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関連審決 異議2003-73050
関連ワード 発明者 /  創作性(創作) /  物の発明 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  数値限定 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  交換 /  設定登録 /  発明の範囲 /  請求の範囲 /  合理的な理由 /  取消決定 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10020号 特許取消決定取消請求事件

原告 株式会社神戸製鋼所代表者代表取締役
訴訟代理人弁理士藤巻正憲
被告 特許庁長官中嶋誠
指定代理人 井上哲男
同 岡千代子
同高木進
同 宮下正之
同 岡田孝博
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/10/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2003-73050号事件について平成16年7月16日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「内面溝付管」とする特許第3417825号発明(平成10年1月12日特許出願,平成15年4月11日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許について,平成15年12月16日,特許異議の申立てがされ,異議2003-73050号事件として特許庁に係属した。
原告は,上記審理の過程で,平成16年4月13日付けの取消理由通知を受け,同年6月22日,本件特許出願の願書に添付した明細書の訂正請求(以下,その訂正を「本件訂正」という。)をした。特許庁は,上記事件を審理した結果,同年7月16日,「訂正を認める。特許第3417825号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年8月3日,その謄本を原告に送達した。
2 本件訂正により訂正された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)の要旨 【請求項1】管内面に管軸方向に傾斜する一の方向に延びる螺旋状の複数の平行溝を形成した内面溝付管において,前記溝間にはこの溝により相互に離隔されたフィンが形成されており,管の最大内径をDi,前記溝間に形成されたフィンの高さをHf,このフィンの基部の幅をWf,前記溝が形成された方向と管軸方向とがなすねじれ角をθ,前記溝の管周方向における溝ピッチをPとしたとき,Hf/Diは0.01以上0.020以下,θ/Diは2.0乃至4.5,Hf/Wfは1.6未満,Pは0.35乃至0.45(mm)であることを特徴とする内面溝付管。
3 決定の理由 決定は,別添異議の決定謄本写し記載のとおり,本件発明が,特開平8-5278号公報(甲1,以下「引用例1」という。)及び特開平5-1891号公報(甲3,以下「引用例3」という。)に記載された発明(以下,順に「引用発明1」及び「引用発明3」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないので,平成14年法律第24号による改正前の特許法113条1項2号に該当し,取り消されるべきものであるとした。
原告主張の決定取消事由
決定は,本件発明のパラメータの技術的意義を看過したため,本件発明と引用発明1との一致点の認定を誤り(取消事由1),相違点についての判断を誤り(取消事由2),本件発明の顕著な作用効果を看過し(取消事由3),その結果,本件発明が引用発明1及び3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論を導き出したもので,違法であるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明のパラメータの技術的意義を看過したことによる本件発明と引用発明1との一致点の認定の誤り) (1) 決定は,引用発明1を「管内面に管軸方向に傾斜する一の方向に延びる螺旋状の複数の平行溝を形成した内面溝付管において,前記溝間にはこの溝により相互に離隔されたフィンが形成されており,管の最大内径をDi,前記溝間に形成されたフィンの高さをHf,このフィンの基部の幅をWf,前記溝が形成された方向と管軸方向とがなすねじれ角をθ,前記溝の管周方向における溝ピッチをPとしたとき,Hf/Diは0.023,θ/Diは2.40,Hf/Wfは0.71,Pは0.43(mm)であることを特徴とする内面溝付管。」(決定謄本6頁第1段落)と認定した上, 本件発明と引用発明1とを対比し,両者は,「管内面に管軸方向に傾斜する一の方向に延びる螺旋状の複数の平行溝を形成した内面溝付管において,前記溝間にはこの溝により相互に離隔されたフィンが形成されており,管の最大内径をDi,前記溝間に形成されたフィンの高さをHf,このフィンの基部の幅をWf,前記溝が形成された方向と管軸方向とがなすねじれ角をθ,前記溝の管周方向における溝ピッチをPとしたとき,θ/Diは2.0乃至4.5,Hf/Wfは1.6未満,Pは0.35乃至0.45(mm)であることを特徴とする内面溝付管。」(同頁第3段落)である点で一致し,一方,「本件発明は,Hf/Diは0.01以上0.020以下であるのに対し,甲第1号証記載の発明(注,引用発明1)は,Hf/Diは0.023である点 」(同頁第4段落)で相違すると認定したが,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータの技術的意義を看過したため,引用発明1の認定及び一致点の認定を誤ったものである。
(2) 本件発明は,フィン高さHf,管の最大内径Di,溝ねじれ角θ,フィンの基部の幅Wfという管形状を規定する物理的な因子で規定されているのではなく,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータによって規定されているのであり,このようなパラメータを採用すること自体が,発明として技術的意義を有するものである。
