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関連審決 無効2000-35453
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ネ1567損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成17ワ10524特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成12ネ2645各損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成15ネ514特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成15ネ3034特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  公知技術 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  発明の概要 /  優先権 /  クレーム /  薬事法 /  優先日 /  対象製品 /  出願経過 /  均等 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  正当な理由 /  差止請求(差止) /  侵害 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  訂正要件 /  審決確定(審決が確定) /  国際公開 / 
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事件 平成 13年 (ネ) 3840号 特許権侵害差止請求控訴事件
控訴人(1審被告) 大正薬品工業株式会社
訴訟代理人弁護士 吉原省三
同 小松勉
同 三輪拓也
同 竹田吉孝
補佐人弁理士 朝日奈 宗太
同 佐木啓二
同 秋山文男
被控訴人(1審原告) ミネソタ・マイニング・アンド・マニュファ クチャリング・カンパニー
訴訟代理人弁護士 片山英二
同 北原潤一
補佐人弁理士 小林純子
裁判所 大阪高等裁判所
判決言渡日 2002/11/22
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
事案の概要
本件は,後記特許権の特許権者である被控訴人が,控訴人に対し,被控訴人の特許発明技術的範囲に属するとして,原判決添付別紙物件目録記載の製剤の輸入,販売の差止め及びその廃棄を求めた事案である。
原審は,被控訴人の請求を認容し,控訴人が本件控訴を提起した。
1 前提事実(証拠を掲げたもの以外は当事者間に争いがない。) (1) 本件特許権 被控訴人は,原判決添付別紙特許公報(以下「別紙特許公報」又は「本件公報」という。)記載のとおりの次の特許権(以下「本件特許権」といい,特許請求の範囲請求項1記載の発明を「本件発明@」,請求項5記載の発明を「本件発明A」,請求項9記載の発明を「本件発明B」,請求項10記載の発明を「本件発明C」,請求項11記載の発明を「本件発明D」,前記各発明を併せて「本件発明」といい,その特許出願に係る願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)を有している。
特許番号 第2769925号 発明の名称 ベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを含んで成るエアロゾル製剤 出 願 日 平成3年10月9日(特願平4-501819号) 登 録 日 平成10年4月17日 優先権主張 1990年(平成2年)10月18日アメリカ合衆国出願に基づく 特許請求の範囲 [請求項1] 「治療的に有効量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート;1,1,1,2-テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンを含んで成る噴射剤;並びにこの噴射剤の中にこのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶解せしめるのに有効な量のエタノール;を含んで成るエアロゾル製剤であって,実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートがこの製剤において溶けており,且つ,この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを特徴とする,肺,頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤。」 [請求項5] 「前記エタノールが2〜10重量%の量において存在している,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。」 [請求項9] 「0.05〜0.5重量%の量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,2〜12重量%の量のエタノール及び88〜98重量%の量の前記噴射剤を含んで成る,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。」 [請求項10] 「0.05〜0.45重量%の量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,2〜10重量%の量のエタノール及び90〜98重量%の量の前記噴射剤を含んで成る,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。」 [請求項11] 「0.05〜0.35重量%の量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,2〜8重量%の量のエタノール及び1,1,1,2-テトラフルオロエタンより本質的に成る,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。」 (2) 本件発明の構成要件 ア 本件発明@は,次の構成要件に分説することができる。
A 以下を含んで成るエアロゾル製剤であること。
(a) 治療的に有効量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート (b) 1,1,1,2-テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンを含んで成る噴射剤 (c) この噴射剤の中にこのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶解せしめるのに有効な量のエタノール B 実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートがこの製剤において溶けていること。
C この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないこと。
D 肺,頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤であること。
イ 本件発明A〜Dの構成要件について (ア) 本件発明Aは,本件発明@におけるエタノールの量を「2〜10重量%」という範囲に限定したものである。
(イ) 本件発明Bは,本件発明@におけるベクロメタゾン17,21ジプロピオネート(以下「BDP」ともいう。)の量を「0.05〜0.5重量%」,エタノールの量を「2〜12重量%」,噴射剤の量を「88〜98重量%」という特定の範囲にそれぞれ限定したものである。
(ウ) 本件発明Cは,本件発明@におけるBDPの量を「0.05〜0.45重量%」,エタノールの量を「2〜10重量%」,噴射剤の量を「90〜98重量%」という特定の範囲にそれぞれ限定したものである。
(エ) 本件発明Dは,本件発明@におけるBDPの量を「0.05〜0.35重量%」,エタノールの量を「2〜8重量%」という特定の範囲に限定したのみならず,噴射剤を「1,1,1,2-テトラフルオロエタン」(以下「HFC-134a」ともいう。)という特定のものに限定したものである。
(3) 控訴人の製剤 控訴人は,アイルランドのノートン・ウォーターフォード・リミテッド(以下「ノートン社」という。)より原判決添付別紙物件目録記載の製剤(以下「控訴人製剤」という。)を輸入し,我が国で販売するため,平成12年3月に薬事法に基づく輸入承認を取得し,同年7月7日に健康保険法の規定に基づく薬価基準収載を経た。
新規に薬価基準収載をした会社は,正当な理由がある場合を除き,収載の日から3か月以内に医療機関に対して当該医薬品の供給を開始することとされている。
(4) 控訴人製剤の構成 ア 控訴人製剤の組成は次のとおりである。
控訴人製剤1グラム中(括弧内は重量%) プロピオン酸ベクロメタゾン 0.641mg(0.0641%) エタノール 26.816mg(2.6816%) HFC-134a 972.543mg(97.2543%) イ 控訴人製剤の構成は,次のとおりである。
A′ 以下を含んで成るエアロゾル製剤である。
(a)' 有効成分として,日局プロピオン酸ベクロメタゾンを含有している。
(b)' 噴射剤として,HFC-134aを含有している。
(c)' エタノールを含有しており,その量は(a)'の有効成分を溶解せしめるのに足りる量である。
B′ 前記(a)' の有効成分の全てが,A′の製剤に溶けている。
C′ 界面活性剤は含まれていない。
D′ 気管支喘息治療剤である。 ウ 控訴人製剤は本件発明@の構成要件A,B,C,Dを充足する。控訴人製剤は,本件発明A〜Dで特定された組成の範囲内にある。控訴人製剤は,本件発明の構成要件をすべて充足する。
(5) 無効審判と訂正請求 ア 控訴人は,平成12年8月28日付けで,被控訴人を被請求人として,特許庁に対し,本件発明の無効審判を請求し(無効2000-35453),被控訴人は,平成13年5月28日付けで,特許請求の範囲を含む本件明細書の訂正請求を行い,平成13年12月6日付で上申書(乙30)を提出し,平成13年12月26日付の無効理由通知書(甲31)で,本件発明が,発明の構成に欠くことのできない事項が不明確であり,特許法第36条第5項第2号(平成2年改正法)に規定する要件を満たしていないとされたことに対し,平成14年1月15日付で訂正請求書(甲32)及び意見書(甲33)を提出し,特許請求の範囲を含む本件明細書の訂正請求を行い(以下「本件訂正請求」という。),同時に,平成13年5月28日付け訂正請求を取り下げ(甲34),特許庁は,平成14年5月29日付けで,被控訴人の訂正請求を認め,他方,無効審判の請求は成り立たないとの審決を行い,控訴人は,東京高等裁判所に審決取消訴訟(同裁判所平成14年(行ケ)第329号事件等)を提起した。
イ 本件訂正請求における本件発明の訂正内容は次のとおりである(甲32)。
(ア) 本件発明@【請求項1】 治療的に有効量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート;1,1,1,2-テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンのみからなる 噴射剤;並びにこの噴射剤の中にこのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶解せしめるのに有効な量のエタノール;のみからなるエアロゾル製剤であって,実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートがこの製剤において溶けており,前記エタノールが2〜12重量%の量において存在し,且つ,この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを特徴とする,肺,頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤。
