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事件 平成 13年 (ワ) 20971号 特許権損害賠償請求事件
原告A
訴訟代理人弁護士 斎藤栄治
同 赤尾直人
被告B
訴訟代理人弁護士 蓑毛誠子
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/12/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,原告に対し,金200万円及びこれに対する平成13年10月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その1を被告の,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,金560万円及びこれに対する平成13年10月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 争いのない事実等 (1) 当事者等 ア 原告は,別紙特許権目録(1),(2)記載の日本国特許権の特許権者であり,別紙特許権目録(3)記載の米国特許権の特許権者である(以下それぞれ「本件特許権(1)」,「本件特許権(2)」及び「本件特許権(3)」といい,これらをまとめて「本件各特許権」という。また,本件特許(1),(2),(3)に係る発明を「本件発明(1)」,「本件発明(2)」及び「本件発明(3)」といい,これらをまとめて「本件各発明」という。)。
原告は,有限会社ミヤウチ柑橘研究所の代表者である。
イ 被告は,社団法人北里研究所(以下「北里研究所」という。)に勤務している者であり,本件各発明の発明者の一人として本件各特許権の特許公報に記載されている。
(2) 株式会社エントロースによる特許等表示の存在等 ア エントロース発毛研究所こと株式会社エントロース(以下「エントロース」という。)は,平成12年11月以降,「エントロースシャンプー」,「エントローストリートメント」,「エントロースヘアエッセンス」の商品名で,育毛用化粧品(以下「本件化粧品」という。)を,株式会社ジェーピーアール(以下「JPR」という。),有限会社ムゲンネット・インターナショナル(以下「ムゲンネット」という。)等の化粧品取扱業者,薬局等に対して卸販売を行っている他,インターネット等を介して,一般消費者に対して小売販売を行っている(甲7,甲8の1,2,弁論の全趣旨)。
イ エントロースは,本件化粧品のうち,「エントロースシャンプー」及び「エントロースヘアエッセンス」の包装箱(以下「本件包装箱」という。)に,遅くとも平成13年5月以降,「自然も髪も蘇生する」などの効果の記載及び「特許取得成分配合」の記載と共に,本件特許権(1)(2)の日本国特許庁における出願番号及び本件特許権(3)の米国特許庁における特許番号を表示していた。また,エントロースは,本件化粧品が掲載されているカタログにおいても,遅くとも平成13年5月以降,本件化粧品には,日本国及び米国において特許権を取得した天然育毛成分を配合してある旨の表示をしていた(甲5,甲6の1,2,弁論の全趣旨)。
ウ JPRが開設しているインターネットのホームページには,本件化粧品が掲載されているが,遅くとも平成13年5月以降,本件化粧品は,被告が日本とアメリカで取得した特許の実施品である旨並びに本件特許権(1)(2)の日本国特許庁における公開番号及び本件特許権(3)の米国特許庁における特許番号が表示されていた(甲7)。
エ ムゲンネットが開設しているインターネットのホームページには,本件化粧品が掲載されているが,遅くとも平成13年5月以降,本件化粧品は,日本とアメリカで取得した特許の実施品である旨並びに本件特許権(1)(2)の日本国特許庁における公開番号,出願番号,発明の名称及び本件特許権(3)の米国特許庁における特許番号が表示され,平成13年8月以降には,本件化粧品が,日本とアメリカで取得した特許の実施品である旨が表示されていた(甲8の1,2,以下,イないしエの表示をまとめて「本件特許等表示」という。)。
(3) エントロースらに対する原告らによる訴え提起等 ア 原告は,平成13年6月から7月にかけて,エントロース,JPR及びムゲンネットに対し,上記(2)の各表示は,本件化粧品の「品質,内容」を誤認させる表示であるので中止するよう要請したが,エントロース,JPR及びムゲンネットは,結局当該要請には応じなかった(甲11ないし14の各1,2,弁論の全趣旨)。
そこで,平成13年8月7日,原告及び有限会社ミヤウチ柑橘研究所は,弁護士を代理人として,エントロース,JPR及びムゲンネットに対し,不正競争防止法2条1項12号(改正前のもの),3条,4条,民法709条に基づいて,本件化粧品若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信に本件化粧品が本件各発明のいずれかの実施品である旨の表示をすることの差止め,総額1700万円(ただし,同額には弁護士費用が含まれている。)の損害賠償等を求める訴訟を提起した(甲15の1,2,弁論の全趣旨。以下「別件訴訟」という。)。
イ 別件訴訟において,エントロースは,答弁書を提出し,本件各特許権に関しては,発明者である被告からエントロースの代表取締役であるC(以下「C」という。)及び同社取締役であるD(以下「D」という。)に対し使用権が許諾された旨主張するとともに,被告の署名押印がある平成12年3月9日付けの特許使用承認証の写し(甲4。以下「特許使用承認証(1)」という。)を提出した(甲18,弁論の全趣旨)。
ウ その後,別件訴訟のうち,エントロースを被告とする訴訟に関しては,平成13年10月11日,エントロースが上記アの表示を抹消し,今後は使用しないこと等を内容とする和解が成立した(甲28の1)。また,その他の被告に関しても,同月22日と26日に,同様の内容での和解が成立した(甲28の2,3)。いずれの被告との和解においても和解金の支払条項はない(甲28の1ないし3)。
