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事件 平成 13年 (行ケ) 505号 審決取消請求事件
原告 北辰工業株式会社
訴訟代理人弁護士 野村晋右、磯部健介、池原元宏、鈴木良和、弁理士 栗原浩 之
被告 大成プラス株式会社
訴訟代理人弁護士 野上邦五郎、杉本進介、冨永博之、弁理士 富崎元成、円城 寺貞夫
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/10/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が平成11年審判第35576号事件について平成13年10月2日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 被告は、発明の名称を「記録再生装置の防振装置」とする特許第2138602号発明(平成2年10月22日出願、平成2年特許願第281847号、平成10年10月9日設定登録)の特許権者であるが、原告は、平成12年5月16日、本件特許の請求項1ないし4記載の発明(本件発明1ないし4)につき無効審判を請求し、平成11年審判第35576号事件として審理され、平成13年2月26日訂正請求があった結果、平成13年10月2日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成13年10月12日原告に送達された。
2 本件発明の要旨(請求項1の「A」、「B」は便宜上付与したもの) (1) 訂正前の発明の要旨【請求項1】 A.内部に空間を区画する筐体と、この筐体の一部に設けられ、記録再生装置を支持するための弾性支持具と、前記筐体の一部に設けられ、前記記録再生装置を支持し、かつその振動を減衰するための減衰手段とを備えた防振装置であって、
B.前記減衰手段は、
a.前記筐体にその内方を向くように設けられた、熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなる複数の中空の筒状部と、
b.この筒状部内に収容された減衰材と、
c.前記筒状部の前記筐体内方側の端部に型成形により一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体からなり、略中央部に前記記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部が設けられた第1密封部材と、
d.前記筒状部の他端部に固着された第2密封部材とを有する記録再生装置の防振装置。
【請求項2】請求項1において、前記減衰手段は、前記筐体に着脱自在に取付けられ、かつ熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなるブラケットを有し、このブラケットに前記筒状部が形成されていることを特徴とする記録再生装置の防振装置。
【請求項3】請求項1において、前記筐体と前記筒状部とが、一体に型成形された熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなることを特徴とする記録再生装置の防振装置。
【請求項4】請求項1ないし3のいずれか1において、前記第2密封部材は熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなり、略中央部に熱融着可能な前記減衰材の注入口が形成されていることを特徴とする記録再生装置の防振装置。
(2) 訂正後の発明の要旨【請求項1】のBc.を、
「c.前記筒状部の前記筐体内方側の端部のみに射出成形により一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体からなり、略中央部に前記記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部が設けられた第1密封部材と、」に訂正した以外は、(1)と同じ。
3 審決の理由 別紙審決の理由のとおりであり、審決は要するに、審判における特許無効理由通知に記載の理由、並びに、原告(請求人)の主張する理由及び証拠方法によっては、本件発明1ないし4に係る特許を無効とすることはできない、と判断した。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(訂正請求判断の判断の誤り-前提問題) (1) 手続違背 審判の審理の過程で特許無効との判断がなされることが確実であったにもかかわらず、審判官合議体は、いったん終結した審理を再開し、あえて無効理由通知を出すという不可解な処分を行った。訂正は、このようにして被告に訂正の機会を与えるためにのみ出された無効理由通知によって作られた意見書提出の機会を利用してなされた。かかる不可解な手続の結果、訂正請求の無効理由1との関係における独立特許要件の具備については、原告に何ら弁駁の機会が与えられていないまま、審決が下された。当該無効理由通知は、特許権者に「訂正の機会」を与えるという私益を守ることを目的とするものであって、特許法の趣旨を逸脱した違法である。また、そのような不当な手続を前提とする審決も同様に違法である。
(2) 訂正の要旨認定の誤り 審決は訂正によって、「積極的に固着の強度を高める」技術思想がある場合に限定されたと考えたと思われるが、誤りである。「端部のみ」と「積極的に固着強度を高める」という技術思想とは、論理的には結びつくものではなく、訂正の意味についてした審決の理解は誤りである。
一見すると、「端部」を「端部のみ」とする訂正は「減縮」を目的とするように見えるが、審決が認定するように、「積極的に固着を高める意図により「端面のみ」で固着又は密封する」という技術思想に限定しようとするものなら、新たな技術事項を追加するもので、請求の範囲の実質的な変更である。「積極的に固着を高めることにより「端部のみ」で固着するようにした」という技術思想は、端部のみではない場合と明瞭に区別されて記載されて初めて明細書の記載事項の範囲内となるが、明細書のどこにもそのような記載はない。かかる訂正を、「明細書又は図面に記載された事項の範囲内」であるとし、また、特許請求の範囲減縮を目的としたものとした審決の認定は誤りである。
2 取消事由2(訂正請求判断中「当審の無効理由」における相違点の判断の誤り) (1) 審決は、本件訂正発明1と引用刊行物1(実願昭63-151566号(実開平2-72834号)のマイクロフィルム)の対比に際し、「訂正発明1が、第1密封部材が設けられている筒状部の他端部に第2密封部材を備えているのに対し、引用刊行物1に記載の発明では容器部の蓋が設けられている側の反対側には、
底部22bが胴部22aと一体に設けられている点。」を相違点3として認定し、
本件訂正発明1は引用刊行物1ないし5に記載された発明から容易になし得るものでないと認定している。
(2) しかしながら、審決は引用刊行物1の実施例の第2図のみを取り上げている。引用刊行物1の他の実施例、特に第5図において、容器部71の薄肉の底部71aを引用刊行物2の記載から軟質のプラスチック構成材料として熱可塑性弾性プラスチックとするとともに、厚肉の周囲部71bを硬いプラスチック構成材料として熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックとし、引用刊行物3ないし5の開示を参照して両者を熱融着することは、容易想到である。
(3) 仮に引用刊行物1の第2図を前提とするとしても、引用刊行物1の発明は、
「十分な振動減衰効果」を上げるために、「支持軸76を支持するダンパーの容器として適用するように(同一体ではない)軟質の材料を用いる」との構成をとる(発明@)とともに、「粘性流体の注入作業が容易となるように」、「従来のダンパー(第5図参照)では容器の底部にあった一体成形の支持軸挿入部を蓋部に移動させ(る)」との構成(発明A)を備えるものである。審決がいう相違点3の困難性は、上記発明Aと発明@の技術課題とを同時に解決しようとした場合に初めて生ずる問題点にすぎない。しかし、両発明は、もともと別個の発明であるから、両者を同時に実現する必要はなく、当業者が適宜選択し得るものである。第1の解決手段のみを設けた場合を想定すると訂正発明1に相当するものとなり、「唯一の密封部である容器部22の開口端22cと蓋部23の端部23b(蓋部の外周部)を後から密封するために、該部分を接着する構成にした」ことは無関係となり、したがって、審決のいう相違点3による想到困難性は、もともと問題とならない。
以上より、引用刊行物1に記載の発明に、引用刊行物2に記載のプラスチックをダンパー材料として適用するとの思想を基に、引用刊行物3ないし5に記載の硬軟プラスチックを組み合わせ、これに周知の固着技術である熱融着の方法を適用して訂正発明1に想到するのに格別の困難性はないことは明らかである。
3 取消事由3(「請求人の無効理由」(29条の2)の判断の誤り) (1) 審決は、「端部のみ」と訂正したことにより、「積極的に固着強度を高めようとする意図」がある場合に限定され、「内周面全体」で接合する先願発明1では、そのような思想はないと認定する(相違点3に関する判断における説示)。しかし、「端部のみ」と訂正したところで、量的及び質的限定がない以上、「積極的に固着強度を高めようとする意図」であるということにはならない。
「端部のみ」よりも「端部全体」の方が明らかに固着強度を高めようとする意図が強くなければならない場合があるにもかかわらず、審決は、訂正が固着強度を高めようとする意図の強いものに限定する趣旨であると誤って判断しており、この誤りは、審決の結論に影響を及ぼすものである。
(2) 審決は、「先願発明1における第一部材は、その上端の開口周縁部から内側に突出するようにして立ち上がる薄肉の環状突片72が設けられ(第3頁左下欄18〜19行参照)、すなわち柔らかい前記環状突片72をも一体に成形するので、
前記周壁部62を短くして前記外周壁部64の下側端部のみとする思想は認められない。」(別紙審決の理由609〜612行)と判断しているが、誤りである。
審判甲第1号証(特開平3-223539号公報)には、あらかじめ形成した硬質樹脂の筒に接するように軟質樹脂を射出成形すれば両者が「熱融着」するという技術事項が開示されている。審判甲第1号証は、かかる技術事項(前記周壁部62と前記外周壁部64とを熱融着により固着する)を当然の前提とした上で、「容器本体と蓋体との間に高粘性流体が入り込むのを防止する」という別の課題を解決するための「発明」として、「周壁部62に一体的に薄肉の環状突片72を設ける」ことを必須とする構成を開示しているのであり、審判甲第1号証の環状突片72に係る構成が前記周壁部62と前記外周壁部64との熱融着による固着の強度に関わるものではない。
したがって、審判甲第1号証の「環状突片72」の存在によって、周壁部62と外周壁部64との「熱融着」の内容を限定するという論理は誤ったものであり、むしろ、前記周壁部62を短くして前記外周壁部64の下側端部のみとする構成は、
審判甲第1号証においては、従来技術として挙げられている事項に属することが明らかである。「環状突片72」にかかる構成は、別の技術課題を解決するための別発明である以上、審判甲第1号証と先願発明1との同一性を論ずるに当たっては、
考慮する必要のないものである。
(3) 審決は、先願発明1との間の相違点2についての判断において、本件発明1が「熱可塑性のエンジニアリングプラスチック」を素材として選択したことに意味があるかのように論じているが、かかる素材の選択に意味がないことは、本件明細書自体において、一般に汎用プラスチックに分類されている「ポリプロピレン」さえをもこれに含まれるかのように例示した上で、「機械的な強度、成形性がよいものであれば・・・どんな合成樹脂でも良い」(本件特許公報3欄36〜38行)と記載していることから明らかである。この記載からは、熱可塑性弾性体との間で「熱融着」する材料が公知技術に基づき適宜選択されるべきであるという意味以上に、「熱可塑性のエンジニアリングプラスチック」という語に格別の意味を見いだし得ない。なお、引用刊行物3(特開平1-139240号公報)には、「一般に熱可塑性のエンジニアリングプラスチックと熱可塑性樹脂とは熱融着性が必ずしも良くない」(2頁右上欄下4〜2行)と記載されており、このことからしても、
「軟質樹脂として軟質の熱可塑性弾性体を実質的に用いていること」及び「硬質樹脂として熱可塑性のエンジニアリングプラスチックを用いていること」という構成自体が、先願発明1との差別化を図り得るものではなく、実質的に意味をなすものではないことが明らかである。
4 取消事由4 (明細書の記載不備(36条4項)) 審決は、熱融着について、「実施例のレベルに熱融着する特定の材料を特定する必要も、熱融着の意味をさらに明確にする必要も認められない。」(別紙審決の理由807〜809行)と判断している。
