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関連審決 無効2000-35529
関連ワード 自然法則 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  優先権 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 334号 審決取消請求事件
原告 日本合成化学工業株式会社
訴訟代理人弁理士 大石征郎
被告 株式会社クラレ
訴訟代理人弁理士 辻良子、辻邦夫
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/11/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が無効2000-35529号事件について平成13年6月19日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 被告は、名称を「偏光フイルム及びその製造法」とする特許第2543748号発明(昭和62年7月3日出願の特願昭62-167492号に基づく優先権を主張して、昭和63年6月28日出願(特願昭63-160361号)。平成8年7月25日特許登録。本件発明)の特許権者であるが、原告は、平成12年9月28日、本件発明のうち請求項1、2に係る発明の特許を無効とすべき旨の審判請求をし、無効2000-35529号事件として審理されたが、平成13年6月19日、「審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同月29日原告に送達された。
2 本件発明の要旨 (1) 請求項1に係る発明(本件発明1) ポリビニルアルコールの一軸延伸フィルムを基材とし,沃素又は二色性色素を偏光素子とする偏光フィルムにおいて,ポリビニルアルコールが少なくとも3250の重合度を有し且つカチオン基を有していないポリビニルアルコールであることを特徴とする偏光フィルム。
(2) 請求項2に係る発明(本件発明2) ポリビニルアルコールがけん化度99モル%以上であることを特徴とする請求項1に記載の偏光フイルム。
3 審決の理由 別紙審決の理由のとおりであるが、要約すると、審決は次のとおり判断した。
原告は審判において、本件発明1、2は、本件出願前に頒布された審判甲第1号証(C.A.Finch「Polyvinyl Alcohol」John Wiley&Sons(New York),1973(フィンチ文献)p.493〜521〔Chapter19 Polyvinyl Alcohol in Optical Films〕(特に、p.495、p.497、p.501、p.503))又は審判甲第8号証(特開昭60-230606号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるか、又は特許法第36条第3項
第4項所定の要件を満たさない出願に係るものであるから、請求項1ないし2に係る本件特許は無効とされるべきであると主張しているが、原告の主張及び証拠方法によっては、本件発明1、2の特許を無効とすることができない。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(審判甲第1号証に基づく進歩性の判断の誤り) 審決は、フィンチ文献第19章p.497の記載と第2章p.19の記載とが矛盾する旨指摘して検討した上、本件発明とフィンチ文献との対比判断をしているが(別紙審決の理由298〜392行)、次のとおり誤りである。
(1) フィンチ文献第19章には、「高粘度フレーク」、「超高粘度フレーク」と記載されていて、「高粘度グレード」、「超高粘度グレード」とは記載されていないから、別紙審決の理由308〜312行の「すなわち、この文章は、ポリビニルアルコールには、低粘度、(中粘度、)高粘度、超高粘度のグレードがあり、重量平均分子量(MW)では、低粘度のグレードのものは〜0.4×105の範囲に、高粘度のグレードのものは1.7×105〜2.5×105の範囲に、超高粘度のグレードのものは2.5×105〜の範囲にあり、高粘度のグレードのものが光学フィルムの目的に有用であることを述べている。」という認定は誤りである。
(2) フィンチ文献第19章の記載は、第2章の記載とは別の見地に立ち、別の対象物に関するものであるから、審決の認定するような矛盾は何もなく、また、極めてあいまいで、水溶液の現象を示すにすぎない「高粘度」を介在させて、両者を関連付けることはできないから、別紙審決の理由343〜348行において、
「そうすると、フィンチ文献のp.497の「高粘度(MW=1.7×105〜2.5×105)」記載のうち、「M W=1.7×105 〜2.5×105」だけを取り上げて、このポリビニルアルコールの重合度PAは約3200〜約4700であるとする請求人の主張は、このポリビニルアルコールは「高粘度」でもあることから、
高粘度グループに属するポリビニルアルコールの重合度は約2000ないし約2400であるとするフィンチ文献の他の箇所の記載と矛盾する。」とした審決の認定は誤りである。
(3) フィンチ文献第19章に記載された発明と本件発明との対比判断に関し、PW(重量平均重合度)≒1.2P A(JIS法の平均重合度)という関係が成立して、その関係はPAがP Wに近いことがポリマー理論から必然的に導かれるものであることと符合するので、第19章の「光学フィルムの目的には・・・・高粘度(MW=1.7×105〜2.5×105)のポリビニルアルコールフレークが一般的に有用である」旨の記載は、重合度3250以上のポリビニルアルコールを偏光フィルムに使用することを記述していることにほかならないのに、これに反する審決の認定及び判断(別紙審決の理由364〜380行)をし、それに基づいて結論(別紙審決の理由381〜392行)を導いたのは、誤りである。
2 取消事由2(審判甲第8号証に基づく進歩性の判断の誤り) 審決は、本件発明は審判甲第8号証から当業者が容易に想到し得るものではないと判断したが(別紙審決の理由4-1-2、393〜423行)、次に示すとおり誤りである。
審判甲第8号証における分子内にカチオン基を含有する変性ポリビニルアルコール(PVA)は、「カチオン基を含有する分子からなるPVA」と「カチオン基を含有しない分子からなるPVAとの混合物」との混合物である場合を包含しており、審判甲第8号証は、「分子内にカチオン基を含有する変性PVAに外的に混合可能な他のPVA」と、「分子内にカチオン基を含有する変性PVA」の混合物の存在を必然的に含んでいるのであるから、それを「カチオン基含有PVAを含まない」ということに限定しただけでは、プリミティブな(後退的な)発明に戻るだけである。
また、審判甲第8号証により、
@「分子内にカチオン基を含有する変性PVAに外的に混合可能な他のPVA」と「分子内にカチオン基を含有する変性PVA」の混合物、と A「分子内にカチオン基を含有する変性PVA」が公知であり、
Aが公知であるということは、
(A-1)「カチオン基を含有する分子からなるPVA」や、
(A-2)「カチオン基を含有する分子からなるPVA」と「カチオン基を含有しない分子からなるPVA」の混合物、が公知であることはもちろん、
(A-3)「カチオン基を含有しない分子からなるPVA」も審判甲第8号証に記載されているので公知であるといって差し支えなく、本件発明は、たとえ新規性があったとしても、進歩性はない。