(4) 被告名義の特許使用承認証について ア 被告の署名押印のある特許使用承認証又はその写しは,上記(3)イのものの他に,作成年月日が記載されていないもの(乙61別紙@。以下「特許使用承認証(2)」という。),平成12年3月9日付けのもの(甲29。以下「特許使用承認証(3)」という。),平成12年3月9日付けのもの(乙61別紙A。「特許使用承認証(4)」という。),同年9月29日付けのもの(甲50。「特許使用承認証(5)」という。)がある(特許使用承認証に関しては,いずれも被告名義部分に関し,被告は真正に成立したことを争っている。)。
イ 特許使用承認証(1)ないし(4)には,不動文字で「私の発明した特許出願公開番号,特開平9-20716,出願番号,特願平8-11328,(発明の名称)育毛剤,及び特許出願公開番号,特開平9 202798,出願番号,特願平8-11327(発明の名称)毛乳頭細胞増殖促進作用を有するペプチド,の特許に関し下記の者が使用する事を承認する。使用方法・目的・使用料などについては,その都度申し合わせの上決定する。」と記載され,その下に,発明者として被告の記名押印と署名がされ,その下に,使用者として,CとDの名と生年月日と住所が記載されている。
特許使用承認証(4)には,上記不動文字と被告の記名押印の間に,手書きで「平成12年3月9日」と記載されている。特許使用承認証(1)は,特許使用承認証(4)と同じものであるが,「平成12年3月9日」に加えて,上記「特開平9-20716」の7の前に手書きで「2」と記載されている。 特許使用承認証(2)には,手書きの記載はない。本件特許使用承認証(3)は,特許使用承認証(2)と同じものであるが,上記不動文字と被告の記名押印の間に,手書きで「平成12年3月9日」と記載されている。
ウ 特許使用承認証(5)には,右上に平成12年9月29日と記載され,その下に,不動文字で「私の発明した特許出願公開番号,特開平9-202716,出願番号,特願平8-11328,(発明の名称)育毛剤,及び特許出願公開番号,特開平9-202798,出願番号,特願平8-11327(発明の名称)毛乳頭細胞増殖促進作用を有するペプチド,の特許に関し下記の者が使用する事を承認する。使用方法・目的・使用料などについては,その都度申し合わせの上決定する。」と記載され,その下に,発明者として被告の記名と署名押印がされ,その下に,原告名の署名押印があり,その下に,使用者としてエントロースが記載されている。
2 事案の概要 本件は,原告が被告に対し,(1)被告は,本件各特許権に関する実施許諾権限がないにもかかわらず,エントロースに対し,本件特許権(1)(2)の使用承認証を作成して,これらの特許権の実施を許諾した,(2)被告は,エントロースによる本件化粧品の開発販売に協力すること等によって,本件化粧品は,本件特許権(1)(2)の実施品であり,エントロースは,被告から本件特許権(1)(2)の実施を許諾されたとの誤解を生じさせ,その後も誤解を解く行為をしなかった,(3)その結果,「品質,内容」を誤認させる虚偽の表示である本件特許等表示が行われた,(4)そのため,原告及び有限会社ミヤウチ柑橘研究所は,本件特許等表示の抹消等を求めて,エントロースらに対して,別件訴訟を提起せざるを得ず,さらに,原告は,被告に対して,本件訴訟を提起せざるを得なかった,(5)よって,原告は,被告の上記(1)(2)の不法行為により,弁護士費用相当額の損害を被った,と主張して,損害賠償を請求する事案である。
3 本件の争点 (1) 被告が上記2(1)(2)の行為をしたかどうか(特許使用承認証の被告名義部分の成立等) (2) 別件訴訟の請求の当否 (3) 本件請求が権利の濫用かどうか (4) 被告による上記行為と原告による弁護士費用の支出との相当因果関係の有無及び損害額
争点に対する当事者の主張
1 争点(1)について 【原告の主張】 (1) 被告は,平成13年3月9日及び同年9月29日,C及びDに対し,特許使用承認証により,本件発明(1)(2)の実施を許諾する旨の意思表示を行った。
(2) 被告は,エントロースに対して,本件特許権(1)(2)の公開特許公報を交付し,本件特許権(1)(2)の内容や権利者について誤解させるような説明を行い,エントロースによる本件化粧品の開発販売に協力することによって,本件化粧品が本件特許権(1)(2)の実施品であり,エントロースが被告から本件特許権(1)(2)の実施を許諾されたとの誤解を生じさせ,その後も,その誤解を解く行為をしなかった。
【被告の主張】 (1) 実施許諾について 被告がC又はDに対して,本件発明(1)(2)の実施を許諾した事実はない。
被告は,本件発明(1)(2)の発明者にすぎず,これらの特許について実施許諾を行うことができる立場にはない。
被告は,特許使用承認証に署名押印したことはないし,特許使用承認証に押印されている印鑑は被告のものではない。これらの承認証は,いずれもエントロースが偽造した書面である。 (2) エントロースに対する説明及び協力行為について 被告は,エントロースに対して,本件特許権(1)(2)の公開特許公報を交付しておらず,本件特許権(1)(2)の内容や権利者について誤解させるような説明を行っておらず,エントロースに対する「協力」行為を行っていないのであり,被告がエントロースに対して被告から本件特許権(1)(2)の実施を許諾されたとの誤解を生じさせたということはない。エントロースは,本件化粧品が本件特許権(1)(2)の実施品でないことを知りながら本件特許等表示を行っていたのである。また,被告は,エントロースの誤解を解く行為を行うべき法的義務を負っていない。
2 争点(2)について 【被告の主張】 別件訴訟における請求(不正競争防止法に基づく請求)は,以下に述べるとおり,そもそも認められる余地のないものであって,経済的な損失の回復を目的とせず,私的な感情の充足を目的とするものであるから,本件訴訟において,別件訴訟の追行に要した弁護士費用の負担を被告に求めることはできない。
