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関連審決 異議1998-73572
関連ワード 発明者 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  上位概念 /  発明の詳細な説明 /  遡及 /  分割出願 /  技術的意義 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  補助参加 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 276号 特許取消決定取消請求事件
原告 出光興産株式会社
訴訟代理人弁理士 大谷保
同 東平正道
同 土田美隆
同 原茂樹
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 涌井幸一
同 雨宮弘治
同 一色 由美子
同 森田 ひとみ
同 大橋良三
被告補助参加人 株式会社ジャパンエナジー
訴訟代理人弁理士 加々美 紀雄
被告補助参加人 新日本石油株式会社
訴訟代理人弁護士 岡澤英世
訴訟代理人弁理士 森田順之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/11/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が平成10年異議第73572号事件について平成13年4月27日にした決定を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「高性能燃料油」とする特許第2710603号の特許(昭和62年6月19日に出願された特願昭62-153836号(以下「原出願」といい,その願書に添付された明細書を「原明細書」という。)について平成8年2月9日になされた分割出願(以下「本件出願」といい,その願書に添付された明細書を「本件明細書」という。)に基づき,平成9年10月24日に設定登録された。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
本件特許に対し,請求項1ないし5につき,特許異議の申立てがあり,特許庁は,この申立てを,平成10年異議第73572号事件として審理した。原告は,この審理の過程で,平成11年3月23日,本件明細書の訂正の請求をした(以下「本件訂正請求」といい,本件訂正請求に係る明細書を「本件訂正明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成13年4月27日,本件訂正は認められないとした上,「特許第2710603号の請求項1ないし5に係る特許を取り消す。」との決定をし,平成13年5月21日にその謄本を原告に送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲は,次のとおりである(以下,順次「本件発明1」,「本件発明2」などという。)。
「1.リサーチ法オクタン価99.5以上,モーター法オクタン価87.9以上,芳香族分50容量%以下,70℃までの留出分27容量%以上でありかつリード蒸気圧0.667kg/cm2 以上であることを特徴とする高性能燃料油。
2.50%(容量)留出温度が,110℃以下である請求項1記載の高性能燃料油。
3.リード蒸気圧が,0.667〜0.750kg/cm2 である請求項1又は2記載の高性能燃料油。
4.イソペンタン留分を含有する請求項1〜3のいずれかに記載の高性能燃料油。
5.改質ガソリンを含有する請求項1〜4のいずれかに記載の高性能燃料油。」 3 本件訂正請求に係る本件訂正明細書に記載された特許請求の範囲は,次のとおりである(以下,順次「本件訂正発明1」,「本件訂正発明2」などという。下線部が本件訂正請求による変更箇所である。)。
「1.リサーチ法オクタン価99.5以上,モーター法オクタン価87.9以上,芳香族分50容量%以下,70℃までの留出分27容量%以上,リード蒸気圧0.667kg/cm2 以上であり ,かつ アルコール を含有 しない ことを特徴とする高性能燃料油(但し,オレフィン 分18 .6容量 %以上 のものを 除く)。
2.50%(容量)留出温度が,110℃以下である請求項1記載の高性能燃料油。
3.リード蒸気圧が,0.667〜0.750kg/cm2 である請求項1又は2記載の高性能燃料油。
4.イソペンタン留分を含有する請求項1〜3のいずれかに記載の高性能燃料油。