また,本件発明は,内面溝付管の単重量を軽減するという目的の下に,単にフィンの高さHfを小さくするにとどまらず,内面溝付管としての性能,特に,ルームエアコン等の熱交換器に好適な内面溝付管として要求される蒸発性能及び凝縮性能の双方を高く維持しつつ,単重量を軽減して低コスト化するという本件発明の目的を達成するために,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータ間のバランスに配慮し,これらのパラメータを最適化したものである。したがって,本件発明は,上記パラメータで内面溝付管の構成を規定するところに新規な技術的意義があるものである。
(3) 決定は,本件発明の上記技術的意義を看過した結果,引用発明1について上記(1)のとおりの認定をした。しかし,Hf/Di,θ/Di及びHf/Wfというパラメータを採用することは,本件発明において初めてであり,本件発明の明細書及び図面を見た後でなければ,当業者において,このようなパラメータを採用することを思いつくものではなく,引用発明1のパラメータに関する決定の認定は誤っている。
引用例1(甲1)に,外径8.05mm,内径7.15mm,フィン高さ0.17mm,底肉厚0.28mm,溝底幅0.19mm,リード角18°,フィン頂角40°,フィン数55,重量68.3g/mという形状,寸法及び重量の内面溝付管が開示されているとしても,従来品と同等以上の凝縮性能及び蒸発性能を維持しつつ,伝熱管の単重量を軽減し,この伝熱管を組み込んだ熱交換器のコストを低減することを目的として,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータで整理し,これらのパラメータと各特性との関連から,上記目的を達成する内面溝付管が得られるということを示唆する記載は,引用例1に存在しない。
引用例1に開示された上記寸法から,計算上,Hf/Diが0.023,θ/Diが2.40,Hf/Wfが0.71,Pが0.43とする内面溝付管の組合せを導き出すことができるとしても,このような内面溝付管の組合せは無数に存在するものであり,引用発明1の内面溝付管は,これらの無数の組合せの中の一つの組合せにすぎず,この一つの組合せをもって,「Hf/Diは0.01以上0.020以下,θ/Diは2.0乃至4.5,Hf/Wfは1.6未満,Pは0.35乃至0.45(mm)」というようにパラメータで規定された内面溝付管の発明が引用例1に記載されているということはできない。
(4) したがって,引用発明1が,計算結果として,上記のような構成となることは争わないが,「管の最大内径をDi,前記溝間に形成されたフィンの高さをHf,このフィンの基部の幅をWf,前記溝が形成された方向と管軸方向とがなすねじれ角をθ,前記溝の管周方向における溝ピッチをPとしたとき,θ/Diは2.0乃至4.5,Hf/Wfは1.6未満,Pは0.35乃至0.45(mm)であること」は,本件発明と対比すべき公知の技術ではないから,本件発明と引用発明1との対比において,「管の最大内径をDi,前記溝間に形成されたフィンの高さをHf,このフィンの基部の幅をWf,前記溝が形成された方向と管軸方向とがなすねじれ角をθ,前記溝の管周方向における溝ピッチをPとしたとき,θ/Diは2.0乃至4.5,Hf/Wfは1.6未満,Pは0.35乃至0.45(mm)であること」で一致するとしたのは誤りである。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り) (1) 決定は,「本件発明は,Hf/Diは0.01以上0.020以下であるのに対し,甲第1号証記載の発明(注,引用発明1)は,Hf/Diは0.023である点 」(決定謄本6頁第4段落)で相違すると認定した上,相違点について,「単重量を低減するという課題及びその解決手段としてHf(すなわち,フィンの高さ)を低くすることは・・・本件発明の出願前において周知の課題及びその解決手段であるから,当該周知の課題に照らして,甲第1号証(注,引用例1)記載の従来品の単重量を低減すること,及びそのための手段としてHfの値を小さくすること(すなわち,Hf/Diの値を0.023より小さくすること)は,当業者であれば容易に想到できたことと認められ,具体的構成としてHf/Diの値を0.020より小さくすることに何ら困難性を認めることはできない。」(同頁最終段落〜7頁第1段落)と判断するが,誤りである。
本件発明は,内面溝付管の単重量を軽減するために,単に,フィンの高さHfを小さくしただけではなく,内面溝付管としての性能,特に,ルームエアコン等の熱交換器に好適な内面溝付管として要求される蒸発性能及び凝縮性能の双方を高く維持しつつ,単重量を軽減して低コスト化するという目的を達成するために,種々のパラメータのバランスをとり,これらのパラメータを最適化したものであり,引用発明1及び3の記載をみても,当業者が相違点に係る本件発明の構成,すなわち,Hf/Diを0.01以上0.020以下にすることを容易に想到できたものとはいえない。
(2) 被告は,本件発明の実施例2のHf/Diの値は0.020であるのに対して,比較例3のHf/Diの値は0.022であるから,本件明細書の図3の記載によれば蒸発伝熱性能及び凝縮伝熱性能(すなわち管内熱伝達率)は比較例3の方が勝っているはずであり,実施例2は,比較例3に比較して,単重量のみでなく,蒸発性能及び凝縮性能も高く維持するとする原告の主張は,本件明細書の図3の記載と矛盾する旨主張する。しかし,比較例3は,溝ピッチPが0.47mmであり,本件発明の範囲(Pは0.35〜0.45mm)から外れているものであり,溝ピッチPが0.40mmより大きい値をとると,蒸発伝熱性能及び凝縮伝熱性能が低くなるので(本件明細書の図6及び7参照),比較例3の蒸発伝熱性能及び凝縮伝熱性能は,溝ピッチPが0.40mmの実施例2よりも低くなるのである。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過) (1) 本件発明においてHf/Diを0.020以下に規定したことは,蒸発伝熱性能及び凝縮伝熱性能の双方を低下させることなく,単重量を低減するという本件発明の目的を達成する上において臨界的意義を有するものであるから,本件発明が,引用発明1及び3に基づいて当業者が容易に発明をすることできたものとはいえない。
