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関連審決 異議2003-73039
関連ワード 発明者 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  発明の詳細な説明 /  技術的特徴 /  特許出願日 /  参酌 /  技術的意義 /  発明の要旨認定 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  交換 /  構成要件 /  設定登録 /  発明の範囲 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10358号 特許取消決定取消請求事件
原告 栗田工業株式会社
訴訟代理人弁理士 柳原成
被告 特許庁長官中嶋誠
指定代理人 野田直人,板橋一隆,柳和子,鈴木毅,青木博文
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/10/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が異議2003-73039号事件について平成16年11月9日にした決定を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 全文訂正明細書(甲4)においては,本件発明の技術的背景等について,従来から,イオン交換樹脂を用いた純水製造装置などによる純水の製造においては,イオン交換樹脂に通水して脱塩する工程と,再生剤を通液して再生する工程とがあり,イオン交換樹脂は再生して繰返し使用されているものであるところ,本件発明は,アニオン交換樹脂を短時間に低コストで再生してイオン交換能力を回復することができ,しかもアニオン交換樹脂に吸着したシリカを短時間で効率よく脱着させることができ,これにより装置の小型化を図ることが可能であるとともに,再生樹脂からのシリカのリーク量が少ないアニオン交換樹脂の再生方法を提案することを課題としてなされた「アニオン交換樹脂の再生方法」,特に「純水製造装置に用いられているアニオン交換樹脂の再生方法」に関する発明である,と記載されている。
原告は,本件発明の特許権者であるところ,特許異議の申立てを受けた特許庁により本件特許を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めて本訴の提起に至ったものである。
2 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 特許権者:栗田工業株式会社(原告) 発明の名称:「アニオン交換樹脂の再生方法」 特許出願日:平成9年6月9日(特願平9-151297号) 設定登録日:平成15年4月11日 特許番号:第3417256号 (2) 本件手続 特許異議事件番号:異議2003-73039号 訂正請求日:平成16年7月30日(本件訂正。甲4) 異議の決定日:平成16年11月9日 決定の結論:「訂正を認める。特許第3417256号の請求項1に係る特許を取り消す。」 決定謄本送達日:平成16年11月29日(原告に対し) 3 本件発明の要旨(本件訂正後のもの。請求項は1つのみ。以下「本件訂正発明」という。) 【請求項1】カチオンおよびアニオン交換樹脂に通水して脱塩する純水製造装置に用いられているアニオン交換樹脂の再生方法において,前記アニオン交換樹脂を40〜60℃に加温した状態で1〜3.5重量%濃度の再生剤を,純水製造装置に用いられている全アニオン交換樹脂に対する空間速度(SV)15〜40hrー1の流速で通液し,アニオン交換樹脂と接触させ,全アニオン交換樹脂を再生することを特徴とするアニオン交換樹脂の再生方法。
4 決定の理由の要点 (1) 決定は,本件訂正を適法であると認めた。
(2) 決定は,刊行物1として,特開平6-15263号公報(異議審,本訴とも甲1。以下,刊行物1に記載された発明を「刊行物1発明」という。)を摘示した。
(3) 決定は,本件訂正発明と刊行物1発明との一致点を次のように認定した。
「両者は『カチオンおよびアニオン交換樹脂に通水して脱塩する純水製造装置に用いられているアニオン交換樹脂の再生方法』という点で一致」 (4) 決定は,本件訂正発明と刊行物1発明との相違点を次のように認定した。
「相違点:本件訂正発明では,アニオン交換樹脂を40〜60℃に加温した状態で1〜3.5重量%濃度の再生剤を,純水製造装置に用いられている全アニオン交換樹脂に対する空間速度(SV)15〜40hrー1の流速で通液し,アニオン交換樹脂と接触させ,全アニオン交換樹脂を再生するのに対し,刊行物1発明では,その点が不明である点」 (5) 決定は,相違点について,次のとおり判断した。
(a)(a-1)「刊行物1…には,『アニオン交換樹脂の再生において,アルカリ再生剤を従来より高速流で通薬することによって接触時間を短くすれば,従来の許容温度を越える温度で再生を行うことができる。特にアニオン交換樹脂がI型の場合再生温度を55〜65℃で実施することができる。』と記載されている。」 (a-2)「してみると,刊行物1には,I型のアニオン交換樹脂の再生において,アルカリ再生剤を55〜65℃で高速流で通薬することが記載されているといえる。この場合,アルカリ再生剤を55〜65℃で通薬することにより,アニオン交換樹脂も55〜65℃に加温されているものと解される。」 (a-3)「さらに,…上記文章に続けて,『このアニオン交換樹脂の再生を高温高速流で行う操作は2B3T純水装置のアニオン交換塔にも適用できる。』と記載されている。
ところで,刊行物1…には,2床3塔式(2B3T)純水装置の複層床式のアニオン交換樹脂塔において,積層された樹脂の一つとしてアンバーライトIRA-400…が使用されていることが記載されている。この「アンバーライトIRA-400」(商品名)は,I型の強塩基性アニオン交換樹脂であるものと解される。 このように,2床3塔式(2B3T)純水装置のアニオン交換樹脂塔において,I型の強塩基性アニオン交換樹脂を使用することは普通に行われているものといえる。」 (a-4)「してみると,刊行物1には,上記『I型のアニオン交換樹脂の再生において,アルカリ再生剤を55〜65℃で高速流で通薬する』操作(以下「上記操作」という。)を,刊行物1発明の2床3塔式(2B3T)純水装置の強塩基性アニオン交換樹脂を充填したアニオン交換樹脂塔の再生に適用することが示唆されているといえる。」 (b)「次に,上記操作の『高速流』について検討する。」 (b-1)「その際,I型の強塩基性アニオン交換樹脂であると解されるIRA-400(商品名)を使用している刊行物1のシリカポリシャーの再生の具体例を検討すると,『層高:80cm(注)再生 100g100%NaOH/l-R,3%NaOH,LV14m/h 上昇流』と記載されている。