(イ) 本件発明A(訂正前の【請求項5】) 【請求項4】 前記エタノールが2〜10重量%の量において存在している,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
(ウ) 本件発明B(訂正前の【請求項9】) 【請求項8】 0.05〜0.5重量%の量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,2〜12重量%の量のエタノール及び88〜98重量%の量の前記噴射剤のみからなる,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
(エ) 本件発明C(訂正前の【請求項10】) 【請求項9】 0.05〜0.45重量%の量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,2〜10重量%の量のエタノール及び90〜98重量%の量の前記噴射剤のみからなる,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
(オ) 本件発明D(訂正前の【請求項11】) 【請求項10】 0.05〜0.35重量%の量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,2〜8重量%の量のエタノール及び1,1,1,2-テトラフルオロエタンより本質的に成る,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。 2 争点 (1) 控訴人製剤は,本件発明の技術的範囲に属するか。
控訴人製剤が本件発明の構成要件を充足していても,控訴人製剤は本件発明の作用効果を有しないため,本件発明の技術的範囲に属しないといえるか。ア 作用効果不奏功の抗弁 イ 非常に所望される高い化学的安定性 ウ 有意に高い吸入率 (2) 本件発明には明らかな無効理由が存在するか。
(3) 訂正請求
争点に関する当事者の主張
次に当審における主張を付加するほか,原判決8頁18行目から23頁22行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
1 争点(1)(控訴人製剤は,本件発明の技術的範囲に属するか)について (1) 作用効果不奏功の抗弁 【被控訴人の主張】 特許法70条1項が規定するとおり,特許発明技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。しかして,特許請求の範囲に記載されているのは特許発明構成要件であるから,特許発明技術的範囲は,結局のところ,特許請求の範囲に記載された特許発明構成要件の解釈によって確定されるべきものである。
したがって,対象製品が,特許請求の範囲に記載された特許発明構成要件を全て充足するにもかかわらず,対象製品特許発明の作用効果を奏しないという理由で技術的範囲に属しないとすることは,特許請求の範囲に記載された特許発明構成要件の解釈というプロセスを何ら経ることなく特許発明技術的範囲について判断することを意味するから,作用効果不奏功の抗弁は,特許法70条1項の明文に反する。
控訴人製剤が本件発明の構成要件を全て充足することは明らかであり,控訴人の主張する作用効果不奏功の抗弁は,主張自体失当として排斥されるべきである。
(2) 非常に所望される高い化学的安定性 【控訴人の主張】 ア 本件発明の作用効果である化学的安定性は,「この製剤を40℃で保存したときの時間に対する活性成分の回収率によって決定」(本件公報7欄9〜11行)されているところ,そのデータが記載された表IIによると,同データには一般常識として考え得る2〜3%のばらつきがあり,ベクロメタゾンジプロピオネート(BDP)量の高々1%程度以下の分解物が生じても定量誤差の範囲内に含まれるのである。控訴人による安定性試験のデータによると,原判決11頁の表のデータに基づいて,40℃,75%RHで6ヵ月保存後における総不純物量(%)の平均値及び不純物増加量(%)(各保存期間経過後の総不純物量(%)-初期値(%))を求めると,ベクロメタゾンジプロピオネート(BDP)量の高々1%程度以下の分解物が生じているにすぎず,定量誤差の範囲内に含まれ,有意な差があるとはいえない。
イ 控訴人の研究者である重藤秀子により,控訴人製剤と控訴人製剤にオレイン酸を0.1%添加した製剤とについて,MTLレポート,MTL追加レポートと同様に40℃,75%RHの条件下で,3か月間及び6か月間保存した時点での化学的安定性を実験した(乙41,43)。この実験結果は次の表のとおりであり,BDP定量値については,両製剤の3か月後の値及び6か月後の値と実験開始時の値はほぼ同じであり,不純物合計量についても,両製剤の3か月後の値及び6か月後の値と実験開始時の値はほとんど同じである。
平均値 : 2缶の平均値 増減率 : 加速保存所定月後の値-試験開始時の値 なお,不純物は検出されたBDP以外のピークである。
ウ 控訴人は,さらに,MTLレポート(乙1添付甲12〔エタノール8%製剤の化学的安定性のレポート〕),MTL追加レポート(乙19〔エタノール25%製剤の化学的安定性のレポート〕,乙24〔エタノール25%製剤の化学的安定性の追加レポート〕)及びウー・レポート(甲12〔エタノール10%製剤及びエタノール25%製剤の化学的安定性のレポート〕)に記載されている化学的安定性データにつき,統計的処理に基づく解析を行った(乙36)。
その結果,化学的安定性につき,乙1添付甲12,乙19及び乙24のデータにおいて,コントロール(界面活性剤なし)と界面活性剤0.1%含有製剤群との間に有意差は認められず,また,エタノール8%製剤とエタノール25%製剤の間にも有意差は認められなかった。また,甲12のデータにおいても,コントロール(界面活性剤無添加)と界面活性剤含有製剤群との間に有意差は認められず,また,エタノール10%製剤とエタノール25%製剤の間にも有意差は認められなかった。すなわち,統計学的にみて,界面活性剤の添加,無添加及びエタノール濃度によって,製剤の化学的安定性は変わらないのである。
【被控訴人の主張】 ア 控訴人が提出したMTLレポート(乙1添付甲12の1・2,乙16)もMTL追加レポート(乙19の2,乙24)も,控訴人製剤の安定性試験結果を示すものではないから,その内容を仔細に検討するまでもなく,控訴人主張の裏付けにはならない。
控訴人主張の原判決11頁の表は,BDPの不純物総量の割合を求めたものであって,表IIのように回収(検出)されたBDPの割合を求めたものではない。したがって,原判決11頁の表の実験データの解釈において表IIの実験データの値を参照することは何の意味もないのである。このことは,2桁又は3桁である表IIの値に対して原判決11頁の表の値が1桁又は小数点以下であることからも明らかである。
イ 重藤秀子による実験は,控訴人製剤と控訴人製剤にオレイン酸を0.1%添加した製剤との比較実験であるが,そもそも控訴人製剤と比較すべき対象は従来技術であるピュアヴァル特許(特開平2-200627号公開特許公報・乙1添付甲1)の実施例10〜12であるから,控訴人製剤が化学的安定性に関する本件発明の作用効果を奏しないことの立証として意味がない。
ウ 控訴人による統計解析の結果(乙36)は,そもそも理解困難である上,控訴人製剤と従来技術であるピュアヴァル特許の実施例10〜12の化学的安定性とを比較するものではなく,控訴人製剤が化学的安定性に関する本件発明の作用効果を奏しないことの立証として意味がない。
(3) 有意に高い吸入率 【控訴人の主張】 ア 計算方法 本件明細書ではアンダーセンMKUカスケードインパクターを用いて吸入率を決定すると記載されているだけで,その計算方法は示されていない。また,出願過程において被控訴人が提出した上申書(乙6)にも,その計算方法が示されていない。
そこで,アンダーセンタイプのカスケードインパクターの通常の用法(乙37)にしたがって,噴射したBDPの全量を分母とし,吸入に適する大きさとして捕集された粒子の量を分子とすべきである。
イ 分母 本件明細書には,ex-actuatorによるとの記載はない。上申書(乙6)には,ex-actuatorによることが記載されているが,分母を「インダクションポート〜ステージ7のBDP捕集量」とすることは記載されていない。すなわち,インダクションポートとバルブの間にはマウスピースとこれに連なるアダプター(アクチュエーター)があるのであって,ここにもBDPが附着する。そして缶のバルブは定量バルブで一回の噴射毎に一定量のBDPが噴射されるのであるから,「アダプター〜フィルタ上のBDP捕集量」とあるのが妥当である。ex-actuatorとは,カスケードインパクターによる場合,分母を「インダクションポート以降のBDP捕集量」とすることを意味するにすぎず,このBDP捕集量からフィルタ上のBDP捕集量を差し引いた「インダクションポート〜ステージ7のBDP捕集量」とすることを意味するものではない。したがって,吸入率計算式の分母を「インダクションポート〜ステージ7のBDP捕集量」とする根拠はない。甲13証拠Bは根拠にし得ない。
そして,本件明細書の解釈としては,我国において一般的な分母をex-valveとする算出方法によるべきである。控訴人の吸入率計算式における分母は,「アダプター〜フィルタ上のBDP捕集量」(すなわち,エアロゾル缶から放出された全BDP量を意味する)であり,この値はex-valveによるものである。
ウ 分子 本件明細書等には分子をステージ3〜7(0.43〜4.7μm)で捕集されたBDP量とすることは記載されていない。さらに,分子をステージ3〜7で捕集されたBDP量とする場合,粒子径の下限の方では,ステージ7(0.43〜0.65μm)が下限値の0.5μmを含むが,粒子径の上限の方ではステージ3(3.3〜4.7μm)が上限値の5μmより小さい方に外れている。このように粒子径の下限と上限でステージの選択方法が異なるのはおかしい。
これに比べて,分子をステージ3〜6とする場合は,ステージ6(0.65〜1.1μm)とステージ3(3.3〜4.7μm)が共に0.5〜5μmの範囲の内側に入るように選択しており,また分子をステージ2〜7とする場合は,ステージ7(0.43〜0.65μm)とステージ2(4.7〜7.0μm)が共に下限値0.5μmと上限値5μmを含むように選択しており,不自然さがない。
したがって,吸入率計算式の分子としては,控訴人による「ステージ3〜6(またはステージ2〜7)上で捕集されたBDP量」が,「ステージ3〜7上で捕集されたBDP量」より妥当である。
【被控訴人の主張】 吸入率の計算方法についての最大の争点は,吸入率計算式の分子に来るべきものとして,被控訴人が主張し原判決が採用したように「ステージ3〜7(4.7〜0.43μm)」をとるか,それとも,控訴人が主張するように「ステージ3〜6(4.7〜0.65μm)」又は「ステージ2〜7(7.0又は5.8〜0.43μm)」をとるか,という点である。
