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関連審決 無効2000-35526
関連ワード 物の発明 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術的範囲 /  先行技術 /  警告 /  クレーム /  抵触 /  権利の濫用(権利濫用) /  出願経過 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  過失推定(過失の推定) /  損害額 /  逸失利益 /  販売数量(販売数) /  相当因果関係 /  不法行為(民法709条) /  疎明 /  設定登録 /  変更 /  審決確定(審決が確定) / 
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事件 平成 13年 (ワ) 22452号 損害賠償請求事件
原告 システムズデザイン株式会社
原告 株式会社明電光
原告ら訴訟代理人弁護士 伊藤真
原告ら補佐人弁理士 梅田明彦
被告 株式会社山之内製作所
訴訟代理人弁護士 寺内從道
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/12/17
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,原告システムズデザイン株式会社に対し,550万円及びこれに対する平成13年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告株式会社明電光に対し,550万円及びこれに対する平成13年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,被告の負担とする。
4 この判決のうち第1,2項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
原告らの請求
主文1,2項と同旨
事案の概要
被告は,氷成形装置に関する特許権を有していたところ,当該特許権に基づき,原告らが製造販売する氷成形装置は被告の特許権を侵害する旨を原告らの取引先に告知したほか,上記装置の生産譲渡の差止めの仮処分決定を得た。しかし,後になって上記特許権は無効であることが確定した。
本件は,上記の事実関係を前提として,被告が無効な特許権に基づいて上記の告知をしたほか仮処分決定を得たことは違法であると主張して,原告らが被告に対し不法行為を理由に損害賠償を求めたものである。
これに対して,被告は,被告には過失がなかったこと,原告らには損害が発生しておらず,仮に損害が発生しているとしても被告の行為との間の相当因果関係を欠くことなどを主張して,原告らの請求を争っている。
1 当事者間に争いのない事実 (1) 原告ら 原告システムズデザイン株式会社(以下「原告システムズデザイン」という。)は,氷成形装置「SSA-4C」(以下「本件装置」という。)を設計開発し,製造していた会社であり,原告株式会社明電光(以下「原告明電光」という。)は,本件装置を原告システムズデザインから購入し,全国に販売していた会社である。
(2) 被告 被告は,本件装置とは別の氷成形装置を製造販売している会社である。
(3) 被告の特許権と無効審決の確定 被告は,下記の特許権を有していた(以下「本件特許権」という。)。
発明の名称 氷成形装置 特許番号 第2540790号 出願日 平成5年1月22日 登録日 平成8年7月25日 原告らは,上記特許権の請求項1に係る発明についての特許(以下「本件特許」といい,この発明を「本件発明」という。)について無効審判を請求したところ(無効2000-35526号事件),特許庁は,平成13年4月24日本件特許を無効とする旨の審決をした(以下「本件審決」という。)。本件審決に対し,被告は審決取消訴訟を提起したが(東京高等裁判所平成13年(行ケ)第274号事件),同年12月5日の第3回弁論準備手続期日において訴えを取り下げたため,本件審決は確定した。
(4) 被告の行為 ア 被告は,平成7年4月4日,本件装置を購入し販売していた東京サンコー株式会社に対して,本件装置は出願中の被告の発明(本件発明と同一内容)の技術的範囲に属する旨の警告書を送付した。