この場合,層高80cmの塔で,再生は再生レベルが100g100%NaOH/l-Rまで,濃度3%のNaOHで,LV14m/hの上昇流で行っているといえる。そうすると,『層高』と『LV』から,空間速度は,17.5hrー1と算出できる。」 (b-2)「してみると,上記操作の『高速流』は,17.5hrー1を意図していることがわかる。」 (b-3)「また,上記操作において,アルカリ再生剤の濃度については言及されていないが,上記シリカポリシャーの具体例においては,3%NaOHと記載されている。
してみると,上記操作において,アルカリ再生剤の濃度を3%にすることは格別のこととはいえない。」 (b-4)「ところで,本件訂正発明では,空間速度を『全アニオン交換樹脂に対する』と特定し,またアニオン交換樹脂の再生を『全アニオン交換樹脂を再生する』と特定しているが,刊行物1において,アニオン交換樹脂の再生の際に一部の樹脂にのみ再生剤を接触させるという記載もないし,通常,再生において,一部のアニオン交換樹脂にのみ再生剤を接触させるということは普通は行わないから,刊行物1においても,『全アニオン交換樹脂に対する』,『全アニオン交換樹脂を再生する』という特定がなされていると解される。」 (c)「してみると,刊行物1発明において,アニオン交換樹脂を55〜65℃に加温した状態で3重量%濃度の再生剤を,純水製造装置に用いられている全アニオン交換樹脂に対する空間速度(SV)17.5hrー1の流速で通液し,アニオン交換樹脂と接触させ,全アニオン交換樹脂を再生することは,当業者が容易に想到し得るものであるといえる。」 (d)「また,本件明細書(本件特許掲載公報段落【0024】)によれば,本件訂正発明の奏する効果は,@アニオン交換樹脂を短時間に低コストで再生してイオン交換能力を回復することができ,Aしかもアニオン交換樹脂に吸着したシリカを短時間で効率よく脱着させることができ,Bこれにより装置の小型化が可能であるとともに,C再生樹脂からのシリカのリーク量が少ない,であると記載されている。
まず,上記@の効果について検討すると,刊行物1に『高速流で通薬することによって接触時間を短くすれば』,『高温高速流で行うことによりその再生効率を著しく高めることができる』と記載されている。この場合の『接触時間を短く』や『再生効率を高める』という効果は,刊行物1がシリカポリシャーについての文献であることから,AnionであるSiO2に関しての『接触時間を短く』や『再生効率を高める』という効果であると解されるが,刊行物1のシリカポリシャーで使用されているI型の強塩基性アニオン交換樹脂と,2B3T純水装置で普通に使用されているI型の強塩基性アニオン交換樹脂とが共通であり,またAnionであるSiO2も,純水を製造する場合,除去すべきAnionであることを考えると,I型の強塩基性アニオン交換樹脂が使用されている2B3T純水装置においても,『接触時間を短く』,『再生効率を高める』という効果が奏されると考えて差支えないといえる。そして,『接触時間を短く』,『再生効率を高める』という効果が奏されるということは低コストで再生できるといえる。したがって,上記@の効果は予測される範囲を出ないものといえる。
次に,上記Aの効果について検討すると,上記@の効果についてで述べたように,刊行物1にはシリカの脱着について記載されているから,上記Aの効果は予測される範囲を出ないものといえる。
次に,上記Bの効果について検討すると,上述のとおり上記@Aの効果が予測される範囲を出ないものであるから,本件訂正発明において上記@Aの効果により装置の小型化が可能であるのと同じように,当然,上記Bの効果も予測される範囲を出ないものといえる。
次に,上記Cの効果を検討すると,刊行物1において,後段の装置のシリカ負荷を低減できるということが記載されているから,I型の強塩基性アニオン交換樹脂が普通に使用されている2B3T純水装置の再生後のシリカのリーク量が少ないことは予測される範囲を出ないものといえる。」 (e)「したがって,本件訂正発明は,刊行物1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるといえる。」 (6) 決定は,次のとおり結論付けた。
「本件訂正発明についての特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものである。したがって,本件訂正発明についての特許は,特許法113条2号に該当し,取り消されるべきものである。」
原告の主張(決定取消事由)の要点
(判決注:原告の準備書面では,下記1の主張と下記2の主張の一部を一括して,「従来技術認定の誤り」という取消事由として構成されている。しかし,「従来技術認定の誤り」自体が直ちに決定の取消事由となるものではない。そこで,その主張を分析すると,「相違点の認定の誤り」を構成する主張(下記1)と,「進歩性判断の誤り」の根拠を構成する主張(下記2に含まれるべきもの)であると理解される。) 1 取消事由1(相違点の認定の誤り) 決定の理由(相違点の認定)では,2床3格式(2B3T)純水装置に用いられているアニオン交換樹脂の再生方法について,「刊行物1発明では,その点が不明である」と認定しているが,刊行物1では,従来公知の一般的な低流速再生方法が行われている。決定は,「2床3塔式のアニオン交換樹脂の再生方法」の認定を誤った結果,相違点の認定を誤った。
2 取消事由2(進歩性判断の誤り) (1) 「加温した状態」について (1-1) 決定は,刊行物1の再生方法について,「I型のアニオン交換樹脂の再生において,アルカリ再生剤を55〜65℃で高速流で通薬することが記載されているといえる。」とした上,「アルカリ再生剤を55〜65℃で通薬することにより,アニオン交換樹脂も55〜65℃に加温されているものと解される。」(前記第2,4(5)(a-2))としたが,誤りである。
樹脂の「再生」について,刊行物1には一般的な記載及び実施例はなく,単なる可能性として記載されているにすぎない。
樹脂の「加熱」について,刊行物1では再生前には樹脂を加熱せず,再生時に高温の再生剤と短時間に接触させて,樹脂の加熱時間を短くして高温再生を行い,再生効率を上げることが記載されているにすぎない。
被告は,本件訂正発明の「加温した状態で」には,再生剤による加温も含まれると主張しているが,空間速度(SV)15〜40hrー1の高流速で再生剤を通過させて樹脂を加温すると,再生剤が通過した後に樹脂が加温されることになり,再生反応が行われる段階の樹脂は加熱されていない。
(1-2) 決定は,上記認定を前提に,「刊行物1発明において,アニオン交換樹脂を55〜65℃に加温した状態で…再生することは,当業者が容易に想到し得るものであるといえる。」(前記第2,4(5)(c))と判断したが,誤りである。