しかしながら、本件発明1においては「端部のみ」と構成が訂正されたことにより、本件発明1にいう「熱融着」は、「積極的に固着強度を高める」(例えば、別紙審決の理由603行)意図を有する特殊なものに限定されたはずであり、そうだとすれば、これを実現する材料同士の組合せ等が限定されていなければならない。
まして、審決自体が引用している引用刊行物3(特開平1-139240号公報)に、「一般に熱可塑性のエンジニアリングプラスチックと熱可塑性樹脂とは熱融着性が必ずしも良くない」(2頁右上欄下4〜2行)と記載されていることに照らせば、かかる限定が明記されていなければならないのは当然である。しかるに、この点については手当てされていないから、訂正された請求項1には「発明の構成に欠くことができない事項」のみが記載されているとはいえない。
したがって、少なくとも訂正された請求項1ないし4には発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されていないので、本件発明1ないし4は、特許法36条4項2号(当時の条文)に違反して特許されたものである。
審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1(訂正請求判断の判断の誤り-前提問題)に対し (1) 手続違背に対し 本件審判では、いったん審理終結通知が出されたが、審理を再開して他の審判事件と併合された。しかる後に、原告が提出した証拠及び主張とは異なる無効理由による無効理由通知書が被告に発送された。原告の不充分な証拠、無効理由を補う形で、他の審判事件で提出された証拠を結合して審理を再開し、わざわざ職権により無効理由通知書を発したものである。原告の「訂正の機会を与えるために無効理由通知を発した」との主張は誤解に基づくものである。
(2) 訂正の要旨認定の誤りに対し 訂正によって、本件発明1の構成が「積極的に固着の強度を高める」との技術思想がある場合に限定されたなどとは、審決のどこにも記載されていない。審決の中で、「積極的に固着の強度を高める」との記載があるのは、請求人の無効理由1(29条の2)に関する説示部分の相違点3についての説示部分(別紙審決の理由599〜602行)である。
審決のこの部分は、先願発明1における「軟質樹脂」が、当然に本件発明1における「軟質の熱可塑性弾性体」といえるかどうかについて検討している部分であり、そこで述べられているのは、先願発明1のものは、外周壁部64の内周面全面で内周壁部と固着されていることから、特に積極的に固着の強度を高める意図があるとはいえないので、先願発明1の軟質樹脂は、当然には軟質の熱可塑性弾性体であるとはいえないと認定しているにすぎず、本件発明1の内容について判断しているものではない。すなわち、端部のみで固着しているのであれば、積極的に固着の強度を高めるために、軟質の熱可塑性弾性体を熱融着しているとも考えられなくもないというにすぎず、「端部のみ」と訂正したことから、積極的に固着の強度を高めるものに限定したといっているわけではない。本件発明1では、熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなる筒状部に、軟質の熱可塑性弾性体からなる第1密封部材を、射出成形により一体に熱融着という強い固着手段を採用することにより、審決のいう「積極的に固着強度を高めている」のであるから、「端部のみ」と訂正したことで、審決のいう「積極的に固着強度を高めている」ものに限定されたわけではない。
2 取消事由2(訂正請求判断中「当審の無効理由」における相違点の判断の誤り)に対し 原告主張のように、引用刊行物1の第5図のものを基に組合せを考えたとしても、第5図のものは、容器部の底部と周囲部とを同一材料で一体に形成したものであるから、硬い部材と柔らかい部材との組合せになっておらず、ダンパー構成部材に少なくともプラスチックを用いる引用刊行物2に記載の発明思想を基としても、
底部を熱可塑性弾性プラスチックとし、周囲部を熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックとして、わざわざ別材料とすること自体、当業者が容易に考えつくようなものではない。
しかし、引用刊行物1が、原告主張のように第1発明・第2発明として2つの技術課題を解決した発明であったとしても、そこに二つの別々の発明が記載されているわけではない。そして、そこには、原告が想定した第1発明の技術課題のみを解決した構成については、開示されていない。
3 取消事由3(「請求人の無効理由」(29条の2)の判断の誤り)に対し (1) 原告は、「端部のみ」への訂正によって「端面」も包含されることになれば、「内周面全体」よりも実質的に大きな接合領域の場合も包含することになると主張する。
しかし、審決は、「端部のみ」への訂正により、「積極的に固着強度を高める意図」に限定されたなどとは認定していない。したがって、本件発明1と先願発明1との技術思想の違いを認定し、その認定を前提に先願発明1の「軟質樹脂」の解釈を行っているわけではなく、あくまで、先願発明1の記載されている審判甲第1号証には「積極的に固着強度を高める意図」が記載されていない以上、先願発明1の「軟質樹脂」は、当然には「軟質の熱可塑性弾性体」ということはできないと認定しているにすぎない。
(2) 原告は、先願発明1について、「すなわち柔らかい前記環状突片72をも一体に形成するので、前記周壁部62を短くして前記外周壁部64の下側端部のみとする思想は認められない。」とした審決の判断は誤りであると主張する。しかし、
審決は、先願発明1においては、環状突片をも一体に形成するので、周壁部を短くして外周壁部の下側端部のみに一体に形成するという思想は認められないと認定しているにすぎず、それ以外のことについては認定していない。
(3) 原告は、審決が、本件発明1において、あたかも「熱可塑性のエンジニアリングプラスチック」を素材として選択したことに意味を持たせ、この点を相違点として先願発明1と差別化を図ること自体誤りであると主張する。しかし、無効理由1は、特許法29条の2を理由とするものであるから、審決は、単に同一性の問題として、先願発明1の「硬質樹脂」が、当然に本件発明1の「熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチック」を意味するといえるかを認定しているのであり、それ以上のものを認定しているわけではない。
4 取消事由4 (明細書の記載不備(36条4項))に対し 原告は、「端部のみ」の訂正により、初めて「積極的に固着強度を高める」意図を有するものに限定されたのであるから、これを実現し得る材料を明確にすべきであると主張する。しかし、「固着強度を高めることに限定された」との主張自体が誤りであるから、それを前提とする原告の主張も誤りである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正請求判断の判断の誤り-前提問題)について (1) 訂正前明細書(本件特許公報。甲第2号証)及び第1図及び第2図の実施例を参照して、訂正前の請求項1における減衰手段の構成(前記第2の2 本件発明の要旨の(1)のB)の各要素は、次のとおり理解することができる。
@要素a:「前記筐体2にその内方を向くように設けられた、熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなる複数の中空の筒状部11と、」については、
筐体2の内側に向けて複数の減衰手段6の筒状部11が突出している状況が第1図及び第2図から看取することができる。また、「ブラケット6(「8」の誤記)は筒状部11を含めて、周知の射出成形法により一体成形される。ブラケットの材質は、ABS、ポリカーボネート(PC)、ポリプロピレン(PP)、PBT、ナイロン6、11、12など、機械的強度、成形性が良いもの、いわゆるエンジニアリングプラスチックと呼ばれるものであればどんな合成樹脂でも良い」(5欄33〜38行)との記載から筒状部11の材料として熱可塑性のエンジニアリングプラスチックが使用されていることが記載されている。
A要素b:「この筒状部内に収容された減衰材12と、」については、減衰材12が筒状部11と第1密封部材14と第2密封部材16で画成される空間内に封入されている。
B要素c:「前記筒状部の前記筐体内方側の端部に型成形により一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体からなり、略中央部に前記記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部15が設けられた第1密封部材14と、」については、筒状部11の図面中左側の端部(内周面)に第1密封部材14の(外周面)が取付けられていることが第2図に示され、その取付態様は、訂正前明細書の記載によれば「筒状部11の端部内周面には、環状段部13が形成されている。この環状段部13に、軟質の熱可塑性弾性体からなる第1密封部材14が射出成形により一体に熱融着されている。」(5欄4〜7行)とされていることから、熱融着によって密封されていること、また、第1密封部材の素材は軟質の熱可塑性弾性体であることが理解される。また、第1密封部材14の略中央には凹部15が形成されており、第1図を参照すれば当該凹部15には再生装置の突起7が挿入されている。また、
「型成形」については、訂正前明細書の[作用]の欄には第1密封部材は型成形により一体に筒状部に熱融着されるとされ、さらに、6欄9〜13行において「この製造方法は、射出成形法であるが、筒状部11に第1密封部材14を熱融着する方法は、他の公知の手段でも良い。例えば、射出成形、ブロー成形、カレンダ成形、
圧縮成形、トランスファ成形など成形と同時に融着する条件であれば、他の方法でも良い。」との記載があることから、射出成形以外の成形方法を包含する意図であることが理解される。
C要素d:「前記筒状部の他端部に固着された第2密封部材」については、第2図から、第2密封部材16が筒状部11の第1密封部材14の取付側とは反対の側において筒状部11に挿入・固定されていることが看取され、訂正前明細書の実施例によれば、「第2密封部材16は筒状の取付部17を有し、この取付部17の外周面に環状突起18が形成されている。環状突起18に対応して、筒状部11の他端部内周面に環状溝19が設けられている。第2密封部材16の取付部17が筒状部11に圧入され、かつ環状突起18が環状溝19に係合することにより、第2密封部材16は筒状部11に固着される。」(5欄14〜20行)として固着の態様が記載されている。
以上のとおり、要素a〜dに関する記述は十分に明瞭に図面及び訂正前明細書の実施例の記載から読み取ることができる。
(2) 次に、訂正による限定事項の内容を検討する。
@「端部」を「端部のみ」と限定することについて 第1密封部材が筒状部の「端部のみ」に熱融着されていることについて訂正前明細書にこれを支持する具体的な文言はない。しかしながら、第2図において、減衰手段6の筒状部11の左側端部には第1密封部材14が取り付けられ、右側端部には第2密封部材16が取り付けられており、第1密封部材14の配置されている位置も、筒状部11と熱溶着されている位置も、明らかに「左側の端部のみ」であって、筒状部11の中央部や右側端部側ではない。また、「のみ」と限定することに関し、被告は、「例えば、審判甲第1号証の5図のような、内周壁全面に成形されているものも含まれる可能性があるので、それとの違いを明らかにするため「端部のみ」としたものである。」としているが、確かに審判甲第1号証(特開平3-223539号公報。甲第10号証)の第5図において、本件発明1の第1密封部材に相当する第1部材は第2部材の全長にわたって延在しているから、このような態様との峻別を図るべく、第1密封部材の存在位置を「端部のみ」に限定することの意義を認めることもできる。
A「型成形により」を「射出成形により」と限定することについて 上述のように、訂正前明細書は、第1密封部材と筒状部の熱融着に関し、「ブロー成形、カレンダ成形、圧縮成形、トランスファ成形など成形と同時に融着する条件であれば、他の方法でも良い。」として、実施例に記載の射出成形以外の方法を挙げている。本件訂正はこれを実施例に記載の射出成形に限定するものであることは明らかである。
よって、訂正は明細書の要旨を変更するものでも、新たな事項を明細書中に導入するものでもなく、訂正をもって適法なものであるとした審決の判断に、原告主張の誤りはない。
(3) 手続違背に関する原告の主張について検討する。
