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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 発明者 /  物の発明 /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  出願公開 /  同一の発明 /  実質的に同一 /  権利の濫用(権利濫用) /  数値限定 /  置換 /  不存在 /  禁反言 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  発明の範囲 /  拒絶査定 /  変更 /  要旨変更 / 
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事件 平成 13年 (ネ) 2818号 特許権不侵害確認請求・特許権侵害差止請求控訴事件
控訴人 三水株式会社
訴訟代理人弁護士 森田政明
補佐人弁理士 永井義久
被控訴人 リンテック株式会社
訴訟代理人弁護士 田倉整
訴訟復代理人弁護士 田倉保
補佐人弁理士 志水浩
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/10/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人の本訴請求を棄却する。
(3) 被控訴人は,タコグラフ・チャート用紙(加工銘柄TAC-14改2)を製造し,使用し,譲渡し,貸し渡し,若しくは輸入し,又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をしてはならない。
(4) 被控訴人は,前項記載のタコグラフ・チャート用紙の既製品及び半製品を廃棄せよ。
(5) 被控訴人は,控訴人に対し,1億7466万9306円及びこれに対する平成12年4月15日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人 主文同旨
事案の概要等
1 本件は,被控訴人が,その製品であるタコグラフ・チャート用紙(加工銘柄TAC-14改2,以下「本件製品」という。)について,控訴人が,別紙特許公報記載の特許(特許番号第2619728号,以下「本件特許」といい,これに係る発明を「本件発明」という。)に基づく製造・販売の差止請求権を有しないことを確認する裁判を求め(本訴),控訴人が,本件特許に基づき,本件製品の製造・販売の中止,既製品等の廃棄及び損害賠償金の支払を被控訴人に命じる裁判を求めた(反訴),という事案である。
2 被控訴人は,控訴人から,タコグラフ・チャート用紙(以下,単に「記録紙」ということもある。)の原反に塗る薬液(乾くと,後記の隠蔽層となる薬液)のサンプル(見本)の提供を受け,これを改良して製品化した,としている。控訴人も,その開発した薬液が,被控訴人に渡ったこと自体は,明確に争うことをしていない。
被控訴人が最初に製造・販売したタコグラフ・チャート用紙について,控訴人が,本件特許を侵害するとして,差止めの仮処分命令の申立てをし,差止請求訴訟の提起もした。そこで,被控訴人は,記録紙の原反に塗る薬液の組成を変えたとして(甲第3号証),新たな製品を市場に投入した。これが,本件製品である。
3 本件特許の構成要件(以下単に「構成要件」という。)は,次のとおりである。(当事者間に争いがない。) (1) 隠蔽層が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙の表面に形成されたこと (2) 同隠蔽層は @ 隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子と A 成膜性を有する水性ポリマーの組成物 からなること (3) 上記組成物は,@とAの重量比(以下「本件比率」という。)が1から3の範囲であること (4) (1)〜(3)を特徴とする記録紙であること 4 原審における被控訴人の主張の要旨 本件製品の隠蔽層を形成する組成物(以下「本件薬液」ということもある。)の組成(以下「配合表A」という。)は,次のとおりである。本件薬液は,ローペイクHP-1055を原材料の一つとしている。