すなわち,本件明細書(甲6添付)の発明の詳細な説明には,本件発明の実施例・比較例として,外径が9.52mm,溝部肉厚が0.28mmの内面溝付管(段落【0030】〜【0043】参照)が記載されているところ,これらの内面溝付管について,Hf/Diと単重量との関係を以下に整理すると,別紙表B及び図Aのとおりとなる。そして,図Aをみると,0.020以下の領域において,Hf/Diは5点存在し,この5点は,ほぼ直線上にあり,最小自乗法により求めた傾きは612.5である。これに対し,0.020以上の領域において,Hf/Diは4点存在し,この4点について,上記と同様に傾きを求めると2500である。したがって,Hf/Diが0.020以上になると,単重量の増加率(直線の傾き)が約4.1倍になる。つまり,Hf/Diが0.020以下の領域においては,Hf/Diの増加に伴って単重量が直線的に増加するが,Hf/Diが0.020を超えると,Hf/Diの増加に対する単重量の増加率が急増するのである。
このように,本件発明において,Hf/Diを0.020以下に規定することは,蒸発伝熱性能及び凝縮伝熱性能の双方を低下させることなく,単重量を低減するという本件発明の目的を達成する上において,臨界的意義を有するものである。
(2) 被告は,原告が条件に加えていないHf/WfやHf/Diをとってみると,本件明細書をみる限り,比較例4は,比較例3,5,6,8に比して特異な例とはいえないとし,条件設定の理由について合理的な理由もないのに比較例4を特異な例として除外して表B及び図Aを作成していると主張する。
しかし,内面溝付管のフィン数,ねじれ角,溝ピッチ等の値は単重量に影響するため,これらの値は同一にしてHf/Diと単重量とを比較すべきところ,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例及び比較例においては,これらの値が同一ではなかったため,Hf/Diが0.006(最小値)〜0.022(最大値)の中で,なるべく上記フィン数,ねじれ角,溝ピッチの値が近いものとして,@フィン数が60〜70,Aねじれ角が18〜20°,Bθ/Diが2.01〜2.23の条件を設定し,これらを満足するものを抽出して比較し,表B及び図Aを作成することにした。その際,比較例4は,別紙表Dに記載のように,フィン数が85,ねじれ角が27°,θ/Diが3.01と表Dの中で最大であり,いずれも上記@〜Bの条件の上限を上回るような特異な例であったため,他の実施例及び比較例と対比することは不適切であるので,除外したものである。
このように,比較例4を特異な例として除外したことには,合理的な理由があったのであるから,被告の上記主張は失当である。
(3) 被告は,単重量とHf/Diの関係は,理論的に求めることができ,予想可能であって,二次曲線であっても途中でその勾配が急激に変化すること,すなわち,折れ曲がることはなく,連続的に変化するものであり,この観点からもみても,Hf/Diの値0.020に臨界的意義が存在するとはいえないと主張する。
確かに,単重量とHf/Diとの関係は,他の要因を固定すれば,二次曲線になる。しかし,原告は,本件発明において,単重量とHf/Diとの関係が二次曲線になるといっているのではない。内面溝付管は,素管内に回転自在に溝付プラグを挿入配置し,溝付プラグの配置位置に相当する素管外面に転造ボールを押し当てて,この転造ボールを管周方向に公転運動させつつ,素管を引き抜くことにより,溝付プラグの溝部に素管の肉が充填され,管内面に溝付プラグの溝形状が転写されて,管内面にフィンが形成される。このように,内面溝付管のフィン形状は製造上の要因により規制を受け,フィン断面積,ひいては単重量は,製造上の要因により大きな影響を受けて決まるのである。したがって,単重量とHf/Diとの関係は,基本的には二次曲線であるものの,フィン形状は単純な二等辺三角形ではないために,Hf/Diがある程度大きくなると,すなわち,Hf/Diが0.02を超えると,製造上の要因により,Hf/Diの増加による単重量の増加率がより大きくなる。このようにして,別紙図Aに示すように,Hf/Diの値0.02を境にして,線の傾き(単重量の増加率)が大きくなると考えられるのである。
被告の反論
決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本件発明のパラメータの技術的意義を看過したことによる本件発明と引用発明1との一致点の認定の誤り)について (1) 原告は,本件発明は,フィン高さHf,管の最大内径Di,溝ねじれ角θ,フィンの基部の幅Wfという管形状を規定する物理的な因子で規定されているのではなく,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータによって規定されているのであり,このようなパラメータを採用すること自体が,発明として技術的意義を有する旨主張する。
しかし,上記パラメータの基となっているHf,Di,θ,Wf及びPは,内面溝付管の形状を特定する上で慣用されているものであるから,それらをどのように組み合わせるか,換言すれば,どのようなパラメータとして整理するかに格別の技術的意義があるとはいえない。
(2) 原告は,本件発明は,内面溝付管の単重量を軽減するという目的の下に,単にフィンの高さHfを小さくするにとどまらず,内面溝付管としての性能,特に,ルームエアコン等の熱交換器に好適な内面溝付管として要求される蒸発性能及び凝縮性能の双方を高く維持しつつ,単重量を軽減して低コスト化するという本件発明の目的を達成するために,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータ間のバランスに配慮し,これらのパラメータを最適化したものであるから,本件発明は,上記パラメータで内面溝付管の構成を規定するところに新規な技術的意義がある旨主張する。
しかし,本件明細書(甲6添付)の発明の詳細な説明の記載によると,本件発明は,個々のパラメータについて,当該パラメータと管内熱伝達率,単重量等との関係を個別に調査し,それぞれのパラメータをグラフ化し,個々のパラメータの最適値を求めているが(特に,段落【0017】,【0019】,【0025】及び【0027】の記載参照。),個々のパラメータ相互間の関係に着目して発明されたことをうかがわせる記載はない。したがって,パラメータ間のバランスに配慮し,これらのパラメータを最適化したものとはいえず,また,本件発明と引用発明1とを個々のパラメータごとに対比することを阻害する要因もないから,個々のパラメータについて,その数値範囲内の値を採用するものがあれば,当該値を採用したものも同様の作用効果を奏することは自明である。