本件特許第2138602号に対しては、本訴原告である請求人から平成11年10月20日に無効審判の請求があり(平成11年審判第35576号)、平成12年5月16日に東海ゴム工業株式会社からも無効審判の請求があった(無効2000-35269)。両審判事件は平成12年12月12日に併合され、平成12年12月13日付けで無効理由の通知がなされ、被請求人である被告から平成13年2月26日に意見書と共に訂正請求書が提出され、訂正請求があった。平成13年5月11日に口頭審理が行われ、それぞれ提出された陳述要領書を含めて陳述があるなどした後、平成13年9月5日付けで両審判事件は再び分離され、本件審判事件について平成13年10月2日に審決があった。以上の事実を甲第1号証(審決)及び弁論の全趣旨により認めることができる。
そして、特許法154条所定の審判の併合、分離は審判官の裁量事項であると解されるところ、審決に至る前に口頭審理が行われるなどして、訂正の可否に関する争点も含め、本件特許の無効事由の有無に関する攻撃防御の機会は、当事者双方に与えられていたものと認めることができる。したがって、本件無効審判に手続上の違法があったとする原告の主張は、理由がない。
(4) 訂正の要旨認定の誤りに関する原告の主張について 原告は、審決は、訂正によって「積極的に固着の強度を高めた場合」に限定されたものと解したのであり、出願当初の明細書に記載のない新たな技術事項を追加するものであって、明細書の要旨の変更に相当すると主張している。原告は、審決の「(先願発明1では)外周壁部64の内周面全面で内周壁部と固着されており、外周壁部の端部のみで固着するとの思想は認められない。このため、先願発明1は、
積極的に固着の強度を高める等の意図がない以上、軟質樹脂として軟質の熱可塑性弾性体を実質的に用いていると認めることはできない。」(別紙審決の理由601〜604行)との部分を捉えて、上記のように主張しているが、この説示部分は、
先願発明1の軟質樹脂が軟質熱可塑性弾性体といえるものであるかを検討している部分である。ここで審決は、先願発明1においては内周壁部と外周壁部64の接触は外周壁部の内周面全面であって、筒状部の端部(のみ)で第1密封部材と接触している本件発明1とは異なるとの事実を認定している。すなわち、審決は、この接触状態が相違する理由を、本件発明1における、筒状部材と第1密封部材の「強固な固着」に求めており、本件発明1において筒状部材(熱可塑性エンジニアリングプラスチック)と第1密封部材(熱可塑性弾性体)の結合は、筒状部材の端部(のみ)においてなされているが、これは材料同士の熱融着という強固な固着手法を採用することによって実現されていると認定しているのである。このような特殊な強い固着手法を採用していることが先願発明1では看取することができないので、先願発明1で採用されている材料も熱可塑性弾性体とは認定することができないというのが、審決の論旨となっている。すなわち、「強固な固着」とは、材料同士の熱融着という、もともと本件発明1で採用されている固着方法を評価しているものであり、「端部のみ」と接合箇所を特定したことによって新たに発生した特徴等を規定したものと認めることはできない。
審決のこの論旨に誤りがあると認めることはできないのであり、審決は明細書に記載のない新たな技術事項を持ち込んで訂正内容を認定したとする原告の主張は、
理由がない。
(5) 以上のとおりであり、取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(訂正請求判断中「当審の無効理由」における相違点の判断の誤り)について 原告は、審決における引用刊行物1と訂正発明1との相違点3(訂正発明1が、
第1密封部材が設けられている筒状部の他端部に第2密封部材を備えているのに対し、引用刊行物1に記載の発明では容器部の蓋が設けられている側の反対側には、
底部22bが胴部22aと一体に設けられている点)についての容易性認定の判断に誤りがあると主張するので、検討する。
(1) 甲第5号証によれば、引用刊行物1には、第4図及び第5図に関して以下の記載があることが認められる。
第4図について、「袋体61の周囲を厚肉の補助部材62の筒状部が囲んでいて、この筒状部自体の剛性により、支持軸66と筒状部との相対変位を高め、この相対変位に伴う流体65の流動抵抗を高め共振振動領域における共振倍率を効果的に小さく抑制している。しかしながら、かかる従来のダンパー60は、袋体61の外周を補助部材62で囲むために、袋体61を補助部材62に嵌め込むとともに、
袋体61の開口部を補助部材62の穴62aに位置させ、この穴内に閉鎖部材63を嵌着して袋体61の開口部を閉鎖しているので、この穴部における袋体61、補助部材62及び閉鎖部材63の構造が複雑になるとともに、これらの組立に技術を要し、手間がかかるという問題を有していた。また、上記組立では、袋体61内に流体65を注入する必要があり、この袋体61内に支持軸66部が突出しているので、流体65を注入する際、支持軸66部が邪魔になり、流体65の注入作業に時間を要するとともに、気泡が残り易く減衰特性も損なうという問題を有していた」(明細書5頁2〜6頁2行)との記載。
第5図について、「第5図に示すように、ダンパー70は、容器部71の開口を蓋体72で密閉して容器部71内に密閉室を構成するとともに、密閉室73に粘性液体Gを封入したものである。しかしながら、このダンパー70は、容器部71の底部71aを薄肉に形成し、周囲部を71bを厚肉に形成したものであり、且つこれらは同一材料で一体に形成されている。したがって、支持軸76を支持する底部71aを柔らかくするために軟質になされている。したがって、周囲部71bを厚肉に形成しても、十分な振動減衰効果が得られないという問題を有していた。」(明細書6頁6〜18行)との記載。
これらの記載からすると、粘性液体を封入した振動減衰ダンパーの技術分野においては、液体封入容器本体を硬質材料で形成し、支持軸を受容する袋体を軟質材料とすることが、適切な減衰特性を得るために重要であること、また、このような硬質と軟質の別材料を液密に固着することが技術的に極めて困難であることが明瞭に看取される。また、粘性流体を密封するために部材を接着することも改良すべき困難な課題であることも理解される。すなわち、引用刊行物1からは、これらが振動減衰ダンパーの技術分野において解決困難な技術的課題であったことが明らかに看取されるのである。
(2) 原告は特に第5図の構造に、公知の硬質材料と軟質材料の熱融着技術を適用することは容易であると主張する。しかしながら、たとえ、熱可塑性エンジニアリングプラスチックと熱可塑性弾性体を熱融着することが公知の技術であったとしても、これを適用することで上記の困難な技術的課題を解決されるのであれば、そのような技術は振動減衰ダンパーの技術分野において十分な進歩性を有する発明として評価されなければならない。既に硬質の容器本体と軟質の袋状体を液密に直接固着する従来技術が証拠として存在し、これを熱可塑性エンジニアリングプラスチックと熱可塑性弾性体の熱融着技術で置換することが容易であれば別であるが、そのような従来技術が存在することを認めるべき証拠はない。
(3) 原告は、引用刊行物1の第2図の実施例に基づく容易想到性を主張する。確かに、甲第5号証によれば、原告の主張するように、引用刊行物1第2図の実施例においては、硬質の容器部と軟質の蓋部を接合するという構成とし、さらに、粘性流体の封入の利便を考えて支持軸挿入部を蓋部に移動させるという2つの対策を取ったものとみることも可能である。しかしながら、容器部と蓋部の接合には接着剤を用いた接着という手段をとることになるが、接着剤による接合は、強度的に、また密封性に不安があるのは自明の事項である。訂正発明1はこの課題を解決したものであって、この解決に伴う相違点3をもって容易想到であったとする原告の主張は、理由がない。
3 取消事由3(「請求人の無効理由」(29条の2)の判断の誤り)について (1) 既に判断したように(取消事由1についての判断(4))、原告の、「「端部のみ」との訂正によって本件発明1が「積極的に固着強度を高めようとする場合」に限定された。」との主張は理由がない。また、訂正によって、訂正前とは別の部位が包含されることになったわけでもない。したがって、訂正によって密封部材1の固着に関し特殊な態様が包含されることになるとの原告の主張は、前提において理由がない。
(2) 原告は、審判甲第1号証の開示する環状突片72は、「容器本体と蓋体との間に高粘性流体が入り込むのを防止する」という別異の課題を解決する発明であるから、本件発明1との同一性を論じるに当たり考慮すべきでないと主張する。
しかしながら、審決がここで判断しているのは特許法29条の2の無効理由であり、先願発明1に、「前記筒状部の前記筐体内方側の端部に型成形により一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体からなり、略中央部に前記記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部15が設けられた第1密封部材14」との、訂正発明1の構成要件と同一の構成が開示されているか否かという点である。審決は、先願発明1において「環状突片72」を必須の構成要素とするものである以上、「端部のみで一体に熱融着」との構成と同一の内容は開示されていないと判断したものである。先願発明1が本件発明1と同一の開示内容を持たない以上、特許法29条の2所定の無効理由は存在しない。
なお、原告は、審判甲第1号証の「2色成形」が熱融着と同義であるとして先願発明1と本件発明1の内在的な同一性を主張する。しかしながら、審決も認定するように、2色成形により熱可塑性エラストマーを硬い材料の上に熱融着させて一体成形部品を作ることが公知であるとしても、本件発明1と同一の構成を審判甲第1号証(甲第10号証)から読み取ることができず、両者を同一とすることはできない。
(3) 原告は、審決が、熱可塑性エンジニアリングプラスチックという素材について先願発明1との差異を認定することは意味がないと主張する。
しかしながら、被告が主張するとおり、審決は特許法29条の2の発明の同一性判断の問題として、「熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなる中空の筒状部」と「該筒状部の端部に一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体」なる構成が先願発明1に開示されているか否かを評価しているにすぎない。上記材料の組合せが審判甲第1号証に開示されているとは認められないのであるから、特許法29条の2の無効理由は存在しない。
4 取消事由4(36条4項)について 原告は「積極的に固着強度を高めた」という特殊な固着態様を実現し得る材料を明確に記載すべきであると主張する。
しかしながら、「端部のみ」との訂正が特殊な固着態様へ限定したものといえないのは既に認定したとおりであるから、そのような態様に対応する素材が明示されるべきであるとの原告の主張も理由がなく、取消事由4も理由がない。
結論
以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。
(平成14年10月1日口頭弁論終結)
追加
平成13年(行ケ)第505号平成11年審判第35576号審決の理由1.手続の経緯(1)本件特許第2138602号に係る発明についての出願は、平成2年10月22日に出願され、平成7年12月25日に特公平7-122983号として出願公告がなされ、平成8年3月22日及び平成8年3月25日に特許異議の申し立てがなされ、平成10年10月9日にその発明について特許の設定登録がなされた。
(2)その特許に対し、平成11年10月20日に請求人北辰工業株式会社、
(以下「請求人」という。)から、および平成12年5月16日に請求人東海ゴム工業株式会社からそれぞれ無効審判の請求がなされ、被請求人から答弁書が提出され、さらに、両請求人から上申書が提出された。
(3)その後、両審判事件は平成12年12月12日に併合され、平成12年12月13日付けで当審から無効理由の通知がなされ、被請求人から所定期間内である平成13年2月26日に意見書と共に訂正請求書が提出され、訂正を求めた。
(4)請求により、平成13年5月11日に口頭審理が行われ、それぞれ提出された陳述要領書を含めて陳述すると共に、該口頭審理に関して平成13年6月11日に被請求人から、平成13年7月11日に請求人から上申書が提出された。
(5)平成13年9月5日付けで両審判事件を分離した。
2.訂正の可否に対する判断2.-(1)訂正内容被請求人の求めた訂正の内容は、以下のとおりである。
a.特許請求の範囲の請求項1を以下のとおり訂正する。
請求項1記載中の要件c.「・・・端部に型成形により・・・」を「c.前記筒状部の前記筐体内方側の端部のみに射出成形により一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体からなり、略中央部に前記記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部が設けられた第1密封部材と」と訂正する。