(1) スチレン/(メタ)アクリル酸/(メタ)アクリル酸エステル共重合体 76.9重量% これが,隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマーである。
(2) スチレン/アクリル酸共重合体 2.2重量% これは,分散剤である。
(3) スチレン/メタクリル酸メチル/ブタジエン/カルボン酸共重合体 16.5重量% これが,成膜性を有する水性ポリマーである。
(4) カゼイン 3.3重量% これは,塗工改良剤である。
(5) その他 1.1重量% これによると,本件製品における本件比率は,76.9÷16.5,すなわち約4.66になる。したがって,本件製品は本件発明の構成要件(3)を満たさない。
5 原審での控訴人の主張の要旨 (1) 本件薬液の76.9重量%を占めるローペイクHP-1055(すなわち上記4(1)の成分)の中には,成膜性を有する「未中空の」水性ポリマーが,本件薬液の8.5重量%存在する。
(2) スチレン/アクリル酸共重合体(上記4(2)の成分),カゼイン(上記4(4)の成分)は,いずれも,「成膜性を有する水性ポリマー」に該当する。
(3) そうすると,本件比率は,(76.9-8.5)÷(2.2+16.5+3.3+8.5),すなわち,2.24になる。したがって,本件特許の構成要件(3)を満たす。
6 原審の判断の骨子 (1) ローペイクHP-1055の中に,未中空の水性ポリマーが含まれると認めることはできない。
(2) したがって,仮に,上記4,5の(2)(スチレン/アクリル酸共重合体),(4)(カゼイン)が成膜性を有する水性ポリマーに該当するとしても,構成要件(3)は充足されない。
当事者の主張
当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」記載のとおりであるから,これを引用する。
1 当審における控訴人の主張の要旨 (1) 控訴人は,被控訴人が別件の手続で提出した記録紙(以下「被控訴人提出物件」という。)と,被控訴人が本件薬液のものであると主張する配合表(「配合表A」)に基づき控訴人が作成した記録紙(「試作品A」)とについて,それぞれ,客観的物性値の測定,赤外線分光計によるIRチャートの分析を行った。
その結果,以下の理由から,試作品Aは,被控訴人提出物件とは組成が異なるものであることが判明した。
ア 試作品Aは,白色度においては,被控訴人提出物件のものの範囲内にあるものの,印字特性,印刷特性においては,被控訴人提出物件のものより剥離度が高く(密着度が低く),被控訴人提出物件とは客観的物性値が異なる(乙第38号証,第45号証〜第50号証)。
被控訴人は,控訴人提出の実験結果に対し,試作品Aの剥離度が高く(密着度が低く)なっているのは,その作成の過程において,乾燥温度の影響を考慮せず,低すぎる温度で乾燥しているためである,と主張する。
しかし,被控訴人がそのことを立証するものとして提出している甲第44号証の1では,着色原紙として,被控訴人提出物件とは異なるPPC用紙及び黒色ポリエステルフィルムが用いられているから,これを被控訴人の主張の裏付けとすることはできない。
ガラス転移温度(Tg)を超えて,乾燥温度を高くしすぎると,中空孔ポリマーは,中空→密実→皮膜へと状態が変わり,隠蔽性が低下する。そのため,控訴人は,記録紙としての品質を損なわないよう,ローペイクHP-1055のガラス転移温度(Tg)以下で乾燥して,試作品Aを作成したものであり,作成過程に何ら不当な点はない。
イ 吸収スペクトルの波形について,バインダー成分に見られる水性ポリマーの存在を疑わせる部分,炭化水素に由来すると思われる部分に大きな相違がある。
(乙第35号証〜第38号証,第46号証〜第50号証) 被控訴人は,この点について,控訴人の実験結果は,打抜き加工,印刷の影響を考慮していない,と主張する。しかし,打抜き加工は,化学的な変化をもたらすものではなく,また,印刷についても,インク中の炭酸カルシウム,脂肪酸エステルの影響を考慮すれば足りるものであり,実際には,その影響はわずかである。
(乙第61号証の1,2) (2) 控訴人は,さらに,IRチャートによる分析を重ね,その結果を基に,バインダーとなるポリマーの配合量を配合表Aにおけるよりも増量して,後記の配合表(「配合表B」)に到達した。これにより作成した試作品(「試作品B」)は,被控訴人提出物件と,白色度,印字特性,印刷特性が酷似することが判明した。
