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関連審決 異議2000-73316
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  援用権(援用) /  技術的意義 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 170号 特許取消決定取消請求事件
原告 川崎重工業株式会社
訴訟代理人弁理士 西教 圭一郎
同 杉山毅至
同 廣瀬 峰太郎
同 竹内 三喜夫
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 刈間宏信
同 粟津憲一
同 大島祥吾
同 大橋良三
同 大野克人
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/12/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2000-73316号事件について平成13年3月7日にした決定を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「鉄道線路状態検知装置および方法ならびに車体姿勢制御装置」とする特許第3015725号の特許(平成8年2月7日特許出願,平成11年12月17日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許に対し,請求項1ないし5につき,特許異議の申立てがあり,特許庁は,この申立てを,異議2000-73316号事件として審理し,その結果,平成13年3月7日,「特許第3015725号の請求項1ないし5に係る特許を取り消す。」との決定をし,平成13年3月26日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(以下,各項の発明をまとめて呼ぶときは,「本件発明」という。) 「【請求項1】鉄道車両において台車から空気バネで弾性支持された車体に搭載されたセンサからの信号に基づいて,鉄道線路の曲率ρを算出する曲率算出手段と, 曲率算出手段で得られた曲率の時間微分dρ/dtを算出する時間微分算出手段と, 曲率ρおよび時間微分dρ/dtから成る2次元座標が複数の線路状態領域に予め区分され,曲率算出手段で算出した曲率ρおよび時間微分算出手段で算出した曲率の時間微分dρ/dtから成る座標(ρ,dρ/dt)の位置を調べることによって,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別する線路状態判別手段とを備えたことを特徴とする鉄道線路状態検知装置。(以下「本件発明1」という。) 【請求項2】鉄道車両において台車から空気バネで弾性支持された車体に搭載されたセンサからの信号に基づいて,鉄道線路の曲率ρを算出する工程と, 曲率算出手段で得られた曲率の時間微分dρ/dtを算出する工程と, 曲率ρおよび時間微分dρ/dtから成る2次元座標を複数の線路状態領域に予め区分しておいて,算出した曲率ρおよび曲率の時間微分dρ/dtから成る座標(ρ,dρ/dt)の位置を調べることによって,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別する工程とを備えたことを特徴とする鉄道線路状態検知方法。
(以下「本件発明2」という。) 【請求項3】 鉄道車両において台車から空気バネで弾性支持された車体に搭載されたセンサからの信号に基づいて,鉄道線路の曲率ρを算出する曲率算出手段と, 曲率算出手段で得られた曲率の時間微分dρ/dtを算出する時間微分算出手段と, 曲率ρおよび時間微分dρ/dtから成る2次元座標が複数の線路状態領域に予め区分され,曲率算出手段で算出した曲率ρおよび時間微分算出手段で算出した曲率の時間微分dρ/dtから成る座標(ρ,dρ/dt)の位置を調べることによって,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別する線路状態判別手段と, 線路状態判別手段で得られた鉄道線路状態に基づいて,車体の姿勢を制御する姿勢制御手段とを備えたことを特徴とする車体姿勢制御装置。(以下「本件発明3」という。) 【請求項4】 鉄道車両において台車から空気バネで弾性支持された車体に搭載されたセンサからの信号に基づいて,鉄道線路の曲率ρを算出する曲率算出手段と, 曲率算出手段で得られた曲率の時間微分dρ/dtを算出する時間微分算出手段と, 曲率ρおよび時間微分dρ/dtから成る2次元座標が複数の線路状態領域に予め区分され,曲率算出手段で算出した曲率ρおよび時間微分算出手段で算出した曲率の時間微分dρ/dtから成る座標(ρ,dρ/dt)の位置を調べることによって,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別する線路状態判別手段と, 線路状態判別手段で得られた鉄道線路状態に基づいて,車体の姿勢を制御する姿勢制御手段とを備え, 前記姿勢制御手段は,車体と台車との間に設けられた左右一対の車高検知装置と, 車体と台車との間に設けられた左右一対の空気バネと, 空気バネの圧力を供給する圧縮空気供給機構とを備え, 車高検知装置が検出した車体の姿勢に基づいて,各空気バネの圧力をそれぞれ制御して車高制御を行うことを特徴とする車体姿勢制御装置。(以下「本件発明4」という。) 【請求項5】 線路状態判別手段が現在の線路状態を曲線路と判別したときは車高制御を行い,直線路と判別したときは車高制御を停止することを特徴とする請求項4記載の車体姿勢制御装置。(以下「本件発明5」という。)」 3 決定の理由 決定は,別紙決定書の写しのとおり,本件発明は,いずれも特開平6-156277号公報(以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,本件特許は,請求項1ないし5のいずれについても,特許法113条2号に該当し,取り消されるべきものである,と認定判断した。
原告主張の決定取消事由の要点
