関連審決 | 審判1998-35167 |
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関連ワード | 公然実施(29条1項2号) / 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 慣用技術 / 実施 / 構成要件 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
12年
(行ケ)
127号
審決取消請求事件
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原告 翼システム株式会社 訴訟代理人弁護士 小岩井雅行 被告 ディーアイシージャパン株式会社 訴訟代理人弁護士 椙山敬士 同 堀井敬一 同 浦部明子 訴訟代理人弁理士 大場充 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/12/24 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が平成10年審判第35167号事件について平成12年3月13日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨。 2 被告 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「自動車登録業務総合処理装置」とする特許第2664124号(平成5年6月15日出願(以下「本件出願」という。)。平成9年6月20日登録。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。 原告は,平成10年4月16日,本件特許を無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,この請求を平成10年審判第35167号事件として審理し,その結果,平成12年3月13日に,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年4月5日にその謄本を原告に送達した。 2 審決の理由の要点 別紙審決書の写し記載のとおりである。要するに,@本件発明は,被告作成の「自整業総合システム新一等書記官」のカタログ(審判甲第5号証。本訴甲第4号証。以下「本件カタログ」という。),特開昭63-130360号公報(審判甲第3号証。本訴甲第5号証。以下「甲第5号証刊行物」という。)に記載された発明(以下「甲第5号証刊行物発明」という。)及び特開平2-309469号公報(審判甲第4号証。本訴甲第6号証。以下「甲第6号証刊行物」という。)に記載された発明(以下「甲第6号証刊行物発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると一応認められるものの,本件カタログを,本件出願日前に頒布された公知の文献であると認めることも,同カタログに記載された発明を,本件出願前に公然と実施されたものであるということもできないから,上記のように認められることを根拠に本件特許を無効にすることはできない,A本件発明は,甲第5号証刊行物発明及び甲第6号証刊行物発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない,したがって,審判体が行った無効通知の理由によっても,請求人(原告)が主張した無効理由によっても,本件特許を無効とすることができない,とするものである。 3 本件特許の特許請求の範囲 「自動車とその所有者および使用者とを特定する自動車情報を記憶する自動車情報記憶手段と, 所定の文字分のOCR用手書き文字フォントおよび活字体フォントの各フォントデータを独立して記憶するフォントデータ記憶手段と, 前記自動車の登録(新規・中間・抹消の登録申請)または車検(継続検査)に必要な複数の書類について,各書類の印字対象項目毎に前記いずれかのフォントデータを指示するフォント指示データと該印字対象項目の印字位置を指示する位置データとを記憶する書類情報記憶手段と, いずれかの前記書類が指定されると,前記フォント指示データにより指示されるフォントデータおよび前記位置データに基づいて,前記自動車情報を適宜該書類に印字する印字制御手段と を具備することを特徴とする自動車業務総合処理装置。」 |
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原告の主張の要点
審決の理由のうち,「1.手続きの経緯及び本件発明」,「2.当審の無効理由通知の概要」(2頁2行〜31行)は認める。「3.当審の無効理由の概要」のうち,「A.引用文献1のカタログから把握される発明」,「B.引用文献2記載の発明」,「C.引用文献3記載の発明」,「D.対比・判断」,「E.引用文献1のカタログに記載された「自整業総合システム一等書記官」の公然実施性及びカタログの公知性」(2頁32行ないし7頁下から6行)は認める。「F.カタログの公知性及びカタログ記載の商品の公然実施性の判断」,「G.まとめ」(7頁下から5行〜8頁下から3行)のうち,「上記カタログ(判決注・本件カタログ)が本件発明の出願日前に頒布された刊行物であるとすることはできない。」(8頁10行〜11行),「引用文献1(判決注・本件カタログ)に記載された商品が本件発明の出願日前に公然と実施されたものであるとすることはできない」(8頁25行〜26行),「当審の無効理由は理由がないものである。」(8頁34行〜35行)との点は争う。「4.審判請求人の主張するその他の無効理由の概要」(8頁下から2行〜9頁15行)は認める。「5.審判請求人の主張する無効理由の検討」中の9頁16行ないし29行のうち,「本件発明が甲第3号証(判決注・本訴甲第5号証刊行物)及び甲第4号証(判決注・本訴甲第6号証刊行物)記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできず,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとすることはできない」との点は争う。9頁30行ないし10頁13行は認める。「6.まとめ」(10頁14行〜17行)は争う。 審決は,本件カタログが本件出願前に頒布されたか否かについての認定を誤ったために,進歩性の判断を誤り(取消事由1),甲第5号証刊行物発明および甲第6号証刊行物発明に基づき進歩性が否定されるかの検討において判断を誤った(取消事由2)ものであり,これらの誤りは,それぞれ結論に影響することが明らかであるから,違法なものとして取消しを免れない。 