者が地図データに基づく詳細情報と簡略地図表示による概略情報とを同時に容易に把握し得るようにするものであることが分かる。 イ 甲第3号証の記載によれば,刊行物1のナビゲーション装置は,自動車が高速道路を走行中に使用者の意志・希望(一般モードキーあるいは高速モードキーの操作)により一般モード(高速道路走行中は高速道路が表示される,第2図(a))と高速モード(第2図(b)(c))とを切り換えることができるものであることは明らかであって,この切換え表示は高速道路の走行中であっても高速道路が表示される一般モードも使用者にとって必要な情報であるとの認識に基づいていると解することができる。そして,刊行物1(甲3)の高速道路が表示される一般モードと高速モードとは表示の仕方(切換え表示するか同時に表示するか)は別にして訂正発明1の地図データに基づく地図と簡略化地図データに基づく簡略地図とその技術的意義において変わるところはない。 そして,刊行物1(甲3)には,高速道路走行中は「簡略地図が必要にして十分な情報を提供する地図であって,これを表示すれば,一般道路地図は不要である」ということを示す記載箇所は何ら見当たらず,かえって,高速道路走行中に高速モードと一般モードとを相互に補い合うものとして切換え表示するとの技術思想を読み取ることができる。 以上のように,刊行物1(甲3)の切換え装置は,高速道路の走行中であっても,高速道路が表示される通常の地図も使用者にとって必要な情報であるとの認識に基づいているものと解することができる。 ウ 刊行物2(甲4)は,地図と風景を表示装置に同時に表示する例についてその技術的意義につき明記するところはないが,地図と風景とを別々に表示する例の欠点(甲9のように表示装置に複数の異なる地図を切換え表示する使い勝手の悪さという欠点)を回避し,車両の走行案内を向上させるためであることは,当業者が技術常識として認識し得るところである。 そして,決定が,刊行物2(甲4)につき,「該刊行物2の車載用ナビゲータ装置は自動車等の走行位置を表示する技術に関わるものであって,その表示装置に表示される曲がり角の風景は,高速道路用の簡略地図ではないとはいえ,運転者に対して一般(通常)の道路地図とは別の運転者にとって必要な情報を与える点でも刊行物1のものと共通する」(甲1の7頁)とした認定は,訂正発明1の出願時の上記技術常識(技術水準)を前提としているのである。 この点に関して,原告は,風景画像が曲がり角ないし交差点の風景のときは切換え表示の方が使い勝手がよく,交通案内標識のときは同時表示の方が使い勝手がよいのであって,一律に切換え表示の方が使い勝手が悪いわけではないから,刊行物2には,一般的に,切換え表示が不便であるから同時表示が好ましいという技術思想が開示されているわけではない旨を主張するが,刊行物2(甲4)には,原告が主張するような曲がり角等の風景は切換え表示が使い勝手がよく,交通案内標識は同時表示が使い勝手がよい旨の記載はなく,このように解することが合理的であることを示唆する記載もない。 エ そうすると,刊行物1(甲3)は,車両が高速道路を走行中に高速道路を表示する一般モードと高速モードを表示できるものであって,その表示の仕方は,刊行物2(甲4)が表示装置に対する表示の仕方の1つとして示す切換え表示と同じであり,そして,刊行物2(甲4)は,表示の仕方としてさらに2つの表示内容を同時に表示することも示しているのであるから,刊行物1(甲3)及び刊行物2(甲4)に接した当業者であれば,刊行物1(甲3)の高速道路を表示する一般モードと高速モードの表示の仕方として,高速道路を表示する一般モードと高速モードを同時に表示することは容易に想到し得るものというべきである。 (2) 原告は,高速道路走行中に運転者に通常地図と簡略地図とを切り換えながら現在位置を確認する操作を期待するのは,現実的でなく,危険な操作を強いるものであるから,刊行物1(甲3)の切換え装置は,高速道路の走行中であっても,高速道路が表示される通常の地図も使用者にとって必要な情報であるとの認識に基づいているとの被告の主張は誤りであると主張する。 しかし,高速道路走行中に車載オーディオ装置等の機器の操作キーを押すことは日常的に経験することであって,使用者に危険な操作を強いるものであるとまではいうことができず,刊行物1の操作装置(高速モードキー,一般モードキー)もこれらのことを前提に設けられているとものと解される。原告の主張は失当である。 