したがって,本件発明が,上記パラメータで内面溝付管の構成を規定するところに新規な技術的意義があるとする原告の主張は,失当である。
(3) 原告は,従来品と同等以上の凝縮性能及び蒸発性能を維持しつつ,伝熱管の単重量を軽減し,この伝熱管を組み込んだ熱交換器のコストを低減することを目的として,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータで整理し,これらのパラメータと各特性との関連から,上記目的を達成する内面溝付管が得られるということを示唆する記載は,引用例1に存在しない旨主張する。
しかし,本件発明の内面溝付管のように,形状が特定された「もの」に関する発明において,当該形状を特定する上で慣用される個々の部位の値が特定されていれば,その組合せからなるパラメータの値は容易に算出できるものであるから,発明を個々の部位の値を組み合わせたパラメータで定義することと,個々の部位の値で定義することに実質的な相違はなく,引用例1に個々の部位の値が記載されている以上,個々のパラメータに係る数値の開示があったというべきである。
(4) 原告は,引用例1(甲1)に開示された寸法から,計算上,Hf/Diが0.023,θ/Diが2.40,Hf/Wfが0.71,Pが0.43とする内面溝付管の組合せを導き出すことができるとしても,このような内面溝付管の組合せは無数に存在するものであり,引用発明1の内面溝付管は,これらの無数の組合せの中の一つの組合せにすぎず,この一つの組合せをもって,「Hf/Diは0.01以上0.020以下,θ/Diは2.0乃至4.5,Hf/Wfは1.6未満,Pは0.35乃至0.45(mm)」というようにパラメータで規定された内面溝付管の発明が引用例1に記載されているということはできない旨主張する。
しかし,本件発明と引用発明1とを対比するに際し,本件発明のようなパラメータの整理に格別の意義があるかどうかはともかく,特許請求の範囲において,あるパラメータの数値範囲を指定した場合に,その数値範囲に属する値を採用した構成が先行技術文献に存在するならば,当該構成は,先行技術文献に記載されていたというべきである。なぜなら,本件のような物の発明実施するに際しては,特許請求の範囲に記載された数値範囲のある一点の値を選択する必要があり,特許権者が特許請求の範囲にあるパラメータの数値範囲を記載した場合は,当該数値範囲に含まれる個々の値をすべて権利範囲としたものとみるべきであるからである。
したがって,パラメータと各特性との関連を示唆する記載が引用例1に存在しないとしても,本件発明と引用発明1の一致点を認定する上で何ら影響を与えるものではない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について 原告は,本件発明は,内面溝付管の単重量を軽減するために,単に,フィンの高さHfを小さくしただけではなく,内面溝付管としての性能,特に,ルームエアコン等の熱交換器に好適な内面溝付管として要求される蒸発性能及び凝縮性能の双方を高く維持しつつ,単重量を軽減して低コスト化するという本発明の目的を達成するために,種々のパラメータのバランスをとり,これらのパラメータを最適化したものであり,引用発明1及び3の記載をみても,当業者が相違点に係る本発明の構成,すなわち,Hf/Diを0.01以上0.020以下にすることを容易に想到できたものとはいえない旨主張する。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明においては,それぞれのパラメータをグラフ化しそれぞれの効果を記載しているのであり,種々のパラメータ相互間のバランスをとってそれぞれの数値を限定しているものとはいえないから,原告の上記主張は,その前提を欠くものである。
また,実施例2のHf/Diの値は0.020であるのに対して,比較例3のHf/Diの値は0.022であるから,本件明細書の図3の記載によれば蒸発伝熱性能及び凝縮伝熱性能(すなわち管内熱伝達率)は比較例3の方が勝っているはずである。したがって,実施例2が,比較例3に比較して,単重量のみでなく,蒸発性能及び凝縮性能も高く維持するとする原告の上記主張は,本件明細書の図3の記載と矛盾する。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について (1) 原告は,本件発明においてHf/Diを0.020以下に規定したことは,蒸発伝熱性能及び凝縮伝熱性能の双方を低下させることなく,単重量を低減するという本件発明の目的を達成する上において臨界的意義を有する旨主張する。
しかし,Hf/Diのパラメータについて,当該パラメータの最適化に発明の作用効果を求めるのであれば,当該パラメータの数値範囲にはこれを採用したことによる臨界的意義が必要であるが,当該Hf/Diをグラフ化した本件明細書の図3をみる限り,その下限値である0.01の値には管内熱伝達率の向上に係る臨界的意義を見いだすことができるとしても,その上限値について管内熱伝達率の向上に係る臨界的意義を見いだすことはできない。
(2) 原告は,表B及び図Aを示して,Hf/Diが0.020以下の領域においては,Hf/Diの増加に伴って単重量が直線的に増加するが,Hf/Diが0.020以上だと,Hf/Diの増加に対する単重量の増加率が急増するから,Hf/Diを0.020以下とすることに臨界的意義がある旨主張する。
原告は,表Bの作成に当たって,実施例1,2及び比較例3,5,6,8を抽出し,これら六つの実施例及び比較例の単重量とHf/Diの関係を図Aのグラフにプロットしている。しかし,例えば,比較例4を採用していないばかりでなく,比較例4の値を採用したならば,Hf/Diの値0.020に対して,単重量は87.4(g/m)となり,明らかに0.020近辺での図Aにおける傾きの変化はほとんどなくなるのである。
原告は,フィン数,ねじれ角,θ/Diについてのみ条件を設定し,比較例4は特異な例であるとして除外した旨主張するが,原告が条件に加えていないHf/WfやHf/Diについて,本件明細書(甲6の段落【0032】の【表1】)をみる限り,比較例4は,比較例3,5,6,8に比して特異な例とはいえないから,原告の上記主張は理由がなく,結局,条件設定の理由について合理的な理由もないのに比較例4を特異な例として除外したものであって,失当である。