(1) 不正競争防止法に基づく差止請求権を行使するためには,不正競争行為によって「営業」上の利益が害されるおそれが存在する必要がある。そして,「営業」とは,営利を目的として継続反復して行われる事業活動を意味するところ,原告は,本件各特許権につきそのような事業活動を行っているという事実は存在しない。原告が有限会社ミヤウチ柑橘研究所に対し,独占的な通常実施権を許諾しているということはないか,あるとしても実体のないものである。また,下記(2)のとおり本件各発明は実施不能であるし,有限会社ミヤウチ柑橘研究所が販売している商品は,本件各発明の実施例とは製法が異なるから,同商品は,本件各特許権の実施品ではない。
(2) 本件特許権(1)(2)は,原告が北里研究所に委託した一連の試験の途中段階において出願されたものであるところ,同研究所の最終的な試験結果である平成10年7月21日付け「柑橘系自然化粧水の養毛効果に関する研究 第7報:柑橘類果皮エキス中のウサギ髭培養毛乳頭細胞増殖促進物質の性状・構造に関する報告書」(乙69。以下「第7報」という。)によると,夏蜜柑の抽出液から分離精製され,ウサギ髭毛乳頭細胞増殖促進作用を有するとされた白色粉末は,ペプチドではなく,L-アスパラギンであることが同定された。そして,L-アスパラギンには毛乳頭細胞増殖促進作用は認められないことが判明している。そうすると,本件特許権(1)(2)は,実施不能の発明に対して付与されたものであり,また,産業上の利用可能性もないから,明らかな無効理由が存在することとなるから,そのような特許権を根拠とする請求は権利の濫用である。
(3) 本件化粧品は本件各特許権の実施品ではなく,実施品でないものに特許番号を付すことにつき,実施料を得ることはできないのであるから,このように特許番号を付されたことによる実施料相当額の損害を請求することはできない。
【原告の主張】 (1) 原告は,自らが代表者である有限会社ミヤウチ柑橘研究所に対し,独占通常実施権を設定しており,実施の許諾を行う業務を遂行している。
(2) 本件発明(1)(2)は,原告の北里研究所に対する調査委託に係る試験結果のうち,平成8年6月24日付け「柑橘系自然化粧水の養毛効果に関する研究 第5報:柑橘類果皮エキス中のウサギ髭培養毛乳頭細胞増殖促進物質の精製・単離・性状に関する報告書」(乙67。以下「第5報」という。)に立脚したものであるが,第5報と第7報は,それぞれ独立して存在する試験であるところ,第5報で用いられた試料と第7報で用いられた試料とが同一物であるとは認められないこと,第5報のスペクトルは,L-アスパラギンのスペクトルとは異なること,第7報の分析方法には問題があること等からすると,第7報における試験結果をもって,第5報における試験結果を否定することはできない。
(3) エントロースらによる本件特許等表示は,原告の許諾なしには不可能であり,当該許諾においては,実施料の支払を必要としていることからすると,原告はエントロースらに対して実施料相当額を請求することができる。
3 争点(3)について 【被告の主張】 上記2【被告の主張】(1)(2)記載の事情,原告による本件訴訟提起の目的は経済的な損失の回復にはなく,私的な感情の充足にあること,原告は本件訴訟において信義誠実に反する訴訟追行をしていること及び請求が認容されることによって被告が被る不利益等からすると,本件訴訟における原告の請求は,権利の濫用である。 【原告の主張】 被告の主張は争う。
4 争点(4)について 【原告の主張】 (1) 原告は,原告訴訟代理人に対し,以下の内訳による着手手数料360万円を支払った。
事件全体の着手手数料 200万円 別件訴訟提起に伴う着手手数料 100万円 本件訴訟提起に伴う着手手数料 60万円 (2) 別件訴訟が和解により終了したことによる別件訴訟の成功報酬相当額は,200万円である。
(3) 本件化粧品について本件特許等表示がされたのは,被告の上記1【原告の主張】(1)(2)記載の行為によって生じたものであり,さらに,被告は,エントロースに対して本件特許権(1)(2)の実施を許諾したことを認めず,争っているから,被告の上記行為と原告の上記弁護士費用の支出との間には相当因果関係があるというべきである。
【被告の主張】 (1) 仮に,被告が原告主張に係る行為を行ったとしても,被告の行為と原告が弁護士費用を支払ったこととの間には,相当因果関係はない。
(2) 損害額に関する原告の主張はすべて争う。
早期の和解により解決した別件訴訟における弁護士費用について,着手金300万円,報酬金200万円は,過大であり,本件訴訟の弁護士費用も過大である。
争点に対する当裁判所の判断
1 事実経過 前記第2の1の事実並びに証拠(甲1,2の各1ないし3,甲3,4,甲15,16の各1,2,甲17,18,甲20,21の各1,2,甲22,23,29ないし31,甲32の1,2,甲33ないし35,甲36の1,2,甲37,43,甲44の1,2,甲45,甲46の1ないし3,甲47,50,51,乙2,5ないし8,乙17,18,乙19の1,2,乙41,42,乙43の1ないし3,乙44ないし46,乙47の1,2,乙48,乙49の1ないし3,乙55,58ないし61,乙62の1,2,乙63,64,検甲1,調査嘱託の結果,D証言,C証言,被告本人)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
(1) 平成11年9月に本件特許権(1)が,同年10月に本件特許権(2)がそれぞれ登録された。
本件特許権(1)は,柑橘類から得られる,毛乳頭細胞増殖促進作用を有するペプチドに関するものである。また,本件特許権(2)は,柑橘類から得られる,毛乳頭細胞増殖促進作用を有するペプチドを含有する育毛剤に関するものである。さらに,本件特許権(3)は,毛乳頭細胞増殖促進作用を有する育毛剤に関するものである。