イ 被告は,平成10年1月28日,原告らに対し,本件装置を製造販売する行為は本件特許権を侵害する旨,本件装置の製造販売の中止を求める旨の警告書を送付した。
被告は,前同日,本件装置を購入し使用していた本田商会株式会社(以下「本田商会」という。)に対して,本件装置の使用の中止を求める旨の警告書を送付した。
ウ 被告は,平成10年7月3日,東京地方裁判所に,原告システムズデザインに対して本件装置の生産の差止め,原告明電光に対して本件装置の譲渡の差止めをそれぞれ求める仮処分を申し立てたところ(当庁平成10年(ヨ)第22072号),同裁判所は,同11年6月29日,被告の申立てを認め,原告システムズデザインに対して本件装置の生産の差止め,原告明電光に対して本件装置の譲渡の差止めをそれぞれ命ずる決定をした(以下,この決定を「本件仮処分決定」という。)。
エ 被告は,平成12年3月末ころ,新聞紙上に「謹告」と題する広告を掲載した(ただし,掲載紙名は不明である。)。この広告には,被告が本件仮処分決定を得たことに続けて「株式会社明電光から氷器成型装置を購入し,氷器を製造販売している方々も本特許権を侵害していることになりますので,これらの方々には弊社まで申し出ていただき適正な実施契約を締結させていただき,訴訟によらず円満解決したいと存じておりますので,申し出方謹んでよろしくお願い申し上げます。」と記載されている(以下「本件広告」という。)。
オ 被告は,平成12年3月31日,本件装置を購入し使用していた石川県七尾市所在の株式会社加賀屋(以下「加賀屋」という。)に対して,本件装置の使用の中止を求める旨の警告書を送付した。
2 争点及びこれに関する当事者の主張 (1) 本件特許権に基づき警告書を送付し,仮処分決定を得た被告の行為は不法行為を構成するか。特に,無効な特許権に基づき権利行使をした点において過失が認められるか(争点1) (原告らの主張) ア 被告の行為の違法性 原告らは,本件仮処分決定により,本件装置の製造販売を行うことができなくなった。そこで,やむを得ず,原告システムズデザインは新たな氷成形装置である「SA-240D」を開発し,原告明電光はこの新型の氷成形装置を販売している。
しかし,もともと本件発明は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項により特許を受けることができず,同法123条1項2号により,無効とされるべきものであった。
したがって,被告が本件仮処分を申し立てて本件装置の生産及び譲渡を差し止めた行為は,原告らの正当な営業活動を不当に禁止したものであり,原告らに対する不法行為を構成する。
イ 被告の過失 (ア)無過失責任を負うべきこと 被告は,本案訴訟において判決を得る前にあえて仮処分決定を求め,商品の生産譲渡の禁止という原告らの経営にとって重大な影響を及ぼしたのであるから,損害の公平な分担という見地からしても無過失の賠償責任を負うと解すべきである。
(イ)被告の過失を基礎づける事実 特許法によると,審査官は,特許出願について拒絶の理由を発見しないときは,特許をすべき旨の査定をしなければならないとされているが(同法51条),審査官が拒絶の理由を発見できず特許査定をすることは当然あり得るのであり,事後的に特許権の付与の是非を見直すことができるように特許の無効の審判の制度が設けられている(同法123条)。そして,実際にも多くの特許が審判により無効とされていることは,裁判所に顕著な事実である。
それゆえ,特許権者が取得した特許権を行使する際には,改めてその有効性を自ら精査し,違法な権利行使を行わないように十分な注意を払うべきである。仮に,仮処分決定後に特許権者が知り得ないような先行技術が掲載された学術文献などが発見され,その存在によって当該特許が無効となったのであれば格別,本件では,本件発明は特許公報に記載された先行技術に基づいて無効とすべきものと判断されたにすぎないから,被告が無効原因を知り得たことは明らかである。特許庁から特許権を付与されたことをもって,被告の無過失を基礎付けることはできない。
