関連審決 | 不服2001-21886 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 周知技術 / 公知技術 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 拒絶査定 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 釈明 / 申し立てない理由 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10132号
審決取消請求事件
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原告 有限会社ザンデンオーディオシステム 代表者取締役 訴訟代理人弁理士 岡本宜喜 同 安田敏雄 同 安田幹雄 同 山本淳也 被告 特許庁長官 中嶋誠 指定代理人 和田志郎 同 大日方 和幸 同 伊藤三男 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/10/13 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2001-21886号事件について平成16年11月29日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,発明の名称を「デジタルオーディオ用帯域制限アナログフィルタ及びこれを用いた音声信号増幅装置」とする特許の出願人である原告が,特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたところ,特許庁が審判請求は成り立たないとの審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。 |
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当事者の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁における手続の経緯 原告は,平成11年6月8日,名称を「デジタルオーディオ用帯域制限アナログフィルタ及びこれを用いた音声信号増幅装置」とする発明につき特許出願(甲2。以下「本件出願」という。)をし,その後,平成13年8月27日付け手続補正書により特許請求の範囲等の補正(甲3。以下「本件補正」という。)をした。 特許庁は,平成13年11月9日,本件出願につき拒絶査定をしたので,原告は,これを不服として審判請求をした。特許庁は,これを不服2001-21886号事件として審理の上,平成16年11月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は平成16年12月14日原告に送達された。 (2) 発明の内容 本件補正後の発明の内容は,下記のとおりである(下線部は補正部分)。 記 【請求項1】 所定の周波数で標本化されたデジタルオーディオ信号をアナログ信号に変換するD/A変換器の出力側に接続され,その帯域を制限するアナログフィルタにおいて,前記標本化周波数をfs とすると,遮断周波数fc が夫々fs ,2fs ,3fs ・・・nfs (nは2以上の整数)に相当する周波数のn段の帯域減衰フィルタ回路を有し,サンプリング 周波数 の自然数倍 の上下側波帯成分 を制限するようにした ことを特徴とするデジタルオーディオ用帯域制限アナログフィルタ。 【請求項2】 前記帯域減衰フィルタ回路は,定抵抗型の受動型フィルタであり,複数の帯域減衰フィルタ回路を縦続接続したものであることを特徴とする請求項1記載のデジタルオーディオ用帯域制限アナログフィルタ。 【請求項3】 前記帯域減衰フィルタ回路は,状態変数型アクティブフィルタであり,複数のアクティブフィルタを接続して構成したものであることを特徴とする請求項1記載のアナログフィルタ。 【請求項4】 前記帯域減衰フィルタ回路と縦続接続され,前記標本化周波数の複数倍以上の周波数を遮断周波数とするローパスフィルタを有することを特徴とする請求項1記載のデジタルオーディオ用帯域制限アナログフィルタ。 【請求項5】 所定の周波数で標本化されたデジタルオーディオ信号をアナログ信号に変換するD/A変換器の出力側に接続される音声信号増幅装置において,請求項1〜4のいずれか1項記載の帯域制限アナログフィルタと,前記帯域制限アナログフィルタ回路の出力側に接続され,音声信号を増幅する増幅回路と,を有することを特徴とする音声信号増幅装置。 (3) 審決の内容 ア 審決の内容は,別紙のとおりである。 その理由の要旨は,本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本願発明1」という。)は,下記の引用例1,2に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない等,としたものである。 記 引用例1 特開平2-54624号公報(甲4。以下この発明を「引用発明1」という。) 引用例2 実願昭57-56507号(実開昭58-159628号)のマイクロフィルム(甲5。以下この発明を「引用発明2」という。) イ なお,審決は,引用発明1を次のとおり認定し,本願発明1と引用発明1とは,次のような一致点と相違点があるとした。 (引用発明1) 所定の周波数で標本化されたデジタル信号をアナログ信号に変換するD/A変換器の出力側に設けられ,前記標本化周波数をfs とすると,周波数fs ,2fs ・・・・を中心とする不要高調波成分b1,b2・・・・を除去し,希望する周波数成分aを通過させる低域ろ波器。 (一致点) 所定の周波数で標本化されたデジタル信号をアナログ信号に変換するD/A変換器の出力側に接続され,サンプリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分を制限する帯域制限アナログフィルタである点。 (相違点1) 本願発明1では,アナログ信号に変換するデジタル信号が「デジタルオーディオ信号」であるのに対し,引用発明1は,アナログ信号に変換するデジタル信号が「オーディオ信号」であることについて記載されていない点。 (相違点2) サンプリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分を制限するための帯域制限アナログフィルタが,本願発明1では,「標本化周波数をfs とすると,遮断周波数fc が夫々fs ,2fs ,3fs ・・・nfs (nは2以上の整数)に相当する周波数のn段の帯域減衰フィルタ回路を有する」ものであるのに対し,引用発明1は,「低域ろ波器」である点。 (4) 審決の取消事由 しかしながら,本件審決は,進歩性の判断を誤り,また拒絶理由と異なる理由に対して原告に反論する機会を与えなかった手続違背があるから,違法として取消しを免れない。 ア 取消事由1(一致点の認定の誤り) 審決は,引用発明1の低域ろ波器は,本願発明1の帯域制限アナログフィルタに相当するとして,本願発明1と引用発明1は,「サンプリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分を制限する帯域制限アナログフィルタ」である点で一致する(3頁35〜38行),とするが誤りである。 低域ろ波器はある遮断周波数以下の周波数の信号を通過させるものであるのに対し,帯域制限アナログフィルタは所定の帯域の周波数成分を制限・減衰させるフィルタであり,両者は互いに異なるものである。 イ 取消事由2(相違点2の判断の誤り) (ア) 引用例1記載の公知技術の誤認 審決は,「引用例1にはサンプリング周波数の整数倍の上下の比較的狭い範囲に集中して広がる側波帯成分が不要であることが示され」ている(5頁10〜11行)と認定しているが,引用例1には,側波帯成分がサンプリング周波数の整数倍の上下の比較的狭い範囲に集中して広がるとの記載は一切なく,単に,低域ろ波器(ローパスフィルタ)を設けて希望する低い周波数成分を通過させ,それより高い周波数成分を全て除くという周知の構成を示すものにすぎないから,審決の上記認定は誤りである。 なお,引用例1の第3図は,単にスペクトルを示したグラフであって,それ以上のものではなく,また,高調波成分は,基本波と同一の形状のスペクトルを周波数fs ,2fs より高い周波数に生じ,かつ,周波数fs ,2fs より低い周波数にこれと対称な形状のスペクトルを生じるものであり,そもそも第3図の記載に誤りがあるから,第3図からサンプリング周波数の整数倍の上下の比較的狭い範囲に集中して広がる側波帯成分が不要であるとの認識は得られない。 (イ) 引用例2記載の公知技術の誤認 審決は,「D/A変換されたオーディオ再生信号から目的とする基本波(オーディオ信号)以外のサンプリング信号による多くの高い周波数成分をフィルタにより除去することは,上記引用例2に記載されている。」(4頁16〜18行)とし,更に「D/A変換されたオーディオ再生信号から目的とする基本波(オーディオ信号)以外のサンプリング信号による多くの不要高周波成分を帯域除去フィルタとローパスフィルタを縦続接続したフィルタにより除去することは上記引用例2に記載されている。」(4頁25〜28行)と認定しているが,引用例2記載のサンプリング周波数除去フィルタは,ノイズ成分中最もレベルの大きいサンプリング周波数成分のみを除去するものであり,サンプリング周波数の側波帯成分を除去するものではない。 一方,引用例2記載のローパスフィルタは,サンプリング周波数成分以外の高周波成分を除去するものであって,引用例2において共に多くの不要高周波成分を除去する帯域除去フィルタとローパスフィルタが記載されているものとはいえないから,審決の上記認定は誤りである。 (ウ) 周知技術の認定の誤り @ 審決は,「音声記録再生装置,音声信号伝送装置において,信号を周波数分析して除去する周波数範囲を特定し,いくつかの帯域除去フィルタ(帯域減衰フィルタ)を組み合わせたフィルタにより,信号の周波数成分中の特定領域を除去することは本出願前周知である(特開平6-188849号公報(判決注・甲6),特開平10-91199号公報(判決注・甲7)等参照)。」(4頁29〜33行)と認定しているが誤りである。 甲6に示された多重伝送装置においては,信号の周波数を分析して除去する周波数範囲を特定することは行われておらず,送信側で音声信号を伝送する帯域中に他の信号f1,f2を重畳させて伝送し,受信側で重畳された信号からf1,f2成分を除去するために帯域除去フィルタを用いたものである。 また,甲7記載の音声信号等の周波数スペクトラムに一定の傾向がある信号を記録する記録再生装置は,音声信号の記録時に入力信号のスペクトルを分析し,周波数分析の結果,レベルの低い部分を帯域除去フィルタによって削除することにより,記録容量を減少させるものであるから(段落【0034】,【0035】),常に一定の周波数帯域を除去するものではなく,本願発明1の前提となっている技術に関するものではない。 したがって,甲6及び甲7に基づいて審決記載の「本出願前周知である」とされた上記事項が周知技術であると認定することはできず,甲6及び甲7は,既知の,又は周波数特性を分析して得られた除去すべき周波数成分のみを除くことが周知であることを示すにすぎない。 A なお,被告提出の乙5(特開平10-75142号公報),乙6(特開昭49-106751号公報)は帯域阻止フィルタやノッチフィルタ,乙7(特開平7-14329号公報)はディスク記憶装置,乙8(特開昭61-39621号公報)はパルス幅変調型パワーアンプの復調フィルタ,乙9(特開昭63-19521号公報)は重量計測装置,乙10(特開平8-298779号公報)はPWMインバータの制御装置に関するものであって,いずれも本願発明1の技術分野であるデジタルオーディオ用の帯域制限アナログフィルタに関するものではないから,周知例としての適格性を欠いている。 (エ) 進歩性の判断の誤り @ D/A変換器の出力には基本波に加えて種々の高調波成分が存在するため,その中から基本波のみをとり出すため従来からローパスフィルタが広く用いられ,通常はそれで十分であると認識されていた。 