(乙第38号証,第46号証〜第50号証) (3) 配合表Bの組成は,以下のとおりである。
@ スチレン/(メタ)アクリル酸エステル/(メタ)アクリル酸(共)重合体 71.5重量%(原料の商品名 ローペイクHP-1055) ただし,うち2.738重量%(薬液全体に対する重量%)は,未中空のポリマーである。
なお,ローペイクHP-1055自体には,平均3.83%の未中空ポリマーが含まれている。
(甲第9号証,第89号証,乙第39号証〜第43号証,第60号証,第66号証〜第68号証)。
A スチレン/アクリル酸共重合体 2.2重量%(原料の商品名はアクリスGSA2302) B スチレン/メタクリル酸メチル/ブタジエン/カルボン酸共重合体 19.5重量%(原料の商品名はJSR0696) C 酸カゼイン 3.3重量%(原料の商品名はALACID730) D 炭酸カルシウム 3.5重量% 上記AないしCは,いずれもバインダー剤としての効果を有する。
この配合表Bにおいて,仮に,ローペイクHP-1055の全固形分が,中空孔ポリマーだったとしても,本件比率は2.86(71.5÷(2.2+19.5+3.3))となり,本件特許の構成要件(3)を満たす。そして,実際には,ローペイクHP-1055中に未中空ポリマーが存在し,これもバインダー効果を有するから,これを加味すると,本件比率は約2.479((71.5-2.738)÷(2.2+19.5+3.3+2.738))となり,やはり構成要件(3)を満たす。
(4) 仮に,被控訴人提出物件に使用された薬液の組成が配合表Aのとおりだとしても,構成要件(3)は満たされる。ローペイクHP-1055には,前記のとおり,平均3.83%の未中空ポリマーが含まれ,これもバインダー剤となるので,これをバインダー剤に含めて計算すると,本件比率は,控訴人が用いたローペイクHP-1055の製造ロットによりいくらか異なるものの,2.939ないし2.991となるからである。
(5) ローペイクHP-1055中の未中空のポリマーの存在及びこれが成膜性を有する水性ポリマーに該当することについて 被控訴人自身,ローペイクHP-1055において,中空状粒子が重合する際,未反応物やオリゴマーの発生が不可避であることを認めている。
この,生成過程における未反応物質が,粒子の粘性やバインダー効果を増大させる効果を持っているのである。
被控訴人が引用する,甲第88号証添付の,James T.Brown氏作成の書簡の中でいわれているのは「歪んだ,壊れた又は潰れた中空球体粒子」についてであって,未中空ポリマーについてのバインダー効果については述べられていない。
(甲第89号証,乙第41号証〜第43号証) (6) 被控訴人の,本件特許が無効であるとの主張等に対して ア 被控訴人が挙げる発明(特開平2-80288 平成2年3月20日出願公開 以下「本州発明」という。甲第70号証,第72号証)には,「中空球体状微粒子」と「バインダーとしての水溶性ポリマー」の重量比を明確に数値限定した記載はない。
そもそも,本州発明は,解決課題として「熱により感熱層が溶けて透明となり,着色層が顕色する方式」における「発色性,発色画像の保存安定性」の点で,好ましい含有量を示唆しているにすぎない。
本州発明は,本件発明と同一でも,実質的に同一の発明でもない。これを根拠とする被控訴人の主張は,すべて理由がない。 イ 被控訴人が挙げる特公昭50年第14567号「感圧コピーシートおよびその製造法」の公報に記載された発明における「油性のコア物質」又は「水不混和性物質」は,水性ではなく油性であり,「水性の中空孔ポリマー」ではない。
「成膜性を有する水性ポリマー」の使用や本件比率を示唆する記載もない。
2 当審における被控訴人の主張の要旨 (1) 控訴人の主張(1),(2)に対する反論(試作品A,Bと被控訴人提出物件との比較について) ア 被控訴人提出物件は,原反そのものではなく,印刷,打ち抜き加工が施されている。これが施されていない原反である試作品Aとの単純な比較をすることは相当でない。
試作品Bとの比較についても,控訴人の実験は,試薬の選択等が恣意的である。