(2) Dは,発砲スチロールの溶解剤としてリモネンを用いることを検討していたため,知人にリモネンの専門家を紹介してくれるよう依頼していたところ,Dは,知人から被告を紹介され,平成12年2月4日,被告と会った。その際,Dは,被告から,本件各特許権の話を聞き,エントロースが育毛クリニックを経営していたことから,本件各特許権に関心を持った。そして,Dは,同日夜,Cに被告を紹介した。
(3) その後,近い時期に,被告は,Dに対し,本件特許権(1)(2)の公開特許公報を交付した。
(4) Dは,下記(5)の申請をするために,被告から本件各特許権の使用承諾を得ることが必要であると考え,予め被告に連絡したうえ,特許使用承認証を作成して,同年3月9日に,従業員のE(以下「E」という。)に,北里研究所までその承認証を持参させた。
Eは,同日,北里研究所において,被告から,特許使用承認証(1)ないし(4)の手書きの書込みのないもの2通に署名押印を得て,持ち帰った。
(5) エントロースは,同年3月14日,東京都知事に対し,「1.研究開発等事業計画の題目 『柑橘類果皮エキス使用による育毛洗髪剤の事業化』2.研究開発等事業の目標 『社団法人北里研究所内B氏他2名が発明した柑橘類果皮エキスが育毛の効果があることが判明し,その成果を育毛洗髪剤として商品化し,1500万人以上と言われている毛髪に悩みを持つ人々に役立たせることが目標である。
また,原料となる柑橘類は純国産の無農薬,有機栽培とし柑橘類生産農家の発展にも寄与したい』」と記載された「中小企業の創造的事業活動の促進に関する臨時措置法に基づく研究開発等事業計画に係る認定」(以下「創造法認定」という。)の申請を行った。その際,エントロースは東京都に対し,特許使用承認証(2)の写し及び本件特許権(1)(2)の公開特許公報を提出した。なお,この公開特許公報には,特段手書きの記号等は記載されていなかった。
東京都知事は,同年6月1日,同申請に関し不認定とする通知をした。
(6) 被告は,同年6月6日,エントロースに対し,「柑橘果皮エキス由来のウサギの髭培養毛乳頭細胞増殖促進物質について」と記載された資料及びF著「男性型脱毛症と育毛有効成分」と題する論文をファックス送信した。なお,F論文中の「近年は細胞培養等の技術の進歩に伴う細胞レベルでの研究の進展により,新たな明確な狙いを持つ育毛成分の開発が盛んに試みられている。」という部分にアンダーラインが引かれ,かっこが付されている。
(7) 被告は,同年6月ころ,Dから,オレンジ油とラベンダー油を抽出する機械を製造する会社の紹介を依頼され,有限会社新日本技研(以下「新日本技研」という。)を紹介した。Dは,被告とともに,同社を訪問し,同社はエントロースに対して,見積書及び工程図を提出した。
(8) 巣鴨信用金庫中野支店は,同年6月9日,エントロースに対し,500万円を東京信用保証協会の保証付きで貸し渡したところ,その融資に当たって,エントロースは同金庫に対し,特許使用承認証(1)を提出した。
(9) エントロースは,同年6月14日,東京都知事宛に,上記不認定通知に関し,「@科学的な原理と効果,A客観的なデータ最新のものを添付させて頂きますので,認定頂けますよう重ねてお願い申し上げます。」と記載した書面を提出した。
そして,エントロースは,同月16日,研究開発等事業計画の題目を「日本国及びアメリカ合衆国にて発明特許を取得した,柑橘類果皮エキスの育毛効果を応用し,天然柑橘類果皮エキスにラベンダーエキスを配合した育毛洗髪剤他の開発と事業化」と記載し,研究開発等事業の目標を「柑橘類果皮エキスには育毛効果がある事が学術的に証明された。この発明成果は社団法人北里研究所内B氏らが既に日本国及びアメリカ合衆国で特許権を取得した。その成果を育毛洗髪剤として商品化し,毛髪に悩みを持つ人に役立たせることが目標である。・・・」と記載した認定申請書を再度提出した。その際,エントロースは,上記新日本技研が作成した見積書及び工程図とともに,特許使用承認証(4)の写しを提出した。
(10) エントロースは,上記6月16日提出に係る申請書の表紙部分について,東京都の指導により,題目を「天然柑橘類果皮エキスの育毛効果を応用した育毛洗髪剤他の開発と事業化」に変更すると共に,目標を「天然柑橘類果皮エキスには育毛効果がある事が学術的に証明された。その成果を育毛洗髪剤として商品化し,毛髪に悩みを持つ人に役立たせることが目標である。・・・」と変更した。
(11) 東京都知事は,同年9月1日,エントロースに対し,上記変更後の申請について創造法の認定を行った。 (12) 被告は,同年9月29日金曜日の昼,エントロースからの要請に応じてエントロースの事務所を訪問した。そして,被告とD及びCは,エントロースの事務所近くにある全国勤労者青年会館(中野サンプラザ)内のレストランで昼食を共にし,シャンパンを飲んだ。上記訪問の際,D及びCは,被告に対し,特許使用承認証に署名押印するよう依頼した。そして,被告は,特許使用承認証(5)に自らの署名と押印をした。
(13) その後,エントロースは,東京信用保証協会に対し,特許使用承認証(5)を提出した。
(14) エントロースは,同年10月25日,本件化粧品の発表会(以下「本件発表会」という。)を開催し,被告も参加した。被告は,発表会場の前列テーブルに座席がある来賓席に座った。
本件発表会において,冒頭,司会者が,エントロースが販売する新製品の紹介をした。その際,司会者は,「B教授は『このリモネンは発泡スチロールを溶かすために研究開発したのではないのです。化粧品として使えないかと思って研究したんです。特に育毛効果について発明も特許も日本とアメリカで認可された』と聞き,会長であるDは,直ぐにエントロース発毛研究所のC社長を紹介しました。
そして,3月9日に発明特許の使用権利をC社長とD会長に許可して頂きました。」と述べた。そして,司会者は「この商品を発明致しました社団法人北里研究所B教授でいらっしゃいます・・・」と被告を紹介し,この紹介の後,被告はスピーチを行った。
これら一連の被告の紹介等に関し,被告は,特段異議や訂正を行うことはなかった。