(被告の主張) ア 被告の行為は不法行為に当たらないこと等 一般に,特許権者は,業として特許発明実施をする権利を専有するところ,「実施」とは「物の発明にあつては,その物の生産,使用,譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」をいうから(特許法2条3項1号),被告がその承諾なしに本件装置を生産,販売,使用している者に対して警告書を発することは当然の権利である。
本件において,原告明電光は,被告による氷成形装置の販売代理店の募集に応募し特許出願中の装置の構造を知った上,自らそれを製造販売し,しかも原告らは実用新案登録出願を行っていないにもかかわらず,その商品のパンフレットにその旨を記載して需要者を惑わせる商売を行ったため,被告は原告らの不正競争の意思及び不正競争行為の存在を認めて警告書を発したのであり,この警告書の送付に違法性は認められない。
原告らは,本件発明に抵触する装置は製造等していないと回答しながらも,本件仮処分決定が発令された後もこれを無視して本件装置の生産,譲渡を続けていたため,被告は義憤を感じて本件広告を掲載したものであり,被告の行為に違法性はない。
原告らは,本件特許権に無効理由があると確信していたのであれば,本件仮処分決定が発令された後,直ちに保全異議の申立てをして無効審判を請求し,原告らの生産販売行為は違法でないと反論すべきであった。原告らはそれをしなかったのであるから,損害発生につき過失があるというべきであって,原告らの被告に対する損害賠償請求は権利の濫用に当たり許されない。
イ 被告に過失のないこと (ア)被保全権利の性質 本件仮処分決定における被保全権利は,特許権に基づく差止請求権である。特許権は,国の機関である特許庁の審査官が民間人に比べ膨大な数の先行技術に関する文献を参照して審査した結果,進歩性を認めて査定するものであるから,特許権に基づく差止請求権を被保全権利として仮処分を求める場合に,特許権者が改めて当該特許権につき自己の責任と計算において先行技術に関する文献を収集し,進歩性の存在について再確認した上で仮処分の申立てをしなければならないという商慣習は全く存しない。したがって,特許権者が特許権に基づき実施行為の差止めの仮処分を申し立てる場合には過失は存しないというべきである。
なぜなら,実質審査主義の下で特許権を付与されながら,特許権者が権利行使をするには更に進歩性があることを独自に調査をした上で権利行使をしなければならないとするならば,とりわけプロパテントの時代である現在において,特許制度の存在意義が没却されてしまうからである。
(イ)本件における具体的な事情 本件審決は,本件発明が進歩性を欠くことを理由としているところ,特許庁の審査基準によれば,進歩性の判断は,本願発明の属する技術分野における出願時の技術水準を的確に把握した上で,当業者であればどのようにするかを常に考慮して,引用発明に基づいて当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけができるか否かにより行うこととされている。
進歩性の判断においては,どの範囲の引用発明を収集し,どの範囲の引用発明を組み合わせるかによっても結論が左右され,それらの引用発明から当該発明が論理づけられたものかどうかについても種々の観点,広範な観点から検討することが可能である。言い換えると客観的な判断基準は存在しないのであり,審査官の主観がかなりのウエイトを占めざるを得ないものである。それゆえ,特許出願人は,本願発明が進歩性なしとして拒絶されるか,進歩性ありとして特許査定を受けるかについて,通常の場合予測することは困難である。
本件特許の出願手続において,被告は,平成7年12月6日,進歩性を欠くという理由の拒絶理由(乙1)を通知されたが,被告がこの拒絶理由に対し意見書を提出すると同時に補正書を提出したところ,新たな拒絶理由の通知もなく,平成8年5月22日特許査定を受けた。
以上の出願経過によれば,被告は,本件特許出願について新たな拒絶理由の通知を受けることがなかったことから,進歩性に欠けるところはなく特許査定を受けるに至ったと信じたものである。特許庁の審査官が慎重に審査した結果として特許査定がされたことからすれば,一般人であれば上記のように信じることは当然であり,特に進歩性の概念が非記述的なものであることからすれば,そのように信じたことについて被告に過失はなかった。