1 取消事由1(本件カタログが本件出願前に頒布されたか否かについての認定の誤り) (1) 審決は,本件カタログには,「自動車の登録(新規・中間・抹消の申請登録)または車検(継続検査)に必要な複数の書類に,自動車とその所有者および使用者を特定する自動車情報をOCR用フォント又は活字体フォントで適宜印字する手段を有する自整業総合処理システム。」(審決書3頁28行〜31行)を内容とする発明が記載されていると認定し,「本件発明は,一応,引用文献1(判決注・本件カタログ)から把握される発明並びに引用文献2(判決注・甲第5号証刊行物)及び引用文献3(判決注・甲第6号証刊行物)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができるものである。」(審決書6頁26行〜28行)としたものの,本件カタログが本件出願前に頒布されたか否かについて,「引用文献1(判決注・本件カタログ)に係る「自整業総合システム新一等書記官」のカタログは,「このカタログは1991年1月現在のものです」という記載,及び「’91オートサービスショー 東京・晴海6/13(木)-6/16(日)」という記載からみて,一応1991年1月当時に販売を予定していたカタログ記載の商品の営業活動のために作成されたものと認めることができる。しかし,カタログが商品の営業活動のために使用されるものであるとしても,カタログが作成されたことだけをもってそのカタログが不特定人に対して頒布されたということはできないし,上記カタログが不特定人に対して頒布されたものであることを立証しようとして提出されたAの報告書は,カタログを受け取った時期を平成5年2月ころとしたうえで,ソフトシステム株式会社の営業担当者の名刺を添付するだけで,時期を特定するための根拠を示すものでないし,しかも私人による証明書であるから,この報告書をもって上記カタログが本件発明の出願日前に頒布された刊行物であるとすることはできない。」(審決書7頁下から3行〜8頁11行)と認定し,この認定を前提に,本件発明が,本件カタログ,甲第5号証刊行物及び甲第6号証刊行物に記載された各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとしても,そのことを根拠に本件特許を無効にすることはできない,と判断した。 しかし,本件カタログの頒布についての審決の上記認定は,誤りである。 本件カタログが,被告によって平成3年(1991年)に作成されたものであることは,当事者間に争いがない。一般に,カタログは,なるべく最新の商品情報を伝えなければならない性質のものであるから,本件カタログも,作成後間もなく頒布されたものと推認すべきである。本件カタログが本件出願日である平成5年6月15日より前に頒布されたことがなかったとすると,本件カタログは,作成後2年近くも使用されなかったということになる。このようなことは,カタログの上記性質に照らし,不自然である。 1993年(平成5年)6月15日付け日刊工業新聞(審判甲第12号証,本訴甲第8号証。)の「’93オートサービスショー出展のみどころ」と題する被告の展示製品紹介記事中には,「「新・一等書記官」はこれまでに約千セットの販売実績がある」との記載がある。同記事は,本件出願日と同一日の記事であるから,少なくとも,本件出願前において,「新・一等書記官」と称する製品が販売されており,同製品の販売について営業活動がなされていたこと,同製品の営業活動の一環として,本件カタログが頒布されていたことは,同記事から明らかである。 (2) 長野県松本市で自動車整備業を営む八島商工有限会社(以下「八島商工」という。)の代表者であるA(以下「A」という。)は,運輸省が昭和63年1月4日導入した,手書きでも申請できるOCR方式に対応する自動車整備業システムを導入するため,平成5年2月5日ころ,長野県自動車整備振興会松本支部2階教室で開催された,ソフトシステム株式会社主催の自動車整備業専用コンピューターシステム『新一等書記官』体験教室(甲第27号証参照)に参加し,その際,同社の営業担当社員であるB(甲第16号証参照)から,本件カタログの配布を受けた。八島商工は,その後,ソフトシステム株式会社から,上記自動車整備業専用コンピュータシステム「新一等書記官」について,手書きOCR機能付きのものと同機能が付いていないものの双方の見積書の提出を受け(甲第28,第29号証参照),平成5年3月に手書きOCR機能の付いていない方を購入した(甲第26号証,乙第8号証参照)。 このように,Aが本件カタログを入手した時期,すなわち,本件カタログが頒布された時期は,本件出願前である平成5年2月ごろである。 (3) 被告は,手書きOCR機能を有するコンピュータは,本件出願時には未完成であった,と主張する。しかし,本件で重要なのは,本件カタログの頒布時期であって,実際に,そこに記載された製品が存在したか否かではない。 被告は,漢字等のOCR用フォントを作成するのに時間がかかり,OCR手書き文字印字機能を備えた製品を初めて販売したのは,平成5年7月であったため,本件カタログを本件出願前に頒布しなかった,と主張する。 運輸省のOCR装置は,昭和63年1月4日から自動車の登録業務処理システムを従来のマークシート方式から手書きでも申請できるOCR方式へと移行することに伴い,同省が独自に開発したものである。印字されたOCRフォントが上記OCR装置で読み取れるかどうかは,上記OCR装置の規格に依存するため,実際に運輸省のOCR装置で読み取ってみなければ分からなかった。 ヘルムジャパン株式会社では,平成元年10月1日ころから,上記運輸省のOCR方式に対応することができる「HELM SUNPOWER」と称する製品を販売しており,被告は昭和62年8月ころから上記製品の開発に加わっており,その作業に当たり,OCRシートにOCRフォントを印字したものを陸運局に持っていき,そこでOCRフォントの読取りに誤りが出た場合には,そのOCRフォントを修正する作業をしていた。甲第23号証は,昭和63年12月3日に陸運局の登録センターのOCR装置が「称」の字を「祥」と読み違えたことを被告がヘルムジャパン株式会社に知らせたFAXであり,昭和63年12月当時には,漢字も含めてOCRフォントが被告において完成していたことを示すものである。