被告は,本件発表会終了後,本件特許権(1)ないし(3)の特許番号が表示されたエントロースの本件化粧品を記念品として持ち帰った。
(15) 巣鴨信用金庫中野支店は,同年11月27日,エントロースに対し,東京信用保証協会の保証付きで,2000万円の貸付けを行った。
(16) 原告代理人は,平成13年6月14日,被告に対し,本件特許等表示が行われるに至った経過,本件化粧品が本件特許の実施品であるかどうか,本件特許等表示を行うに至ったことについての被告の責任の処し方に関する質問を含む通告書を送付した。
これに対し,被告は,同年6月27日,本件特許等表示には全く関与していないこと,エントロースには6月8日に抗議をして本件特許等表示を抹消させたこと等を記載した書面を送付した。
その中で,被告は,「平成12年3月14日に潟GントロースD氏,Cさんと会いました。その際,D氏側とBとの話の内容については,はっきり記憶しているはけでわありません(注:原文のまま)。しかしながら,当然D-リモネンや特許の事などの話題も出たとは思いますが,それはごく一般的な話しの範囲内で答えているはずです。・・・」と述べている。
(17) Dは,平成13年6月14日,被告に対し,創造法認定申請に関する書類を送付した。その中には,第1回から第3回までの認定申請書表紙が同封されており,平成12年3月14日付け申請書表紙には,手書きで「都庁から不認定の通知を受け別紙で上申書を提出し再申請を出しました」,「発明特許を商品化することは拒否されました」,「再三都庁と話し合った結果,@Aの課題を変更することで再申請が受理されました」との記載があり,また,平成12年6月16日付け申請書表紙(認定部分が空欄のもの)には,手書きで「2回目の申請書ですが,課題@Aが不適切ということで3回目が表紙の申請書です。それが認定されました。」と記載されている。
なお,上記封書は,本件訴訟提起後被告代理人により開封された。
(18) 原告らは,平成13年8月7日,エントロースらに対し,別件訴訟を提起した。
別件訴訟の訴状の写しには,被告は本件特許権(1)(2)の特許権者ではなく,一発明者に過ぎないこと,ホームページに被告が特許権者であると表示されていること等被告に関する記載があった。
同訴状を受け取ったDは,同月20日,被告に対し,訴状の写しを送付すると共に,被告の意見を参考に答弁書を作成したい旨の手紙を送った。
これに対し,被告代理人は,同年10月5日に,送られてきた訴状をそのまま送り返した。
(19) 原告代理人は,同年9月5日,被告に対し,エントロースとの別件訴訟において提出された特許使用承認証(1)の署名の真偽等に関して照会する照会状を送付した。これに対し,被告は,同月10日,特許使用承認証(1)の署名は自分の署名と似ているが,署名したことはない旨回答した。
東京都産業労働局商工部創業支援課(以下「東京都創業支援課」という。)は,同月10日,被告に対し,エントロースから提出された上記認定申請書その他の提出資料を送付した。これに対し,被告は,同月14日,東京都創業支援課に対し,上記申請書及び特許使用承認証(1)等の問題点を記載した書面を送付した。その中で,被告は,特許使用承認証(1)の署名は自分の署名と似ているが,実際に署名した覚えはないと記載している。
東京都創業支援課技術振興係は,同月18日,エントロースに対し,創造法申請認定に関し,被告から,本件特許権(2)と実施事業には何らの関係もないこと,特許使用承認証は被告が作成したものではないことの指摘を受けたとして,これらの点について,説明することを求める文書を送付した。これに対し,エントロースは,同月27日,東京都創業支援課技術振興係に対し,平成12年3月9日に北里研究所において被告が直筆で特許使用承認証に署名して押印し,特許権の使用承認を得た旨等を記載した回答書を送付した。
(20) 特許使用承諾証(1)ないし(5)に記載されている被告名義の署名の筆跡は,被告の筆跡と類似している。
被告は,エントロースやD,Cに対し,年賀状や暑中見舞いなどを送ったことはなく,エントロース関係者が被告の直筆の字体を認識する機会はなかった。 特許使用承諾証(1)ないし(5)に押捺されている被告名義の印鑑は,いわゆる三文判といわれるようなものではない。
(21) DとCは,特許権者と発明者の違いを始めとする,特許に関する知識を有しておらず,発明者においても発明の実施許諾を行う権限があると考えていた。
また,被告は,特許権者と発明者との明確な区別がついておらず,特許権者は,発明者の代表であると認識していた。
2 上記1の認定に反する被告の主張について (1) 被告は,DやCに対して,本件各特許権について話したことはなく,公開特許公報をDに交付した事実もない旨主張し,乙55(被告の陳述書)には,その旨の記載があるほか,被告は,本人尋問において,その旨の供述をする。
しかしながら,証拠(甲36の1,甲46の1,2,甲47,被告本人)及び弁論の全趣旨によると,エントロースは,本件特許権(1)(2)に係る公開特許公報を所持していたところ,本件特許権(1)に係る同公報の左上部分には手書きで「(社)北里研究所B氏提供」との記載があり,また,右上部分には「7900-P -1」という記載があること,上記右上部分の記号は,本件特許権(1)(2)の出願代理人であるG弁理士事務所におけるケース番号であること,被告は原告の長女を介してG弁理士事務所から本件特許権(1)(2)に係る公開特許公報を受け取ったことがあること,以上の事実が認められ,以上の事実に,DやCは,本件各特許権について,被告から聞く以外の方法でこれらの存在を知ったことを認めるに足りる証拠が全くないこと,DやCは特許に関する知識を有していないから,同人らが独自に調査をして,被告とは関係なく,本件各特許権について知ったとか,特許公開公報を取得したというのは不自然であること,その他上記1認定の事実を総合すると,上記認定のとおり,被告は,Dに対して,本件各特許権について話し,上記特許公開公報を交付したものと認められる。