(2) 原告らに生じた損害の額(争点2) (原告らの主張) ア 名誉及び信用の毀損 被告の申立てにより本件仮処分決定がされたこと,被告が新聞に本件広告を掲載し,その中で,本件仮処分決定がされた旨,原告らが本件仮処分決定を無視して氷成形装置の製造販売を続けている旨の宣伝がされたこと,さらに「株式会社明電光から氷器成型装置を購入し,氷器を製造販売している方々も本特許権を侵害していることになります」という文面により,原告らの取引先も特許権侵害で訴えられる旨の威嚇がされたことによって,原告らの名誉及び信用は著しく毀損された。
上記の被告の行為による原告らの損害は,原告ら各自について1000万円を下らない。
イ 得べかりし利益 本件装置の売行きは,その発売以来,順調であった。すなわち,平成7年には15台,平成8年には20台の販売実績をあげていた(いずれも代理店を通じて販売された数量を含む。)。しかし,被告による前記妨害行為により,販売活動に重大な支障を生じ,平成11年には3台,平成12年には4台,平成13年には4台しか販売することができなかった。平成14年以降も,販売について深刻な影響を受け続けることは明らかである。
そして,本件装置の1台当たりの価格は付属品も含めて400万円を下らず,本件装置1台当たりの販売による粗利は,原告らそれぞれにつき80万円を下らない。
これを前提に原告らの得べかりし利益の額を算定するに,前記平成7,8年の販売実績に照らすと,被告の前記妨害行為がなければ,平成11年から平成13年の間だけでも,毎年少なくとも15台の本件装置を販売できたことは確実である。したがって,3年間だけで少なくみても毎年10台の得べかりし利益の喪失が認められ,その損害額は原告らそれぞれにつき2400万円を下らない。
〔計算式〕80万円×10台×3年=2400万円 ウ 本件装置の設計変更等に伴う損害 原告システムズデザインは,本件仮処分決定により本件装置の生産譲渡ができなくなったことから,本件装置の構造を変更することを余儀なくされた。このため,原告システムズデザインでは,平成11年8月から同年10月にかけて,代表取締役社長のA及び従業員のBが設計・試作等の作業を行った。AとBが上記の作業に要した時間は,それぞれ延べ185時間を下らない。仮に外部の業者にこれらの改良作業を請け負わせた場合,その1時間当たりの人件費は,Aと同程度の能力を有する者については1万円を下らず,Bと同程度の能力を有する者については7000円を下らない。したがって,上記の改良作業に要した原告システムズデザインの費用は,合計で314万5000円を下らない。
〔計算式〕185時間×1万円 =185万円 185時間×7000円=129万5000円 185万円+129万5000円=314万5000円 エ 納品済みの本件装置の設計変更に伴う損害 原告システムズデザイン社長のAらは,既に本件装置が納品され稼働していた下記の4社に赴き,上記ウと同様の設計変更の作業を行った。
具体的には,Aと従業員1名がトラックに機材を積み込んで現地に出張して作業を行ったため,日当,交通費を必要としたが,これらのほか改造のための部品の製造費等も支出した。その内訳は少なく見積もっても下記のとおりである。
所在地 会社等名 日数 日当 交通費 部品製造費等 @ 石川県 加賀屋 1日 7万円 3.5万円 10万円 A 長崎県 本田商会 2日 14万円 6万円 10万円 B 富山県 トイデ食品 1日 7万円 2.5万円 10万円 C 新潟県 セブンフーズ 1日 7万円 2万円 10万円 したがって,原告システムズデザインが納品済みの本件装置の設計変更に要した費用は,上記を合計した89万円を下らない。
オ 取引先からの問い合わせヘの対応に伴う損害 原告明電光は,被告による警告書の送付や本件広告の結果として,前記エの@ないしC記載の4社を含め,本件装置を既に販売した需要者や営業先からの問い合わせに対する事情説明に忙殺された。
これに要した時間を正確に算定することは困難であるが,200時間を下るものではなく,これを金銭に換算すると200万円を下らない。
カ 弁護士費用相当額 原告らは,本件訴訟の提起・追行を原告ら代理人弁護士及び原告ら補佐人弁理士に委任した。代理人等の費用のうち,原告ら各自につき50万円については,被告の前記不法行為相当因果関係にある損害である。