それから4年強も経過した本件出願日である平成5年6月15日においてまだ本件カタログに記載された製品が未完成であった,とする被告の主張は不自然である。 被告は,上記読取りの誤りが出たことは,その当時被告が本件発明をすることが困難であったことを示すものであると主張する。しかし,上記によるOCRフォントの修正は,大部分のOCRフォントが出来ており,製品として出荷した後に,読取りの誤りが出た一部のOCRフォントを,単に運輸省のOCR装置へ適合させるための修正であって,手間の問題にすぎず,本件発明自体を困難にするようなものではない。 2 取消事由2(甲第5号証刊行物発明及び甲第6号証刊行物発明に基づく進歩性の判断の誤り) (1) 審決は,「甲第3号証(判決注・甲第5号証刊行物)及び甲第4号証(判決注・甲第6号証刊行物)には本件発明の構成要件である「自動車とその所有者および使用者とを特定する自動車情報を記憶する自動車情報記憶手段」及び「自動車の登録(新規・中間・抹消の登録申請)または車検(継続検査)に必要な複数の書類について,各書類の印字対象項目毎に前記いずれかのフォントデータを指示するフォント指示データと該印字対象項目の印字位置を指示する位置データとを記憶する書類情報記憶手段」が記載されておらず,本件発明はこの構成を備えることによって他の構成と協働して,自動車の登録業務を効率よく行うことができるという明細書記載の作用効果を奏する。したがって,本件発明が甲第3号証(判決注・甲第5号証刊行物)及び甲第4号証(判決注・甲第6号証刊行物)記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできず,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとすることはできない。」(審決書9頁17行〜29行)と認定判断した。しかし,この認定判断は誤りである。 (2) 「自動車とその所有者および使用者とを特定する自動車情報を記憶する自動車情報記憶手段」の構成について 甲第5号証刊行物及び甲第6号証刊行物に,本件発明の構成要件である「自動車とその所有者および使用者とを特定する自動車情報を記憶する自動車情報記憶手段」が記載されていないことは事実である。 しかし,甲第6号証刊行物発明は,一定の情報に関するデータベースを有しており(本件発明と同じく定式化された情報を記憶している。),そのデータを定型化された書式を必要とする書類に大量に印字するという意味において,本件発明の自動車業務装置と共通の構成を有する。本件発明との上記構成要件における相違点は,記憶されたデータのフォーマットにあるにすぎない。すなわち,本件発明のフィールド名は,自動車とその所有者および使用者とを特定する自動車情報から成るのに対し,甲第6号証刊行物発明のフィールド名は,住民の氏名や住所等住民情報からなる点において相違する。 自動車セミナー昭和63年1月号(甲第18号証)51頁の第1号様式には,自動車登録番号,型式,原動機の型式,使用者又は所有者の氏名又は名称,使用者又は所有者の住所等,すなわち,自動車とその所有者および使用者とを特定する自動車情報の欄が記載されている。1993年(平成5年)5月10日付け日刊自動車新聞(甲第19号証)1面の下部の広告は,自動車の登録業務に使われるコンピュータシステムに関する広告であって,広告左部記載のOCRシートには「使用者(又は所有者)の氏名」及び「使用者(又は所有者)の住所」の欄が設けられている。これらの記載からみて,本件出願時においては,既に,自動車の登録業務に使われるコンピュータシステムに「自動車とその所有者および使用者とを特定する自動車情報を記憶する自動車情報記憶手段」という構成は周知慣用な構成であったということができる。 したがって,本件出願時に甲第6号証刊行物に接した当業者にとって,上記構成は容易に推考できるものであった。 (3) 「自動車の登録(新規・中間・抹消の登録申請)または車検(継続検査)に必要な複数の書類について,各書類の印字対象項目毎に前記いずれかのフォントデータを指示するフォント指示データと該印字対象項目の印字位置を指示する位置データとを記憶する書類情報記憶手段」の構成について 甲第5号証刊行物には,上位計算機からOCRモード選択制御符号を受信することによりOCRモードに切り替わり,上位計算機から日本語モード選択制御符号を受信すると日本語モードに復帰することから「このように,本装置のOCRモードではOCR装置に認識可能な文字と通常の日本語文字を混存し印字することができる。」(甲第5号証3頁左上欄19行〜右上欄1行)との記載があり,さらに,「また,計算機システムで印字する伝票と,手書きで文字を記入する伝票が共用できるので運用費を低減できる。」(甲第5号証3頁左下欄3行〜5行)との記載がある。これらの記載から,同刊行物第1図の計算機に「各書類の印字対象項目毎に前記いずれかのフォントデータを指示するフォント指示データと該印字対象項目の印字位置を指示する位置データとを記憶する書類情報記憶手段」が存在することは明らかである。 甲第6号証刊行物には,「上記項目表示金銭の取扱い,証明書の発行および領収書の発行を設定手順に従ってプロセッサにより実施制御する制御手段と,この制御手段に設けられて,上記証明書のフォーマットを格納している第1のリードオンリメモリと,上記制御手段に設けられて,証明用の公印データを格納している第2のリードオンリメモリと,上記証明書のフォーマット,証明用の公印データおよび上記住民情報を読み出して印字出力する証明書プリンタとを備えた証明書自動発行装置。」(請求項1)との記載があり,さらに,「第10図は証明書自動発行装置の他の実施例を示すブロック接続図である。同図において,20Aは制御手段で,これには証明用のフォーマットを格納する1個のリードオンリメモリ21Cと,」(甲第6号証刊行物6頁右上欄19行〜左下欄2行)との記載がある。これらの記載から,甲第6号証刊行物には,あらかじめ定められたフォーマットを有する証明書等の発行に関して,右書類の印字対象項目ごとに該印字対象項目の印字位置を指示する位置データとを記憶する書類情報記憶手段が記載されている,ということができる。 自動車の登録(新規・中間・抹消の登録申請)又は車検(継続検査)に必要な複数の書類に関しては,自動車セミナー26巻12号(甲第12号証)に記載されているとおり,運輸省が書式を定めており,これを前提とすれば,「自動車の登録(新規・中間・抹消の登録申請)または車検(継続検査)に必要な複数の書類について,各書類の該印字対象項目の印字位置を指示する位置データとを記憶する書類情報記憶手段」の構成は,甲第6号証刊行物発明から容易に推考できたというべきである。 運輸省の自動車登録業務システムが,昭和63年1月4日から,従来のマークシート方式からOCR方式へ転換したことも周知である(甲第12,第19号証参照)。 以上のとおり,甲第5号証刊行物発明を自動車業務総合処理装置に適用することには何の困難もないと言うべきであるから,「自動車の登録(新規・中間・抹消の登録申請)または車検(継続検査)に必要な複数の書類について,各書類の印字対象項目毎に前記いずれかのフォントデータを指示するフォント指示データと該印字対象項目の印字位置を指示する位置データとを記憶する書類情報記憶手段」との構成は,甲第5号証刊行物発明及び甲第6号証刊行物発明から容易に推考できるものである。 |
