運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 異議2000-73809
関連ワード 29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  技術的手段 /  発明の詳細な説明 /  当業者に自明な事項 /  数値限定 /  置き換え /  実施 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  要旨変更 /  取消決定 /  異議申立 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 13年 (行ケ) 294号 特許取消決定取消請求事件
原告 セイコーエプソン株式会社
訴訟代理人弁理士 西川慶治
同 木村勝彦
同 上柳雅誉
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 小林紀史
同 石川昇治
同 水垣親房
同 山口由木
同 大橋良三
同 高木進
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/12/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が異議2000-73809号事件につき平成13年5月16日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成3年5月14日に,「現像装置」に係る発明について特許出願をした(特願平3-109116号。以下「本件出願」という。甲第2号証は,同出願に当たり,願書に添付した明細書及び図面(以下,両者を併せて「当初明細書」という。)の内容を示すものである。)。
原告は,特許庁から,平成10年4月9日付けで,当初明細書の記載が不備であるとする拒絶理由通知を受け(甲第3号証),これに対し,平成10年5月27日付けの意見書(甲第4号証)とともに提出した手続補正書(以下「本件手続補正書」という。甲第5号証参照)により,当初明細書の補正を行い(以下「本件補正」という。),平成12年2月10日に特許第3030912号(以下「本件特許」という)として設定登録を受けた。
(2) 平成12年10月10日,本件特許に対し,請求項1,2につき,キヤノン株式会社から特許異議の申立て(甲第6号証)がなされた。特許庁は,この特許異議申立てに基づいて,平成12年12月15日に,取消理由通知書を原告に送付した。
(3) 原告は,平成13年2月13日,この取消理由通知に対し,特許異議意見書と訂正請求書を提出した。特許庁は,平成13年5月16日付けで,前記訂正請求に係る訂正を認めた上で,「請求項1,2に係る特許を取り消す」との異議決定(以下「本件決定」という。)をし,その決定の謄本(甲第1号証)を平成13年6月4日に原告に送達した。
2 特許請求の範囲 (1) 当初明細書に記載された特許請求の範囲(以下,これによって特定される発明を「当初発明」という。) 【請求項1】少なくともシャフトの外周に弾性部材を形成してなる弾性変形可能な現像ローラーで現像剤を搬送し,前記現像ローラーを潜像担持体に前記現像剤を介して接触させつつ,前記潜像担持体上の静電潜像を現像する現像装置において,前記弾性部材の縦弾性係数をEf(kg/mm2),前記弾性部材の長手方向の長さをL(mm),前記弾性部材の半径をR(mm),前記現像ローラーを当接させる線荷重をp(kg/mm)として,前記シャフトの半径r(mm)が次式を満たすことを特徴とする現像装置。
【数1】(判決注・以下「当初の不等式」という。) (2) 平成10年5月27日付けの本件手続補正書により補正された特許請求の範囲に記載された請求項 @ 請求項1(以下,これによって特定される発明を「補正発明1」という。) 「シャフトの外周に弾性部材よりなる弾性変形可能な現像ローラーを固定し,該現像ローラーを潜像担持体に接触させながらその表面に担持した現像剤により前記潜像担持体上に形成された静電潜像を現像する現像装置において, 前記シャフトの縦弾性係数をEs(kg/mm2),前記弾性部材の縦弾性係数をEf(kg/mm2),該弾性部材の(kg/mm)長手方向の長さをL(mm),該弾性部材の半径をR(mm),前記現像ローラーを前記潜像担持体に圧接させる線荷重をp(kg/mm)としたとき,前記シャフトの半径r(mm)を, 【数1】(判決注・以下「補正後の不等式」という。) となしたことを特徴とする現像装置。