イ 試作品Aの密着性に関して,白色隠蔽層の密着性は,乾燥温度が高くなると向上するのに,試作品Aは,乾燥温度の影響を看過し,不当に低い温度で作成されている(甲第44号証)。
ウ IRチャートの分析についても,原反そのもの(試作品A)と,印刷,打抜き加工をしているもの(被控訴人提出物件)との違いを無視している。
そもそも,複数のポリマーが存在している場合,どのようなポリマーが,どの程度含まれているかは,IRチャートの分析で直ちに確認できることではない(甲第45号証〜第48号証)。
(2) 控訴人の主張(3)及び(4)に対する反論(ローペイクHP-1055の中における未中空ポリマーの不存在) ア ローペイクHP-1055は,特開平6-25314号(乙第26号証)の実施品ではない。同発明の中空孔ポリマーは,シェル(殻)を通過するコア(芯)からの「通路」を有するのに対し,本件発明の中空孔ポリマーは,不透明化力を保つため,シェルを通過する「通路」を持ってはならないからである。
乙第26号証の測定方法は,シェルから酸が「通路」を通じて外部に解放されることを前提としているから,そのような測定方法を,「通路」を持たない中空孔ポリマーを含むものに適用することは,相当でない。
イ 乙第39号証や乙第40号証の測定は,酸中和滴定において,滴定中の炭酸ガスやコアポリマーを絞り出し,あるいは,遠心分離等の過程で,ローペイクHP-1055中に含まれる粒子を変形・破壊し,本来中空孔ポリマーの中に含まれる物質までも測定しており,信憑性に欠ける。
ウ 被控訴人は,ローペイクHP-1055の製造元である,ローム・アンド・ハース社に,未中空ポリマーの概念,量,測定方法について問い合わせた上,ローペイクHP-1055を遠心分離し,その後に得られる上澄み液中の不揮発分を定量し,一応それが「未中空ポリマー」であるものとして,計測した。その結果,未中空ポリマーとされたものの量は,せいぜい全固形分の0.61〜0.987重量%であった。なお,上記方法によっては,中空粒子成分を完全に分離することはできず,上記未中空ポリマーとされたものの中に,中空状粒子の存在も確認できた。結局,ローペイクHP-1055の原液であっても希釈液であっても,中空孔ポリマー粒子以外の成分の含有量は,全固形分の1.0重量%未満であった。
(甲第57号証,第87号証,第88号証) (3) 控訴人の主張(5)に対する反論(「未中空ポリマー」の成膜性について) ア ローム・アンド・ハース社は,「小社のローペイクHP-1055中空球体顔料(Ropaque Hollow Sphere Pigment)に含まれる,歪んだ,壊れた又は潰れた中空球体粒子は,従来の紙塗工品でのバインダーとして有用なバインダーより遙かに高いガラス転移温度(Tg)を持っています。付帯的に壊れた又は潰れた,いずれの粒子のTgも100℃を超えるはずであり,したがって,いずれも結合能力に寄与することは通常では考えられません。」(甲第88号証)との見解を示している。
イ 控訴人が主張するように,未中空ポリマーが,スチレン/(メタ)アクリル酸/(メタ)アクリル酸エステル共重合体から成るのであれば,中空孔ポリマーと同一組成であり,化学的に同一組成である。したがって,中空孔ポリマーが非成膜性であるなら,未中空ポリマーも非成膜性であり,中空孔ポリマーが成膜性を有するなら,未中空ポリマーも成膜性を有するはずである。
以上に基づき,本件比率を計算すると,1未満となる。
(甲第88号証) (4) 本件特許の無効 ア 特許法29条の2違反 本州発明は,特許法29条第2項に該当するとして拒絶されている。この本州発明において,本件特許の構成要件はすべて開示されているから,本件特許は,特許法29条の2に該当し,同法123条1項2号により無効とされるべきである。
(甲第55号証,第58号証,第60号証,第62号証,第68号証〜第81号証) イ 追試不能 本件特許の明細書の実施例にある四つの配合に基づき,追試を行ったところ,いずれも,白色度,外観,印字特性及び印刷適性において,記録紙としては不合格品であった。また,そもそも,上記明細書の開示は,原料となるべき製品の特定ができない,特定できても入手不可能なものであるなど,極めて不十分なものであり,当業者にとって,追試は極めて困難であった。
本件特許は,いわゆるペーパー特許であり,無効である。
