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関連ワード 信義則 /  禁反言 /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  異議申立 / 
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事件 平成 14年 (ネ) 1250号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人(原告) 大成プラス株式会社
訴訟代理人弁護士 野上邦五郎、杉本進介、冨永博之
補佐人弁理士 富崎元成
被控訴人(被告) 北辰工業株式会社
訴訟代理人弁護士 野村晋右、磯部健介、池原元宏、鈴木良知
補佐人弁理士 栗原浩之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/10/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴人の求めた裁判
原判決を取り消す。
被控訴人は、原判決添付別紙物件目録記載の物件を製造し、販売してはならない。
被控訴人は、その本社、営業所及び工場に存在する前項の物件の完成品、半製品及び同物件の製造に必要な金型を廃棄せよ。
被控訴人は、控訴人に対し、金3354万円及びこれに対する平成11年9月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
事案の概要
1 本件は、記録再生装置の防振装置に関する登録第2138602号の特許権(以下、「本件特許権」といい、その請求項1の発明を「本件発明」という。)を有する控訴人が、被控訴人に対し、原判決添付別紙原告物件目録(1)記載の減衰装置の製造販売が本件特許権の侵害に当たると主張して、その製造販売の差止め、不当利得の返還を求める事案である。
原判決は、被控訴人の製造販売している減衰装置(被告製品)が原判決添付別紙物件目録記載のとおりであるという限度では当事者間に争いはないとしたうえで、
被告製品は本件発明の下記構成要件;「ア 内部に空間を区画する筐体と、この筐体の一部に設けられ、記録再生装置を支持するための弾性支持具と、前記筐体の一部に設けられ、前記記録再生装置を支持し、かつその振動を減衰するための減衰手段とを備えた防振装置であって、
イ 前記減衰手段は、
a.前記筐体にその内方を向くように設けられた、熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなる複数の中空の筒状部と、
b.この筒状部内に収容された減衰材と、
c.前記筒状部の前記筐体内方側の端部に型成形により一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体からなり、略中央部に前記記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部が設けられた第1密封部材と、
d.前記筒状部の他端部に固着された第2密封部材とを有する」のうち、構成要件イc.の「熱融着された」という要件を充足しないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。
2 本件において争いのない事実及び当事者の主張(争点)は、以下の3のとおり当審における控訴人の主張の要点を付加するほかは、原判決事実及び理由欄の「第2 事案の概要」(2頁〜10頁)に示されるとおりである。
3 控訴人の主張の要点 (1)金型内のエラストマーの温度について ア 控訴人は、一審判決後、被告製品の製造に用いられている量産金型(被告金型)から採取されたスプル及びランナの約1/2カットサンプルを入手したので、このサンプルによって判明したランナの寸法、形状に基づいてコンピュータによる流動解析(控訴人流動解析@)を行ったところ、被告金型内でエラストマーがポリプロピレンに到達する温度は、ポリプロピレンの融点をはるかに超える温度(192℃〜214℃)であると解析された(甲65)。
被控訴人は、被告金型について実際の寸法・成形条件の数値を入力して行ったというコンピュータによる流動解析の結果(被控訴人流動解析、乙51)を提出し、
これによれば、被告金型内でエラストマーがポリプロピレンに到達する温度はポリプロピレンの融点よりも低い約130℃であると主張するが、被控訴人流動解析はエラストマーの流量の数値が不自然であり、その解析結果には信用性がない。