なお,吸入率計算式の分母については,控訴人の主張する「ex-valve(アクチュエーターから放出されることなく,ここに留まる薬剤も分母に含める方法)」か,被控訴人が主張し原判決が採用した「ex-actuator(アクチュエーターから放出される薬剤を分母とする方法)」のいずれをとるか,という問題があり,本件発明における吸入率はex-actuatorによるべきことは繰り返し述べたとおりであるが,たとえex-valveをとっても,分子を「ステージ3〜7」とする限り,控訴人の挙げるデータ(乙1添付甲13)によっても,控訴人製剤はベコタイドよりも有意に吸入率が高いという結論が導かれる。
そして,吸入率計算式の分子の選択については,本件明細書の発明の詳細な説明に「吸入率(即ち,薬理作用が及ぼされる肺の気道に達することのできる活性成分のパーセンテージ)」(本件公報4欄19〜21行)との記載があること,及び,平成9年8月12日付け上申書(乙6)に「吸入率(即ち,アクチュエーターから放出される薬剤のうち,肺へと吸引されるのに適するサイズの薬剤の比率)」との記載があること,さらに,その他の証拠(乙1添付甲11,乙13,23)に照らし,「肺へと吸引されるのに適するサイズの薬剤」すなわち「粒子径0.5〜5μmの粒子径範囲」,に相当する(最も乖離する部分の少ない)「ステージ3〜7(0.43〜4.7μm)」をとるべきである。
2 争点(2)(本件発明には明らかな無効理由が存在するか)について 【控訴人の主張】 (1) 本件発明は,少なくとも現在の特許請求の範囲の記載では無効原因のあることは,被控訴人も認めているところである。
すなわち,被控訴人は,本件発明の無効審判において,平成13年12月6日付で上申書(乙30)を提出し,その中で「審判被請求人は,本件特許の特許請求の範囲の記載を(略)の訂正案のとおりに訂正することを希望する。審判被請求人は,上記訂正案に記載の特許請求の範囲に基づいて,本件特許発明に無効理由がないことを説明する」(乙30ノ1 2頁2〜5行),「以上のとおりであるので,別紙の訂正案に基づく訂正請求を提出できるように無効理由通知を下されるようお願いします」(乙30ノ1 6頁4,5行)と述べている。このことは,被控訴人自身,本件発明には無効原因があり,それを免かれるために訂正を必要とすることを認めたことを示している。
(2) ピュアヴァル特許と対比してみると,界面活性剤が 0.0005重量%以上含まれないとした点については,従来もクレニルスプレーにみられるように界面活性剤を含んでいないエアロゾル製剤があったのであり,また,懸濁エアロゾル製剤と違って本件発明のような溶液エアロゾル製剤の場合には,必ずしも界面活性剤を必要とせず,吸入療法に使用するエアロゾル製剤において,界面活性剤は毒性の点から使用しないのが望ましいことが知られていた。したがって,ピュアヴァル特許のエアロゾル製剤において界面活性剤を実質的に含ませないとすることは,できるだけ人体に悪影響を及ぼす可能性のある成分を除き,より安全なエアロゾル製品を開発するのが使命の当業者であれば容易に想到できることである。
以上のように,本件発明の構成は,ピュアヴァル特許とその他の公知資料から当業者が容易に想到できる。
(3) また,悪玉フロンを善玉フロンで置き換えることは,地球的規模での緊急な課題があったのであり,各種の薬剤について置換が進められていた。そしてピュアヴァル特許にみられるように,エアロゾル製剤においても既にその置換が行われていたから,ミネルバニューモロジカ(乙1添付甲2)の開示するクレニルスプレーにおけるエアロゾル製剤の噴射剤を善玉フロンで置き換えることは,当業者が容易に想到できることである。
以上のように,本件発明の構成は,上記クレニルスプレーとその他の公知資料から当業者が容易に想到できる。
(4) 本件発明の作用効果は,本件明細書の記載からは明らかでなく,界面活性剤を含ませないこと及びエタノールの量によって何故そのような効果を生じるのかは不明であるし,控訴人が行なった実験によると,このような効果自体疑わしいものであって,何ら格別の効果とは認められない。
すなわち,乙1添付の甲12,さらには乙12,14,16,17,19,24,25号証の試験結果から明らかなように,エタノール8%含有処方及びエタノール25%含有処方のいずれにおいても,界面活性剤が含有されている場合と含有されていない場合とで,BDPの安定性と吸入率の向上に有意な差は認められない。さらに,エタノール8%含有処方とエタノール25%含有処方との間で,BDPの安定性と吸入率の向上に有意な差は認められない。
(5) 悪玉フロンを善玉フロンで置き換えることは,地球的規模での緊急な課題であり,本件発明の対応EPC特許(EPC特許0553298)は,前記した悪玉フロンを善玉フロンで置き換えることは容易であるという理由で,特許異議の申立により取り消されている。このEPC特許に基づく英国特許は,EPC特許が取り消される前に特許無効訴訟で取り消されていることも,悪玉フロンを善玉フロンで置き換えることが推進される傾向の現れにほかならない。
【被控訴人の主張】 (1) 平成13年12月6日付上申書(乙30)は,平成13年11月6日に開催された本件発明の無効審判第1回口頭審理において主に審判合議体から指摘された事項に答える形で,本件発明には控訴人が主張するような進歩性に関する無効理由は存在しないことが明らかであることを主張するために提出した。その後,平成13年12月26日付で無効理由通知書(甲31)が特許庁より被控訴人に発送された。この無効理由通知書は,本件発明は本件発明の構成に欠くことのできない事項が不明確であり,特許法第36条第5項第2号(平成2年改正法)に規定する要件を満たしていないことを要旨とするものにすぎず,本件発明の進歩性を認めている。そして,被控訴人はこの無効理由通知書への対応として,平成14年1月15日付で訂正請求書(甲32)及び意見書(甲33)を提出し,同時に,平成13年5月28日付け訂正請求は取り下げた(甲34)。
以上のとおり,特許庁は,本件発明に,控訴人が主張する進歩性に関する無効理由は存在していないことを事実上認めており,さらに,被控訴人が平成14年1月15日付で提出した訂正請求書(甲32)によって,特許法36条5項2号(平成2年改正法)違反の余地もなくなり,もはや本件発明には何らの無効理由も存在しないことが明らかとなっている。
(2) ピュアヴァル特許には,BDPを有効成分とし,溶剤としてエタノールを含有する溶液状エアロゾル製剤の実施例10〜12のほかに,溶剤としてn-ペンタン(実施例7〜9)又はイソペンタン(実施例23)を含有する懸濁状エアロゾル製剤の実施例が開示されている。このように,エタノールは単に溶剤の中の選択肢の1つに過ぎない。そして,ピュアヴァル特許には溶剤としてエタノールが最も好ましいとの記載も示唆も存在しないし,溶液状エアロゾル製剤が懸濁状エアロゾル製剤よりも優れているとの記載も示唆も存在しない。ピュアヴァル特許の「溶解した多量の界面活性剤の存在により,安定で均一な医薬粒子の懸濁液が調製できる。溶解した界面活性剤の多量の存在はまた特定の医薬の安定な溶液製剤を得ることに役立っている」や「本発明のエアロゾル製剤は,製剤を安定化させるためまたバルブ部材を滑りやすくするため,界面活性剤を含む」との記載に代表されるように,本件特許の優先日当時(1990年10月18日)においては,懸濁製剤であっても溶液製剤であっても,バルブの滑りをよくするためや製剤の安定化などのために界面活性剤を添加するのは当業者には一般的であった(甲18〜21)。
また,クレニルスプレーにおけるBDP及びエタノール(7.94重量%)以外の成分は,「溶剤CFC-113及び噴射剤CFC-12/CFC-114」であり,一方,本件発明のそれは「噴射剤HFC-134a又はHFC-227,あるいはそれらの混合物」である。このように両者は,BDP及びエタノール以外の成分が全く異なり,その上,クレニルスプレーには15.74重量%ものCFC-113が,エタノールと同じく溶剤として機能させる目的で添加されている。このように,BDP及びエタノール以外に,性状や機能の点において相互に異なる成分を含んだ両者間の,エタノール含量のみに着目し,それを比較することには全く意味がない。
以上のとおりであり,「本件発明の構成はピュアヴァル特許及びその他の公知資料から当業者が容易に想到できる」との控訴人主張は誤りであり,本件発明は構成の点においてすでに充分な進歩性を有する。
(3) 控訴人は,あたかも,医薬エアロゾル製剤において使われている複数の,しかも性質が異なる各種のCFC化合物の混合物であれば,それがいかなるものであっても,それを構成する個々の化合物の元々の性質や組み合わせの多様性とは無関係に,それらをHFC-134aやHFC-227によって置換することが当業者にとって容易であり,またそれにより得られる効果も予測の範囲内であるかのごとく主張するが,これは誤りである。
クレニルスプレーに含まれる控訴人のいう「悪玉フロン」(CFC)は,CFC-12,CFC-114及びCFC-113であるが,この中で,噴射剤はCFC-12及びCFC-114であり,CFC-113の主用途は洗浄剤や溶剤である(甲11)から,クレニルスプレーの処方においてもCFC-113は溶剤として添加されたと考えるのが妥当である。一方,本件発明において控訴人のいう「善玉フロン」(HFC)は,HFC-134a,HFC-227又はそれらの混合物であり,これらは全て噴射剤として処方される。したがって,クレニルスプレーには,「悪玉フロン」であるCFC-113が溶剤として存在する点においても異なっている。用途や性状の異なる各種のCFC及びHFCを単純にそれぞれ「悪玉フロン」,「善玉フロン」と一括りにし,それら相互の置換が容易であり,そこには何らの創意工夫もないかの如く主張する被控訴人の議論は,各種の構成要素は各々重要な技術的理由があって存在しており,それらが相互に作用し合い全体として作用効果を発現するという発明の本質に照らして誤りであり,作用効果の予測が極めて困難であり,かつ,ヒトへの安全性が重視される医薬の技術分野においてはなおさら誤っている。
(4) 乙1添付甲12,乙12,14,16,17,19,24,25のうち,吸入率に関する試験結果といえるものは,乙12及び乙17だけである。しかし,乙12で互いに比較されているのは,本件発明に包含される控訴人製剤と,BDP,CFC-11/12及び界面活性剤(オレイン酸)からなる懸濁製剤(ベコタイド50インヘラー)であって,ピュアヴァル特許に係る製剤は試験されていないし,記載すらされていない。また,乙17においては,その記載からは明らかではないが,この試験の目的からして,アクチュエーターのオリフィス口径のみが異なる同一組成の製剤(おそらく本件発明に係る製剤)の比較試験をしているだけであって,本件発明とピュアヴァル特許の製剤を比較している訳ではない。このように,控訴人は現在に至るまで,ピュアヴァル特許に係る製剤の吸入率を測定し,本件発明の製剤の吸入率と比較したことなど一度もない。
被控訴人は,甲13証拠Aを提出し,本件発明とピュアヴァル特許の実施例10〜12の製剤の吸入率とを比較して,本件発明に係る製剤の吸入率の向上が顕著であることを明らかにしている。
また,安定性の向上に関して被控訴人は,甲12を提出し,ピュアヴァル特許の実施例10〜12に具体的に記載された製剤に比べ,本件発明に係る製剤の安定性が顕著に向上していることを明らかにしている。また,控訴人の提出した安定性に関する試験結果においてさえ,ピュアヴァル特許に係る製剤と比較して本件発明に係る製剤の安定性が向上していることは一定程度立証されている。
