関連審決 | 審判1999-3152 |
---|
関連ワード | アクセス / 容易に発明 / 相違点の判断 / 周知技術 / 発明の詳細な説明 / パリ条約 / 優先権 / 参酌 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 国際公開 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
13年
(行ケ)
570号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 インターナショナル・ビジネス・マシーンズ・コーポレ−ション 訴訟代理人弁護士 齊藤文彦、弁理士 坂口博、市位嘉宏、上野剛史、深田泰生 被告 特許庁長官太田信一郎 指定代理人 吉村宅衛、稲葉和生、小林信雄、高橋泰史、林栄二 |
|
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/11/07 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
---|---|
原告の求めた裁判
「特許庁が平成11年審判第3152号事件について平成13年8月9日にした審決を取り消す。」との判決。 |
|
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は、1993年7月26日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、平成6年6月21日「コンピュータ・システムおよびコンピュータ・システムによる電力の使用状況を管理する方法」なる発明について特許出願(平成6年特許願第138752号)をしたが、平成10年12月8日拒絶査定があったので、平成11年3月3日審判を請求し、平成11年審判第3152号事件として審理されたが、平成13年8月9日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり(出訴期間90日付加)、その謄本は同月27日原告に送達された。 2 本願発明(請求項1に記載の発明)の要旨(「予め」を「あらかじめ」と表記した。) 少なくとも4つの電源管理状態、すなわち、通常、コンピュータ・システムによってコードが実行される正常動作状態と、スタンバイ状態と、サスペンド状態と、 オフ状態とを有するコンピュータ・システムであって、複数のあらかじめ選択された事象のうち少なくとも1つに応答して、前記コンピュータ・システムを前記状態の各々と前記状態の少なくとも他の1つとの間で遷移させるための制御装置を備えることを特徴とする前記コンピュータ・システム。 3 審決の理由 別紙審決の理由のとおりであり、要点は次のとおりである。 本願発明は、当業者が、特開平3-171317号公報(平成3年7月24日公開。刊行物1)に記載された発明に基づき容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 |
|
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(「サスペンド状態」についての対比の誤り) (1) 審決は「刊行物1の「スリープモード」は、種々の状態情報を記憶してから、コンピュータへの電力供給を断つものであるから、本願発明の「サスペンド状態」に相当する。」と説示するが(別紙審決の理由62〜64行)、誤りである。 本願発明の「サスペンド状態」は、本願明細書(当初明細書を平成8年9月10日付け手続補正書及び平成10年2月9日付け手続補正書により補正したもの)の【0035】に記載のとおり、コンピュータ・システムが消費する電力が極めて少量な状態を指す。例えば、消費される唯一の電力は、スイッチ回路を維持するためのわずかな電力である。このような状態は、システムの状態が固定ディスクに書き込まれた後、コンピュータが電源に電力の生成を停止させることにより実現される(【0036】)。より具体的には、電源17(図5)のON#信号をコンピュータが制御することにより電力の生成が停止される。電力の生成を停止しても、スイッチ21、電源17、ビデオ表示端末57、及びCPU40上で実行するコードの相互接続の役割を担う図6の回路(【0092】)の一部、例えばシステムの状態を記憶するSRラッチ(【0096】)を形成する第3の装置に通電しておくのみで、サスペンド状態からの復帰が可能であるから、コンピュータ内部の大部分の機器に対する電力供給を停止することが可能である。 一方、刊行物1の「スリープモード」は、現在の状態についての情報がRAM14に格納された後(7頁左下欄)、コンピュータ10の種々の装置から電力供給が断たれるように、PMGR11がアナログインターフェイス装置26内のすべてのスイッチを開くことにより実現される(7頁右下欄)。 ここで、アナログインターフェイス装置26は、CPU12、ROM13、ディスク制御装置20、モデム25等に接続されているものの、電源、発信器/分周器16、充電回路18、I/O制御器19a、クロック制御器27には接続されておらず、これら接続されていない機器においては、「スリープモード」下においても通電がなされている。そして、スリープモードにおいてRAM14へVcc電力が供給されるから(7頁左下欄〜8頁右上欄)、スリープモード下、電源から電力管理装置(PMGR)への電力供給が行われる。 よって、刊行物1に記載の「スリープモード」では、少なくとも、電源、電力管理装置(PMGR)、RAM14、発信器/分周器16、充電回路18、I/O制御器19a、クロック制御器に通電が行われており、本願発明による「サスペンドモード」のような、例えばスイッチ回路を維持するためのわずかな電力(【0035】)が消費されるモードとは異なる。 (2) 被告は、本願発明の「サスペンド状態」は通常の意味に従うものとして理解すべきであり、この「サスペンド」は一般に「中断」を意味し、同様にコンピュータ分野でも「中断」を意味するものであり、したがって、本願発明の「サスペンド状態」とは、コンピュータ・システムの作動状況が単に「中断状態」であることを意味するものであって、「消費する電力が極めて少量な状態」を指すと限定して解すべきものではないと主張するが、誤りである。 本願明細書では「サスペンド状態」との用語と「スタンバイ状態」との用語を区別して用いている。すなわち、「サスペンド状態」については、本願明細書【0035】、【0036】において、サスペンド状態の詳細が説明されている。一方、 「スタンバイ状態」に関しては、【0031】ないし【0034】に説明がなされている。 要するに、本願明細書においては、「サスペンド状態」は、実行中の状態が固定ディスクなどに書き込まれ、最後にコンピュータが電源に電力の生成を停止させた状態であって、スイッチ回路を維持するための極めて少ない電力のみが消費されている状態を指し、「スタンバイ状態」は、コンピュータ・システム上で実行するソフトウエア適用業務が、実行を続行できる状態を指すものであり、電力消費量、それら状態への遷移、それら状態からの脱出において相違する状態をそれぞれ指す。 本件優先権主張日当時(1993年7月26日)、コンピュータ内部の電力管理状態を指す用語としての「サスペンド」との語は様々な意味に用いられていた。したがって、本件出願当時、いわゆるコンピュータの技術分野では、「サスペンド」という用語は、単にコンピュータの動作の一部を一時中断することを含む、広義の意味において使用される場合もあったと理解することができる。また、通電状態の態様は様々である。コンピュータの技術分野の当業者が直ちに本願発明における「サスペンド状態」とはどのような電力管理状態を指すのかを一義的に理解することはできないので、本件においては、本願明細書の発明の詳細な説明を参酌して特許請求の範囲の技術的意義を理解することが許される特段の事情がある。 2 取消事由2(「サスペンド状態」の周知性認定の誤り) 審決は、「一般に、コンピュータの電源をオフする際、レジュームに必要な種々の情報を記憶して「サスペンド状態」とすること、及び、レジュームに必要な記憶をせずに電源の「オフ状態」とすることは、共に周知である(必要ならば、例えば、刊行物1の上記引用個所(ウ)、(オ)、国際公開第92/21081号パンフレット(1992)第2、5図を参照)。」と説示しているが(別紙審決の理由80〜83行)、誤りである。 前述のとおり、刊行物1に記載の「スリープモード」は本願発明による「サスペンドモード」とは異なる。また、審決が周知技術記載のものとして引用した国際公開第92/21081号パンフレットに記載の「suspend mode」とは、プロセッサ、メモリ、RAM等への通電を行いつつ、他の部分への電力供給を断つモード(15頁)であって、むしろ刊行物1における低速モードに相当し、本願発明による「サスペンドモード」とは異なる。 したがって、本願発明のような「サスペンド状態」とすることが周知であるとした審決の認定は誤りである。 3 取消事由3(「制御装置」についての対比判断の誤り) (1) 審決は、「また、刊行物1における「電力管理装置(PMGR)」は、ユーザやCPUからの指令により、各動作モード間を遷移させる機能を有するから、本願発明の「制御装置」に相当する。」と説示するが(別紙審決の理由65〜67行)、誤りである。 本願発明による「制御装置」は、請求項1に記載のとおり、「(正常動作、スタンバイ、サスペンド、オフ)状態の各々と前記状態の少なくとも他の1つとの間で遷移させるための制御装置」であるから、@正常動作状態と他の1つ、Aスタンバイ状態と他の1つ、Bサスペンド状態と他の1つ、Cオフ状態と他の1つの間の、 少なくとも4種類の状態遷移をさせることのできる制御装置である。 審決は、制御装置が少なくとも4種類の状態遷移を引き起こさせるという点を看過している。 ここで、「オフ状態」とは、通常の意味でオフにされた典型的なコンピュータシステムとほとんど同じであり、この状態では、電源17の一次/調整装置172が、コンピュータ・システム10への調整された電力の提供を停止するが、コンピュータ・システム10の状態は固定ディスク31に保存されていない(【0077】)。 一方、刊行物1の開示する電力管理装置(PMGR)は、上述のとおり、電源に対する制御機能を有するものではなく、単に、電源から供給される電力の他の機器への分配をアナログインターフェイス装置26を介して制御するのみであるから、 刊行物1に記載のコンピュータにおいて、本願明細書により定義される「オフ状態」を実現するには、電源のオンオフを直接制御するための別の回路若しくは装置が不可欠と考えられる。 したがって、刊行物1の電力管理装置(PMGR)が本願発明の制御装置に相当するとの認定は、制御装置自身が、他の回路などの援助を得ずに、オフ状態と他の1つの間の遷移を含む少なくとも4つの遷移を引き起こすことが可能である点を考慮しておらず、誤りである。 (2) 本願発明によるコンピュータ・システムが、オフ状態から若しくはオフ状態への遷移をも引き起こすことができることの利点を以下に述べる。 コンピュータに対して所定の期間何ら入力が行われない、すなわちユーザーが操作を行わない場合には、まずコンピュータは正常動作状態からスタンバイ状態に変わる。更に長期間操作が行われない場合は、コンピュータはスタンバイ状態からサスペンド状態若しくはオフ状態に変わる(【0043】)。サスペンド状態、オフ状態のいずれに遷移するかはユーザーの好みにより設定可能であり、コンピュータはその設定を参照し、どちらかの状態に遷移する。 