5.改質ガソリンを含有する請求項1〜4のいずれかに記載の高性能燃料油。」 4 決定の理由 決定は,別紙決定書の写しのとおり,本件出願は,適法な分割出願とは認められず,出願日の遡及は認められないから,現実の出願日である平成8年2月9日に出願されたものであるとした上で,(1)本件訂正発明1ないし5は,訂正拒絶理由通知において示した刊行物9(PROCEEDINGS DIVISION OF REFINING 1969 Vol.49 AMERICAN PETROLEUM INSTITUTE p.691-718 ),並びに,刊行物2(「平成4年度自工会受託研究報告書『市販自動車用燃料の性状調査試験』平成5年7月,財団法人日本自動車研究所」平成5年9月,i,ii頁,及び,「平成4年度自工会受託研究報告書『市販自動車燃料の性状調査試験(別冊)』平成5年7月,財団法人日本自動車研究所」平成5年8月,目次,1〜4,15頁)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであり,本件訂正請求は認められない,(2)本件発明1ないし5は,刊行物である特公平7-10980号公報(本件原明細書)に記載された本件原発明と同一であり,また,本件発明1ないし3は,上記刊行物2に記載された発明と同一であるから,特許法29条1項3号に該当すると,認定判断した。
原告主張の決定取消事由の要点
決定は,原明細書の記載内容の認定を誤り(取消事由),その結果,本件出願は,適法な分割出願とは認められず,出願日の遡及は認められないとして,これを前提に論を進めたため,本件訂正発明の独立特許要件及び本件発明の特許要件についての判断を誤ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 決定は,「原明細書には,上記したように,特定の成分と特定の性状を組み合わせた燃料油に係る発明のみが記載され,特定の性状のみによって特定される燃料油に係る発明は記載されていないところ,本件発明が特定の性状のみによって特定される燃料油に係る発明であることは明らかである。そうすると,本件発明は,全体として原明細書に記載されていたものとは認められないから,原出願の一部であったものとはみることができない。したがって,本件発明の出願は,適法な分割出願とは認められず,出願日の遡及は認められないから,現実の出願日である平成8年2月9日に出願したものである。」(決定書5頁,6頁),と認定した。
原明細書の特許請求の範囲には,特定の成分と特定の性状を組み合わせた燃料油に係る発明しか記載されていないことは事実である。しかし,次の2に述べるとおり,原明細書の発明の詳細な説明,特に実施例及び比較例には,最終製品である高性能燃料油における特定性状の技術的意義が明確に開示されており,そこに示されている特定の性状によって特定される燃料油,という発明が記載されていると認定できるのである。すなわち,原明細書に記載されている特定成分と特定性状を組み合わせた燃料油(原明細書の特許請求の範囲に記載された発明)は,実質的には,上記,特定の性状によって特定される燃料油,という発明の具体的な実施態様に相当する発明であり,結局のところ,原明細書を全体としてみれば,そこには,特定性状を有する最終製品たる高性能燃料油(第1発明)とその実施態様(第2発明)の2発明の双方が開示されているのである。そして,本件出願は,この第1発明を分割出願したものであって,2以上の発明を包含する特許出願の一部を新たな特許出願としたものであり,特許法44条1項に基づく適法な分割出願である。そうである以上,決定は,原明細書の記載内容の認定を誤り,そのために,本件出願は適法な分割出願とは認められない,との誤った判断をしたという以外にないのである。
2 本件発明が原明細書に記載されていることは,次に述べるところから明らかである。
(1) 原明細書には,原発明の課題(目的),課題の解決のために必要な構成が上位概念的に記載されている。すなわち,原明細書には,「本発明は高性能燃料油に関し,詳しくは高速耐ノック性, 加速性, 燃焼性,始動性ならびに低温運転性等に優れた無鉛で高オクタン価の燃料油に関する。」(甲第7号証1頁右欄)として,原発明の課題(目的)が上位概念的に記載されている。そして,原明細書には,上記性能を有する燃料油組成物の性状として,特定のリサーチ法オクタン価(RON),モーター法オクタン価(MON),芳香族分含有量,70℃までの留出分,リード蒸気圧を有する燃料油組成物が記載されているのである。例えば,「本発明の燃料油I,IIは,いずれもリサーチ法オクタン価99.5以上(通常は100前後),モーター法オクタン価88.6以上(通常は90前後),芳香族分50容量%以下でありかつ70℃までの留出分(ΔE70)が25容量%以上(通常は27容量%前後)の性状を有するものである。