決定は,本件発明と引用発明1との一致点の認定を誤り(取消事由1),本件発明と引用発明1との後述の相違点3についての判断を誤ったものであり(取消事由2),これらの誤りが決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) 決定は,「刊行物1においては,長手方向に配置された第1軸回りの台車の角速度ωX ,第2の垂直な軸Zの周りの台車の角速度 ωZ ,回転角 φX , φZ ,d ωZ /dtの値に応じて鉄道線路の状態が入口遷移区間かカーブ区間か出口遷移区間かを判断を行いうるものを示しているといえる。」(決定書6頁第1段落)と認定し,「本件の請求項1に係る発明と刊行物1記載の発明は,「鉄道車両においてセンサからの信号に基づいて,鉄道線路の性質に関係する値を算出する手段と,該値算出手段で得られた値の時間微分を算出する時間微分算出手段とを備え,それらの値によって,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別する線路状態判別手段とを備えた鉄道線路状態検知装置。」である点で一致し」(決定書6頁第1段落)と認定し,本件発明2ないし5についても,同一の一致点の認定している(決定書7頁第6段落ないし9頁第3段落)。しかし,これらの認定はすべて誤りである。
(1) 刊行物1には,「前記信号(原告注・角速度ωZ,回転角φXを示す。)の1つまたはそれ以上の信号の値が上記しきい値の上方に位置したことが判明する度に,あるいはその値の持続(原告注・前記角速度ωX ,角加速度d ωZ /dtを示す信号の値の持続)が予め決定した持続時間を超える度に,可能化ユニット40は制御ユニット8を動作可能にするために可能化信号を送信する。」(甲第3号証【0037】)との記載,及び,「図12および図16に示すように,信号 ωX ,d ωZ/dtが時間Δtの間,予め決定した範囲内に維持されている状態になる度に,そのことにより車両が湾曲部の遷移区間の入口または出口の開始地点に来ていることが確認される。この確認は,信号ωX (原告注・ φX の誤り), ωZ の値が図13,14に示すような対応するしきい値を超える度に得られる。」(同【0041】)との記載がある。
この記載によれば,引用発明1においては, (ア) 第2及び第4の信号の値ωZ , φX の少なくとも一方がしきい値 ωZS , φXSの上方に位置した場合, 又は, (イ) 第1及び第3の信号ωX ,d ωZ /dtが,あらかじめ決定した範囲内の値をあらかじめ決定した時間Δ’tよりも長く持続した場合にのみ, 可能化ユニット40からの出力信号によって,第1制御ユニット8を動作可能にするものである。したがって,刊行物1の【0041】においては,鉄道線路の状態を,(ア)ωZ , φX の少なくとも一方がしきい値 ωZS , φXS の上方に位置しているか,又は(イ)ωX 及びd ωZ /dtがあらかじめ決定した範囲内の値を時間Δ’tよりも長く持続しているか,によって判断することが開示されているだけであり,ωZとd ωZ /dtとの組合せによって鉄道線路状態を検出し,可能化ユニット40からの出力信号によって,第1制御ユニット8を動作可能にすることは記載されていない。
すなわち,刊行物1の段落【0041】の第1文の「図12および図16に示すように,信号ωX ,d ωZ /dtが時間Δtの間,予め決定した範囲内に維持されている状態になる度に,そのことにより車両が湾曲部の遷移区間の入口または出口の開始地点に来ていることが確認される。」と,第2文「この確認は,信号ωX(原告注・ φX の誤り), ωZ の値が図13,14に示すような対応するしきい値を超える度に得られる。」とは,同一の技術内容を述べているにすぎないのであり,この記載は,dωZ /dtがΔtの時間だけある値に維持されていることと, ωZ があるしきい値ωZS を超えることとが,等価であることを述べているにすぎず,刊行物1には,ωZ の値とd ωZ /dtがΔtの時間だけある値に維持されていることとを組み合わせて用いて鉄道線路状態を検出する,との記載はない(ωZ はd ωZ /dtを時間積分したものであることは数学上の常識であるから,dωZ /dtがある値にΔtの時間維持されている場合には,ωZ があるしきい値 ωZS を超える値まで変化することは技術的常識であり,これは,刊行物1の図14及び図16からも明らかである。)。
(2) 刊行物1には,段落【0041】の前記第1文の「信号ωx,dωz/dtが時間Δtの間,予め決定した範囲内に維持されている状態になる」ことと,前記第2文の「信号φx , ωz が図13,14に示すような対応するしきい値を超える」こととを組み合わせる技術的意義についての記載は全く存在せず,したがって,ωzとd ωz /dtとを組み合わせる構成は,刊行物1には開示されていない。しかも,前記第1文には,信号ωx ,d ωz /dtが時間Δtの間,あらかじめ決定した範囲内に維持されている状態が,車両が遷移区間の入り口又は出口の開始地点に来ていることに対応していることしか記載されておらず,直線部及び湾曲部(円曲線部)自体を検出する記載は,存在しない。前記第2文においても,信号φx , ωz の値が,しきい値を超えることは,遷移区間の入り口又は出口の開始地点に来ていることに対応していることが記載されているにすぎず,直線部及び湾曲部(円曲線部)自体を検出する記載は,存在しない。
(3) 刊行物1の特許請求の範囲請求項1〜8と,実施例に関する段落【0018】〜【0045】の各記載とは,明りょうに対応している。すなわち,刊行物1の段落【0018】ないし【0029】は,請求項1の構成に対応し,段落【0030】及び段落【0031】の記載は,請求項2の構成に対応する。段落【0032】ないし【0034】の記載は,請求項3の構成に対応し,段落【0035】の記載は,請求項4の構成に対応する。そして,段落【0037】及び【0041】を含む段落【0036】ないし【0041】の記載は,請求項5の構成に対応し,段落【0042】の記載は,請求項6の構成に対応する。また,段落【0043】の記載は,請求項7の構成に対応し,段落【0044】及び【0045】の記載は,請求項8の構成に対応する。このように,段落【0037】及び段落【0041】は請求項5の構成に対応するから,段落【0041】には,段落【0037】と同様に,ωZ , φX の一方がしきい値を超えるたび,あるいは, ωX ,d ωZ /dtが時間Δ' tの間,あらかじめ決定した範囲内の値を持続するたびに,車両が湾曲部の遷移区間の入り口又は出口の開始地点に来ていることを確認するものであり,ωZ とd ωZ /dtの組合せによって,湾曲部の遷移区間の入り口又は出口の開始地点にあるか,湾曲部自体にあるかを判断する構成ではないことは,刊行物1の請求項5の構成から明らかである。