本願発明1は,従来は看過されていた,ローパスフィルタが位相特性の改善に支障を生じ得るとの課題とともに,D/A変換した後の音声信号のスペクトルが標本化周波数の整数倍の付近に集中していることを独自に認識し,この認識に基づいて必要なスペクトルであるfs /2以下の音声信号とfs /2以上の高調波成分とを分離するため,従来用いられていたローパスフィルタに代えて,複数の帯域除去フィルタを構成し,デジタルオーディオシステムにおいて用いられるデジタル信号をアナログ信号に変換する際に位相特性の良いアナログフィルタを提供するものである。 審決は,このような本願発明1の課題の斬新性を看過している。 なお,被告提出の乙1(特開昭60-169213号公報),乙2(特開平5-276035号公報)記載の位相歪みの改善とは,乙1の第2図に示されるように,たかだか15kHz以下の特性を改善するものであり,本願発明1が改善の対象とする位相歪みとは大きく異なるものである。 A また,審決は,D/A変換した出力の周波数特性のうち,標本化周波数の整数倍をキャリアとする上下の側波帯成分を減衰フィルタで除くことができ,位相シフトの大幅な変動がなく,音声や音楽を再生するための抽出度を大幅に改善することができるという本願発明1の格別の作用効果を看過している。 B さらに,引用例2は,一つのサンプリング周波数除去フィルタとローパスフィルタとを示したものであって,引用例2から,複数の帯域除去フィルタを用いて集中した部分の高調波成分を除去するという相違点2に係る本願発明1の構成に想到することはあり得ない。 C 以上のように,引用例1,2を組み合わせ,更に審決が周知例として引用した甲6,7を考慮したとしても,当業者が複数の帯域除去フィルタを用いて集中した部分の高調波成分を除去するという本願発明1の構成(相違点2の構成)に容易に想到することができたものとはいえない。 ウ 取消事由3(手続違背) (ア) 審決は,拒絶理由に全く示されていなかった甲6,7を実質的には本願発明1の進歩性判断の基礎となる公知資料として使用し,原告に甲6,7に対する反論の機会を与えなかったから,審判における適正な手続保障を欠いた違法がある。 なお,最高裁平成14年9月17日第三小法廷判決(判例時報1801号108頁)は,当事者に意見申立ての機会を与えなくても審判における適正な手続保障があったものと認められるための要件として,@当事者の申し立てない理由を基礎付ける事実関係が当事者の申し立てた理由に関するものと主要な部分において共通すること,A職権により審理された理由が当事者の関与した審判の手続に現れていて,これに対する反論の機会が実質的に与えられていたと評価し得るときなど,職権による審理がされた当事者にとって不意打ちにならないと認められる事情のあることを挙げているところ,審決は,上記@及びAの要件をいずれも欠いている。 (イ) また,審決は,「本願請求項1に係る発明における帯域減衰フィルタは,その遮断周波数しか限定されておらず,その選択度,位相等の特性を特定しているものではないから,ローパスフィルタを高調波の主たる除去手段として用いるものに対して一概に位相特性を大幅に改善することができる顕著な効果とは認められず,上記主張は採用できない。」(5頁15〜19行)と判断しているが,これは拒絶理由通知や拒絶査定においては全く示されていなかった拒絶理由であり,これに対し原告に反論の機会を与えていないから,この点においても審決には,審判における適正な手続保障を欠いた違法がある。 2 請求原因に対する認否 請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。 3 被告の反論 (1) 取消事由1に対し 引用例1記載の「低域ろ波器」は,「遮断周波数以上の周波数の信号」を制限する(減衰させる)ものということもできるのであって,「遮断周波数以上の周波数の信号」も「所定の帯域の周波数成分」であることには変わりがないから,本願発明1の「帯域制限アナログフィルタ」と「信号の帯域の一部を何らかの形で制限するアナログフィルタ」であるという意味で共通している。その共通する概念を「帯域制限アナログフィルタ」と呼称することに何ら問題はない。 (2) 取消事由2に対し ア (ア)について 引用例1に記載されている「周波数fs ,2fs を中心とする不要高調波成分b1,b2」は「サンプリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分」に相当し,引用例1の第3図を参照すれば,不要高調波成分b1,b2が周波数fs ,2fs を中心とする比較的狭い範囲に広がっていることは明らかであるから,審決の「引用例1にはサンプリング周波数の整数倍の上下の比較的狭い範囲に集中して広がる側波帯成分が不要であることが示され」ているとの認定に誤りはない。 イ (イ)について 審決は,引用発明2を「基本波(オーディオ信号)以外のサンプリング信号による多くの不要高周波成分を帯域除去フィルタとローパスフィルタを縦続接続したフィルタにより除去する」ものと認定しているのであって,原告が主張するように「帯域除去フィルタとローパスフィルタとが共に多くの不要高周波成分を除去する」ものとは認定していないから,審決に原告主張の引用例2記載の公知技術の誤認はない。 また,引用例2には,上記「帯域除去フィルタとローパスフィルタを縦続接続したフィルタ」における帯域除去フィルタは「サンプリング周波数成分を除去するもの」と記載されているが,これ以外の周波数成分は除去しないとの限定があるわけではなく,当該帯域除去フィルタに「サンプリング周波数成分」以外の不要な周波数成分までを除去させることとしても,何の不都合もない。 ウ (ウ)について 審決が甲6,7を周知例として例示した趣旨は,原告も認める「既知の,又は周波数特性を分析して得られた除去すべき周波数成分のみを除くこと」が周知であることを示すためである。審決は,甲6,7をもって「倍数関係を有する周波数を除く帯域除去フィルタを設けること」まで周知であると認定しているわけではない。 もっとも,乙5ないし8によれば,「倍数関係を有する周波数を除く帯域除去フィルタを設けること」も周知であったといえる。 エ (エ)について (ア) デジタルオーディオシステムにおいて,D/A変換器の出力から高周波成分を除去するために,ローパスフィルタを用いると可聴周波数範囲内の信号に位相歪を生じるが,そのような位相歪をなくすという課題は,広く知られていたこと(乙1,2)であり,何ら斬新なものではない。 