(a) 刊行物1で再生剤の通過により樹脂を加温すると,再生剤との接触により再生反応が開始するが,再生剤は冷却されるため,低温での再生反応が開始することになる。新しい再生剤と接触して樹脂が加熱されるのは大量の再生剤が通過した後になるから,再生反応領域である交換帯の幅が大きくなり再生効率は低下する。樹脂を予熱すると,樹脂が高温状態に保持される時間が長くなって,樹脂と高温の再生剤との接触時間を短くするという刊行物1の目的に反するから,刊行物1において樹脂の予熱を採用することが容易であるとすることはできない。したがって,刊行物1には,アニオン交換樹脂を55〜65℃に加温した状態で再生することは記載されておらず,また刊行物1から当業者が容易に想到し得たものでもない。
(b) 本件訂正発明の請求項1において,「加温した状態で」は,「再生剤を通液し,アニオン交換樹脂と接触させ,全アニオン交換樹脂を再生する」の全体にかかる語句であり,これらの各操作の全体が「加温した状態で」行われなければ本件訂正発明の課題を達成することはできない。刊行物1にはこの点を示唆する記載はない。
なお,「加温した状態で」の後に読点がないが,読点の有無のような文章の表現方法については,個人によっても,分野によっても差があり,読点の有無によって文章の意味が明確に変わるとはいえない。本件明細書の【0008】では請求項と同じ表現となっているが,【0010】では,「加温した状態で,低濃度の再生剤を高流速で通液して再生する」と記載され,読点が入っている。また,【0024】「加温した状態で1〜3.5重量%濃度の再生剤をSVが15〜40hrー1の流速で通液して再生する」と記載されているが,これらの表現の差によって意味の差があるとはいえない。読点の有無によって意味が変わるのであれば,それは読む人の知識,経験,能力等によって変わることを意味し,技術的意義が一義的に明確に理解できない場合に相当するものと考えられ,このような場合は,明細書の発明の詳細な説明の記載を参照して,その意味を確定すべきものである。
(c) 仮に,アニオン交換樹脂の温度が本件訂正発明の請求項1に記載された「40〜60℃」の範囲のものについての容易想到性を問題とするとしても,前記と同様の理由により,当業者が容易に想到し得たものではない(判決注:第1回弁論準備手続調書に記載された原告の主張である。)。
(2) 「アニオン交換樹脂塔の再生への適用の示唆」について 決定は,アニオン交換樹脂塔の再生への適用の示唆に関して,「刊行物1には,『I型のアニオン交換樹脂の再生において,アルカリ再生剤を55〜65℃で高速流で通薬する』操作を,2床3塔式(2B3T)純水装置のアニオン交換樹脂塔の再生に適用することが示唆されているといえる。」(前記第2,4(5)(a-4))とした。
しかし,刊行物1には,樹脂層の乱れ防止手段等の詳細な説明及び実施例がなく,当業者が容易に実施できる程度に具体的に示唆されていない。
(3) 「空間速度(SV)」について (3-1) 決定は,「『高速流』は,17.5hrー1を意図している。」(前記第2,4(5)(b-2))としたが,誤りである。
刊行物1には,【0025】に線速度「LV14.8m/h」が記載されているだけであり,空間速度(SV)の記載がない。
再生効率や再生速度に直接影響する交換帯の高さや移動速度が,線速度と1次関数の比例関係にあることは周知であり,線速度を空間速度に換算すると,樹脂層の断面積や高さにより再生効率や再生速度が変わることも周知であるから,刊行物1において,再生時の流速を線速度で表示していることは,線速度LVで表示することを意図したものであり,断面積や層高によって変化する空間速度SVでの表示を意図していない。
刊行物1において空間速度(SV)が算出できるとしても、刊行物1のシリカポリシャーを,純水製造装置に用いられている全アニオン交換樹脂の一部と考えて,アニオン交換塔のアニオン交換樹脂とシリカポリシャーのアニオン交換樹脂の合計量について空間速度SVを算出すると,本件訂正発明の範囲外になる。
(3-2) 決定は,「刊行物1発明において,…空間速度(SV)17.5hrー1の流速で通液し,…再生することは,当業者が容易に想到し得るものであるといえる。」(前記第2,4(5)(c))と判断したが,誤りである。
イオン交換速度は,溶液内拡散速度,境膜拡散速度,粒子内拡散速度等により決まり,このうち溶液内拡散速度は流速によって影響され,境膜拡散速度も部分的に流速によって影響されるが,粒子内拡散速度は流速によって影響されないこと,また固定床式のイオン交換層の再生反応では,交換帯の幅が小さいほどよいこと,交換帯の進行速度は大きいほどよいこと,並びに交換帯の幅及び進行速度は流速(線速度)と比例関係にあることは周知である。このため刊行物1の線速度を空間速度に換算し,その換算した空間速度で再生を行うと,イオン交換層の断面積の変化によって線速度LVは変わり,異なる線速度LVで再生を行うことになり,交換帯の高さや移動速度が変わるため,一定の条件で再生できない。したがって,刊行物1は線速度で流速を決めることを意図しており,再生可能な線速度(LV)のみが示され,空間速度(SV)の示唆はないと考えるべきであって,空間速度(SV)15〜40hrー1の流速を採用することは,当業者が容易に行えるものではない。
(4) 「全アニオン交換樹脂」について (4-1) 決定は,全アニオン交換樹脂について,「刊行物1においても,『全アニオン交換樹脂に対する』,『全アニオン交換樹脂を再生する』という特定がなされていると解される。」(前記第2,4(5)(b-4))とした。
しかし,刊行物1ではシリカポリシャーと2床3塔式との全体が純水装置を構成するから,シリカポリシャーの再生方法を2床3塔式のアニオン交換樹脂の再生に適用するということは,シリカポリシャーの再生条件を2床3塔式のアニオン交換樹脂の再生にも適用して両者を一体的に再生すること意味し,そうでなければ「全アニオン交換樹脂を再生する」ことにはならない。
(4-2) 決定は,「…全アニオン交換樹脂を再生することは,当業者が容易に想到し得るものであるといえる。」(前記第2,4(5)(c))と判断したが,誤りである。
刊行物1においては,シリカポリシャーと2床3塔式の全体が純水装置を構成しており,ポリシャーの再生方法を2床3塔式の再生に適用するということは,シリカポリシャーの再生条件をそのまま2床3塔式のアニオン交換樹脂の再生にも適用して両者を一体的に再生することを意味する。被告は,刊行物1に,ポリシャーに関する再生方法が2B3T純水装置のアニオン交換塔にも適用できる,と記載していることを根拠にして,2B3T純水装置の全アニオン交換樹脂を再生すると主張しているが,これは一部のアニオン交換樹脂を再生することにすぎない。
(5) 進歩性判断の誤り 決定は,上記のような誤った認定判断を前提に,「刊行物1発明において,アニオン交換樹脂を55〜65℃に加温した状態で3重量%濃度の再生剤を,純水製造装置に用いられている全アニオン交換樹脂に対する空間速度(SV)17.5hrー1の流速で通液し,アニオン交換樹脂と接触させ,全アニオン交換樹脂を再生することは,当業者が容易に想到し得るものであるといえる。」(前記第2,4(5)(c))と判断したが,誤りである。