よって、別紙審決の理由395〜409行の認定に当たり、「分子内にカチオン基を含有する変性PVA」自体が「カチオン基を含有する分子からなるPVA」のほかに「カチオン基を含有しない分子からなるPVA(未変性PVA)」を含有していてもよいことを看過しているので、別紙審決の理由410〜423行の認定判断も誤りである。
3 取消事由3(明細書の記載不備に関する判断の誤り@) 本件明細書の実施例1及び比較例1に記載されている透過度、偏光度から計算した二色比が自然法則上あり得ない値になるので、そのデータは無意味で、作られた数値であるから、明細書の記載不備に当たり、審決が記載不備でないとしたのは誤りである。また、審決がその記載に基づいて発明の効果を認定したのも誤りである。
4 取消事由4(明細書の記載不備に関する判断の誤りA) 実施例1の延伸後のフィルムの厚さ11μmについて、吐出時の厚さである50μmと吐出時のPVA濃度7重量%から計算した乾燥後(延伸前)の厚さである3.5μmが矛盾しており、たとえ乾燥後の厚さが5μmだとしても延伸によりフィルム幅が実際性を有しなくなるので、やはり吐出時の「厚さ50μm」には矛盾がある。
PVA吐出後、凝固を生ぜしめる浸漬時間について実施例1においては記載がなく、審判乙第11号証(本訴甲第16号証)の追試実験では3日間としている。これは、他の実施例3〜8の浸漬時間と大きく異なり、はるかに長いものであるので、適切な追試実験とはいえない。しかるに、審決が、その実験結果を容れて記載不備がない(フィルムの厚さの記載に矛盾がない)と判断したのは、誤りである。
5 取消事由5(明細書の記載不備に関する判断の誤りB) 実施例3〜8について、実施例から常識的に考えられるバーコータを用いて製膜すると最大でも膜厚は200μm程度であり、自然乾燥後14μm程度となり、それを6〜9倍延伸するとフィルム幅は実際性を有しないものとなり、厚膜化しようとするとPVA溶液では筋がついて偏光フィルム用の原反として不均一になる。
被告のした追試に当たり、実施例の記載からうかがいしれないような条件で行っているのに、審決がその実験結果を容れて記載不備がない(実施例3〜8の記載に矛盾がない)と判断したのは、誤りである。
審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1(審判甲第1号証に基づく進歩性の判断の誤り)に対して (1) フィンチ文献第19章には、第2章とは無関係な「超高重合度」、「高重合度」のサンプルを用いて測定したときの報告に基づいて説明を行っているとする説明はないし、かえって、第19章では、第2章を引用して、第2章で用いられている“低粘度”とか“高粘度”という用語を用いた説明がある。第2章と第19章は無関係であるとする原告の主張は、不自然である。
(2) (イ)PVAは、分子中に多数の水酸基を有しているため、水溶液では水酸基間の水素結合などによってポリマー同士の会合などが生じ易く、光散乱法などによりPVAの正確な重量平均分子量(MW)を求めることは困難であり、フィンチ文献の発行当時には、PVAの正確な重量平均分子量(MW)の測定方法は確立されていなかった。また、(ロ)粘度平均分子量(MV)は、それを算出する式[η]=KMaにおけるパラメータK及びaは周知のとおり測定条件などによって変わる値であり、MV値は溶媒の種類や測定温度などの測定条件を特定しない限り技術的に意義を有する値として特定化されない。
重量平均分子量の測定によらず、測定条件等を詳細に特定した粘度測定を基とするPVAの重合度を規定したJIS K6726は、上記(イ)及び(ロ)のような事情を踏まえて定められたもので、フィンチ文献の発行当時(また、現在においても)、PVAに関し国際的に知られていた唯一の公式な重合度(分子量)の測定法であり、重量平均分子量(MW)などの他の分子量(重合度)については、公式に採用され得るような確立された測定方法は存在しない。この点は、PVA製品の特定化やグループ分け等の説明が、重量平均分子量(MW)ではなく、専ら、フィンチ文献第2章と同様の粘度ないしJIS重合度によってなされてきていること(乙第2号証、乙第3号証及び乙第4号証)からも十分首肯される。
本件出願当時(フィンチ文献発行当時)はもちろん、現在においても、JIS重合度(PA)と重量平均分子量(M W)とが正確にどのような関係にあるかを明らかにする技術的知見は存在せず、第19章における「1.7×105-2.5×105」という重量平均分子量(M W)の数値のみでは、これが「JIS重合度(P A)3250以上に相当するもの」であるとはいえない。
審決は、フィンチ文献第19章記載の重量平均分子量(MW)がLALLS法やGPC-LALLS法により測定されたとは認められないこと、他の測定方法であるとした場合には換算式が示されていないこと、また、実際の分子量測定においては実験誤差もある旨を説示して、フィンチ文献19章の重量平均分子量(MW)が原告主張のPW≒1.2P Aの関係を満たす値として記載されているとはいえないとしており、正当である。
2 取消事由2(審判甲第8号証に基づく進歩性の判断の誤り)に対して 審決は、審判甲第8号証5頁左下欄15〜18行の記載を引用しているところ(別紙審決の理由395〜402行)からも明らかなように、審判甲第8号証にいう「分子内にカチオン基を含有する変性ポリビニルアルコール」について正確に理解して認定及び判断をしている。本件発明は「少なくとも3250の重合度を有する」点も必須構成要件とするもので、これによって、原告がいうプリミティブな発明とは明確に区分される優れた作用効果を奏する発明を構成しているものである。
3 取消事由3(明細書の記載不備に関する判断の誤り@)に対して 偏光フィルムの性能の評価を、二色比をわざわざ求めずに、透過度の値及び偏光度の値で評価することは本件出願当時広く行われていることである。偏光フィルムの光学特性は、透過度と偏光度によって評価できるものであり、透過度と偏光度の値から算出される二色比そのものの大小が特性評価の絶対的な基準になっているものではない。
簡便法に従った偏光度の値は、高い値で実測される長径方向のみについて透過度(T‖)を測定しこの実測値を用いて算出した値であるため、厳密な測定方法で測定した場合の偏光度の値に一致しない(簡便法の値の方が大きな値となる)という意味で、定量的な評価には必ずしもなじまないものではあるが、光学的特性を評価する上での十分な指標となることは、当業者が容易に理解可能なことである。同じ実験手法で行われている実施例と比較例から評価した本件明細書の効果についての記載が、信頼するに足りるのは自明で、本件発明が明細書記載の優れた光学特性を有した偏光フィルムの提供を可能とした発明であることは、当業者であれば容易に理解可能なことである。
4 取消事由4(明細書の記載不備に関する判断の誤りA)に対して 被告担当者作成の実験報告書(審判乙第11号証、本訴甲第16号証)の操作における浸漬時間は、実験を休日に相当する土曜日及び日曜日を含む日時にまたがって行い、メタノール浴に吐出したPVA製膜溶液をそのまま休日の期間中にメタノール浴に静置しておいたことによるものであって、実験室規模の実験においては、