また,標本化周波数の整数倍の上下側波帯成分の形状が,標本化周波数の整数倍を頂点とする山形状の音声信号スペクトルであること(乙3),音声信号スペクトルの10kHzを越える高域成分が低中域成分に比べてレベルが極端に小さいこと(乙4)は周知であって,標本化周波数の整数倍の周波数の上下に広がるスペクトルの範囲の幅が小さなこと,すなわち,信号のスペクトルが標本化周波数の整数倍の付近に集中していることは明らかなことであるから,本願発明1において独自に認識したものではない。 (イ) 引用発明1において,ローパスフィルタに代えて,帯域除去フィルタ(帯域減衰フィルタ)を用いて必要とする基本波成分に近接する不要高周波成分を除去する構成を採用すれば,基本波成分の位相に影響(変動)を与えないという作用効果が生じることは,必要とする信号の周波数成分に近接する不要周波数成分を除去するためにノッチフィルタ(帯域除去フィルタ)をローパスフィルタに代えて用いることにより,必要とする信号に位相変動(時間遅れ)を与えないことが周知(乙9,10)であることによれば,当業者であれば予想し得る範囲のものにすぎず,格別の作用効果ではない。 (ウ) 引用例2の帯域除去フィルタは,従来はローパスフィルタのみで除去していた多くの高周波成分の内の一つの周波数成分を帯域除去フィルタで除去することにより,後段のローパスフィルタの負担を軽減するものであるが,更にローパスフィルタにより除去していた複数の不要周波数成分を除去するために複数の帯域除去フィルタを設けることも周知技術である(乙7ないし10)。 また,「D/A変換された音声信号の高調波成分が標本化周波数の自然数倍の付近に集中している」という知見は,引用例1の第3図に示されている。 したがって,当業者が引用発明1と引用発明2を組み合わせて本願発明1の相違点2に係る構成に想到することは容易であったから,審決の判断に誤りはない。 (3) 取消事由3に対し ア 周知技術は,当業者が熟知している技術であるから,これを拒絶理由通知に示す必要はなく,審決に原告主張の手続違背はない。 なお,審決で示した周知技術は,拒絶理由通知で慣用手段として原告に示されたものと実質的に同様の内容である。すなわち,本願の審査段階で,乙6(特開昭49-106751号公報)を刊行物3として引用し,「上記刊行物3に示されるように,高調波を除去するために,n段の帯域減衰フィルタ回路を用いることは慣用手段である。」との拒絶理由が原告に通知されている。 イ 原告主張の審決の記載部分(5頁15行〜19行)は,審判請求書における請求人(原告)の主張に対して釈明するための「なお書き」にすぎず,原告の主張するような新たな拒絶理由に相当するものではないから,原告に反論する機会を与えなかったために審判において適正な手続保障を欠いたことにはならない。 |
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当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。 そこで,原告主張の審決の取消事由(請求原因(4))について,以下,順次判断する。 2 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 原告は,審決が,引用発明1の低域ろ波器は,本願発明1の帯域制限アナログフィルタに相当するとして,本願発明1と引用発明1は,「サンプリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分を制限する帯域制限アナログフィルタ」である点で一致する(3頁35〜38行)と認定したのは,誤りである旨主張する。 そこで検討するに,原告の主張を前提としても,引用発明1の低域ろ波器が「所定の周波数で標本化されたデジタル信号をアナログ信号に変換するD/A変換器の出力側に接続され,サンプリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分を制限する」機能を有する点において争いがないことによれば,引用発明1の「低域ろ波器」と本願発明1の「帯域制限アナログフィルタ」が「所定の周波数で標本化されたデジタル信号をアナログ信号に変換するD/A変換器の出力側に接続され,サンプリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分を制限するフィルタ」である点で一致するものと認められる。 そうすると,原告が主張するように「低域ろ波器」を「帯域制限アナログフィルタ」と称呼することが正確性を欠き,不適切であるとしても,そのことが審決の結論に影響を及ぼすものではないというべきである。 したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。 3 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について (1) 引用例1記載の公知技術の誤認の有無 原告は,審決が「引用例1にはサンプリング周波数の整数倍の上下の比較的狭い範囲に集中して広がる側波帯成分が不要であることが示され」ている(5頁10〜11行)と認定したのは,引用例1には側波帯成分がサンプリング周波数の整数倍の上下の比較的狭い範囲に集中して広がるとの記載が一切ないこと等から,誤りである旨主張する。 引用例1(甲4)には,「DA変換器2の出力の階段状アナログ波形Bの周波数スペクトラムを第3図に示す。第3図に示すように,DA変換器2の出力のアナログ波形Bは上限周波数をfu とする必要周波数成分aと,周波数fs ,2fs ・・・・を中心とする不要高調波成分b1,b2・・・・とからなっている。すなわち希望するアナログ信号波形Cの周波数成分はaのみである。従ってDA変換器2の出力側に第3図の点線cで示されるような特性を有する低域 波器3を挿入することによって不要高調波成分b1,b2・・・・が除去されて希望のアナログ信号波形Cが得られる。」(2頁左上欄13行〜右上欄3行)との記載があり,その第3図には,サンプリング周波数(標本化周波数)の整数倍の周波数(fs ,2fs )を基準としてその上下に不要高調波成分の側波帯(b1,b2)が広がっていることが図示されていることが認められる。 