b.発明の詳細な説明の[課題を解決するための手段]を以下のように訂正する。
「c.前記筒状部の前記筐体内方側の端部のみに射出成形により一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体からなり、略中央部に前記記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部が設けられた第1密封部材と」と訂正する。
2.-(2)訂正の目的の適否・新規事項の有無及び拡張変更の存否訂正事項a.についてこの訂正事項は、請求項1に係る「第1密封部材」の位置と成形手段を限定したものと認められる。
すなわち、訂正前は、「第1密封部材」の位置は「前記筐体内方側の端部」とされていたので、少なくとも「端部」と解釈できるが、この訂正により「端部」だけに限定される。また、「成形」も「型」により行っていたものをより具体的に「射出」により行うものに限定したものであるから、これらの訂正はいずれも特許請求の範囲減縮を目的としたものと言える。
また、これらの訂正については、特許公報の第5欄4〜7行に「筒状部11の端部内周面には、環状段部13が形成される。この環状段部13には、軟質の熱可塑性弾性体からなる第1の密封部材が射出成形により一体に熱融着されている。」と記載されており、更に、第6欄9行〜11行には、「この製造方法は、射出成形法であるが、筒状部11に第1密封部材を熱融着する方法は、他の公知の手段でも良い。例えば、射出成形、ブロー成形・・・」と記載されている。よって上記訂正は、願書に最初に添付した特許明細書の範囲内においてしたものと認められる。
そして、上記訂正は、特許明細書の範囲内において、明確に限定されたものであるから実質上特許請求の範囲の請求項1を拡張し、又は変更するものでもない。また、請求項1を引用している請求項2乃至4も同様である。
訂正事項b.についてこの訂正は、訂正事項a.の訂正すなわち、特許請求の範囲の訂正に対応して発明の詳細な説明の記載の整合を取るためにおこなったものであるから、明瞭でない記載釈明を目的としたものと言え、かつ、この訂正により実質上特許請求の範囲1乃至4を拡張し、又は変更するものでもない。
なお、請求人は、「型成形」を「射出成形」に訂正することは組立順序の要件を追加することになり要旨変更であると主張している(平成13年7月11日付け上申書第14頁)が、上記のように適法に訂正したものと認められるために、その主張は採用できない。
2.-(3)独立特許要件の判断次に、上記の様に訂正した請求項1に係る発明(以下、「訂正発明1」という。)が、当審で通知した無効理由に掲げた下記の引用刊行物に記載された発明から容易に発明をすることができたものであるか否かについて検討する。
2.-(3)-a.訂正発明本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1乃至4に係る発明(以下、「訂正発明1乃至4」という。)は、訂正明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1乃至4に記載された次のとおりのものと認める。記載上記訂正事項a.により訂正された特許請求の範囲は、以下のとおりである。
「【請求項1】A.内部に空間を区画する筐体と、この筐体の一部に設けられ、記録再生装置を支持するための弾性支持具と、前記筐体の一部に設けられ、前記記録再生装置を支持し、かつその振動を減衰するための減衰手段とを備えた防振装置であって、
B.前記減衰手段は、
a.前記筐体にその内方を向くように設けられた、熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなる複数の中空の筒状部と、
b.この筒状部内に収容された減衰材と、
c.前記筒状部の前記筐体内方側の端部のみに射出成形により一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体からなり、略中央部に前記記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部が設けられた第1密封部材と、
d.前記筒状部の他端部に固着された第2密封部材とを有する記録再生装置の防振装置。
【請求項2】請求項1において、前記減衰手段は、前記筐体に着脱自在に取付けられ、かつ熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなるブラケットを有し、このブラケットに前記筒状部が形成されていることを特徴とする記録再生装置の防振装置。
【請求項3】請求項1において、前記筐体と前記筒状部とが、一体に型成形された熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなることを特徴とする記録再生装置の防振装置。
【請求項4】請求項1ないし3のいずれか1において、前記第2密封部材は熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなり、略中央部に熱融着可能な前記減衰材の注入口が形成されていることを特徴とする記録再生装置の防振装置。」(なお、請求項1の「A」,「B」は便宜上付与した符号である。)2.-(3)-b.当審における無効理由について上記訂正された特許請求の範囲の請求項1乃至4に係る発明に対して、当審で通知した無効理由が該当するか否か検討する。
2.-(3)-b.-イ.引用刊行物当審で通知した引用刊行物1乃至5は、以下のとおりである。
引用刊行物1:実願昭63-151566号(実開平2-72834号)のマイクロフィルム(平成2年6月4日公開)引用刊行物1には、以下の記載事項がある。
(1)「本考案は、車載用のコンパクトディスクプレーヤのドライブユニット等の精密機器を支持する際に使用される防振支持装置に関する。」(2頁6行〜同8行)(2)「第3図はコンパクトディスクプレーヤの主要部を示す図である。図中1はシャーシ等の支持部材である。この支持部材1はコンパクトディスクプレーヤを取り付けるためのフレームである。この支持部材1に、メカシャーシ等の被支持部材2が弾性支持用附勢手段であるコイルスプリング6とダンパー60によって支持されている。被支持部材2上にはコンパクトディスクDを支持して回転させるターンテーブル4aと、このターンテーブル4aを回転駆動させるモータ機構4と、光学ピックアップ5及び図示していない電子回路ユニットや表示機構ならびに外部接続コネクタ機構などが搭載されている。」(2頁10行〜3頁3行)(3)「容器部12はブチルゴム等のゴム材料にて厚肉に形成された円筒状の胴部12aの一端に底12bが設けられて容器状に一体に成形されている。・・・(中略)・・・この蓋部13はブチルゴムとのゴム材にて容器部12より柔らかく弾性体に成形される。」(10頁8行〜11頁5行)(4)「ダンパー20の容器部22は筒状の胴部22aの一端に開口端22cを有し、その開口端22cの近辺の外周には支持部材の取付孔laに嵌入させる溝22dが設けられている。胴部22aの一端には底部22bを有し、容器部22は一体成形されている。さらに、蓋部23は胴部22aの開ロ端を覆うとともに、容易に弾性変形するように容器部22より軟質に成形されている。蓋部23の中央部に支持軸挿入部23aを有し、この支持軸挿入部23aの周囲に連結して断面がV字状に内側に折曲げられた環状の薄肉部23cを有し、さらにこの薄肉部23cの外周に上記容器部22の開口端22cに対して接着できるように端部23bを有し、蓋部23は一体成形されている。」(12頁16行〜13頁10行)これらの記載事項及び第2,3図によれば、引用刊行物1には「内部に空間を有する支持部材1と、該支持部材1内にコンパクトディスクプレーヤを配置し、
支持部材とコンパクトディスクプレーヤ間にコイルスプリング6とダンパー20を設けるとともに、ダンパーはその容器部を支持部材に取付け、内方に向いた支持軸66をコンパクトディスク側に取付けてなる防振装置において、
上記ダンパー20は、ゴム材料で形成されたダンパーの容器部22が筒状の胴部22aの一端に開口端22cを有し、その開口端22cの近辺の外周には支持部材の取付孔1aを嵌入させる溝22dが設けられ、前記胴部22aの他端には底部22bを有し、容器部22は一体に成形され、蓋部23は前記胴部22aの前記開口端22cを覆うとともに、容易に変形するように容器部22の材料より軟質のゴム材料で成形され、蓋部23の中央部に支持軸挿入部23aを有し、この支持軸挿入部23aの周囲に連結して環状の薄肉部23cを有し、さらにこの薄肉部23cの外周に上記容器部22の前記開口端22cに対して接着する端部23bを有し、前記蓋部23は一体成形され、容器部内に粘性流体を封入して構成されている防振装置。」の発明(以下、「引用刊行物1に記載の発明」という。)が記載されていると認められる。
引用刊行物2:特開昭61-189336号公報(昭和61年8月23日公開)引用刊行物2には、「ビデオテープレコーダ及びコンパクトディスクプレーヤ等の磁気記録再生装置を含む電子機器に好適する防振装置」に関し(1頁左欄13行〜15行)、第2図等には粘性流体28を封入したダンパー29が開示されており、「ダンパー29として、ゴムを用いた場合で説明したが、これに限ることなく、例えば弾性プラスチック等の弾性材料でなる弾性体を用いて構成してもよい」点が記載されている(3頁右上欄4行〜8行)。
引用刊行物3:特開平1-139240号公報(平成1年5月31日公開)引用刊行物3には、「(産業上の利用分野)本発明は、硬質部位と軟質部位を有する複合成形体の新規な製造方法に関する。
更に詳しくは、ポリカーボネートなどの硬質で諸特性に優れたエンジニアリングプラスチックで構成された部位と、軟質の熱可塑性弾性体で構成された部位とを有する複合成形体を熱融着手段により効率よく製造する方法に関するものである。」(2頁左上欄1行〜同8行)、「(従来の技術)優れた機械的強度を持つエンジニアリングプラスチックスは、・・・・(中略)、一方熱可塑性弾性体・・・(中略)近年、合成樹脂(プラスチック)性部品や部材の性能の高度化、機能の高度化の要求が厳しく、その中で前記したエンジニアプラスチックと熱可塑性弾性体との複合化を試みる動きがある。そして、その複合化に際し両者に共通した成形手段である射出技術により、両者を相互に熱融着させて複合化することが最も効果的である。」(2頁左上欄9行〜右上欄16行)、「しかしながら、一般に熱可塑性のエンジニアリングプラスチックと熱可塑性樹脂とは熱融着性が必ずしも良くない。とりわけ、ゴム弾性に優れた熱可塑性弾性体(TPE)との熱融着性が悪く両者を強固に接合させることができない。」(2頁右上欄17行〜左下欄1行参照)、「合成樹脂成形体の存在下に該合成樹脂成形体より硬度の低い成形体を与える熱可塑性弾性体組成物を熱融着により接合させる」点(特許請求の範囲の請求項1参照)及び、「熱融着により接合させる技術手段は、いずれでも採用可能である。例えば、
(中略)生産の観点から射出成形法が望ましい。」(4頁右上欄11〜16行参照)と記載されている。
これらの記載によれば、引用刊行物3には「熱可塑性のエンジニアリングプラスチックスからなる部材に、軟質の熱可塑性弾性体を射出成形により一体に熱融着させる」発明が記載されているものと認められる。
引用刊行物4:特開平2-107415号公報(平成2年4月19日公開)引用刊行物4には、「一方・・・(中略)エンジニアリングプラスチックと熱可塑性弾性体との複合化を試みる動きがある。そして、その複合化に際し、両者に共通した成形手段である射出成形技術により両者を相互に熱融着させて複合化することが量産性という点から最も効果的である。」(2頁左下欄4行〜右下欄10行)、「一般に熱可塑性のエンジニアリングプラスチックと熱可塑性のエンジニアリングプラスチックと熱可塑性樹脂とは熱融着性が必ずしも良くない。とりわけ、
ゴム弾性に優れた熱可塑性弾性体との熱融着生が悪く、両者を強固に接合することができない。」(2頁左下欄11行〜同15行)及び、「自動車用ランプのランプボディをエンジニアリングプラスチックで成形する成形工程と、前記ランプボディを射出成形金型に入れる挿入工程と、前記ランプボディと前記射出成形金型との間に形成される空間部に熱可塑性エラストマーを注入する注入工程と、前記ランプボディと前記熱可塑性エラストマーを熱融着させる熱融着工程」(特許請求の範囲の請求項1)と記載されている。
これらの記載を総合すると、引用刊行物4には引用刊行物3と同様の発明が記載されているものと認められる。