イ さらに、控訴人は、一審判決後、第三者から被告金型の1つを入手し、
光学式樹脂温度計によって金型内の成形品ゲート口付近のエラストマー温度を実測したところ、エラストマーの温度は、ポリプロピレンの融点をはるかに超える約200℃〜210℃であるとの結果が出た(甲73、74、84〜86)。なお、上記実測は日を変えて4回実施し(控訴人実測@〜C)、うち1回(控訴人実測B)は被控訴人代理人の立会の下で行っている。
射出成形では、温度(溶融)とともに圧力がかかるので、通常0.1秒以内という瞬時に熱融着が起こり、射出される樹脂(エラストマー)の温度が170℃程度であれば、十分にポリプロピレンとエラストマーの熱融着が起こる。
したがって、被告製品において、エラストマーとポリプロピレンが熱融着していることは明らかである。
(2)禁反言が成立しないことについて 控訴人は、本件特許に対する異議の答弁書において、先願考案(乙8)と本件発明の違いを明らかにするため、「甲第1号証(注、本訴乙8)の軟質樹脂部材は、・・・サーモプラスチックラバーです。このサーモプラスチックラバーは、硬質樹脂部材のポリプロピレンとは融着も溶着もしません。」と主張したことがある。しかし、その趣旨は、先願考案(乙8)の軟質樹脂部材(実施例の説明中に「例えばサーモプラスチックラバー」との記載がある。)と硬質樹脂部材(実施例の説明中に「例えばポリプロピレン」との記載がある。)とは「形状的に連結されたもの」であり、サーモプラスチックレバーは、硬質樹脂部材と形状的に連結されているものである以上、硬質樹脂部材とは融着も溶着もしていない、というものであったのであり、サーモプラスチックラバーがポリプロピレンと熱融着しないという趣旨ではない。したがって、異議答弁書中の主張に基づいて禁反言が成立することはない。
当裁判所の判断
当裁判所も原判決と同様、本件発明の構成要件イcの「熱融着」とは、樹脂が熱によって溶けて(溶融して)接合すること、すなわち、熱による樹脂の溶融を不可欠の過程として含む接合の態様を意味すると解し、被告製品は「熱融着された」という要件を充足しないと判断するものである。その理由は、当審で提出された主張・立証に対する判断を以下に付加するほかは、原判決事実及び理由の「第3 当裁判所の判断」(10頁〜23頁)に示すとおりであるから、これを引用する。
1 控訴人は、被告製品において金型内に流入したエラストマーがポリプロピレンに接する温度は、ポリプロピレンの融点を超えているから、被告製品ではエラストマーとポリプロピレンとが熱融着していると主張する。
(1)エラストマー温度に関する流動解析結果について ア 当審で提出された証拠(甲64、65、82、乙51〜53)及び弁論の全趣旨によれば、金型内のエラストマー温度に関するコンピュータによる流動解析について、以下の事実が認められる。
(ア) 控訴人は、被告製品の量産金型(訴外三浦化成工業株式会社の使用する量産金型。以下このものを「被告金型」という。)から採取されたスプル及びランナのカットサンプルを入手し(甲64)、訴外株式会社クラレつくば研究所(以下「クラレ」という。)に依頼して、上記カットサンプルから推測されるスプル及びランナの形状・寸法に基づき、金型内を流動するエラストマー温度のコンピュータ解析(条件:ランナー長117.8o、充填時樹脂温度230℃、金型温度30℃、射出時間2.0、2.5、3.0秒、エラストマー流量0.97、0.78、0.65 cu・cm/sec)をさせた(控訴人流動解析@)。
その解析結果は、被告金型内の成形品ゲート口付近におけるエラストマーの温度は、射出時間及び流量によって異なるが192℃から214℃であるというものであった(甲65)。
(イ) 他方、被控訴人もクラレに依頼して、(A)全ランナー長(ランナー〜ダンパー-接合部)が204.2oの山下電気量産品用金型と(B)全ランナー長が117.6oの三浦化成工業量産品用金型(被告金型)について、実際の成形条件に基づく数値を入力してコンピュータによる解析をさせた(被控訴人流動解析)。
その結果は、エラストマーの流動末端部(ポリプロピレンとの接合部)の温度が(A)では、128℃(条件:樹脂温度230℃、金型温度30℃、射出時間1.5秒、流量1.24cu・cm/sec)、(B)では130℃(条件:樹脂温度215℃、
金型温度38℃、射出時間1.5秒、流量3.87cu・cm/sec)というものであった(乙51)。