A 請求項2(以下,これによって特定される発明を「補正発明2」という。) 「前記シャフトをステンレス鋼により形成したときの半径を 【数2】 となしたことを特徴とする請求項1記載の現像装置」 (3) 平成13年2月13日付けで提出された訂正請求書により訂正した後の特許請求の範囲に記載された請求項1 「シャフトの外周に少なくとも弾性部材よりなる弾性層を同心円状に配設した弾性変形可能な現像ローラーを潜像担持体に接触させながらその表面に担持した現像剤により前記潜像担持体上に形成された静電潜像を現像する現像装置において, 前記シャフトの縦弾性係数をEs(kg/mm2),前記弾性部材の縦弾性係数をEf(kg/mm2),該弾性部材の長手方向の長さをL(mm),該弾性部材の半径をR(mm),前記現像ローラーを前記潜像担持体に圧接させる線荷重をp(kg/mm)としたとき,前記シャフトの半径r(mm)を, 【数1】 となしたことを特徴とする現像装置」 3 本件決定の骨子 本件手続補正書によってされた補正は,当初明細書の要旨を変更するものである。したがって,本件出願は,特許法等の一部を改正する法律(平成5年法律第26号)附則2条2項,同法による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)40条の規定により,当該手続補正書を提出したとき,すなわち平成10年5月27日にしたものとみなされる。
補正発明1及び同2は,いずれも,特開平4-336564号公報(本件特許出願の公開公報)に記載された発明であるから,本件出願の前に国内で頒布された刊行物に記載された発明ということになり,特許法29条1項3号に該当する。
本件特許は,同法29条1項の規定に違反して登録されたものとして,同法113条2号により,取り消されるべきである。
原告の主張の要点
本件決定は,当初発明の認定を誤り,その結果,要旨変更についての判断を誤ったものであるから,取り消されるべきである。
1 当初発明の内容について 本件決定は,シャフトの材料としてステンレス鋼を用いることが,当初発明にとって不可欠の事項であると認定している。しかし,この認定は誤りである。
(1) 当初発明は,シャフトの最大撓みW1と,現像ローラーの変位W 2とが, W1 < 2 × W 2 の関係にあるとき,現像ローラーと潜像担持体の長手方向における当接圧力の差が僅少に保たれ,良好な圧接状態が保たれることを見いだした(当初明細書(甲第2号証参照)の段落【0016】)として,弾性部材の縦断性係数をEf,弾性部材の長手方向の長さL,弾性部材の半径R及び現像ローラーを当接させる線荷重pと,シャフトの半径rとの関係を定めたものである。
シャフトの縦弾性係数を,ステンレス鋼の縦弾性係数とすることは,当初発明にとって,不可欠の事項ではない。
(2) 当初明細書が,シャフトの縦弾性係数として,ステンレス鋼の縦弾性係数を用いたのは,当初明細書の段落【0009】に「シャフトの縦弾性係数Esとしてシャフトに用いられる材料の一般的であるステンレス鋼の値2.1×104を用いると」と記載されていることからも分かるように,シャフトの縦弾性係数の一つの例としてのことにすぎない。
(3) 当初明細書で,具体的な実施例として記載した二つ(実施例1,実施例2)のいずれにおいても,ステンレス鋼についての実験データを掲げたのは,上記例を基に説明を続けている関係上のことにすぎない。
本件出願前に公知であった,圧接現像装置を製品化しようとした場合,その製品化の過程で,縦弾性係数の知られた各種のシャフト材について実験をするのが普通であるから,当初明細書の記載を,ステンレス鋼の縦弾性係数に等しいシャフト材について実験を行っているだけである,ということを示すと解するのは,合理的でないというべきである。
(4) 現像ローラーと潜像担持体の圧接状態を良好に保つべく,現像ローラーの長手方向の端部と中央部の当接圧力の差を僅少に保つようにするには,現像ローラーの撓みに関する式,つまり,両端支持梁についての一般式を基に考えていけばよい。