2 「運転者にとって必要な情報」の判断の誤りとの主張に対し 原告は,決定について,刊行物1の簡略地図と刊行物2の風景画像が表示情報の内容において同一視することができるものではないのに,これらの情報を「運転者にとって必要な情報」と抽象化し,刊行物2の開示をもって,「運転者に対して一般(通常)の道路地図とは別の運転者にとって必要な情報を与える点でも刊行物1のものと共通する」と認定したのは,抽象化自体が合理的な範囲を超えたものとして誤りがあるほか,刊行物2の開示を広くとらえすぎており失当である旨を主張する。 しかし,以下のとおり,この主張は失当である。 (1) 決定が刊行物2(甲4)を引用した趣旨は,刊行物1(甲3)の一般モードと高速モードとを切換え表示する構成から,一般モードと高速モードとを同時表示する構成を導き出せるかとの判断の資料として,「分割された2つの表示画面に運転者にとって必要な情報を同時に表示する技術思想」が既に知られたものであることを立証するためである。 ところで,甲第5号証及び甲第9号証にも示されているように,上記技術思想は訂正発明1の出願時の技術水準として把握することができる。そして,刊行物2(甲4)には,上記技術思想を一般道路地図と曲がり角の風景情報以外の使用者にとって必要な情報の表示に適用することができないとする技術的理由は見当たらない。 したがって,この限りにおいては,刊行物2(甲4)を「運転者に対して一般(通常)の道路地図とは別の運転者にとって必要な情報を与える」ものと認定しても,刊行物2(甲4)の開示を広くとらえすぎているなどという非難は当たらない。 (2) また,刊行物1(甲3)の一般モードと高速モードとは,車両の走行案内を向上させるために運転者にとって必要な情報であるとの観点では刊行物2(甲4)と同じであり,そうすると,決定の「運転者に対して一般(通常)の道路地図とは別の運転者にとって必要な情報を与える点でも刊行物1のものと共通する」(甲1の7頁)との認定に誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 本件における容易推考性について検討する。 (1) 刊行物1(甲3)には,以下の記載がある。 ・ 「この発明は,走行情報表示装置に関し,例えば…ナビゲーションシステムなどで用いられるものに関する。」(1頁右下欄) ・ 「従来の走行情報表示装置では,高速道路などの自動車専用道路走行中でも一般道路走行中と同じ情報を使用者に提供するのみであった。しかし,高速道路走行中と一般道路走行中とでは使用者が必要とする情報は異なり,一般道路では詳しい地図と正確な現在位置が必要であるのに対し,高速道路ではパーキングエリア(PA),サービスエリア(SA)やインターチェンジ(IC)などの情報が必要である。このようにそれぞれに対応した情報が要求されるのであるが,従来の装置ではこのような要求に応じてはいなかった。」(2頁右上欄〜左下欄) ・ 「自動車専用道路を走行中に表示する情報と,一般道路を走行中に表示する情報とをそれぞれ提供できる走行情報表示装置を得ることを目的とする。」(2頁左下欄) ・ 「この発明の第1の発明に係る走行情報表示装置は,自動車専用道路用の情報として高速モードを表示する高速モード表示手段と,一般道路用の情報として一般モードを表示する一般モード表示手段と,モードのうちのいずれか一方のモードを表示装置に表示する制御手段を備えたものである。」(2頁右下欄) ・ 「第1の発明における走行情報表示装置は,…高速モードの画面では高速走行で必要な情報,例えばパーキングエリア(PA),サービスエリア(SA)やインターチェンジ(IC)や現在位置から各エリアまでの距離,所用時間などの情報を演算して表示する。また,一般モードの画面では,従来と同様,詳しい地図と正確な現在位置などの表示を一般モード表示手段によって表示する。」(2頁右下欄〜3頁左上欄) ・ 「一般モードの画面では,第2図(a)に示すように,一般道路(23),現在位置(25),高速道路が表示範囲にあれば高速道路(24)及び高速モードキー(20)を表示する。…車の現在位置(25)の近傍,即ち画面の表示範囲に高速道路(24)があるかどうかを判定し(ステップ30),ある場合は高速モードキー(20)を表示する(ステップ31)。この状態で使用者が高速モードキー(20)を押した時,高速モードに切り換わる。」(3頁左下欄) ・ 「ステップ30の判定により,表示画面内に高速道路(24)がないときは高速モードキー(20)は表示しない。これは限られた画面内に必要最小限の情報を表示し,例えば運転者である使用者に余分な動作をさせないようにするためである。」