損害額の主張のまとめ 上記によれば,上記アないしオを合計したものとして,原告システムデザインは3803万5000円,原告明電光は3600万円の損害を被ったところ,原告らはいずれもその内金500万円に弁護士費用相当額としての50万円を合計した550万円並びにこれに対する不法行為の後である平成13年11月1日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張) ア 名誉及び信用の毀損について 原告らの主張は否認し,争う。
イ 得べかりし利益について 原告らの主張は否認し,争う。
本件装置の売上げは,平成7年下半期及び平成8年において順調に伸びていたが,平成9年ころから減少するに至った。被告が最初に警告書を送付したのは平成7年4月と5月であり,次に警告書を送付したのは平成10年10月であるから,原告らの主張する売上げの減少と警告書の送付との間に相当因果関係は認められない。
特に,平成13年12月5日審決取消訴訟の取下げにより本件特許権の無効が確定した後は,原告らはこの事実を明らかにして本件装置を販売することができたのであるから,警告書の送付と売上げの減少との間に相当因果関係のないことは明らかである。
ウ 設計変更に伴う損害について 原告らの主張は否認し,争う。
仮に,原告らが本件装置の設計変更をして,諸経費を支出したとしても,これは自らが負担するべきである。原告らが,被告の権利行使は明らかに無効な特許権に基づくものであり,違法なものであると考えていたならば,本件仮処分決定に対して,直ちに保全異議の申立てをし,保全執行の停止を申し立てるべきであった。原告らがかかる防御方法をとらず,設計変更等をして余分な経費をかけたとしても,その損害は被告が本件仮処分決定を得たことと相当因果関係の範囲にあるとは認められず,原告らが被告に対してその賠償を求めることはできない。
エ その他の損害について 原告らの主張は否認し,争う。
当裁判所の判断
1 争点1(不法行為の成否)について (1) 違法な仮処分決定に基づく権利行使と不法行為責任 本件において,前記「被告の行為」欄(第2,1(4)参照)記載のとおり,被告が原告ら及びその取引先に対して警告書を送付したこと,本件仮処分決定を得たこと,新聞紙上に本件広告を掲載したことは当事者間に争いがない。このような状況の下において,後になって,被告が権利行使の根拠とした特許を無効とする審決が確定したものであるが(第2,1(3)参照),無効審決が確定したときには当該特許権は,さかのぼって初めから存在しなかったものとみなされるから(特許法125条参照),その結果,被告の上記各行為は,いずれも法律上の根拠を欠く違法な行為であったことになる。
そこで,被告の上記行為が不法行為を構成するかどうかに関して,被告に過失があったかどうかが問題となる。
一般に,保全処分は,疎明により,口頭弁論を経ないですることができ,保全命令は相手方の審尋を経ないで発せられることも少なくない。そのため,後にこれが保全異議又はその上訴において取り消されることがあり,さらには本案訴訟等によって被保全権利がないことが確定される場合が起こり得る。このような場合に,相手方がこれによって生じた損害を受忍しなければならない理由はないが,その損害が債権者の故意・過失によって生じたことを相手方において主張立証しなければならないとするならば,その損害賠償請求に困難をきたし,保全命令における立担保の制度(民事保全法4条2項,民事訴訟法77条)の趣旨が没却されることにもなりかねない。
このような点に照らせば,保全命令が,その被保全権利が存在しないために当初から不当であるとされた場合において,当該保全命令を得てこれを執行した債権者が被保全権利が存在すると信じた点について故意又は過失があったときは,債権者は民法709条により,債務者がその執行によって受けた損害を賠償する義務があるというべきであり,一般に,保全命令が保全異議又はその上訴において取り消され,あるいは本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され,その判決が確定した場合には,他に特段の事情のない限り,債権者において過失があったものと推定するのが相当である(最高裁昭和43年(オ)第260号同年12月24日第三小法廷判決・民集22巻13号3428頁参照)。