刊行物1では,アニオン交換樹脂を55〜65℃に加温した状態で再生反応を行っておらず,また樹脂を予め加温することは樹脂劣化防止の点から採用が困難であること,空間速度17.5hrー1の流速は示されておらず,また再生反応が線速度で律速される点から空間速度を再生の流速とすることが困難であること,及び,刊行物1ではシリカポリシャー再生の例が記載されているだけで全アニオン交換樹脂再生の記載がなく,純水製造装置への適用の示唆も曖昧であることなどから,上記の要件の組合せが容易であるとすることはできない。 刊行物1には本件訂正発明の構成要件に関する具体的な示唆はなく,また決定の理由は,本件訂正発明の構成要件を分断してその一部を取り出し,刊行物1が可能性を示唆した記載と単純に対比するだけで直ちに結論に導いており,構成要件の組合せの困難性,効果,刊行物1の記載の具体性等については全く考慮していない。
(6) 本件訂正発明の構成と技術的特徴 本件訂正発明は,従来の再生剤を有効に利用するためには再生剤を低流速で接触させる必要があり,高流速では再生が完結しないとの考えに対し,再生剤の通液前に樹脂を加温し,低濃度の再生剤を使用することにより,高流速通液でも十分に再生され,シリカも脱着するという新しい知見に基づく方法である。樹脂は再生剤を通液する前に加温されていることが必要であり,高温の再生剤を通液して加温されても目的を達成することはできない。このため本件訂正発明では,訂正された特許請求の範囲に記載された要件がすべてそろっていることが重要であるが,刊行物1はこのような本件訂正発明の前記各要件の組合せの可能性及びその効果を示唆していない。
(7) 効果に関する判断の誤り 決定は,短時間に低コストで再生できるという効果について,予測の範囲を出ないと判断したが(前記第2,4(5)(d)の効果@),実体的な検討をしておらず,誤っている。
刊行物1には大型の装置を用い,長時間で再生する方法が記載されており,ポリシャーについて高速通液が記載されているだけであり,その高速通液も線速度LVが記載されているだけであるから,樹脂層の断面積及び高さの違いにより空間速度SVは変わり,再生時間が短くならない場合があり,本件訂正発明の効果@は,予想可能な効果として示されていない。
本件訂正発明は,短時間で再生することにより,1日の通水―再生サイクルを多くし,小型の装置を用い,少量の樹脂の充填で純水製造を可能にできる。本件訂正発明と従来法との効果の差は,本件訂正発明の実施例2,3と比較例2に示されている。
決定では,シリカを短時間で効率よく脱着させる効果は,予測される範囲を出ないと判断されているが(同A),この点の効果の差も,本件訂正発明の実施例1と比較例1に示されている。
決定では,装置の小型化が可能という効果について,予測される範囲を出ないと判断されているが(同B),本件訂正発明では,再生効率を上げて短時間で再生することにより,小型の装置を用い,少量のイオン交換樹脂を充填して,純水を製造することを可能にしているが,刊行物1にはこのような点の示唆はない。
決定では,シリカのリーク量が少ない効果について,予測される範囲を出ないと判断されているが(同C),効果の差は,本件訂正発明の実施例1と比較例1に示されている。
(8) 以上のとおり,決定は,本件訂正発明の構成と効果の誤った判断に基づき,誤った進歩性判断をしている違法がある。
3 取消事由3(理由不備) 決定は,本件訂正発明の構成要件を分断してその一部を取り出し,刊行物1が可能性を示唆した記載と単純に対比するだけで直ちに結論に導いており,構成要件の組合せの困難性,効果,刊行物1の記載の具体性等については全く考慮しておらず,また空間速度(SV)について,「高速流」は,17.5hrー1と認定しているが,その理由が具体的に示されておらず,再生反応の原理等について考慮することなく,単なる換算だけで判断しているのは,理由不備の違法がある。
被告の主張の要点
1 取消事由1(相違点の認定の誤り)に対して 決定では,刊行物1発明を,とりわけ「従来公知」という記載も摘示しつつ,認定しているのであり,刊行物1発明の2床3塔式(2B3T)純水装置は,従来公知の極めて普通の装置として認識して認定していることは明らかである。
刊行物1には,「逆洗を行う低流速再生の再生方法」を行っていることは記載されていないのであるから,刊行物1発明の2床3塔式(2B3T)純水装置が「逆洗を行う低流速再生の再生方法」を行っていることまで認定する必要はない。刊行物1発明の2床3塔式(2B3T)純水装置が「逆洗を行う低流速再生の再生方法」を行っていないと認定しているわけではないから,決定の刊行物1発明の認定が進歩性の判断に影響を与えるわけではない。
仮に,刊行物1に記載の「2床3塔式(2B3T)純水装置」が必ず「逆洗を行う低流速再生の再生方法」を行っているとして認定しなければならなくて,相違点の認定において,刊行物1発明を「逆洗を行う低流速再生」の技術思想と認定したとしても,刊行物1には「2B3T純水装置のアニオン交換塔にも適用できる。」と記載されているのであるから,「逆洗を行う低速再生」という構成要件進歩性判断の際の阻害要因となることはない。
2 取消事由2(進歩性判断の誤り)に対して (1) 「加温した状態」に対して 本件訂正発明では,「加温した状態で」と「後」という語を使用していないのであるから,再生剤の通液を開始する時点は「加温した後に」という解釈だけにとどまらず,もっと広い概念,例えば,再生剤を通液しているうちに段々と「加温した状態で」になり,その後も再生剤を通液するということも包含するという解釈も成り立つ。
決定では,刊行物1においても,本件明細書の記載と同様に,加温されたアルカリ再生剤(液体)を,通薬することにより,結果として「アニオン交換樹脂も55〜65℃に加温されているものと解される。」と認定したのであり,刊行物1には,「アニオン交換樹脂を55〜65℃に加温した状態で再生剤と接触させる」ことは記載されているといえるのである。
本件明細書の実施例1と比較例1との効果の比較の観点から,本件明細書をみると,リーク量についての効果の差は,比較例1の方がアニオン交換樹脂が45℃になるまで時間がかかるということから生じたものにすぎない。リーク量についての効果の差は,単に実施例1が比較例1に比較して45℃での再生時間が長かったということから生じたにすぎず,そのことは刊行物1の「再生温度が高い程効率がよい」ということからみて予測される範囲内のものである。
加えて,本件明細書の実施例1では,加温した状態にするために,45℃加熱純水で加温しているが,加熱純水で加温するということでアニオン交換樹脂と加熱純水が一定時間直接接触しているわけであるから,そのことによるシリカの除去効果は無視できず,実施例1と比較例1とのリーク量についての効果の差にも大いに影響していると推察される。
仮に百歩譲って,本件訂正発明の「加温した状態で」が「加温した後に」のみを意味するものだとしても,そのことは,陰イオン交換樹脂を再生する際に陰イオン交換樹脂を加温した後に再生剤を通薬することも普通に行われていることであるから,格別な技術的意義を持つものではない。