(5) CFC-11などの特定フロン(前記悪玉フロン)はオゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書に基づき1989年以降段階的に規制され1995年末までに全廃されることになったが,喘息,慢性閉塞性肺疾患及びその他の肺疾患用の経口吸入剤等の特別用途については,例外として右全廃の対象から除外された。ピュアヴァル特許(乙1の甲1)2頁左上欄9〜10行に記載されているように,CFCの医薬への使用は,全使用量の1%以下にすぎない。そのうえ,医薬用エアロゾル製剤は患者の生命の安全に直結することから,現在でもなお例外的にこれらの特別用途についてはCFCの使用が許されている(essential use)。したがって,医薬用エアロゾル製剤の分野での悪玉フロンから善玉フロンへの切替えは,本件発明の優先日当時において,決して控訴人が主張するような地球規模での緊急課題といった大げさなものではなく,少しでもCFCの使用量を減らすべく努力されていたと考えるのが妥当である。このような状況において,1988年頃から様々な技術分野において各種のHFC(控訴人のいう善玉フロン)がCFCの代替フロンとして可能かどうかが検討されるようになったにすぎない。
3 争点(3)(訂正請求)について 【被控訴人の主張】 (1) 本件訂正請求は,いずれも,特許請求の範囲減縮に該当するところ,@実施例1,4の組成における「ベクロメタゾン17,21ジプロピオネートのトリクロロモノフルオロメタン溶媒化合物」は,実質的にみて,本件発明の構成要件である「ベクロメタゾン17,21ジプロピオネート」に該当するから,実施例1,4も訂正後の本件発明の実施例といえる。また,A本件発明の構成要件である「任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていない」とは,実質的にみて,界面活性剤が全く含まれていないのと同視できるから,訂正後の本件発明が「BDP,噴射剤,エタノールの3成分のみからなる」ことと何ら矛盾するものでなく,上記訂正は実質的に特許請求の範囲変更するものではなく,現に本件審決でも訂正が認められたのであり,本件訂正請求に関連して本件発明に明かな無効理由は存在しない。
(2) 控訴人製剤は,控訴人製剤1グラム中(括弧内は重量%)BDPが0.641mg(0.0641%),エタノールが26.816mg(2.6816%),HFC-134aが972.543mg(97.2543%)で,合計100%となるから,訂正後の本件発明の構成要件を悉く充足する。
【控訴人の主張】 (1) 本件訂正請求は,特許法126条2項及び3項に規定する訂正要件を満たさないから,当該訂正は認められない。
ア すなわち,訂正請求では,本件発明のエアロゾル製剤に含まれる成分を,ベクロメタゾン17,21ジプロピオネート(BDP);1,1,1,2-テトラフルオロエタン(HFC-134a),1,1,1,2,3,3,3‐へプタフルオロプロパン(HFC-227)及びそれらの混合物よりなる群から選ばれるハイドロフルオロカーボン(HFC)のみからなる噴射剤;及びエタノール(2〜12重量%);の3成分のみに限定している。
しかしながら,本件明細書には,前記特定の3成分のみからなるのが好ましいというような記載はない。
そして,本件明細書には,実施例1,4として,BDPをトリクロロモノフルオロメタン(特定フロン)との溶媒化合物として含有するエアロゾル製剤の実施例があるが,これら実施例1,4のエアロゾル製剤は前記3成分以外のトリクロロモノフルオロメタンを含有するから,「3成分のみ」からなるものではない。
しかし,本件明細書の記載によれば,これら実施例1,4のエアロゾル製剤は,「3成分のみ」からなる実施例2,3,5,6,7にくらべて吸入率が最も高く,性能的には最も優れているといえる。すなわち,本件発明は,「3成分のみ」でなくても作用効果を奏することになり,換言すれば,本件発明は,「3成分のみ」でなければ所期の作用効果を奏さないというものではない。しかも,「3成分のみ」と限定することによって,性能的にもっとも優れた実施例を特許請求の範囲から外すことになる。本件発明には,「3成分のみ」によって初めて所期の作用効果が達成されるというような認識はない。してみれば,「3成分のみ」とすることは,本件明細書に記載されておらず,本件明細書の記載から直接的かつ一義的に導きだせるものでもない。また「3成分のみ」とすることは,実質上特許請求の範囲変更する。
イ 本件発明は,一方で,「この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていない」ことを構成要件としている。この規定は,本件発明のエアロゾル製剤が界面活性剤を0.0005%未満で含む場合があることを意味している。
しかしながら,エアロゾル製剤の成分を前記3成分のみに限定しながら,界面活性剤の存在を許容することは本件明細書に記載されておらず,かつ本件明細書の記載から直接的かつ一義的に導きだせるものではない。また,エアロゾル製剤の成分を前記3成分のみに限定しながら,かつ界面活性剤の存在を許容するように訂正することは,実質上特許請求の範囲変更する。
したがって,訂正請求は特許法第126条2項及び3項に規定する訂正要件を満たさない。
(2) また,本件発明は,ピュアヴァル特許及びその他の公知資料に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもある(無効理由1)。
ア 本件発明は,ピュアヴァル特許(とくに実施例10〜12)との関係では,「界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていない」とした点,及び「エタノールが2〜12重量%の量において存在している」とした点で異なるのみである。なお,本件発明において,界面活性剤の上限値である「0.0005重量%」という数値自体には何らの意義も認められない。
イ クレニルスプレーにみられるように,従来界面活性剤を含んでいないBDPを有効成分とする溶液状エアロゾル製剤が知られていた。
また,界面活性剤を含有しない溶液状エアロゾル製剤は一般に広く知られていた。
たとえば,乙34には,「液化ガス系の二相系(噴射薬液化ガスと主薬溶液が均等に溶解しあったもので,容器内は液相と上部気相の二相よりなる最も代表的な形式である)のうちで,空間噴霧薬は空気中に主薬溶液を微細な粒子として噴霧させるもので,通常原液3容以下と液化ガス7容以上の割合で圧力は約3.5〜4.5kg/cm2,G(30°)である」(542頁8〜22行)旨記載されているが,この液化ガス系の二相系のエアロゾル製剤も,界面活性剤を含有しない溶液状製剤である。
アメリカ特許第2,868,691(乙35)には,つぎの組成の吸入治療用の自己噴射性組成物が記載されている。これらエアロゾル組成物はいずれも界面活性剤を含有しない溶液状エアロゾル組成物である。
「 実 施 例 5 パーセント エフェドリン 15 エタノール95% 26 ジクロロジフルオロメタン(“フレオン12”) 59 100 」 「 実 施 例 7 パーセント ニコチン 1 エタノール95% 34 ジクロロジフルオロメタン(“フレオン12”) 25 ジクロロテトラフルオロエタン(“フレオン114”) 40 100 」 「 実 施 例 10 パーセント アトロピン 0.1 エタノール95% 9.9 ジクロロジフルオロメタン(“フレオン12”) 45 ジクロロテトラフルオロエタン(“フレオン114”) 45 100 」 そして,懸濁粒子の凝集を防止するために界面活性剤を配合することが要求される懸濁エアロゾル製剤と違って,本件発明のような溶液状エアロゾル製剤の場合には,必ずしも界面活性剤を必要としないことが知られていた(乙1添付の甲3,乙1添付の甲4の部分訳文1頁下から9〜7行及び2頁3〜4行,乙34の543頁21〜22行)。
ピュアヴァル特許における「溶解した界面活性剤の多量の存在はまた特定の医薬の安定な溶液製剤を得ることに役立っている」(乙1添付甲1の3頁右上欄11〜13行)との記載は,BDPを含む医薬一般についてではなく,特定の医薬について,界面活性剤が安定な溶液製剤を得るのに役立っているといっているにすぎない。そして,BDPはこの特定の医薬には該当しない。
すなわち,ピュアヴァル特許の実施例10〜12の処方ではBDP0.005gに対してエタノール1.350gを使用しており,BDP1g当りのエタノールの量は,270gになるところ,乙1添付甲9の1,2から,BDP1gは23.7g以上ないし79g未満のエタノールに溶解することが明らかであるから,BDPを溶解するのに充分である。さらに,フロン系噴射剤は溶剤としての働きも有している(乙34の553頁3行〜555頁1行),ピュアヴァル特許の実施例10〜12の製剤の噴射剤であるHFC-134aはBDPの溶解に寄与している。したがって,ピュアヴァル特許の実施例10〜12の処方をみた当業者は,BDPのエタノールに対する溶解性についての知見及び噴射剤のBDPの溶解への寄与についての知見から,界面活性剤がなくても安定な溶液状製剤が得られることがわかる。
ところで,ピュアヴァル特許の実施例10〜12に記載されている溶液状BDPエアロゾル製剤で界面活性剤を使用しているのは,バルブ部材を滑りやすくするためと思料される(乙1添付甲1の4欄右下欄13〜15行参照)が,前記クレニルスプレーなどの例からも明らかなように,溶液状エアロゾル製剤においては,用いるバルブが潤滑剤による潤滑を必要としないものであればバルブ部材を滑りやすくするために界面活性剤を使用する必要がない(なお,本件発明では,界面活性剤を含有しない溶液状エアロゾル製剤であるにもかかわらず,バルブ部材を滑りやすくするための代替手段を開示しているわけではない。)から,ピュアヴァル特許の実施例10〜12の処方を見た当業者に,界面活性剤を除くことを思い止まらせるような障害はなかった。
しかも,吸入療法に使用するエアロゾル製剤においてトリオレイン酸ソルビタン(ピュアヴァル特許の実施例10で使用されているスパン85と同じ界面活性剤)は,脂肪肺炎を惹起する危険性の点から使用しないのが望ましいことが知られていた(乙1添付甲5)から,エアロゾル製剤の分野の当業者であれば,ピュアヴァル特許の実施例10〜12のエアロゾル製剤の処方において,必須成分でなく,しかも人体に悪影響を及ぼす可能性があるトリオレイン酸ソルビタンやその他の界面活性剤を除くことは容易に考えつくことであって,そこに何らの創意工夫も要しない。
ウ クレニルスプレーには,エタノールの量が7.94重量%(製剤全重量15gに対してエタノール1.191g)であるBDPを有効成分とする溶液状エアロゾル製剤の例が示され,乙34にも,噴射剤と溶剤(原液)の割合が本件発明における範囲を含む溶液状エアロゾル製剤が記載されている(乙34の542頁8〜22行)のであって,エタノールの量を2〜12重量%とすることに新規な特徴はない。
また,ピュアヴァル特許には,HFC-134aの蒸気圧が望ましい範囲内となるように蒸気圧を減じるアジュバントが選択されることが記載されており(乙1添付甲1の4頁右上欄5〜8行),好ましいアジュバントとしてエタノールがあげられている(同頁右下欄9〜12行)し,乙1添付甲4には,「吸入用エアロゾルは,溶液エアロゾルまたは懸濁エアロゾルとして製造される。エタノールが,一般に溶剤として使用される;処方ではその圧力低減作用を考慮しなければならない」(同の部分訳文1頁末行〜2頁2行)と記載されている。したがって,エアロゾル製剤の製造において,蒸気圧の調整などの点から,エタノールの量を調整することは当業者が必要に応じて適宜行っていることである。