(2) 無効な特許権に基づく権利行使と債権者の過失 前記(1)において判示したところによれば,特許権に基づく差止請求権を被保全権利とする仮処分命令について,後に当該特許を無効とする旨の審決が確定した場合においても,他に特段の事情のない限り,債権者において過失があったものと推定するのが相当である。
そして,この場合に,過失の推定を覆すに足りる特段の事情の存否を判断するに当たっては,当該特許発明の内容,無効事由及びその根拠となった資料の内容等を総合考慮して検討するのが相当である。
(3) 本件における被告の過失 ア そこで,本件特許権を無効とした本件審決の内容についてみるに,証拠(甲3)によれば,本件審決は,次の理由により特許無効の結論を導いている。
(ア)本件発明と特開平2-151398号公報記載の発明(以下「本件主引用例」という。)とを対比すると,「雌型と,前記雌型に対向する雄型と,前記雌型の底部に形成された貫通孔と,前記貫通孔に設けられ昇降駆動装置により昇降自在に設けられた押出し体と,前記雌型の上方側部に排出口を臨んだ成形材料供給手段と,成形品の搬出装置とを具備し,前記成形材料供給手段は進退自在に設けられると共に,該成形材料供給手段の排出口が前記雌型の斜め上方に臨んで設けられる成形装置」の点で一致し,下記の相違点(1)ないし(3)で相違している。
(イ)@相違点(1) 本件発明では,成形材料供給手段がシュートであるのに対し,本件主引用例ではノズルである点 A相違点(2) 本件発明では,成形品の搬出装置が雌型の上方に設けられているのに対し,本件主引用例では,成形品の搬出装置が「押出し体(下ポンチ9)の上昇により雌型(型体3)から押し出された成形品を搬出する」ものではあるが,該成形品の搬出装置が雌型の上方に設けられているのか否か明確でない点 B相違点(3) 本件発明では,成形装置が氷成形装置であるのに対し,本件主引用例では粉体の成形装置である点 (ウ)上記相違点について検討するに,相違点(1)については,成形材料供給手段として「シュート」と「ノズル」はいずれも周知なものであり,特開昭59-205560号公報には「雌型と雄型とで氷片を圧縮,成形して氷成型品を製造する氷成形装置において,成形材料供給手段として氷片排出用の「シュート」を用いること」が記載されており,成形材料供給手段としてシュート(すなわち,氷片排出用シュート)を用いることは当業者が容易に想到し得ることである。 相違点(2)については,雌型と雄型とを用いて成形加工を行なうとともに押出し体により成形品を雌型内から突き上げ搬出するようにした成形装置において,搬出装置を雌型の上方(又は,上方側部)に設けることは従来周知であることから,本件主引用例において,成形品の搬出装置を雌型の上方に設ける程度のことは当業者が容易に想到し得ることである。
相違点(3)については,上記特開昭59-205560号公報及び特開昭51-55056号公報には「氷成形装置」の発明が記載されており,「氷成形装置」は本件特許の出願前公知のものであることからすれば,本件主引用例の「成形装置」を「氷成形装置」として用いることは当業者が容易に想到し得ることである。
そして,上記相違点を総合しても本件発明に格別の作用,効果があるものとも認められない。
(エ)以上のとおり,本件発明は,本件主引用例に加えて上記各引用例及び上記周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。
イ 上記アで認定した事実によれば,本件審決は進歩性を欠くという理由で本件特許を無効としていること,その判断の基礎となった先行技術はいずれも特許出願前に日本国内で頒布された刊行物である公開特許公報に記載された発明であること,上記ア(イ)記載の相違点はいずれも周知技術等から容易に想到し得る程度のものであることがそれぞれ認められる。