(甲第82号証,第84号証) ウ 29条2項違反(その1) 特公昭50年第14567号「感圧コピーシートおよびその製造法」の公報に記載された発明により,本件発明は,当業者が容易に発明することができたものである。
(甲第69号証,第71号証,第83号証,第85号証) エ 29号2項違反(その2) 本件特許は,特許権が付与されるまでに,何回か明細書の補正がなされている。そのうち,平成4年12月の補正では,本件発明は摺削方式ではなく押潰方式であるとしている。
この補正は,要旨の変更に該当するから,本件特許の出願は,補正書提出のときになされたものと解するべきである。本件発明は,当業者が,この要旨変更前の公開特許公報(特開平3-220415号,特開昭60-223873号)に記載された発明に基づき,容易に発明することができたものである(甲第54号証,第56号証,第59号証)。
(5) 自由技術の抗弁 前記のとおり,本州発明については,拒絶査定がなされ,これが確定している。そうである以上,本州発明の範囲内である本件発明を,何人も自由に実施できる,というべきである。
被控訴人提出物件は,本州発明において開示された自由技術である。
(6) 権利濫用 被控訴人は,薬液を控訴人の取締役(本件特許の発明者の一人)から入手し,それに改良を加えた上で製品化した(別件訴訟の製品)。被控訴人が,控訴人の薬液ないしその改良品を使用することは,控訴人により許諾されている。
(7) 包袋禁反言 本件特許の願書に最初に添付された明細書で,控訴人は,「成膜性を有する水性ポリマーとは乳化重合,溶液重合,ブロック重合等で合成され水中で分散ないし溶解したポリマーであり成膜性を有する」としている。また,本件特許に係る特許公報には「成膜性を有する水性ポリマーとは乳化結合,溶液重合,塊状重合等で合成されたポリマーで,水中で分散ないし溶解した状態で提供される。」との記載がある。他に,「水性」の構成要件を,別の意味に解する趣旨の記載はない。
本件発明は,物の発明である。水性の中空孔ポリマーも,成膜性を有する水性ポリマーも水を含んでいるから,出来上がった隠蔽層も水を含んだ状態となる。そうである以上,水性以外,すなわち,水を含まない,乾燥した隠蔽層を有する記録紙に対して,本件特許を行使することは許されない。
当裁判所の判断
当裁判所も,被控訴人の本訴請求は理由があり,控訴人の反訴請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 中空孔ポリマーの構造及び作用について (1) 本件特許の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)(甲第1号証は,その内容を含む特許公報である。以下,この公報を「本件公報」という。)は,本件発明に用いられる,隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマーの組成及び製造方法を示すものとして,いくつかの特許公報を例示している。そのうち,本件公報2頁3欄7行目,同49行目に相当する部分で引用されている特開昭60-223873号公報(甲第16号証,乙第25号証)の5頁左上欄9行目ないし20行目には,「本発明で用いられる非造膜性ビニル系樹脂エマルジョンは通常樹脂分のガラス転移温度(Tg)が40℃以上が好ましく,特に好ましくは60℃以上である。かかるTgが40℃未満のものでは隠ぺい性が不十分で造膜する恐れがある。尚,Tgが60℃以上であれば常温で造膜する恐れがなく,隠ぺい性が発揮できる。
又,前記非造膜性ビニル系樹脂エマルジョンはその樹脂粒子が内部に小孔(ミクロボイド)を有しているため,その中に水または揮発性の溶剤が存在していても乾燥時にそれらが揮散して塗膜形成後光の乱反射により隠ぺい性を示すことになる。」と記載されている。
(2) 日本ゼオン株式会社発行の「NIPOL 有機中空粒子」と題するパンフレット(乙第60号証)には,「密実粒子と比較すると高い光散乱係数を示します(表2)。中空粒子は,中空部分(空気とポリマーの界面)において光が屈折し,不透明化剤としての性能が発揮されます。」(6頁左上欄),「Nipol MH5055はTg以上の高温下では,中空→密実化→皮膜化へと進み,隠蔽性が低下します。」(9頁左下欄)と記載されている。