(3) 単重量とHf/Diの関係は,理論的に求めることができ,予想可能であって,二次曲線であっても途中でその勾配が急激に変化すること,すなわち,折れ曲がることはなく,連続的に変化するものであり,この観点からもみても,Hf/Diの値0.020に臨界的意義が存在するとはいえない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明のパラメータの技術的意義を看過したことによる本件発明と引用発明1との一致点の認定の誤り)について (1) 本件発明に係るパラメータの技術的意義 ア 原告は,本件発明は,フィン高さHf,管の最大内径Di,溝ねじれ角θ,フィンの基部の幅Wfという管形状を規定する物理的な因子で規定されているのではなく,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータによって規定されているのであり,このようなパラメータを採用すること自体が,発明として技術的意義を有する旨主張する。
フィン高さHf,管の最大内径Di,溝ねじれ角θ,フィンの基部の幅Wfが,内面溝付管を特定するための基本的な数値であることは,当裁判所に顕著である。
そうすると,本件発明において,内面溝付管の形状は,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータによって特定されるものではなく,フィン高さHf,管の最大内径Di,溝ねじれ角θ,フィンの基部の幅Wfその他の基本的な数値によって特定されるものである。一方,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータは,内面溝付管を特定するための基本的な数値からHfとDi,θとDi,HfとWfとを抜き出して一方で他方を除したものであることまでは分かるが,単に,基本的な数値からHfとDi,θとDi,HfとWfとを抜き出して一方で他方を除したことが,基本的な数値とは別に本件発明をどのように規定するのか,さらには,発明としていかなる新規な技術的意義を有するのかが明らかであるとはいい難い。
そうすると,上記パラメータをもって,発明として技術的意義を有するとする原告の主張は,にわかに採用できない。
なお,上記パラメータに臨界的意義が認められることで本件発明に進歩性が認められる場合があるとしても,それは当該パラメータに発明として技術的意義があることとは別問題である。
イ また,原告は,本件発明は,内面溝付管の単重量を軽減するという目的の下に,単にフィンの高さHfを小さくするにとどまらず,内面溝付管としての性能,特に,ルームエアコン等の熱交換器に好適な内面溝付管として要求される蒸発性能及び凝縮性能の双方を高く維持しつつ,単重量を軽減して低コスト化するという本件発明の目的を達成するために,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータ間のバランスに配慮し,これらのパラメータを最適化したものであるから,本件発明は,上記パラメータで内面溝付管の構成を規定するところに新規な技術的意義がある旨主張する。
しかし,本件明細書(甲6添付)の特許請求の範囲では,「Hf/Diは0.01以上0.020以下,θ/Diは2.0乃至4.5,Hf/Wfは1.6未満,Pは0.35乃至0.45(mm)であることを特徴とする内面溝付管」と記載されているとおり,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf,Pの値がそれぞれ独立して規定されていて,相互に関連付けられていない。したがって,本件発明が,上記パラメータ間のバランスに配慮し,これらのパラメータを最適化したものとはいい難い。
ウ 念のために,本件明細書の発明の詳細な説明について検討してみると,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPのパラメータに関して,次のような記載がある。
(ア) 「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,前述の従来の内面溝付管よる単重量の軽減及び伝熱性能の維持は十分なものではないという問題点がある。特開平5-1891号公報に記載された内面溝付管においては,管内径に対する溝深さの比を0.02乃至0.03と規定しており,フィンが高く単重量の軽減が十分ではない。また,特開平5-79783号公報に記載された内面溝付管においては,管内径に対する溝深さの比を0.023乃至0.025と規定しており,フィンが高く単重量の軽減が十分ではない。一方,単に管内径に対する溝深さの比を小さく設定したのでは,フィンが低くなって伝熱性能が低下してしまう。また,実開昭63-148078号公報に記載された内面溝付管においても,単重量の軽減は十分ではない。本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって,伝熱性能を低下させることなく単重量を軽減することができる内面溝付管を提供することを目的とする。」(段落【0007】〜【0011】) (イ) 「【発明の実施の形態】本願発明者等が前記課題を解決するために鋭意実験研究を重ねた結果,管の最大内径Diに対するフィンの高さHfの比Hf/Di,最大内径Diに対する螺旋溝の管軸に対するねじれ角θの比θ/Di,フィンの基部の幅Wfに対するフィンの高さの比Hf/Wf及び溝ピッチPを適切な値に規定することにより,伝熱性能を低下させることなく銅又は銅合金製の内面溝付管の単重量を軽減することができることを見い出した。以下,本発明に係る内面溝付管に関する数値限定理由について説明する。・・・」(段落【0014】,【0015】) (ウ) 「最大内径Diに対するフィンの高さHfの比Hf/Diが0.01未満であると,図3に示すように,蒸発熱伝達率が極めて低い。これは,フィンの高さが著しく低い場合,毛細管現象が起こらず冷媒液の拡散効果がほとんどなくなって,冷媒液が管の上部にまでは濡れ広がらなくなるためである。一方,比Hf/Diが0.02を超えると,従来品と比して,単重量を軽減することができない。