さらに,乙1添付甲5には,吸入療法に使用するためのエアロゾル組成物について,「さらに他の目的は,エアロゾル組成物において許容できるかぎりエタノールの存在を回避し,それによって惹起される粘膜への刺激作用及びそれが寄与する可能性がある金属部分の腐食を排除することである」(1欄18〜22行),「トリクロロフルオロメタン(フレオン11)の有効性は極めて大きいので,望ましい場合は,組成物からエタノールを排除できる,従って一部の人々には刺激性であり,さらに特にスプレー装置がアルミニウム製部品を有する場合には腐食問題を惹起する成分が回避される。だがエタノールの使用が望ましい場合は5%まではエアロゾル組成物中に使用することができ,使用する場合の好ましい量は約2%である」(2欄34〜41行)と記載されており,エタノールを使用する場合,粘膜への刺激作用などの点から,その使用量をできるだけ少なくするのが好ましいことが示されている。
そして,本件発明は,エタノールの量をBDPを溶解しかつエアロゾル製剤の保存時にその溶解状態を維持するに充分な量として規定したものと思料される(本件公報の5欄33〜43行)が,このようなことは溶液状エアロゾル製剤に要求される基本的な要件であるにすぎず,何の創意工夫も認められない。たとえば,乙35には,「この発明の組成物の基本的な特徴の一つは,医薬が溶解しており,および,組成物全体に亘って均一に分散されていることである。この目的のために,組成物の調製時および通常の期間および条件下の保存時の両方で,医薬を溶解状態または均一分散状態に保持するため,共溶剤がしばしば必要である」(3欄38〜46行),「共溶剤の量及び構成は,使用される医薬の溶解度特性に大きく依存する。多くの場合,共溶媒が全組成物の約5%または10%と40%の間……からなるとき,充分な結果が得られることが認められた」(3欄54〜60行)とある。
したがって,ピュアヴァル特許の実施例10〜12の溶液状エアロゾル製剤の処方において,エタノールの量を2〜12重量%とすることは,当業者であれば,蒸気圧の調整,粘膜への刺激作用の軽減,BDPの溶解性などを考慮して,必要に応じて適宜なしうることである。
エ 以上のように,本件発明の構成は,ピュアヴァル特許とその他の公知資料から当業者が容易に想到できる。
そして,前記「非常に所望される化学的安定性」,「有意に高い吸入率」について述べたとおり,本件発明にはそのような作用効果はない。
したがって,本件発明は,ピュアヴァル特許及びその他の公知資料から当業者が容易に発明をすることができた。
(3) 本件発明は,前記クレニルスプレー及びその他の公知資料に基づいて当業者が容易に発明をすることができた(無効理由2)。
ア 本件発明は,クレニルスプレーとの関係では,噴射剤として悪玉フロン(CFC-113,CFC-12,CFC-114)に換えて善玉フロン(HFC-134a又はHFC-227)を用いる点で異なるのみである。
イ 乙34には次の趣旨の記載がある。
大部分のエアロゾル剤はこの液化ガスが噴射剤として用いられる。フッ化炭化水素類の多くは不燃性の液化ガスで,適当な蒸気圧をもつ数種(フロン-12,フロン-11,フロン-114,フロン-22,フロンC-318)が主に用いられる。フロン-12は適当な蒸気圧を有しフロン類中最も繁用される。フロン-11は蒸気圧が低いために圧力調整用に用いられる。フロン-114は蒸気圧が低いため圧力調整用に用いられ,溶解力に乏しいが化学的には安定であり,アルコール基剤の場合に多く用いられる。フロン-22は蒸気圧が高いため,圧力調整用に用いられる(548頁下から6行〜549頁下から9行)。液化ガスは,1種のみを用いることはほとんどなく,多くの場合混合して用いられる。これは圧力のみでなく,燃焼性及び溶解性を調整することも目的としている(551頁下から8〜6行)。とくにフロン-11は,往々にして低級アルコールと反応してHClを生じカンの腐食,香料の分解などの好ましくない現象の原因となる(555頁15〜17行)。
クレニルスプレーは,乙34の上記記載に徴して,主噴射剤として適当な蒸気圧のCFC-12を用い,これにアルコール基剤に最適なCFC-114と,アルコールと反応してHClを生じるCFC-11の代替品としてCFC-113を併用して,アルコールを溶剤とする溶液状エアロゾル製剤としたものといえる。したがって,クレニルスプレーによって従来技術として価値のある物理化学的に安定な溶液状エアロゾル製剤が考案された。 ウ エアロゾル製剤における溶剤,噴射剤の区別は厳密なものでなく,CFC-113は,主用途が洗浄剤や溶剤であったとしても,エアロゾル製剤の分野では,本件優先日前から,噴射剤として使用されていたから,クレニルスプレーに含まれるCFC-113は溶剤でなく,噴射剤として使用されていた。
すなわち,ピュアヴァル特許の「プロペラント11,12,114,113,142b,152a,124と通常称されている他の噴射剤」(2頁右下欄1〜3行)との記載,国際公開WO86/04233号パンフレット(乙31)の6頁13行,実施例9,クレーム1,クレーム9などの記載,米国特許第3,014,844号明細書(乙32)の4欄26〜27行,13欄の例31〜33などの記載から噴射剤として使用され,特に,CFC-113のように蒸気圧の低い噴射剤は圧力調整用に主噴射剤と併用される(乙34参照)。なお,乙34の「液化ガス噴射剤は容器内では液体であり溶媒としての役割も大である」(553頁3行〜555頁1行)との記載からも明らかなように,フロン系噴射剤は溶剤としての働きも有している。
エ ピュアヴァル特許には,噴射剤の全量をHFC-134aで置き換えたBDPエアロゾル製剤が開示されており,エアロゾル製剤の噴射剤として製剤に望ましい蒸気圧や安定性を与えるべく使用されていたCFC-11,CFC-12,CFC-114からなる混合噴射剤(乙1添付甲1の1頁右下欄15行〜2頁左上欄2行)をHFC-134aで置き換える際の課題及び解決手段が示され,エアロゾル製剤において悪玉フロンからなる混合噴射剤(CFC-11,CFC-12,CFC-114)を善玉フロンからなる噴射剤(HFC-134a)で置き換える技術は,ピュアヴァル特許によってほぼ完成されていたといえる。
そして,「極性,蒸気圧,密度,粘度や界面張力のような全ての物理的パラメーターは,安定なエアロゾル製剤を得るために重要であり,そして,プロペラント134aより極性の高い化合物の選択を適切に行うことにより,プロペラント134aを用いた安定なエアロゾル製剤が調製される」(乙1添付甲1の3頁左上欄末行〜右上欄5行),「噴射剤系の蒸気圧は医薬に推進力を与えるため,重要な因子である。プロペラント134aの蒸気圧が望ましい範囲内となるよう該蒸気圧を減じるアジュバントが選択される」(乙1添付甲1の4頁右上欄5〜8行)とあり,好ましいアジュバントとしてエタノールがあげられている(乙1添付甲1の4頁右下欄9〜12行)。
そして,CFC-11は,沸点が23.7℃であり,常温で液体であり,かつ20℃の蒸気圧が0.90kg/cm2(絶対値)であり(乙33),クレニルスプレーにおけるCFC-113(沸点47.57℃)と類似した物性を有する噴射剤であるから,ピュアヴァル特許には,CFC-113と類似の物性値を有するCFC-11を含むCFC-11,CFC-12,CFC-114からなる混合噴射剤の全量をHFC-134aで置き換えることが記載されている。
そうすると,本件優先日前において,悪玉フロンを善玉フロンで置換することが地球的規模での緊急な課題とされているから,CFCを使用するエアロゾル製剤の研究開発にたずさわる当業者であれば,クレニルスプレーにおける悪玉フロンからなる噴射剤(CFC-113,CFC-12,CFC-114からなる混合噴射剤)の全量を善玉フロン(HFC-134a)で置き換えることを当然試みるはずである。
オ そして,前記非常に所望される化学的安定性,有意に高い吸入率について述べたとおり,本件発明にはそのような作用効果はない。
したがって,本件発明は,クレニルスプレー及びその他の公知資料から当業者が容易に発明をすることができた。
(4) 本件発明自体に非常に所望される化学的安定性及び有意に高い吸入率の作用効果がなく,本件発明は未完成発明である。
当裁判所の判断
1 争点(1)(控訴人製剤は,本件発明の技術的範囲に属するか)について 次に付加するほか,原判決28頁18行目から47頁15行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
ただし,原判決30頁3行目から11行目までの@,Aの記載を「本発明の一定の好ましい製剤は非常に所望される化学的安定性を示し,そして市販のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート製品よりも有意に高い吸入率を提供すること」と,41頁25行目,47頁8行目の各「CFC懸濁製剤」を「市販のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート製品」と,45頁の試験結果の表のうち,アダプター〜フィルタの数値「49.27」を「49.25」と,「50.95」を「50.94」とそれぞれ改める。
(1) 作用効果不奏功の抗弁 特許法70条1項が規定するとおり,特許発明技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。しかして,特許請求の範囲に記載されているのは特許発明構成要件であるから,対象製品特許発明技術的範囲に属するか否かは,特許請求の範囲に記載された特許発明構成要件によって定められることとなる。そして,通常,当該特定の構成要件に対応して特定の作用効果が生じることは客観的に定まったことがらであり,出願者がこのようなうちから明示的に選別した明細書記載の作用効果が生じることも客観的に定まったことがらであるから,対象製品が明細書に記載された作用効果を生じないことは,当該作用効果と結びつけられた特許発明構成要件の一部又は全部を構成として有していないことを意味し,又は,特許発明構成要件の一部又は全部を構成として有しながら同時に当該作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有することを意味する。したがって,対象製品特許発明技術的範囲に属しないことの理由として明細書に記載された作用効果を生じないことを主張するだけでは不十分であって,その結果,当該作用効果と結びつけられた特許発明の特定の構成要件の一部又は全部を備えないこと,又は,特許発明構成要件の一部又は全部を構成として有しながら同時に当該作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有することを主張する必要がある。このことは,明細書の発明の詳細な説明の記載に関する36条4項等の規定を前提としていい得ることである。
また,化学や医薬等の発明の分野においては,特許発明構成要件の全部又は一部に包含される構成を有しながら,当該特許発明の作用効果を奏せず,従前開示されていない別途の作用効果を奏するものがあり,このようなものは,当該特許発明技術的範囲に属しない新規なものといえる。したがって,このようなものについては,対象製品特許発明構成要件を備えていても,作用効果に関するその旨の主張により,特許発明技術的範囲に属することを否定しうる。
控訴人は,原審において,構成要件C,Dの充足を否認したものの,本件発明の作用効果を奏しないことに結びつけて主張したわけでなく,当審において,構成要件C,Dの充足を争わなくなったのであるから,前記前者の趣旨の主張をしているとはいえず,本件発明の作用効果を奏しないと主張するのみで,本件発明と別途の作用効果を奏するとの主張をしていないから,前記後者の趣旨の主張をしているともいえない。
したがって,主張自体必ずしも十分でないが,事案に鑑み,その主張の限りで判断を加える。