さらに,50%(容量)留出温度が110℃以下,リード蒸気圧が0.75kg/cm2以下のものが好ましい。ここで,芳香族分の含量が50容量%を越えるものでは,燃料系統に使用されているゴムが劣化したり,排出ガス中の有害物質が増加するなどの問題が生ずる。また,ΔE70が25容量%未満のものでは,たとえリサーチ法オクタン価やモーター法オクタン価が高いものであっても,始動性や低温運転性に劣る。」(甲第7号証3頁左欄)と記載され,また,原明細書の効果の欄に,「本発明の高性能燃料油は,RON,MONが高いのみならず,蒸気圧,蒸留性状さらには芳香族分含量等のバランスがとれているため,耐ノック性,特に高速時における耐ノック性にすぐれるとともに,低温運転性,始動性,燃焼性,加速性などにおいてすぐれており,ガソリン自動車用燃料,とりわけターボ,ツインカムなどの高性能エンジン搭載車の高品質ガソリン燃料として,極めて有効に利用しうる。」(同5頁右欄)との記載があり,これらから明らかなように,最終製品である燃料油組成物の性状によって,本件発明の効果が発揮されることが明確に記載されている。さらに,原明細書には,「要するに前述した燃料油Iの要求性状を満たすように選定すればよい。」(同2頁右欄)及び「要するに前述した燃料油IIの要求性状を満たすように選定すればよい。」(同3頁左欄)との記載があり,最終製品の要求性状を特定のものにすることが重要であり,そのための基材の配合量については,特に限定されないことが明記されているのである。このように,原明細書においては,発明の詳細な説明の項に,その発明の課題(目的)のほか,その課題解決のための発明に必要な構成として,燃料油の性状が上位概念的に記載されているのである。
(2) 原明細書では,特許請求の範囲の請求項1及び2において,2種類の燃料油組成物が記載されており,これが燃料油I及び燃料油Uとして,2頁左欄に定義されている。しかし,これらは,使用される基材が異なるだけであり,その性状は,原明細書で特定される一定の範囲に入るものなのである。すなわち,原明細書では,特定の性状を有する燃料油が上位概念の発明として記載されており,これを具現化する態様として,基材を異にする燃料油I及び燃料油Uが記載されているにすぎないのである。したがって,原明細書の特許請求の範囲が,燃料油の性状と基材を必須の構成要件とする形を採っていたとしても,原明細書を全体としてみれば,そこには,その上位概念の発明が記載されていると解することができるのである。
(3) 燃料油の業界では,新しい性能を有する燃料油の開発の手順として,燃料油の性能を実現するための諸性状を設定することが基本であり,次にその特定性状を目標として,各自の有する基材を駆使して,燃料油を調合する,ということが,原明細書の出願当時から,一般的に知られており,かつ,よく行われていた。最終製品である燃料油の性状が特定されれば,その性状に対応した性能が発現されるのであって,その性能は基材の種類にはよらない,ということは,原出願の出願当時から,当業界では広く知られていた事項である。
このことを裏付けるものとして,丸善石油技報(甲第4号証,以下「甲4文献」という。)がある。甲4文献は,1974年に有鉛ガソリンを無鉛ガソリンに切り替える際に用いられた,新たなガソリンを開発する手法について,1971年に解説したものである。甲4文献は,まえがきに続いて,将来のガソリン品質の動向,ガソリン基材の選定,該基材を配合しての無鉛ガソリンの製造という順に構成されており,これは正に,燃料油組成物を開発する手順そのものである。すなわち,当業界では,甲4文献の表2に示されるような,リード蒸気圧,気液比,分留性状,オクタン価及び組成等の必要性状を決定することが大変重要であり,ここにガソリン開発のポイント,すなわち発明思想が存在するのである。そして,次に,これを実現するための基材,配合手法を決めるのであり,これにより,ガソリンとしての発明思想が実施可能なものとなり,発明として完成するのである。
(4) 原明細書には,燃料油の新たに目指すべき性能,それを実現できる燃料油の性状,それにより達成される技術的な効果が明確に記載されているのであるから,当業者であれば,原明細書に記載された性状によって特定される高性能燃料油を一つの発明思想として認識することができるのである。原明細書には,それを具現化するための基材の具体的な調合例も2種類記載されており,原明細書には性状で特定された燃料油の発明について,当業者がその技術的事項のすべてを正確に理解し,かつ実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているのである。