従って,最大内径Diに対するフィンの高さHfの比Hf/Diは0.01乃至0.02とする。」(段落【0018】) (エ) 「以上より,蒸発性能を重視する場合には,比θ/Diを約2.0に,凝縮性能を重視する場合には,比θ/Diを約4.5に設定すると,夫々の最適な性能を得ることができる。しかし,最近のルームエアコンにおいては,冷暖房兼用型が主流であるので,内面溝付管には高い蒸発性能及び高い凝縮性能が要望される。従って,最大内径Diに対する螺旋溝の管軸に対するねじれ角θの比θ/Diは2.0乃至4.5とする。」(段落【0024】) (オ) 「フィンの基部の幅Wfに対するフィンの高さHfの比Hf/Wfが1.6以上であると,図8に示すように,傾斜角ξが著しく高くなる。また,拡管によりフィンが潰れやすくなる。このように,傾斜角ξが高くなったりフィンが潰れると,内面溝付管の伝熱性能が発揮されないことがある。従って,フィンの基部の幅Wfに対するフィンの高さHfの比Hf/Wfは1.6未満とする。」(段落【0026】) (カ) 「溝ピッチPが0.35mm未満であると,溝部の幅が極めて狭くなるので,図6(a)に示すように,蒸発熱伝達率が極めて低い。また,図7に示すように,単重量が増加する。一方,溝ピッチが0.45mmを超えると,管内面の表面積が減少するため,図6(b)に示すように,凝縮熱伝達率が極めて低くなる。従って,溝ピッチPは0.35乃至0.45(mm)とする。」(段落【0028】) (キ) 「【発明の効果】以上詳述したように,本発明によれば,管内面に形成される溝の形状を適切なものに規定しているので,従来品と比して,伝熱性能を低下させることなく単重量を低減することができる。これにより,熱交換器のコストを削減することができる。」(段落【0044】) 上記記載によると,「本願発明者等が前記課題を解決するために鋭意実験研究を重ねた結果,管の最大内径Diに対するフィンの高さHfの比Hf/Di,最大内径Diに対する螺旋溝の管軸に対するねじれ角θの比θ/Di,フィンの基部の幅Wfに対するフィンの高さの比Hf/Wf及び溝ピッチPを適切な値に規定することにより,伝熱性能を低下させることなく銅又は銅合金製の内面溝付管の単重量を軽減することができることを見い出した。」との記載があるものの,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPの相互の関係については何の記載もなく,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf,Pのそれぞれについて数値限定がされ,その理由が記載されているものであり,その余の記載をみても同様である。
エ 以上によれば,本件発明が,パラメータ間のバランスに配慮し,これらのパラメータを最適化したものとはいい難く,したがって,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータで内面溝付管の構成を規定するところに新規な技術的意義があるとする原告の主張は,採用することができない。
(2) 引用発明1の内容 ア 原告は,引用例1(甲1)に,外径8.05mm,内径7.15mm,フィン高さ0.17mm,底肉厚0.28mm,溝底幅0.19mm,リード角18°,フィン頂角40°,フィン数55,重量68.3g/mという形状,寸法及び重量の内面溝付管が開示されているとしても,従来品と同等以上の凝縮性能及び蒸発性能を維持しつつ,伝熱管の単重量を軽減し,この伝熱管を組み込んだ熱交換器のコストを低減することを目的として,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータで整理し,これらのパラメータと各特性との関連から,上記目的を達成する内面溝付管が得られるということを示唆する記載は,引用例1に存在しない旨主張する。
上記(1)のとおり,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータで内面溝付管の構成を規定するところに新規な技術的意義があるわけではないから,原告の上記主張は,その前提を欠くものであるが,念のため,引用例1(甲1)を検討してみると,引用例1に,「市販の内面溝付伝熱管(シームレス管)と本発明に係る内面溝付伝熱管(電縫管)を用意し,これらの蒸発性能および凝縮性能を図8および図9に示す装置を用い,図中『測定部』に各伝熱管をセットして測定を行った。各伝熱管の形状および評価方法は,以下の通りである。・・・・・・ 従来品: 外径:8.05mm 内径:7.15mm フィン高さ:0.17mm 底肉厚:0.28mm 溝底幅:0.19mm リード角:18゜ フィン頂角:40゜ フィン数:55 重量:68.3g/m・・・ 」(段落【0023】,【0024】)との記載があることは,当事者間に争いがない。
上記記載に基づいて,本件発明のパラメータに対応して,フィン高さHf,管の最大内径Di,溝ねじれ角θ,フィンの基部の幅Wfから,「Hf/Di」,「θ/Di」,「Hf/Wf」及び「P」の値を計算すると,それぞれ「0.023」,「2.40」,「0.71」及び「0.43」となる。そして,上記(1)アのとおり,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータは,単に,内面溝付管を特定するための基本的な数値からHfとDi,θとDi,HfとWfとを抜き出して一方で他方を除したものにすぎないから,当業者において,格別の思考を要することなく適宜把握し得るパラメータであるというほかない。
したがって,決定が,Hf/Di,θ/Di,Hf/Wf及びPというパラメータによって引用発明1を認定したことに誤りはない。
イ 原告は,引用例1に開示された上記寸法から,Hf/Diが0.023,θ/Diが2.40,Hf/Wfが0.71,Pが0.43とする内面溝付管の組合せが導き出されるとしても,このような内面溝付管の組合せは無数に存在するものであり,引用発明1の内面溝付管は,これらの無数の組合せの中の一つの組合せにすぎず,この一つの組合せをもって,「Hf/Diは0.01以上0.020以下,θ/Diは2.0乃至4.5,Hf/Wfは1.6未満,Pは0.35乃至0.45(mm)」というようにパラメータで規定された内面溝付管の発明が引用例1に記載されているということはできない旨主張する。