普通に行われていることである。この成膜操作は、PVA溶液(溶媒:DMSO/水)をメタノール浴中に吐出することによって、貧溶媒であるメタノールの作用によりPVAの凝固を生ぜしめ、これによってフィルムを形成する操作であり、浸漬時間については、適切な凝固が生ずるに足る時間以上とすることを当然必要とするが、上限については特段制限はなく、“メタノール中で3日間浸漬した”との操作を採用したからといって、実施例1の追試とはいえないような影響が生じるものでないことは、当業者であれば容易に理解可能である。
適切な凝固を生ぜしめるような浸漬時間については、当業者であれば本件明細書の記載に基づいて適宜選定し得る事項にすぎず、本件明細書の記載が、発明の実施上不可欠な事項を秘めているかのような原告の主張には正当性がない。
5 取消事由5(明細書の記載不備に関する判断の誤りB)に対して 審決に、取消事由5に主張の違法はない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(審判甲第1号証に基づく進歩性の判断の誤り)について (1) 取消事由1の(3)の主張は、審判甲第1号証(フィンチ文献)の重量平均分子量に基づく重合度(PW)とJIS法による重合度(P A)の関係が、種々の市販のポリビニルアルコールの測定により求められることに基づくものと理解される。
原告は、その測定を示すものとして、LALLS〔低角度光散乱光度計〕法による重量平均分子量(甲第2a号証)やGPC-LALLS〔ゲル浸透クロマトグラフ-低角度光散乱光度計〕法による重量平均分子量(甲第2c号証)であり、それから求めた重合度とJIS法(粘度法)による重合度測定測定(甲第2b号証)と対比させるグラフ(甲第3号証)を提出している。
しかしながら、一般に高分子化合物の重量平均分子量を求める方法として、光散乱法、粘度法、超遠心機によるによる沈降速度法、沈降平衡法があることは認められるものの(甲第4b号証)、ポリビニルアルコールの重量平均分子量を求める方法としてどの方法によるものが一般的な方法であるか、また、それぞれの測定方法の間にどの程度の測定値の誤差が出るのかを認めるべき証拠はない。
原告は、重量平均分子量と粘度法による平均分子量(JIS法による測定もこの範疇に入る。)が理論上からも経験的にも近いことが知られていることの裏付けとして、甲第4i号証、甲第4k号証、甲第4l号証を提出するが、(特にポリビニルアルコールについて)それらがどの程度近似しているかについては、これら甲号各証からは明らかでない。本件審判の口頭審理陳述要領書(平成13年3月30日付け。原告第1準備書面別紙3)において、原告は、重量平均分子量から求めた重合度(PW)と粘度法による平均分子量から求めた重合度(P V)の関係についてPW/P V≒1.1を導いている(9〜13頁)が、その際使った理論上の重量平均分子量とLALLS〔低角度光散乱光度計〕法やGPC-LALLS〔ゲル浸透クロマトグラフ-低角度光散乱光度計〕法による測定値との関係については明らかでない。
他に、審決における、「フィンチ文献記載のMW=1.7×105〜2.5×105の数値を、LALLS法やGPC-LALLS法による測定値であるとすることはできない」(別紙審決の理由374〜375行)とした根拠である「フィンチ文献のMW=1.7×105〜2.5×105の記載は数値だけであって、どのような測定法、測定装置、測定条件で得られたものか不明である」(別紙審決の理由370〜371行)、「各審判甲号証や審判乙号証によっても、LALLS法やGPC-LALLS法は、フィンチ文献の発行当時に一般に採用されていた重量平均分子量MWの測定法であったとは認めることができない」(別紙審決の理由371〜374行)との認定に誤りがあることを認めるに足りる証拠はない。また、「LALLS法やGPC-LALLS法による分子量測定を前提とした請求人の主張では、前述した重合度の数値の矛盾を合理的に説明することはできない」(別紙審決の理由379〜380行)とした根拠である「フィンチ文献のMW=1.7×105〜2.5×105の記載が、LALLS法又はGPC-LALLS法以外の他の方法で測定した重量平均分子量MWであったとした場合には、重合度P Aへの換算式は示されていない」点(別紙審決の理由376〜378行)や「測定誤差等がある」点(別紙審決の理由378行)にも、誤りがあると認めるべき証拠はない。
結局、フィンチ文献における光学フィルム用のポリビニルアルコールの重量平均分子量の範囲と本件発明のJIS法による重合度の関係についての相関関係は明確にされているものとは認められないことに帰する。
(2) 以上のとおり、フィンチ文献のMW=1.7×105〜2.5×105の記載と本件発明のJIS法による重合度との関係について明確な関連性が示されていることが認められない以上、取消事由1に関する原告のその余の主張について判断するまでもなく、本件発明が審判甲第1号証(フィンチ文献)に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたということはできないのであり、取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(審判甲第8号証に基づく進歩性の判断の誤り)について 本件発明は、本件発明に係る偏光フィルムの材料であるポリビニルアルコールがカチオン基を有していないことを要件の一つとするものであり、一方、審判甲第8号証(本訴甲第8号証)記載の発明はその発明に係る偏光膜の材料であるポリビニルアルコールが分子内にカチオン基を含有することを要件とするものであるから、
カチオン基を有する分子を有するものと、それを有しないものとは明らかに区別のつく発明であり、それ以外の分子にいくら共通点があっても、カチオン基を有する分子の有無の観点で異なる発明であることは明らかである。
また、審判甲第8号証は、ポリビニルアルコールの重合度が3250以上であることを示唆するものではなく、カチオン基を持つポリビニルアルコールを成分とせず、ポリビニルアルコールについて他の特徴点、すなわち重合度3250以上という特徴点を持つ本件発明が、審判甲第8号証記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない。
よって、取消事由2に関する原告の主張は理由がない。
3 取消事由3(明細書の記載不備に関する判断の誤り@)について 原告は、実施例、比較例に記載されている測定値である透過度とそれから計算により求めた偏光度の数値から別の数値(二色比)を計算して、その値が自然法則上あり得ない数値になることを理由に、明細書の記載不備を主張している。しかしながら、本件発明においては、二色比に基づいて性能を評価しているものではなく、
すなわち、透過度と偏光度が通常の測定方法によるものではなく簡便法によるものであることにより(審決が認定している点であり(別紙審決の理由427〜430行)、この点を左右すべき記載は本件明細書(甲第20,第21号証)には見当たらない。)、明細書に示された定義により測定され、計算された透過度と偏光度に基づいて実施例で製造された偏光フィルムの性能を評価することができるものである。原告の上記主張は前提を欠くものであり、取消事由3も理由がない。
4 取消事由4(明細書の記載不備に関する判断の誤りA)について 原告は、吐出時のPVA濃度(7重量%)に基づき、乾燥後で延伸前のフィルムの厚さによりフィルム幅を算定し、これに基づき明細書の記載不備を主張するが、