イ これら相異なる流動解析結果のうち、控訴人流動解析@は、解析の前提とされたランナ長117.8oが被告金型における全ランナ長(ランナー〜ダンパー接合部間長さ)177.6oの約3分の2程度にすぎないことから、その解析結果である192℃から214℃という温度は、被告金型内でエラストマーがポリプロピレンに到達する温度を示すものとは認め難い(金型内を流動する距離が長くなるほど樹脂の流動末端温度が低下することは両当事者とも当然の前提としている。)。むしろ、控訴人流動解析@の結果は、実際のランナ長が控訴人流動解析@のものよりも長いことを考慮すると、ポリプロピレンに到達するエラストマーの流動末端温度が192℃から214℃(ランナ長117.8oの場合の結果)よりも相当低くなっている可能性を示すものといってよい。
なお、控訴人は、被控訴人流動解析(乙51)は、エラストマー流量を実際には考えられない小さな数値に設定しているので、その解析結果(エラストマーの流動末端の温度128℃、130℃)には信用性がないと主張し、別の試験機関(株式会社計算力学研究センター)による流動解析(「控訴人流動解析A」という。)の報告書(甲82)を提出している。同報告書は、(@)三浦化成量産品用金型(被告金型)について、被控訴人流動解析と同様の条件を入力したときの解析結果(被控訴人流動解析で採用された条件ではエラストマーの温度が流動停止温度である116℃以下に低下するので、ポリプロピレンまで到達しない。)と、(A)被告金型を製作した訴外株式会社奥山製作所で金型検収のために成形確認をしたときの成形条件とされるもの(樹脂温度240℃、金型温度30℃、流量15cc/sec、スプルー〜ダンパー-接合部間長さ145.0o)で解析したときの解析結果(流動末端部のエラストマー温度は235℃)の2つの内容からなるものである。しかし、
(A)の解析結果は、前提とされたランナー長が異なるから、被控訴人流動解析の結果との比較検討に適したものではない。(@)については、被控訴人流動解析と異なる結果となっており、その理由は不明であるが、少なくとも、エラストマーの流量を被控訴人流動解析と同様の条件とした場合のエラストマーの流動末端における温度低下は、被控訴人流動解析の結果よりも大きいことを示すものということができる。そうすると、被告製品の実際の成形条件において、流量が被控訴人流動解析における数値よりも大きい場合であっても、流量いかんによって、金型内でポリプロピレンに到達するエラストマーの温度がポリプロピレンの融点(165℃〜176℃)よりも低くなっている可能性は否定することができない。
いずれにしても、控訴人流動解析@、A及び被控訴人流動解析の各結果を総合すると、被告製品において金型内のエラストマーがポリプロピレンに到達する温度は、控訴人流動解析@による温度(192℃〜214℃)よりも相当程度低いものと推測される。
ウ したがって、当審で証拠として提出された流動解析の結果によっては、被告金型内のエラストマーがポリプロピレンに到達する温度がポリプロピレンの融点を超え、「熱融着」に十分な温度であるとまで認めることはできない。
(2)エラストマー温度の光学式樹脂温度計による実測結果について 控訴人は、新たに光学式樹脂温度計で測定した結果によれば、被告金型内を流動するエラストマーがポリプロピレンに到達する温度は200℃以上である、光学式樹脂温度計はキャビサーモに較べて感度が高いため、光学式樹脂温度計による温度測定の方が正確である、キャビサーモは感度が低いため測定値が実際の温度よりも相当低くなる傾向があるから、キャビサーモの測定値はエラストマーの正確な温度を示すものとはいえず、原判決が被告実測Bのキャビサーモによる測定値を採用したことは誤りである、などと主張する。
控訴人の上記主張について、検討する。
ア 当審で提出された証拠(73〜76、84〜86)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 控訴人は被告金型の1つを入手し、金型内を流れるエラストマーの温度を、被告金型の成形品ゲート口付近において、光学式樹脂温度計(ニレコ製:「M721」)とキャビサーモ(理化工業製:「キャビサーモ CAV-22」)で同時に測定する実験を、平成14年4月26日から同年8月2日までの間に4回にわたり行った(控訴人実測@〜C、甲73、74、84〜86)。