(2) 「アニオン交換樹脂塔の再生への適用の示唆」に対して 刊行物1では,2床3塔式(2B3T)純水装置が「従来公知」であり,実施例には「2.1次純水系の2B3T(再生時にイオン交換樹脂層の逆洗を行う通常装置)」ということを明記しつつ,かつ,刊行物1記載のシリカポリシャーが「フリーボードをなくし,逆洗を行わず,向流再生を行う」ものであることを承知の上で,「このアニオン交換樹脂の再生を高温高速流で行う操作は2B3T純水装置のアニオン交換塔にも適用できる。」としているのであるから,刊行物1には,従来公知の2B3T純水装置のアニオン交換塔に「適用できる」ということが記載されているとみるべきである。
まず,フリーボードについて論ずると,本件明細書の実施例2では,フリーボードのカラム高さに対する比は,7.5%である。これに対して,比較例2では,フリーボードのカラム高さに対する比は29%であり,本件明細書でも,実施例では高速流に対応して比較例よりもフリーボードを少なくするという既に刊行物1に示されたような対応をしていることがうかがえる。
次に,逆洗について論ずると,刊行物1には,濁質が存在しないために逆洗をしないことが記載されており,刊行物1において高温高速流による再生と,逆洗するかしないかとの間に直接的関連がないことがわかる。つまり,刊行物1の高温高速流は逆洗をする場合にも適用できるということである。
向流再生について論ずると,本件明細書では,再生が上向流,通水が下向流と向流再生であることが明記されている。
してみると,本件明細書においても,実際には,フリーボードを少なくし,向流再生を行っているから,刊行物1のシリカポリシャーの「フリーボードをなくし,向流再生を行う」と同じような手法を使用している。また,上記のとおり,刊行物1の高温高速流は,逆洗をする場合に適用できるということがいえる。
したがって,刊行物1のシリカポリシャーの「フリーボードをなくし,逆洗を行わず,向流再生を行う」という構成要件は,2B3T純水装置に高温高速流を適用する際のいわゆる阻害要因になるということではなく,むしろ,当業者であるならば,高温高速流を適用していく際のヒントとして利用されていくものである。
(3) 「空間速度(SV)」に対して 決定では,SVを「そうすると,『層高』と『LV』から,空間速度は,17.5hrー1と算出できる。」と,「層高」と「LV」との2つから算出した。してみると,図4を基に,LVとSVとの間において,一方から他方を推測することはできないとの原告の主張は,決定がLVだけからSVを算出しているのでなく,「層高」とLVとからSVを算出している以上,根拠はない。
仮に,充填層の断面積a(m2),層高b(m),線速度c(m/hr)とすると,「空間速度=流体の容積速度/充填層の見掛け容積=(a×c)/(a×b)=c/b=線速度/層高」となる。
すなわち,SV=線速度(m/hr)/樹脂高(m)という関係である。
刊行物1では,シリカポリシャーのみについて,「本発明例」としているのであるから,刊行物1の実施例のLVがシリカポリシャーについてであることは明らかである。
(4) 「全アニオン交換樹脂」に対して 「全アニオン交換樹脂」については,アニオン交換塔の中で,アニオン交換樹脂をすべて,すなわち満遍なく再生するという意味で,「全」としていたと解される。
(5) 進歩性判断の誤りに対して 以上によれば,決定の判断(前記第2,4(5)(c))にも誤りはない。
(6) 本件訂正発明の構成と技術的特徴に対して 本件訂正発明は,基本的には,「40〜60℃に加温した状態」,「1〜3.5重量%濃度」,「空間速度(SV)15〜40hrー1の流速」という3つの数値範囲の具体的な限定を本質的な特徴とするものである。
(7) 効果に関する判断の誤りに対して 本件訂正発明には,「1日に3〜4回程度の通水-再生サイクル」,「小型の装置」,「少量のイオン交換樹脂」などの構成要件は記載されていない。本件訂正発明からは,高流速のSVの特定により,その裏返しとして,せいぜい「短時間で再生」が示唆されているにすぎない。
(8) まとめ 本件訂正発明の特徴は,前記のとおりであり,特徴である3つの数値範囲内の数値は,刊行物1に「55〜65℃」と「3%」とが記載されており,また,刊行物1から「17.5hrー1」が算出(「層高:80cm」,「LV14m/h」から算出)される。つまり,本件訂正発明の本質的特徴をなす3つの数値範囲内の数値は,すべて刊行物1に明らかなのである。
確かに,上記の刊行物1に記載されている数値は,シリカポリシャーの再生操作に係る数値ではあるが,このシリカポリシャーの再生操作については,刊行物1に「このアニオン交換樹脂の再生を高温高速流で行う操作は2B3T純水装置のアニオン交換塔にも適用できる。」と,2B3T純水装置のアニオン交換塔に適用できるということが明記されているのである。
したがって,「本件訂正発明は,刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるといえる」とした決定に誤りはない。
3 取消事由3(理由不備)に対して 原告の主張は,具体的でないが,再生温度,流速,再生剤の濃度等の組合せについて主張しているものとして反論すると,これら再生温度,流速,再生剤の濃度については刊行物1に記載されているのであるから,組合せの困難性,組合せによる効果等は格別のこととは認められない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の認定の誤り)について (1) 刊行物1には次の記載がある。
(a)「イオン交換式の純水製造装置の後段に,塔内に強塩基性アニオン交換樹脂をその樹脂の再生膨潤分だけの余裕をもたせて隙間なく充填し,向流再生を行うパック型のシリカポリシャーを設置したことを特徴とする超純水製造装置」(【請求項1】) (b)「本発明においては1次純水系に設置されるシリカポリシャーを,強塩基性アニオン交換樹脂をその樹脂の再生膨潤分だけの余裕をもたせて隙間なく塔内に充填し,再生時には,イオン交換塔において通常行われている樹脂の逆洗を行わずに向流再生を行うパック型装置とした。」(段落【0008】) (c)「本発明者等は,シリカポリシャーを向流再生方式で効率よく再生する方法について鋭意研究を行ったところ,従来のフリーボードをなくしてその分塔高を低くするとともに,塔内に強塩基性陰イオン交換樹脂を,その樹脂の再生膨潤分…だけの余裕をもたせて隙間なく充填した構造とし,再生工程においては逆洗を行わないシリカポリシャーを開発するに至った。」(段落【0011】) (d)「アニオン交換樹脂の再生において,アルカリ再生剤を従来より高速流で通薬することによって接触時間を短くすれば,従来の許容温度を越える温度で再生を行うことができる。特にアニオン交換樹脂がT型の場合再生温度を55〜65℃で実施することができる。このアニオン交換樹脂の再生を高温高速流で行う操作は2B3T純水装置のアニオン交換塔にも適用できる。」(段落【0015】) (2) 以上の記載によれば,刊行物1には,2B3T純水装置のアニオン交換塔においても,シリカポリシャーにおいて採用される「従来のフリーボードをなくしてその分塔高を低くするとともに,塔内に強塩基性陰イオン交換樹脂を,その樹脂の再生膨張分だけの余裕をもたせて隙間なく充填した」「逆洗を行わない」前記構造(以下「逆洗しない構造」ともいう。)と同一又は類似の構造を採用することによって,アニオン交換樹脂の再生時に逆洗を行わずに高速流の向流再生を行い得ることが示唆されている,と解するとしても不合理ではない。そうすると,刊行物1には,原告が指摘するような記載(段落【0021】【0022】【0009】【0010】)もあるが,この記載のみをもって,直ちに,刊行物1に記載された2床3塔式(2B3T)のアニオン交換樹脂の再生方法が,従来公知の一般的な低流速再生方法が行われるものであると断定することはできない。