もっとも,引用例1には,上記側波帯の周波数分布について明確な記載はないものの,本願発明1の帯域制限アナログフィルタは,「標本化周波数をfs とすると,遮断周波数fc が夫々fs ,2fs ,3fs ・・・nfs (nは2以上の整数)に相当する周波数のn段の帯域減衰フィルタ」を用いて,「サンプリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分を制限する」というものであって(本件補正後の請求項1),上下側波帯成分の周波数分布の如何は,本願発明1の構成とは直接関係しないことであるから,審決が引用例1に示された側波帯成分の分布状況についてサンプリング周波数の整数倍の上下の「比較的狭い範囲に集中して」広がると認定したことに格別意味を持つものではなく,審決に誤りがあるとまではいうことができない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 (2) 引用例2記載の公知技術の誤認 原告は,引用例2記載のサンプリング周波数除去フィルタは,ノイズ成分中最もレベルの大きいサンプリング周波数成分のみを除去するものであり,サンプリング周波数の側波帯成分を除去するものではないから,審決が「D/A変換されたオーディオ再生信号から目的とする基本波(各オーディオ信号)以外のサンプリング信号による多くの高い周波数成分をフィルタにより除去することは,上記引用例2に記載されている。」(4頁16〜18行)とし,更に「D/A変換されたオーディオ再生信号から目的とする基本波(オーディオ信号)以外のサンプリング信号による多くの不要高周波成分を帯域除去フィルタとローパスフィルタを縦続接続したフィルタにより除去することは上記引用例2に記載されている。」(4頁25〜28行)と認定したのは,誤りであるなどと主張する。 ア 引用例2(甲5)の明細書には,@「実用新案登録請求の範囲」として「D/A変換されたオーデイオ再生信号からサンプリング周波数を除去する帯域除去フイルタと,前記帯域除去フイルタの出力信号に含まれる他のノイズ成分を除去するローパスフイルタとを具えたデイジタルオーディオ再生装置のフイルタ回路」(1頁4〜9行),A「この考案はデイジタルオーディオ再生装置において,アパーチャ回路の出力PAM(Pulse Amplitude Modulation)波から目的とする基本波(オーディオ信号)を抽出するためのフイルタ回路に関し,従来急峻な遮断特性を持つローパスフイルタで構成していたものを,帯域除去フイルタとローパスフイルタの縦続接続で構成し,帯域除去フイルタでノイズ成分中最もレベルが高いサンプリング周波数成分を予め除去することにより,後段のローパスフイルタの負担を軽減したものである。」(1頁10行〜2頁4行),B「ところで,前記ローパスフイルタ4の特性としては,オーデイオ信号の周波数帯域として定められているDC〜20kHzではリップルが±0.2dB以下であって,かつサンプリング信号によるノイズが現われるサンプリング周波数の1/2以上の帯域(・・・)では80〜90dBの減衰量が要求される。これを実現するため,従来においては,ローパスフイルタ4として例えば第3図のような連立チェビシェフ型フイルタを用いて,第4図のような急峻な特性を得ていた。ところが,このような構成のものでは非常に高い次数(9次〜13次程度。第3図では13次)が要求されるため設計が難しく,また高精度部品を必要とするためコストが大変高価なものになっていた。」(4頁5〜20行),C「そこで,・・・アパーチャ回路3から出力されるPAM波をフーリエ解析によってスペクトラム分析を行なったところ,ノイズ成分中最も振幅が大きな波形はサンプリング周波数そのものであることがわかった。また,その他のノイズスペクトラムはサンプリング周波数に較べて大変小さなレベルであることがわかった。この発明はこのような点に着目してなされたもので,アナログ信号に変換されたオーデイオ再生信号からサンプリング周波数成分をあらかじめ帯域除去フィルタによって取り除いてやることにより,ローパスフイルタの負担を軽減し,これにより前述した従来のものの欠点を解決するようにしたものである。」(5頁4〜18行),D「第5図において,記録媒体から再生されたディジタル信号は信号処理回路1で符号訂正等の処理が行なわれた後,D/A変換器2で階段状のアナログ信号に変換される。D/A変換器2の出力はアパーチャ回路3において,グリッジが除去されてPAM波となり,サンプリング除去フィルタ7に入力される。サンプリング除去フイルタ7は帯域除去フイルタで,サンプリング周波数を除去するように設計されている。サンプリング周波数除去フィルタ7の出力はローパスフイルタ4’に入力されて残りのノイズが除去される。」(6頁3〜13行),E「上記のような構成によれば,PAM波に含まれるノイズ中最もレベルの大きいサンプリング周波数成分がサンプリング周波数除去フイルタ7で除去されるので,ローパスフイルタ4’の負担を軽減できる。したがって,その次数を低くすることができ,設計が容易になる。また,ローパスフイルタ4’の最大入力信号レベルが従来と同様に制限されるとしても,ノイズ中最もレベルの大きいサンプリング周波数成分がサンプリング周波数除去フイルタ7で除去されるので,その分ローパスフイルタ4’の入力信号中の基本波(オーデイオ信号)成分を大きくとることができ,ダイナミックレンジを大きくとることができる。更には,サンプリング周波数除去フイルタ7自体は,サンプリング周波数が水晶発振器を用いて作られその周波数精度はすこぶる良好であるので,Qを高くしても周波数精度だけ合わせてやればドリフト等の心配は不要であり,パッシブフィルタを用いてもダイナミックレンジ,歪とも問題にならない程度にできる。したがって,従来のローパスフイルタのみを用いたものに較べて,全体としてコストを下げることも可能となる。」(6頁19行〜7頁20行)との記載がある。 