乾燥後のフィルム厚さについてした被告の実験結果(審判乙第11号証、本訴甲第16号証)に特段の不自然な点は認められず、原告主張の記載不備の存在を認めることはできない。
また、上記実験結果は合計3日間の浸漬時間となっているところ、適切な凝固を生じさせるための浸漬時間は当業者が適宜選択可能なものであり、実施例として記載されている以上の浸漬時間を選択したとしても追試とならないほどの影響が出るものと認めることはできない。原告も、浸漬時間と、浸漬量や乾燥後の溶媒量の関係(浸漬時間の長いことにより、乾燥後の溶媒量がどの程度影響を受けるのか、またそれが膜厚にどの程度影響するかなど)について具体的に言及するものではない。
したがって、取消事由4も理由がない。
5 取消事由5(明細書の記載不備に関する判断の誤りB)について 原告は、常識的に考えられるバーコータによる製膜では膜厚は最大でも200μm程度であるとし、取消事由4におけるのと同じPVA濃度(7重量%)に基づいた計算により乾燥、延伸後のフィルム幅を計算してその幅が実際的なものでないものになること、厚膜化しようとすると原反が不均一となることを記載不備の理由として主張するが、PVA濃度に基づいた膜厚の想定を認めることができないのは取消事由4に関して説示したとおりである。
原反が不均一となるという点についてみるに、被告担当者による追試実験結果(審判乙第14号証、本訴甲第17号証)は、被塗布面の両端部に500μmのスペーサーを設置してバーコータによる塗布を行うものであるが、厚膜化のためのこのような工夫は当業者が適宜行える程度の方法によるものと認められるのであり、
これによれば、原反が不均一になるものと認めることはできない。
したがって、取消事由5も理由がない。
結論
以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。
(平成14年11月14日口頭弁論終結)
追加
平成13年(行ケ)第334号無効2000-35529審決の理由1.手続の経緯・本件発明1-1.手続の経緯(省略)1-2.本件発明の要旨本件特許第2543748号の請求項1ないし2に係る発明は、特許明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし2に記載された次のとおりのものである。
【請求項1】ポリビニルアルコールの一軸延伸フィルムを基材とし,沃素又は二色性色素を偏光素子とする偏光フィルムにおいて,ポリビニルアルコールが少なくとも3250の重合度を有し且つカチオン基を有していないポリビニルアルコールであることを特徴とする偏光フィルム。(以下、「本件発明1」という。)【請求項2】ポリビニルアルコールがけん化度99モル%以上であることを特徴とする請求項1に記載の偏光フイルム。
(以下、「本件発明2」という。)2.請求人の主張2-1.請求人の主張の概要2-1-1.29条2項これに対して、請求人は、本件発明1ないし2は、本件出願前に頒布された審判甲第1号証の刊行物または審判甲第8号証の刊行物に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1ないし2に係る本件特許は無効とされるべきであると主張している。
2-1-2.36条さらに、請求人は、本件特許は明細書の記載が不備で特許法第36条第3項、第4項に規定する要件を満たしていない特許出願にされたものであるとして、請求項1ないし2に係る本件特許は無効とされるべきであると主張している。
2-2.29条2項について2-2-1.審判甲第1号証(フィンチ文献)に基づく主張請求人は、本件発明1ないし2は、本件出願前に頒布された審判甲第1号証の刊行物(C.A.Finch「PolyvinylAlcohol」JohnWiley&Sons(NewYork),1973(以下、「フィンチ文献」ともいう。)p.493〜521〔Chapter19PolyvinylAlcoholinOpticalFilms〕(特に、p.495、p.497、p.501、p.503))に記載された発明に基いて、大略下記の理由により当業者が容易に発明をすることができたものであると主張する。
すなわち、フィンチ文献には、
「光学フィルムの目的には100%ケン化された高粘度(重量平均分子量MW=1.7×105〜2.5×105)のポリビニルアルコールフレークが一般的に有用である」(p.497;なお、印字の関係上、「平均」を意味するMの上の横線の記載は省略する。)「ポリビニルアルコールの最も重要な光学用途の一つは偏光シートの製造に関する」(p.501)「ポリビニルアルコール-ヨウ素コンプレックスに基づく商業的に最も重要なシート偏光子は、一軸方向に延伸されKI3の水溶液で染着されたポリビニルアルコールフィルムからなる」(p.503)と記載されているから、
フィンチ文献にいう重量平均分子量MW=1.7×105〜2.5×105(ビニルアルコール単位の分子量44で割って重量平均重合度PWに換算すれば、約3900〜約5700)が本件発明1で規定の「少なくとも3250の重合度」(この重合度はJIS法(審判甲第5号証)による平均重合度PAである)と重複すれば、
フィンチ文献には本件発明1ないし2の構成要件がすべて記載されていることになるので、本件発明1ないし2は、フィンチ文献に記載の発明そのものであるか、少なくとも当業者がフィンチ文献に記載の発明に基づいて容易に想到し得ることになるところ、第三者機関による4つのポリビニルアルコール試料の分子量測定結果報告書(審判甲第2号証:LALLS〔低角度光散乱光度計〕法及びGPC-LALLS〔ゲル浸透クロマトグラフ-低角度光散乱光度計〕法による分子量測定、JIS記載の方法による平均重合度測定)に基づきプロットした審判甲第3号証のグラフによれば、JIS法の平均重合度PA(粘度平均重合度PVの範疇にある)と重量平均重合度PWとは、
PW≒1.2・PAの関係にあり(これは、「粘度平均重合度は重量平均重合度に近い」という多くの文献(抜粋して審判甲第4号証として編集)に記載の事項と良く一致している)、この関係式を使って、フィンチ文献の重量平均分子量MWを一旦重量平均重合度PWに直してから、JIS法の平均重合度PAに換算すると、平均重合度PAで約3200〜約4700となり、本件発明1で規定の「少なくとも3250の重合度」と明らかに重複している。
そして、フィンチ文献の「高粘度(MW=1.7×105〜2.5×105)」の記載は、刊行物に記載された発明であるから、「MW=1.7×105〜2.5×105」の記載を、意味のないものとして無視することは許されない。
結局、審判甲第1号証のフィンチ文献には、平均重合度PAが約3200〜約4700という高い重合度の100%ケン化されたポリビニルアルコールが偏光フィルムとして用いられることが記載されているので、本件発明1ないし2は、審判甲第1号証から当業者が容易に想到し得るものである。
2-2-2.審判甲第8号証(特開昭60-230606号公報)に基づく主張請求人は、本件発明1ないし2は、本件出願前に頒布された審判甲第8号証の刊行物(特開昭60-230606号公報)に記載された発明に基いて、大略下記の理由により当業者が容易に発明をすることができたものであると主張する。
すなわち、審判甲第8号証には、