(3) 以上のとおり,本件発明で,隠蔽層を形成する材料の一つである,内部に小孔を有する中空粒子は,ポリマーと空気の界面における乱反射により隠蔽性を有するものであり,また,ガラス転移温度(Tg)以上の温度になると溶融するため,小孔がなくなり,隠蔽性が低下するものである,と認められる。
2 試作品Aと被控訴人提出物件との組成における同一性について (1) 乙第38号証(控訴人作成の実験報告書)によると,試作品Aは,被控訴人提出物件に比べ,白色度がやや高く,密着性が低いものと認められる。
被控訴人は,これと反する客観的物性値を示す証拠(甲第44号証の1ないし3)を提出する。しかし,この証拠では,被控訴人提出物件におけるのとは異なる用紙が用いられており,隠蔽層の密着性は,基盤となる用紙にも影響されると考えられるから,上記甲第44号証1ないし3をもって,控訴人の提出する証拠の証拠価値を否定することはできない。
被控訴人は,密着性は,乾燥温度に影響され,試作品Aの剥離度が高いのは,乾燥温度が低すぎるためであるとして,135℃,2分の乾燥条件であれば良好な密着性が得られる,とも主張する。
しかし,乾燥時間にもよるものの,前記1における認定事実からは,ガラス転移温度(ローペイクHP-1055では106℃。甲第11号証)以上での乾燥は,中空孔ポリマーの溶融による隠蔽性の低下(白色度の低下)を避けるために,基本的に避けることが望ましいものであるから,これを超える温度で乾燥すべきであるとの被控訴人の主張は合理性を欠く(乙第59号証。第60号証)。
(2) 試作品Aと被控訴人提出物件のそれぞれのIRチャートを比較すると,1450p-1付近のピークの形状,880p-1付近のピークの有無,966p-1付近のピークの形状が異なっており,印刷の影響を考慮したとしても,両者は異なるものであると認められる(甲第45号証の2,乙第38号証)。
(3) 以上の事実からは,試作品Aと被控訴人提出物件とは異なるものであるということができる。
ただし,このことは,本件製品に用いられた薬液の組成が,配合表Aのとおりではないことを強く推認させる事実であるが,必ずしもこれを否定するものではない。
3 試作品Bと被控訴人提出物件の同一性について (1) 試作品BのIRチャートは,880p-1付近にピークを有する点で,試作品Aのそれとは異なり,被控訴人提出物件のIRチャートに類似すると一応いうことができる。しかし,試作品Bには,炭酸カルシウムが3.5重量%配合されている。また,被控訴人提出物件における880p-1付近のピークは,甲第89号証(「控訴人第3準備書面に対する反論」と題する書面),乙第61号証の2(本件製品の目盛印刷の緑色部を測定したIRチャート)からは,インキに含まれる炭酸カルシウムに起因するものと認められる。
本来,二つのものを比較してその異同を明らかにしようとする場合,条件をできるだけ同じにして行うべきであること,したがって,一方が原反であるときには他方についても原反を用い,あるいは一方が印刷があるものであるときは他方も印刷があるものを用いて,比較すべきであることをも考慮すると,原反を用いつつ炭酸カルシウムを配合して得た薬液を塗布して得た試作品Bの隠蔽層のIRチャートと,印刷のある被控訴人提出物件の隠蔽層のIRチャートが同じであることをもって,試作品Bの隠蔽層が,被控訴人提出物件のそれと同一であるとは,認めることができない。
(2) 甲第89号証,乙第61号証の2からは,印刷インキは,炭酸カルシウムに由来するピーク以外にも,950〜1400p-1付近に飽和脂肪酸エステル及び顔料に由来するピークを有すると認められる。そうすると,印刷を有しない試作品BのIRチャートに,インキの持つ上記のピークの影響を補正した場合に,被控訴人提出物件のIRチャートと一致するか否かも不明である。
(3) 以上のとおりであるから,試作品Bが,被控訴人提出物件と同一ないし実質的に同一である,と認めることはできない。
(4) その他にも,本件製品中の黒色原紙に塗られた薬液の組成を特定するに足りる資料は,本件全証拠を検討しても見いだすことができない。