上記によれば,被告においては,本件特許の出願前に先行技術を調査することにより,本件主引用例を始めとする上記各引用例の存在を知り得たものであり,これらの先行技術の存在を知ったならば,そもそも本件発明が特許を受けられないものであると判断することができたはずであり,本件発明が特許査定されて設定登録された後においても,本件仮処分決定を得るまでの間に被告において先行技術を調査するなどしていれば,本件審決が認定したのと同様の無効事由の存在を認識することが可能であったというべきである。これらの点に照らせば,本件特許の出願の経過,すなわち,本件特許の出願に対して審査官がいったん進歩性を欠く旨の拒絶理由を通知したものの,被告がこれに対し意見書を提出すると同時に補正書を提出したところ,新たな拒絶理由の通知もなく,特許査定がされたという経過(乙1,2により認められる。)を考慮しても,被告に,過失の推定を覆すに足りる特段の事情が存在したと認めることはできない。
ウ 以上の認定判断によれば,被告には,本件仮処分決定を取得して原告らに対し権利行使をした点において,過失があったとものというべきである。
2 争点2(原告らの損害)について (1) 原告らの主張する損害の項目 被告が本件特許権に基づき原告ら及びその取引先に対して警告書を送付したこと,本件仮処分決定を得たこと及び新聞紙上に本件広告を掲載したことは違法であり,かつ上記仮処分の被保全権利である特許権に基づく差止請求権が存在すると信じたことについて被告に過失があったことは,前記1で認定判断したとおりである。そこで,原告らにその主張するような損害が発生したかどうかを検討する。
ア 名誉及び信用の毀損(原告ら) 前記「被告の行為」欄(第2,1(4)参照)記載の事実及び証拠(甲5,10,11)によれば,被告は原告らの複数の取引先に本件装置が本件発明の技術的範囲に属する旨の警告書を送付したこと,新聞紙上に本件広告を掲載したこと,前記警告書のうち,加賀屋に送付したものには「株式会社明電光は,その他見本市会場にて配布したチラシにも右氷成形装置について広告しており,全く法を順守する気はなく,その順法精神のなさには驚かされるのであり,」という記載のあること,本件広告には「新潟県所在の株式会社明電光は早くも平成7年にはこの特許製品を模造して氷器成型装置を販売したため,弊社は同社および同装置の製造元である群馬県所在のシステムデザイン株式会社に再三警告書を発し,円満解決に努めましたが,これが無視され続けたため」という記載のあることが認められる。
以上によれば,被告による上記事実の告知及び広告により,原告らの取引先及び一般の氷成形装置の需要者は,原告らは他人の特許権を尊重せず,特許権者の警告にもかかわらず特許権侵害を続ける悪質な業者であるという印象を抱いたものというべく,それにより原告らの企業としての信用は毀損されたものということができる。
この信用毀損によって生じた損害の額については,本件発明の属する技術分野,本件装置の内容及びその需要者の範囲,市場における原告らと被告との競合状況,被告の行為の態様等の諸般の事情を考慮すると,原告ら各自について100万円を下らないというべきである。
イ 得べかりし利益(原告ら) 証拠(甲18,21)によれば,原告明電光の年度別の本件装置の販売数量は,次のとおりであったことが認められる。
平成 7年 13台 平成 8年 16台 平成 9年 14台 平成10年 6台 平成11年 3台 平成12年 3台 平成13年 4台 これによると,本件装置の販売数は平成10年から減少傾向にあることが認められるが,証拠(甲10,21)によれば,被告が原告らに対して生産譲渡の差止めの仮処分の申立てをしたのは同年7月であること,同年の6台という販売数量はすべて仮処分申立前である同年1月から6月にかけてのものであることが認められるから,上記販売数量の減少は,被告による仮処分の申立て及び警告書の送付の影響によるものと認めることができる。
上記の平成7年から同10年までの販売実績に照らせば,被告の仮処分の申し立て及び警告書の送付行為がなければ,原告明電光は平成11年以降も毎年少なくとも10台の本件装置を販売することができたものと認めるのが相当である。そうすると,平成11年から同13年までの販売数の合計(10台)との差に当たる20台については,被告の前記行為がなければ原告らが上記期間内に製造し,販売することができたものと認めることができる。
そして,本件装置の原告明電光による1台当たりの販売価格は平均すると概ね400万円であるところ(甲19,21により認められる。),本件装置の内容等に照らせば,原告システムズデザイン及び原告明電光は本件装置の販売により,少なくとも1台当たり各40万円の利益を得ることができたと認められる。