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被告の反論の要点
1 取消事由1(本件カタログが本件出願前に頒布されたか否かについての認定の誤り)について (1) 被告が本件カタログを平成3年に作成したことは,認める。しかし,被告は,同年6月のオートサービスショーまでにOCR手書き文字印字機能の付いたシステムを完成させたい意向を持っていたものの,結局,完成することができなかった。被告が本件カタログに記載されたOCR手書き文字印字機能の実現に成功したのは,平成5年4月ころであった。現実に発表したのは同年6月17日から開催されたオートサービスショーにおいてである。発売は,同年7月であった。被告は,本件カタログを,平成5年のオートサービスショーで,新しいカタログがなくなってから補充的に使用したほかは,頒布していない。 (2) 原告は,Aが,本件出願前に,自動車整備業専用コンピューターシステム「新一等書記官」体験教室において本件カタログを受領したと主張する。しかし,原告が上記主張の根拠として提出するAの報告書は,変遷を極めており,信用することができない。 すなわち,Aは,平成9年11月4日付け報告書(甲第9号証)では,「B氏が,当該商品の商談で当社を訪れた際に,同氏より受領した」と述べ,平成13年3月22日付け報告書(甲第25号証)では,「長野県で機械工具及びコンピュータの展示会が開催されておりました。・・・上記展示会に出展していたディーアイシージャパン株式会社のブースに行き・・・カタログをもらってきました。」と述べ,平成13年6月9日付け報告書(甲第26号証)では,「『新一等書記官』体験教室に行き,・・・カタログ・・・をもらってきました。」と述べている。 Aは,この体験教室は,平成13年3月22日付け報告書(甲第25号証)に挙げられている展示会だと述べている。しかし,体験教室は,ソフトシステム株式会社が,一社で,機械工具など関係のない,(社)長野県自動車整備振興会松本支部2階教室を借りて催したものであり,展示会とはいえない程度の規模のものである。 このようなAの供述の変遷と,「Aさんは,この体験教室に絶対来ておられません。」との,Bの平成13年8月27日付け陳述書(乙第9号証)の記載とを併せ考えれば,Aがこの体験教室に出席し本件カタログを受け取ったとのAの供述を信用することはできない。他にも,本件カタログがこの体験教室で配布されたとの証拠はない。 2 取消事由2(甲第5号証刊行物発明及び甲第6号証刊行物発明に基づく進歩性の判断の誤り)について (1) 「自動車とその所有者および使用者とを特定する自動車情報を記憶する自動車情報記憶手段」の構成について ア 甲第6号証刊行物発明は,区役所等で従来人手で行っていた住民票等の発行に関わる一連の業務を自動化しようとするものであり,本件発明のように陸運局に備え付けられているOCR装置で読み取り得るOCR用手書き文字印字装置という非常に特化した目的を持つ発明とはおよそ課題を異にする。甲第6号証刊行物発明は,自動車登録業務との間に何ら関連性がない。 甲第6号証刊行物にいう住民票等のフォーマットは,証明用紙に印刷されていたような記載事項を区分けする枠組みにすぎず,特定の申請書用紙の特定の位置に文字が印字されるべき本件発明とはそのフォーマットの意義が全く異なる。 甲第6号証刊行物は,書式のフォーマットすなわち枠組み自体を自ら形成するものであるから,そこに埋められるべき文字自体及びその位置は相当程度自由に構成し得る。これに対し,本件発明では,特定の申請書用紙の特定の位置に,OCR装置が読み取り得るOCR用手書き文字を正確に文字枠内に印字する必要がある。 以上のことからすれば,甲第6号証刊行物発明から,「自動車とその所有者および使用者とを特定する自動車情報を記憶する自動車情報記憶手段」の構成を推考することはできない,というべきである。 イ 原告は,甲第18,第19号証を根拠に,自動車とその所有者及び使用者とを特定する自動車情報を記憶する自動車情報記憶手段という構成は周知慣用な構成である,と主張する。 しかし,甲第18号証には「(1)(手書・個人用)」(51頁)との記載があり,この記載は,当該申請書を手書きで作成することが前提であることを表明するものであって,そこでは,コンピュータを利用することは全く考えられていないことが明らかである。甲第19号証下部の広告欄記載のOCRシートにおいては,「使用者」か「所有者」かのどちらか一方しか登録できない。 原告の主張は失当である。 (2) 「自動車の登録(新規・中間・抹消の登録申請)または車検(継続検査)に必要な複数の書類について,各書類の印字対象項目毎に前記いずれかのフォントデータを指示するフォント指示データと該印字対象項目の印字位置を指示する位置データとを記憶する書類情報記憶手段」の構成について 原告は,甲第5号証刊行物の「このように本装置のOCRモードではOCR装置に認識可能な文字と日本語文字とを混在し印字することができる」,「また,計算機システムで印字する伝票と,手書きで文字を記入する伝票が共用できるので運用費を低減できる」との記載を引用して,同刊行物には,書類情報記憶手段が存在するのは明らかである,と主張する。 しかし,上記記載から,甲第5号証刊行物発明には,フォント指示データ及び位置データからなる本件発明の「書類情報記憶手段」が存在する,と解することはできない。 甲第6号証刊行物発明は,住民票等の発行業務全体を実施することのできる一連の装置として構成されたものであって,本件発明のように自動車登録業務に特化した課題の下で,OCR用手書き文字フォントと書式情報,位置情報等を厳密に制御して構成するという発想からはおよそ程遠いものである。 