この一般式は,シャフト材の縦弾性係数Es,シャフトの撓みに関係する弾性部材の縦弾性係数Ef,弾性部材の長さL,弾性部材の半径R,現像ローラーに作用させる線荷重pをパラメータとした状態で考えるものである。この一般式は,ステンレス鋼の縦断性係数「2.1×104」についてのみ当てはまる,というわけのものではない。
敷衍すると,当初の不等式 は,ステンレス鋼の縦断性係数「2.1×104」を用いて,上記一般式を変形したものであり,文字どおりには,シャフトの半径rを右辺の式の4乗根よりも大きくする,という意味である。この意味を考慮すると,実際に,現像装置に使用する通常のシャフト材の縦断性係数ならば,いかなる値であろうとも(といっても,実際には,ステンレス鋼とほとんど変わらないものもある。甲第7号証,第9号証参照),これを用いて,ステンレス鋼の縦断性係数「2.1×104」を縦弾性係数を表す変数Esに置き換えた補正後の不等式によって算出したシャフトの半径rを採用すれば,現像ローラーと潜像担持体の圧接部において,長手方向の端部と中央部の間に生じる当接圧力の差を僅少に保つ,という本件発明の作用効果を達成できる。シャフト材の縦弾性係数を,特にステンレス鋼の縦弾性係数「2.1×104」と特定しても,何の意味もない。
(5) 当初明細書の発明の詳細な説明の【発明が解決しようとする課題】や,【発明の効果】の項のいずれにも,濃度ムラを少なくするためにステンレス鋼の縦断性係数を「2.1×104」としたことについての記載はない。この点の数値は,単なる補足的な数値にすぎないから,当初発明に不可欠の要素ではない(1989年5月30日発行「特許法概説」吉藤幸朔著第8版増補105,106頁・甲第10号証参照)。
(6) 当初明細書の【発明が解決しようとする課題】(段落【0005】)及び【発明の効果】(段落【0029】)には,前述したように,シャフトの材料としてステンレス鋼を用いた点の目的及び効果の記載はない。
以上述べたとおり,当初明細書の発明の詳細な説明において,シャフトの材料としてステンレス鋼を用いることが記載されているのは,当初発明の一つの実施例としてのことにすぎない。このことは,当初発明にとっての不可欠の事項ではない。
2 要旨変更に該当しないことについて (1) 前記のとおり,シャフトの材料としてステンレス鋼を用いることは,当初発明にとって不可欠の事項ではない。
当初明細書の特許請求の範囲に記載されたステンレス鋼の縦弾性係数「2.1×104」は,補足的な数値にすぎないから,当初明細書の特許請求の範囲に記載された,シャフト材がステンレス鋼である場合のみについての不等式は,単なる「筆の滑り」である。
この当初の不等式を,すべて変数で表わした不等式,つまりシャフト材の縦弾性係数を,変数「Es」として表わした不等式(すなわち,補正後の不等式)である に換えることは,具体的な縦弾性係数の値「2.1×104」を,単に変数「Es」に替えたものにすぎない。当初の不等式は,梁の一般式の,単なる一形態と理解されるべきである。
(2) 当初明細書に,シャフトの縦弾性係数を,変数「Es」とした補正後の不等式が記載されていなくても,ステンレス鋼の具体的な縦弾性係数の値「2.1×104」を用いた当初の不等式から,補正後の不等式を導き出す過程は,本件出願の時点において,当業者にとって,当初明細書に記載されている技術内容からみて,記載してあったと認めることができる程度に自明の事項である,ということができる。したがって,当初の不等式を補正後の不等式に替えても,明細書に記載してある事項の範囲内である,というべきである(前掲特許法概説224頁・甲第10号証参照)。
(3) 以上のとおりであるから,当初の不等式を補正後の不等式に替える補正は,旧特許法36条5項1号の,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」及び同項2号の「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項(以下「請求項」という。)に区分してあること」の規定に適合するばかりでなく,同法41条の「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は,明細書の要旨を変更しないものとみなす。」という規定にも適合する。