引用刊行物5:特開平1-139241号公報(平成1年5月31日公開)引用刊行物5には、「(産業状の利用分野)本発明は、機械的強度に優れたエンジニアリングプラスチックなどの合成樹脂で構成される成形体部位と、弾性に富んだ熱可塑性弾性体で構成される成形体部位とを有する複合成形体の製造に有用な、熱融着特性に優れた熱可塑性弾性体組成物に関する。」(1頁右欄13行〜18行)、
「エンジニアリングプラスチックと熱可塑性弾性体との複合化を試みる動きがある。そして、その複合化に際し、両者を共通した形成手段である射出成形技術により両者を相互に熱融着させて複合化することが最も効果的である。」(2頁右上欄2行〜6行)、「しかしながら、一般に熱可塑性のエンジニアリングプラスチックと熱可塑性樹脂とは、熱融着性が必ずしも良くない。とりわけ、ゴム弾性に優れた熱可塑性弾性体(TPE)との熱融着性が悪く、両者を強固に接合させることができない。」(2頁右上欄7行〜11行)と記載されている。
これらの記載を総合すると、引用刊行物5には、引用刊行物3と同様の発明が記載されているものと認められる。
2.-(3)-b.-ロ.対比訂正発明1と上記引用刊行物1に記載の発明を対比すると、引用刊行物1に記載の発明の「支持部材1」、「コイルスプリング」、「ダンパー」、「容器部22の筒状の胴部22a」、「粘性流体」及び「支持軸挿入部23a」は、訂正発明1の「筐体」、「弾性支持具」、「減衰手段」、「中空の筒状部」、「減衰材」及び「記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部」にそれぞれ相当し、さらに引用刊行物1に記載の発明の「蓋部23は胴部22aの開口端22cを覆うとともに、容易に変形するように容器部22の材料より軟質のゴム材料で成形され、蓋部23の中央部に支持軸挿入部23aを有し、この支持軸挿入部23aの周囲に連結して断面がV字状に内側に折り曲げられた環状の薄肉部23cを有し、さらにこの薄肉部23cの外周に上記容器部22の開口端22cに対して接着する端部23bを有し」における蓋部は容器22を密封する部材であることは明らかであり、またその部材である「軟質のゴム材料」が軟質の弾性体であることも自明のことであるので、
両者は「内部に空間を区画する筐体と、この筐体の一部に設けられ、記録再生装置を支持するための弾性支持具と、前記筐体の一部に設けられ、前記記録再生装置を支持し、かつその振動を減衰するための減衰手段とを備えた防振装置であって、
前記減衰手段は、前記筐体にその内方を向くように設けられた、複数の中空の筒状部と、
この筒状部内に収容された減衰材と、
前記筒状部の前記筐体内方側の端部のみに固着され軟質の弾性体からなり、略中央部に前記記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部が設けられた密封部材と、
を有する記録再生装置の防振装置。」で一致し、以下の点で相違する。
相違点1訂正発明1が、筐体の内方に向くように設けられた複数の中空の筒状部を「熱可塑性のエンジニアリングプラスチック」で構成するとともに、該筐体内方側端部に「軟質の熱可塑性弾性体からなる第1密封部材」を設けているのに対し、引用刊行物1に記載の発明では容器部22は「ゴム材料」で形成するとともに、該容器部の内方側端部である開口部22cに設けるものは,「容易に変形するように容器部22の材料より軟質のゴム材料で成形された蓋部23」である点。
相違点2訂正発明1の筐体内方側端部に設けられる第1密封部材が、「射出成形により一体に熱融着」されるのに対し、引用刊行物1に記載の発明では、筒状の容器部の内方側端部である開口端22cに蓋部23を接着して設けている点。
相違点3訂正発明1が、第1密封部材が設けられている筒状部の他端部に第2密封部材を備えているのに対し、引用刊行物1に記載の発明では容器部の蓋が設けられている側の反対側には、底部22bが胴部22aと一体に設けられている点。
2.-(3)-b.-ハ.相違点の検討[イ]相違点1,2について引用刊行物1に記載の発明は、ダンパーを構成する筒状の容器部に対して、その端部に接着される蓋部は、前記容器部のゴム材料に比して軟質のゴム材料を用い、
且つ両者を接着することにより接合している。
一方、ダンパーの構成材料としてゴム材料に換えてプラスチックを用いることが可能なことは引用刊行物2に記載されている。
そして、「熱可塑性のエンジニアリングプラスチックスからなる部材に、軟質の熱可塑性弾性体を型成形により一体に熱融着させる」ことは上記引用刊行物3乃至5に記載のように周知のことである。
以上の点を考慮すれば、引用刊行物1に記載の発明の硬い筒状の容器部とその端部を塞ぐ柔らかい蓋部の組合せについて、ダンパー構成部材に少なくともプラスチックを用いる引用刊行物2に記載の発明思想の基に、硬いプラスチック構成材料として熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックを、軟質のプラスチック構成材料として熱可塑性弾性プラスチックの周知(引用刊行物3乃至5記載参照)の組合せを用いると共に、両者の接合手段として同じく周知の前記熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックに射出成形により軟質の熱可塑性弾性体を一体に熱融着する接合構成を用いることが、考え得る。しかしながら、下記[ロ.相違点3について]で検討することにより、困難性があることが明かとなった。
[ロ]相違点3について引用刊行物1に記載の発明は、従来のダンパーが「袋体61内に流体65を注入する必要があり、この袋体61内に支持軸66部が突出しているので、流体65を注入する際、支持軸66部が邪魔になり、」(5頁17行〜20行)との欠点および「このダンパー70は、容器部71の底部71aを薄肉に形成し、周囲部71bを厚肉に形成したものであり。且つ、これ等は同一材で一体に形成されている。・・・従って、周囲部71bを厚肉に形成しても、十分な振動減衰効果が得られないという問題を有していた。」(6頁10行〜18行)との欠点を克服するためになされたものであり、支持軸76を支持するダンパーの容器として適するように硬質材料からなる容器部22と、ダンパーの支持軸挿入部として適するように軟質の材料を用いると共に、粘性流体の注入作業が容易となるように、従来のダンパー(第5図参照)では容器の底部にあった一体成形の支持軸挿入部を蓋部に移動させたものであると認められる。そのために、唯一の密封部である容器部22の開口端22cと蓋部23の端部23b(蓋部の外周部)を後から密封するために、該部分を接着する構成にしたものと認められる。
したがって、あえて支持軸挿入部(従来例の支持軸支持部)を底部から蓋部に移動させたものを、再び底部に移動させる点、および底部と筒状部を別材料で形成されるにもかかわらず一体に形成する点は、引用刊行物1の発明においては相容れない技術事項と認められる。
そして、この2つの技術事項は、前記相違点1,2の検討において記した引用刊行物1に記載の発明に、引用刊行物2に記載のプラスチックをダンパー材料として適用するとの思想および引用刊行物3乃至5に記載の硬軟のプラスチックの組合せ及びこれらの固着構成を適用することを困難にしていることは明かである。
2.-(3)-b.-ニ.請求人の主張なお、この無効理由に関して行われた口頭審理における請求人の陳述内容を検討しても、上記相違点の検討における判断を覆す理由を見出せない。
特に、請求人は、平成13年7月11日付け上申書第7頁において、「引用刊行物1は素材としてブチルゴム等が記載されているものであるから、接着のみが記載されているにすぎない。・・・したがって、引用刊行物1には、接着技術が開示されているのみであるから、これに換えて射出成形により熱融着する技術は適用できないという主張は根拠がないものである。・・・」と主張している。
しかしながら、引用刊行物1には、減衰材を注入した後、蓋を接着剤により封入するものが記載されているのみであって、「蓋部を接着剤によらず固着した後、減衰材を注入しうる」点が記載されていない以上、引用刊行物1の記載から請求人の主張するような「可能である」との思想を採用することはできない。
2.-(3)-b.-ホ.むすび以上のとおりであるから、本件訂正発明1は、引用刊行物1乃至5に記載された発明から容易に発明をすることができたものであると言えず、また請求項1を引用し減縮されている訂正明細書の請求項2乃至4に係る発明(訂正発明2乃至)も、容易に発明をすることができたものであると言えないから、特許出願の際独立して特許を受けることができる発明である。
2.-(3)-c.独立特許要件に関する他の理由について上記無効理由の他に無効審判の請求人の掲げた無効理由が存在するので、この点について検討する。
請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっても、訂正明細書の請求項1乃至4に係る発明が、特許法第29条の2及び同法第29条2項に該当せず、かつ、同法第36条の規定を満たしていることは、下記6.に記載したとおりであり、また、この他に本件訂正明細書の請求項1乃至4に係る発明が、本件出願の際独立して特許を受けることができないとする理由も発見しない。
2.-(4)むすび以上のとおりであるから、平成13年2月26日付けの訂正請求は、特許法第134条第2項及び同条第5項で準用する同法第126条第2項乃至4項の規定に適合するので、当該訂正を認める。
3.本件発明訂正が認められた結果、本件特許請求の範囲の請求項1乃至4に係る発明(以下、「本件発明1乃至4」という。)は、平成13年2月26日付け訂正請求書により訂正された特許明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりであって、その記載は、「2.-(3)-a.」の項に記載されたとおりのものと認める。
4.請求の趣旨請求人は、本件特許第2138602号の請求項1乃至4に係る発明の特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする旨の無効審判を請求し、証拠方法として後記(「5.-(1)」参照)の書証を提示し、以下の理由により無効にされるべきであると主張している。
(1)無効理由1本件特許の請求項1乃至4に係る特許発明は、審判甲第1号証又は審判甲第2号証に記載された発明とそれぞれ同一であるので、特許法第29条の2第1項の規定により特許を受けることができないものである。
よって、請求項1乃至4に係る特許発明は、特許法第123条第1項第2号の規定により、無効とすべきである。
(2)無効理由2請求項1乃至4に係る特許発明は、審判甲第3号証乃至審判甲第8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって、請求項1〜4に係る特許発明は、特許法第123条第1項第2号の規定により、無効とすべきである。
(3)無効理由3請求項1〜4には本件特許発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されていないので、請求項1〜4に係る特許発明は、特許法第36条第4項第2号に違反し、特許法第123条第1項第3号の規定により、無効とすべきである。
5.証拠方法及び参考資料5-(1)請求人の提示した証拠方法及び参考資料審判甲第1号証:特開平3-223539号公報(特願平2-142337号、
平成2年5月31日出願、平成3年10月2日公開)審判甲第2号証:特開平4-34239号(特願平2-142339号、平成2年5月31日出願、平成4年2月5日公開)審判甲第3号証:実願昭63-151566号(実開平2-72834号)の願書に添付した明細書及び図面のマイクロフィルム(平成2年6月4日公開)審判甲第4号証:特開昭61-189336号公報(昭和61年8月23日公開)審判甲第5号証:日本プラスチック工業連盟誌、「プラスチックス」、第40巻、第1号、1989年1月1日発行、第151頁〜第156頁審判甲第6号証:実願昭59-153438号の願書に添付した明細書及び図面のマイクロフィルム(実開昭61-68393号、昭和61年5月10日公開)審判甲第7号証:特開平1-139240号公報(平成1年5月31日公開)審判甲第8号証:特開昭61-213145号公報(昭和61年9月22日公開)審判甲第9号証:実開平3-91548号(実願平1-151198号の全文明細書、平成1年12月29日出願)審判甲第10号証:平成11年(ワ)第20,766号事件平成11年12月3日付け原告準備書面(二)第3乃至5頁参考資料1:「プラスチック用語辞典」、(株)プラスチックス・エージ、1989年9月10日発行、第469頁参考資料2:「プラスチック大辞典」、株式会社工業調査会、1994年10月20日初版発行、第844頁参考資料3:「プラスチック材料読本」、株式会社工業調査会、1987年5月15日新版発行、第5頁〜第11頁参考資料4:「エンジニアリングプラスチック」、産業図書株式会社、昭和58年10月31日発行、第1頁〜第7頁5.-(2)被請求人の提出した証拠方法審判乙第1号証:桜内雄二郎著、新版「プラスチック材料読本」、株式会社工業調査会発行、1987年5月15日発行の第10頁〜12頁等審判乙第2号証:大阪市立工業研究所、プラスチック読本編集委員会、プラスチック技術協会共編、改訂第8版「プラスチック読本」の第227頁〜同第237頁等審判乙第3号証:桜内雄二郎著、新版「プラスチック技術読本」、株式会社工業調査会発行、1982年8月25日第195頁〜第197頁等なお、被請求人は当事者尋問を申請したが、尋問事項が「本件発明」の実用化の困難性に関するものであるため前記尋問は行わないこととなった。そのため、提出された検証物審判乙1,審判乙2号証および審判乙5号証の1ないし60、審判乙6号証については検討しない。