(4) 以上のとおり,引用発明1においては,カントしていない(φX がしきい値φXS 以下である)直線路( ωZ がしきい値 ωZS 以下)と,それ以外のもの(円曲線すなわち本曲線,緩和曲線,カントしている直線路)の2種類の線路状態を判別しているだけであり,ωX , ωZ , φX , φZ ,d ωZ /dtの各値の組合せに応じて鉄道線路の状態を判断しているものではない。
決定は,引用発明1の内容を上記のとおり誤って認定したものであるから,これを前提とする本件発明と引用発明1との上記の一致点の認定は,誤りである。
2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り) 決定は,本件発明1と引用発明1との相違点の一つとして,「鉄道線路の性質を検出するための値として,本件の請求項1に係る発明では,「曲率ρ」を用いており,ρとdρ/dtからなる2次元座標において,複数の線路状態領域にあらかじめ区分され,座標(ρ,dρ/dt)の位置を調べることによって,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別しているのに対して,刊行物1記載の発明では,第2の垂直な軸Zの周りの台車の角速度ωz 及びd ωz/dt,及び ωx ,回転角 φx ,φz の値を用いて鉄道線路状態を判別するもののその判断をいかに行うかは示されていない点。」(決定書6頁第4段落,以下「相違点3」という。)を認定し,この相違点3について,「刊行物1において特に示されていないωZ からの鉄道線路状態の判断を,曲率ρとdρ/dtからなる2次元座標において,複数の線路状態領域にあらかじめ区分され,座標(ρ,dρ/dt)の位置を調べることによって,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別するようにすることは,当業者が容易になし得たことである。」(決定書7頁第3段落)と判断している。決定は,本件発明2ないし5についても,引用発明1との相違点の一つとして上記3を認定し,相違点3についての上記判断を援用している(決定書7頁第6段落〜9頁第3段落)。しかし,これらの判断は,いずれも誤りである。
(1) 決定は,引用発明1においては「ωZ 及び ωZ に関係する値である φZ , ωZ の時間変化率であるdωZ /dtを利用して車両が湾曲部の遷移区間の入口または出口の開始地点に来ていることを確認することが示されているといえる。すなわち,検出したωZとそれに関係する時間変化値から,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別しているということができる。」(7頁第2段落)と認定し,これを前提として相違点3は当業者が容易になし得たことである,と判断している。しかし,取消事由1において述べたように,引用発明1の技術内容は,ωZ とd ωZ /dtとを組み合わせて現在の走行位置における鉄道線路状態を判別するものではないから,曲率ρとdρ/dtとを組み合わせた本件発明1とは,この点で全く異なるのである。しかも,本件発明は,2次元座標(ρ,dρ/dt)に関する論理値表に基づき,鉄道線路の直線,右入口緩和曲線,右本曲線,右出口緩和曲線,左入口緩和曲線,左本曲線,左出口緩和曲線を,リアルタイムで正確に判別することが可能であるという,引用発明1にはない作用効果を奏するのである。したがって,決定の相違点3に関する上記判断は,誤りである。
(2) 決定は,「ωZ(ヨーレイト)より曲率ρを求め,該ρとその変化率を利用して鉄道線路状態を判断できること周知の事項(必要ならば,特開平8-26109号公報参照のこと)であり,」(決定書7頁第3段落)と認定し,これをも前提として相違点3は当業者が容易になし得たことと判断している。しかし,この判断は誤りである。
(ア) 特開平8-26109号公報(甲第14号証,以下「甲14文献」という。)では,データ記憶領域に格納された信号データを抽出し,まず,曲率データの絶対値が所定値を超えた部分を曲線部と判断し(【0014】),次に,段落【0015】記載の式によって,距離に関する曲率変化率を求めているのである。
この曲率変化率は,本件発明のような時間微分dρ/dtではなく,距離に関する微分dρ/dxであるから,リアルタイムで鉄道線路状態を検出することは,不可能である。
(イ) 甲14文献では,その後,曲率変化率の絶対値が所定値を超えた部分を緩和曲線と判断し(【0016】),さらに,緩和曲線に挟まれた曲率変化率の小さい部分を円曲線と判断し,鉄道線路状態の検出のための各動作が,順次,行われる。甲14文献の技術内容では,曲率データの絶対値を求め,次に,曲率変化率の絶対値を求め,その後,曲率変化率の絶対値が所定値を超えた部分を緩和曲線の区間とみなし,緩和曲線に挟まれた区間を円曲線の区間とみなす構成を有する。このような構成は,曲率データと曲率変化率とを同時に用いて鉄道線路状態を判別する構成ではないから,甲14文献には,「該ρとその変化率を利用して鉄道線路状態を判断できる」との構成は開示されておらず,決定の「ρとその変化率を利用して鉄道線路状態を判断できることは周知」との認定は誤りである。
(ウ) 甲14文献は,本件出願の出願日直前に発行された刊行物であるから,甲14文献に記載された技術であるからといって,周知の事項ということになるわけではない。
(3) 本件発明は,相違点3に係る構成により,次の(ア)ないし(カ)に示す効果を奏する。これに対し,引用発明1は,これに甲14文献記載の技術内容を組み合わせたとしても,これらの効果を達成することはできない。したがって,決定の相違点3の判断は誤りである。
(ア) 本件発明では,2次元座標(ρ,dρ/dt)の位置によって,7つの鉄道線路状態,すなわち直線,左右本曲線,左右入口緩和曲線,左右出口緩和曲線を,検出することができ,しかもカントを考慮する必要がない。