また,同法の下で確定している審査基準「明細書](甲第8号証)に記載された「特許請求の範囲には「発明の詳細な説明に記載されている技術的手段(発明の構成)のうち,発明の目的,作用,効果からみて以下に説明するような理由で必然的に決まる技術的事項」だけを記載する。」(16頁2行目〜4行目)という規定にも適合したものである。
3 結論 以上のとおりであるから,当初の不等式を補正後の不等式に変更することを内容とする補正は明細書の要旨を変更するものである,とした本件決定の判断に誤りがあることは明白である。
被告の反論の要点
1 原告の主張1(当初発明の内容について)に対して (1) 当初明細書に,良好な圧接状態を得るための実験に用いたものとして記載されているのは,ステンレス鋼のみであって,本件出願の前に製品化された圧接現像装置において,シャフト材として一般に用いられていた各種の材料であっても,ステンレス鋼以外のものについては,それらを用いたとは,記載されていない。
W1 < 2 × W 2 という関係式が,各種材料を用いた実験から見いだされたことを示唆する記載もない。
当初明細書に記載されている実施例1及び実施例2は,いずれも,ステンレス鋼で出来たシャフトを用いたものであることが明らかである。
そうすると,当初明細書に記載されているのは,シャフトの縦弾性係数Esがステンレス鋼の縦弾性係数「2.1×104」に等しいときに,「W 1およびW2が,W 1<2×W 2という関係式を満たせば,現像ローラーと潜像担持体の長手方向における当接圧力の差が僅少に保たれ,良好な圧接状態が保たれる」という事実であって,ステンレス鋼以外の材料については何も述べられていない,というべきである。
(2) シャフト材に用いられる種々の材料が,その縦弾性係数とともに知られているという事実は,当初明細書に,種々の材料を用いた実験の結果が記載,示唆されているための根拠にはならない。
当初発明は,現像ローラーのシャフトをステンレス鋼とすることを発明の構成とし,シャフトの半径を特定の範囲に設定すれば,良好な圧接状態を得ることができるという効果を有するものである。
一つのデータをもって全体の傾向を説明することができるのは,一つのデータから全体の傾向を類推できる理論的根拠がある場合に限られる。ステンレス鋼を用いたシャフトにおいて,当初発明の効果である良好な圧縮状態が得られる条件が,他の一般的に用いられる材料を用いたシャフトにも当てはまると認めるに足りる理論的根拠は認められない。すなわち,本件補正により特許請求の範囲に記載された事項は,一つのデータをもって,全体の傾向を説明することができるものとはいえないのである。
2 原告の主張2(要旨変更に該当しないことについて)に対して (1) 当初の不等式から補正後の不等式への補正は,形式的には,ステンレス鋼の縦弾性係数「2.1×104」という具体的数値を,一般的に縦弾性係数を表す符号Esに置き換えることを,その内容としている。
しかし,当初明細書の特許請求の範囲に記載された技術的事項が,シャフトの縦弾性係数Esがステンレス鋼の縦弾性係数2.1×104に等しいとき,シャフトの半径が当初の不等式を満たしていれば,良好な圧接状態が保たれる,というものであるのに対し,補正後の特許請求の範囲には,シャフトの縦弾性係数Esがステンレス鋼の縦弾性係数2.1×104と異なっていても,シャフトの半径が補正後の不等式を満たしていれば,良好な圧接状態が保たれる,という新しい技術的事項が含まれている。
上記技術的事項は,前記のとおり,当初明細書に記載されている事項でもなければ,その記載からみて自明な事項でもない。すなわち,本件手続補正書に記載された技術的事項は,当初明細書に記載された事項の範囲内のものではない。したがって,本件補正は,明細書の要旨を変更するものであり,そのように判断した本件決定に誤りはない。
(2) 当初明細書に記載された目的が,シャフト材一般に共通する課題であるとしても,当初明細書において,課題解決の際に具体的に考慮したシャフト材は,シャフト材の中の一つである「ステンレス鋼」のみであることが明らかである。そこに,シャフト材一般についての技術的事項が記載されていたとする原告の主張は,正しくない。
当裁判所の判断
1 当初発明の内容 (1) 当初明細書には,次のような記載がある(甲第2号証)。