(3頁右下欄) ・ 「高速モード画面には,第2図(b),(c)に示すように,例えばインターチェンジ(IC),サービスエリア(SA),パーキングエリア(PA)など高速道路上の車の現在位置から一定範囲内の主要となる名称のみを記述した専用の地図を表示し,高速道路優先にマップマッチングなどの処理を行って車の現在位置 (25)表示する。…さらに,この画面には一般モードキー(21)が表示されており,高速モードの解除はこの一般モードキー(21)を選択することで,一般モード画面に変更できる」(4頁左上欄,左下欄) ・ 「この実施例では自動車専用道路を走行中に必要な情報と,一般道路を走行中に必要な情報とをそれぞれ提供でき,高速モードを別に構成したことにより高速道路優先のマップマッチング処理を行うことができ,ナビゲーションの確実性が増す。さらに高速モード及び一般モードの選択を使用者の意志により即座に設定できる。このようにこの実施例では,高速モード表示中には一般モードキーを表示し,使用者の希望によりいつでも一般モードに変更できるように構成している。」(4頁左下欄〜右下欄) これらの記載によれば,刊行物1には,一般道路走行中には詳しい地図が必要である一方,高速道路走行中にはインターチェンジなど主要な施設の名称のみを記述した専用の地図が必要であり,走行する道路にそれぞれ対応した地図情報が要求されるところ,従来の装置では高速道路走行中でも一般道路走行中と同じ地図情報を提供するのみであり上記要求に応じたものではなかったとの問題点を解消するために,高速道路走行中に表示する情報と一般道路走行中に表示する情報とをそれぞれ提供し得る装置を得ることを目的として,高速道路走行中に,一般道路走行中に必要とされる「詳しい地図」を表示する一般モードの画面と,高速道路走行中に必要とされる「専用の地図」を表示する高速モードの画面とを,運転者の意志(キー操作)により切換え表示するものであることは明らかである。ここで,刊行物1の「詳しい地図」及び「専用の地図」がそれぞれ訂正発明1の「通常地図」及び「簡略地図」に対応することも明らかである。 すなわち,刊行物1の切換え表示は,一般道路走行中には通常地図を高速道路走行中には簡略地図をそれぞれ表示することを基本としつつ,さらに,高速道路走行中には通常地図に加えて簡略地図をも運転者の意志・選択により表示することができるものである。そうすると,刊行物1記載の発明は,高速道路走行中には通常地図及び簡略地図という地図情報の双方を必要とするとの認識に立つものであり,かかる2つの地図情報の表示に応える表示方式として切換え表示を採用したものであるということができる。 (2) 刊行物2(甲4)には以下の記載がある。 ・ 「この発明は例えば運転者に進路情報等を与える車載用ナビゲータ装置に関する。」(1頁右下欄) ・ 「この発明は表示装置の画面上に地図のほか,走行状態に応じて所要の曲がり角等における運転者側から見た風景を表示することにより,運転者にその地点における道路事情を容易に認識し得るようにしたものである。」(2頁左上欄) ・ 「上記実施例によれば,表示装置17の画面上に通常は所要の地図を表示し自動車が所要の曲がり角に接近した場合,その曲がり角に対応した運転者側から見た風景を切換え表示している。」(3頁左上欄) ・ 「尚,上記実施例では,地図と風景とを切換えて別々に表示するようにしたが,これに限らず,例えば第4図に示す如く,表示装置17の画面上半分に風景を表示し,下半分に地図を表示するようにしてもよい。」(3頁右上欄) ・ 「また,風景の画像データとしては実際の風景に限定されるものではなく,その場所の特徴ある構造物等をイラスト的に表示するようにしてもよい。」(3頁右上欄) ・ 「また,風景は曲がり角の風景に限定されるものではなく,風景に特に特徴ある部分,たとえば交通案内標識等に置きかえることも可能である。」(5頁左上欄) これらの記載によれば,刊行物2には,車載用ナビゲータ装置において,「地図」と「運転者から見た風景」という2つの情報を1つの表示装置上に表示する場合において,その表示方式につき切換え表示と同時表示の両方式が採用可能であることが示されている。 (3) 甲第9号証には以下の記載がある ・ 「本発明は,…車両用走行誘導装置に関するものである。」(【0001】) ・ 「この種の従来の車両用走行誘導装置において,…広域地図であると詳細地図であるとを問わず各々の地図毎にCRT画面全体を使って地図が表示される。