原告は,甲第6号証刊行物発明から,「前記自動車の登録(新規・中間・抹消の登録申請)または車検(継続検査)に必要な複数の書類について,各書類の該印字対象項目の印字位置を指示する位置データとを記憶する書類情報記憶手段」(なお,この引用箇所には,「フォント指示データ」がない。)は,容易に推考できると主張する。しかし,自動車の登録又は車検に関する事項を甲第6号証刊行物発明に適用することを示唆する記載は,同刊行物を含め原告提出の証拠中には全く見当たらない。 本件発明のフォントデータは,日本語文字フォント又はOCR用手書き文字フォントであり,この「手書き文字」を,手書きではなくプリンターで印字しようという画期的な発想があって,初めて本件発明の上記構成に至ることができたものである。単に所定の位置に活字フォントを印字するにすぎないワードプロセッサについての慣用技術によっては,上記構成を容易に推考することが可能なものであるとすることはできない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本件カタログが本件出願前に頒布されたか否かについての認定の誤り)について (1) 原告は,本件カタログは,遅くとも本件出願日である平成5年6月15日より前の同年2月に頒布された,と主張する。これに対し,被告は,本件カタログが本件出願前に頒布されたことはない,と主張する。 (2) 本件カタログを受領したとする八島商工の代表者であるAの報告書には,次の趣旨の記載がある。 ア 平成9年11月4日付け報告書(甲第9号証) 「1.私は,「新一等書記官」と称するコンピュータシステムの商品カタログ(以下「本件カタログ」)を,平成5年2月ころ入手いたしました。これは,ディーアイシージャパン株式会社の販売代理店であるソフトシステム株式会社の営業担当者B氏が,当該商品の商談で当社を訪れた際に,同氏より受領したものです。別紙1に本件カタログの写しを添付いたします。 2.また,本件カタログと同時に,前記B氏の名刺を受領しました。その写しを別紙2に添付いたします。」 イ 平成13年3月22日付け報告書(甲第25号証) 「・・・私が経営する八島商工有限会社は,長野県松本市にて自動車整備業を営んでおります。平成5年2月頃だったと思いますが,長野県で機械工具及びコンピュータの展示会が開催されておりました。私は,運輸省が昭和63年1月4日から自動車の登録業務処理システムを従来のマークシート方式から漢字等を使用して手書きでも申請できるOCR方式から更改実施されたため,上記OCR方式に対応する自動車整備業システムを当社に導入しようと思い,上記展示会に行き,上記展示会に出展していたディーアイシージャパン株式会社のブースに行き本書面別紙1記載の「自整業総合システム新一等書記官」と称するカタログをもらってきました。私は,その後,カタログを検討し,上記カタログ(「自整業総合システム新一等書記官」)に掲載された製品が良さそうだったので,ソフトシステム株式会社に電話をし,営業マンに当社に来てもらいました。当社に来た営業マンは,本書面別紙2の名刺を私にくれたので,この名刺の写しを別紙2に添付致します。尚,平成5年3月ころ,上記製品を当社で購入しており,長野県で機械工具及びコンピュータの展示会が開催されたのがそれより一ヶ月くらい前だったので,上記展示会が開催されたのは平成5年2月頃だったことは間違いありません。また,裁判所に提出した「自整業総合システム新一等書記官」と称するカタログは,上記展示会でもらってきた私が保管していたカタログを,翼システム株式会社のCに渡したものです。」 ウ 平成13年4月16日付け報告書(乙第8号証) 「私は長野県松本市で自動車整備業を営む八島商工有限会社の代表取締役をしております。当社では平成5年3月にディーアイシージャパン株式会社製の自整業総合システムであるコンピュータを導入し,平成9年11月頃まで使っておりました。当社で導入した同システムは,導入当初から使用を止めるまで,手書きOCR文字を印字する機能が付いていないものでした。以上報告します。」 エ 平成13年6月9日付け報告書(甲第26号証) 「・・・3.カタログ取得の経緯に関して 平成5年1月頃だったと思いますが,本書面別紙1の「自動車整備業専用コンピュータシステム『新一等書記官』体験教室開催のお知らせ」との書面が送られてきました。以前に裁判所に提出致しました平成13年3月22日付けの私の報告書に記載されていた機械工具及びコンピュータの展示会とは上記書面記載の『新一等書記官』体験教室のことです。私は,上記『新一等書記官』体験教室に行き,本書面別紙2記載の「自整業総合システム新一等書記官」と称するカタログ(以下,これを「本件カタログ」という)をもらってきました。尚,裁判所に提出した本件カタログは,上記展示会でもらってきた私が保管していたカタログを,翼システム株式会社のCに渡したものです。 4.カタログ取得後の事情 私は,その後,本件カタログを検討し,本件カタログ記載の本件カタログに掲載された製品が良さそうだったので,ソフトシステム株式会社に電話をし,営業マンに当社に来てもらいました。当社に来た営業マンは,名刺を私にくれました。この名刺の写しは,本書面別紙3に添付致しました。尚,本件カタログに掲載された製品の平成5年2月17日付け見積書を2通システムソフト株式会社よりもらいましたので,本書面に別紙4及び別紙5として添付致します。上記見積書には,自動車整備工場専用システム「一等書記官 認証工場/標準型」と自動車整備工場専用システム「一等書記官 エコノミー型」とありますが,私は,自動車整備工場専用システム「一等書記官 エコノミー型」を購入しました。尚,自動車整備工場専用システム「一等書記官 認証工場/標準型」と自動車整備工場専用システム「一等書記官 エコノミー型」の内容については詳しく記憶しておりません。更に,平成5年3月ころ,上記製品を当社で購入しております。この購入した製品は,私名義の平成13年4月16日付け報告書に記載あるように,手書きOCR文字を印字する機能が付いていないものであったことは間違いありません。 但し,OCR文字を印字する機能が付いていないものを購入したのは,当社は認証工場であるため,陸運局に提出する申請書類の数が指定工場のそれよりも少なく,上記作成書類の作成枚数が数十枚程度であるため,結局OCRの機能までは不要と考えたからです。 (3) 被告が,その主張を根拠付けるものとして提出した陳述書には,次の記載がある。 