イ そして,前記認定のとおり,引用例2(甲5)の考案(引用発明2)は,「D/A変換されたオーデイオ再生信号からサンプリング周波数を除去する帯域除去フイルタと,前記帯域除去フイルタの出力信号に含まれる他のノイズ成分を除去するローパスフイルタとを具えたデイジタルオーディオ再生装置のフイルタ回路」であって(前記ア@),「帯域除去フイルタとローパスフイルタの縦続接続で構成し,帯域除去フイルタでノイズ成分中最もレベルが高いサンプリング周波数成分を予め除去することにより,後段のローパスフイルタの負担を軽減したものである」こと(前記アA),この「ノイズ成分中最も振幅が大きな波形はサンプリング周波数そのものであって,その他のノイズスペクトラムは大変小さなレベルである」こと(前記アC),「上記のような構成によれば,PAM波に含まれるノイズ中最もレベルの大きいサンプリング周波数成分がサンプリング周波数除去フイルタ7で除去されるので,ローパスフイルタ4’の負担を軽減できる」こと(前記アE),「サンプリング周波数除去フィルタは,サンプリング周波数を除去するように設計されて」おり(前記アD),「Qを高くしても周波数精度だけ合わせてやればドリフト等の心配は不要である」こと(前記アE)を総合すると,引用例2のサンプリング周波数除去フィルタ自体は,第一義的には,ノイズ成分中最もレベルが高いサンプリング周波数成分のみを除去するもので,サンプリング周波数の上下側波帯成分を除去する機能までは持たないものであることが認められる。 しかし,サンプリング周波数成分のみを除去するような設計をすれば,レベルが小さいとはいえ,サンプリング周波数の上下側波帯成分が除去されずに残るため,これを除去するためには,ローパスフィルタに相変わらず急峻な遮断特性が必要とされることは明らかであること,引用例2のサンプリング周波数除去フィルタは,一定の帯域内の周波数成分を除去する帯域除去フィルタで構成され,その帯域幅の設定により除去される周波数成分の範囲が決定されるものであることからすれば,引用例2に接した当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)であれば,当該サンプリング周波数除去フィルタは,サンプリング周波数成分のみならず,その上下側波帯成分を除去する機能を有する構成をとり得るものと理解すると認められるから,引用例2には,標本化周波数(サンプリング周波数)をfs としたときに,遮断周波数fcがfs に相当する帯域減衰フィルタ回路でサンプリング周波数の上下側波帯成分を制限するという相違点2に係る本願発明1の基本的な構成が記載されているものと認めるのが相当である。 そうすると,引用例2に「D/A変換されたオーディオ再生信号から目的とする基本波(オーディオ信号)以外のサンプリング信号による多くの高い周波数成分をフィルタにより除去すること」及び上記「基本波(オーディオ信号)以外のサンプリング信号による多くの不要高周波成分を帯域除去フィルタとローパスフィルタを縦続接続したフィルタにより除去すること」が記載されているとの審決の認定に誤りはないというべきである。 (3) 周知技術の認定の誤りの有無 ア 原告は,審決が甲6(特開平6-188849号公報)及び甲7(特開平10-91199号公報)に基づいて「音声記録再生装置,音声信号伝送装置において,信号を周波数分析して除去する周波数範囲を特定し,いくつかの帯域除去フィルタ(帯域減衰フィルタ)を組み合わせたフィルタにより,信号の周波数成分中の特定領域を除去することは本出願前周知である」こと(4頁29〜33行)を認定したのは,誤りである旨主張する。 そこで,本件出願当時の当業者の技術水準について検討する。 (ア) 特開平7-14329号公報(乙7)には,ディスク記憶装置に係る復調回路の出力信号である位置誤差信号に含まれる復調周波数のノイズの低減について,@「【発明が解決しようとする課題】位置誤差信号は,サーボ情報から読みだされる信号の読みだし周期毎に,階段状に変化するため,位置誤差信号には,読みだし周波数およびその整数倍の周波数のノイズが重畳する。このノイズの影響を低減する方法として,従来から位置決めに必要な周波数成分だけを残し,高周波成分をカットするローパスフィルタが用いられてきた。」(段落【0004】),A「【作用】従来のローパスフィルタによる除去方式は,ローパスフィルタのカットオフ周波数以上の周波数成分を幅広く除去できるが,位置誤差信号に必要な信号帯域とサーボ情報の読みだし周波数のノイズが接近した場合,十分なノイズの低減が図れない。しかし,本発明によるディスク記憶装置の復調回路は,サーボ情報の読みだし周波数のノイズをノッチフィルタにより除去できるため,位置誤差信号に必要な信号帯域を維持したまま,復調回路ノイズを除去できる。」(段落【0006】),B「ノッチフィルタ11a,11bの周波数特性を図6に示す。ノッチフィルタ11a,11bは復調周波数ノイズを低減する目的で挿入されている。実際の差信号には,復調周波数fd(Hz)の他に,その高調波成分n・f d(Hz)(n=2,3,・・・)を含むため,ノッチフィルタを複数段接続して,n・fd(Hz)(n=1,2,・・・)を除去する図7に示すような周波数特性を持ったノッチフィルタを挿入して,復調ノイズを,さらに,低減することも可能である。」(段落【0015】)との記載がある。 (イ) 次に,特開昭61-39621号公報(乙8)には,パルス幅変調型パワーアンプの復調フィルタに関し,@「〔問題点を解決するための手段〕 本発明は,入力アナログ信号でキャリアをパルス幅変調してその被変調パルス信号を電力増幅した後,ローパスフィルタで復調するパルス幅変調型パワーアンプの復調フィルタにおいて,キャリア成分を除去する帯域除去フィルタを該ローパスフィルタの前段に接続してなることを特徴とするものである。」(2頁左下欄11〜18行),A「第3図は更に効率を改善するために帯域除去フィルタを多段に接続した本発明の他の実施例である。(1)式で示したようにパルス列f(t)は基本波成分sintの他に,3次高調波sin3t,5次高調波sin5t,・・・・・・を含む。従って,高効率化のためには高調波成分の除去も必要である。」(3頁右上欄2〜7行),B「第3図はこれを実現した実施例で,BFF1 は基本波成分fs に対する帯域除去フィルタ,BFF2 は3次高調波3fs に対する帯域通過フィルタ,BFF3 は5次高調波5fs に対する帯域除去フィルタである。」(3頁右上欄下から1行〜左下欄4行)との記載がある。 (ウ) さらに,特開昭63-19521号公報(乙9)には,重量検出器の出力信号に含まれるノイズ成分をフィルタ等で減衰させるようにした重量計測装置の信号処理回路に関し,@「(発明が解決しようとする問題点) このような重量検出系の固有振動数は,載荷物品重量に応じて大きく変動するので,複数段のローパスフィルタを接続したフィルタ回路により振動ノイズを減衰除去する場合には,フィルタ回路のカットオフ周波数を,安全率を見込んでかなり低く設定しなければならず,応答が遅くなり,計量速度が低下するという問題があった。」(2頁左上欄9〜16行),A「(作用) 本発明は,重量計測回路に用いられるフィルタ回路を,カットオフ周波数の異なる複数段の縦続接続されたノッチフィルタにより,広い帯域で重量検出系の固有振動に起因するノイズを除去し,また,ノッチフィルタと縦続接続されたローパスフィルタにより床振動に起因するノイズを除去するので,ローパスフィルタの接続段数を増加することなく,重量計測装置を高速かつ有効に動作させることができる。」(2頁右上欄10〜19行)との記載がある。 イ 前記認定事実によれば,甲6,7が周知例として適切であるかどうかを判断するまでもなく,アナログ信号処理回路において,ローパスフィルタで除去するようにしていた複数の高周波ノイズを複数段の帯域除去フィルタやノッチフィルタを用いて除去することは,本件出願当時,周知であったものと認めることができる。 加えて,音声記録再生装置,音声信号伝送装置において既知の,又は周波数特性を分析して得られた除去すべき周波数成分のみを除くことが本件出願当時周知であったことに争いがないことを合わせ考慮すると,「音声記録再生装置,音声信号伝送装置において,信号を周波数分析して除去する周波数範囲を特定し,いくつかの帯域除去フィルタ(帯域減衰フィルタ)を組み合わせたフィルタにより,信号の周波数成分の特定領域を除去することは本出願前周知である」との審決の認定に誤りはないというべきである。 ウ これに対し原告は,乙7はディスクの記憶装置,乙8はパルス幅変調型パワーアンプの復調フィルタ,乙9は重量計測装置に関するものであって,いずれも本願発明1の技術分野であるデジタルオーディオ用の帯域制限アナログフィルタに関するものではないから,周知例としての適格性を欠く旨主張する。 しかし,乙7ないし9の各公報は,いずれもアナログ信号処理回路における高周波ノイズの除去に関するものであり,処理対象の信号の種類に異なるものが含まれるとしても,引用発明2とアナログ信号処理回路という技術分野を共通とし,高周波ノイズの除去という共通の技術課題を解決しようというものであるから,周知例としての適格性を有するものと認められる。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 (4) 進歩性の判断の誤りの有無 ア 原告は,本願発明1が,従来は看過されていたローパスフィルタが位相特性の改善に支障を生じ得るとの課題とともに,D/A変換した後の音声信号のスペクトルが標本化周波数の整数倍の付近に集中していることを独自に認識し,この認識に基づいて必要なスペクトルであるfs /2以下の音声信号とfs /2以上の高調波成分とを分離するために,従来用いられていたローパスフィルタに代えて,複数の帯域除去フィルタを構成し,デジタルオーディオシステムにおいて用いられるデジタル信号をアナログ信号に変換する際に位相特性の良いアナログフィルタを提供するという本願発明1の課題の斬新性を,審決は看過している旨主張する。 (ア) 特開昭60-169213号公報(乙1)には,「ディジタルオーディオ機器では,一般にリニアフェイズ特性(群遅延平坦特性)が要求されるが,従来のローパスフィルタにあっては,その群遅延特性は第2図の線Aで示すように,可聴周波数範囲(20Hz〜15kHz)内においても平坦ではない。そのために従来のオーディオ機器では位相歪が生じていた。このような位相歪をなくすためには,ローパスフィルタの群遅延特性を少なくとも可聴周波数範囲内では平坦にしなければならないが,急峻な減衰特性と大きな減衰量が要求されるローパスフィルタでは,それ自体で平坦にすることは困難であった。」(2頁右上欄5〜16行),「(発明の目的) それゆえに,この発明の目的は,ローパスフィルタの群遅延特性を補償し得る群遅延特性を有するオールパスフィルタを用いて,群遅延特性を全体として平坦にすることである。」(2頁右上欄17行〜左下欄1行)との記載がある。 次に,特開平5-276035号公報(乙2)には,「従来技術に於いて,ローパスフィルタに入力されるアナログ信号の高周波成分は多く,ローパスフィルタによる高周波成分カットは必要不可欠である。現在,オーバーサンプリング等の技術が導入され,ローパスフィルタの高周波成分カットの負担を軽減することが実施されているが,ローパスフィルタによる聴感上の品質低下,即ち,位相特性の劣化による歪,遅延時間の増大は防ぎようもない」(段落【0003】),「【発明が解決しようとする課題】本発明は,デジタル信号からアナログ信号に変換する最初の段階で,高周波成分を除去し後段ローパスフィルタの負担を極度に低減もしくは省略することを可能にし,聴感上の品質を大幅に向上させることにある。」(段落【0004】)との記載がある。 これらの記載によれば,本件出願当時,「デジタルオーディオシステムにおいて,D/A変換器の出力から高周波成分を除去するためにローパスフィルタを用いると可聴周波数範囲内の信号に位相歪みを生じる」ことは周知であり,この位相歪みをなくすという課題も周知であったことが認められる。 また,前記((2)イ)認定のとおり,引用例2には,標本化周波数(サンプリング周波数)をfs としたときに,遮断周波数fcがfs に相当する帯域減衰フィルタ回路でサンプリング周波数の上下側波帯成分を制限するという相違点2に係る本願発明1の基本的な構成が記載されていることに照らすと,仮に原告が主張するように本願発明1が「D/A変換した後の音声信号のスペクトルが標本化周波数の整数倍の付近に集中していることを独自に認識し」たとしても,審決の判断の誤りに結びつくものではないというべきである。 したがって,審決が本願発明1の課題の斬新性を看過した旨の原告の主張は理由がない。 (イ) これに対し原告は,乙1,2記載の位相歪みの改善とは,乙1の第2図に示されるように,たかだか15kHz以下の特性を改善するものであり,本願発明1が改善の対象とする位相歪みとは大きく異なる旨主張する。 