CRTモニタの画面上の地図の縮尺は,該画面上の所定のタッチスイッチの操作により順次広域に,或いは順次詳細に切り換えられる。したがって,従来は広域地図と詳細地図とを同時に見ることはできなかった。」(【0003】) ・ 「本発明は,地図画面を2分割し,一方の分割画面に…広域地図を映し出し,他方の分割画面に…詳細地図を映し出す画面分割の表示モードを採用したものである。」(【0010】) これらの記載によれば,甲第9号証には,車両用走行誘導装置において,「広域地図」と「詳細地図」という2つの情報を1つのCRT画面上に表示する場合において,従来,切換え表示であったのを画面分割の表示モード(同時表示)にすることが示されている。 (4) 甲第8号証には以下の記載がある。 ・ 「この発明は,…移動体用ナビゲーション装置に関するものである。」(【0001】) ・ 「ここで,図5のごとく第一の縮尺で表示エリア@に,第二の縮尺で表示エリアAに表示される。」(【0038】) ・ 「例えば,図10に示すように,X点の自車位置の地図表示を行なった画面108g上にラジオの受信周波数やチャンネル表示108hを行なうこともできる。」(【0055】) これらの記載によれば,甲第8号証には,移動体用ナビゲーション装置において,「第一の縮尺の地図」と「第二の縮尺の地図」という2つの地図情報を1つの画面上に同時表示すること,「地図」と「ラジオの受信周波数やチャンネル表示」という地図情報と地図以外の情報の2つの情報を1つの画面上に同時表示することが,それぞれ示されている。 (5) 以上の(2),(3),(4)によれば,走行位置表示装置において,2つの情報を1つの画面上に表示する場合において,少なくとも切換え表示と同時表示という2つの表示方式が存在し,2つの情報を1つの画面上に表示する限りにおいてこれらは相互に置き換えが可能な表示方式であること,各表示方式は表示情報の内容に左右されることなく採用が可能であることがそれぞれ明らかである。 (6) そうすると,高速道路走行時には通常地図及び簡略地図という地図情報の双方を必要とするとの認識に立ち,かかる2つの地図情報の表示方式として切換え表示を採用した上記刊行物1記載の発明において,その切換え表示を同時表示に置き換えることは,当業者が容易になし得ることというべきであり,これと同旨の決定の認定判断に誤りはない。 2 以上の判示に反する原告の本訴における主張は,いずれも採用することができないものというほかないが,以下にその補足説明をしておく。 (1) 原告は,刊行物1は,一般道路走行中と高速道路走行中とでは,運転者が必要とする情報は異なるとの認識に基づき,一般道路走行中は通常地図を,高速道路走行中は簡略地図というように,走行する道路毎に使い分けることを前提とし,高速道路走行中は,簡略地図の表示のみで必要な情報は十分であり,これを通常地図と同時に表示する必要はないという基本的思想によるものであるから,刊行物1は,高速道路走行中に通常地図と簡略地図の双方を同時表示する訂正発明1とは異なる思想に基づくものであるとの趣旨を主張する。 しかし,前記のとおり,刊行物1は,通常地図と簡略地図とを1つの画面において切換え表示するものであって,切換え表示自体が双方の地図情報を必要とすることを前提とするものと認められるので,原告の主張は採用の限りではない。 (2) 原告は,高速道路走行中に運転者に通常地図と簡略地図とを切り換えながら,現在位置を確認する操作を期待するのは,現実的でなく,危険な操作を強いるものであるから,刊行物1(甲3)の切換え装置は,高速道路の走行中でも使用者にとって,通常地図と簡略地図の双方が同時に必要な情報であるとの認識はないものであるとの趣旨を主張する。 しかし,高速道路走行中に運転者に切換え操作等を期待するのが,現実的でなく,危険な操作を強いるものであることは,本件全証拠によっても認めるに足りない。 刊行物1(甲3)の「また,現在位置の修正あるいは目的地の修正を要求するための修正キー(22)が設けられており,これを選択すれば,現在位置や目的地が修正できる。この修正は煩雑な操作を伴うものは避け,IC,SA,PAなど主要な名称の位置のみで可能とする。」(4頁左上欄〜右上欄)及び「…「のみで可能」を「のみ,即ち車が停車あるいは低速走行している時のみ可能」に訂正する。」(7頁左下欄)との記載によれば,高速道路走行中に高速モードの画面を表示するものの高速走行している時に必ずキー操作を必要とするわけではない。