(2) 非常に所望される高い化学的安定性 ア 本件発明の作用効果である化学的安定性は,「本発明の一定の好ましい製剤は非常に所望される化学的安定性を示し」(本件公報5欄9〜12行)ていることであり,「有意な量の界面活性剤の存在はベクロメタゾン17,21ジプロピオネートの溶液製剤の場合において所望されないと考えられており,その理由は界面活性剤,例えばオレイン酸及びレシチンは,活性成分がHFCー134aとエタノールの混合物の中に溶けているときに,その化学的分解を促進しがちであるからである」(同6欄7〜13行),「実施例4の製剤の化学安定性は,この製剤を40℃で保存したときの時間に対する活性成分の回収率によって決定した。表IIにそのデータを含ませた」(同7欄9〜11行)とし,表IIに実施例1〜7における保存期間0〜12週の回収率が95.5〜102.6%であったことが示されている(同7欄12〜16行)ことからすると,表IIのデータは,0.0005重量%以上の界面活性剤を含まない実施例の製剤そのものの一般的安定性を示すデータであり,実施例の製剤のBDPそのものの回収率を示したデータであって,界面活性剤を含む市販のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート製品等と0.0005重量%以上の界面活性剤を含まない実施例の製剤とを比較したデータでないことが認められる。
したがって,0.0005重量%以上の界面活性剤を含まない実施例の製剤そのものについての表IIのデータを前提として,これから導いたばらつきがあるとの帰結を界面活性剤を含むものと含まないものとを比較した数字の解析に使用することは誤りであり,控訴人の定量誤差を根拠とする有意な差がないとの主張はその前提において不当である。
イ 重藤秀子による実験(乙41,43)は,控訴人の研究者である重藤秀子が平成13年12月から行った実験である。
a 測定対象 控訴人製剤と控訴人製剤にオレイン酸を0.1%添加した製剤 b 測定方法 40℃/75%RHの保存条件で保存した場合の総不純物を液体クロマトグラフィーによる検査により調べた。
c 結果 表3のとおり 表3 平均値 : 2缶の平均値 増減率 : 加速保存所定月後の値-試験開始時の値 なお,不純物は検出されたBDP以外のピークである。 d 考察 3か月後の総不純物の増加率はそれぞれ1.325%と1.33%でほとんど相違はないが,6か月後の総不純物の増加率では,控訴人製剤が1.83%であるのに対し控訴人製剤にオレイン酸を加えた製剤では2.18%と相違が生じている。また,乙第41,43によると,この実験では,不純物ごとにピークを同定し,各不純物の量を測定しているが,不純物である17BMPの量について,控訴人製剤が増加していないのに対し,オレイン酸を加えた製剤の方は実験開始時点より約8〜20倍に増大しており,前記MTLリポートと同様,オレイン酸の添加が不純物量の増加に影響を与えていることが認められ,化学的安定性を低下させる方向に働いている例が1例加わる。
ウ また,控訴人は,MTLレポート,MTL追加レポート及びウー・レポートに記載されている化学的安定性データにつき,統計的処理に基づく解析を行った結果,界面活性剤の添加の有無,エタノールの濃度によって,化学的安定性につき有意差の差が生じない旨主張している。しかしながら,これらのデータからは引用にかかる原判決39頁19行目から41頁8行目までに記載の傾向が同様に示されているといえ,また,界面活性剤であるオレイン酸がBDPのエステル加水分解において触媒となりBDPの分解に積極的な影響を及ぼすことが認めれることからすると,控訴人主張の統計的処理に基づく解析の結果は,化学的安定性を検討する上での一つの資料にはなりえたとしても,控訴人製剤につき化学的安定性の存在という効果がないことを認めるには十分でない。
のみならず,本件発明の作用効果である化学的安定性は,上記のとおり,0.0005重量%以上の界面活性剤を含まないことによる一般的安定性を示すものであり,市販のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート製品等と比較しての化学的安定性を示すものでない。
もっとも,証拠(乙3〜8)によれば,控訴人は,本件特許出願過程において,平成8年3月13日付けで,特開2-200627号公報(ピュアヴァル特許(乙1添付甲1)に相当)を引用例として「界面活性剤は,当業者がその目的に応じて適宜採用し得るものであり,引用文献1に記載されたエアロゾル製剤において,界面活性剤を併用せずに,本願の請求項1に係る発明のような構成とすることは当業者の容易に想到し得ることである。なお,本願の請求項1に係る発明の効果は,公知技術から予測し得る程度のもである」から,進歩性なしとする拒絶理由通知に対し,平成8年10月1日付け意見書で「引例1にはベクロメタゾンと界面活性剤との関係についてが全く触れられておりません。一般に,エアロゾル製剤に界面活性剤を使用することは,製剤中の医薬成分の凝集及びそれに基づくバルブ詰まりの阻止,更には製剤噴射量の再現性等の問題の解決において有利であるため,半ば常識化されていることであります。つまり,エアロゾル製剤は界面活性剤を加えることを前提として通常開発されるものであり,当業者であれば界面活性剤を除くことは通常考えないものであります。しかしながら,本願発明者は,界面活性剤がベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを分解してしまうことを見出し,よって,界面活性剤を含むベクロメタゾン含有エアロゾル製剤は化学的に不安定であることを見出しました(本願明細書第4頁第18〜第23行を参照されたい)。冒頭に述べました通り,本願発明に係るエアロゾル製剤は,ベクロメタゾン17,21ジプロピオネートの安定性に有害な影響を及ぼす界面活性剤を実質的に含まないこと(0.0005重量%以上の量で含まないこと)を特徴とします。従いまして,本願発明に係るベクロメタゾンのエアロゾル製剤は,界面活性剤を含むエアロゾル製剤よりも安定性に優れております。尚,本願発明に係るエアロゾル製剤は界面活性剤を含まないことで上記した凝集等の問題がありますが,かかる問題は溶剤としてのエタノールの量を調整することで解決しております。以上の説明により,本願発明は引例1記載の発明から当業者が容易に想到し得るものではないことがご理解頂けるものと信じております」との意見を述べ,さらに,平成9年4月10日付け上申書で,「本願に関し,審査官殿より,平成8年12月5日において,界面活性剤を含む一般的な製剤に対する,界面活性剤を含まないことを特徴とする本願発明に係る製剤の有利な効果を示す実験データーの提出の要請がありました。つきましては,界面活性剤を含む場合と含まない場合との,ベクロメタゾン17,21ジプロピオネート(BDP)を含むエアロゾル製剤の安定性試験の結果をまとめた図及び表を提出致します」として,その旨のデータを提出し,「BDPエアロゾル製剤は,ガラスバイアル中でも金属バイァル中でも,界面活性剤を含まない方が安定であることがわかります。(略)製剤中のBDPの経時的な分解の程度は,界面活性剤を含む製剤の方がそれを含まない製剤よりも有意に高いことがわかります。(略)製剤中の不純物の経時的な増大(BDPの分解に基づく)の程度は,界面活性剤を含む製剤の方がそれを含まない製剤よりも有意に高いことがわかります」との意見を述べ,さらに,平成9年8月12日付け上申書で,「本件に関しまして出願人は本願発明の有利な効果についての更なる所見がありますので,以下にその旨上申致します。(1)本願発明は,伝統的なエタノール含有溶液製剤により予測されるものよりも有意に向上した吸入率(即ち,アクチュエーターから放出される薬剤のうち,肺へと吸引されるのに適するサイズの薬剤の比率)を有する。例えば,エピネフリン,イソプロテラノール又はビトルテロールメシレートの如き薬剤の溶液製剤を含む市販のCFC計量投与吸引器は一般に25%以上のエタノール含有量を有し,そして約15〜20%にも満たない低い吸入率しか供さないが,本願発明の製剤は40%以上70%未満の吸入率を供する(本願明細書第6頁下から7〜4行目を参照されたい)。(2)更に,本願発明の吸入率は市販のCFCベクロメタゾン懸濁製剤のそれよりも優れている。このことは驚くべきことであり,その理由は懸濁製剤は一般にエタノール含有溶液製剤よりも高い吸入率を有するからである。(3)更なる重要な視点は本願発明の溶液製剤が驚くべき程に化学的に安定であることのある(本願明細書の表IIを参照されたい)。これは,貯蔵の際に不安定であるエタノールを含むCFC噴射剤内でのベクロメタゾン溶液製剤の挙動に反する。エタノールを含む溶液中の薬剤の化学的不安定さは一般的な問題であり,そしてこれが,当業者がMDIベクロメタゾン製剤を製造したがらない理由の一つである」との意見を上申し,その後,平成9年12月26日付けで,特許請求の範囲の記載不明瞭とする拒絶理由通知に対し,同日付け意見書に代わる手続補正書で,本件発明にかかる請求項でない特許請求の範囲の請求項12,14項の記載の一部につき,「12 存在しているエタノールの量が,実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶かすのに必要な量を実質的に超過していないが,しかしながら前記ベクロメタゾン17,21ジプロピオネートの有意な沈殿を伴うことなく,ー20℃の温度に前記製剤を委ねることを可能とするのに十分な量である,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
(略)14 治療的に有効な量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート;1,1,1,2ーテトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3ーヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれる噴射剤,及びこの噴射剤の中にこのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶かすのに有効な量のエタノールを合わせる段階を含んで成る,溶液状エアロゾル製剤の製造方法であって,ここでこの製剤は実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートがこの製剤において溶けており,且つこの製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを特徴とするものである,前記方法」 と傍線部分を補正し,特許査定を受けた事実が認められるが,これは,被控訴人が,進歩性がないとする審査官の意見に対応して,化学的安定性,BDPの経時的な分解の程度,不純物の経時的な増大につき本件発明に係るベクロメタゾンのエアロゾル製剤と界面活性剤を含むエアロゾル製剤との対比を,進歩性の問題として,説明しているのであって,本件明細書の詳細な説明に記載された作用効果そのものの問題として説明しているのでなく,かつ,その後の拒絶通知に応じた補正とも関わりがない事項であるから,上記対比は,進歩性に関する範疇のことがらであって,非常に所望される高い化学的安定性という作用効果そのものに関する範疇のことがらでない。
したがって,本件発明の作用効果である化学的安定性が0.0005重量%以上の界面活性剤を含まないことによる一般的安定性を示すものであって市販のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート製品等と比較しての化学的安定性を示すものでないとの上記説示を左右しない。
しかるところ,控訴人製剤は,上記重藤秀子による実験に明らかなとおり,回収率100%に近く,非常に所望される化学的安定性を示すことが明らかであり,控訴人製剤の化学的安定性につき上記統計的処理に基づく解析結果を否定する結果となっている。