ア B作成の平成12年10月4日付け陳述書(乙第2号証) 「・・・二 私は,ソフトシステムに平成元年一月ころ入社し,平成六年七月まで勤めていました。・・・四 ソフトシステムは,ディーアイシージャパン株式会社(以下「ディーアイシー」といいます。)の代理店をしていましたが,ディーアイシーのソフトである「ちからもち」や「一等書記官」の販売の仕事は主に私がしていました。私は自動車整備業者に,販売管理ソフトである「ちからもち」を一〇台程度販売しました。その後,「ちからもち」をMS-DOS版にした「一等書記官」というソフトウェアができましたが,これは平成五年前半までに二台ほど販売しています。・・・私の記憶では,平成五年六月のオートサービスショー以降,OCR手書文字印字機能によってきちんと申請書類発行ができる「新一等書記官」ができたはずです。というのは,この時期を境に,申請書類作成の機能がついたことをメインとしたセールストークで販売を行うようになったからです。五 八島商工有限会社(以下「八島商工」といいます。)には,平成五年の二,三月頃,「一等書記官」を販売したと思います。どのような経過で八島商工と取引ができたのか定かに覚えておりませんが,当時の私は,電話帳を見て自動車整備業者を調べ,いわゆる飛び込みで営業しておりました。八島商工から電話をいただいて私が行ったという記憶はありません。八島商工に納入した製品には,OCR手書文字印字機能はついていないものでした。実際のその製品を見ていただければ,そうであることが判ると思います。六 私は表紙が花模様で,「Ver.5.0」と記載されたカタログを見た記憶があります。しかしこのカタログを営業用に使ったことはないと思います。このカタログはまだ実現できていない機能(OCR手書文字印字機能)について記載されており,お客様がこの機能を希望されても,つけられる状態にはありませんでしたから,営業用には使えなかったのです。同機能がついた後は,大理石の表紙のカタログを営業用に大いに使ったと思います。」 イ Bの平成13年8月27日付け陳述書(乙第9号証) 「・・・2 甲第27号証の「『新一等書記官』体験教室開催のお知らせ」という書面について この体験教室は確かに開催しましたが,ここに記載されている日時であったかどうかは覚えておりません。また,この「お知らせ」は私が書いたものではなく,実際に記憶はありません。当時今ほどはパソコンが普及していませんでしたから,この体験教室は,特定の製品の紹介というよりはむしろ,パソコンの操作方法に慣れ親しんでもらうことに主眼を置いたものでした。この体験教室には,来場者が1人あったかどうかだったという記憶です。あまりにもお客様が来ないので,付近の電話ボックスに行き,電話帳を見て何軒かの自動車整備業者に電話をかけて,来てくれるように頼んだことを覚えています。また,この体験教室で,ディーアイシージャパン株式会社(以下「ディーアイシー」といいます。)の表紙が花模様で,「Ver.5.0」と記載されたパンフレットを配付したことはありません。 3 八島商工有限会社(以下「八島商工」といいます。)について 八島商工のAさんは,この体験教室に絶対に来ておられません。以前にも申し上げたとおり,私は当時いわゆる飛び込みで営業を行っていましたので,八島商工もそうであったと思います。私は,商談が成立するまでに,3回くらい八島商工のところに伺い,パソコンを持ち込んでデモをしました。もっとも当時,ディーアイシーの製品にOCR手書き文字印字機能はついていませんでしたので,当然その機能についてはデモをしておりません。 4 甲第28及び29号証の見積書について 私は八島商工に,これらの2つの見積書を提出しました。なぜ2つの見積書を出したかというと,ソフトシステムのD社長が説明したとおり,同社は平成3年ころ,ディーアイシーより,登録申請用ソフトの開発の手助けを求められたことがあったため,その関係で,平成5年2月当時,数か月のうちには,同社がOCR手書き文字印字機能のついた製品を完成させることが判っていたので,完成次第納入するということで,甲第28号証の見積書も用意していたからなのです。Aさんは,システムを気に入り導入したいとのことでしたので,甲第29号証の見積書記載の製品を販売いたしました。もちろん,OCR手書き文字印字機能のないものでした。・・・」 ウ D作成の平成12年9月20日付け陳述書(乙第1号証) 「一,私は,ソフトシステム株式会社を昭和五七年四月に設立して以来,社長をしております。二,当社は,平成三年ころ,株式会社ディーアイシージャパンのE社長から登録申請用ソフトの開発の手助けを求められ,その際,「新一等書記官ver.5.0」と題したパンフレットを参考として渡されたことがあります。当社はソフトの開発をメインとする会社ですが,ディーアイシージャパンからの開発依頼には結局,余り貢献できなかったと記憶しております。三,右パンフレットには,「新一等書記官」に平成三年ころ既にOCR手書き文字印字機能が備わっていたように見える記載がありますが,当時実現されてはいませんでした。四,当社は,ディーアイシーの製品の販売代理店になっておりまして,平成五年六月頃までに一等書記官のソフトは二本ほど販売しております。この中には平成五年二,三月ころの八島商工さんも含まれていますが,納入したソフトにOCR手書き文字印字機能は当然付いていませんでした。また,当社は代理店をしていましたが,前述のパンフレットは何分にもまだ完成していない機能まであるかのように書いてありましたから,私が知っている限りでこれを販売促進やプレゼンテーションのために外に出したことはなかったと思います。」 エ F作成の平成12年10月16日付け陳述書(乙第3号証) 「一,私は,平成三年一月にディーアイシージャパン株式会社に入社して以来,主に営業を担当してきました。・・・三,当社は,「ちからもち」という自動車整備業向けソフトをまず開発し,平成六年までに,システムとして百二十六台を出荷しました。これが当時のメイン商品でしたが,MS-DOSに対応し,より専門的な機能を盛り込んだシステムである「一等書記官」を,平成五年七月までに,九台販売しておりました。「一等書記官」は,受注毎にお客様のご要望に応じて,一台一台仕様を決めて出荷していたものですが,OCR手書文字印字機能を搭載した「新一等書記官」を販売したのは,平成五年七月以降でした。四,私は,平成三年の入社直後より,当社製品のパンフレットの作成に関与していたので,そのことについて述べます。当時,当社は,自社製品に関してパンフレットを持っておらず,営業活動に不便を感じておりました。