ア 産業上の利用分野 「本発明は,潜像担持体上に形成した静電潜像を現像剤で現像する現像装置に関する。より詳しくは,弾性変形可能な現像ローラーを潜像担持体に当接させて現像する現像装置に関する。」(1頁16行目〜18行目) イ 従来の技術 「従来の電子写真プロセスによる画像形成方法に使用する現像装置は,例えば米国特許第4121931号に開示されているように,非磁性円筒状のスリーブの内部に磁石ローラーを具備する現像ローラーを用いて,1成分磁性トナーによる磁気ブラシをスリーブと潜像担持体の隙間に搬送し現像を行う1成分磁気ブラシ現像における現像装置であった。
【0003】 また,上記のような1成分磁気ブラシ現像法を改良する現像法として,米国特許第4564285号に開示されているように,弾性体上にフローティング電極を設けた現像ローラーを潜像担持体に圧接しながら現像し,ライン画像とソリッド画像の画質を向上させたいわゆるFEED現像法における現像装置がある。さらに,特願平2-58321に開示されているように,弾性体上に微小の着磁ピッチに着磁した磁性層を有する現像ローラーによって磁性トナーを搬送し,潜像担持体に圧接現像する現像装置が提案されている。」(1頁21行目〜2頁5行目) ウ 発明が解決しようとする課題 「しかしながら,現像ローラーを潜像担持体に圧接して現像する場合,現像ローラーの接触面積および当接圧力は現像特性に多大な影響を与える。すなわち当接圧力が高い部分では接触面積を稼ぐことができるが地カブリが生じるという問題があり,また当接圧力が低い部分では現像効率が低下し画像濃度が低下するという問題を発生する。したがって,潜像担持体上で均一な現像特性を得るためには,現像ローラーを長手方向にわたって均一な圧接状態で保たなければならない。また,特にフォーム状の形態である等の低硬度の弾性部材を用いた現像ローラーで,潜像担持体に速度比を持たせて回転させるとき,長手方向の当接圧力が一定でないとねじれが生じる。このねじれの発生と回復が繰り返される,いわゆるスティックスリップによって,トナーの搬送にムラを生じ,画像に縞状の濃度ムラを生じてしまう。
【0005】 本発明はこのような点を鑑みてなされたものであって,電子写真プロセスを用いた現像装置のうち,圧接現像という手段を用いる現像装置において,現像ローラーと潜像担持体の圧接状態をより好適に保つことを目的とする。詳しくは,現像ローラーの長手方向の端部と中央部の間に生じる当接圧力の差を僅少に保ち,潜像担持体の端部と中央部の濃度差を低減し,さらに,現像ローラーのねじれに起因する濃度ムラの少ない現像装置を提供することを目的とする。」(2頁8行目〜25行目) エ 課題を解決するための手段 「本発明の現像装置は,少なくともシャフトの外周に弾性部材を形成してなる弾性変形可能な現像ローラーで現像剤を搬送し,現像ローラーを潜像担持体に現像剤を介して接触させつつ,潜像担持体上の静電潜像を現像する現像装置において,弾性部材の縦弾性係数をEf(kg/mm2),弾性部材の長手方向の長さをL(mm),弾性部材の半径をR(mm),現像ローラーを当接させる線荷重をp(kg/mm)として,シャフトの半径r(mm)が次式を満たすことを特徴とする。
【0007】 【数2】 (2頁28行目〜3頁8行目) オ 作用 「本発明の上記の構成(判決注・上記エ)によれば,現像ローラーと潜像担持体の圧接部において,長手方向の端部と中央部の間に生じる当接圧力の差を僅少に保ち,濃度ムラの少ない現像装置を提供することができる。以下にその詳細を述べる。
【0009】 断面が円形のシャフトを付勢し現像ローラーを潜像担持体に圧接する場合,現像ローラーのシャフトの最大撓みW1は当分布荷重をうける両端支持はりの問題として公知の式を適用することができ,シャフトの縦弾性係数Esとしてシャフトに用いられる材料の一般的であるステンレス鋼の値2.1×104を用いると次式になる。但し,現像ローラーは弾性部材の端部近傍で支えると仮定する。
【0010】 【数3】 【0011】 一方,弾性を有する現像ローラーの荷重に対する変位がほぼ線形に変化する領域では,現像ローラーの変位W2に,公知の弾性ローラーを平板に圧接した場合の荷重変位のモデルが適用できる。
【0012】 【数4】 【0013】 であると簡略化して,現像ローラーの変位W2は次式で表される。