刊行物1に記載のコンピュータによれば、電源をオフさせるには、ユーザーが意図的に操作を行わなければならず、コンピュータを放置した場合にはスリープモードに遷移するのみである。 その他、本願発明は、制御装置がオフ状態を含む、少なくとも4つの状態のそれぞれと他の状態との間の遷移をすべて可能ならしめるがために、複数のボタンを必要とせずに電源節約機能を提供できる点(【0028】)、ユーザーが電源をオフした場合に、ユーザーがデータを失うのを防止できる点(【0024】)すなわち、ユーザーが意図的に電源スイッチを操作した場合でも、制御装置があらかじめ指定された状態にコンピュータを導くように設定することが可能になる点、サスペンド・ルーチンの実行中の特定操作により、コンピュータ・システムをオフ状態に入れることも可能な点(【0167】)、不適切な特権レベルを持つコードがCPUの状態を保存しようとした際に、電源17をオフに移行させることが可能な点などの数々のメリットをもたらす。 オフ状態への移行に際しては別途制御ないしは操作が必要となる刊行物1に記載のコンピュータにおいては、これらのメリットは一切享受することができない。他の遷移と、オフ状態への遷移との間に何らかの関連を有するように制御がされ得ないからである。 |
|
審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1(「サスペンド状態」についての対比の誤り)に対して (1) 本願発明の「サスペンド状態」について 本願発明は、コンピュータ・システムの作動状態について、請求項1に「4つの電源管理状態、すなわち、通常、コンピュータ・システムによってコードが実行される正常動作状態と、スタンバイ状態と、サスペンド状態と、オフ状態とを有する」と規定し、この4つの電源管理状態のうち、「正常動作状態」は「通常、コンピュータ・システムによってコードが実行される」と更に規定するものであるが、 他の3つの電源管理状態(「サスペンド状態」、「スタンバイ状態」、「オフ状態」)については更に規定するものではない。そうすると、本願発明の「サスペンド状態」は通常の意味に従うものとして理解すべきであり、この「サスペンド」は一般に「中断」を意味し、同様にコンピュータ分野でも「中断」を意味する。 したがって、本願発明の「サスペンド状態」とは、コンピュータ・システムの作動状態が単に「中断状態」であることを意味するものであって、「消費する電力が極めて少量な状態」を指すと限定して解すべきものではない。 本願明細書の発明の詳細な説明には、「サスペンド状態では、コンピュータ・システムが消費する電力は極めて少量である。」(【0035】)、「このような少量の電力使用は、電源を「オフ」にする前にコンピュータ・システムの状態を固定ディスク記憶装置(ハード・ディスク)に保存することによって行われる。」(【0036】)と記載されているほか、さらに、コンピュータの作動状態を「サスペンド状態」とすること自体は「従来技術」である旨の記載もあり(【0006】、【0012】、【0028】)、しかも【0251】には、「本発明をその実施例を説明することによって例示し、実施例をかなり詳細に説明したが、特許請求の範囲をそのような詳細に制限、または何らかの点で限定することは、本出願人の意図するところではない。」と記載していることを勘案すると、本願請求項1に記載された「サスペンド状態」が本願発明の実施例である特定の電源状態(第3の装置等に通電しておくのみ)であるということはできない。 したがって、本願発明の「サスペンド状態」は、4つの電源管理状態のうちの、 「正常動作状態」、「オフ状態」以外の、2つの節電状態のうちの1つであればよい程度のものであって、原告が主張するような「消費する電力が極めて少量な状態」を指すと限定して解すべきものではない。 (2) 刊行物1の「スリープモード」について 刊行物1に記載された「スリープモード」は、審決記載のとおりのものであって、「種々の状態情報を記憶してから、コンピュータへの電力供給を断つ」状態であって、少量の電力使用となるものであるから、本願発明の「サスペンド状態」と異なることはなく、原告の主張する根拠は審決の論旨とかかわりがない。 すなわち、刊行物1の請求項2には、「スリープモード」とは「電力を節約するためにコンピュータを不活動状態に置くモード」である旨が記載されており、また審決で摘記した刊行物1の7頁左下欄〜8頁右上欄には、「スリープモード」が節電のために現在の状態を格納してからコンピュータの動作を中断するものであることが記載されている。 原告は、刊行物1ではアナログインターフェイス装置26に接続されていない機器等があり、「スリープモード」下ではこれらの機器に通電がなされる旨主張し、 該機器として電源、発振器/分周器16、充電回路18等を挙げているが、これらの機器のうち、電源及び充電回路18等への通電は通常「スリープモード」とかかわりがない通電(本願発明も、実施例の図5において、電源装置17は常時通電されており、この点は同様である。)であり、また発振器/分周器16等は通常通電がなされるものであって(本願発明の実施例も、クロック回路部は常時通電されており、この点は同様である。)、刊行物1の具体的な接続構成によって「スリープモード」の意義が左右されるものではない。 本願発明の「コンピュータ内部の大部分の機器に対する電力供給を停止することが可能である」ことは、刊行物1においても同様であるから、この点における原告の主張も理由がない。 (3) 原告は、本願発明の「サスペンド状態」では、刊行物1に記載の「スリープモード」に比し電力消費量がごく小さい旨主張するが、両者間での電力消費量を比較することは審決の論旨とはかかわりがない。