(イ) 本件発明では,ρとdρ/dtとを用いる。ρとdρ/dtとを求める演算処理は簡単であるから,車両走行中に,リアルタイムで,すなわち,時間が遅れることなく,鉄道線路状態を検出することができる。
(ウ) 本件発明では,ρとdρ/dtとの各検出毎に,2次元座標(ρ,dρ/dt)の位置から,鉄道線路状態を判別することから,ρとdρ/dtとの値にノイズが混入しても,それによる誤検出結果にかかわらず,その後の検出時には,正確な検出結果を得ることが可能である。
(エ) 本件発明では,ρとdρ/dtとの値へのノイズの混入によって,鉄道線路状態の検出が遅れるということはなく,リアルタイムでの検出が可能である。
(オ) 本件発明において用いられるρの値は,走行速度vに依存しない値であるので,走行速度vの変化にかかわらず,鉄道線路状態を検出することができる。
したがって,本件発明では,演算処理が簡素化され,メモリに一次的に保存される内容も簡素化される。
(カ) 本件発明では,ρとdρ/dtとを求める演算処理が簡単であるので,ρとdρ/dtとの各値を高精度で求めることができ,鉄道線路状態を正確に検出することができる。
被告の反論の骨子
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 刊行物1の段落【0041】には,「・・・図16に示すように,信号・・・dωZ /dtが時間Δtの間,予め決定した範囲内に維持されている状態になる度に,そのことにより車両が湾曲部の遷移区間の入口または出口の開始地点に来ていることが確認される。この確認は,信号・・・ωZ の値が図・・・14に示すような対応するしきい値を超える度に得られる。」と記載されている。この記載によれば,引用発明1は,ωZ が ωZS 以上であって,しかも,d ωZ /dtが時間Δtの間,あらかじめ決定した範囲内に維持されている状態である場合には,車両が湾曲部の遷移区間の入り口又は出口の開始地点に来ていると判断するものである。
刊行物1の段落【0042】には,「この装置によれば,・・・dωZ /dtを示す信号のみならず,・・・角速度・・・ωZ ・・・を示す信号は,車両が湾曲部の遷移区間を通過するときもしくはその湾曲部自体を走行しているときに,車両または線路の所望の走行特性の検出または制御のために,・・・送信することができる。」との記載がある。この記載によれば,引用発明1は,ωZ が ωZS を超えるたびに,dωZ /dtが,時間Δtの間,あらかじめ決定した範囲内に維持されている状態であるかどうかを確認し, (ア) ωZがωZSを超え,かつ,dωZ/dtが,時間Δtの間,あらかじめ決定した範囲内に維持されている状態である場合には,車両が湾曲部の遷移区間の入り口又は出口の開始地点に来ていると判断し, (イ) ωZ が ωZS を超え,かつ,d ωZ /dtが,時間Δtの間,あらかじめ決定した範囲内に維持されている状態でない場合には,車両が湾曲部自体にあるものと判断し, (ウ) ωZ の値が ωZS を超えない場合には,車両が直線部にあるものと判断する ものである。
本件発明のρが,鉄道線路の性質に関係する値であることは明らかであるし,dρ/dtが,ρの時間微分であることも自明である。
そうすると,引用発明1のωZ と,本件発明のρとは,共に,鉄道線路の性質に関係する値として共通しており,また,dωZ /dtとdρ/dtとは,いずれも,対応する値の時間微分であるから,決定が「本件の請求項1に係る発明と刊行物1記載の発明は,「鉄道車両においてセンサからの信号に基づいて,鉄道線路の性質に関係する値を算出する手段と,該値算出手段で得られた値の時間微分を算出する時間微分算出手段とを備え,それらの値によって,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別する線路状態判別手段とを備えた鉄道線路状態検知装置。」である点で一致し,」と認定したことに誤りはない。
2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り)について 刊行物1に,線路状態の判断について,角速度ωZ とその時間微分であるd ωZ/dtとによって,湾曲部及び遷移区間の識別を行うことが記載されていることは上記のとおりであり,このことは,引用発明1において,角速度ωZ と,その時間微分であるdωZ /dtとの二つの信号値の組合せに応じて,線路の状態を判断していることにほかならず,実質的に,角速度ωZと角加速度dωZ /dtとからなる2次元座標の位置に応じて,鉄道線路の状態を判断しているということができる。
甲14文献には,曲率,すなわちρとその変化率とを利用して鉄道線路状態を判断することが記載されている。また,曲率と角速度とは,曲率=車両の角速度/車両の速度,という関係にあり,線路の状態を知る上で,互いに密接な関係にある物理量であるから,引用発明1において線路状態の識別を行うための物理量として用いられている,角速度ωZ に代えて,曲率ρを用いて,ρとdρ/dtとからなる2次元座標の位置に応じて,鉄道線路の状態を判断することは,当業者であれば,容易になし得る事項である。決定の相違点3に関する判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 引用発明1 (ア) 刊行物1の【実施例】の欄には,次の記載がある(甲第3号証)。
「【0018】 【実施例】・・・台車1の各々は,固定された車輪4を有する車軸3にサスペンション2によって弾性的に接続されている。前記車両はさらに,油圧アクチュエータ6の動作に基づいて,その重心G(図4,5)に実質的に沿う長手軸の周りに回転し得る車体6(判決注・車体5の誤記と認める。)を具えている。
【0019】この車両がカーブ路を走行する際には,図4に概略的に示すように,非補償の加速度がラインtで定義した横方向において乗客に作用し,その加速度は次式に等しくなる。・・・ 【0020】・・・ 【数4】anc =V2/R -gφx 【0021】上記非補償の加速度の値は,図5に示すように,前記車体がその長手軸周りに角度θ回転することにより適切に減少させることができる。その場合,非補償の加速度の値は,実際に次式の値になるものと推定される。
【数5】a′nc =V2/R-g(φX +θ) この値は,明らかに先の式の値よりも小さくなる。