6.当審の判断6.-(1)証拠に記載の発明請求人の提出した証拠には、以下の発明が記載されているものと認める。
(i)審判甲第1号証(特開平3-223539号公報)審判甲第1号証には、粘性流体封入ダンパーについての発明が記載されており、
車両等にCDプレーヤーを搭載する場合、車両の振動がそのままCDプレーヤーに伝達されるのを防止するために用いられるものである点が記載されている(第1頁右欄3行〜8行)。
このような粘性流体封入ダンパーを用いた車両に用いるCDプレーヤーの支持構造の一例が、第2図に記載されており、「第2図は、・・・この支持フレーム10によりメカデッキ12がスプリング14と粘性流体封入ダンパー16とにより支持されている。」と記載されている(第2頁左下欄下から2行〜右下欄3行)。
また、粘性流体封入ダンパーの一例が第5図に記載されている。そして、「この例のダンパー53は、容器本体54が軟質樹脂(又はゴム)製の第一部材と硬質樹脂製の第二部材とで構成され、それらが一体に固着されている(樹脂製の第一部材と第二部材とは2色成形により同時成形することが可能である)。第一部材には、
支持部材から延び出す軸体を嵌入させるための穴部56を備えた攪拌軸部58と、
可撓部60と、容器本体の周壁部の一部(外周壁部62)が形成され、また第二部材には、周壁部の一部(外周壁部64)と厚肉のフランジ66とが形成されている。この硬質樹脂製の第二部材には、図中上面側に嵌合凹所68が形成され、そこに同じく硬質樹脂製の蓋体70が嵌め込まれた上、固着されるようになっている。
尚、容器本体54と蓋体70との固着は、樹脂同士の溶着によって行うことができる。」と記載されている(第3頁左下欄2行〜17行)。
なお、2色成形が、型内に材料を圧力をかけて射出する成形方法であることは、
参考資料1の記載から明かである。
これらの記載事項によれば、審判甲第1号証には「支持フレーム10上にCDプレーヤーの板状のメカデッキ12が、上下方向に可動なスプリング14と粘性流体封入ダンパー16とにより支持される防振装置において、前記粘性流体封入ダンパーの筒状をなす容器本体は軟質樹脂製の第一部材と硬質樹脂製の第二部材とで構成され、
第一部材には略中央部に支持部材又は被支持部材から延び出す軸体を嵌入させるための穴部56を備えた攪拌軸部58と、容器本体の内周壁部62と、前記中央部の攪拌軸部58と、前記内周壁部62を連結する可撓部60が形成され、また第二部材には、容器本体の外周壁部64と厚肉のフランジ66とが形成され、前記第一部材と第二部材は、前記内周壁部62の外周面と前記外周壁部64の内周部全面において接する関係で射出成形され、一体に固着され、第二部材の前記穴部とは反対側端部であるフランジ部には上面側に硬質樹脂製の蓋体70が固着された防振装置。」の発明(以下、「先願発明1」という。)が認められる。
(ii)審判甲第2号証(特開平4-34239号公報)審判甲第2号証には、粘性流体封入ダンパーについての発明が記載されており、
車両等のCDプレーヤーを搭載する場合に車両の振動がそのままCDプレーヤーに伝達されるのを防止するために用いられるものである点が記載されている(第2頁左上欄3行〜8行参照)。
また、粘性流体封入ダンパーとしては、例えば、第1図に示された構造が記載され、「第二体の可撓部と周囲の固着部とをそれぞれ別々の材料、即ち可撓部を軟質材料により、また、固着部を硬質樹脂材により形成した場合においても、かかる第二体を容易に製造することができる。具体的には、金型内に固着部となる硬質樹脂材片をセットしておいて、可撓部をゴム材、軟質樹脂材等の注型にて形成することにより、両者を簡単に一体化することができる。」(第3頁左上欄3行〜10行)と、「このダンパー10は、第一体14と第二体16との分割形態を成し、それらが互いに固着されて容器体、つまりダンパー10が構成されている。尚、この例では第一体14が蓋体として、また第二体16が容器本体として構成されている。第二体16は、またゴム製の第一部材18と、硬質樹脂(熱可塑性樹脂)製の第二部材20とから成っている。」(3頁左上欄18行〜右上欄5行)、更に「第一部材18は、この可撓部26に連続する部分が厚肉部28とされており、この厚肉部28より円筒状部30が延び出している。そしてその円筒状部30を取り囲むようにして、同じく円筒形状に形成された前記第二部材20がこの円筒形状部30に嵌合され、固着される。」(第3頁右上欄17行〜同頁左下欄2行)と記載されている。
なお、金型内に樹脂を注型あるいは、注入(公報3頁右下欄11行参照)する際、圧力を加えて射出することは当然行うことと認められる。
したがって、これらの記載事項によれば、
審判甲第2号証には、「蓋体をなす第一体14と容器本体をなす第二体16との分割形態をなし、それらが互いに固着されて容器体を成し、第二体16は軟質樹脂材の第一部材18と、熱可塑性硬質樹脂材の第二部材20とからなり、第一部材18はその中央部において容器内方へと突入する粘性流体の撹拌部22と備え、該撹拌部には行き止まり穴形態の穴部24が設けられ、該穴部24に支持部材または被支持部材から延び出す軸体が嵌入され、該撹拌部22の周囲に設けられた可撓部26の外周には円筒状部30が延び出しており、円筒状に形成された前記第二部材20を金型内に予めセットしておいて軟質樹脂材を金型内に射出成形することにより前期第一部材18を成形し、前記第二部材20内周全面で前期第一部材の円筒状部30を嵌合・固着により一体に成形する、車両等にCDプレーヤーを搭載するための粘性流体封入ダンパー。」の発明(以下、「先願発明2」という。)が記載されているものと認められる。
(iii)審判甲第3号証(実開平2-72834号公報:平成2年6月4日公開)審判甲第3号証は独立特許要件の判断で掲げた引用刊行物1と同じであるので、
該証拠に記載の発明については前記2.-(3)A.参照のこと。
(iv)審判甲第4号証(特開昭61-189336号公報)審判甲第4号証は独立特許要件の判断で掲げた引用刊行物2と同じであるので、
該証拠に記載の発明については前記2.-(3)A.参照のこと。
(v)審判甲第5号証(「プラスチックス」)審判甲第5号証は、熱可塑性エラストマーについての総説であり、熱可塑性エラストマーとしての独自の用途展開として、「2色成形あるいはインサート成形等の成形技術を駆使し、熱可塑性エラストマーの成形性を加味し、いわゆる硬い材料の上に、熱融着のみで柔らかいエラストマーを成形、融着し、1つの部品を複合化でつくりあげたものである。」(第156頁26行〜30行)と記載されている。
(vi)審判甲第6号証(実開昭61-68393号公報)審判甲第6号証は、「自動車、航空機等に搭載して使用するのに好適な耐振性が改善された光学ディスクプレーヤ」に関するものであり(第2頁5行〜7行)、
「光学ピックアップやディスクテーブル等が設けられたメカデッキを、複数箇所に設けられた懸垂用コイルばねによりフレームに対して懸垂するとともに、上記メカデッキの振動を吸収するためのダンパーを上記フレームと上記メカデッキとの間に介装し、これによって、上記フレームに対して上記メカデッキをフローティング状態で支持するように構成した光学ディスクプレーヤ」に関する発明が開示されている(実用新案登録請求の範囲)。
そして、第2図には、「シャーシ1にメカデッキ2が4個の懸垂用コイルばね10によって懸垂されるとともに、シャーシ1の側板部7,7とメカデッキ2との間には、メカデッキ2の振動を吸収するための4個のダンパー11がそれぞれ懸垂用コイルばね10に隣接して介装され、これによって、シャーシ1に対してメカデッキ2がフローティング状態で支持されている。」構造が開示され(第7頁6行〜13行)、第6図に示されるダンパーについては、「ダンパー11は、シャーシ1の側板部7,7に取付けられている容器部11aと、メカデッキ2に固着されているロッド11bとから構成され、容器部11aはゴム等の弾性材料から成り、その内部には、粘性流体を封入するための収容空間40が形成されている。そして、収容空間40のほぼ中央には、この収容空間40中に突出している泳動部41が設けられている。」と記載されている(第8頁14行〜第9頁2行)。
(vii)審判甲第7号証(特開平1一139240号公報)審判甲第7号証は独立特許要件の判断で掲げた引用刊行物3と同じであるので、
該証拠に記載の発明については前記2.-(3)A.参照のこと。
(viii)審判甲第8号証(特開昭61-213145号公報)審判甲第8号証は、「硬質プラスチック成形部材と軟質プラスチック成型部材とが一体的に融着している複合プラスチック成形品」に関するものであり(第1頁左欄下から6行〜下から4行)、「硬質プラスチックがポリプロピレン樹脂であり、
軟質プラスチックが熱可塑性エラストマーであり、且つ上記両部材が一体的に融着している」発明を開示するものである(特許請求の範囲(1))。また、かかるプラスチック成形体の成形方法として、「従来公知の各種プラスチック成形方法がいずれも使用できる。・・・射出成形方法でまず硬質プラスチック成形部材を成形し、次いで熱可塑性エラストマーを注入して、成形と同時に両者を融着させるインサート方式の射出成形方法あるいは、従来公知の2色成形機を用いる方法等いずれの成形方法でもよい。」点が記載されている(第3頁右上欄6行〜19行)。
(ix)審判甲第9号証:実開平3-91458号硬質樹脂部材(例えばポリプロピレン)からなる外周壁部と、軟質樹脂(例えばサーモプラスチックラバー)で構成された内周壁部34と可撓部26及び攪拌軸部28とからなる容器状本体12(いわゆる器に相当)と、蓋体14とからなる構造。
(x)審判甲第10号証:(準備書面)熱融着についての記載6.-(2)請求人の無効理由についての検討6.-(2)-a.無効理由1(29条の2)についてイ.審判甲第1号証に記載の発明(先願発明1)との対比・判断[イ]本件発明1について(対比)本件発明1と先願発明1を対比すると、先願発明1の「支持フレーム」、「CDプレーヤー」、「スプリング」、「粘性流体」、「ダンパー」、「軸体を嵌入させるための穴部」は、本件発明1の「筐体」、「記録再生装置」、「弾性支持具」、
「減衰材」、「減衰手段」、「突起を受け入れるための凹部」に相当するものと認められ、また、前記突起を受け入れるための凹部は、共に筒状部の端部を覆う弾性部材に設けられている点で共通し、また、先願発明1の「可塑性の硬質樹脂製の第二部材」と本件発明1の「熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなる筒状部」は硬質樹脂である点で共通し、さらに、先願発明1の「蓋体」と本件発明1の「第二密封部材」は、減衰手段をなす容器の「密封部材」として共通するから、
両者は「筐体の一部に設けられる弾性支持具と振動を減衰するための減衰手段で記録再生装置を支持する防振装置であって、
減衰手段は、前記筐体に設けられた複数の硬質樹脂からなる中空の筒状部と、この筒状部内に収容された減衰材と、
前記筒状部の端部を覆う弾性部材には記録再生装置を支持するための突起を受け入れるための凹部を設けると共に、
前記筒状部の他端部に設けられた密封部材とを有する記録再生装置の防振装置。」で一致するが、以下の点で相違する。
相違点1本件発明1が「内部に空間を区画する筐体」を備えているのに対し、先願発明1が「上部にメカデッキを支持するための支持フレーム」を備えている点。
相違点2本件発明1が「筐体にその内方を向くように設けられた、熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなる複数の中空の筒状部」を備えているのに対し、先願発明1は中空の筒状部は支持フレームに上下方向に向いており、かつ、筒状部は硬質樹脂で形成されている点。
相違点3記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部が設けられる弾性部材について、本件発明1が「筒状部の前記筐体内方側の端部のみに射出成形により一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体からなる第1密封部材」を備えているのに対し、