したがって,原明細書には,特定の性状のみで特定された燃料油が,発明として完成された内容で記載されているのである。
被告の反論の骨子
原明細書には,特許請求の範囲においても,発明の詳細な説明の項においても,(A)特定の改質ガソリン,(B)アルキレート,(C)特定のイソペンタン留分の3成分と,高性能燃料油としてのリサーチ法オクタン価,モーター法オクタン価,芳香族分,70℃までの留出分において特定の性状を有することを,一体不可分の構成とする燃料油Tと,上記(A)ないし(C)及び(D)特定の軽質接触分解ガソリンの4成分と,上記の特定の性状を有することを,一体不可分の構成とする燃料油Uとが記載されているだけである。したがって,原明細書に,原告が主張するような,燃料油の性状のみによって特定される発明について,その構成及び効果が記載されているとする余地はない。決定に,原告が主張する認定判断の誤りはない。
当裁判所の判断
1 分割出願の要件について 特許法44条は,2以上の発明を包含する1個の特許出願をした出願人に対し,当該特許出願の1部を1又は2以上の新たな特許出願とする手続をすることを認め,その新たな特許出願は,もとの特許出願のときに出願したものとみなす,と規定している。この分割出願制度の趣旨及び特許法44条の規定の文言に照らすと,分割出願が適法であるためには,@分割前のもとの出願が,その願書に添附した明細書又は図面の記載において2以上の発明を包含し,分割出願に係る発明がその2以上の発明の一部であること,A分割出願に係る発明と分割後の原出願の発明とは同一ではないことを要する,と解すべきである。
2 原明細書に記載された発明と本件発明との比較 (1) 特許請求の範囲 原明細書の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲第7号証)。
「【請求項1】(A)リサーチ法オクタン価101.5以上,リード蒸気圧0.3kg/cm2以上および沸点範囲30〜200℃である改質ガソリン,(B)アルキレート及び(C)リサーチ法オクタン価90〜95のイソペンタン留分を必須成分とし,リサーチ法オクタン価99.5以上,モーター法オクタン価88.6以上,芳香族分50容量%以下でありかつ70℃までの留出分が25容量%以上であることを特徴とする高性能燃料油。(以下「原出願の発明1」という。) 【請求項2】(A)リサーチ法オクタン価101.5以上,リード蒸気圧0.3kg/cm2以上および沸点範囲30〜200℃である改質ガソリン,(B)アルキレート,(C)リサーチ法オクタン価90〜95のイソペンタン留分及び(D)リサーチ法オクタン価93.5〜96.5,リード蒸気圧0.6〜1.05kg/cm2および沸点範囲25〜100℃である軽質接触分解ガソリンを必須成分とし,リサーチ法オクタン価99.5以上,モーター法オクタン価88.6以上,芳香族分50容量%以下でありかつ70℃までの留出分が25容量%以上であることを特徴とする高性能燃料油。(以下「原出願の発明2」という。)」 (以下,上記各成分を単に(A),(B),(C),(D)で表わすことがある。「リサーチ法オクタン価99.5以上,モーター法オクタン価88.6以上,芳香族分50容量%以下でありかつ70℃までの留出分が25容量%以上である」との性状を単に「X」ということもある。原明細書の2頁左欄で定義されているのと同様に,請求項1の(A),(B),(C)を必須成分とし,性状をXとする燃料油を「燃料油I」,請求項2の(A),(B),(C),(D)を必須成分とし,性状をXとする燃料油を「燃料油U」ともいう。)。
本件発明1と原出願の発明1を対比すると,両者は,リサーチ法オクタン価,モーター法オクタン価,芳香族分,70℃までの留出分において特定の性状を有する高性能燃料油である点で一致しているものの,原出願の発明1が,リード蒸気圧の性状を規定しておらず,また,何よりも(A)特定の改質ガソリン,(B)アルキレート及び(C)特定のイソペンタン留分を必須成分としている点で,本件発明1と明確に相違している。また,本件発明1と原出願の発明2を対比すると,上記と同様に,原出願の発明2がリード蒸気圧の性状を規定しておらず,また,何よりも(A)特定の改質ガソリン,(B)アルキレート,(C)特定のイソペンタン留分及び(D)特定の軽質接触分解ガソリンを必須成分としている点で,本件発明1と相違していることは明らかである。
(2) 発明の詳細な説明 原明細書の発明の詳細な説明に,本件発明1が記載されているかどうかについて検討する。
原明細書の発明の詳細な説明には,次のような記載がある(甲第7号証。
下線付加)。