結局,決定が,相違点の認定として,「刊行物1発明では,その点が不明である点」としたことは,刊行物1にはその点が「明記されていない」という意味において,誤りであるとはいえず,「刊行物1発明では,従来公知の一般的な低流速再生方法が行われるものである」との相違点を看過したものとはいえない(上記のように,むしろ,「刊行物1発明では,高速流の向流再生を行っている」と認定することさえできなくはない。)。
また,「刊行物1発明では,その点が不明である点」と認定された以上,いずれにしても,本件訂正発明の相違点に係る構成については,容易想到性が判断されることになるのであるから,相違点についての判断の当否の問題は残るとしても,相違点の看過として,決定が直ちに違法となるものとは解されない。
原告主張の取消事由1は,採用の限りではない。
2 取消事由2(進歩性判断の誤り)について (1) 「加温した状態」について (1-1) 原告は,決定の前記第2,4(5)(a-2)の認定判断,すなわち,刊行物1における再生方法及びアニオン交換樹脂の加温された状態に関する認定判断の誤りを主張する。
(a) 「刊行物1(甲1)における再生方法」についてみるに,原告が指摘するとおり,刊行物1の段落【0015】には,「シリカポリシャーの充填樹脂としてI型の強塩基性アニオン交換樹脂を使用する場合」と記載され,「再生を高温高速流で行うことによりその再生効率を著しく高めることができる」ことについては,主として,「シリカポリシャーの充填樹脂」について説明されているのであり,また,刊行物1においては,「I型のアニオン交換樹脂」一般について,再生を高温高速流で行った実施例が記載されているものではない。
しかしながら,上記段落【0015】には,「このアニオン交換樹脂の再生を高温高速流で行う操作は2B3T純水装置のアニオン交換塔にも適用できる。」と明記されているのであるから,刊行物1には,2B3T純水装置のアニオン交換塔においても,シリカポリシャーにおいて採用される前記逆洗しない構造と同一又は類似の構造を採用することによって,アニオン交換樹脂の再生時に逆洗を行わずに高温高速流の向流再生を行い得ることを示唆する記載があるものというべきである。
したがって,刊行物1における再生方法についての認定の誤りをいう原告の主張は,採用することができない。
(b) 次に,「加温した状態」についてみるに,刊行物1(甲1)の段落【0015】には,再生温度について,次の記載がある。
「シリカポリシャーの充填樹脂としてI型の強塩基性アニオン交換樹脂を使用する場合アニオン交換樹脂の再生を高温高速流で行うことによりその再生効率を著しく高めることができる。即ちアニオン交換樹脂に吸着したシリカの脱着は,再生温度が高いほど効率がよいが,樹脂の耐熱性の問題から従来50℃以下で行われている。しかし,アニオン交換樹脂の再生において,アルカリ再生剤を従来より高速流で通薬することによって接触時間を短くすれば,従来の許容温度を越える温度で再生を行うことができる。特にアニオン交換樹脂がT型の場合再生温度を55〜65℃で実施することができる。このアニオン交換樹脂の再生を高温高速流で行う操作は2B3T純水装置のアニオン交換塔にも適用できる。」 上記記載に照らせば,再生剤から樹脂への熱伝導が生じることも当然の前提として記載されていることが明らかであって,「刊行物1には,I型のアニオン交換樹脂の再生において,アルカリ再生剤を55〜65℃で高速流で通薬することが記載されているといえる。この場合,アルカリ再生剤を55〜65℃で通薬することにより,アニオン交換樹脂も55〜65℃に加温されているものと解される。」とした決定の認定は,根拠があり,是認し得るものである。
(1-2) 原告は,決定の前記第2,4(5)(c)の判断のうち,「刊行物1発明において,アニオン交換樹脂を55〜65℃に加温した状態で…再生することは,当業者が容易に想到し得るものであるといえる。」との点,すなわち,「加温した状態」に関する相違点についての決定の判断が誤りであると主張する。
(a) 原告は,具体的には,第3,2(1)(1-2)(a)(b)のとおり主張するが,その主張は,本件訂正発明につき,「再生剤を通液し」,「アニオン交換樹脂と接触させ」,「全アニオン交換樹脂を再生する」という各操作の全体が「加温した状態で」行われるとの意味であることを前提とするものである。
(b) そこで,本件訂正発明の要旨認定について検討する。なお,発明の要旨認定は,特段の事情のない限り,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎないものというべきである(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁)。
本件訂正発明の特許請求の範囲は,前記のとおりであり,本件で争点となった部分を抽出すると,「アニオン交換樹脂を40〜60℃に加温した状態で1〜3.5重量%濃度の再生剤を,純水製造装置に用いられている全アニオン交換樹脂に対する空間速度(SV)15〜40hrー1の流速で通液し,アニオン交換樹脂と接触させ,全アニオン交換樹脂を再生する」と記載されているにすぎない。
すなわち,上記特許請求の範囲の記載においては,[A]樹脂の加温手段についての限定はなく(何ら記載がない。),[B]樹脂と再生剤を接触させる時期についての限定もなく(「加温した状態で」となっているのみである。),[C]樹脂を40〜60℃に加温した状態を維持する期間についても限定がなく,[D]再生剤の温度,再生剤の通液量又は通液時間を限定するものでもない(SV以外に何ら記載がない。)ものと認められる。これらの点は,特許請求の範囲の記載から一義的に明確である。
(c) なお,原告は,[B][C]との関連で,「加温した状態で」は,「再生剤を通液し,アニオン交換樹脂と接触させ,全アニオン交換樹脂を再生する」の全体にかかる語句であり,これらの各操作の全体が「加温した状態で」行われるものであることを主張する。
しかし,原告の上記主張は,採用することができない。