本願発明の「サスペンド状態」も刊行物1の発明の「スリープモード」も共に、コンピュータの作動態様が「中断状態」であり、節電のために現在の状態を記憶している点で差異がないから、「刊行物1の「スリープモード」は、本願発明の「サスペンド状態」に相当する」とした審決の認定判断に誤りはない。 コンピュータの電力削減のための動作の中断/再開状態の称呼を、本願発明のように「サスペンド/レジューム」状態と呼ぶか、刊行物1のように人間の動作に擬人化して「寝て(スリープ)」、「起きる」状態と呼ぶかは、単なる表現上の違いにすぎないものであって、節電において両者間に機能ないし作用上の相違はない。 そもそも、消費電力は、コンピュータの具体的ハードウエア構成が定められて初めて算定可能なものであって、仮に電力管理状態が異なるものであっても、コンピュータの消費電力を直ちに比較することはできない。 原告が本願発明の特徴として主張する(請求項1の記載に基づくものではないが)、サスペンド状態でメモリへ通電しないことに関しても、刊行物1のものも、 スリープモードでメモリへ通電不要なものである(刊行物1の7頁右下欄)。 2 取消事由2(「サスペンド状態」の周知性認定の誤り)に対して 審決において周知技術として例示した国際公開第92/21081号パンフレットには、実施例として、14頁〜16頁に、「サスペンドモード」において、プロセッサ(311)と主記憶装置(326)、フラッシュRAM(331)に電力を供給する電源出力PMVCCをオンにし、その他のシステム構成要素に電力を供給する電源出力SYSVCCをオフにすることが記載されており、実施例の変形例として、「サスペンドモード」において、ハードディスクに状態情報を保存することによって、主記憶装置へ給電しないことが記載されている。(69頁)。 付言すると、「サスペンド状態」が本件出願時において「従来技術」であることは、原告自身が本願明細書中において自社の携帯型コンピュータの製品名を例示して、記載している事項である。すなわち、原告の「PS/2 L40型シンクパッド(ThinkPad)」などの携帯型コンピュータが、「サスペンド状態」を備えることが、本願明細書、特に【0006】、【0012】、【0028】に記載されている。【0006】には、「PS/2 L40型ThinkPad」等の携帯型コンピュータは、サスペンド(中断)/レジューム(再開)機能を備える旨が記載されており、【0012】には、「サスペンド」が、複数の方法で実施できる旨記載されている。また、本願発明の明細書の「発明が解決しようとする課題」における【0028】も、典型的なポータブル・コンピュータは、サスペンド/レジューム機能を備える旨記載されている。 上記のことから、「サスペンド状態」として、国際公開第92/21081号パンフレットと本願発明との間に違いはない。 3 取消事由3(「制御装置」についての対比判断の誤り)に対して (1) 原告は、刊行物1の開示する電力管理装置(PMGR)は、電源に対する制御機能を有するものではなく、単に、電源から供給される電力の他の機器への分配をアナログインターフェイス26を介して制御するのみであるとし、これを前提として、本願明細書に定義された「オフ状態」を実現するには、電源のオンオフを直接制御するための別の回路若しくは装置が不可欠である旨主張する。しかしながら、本願請求項1には「4つの電源管理状態」と規定するものであって、この電源管理状態を達成するための制御機能を更に細分化して、「電源に対する制御機能」と「電源から供給される電力の分配」の制御機能とを別個の電源制御として区別し、規定するものではないから、この点の原告の主張は本願発明の要旨に基づかないものである。 本願発明においても、その請求項1の記載によれば、電源制御のために「電源のオンオフを直接制御するための別の回路若しくは装置」を備えることを排除しているものではない。 (2) 原告は、刊行物1の制御装置によれば、@正常動作状態と他の1つ、Aスタンバイ状態と他の1つなどの状態遷移を引き起こすことに加えて更に、Cオフ状態と他の1つの間の遷移をも引き起こすことはできないとし、このことから、刊行物1の電力管理装置(PMGR)が本願発明の制御装置に相当するとの認定は、制御装置自身が、他の回路などの援助を得ずに、オフ状態と他の1つの間の遷移を含む少なくとも4の遷移を引き起こすことが可能である点を考慮しておらず、誤りである旨主張する。しかし、本願請求項1には、制御装置について「前記状態の各々と前記状態の少なくとも他の1つの間で遷移させるための制御装置」と規定するのみであって、制御装置自身の具体的構成や電源制御の具体的動作態様、例えば電源のオン・オフの実行手段などは規定されていない。 そもそも、電源管理状態として、電源を入れたり切ったりすること、すなわち、 電源管理状態として「オン状態」と「オフ状態」間を遷移することは、コンピュータに限らず、照明器具やテレビ、ラジオ、CDラジカセなど、およそ商用電源や電池電源を用いて動作するあらゆる電気機器に共通して備えられる2つの基本的な動作状態であり、電源を「オフ状態」に遷移すること、すなわち、電源を切るためには、通常は「電源スイッチ」の操作によるものであるが、このほかに、日常生活においても商用電源コンセントから機器のプラグを手で引き抜くことや電池電源の電池を抜き取ること、さらには「オン・オフタイマー」のセット状態により、種々の電気機器を任意に「オフ状態」に遷移できることは極めて自明のことである。 してみれば、刊行物1のコンピュータ・システムに、「オフ状態」に遷移することの記載が見当たらないとしても、自明ないし当たり前の事項は必ずしも記載されないことが通常であることを勘案すると、刊行物1のコンピュータ・システムにおいても「オフ状態」へ遷移可能なものであり、そのための制御装置は通常具備するとみるのが自然である。