4 ローペイクHP-1055中の未中空ポリマーの存否,その成膜性の有無について 上述のとおり,結局のところ,本件製品中の黒色原紙に塗られた薬液の組成の特定ができない以上,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人の本訴請求は理由があり,控訴人の反訴請求はいずれも理由がないという以外にない。しかし,控訴人は,本件製品中の黒色原紙に塗られた薬液の組成が,被控訴人の認めている配合表Aのとおりであったとしても,ローペイクHP-1055には,平均3.83%の未中空ポリマーが含まれるため,本件発明の構成要件(3)を充足する,と主張するので,念のため,ローペイクHP-1055中の未中空ポリマーの存否と,その成膜性の有無について,さらに検討する。
(1) ローペイクHP-1055中の未中空ポリマーの存在及びその量について ア ローペイクHP-1055において,モノマーを重合して中空孔ポリマーを得ようとする際,100%これが達成されるものではなく,未反応物やオリゴマーが発生し,これらは,中空孔ポリマーにはなっていない,と認められる(甲第89号証6頁)。被控訴人自身も,主張上はともかく,証拠上,これを積極的に争うことはしていない。
したがって,ローペイクHP-1055にも,未中空の何らかの物質が存在するものと認められる。
イ A作成の報告書(甲第92号証)によると,ローペイクHP-1055は,スチレン・アクリル共重合体粒子から成るもので,粒子は,コア(芯)部分に水を充満した球体状態で乾燥された後,その水がコア部分から離散し,粒子のシェル(殻)部分を拡散,通過して空気と置換され,空隙(中空孔)を有するに至るものである。
しかし,メーカーの資料(甲第9号証,乙第55号証)にも,ローペイクHP-1055の具体的な製法,組成についての記載がなく,「未反応の何らかの物質」が何であるかは,必ずしも明らかではない(可能性としては,未反応物質,オリゴマー,重合のための薬品,コア(芯)やシェル(殻)を構成するポリマーが考えられる。)。
ウ 控訴人は,ローペイクHP-1055中に,未中空ポリマーが,平均3.83重量%存在するとし,その証拠として,乙第39号証(財団法人化学物質評価研究機構作成の試験報告書)及び第40号証(株式会社住化分析センター作成の分析・試験報告書)を提出する。
しかし,一方で,乙第39号証では,未反応の(メタ)アクリル酸,あるいは中空孔ポリマーの表面に(メタ)アクリル酸が付着して存在するとすれば,これをも測定している可能性がある。他方で,乙第40号証では,遠心分離の後,上澄み液に塩酸を加えて生じた沈殿物の成分を測定しており,未反応の,より分子量の少ない(メタ)アクリル酸等は,上澄み液の方に多く含まれている可能性があり,さらに,この測定では,中空孔ポリマーを相当程度破壊している可能性がある。すなわち,乙第39号証,第40号証は,未中空ポリマーのみを正確に測定したものとは認められない。
これに,被控訴人が行った測定では,ローペイクHP-1055中の中空孔ポリマー以外の成分が,1.0重量%未満であるとの結果が出ていることも考慮すると,ローペイクHP-1055中に中空孔ポリマーでない成分があるとしても,その量が,控訴人主張の値のとおりであると認めることはできず,むしろ,より低い可能性が高いということができる(甲第51号証の1および2,第87号証〜第89号証)。
(2) 未中空ポリマーの成膜性の有無について ア 本件明細書には,「成膜性を有する水性ポリマーとは,乳化重合,溶液重合,塊状重合等で合成されたポリマーであり,成膜性を有する。この水性ポリマーは水中で分散ないし溶解した状態で提供される。当該ポリマーのモノマー組成の例としてはアクリル酸エステル,メタクリル酸エステル,スチレン,ブタジエン,クロロブレン,塩化ビニリデン,酢酸ビニル等であり,天然ゴムラテックス,ジイソシアネート類とポリオール又はポリアミンとの反応によるポリマー(例えばウレタンラテックス)を用いることができる。ポリマーのガラス転移点(Tg)は100℃以下,好ましくは25℃〜-80℃である。特に好ましいモノマー組成は,アクリル酸エチルエステル(EA),アクリル酸ブチルエステル(BA),アクリル酸2エチルへキシルエステル(2EHA),ブタジエンであり,これらのホモポリマー又はこれらを主成分とするコポリマーである。また,特に好ましいポリマーは,ヘキサメチレンジイソシアネートとポリカーボネートポリオールとの反応によるポリマーである。これらは水性分散ポリマーとして供給される。水溶解型ポリマーは,前述のモノマー組成にカルボキシル基を共重合させたポリマーであり,カルボキシル基を有するモノマー組成の例としては,アクリル酸(Aa),メタクリル酸,モノメチルイタコン酸(MMI),2-カルボキシエチルアクリル酸エステル等であり,カルボン酸のアルカリ金属塩又はアミン塩,又はアンモニウム塩で水溶化される。」と記載されている(2頁4欄14行目〜38行目)。
