関連審決 | 審判1999-35259 |
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関連ワード | 技術的思想 / 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 相違点の判断 / 周知技術 / 公知技術 / 技術常識 / 先行技術 / 技術的特徴 / 模倣 / 援用権(援用) / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 加工 / 設定登録 / 発明の範囲 / 請求の範囲 / 訂正明細書 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
66号
審決取消請求事件
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原告 株式会社丸ヱム製作所 訴訟代理人弁護士 植村公彦 同 桑山斉 訴訟代理人弁理士 中野収二 被告 若井産業株式会社 訴訟代理人弁理士 鎌田文二 同 東尾正博 同 鳥居和久 同 田川孝由 同 北川政徳 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/01/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第35259号事件について平成12年12月26日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「ドリル螺子」とする特許第2138117号の特許(平成3年9月25日出願,平成10年9月4日設定登録。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。 被告は,平成11年5月31日,本件特許を請求項1及び2のいずれに関しても無効にすることについて審判を請求した。 特許庁は,この請求を平成11年審判第35259号事件として審理した。 原告は,この審理の過程で,平成12年2月29日,訂正請求をした。特許庁は,審理の結果,平成12年12月26日,訂正は認められない,と判断した上で,「特許第2138117号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,審決の謄本を平成13年1月22日に原告に送達した。 2 特許請求の範囲(別紙図面1参照) 【請求項1】螺糸付きのシャンクと,該シャンクの前端に延設されたドリル部と,該シャンクの尾端に設けられた工具係合部を有する頭部とから成り,前記ドリル部の径方向に対向して2条の縦溝を形成して成るドリル螺子において,前記ドリル刃(4)が,先端に位置する小径ドリル部(4a)と,該小径ドリル部と前記シャンクの間に位置する大径ドリル部(4b)とを構成し,前記小径ドリル部(4a)は,該小径ドリル部の縦溝により形成される切削面(9a)の側縁に小孔用切削刃(10a)を構成し,前記大径ドリル部(4b)は,該大径ドリル部の縦溝により形成される切削面(9b)の側縁に螺糸の谷径よりも大きく且つ山径よりも小さい回転軌跡を規定する大孔用切削刃(10b)を構成し,前記小孔用切削刃(10a)から前記大孔用切削刃(10b)に連なる連続刃(10c)を設けて成り,前記小孔用切削刃(10a)と連続刃(10c)と大孔用切削刃(10b)のそれぞれから縦溝の溝底を成す前記切削面に向けて傾斜する掬い面(11a)(11c)(11b)を形成して成ることを特徴とするドリル螺子。(以下「本件発明1」という。) 【請求項2】小径ドリル部(4a)の軸長L1を工作物の肉厚Tに対して,L1≧Tに形成したことを特徴とする請求項1に記載のドリル螺子。(以下「本件発明2」という。) 3 訂正請求に係る特許請求の範囲の記載(下線が訂正された部分である。) 【請求項1】螺糸付きのシャンクと,シャンクを一対の分割ダイスで鍛造することにより形成され 該シャンクの前端に延設されたドリル部と,該シャンクの尾端に設けられた工具係合部を有する頭部とから成り,前記ドリル部の径方向に対向して2条の縦溝を形成して成るドリル螺子において,前記ドリル刃(4)が,先端に位置する小径ドリル部(4a)と,該小径ドリル部と前記シャンクの間に位置する大径ドリル部(4b)とを構成し,前記小径ドリル部(4a)は,該小径ドリル部の縦溝により形成される切削面(9a)の側縁に小孔用切削刃(10a)を構成し,前記大径ドリル部(4b)は,該大径ドリル部の縦溝により形成される切削面(9b)の側縁に螺糸の谷径よりも大きく且つ山径よりも小さい回転軌跡を規定する大孔用切削刃(10b)を構成し,前記小孔用切削刃(10a)から前記大孔用切削刃(10b)に次第に径を増加するように傾斜して連なる連続刃(10c)を設けて成り,それぞれドリル部の軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置する 前記小孔用切削刃(10a)と連続刃(10c)と大孔用切削刃(10b)のそれぞれから前記中心面Pより偏位し且つこれとほぼ平行な縦溝の溝底を成す前記切削面に向けて傾斜する掬い面(11a)(11c)(11b)を形成し,連続刃(10c)の掬い面(11c)を大径ドリル部(4b)の切削面(9b)に向けて傾斜せしめて 成ることを特徴とするドリル螺子。(以下「本件訂正発明」という。) 【請求項2】小径ドリル部(4a)の軸長L1を工作物の肉厚Tに対して,L1≧Tに形成したことを特徴とする請求項1に記載のドリル螺子。 4 審決の理由 審決は,別紙審決書の写しのとおり,@本件訂正発明は,米国特許第3578762号明細書(本訴甲第5号証,審判の刊行物1。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び特開昭62-188809号公報(本訴甲第6号証,審判の刊行物2。以下「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)並びに周知の技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,平成6年法改正前の特許法134条5項において準用する同法126条3項に規定に適合しないので,本件訂正は認められない,A本件発明1及び本件発明2は,引用発明1及び引用発明2並びに周知の技術的事項に基づいて,いずれも当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,請求項1及び2のいずれについても,特許法29条2項に違反してなされたものであるから,無効とすべきである,と認定判断した。 上記の結論を導くに当たり,審決が認定した本件訂正発明と引用発明1との一致点・相違点は,次のとおりである。 一致点 「螺糸付のシャンクと,該シャンクの前端に延設されたドリル部と,該シャンクの尾端に設けられた工具係合部を有する頭部とから成り,前記ドリル部の径方向に対向して2条の縦溝を形成して成るドリル螺子において,前記ドリル刃が,先端に位置する小径ドリル部と,該小径ドリル部と前記シャンクとの間に位置する大径ドリル部とを構成し,前記小径ドリル部は,該小径ドリル部の縦溝により形成される面の側縁に縁を構成し,前記大径ドリル部は,該大径ドリル部の縦溝により形成される面の側縁に螺糸の谷径よりも大きく且つ山径よりも小さい回転軌跡を規定する縁を構成し,前記小径ドリル部の縁と大径ドリル部の縁との間に次第に径を増加するように傾斜する切削部を設けて成るドリル螺子。」 相違点 「ドリル部が,訂正発明では,「一対の分割ダイスで鍛造することにより形成され」たものであるのに対し,引用発明1では,どのような手段により形成されたものか不明な点。」(相違点1) 「訂正発明では,「小径ドリル部の縦溝により形成される切削面の側縁に小孔用切削刃を構成し,前記大径ドリル部は,該大径ドリル部の縦溝により形成される切削面の側縁に螺糸の谷径よりも大きく且つ山径よりも小さい回転軌跡を規定する大孔用切削刃を構成し」ているのに対し,引用発明1では,切削面,小孔用切削刃及び大孔用切削刃について文言上明示されていない点。」(相違点2) 「小径ドリル部の縁と大径ドリル部の縁との間に設けられた切削部が,訂正発明では,「小孔用切削刃10aから大孔用切削刃10bに」「連なる連続刃10c」として構成されているのに対し,引用発明1では,そのような構成が文言上明示されていない点。」(相違点3) 「訂正発明では,小孔用切削刃,連続刃及び大孔用切削刃のそれぞれが,ドリル部の軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置し,さらに,それぞれの刃から前記中心面Pより偏位し且つこれとほぼ平行な縦溝の溝底を成す切削面に向けて傾斜する掬い面が形成され,連続刃の掬い面が大径ドリル部の切削面に向けて傾斜しているのに対し,引用発明1では,縁20及び縁21に掬い角を設ける構成を備えているのみである点。」(相違点4) |