先願発明1は第一部材が容器本体をなす硬質樹脂製の第二部材の内周壁全面において、軟質樹脂で射出成形される内周壁部と、これに連結し、前記突起を受け入れるための凹部を弾性的に支持するための可撓部とからなっている点。
(相違点の検討)上記相違点について検討する。
相違点1について先願発明1の、上部にCDプレーヤーのメカデッキを支持するための支持フレームを備える構成は、支持フレームの内部にCDプレーヤーを収納するための空間を備えていないので、本件発明1の「内部に空間を区画する筐体」とは、明らかに構成が相違する。
しかしながら、審判甲第3号証の第3図および審判甲第6号証の1〜4図の記載及び他の無効審判請求人である東海ゴム工業株式会社の提示した審判甲第3、5乃至9号証も合わせて考慮すれば、「内部に空間を区画する筐体と、この筐体の一部に設けられ、記録再生装置を支持するための弾性支持具と、前記筐体の一部に設けられ、前記記録再生装置を支持し、かつその振動を減衰するための減衰手段とを備えた防振装置」の構成は、この分野におけるダンパーの周知の使用形態にすぎず、
先願発明においても、このように構成することは適宜実施しうる程度のことにすぎない。
なお、上記請求人東海ゴム工業株式会社の提示した上記証拠は以下のとおりである。
審判甲第3号証:実開昭60-163592号公報審判甲第5号証:実開昭63-114492号公報審判甲第6号証:実開昭63-164891号公報審判甲第7号証:特開昭61-215822号公報審判甲第8号証:実開平2-96056号公報及び実願平1-4970号のマイクロフィルム審判甲第9号証:実開平2-114238号公報及び実願平1-23407号のマイクロフィルム相違点2について先願発明1における粘性流体封入ダンパーは、支持フレームに上下方向に向いており、かつ、上記相違点1のように、先願発明1における支持フレームは内部に空間を区画していないので、「筐体内方に向くように設けられた、・・・中空の筒状部」の構成とも異なる。しかしながら、本件発明1に係る上記構成は、上記したように周知の使用形態を採用する際、当然得られる構成にすぎない。
一方、先願発明1の容器本体は、熱可塑性の硬質樹脂であり、本件発明1の材料である熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックとも異なる。そして、審判甲第7号証に「ポリカーポネートなどの硬質で諸特性に優れたエンジニアリングプラスチックで構成された部位と、軟質の熱可塑性弾性体で構成された部位とを有する複合成形体を熱融着手段により効率よく製造する方法」および、審判甲第8号証に「硬質プラスチックがポリプロピレン樹脂であり、軟質プラスチックが熱可塑性エラストマーであり、且つ上記両部材が一体的に融着している」発明が開示されているとしても、それにより先願発明1における前記硬質樹脂が実質的に「熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチック」を意味するとも、先願発明1において、熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックが当然に用いられるべきものとも認められない。
相違点3について本件発明1は、予め形成されている「筒状部」の端部のみに射出成形により軟質の熱可塑性弾性体を固着している。
これに対して、先願発明1は、「樹脂製の第一部材と第二部材を2色形成により、同時成形」している。その際、同時成形といっても、このような2つの筒状のものを全く同時に形成できず、一方を形成しておいてから他方を形成するであろうことは参考資料1の記載から明かであるので、予め形成した硬質樹脂の筒に接するように軟質樹脂を射出成形すれば両者の間には、程度の差はあっても「熱融着」と同様の現象が生じているものと認められる。
しかしながら、先願発明1は、攪拌軸部58と、可撓部60と、容器本体の内周壁部62が一体に形成され、そのうちの内周壁部62の外周には外周壁部64が同時成形により配置された形状となっている。即ち、外周壁部64の内周面全面で内周壁部と固着されており、外周壁部の端部のみで固着するとの思想は認められない。
このため、先願発明1は、積極的に固着の強度を高める等の意図がない以上、軟質樹脂として軟質の熱可塑性弾性体を実質的に用いていると認めることはできない。
また、先願発明1の攪拌軸部58と可撓部60及び容器本体の内周壁部62とからなる第一部材は一体に形成されることにより一つの容器を形成しているので、外周壁部64の端部を本件発明1のように密封部材を固着することにより「密封」して容器を形成する構成とも相違する。
さらに、先願発明1における第一部材は、その上端の開口周縁部から内側に突出するようにして立ち上がる薄肉の環状突片72が設けられ(第3頁左下欄18〜19行参照)、すなわち柔らかい前記環状突片72をも一体に成形するので、前記周壁部62を短くして前記外周壁部64の下側端部のみとする思想は認められない。
なお、請求人は平成12年5月10日付け上申書第2頁において、「筒状部の筐体内方側端部に」という構成は、筒状部の端部のみに第1密封部材が熱融着していなければならないということを示している訳ではないことは明らかであり、審判甲第1号証のように、筒状部に相当する第二部材の内側全体に第1密封部材に該当する第一部材が熱融着しているからといって、同一でないとは言えない旨主張しているが、上記したように先願発明1には筒状部の端部のみで密封する思想はうかがえないから、その主張は採用できない。
以上検討したように、相違点1乃至3は全て実質的な相違でないと言えないので、
本件発明1と先願発明1を同一であると認めることはできない。
[ロ]本件発明2乃至4について本件発明2乃至4は、請求項1に係る発明を引用して更に減縮した発明であるので、本件発明1が先願発明1と同一であると認められない以上、先願発明1と同一とであるとすることはできない。
ロ.審判甲第2号証に記載の発明(先願発明2)との対比・判断[イ]本件発明1について(対比)本件発明1と先願発明2とを対比すると、先願発明2の「蓋体14」、「粘性流体」、「行き止まり形態の穴部」、「第二体の第二部材20」は、本件発明の「第2密封部材」、「減衰材」、「突起を受け入れるための凹部」、「中空の筒状部」に相当し、また、先願発明2の「蓋体14」と本件発明1の「第2密封部材」は、
容器を密封する点で共通するから、両者は、「熱可塑性樹脂からなる中空の筒状部と、該筒状部に接して型成形により一体に固着された軟質樹脂の弾性体からなり、
略中央部に前記記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部が設けられた部材を前記筒状部の一端側に設け、他端側には密封部材を備え、前記筒状部内に収容された減衰材とからなる記録再生装置用の減衰手段。」で一致し、以下の点で相違する。
相違点1本件発明1が「内部に空間を区画する筐体と、この筐体の一部に設けられ、記録再生装置を支持するための弾性支持具と、前記筐体の一部に設けられ、前記記録再生装置を支持し、かつその振動を減衰するための減衰手段とを備えた防振装置」の構成を備えているのに対し、先願発明2はこの構成を備えていない点。
相違点2本件発明1が「筐体にその内方を向くように設けられた、熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなる複数の中空の筒状部」の構成を備えているのに対し、先願発明2はこのような構成を備えておらず、「熱可塑性樹脂からなる中空の筒状部」を備えているのみである点。
相違点3該筒状部に接して型成形により一体に固着された軟質樹脂の弾性体からなり、略中央部に前記記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部が設けられた部材について、本件発明1が「筒状部の前記筐体内方側の端部のみに射出成形により一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体」からなり、かつ「密封部材」を形成しているのに対し、先願発明2は「撹拌部22の周囲に設けられた可撓部26の外周には円筒状部30が延び出しており、円筒状に形成された前記第二部材20を金型内に予めセットしておいて軟質樹脂材を金型内に射出成形することにより前記第一部材18を成形し、前記第二部材20内周全面で前記第一部材の円筒状部30を嵌合・固着により一体に成形する」点、すなわち、筒状部に相当する熱可塑性硬質樹脂の第二部材20の内周全面において、軟質樹脂である第一部材の円筒状部30が一体に成形され」、その部材は「軟質樹脂」であり、「金型内に射出成形により嵌合・固着」している点で相違する。
(相違点の検討)上記相違点について検討する。
相違点1について「内部に空間を区画する筐体と、この筐体の一部に設けられ、記録再生装置を支持するための弾性支持具と、前記筐体の一部に設けられ、前記記録再生装置を支持し、かつその振動を減衰するための減衰手段とを備えた防振装置」の構成は、審判甲第3号証の第3図および審判甲第6号証の1〜4図の記載によれば、公知の構成と認められ、更に、他の無効審判請求人である東海ゴム工業株式会社の提出した審判甲第3、5乃至9号証を加えて考慮すれば周知の構成(参照のこと)であり、先願発明2のような粘性流体封入ダンパーをこのように配置することは、周知の使用形態にすぎないと認められる。
相違点2について「筐体の内方を向くように設けられた複数の中空の筒状部」は、先願発明2を上記の周知の使用形態とする際、当然得られる構成にすぎない。
しかしながら、参考資料4に熱可塑性樹脂がエンジニアリングプラスチックの中心であると記載されている(第4頁第8〜10行参照)からといって、該第二部材の硬質樹脂(熱可塑性樹脂)が実質的にエンジニアリングプラスチックであると断定できないから、先願発明2が「筐体の内方を向くように設けられた、熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなる複数の中空の筒状部」の構成を実質的に備えているとすることはできない。
相違点3について審判甲第5号証には「熱可塑性エラストマー」がゴムとプラスチックの両方の機能を合わせ持つ唯一の素材である点、及び該熱可塑性エラストマーを熱融着により成形する点が公知であることが審判甲第6号証により認められ、また、審判甲第7、8号証に、「他の樹脂に軟質の熱可塑性弾性体(エラストマー)を熱融着手段により融着させて複合成型品を製造する点について記載されている。
しかしながら、先願発明2は、第一部材18は軟質樹脂材(またはゴム材)を注型により形成する旨記載している(前記指摘部分参照のこと)が、実施例では、該第一部材にゴムを用い、対する第二部材に硬質樹脂を用いている(同じく前記指摘部分参照のこと)。このようなゴムと合成樹脂の組合せにおいて、その接合面で上記証拠のように積極的に接着しようとする場合と同じように当然に強固に接着しうるとは認め難い。しかも、両者を成形により嵌合・固着しているのであるから、先願発明2においては、両者間を強固に接着しようとの思想は認められない。
そのため、先願発明2における該軟質樹脂材が実質的に熱可塑性弾性体であると認定することはできない。
さらに、軟質樹脂からなる第二体の第一部材18は、第二体の第二部材20である硬質樹脂製円筒状部材の内周全体で嵌合・固着されており、円筒状部材の端部のみで固着されていない。しかも、第一部材18はこれのみで一つの密閉容器を形成しており、前記硬質樹脂製円筒状部材は、第一部材の補強材として用いられていることは明らかであり、本件発明1における第1密封部材のように筒状部の端部のみに他の部材を固着することにより該筒状部の端部を密封するとの思想はうかがえない。
したがって、この相違点3に係る構成は実質的に同じであるとすることはできない。
上記の理由により、先願発明2は筒の内周全面で固着しているので、端部も当然に固着しているとの請求人の上申書における主張は採用することができない。
したがって、上記相違点1乃至3は全て実質的な相違でないとすることはできないから、本件発明1と先願発明2を同一であると認めることができない。
[ロ]本件発明2乃至4について本件発明2乃至4は、請求項1に係る発明を引用して更に減縮した発明であるので、本件発明1が先願発明2と同一と認められない以上、先願発明2と同一とすることはできない。
6.-(2)-b.特許法第29条第2項違反についてイ.審判甲第3号証に記載の発明との対比・判断[イ]本件発明1について本件発明1と審判甲第3号証に記載の発明(独立特許要件を検討した引用刊行物1と同じ)を対比すると、両者における一致点・相違点については、先の独立特許要件の判断(2.-(3))で記したとおりである。