これらの実測の結果はほぼ同様であり、そのうち、同年7月22日に被控訴人代理人の立会いの下に行った第3回目の実測(控訴人実測B、甲84)において、光学式樹脂温度計による測定では、射出後、温度が定常状態(樹脂温度計による表示温度約69℃)から急峻に上昇し始めて、約0.06秒後にピーク(表示温度約198℃、207℃(注:2種の温度は、2種類の記録計を使ったことによるもの) に達し、その後緩やかに下降して、ほぼ数秒で定常状態(表示された温度約70℃)に戻った(なお、
「M721」の温度測定範囲は、製品カタログ(甲80)に150℃〜380℃(標準)、低温80℃〜300℃(低温)と表示されており、この測定範囲外の表示値は精度保証外とされている。)。
また、同時に実施されたキャビサーモによる測定では、温度上昇は光学式樹脂温度計よりも約0.06秒遅れて検知され、上昇開始後約0.40秒後にピーク(表示温度約137℃、138℃)に達し、その後約十数秒でほぼ定常状態(表示温度30数℃)の温度に戻った。なお、キャビサーモは、熱電対によって測定を行うものであるが、原判決も認定しているように、リーク熱量を小さくし測定精度を高めるように改良された機器である。
控訴人実測@ないしCを通じて、光学式樹脂温度計で測定されたエラストマーの最高温度は、キャビサーモで測定された最高温度よりも70℃前後高かった。
(イ) 控訴人実測@〜Cに使用されたニレコ製光学式樹脂温度計のカタログ(甲80)には、@同社製の光学式樹脂温度計は、放射熱を光学的に計測する方式であり、熱電対に較べて高応答のため、細かい温度変化を測定することができること、及び、A熱電対計測では絶対温度値を直接計測することが可能であるが、放射温度計測では、被測定樹脂の種類、フィラの混入、色により放射率(エミシビティ)が異なり、またライトガイドの方法によって信号の減衰率が変わるため比較測定方式となること、が説明され、さらに、B「応答の比較 第3図に示すように、
熱電対では射出による溶融樹脂温度の上昇が1.5℃観測されるのに対し、モバック720では6℃の上昇が観測されます。これは、応答の相違によるもので、熱電対は応答が遅いため、出力信号が上がり切れない内に、温度が下がることによります。また、挿入周辺部に熱電対の熱が逃げるため、指示温度の絶対値も低くなっております。」との説明に続けて、「第3図 モバック720による計測と熱電対によるものとの対比(射出成形機ノズル内温度の計測例)」と題して、熱電対による計測ではモバック720による計測に比べて計測される温度が数度低いこと、射出時の急峻な温度上昇に関しては、モバック720で6℃の温度上昇が検出されたときに熱電対で検出された温度上昇がこれよりも約4.5℃低い1.5℃であったこと示すグラフが記載されている。
イ 以上アで認定したところによると、光学式樹脂温度計は、樹脂温度の変化に対する応答性が高く、きわめて短い時間内に生ずる樹脂温度の急激な上昇・下降を検出するのに優れているが、光学式樹脂温度計により検知される樹脂温度のピーク値と熱電対で検知されるピーク値との差は、10℃に満たない程度のものであることがうかがわれるところ、控訴人実測においてキャビサーモにより同時に測定された最高温度との差が約70℃というのは極めて大きな差であり、測定の正確性に疑いを生ぜしめるものといわざるを得ない。また、光学式樹脂温度計による計測は、甲80のカタログに記載されているとおり、温度の絶対値を計測するものではなく、「比較測定方式」であり、したがって、その測定の正確さを担保するためには、樹脂温度計が正確な温度を表示するように温度の明らかな被測定試料を基準として較正を行い、温度表示を調整する必要があると考えられるところ、控訴人実測の各報告書(甲73、74、84、86)には、測定対象であるエラストマーについて、この調整がどのように行われたかについての記載がない。
なお、被控訴人代理人は、平成14年7月22日の被控訴人代理人が立会った実験(控訴人実測B)の際、光学式樹脂温度計による測定値の正確性を担保するため、温度が明らかな物について測定する検証実験として、持参した変圧器により一定温度を保持することを可能としたシース型熱電対に発熱用ヒーターを取り付けたセンサーによる検証実験を行うことを求めたが、控訴人実測Bは、その検証がないまま、控訴人側であらかじめ設定しておいた光学式樹脂温度計により測定したもので、その測定結果は信用することができない旨主張している。