なお、「制御装置自身が、他の回路などの援助を得ずに、 オフ状態と他の1つの間の遷移を含む少なくとも4の遷移を引き起こす」との限定した構成は、本願発明の請求の範囲に規定されていないことは前記したとおりである。 (3) 原告は、本願発明によるコンピュータ・システムが、オフ状態との遷移を含む少なくとも4つの状態のそれぞれと他の状態との間の遷移がすべて可能であることの利点として、種々の作用効果を主張する。しかし、ユーザーが長期間不使用の場合に、「サスぺンド状態」、「オフ状態」のいずれに遷移させるかの設定に基づき制御を行うことが可能となる点は、「オフ状態」へ遷移可能とすることによる効果ではなく、「サスペンド状態とオフ状態をユーザに選択可能にする」ということによる効果であって、本願発明の要旨に基づかない主張である。その他の原告の主張も、「単数のボタンのみで電源節約機能を提供する構成」、「電源スイッチ操作時に所定の状態に遷移する」、「サスペンド状態からオフ状態へという特定の遷移を可能にする」、「不適切なプログラムの動作時に電源をオフする」というものであり、本願発明の構成に基づかないものである。 (4) 原告は、刊行物1は、必要に応じてコンピュータを「オフ状態」に遷移させることの可能な制御装置を開示も示唆もしていない旨主張するが、審決は、相違点として、刊行物1にあっては電力管理装置により遷移する「オフ状態」が明記されていない点を抽出した上で、この相違点に基づいて「オフ状態」に係る制御装置が容易に推考し得るか否かを検討しているのであるから、原告の主張は、審決の趣旨を理解しないものである。 そもそも原告が主張する「スタンバイ/レジューム状態」などの省電力状態は、 電源管理として単に電源を遮断して「オフ状態」とした従来の技術では、実行中の作業が直ちに再開できないといった不便があるために、消費電力を低減しつつ、使用時の再開処理に要する時間を短縮するため、実行中の状態を保存する機能として開発された、付加的な機能である。しかも、電源をオンオフ制御する手段は、例えば、オン・オフタイマーや電源スイッチとして慣用される技術であり、コンピュータ・システムにも、このような電源をオンオフ制御する手段を備えることは、前記したように自明のことであり、これを制御装置として構成することは、当業者であれば容易になし得ることである。 したがって、「刊行物1のものにおいて、レジューム機能が不要な場合、状態情報の記憶を行わない周知の「オフ状態」にも遷移可能とすることは、当業者が容易に推考し得ることである」とした審決の判断に誤りはない。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由1(「サスペンド状態」についての対比の誤り)について (1) 原告は、審決が「刊行物1の「スリープモード」は、種々の状態情報を記憶してから、コンピュータへの電力供給を断つものであるから、本願発明の「サスペンド状態」に相当する。」と認定した点につき、本願発明の「サスペンド状態」はコンピュータ・システムが消費する電力が極めて少量な状態を指し、刊行物1に記載の「スリープモード」に比して電力消費量がごく小さく、審決の上記認定は誤りであると主張する。 しかしながら、本願発明の特許請求の範囲である請求項1においては「サスペンド状態」について限定は付されておらず、コンピュータ・システムが消費する電力が極めて少量な状態を指すとの記載はされていない。そうすると、本願発明における「サスペンド状態」は、「正常動作状態」、「スタンバイ状態」及び「オフ状態」と異なる電源管理状態であり、特に限定を有しない、通常の技術用語として解釈すべきものである。 本件出願当時、コンピュータの技術分野において「サスペンド」という用語が単にコンピュータ動作の一部を一時中断することを含む広義の意味において使用される場合もあったことについては、原告も特に争わないところである。そして、本願発明における「サスペンド」状態について請求項1には限定がないのであるから、 通常の技術用語としての範囲内で限定を付さずに理解すべきであり、コンピュータ動作の一部が一時中断された状態を意味し、「正常動作状態」、「スタンバイ状態」及び「オフ状態」と異なる電源管理状態であるということができる。 (2) 甲第2号証によれば、刊行物1には「コンピュータ(10)を3つの動作モードの1つの動作モードに置くためにPMGR(11)が利用される。それら3つのモードは正常モード、低速モードおよびスリープモードである。PMGR(11)は各モードに応答して、与えられた装置へ送られているクロック信号の制御と、与えられた装置へ供給されている電圧の制御との少なくとも一方を行う。」(6頁右下欄)、「電力を更に節約するために、2つの条件のうちのいずれかが生じた時にPMGR(11)はコンピュータ(10)をスリープ(不活動)モードに置く。・・・所定時間にわたってユーザーの操作が行われない時、または作業を止めてコンピュータ(10)を停止させることをユーザーが決めた時に、CPU(12)はスリープ指令をPMGR(11)へ送る。スリープモードに入る前に、コンピュータの動作している装置と種々のドライバは現在の状態についての情報をRAM(14)に格納する。すなわち、各種のレジスタと、ドライバと、その他の記憶装置との状態がRAM(14)に記憶される。そうすると、コンピュータ(10)の種々の装置から電力供給が断たれるように、PMGR(11)はアナログインターフェイス装置(26)内の全てのスイッチを開く。・・・起きたコンピュータ(10)はRAM(14)をアクセスして、種々の装置の格納されている状態を検索し、コンピュータ(10)がスリープ状態に入る前の状態へコンピュータ(10)を戻す。更に、起きたコンピュータ(10)は、それが正しく動作しているかを確かめるために診断ルーチンを開始する。」(7頁左下欄〜8頁右上欄)との記載があることが認められる。 