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原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由「T.手続の経緯」は認める。「U.訂正の適否についての判断」(審決書2頁10行〜11頁1行)については,「1.訂正明細書の請求項1に係る発明」(2頁11行〜33行)を認める。「2.引用刊行物記載の発明」(2頁34行〜5頁31行)については,審決書3頁4行ないし4頁2行の刊行物1の抄訳中,a.b.e.の部分,及び,審決書4頁36行ないし38行の「前記パイロットドリル部13と・・・を設けて成り」との部分を争い,その余を認める。「3.対比・判断」(5頁32行〜10頁30行)については,【相違点1】(6頁34行〜37行)の認定,並びに,「・相違点1について」(7頁19行〜8頁5行),「・相違点3について」(8頁22行〜9頁7行)及び「・相違点4について」(9頁8行〜10頁30行)の判断を争い,その余を認める。「4.むすび」(10頁31行〜11頁1行)は争う。「V.当事者の主張」及び「W.本件発明」(11頁2行〜13頁33行)は認める。「X.甲第3号証及び甲第9号証に記載された発明」(13頁34行〜37行)については,上記「U.訂正の適否についての判断」の「2.引用刊行物記載の発明」の認否を引用する。「Y.対比・判断」(14頁1行〜17頁25行)については,[無効理由(1)について]を争い,[無効理由(3)について]を認める。「Z.むすび」は争う。 審決は,本件訂正発明と引用発明1との相違点の認定・判断を誤り(取消事由1ないし3),本件発明1と引用発明1との相違点の認定・判断を誤り(取消事由4),本件発明2と引用発明1との相違点の判断を誤った(取消事由5)ものであり,これらの誤りはいずれも結論に影響を及ぼすものであるから,審決は,違法として,取り消されるべきである。 1 取消事由1(相違点1(ドリル部形成手段)の認定における誤り及びこれについての判断の誤り) 審決は,本件訂正発明と引用発明1とを対比し,相違点の一つとして,「ドリル部が,訂正発明では,「一対の分割ダイスで鍛造することにより形成され」たものであるのに対し,引用発明1では,どのような手段により形成されたものか不明な点。」(審決書6頁34行〜37行)を認定し,これを相違点1としている。 審決がドリル部形成手段における相違に着目し,これを相違点の一つとして認定したのは,その限りでは正当である。しかし,引用発明1のパイロットドリル13及びリーマ14(以下,両者をまとめて「ドリル部」ともいう。)がフライスにより切削形成されたものであることは明らかであり,その形成手段が不明であるとした審決の認定は誤りである。 (1) 刊行物1には,ドリル部の形成手段についての記載はない。しかし,刊行物1のFig.1,Fig.2の図面(別紙図面2参照。)をみると,引用発明1のドリル部の主溝17及び補助溝23,23’の溝端に円弧状の痕跡が示されているのであり,このドリル部がフライスによる切削で形成されたものであることは,当業者に自明のことである。 被告は,刊行物1の上記図面は,引用発明1そのものではなく,引用発明1の一実施例を図示したものであるにすぎない,と主張する。しかし,刊行物1にはドリル螺子の形成手段についての説明が全くないのであるから,上記図面から理解できる,フライスによる切削で形成されたものこそが唯一の実施例である。そして,刊行物1においては,フライスによる切削で形成されたドリル螺子だけが唯一の実施例として図示されているのであるから,刊行物1に開示された引用発明1は,フライスにより切削形成されたドリル螺子以外の何ものでもないのである。 (2) 引用発明1のリーマ14は,次に述べるとおり,そもそもフライスによる切削形成によってのみ製造することが可能であり,鍛造技術によってこれを製造することはできない。 引用発明1のリーマ14においては,主溝17,17’によって縁21,21を,補助溝23,23’によって縁24,24を形成する構造となっている。 しかし,このような構造の引用発明1のリーマ14を一対の分割ダイスにより鍛造しようとすると,別紙図面3に図示したところから明らかなように,補助溝23,23’を製造する際に生じる金属素材の余肉の逃げ場がないことから,補助溝23,23’を形成すること自体が不可能となるのである。そして,主溝17,17’のほかに,補助溝23,23’と縁24,24を備えたリーマ14を備えた引用発明1を,一対の分割ダイスにより鍛造することが不可能であることは,鍛造技術についての知識を有する当業者にとっては自明な事項であるから,引用発明1がフライスによる切削加工によってのみ製造可能なものであることは,当業者にとって自明なことである。 しかも,引用発明1のように一対の縁24,24に掬い角を設けた構造のものを一対の分割ダイスを使用する鍛造方法により製造しようとすれば,別紙図面3から明らかなように,掬い角が一対の分割ダイスの離型方向(引き離し方向)に対し逆テーパ(アンダーカット)となるため,分割ダイスを抜くことができないのである。引用発明1は,この点からも鍛造方法によっては製造不能であることが明らかである。 被告は,刊行物1に補助溝23,23’に関する記載があるとしても,これらは任意的なものであるから,当業者は刊行物1からこの補助溝を捨象して引用発明1を理解することができる,と主張する。しかし,刊行物1においては,その「好ましい実施例の説明」の項において,引用発明1が,先端側のパイロットドリル13に続いて,リーマ14を設けたセルフドリリング・リーミング・タッピング螺子であり,そのリーマ14には,少なくとも四つの溝(主溝17,17’及び補助溝23,23’)から成るマルチ溝が必要なことが一貫して説明されている。刊行物1の特許請求の範囲の第1項においても,「大きい直径とされており追加の切削縁を有するリーマ」(甲第5号証訳文7頁下から2行〜1行),「前記追加の溝(判決注・甲第5号証の訳文の誤りであり,正しくは,「追加の切削縁」である。 以下,このように引用する。)から延びてリーマだけに横たわる第二の一対の溝」(同訳文8頁4行〜5行)と記載されていて,「追加の切削縁」24,24と「リーマだけに横たわる第2の1対の溝」である補助溝23,23’が,引用発明1の必須の構成とされているのである。これらのことからすれば,引用発明1においては,補助溝23,23’及び縁24,24が,必須のものであり,これを捨象することができないことは,明らかである。 (3) したがって,審決が引用発明1のドリル部の形成手段が不明であると認定したのは誤りであり,引用発明1のドリル部は,フライスによる切削によってしか形成することができないものであるから,審決の「引用発明1におけるドリル螺子のドリル部の形成に当たり,上記周知の技術的事項(判決注・一対の分割ダイスによる鍛造技術)を適用し,上記相違点1に係る訂正発明の構成のようにすることは,当業者が容易に想到できたものである。」(審決書7頁27行〜29行)との判断は,誤りである。 2 取消事由2(相違点3(連続刃10と切削縁22)についての判断の誤り) (1) 審決は,引用発明1の切削縁22を,「前記パイロットドリル部13と前記リーマー部14の連結部分に形成した約20度傾斜させた切削縁22」(審決書4頁36行〜37行)と認定している。