エ 以上によれば,控訴人製剤について,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された作用効果のうち,非常に所望される高い化学的安定性という効果がないと認めることはできない。
(3) 有意に高い吸入率 ア 本件明細書の発明の詳細な説明には,吸入率について,「吸入率(即ち,薬理作用が及ぼされる肺の気道に達することのできる活性成分のパーセンテージ)」(本件公報4欄19〜21行),「実施例1-7の製剤により提供される吸入率を,Anderson MKUカスケードインバーター(Anderen MKUカスケードインパクターの誤記と認める。)を用いて決定し,」(同7欄19〜20行)との記載があり,本件特許出願経過の中で,出願人である被控訴人が平成9年8月12日付けで特許庁審査官に提出した上申書(乙6)には,「吸入率(即ち,アクチュエーターから放出される薬剤のうち,肺へと吸引されるのに適するサイズの薬剤の比率)」との記載がある。
したがって,本件発明における吸入率については,アクチュエーターから放出される量で計算法(ex-actuator)とするのが相当である。もっとも,ex-actuatorにおいては,分母につき,インダクションポートからステージ7までで捕集されたBDP量とする計算法とインダクションポートからバックアップフィルタまでで捕集されたBDP量とする計算法とがあり得,また,分子につき,ステージ2〜7,3〜6,3〜7のいずれで捕集されたBDP量とするかの問題とがあり,前記本件明細書の記載や本件特許出願経過書類の記載は,この点につき直接言及するものでなく,他に,何らかの示唆等を与える文献等はない(乙37も直接これを決定する資料とならない。)ところ,証拠(甲13)によれば,本件特許出願に盛り込まれた1990年の元々の試験結果においては,分母につきインダクションポートからステージ7までで捕集されたBDP量とし,分子につきステージ3〜7で捕集されたBDP量とする計算方法によった(甲13証拠B)ことが認められるから,本件発明における吸入率については,これによるのが相当である。
甲13証拠Bは,本件登録査定後に提出され,本件出願経過書類にも含まれていないが,これによれば,実施例1〜7の製剤のアンダーセン(MKU)カスケードインパクターにより求めた吸入率がそれぞれ76.2%,62.6%(n=2),53.7%(n=2),70.4%,50.3%,52.0%,41.1%(n=2)であることが示されており,いずれの吸入率も40%を超え,実施例1の吸入率が76.2%であり,実施例4の吸入率が70.4%であることは,本件明細書の発明の詳細な説明の「実施例1-7の製剤により提供される吸入率を,Anderson MK Uカスケードインバーター(インパクターの誤記)を用いて決定し,それぞれより得られる平均吸入率は40%以上であった。実施例1及び4の製剤の場合,吸入率はそれぞれ約76%及び約70%であった」(本件公報7欄19〜23行)との記載に完全に一致するから,甲13証拠Bは,本件特許出願に盛り込まれた1990年の元々の試験結果に盛り込まれたものに相当する記載があるといえ,これを否定するだけの証拠はない。
作用効果不奏功の抗弁は,控訴人製剤が本件発明の作用効果を奏しないことを立証しなければならないから,本件発明が行った吸入率の計算方法によらなければならないことは当然である。
そうすると,控訴人の主張は,同計算方法によるものが含まれていない点において相当でなく,乙44の統計的解析の点を含め,これを認めるに足りる十分な証拠がない。
(4) 以上によれば,控訴人製剤は,本件発明の構成要件をすべて充足し(仮に構成要件C,Dの充足を争っているとしても,原判決24頁1行目から25頁16行目まで記載のとおり充足する。),その技術的範囲に属するものというべきである。
2 争点(2)(本件発明には明らかな無効理由が存在するか)について 次に付加するほか,原判決47頁17行目から50頁末行までに記載のとおりであるから,これを引用する。
ただし,原判決48頁22行目から25行目までの「非常に所望される高い化学的安定性を有し,従来のHFC-134a溶液製剤であるピュアヴァル特許の実施例10〜12と比べて化学的安定性が高いことにある」を「本発明の一定の好ましい製剤は非常に所望される化学的安定性を示すことにある」と改める。
(1) 訂正請求による無効の自認 証拠(下記掲記)によれば,被控訴人は,本件発明の無効審判において,平成13年11月6日に開催された本件発明の無効審判第1回口頭審理において主に審判合議体から指摘された事項に答える形で,平成13年12月6日付で上申書(乙30)を提出し,その中で「審判被請求人は,本件特許の特許請求の範囲の記載を(略)訂正案のとおりに訂正することを希望する。(略)審判被請求人は,上記訂正案に記載の特許請求の範囲に基づいて,本件発明に無効理由がないことを説明する」(乙30ノ1 2頁2〜5行),「以上のとおりであるので,別紙の訂正案に基づく訂正請求を提出できるように無効理由通知を下されるようお願いします」(乙30ノ1 6頁4,5行)と述べ,平成13年12月26日付の無効理由通知書(甲31)で,本件発明は,発明の構成に欠くことのできない事項が不明確であり,特許法第36条第5項第2号(平成2年改正法)に規定する要件を満たしていないとされたことに対し,平成14年1月15日付で訂正請求書(甲32)及び意見書(甲33)を提出し,本件訂正請求をしたことが認められる。
上記事実によれば,本件発明は,発明の構成に欠くことのできない事項が不明確との無効事由がある疑いがあるが,被控訴人が同無効を認めたとは断定できないし,また,明白に無効とも断定できない。
(2) 無効理由1 前記事実によれば,通常,エアロゾル製剤は,界面活性剤の使用が製剤中の医薬成分の凝集及びそれに基づくバルブ詰まりの阻止,更には製剤噴射量の再現性等の問題の解決において有利であるため半ば常識化され,界面活性剤を加えることを前提として開発されており,通常,当業者であれば界面活性剤を除くことを考えないところ,本件発明は,界面活性剤がベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを分解してしまい,界面活性剤を含むベクロメタゾン含有エアロゾル製剤は化学的に不安定であるとの新たな知見(本件公報6欄10〜13行参照)に基づき,ベクロメタゾン17,21ジプロピオネートの安定性に有害な影響を及ぼす界面活性剤を実質的に含まない(0.0005重量%以上の量で含まない)こととして,界面活性剤を含むエアロゾル製剤よりも安定性に優れている製剤とした点に,進歩性を肯定しうる重要な一つの根拠があるということができる。
そして,クレニルスプレーを開示するミネルバニューモロジカには,界面活性剤を含まない製剤が記載されているが,界面活性剤を含むエアロゾル製剤よりも化学的安定性に優れているということに言及又はこれを示唆する記載はない。
また,乙1添付甲3,同4,乙34,35には,懸濁又は分散系において界面活性剤は懸濁粒子の凝集を防止するために添加されること,又は,溶液系において界面活性剤を使用しない例が記載されているが,それだけでは溶液製剤のエアロゾル製剤では界面活性剤が不要であることが明らかであるということはできないし,まして,界面活性剤を含まない製剤が界面活性剤を含むエアロゾル製剤よりも化学的安定性に優れているということに言及又はこれを示唆する記載はない。
しかるところ,ピュアヴァル特許(乙1添付甲1)は,「プロペラント134a(HFC-134a)に,プロペラント134aより極性の高い化合物を添加することにより,プロペラント134a単独中に溶解する場合に比べてより多量の界面活性剤が溶解し得る混合物が得られる。溶解した多量の界面活性剤の存在により,安定で均一な医薬粒子の懸濁液が調製できる。溶解した界面活性剤の多量の存在はまた特定の医薬の安定な溶液製剤を得ることに役立っている」(8欄6〜13行),「本発明のエアロゾル製剤は,製剤を安定化させるためまたバルブ部材を滑りやすくするため,界面活性剤を含む」(14欄13〜15行),「界面活性剤は一般に製剤の総重量にたいして5重量%を超えない量で存在する。これらは,通常界面活性剤:医薬が1:100〜10:1の重量比で存在するが,製剤中の医薬濃度が非常に低い場合は界面活性剤はこの重量比を超えてもよい」(16欄17行〜17欄1行)のであり,これによれば,ピュアヴァル特許において界面活性剤は必須の構成であり,かかる構成は,懸濁製剤,溶液製剤のいずれの場合も製剤の安定化のためには多量の界面活性剤を必要とするとの当時の知見に基づくもの(甲18〜21)と解されるから,乙1添付甲5に記載された,界面活性剤であるトリオレイン酸ソルビタンの使用が好ましくないという動機だけで,同発明自体から界面活性剤を除くべきことを想致し得るといえないことはいうまでもなく,乙1添付甲2〜4,乙34,35を考慮しても,界面活性剤を含まない製剤が界面活性剤を含むエアロゾル製剤よりも化学的安定性に優れているということを想致し得るということはできない。
なお,ピュアヴァル特許において,「溶解した界面活性剤の多量の存在はまた特定の医薬の安定な溶液製剤を得ることに役立っている」(乙1添付甲1の3頁右上欄11〜13行)との記載の「特定の医薬」にBDPが含まれることを直接の指摘する記載はないが,BDPがこれに該当しないとの記載もないところ,実施例10〜12で医薬をBDPとする溶剤が紹介され,実施例8で部分的に紹介されている以外,溶剤の実施例はないから,上記説示を左右しない。少なくとも,BDPのエタノールに対する溶解性についての知見及び噴射剤のBDPの溶解への寄与についての知見を前提としても,上記記載を見た当業者が,実施例10〜12から界面活性剤を除去して安定な溶剤が得られるとを容易に想致し得るとはいえない。
したがって,控訴人指摘の証拠の記載事項を考慮しても,当業者にとって,ピュアヴァル特許の界面活性剤を除くことが容易であるとはいえず,無効理由1は認められない。少なくとも,無効理由1の存在することが明白とはいえない。
(3) 無効理由2 前記のとおり,クレニルスプレーを開示するミネルバニューモロジカには,界面活性剤を含まない製剤が記載されているが,界面活性剤を含むエアロゾル製剤よりも化学的安定性に優れているということに言及又はこれを示唆する記載はない。
他方,乙1添付甲6には,CFC-12と比較したHFC-134aの物性等が示され,エアロゾル製剤の噴射剤におけるCFC-12(蒸気圧94.5,沸点-29.8℃,液体密度1.311g?)の代替品としてHFC-134a(蒸気圧96.0,沸点-26.5℃,液体密度1.203g?)が使用できることが,同甲7には,HFC-134aがほぼ同じ蒸気圧を示すCFC-12の代替製品であり,HFC-227(沸点-17.3℃)がほぼ同じ蒸気圧を示すCFC-12/114(40:60)あるいはCFC-11/12(50:50)とエアロゾル技術の特殊な用途において代替品として使用できることが,同甲8には,HFC-134aを用いた実例として鼻カタル用スプレーがあることが,乙31,32にはCFC113を噴射剤として使用する例が,乙33にはCFC-11,12,114の各物性として蒸気圧,沸点,液体比重(密度)等が,乙34にはエアロゾル製剤で噴射剤としての液化ガスが混合して用いられ,圧力のみでなく,溶解度を調整することも目的とし,液化ガス噴射剤が容器内で液体であって溶媒としての役割も大であることがそれぞれ記載されているが,CFC-113の代替品についても,またCFC-113とCFC-12/114あるいはCFC-11/12の代替品については,その記載も,示唆もなく,本件発明の優先日又はその後の1993年当時において,HFC-134aとCFC-11の混合物あるいはHFC-134aとCFC-114の混合物がCFCの使用量を削減する候補品として検討されていたにすぎない(甲19,21,24)ことが認められる。