【0014】 【数5】 【0015】 本出願人は,W1とW 2が, 【0016】 【数6】 W1 < 2 × W 2 なる関係にあるとき,現像ローラーと潜像担持体の長手方向における当接圧力の差が僅少に保たれ,良好な圧接状態が保たれることを見いだした。」(3頁11行目〜4頁15行目) カ 実施例 【0021】 (実施例1) 「次に,図1に示した画像形成装置において,形状等を変えた複数の現像ローラーを用いて行った画像形成の結果について説明する。本実施例に用いた現像ローラーの特性を表1に示す。但し本実施例において,現像ローラーの弾性部材の長さLは230(mm)てあり,現像ローラーを潜像担持体に押圧する荷重は0.2(kg),1(kg),2(kg)と変化させた。・・・ 【0023】 表1に示した現像ローラーで記録紙に形成した黒ベタ画像を,以下のように評価した。図4は本発明の実施例における画像濃度評価位置を示す図である。・・・図5は本発明の実施例における濃度ムラ評価を示す図である。横軸は数3によって計算した値W1であり,縦軸は数5によって計算した値W2である。
・・・良好領域と不良領域の境は略 【0024】 【数7】 (判決注・の誤記と認める。) 【0025】 となっており,濃度ムラを低減するにはW2を大きく,W1を小さくする方法をとれば良いことになる。
【0026】 (実施例2) 実施例1と同様に,図1に示した画像形成装置において,形状等を変えた複数の現像ローラーを用いて画像形成を行った。本実施例の実施例1との違いは現像ローラーの弾性部材の長さLを280(mm)としたことであリ,したがって画像の横幅が長くなっている。他の現像ローラーの特性は表1と同様であり,現像ローラーを潜像担持体に押圧する荷重も実施例1と同様に0.2(kg),1(kg),2(kg)と変化させた。
・・・図6は本発明の他の実施例における濃度ムラ評価を示す図である。
やはり良好領域と不良領域の境は略W2/W1=2であった(判決注・前記のとおり,「W1/W2=2」の誤記と認める。)。
【0027】 以上の実施例1および実施例2の結果に基づき,数7からシャフトの半径rについての条件を求め,数1を得た。即ち,数1を満たすシャフトを用いた現像ローラーであれば,濃度ムラが僅少な良好な画像を形成することが可能となる。」(6頁7行目〜8頁23行目) キ 発明の効果 「以上説明したように本発明の上記の構成によれば,現像ローラーと潜像担持体の接触面積および当接圧力が,現像ローラーの長手方向で均一になり,すなわち現像特性が揃うことによって濃度ムラのない均一な画像を形成することができる。また,特にフォーム状等の低硬度の現像ローラーにおけるスティックスリップを防止し濃度ムラのない現像装置を提供することができるという効果を有する。」(9頁3行目〜7行目) (2) 当初明細書の上記認定の記載によれば,当初明細書に記載された発明は, ア 従来の,現像ローラーを潜像担持体に圧接して現像する手段を用いる現像装置における,均一な現像特性を得るためには,現像ローラーを長手方向にわたって均一な圧接状態に保たなければならず,また,低硬度の弾性部材を用いた現像ローラーは,長手方向の当接圧力が一定でないとねじれが生じ,トナーの搬送にむらを生じ,画像に縞状の濃度むらを生じてしまう,との問題点を解決するため, イ 現像ローラーのシャフトの最大撓みW1を,シャフトの縦弾性係数Esとしてステンレス鋼の値「2.1×104」を用いて求め,現像ローラーの変位W 2を簡略化して求め,「W 1とW 2とが,W 1<2×W 2なる関係にあるとき,現像ローラーと潜像担持体の長手方向における当接圧力の差が僅少に保たれ,良好な圧接状態が保たれる」ことを見いだしたことによって得られたものであり, ウ 当初の不等式で表される半径を採用したシャフトを用いれば,現像ローラーと潜像担持体の接触面積及び当接圧力が,現像ローラーの長手方向で均一になり,すなわち現像特性がそろうことになり,これによって濃度むらのない均一な画像を形成することができ,また,低硬度の現像ローラーにおけるスティックスリップを防止し濃度むらのない現像装置を提供することができる,という効果を有するもの, と認められる。