しかし刊行物1においては,「リーマ部14のために実質的にフラットで水平な切削縁22をパイロットドリル13とリーマ14の連絡部分に形成したものを示しているが,約20度のリードを有する僅かな角度又は斜面を採用することができる。」(甲第5号証訳文4頁24行〜26行)と記載されているのであるから,引用発明1における切削縁22は,本来水平に形成されることが予定されているのであり,同切削縁22の機能を理解する上においては,それが水平に設けられている状態を基本に据えて理解すべきことはいうまでもない。 本件における重要な争点は,引用発明1の「切削縁22」が果たして訂正発明の「連続刃10c」に相当するかどうかの点にある。その判断をなすに際しては,引用発明1の「切削縁22」を「刃」と判断するかどうかが重要であるから,その判断においては,切削縁22の基本となる形態が「実質的にフラットで水平な切削縁22」であることを認識することは必要不可欠である。 (2) 審決は,引用発明1の切削縁22,22aを「引用例1の・・・「パイロットドリル13がその二つの切削縁18でワークピースの最初の孔を形成し,この最初の孔を形成した後,螺子10が移動することにより,リーマ切削縁22及び22aが最初の孔を取り囲むワークピースにかなり急激に接触し,これにより螺子に与えられる勢い,即ち,ワークピースに対するリーマ14の係合が,ワークへの第二の噛み込みを開始し,リーマ14の四つの切削縁22及び22aにより孔が適切なサイズにドリル又はリームされ,」・・・との記載等からみて,切削刃としての機能を有するものと解することができる」(審決書8頁23行〜34行)と判断した。しかし,審決のこの判断は誤りである。 (ア) 引用発明1の切削縁22,22aは,掬い角を設けることができないのであるから,「切れ刃」とは異なる。引用発明1の切削縁22が「刃」であり得ないことは,審決が引用している刊行物1の上記記載とその図面(Fig.1ないし3)から明らかである。 すなわち,刊行物1には,主溝17,17’及び補助溝23,23’に掬い角を設けることは記載されているものの,切削縁22,22aに掬い角を設けることは説明されていない。これは,引用発明1の切削縁22,22aには,掬い角を設けることができないからである。引用発明1のドリル部は,専らフライスによる切削形成によってのみ製造することが可能であることは,前述のとおりである。刊行物1に開示されている実施例のドリル螺子について,その主溝17,17’及び補助溝23,23’に,フライスを用いて掬い角を形成することは,例えば,主溝17,17’が縁20,21から下り勾配となるようにフライスを傾けた状態で切削すれば,可能である。しかし,その掬い面が,縁20,21の全長にわたる同一面として形成され,その同一面上に沿って切削縁22,22aが位置することになるから,切削縁22,22aに対して,フライスを用いて掬い面を設けることは不可能なのである。 (イ) 引用発明1の切削縁22は,噛み込み「歯」であって「刃」ではない。 引用発明1においては,縁20に続いてワークピースに進入する切削縁22を含むリーマ14が「最初の孔を取り囲むワークピースにかなり急激に接触し・・・ワークピースに対するリーマ14の係合が,ワークヘの第二の噛み込みを開始」(甲第5号証訳文7頁3行〜5行)するのであり,刊行物1のこの記載からすれば,引用発明1においては,縁20から切削縁22へ移行する際に,急激な抵抗を伴うことが明らかであるから,本件訂正発明のような,連続的な刃による連続的な切削を行うものとは解し得ない。 (ウ) 被告は,引用発明1の「切削縁」22,22aの原文の英語は,「cutting edge」であり,それは技術用語として「切れ刃」と訳されるのが通常であるから,切削機能を奏する切れ刃である,と主張する。 確かに,cutの典型的な意味は,刃物による切断である。しかし,単にcutの語が使用されているからといって,すべての場合において,必ず切れ刃を用いた特定の切断であるとの一つの意味に解しなければならない理由はない。小学館ランダムハウス英和大辞典(以下「ランダムハウス」という。)によれば,cuttingは,「切断,切取り,裁断,伐採」(ランダムハウス631頁)の意味であり,必ずしも「cutting edge」を「切れ刃」と訳するとは限らないのである。 (エ) 被告は,平行刃のリーマや段付きドリルの周知技術からすれば,当業者は,引用発明1の約20度のリード角を有する切削縁22は,平行刃のリーマにおけるテーパ状の食付き部等と同様に,リーマ部14の切削縁21より小径の穴を切削しながらこの切削縁21が円滑に入り込むための切れ刃であると理解する,と主張する。 しかしながら,被告が指摘するリーマやドリルは,繰り返して使用される耐久工具であり,本件訂正発明や引用発明1のような1回限りで使用されるドリル螺子とは,使用目的及び機能が異なる。金属切削工具としてのリーマやドリルが,「刃物工具」の技術分野に属するのに対し,本件訂正発明のドリル螺子は,あくまでも,工具とは異なる「螺子」の技術分野に属するものであり,乙1文献は,技術分野を異にする文献であり,「刃物工具」と「螺子」とでは,当業者の範囲が基本的に異なるのである。 3 取消事由3(相違点4(切削面と掬い面の配置)についての判断の誤り) (1) 審決は,「引用例1記載のドリル螺子において,上記周知技術及び技術思想を適用し,連続する全ての切削刃(縁20,切削縁22,縁21)に掬い面を設け,その全ての切削刃を軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置させると共に,その掬い面をその全ての切削刃から中心面Pと略平行な切削面に向けて傾斜するように構成することは,当業者が容易に想到できたものである。」(審決書9頁26行〜31行)と判断した。 しかし,引用発明1は,前述のとおり,そのドリル部をフライスにより切削形成するものであり,切削縁22は,溝底面(フライスにより切削された面)に沿って位置するものであるから,切削縁22には,本件訂正発明の連続刃10cのような「切削面9bに向けて傾斜する掬い面11c」を形成することは不可能である。 したがって,引用発明1においては,本件訂正発明の,特に連続刃10cの掬い面11cを設けることができないものであり,審決の上記判断は,この点から誤っていることが明らかである。 (2) 審決は,「引用例2には,ドリル部を構成する連続する全ての切削刃に掬い面を設け,その全ての切削刃を軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置させると共に,連続する全ての切削刃から中心面Pと略平行な切削面に向けて傾斜する掬い面を設けるといった技術思想が示されているものと認められる」(審決書9頁21行〜25行)と認定した。しかし,審決のこの認定も誤りである。 引用発明2は,ドリル部の先端にウエブ及びヂゼルポイントを形成させないことを目的とし,このため,ドリル先端部分の先端刃13と傾斜刃14を中心面P上に位置せしめ,正(90度未満)の掬い面22,23を設けた点に技術的特徴を有するものであり,常に「全て」の切削刃を中心面P上に位置せしめ,常に「全て」の切削刃に正の掬い面を設けることをその技術思想とするものではない。 また,引用発明2は,単一のドリル部を有するドリル螺子であるから,2段式ドリル螺子である本件訂正発明とは本質的に相違するものと解すべきである。 2段式ドリル螺子は,段差部分のねじ込みの際に生じる抵抗をどう解消するかが大きな課題となり,1段式ドリル螺子からは全く予想すらされない技術的課題を有するのである。 先端刃13,傾斜刃14,側刃15の構成により先端にウエブを設けないことに成功した引用発明2の技術思想の下において,これらの刃に加えて,本件訂正発明のような2段式ドリル螺子を構成するための連続刃10cと大孔用切削刃10bを設けようとする場合は,そのような刃を設けるべき位置は,任意に設計できる事柄である。したがって,連続刃10cと大孔用切削刃10bを中心面P上に位置させなければならないとの必然性がなく,このような構成を容易に想到することはできない。 (3) 鍛造技術により,1段式のドリル部に比して軸長が長くなる2段式のドリル部を成形する場合においては,シャンクブランク(金属の丸棒)の素材(金属肉)の円滑な流動による塑性加工の容易性と,繰り返し使用されるダイスの摩耗による疲労の軽減を考慮する必要があるため,ドリルの溝を浅く形成すべきであると考えるのが技術常識である。すなわち,1段式のドリル部よりも相当に長い2段式のドリル部の全長にわたり深い溝を鍛造しようとすると,溝の全長に至る肉の流動による塑性加工が困難で,大きなプレス力が必要となり,ダイスのキャビティ(内側面)が負荷による摩耗により早期に疲労するという問題があるからである。したがって,引用発明2に示されるドリル螺子において,1段式のドリル部を長く延長することにより本件訂正発明のような連続刃10cと大孔用切削刃10bを設けた2段式のドリル部を形成しようとする場合は,従来の鍛造技術の通常の知識に従えば,むしろ,連続刃10cと大孔用切削刃10bを中心面Pから離すことにより,その溝の深さを浅くするのが常識的であり,本件訂正発明のように連続刃10cと大孔用切削刃10bを中心面P上に位置せしめることの方が異例のことである。引用発明1は,そもそも鍛造不能なものではあるが,同発明においても,刊行物1のFig.3から明らかなように,すべての切削縁が中心面Pから離れて形成されているのであるから,前述のような鍛造技術の常識を越えて,連続刃10cと大孔用切削刃10bを中心面P上に位置させるとの構成を容易に想到することができないことは明らかである。 したがって,「引用例1記載のドリル螺子において,上記周知技術及び技術思想を適用し,連続する全ての切削刃(縁20,切削縁22,縁21)に掬い面を設け,その全ての切削刃を軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置させると共に,その掬い面をその全ての切削刃から中心面Pと略平行な切削面に向けて傾斜するように構成することは,当業者が容易に想到できたものである」とした審決の判断(審決書9頁26行〜31行)は誤りである。 4 取消事由4(本件発明1に関する相違点の認定・判断の誤り) 本件発明1についての審決の認定・判断を争う(本件訂正発明についての取消事由2及び3(1)の主張を援用する。)。 5 取消事由5(本件発明2に関する相違点の判断の誤り) 審決は,本件発明2と引用発明1との相違点4として,「本件発明2では,「小径ドリル部(4a)の軸長L1を工作物の肉厚Tに対して,L1≧Tに形成した」のに対し,甲第3号証に記載された発明(判決注・引用発明1)では,そのような関係が規定されていない点。」(審決書16頁19行〜21行)と認定した上で,これについて,何ら先行技術を示さずに,「当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない」と判断しており,その判断は,極めて恣意的である。 |
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被告の反論
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。 1 取消事由1(相違点1(ドリル部形成手段)の認定における誤り及びこれについての判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明1に係るドリル部は,フライスにより切削形成されたものであることは明らかであり,その形成手段が不明である,とした審決の認定は誤りである,と主張する。しかし,刊行物1には,ドリル部の形成手段については何らの記載もないため,審決は,引用発明1に係るドリル部の製法について,「どのような手段により形成されたものか不明」(審決書6頁36行〜37行)と認定しているのであって,それがフライスにより切削形成されたものであるか,鍛造されたものであるかについては認定していない。したがって,審決の上記認定に誤りはない。 (2) 原告は,引用発明1のリーマ14には,少なくとも四つの溝(主溝17,17’及び補助溝23,23’)から成るマルチ溝が必要である,と主張する。しかし,引用発明1のリーマ14は,その補助溝23,23’を捨象しても,主溝17,17’がある限り,リーマとして充分に機能し得るものである。このことは,刊行物1の 「この方法で,二つのドリルシステムの第二のドリル(リーマ14)にはマルチ溝の切削縁が設けられる。図面と上述の記載は,二つの切削面を備えたパイロットドリルと,四つの切削面を備えたリーマについて説明したが,螺子のセルフ・タッピング螺糸のための正確に丸い孔を準備しながら,ドリリングとリーミングを少ない時間で行わしめる数のマルチ切削面を使用することも本発明の範囲内である。」(甲第5号証訳文5頁15行〜20行)と記載されていることからも明らかである。 原告は,引用発明1においては,補助溝23,23’及び縁24,24が必須のものであることを前提として,引用発明1を一対の分割ダイスにより鍛造することはできない,と主張する。しかし,刊行物1のFig.1,Fig.2の図面は,引用発明1そのものではなく,引用発明1の一実施例を図示したものにすぎず,刊行物1に図示される補助溝23,23’及び縁24,24は,引用発明1においては任意的なものであるにすぎない。 審決は,刊行物1に示される技術的思想の中から,本件訂正発明との対比に必要な技術的思想として引用発明1を抽出して引用したのである。刊行物1に補助溝23,23’及び縁24,24に関する記載があるとしても,これらは任意的なものであるから,当業者は刊行物1からこの補助溝を捨象して引用発明1を理解することができるのである。したがって,刊行物1から,この補助溝を捨象して引用発明1の構成を認定した審決に誤りはない。 (3) 審決が刊行物1から認定した引用発明1は,同刊行物に記載された技術を補助溝23,23’を捨象して理解したものであるから,それがフライスにより切削形成されたものであるかどうかは,不明である。したがって,当業者であれば,一対の分割ダイスで鍛造するとの周知技術をこれに適用して,容易に引用発明1の構成のドリル螺子を形成することができるのである。 2 取消事由2(相違点3(連続刃10と切削縁22)についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明1における切削縁22,22aは,本来水平に形成されることが予定されているのであり,同切削縁の機能を理解する上においては,それが水平に設けられていることを基本に据えて理解すべきである,と主張する。 しかし,刊行物1には,切削縁(cutting edge=切れ刃)22について,水平に設けられたもののほか,約20度のリードを有するわずかな角度又は斜面を採用したものも明記されているのである。 したがって,審決が,刊行物1に記載されているこれらの中から後者のものを選んで取り上げ,これを引用発明1として認定したことに誤りはなく,前者のものを基本にすべき理由はない。 (2) 原告は,引用発明1の切削縁22,22aには,掬い角を設けることができないから,「切れ刃」とは異なる,と主張する。 (ア) しかし,刊行物1の訳文における,切削縁18(甲第5号証訳文4頁14行〜15行),縁20及び縁21(同4頁23行),切削縁22,22a(同5頁9行,7頁3行),縁24(同4頁29行)に対応する原文の英語は,すべて「cutting edge」(又はこれを略して単に「edge」)である。この種の技術分野においては,「cutting edge」は「切れ刃」と訳されることも多い(乙第1号証139頁,乙第2号証)から,引用発明1の「切削縁22,22a」は,切削縁18等と同様に,切削機能を奏する「cutting edge」,すなわち,「切れ刃」であることが明らかである。 (イ) 「リーマ」は,「あらかじめあけられた穴を正確に仕上げ,同時に滑らかな仕上面を得ようとする場合に用いる工具。」(「JISハンドブック工具1996」(乙第1号証,以下「乙1文献」という。)126頁)であり,穴(孔)に挿入して側面の刃で穴の内面を切削することによって,穴の寸法を正確に仕上げるものである。 