仮に,高速走行している時のキー操作は危険を伴い現実的ではないとしても,低速走行している時というさほど危険ではない状況でキー操作が可能であるといえるから,高速道路走行中のキー操作が現実的ではないとはいえない。原告の主張は前提を欠くものである。 (3) 原告は,風景画像が曲がり角ないし交差点の風景のときは切換え表示の方が使い勝手がよく,交通案内標識のときは同時表示の方が使い勝手がよいのであって,一律に切換え表示の方が使い勝手が悪いわけではないから,刊行物2には,一般的に,切換え表示が不便であるから同時表示が好ましいという技術思想が開示されているわけではない旨を主張する。 上記主張のうち,使い勝手に関する部分は,刊行物2にはそれを示唆する記載すらなく,直ちに採用し難いところである。また,刊行物2において,使い勝手の点を理由とするか否かはともかく,一般的に,切換え表示が不便であるから同時表示が好ましいという技術思想が開示されているわけではないとしても,前記のとおり,刊行物2は,切換え表示と同時表示が表示情報の内容に左右されることなく相互に置き換え可能であることを開示するものであると認められるのであるから,原告の主張は,本件に関する前判示の結論を左右し得るものではない。 (4) 原告は,決定が,刊行物1の通常地図及び簡略地図,刊行物2の通常地図及び風景画像を「運転者にとって必要な情報」であるとし,刊行物2に切換え表示及び同時表示の両方式の技術が開示されていると解釈し,刊行物2が「運転者に対して一般(通常)の道路地図とは別の運転者にとって必要な情報を与える点でも刊行物1のものと共通する」とした上,刊行物1と2を組み合わせることによって通常の地図と簡略地図とを同時表示する訂正発明1は当業者が容易に推考し得ると結論していることにつき,上記の地図や風景画像の個々の具体的情報内容は,互いに同一視することができるようなものではなく,表示方式が異なるのに表示情報の内容を捨象したものであり,また,刊行物2の具体的開示から導かれる合理的な範囲を超えた抽象化であって,到底容認し得ないものであること,刊行物1と2を組み合わせても,通常の地図と高速道路の簡略地図の双方を同時に表示するとの訂正発明1の構成に想到するものではない旨主張する。 そこで,検討するに,前判示のとおり,刊行物2によって,走行位置表示装置において,2つの情報を1つの画面上に表示する場合に,切換え表示と同時表示が表示情報の内容に左右されることなく採用されるものであることが開示されているものと認められるのであり,また,甲第9号証の「広域地図」と「詳細地図」とを1つのCRT画面上に分割表示する例に照らしてみても,刊行物1において,「通常地図」と「簡略地図」との表示方式は,その表示情報の内容に拘束され切換え表示でなくてはならないとする理由がない一方,表示情報の内容からみて同時表示することができないとする理由も見当たらない。よって,刊行物1の切換え表示を同時表示に置き換えることは,表示情報の内容を捨象ないし無視したものであるとはいえない。 また,道路地図も道路地図に付随する情報も,必要とする目的や場面に差はあるとしても,いずれも運転者にとって必要な情報であることは明らかである。したがって,決定が,道路地図に付随する情報の一つである「風景」を「運転者に対して一般(通常)の道路地図とは別の運転者にとって必要な情報を与える」と認定したことについては,刊行物2の開示の合理的な範囲を超えた抽象化であるとする非難は当たらない。そして,決定の説示をみると,刊行物2は,刊行物1に開示された切換え表示を同時表示に置き換えることが当業者の容易になし得ることであることを示すために引用されたものであることが認められ,また,前記のとおり,切換え表示と同時表示が表示情報の内容に左右されることなく採用され得ることが刊行物2によって明らかであるから,いずれにしても,刊行物1と刊行物2とを組み合わせることにより上記置き換えは当業者が容易になし得るものである旨の決定の判断に誤りはないというべきである。 その余の点を含め,原告の上記主張は,採用することができない。 3 結論 以上によれば,原告主張の決定取消事由は理由がなく,訂正発明1,2及び本件訂正請求前の請求項1,2に係る発明についてした決定の認定判断には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 永井紀昭 |
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裁判官 | 古城春実 |
裁判官 | 田中昌利 |