なお,上記1(5)認定のとおり,エントロースが東京都に対して提出した特許公開公報には,特段手書きの記号等は記載されていなかったことが認められるが,上記認定の特許公開公報の交付を受けた後に,それとは別に取得した特許公開公報を東京都に対して提出することもあり得るから,上記認定のとおり被告が交付したことを覆すに足りる事情とは認められない。
(2) 被告は,平成12年3月9日は,含湿度実験を行っており,特許使用承認証に署名押印したことはない旨主張し,乙55(被告の陳述書)には,その旨の記載があるほか,被告は,本人尋問において,その旨の供述をする。
しかしながら,証拠(甲32の1,2)及び弁論の全趣旨によると,エントロースは,平成12年3月16日に,Eに対して,北里研究所までの旅費として1820円を支払っていることが認められる。また,上記1で認定したとおり,エントロース関係者は,被告の筆跡を知る機会が全くなかったにもかかわらず,特許使用承認証における被告名義の署名の筆跡は,被告の筆跡と類似していること,特許使用承諾証に押捺されている被告名義の印鑑は,いわゆる三文判といわれるようなものではないこと,被告は,Dに対して,本件各特許権について話し,特許公開公報を交付するなどしていたこと,被告は,本件発表会に出席し,被告が発明特許の使用権利を許可した旨の司会者の紹介に関し,特段異議や訂正を行うことはなかったこと(被告は,この点について特許発明が何かわからなかった旨主張するが,他に本件各発明と同種の発明があったことはうかがえないから,到底採用できない。),DやCはもとより,被告も特許権者と発明者の違いを正確に理解していなかったこと,以上の事実が認められる。さらに,証拠(乙55,被告本人)によるも,被告は,平成12年3月9日に行っていた実験において,全く実験室から離れることができなかったとまでは認められない。そして,これらに,上記1認定のその他の事実を総合すると,上記認定のとおり,被告は,平成12年3月9日に,北里研究所において特許使用承認証(1)ないし(4)の手書きの書込みのないもの2通に署名押印したことが認められる。
なお,被告は,重要書類に署名捺印する場合は,極めて几帳面な書体で署名を行うと共に,印影の一部が「男」の字に重なるように捺印する習慣があると主張するが,特許使用承認証の被告名義の署名は必ずしも乱雑なものではないうえ,証拠(甲17,乙9ないし11の各1)によると,被告作成の書類で,印影の一部が「男」の字に重なるように捺印されていない書類が存在するものと認められるから,上記主張は,上記認定を覆すに足りるものとはいえない。
また,平成12年3月9日に被告が署名押印した特許使用承認証がどの特許使用承認証であったかについての原告の主張は変転しており,その点に関する甲43,51(Dの陳述書)における記載やDの証言も変転している。しかしながら,被告が平成12年3月9日に北里研究所において特許使用承認証に署名押印したとの原告の主張は,一貫しており,この旨のDの陳述書における記載や証言も変わっていないから,上記変転したことは,上記認定を覆すに足りるものではない。
(3) 平成12年9月29日,被告がエントロースを訪問したのは,特許使用承認証に署名押印するためではなく,エントロースの方から数回にわたって来訪の要請があったためであって,当日も,Dから新日本技研に対し,前金なしに機械の引渡しの打診をしてもらいたい旨の依頼があっただけであると主張し,乙55(被告の陳述書)には,その旨の記載があるほか,被告は,本人尋問において,その旨の供述をする。
しかしながら,被告主張の用件のみであれば,電話連絡等によっても十分であるのに,被告は,わざわざ平日の昼にエントロースまで赴いている(被告本人尋問における供述のとおり,エントロースからの問合せについて被告自身うんざりしていたというのであれば,電話等簡易な方法で対応することの方が自然である。)。また,上記1で認定したとおり,特許使用承認証における被告名義の署名の筆跡は,被告の筆跡と類似していること,特許使用承諾証に押捺されている被告名義の印鑑は,いわゆる三文判といわれるようなものではないこと,被告は,D(エントロース)に対して,本件各特許権について話し,特許公開公報を交付し,資料や論文を送信し,新日本技研を紹介するなどしていたこと,被告は,本件発表会に出席し,被告が発明特許の使用権利を許可した旨の司会者の紹介に関し,特段異議や訂正を行うことはなかったこと,DやCはもとより,被告も特許権者と発明者の違いを正確に理解していなかったこと,以上の事実が認められる。さらに,上記認定のとおり,被告は,平成12年3月9日に,特許使用承認証に署名押印したことが認められる。そして,これらに,上記1認定のその他の事実を総合すると,上記認定のとおり,被告は,平成12年9月29日における依頼により,特許使用承認証(5)に署名押印したことが認められる。
上記(2)の「なお」以下の記載は,上記認定の被告による特許使用承認証(5)の署名押印についても同様のことをいうことができる。
なお,特許使用承認証(5)における原告名義の署名押印が,真正に成立したものであることを認めるに足りる証拠はない。
(4) 被告は,エントロースが別件訴訟における和解条項を遵守していないこと,エントロースが資本金の額について虚偽の広告をしていること,エントロースが創造法認定の趣旨を偽った広告をしていること等を挙げて,特許使用承認証に関する原告の主張は誤りである旨主張するが,これらの事実は,上記(1)ないし(3)の認定と直接の関係はないから,何ら上記認定事実を覆すに足りるものではない。
3 争点(1)について (1) 以上認定のとおり,被告は,特許使用承認証(1)ないし(5)に署名押印したものと認められるから,被告は,エントロースに対し,本件特許権(1)(2)の実施を許諾したものと認められる。