このリーマは,そのリーマ部が「テーパ刃」のものと,「平行刃(直行刃)」のものとに大別することができる。 リーマは,そのリーマ部を穴(孔)に挿入して用いるものであり,その先端部(挿入部)を穴に円滑に挿入する必要があるから,テーパ刃のリーマを用いる場合は,その先端部が穴径より小さいものを選んで使用することになる。 平行刃のリーマは,側面の刃の径が穴の径より大きくなければ,孔径を適正サイズに切削することができないから,その先端部にテーパ状の食付き部が形成され,この食付き部の切削作用によって自己より小さい径の穴を切削しながら側面の刃が円滑に入り込むようにされている(乙1文献137頁の番号2015の項「食付き部」,138頁図1,139頁図3参照)。すなわち,平行刃のリーマでは,その先端部は切削作用を行う食付き部(切れ刃)となっている。また,「段付きドリル」(乙1文献77頁の番号1612の項)においては,小径ドリルと大径ドリルからなる段付きドリルの段差部(連結部分)が同様に切れ刃となっている。 これらの技術的事項は,本件訂正発明の出願当時のJIS規格に定められていたものであるから,その出願当時の周知技術である。 上記周知技術からすれば,当業者は,引用発明1の約20度のリード角を有する切削縁22,22aが,平行刃のリーマにおけるテーパ状の食付き部等と同様に,リーマ部14の切削縁21より小径の穴を切削しながらこの切削縁21が円滑に入り込むための切れ刃であると理解するのである。 原告は,リーマやドリルのような「切削工具」と,本件訂正発明や引用発明1のような「ドリル螺子」とは,それぞれの属する技術分野が異なる,という。しかし,前者は一回使用限りのものであり,後者は耐久性のあるものであるものの,その各部の作用ないし機能においては共通するものであるから,両者は密接な関連を有し,少なくとも隣接する技術分野であるということができ,「ドリル螺子」に関する技術分野の当業者であれば,隣接する「切削工具」についての知識を有するのは当然である。 3 取消事由3(相違点4(切削面と掬い面の配置)についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明1のドリル部は,フライスにより切削形成されたものであることを前提として,フライスによる切削加工による限り,切削縁22に掬い面11cを形成することは不可能である,と主張する。 しかしながら,原告のこの主張は,引用発明1のドリル部がフライスにより切削形成されたものに限定されることを前提とするものであり,この前提が誤っていることは前述したとおりである。 (2) 審決は,刊行物2には,「ドリル部を構成する連続する全ての切削刃に掬い面を設け,その全ての切削刃を軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置させると共に,連続する全ての切削刃から中心面Pと略平行な切削面に向けて傾斜する掬い面を設けるといった技術思想が示されているものと認められる。」(審決書9頁21行〜25行)と認定した。 (ア) 刊行物2には,「先端刃13により初期穿孔が行われた後,傾斜刃14及び側刃15により引き続き穿孔が行われるが,これらの刃14及び15は,その掬い面23及び24が初期穿孔された小孔の内周面に対して上記と同様の「正の掬い角」を有し,工作物34を良好に切削する。」(甲第6号証5頁左上欄13行〜18行)と記載されている。したがって,刊行物2には,切削縁(切削刃)に掬い面を設け,工作物を良好に切削することが開示されている。 (イ) 原告は,引用発明2は,ドリル部の先端にウエブ及びヂゼルポイントを形成させないことを目的とし,このため,ドリル先端部分の先端刃13と傾斜刃14を中心面P上に位置せしめ,正(90度未満)の掬い面22,23を設けた点に技術的特徴を有するのであり,常に「全て」の切削刃を中心面P上に位置せしめ,常に「全て」の切削刃に正の掬い面を設けることをその技術思想とするものではない,と主張する。しかし,引用発明2を,その開発の目的ないし課題から離れて客観的にみると,ドリル部を構成する,連続するすべての切削刃に掬い面を設け,そのすべての切削刃を軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置させるとともに,連続するすべての切削刃から中心面Pと略平行な,切削面に向けて傾斜する掬い面を設けている,という構成のものであることは,刊行物2から明らかである。したがって,審決の上記認定に原告主張の誤りはない。 (3) 引用発明2の良好な切削性を狙って,引用発明1に引用発明2を組み合わせて,引用発明1の縁20と切削縁22,縁21を軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置させ,かつ,切削縁(切れ刃)に掬い面を設けることにより,本件訂正発明の相違点4に係る構成に想到するのは,当業者にとって容易である。 4 取消事由4及び5について 原告の主張は争う。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1(ドリル部形成手段)の認定における誤り及びこれについての判断の誤り)について 審決は,本件訂正発明と引用発明1とを対比し,相違点の一つとして,「ドリル部が,訂正発明では,「一対の分割ダイスで鍛造することにより形成され」たものであるのに対し,引用発明1では,どのような手段により形成されたものか不明な点。」(審決書6頁35行〜37行)を認定し,これを相違点1とした。 (1) 原告は,刊行物1のFig.1,Fig.2の図面(別紙図面2参照。)をみると,引用発明1のドリル部の主溝17,17’及び補助溝23,23’の溝端に円弧状の痕跡が示されているのであり,このドリル部がフライスにより切削形成されたものであることは,当業者に自明のことである,その形成手段が不明であるとした審決の認定は誤りである,と主張している。 しかし,甲第5号証によれば,@米国特許明細書である刊行物1には,そこに記載された発明であるドリル螺子の製造方法についての記載はないこと,及び,A刊行物1のFig.1,Fig.2の図面は,特許明細書に添付された図面であって,刊行物1に記載された発明の中の好ましい実施例を示したものにすぎないものであることが認められる。したがって,この図面における主溝17と補助溝23の溝端の円弧状の痕跡から,この好ましい実施例のドリル部が,原告が主張するとおり,フライスにより切削形成されたものであることが看取できるとしても,刊行物1に記載されたドリル螺子(引用発明1)のドリル部が,フライスにより切削形成されたものに限定されると解することはできない。刊行物1のドリル螺子の形成手段が不明であるとした審決の認定に誤りはない。 (2) 原告は,引用発明1のリーマ14は,そもそもフライスによる切削形成によってのみ製造可能であり,鍛造技術によってこれを製造することはできない,引用発明1のリーマ14においては,主溝17,17’によって縁21,21を,補助溝23,23’によって縁24,24を形成する構造となっている,しかし,このような構造の引用発明1のリーマ14を一対の分割ダイスにより鍛造しようとすると,別紙図面3に図示したところから明らかなように,補助溝23,23’を製造する際に生じる金属素材の余肉の逃げ場がないことから,補助溝23,23’を形成すること自体が不可能となる,と主張する。 しかしながら,次に述べるとおり,刊行物1には,好ましい実施例として,リーマ14において,主溝17,17’と補助溝23,23’を備えたドリル螺子が記載されているものの,これは単なる一実施例にすぎないものであり,引用発明1のリーマ14は,一対の主溝と一対の補助溝を備えるものに限られるものではなく,そのようなものを含め,要するに「ドリリングとリーミングを少ない時間で行わしめる数のマルチ切削面」を有するものであればよい,ということができるのである。すなわち,次のとおりである。 甲第5号証によれば,刊行物1及び2の記載につき,次の各事実が認められる。 @ 米国特許公報である刊行物1は,「摘要」(発明の要点を記載したもの),「発明の背景」,「発明の要約」,「図面の簡単な説明」,「好ましい実施例の説明」,及び,「特許請求の範囲」の各欄から構成されている。 