(ア) 「本発明は高性能燃料油に関し,詳しくは高速耐ノック性,加速性,燃焼性,始動性ならびに低温運転性等に優れた無鉛で高オクタン価の燃料油に関する。」(甲第7号証1頁右欄) (イ) 「本発明者らは上記従来の燃料の欠点を解消して,高速耐ノック性に優れるとともに,加速性,燃焼性,始動性,低温運転性などの良好な高性能燃料油を開発すべく鋭意研究を重ねた。その結果,特定の性状を有する改質ガソリンに,アルキレート及びイソペンタン留分,さらに必要により軽質接触分解ガソリンを配合したものが,上記要求特性をすべて満たす高性能ガソリンになることを見出し,本発明を完成するに至った。すなわち本発明は,(A) リサーチ 法オクタン 価101.5以上 ,リード 蒸気圧 0.3kg/cm2以上 および 沸点範囲 30 〜200 ℃である 改質 ガソリン ,(B) アルキレート 及び(C) リサーチ 法オクタン 価90 〜95のイソペンタン 留分 を必須成分 とし ,リサーチ法オクタン価99.5以上,モーター法オクタン価88.6以上,芳香族分50容量%以下でありかつ70℃までの留出分が25容量%以上であることを特徴とする高性能燃料油(以下,「燃料油I」という。)を提供するとともに,上記(A),(B),(C) 成分及 び(D)リサーチ 法オクタン 価93 .5〜96 .5,リード 蒸気圧 0.6〜1.05 kg/cm2および 沸点範囲 25 〜100 ℃である 軽質接触分解 ガソリン を必須成分 とし ,リサーチ法オクタン価99.5以上,モーター法オクタン価88.6以上,芳香族分50容量%以下でありかつ70℃までの留出分が25容量%以上であることを特徴とする高性能燃料油(以下,「燃料油U」という。)を提供するものである。」(同2頁左欄) (ウ) 「本発明の燃料油 Iは,(A),(B) 及び(C) の三成分 を必須成分とし ,また ,燃料油 Uはこれらの 各成分 と(D) 成分 の四成分 を必須成分 とするものである 。ここで,(A)成分である改質ガソリンは,……。次に,(B)成分であるアルキレートは,……。続いて,(C)成分であるイソペンタン留分は,……。本発明の燃料油 Iは,上記 (A),(B),(C) 成分 を必須成分 とするものであり ,その配合割合は用いる各成分の性状等により異なり一義的に決定することはできない。要するに前述した燃料油Iの要求性状を満たすように選定すればよい。通常は,(A)成分である改質ガソリン100容量部に対して,(B)成分であるアルキレート6〜55容量部,(C)成分であるイソペンタン留分3〜28容量部の範囲で適宜配合し混合すればよい。一方,本発明の燃料油 Uは,上記(A),(B),(C) 成分 とともに ,(D) 成分 として 軽質接触分解 ガソリン を必須成分 とする 。この軽質接触分解ガソリンは,……。本発明 の燃料油 Uは,上記(A),(B),(C),(D) 成分 を必須成分 とするものであり ,その配合割合は従来燃料油Iと同様に用いる各成分の性状等により異なり一義的に決定することはできず,要するに前述した燃料油Uの要求性状を満たすように選定すればよい。
通常は,(A)成分である改質ガソリン100容量部に対して,(B)成分であるアルキレート6〜86容量部,(C)成分であるイソペンタン留分3〜43容量部,(D)成分である軽質接触分解ガソリン3〜58容量部の範囲で適宜配合し混合すればよい。」(同2頁左欄〜3頁左欄) (エ) 実施例1ないし4については,原明細書(甲第7号証3頁左欄29行〜4頁8欄23行)に,2種類の(A),各1種類の(B),(C),(D)を組み合わせ,燃料油I((A)+(B)+(C))について1種,燃料油U((A)+(B)+(C)+(D))について3種の,いずれも性状Xの燃料油について具体的配合例の記載がある。
(オ) 「本発明の高性能燃料油は,RON,MONが高いのみならず,蒸気圧,蒸留性状さらには芳香族分含量等のバランスがとれているため,耐ノック性,特に高速時における耐ノック性にすぐれるとともに,低温運転性,始動性,燃焼性,加速性などにおいてすぐれており,ガソリン自動車用燃料,とりわけターボ,ツインカムなどの高性能エンジン搭載車の高品質ガソリン燃料として,極めて有効に利用しうる。」(5頁右欄) 以上の記載による限り,原明細書には,(A)ないし(C)の3成分を必須成分とし,これと性状Xを一体不可分の構成とする燃料油Tと,(A)ないし(D)の4成分を必須成分とし,これと性状Xを一体不可分の構成とする燃料油Uとが記載されているだけであり,原明細書の発明1及び2は,(A)ないし(C)の成分又は(A)ないし(D)の成分を必須成分とし,これと特定の性状Xを有する燃料油をその技術思想とする発明であることが明らかである。原明細書(甲第7号証)全体をよくみても,本件発明1のように,燃料油を構成する成分について何の限定もなく,単にその性状だけで特定される発明については,その記載を見いだすことができない。このことは,原明細書の発明1及び2が上記のとおりのものである以上,むしろ,当然のことというべきである。