そして,ピュアヴァル特許に,エアロゾル製剤の噴射剤として製剤に望ましい蒸気圧や安定性を与えるべく使用されていたCFC-11,CFC-12,CFC-114からなる混合噴射剤(乙1添付甲1の1頁右下欄15行〜2頁左上欄2行)をHFC-134aで置き換える際の課題及び解決手段が示されていたとしても,CFC-11が沸点23.7℃,常温で液体であり,20℃の蒸気圧が0.90kg/?(絶対圧)である(乙33)ことにより,沸点47.57℃の性質の指摘されただけのクレニルスプレーにおけるCFC-113と類似した物性を有するとはいえないから,ピュアヴァル特許に,CFC-113,CFC-12,CFC-114からなる混合噴射剤の全量をHFC-134aで置き換えることが記載されているとか示唆があるとかいうことはできず,したがって,クレニルスプレーにおいて,CFC-113及びCFC-12/114をHFC-134a又はHFC-227及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンに置き換えることが容易に想致し得たとはいえないし,また,エタノール(7.9%)とCFC-113(15.7%)からなる溶剤からCFC-113の全量を除きエタノールのみにするにより不具合のない医薬を得られることが容易に想致し得たとはいえない。
そうすると,控訴人指摘の証拠の記載事項を考慮しても,当業者にとって,クレニルスプレーにおけるCFC-12/CFC-114及びCFC-113をHFC134A又はHFC-227及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンに置き換えることが容易であるとはいえず,無効理由2は認められない。少なくとも,無効理由2の存在することが明白とはいえない。
(4) その他 前記のとおり,本件発明は,本件明細書の発明の概要に作用効果の内容及び発生の記載があり,発明の詳細な説明実施例で作用効果発生を実証する事実が記載されているのであって,前記争点(1)の項で説示したと同様の理由で,控訴人が行なった実験によって同作用効果が否定されるとはいえない(また,甲12,13によっても同作用効果の発生が裏付けられている。)。
したがって,いかなる意味でも無効理由となる事由はない。
3 争点(3)(訂正請求)について (1) 本件訂正請求は,これを肯定する審決が確定していないから,本件特許権の内容となっておらず,本来,訂正請求の可否を含め,訂正請求にかかる内容を前提とした侵害の有無を審理の対象とすることは不相当であり,訂正請求が否定されると見込まれる場合には訂正前の現在の特許権の内容に従った判断をすれば足り,訂正請求が肯定されると見込まれる場合には手続を中止することも考えられる。
しかしながら,単独でされる訂正請求は早期に確定する可能性が強いが,一般に事例の多い無効審判請求に対する防御としての訂正請求は,手続上,早期の確定が望めないから,無効審判請求に対する防御としての訂正請求が肯定されると見込まれる場合に手続を中止すると,侵害訴訟の結論の出されるのが遅延する事態となる。したがって,侵害訴訟裁判所は,訂正請求の内容,可否の見込み,可とされた場合の技術的範囲などに照らし,訂正請求の可否及び訂正請求にかかる内容を前提とした侵害の有無を審理の対象とすることの当否を裁量した上,訂正請求を肯定し得る場合には,その旨の審決が確定していないとの一事で審理の対象とすることを否定することなく,審理,判決するのが相当というべきである。もっとも,この場合,ことがらの性質上,訂正前の特許権に基づく請求と同じ結論,同じ主文となることが必要であり,将来,確定した訂正請求可否の内容に従い,当該侵害訴訟判決の訂正前又は訂正後の特許権に基づく請求にかかる内容が当該判決の内容として意味のあるものとなる。
けだし,侵害訴訟の迅速な解決,紛争の一回的解決という要請を考慮すると,ことがらを実際的に処理することが必要であり,特許法体系との整合性を図る一方,訴訟実務が本来目的とする実践的機能を重視すべきだからである。
(2) 本件明細書の発明の詳細な説明の発明の背景の項に,「薬品懸濁エアロゾル製剤は現在噴射剤として液状クロロフルオロカーボンの混合物を利用する。フルオロトリクロメタン(フルオロトリクロロメタンの誤り。),ジクロロジフルオロメタン及ぴジクロロテトラフルオロエタンが,吸入により投与のためのエアロゾル製剤において最も一般的に利用されている噴射剤である。クロロフルオロカーボンはオゾン層の破壊に関与しており,従ってその製造は削減されている。ハイドロフルオロカーボン134a(HFC-134a,1,1,1,2ーテトラフルオロエタン)及びハイドロフルオロカーボン227(HFC-227,1,1,1,2,3,3,3ーヘプタフルオロプロパン)は他のクロロフルオロカーボン噴射剤ほどオゾン破壊性でないと考えられている;更に,これは低毒性及びエアロゾルにおける利用に適する蒸気圧を有する」(3欄46行〜4欄9行)と記載されている(甲2)ことからすると,本件発明@の【請求項1】のうちの「1,1,1,2-テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンを含んで成る噴射剤」を「1,1,1,2-テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンのみからなる噴射剤」と訂正したのは,噴射剤を記載のものに限定した趣旨といえる。
これと,前記説示,とりわけ,本件明細書の発明の詳細な説明の項の「本発明の製剤は界面活性剤を実質的に含まない。本明細書及び請求の範囲において用いる『実質的に含まない』とは,この製剤がその総重量に基づいて0.0005重量%(0.005重量%とあるのは誤記と認める。)以上の界面活性剤を含まないことを意味する。好ましい製剤は界面活性剤を全く含まない。有意な量の界面活性剤の存在はベクロメタゾン17,21ジプロピオネートの溶液製剤の場合において所望されないと考えられており,その理由は界面活性剤,例えばオレイン酸及びレシチンは,活性成分がHFC-134aとエタノールの混合物の中に溶けているときに,その化学的分解を促進しがちであるからである」(6欄3〜13行)との記載と本件特許出願過程における平成8年10月1日付け意見書の「引例1にはベクロメタゾンと界面活性剤との関係についてが全く触れられておりません。一般に,エアロゾル製剤に界面活性剤を使用することは,製剤中の医薬成分の凝集及びそれに基づくバルブ詰まりの阻止,更には製剤噴射量の再現性等の問題の解決において有利であるため,半ば常識化されていることであります。つまり,エアロゾル製剤は界面活性剤を加えることを前提として通常開発されるものであり,当業者であれば界面活性剤を除くことは通常考えないものであります。しかしながら,本願発明者は,界面活性剤がベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを分解してしまうことを見出し,よって,界面活性剤を含むベクロメタゾン含有エアロゾル製剤は化学的に不安定であることを見出しました(本願明細書第4頁第18〜第23行を参照されたい)。冒頭に述べました通り,本願発明に係るエアロゾル製剤は,ベクロメタゾン17,21ジプロピオネートの安定性に有害な影響を及ぼす界面活性剤を実質的に含まないこと(0,0005重量%以上の量で含まないこと)を特徴とします。従いまして,本願発明に係るベクロメタゾンのエアロゾル製剤は,界面活性剤を含むエアロゾル製剤よりも安定性に優れております。尚,本願発明に係るエアロゾル製剤は界面活性剤を含まないことで上記した凝集等の問題がありますが,かかる問題は溶剤としてのエタノールの量を調整することで解決しております。以上の説明により,本願発明は引例1記載の発明から当業者が容易に想到し得るものではないことがご理解頂けるもの信じております」との意見からすると,本件発明@の【請求項1】のうちの「;を含んで成るエアロゾル製剤であって,実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートがこの製剤において溶けており,且つ,この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを特徴とする,肺,頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤」を「;のみからなるエアロゾル製剤であって,実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートがこの製剤において溶けており,前記エタノールが2〜12重量%の量において存在し,且つ,この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを特徴とする,肺,頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤」と訂正したのは,任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを前提に,製剤の成分を医薬としてのベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,上記記載の噴射剤,2〜12重量%の量のエタノールに限定した趣旨といえる。
したがって,上記訂正において,製剤の成分の医薬として,ベクロメタゾン17,21ジプロピオネートのみを使用し,その余の医薬品を使用しないするとしたものと解され,しかるところ,弁論の全趣旨によれば,実施例1,4の「ベクロメタゾン17,21ジプロピオネート(BDP)のトリクロロモノフルオロメタン(CFC-11)溶媒化合物」は,BDP製剤を製造する際の常用のもの(弁論の全趣旨)で,上記訂正におけるBDP製剤の一形態といえるから,実施例1,4も本件発明の実施例といえる。
次に,本件訂正請求は,任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを前提にしているといえ,また,構成要件である「任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていない」とは,実質的に界面活性剤が含まれていないという趣旨といい得るから,「BDP,噴射剤,エタノールの3成分のみからなる」という訂正は,「任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていない」ことと矛盾しない。
したがって,本件訂正請求は,特許請求の範囲減縮に該当し,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり,実質的に特許請求の範囲変更するものではないということができる。
(3) 控訴人製剤は,本件訂正請求後の本件発明の構成要件をすべて充足し,前同様,控訴人の作用効果不奏功の抗弁も認められないから,その技術的範囲に属する。
(4) 前同様,無効理由は認められない。
なお,前記のとおり,本件発明には「非常に所望される化学的安定性」及び「有意に高い吸入率」の作用効果があるといえるから,未完成発明ともいえない。
4 結論 よって,被控訴人の本訴請求は理由があるから,本訴請求を認容した原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。 (当審口頭弁論終結日 平成14年7月26日)
裁判長裁判官 若林諒
裁判官 小野洋一
裁判官 黒野功久