「分子内にカチオン基を含有する変性ポリビニルアルコールからなるポリビニルアルコール系フィルムの表面及び/または内部に二色性染料を有することを特徴とする偏光膜」(特許請求の範囲第1項)「本発明の目的に対しては、カチオン基の含有量は0.01〜20モル%、好ましくは0.1〜10モル%、ケン化度は60〜100モル%、重合度は100〜6,000の範囲が好ましい」(5頁左下欄)「上記の分子内にカチオン基を含有する変性PVAを製造するにあたっては、従来の未変性ポリビニルアルコール重合体…などのポリビニルアルコール誘導体を、本発明の目的をそこなわない範囲で適宜混合するのは差しつかえない。
上記のポリビニルアルコール誘導体と、本発明の分子内にカチオン基を含有する変性PVAとの混合割合については、特に制限はないが、例えば重量比率で、前者/後者=0/100〜99/1である。」(5頁右下欄)「第1表変性PVA/未変性PVAの混合比…実施例1100/0…50/50…10/90…1/99…比較例10/100…」(7頁左上欄)「比較例1実施例1の変性PVAに替えて、重合度1750、ケン化度99.9モル%の未変性PVAのみを用い、実施例1の方法に準じて偏光膜を得た。得られた偏光膜の諸性能を第1表に併せて記す。」(7頁左上欄)と記載されている。
つまり、審判甲第8号証のカチオン基含有PVAにおいて、重合度100〜6,000であり、カチオン基の含有量の下限が0.01モル%であるということは、
高重合度を含む全ての重合度範囲(100〜6,000)において、カチオン基含有PVAと未変成PVAとの混合物が公知であるということを示しているのである。
すなわち、審判甲第8号証は、高重合度を含む全ての重合度範囲の未変成PVAでできた偏光膜を前提とし、その一部がカチオン基含有PVAであればよいとしているのである。
このように、審判甲第8号証においては、「未変成PVA+カチオン基含有PVA」の存在を必然的に含んでいるのであるから、それを「未変成PVA」ということに限定しただけでは、プリミティブな(後退的な)発明に戻るだけである。
「未変成PVA」も審判甲第8号証に記載されているので公知であるといって差し支えなく、たとえ新規性ありとしても、進歩性は到底有しないのである。
したがって、本件発明1ないし2は、審判甲第8号証から当業者が容易に想到し得るものである。
2-3.36条についてさらに、請求人は、本件特許明細書の実施例1〜8及び比較例1には大略下記のような矛盾があり、記載不備であると主張する。
2-3-1.実施例1及び比較例1の矛盾点/2色比について本件特許の実施例1及び比較例1で得られた偏光フィルムの透過度及び偏光度、
及びそれらから求めたτy、τz、二色性定数Rdは以下のとおりである。
透過度偏光度τyτz二色比Rd実施例1初期48.3%99.9%218耐久試験後52.3%93.0%100.93.7-356比較例1初期41.2%96.4%19.9耐久試験後62.7%72.4%108.117.3-22.5しかし、実施例1の2色比が200を越えていることは、ヨウ素系の偏光フィルムの2色比は40〜70が合格とされていることからすると到底信じられないし、
実施例1の耐久試験後のτyが100を越えており、二色比Rdがマイナスとなっていること、また、比較例1の耐久試験後のτyが100を越えており、二色比Rdがマイナスとなっていることは、自然法則上ありえない。
2-3-2.実施例1の矛盾点/延伸前後のフィルム厚さについて本件特許の実施例1には、「重合度4980、ケン化度99.8%のPVAを、
PVA濃度が7重量%になるように、DMSO/水=95/5(重量比)の混合溶剤に80℃の加温下に溶解し、PVA製膜溶液を調製した。この溶液を20℃に保ちつつスリット状の吐出口を通してメタノール浴中に吐出して厚さ50μmのフィルムとした。」とある。
この「厚さ50μm」とは、メタノール浴出時の厚さが50μmであると解釈できる。
ところで、本件無効審判請求人による実験報告書(審判甲第11号証)によれば、重合度4000、ケン化度99.8%のPVAをDMSO/水の重量比で95/5の混合溶剤に80℃で溶解してPVA溶液を調製し、その溶液をPETフィルム上に種々の厚さとなるように塗工してから、メタノール浴中に10分間浸漬した後放置し、自然乾燥したときのフィルム厚さを測定したものであるが、この実験報告書の実験1のデータ及びグラフからも理解できるように、PVA溶液の液膜をメタノール浴中に浸漬して凝固させることによりゲル製膜したときには厚さは事実上変わらず、メタノール浴中から出したときにはメタノールの揮散により厚さが減少し、やがて最初のPVA溶液中のPVAの濃度に応じた厚さになっていくのである。
本件特許の実施例1の「厚さ50μm」は浴出時の厚さであり、また上に述べたように、吐出時の液膜(PVA濃度は7重量%)の厚さは浴出時の厚さと事実上変わらないのであるから、自然乾燥後のフィルムの厚さは50×0.07=3.5μmに近いものとなる。しかし、本件特許の実施例1によれば、その自然乾燥後のフィルムを縦方向に7倍に延伸したときには厚さが11μmとなるのであるから、延伸前の厚さである約3.5μmよりもはるかに厚くなるという信じられない結果となる。
また、延伸前の厚さD、巾W、長さLのフィルムを一軸方向にn倍延伸することにより、厚さd、巾w、長さnLの延伸フィルムが得られた場合、延伸前後のフィルムの体積が変わらないとすると、w/W=D/ndの関係が成り立つ。本件特許の実施例1においては、d=11μm、n=7(倍)となっているので、w/W=D/77となり、延伸前の厚さDを77で除することにより、延伸後のフィルム巾wが延伸前のフィルム巾Wの何%になるかがわかる。
自然乾燥後の厚さが3.5μmの場合、w/W=D/77=3.5/77=0.045となり、延伸前の巾の4.5%になってしまうが、工業的観点から延伸前のフィルム巾が1メートルであるとすると延伸後には4.5cmになってしまうが、
フィルムの両端縁を通常は各5cmほどトリミングすること、延伸後のフィルムから45°の角度で正方形の偏光フィルムを得ることを考慮すると、到底実際性を有しない。
また、被請求人の提出した審判乙第11号証(実験報告書)では、「3日間」も浸漬しており、不自然である。
このように、本件特許の実施例1に記載されている「厚さ50μm」には、明らかに矛盾がある。
2-3-3.実施例3〜8の矛盾点/バーコーターについて本件特許の実施例3〜8においては、DMSO/水混合溶剤溶液を調製し、その溶液をPETフィルム上に「バーコーター」で塗布してからメタノール浴中に浸漬し凝固させることにより原反フィルムを得ている。
ところで、バーコーターとは、審判甲第12号証(「増田理化学工業株式会社の科学機器総合カタログNo.600」p.412)のように、バー(シャフト)に金属線を緊密に巻きつけたものである。
審判甲第13号証(「テスター産業株式会社の総合カタログ」p.45)をも参酌すると、通常のバーコーターを用いる限り、液膜の大きさは最大の場合でも200μm程度までということができる。これを本件特許の実施例3〜8のようにPVA濃度7重量%の原液を用いてPET上に塗布したときについては、自然乾燥後の厚さは200×0.07=14μm程度ということになる。延伸後のフィルム巾wの延伸前のフィルム巾Wに対する比率w/Wは、延伸前後の体積が変わらないとして、例えば実施例3の9倍延伸で延伸後の厚さ7μmでは、w/W=D/nd=14/(9×7)=0.22となり、実施例3〜8において最も塗布量の多いバーコーターを用いたとき、延伸後のフィルム巾wは延伸前のフィルム巾Wの14〜31%になる。