【0022】本発明の車体回転制御装置は,アクチュエータ6のみならず,制御ユニット8からの制御信号により制御されるサーボバルブ7をも具えている。本発明装置は,図3に概略的に示すように2自由度を有し,前記車両の台車1に固定されるとともに,前記台車の長手方向に配置された感応性の第1軸11と,前記台車の垂直方向に配置された感応性の第2軸12とを有する,少なくとも1つのジャイロスコープ10によって実質的に特徴付けられる。・・・ 【0024】本発明に係るジャイロスコープ10は,軸Xの周りの前記台車の角速度ωX を示す第1の電気信号および,垂直な軸Zの周りの前記台車の角速度ωZ を示す第2の電気信号が発生するように動作し得る。・・・ 【0025】前記装置はさらに,前記車両の速度Vを示す信号を発生するように動作し得る,少なくとも1つの回転速度検出器13(図1)と,長手軸Xの周りの前記台車の回転角φX を示す信号 【数6】∫ωX dtを発生するために,ジャイロスコープ10により送信された前記角速度ωX を示す信号を積分するように動作し得る,少なくとも1つの積分器14とを含んでいる。ジャイロスコープ10および積分器14の間には,ローパスフィルタ15およびA/Dコンバータ16が配置されている。
【0026】符号17で全体的に示したマイクロプロセッサは前記装置の一部を構成する。このマイクロプロセッサは,前記回転角φX を示す信号および重力加速度gの積を形成するように動作し得る演算ユニット18と,回転速度検出器13によって提供される速度Vを示す信号および,ジャイロスコープ10からの回転角速度ωZ を示す信号の積を形成するように動作し得る演算ユニット19とを有している。・・・ 【0027】マイクロプロセッサ17はさらに,前記非補償の横加速度を示す信号を得るように,前記第2の積および前記第1の積の差を,【数7】anc =V2/R-gφXのようにして求める他の演算ユニット26を含んでいる。上述のようにして発生された信号は,サーボバルブ7に対する制御信号を発生するために,制御ユニット8に送られる。
【0028】前記車両が走行するカーブおよび,それに関連する入口および出口の遷移区間の幾何学的な特徴は,図6に与えられている。図6には,車両が一定速度Vで走行していると仮定した場合,・・・この図の最初および最後の2つの傾斜した区間は夫々,前記湾曲部の遷移区間の入口および出口と対応し,さらに,一定値となる中央区間は前記湾曲部自体と対応している。
・・・ 【0030】本発明装置はさらに,台車1に固定され該台車の横加速度を示す信号を発生するように動作し得る少なくとも1つの加速度検出器27と,その信号をろ波するように動作し得るローパスフィルタであって,前記横加速度を示す信号がそのローパスフィルタ自体に送信された瞬時に関して遅延された信号を出力端において送信するように動作し得るローパスフィルタ31とを含んでいる。
・・・ 【0034】このようにして求めた合成信号は,ローパスフィルタ31の出力端からの信号および図7に示すものに実質的に対応するが,時間Δtにより遅延されていないことだけが相違している。そのため,この合成信号は,図6に示すカーブと完全に一致し,制御ユニット8によって効果的に利用することができる。・・・この第2の信号は,この装置に何らかの故障が起きたために前記第1の信号が使用できない場合に,前記第1の信号の場所に置き換えるための予備信号として考えることができる。
【0035】前記装置はさらに,回転速度検出器13および制御ユニット8の間に挿入されるしきい値回路34を含んでおり,しきい値回路34は,車両の速度Vが予め決定したしきい値を超えたときのみ前記制御回路に対する回転速度信号の通過を許容するように動作し得るものであり,その信号の通過は,前記回転速度の値が前記しきい値信号の値を超えた場合のみ制御ユニット8がアクチュエータ6に制御信号を送信するようにして行なう。
【0036】前記装置はさらに,ジャイロスコープ10から送られてきた角速度ωZ を示す信号を夫々送信される,オフセット補正器35,第2積分器37および微分器38を含んでおり,第2積分器37および微分器38は夫々,垂直軸周りの車両の回転角度φZ および角加速度d ωZ /dtを示す信号を得るために,ローパスフィルタ23から送られてきた前記角度信号を積分および微分する。前記装置はさらに,微分器38からの信号のみならず前記オフセット補正器35,25により送信された信号,積分器14,37からの信号を入力される位相弁別器39と,位相弁別器39および制御ユニット8に接続される可能化ユニット40とを含んでいる。
【0037】位相弁別器39および可能化ユニット40は,既知の方法で,前記角速度ωZ ,回転角 φX , φZ (判決注・誤記である。)を示す信号の値を対応するしきい値と比較するために動作し,最終的に前記角速度ωZ (判決注・ ωX の誤記である。),角加速度dωZ /dtの値の予め決定した範囲内での持続性を求めるように配置されている。前記信号の1つまたはそれ以上の信号の値が上記しきい値の上方に位置したことが判明する度に,あるいはその値の持続が予め決定した持続期間を超える度に,可能化ユニット40は制御ユニット8を動作可能にするために可能化信号を送信する。
【0038】この過程において,制御ユニット8は,前記車両の態様または速度の特別な状態が生じた場合のみ,動作可能になる。
【0039】位相弁別器39が可能化ユニット40と関連してどのように動作し得るかを考慮するためには図11〜16の線図を参照するのが好ましく,それらの筆頭の図(図11)の線図は図6の線図と対応している。
【0040】図12の線図にはオフセット補正器35により送信された角速度信号の変化が表わされており,同時に,図13の線図には積分器14により送信された回転角φX を示す信号の変化がされており,さらに,図14の線図にはオフセット補正器25により送信された角速度ωZ を示す信号の変化が示されている。図15には積分器37により送信された回転角φZ を示す信号の変化が示されており,また,図16には微分器38により送信された角加速度dωZ /dtを示す信号の変化が示されている。
【0041】図12および図16に示すように,信号ωX ,d ωZ /dtが時間Δtの間,予め決定した範囲内に維持されている状態になる度に,そのことにより車両が湾曲部の遷移区間の入口または出口の開始地点に来ていることが確認される。この確認は,信号ωX (判決注・ φX の誤記である。), ωZ の値が図13,14に示すような対応するしきい値を超える度に得られる。