そして、審決の「刊行物1の「正常モード」は・・・本願発明の「正常動作状態」に相当し、刊行物1の「低速モード」は・・・本願発明の「スタンバイ状態」に相当」との認定(別紙審決の理由59〜62行)について、原告は特に争うものではない。 そうすると、刊行物1には、本願発明の「正常動作状態」に相当する「正常モード」及び本願発明の「スタンバイ状態」に相当する「低速モード」が記載され、更にこれ以外に電力を更に節約するための「スリープモード」が記載されており、この「スリープモード」は、現在の状態についての情報を記憶してから、コンピュータへの電力供給が断たれるようにするものであるから、コンピュータ動作の一部が一時中断された状態である本願発明の「サスペンド状態」に相当するということができ、これと同旨の審決の認定部分に誤りはない。 (3) 原告は、本願発明の「サスペンド状態」に関しては、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参照すべきであると主張する。 甲第4号証(本願公開特許公報)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明【0035】及び【0036】には、「【0035】第3の状態はサスペンド(suspend)状態である。サスペンド状態ではコンピュータ・システムが消費する電力は極めて少量である。・・・【0036】このような少量の電力使用は、電源を「オフ」にする前にコンピュータ・システムの状態を固定ディスク記憶装置(ハード・ディスク)に保存することによって行われる。・・・コンピュータは次に、システムがサスペンドされたことを示すデータを不揮発性CMOSメモリに書き込む。・・・わずかな調整された電力を電源から受け取り、スイッチ回路に供給している。」との記載のあることが認められる。これによれば、「消費する電力が極めて少量」との記載はあるが、「極めて少量」がどの程度の量を意味するのか曖昧であり、また、請求項1には、固定ディスク記憶装置、CMOS等の記載はなく、上記段落の記載が請求項1に記載の「サスペンド状態」を明確に定義するものということはできない。 そして、甲第6号証(平成10年2月9日付け手続補正書)によれば、本件出願の特許請求の範囲には請求項が20存在するところ、請求項1以外の請求項には「サスペンド状態」についてより詳細な限定が付されているのに対して、請求項1にはこのような限定が付されていないことが認められるのであり、原告は意図的に請求項1に係る発明である本願発明については、その範囲を拡げたものと理解することができる。 (4) 以上のとおりであり、取消事由1に係る刊行物1に関する審決の認定に、誤りはない。 2 取消事由2(「サスペンド状態」の公知性の認定の誤り)について (1) 原告は、相違点の判断において、審決が「一般に、コンピュータの電源をオフする際、レジュームに必要な種々の情報を記憶して「サスペンド状態」とすること、及び、レジュームに必要な記憶をせずに電源の「オフ状態」とすることは、共に周知である(必要ならば、例えば、刊行物1の上記引用個所(ウ)、(オ)、国際公開第92/21081号パンフレット(1992)第2、5図を参照)。」と認定した点につき、本願発明のような「サスペンド状態」とすることが周知であるとの認定は誤りであると主張する。 (2) 請求項1の「サスペンド状態」には限定がなく、審決が刊行物1の「スリープモード」は本願発明の「サスペンド状態」に相当すると認定した点に誤りがないことは、取消事由1について判断したとおりである。 甲第3号証によれば、周知技術として例示した国際公開第92/21081号パンフレットには、「電源制御回路(312)は、プロセッサ(311)と主記憶装置(326)、フラッシュRAM(331)に電力を供給する電源出力PMVCCを有し、また、その他のシステム構成要素に電力を供給する電源出力SYSVCCを有する。・・・図2は、電源制御回路(312)の状態回路(401)の基本動作を示す状態図である。・・・状態(406)は、図1のコンピュータシステム(313)が完全にオフされる状況を表す。・・・第2の状態(407)は、コンピュータシステム(310)の通常の動作モードと、グローバル待機モードとに一般に相当する。このグローバル待機モードでは、より詳細に後述するように、節電のために、特定のシステム構成要素が低電力モードにされると共に、プロセッサ(311)は動作を停止する。・・・第3の状態(408)は、サスペンド(中断)モードに一般に相当する。第3の状態(408)では、電源出力PMVCCはオンされるが、電源出力SYSVCCは節電のためオフされる。・・・システムを完全にオフにすることが決定されると、・・・SYSVCCとPMVCCの両方をオフにする。」(被告による訳文)、「図1〜図20に示される実施例では、サスペンド(中断)中、・・・主記憶装置へ電力が供給される。1つの変形例では、・・・主記憶装置の全ての内容は、ハードディスクのその予約部分に書き込まれ、その後、ハードディスクと主記憶装置の両方の電源が切られて、そして、プロセッサがサスペンド(中断)状態に入る。」(被告による訳文)との記載があることが認められる。 これによれば、国際公開第92/21081号パンフレットには、コンピュータシステムが完全にオフされる状態だけでなく、「サスペンド(中断)モード」という状態があり、このサスペンドモードにおいてプロセッサと主記憶装置等に電力を供給する電源出力PMVCCがオンされ、その他に電力を供給する電源出力SYSVCCがオフされる例、ハードディスクと主記憶装置の両方の電源が切られて、プロセッサがサスペンド(中断)状態に入る例が示されていることが明らかである。 (3) 以上によれば、刊行物1及び国際公開第92/21081号パンフレットには「サスペンド状態」が示されているということができ、審決が上記のように認定した点に誤りは認められない。 3 取消事由3(「制御装置」についての対比判断の誤り)について (1) 原告は、審決が「刊行物1における「電力管理装置(PMGR)」は、ユーザやCPUからの指令により、各動作モード間を遷移させる機能を有するから、本願発明の「制御装置」に相当する。」と認定した点につき、本願発明の制御装置自身が他の回路などの援助を得ずにオフ状態と他の1つの間の遷移を含む少なくとも4つの遷移を引き起こすことが可能である点を考慮しておらず、誤りであると主張する。 しかしながら、審決は対比、判断に際し、「本願発明にあっては、電源管理状態として、さらに「オフ状態」を有するのに対して、刊行物1にあっては、3つの「動作モード」は記載されているものの、「オフ状態」を有するものであるか否かに関して明記されていない点。」を本願発明と刊行物1記載の発明との相違点として挙げている。審決は、刊行物1には電源管理状態としてオフ状態が明記されていないことは相違点として認めた上で、各動作モード間を遷移させる機能を有することから、刊行物1の「電力管理装置(PMGR)」が本願発明の「制御装置」に相当するとしているのであり、本願発明の制御装置がオフ状態と他の1つの間の遷移を考慮していないということはできない。 (2) 原告は、本願発明の制御装置が他の回路などの援助を得ずに遷移を引き起こすことが可能であると主張する。しかし、請求項1の記載は前記本願発明の要旨のとおりであり、制御装置については「複数のあらかじめ選択された事象のうち少なくとも1つに応答して、前記コンピュータ・システムを前記状態の各々と前記状態の少なくとも他の1つとの間で遷移させるための制御装置」と記載されているのであり、他の回路などの援助を得ずに遷移を引き起こすことが可能との記載はされておらず、「制御装置」の構成について具体的に限定するものでもなく、原告の主張は請求項1の記載に基づかないものである。 (3) 原告は、本願発明の利点として、ユーザーが長期間不使用の場合に、サスペンド、オフのいずれに遷移させるかを設定させ、その設定に基づき制御を行うことが可能となり、遷移をすべて可能ならしめるがために複数のボタンを必要とせず、 ユーザーが意図的に電源スイッチを操作した場合でも制御装置があらかじめ指定された状態にコンピュータを導くように設定することが可能になり、サスペンド・ルーチンの実行中の特定操作によりコンピュータ・システムをオフ状態に入れることも可能であり、不適切な特権レベルを持つコードがCPUの状態を保存しようとした際に、電源をオフに移行させることが可能であると主張する。 しかしながら、請求項1には、ユーザーが長期間不使用の場合にサスペンド、オフのいずれに遷移させるかを設定させるとの限定、あるいは、遷移をすべて可能ならしめるがために複数のボタンを必要としないとの限定はないし、ユーザーが意図的に電源スイッチを操作した場合でも制御装置があらかじめ指定された状態にコンピュータを導くように設定することが可能との記載、サスペンド・ルーチンの実行中の特定操作によりコンピュータ・システムをオフ状態に入れることも可能との記載、及び、電源をオフに移行させることが可能との記載も、請求項1にはないところである。 請求項1では、上記のように、「複数のあらかじめ選択された事象のうち少なくとも1つに応答して、前記コンピュータ・システムを前記状態の各々と前記状態の少なくとも他の1つとの間で遷移させるための制御装置」とされているにすぎず、 「複数のあらかじめ選択された事象」についての限定はされておらず、「遷移させるための制御」の態様についても限定はされておらず、どのような事象の発生に応答して、電源管理状態に関係する何を、どのように制御するかという制御の内容については具体的な記載はないのであって、原告が主張する本願発明の利点についての上記主張は、特許請求の範囲に記載のない事項に関するものとして、理由がない。 (4) よって、取消事由3も理由がない。 |
|
結論
以上のとおりであって、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。 (平成14年10月22日口頭弁論終結) |
|
追加 | |
平成13年(行ケ)第570号平成11年審判第3152号審決の理由【1】本願発明本願は、平成6年6月21日(パリ条約による優先権主張、1993年7月26日、米国)の出願であって、その発明を特定するために必要な事項は、平成8年9月10日付け、平成10年2月9日付け各手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1乃至20に記載されたとおりのものと認められるところ、その特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下、「本願発明」という)は、次のとおりのものである。 「【請求項1】少なくとも4つの電源管理状態、すなわち、通常、コンピュータ・システムによってコードが実行される正常動作状態と、スタンバイ状態と、サスペンド状態と、 オフ状態とを有するコンピュータ・システムであって、複数の予め選択された事象のうち少なくとも1つに応答して、前記コンピュータ・システムを前記状態の各々と前記状態の少なくとも他の1つとの間で遷移させるための制御装置を備えることを特徴とする前記コンピュータ・システム。」【2】引用刊行物原査定の拒絶の理由で引用された特開平3-171317号公報(平成3年7月24日公開、以下「刊行物1」という)には、以下の各記載がある。 (ア)(第6頁右下欄第10〜17行)「コンピュータ(10)を3つの動作モードの1つの動作モードに置くためにPMGR(11)が利用される。