また、審判甲第11号証の実験報告書の実験2によれば、審判甲第13号証のNo.50のバーコーター(液膜の厚さは114.3μm)を用いて、PVAのDMSO/水混合溶剤溶液をPETフィルム上に塗布してからメタノール浴中に浸漬して凝固させ、ついで自然乾燥して原反フィルムを作成したときには、肉眼で容易に判別できる筋がつくが、このような不均一なフィルムは、偏光フィルムの原反フィルムとしては全く不向きである。そして、自然乾燥後の厚さは114.3×0.07=8.0μm程度ということになり、実施例3〜8において用いたときには、延伸後のフィルム巾wは延伸前のフィルム巾Wの8〜18%になるが、工業的観点からフィルムの両端縁をトリミングすること、延伸後のフィルムから45°の角度で正方形の偏光フィルムを得ることを考慮すると、到底実際性を有しない。
また、被請求人の提出した審判乙第14号証(実験報告書)では、PETフィルムの両端部に500μmのスペーサーを設けその上からバーコーターを操作するという本件特許の実施例には何の記載もない不自然な条件を採用しており、この実験は、本件特許明細書の追試とはいえない。
上記のことから、本件特許の実施例3〜8において、「バーコーター」を用いてPVAのDMSO/水混合溶剤溶液をPETフィルム上に塗布してからメタノール浴中に浸漬して凝固させ、ついで自然乾燥して原反フィルムを得、これを6倍とか9倍に一軸延伸して、高透過度、高偏光度の偏光フィルムが得られたということは信じがたい。
3.被請求人の主張3-1.29条2項について本件発明1ないし2は、新規性及び進歩性を有している。
3-1-1.審判甲第1号証(フィンチ文献)に基づく主張についての反論審判甲第1号証(フィンチ文献)発行当時においてはPVAの重量平均分子量MWを正確に求める方法は確立していなかった。審判甲第1号証(フィンチ文献)のp.497の重量平均分子量MW=1.7×105〜2.5×105の数値の記載については、測定法、測定条件、算出法が一切記載されておらず、数値のみが記載されているにすぎないから、数値自体の実体が不明であり、この数値からJIS重合度PAを算出して、本件発明における「少なくとも3250の重合度」という数値との異同を論じること自体が誤っている。
PVAは、その重合度(粘度)によって、一般に以下の4つのグレードに分類される。(1)低重合度(低粘度)PVA、(2)中重合度(中粘度)PVA、(3)高重合度(高粘度)PVA、(4)超高重合度(超高粘度)PVA。本発明で用いている「少なくとも3250の重合度(JIS重合度PA)を有し且つカチオン基を有していないポリビニルアルコール」は、(4)超高重合度(超高粘度)PVAに相当する。
審判甲第1号証(フィンチ文献)のp.497で記載されているPVAは、「高粘度(MW=1.7×105〜2.5×105)のポリビニルアルコール」と記載されていることからも明らかなように、高粘度すなわち高重合度PVAであり、本件発明の「少なくとも3250の重合度」が相当する超高粘度(超高重合度)PVAではない。このことは、審判甲第1号証(フィンチ文献)のp.497の第11〜14行の記載、フィンチ文献の別頁の記載(審判乙第1号証)、審判乙第2〜4号証の記載等からも明白である。
審判甲第1号証には、JIS重合度PAが「少なくとも3250の重合度」の超高粘度(超高重合度)PVAを偏光フィルムに用いることは記載されておらず、まして超高粘度(超高重合度)PVAを偏光フィルムに用いると、耐熱性および耐湿熱性に優れていて高温・高湿下に曝されても高い偏光度と良好な光透過度を保持することができる商品価値の極めて高い偏光フィルムが得られることは何ら記載も示唆もされていない。
3-1-2.審判甲第8号証(特開昭60-230606号公報)に基づく主張についての反論審判甲第8号証に記載された発明は、「カチオン基で変性されたPVAを偏光フィルムに用いること」を基本的な技術思想とする発明であり、そのような審判甲第8号証には、本件発明の根幹をなす、「カチオン基を有しておらず且つJIS重合度PAが少なくとも3250のPVA[超高粘度(超高重合度)PVA]を用いて偏光フィルムを形成する」という技術思想は何ら記載も示唆もされていない。
本件発明は、従来の偏光フィルムからは予想できない優れた特性を有する偏光フィルムを提供し得たものであるから充分に進歩性を有している。
3-2.36条について本件特許明細書の記載に不備はない。
3-2-1.実施例1と比較例1における偏光フィルムの透過度及び偏光度について本件特許明細書の実施例及び比較例では、偏光フィルムの偏光度を求めるための透過度(T‖)(2枚の偏光フィルムを延伸軸が互いに平行になるように重ねて測定した透過度)と透過度(T⊥)(2枚の偏光フィルムを延伸軸が互いに直交するように重ねて測定した透過度)の測定に当たって、光線の楕円偏光状態における長径方向のみについて透過度(T‖)、透過度(T⊥)を測定するという簡便法を採用し、得られた透過度(T‖)と透過度(T⊥)の値を用い、本件特許明細書記載の算出式に従って偏光度を算出した。また、本件特許明細書の実施例及び比較例における透過度(1枚の偏光フィルムの透過度:単体透過度)は、本件特許明細書記載の方法により測定した。
そのため、光線の楕円偏光状態における長径方向と短径方向の両方について透過度(T‖)、透過度(T⊥)を測定してそれらの平均値を採った場合に比べて、透過度(T‖)の値が高くなり、また、それにより得られた透過度(T‖)と透過度(T⊥)の値を用いて偏光度を算出した場合に比べて、偏光度の数値が高い値となっている。その結果、請求人が偏光度から算出している2色比の値がマイナスとなったものである。
しかし、本件特許明細書では、実施例及び比較例のいずれにおいても、上記した同じ手法によって偏光フィルムの透過度(単体透過度)と偏光度を求めているので、実施例と比較例の結果を対比して、本件発明の効果を評価することは十分に可能である。
3-2-2.本件特許明細書の実施例1における延伸前後のフィルム厚さについて実施例1において、PVA溶液(溶媒:DMSO/水=95/5(重量比))をメタノール浴中に吐出することによってPVAフィルムが生成するのは、メタノールがPVAの貧溶媒であって、PVAの凝固作用を有することによる。PVA溶液は、メタノール浴中に吐出されると、メタノール浴中でPVAの周囲からDMSO/水混合溶剤が失われるのと同時に、溶液状態にあったときよりもPVA液膜の体積を大幅に減じながら凝固してフィルムが生成する。
被請求人が提出した審判乙第11号証の実験報告書にも記載されているように、
実施例1に記載されているのと同じ条件を採用してPVA溶液をメタノール浴中に吐出し、自己支持性のフィルムが得られるまでメタノール浴中で十分に凝固させて厚さが約50μmのフィルムを作成し、これを自然乾燥したところ、乾燥後のフィルムの厚みは約38μmであった。これを実施例1におけるように7倍に一軸延伸して厚み11μmの延伸フィルムを製造することは十分に可能であり、延伸後のフィルム幅は延伸前のフィルム幅の約49%となる。
3-2-3.本件特許明細書の実施例3〜8で用いているバーコーターについてバーコーターとしては、塗工部に線を巻いた巻き線タイプのものに限られず、例えば、塗工部分が研磨された表面平滑な丸棒状のバーを有するもの(審判乙第12,13号証)等もある。また、市販のものを用いずに、実験者自らがそのようなバーコーターを作成して、実験に用いることも容易に行える。