すなわち,「加温した状態で」の後に読点がないため,「加温した状態で」は,「1〜3.5重量%濃度の再生剤を,純水製造装置に用いられている全アニオン交換樹脂に対する空間速度(SV)15〜40hr-1の流速で通液し,アニオン交換樹脂と接触させ,」までにしかかからず,「全アニオン交換樹脂を再生する」にはかからないと理解するのが,一般的な理解であるというべきである。
それのみならず,文章の構造からしても,同様に解される。すなわち,「1〜3.5重量%濃度の再生剤を,純水製造装置に用いられている全アニオン交換樹脂に対する空間速度(SV)15〜40hrー1の流速で通液し,アニオン交換樹脂と接触させ,」と「全アニオン交換樹脂を再生する」というように,「Aを,Bし,Cさせ」と「DをEする」というように「A(再生剤)」と「D(樹脂)」とが並立する構文となっており,その「A」の前に読点を挟むことなく「加温した状態で」とされている。したがって,通常の構文理解からしても,「加温した状態で」を「全アニオン交換樹脂を再生する」にかかるものと理解することは困難である。
さらに,本件訂正経緯からしても,同様に解される。すなわち,本件訂正前の特許設定登録時の該当部分は,「アニオン交換樹脂を40〜60℃に加温した状態で1〜3.5重量%濃度の再生剤を空間速度(SV)15〜40hrー1の流速で通液し,アニオン交換樹脂と接触させることを特徴とする」というもので,「加温した状態」は,「再生剤を…通液し,アニオン交換樹脂と接触させる」にかかるものであって,そもそも「全アニオン交換樹脂を再生する」との構成要件は存在しなかった。本件訂正により,「全アニオン交換樹脂を再生する」との要件を加える際,これにも「加温した状態」をかからせるためには,文章上何らかの措置を要するところ,単に,同要件を付加して,「…接触させ,全アニオン交換樹脂を…」と読点を加え,しかも前判示のような並立的な構文としたために,「加温した状態」がかかる部分は,訂正前と変わらないままとなったことが明らかである。
以上は,特許請求の範囲の記載から明確であって疑義はない。また,一見して誤記であることが明らかとも認められない。そして,読点の使用法等に関する原告の主張するところを考慮しても,上記要旨認定を覆すべきものとは解されない(なお,原告が主張するとおりに,「加温した状態で」が全体にかかる語句であると仮定しても,原告が主張するような「各操作の全体が」との限定がされておらず,前記のように時期,期間にも限定がないことからすると,「再生剤を通液し,アニオン交換樹脂と接触させ,全アニオン交換樹脂を再生する」との各操作につき,各一部でも「加温した状態で」行われれば,構成要件を満たすことになると解するのが通常であるといえ,直ちに原告主張のような解釈を導き得るかは疑問である。)。
(d) 上記要旨認定,特に,前記[A]〜[D]の点に照らせば,本件訂正発明は,再生剤として55〜65℃のものを使用すること,その再生剤を加温手段として利用すること,樹脂は再生剤の通液が開始される時点から再生が終了する時点までの全期間において40〜60℃である必要はなく,上記再生剤を通液することによって,樹脂を40〜60℃に加温した状態とすることのいずれをも排除するものではないというべきである。
そうすると,「加温した状態」に関する相違点についての決定の判断は,是認し得るものである。
(1-3) 「加温した状態」の争点に関して,原告が明確に指摘するわけではないが,念のため,次の点を検討しておく。
(a) 前記(1-1)(b)で摘示した刊行物1(甲1)の段落【0015】については,次のように理解する余地がある。
すなわち,同段落には,樹脂には耐熱性の問題があって従来50℃以下で行われていたことが記載されており,刊行物1には,50℃という樹脂の耐熱性が改善されたとの記載がない。そうすると,決定のように,「再生剤を55〜65℃で高速流で通薬することが記載されている」と認定し得るとしても,そのような再生剤からの熱伝導によってアニオン交換樹脂の温度が上昇するものであると解されるところ,上記樹脂の耐熱性の問題が指摘されていることからして,樹脂の温度が50℃を越えるまで上昇するような事態は,刊行物1は排除しているものと解するのが合理的なように思われる(換言すれば,上記段落では,「再生温度を55〜65℃で実施することができる」と記載されているが,それは再生剤の温度ではあって,アニオン交換樹脂の温度であるとは解し難いという余地がある。)。
そうであれば,決定の「アニオン交換樹脂も55〜65℃に加温されているものと解される。」との認定は,誤りである可能性がある。
(b) しかし,決定に上記の誤りがあるとしても,決定を取り消すべきことにはならない。
決定の理由説示全体の流れに照らせば,決定は,55〜65℃の再生剤からの熱伝導により,アニオン交換樹脂の温度が55〜65℃に向って上昇していく過程を伴うことを認定したもの,すなわち,樹脂の温度が上昇し,40℃を越えて50℃に至るまでの温度範囲にまで加温される態様を含むことを認定したものであると理解し得る。そうすると,決定の説示は,「刊行物1発明において,アニオン交換樹脂を40〜50℃に加温した状態で…再生することは,当業者が容易に想到し得るものであるといえる。」という趣旨も含む判断を示したものと認められる。
(c) ところで,原告は,前記第3,2(1)(1-2)(c)のように,「仮に,アニオン交換樹脂の温度が本件請求項1『40〜60℃』の範囲内のものについての容易想到性の問題として考えても,従前の主張と同様の理由により,容易に想到し得たものではない。」として,上記(1-2)で検討したものと同様の理由で決定の判断が誤りであるということも主張している。
そこで,上記(a)(b)の理解を前提として検討するに,既に判示したところ及び甲1によれば,刊行物1においては,アニオン交換樹脂に吸着したシリカの脱着は,再生温度が高いほど効率がよいこと,そこで,50℃以下の再生剤を低速流で通薬する従来の手法に代えて,50℃を越える55〜65℃の高温の再生剤を高速流で通薬させる手法を採用することで,再生時間を短縮し,再生効率の向上を実現し得たこと,再生剤から樹脂への熱伝導が生じること,耐熱性の問題から樹脂が50℃を越えないようにすることが開示されているので,後者の高温高速流による再生手法においては,樹脂が50℃を越える温度に至るまで加熱される態様を排除することが想定されていると解されることが認められる。そうすると,刊行物1発明において,樹脂が本件訂正発明が特定する40〜60℃の範囲内である40℃以上の温度に加温されるまで,高温再生剤の高流速通液を維持し,さらに,樹脂温度が50℃を越える直前までその通液を続けることに想到することは,当業者にとって容易であるというべきである。
決定の認定判断は,これと同旨のものを含むものとして,是認し得るものである。
原告が主張するその余の点についても,前記(1-2)で判示したところに照らし,採用の限りではない。
(2) 「アニオン交換樹脂塔の再生への適用の示唆」について 原告は,決定の前記第2,4(5)(a-4)の認定判断の誤りを主張する。
しかし,取消事由1について判示したところに照らせば,決定の上記認定判断に誤りはなく,原告の主張は理由がない。