確かに,乙1には「第2図の線Aで示すような群遅延特性のローパスフィルタに接続することによって,出力端子OUT(第3図)における全体の群遅延特性を第2図の線Bで示すように改善することができる。すなわち,全体の群遅延特性は,可聴周波数範囲(20Hz〜15kHz)内では略フラットなものとなり,従って従来のローパスフィルタ単独では改善できなかった位相歪が有効に除去ないし改善されるのである。」(3頁右下欄10〜18行)との記載があること及び乙1の第2図等によれば,乙1には,20Hz〜15kHzの帯域で群遅延特性を略フラットとなし得ることが示されているものと認められる。 しかし,他方で,乙1に「このような位相歪をなくすためには,ローパスフィルタの群遅延特性を少なくとも可聴周波数範囲内では平坦にしなければならない」と記載されているように(前記(ア)),位相歪の改善という課題は15kHz以下の周波数帯域に限られるものではいことの示唆があり,しかも,乙1の第2図においても,15kHz〜20kHzの帯域で群遅延特性が平坦でないこと,すなわち位相歪が生じることが示されている。 また,乙2で改善される位相歪みが15kHz以下の特性を改善するものであることについては,これを認めるに足りる証拠はない。 したがって,乙1,2記載の位相歪みの改善は本願発明1が改善の対象とする位相歪みとは大きく異なるとの原告の主張は採用することができない。 イ 原告は,審決は,D/A変換した出力の周波数特性のうち,標本化周波数の整数倍をキャリアとする上下の側波帯成分を減衰フィルタで除くことができ,位相シフトの大幅な変動がなく,音声や音楽を再生するための抽出度を大幅に改善することができるという本願発明1の格別の作用効果を看過している旨主張する。 しかし,上記標本化周波数の整数倍をキャリアとする上下の側波帯成分を減衰フィルタで除くことにより,位相シフトの大幅な変動がなく,音声や音楽を再生するための抽出度を大幅に改善することができるという作用効果は,引用発明1,2及び前記(3)イ認定の周知事項(周知技術)から,当業者が当然予測し得るものと認められる。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 ウ さらに,原告は,引用例2は,一つのサンプリング周波数除去フィルタとローパスフィルタとを示したものであって,引用例2から,複数の帯域除去フィルタを用いて集中した部分の高調波成分を除去するという相違点2に係る本願発明1の構成に想到することはあり得ない旨主張する。 しかしながら,前記認定のとおり,引用例1の第3図には,サンプリング周波数(標本化周波数)の整数倍の周波数(fs ,2fs )を基準としてその上下に不要高調波成分の側波帯(b1,b2)が広がっていることが図示されていること(前記(1)),引用例2には,デジタルオーディオ用帯域制限アナログフィルタにおいて,標本化周波数(サンプリング周波数)をfs としたときに,遮断周波数fcがfs に相当する帯域減衰フィルタ回路でサンプリング周波数の上下側波帯成分を制限するという相違点2に係る本願発明1の基本的な構成が記載されていること(前記(2)イ),本件出願当時,アナログ信号処理回路において,複数の高周波ノイズ成分を除去するための複数段の帯域除去フィルタを用いることが周知技術であったこと(前記(3)イ)によれば,引用発明1に引用発明2を適用する際に,上記周知技術を考慮して相違点2に係る本願発明1の構成をすることは当業者が容易になし得たものと認められる。 (5) したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。 4 取消事由3(手続違背)について (1) 原告は,審決は拒絶理由に全く示されていなかった甲6,7を実質的には本願発明1の進歩性判断の基礎となる公知資料として使用し,原告に甲6,7に対する反論の機会を与えなかったから,審判における適正な手続保障を欠いた違法がある旨主張する。 しかし,当業者が周知事項として熟知している技術については,拒絶理由通知として改めて通知する必要はないこと,被告は,審決が甲6,7を周知例として例示した趣旨は,原告も認める「既知の,又は周波数特性を分析して得られた除去すべき周波数成分のみを除くこと」が周知であることを示すためであると主張していること(第3の3(2)ウ)に照らすと,原告の上記主張は採用することができない。 (2) 次に,原告は,審決が,本願発明1における「帯域減衰フィルタは,その遮断周波数しか限定されておらず,その選択度,位相等の特性を特定しているものではないから,ローパスフィルタを高調波の主たる除去手段として用いるものに対して一概に位相特性を大幅に改善することができる顕著な効果とは認められず,上記主張は採用できない。」(5頁15〜19行)と判断しているが,これは拒絶理由通知や拒絶査定においては全く示されていなかった拒絶理由であるなどと主張する。 しかし,審決に「なお,請求人は審判請求書において,本発明は,サンプリング周波数の整数倍の上下に広がる側波帯成分が,最も広いと考えられるオーケストラであってもサンプリング周波数の整数倍の上下の比較的狭い範囲に集中して存在していることに着目することにより,サンプリング周波数の整数倍の帯域を制限する帯域制限フィルタを設けることによって高調波成分を除去することができるようにようになったもので,これによりローパスフィルタを高調波の主たる除去手段として用いることが不要となり,位相特性を大幅に改善することができるという顕著な効果が得られると主張している。」(5頁2〜9行)との記載があることに照らすと,審決の上記説示(5頁15〜19行)は,原告(請求人)の審判請求書における主張に対す判断を示したものであって,新たな拒絶理由に該当するものでないことは明らかであるから,原告の上記主張は採用することができない。 (3) したがって,原告主張の取消事由3も理由がない。 5 結論 以上によれば,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 中野哲弘 |
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裁判官 | 大鷹一郎 |
裁判官 | 長谷川浩二 |