また、審判甲12,13号証に記載されているような巻き線タイプのバーコーターを用いた場合であっても、本件特許明細書の実施例3〜8にしたがって実験を行った場合に、所定の厚さを有する筋のない表面平滑なフィルムを製造することは、
以下に説明するように、当業者ならば容易になし得ることである。
すなわち、審判甲第11号証の実験報告書では、巻き線タイプのバーコーターを用いてPETフィルム上に塗膜を形成した後に、それを直ちにメタノール浴に浸漬してPVAフィルムを形成しているが、本件特許明細書の実施例3〜8には、バーコーターを用いてPETフィルム上に塗布した後、その塗膜を直ちにメタノール浴に浸漬するなどとは記載していない。
本件特許明細書の実施例3〜8で用いられているPVA溶液は、いずれも、室温付近では流動性を有している。そのため、製膜直後はフィルム表面に筋が生じていたとしても、該フィルムをそのまま放置しておくと、PVA溶液の流動により、フィルム表面の筋が短時間の内に消失して、その表面は平滑な状態となる。そして、
PVA溶液からの製膜時に目的とするフィルムの厚さに応じて、所定厚みのスペーサーを使用することによって、巻き線タイプのバーコーターを使用して塗工を行った場合であっても、所望の厚さを有する表面平滑で且つ均一なPVAフィルムを容易に製造することができる。
(審判乙第14号証)4.当審の判断4-1.29条2項について4-1-1.請求人による審判甲第1号証(フィンチ文献)に基づく主張について請求人が重量平均分子量MW=1.7×105〜2.5×105と記載されていると指摘する審判甲第1号証(フィンチ文献)のp.497の段落全体は、以下のように記載されている。
「市販のポリビニルアルコールは、広い範囲の分子量にわたって入手可能である(第2章)。重量平均分子量(MW)は、超高粘度フレークのための2.5×105以上から低粘度グレードのための0.4×105まで報告されている。分子量分布は、大抵のラジカル開始ビニル重合に共通しているように、ブロードである。光学フィルムの目的には100%ケン化された高粘度(MW=1.7×105〜2.5×105)のポリビニルアルコールフレークが一般的に有用である」すなわち、この文章は、ポリビニルアルコールには、低粘度、(中粘度、)高粘度、超高粘度のグレードがあり、重量平均分子量(MW)では、低粘度のグレードのものは〜0.4×105の範囲に、高粘度のグレードのものは1.7×105〜2.5×105の範囲に、超高粘度のグレードのものは2.5×105〜の範囲にあり、高粘度のグレードのものが光学フィルムの目的に有用であることを述べている。
そこで、請求人が主張するように、JIS法の平均重合度PAと重量平均重合度PW(100%ケン化されたものであれば、PW=MW/44)とが、PW≒1.2・PAの関係にあることを前提として、フィンチ文献の重量平均分子量MWを一旦重量平均重合度PWに直してから、JIS法の平均重合度PAに換算すると、低粘度のグレード(MWは〜0.4×105)は平均重合度PAで〜約750、(中粘度のグレード(MWは0.4〜1.7×105の間)は平均重合度PAで約750〜約3200の間、)高粘度のグレード(MWは1.7〜2.5×105)は平均重合度PAで約3200〜約4700、超高粘度のグレード(MWは2.5×105〜)は平均重合度PAで約4700〜となるはずである。
ところで、同じフィンチ文献の第2章p.19には、以下のような記載がある。
(審判乙第1号証)「重合度(d.p.)の点(ポリビニルアルコールの4%水溶液の20℃での粘度に基づく)で、主なグループ(グレード)は、約5cPの低粘度グループ、20〜30cPの中粘度グループおよび40〜50cPの高粘度グループである。高粘度グループには、ある種のタイプにおいて約60cPのサブグループがある。中粘度グループと低粘度グループとの間に10〜20cPのサブグループがある。重合度ではこれらの種類は約500、1700および2000の主な重合度(d.p.)グループに分類され、1000と2400の重合度のサブグループがある。これによりポリビニルアルコールの数多くのグレードは、ケン化度により3グループに、
そして重合度により4ないし5グループに分類される。」すなわち、低粘度グループ(粘度約5cP、重合度約500)、低中粘度サブグループ(粘度10〜20cP、重合度約1000)、中粘度グループ(粘度20〜30cP、重合度約1700)、高粘度グループ(粘度40〜50cP、重合度約2000)、高粘度サブグループ(粘度約60cP、重合度約2400)ということで、高粘度グループの重合度は約2000ないし約2400ということになる。
つまり、フィンチ文献では、粘度ないし重合度によるグループ分けに対応して重合度が直接記載されている箇所では、高粘度グループに属するポリビニルアルコールの重合度は、約2000ないし約2400とされている。
そして、審判乙第5号証の「実験報告書」によれば、フィンチ文献のp.20〜21(審判乙第1号証)のFigure2.1において高粘度グループ(のサブグループ)に属するとされるPovalPVA-124の、JIS重合度PAが2400であり、4%水溶液粘度が62cPであって、これは上記のフィンチ文献の記載と符合する。
そうすると、フィンチ文献のp.497の「高粘度(MW=1.7×105〜2.5×105)」記載のうち、「MW=1.7×105〜2.5×105」だけを取り上げて、このポリビニルアルコールの重合度PAは約3200〜約4700であるとする請求人の主張は、このポリビニルアルコールは「高粘度」でもあることから、
高粘度グループに属するポリビニルアルコールの重合度は約2000ないし約2400であるとするフィンチ文献の他の箇所の記載と矛盾する。
(なお、審判乙第1号証と同様の粘度ないし重合度によるグループ分けは、審判乙第2号証(長野浩一外2著「ポバール」株式会社高分子刊行会(昭和47年第3版)p.94〜100)のp.95にも記載されているし、審判乙第3号証(日本分析化学会、高分子分析研究懇談会編「高分子分析ハンドブック」朝倉書店(1985年)p.304〜306)のp.304の記載からも示唆される。
また、ポリビニルアルコールについて、低粘度、中粘度、高粘度というグループ分けが通常に行われていることや、フィンチ文献のp.497(審判甲第1号証)におけるように超高粘度とされるグループもあることは、例えば、フィンチ文献のp.20〜21(審判乙第1号証)のFigure2.1において、高粘度グループ(のサブグループ)に属しているElvanol72-60、中粘度グループに属しているElvanol71-30、低粘度グループに属しているElvanol70-05が、審判乙第4号証(DuPont社のPVA製品“ELVANOL”の商品カタログ、p.2〜4)においては、それぞれ高分子量(高粘度、55〜65cP)、中分子量(中粘度、28〜32cP)、低分子量(低粘度、4〜6cP)とされる一方、115〜135cPのElvanol73-125が超高分子量(超高粘度)と分類されていることからも、うなずけるものである。)請求人がフィンチ文献のMW=1.7×105〜2.5×105の記載から、このポリビニルアルコールの重合度PAが約3200〜約4700であるとしたのは、JIS法の平均重合度PAと重量平均重合度PWとが、PW≒1.2・PAの関係(審判甲第3号証)にあることを根拠にしている。ところで、この関係式は、重量平均分子量MWが、LALLS〔低角度光散乱光度計〕法やGPC-LALLS〔ゲル浸透クロマトグラフ-低角度光散乱光度計〕法による分子量測定(審判甲第2号証)をされた場合に成り立つものである。