【0042】この装置によれば,微分器38により生成される角加速度dωZ /dtを示す信号のみならず,オフセット補正器35,25,積分器14,37により夫々生成される角速度ωX , ωZ および回転角 φX , φZ を示す信号は,車両が湾曲部の遷移区間を通過するときもしくはその湾曲部自体を走行しているときに,車両または線路の所望の走行特性の検出または制御ために,検出デバイス,制御デバイスの一方または双方に送信することができる。
【0043】車両の車体5に固定された付加的な加速度検出器41もまたこの装置の一部を形成している。この加速度検出器41は,・・・残留横加速度acr を示す信号を供給するように調整されている。付加的な制御ユニット43は,加速度検出器41により供給された信号と,検出器42により検出された車体の回転角θに依存する参照値との比較を行い,前記加速度検出器により供給された信号の値と参照値との間の差が予め決定したしきい値を超えたとき,制御ユニット8に対し非駆動信号を送信するように動作し得るものである。
・・・ 【0045】制御ユニット44は,非補償の加速度anc を示す信号を発生するために,・・・信号ωZ ,Vおよび φX に基づいて動作するように予め調整されている。さらに,このユニットは,前記非補償の加速度を示す信号およびフィルタ31から送られてくる加速度acを示す信号の間の比較を行う。これら2つの信号の差が予め決定されたしきい値を超える状態になる度に,前記ユニットは,制御ユニット8に対し非駆動信号を送信する。この方法により,ジャイロスコープ10により発生された非補償の加速度anc を示す信号の制御が実施され,この制御は,車両が最大湾曲部に入っている場合に実施される。」 (イ) 刊行物1の上記記載により,引用発明1は,次のとおりのものであると認めることができる。
車両がカーブ路を走行する際には,非補償の加速度が横方向において乗客に作用する。この横方向の加速度は,車体をその長手軸周りに角度θ回転させることにより適切に減少させることができる。
台車に固定されたジャイロスコープ手段10から出力される台車の角速度ωX を示す信号は,第1積分器14により回転角 φX を示す信号とされ,第1演算ユニット18によりg・φX が演算される。台車の角速度 ωZ を示す信号及び回転速度検出器13により検出される車両の速度Vを示す信号は,第2演算ユニット19に与えられ,同演算ユニット19により,ωZ ・Vが演算される。第3演算ユニット26は,非補償の横加速度anc (= ωZ ・V-g・ φX )を示す信号を第1制御ユニット8に与える。
第1制御ユニット8からの第1制御信号は,車体に回転角θを与えるアクチュエータ6のためのサーボバルブ7を制御する。
しきい値回路手段34によって,車両の速度Vがしきい値を超えたときのみ,第1制御ユニット8は動作可能となる。
また,位相弁別器39及び可能化ユニット40により,ωZ,φXの少なくとも一方がしきい値を超えた場合,あるいは,ωX ,d ωZ /dtが,あらかじめ決定した範囲内の値をあらかじめ決定した時間Δtよりも長く持続した場合にのみ,可能化ユニット40からの出力信号によって,第1制御ユニット8は動作可能となる。
位相弁別器39の可能化ユニット40と関連する動作については,図12,図16から, ωX ,d ωZ /dtが時間Δtの間,あらかじめ決定した範囲内に維持されている状態になるたびに,車両が湾曲部の遷移区間の入り口又は出口の開始地点に来ていることが確認され,また,図13,図14から,この確認は,φX ,ωZ の値が対応するしきい値を超えるたびに,車両が湾曲部の遷移区間の入り口又は出口の開始地点に来ていることが確認されるという形で行われる。
台車1に固定され横加速度を示す信号を発生する加速度検出器27からの信号acは,故障が起きたときの,前記第1の信号a nc の予備信号とする。
この装置では,dωZ /dt, ωX , ωZ , φX , φZ が,車両が湾曲部の遷移区間又はその湾曲部自体を走行しているときに,所望の走行特性の検出又は制御のために,検出デバイス,制御デバイスに送信される。
制御ユニット44は,車両が最大湾曲部に入っている場合に,信号ωZ ,V及びφX に基づいて計算した非補償の加速度a nc を示す信号とフィルタ31から送られてくる加速度acを示す信号との差がしきい値を超えると,制御ユニット8に対し非駆動信号を送信し,非補償の加速度anc を示す信号の制御を実施する。
(2) 決定は,「鉄道車両においてセンサからの信号に基づいて,鉄道線路の性質に関係する値を算出する手段と,該値算出手段で得られた値の時間微分を算出する時間微分算出手段とを備え,それらの値によって,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別する線路状態判別手段とを備えた」(決定書6頁第1段落)ことを,本件発明1と引用発明1との一致点と認定している。
原告は,刊行物1には,ωZの値と,dωZ/dtがΔtの時間だけある値に維持されていることとを組み合わせて用いて鉄道線路状態を検出する,との記載も,直線部及び湾曲部(円曲線部)自体を検出する,との記載もない,引用発明1においては,カントしていない(φX がしきい値 φXS 以下である)直線路( ωZ がしきい値ωZS 以下)と,それ以外のもの(円曲線すなわち本曲線,緩和曲線,カントしている直線路)の2種類の線路状態を判別しているだけであり,ωX , ωZ , φX ,φZ ,d ωZ /dtの各値の組合せに応じて鉄道線路の状態を判断しているものではない,決定は,引用発明1の内容を上記のとおり誤って認定し,その結果,一致点の認定を誤ったものである,と主張している。
確かに,刊行物1には,ωX 及びd ωZ /dtが時間Δtの間所定の範囲内に維持されたときか,あるいは,φX 及び ωZ の値がしきい値を超えたときに,車両が湾曲部の遷移区間の入り口又は出口の開始地点に来ていることが確認され,第1制御ユニット8が動作可能となることは記載されているものの,ωZ とd ωZ /dtの値との組合せで鉄道線路状態を判別する,とか,ωX , ωZ , φX , φZ ,d ωZ /dtの各値の組合せに応じて鉄道線路の状態が入口遷移区間かカーブ区間か出口遷移区間かを判断しているとの記載はない。