(2) 本件化粧品が本件各特許権の実施品でないことは,本件訴訟においては,当事者間に争いがない。しかし,上記(1)のとおり,被告は,エントロースに対し,本件特許権(1)(2)の実施を許諾したのであり,この事実に,被告は,D(エントロース)に対して,本件各特許権について話し,特許公開公報を交付し,資料や論文を送信し,新日本技研を紹介し,本件発表会に出席して,司会者の紹介に関し,特段異議や訂正を行うことはなかった等の前記1認定の事実及び証拠(甲43)によるとDは化粧品の製法や成分についての専門的な知識を有しなかったものと認められることを総合すると,エントロースが,本件化粧品が本件各特許権の実施品であると誤解したとしても,やむを得ない状況にあったものと認められる。
4 争点(2)について (1) 別件訴訟の請求の当否 ア 証拠(甲10,45)及び弁論の全趣旨によると,原告は,自らが代表者である有限会社ミヤウチ柑橘研究所に対し,本件各特許権について,独占的な通常実施権を許諾しており,同社は,同許諾に基づいて「ゴールド化粧水」という商品名の化粧水を販売していることが認められる。
イ 本件特許等表示は,本件化粧品が本件各特許権の実施品でないにもかかわらず,実施品であると誤認させる表示であるということができるから,商品の「品質,内容」について誤認させるような表示に当たるものと認められる。
ウ 前記第2の1(2)のとおり,エントロースは,本件特許等表示を自ら行ったほか,JPR及びムゲンネットが本件特許等表示を行っているが,JPR及びムゲンネットの上記表示は,エントロースから提供された情報に基づいてされたものと推認することができるから,エントロースは,これらの各社に対して本件特許等表示を行わせたものと認められる。
エ 以上述べたところを総合すると,エントロース,JPR及びムゲンネットは,本件化粧品若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信に,その商品の「品質,内容」について誤認させるような表示である本件特許等表示を行い又は行わせ,本件各特許権について独占的な通常実施権を許諾している原告及びそれに基づいて商品を販売している有限会社ミヤウチ柑橘研究所の営業上の利益を侵害したものと認められる。
オ したがって,原告及び有限会社ミヤウチ柑橘研究所が,エントロース,JPR及びムゲンネットに対して,本件特許等表示の差止め及び損害賠償を求めた別件訴訟の請求は理由があるものであったと認められる。
(2) 被告の主張について ア 被告は,原告が有限会社ミヤウチ柑橘研究所に対し,独占的な通常実施権を許諾しているということはないか,あるとしても実体のないものであり,同社が販売している商品は本件各特許権の実施品ではないと主張する。しかし,原告が有限会社ミヤウチ柑橘研究所に対し,独占的な通常実施権を許諾していることは,上記認定のとおりであり,それが実体のないものであることを認めるに足りる証拠はない。また,本件各特許権は,下記イのとおり実施不能なものとは認められないし,本件各発明は物の発明であって,実施例と製法が異なるからといって直ちに本件各発明を実施していないということはできず,他に有限会社ミヤウチ柑橘研究所が販売している商品が本件各特許権の実施品ではないと認めるに足りる的確な証拠はない。
イ 被告は,本件特許権(1)(2)は,実施不能の発明に対して付与されたものであり,また,産業上の利用可能性もないから,明らかな無効理由が存在すると主張する。しかし,証拠(甲1,2の各1,甲52,乙67,69)及び弁論の全趣旨によると,本件特許権(1)(2)に係る発明は,第5報に基づいて出願されたものであること,第5報の実験結果は,特に矛盾があるということはなく,信頼できるものであること,第7報には,アミノ酸配列分析においてアスパラギンのピークしか認められないと記載されているが,他に無視できないピークがあるので,この記載は根拠不明であるなどの問題点があること,第7報には,第5報のアミノ酸分析において,ヒドロキシリシンが分析されたことについて,アスパラギンが加水分解されて,γ-hydroxy-β-aminobutyric acidとそのラクトン体,またはβ-aminobutanedioleの何れかが生成し,これがアミノ酸分析においてヒドロキシリシンと同じ挙動を示したものと考えられると記載されているが,これらの化合物は,ヒドロキシリシンとは化学構造及び分子量において明らかに相違しているから,ヒドロキシリシンの存在を否定する根拠とはならないこと,第5報と第7報では,アミノ酸分析の方法が同一かどうか明らかでないこと,以上の事実が認められ,これらの事実からすると,直ちに第7報によって第5報の結果が否定されるものと認めることはできないから,第5報に基づいて出願された本件特許権(1)(2)について,実施不能の発明に対して付与されたものであり,産業上の利用可能性もないことが明らかであるということはできない。したがって,本件特許権(1)(2)に明らかな無効理由が存在するとは認められない。
ウ 被告は,本件化粧品は本件各特許権の実施品ではなく,実施品でないものに特許番号を付すことにつき,実施料を得ることはできないのであるから,このように特許番号を付されたことによる実施料相当額の損害を請求することはできないと主張するが,原告及び有限会社ミヤウチ柑橘研究所は,上記認定のとおり営業上の利益を害された以上,損害が発生しているものと認められるから,それを実施料相当額として算定することができるかどうかはともかく,損害賠償請求は理由がある。
(3) したがって,原告及び有限会社ミヤウチ柑橘研究所の別件訴訟における請求は,理由があるものであって,被告が主張する別件訴訟の和解の経過や和解条項の違反行為等があるとしても,別件訴訟が経済的な損失の回復を目的とせず,私的な感情の充足を目的とするものであるとは認められない。