本件発明は,上記第2の2のとおり,「・・・Hf/Diは0.01以上0.020以下,θ/Diは2.0乃至4.5,Hf/Wfは1.6未満,Pは0.35乃至0.45(mm)」というようにパラメータで規定された構成を有する,いわゆる物の発明であるところ,これらのパラメータが規定する数値の範囲内に公知のものが存在するときには,本件発明の構成を具備したものが存在することになるから,その範囲で公知の技術と一致し,進歩性を論ずる余地はなくなることになる。
そして,本件発明の「Hf/Diは0.01以上0.020以下」については,引用発明1においてHf/Diが0.023であって相違部分となるが,その余の本件発明の「θ/Diは2.0乃至4.5」,「Hf/Wfは1.6未満」,「Pは0.35乃至0.45(mm)」については,いずれも引用発明1の「θ/Di」,「Hf/Wf」及び「P」の,それぞれ「2.40」,「0.71」及び「0.43」の値と重なっており,したがって,「θ/Di」,「Hf/Wf」及び「P」というパラメータに係る本件発明の構成を具備していることになるから,その範囲で,本件発明は公知の技術である引用発明1と一致し,進歩性を論ずる余地はない。
したがって,原告の上記主張は失当である。
(3) 以上のとおりであるから,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用例1に開示された上記寸法から,計算上,Hf/Diが0.023となることを認めているところであり(上記第3の1(3)),「本件発明は,Hf/Diは0.01以上0.020以下であるのに対し,甲第1号証記載の発明(注,引用発明1)は,Hf/Diは0.023である点 」(決定謄本6頁第4段落)で相違することは,明らかである。
(2) 進んで,相違点に係る構成の容易想到性についてみると,引用例3(甲3)には,「内面溝付管は,その概略を図10に示すように,銅管の如き金属管の内面に多数のらせん状の溝を設けたものである。従来この種の内面溝付管には,溝深さ,溝形状溝のねじれ角度等に種々の制限を加えたものが発表されているが,それらは実際に使用する側から見ると,必ずしも最適なものとはいえず,その適用拡大に今一歩の感がある。その最大の理由は,伝熱性能と製造コストの比にある。即ち,内面溝付管は,その微細な内面構造上,転造法によらなければ,安定した品質が得にくいが,転造法は,モーターの回転数,その他から来る速度上の限界,換言すれば,製造コスト的な限界がある。しかるに平滑管は高速引抜法によって製造が可能であるので,従来の内面溝付管は伝熱性能と製造コストの比で考えると,平滑管からの切替メリットが出にくいという理由によるところが大きい。」(段落【0002】,【0003】),「しかし,かかる内面形状をもった溝付管は以下に述べるような理由で性能/コスト比が低い。まず第1に,溝深さ(Hf)と性能が比例的な関係にあることは従来から衆知であるが,圧力損失が平滑管に比べて大幅に増大する限界は,溝深さ(Hf)と内径(Di)との比(Hf/Di)が0.02〜0.03付近にあるにも拘らず,従来品はHf/Di=0.018以下であるので,溝深さ(Hf)が圧力損失上の限界にまで達していなかった点にある。これはまた,従来形状のままで溝深さ(Hf)を大きくすることが即,単位重量(以下単重量という)の増加につながるというコスト的な理由にも起因している。」(段落【0005】,【0006】)との記載がある。
また,引用例1(甲1)においても,「フィンを高くするとフィンの体積が増し,伝熱管の重量および材料コストが増すという欠点があった。」(段落【0005】)との記載がある。
上記記載によれば,溝深さ(Hf)と性能が比例的な関係にあること,また,圧力損失が平滑管に比べて大幅に増大する限界がHf/Diの値0.02〜0.03付近にあることが本件出願時公知となっていたが,溝深さ(Hf)を大きくすると,単位重量が増加し,コストが増大するという理由により,従来品において,溝深さ(Hf)を抑えて,Hf/Diの値を0.018以下にとどめられていたことが認められる。
ところで,当業者がHf/Diの値を決する場合,その有する技術常識を背景にして,上記のような公知の技術に基づいて任意に選択されることになり,必要があれば机上の計算,実験等も加えて任意に選択されるものである。その際,Hf/Diの値をコストを重視して従来品同様に0.018以下にとどめるか,性能向上を重視して0.02〜0.03程度にするかは,単なる設計事項にすぎないものであり,上記のとおり,技術常識,日常的な机上の計算,実験等によって,当業者において自由に決し得ることである。
そうすると,従来品である引用発明1の単重量を低減するためにHf/Diの値を0.020より小さくすることは,当業者において容易に想到できたものと認められ,したがって,「単重量を低減するという課題及びその解決手段としてHf(すなわち,フィンの高さ)を低くすることは・・・本件発明の出願前において周知の課題及びその解決手段であるから,当該周知の課題に照らして,甲第1号証(注,引用例1)記載の従来品の単重量を低減すること,及びそのための手段としてHfの値を小さくすること(すなわち,Hf/Diの値を0.023より小さくすること)は,当業者であれば容易に想到できたことと認められ,具体的構成としてHf/Diの値を0.020より小さくすることに何ら困難性を認めることはできない。」(決定謄本6頁最終段落〜7頁第1段落)とした決定の判断に誤りはない。
(3) 原告は,本件発明は,内面溝付管の単重量を軽減するために,単に,フィンの高さHfを小さくしただけではなく,内面溝付管としての性能,特に,ルームエアコン等の熱交換器に好適な内面溝付管として要求される蒸発性能及び凝縮性能の双方を高く維持しつつ,単重量を軽減して低コスト化するという本件発明の目的を達成するために,種々のパラメータのバランスをとり,これらのパラメータを最適化したものであり,引用発明1及び3の記載をみても,当業者が相違点に係る本発明の構成,すなわち,Hf/Diを0.01以上0.020以下にすることを容易に想到できたものとはいえない旨主張する。
しかしながら,上記(2)の判示のとおり,Hf/Diの値をどうするかは,技術常識あるいは日常的な机上の計算,実験等によって決せられる単なる設計事項にすぎないものである。パラメータの最適化は,当業者の日常的な創作活動の一環にすぎず,それが従来技術の予想外のものであるなどといった特段の事情でもない限り,容易推考の範囲内というべきである。