以上の点に加えて、原審記録によれば、控訴人は原審においてキャビサーモによる樹脂温度測定の正確性を強調していたのであり、このことと、控訴人実測@ないしCの光学式樹脂温度計による測定結果が、控訴人流動解析及び被控訴人流動解析のいずれの解析結果とも整合しないこと(控訴人流動解析@の結果は、前示のとおり、ランナ長を考慮すると、被告金型内を流動してポリプロピレンに到達したときのエラストマーの温度が192℃から214℃(ランナ長117.8oの場合の結果)よりも相当に低いことを予測させるものである。)をも考え合わせると、控訴人実測@ないしCの光学式樹脂温度計による測定は、その正確性に疑問が残るといわざるを得ない。したがって、控訴人実測@ないしCの測定結果を直ちに採用することはできない。
(3) 以上によると、前記流動解析及び実測の結果によっては、被告金型内でポリプロピレンに接するエラストマーの温度がポリプロピレンの融点(165℃〜176℃)を超えていると認めるに足りず、当審で新たに提出された証拠を含めて本件全証拠を検討しても、被告金型内に流入してポリプロピレンに接するエラストマーの温度がポリプロピレンの融点(165℃〜176℃)を上回ることについては、これを認めるに足りる的確な証拠がない。
したがって、エラストマーが金型内に流入してポリプロピレンに接するときの温度から、被告製品においてエラストマーとポリプロピレンが熱融着していると認めることはできないというべきである。
(なお、弁論終結後に控訴人から検証(金型内エラストマー温度の実測実験)の必要性を理由とする弁論再開の申立てがあったが、金型内エラストマー温度については原審及び控訴審を通じて重ねて実測実験が行われ、その結果が証拠として提出されており、これらの経緯及び弁論の全趣旨に照らすと新たな検証実験のために弁論を再開する必要性を認めることはできない。) 2 禁反言に関する控訴人の主張に関し、補足する。
原判決挙示の証拠によれば、本件特許について、異議の申立てがされ、控訴人は、平成8年12月26日付けの特許異議答弁書(乙7)の中で、「ポリプロピレン」と「サーモプラスチック・ラバー」(エラストマーも含まれることに争いはない。)は融着(熱融着)することがないと主張していたことが認められる。
控訴人は、上記異議答弁書中の言明は、先願発明(乙8)における軟質樹脂と硬質樹脂とは形状的に連結されているから融着はしていない、という趣旨であり、一般的にポリプロピレンとサーモプラスチックラバーとが熱融着しないことを述べたものでないと主張する。しかし、「形状的に連結されていること」と「融着していること」とは相排斥する関係にはないから、控訴人の主張を上記のような趣旨のものと理解することには必ずしも合理性がないうえ、異議答弁書を詳しく検討すると、控訴人は、「甲第1号証(注:先願発明の明細書、乙8)の軟質樹脂部材は、・・・サーモプラスチック・ラバーです。このサーモプラスチック・ラバーは、硬質樹脂部材のポリプロピレンとは融着も溶着もしません。」と主張したのみならず、「甲第1号証の明細書(乙8)には、溶着しない樹脂同士名が紹介され・・・溶着という意味での一体成形は記載されていません。」、「サーモプラスチック・ラバーはPPとは一体接合しないので、異議申立人の(先願発明、乙8に関する)技術的理解は決定的に誤っている。」と主張していたことが認められる(なお、上記記載における「溶着」は「融着」と同等の語として用いられていると認める。)。
これら一連の言明を先願発明に開示された成形方法をも考慮して総合的にとらえるとき、異議答弁書における控訴人の主張は、サーモプラスチック・ラバーとポリプロピレンとは本件発明にいうところの「熱融着」をすることはなく、したがって、先願発明における軟質樹脂部材(サーモプラスチック・ラバー)と硬質樹脂部材(ポリプロピレン)との接合も本件発明にいうところの「熱融着」(それがどのようなものであるかは措いて)ではない、という趣旨を表明したものと解される余地の極めて大きいものであるといわざるを得ない。
そうすると、原判決が、「本件訴訟において、原告が、被告製品においてエラストマーとポリプロピレンが熱融着していると主張することは、信義則に反して許されないと解する余地も十分にあるというべきである。」旨説示していることに誤りはなく、被告製品について「熱融着」を明らかに示す的確な証拠のない本件においては、「熱融着」の有無について控訴人が不利な判断を受けることもやむを得ないものというべきである。
3 以上のとおりであるから、被告製品が控訴人の主張する本件発明の構成要件イc中の「熱融着された」との構成要件を充足していると認めることはできず、控訴人の請求を棄却した原判決は相当である。よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利