5 争点(3)について 前記第3の2【被告の主張】(1)(2)記載の事情は,上記のとおり認められない。また,前記2(2)認定のとおり,特許使用承認証に関する原告の主張は変転しており,他にも,前記1(18)認定の被告代理人がDに送られてきた訴状を送り返した経緯など,原告の主張が後に誤りであったことが判明したものが存するが,それらのみで,原告の本件訴訟における訴訟追行が信義誠実に反するものということはできない。さらに,被告は,別件訴訟の経緯や本件訴訟の和解の経過,別件訴訟の和解条項違反行為等を主張するが,これらによるも,原告による本件訴訟提起の目的は経済的な損失の回復にはなく,私的な感情の充足にあるとは認められないし,本件請求が認容されることによって被告が被る不利益は,特に考慮すべき事項とはいえない。したがって,本件訴訟における原告の請求が,権利の濫用であるということはない。
6 争点(4)について (1) 因果関係の存否等について 被告が,本件特許権(1)(2)の特許権者ではなく,その実施を許諾する権限がないにもかかわらず,エントロースにその実施を許諾した行為は,過失による違法行為であるということができる。
前記1(21)認定のとおり,CやDは特許権者と発明者の区別を始めとする,特許に関する知識を有しておらず,前記第2の1(3)イ認定のとおり,別件訴訟において,エントロースは,発明者である被告からC及びDに対し本件各特許権の使用が許諾された旨主張していたこと,前記3(2)認定のとおり,被告の上記許諾等の行為によって,エントロースは,本件化粧品が本件各特許権の実施品であると誤解したとしてもやむを得ない状況にあったこと,及び前記1認定のその他の事実を総合すると,本件特許等表示がされたことについては,被告が,本件特許権(1)(2)の実施を許諾したことがその原因となっているものと認められるから,原告及び有限会社ミヤウチ柑橘研究所は,本件特許等表示の差止め等を求める別件訴訟を,被告が本件特許権(1)(2)の実施を許諾したことが原因となって,提起せざるをえなかったものと認められる。そして,原告及び有限会社ミヤウチ柑橘研究所は,別件訴訟を提起するについて,弁護士に委任したのであり,証拠(甲25,26の各1,2)及び弁論の全趣旨によると,その弁護士費用は原告が負担したものと認められる。そうすると,被告による上記許諾行為と別件訴訟において原告が弁護士費用を支出した行為との間には,相当因果関係が存すると解するのが相当である。
したがって,原告の被告に対する別件訴訟の弁護士費用相当額の損害賠償請求は理由がある。
また,証拠(甲27の1,2)及び弁論の全趣旨によると,原告は,被告に対して,別件訴訟の弁護士費用相当額の損害賠償を求めて,弁護士に委任して,本件訴訟を提起し,弁護士費用を支出したものと認められる。上記のとおり別件訴訟の弁護士費用相当額の請求が理由があるから,本件訴訟の弁護士費用相当額の請求も理由がある。
(2) 被告が賠償すべき損害額について ア 前記第2の1の事実に証拠(甲15の1,甲18,19,甲25ないし27の各1,2,甲28の1ないし3,乙1)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
(ア) 原告は,平成13年6月11日,原告代理人両名に対し,エントロース等が本件虚偽特許等表示をしたことに起因する紛争全体の解決に関して,各100万円(合計200万円)を支払った。また,原告は,平成13年7月23日,別件訴訟を提起するに当たって,原告代理人両名に対し,各50万円(合計100万円)を支払った。これらの支払は,有限会社ミヤウチ柑橘研究所の弁護士費用を含んでいる。
(イ) 原告は,平成13年9月27日,本件訴訟を提起するに当たって,原告代理人両名に対し,各30万円(合計60万円)を支払った。
(ウ) 別件訴訟は,本件化粧品若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信に,本件化粧品が本件各発明のいずれの実施品である旨の表示をすることの差止め,総額1700万円(なお,同額には,弁護士費用の請求は300万円が含まれている。)の損害賠償等を求めるものであったが,別件訴訟におけるエントロースらの主張は,被告から本件各特許権について使用権の許諾を受けたということであって,この主張は,主張自体失当であった。そして,訴え提起から2か月余りで,別件訴訟は,和解によって終了した。和解の内容は,エントロースらは,本件特許等表示を抹消し,今後は使用しないこと等を内容とするもので,和解金を支払う旨の条項はなかった。
(エ) 別件訴訟の訴訟物の価額は3719万0475円であって,弁護士会の報酬会規によると,その場合の着手金の額は,180万円余りであり,成功報酬額は,その2倍の金額である。
イ 本件訴訟においては,弁論準備手続期日が6回,口頭弁論期日が5回開かれ,証人2名の尋問と被告本人尋問が行われ,提起から口頭弁論終結まで約1年間を要した。このような期間を要したのは,被告が特許使用承認証の被告名義部分の成立を争ったこと,原告のこの点に関する主張が変転したこと等による。
ウ 以上認定した事実に本件に表れた諸般の事情を総合考慮すると,別件訴訟と本件訴訟について被告に負担させるべき弁護士費用相当額は,200万円が相当である。
7 結論 以上の次第で,原告の請求は,主文掲記の範囲で理由があるから,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)特許権目録(1)日本国特許特許番号2983166号発明の名称毛乳頭細胞増殖促進作用を有するペプチド出願年月日平成8年1月25日出願番号特願平8-11327公開年月日平成9年8月5日・公開番号特開平9-202798登録年月日平成11年9月24日(2)日本国特許特許番号2989134号発明の名称育毛剤出願年月日平成8年1月25日出願番号特願平8-11328公開年月日平成9年8月5日公開番号特開平9-202716登録年月日平成11年10月8日(3)U.S.PatentPatentNumber6045801TheNameofInventionHAIRGROWERSHAVINGACTIONSOFPROMOTINGPROLIFERATIONOFHAIRPAPILLACELLSFiledJUNE.30,1998DateofPatentApril.4,2000
裁判長裁判官 森義之
裁判官 内藤裕之
裁判官 上田洋幸