また,平成三年六月のオートサービスショー出展のためにも使えると考え,パンフレットの作成に着手しました。作成にあたって,オートサービスショーまでにはまだ期間もありましたし,将来的にも使用可能となるように,当時実現している機能に加えて,開発予定の機能も先取りした内容といたしました。平成三年の春ころ,裁判で甲第四号証として提出されているパンフレットを完成しました。記録は残ってませんが二,三千部は印刷していると思います。・・・3,このパンフレットではOCR手書文字印字機能についての記載がありますが,平成三年当時は実現されておらず,右機能が実現し,初めて販売したのは,前述のとおり平成五年七月でした。・・・平成三年六月のオートサービスショーには,当社として「ちからもち」と「一等書記官」を出展しましたが,このパンフレットに記載している機能が実現しなかったため,同パンフレットの配布はせず,機能が実現するまでお蔵入りさせることにしました。五,OCR手書文字印字機能の実現は長く当社の目標であったのですが,予想以上に困難で平成五年の四月ころまで待たねばなりませんでした。この目途が立ってから,弁理士さんに平成五年六月一六日のオートサービスショーに「新一等書記官」として出展する前に特許出願することをお願いし,実際に前日の六月一五日に出願しました。そして展示会と同時に販売活動を開始することにしました。この時は,前述のパンフレットと違うものを,やはり私が中心になって作成し,二,三千部印刷したと思います。当時は従業員も十人となっており,OCR手書文字印字機能を持つシステムは,画期的な商品でもありましたから,当社もオートサービスショーへの出展を含め,大いに販売を拡大しようという気運にありました。同オートサービスショーでは,会期中に用意した新しいパンフレットを全て配布し尽くしました。この時には,先のお蔵入りいていたパンフレット(甲第四号証)も会場に予備として持ち込んでおり,新パンフレットが配布完了した後に,二,三百部は配布されたと思います。尚その中には,同業他社の担当者が持ち帰った物が相当数あることを記憶しております。ショーの終了後にはパンフレット(甲第四号証)が余り,処理をどうするか問題になりましたが,既に新しいパンフレットが完成しているので捨ててしまうことになり,会場内のゴミ箱に廃棄しました。六,以上の次第ですから,甲第四号証のパンフレットは作成したものの,配布されたのは平成五年六月のオートサービスショーの際の二,三百部があるだけです。あとは,ソフトの開発会社であり,当社の代理店でもあったソフトシステム株式会社に,開発依頼用として何部か渡っているくらいのものだと思います。なお,原告は平成五年二月に当社が長野県で開かれたショーに出展し,甲第四号証を配布したと言っているそうですが,当社にはショーへの出展自体の記録がありませんので何かの間違いだと思われます。・・・」 (4) 上記各報告書及び陳述書の記載並びに甲第4,第16,第17,第27ないし第29号証によれば,次の事実を認めることができる。 ア 被告は,昭和61年に設立された自動車整備業関係のソフト開発等を業とする株式会社である。 ソフトシステム株式会社(以下「ソフトシステム」という。)は,被告の代理店をしており,B(以下「B」という。)は,平成元年1月ころから平成6年ころまで,ソフトシステムの従業員であり,被告製品である自動車整備業関係のソフトの販売を担当していた。 イ ソフトシステムは,平成5年2月5日に「自動車整備業専用コンピュータシステム『新一等書記官』体験教室」を,社団法人長野県自動車整備振興会松本支部の2階教室で開催した。Bは,同教室に,開催者側の担当社員として参加した。 上記体験教室の開催に当たり,ソフトシステムは,「長野県自動車整備商工組合員殿」宛の「自動車整備業専用コンピュータシステム『新一等書記官』体験教室開催のお知らせ」と題する書面(甲第27号証)を作成した。同書面には,作成名義人として「ソフトシステム株式会社」名が担当名・B並びに住所及び電話番号と共に明記され,案内文中には,「認証工場様・指定工場様の立場に立ち,受付段階での各種帳票・OCRシート・完成検査の保安基準適合証の発行まで,必要な車輌法・自動車にかかわる諸税法・自賠責法・その他諸知識を整備した『新一等書記官』の体験教室を下記のとおり開催いたします」などと記載されている。 ウ Bは,平成5年2月に八島商工に行き,同社の代表者であるAとの間で,被告の商品である自動車整備業関係のシステムの販売交渉をし,同月17日付けで,八島商工宛てに,@OCR手書文字印字機能のある自動車整備工場専用システム「一等書記官 認証工場/標準型」・見積合計金額280万円の見積書(甲第28号証),AOCR手書文字印字機能のない自動車整備工場専用システム「一等書記官 エコノミー型」・見積合計金額190万円の見積書(甲第29号証)の2通のソフトシステム作成名義の見積書を作成,提出した。 八島商工は,同年3月に,OCR手書文字印字機能のない自動車整備工場専用システム「一等書記官 エコノミー型」を購入した。 エ 八島商工の代表者であるAは,現在,本件カタログ(甲第4号証),上記体験教室開催のお知らせ(甲第27号証)及び上記2通の見積書(甲第28,第29号証)を所持している。本件カタログの末尾には,販売店欄に,ゴム印により押捺されたものと認められる,ソフトシステム株式会社名並びに住所,電話番号,FAX番号の表示がある。 (5) 上記(4)で認定した事実に照らすと,Aが平成5年1月ころ,「自動車整備業専用コンピュータシステム『新一等書記官体験教室』開催のお知らせ」と題する書面(甲第27号証)の送付を受け,同年2月5日に体験教室に参加して,本件カタログを受け取ったこと,その後,検討の結果,ソフトシステムに電話連絡をして,担当社員であるBを会社に呼び,自動車整備工場専用システムの購入について交渉したこと,同月17日に,ソフトシステムからOCR手書文字印字機能が付いているものと付いていないもののそれぞれにつき見積書の提示を受けたこと,同年3月に,OCR手書文字印字機能が付いていないシステムを購入したことを内容とする,Aの平成13年6月9日付け報告書(甲第26号証)の記載は,極めて自然なものとして理解することができるから,他にこれを否定する特段の事情の認められない限り,本件カタログは,平成5年2月5日開催の前記体験教室において頒布されたと認めることができる。 被告は,本件カタログを入手した経緯についてのAの報告書での供述には変遷があるため信用性に乏しい,と主張する。