したがって,本件装置を販売できなかったことによる逸失利益を計算すると,原告ら各自について800万円を下らない。
〔計算式〕20台×40万円=800万円 ウ 設計変更に伴う損害(原告システムズデザイン) 証拠(甲14,15,20)及び弁論の全趣旨によれば,原告システムズデザインでは,本件仮処分決定が発令されたことを受けて,平成11年8月から同年10月にかけて,代表取締役社長のA及び従業員のBが本件装置に代わる新型の氷成形装置(SA-240D)の設計・試作等の作業を行ったこと,Aらは,既に本件装置が納品され稼働していた取引先4社に赴き,同様の設計変更等の作業を行ったこと,この作業のために原告システムズデザインは交通費,部品の製造費等を支出したことが認められる。
原告システムズデザインによる上記設計変更は,本件仮処分決定の存在を理由としてされたというべきところ,前記のとおり本件特許は無効となったのであるから,結果的にみれば上記費用の支出は本来不必要なものであったのであり,同原告はこの金額を被告の行為と相当因果関係に立つものとして,その賠償を求めることができる(原告ら主張の損害のうち,原告システムズデザインの代表者及び従業員の作業を理由とするものは,現実に金銭を支出したものではなく,損害としては認められない。)。
そして,証拠(甲20)及び弁論の全趣旨によれば,原告システムズデザインの支出した交通費,部品製造費等は少なくとも30万円を下るものではないと認められる。
エ 取引先からの問い合わせへの対応に伴う損害(原告明電光) 弁論の全趣旨によれば,原告明電光は,本件広告をみた氷成形装置の取引業者ないし警告書の送付を受けた取引先から,事実関係の確認や今後の対応等に関する問い合わせを受け,その応対に相当程度の時間を要したものと認められる。
しかし,自己の販売する製品についての問い合わせやクレームについて対応することは企業として当然のことであり,そのために従業員を雇用しているのであるから,問い合わせの対応のために要した費用を不法行為相当因果関係のある損害と認めることはできない。
オ 弁護士費用(原告ら) 原告らが本訴の提起,追行を原告ら代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ,原告らの請求の内容,本件事案の性質,訴訟追行の難易度等を総合考慮すれば,原告ら各自につき,弁護士費用のうち50万円をもって被告の不法行為相当因果関係のある損害と認める。
(2) 被告の主張について 被告は,原告らが本件仮処分決定に対して保全異議を申し立てるなどして,反論していれば損害が発生することはなかったのであるから,原告らには損害の発生につき過失があり,被告に対する損害賠償請求は権利の濫用に当たる旨主張する。
しかし,保全異議の申立てをするか否かは債務者の意思にゆだねられているものであり,債務者において保全異議の申立て及びその上訴手続をしなかったからといって,違法な保全処分により生じた損害につき債権者がこれを賠償する義務に影響するものではない。被告の主張は理由がない。
(3) 損害額のまとめ 以上によれば,被告の行為により,原告システムズデザインは合計980万円(うち,弁護士費用相当額として50万円),原告明電光は合計950万円(うち,弁護士費用相当額として50万円)の損害を被ったと認めることができる。
3 結論 以上によれば,原告システムデザインにおいて前記損害(弁護士費用を除く)930万円のうち500万円及び弁護士費用相当額50万円の合計550万円及びこれに対する不法行為の後である平成13年11月1日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,原告明電光において前記損害(弁護士費用を除く)900万円のうち500万円及び弁護士費用相当額50万円の合計550万円及びこれに対する不法行為の後である平成13年11月1日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は,いずれも理由があるものとして認容すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 和久田道雄
裁判官 田中孝一
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