(3) 当初発明の内容 上記の「W1とW 2とが,W 1<2×W 2なる関係にあるとき,現像ローラーと潜像担持体の長手方向における当接圧力の差が僅少に保たれ,良好な圧接状態が保たれる」との知見は,いずれもシャフト材としてステンレス鋼を用い,実施例1及び実施例2において,画像形成装置の現像ローラーの縦弾性係数や半径,シャフト半径及び現像ローラーを潜像担持体に押圧する荷重を各々変化させて画像形成し,その画像濃度の良好,不良の評価と,W1とW 2の関係を分析した結果,良好領域と不良領域の境界は略W2/W 1=2であった,との実験結果が,その根拠となっている。それ以外に上記知見の根拠となるものは当初明細書に記載されていない(甲第2号証)。
当初明細書記載の【数3】によって算出されたW1とは,シャフトの縦弾性係数Esとしてステンレス鋼の値「2.1×104」を用いて計算したW1のことである。そうである以上,当初明細書に記載されている,上記知見の根拠事実は,シャフトにステンレス鋼を用いた画像形成装置における実験結果だけである,というべきである。
したがって,当初発明の内容に関して,課題解決の際に具体的に考慮したシャフト材料が,「ステンレス鋼」のみであるとした,本件決定の認定に誤りはない。
(4) 原告は,当初明細書において,シャフトの材料としてステンレス鋼を用いた説明をしていることについて,@シャフトの縦弾性係数としてステンレス鋼のそれを用いたのは,一つの実施例としてのことにすぎず,A圧接現像装置を製品化しようとした場合,その製品化の過程で縦弾性係数の知られた各種のシャフト材について実験を加えていくのが通常である,と主張する。
しかし,前記のとおり,当初明細書において,「シャフトの最大撓みW1と,現像ローラーの変位W 2とが,W 1<2×W 2なる関係にあるとき,良好な圧接状態が保たれることを見出した」のは,シャフトの縦弾性係数Esとしてステンレス鋼の値「2.1×104」を用いて算出したW 1についてであり,シャフトの材料としてステンレス鋼以外のものを用いてW1とW 2の関係を検討したことも,実施例1,実施例2以外に,縦弾性係数の知られた,他のシャフト材について実験を行ったことも記載されていない。
原告の主張するとおり,製品化の過程で,各種のシャフト材について実験を積み重ねていくことが通常であるとしても,そのことは,何ら,当初明細書の開示内容が上記のとおりであるという事実を左右するものではない。
(5) 原告は,@発明の目的である,現像ローラーと潜像担持体の圧接状態を良好に保つべく現像ローラーの長手方向の端部と中央部の当接圧力の差を僅少に保つようにするには,現像ローラーの撓みに関する式,つまり,両端支持梁についての一般式を基に考えていけばよく,これは,単にステンレス鋼の縦弾性係数「2.1×104」に限定されるものでない,A現像装置に使用する通常のシャフト材であれば,その縦弾性係数がいかなる値であろうとも,ステンレスの縦弾性係数を縦弾性係数一般を表す変数Esに置き換えて当初の不等式を変形した補正後の不等式に当てはめれば,適切なシャフトの半径rが算定しうるものであるから,補正後の不等式のEsが,ステンレス鋼の縦弾性係数「2.1×104」に限定されるべき理由はない,すなわち,当初発明の内容が,当初の不等式に限定されるべき理由はない,と主張する。
原告が主張するように,ステンレス鋼の縦弾性係数「2.1×104」以外の数値であっても,両端支持梁についての一般式を用いて,当初発明の目的を達しうるシャフトの半径rを求めることができるとしても,本件出願の発明では,印刷の良不良の境界として「W1<2×W 2」が成立することが必要となる。当初発明では,この不等式を導き出すに当たり,「現像ローラーのシャフトの最大撓みW1」を,材料を特定しない一般式を基に検討するのではなく,ステンレス鋼の縦弾性係数を用いて算出しており,ステンレス鋼以外の材料については,W1を算出し,「W1<2×W 2」が成立するかどうかについての検討をしていないことは,前記のとおりである。したがって,ステンレス鋼以外のシャフト材の縦弾性係数を用いた式で,シャフトの半径rがどのような不等式で表される値になるのかは記載されていないのである。
現像装置に使用される通常のシャフト材一般について,補正後の不等式により,適切なシャフトの半径rが算出しうることが実際に検証されていたとしても(付言するに,そうであると認めるに足りる証拠はない。),その事実は,現に補正後の不等式が記載されていないという事実を,解消し得るものではない。
(6) 原告は,本件決定が,シャフトの材料としてステンレス鋼を用いることが当初発明にとって不可欠の事項である,と認定した,と主張している。