前記(2)で認定したところによれば,この点についての,Aの供述が,Bが商談で八島商工を訪れた際に,Bから本件カタログを受領した(甲第9号証),平成5年2月ころに長野県で開催された機械工具及びコンピュータの展示会において,展示会に出展していた被告のブースに行き,本件カタログを受領した(甲第25号証),平成5年2月に開催された新一等書記官の体験教室に行って本件カタログを受領した(甲第26号証)と変遷していることは,被告の指摘するとおりである。しかしながら,平成5年2月にソフトシステムが新一等書記官という名称の自動車整備業専用コンピュータシステムについての体験教室を開催したこと,同教室開催後間もなくBが同システム販売のため八島商工を訪れ商談をしていることは,前記認定のとおりであり,このことに照らすと,Aが本件カタログを受領した時期をBとの商談の際と勘違いしたとしても,事柄の性質上,不自然とはいえない。また,上記体験教室には,説明対象であるコンピュータシステムが展示されていたことは,同教室の内容から当然のこととして推認することができるから,Aがこれを商品の展示会と誤って記憶していたとしても不自然とはいえない。Aの上記各供述が,上記体験教室及び商談のなされた平成5年2月から約4年ないし8年経過した時点でなされたものであることを考慮すると,上記の程度の記憶違いは十分にあり得ることということができる。平成13年6月9日付け報告書(甲第26号証)の内容は,体験教室開催通知(甲第27号証)や見積書(甲第28,第29号証)などの客観的な証拠に合わせて,記憶を修正したものとして理解することができる。上記の供述内容の変遷を根拠に,Aの上記供述の信用性を否定することはできないというべきである。 前記(3)で認定したBの陳述書の記載中には,本件カタログには,まだ実現できていないOCR手書文字印字機能について記載されており,客がこの機能を希望されても付けられる状態にはなかったので,営業用には使えなかった(乙第2号証)との供述がある。しかしながら,本件カタログの末尾の販売店欄には,ゴム印によるものと認められる,ソフトシステム株式会社名並びに住所,電話番号,FAX番号の表示が押捺されていることは前記のとおりであり,このことは本件カタログが営業活動のために用いられたことを推測させる有力な資料であるから,特にこれに反する事情の主張,立証がない限り,本件カタログは販売活動のために用いられたものと認めるのが相当である。これに反する事情として,Bは,上記のとおり,原告が本件カタログが頒布されたと主張する平成5年2月当時,OCR手書文字印字機能が実現できていなかった,との事実を挙げ,前記D作成の陳述書(乙第1号証)及びFの陳述書(乙第3号証)中にも同旨の記載がある。しかしながら,Bは,上記陳述書(乙第9号証)において,八島商工に対し,同機能の付いた製品についての見積書(甲第28号証)を提出していることにつき,被告製品にOCR手書文字印字機能が実現していなかったが,数か月のうちには被告が同機能のついた製品を完成させることが判っていたため,上記の見積りを提出した,とも供述しており,同供述は,OCR手書き文字印字機能が実現できていないから,同機能について記載した本件カタログを使用することができなかったとの前記供述と明らかに矛盾するものであるから,直ちには信用することができない。 また,前記Bの陳述書の記載中には,体験教室は,特定の製品の紹介というよりは,むしろ,パソコンの操作方法に慣れ親しんでもらうことに主眼を置いたものであり,同教室で本件カタログを配布したことはない(乙第9号証)との供述がある。しかしながら,前記認定に体験教室開催通知の記載内容に照らすと,上記体験教室は,自動車整備業専用コンピュータシステムである新一等書記官という特定の製品の紹介及び販売促進のために開催されたものであることは明らかであるというべきであり,このような趣旨の体験教室において,対象となる商品のカタログが用意されていないということ(体験教室開催の当時において,被告の自動車整備業専用コンピュータシステムについて,本件カタログ以外に商品カタログが作成されたていたことをうかがわせる資料はない。)は,通常,考えにくいことであるから,上記供述も,直ちには信用することができない。 前記F作成の陳述書(乙第3号証)中には,本件カタログを,ソフト開発依頼用に,ソフトシステムに何部か配布したほかは,配布せずに保管していたこと,本件出願後の平成5年6月16日に開催されたオートサービスショーで本件カタログを配布し,その際,同業他社の担当者が本件カタログを相当数持ち帰っていたこと,余った本件カタログを会場内のゴミ箱に廃棄したことを内容とする記載がある。しかしながら,前記のとおり平成5年3月に被告から製品を購入したAが,上記オートサービスショーに行って本件カタログの配布を受けたとは考え難い。上記陳述書の記載は,上記オートサービスショーで本件カタログの配布を受けた何者かが,Aに本件カタログを渡した可能性がある,との趣旨にも読める。しかしながら,被告が本件カタログを保管していたものを配布したというのであるならば,なぜ,Aが所持する本件カタログの販売店欄に販売店としてソフトシステムの名前が押捺されているのかについて,何ら合理的な説明がなされておらず,他に,本件出願後にAが本件カタログを何らかの方法で入手したことをうががわせるような資料は,本件全証拠を検討しても見いだすことができない。 このように,乙第1ないし3,第9号証の各陳述書の記載内容によっては,本件カタログが,平成5年2月5日開催の前記体験教室において頒布されたとの推認を覆すに足りず,他に,この認定を覆すに足りる証拠はない。 2 まとめ 以上述べたところによれば,本件カタログは,平成5年2月に前記体験教室において頒布されたものであると認めることができる。審決は,本件カタログが本件出願前に頒布されたものであるにもかかわらず,誤って,これを認めず,本件カタログを進歩性の判断の資料から排除したものであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。 取消事由1は理由がある。 |
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結論
以上のとおりであるから,原告のその余の主張について検討するまでもなく,原告の本訴請求は理由があることが明らかである。そこで,これを認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 阿部正幸 |