A 補助溝23,23’については,「好ましい実施例の説明」の欄において,「リーマ14には一対の補助溝23及び23’が設けられている。これらの補助溝23及び23’は,リーマ14のなかに単独に配置された追加の縁24を規定する。溝23及び23’は,公知のように縁24に望まれる掬い角を設けるように形成しても良い。リーマ14における溝17及び23は,25で示すように相互に十分に分離され;特にFIG.3に示すように,同様に溝17’及び23’は部分26により分離されている。溝17及び23は,チップ除去溝として働く;」(甲第5号証訳文4頁27行〜5頁4行),「リーマには四つの溝(17,17’,23及び23’)が設けられ,その溝のうちの二つ23及び23’は,リーマ部14のなかに単独に配置されている。これらの溝23及び23’は一対の縁24と一対の切削縁22aを規定する。各溝23は二つの溝17の間に位置している。」(同訳文5頁9行〜13行)と説明されている。 B 特許請求の範囲の欄には,「追加の切削縁を有するリーマと」,「前記溝は,・・・第一の一対の溝と,追加の切削縁から延びてリーマだけに横たわる第二の一対の溝とから成り」と記載されており,この「第二の一対の溝」が補助溝23,23’に当たり,補助溝23,23’がその特許請求の範囲に記載されている。 C しかしながら,「発明の要約」の欄には,「本発明は,尖端を設けた比較的小さい直径のパイロットドリル部を有しており,該パイロットドリル部がマルチ溝付きのリーミング部で終わり,該リーミング部が一定の直径の螺糸を有する螺糸形成部で終わり,螺糸は進入せしめられるワークをタップすることとワークに螺子を保持することの両方に役立ち;これらの螺糸は溝により分断されず,螺糸にテーパを与えられない螺子を提供することにある。このため,このファスナーないし螺子は,ワンピースのファスナーで二つのドリルシステムの連続結果をもたらす。 この二つのドリルシステムは,所望の螺糸を受けるのに適正なサイズとされた適切な丸い孔を迅速に形成することを可能にする。先行技術により利用されている螺糸付きでテーパ付きの進入部分を除去することにより,また,先行技術の方法により螺糸に与えられる分断を伴わないことにより,保持力の増強が本発明により達せられる。パイロットドリル部が硬い材料への初期の突き刺しを容易にする。時間が本質的なものであり,容易かつ迅速に小さい孔をドリルし,リーミング部を追従させ,その後,螺糸を形成する,全ての作業が本発明の一つのファスナーで行われる。」(同訳文2頁25行〜3頁15行)と記載され,パイロットドリル部とリーミング部(リーマ14と同義語である。)の二つのドリルシステムからなること,時間が本質的なものであり,容易かつ迅速に小さい孔をドリルし,リーミング部を追従させるものであること,及び,リーミング部がマルチ溝付きであることが述べられているものの,リーミング部に一対の主溝と一対の補助溝があることまでは,述べられていない。 D 好ましい実施例の説明の欄には,「二つのドリルシステムの第二のドリル(リーマ14)にはマルチ溝の切削縁が設けられる。図面と上述の記載は,二つの切削面を備えたパイロットドリルと,四つの切削面を備えたリーマについて説明したが,螺子のセルフ・タッピング螺糸のための正確に丸い孔を準備しながら,ドリリングとリーミングを少ない時間で行わしめる数のマルチ切削面を使用することも本発明の範囲内である。」(同訳文5頁15行〜20行)と記載されている。これは,リーマ14におけるマルチ切削面は,実施例に記載された数のものに限られず,ドリリングとリーミングが少ない時間で行われる複数(マルチ)のものであればよいことを意味すると認められる。 上記の刊行物1の記載によれば,刊行物1においては,「第一の一対の溝」(主溝17.17’)と,「追加の切削縁から延びてリーマだけに横たわる第二の一対の溝」(補助溝23,23’)が形成されているリーマ14と,パイロットドリル13との2段のドリル部から成るドリル螺子が開示され,これが特許請求の範囲に記載されているものの,刊行物1に開示されているドリル螺子の発明は,上記のとおり四つの切削面から成る構成のリーマを備えるものに限られることなく,ドリリングとリーミングを短い時間で行うことができる二つ以上の溝と二つ以上の(マルチ)切削面を有するリーマであればよく,このような発明も引用発明1として開示しているものと認められる。そして,甲第7号証によれば,リーマとは,「あらかじめドリルであけた穴の直径を正しい寸法にし,かつ穴の内面を美しく仕上げるために用いる工具」であり,甲第11号証によれば,reamerとは,「金属にあけた穴を拡大したり,仕上げたりするのに用いる工具」であると認められ ,これらの点からも,本件訂正発明におけるリーマは,このようなものであればよく,四つ又はそれ以上の溝を必須要件とするものではないものであるということが確認できるのである。 以上に検討したところによれば,引用発明1のドリル部は,二つ以上の溝と切削面を有するものであれば足りると解することができるのであるから,フライスにより切削形成されたものに限られないのであり,審決がその形成方法が不明であるとした点に誤りはない。 (3) 審決は,「ドリル螺子において,そのドリル部を一対の分割ダイスで鍛造することにより形成することは,例えば上記引用例2に記載されているように周知の技術的事項・・・であること,また,冷間鍛造によれば,切削によるものに比べて生産性,経済性の点で優れたものであることも明らかである・・・ことより,・・・引用発明1におけるドリル螺子のドリル部の形成に当たり,上記周知の技術的事項を適用し,・・・訂正発明の構成のようにすることは,当業者が容易に想到できたものである。」(審決書7頁20行〜29行)と判断した。 甲第6号証によれば,刊行物2に,ドリル螺子の製造方法としては,「ドリル部をフライス等で切削加工したものと,ピンチポインティング又は冷間鍛造したものとの,二種類があるが,生産性及び経済性の点で後者が優れている。」(2頁左上欄14行〜17行)との記載があることが認められる。そうだとすれば,刊行物1に開示されている引用発明1のドリル螺子を,生産性等の面で優れている冷間鍛造の方法により製造しようとすることは,当業者にとって容易に想到し得たことであるというべきである。審決が「引用発明1におけるドリル螺子のドリル部の形成に当たり,上記周知の技術的事項を適用し,・・・訂正発明の構成のようにすることは,当業者が容易に想到できたものである。」(審決書7頁27行〜29行)と判断したことに誤りはない。 2 取消事由2(相違点3(連続刃10と切削縁22)についての判断の誤り)について (1) 原告は,審決が,引用発明1の切削縁22を,「前記パイロットドリル部13と前記リーマ部14の連結部分に形成した約20度傾斜させた切削縁22」(審決書4頁36行〜37行)と認定していることに対し,引用発明1における切削縁22は,本来水平に形成されることが予定されているのであり,同切削縁22の機能を理解する上においては,それが水平に設けられている状態を基本に据えて理解すべきである,と主張する。 しかし,刊行物1に「リーマ部14のために実質的にフラットで水平な切削縁22をパイロットドリル13とリーマ14の連絡部分に形成したものを示しているが,約20度のリードを有する僅かな角度又は斜面を採用することができる。」(甲第5号証訳文4頁24行〜26行)との記載があることは,当事者間に争いがなく,この記載によれば,刊行物1には,切削縁22,22aについて,実質的にフラットで水平な構成のもののみならず,実質的にフラットで水平なものとはいえない,「約20度のリードを有する僅かな角度又は斜面を採用する」との構成のものも記載されていることが,明らかである。審決が,この二つの構成のうちから,後者の構成を含んだ発明を選び出して,それを引用発明1と認定したものであることは,その説示自体により明らかであり,この審決の認定には何らの誤りもない。そうである以上,本件訂正発明と引用発明1とを対比する際に,引用発明1について「実質的にフラットで水平な切削縁22」を基本に据えて考える必要性はなく,原告の主張は採用することができない。 (2) 原告は,審決が,引用発明1の切削縁22,22aを,「引用例1の・・・「パイロットドリル13がその二つの切削縁18でワークピースの最初の孔を形成し,この最初の孔を形成した後,螺子10が移動することにより,リーマ切削縁22及び22aが最初の孔を取り囲むワークピースにかなり急激に接触し,これにより螺子に与えられる勢い,即ち,ワークピースに対するリーマ14の係合が,ワークへの第二の噛み込みを開始し,リーマ14の四つの切削縁22及び22aにより孔が適切なサイズにドリル又はリームされ,」・・・との記載等からみて,切削刃としての機能を有するものと解することができる」(審決書8頁第23〜34行)と判断したことは誤りである,と主張し,その根拠として,@引用発明1の切削縁22,22aは,掬い角を設けることができないから,「切れ刃」とは異なる,切削縁22,22aに対して,フライスにより掬い面を設けることは不可能である,A引用発明1の切削縁22は,噛み込み「歯」であって「刃」ではない,縁20から切削縁22への移行の際に,急激な抵抗を伴うことが明らかであるから,連続的な刃による連続的な切削を行うものとは解し得ない,と主張する。 しかし,刊行物1の上記記載,特に「ワークピースに対するリーマ14の係合が,ワークへの第二の噛み込みを開始し,リーマ14の四つの切削縁22及び22aにより孔が適切なサイズにドリル又はリームされ」との記載等から,切削縁22及び22aが切削刃であることは,むしろ明らかというべきである。すなわち,引用発明1の切削縁とは,cutting edgeの訳語であり(甲第5号証2欄42行),科学大辞典(昭和60年3月5日丸善株式会社発行)においては,cutting edgeは,「切れ刃」と訳されているものであり(乙第2号証),また,ランダムハウスによれば,「drill」とは「穿孔機」であり,「reamer」とは「金属にあけた穴を拡大したり,仕上げたりするのに用いる工具」である(甲第11号証)から,審決が認定した刊行物1の上記記載によれば,引用発明1の切削縁22,22aは,パイロットドリル13によりあらかじめあけられた穴を適切なサイズに拡げる切削刃であることが明らかである(なお,リーマ14の縁21及び追加の縁24は,この拡大された穴を正確に仕上げるものであることは,甲第5号証及び前述したところから明らかである。)。 また,平行刃のリーマにおいてその先端部にテーパ状の食付き部などの切れ刃を形成すること及び小径ドリルと大径ドリルからなる段付きドリルにおいて段差部を切れ刃にすることが,周知の事項であること(乙第1号証137頁番号2015「食付き部」及び138頁図1,77頁の番号1612「段付きドリル」)からすれば,引用発明1において,切削縁22に約20度のリード角が設けられているのは,リーマ14を円滑に孔内に導きやすくする切れ刃としての機能を有せしめるためのものであることは,当業者にとって明白に認識することができる技術的事項でもある。 また,引用発明1のドリル部は,フライスにより切削形成されたものに限定されるものではないことは,前述のとおりであるから,引用発明1の切削縁22,22aがフライスにより切削加工されるものに限定されるとも,これについて掬い角を形成することができない,とも解することはできない。むしろ,切れ刃とは,前出「科学大辞典」によれば,「切削工具のすくい面と逃げ面で構成される稜線で,加工物をせん断して切削作用を行う部分。」(乙第2号証)であり,切れ刃であれば,掬い角を形成することは通常予定されていることであるから,引用発明1の切削縁22,22aが「切れ刃」としての機能を奏するものである以上,掬い角を形成することが明示的に記載されていないとしても,当業者であれば,そのように理解することができるものというべきである。 原告は,リーマやドリルは,繰り返して使用される耐久工具であり,本件発明や引用発明1のような1回限りで使用するドリル螺子とは,使用目的及び機能が異なり,技術分野を相違し,当業者の範囲が基本的に異なる,と主張する。しかし,リーマやドリルのような「切削工具」と本件訂正発明や引用発明1の「ドリル螺子」とは,その各部の作用ないし機能において共通性があり,その相違点は,1回限りで使用するものか,耐久性のあるものかにあるにすぎないから,切削工具とドリル螺子は,密接な関連を有し,少なくとも隣接する技術分野であるということができる。したがって,「ドリル螺子」に関する技術分野の当業者であれば,隣接する「切削工具」についての知識を有するものと認められるので,原告の上記主張も採用することができない。 3 取消事由3(相違点4(切削面と掬い面の配置)についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明1は,そのドリル部をフライスにより切削形成するものであるから,その切削縁22には,本件訂正発明の連続刃10cのような「切削面9bに向けて傾斜する掬い面11c」を形成することは不可能である,と主張する。しかし,引用発明1は,そのドリル部をフライスにより切削形成されるものに限定されるのではないことは,前述したとおりであるから,原告の主張はその前提において誤っており,採用することができない。 (2) 原告は,引用発明2は,ドリル部の先端にウエブ及びヂゼルポイントを形成させないことを目的とし,このため,ドリル先端部分の先端刃13と傾斜刃14を中心面P上に位置せしめ,正(90度未満)の掬い面22,23を設けた点に技術的特徴を有するものであり,「全て」の切削刃を中心面P上に位置せしめ,常に「全て」の切削刃に正の掬い面を設けることを技術思想とするものではなく,また,単一のドリル部切削刃を有するドリル螺子であるから,2段式ドリル螺子である本件訂正発明とは質的に相違するものであり,審決の引用発明2の認定は誤っている,と主張する。 甲第6号証によれば,刊行物2には,次の記載があることが認められる。 「(従来の技術) ・・・このドリル螺子には,ドリル部をフライス等で切削加工したものと,ピンチポインティング又は冷間鍛造したものとの,二種類があるが,生産性及び経済性の点で後者が優れている。」(2頁左上欄14行〜17行) 「(発明が解決しようとする問題点) 従来のドリル螺子は,汎用ドリルを模倣したものであるため,ドリル部のウエブを尖鋭部の先端にまで形成し,その結果,ウエブの尖端部にヂゼルポイントを形成している。 然しながら,ヂゼルポイントを設けたドリル部は,工作物に対する初期進入を困難ならしめている。即ち,ヂゼルポイントは,尖鋭部の対向する二番取り面が交叉することにより形成されたものであるため,その断面形状は,ヂゼルエッジを頂点としてその両側に対称に傾斜するV形の傾斜面を有する。ヂゼルポイントは,V形傾斜面の一方を「掬い面」,他方を「逃げ面」とする。工作物に接してドリル螺子を回転し,該工作物に進入せしめるに際し,「掬い面」と工作物の被切削面により規定される水平線との角度は90度以下の「負の掬い角」とされるため,ヂゼルポイントは,工作物の被切削面を,押し潰しと,こすり破壊によって,無理に切削する。このため,工作物に対する進入に必要な初期の穿孔性能が良好でない。」(2頁右上欄17行〜左下欄17行) 「(問題点を解決するための手段) ・・・汎用ドリルは,強度を保つために,また,繰り返し研磨することにより常に鋭利な切刃を備えさせるために,コアーを成すウエブの存在が必須とされているものである。これに対して,ドリル螺子のドリル部は,通常一回限りの使用でその目的を達し,再研磨して使用するものではないから,ウエブを設ける必要性は少ない。」(2頁右下欄1行〜7行) 「而して,初期穿孔性能を向上するという基本的課題を解決するためには,前記ヂゼルポイントに代えて,工作物の被切削面と掬い面との間の角度が90度を越える「正の掬い角」とする先端刃を設けることが必要である。」(2頁右下欄19行〜3頁左上欄3行) 「(実施例) ・・・ドリル部4は,一対の分割ダイスによりシャンク・ブランクを挟んで圧着する冷間鍛造により形成されたものであり」(3頁左下欄11行〜13行) 「本発明によれば,前記切削縁11は,尖鋭部8の先端縁に位置する先端刃13と,該先端刃13より連続して尖鋭部8の両側に沿い傾斜する傾斜刃14と,該傾斜刃14より連続してボデー7の両側に沿う側刃15とを形成する。