しかし,本件発明の請求項1には,「曲率ρおよび時間微分dρ/dtから成る2次元座標が複数の線路状態領域に予め区分され,・・・現在の走行位置における鉄道線路状態を判別する線路状態判別手段とを備えた」と記載されているのであり,これに対し,引用発明1においては,前記認定のとおり,ωZ は鉄道線路の性質に関係する値であり,dωZ /dtはその値の時間微分であって, ωZ がしきい値を超えたかどうか,あるいは,dωZ /dtが時間Δtの間所定の範囲内に維持されたかどうかによって,車両が湾曲部の遷移区間の入り口又は出口の開始地点に来ているか,それらを通過した状態かどうか,との複数の鉄道線路状態を判別しているのである。したがって,決定が,「鉄道線路の性質に関係する値を算出する手段と,該値算出手段で得られた値の時間微分を算出する時間微分算出手段とを備え,それらの値によって,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別する線路状態判別手段とを備えた」ことを,本件発明1と引用発明1との一致点と認定したことに,何ら誤りはない。すなわち,決定が両発明の一致点として認定したのは上記の限度であり,決して,原告が主張するより具体的な点についてまで一致していると認定しているわけではない。決定は,本件発明1と引用発明1との相違点の一つ(相違点3)として,「鉄道線路の性質を検出するための値として,本件の請求項1に係る発明では,「曲率ρ」を用いており,ρとdρ/dtからなる2次元座標において,複数の線路状態領域にあらかじめ区分され,座標(ρ,dρ/dt)の位置を調べることによって,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別しているのに対し,刊行物1記載の発明では,第2の垂直な軸Zの周りの台車の角速度ωz 及びdωz/dt,及び ωx ,回転角 φx , φz の値を用いて鉄道線路状態を判別するもののその判断をいかに行うかは示されていない点。」(決定書6頁第4段落)を認定しているのであり,本件発明が,曲率ρ及び時間微分dρ/dtを組み合わせて,その2次元座標から,あらかじめ区分された複数の鉄道線路状態を判別するものであるのに対し,引用発明1では,判断をいかに行うかは示されていないことについては,これを引用発明1との相違点3として認定しているのであるから,決定の一致点の前記認定に誤りはないのである。
(3) 本件発明2は,請求項2において,本件発明1と同一の鉄道線路状態判別工程を,本件発明3ないし5は,請求項3ないし5において,本件発明1と同一の鉄道線路状態判別手段を,それぞれの構成要件として規定しているものであるから,決定が,本件発明2ないし5について,引用発明1との一致点の認定を,本件発明1の場合と同趣旨と認定した点にも誤りはない。
2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り)について (1) 原告は,決定は,刊行物1に,「ωZ 及び ωZ に関係する値である φZ , ωZ の時間変化率であるdωZ /dtを利用して車両が湾曲後の遷移区間の入口または出口の開始地点に来ていることを確認することが示されている」(7頁第2段落)と認定し,これを前提として相違点3は当業者が容易になし得たことである,と判断している,しかし,引用発明1の技術内容は,ωZ 及びd ωZ /dtとを組み合わせて現在の走行位置における鉄道線路状態を判別するものではないから,ρとdρ/dtとを組み合わせた本件発明1とは,この点で全く異なるのである,と主張している。
確かに,刊行物1には,ωZ及びその時間変化率であるdωZ/dtを利用して車両が湾曲部の遷移区間の入り口又は出口の開始地点に来ていることを確認することは記載されているものの,ωZ とd ωZ /dtとの組合せで鉄道線路状態を判別することが記載されているわけではないことは,前記認定のとおりである。しかし,車両に搭載されたセンサにより検出された鉄道線路の状態を示す信号(例えば,引用発明1のωZ (角速度),あるいは,本件発明の曲率ρ)とその微分信号の組合せによって,鉄道線路状態の判別をすることが,本件出願前から知られている周知の技術事項であることは,甲14文献及び特開平6-211132号公報(乙第2号証,以下「乙2文献」という。)の記載によって明らかである。すなわち,次のとおりである。
甲14文献には,「平均化処理後の曲率データ・・・の絶対値が所定値を超えた部分を曲線部として,当該曲線部とその前後の軌道データを後の計算処理に用いる記憶装置上に取り出す。」(甲14号証【0014】),「曲率変化率・・・が大きい部分が緩和曲線に対応し,該緩和曲線に挟まれた曲率変化率・・・の小さい部分が円曲線に相当していることが判る。そこで,曲率変化率・・・の絶対値が所定値を超えた部分を緩和曲線の区間とみなし,また,曲線部のうち緩和曲線に挟まれた区間を円曲線の区間とみなして・・・」(【0016】)という形で,曲率データの絶対値が所定値を超えた部分を曲線部とし,曲率変化率の絶対値が所定値を超えた部分を緩和曲線の区間とみなし,緩和曲線に挟まれた曲率変化率の小さい区間を円曲線の区間とみなすことが記載されている。乙2文献には,変位量xがx≦-δaまたはx≧δaならば曲線,-δb≦dx/dt≦δbかつx≦-δaまたはx≧δの場合は円曲線となることが記載されている(乙第2号証【0015】及び【0016】参照)。
そして,本件出願の願書に添付した明細書及び図面(以下,併せて「本件明細書」という。)の段落【0025】には,「このグラフにおいて,1)-th1<ρ<th1,または-th2<ρ<th2の領域は直線,2)ρ≧th1,およびdρ/dt≧th3の領域は右入口緩和曲線,3)ρ≧th1,ρ≧th2およびth3周知技術事項と異なるものではない。