そして,本件明細書(甲6添付)の発明の詳細な説明には,「最大内径Diに対するフィンの高さHfの比Hf/Diが0.01未満であると,図3に示すように,蒸発熱伝達率が極めて低い。これは,フィンの高さが著しく低い場合,毛細管現象が起こらず冷媒液の拡散効果がほとんどなくなって,冷媒液が管の上部にまでは濡れ広がらなくなるためである。一方,比Hf/Diが0.02を超えると,従来品と比して,単重量を軽減することができない。従って,最大内径Diに対するフィンの高さHfの比Hf/Diは0.01乃至0.02とする。」(段落【0018】)との記載があり,従来品と比して単重量を軽減するために,最大内径Diに対するフィンの高さHfの比Hf/Diは0.01〜0.02としたことが認められる。
要するに,本件発明は,性能を重視するか,コストを重視するかの設計上のバランス問題において,コストにより重点を置いて,最大内径Diに対するフィンの高さHfの比Hf/Diは0.01〜0.02としたものということができ,当業者の日常的な創作活動の一環にすぎないものというべきである。その他本件全証拠をみても,本件発明において,従来技術の予想外のものであるなどといった特段の事情の存在を見いだすことはできない。
よって,原告の上記主張は,採用の限りでない。
(4) 以上のとおりであるから,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について (1) 原告は,本件発明においてHf/Diを0.020以下に規定したことは,蒸発伝熱性能及び凝縮伝熱性能の双方を低下させることなく,内面溝付管の単重量を低減するという本件発明の目的を達成する上において臨界的意義を有するものであるから,本件発明が,引用発明1及び3に基づいて当業者が容易に発明をすることできたものではない旨主張する。
本件において,「Hf/Diは0.01以上0.020以下」という数値限定が臨界的意義を有するというためには,上限及び下限の数値を境にして,特性に急激な変化があることが不可欠である。
しかし,上記2(3)のとおり,本件発明は,性能を重視するか,コストを重視するかの設計上のバランス問題において,コストにより重点を置いて,最大内径Diに対するフィンの高さHfの比Hf/Diは0.01〜0.02としたにすぎないものである。
本件明細書の図3をみると,横軸をHf/Di,縦軸を管内熱伝達率として,Hf/Diをグラフ化したものが示されており,Hf/Diの値が下限の0.01では管内熱伝達率が著しく低下していることが分かるが,上限の0.02においては,管内熱伝達率が漸増しているにすぎないのであって,上限の0.02について,数値限定が臨界的意義を有するとはいい難い。
その他,本件明細書を検討しても,Hf/Diが0.020以下であることによって,例えば,単重量が著しく減少するなどといった特段の事情を見いだすことができないから,0.020に臨界的意義があると認めるにことはできない。なお,上記2(3)のとおり,Hf/Diの値を小さくすれば,内面溝付管の単重量が低減することは本件出願時公知であったから,ある程度の減少傾向をもって臨界的意義を有するといえないことは当然である。
(2) また,単重量とHf/Diの関係が基本的に二次曲線であることは,原告自身も認めるところであるが,そうであれば,格別の理由でもない限り,上記二次曲線は,連続的に変化するものであって,折れ曲がるなどといった不連続な変化はなく,その意味でも,Hf/Diの値0.020に臨界的意義が存在するとは考えにくいところである。
この点について,原告は,フィン形状は単純な二等辺三角形ではないために,Hf/Diがある程度大きくなると,すなわち,Hf/Diが0.02を超えると,製造上の要因により,Hf/Diの増加による単重量の増加率がより大きくなるのであって,そのため,別紙図Aに示すように,Hf/Diの値0.02を境にして,線の傾き(単重量の増加率)が大きくなると考えられる旨主張する。しかし,原告の上記主張は,単なる推測の域を出ず,これを裏付ける確たる証拠も見当たらないから,採用の限りでない。
(3) 原告は,本件発明の実施例・比較例から別紙表B及び図Aを作成し,これを前提に,Hf/Diが0.020以下の領域においては,Hf/Diの増加に伴って単重量が直線的に増加するが,Hf/Diが0.020を超えると,Hf/Diの増加に対する単重量の増加率が急増する旨主張する。
しかし,原告自らが,内面溝付管のフィン数,ねじれ角,溝ピッチ等の値は単重量に影響するため,これらの値は同一にしてHf/Diと単重量とを比較すべきところ,本件発明の明細書に記載の実施例及び比較例においては,これらの値が同一ではなかったため,Hf/Diが0.006(最小値)〜0.022(最大値)の中で,なるべく上記フィン数,ねじれ角,溝ピッチの値が近いものとして ,@フィン数が60〜70,Aねじれ角が18〜20°,Bθ/Diが2.01〜2.23の条件を設定し,これらを満足するものを抽出して比較し,表B及び図Aを作成することにしたと述べているように,表B及び図Aは,元来が不十分なデータを利用して作成されているものである。
また,表B及び図Aの作成に当たって比較例4を除外していることについて,原告は,比較例4は,フィン数が85,ねじれ角が27°,θ/Diが3.01と別紙表Dの中で最大であり,いずれも上記@〜Bの条件の上限を上回るような特異な例であったため,他の実施例比較例と対比することは不適切であるので除外したと主張する。
しかし,そもそも,原告が設定した上記@〜Bの条件の妥当性は明らかでないから,その条件を満たさないとの理由で比較例4を除外することは適切とはいい難い。
いずれにせよ,表B及び図Aには,適切とはいえない点が多々あるから,これから導き出される結果が正しいというためには,これを裏付けるための十分な事後検証等が不可欠であるところ,本件全証拠をみても,そのような事後検証等によって上記結果の正しさを裏付けるものは見当たらない。
そうすると,表B及び図Aから導き出される結果を直ちに採用することは困難である。
(4) 以上によれば,本件発明は,相違点に係る構成においても,パラメータによる規定においても,それによって,予想外の顕著な作用効果を奏するものと認め難く,原告の取消事由3は理由がない。
4 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 青柳馨
裁判官 宍戸充