これらの先端刃13,傾斜刃14,側刃15は,ドリル部4の軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置して設けられている(第4図及び第5図)。また,前記切削面10は,該中心面Pより偏位し且つ之と略平行に位置する。」(3頁右下欄3行〜12行) 「前記先端刃13,傾斜刃14,側刃15は,何れもそれぞれ中心面Pより偏位して凹設された切削面10に至り傾斜する掬い面22,23,24を形成する。 これらの掬い面は,何れも刃から切削面10の方向に直線的に平坦な面を成し,切削面10と屈曲状に交わる。」(4頁左上欄9行〜14行) 「(作用) ・・・先端刃13により初期穿孔が行われた後,傾斜刃14及び側刃15により引き続き穿孔が行われるが,これらの刃14及び15は,その掬い面23及び24が初期穿孔された小孔の内周面に対して上記と同様の「正の掬い角」を有し,工作物34を良好に切削する。」(5頁左上欄13行〜18行) 刊行物2のこれらの記載によれば,同刊行物には,従来のドリル螺子は,ドリル部のウエブの尖端部にヂゼルポイントを形成しているため,工作物に対してドリル螺子を進入せしめるに際し「負の掬い角」となり,工作物に対する初期の穿孔性能が良好でないという問題点があったため,初期穿孔性能を向上するという基本的課題を解決するために,ヂゼルポイントに代えて「正の掬い角」とする先端刃を設けることが必要であることを見いだし,ドリル部4は一対の分割ダイスによる冷間鍛造により形成し,切削縁11は,先端刃13,傾斜刃14,側刃15をドリル部4の軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置して設け,いずれもそれぞれ中心面Pより偏位して凹設された切削面10に至り傾斜する掬い面22,23,24を形成し,先端刃13により初期穿孔が行われた後,「正の掬い角」を有する傾斜刃14及び側刃15により引き続き穿孔を行い,工作物34を良好に切削するようにした,との技術が開示されているものと認められる。 そして,審決は,引用発明2について,「単一のドリル部を有するドリル螺子ではあるが,・・・ドリル部を構成する連続する全ての切削刃に掬い面を設け,その全ての切削刃を軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置させると共に,連続する全ての切削刃から中心面Pと略平行な切削面に向けて傾斜する掬い面を設けるといった技術思想が示されている」(審決書9頁15行〜25行)と認定したものであり,上記の刊行物2の記載事項によれば,審決の引用発明2の認定に何ら誤りはなく,原告の前記主張は,いずれも理由がない。 原告は,先端刃13,傾斜刃14,側刃15の構成により先端にウエブを設けないことに成功した引用発明2の技術思想の下において,仮に,これらの刃に加えて,本件訂正発明のような2段式ドリル螺子を構成するための連続刃10cと大孔用切削刃10bを設けようとする場合は,そのような刃を設けるべき位置は任意である,したがって,連続刃10c大孔用切削刃10bを中心面P上に位置させなければならないとの必然性がなく,このような構成を予期することはできない,とも主張する。しかし,審決は,引用発明1のドリル螺子について,掬い角を設けるという周知技術や,刊行物2に記載されている引用発明2を適用し,本件訂正発明の構成に想到することは容易であると判断しているのであり,刊行物2に記載されているドリル螺子について,刊行物1に記載されている引用発明1の2段式ドリル螺子の構成を適用し,本件訂正発明の構成に想到することが容易である,と判断しているのではないから,原告の主張は的を射ないものである。 (3) 原告は,鍛造技術により2段式のドリル部を成形する場合においては,ドリルの溝を浅く形成すべきであると考えるのが技術常識であり,また,引用発明1においても,すべての切削縁が中心面(P)から離れて形成されているのであるから,連続刃10cと大孔用切削刃10bを中心面P上に位置せしめることの方が異例であり,本件訂正発明の構成に想到するのは容易ではない,と主張する。 しかしながら,引用発明1のドリル螺子は,ウエブが形成され,ウエブの尖端部にヂゼルポイントが形成されているものであるから,刊行物2の上記記載に鑑み,初期穿孔性能を向上させるという基本的課題を有するものであることは明らかであり,この課題を解決すべく刊行物2に記載された「ドリル部が鍛造により形成され・・・全ての切削刃を軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置させると共に,連続する全ての切削刃から中心面Pと略平行な切削面に向けて傾斜する掬い面を設ける」(審決書9頁16行〜24行)という公知技術(引用発明2)を適用することに何ら困難性はないというべきである。そして,鍛造技術により2段式のドリル部を成形する場合には,ドリルの溝を浅く形成すべきであると考えるのが技術常識であるとしても,引用発明1のドリル螺子の上記課題を解決するために刊行物2記載の上記技術(引用発明2)を適用しようとすれば,ヂゼルポイントを形成しないように,すべての切削刃を軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置させる必要があるのであるから,製造が不可能等の格別の支障がない限り,そのように構成することも容易である,ということができる。原告のこの点の主張も,採用することができない。 (4) 以上のとおりであるから,「引用例1記載のドリル螺子において,上記周知技術及び技術思想を適用し,連続する全ての切削刃(縁20,切削縁22,縁21)に掬い面を設け,その全ての切削刃を軸心を通る直径線により規定される中心面P上に位置させると共に,その掬い面をその全ての切削刃から中心面Pと略平行な切削面に向けて傾斜するように構成することは,当業者が容易に想到できたものである」(審決書9頁26行〜31行)とした審決の判断に誤りはない。 4 取消事由4(本件発明1に関する相違点の認定・判断の誤り)について 原告は,本件発明1についての審決の認定・判断も争う,と主張している。しかし,原告は,本件発明1については,本件訂正発明に関する取消事由を援用して主張するのみである。したがって,前述したところによれば,原告の主張は,いずれも採用することができないことが明らかである。 5 取消事由5(本件発明2に関する相違点の判断の誤り)について 原告は,本件発明2については,審決は,相違点4に関して何ら先行技術を呈示しておらず,その判断は極めて恣意的である,と主張する。しかし,審決は,本件発明2と引用発明1との相違点4を「本件発明2では,「小径ドリル部(4a)の軸長L1を工作物の肉厚Tに対して,L1≧Tに形成した」のに対し,甲第3号証に記載された発明では,そのような関係が規定されていない点。」(審決書16頁19行〜21行)と認定した上で,「ドリル螺子のドリル部の寸法は,工作物の形状・材質,ドリル螺子の軸径・材質等を考慮して適宜選択されるものであるが,小径及び大径ドリル部を有するドリル螺子において,工作物に対しそれぞれのドリル部における切削に寄与する主要な部分が同時に作用すれば,それが別々に作用するより切削抵抗が大になる程度のことは当業者が容易に予測できることであって,それを避ける必要があれば,小径ドリル部と大径ドリル部の当該部分が別々に作用するように小径ドリル部の軸長を工作物の肉厚以上に設定する程度のことは,当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない。」(審決書16頁24行〜31行)と判断しているのであり,その判断に誤りがないこと,及び,先行技術を呈示する必要のないことは,明らかである。本件発明2についての原告の主張も採用することができない。 |
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結論
以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 阿部正幸 |