(3) 原告は,原明細書に「特定の性状のみによって特定される燃料油に係る発明」が記載されていると主張し,その根拠として,原明細書には,「本発明の燃料油I,Uは,いずれもリサーチ法オクタン価99.5以上(通常は100前後),モーター法オクタン価88.6以上(通常は90前後),芳香族分50容量%以下でありかつ70℃までの留出分(ΔE70)が25容量%以上(通常は27容量%前後)の性状を有するものである。さらに,50%(容量)留出温度が110℃以下,リード蒸気圧が0.75kg/cm2以下のものが好ましい。ここで,芳香族分の含量が50容量%を越えるものでは,燃料系統に使用されているゴムが劣化したり,排出ガス中の有害物質が増加するなどの問題が生ずる。また,ΔE70が25容量%未満のものでは,たとえリサーチ法オクタン価やモーター法オクタン価が高いものであっても,始動性や低温運転性に劣る。」(甲第7号証3頁左欄)との記載があることを主張する。しかし,原明細書には,同記載に続いて,「なお,本発明の燃料油T,Uは,上記の必須成分ならびに性状を有するものであるが,この性状を維持できる範囲で……を適宜加えることも有効である。」(同3頁左欄)との記載がある。このように,原明細書においては,(A)ないし(C)の3成分あるいは(A)ないし(D)の4成分が必須の成分であることが明言されていることからすれば,原告が前記主張の根拠として指摘する記載は,上記各成分を必須成分とすることを前提にした上での,その性状についての記載にすぎないことが明らかであり,根拠となり得るものではない。
原告は,また,原明細書の上記(ウ)中の「要するに前述した燃料油Iの要求性状を満たすように選定すればよい。」等の記載も上記主張の根拠として挙げる。
しかし,同記載の直前に,「本発明の燃料油Iは,上記(A),(B),(C)成分を必須成分とするものでありその配合割合は用いる各成分の性状等により異なり一義的に決定することはできない。」との記載があること,及び,その直後に「通常は,(A)成分である改質ガソリン100容量部に対して,(B)成分であるアルキレート6〜55容量部,(C)成分であるイソペンタン留分3〜28容量部の範囲で適宜配合し混合すればよい。」との記載があることからすれば,原明細書の上記記載は,燃料油の上記性状が必須成分の配合割合を選定するための指標となることを述べたものにすぎず,原明細書においても性状のみにより特定される発明が上位概念的に記載されているとの原告の上記主張の根拠とならないことが明らかである。
3 原告は,原明細書では,特定の性状を有する燃料油が上位概念の発明として記載されており,これを具現化する態様として,素材を異にする燃料油I及び燃料油Uが記載されているにすぎないのである,したがって,原明細書の特許請求の範囲が,燃料油の性状と基材を必須の構成要件とする形をとっていたとしても,原明細書には,全体としてその上位概念の発明が記載されていると解することができるのである,と主張する。
しかし,原明細書においては,Xの性状のみならず,それを実現するための,(A)ないし(C)の3成分あるいは(A)ないし(D)の4成分が必須の成分であることが上記のとおり明瞭に記載されているのであり,Xの性状を有する燃料油組成物であれば,それを構成する成分が(A)ないし(C)の3成分あるいは(A)ないし(D)の4成分以外のものでもよい,というようなことについては,これを直接示す記載はもちろん,これを示唆する記載もないことは,上記認定の原明細書の記載状況から明らかである。原明細書に記載されている発明の一部を分割して新たな出願とした場合に,原出願の出願日をその出願の出願日として取り扱うためには,分割出願とした発明についても,原出願において既に完成した発明として記載されていることが必要であり,たとい,後になって,Xの性状を有する燃料油組成物であれば,それを構成する成分が(A)ないし(C)の3成分あるいは(A)ないし(D)の4成分以外のものでもよい,ということが明らかになったとしても,そのことが原明細書に記載されていない以上,X性状を有する燃料油組成物一般についてまで原出願の出願日を適用することができるものでないことは,当然である。