(3) 「空間速度(SV)」について (3-1) 原告は,決定の前記第2,4(5)(b-2)の「『高速流』は,17.5hrー1を意図している。」との認定判断が誤りであると主張する。
検討するに,刊行物1の段落【0025】には,「層高:80cm」及び「LV14m/h上昇流」との記載がある。
一般に,線速度LV(m/hr)=再生剤の容積(m3)/樹脂層の断面積(m2)/時間(hr),空間速度SV(1/hr)=再生剤の容積(m3)/樹脂層の容積(m3)/時間(hr)で表される(原被告とも争う趣旨ではない。)。また,樹脂層の容積(m3)=樹脂層の断面積(m2)×樹脂層の高さ(m)であることは明らかであるから,空間速度SVと線速度LVとの間には,SV(1/hr)=LV/樹脂層の高さ(m)との関係を導き出すことができる。
したがって,上記「層高:80cm」及び「LV14m/h上昇流」との態様の場合には,この関係式に従って,空間速度SV=17.5hrー1を算出することができる。もちろん,この関係式による換算は,樹脂層の容積,寸法が異なる態様の間の換算にまで適用できるものではないが,少くとも,刊行物1に記載された線速度(LV)表示の再生剤流速が,空間速度(SV)表示においてはどれほどの値であるのかを算出して把握することにおいては,妥当するものであるといえる。
そうすると,決定の上記説示は,その意図はともかく,「「層高」と「LV」から,空間速度は,17.5hrー1算出できる」こととその算出根拠は明記されており,その空間速度SV値の導出過程はこれを是認し得るものであるから,空間速度SV=17.5hrー1に相当する流速で通液されている態様が記載されていると判断したものとして是認することができる。
よって,原告の上記主張は採用の限りではない(決定は,「意図している」と説示しているが,その趣旨は,刊行物1において,空間速度SVで表現すれば,SV=17.5hrー1に相当する流速での通液が実施されており,この流速は本件訂正発明の構成要件を充足するということを説示しているものと解される。)。
(3-2) 原告は,決定の前記第2,4(5)(c)のうち,「刊行物1発明において,…空間速度(SV)17.5hrー1の流速で通液し,…再生することは,当業者が容易に想到し得るものであるといえる。」との判断が誤りであると主張する。
しかしながら,前記(3-1)で判示したところに加え,証拠(甲1,2,4)及び弁論の全趣旨に照らせば,本件訂正発明におけるような再生過程における流速を考える場合には,SVにより把握することが通常であることが認められ,そうであれば,刊行物1におけるLVによる流速表示に接した当業者としては,SV表示に換算して流速を把握し,本件訂正発明の構成を推考しようとするのが通常であると認められる。そうすると,上記決定の判断も是認し得るものである。
(4) 「全アニオン交換樹脂」について 原告は,決定の前記第2,4(5)(b-4)の「刊行物1においても,『全アニオン交換樹脂に対する』,『全アニオン交換樹脂を再生する』という特定がなされていると解される。」との認定判断を非難し,決定の前記第2,4(5)(c)のうち,「…全アニオン交換樹脂を再生することは,当業者が容易に想到し得るものであるといえる。」との判断が誤りであると主張する。
しかし,決定は,あくまで純水製造装置に用いられているアニオン交換樹脂の再生方法について,刊行物1の記載に基づいて,シリカポリシャーにおけるアニオン交換樹脂の再生操作を2床3塔式(2B3T)純水装置のアニオン交換塔にも適用することを検討する中で,「アニオン交換樹脂の再生の際に一部の樹脂にのみ再生剤を接触させるという記載もないし,通常,再生において,一部のアニオン交換樹脂にのみ再生剤を接触させるということは普通は行わない」と説示している。このような説示に照らせば,決定の趣旨は,アニオン交換塔の中でそのアニオン交換樹脂の一部だけが再生されること,あるいは,アニオン交換塔の中でそのアニオン交換樹脂の一部だけを再生することを指向することは普通ではなく,むしろ,普通は,「アニオン交換樹脂を満遍なく再生するものである」という意味で,上記の認定判断をしたものと解される。そうすると,決定の上記各認定判断は,是認し得るものである。
原告の主張は,決定の説示を必ずしも正解することなく,非難するものであって,採用することができない。
(5) 進歩性判断の誤りについて 原告は,決定が進歩性に関する前記第2,4(5)(c)の判断を誤りであると主張する。
しかし,既に判示したところに照らせば,刊行物1発明に基づき,「純水製造装置に用いられているアニオン交換樹脂に対して,濃度3%の再生剤を,温度55〜65℃,空間速度SV=17.5hrー1の流速で通液することにより,アニオン交換樹脂を55〜65℃に加温すること」は,当業者が容易に想到し得る構成であると認められ,本件訂正発明は,この構成を含むものであるというほかない。
なお,前記(1)(1-3)で検討した場合を前提とするとしても,上記構成中のアニオン交換樹脂を40℃以上50℃程度まで加温することは,刊行物1発明に基づいて当業者が容易に想到し得るものと認められることは前判示のとおりであって,この点の構成が40〜60℃である本件訂正発明は,いずれにしても,当業者が容易に想到し得る構成を含むことになる。
結局,進歩性に関する決定の判断を違法であるということできず,決定を取り消すべきことにはならない。
(6) 原告は,前記第3,2(6)において,本件訂正発明の構成と技術的特徴を主張した上,それを前提に決定を非難する。
しかし,原告は,本件訂正発明についての原告独自の要旨認定を前提に主張するものであって,その前提において採用し得ないことは,既に判示したところから明らかである。
よって,原告の上記主張は,採用することができない。
(7) 原告は,前記第3,2(7)において,効果に関する判断の誤りを主張する。
しかし,本件訂正発明の要旨認定として既に判示したところに照らせば,再生効率に影響を与える各要素のすべてについて,本件訂正発明において限定ないし特定がされているわけではなく,本件訂正発明に属する構成により常に最適な再生が実現される保証はないのであり,原告の主張は,直ちに採用の限りではない。そして,本件訂正発明の構成は,前判示のとおり,当業者が刊行物1発明から容易に想到し得る態様を含むものであるから,その構成から導かれる効果も予測される範囲内であるというべきである。
その他,原告の主張を精査して検討しても,効果に関する決定の判断を違法であるということはできない。
(8) 以上のとおり,原告主張の取消事由2は,理由がない。
3 取消事由3(理由不備)について 原告は,前記第3,3のとおり主張するが,組合せの困難性,効果,空間速度SVの点を含め,既に判示したところに照らせば,決定の説示に理由不備の違法があるとはいえない。
原告主張の取消事由3も理由がない。
4 結論 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 清水知恵子