すなわち,本件明細書には,成膜性を有する水性ポリマーにつき,スチレン,アクリル酸エステル,メタクリル酸エステルが例示として挙げられ,かつ,共重合体とすることも記載されているから,中空孔ポリマーと同一組成である「スチレン/(メタ)アクリル酸エステル/(メタ)に,アクリル酸共重合体」は,本件発明にいう「成膜性を有する水性ポリマー」に該当する可能性がある。
イ しかし,前記1記載のとおり,この「成膜性を有する水性ポリマー」は,ガラス転移温度以上の温度で乾燥させると,未中空ポリマーと中空孔ポリマーが同一組成から成る場合,両者のTgは同じと認めることができる(反対の証拠はない。)から,中空孔ポリマーをも密実化させ,隠蔽性を失わせることにもなる。
本件発明の作用効果等も考慮すると,「未中空ポリマー」に成膜性を持たせるため,中空孔ポリマーの隠蔽性を失わせることは考えていないと解すべきであるから,未中空のポリマーである「スチレン/(メタ)アクリル酸エステル/(メタ)アクリル酸共重合体」を「成膜性のある水性ポリマー」と解することはできない。
仮に,これも「成膜性を有する水性ポリマー」であるとすると,この文言は,「中空孔」ポリマーを除外するものではないから,「中空孔ポリマー」も,ガラス転移温度以上で処理すれば皮膜化し得る以上,「成膜性を有する水性ポリマー」と解さざるを得ないことになる。そうすると,本件比率は,他に「成膜性を有する水性ポリマー」が存在すれば,必ず1より小さくなるから,本件発明の構成要件(3)は充足されないことになる。本件でも,ローペイクHP-1055に由来しない「成膜性を有する水性ポリマー」が存在することは,当事者間に争いがないから,構成要件(3)を満たさないことになる。
ウ 控訴人は,原審で,「中空孔ポリマー粒子は・・・・中空化が未達成の未中空ポリマーとでは,モノマー組成及びその割合,分子量において格段の差があって,同一の化学物質ではない。」(原審被告第2準備書面6頁5行目〜12行目),「未中空ポリマーは,中空孔ポリマー生成過程において,コアー(芯)/シェル(殻)構造を形成せず,コアー成分が放出されたものであり,化学的組成は異なるものである。」(原審被告第3準備書面16頁(8行目〜11行目)として,中空孔ポリマーと未中空ポリマーとでは,モノマーの組成や分子量に違いがあり,同一の化学物質ではないと主張し,これに沿う証拠として,乙第7号証,第27号証を提出した。
この,控訴人提出の証拠からは,抽出ポリマー(未中空ポリマー)と,粉末状残滓とでは,スチレンやエステル等の官能基の配合割合が異なることは分かり,その点では,化学組成が異なることが認められる。
しかし,ローペイクHP-1055において,未中空ポリマーがあるとしても,それが中空孔ポリマーと異なり,それより実用上低いガラス転移温度を持つと認めるに足りる証拠はない。
(3) 以上のとおりであるから,ローペイクHP-1055中に,未中空ポリマーが含まれるか否か,その量はどれだけか,それが成膜性を有するか,について,控訴人の主張は,いずれも,これを認めることができない。
したがって,本件製品は,スチレン/アクリル酸共重合体およびカゼインが,「成膜性を有する水性ポリマー」に該当するとしても,本件構成要件(3)は充足しない。
5 結論 以上検討したところによれば,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人の本訴請求は理由があり,控訴人の反訴請求はいずれも理由がないという以外になく,本訴請求を認容し,反訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。そこで,これを棄却することとし,控訴費用の負担について民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久