原告は,燃料油の業界では,新しい性能を有する燃料油の開発の手順として,燃料油の性能を実現するための諸性状を設定することが基本であり,次にその特定性状を目標として,各自の有する基材を駆使して,燃料油を調合する,ということが,原明細書の出願当時から,一般的に知られており,かつ,よく行われていた,最終製品である燃料油の性状が特定されれば,その性状に対応した性能が発現されるのであって,その性能は基材の種類にはよらない,ということは,原出願の出願当時から,当業界では広く知られていた事項である,と主張する。
しかし,原告は,原出願の特許異議申立ての審査過程で,その特許異議答弁書において「このようなガソリン燃料油は,一般に最終燃料油の代表性状及び組成のいくつかを挙げて示されるが,通常は,これらの代表性状のみでは燃料油を特定することができない場合が多い。・・・従って,挙げられた最終燃料のいくつかの代表性状及び組成が一致したからといって,例えば,これに用いた基材の種類が異なれば,当然,得られる燃料油は同一のものとは限らないとするのが当業界における一般の認識である。すなわち,燃料油は,最終燃料のいくつかの代表性状や組成のみで特定するのではなく,最終燃料のいくつかの代表性状及び組成と基材の両面から特定することが好適な場合が多い。特に,本願発明のように多くの性能のすべてをバランスよく満足しうる燃料油を特定する場合は,最終燃料の代表性状及び組成のみならず,基材からの規定も燃料油を特定するうえで重要な要件となるのである。特に,上記のように種々の要請のすべてに応じることのできる新規な燃料油の開発は,基材面,最終燃料の代表性状及び組成面の双方からの検討が必要であり,非常に困難を極めるものであった。」(乙2号証3頁),「本願発明は,高速耐ノック性,加速性,燃焼性,始動性,低温運転性及び高オクタン価のすべてをバランスよく満足すべく,前記要件(ロ)及び(ハ)を満足する成分(A)〜(C)を必須成分とし,かる(ニ)の性状を有する高性能油を提供するものである。すなわち,本願発明の燃料油は,(A)〜(C)の各成分及び(ニ)の性状すべてを有することを特徴とするものであり,これらをすべて具備する場合にのみ上記本願発明の効果を有効に奏することができるのである。従って,本願発明に規定される各成分及び性状のいずれかを一つでも満足しないものは当然本願発明の目的である上記各性能のいずれかを満足しないものとなり,本願発明を開示したものとはいえないことを先ず指摘しておきたい。」(同4頁)と述べている。
このように,原告自身,特許異議答弁書において,原出願の出願当時,燃料油は,最終燃料油の性状及び組成と基材の両面から特定するのが当業界の一般の認識であること,また,原明細書に記載された発明は,高速耐ノック性,加速性,燃焼性,始動性,低温運転性及び高オクタン価のすべてをバランスよく満足するために,その成分及び性状の双方を特定することにより達成されるものであることを,明瞭に主張していたのである。原告が本訴において主張する当業界の常識についての前記主張は,この主張に明白に反するものであり,このような主張の内容を信用することはできない。むしろ,原告が本訴においてこのような主張をすること自体,著しく信義に反することとして,許されないというべきである。原明細書における前記認定の記載からすれば,原明細書においては,(A)ないし(C)の3成分あるいは(A)ないし(D)の4成分を必須の成分とすることを技術思想とする発明が記載されているだけであり,性状のみによって特定される発明が記載されていないことは明らかである。原告の上記主張は,いずれにしても到底採用することができないものである。
以上のとおりであるから,「本件発明は,全体として原明細書に記載されていたものとは認められないから,原出願の一部であったものとはみることができない。したがって,本件発明の出願は,適法な分割出願とは認められず,出願日の遡及は認められない」(決定書5頁)とした決定の認定判断に誤りはない。
4 本件訂正発明1は,本件発明1に「アルコールを含有しないこと」と「但し,オレフィン分18.6容量%以上ものを除く」という要件が追加されているだけであるから,本件訂正発明1についても,原明細書に記載されていた発明ということができず,その出願は,適法な分割出願とは認められないことは,上記に説示したところから,明らかである。決定は,本件訂正発明の分割出願の要件について,明示的に判断をしていないものの,決定の全趣旨からすれば,本件訂正発明1についても本件発明1と同様に,適法な分割出願と認められないことを当然の前提として,その独立特許要件を判断していたことは明らかであるから,決定がこの点について明示的な判断を示さなかったことは,結論に何ら影響しないものと認められる(原告も,この点については,取消事由として主張していない。)。
5 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久