それら3つのモードは正常モード、低速モードおよびスリープモードである。PMGR(11)は各モードに応答して、与えられた装置へ送られているクロック信号の制御と、与えられた装置へ供給されている電圧の制御との少なくとも一方を行う。」、 (イ)(第7頁右上欄第8行〜同頁左下欄第2行)「正常な(または覚醒)動作モードにおいては、コンピュータ(10)は完全に動作し、クロック制御装置(27)内の全てのスイッチと、アナログインターフェイス装置(26)の全てのスイッチとが閉じられる。……(略)。」、 (ウ)(第7左下欄第3行〜第8頁右上欄第14行)「電力を更に節約するために、2つの条件のうちのいずれかが生じた時にPMGR(11)はコンピュータ(10)をスリープ(不活動)モードに置く。……(中略)……所定時間にわたってユーザーの操作が行われない時、または作業を止めてコンピュータ(10)を停止させることをユーザーが決めた時に、CPU(12)はスリープ指令をPMGR(11)へ送る。スリープモードに入る前に、コンピュータの動作している装置と種々のドライバは現在の状態についての情報をRAM(14)に格納する。すなわち、各種のレジスタと、ドライバと、その他の記憶装置との状態がRAM(14)に記憶される。そうすると、コンピュータ(10)の種々の装置から電力供給が断たれるように、PMGR(11)はアナログインターフェイス装置(26)内の全てのスイッチを開く。……(中略)……起きたコンピュータ(10)はRAM(14)をアクセスして、種々の装置の格納されている状態を検索し、コンピュータ(10)がスリープ状態に入る前の状態へコンピュータ(10)を戻す。更に、起きたコンピュータ(10)は、それが正しく動作しているかを確かめるために診断ルーチンを開始する。」、 (エ)(第8頁右上欄第15行〜同頁右下欄第1行)「コンピュータ(10)の第3の動作モードは低速モードとして知られている。種々の装置へ供給されるクロック信号の周波数が低くされることを除き、低速モードは活動モードに類似する。すなわち、コンピュータ(10)のクロック周波数を低くすることにより、電力を25〜30%も節約できる。……(中略)……したがって、ある時間にわたって操作が行われなければ、コンピュータ(10)はまず低速モードに入り、非動作時間がその後も所定時間続いた時にコンピュータ(10)はスリープモードに入る。低速モードに入ることと、それから出ることはユーザーまたはCPUからの指令で行うことができる。…(略)。」、 (オ)(第2頁左下欄第10-12行)「最も初期の計算機は、全電力を利用できるオン状態と、電力供給を完全に断つオフ状態を有するだけである。」。 【3】対比・判断(対比)本願発明と、上記刊行物1のものとを対比する。 刊行物1の上記引用個所(ア)〜(エ)を参照すると、刊行物1の「正常モード」は、コンピュータが正常に動作する状態であるから、本願発明の「正常動作状態」に相当し、刊行物1の「低速モード」は、コンピュータが消費電力節減のためにクロック周波数の低減等を行うものであるから、本願発明の「スタンバイ状態」に相当し、刊行物1の「スリープモード」は、種々の状態情報を記憶してから、コンピュータへの電力供給を断つものであるから、本願発明の「サスペンド状態」に相当する。 また、刊行物1における「電力管理装置(PMGR)」は、ユーザやCPUからの指令により、各動作モード間を遷移させる機能を有するから、本願発明の「制御装置」に相当する。 したがって、両者は、以下の一致点及び相違点を有する。 (一致点)「3つの電源管理状態、すなわち、通常、コンピュータ・システムによってコードが実行される正常動作状態と、スタンバイ状態と、サスペンド状態とを有するコンピュータ・システムであって、複数の予め選択された事象のうち少なくとも1つに応答して、前記コンピュータ・システムを前記状態の各々と前記状態の少なくとも他の1つとの間で遷移させるための制御装置を備えるコンピュータ・システム。」(相違点)本願発明にあっては、電源管理状態として、さらに「オフ状態」を有するのに対して、刊行物1にあっては、3つの「動作モード」は記載されているものの、「オフ状態」を有するものであるか否かに関して明記されていない点。 (検討)一般に、コンピュータの電源をオフする際、レジュームに必要な種々の情報を記憶して「サスペンド状態」とすること、及び、レジュームに必要な記憶をせずに電源の「オフ状態」とすることは、共に周知である(必要ならば、例えば、刊行物1の上記引用個所(ウ)、(オ)、国際公開第92/21081号パンフレット(1992)第2、5図を参照)。 また、刊行物1のものは、他の動作モードから「スリープモード」へ遷移する際、種々の状態情報を記憶した後に、コンピュータの電源をオフするものであるから(上記引用個所(ウ)参照)、レジューム機能が不要であれば、状態情報の記憶を省略して直ちに電源オフすることにより、「オフ状態」にも遷移できることは明らかである。 以上の各点を勘案すると、刊行物1のものにおいて、レジューム機能が不要な場合、状態情報の記憶を行わない周知の「オフ状態」にも遷移可能とすることは、当業者が容易に推考し得ることである。 したがって、請求項1に係る発明は、当業者が刊行物1に基づいて容易に想到できたものである。 【4】まとめ以上のとおり、本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は、当業者が、刊行物1に記載された発明に基づき容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 したがって、本願は、特許請求の範囲のその余の請求項について、論及するまでもなく、拒絶すべきものである。 |
裁判長裁判官 | 永井紀昭 |
---|---|
裁判官 | 塩月秀平 |
裁判官 | 田中昌利 |