そうすると,刊行物1に,「ωZ及び・・・dωZ/dtを利用して車両が湾曲部の遷移区間の入口または出口の開始地点に来ていることを確認することが示されている」(決定書7頁第2段落)ことと,「ωZ と曲率ρとはρ= ωZ /Vの関係があること」(決定書7頁第3段落)及び,甲14文献に記載された「 ωZ (ヨーレイト)から鉄道線路状態を判断するものにおいて,ωZ (ヨーレイト)より曲率ρを求め,該ρとその変化率を利用して鉄道線路状態を判断できる」(決定書7頁第3段落)との周知の技術を引用して,「曲率ρとdρ/dtからなる2次元座標において,複数の線路状態領域にあらかじめ区分され,座標(ρ,dρ/dt)の位置を調べることによって,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別するようにすることは,当業者が容易になし得たことである」(決定書7頁第3段落)とした決定の判断に誤りはない。すなわち,上記の周知技術を前提として,刊行物1に記載された,車両が走行するカーブ及びそれに関連する入り口及び出口の遷移区間の幾何学的な特徴を示す図11と,角速度ωZ を示す信号の変化が示されている図14及び角加速度dωZ /dtを示す信号の変化が示されている図16とを対比すると,角速度ωZ を示す信号と角加速度d ωZ /dtを示す信号との組合せにより,鉄道線路の状態を判別することができることは,当業者にとって自明な事項であるということができる(刊行物1には,ωZ が正の値の図しか示されていないものの,カーブの向きが時計回りか反時計回りかのいずれかを正にすれば,他は負となることは自明であり,ωZ が負の値をとる場合の図は省略されていると理解することは極めて容易であるから,当業者が刊行物1の図11,図14及び図16をみれば,角速度ωZを示す信号と角加速度d ωZ /dtを示す信号との組合せにより,鉄道線路の直線,右入口緩和曲線,右本曲線,右出口緩和曲線,左入口緩和曲線,左本曲線,左出口緩和曲線を判別できることは,極めて容易に理解することができる。)。
原告は,本件発明は,2次元座標(ρ,dρ/dt)に関する論理値表に基づき,鉄道線路の直線,右入口緩和曲線,右本曲線,右出口緩和曲線,左入口緩和曲線,左本曲線,左出口緩和曲線を,リアルタイムで(事実上同時に)正確に判別することが可能であるという,引用発明1にはない作用効果を奏する,と主張する。しかし,引用発明1と周知の技術事項から,本件発明1の構成を容易に想到し得るものであることは上記のとおりである以上,その構成から原告が主張するような作用効果が生じることが格別に予想困難であるなどの特段の事情がない限り,原告が主張する作用効果により,本件発明の進歩性が基礎付けられるわけではない。
原告の主張に理由がないことは明らかである。
(2) 原告は,決定が,甲14文献を引用して,曲率ρとその変化率を利用して鉄道線路状態を判断できることは周知の事項である,と認定したことは誤りである,と主張し,その理由として,(ア)甲14文献では,曲率データと距離に関する曲率変化率を使用するものであるから,リアルタイムで鉄道線路状態を検出することは不可能である,(イ)甲14文献に記載された構成は,曲率データと曲率変化率とを同時に用いて鉄道線路状態を判別する構成ではない,(ウ)甲14文献は,本件出願の出願日直前に発行された刊行物であるから,その技術は周知の事項とはいえない,と主張している。
確かに,甲14文献では,「一定の長さの区間・・・について曲率・・・の差分を求め,その区間の距離で割ることによって曲率変化率・・・を求める。」(甲第14号証【0016】)と記載されており,前記の曲率変化率は,距離に関する曲率変化率である。しかし,決定は,「ωZ (ヨーレイト)より曲率ρを求め,該ρとその変化率 を利用して鉄道線路状態を判断できること周知の事項・・・であり,」(決定書7頁第3段落,下線付加)と述べており,時間微分と認定しているわけではなく,「変化率」と認定しているのであり,また,距離に関する曲率変化率であっても,これが曲率の変化率であることに違いはないのであるから,曲率ρ及びその変化率を利用して鉄道線路状態を判断できることを示す証拠として,甲14文献を引用することが誤りであるという理由はない。原告は,本件発明と甲14文献に記載された技術とは,リアルタイムであるかどうかなどの差異があると主張するけれども,決定は,本件発明と甲14文献に記載された技術とが同一の技術であるといっているわけではなく,甲14文献を示すことにより,センサにより検出された鉄道線路の状態を示す信号とその微分信号(決定のいう「変化率」)の組合せによって,鉄道線路状態の判別をすることが,本件出願前から知られていることを示したにすぎないのであるから,原告の上記(ア),(イ)の主張は理由がない。
また,原告の上記(ウ)の主張については,前記認定のとおり,乙2文献にも,曲率に比例する変位量xとその微分とを用いて,鉄道線路状態を判別することが記載されているのであるから,甲14文献を1例として掲げ,前記周知技術を認定した決定の判断に誤りがないことは明らかである。なお,原告は,乙2文献が開示している技術は,本件発明のように曲率ρとdρ/dtとを扱っておらず,また緩和曲線などの鉄道線路状態の検出を開示していないのであるから,前記事項が周知であることの証拠とならない,と主張する。しかし,本件発明と前記周知技術とが全く同一である必要がないことは上記と同様であるから,原告の上記主張は,前同様に理由がない。
(3) 原告は,本件発明は,相違点3に係る構成により,前記第3・2(3)の(ア)ないし(カ)に示す効果を奏するのに対し,引用発明1は,これに甲14文献記載の技術内容とを組み合わせたとしても,これらの効果を達成することはできない,したがって,決定の相違点3の判断は誤りである,と主張している。
しかしながら,引用発明1及び甲14文献に示される技術に基づいて,曲率ρとdρ/dtからなる2次元座標において,複数の線路状態領域にあらかじめ区分され,座標(ρ,dρ/dt)の位置を調べることによって,現在の走行位置における鉄道線路状態を判別するとの構成は,当業者が容易になし得たと認められるのは前記認定のとおりであり,この構成とした場合には,原告が主張する(ア)ないし(カ)の作用効果を奏することは当然に予測できるものである。したがって,原告の上記主張が理由がないことは明らかである。
(4) 本件発明2ないし5と引用発明1との相違点3についての決定の判断は,前記判断と同一であるから,その判断に誤りがないことは,前記のとおりである。
3 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久