なお、請求人は、両者の一致点・相違点等について、概ね以下のように主張している。
すなわち、審判甲第3号証の第3図の防振装置の構造は本件発明の構成要件「A」で一致し、また、ダンパ60を構成する容器部22は筒状体に一致し、蓋部23は、第1密封部材に一致する。又、審判甲第3号証には、容器部22の筐体内方側端部に容器部22より軟質の蓋部23を設ける点、及び、蓋部23は中央部に支持軸挿入部23aを有する点も記載され、内部に粘性流体14aを封入する点も記載されている。・・・両者は筒状体の端部に第1密封部材を設けた点で一致し、・・・一方、審判甲第3号証は、筒状部(容器部23)及び第1密封部材(蓋部23)を硬さは異なるが、同様なゴム材料で形成した点、また、両者を接着している点、さらに、第1密封部材(蓋部23)とは反対側に第2密封部材がない点で、本件発明1と異なる。
しかしながら、同様なダンパにゴムではなく、弾性プラスチックを用いても良い点は審判甲第4号証から公知であるので、これを審判甲第3号証の筒状部(容器部22)を第1密封部材(蓋部23)より硬質に形成するという着想を組み合わせれば、第1密封部材に弾性プラスチックを用い、筒状部に硬質プラスチックを用いる点は容易に相当することができる。また、弾性プラスチック、すなわち、熱可塑性エラストマーは、2色成形により硬い樹脂の上に熱融着により成形、融着し、複合化できることが、審判甲第4号証に示されており、「硬質プラスチックと熱可塑性エラストマーとを一体的に熱融着させる」点は、審判甲第7号証又は審判甲第8号証等によっても公知であるから、硬い筒状体と柔らかい第1密封部材とを熱融着により一体化する点も当業者が容易に想到できるものである。なお、このように筒状体と第1密封部材とを一体的に形成すれば、例えば、審判甲第6号証の第6図に示されるように筒状体の他端部に第2密封部材を固着する構成とする点も当業者であれば容易に想到し得るものである。」と主張している(審判請求書第9頁10行〜10頁17行)。
しかしながら、このように、筒状部を硬くする点、ダンパに弾性プラスチックを用いる点から、第1密封部材に弾性プラスチックを用いると共に筒状部に硬質プラスチックを用いる過程、弾性プラスチック(熱可塑性エラストマー)が2色成形により成形、融着できることから、硬質プラスチックと熱可塑性プラスチックを一体的に熱融着させる過程、更に、硬質プラスチックとして熱可塑性エンジニアリングプラスチックを選択する過程との何段もの思考過程を経ないと、本件発明1の構成の一部である筒状部と第1密封部材の構成が得られないのであるから、容易に想到しうるとすることは到底できない。
また、本件発明1が熱融着のみに特徴を有するものではないことは、上記複数の相違点に示したとおりであり、2色成形により熱可塑性エラストマーを硬い材料の上に熱融着のみで成形、融合し、1つの部品を複合化でつくりあげる点が公知であるとしても、それのみでダンパーに転用し、本件発明の特許性を否定することができないことも先に記したとおりである。
[ロ]本件発明2について審判甲第3号証の第12頁には「開口端22cの近辺には支持部材の取付孔1aに嵌入させる溝22dが設けられている。」と記載されているように、請求項2に記載の減衰手段は筐体に着脱自在に取りつけられ」の構成を備えているものと認められるが、「エンジニアリングプラスチックからなるブラケットを有し、このブラケットに前記筒状部が形成されていること」の構成を備えておらず、審判甲第4乃至8号証を参照しても単なる設計事項との根拠も認められない。
しかも、本件発明2は、請求項1の従属項であるから、上記のように本件発明1が、審判甲第3乃至8号証に記載の発明から容易に発明をすることができないものである以上、本件発明2も、容易に発明をすることができたものとすることができない。
[ハ]本件発明3について「筐体と前記筒状部とが、一体に型成形された熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなる」点は、審判甲第3号証に記載されておらず、かつ、審判甲第4乃至8号証の記載を参照しても単なる設計事項との根拠も認められない。
しかも、本件発明3は、請求項1の従属項であるから、上記のように本件発明1が、審判甲第3乃至8号証に記載の発明から容易に発明をすることができないものである以上、本件発明3も、容易に発明をすることができたものとすることができない。
[ニ]本件発明4について「第2密封部材は熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなり、略中央部に熱融着可能な前記減衰材の注入口が形成されていること」点は、審判甲第3号証に記載されておらず、かつ、審判甲第4乃至8号証の記載を参照しても単なる設計的な選択事項との根拠も認められない。
しかも、本件発明4は、請求項1乃至3の従属項であるから、上記のように本件発明1が、審判甲第3乃至8号証に記載の発明から容易に発明をすることができないものである以上、本件発明4も、容易に発明をすることができたものとすることができない。
ロ.審判甲第4乃至8号証に記載の発明との対比・判断審判甲第4乃至8号証に記載の発明は、「6.-(1)」に記したように、本件発明1乃至4に対して、部分的に共通するだけなので、これらの発明から、本件発明1乃至4が容易に発明をすることができたとすることはできない。
6.-(2)-c.特許法第36条第4項違反について請求人は、本件の請求項1乃至4には、以下の理由により本件特許発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されていないので、請求項1乃至4に係る特許発明は、特許法第36条第4項第2号に違反する旨主張している。
イ.熱融着について本件特許は、熱融着する点に特許性を求めるのであれば、熱融着について明瞭にするか、熱融着する材料を特定すべきであると、主張している。
しかしながら、本件の特許請求の範囲の請求項1(本件発明1)の記載は、熱可塑性のエンジニアリングプラスチックからなる筒状部の端部のみに軟質の熱可塑性弾性体を射出成形により熱融着することを構成要件としているが、構成要件はこれのみではない。また、本件発明1に対応した目的、構成及び作用が発明の詳細な説明中に記載されており、特に筒状部と第1密封部材の材質や熱融着の方法も具体的に掲げ、かつ掲げられた各材料及び各方法によっても当業者が容易にその発明を一応実施することができる程度に記載されている(特許公報第5欄30行〜第6欄26行参照)ものと認められる。
そして、発明の詳細な説明には、上記具体的な材料を包括する概念である用語として「熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチック」、「熱可塑性弾性体」と材料名を定義したものと認められ、かつ両部材の接着構成である「熱融着」も明細書中で明確に記載している(上記指摘部分参照)ものと認められるから、特許請求の範囲の請求項において、実施例のレベルに熱融着する特定の材料を特定する必要も、熱融着の意味をさらに明確にする必要も認められない。
また、請求人は、平成12年5月10日付け上申書第5頁において、審判乙2号証の2は融着を定義したものであって、熱融着を定義したものではない旨主張しているが、審判乙2号証の2には「融着接着剤、溶剤を使用するのではなくて、
被着面を加熱、軟化溶融させて接合する方法」と記載されているが、この場合、融着のために加熱しているのであるから、実質的に「熱融着」の意味であると認められる。
なお、上申書,陳述要領書において請求人の指摘するとおり、平成8年12月16日付け異議答弁書における被請求人の主張は「・・・2色成形により溶着・融着する樹脂同士の組み合わせは限られています。」(第4頁17〜18行)と2色成形で溶剤を用いる固着方法である「溶着」が行われる旨、或いは、「追記本願発明を説明する明細書に溶着可能な組み合わせの樹脂名を明記したのは・・・」(第5頁5〜6行)と主張している様に、溶着と融着を混同しているものと認められる。
しかしながら、上記審判乙2号証の2および審判甲第5、7,8号証の記載によれば本件の特許明細書における「熱融着」の定義は矛盾していないものと認められる。
ロ.ポリプロピレンについて請求人は、「エンジニアリングプラスチック」という技術用語には一般樹脂に分類されるポリプロピレンが含まれないという当業者の共通の認識とも明らかに矛盾し、不明瞭であると、主張している。
この主張について検討すると、
本件請求項1に係る発明の「熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなる複数の中空の筒状部」は、その端部に軟質の熱可塑性弾性体を熱融着するが、
発明の詳細な説明中には、「ブラケット6は筒状部11を含めて、周知の射出成型法により一体成形される。ブラケットの材質は、ABS、ポリカーボネート(PC)、ポリプロピレン(PP)、PBT,ナイロン6,11,12、など、機械的強度、成形性が良いもの、いわゆるエンジニアリングプラスチックと呼ばれるものであるならどんな合成樹脂でも良い。」と記載している(特許公報5欄33〜38行)。
請求人の提示した参考資料3,4によれば、「ポリプロピレン」は、「エンジニアリングプラスチック」の代表的なものではないと認められる。しかしながら、参考資料4には「同一種類の合成樹脂でも、エンプラの場合と汎用プラスチックの場合では、プラスチックとしての性能に当然大きな差がある。
もち論プラスチックの性能は、基本的に原料樹脂の性能によって規定されるが、
特にエンプラは、このような素材性能にどの位の付加価値を付与するかということであって、その付加価値は、複合、ブレンド、変性(究極的には分子設計)などの物理化学加工、・・・によって付与される。
さて、エンプラと通常呼んでいる曖昧な表現を、仮に製品分類として考えた場合でも、汎用プラスチックとの区分あるいは境界を、定量的な性能値によって決めるのは極めて困難であり、場合によっては無意味である。」(第3頁21行〜30行)及び「しかし、一般的な概念としてのエンプラという表現について、現状における常識に最も近いまた無理のない形で概念規定を試みると、(1)高性能プラスチックの原料となる合成樹脂,一般にadvancedまたはexoticな熱可塑性樹脂が中心,(2)高性能プラスチック(汎用樹脂製品の包含される)、(3)高性能でかつ高機能(磁性、導電性など)なプラスチック,などの概念が混在し、かつ、(4)プラスチックという形態で非耐力機械部品、部材、ハウジングなど、いわゆるエンジニアリング的な用途に用いられるもの、ということである。なおこれらの表現が曖昧で、感覚的であることも、エンプラの一つの特徴となっている。」(第4頁8行〜14行)と記載されているように、エンジニアリングプラスチックの定義は極めて曖昧であり、さらに、ポリプロピレンは審判乙3号証の2によればエンジニアリングプラスチックとして定義される場合もあることが認められる。
したがって、「エンジニアリングプラスチック」の中に、性能的にやや劣る(汎用として定義されることが多いため)ポリプロピレンを入れるか否かは、性能が反対のものを入れるような場合と違い単に定義するか否かの問題にすぎないと認められる。
そして、このように元々用語の定義が曖昧な場合などで特定の意味で使用しようとする場合には、明細書中で定義するように規定されている(特許法施行規則第24条様式29備考8参照のこと)から、上記のように発明の詳細な説明中で「エンジニアリングプラスチック」の具体的材料として列記された材料を用いて実施し得る以上、請求人Hの提示した審判甲第9号証の公開実用新案公報に記載の考案について、「このサーモプラスチックラバーは、硬質樹脂のポリプロピレンとは融着も溶着もしません。・・・」との特許異議申立人加藤妙子による異議申立に対する平成8年12月1日付け特許異議答弁書において被請求人が主張していたとしても、
その事実によって明細書中のエンジニアリングプラスチックからポリプロピレンを排除することはできない。
したがって、特許請求の範囲に記載の「熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチック」は、発明の詳細な説明に記載すなわち、定義している「エンジニアリングプラスチック」中のポリプロピレンを用いても実施可能である以上、上記請求項1の記載が不明瞭であり構成要件を欠いているとの請求人の主張は、採用することができない。
7.むすび以上のとおりであるから、当審における特許無効理由通知に記載の理由並びに、
請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件発明1乃至4に係る特許を無効とすることはできない。
又、他に本件発明1乃至4に係る特許を無効とする理由を発見しない。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実