しかし、フィンチ文献のMW=1.7×105〜2.5×105の記載は数値だけであって、どのような測定法、測定装置、測定条件で得られたものか不明であるし、
各審判甲号証や審判乙号証によっても、LALLS法やGPC-LALLS法は、
フィンチ文献の発行当時に一般に採用されていた重量平均分子量MWの測定法であったとは認めることができないから、フィンチ文献記載のMW=1.7×105〜2.5×105の数値を、LALLS法やGPC-LALLS法による測定値であるとすることはできない。
また、フィンチ文献のMW=1.7×105〜2.5×105の記載が、LALLS法又はGPC-LALLS法以外の他の方法で測定した重量平均分子量MWであったとした場合には、重合度PAへの換算式は示されていないこと、測定誤差等があることをも含めて考慮すると、LALLS法やGPC-LALLS法による分子量測定を前提とした請求人の主張では、前述した重合度の数値の矛盾を合理的に説明することはできない。
したがって、フィンチ文献(審判甲第1号証)における「光学フィルムの目的には100%ケン化された高粘度(MW=1.7×105〜2.5×105)のポリビニルアルコールフレークが一般的に有用である」との記載はポリビニルアルコールの重合度PAが約3200〜約4700であることを意味する旨の請求人の主張は、
ただちに採用することはできない。
そうすると、フィンチ文献(審判甲第1号証)の記載は、本件発明1で規定の「少なくとも3250の重合度」と重複するということにはならないし、また、
「少なくとも3250の重合度」のものを用いることにより、それによって、耐熱性および耐湿熱性に優れていて高温・高湿下に曝されても高い偏光度と良好な光透過度を保持することができる商品価値の極めて高い偏光フィルムが得られることについては、審判甲第1号証には何ら記載も示唆もされていないから、本件発明1ないし2は、審判甲第1号証から当業者が容易に想到し得るものであるということはできない。
4-1-2.請求人による審判甲第8号証(特開昭60-230606号公報)に基づく主張について審判甲第8号証(特開昭60-230606号公報)には、「本発明の目的に対しては、カチオン基の含有量は0.01〜20モル%、好ましくは0.1〜10モル%、ケン化度は60〜100モル%、重合度は100〜6,000の範囲が好ましい」(5頁左下欄)と記載されており、本発明すなわち「分子内にカチオン基を含有する変性ポリビニルアルコール」(以下、「カチオン基で変性されたPVA」という。)について、「重合度は100〜6,000の範囲が好ましい」と記載されているが、「カチオン基を有していないポリビニルアルコール」(以下、「未変性PVA」という。)については、重合度について直接の記載はない。
ただし、未変性PVAについて、「従来の未変性ポリビニルアルコール重合体…などのポリビニルアルコール誘導体を、本発明の目的をそこなわない範囲で適宜混合するのは差しつかえない」(5頁右下欄)と記載され、「上記のポリビニルアルコール誘導体と、本発明の分子内にカチオン基を含有する変性PVAとの混合割合については、特に制限はないが、例えば重量比率で、前者/後者=0/100〜99/1である」(5頁右下欄)と記載されていることからして、未変性PVAについても重合度が100〜6,000の範囲のものを用いることは、当業者ならば想い到る可能性がある。
しかし、これらの記載から、更に未変性PVAからなる偏光フィルムについて重合度が100〜6,000の範囲のものを用いることに、たとえ想い到ったとしても、その重合度が100〜6,000の範囲の未変性PVAの中でも、従来使用されていた未変性PVA(例えば、審判甲第8号証の実施例や比較例に記載された重合度が1750のもの。なお、請求人自身も、本件出願の後願である請求人の出願、特願昭62-241322号〔特開昭64-84203号公報(審判乙第15号証)参照〕において、重合度が1700のポリビニルアルコールを偏光フィルムとして用いることは従来技術として取り扱い、一方重合度が2600以上のポリビニルアルコールを用いた偏光フィルムは新規なものとして記載している。)ではなく、特に従来用いられてはいなかった「少なくとも3250の重合度」の未変性PVAを用いることにより、それによって、耐熱性および耐湿熱性に優れていて高温・高湿下に曝されても高い偏光度と良好な光透過度を保持することができる商品価値の極めて高い偏光フィルムが得られることについては、審判甲第8号証には何ら記載も示唆もされていないから、本件発明1ないし2は、審判甲第8号証から当業者が容易に想到し得るものであるということはできない。
4-2.36条について4-2-1.請求人による「実施例1及び比較例1の矛盾点/2色比について」の主張について偏光フィルムの偏光度を求めるための透過度(T‖)と透過度(T⊥)の測定に当たって、光線の楕円偏光状態における長径方向のみについて透過度(T‖)、透過度(T⊥)を測定するという簡便法を採用したとの被請求人の主張は、本件特許明細書の実施例1及び比較例1の偏光度及び透過度の記載とは矛盾しない。そして、簡便法を採用して得られた偏光度等の実施例と比較例の結果を対比することにより、本件発明の効果を評価することは十分に可能である。また、簡便法により得られた偏光度等により、請求人主張のように2色比等を計算することには意味はない。
したがって、請求人による「実施例1及び比較例1の矛盾点/2色比について」の主張は採用しない。
4-2-2.請求人による「実施例1の矛盾点/延伸前後のフィルム厚さについて」の主張について実施例1においては、自己支持性のフィルムが得られるまでメタノール浴中で十分に凝固させて厚さが約50μmのフィルムを作成し、これを自然乾燥したとの被請求人の主張は、本件特許明細書の実施例1の記載とは矛盾しない。そして、そのようにして得られたフィルムを延伸しても延伸前後のフィルム厚さについて請求人の主張するような矛盾は起きないから、本件特許明細書の実施例1のフィルム厚さの記載は矛盾しているとはいえない。
したがって、請求人による「実施例1の矛盾点/延伸前後のフィルム厚さについて」の主張は採用しない。
4-2-3.請求人による「実施例3〜8の矛盾点/バーコーターについて」の主張についてバーコーターとして、巻き線タイプのものを用いず、例えば、塗工部分が研磨された表面平滑な丸棒状のバーを有するものを用いること、また、市販のものを用いずに、実験者自らがそのようなバーコーターを作成して実験に用いることは、本件特許明細書の実施例3〜8の記載とは矛盾しない。
また、巻き線タイプのバーコーターを用いた場合であっても、所定厚みのスペーサーを使用し、フィルムを放置しPVA溶液の流動によりフィルム表面の筋を消失させることによって、所定の厚さを有する筋のない表面平滑なフィルムを製造することができることは、被請求人の主張のとおりであり、このようにしても、本件特許明細書の実施例3〜8の記載とは矛盾しない。
したがって、請求人による「実施例3〜8の矛盾点/バーコーターについて」の主張は採用しない。
5.むすび以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許の請求項1ないし2に係る発明の特許を無効とすることができない。審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実
裁判長裁判官 永井紀昭