本件決定は,「当初の技術的事項から当業者に自明な事項は,「シャフトの縦弾性係数Esがステンレス鋼の縦弾性係数2.1×104に近いとき,関係式W1/W 2<2が成立すれば,良好な圧接状態が保たれる」という程度にすぎない。さらに一般化を進めたとしても,せいぜい「W1/W 2で表される量が,圧接状態の良・不良に関係すると予想される」という程度である」(審決書14頁29行目〜15頁1行目),と述べているものであり,シャフトの材料として,ステンレス鋼又は縦弾性係数がステンレス鋼のそれ(2.1×104)に近いものを用いることが,当初発明にとって不可欠の事項である,とは認定しているものの,ステンレス鋼を用いることが不可欠であるなどと認定しているものではない。そして,本件決定の上記認定が正当であることは,既に述べたところに照らし,明らかである。
原告の上記主張は失当である。
2 要旨変更の有無について (1) 原告は,当初の不等式を補正後の不等式とすることが要旨変更に当たらないと主張し,その理由として,当初発明において用いられるシャフトの材料がステンレス鋼に限定されていないことを前提としつつ,@当初明細書の発明の詳細な説明の【発明が解決しようとする課題】あるいは【発明の効果】の項のいずれにも,濃度ムラを少なくするためにステンレス鋼の縦弾性係数を「2.1×104」としたことについての記載は見当たらず,この点の数値限定「2.1×104」は単なる補足的な数値にすぎないから,当初の不等式を,補正後の不等式に換えることは,具体的な縦弾性係数の値を単に変数「Es」に替えたものであって,梁の一般式の単なる一形態として認められるべきである,A縦弾性係数を変数「Es」とした不等式は,ステンレス鋼の具体的な縦弾性係数の値を用いた当初の不等式より「出願時点で当業者が記載してあったと認めることができる程度に自明の事項」にすぎないから,この不等式を補正後の不等式に変えても「明細書に記載してある事項の範囲内」とみなされる,と主張する。
(2) 前記のとおり,当初明細書には,シャフト材及びその縦弾性係数として,ステンレス鋼及びその縦弾性係数「2.1×104」と特定することを前提とした,シャフトの半径rを規定する不等式のみが開示されていたものである。【発明が解決しようとする課題】あるいは【発明の効果】の項のいずれにも,シャフト材をステンレス鋼に限定する旨の記載がないことは,シャフト材に,ステンレス鋼以外の材料を用いた場合のことが開示されていることを意味するものではない。
(3) 例えば,ステンレス鋼とアルミニウム系及び銅系の縦弾性係数とは1.8〜2.7倍程度異なる(甲第7号証)から,当然W1の値も変化することとなる。
そうすると,ステンレス鋼以外の材料をシャフトとして用いた場合,画像濃度の良好領域と不良領域の境界が,「W1/W 2<2」の不等式により画されるか否か自体がそもそも不明であり,少なくとも,本件出願当時,ステンレス鋼以外の材料を用いた場合についても,印刷が良好となる条件として,「W1/W 2<2」の不等式が妥当すると当業者が理解することが自明であると認めるに足りる証拠はない。
そして,上記境界が変化して「W1/W2<」の右辺が2以外の数値になれば,現像ローラーと潜像担持体の良好な圧接状態を保つためには,当初の不等式を,ステンレス鋼の縦弾性係数の数値からそれ以外の材料の縦弾性係数を一般的に表す変数Esに変更して,補正後の不等式に変形するだけでは足りず,さらに係数を変化させること等が必要となることが明らかである。
(4) したがって,当初明細書の記載から,シャフト材をステンレス鋼からそれ以外の一般に用いられる材料に変更した場合に,シャフトの半径rを規定する不等式において,当初の不等式において前提となっているステンレス鋼の縦弾性係数の数値を,ステンレス鋼以外の具体的な材料の縦弾性係数の数値あるいは一般的にEsと変更して変形しただけで,現像ローラーと潜像担持体の良好な圧接状態を保つことができる条件を示すことが,本件出願当時当業者にとって自明であった,ということはできない。すなわち,当初明細書の記載に基づき,補正後の不等式が自明ということはできない。
(5) 以上のとおりであるから,原告の主張はいずれも失当である。
3 結論 以上によれば,原告主張の審決取消事由は理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久