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関連審決 無効2000-35084
関連ワード 頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  表現上の差異 /  実質的に同一 /  援用権(援用) /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 242号 審決取消請求事件
原告 カネボウ株式会社
訴訟代理人弁理士 西藤征彦
被告 キユーピー株式会社
被告 株式会社ヤクルト本社
被告 エスエス製薬株式会社
被告 森永乳業株式会社
被告4名訴訟代理人弁理士 有賀三幸
同 高野 登志雄
同 中嶋俊夫
同 浅野康隆
同 的場 ひろみ
同 村田正樹
同 山本博人
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/02/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が無効2000-35084号事件について平成13年4月13日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。
2 被告ら 主文と同旨
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,考案の名称を「密封容器入り中性飲料」とする特許第2735927号の特許(平成2年3月26日出願(以下「本件出願」という。),平成10年1月9日設定登録。以下「本件特許」という。特許請求の範囲に記載されているのは,請求項1のみである。)の特許権者である。
被告は,平成12年2月10日,本件特許を無効にすることについて審判を請求し,特許庁は,この請求を無効2000-35084号事件として審理した。
原告は,この審理の過程で,特許請求の範囲の訂正等を内容とする訂正(以下「本件訂正」という。)の請求をした。特許庁は,審理の結果,平成13年4月13日,「訂正を認める。特許第2735927号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,審決の謄本を同年4月26日に原告に送達した。
2 特許請求の範囲 (1) 本件訂正前のもの(特許時のもの) 「乳成分を含有する密封容器入り中性飲料において,脂肪分として中鎖脂肪酸トリグリセライドを含有することを特徴とする密封容器入り中性飲料。」 (2) 本件訂正後のもの(以下この発明を「本件発明」という。) 「乳成分及び乳化剤を含有する,加熱加圧殺菌された密封容器入り中性飲料において,脂肪分として,脂肪酸の炭素数6〜12で融点が-5℃以下の中鎖脂肪酸トリグリセライドを含有することを特徴とする密封容器入り中性飲料。」 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,「ジャネフ濃厚流動食」と題する商品パンフレット(本訴甲3号証(審判甲第6号証の1),キューピー株式会社作成,以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)と,「乳成分及び乳化剤を含有する密封容器入り中性飲料において,脂肪分として,脂肪酸の炭素数8〜12の中鎖脂肪酸トリグリセライドを含有することを特徴とする密封容器入り中性飲料の点で一致し,(a)前者(判決注・本件発明)は,加熱加圧殺菌されたものであるのに対して,後者(判決注・引用発明)には,加熱加圧殺菌することについて記載されていない点,及び(b)前者は,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点を「-5℃以下」に限定しているのに対して,後者では,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点について記載されていない点,で両者は相違する。 」(審決書12頁第3段落。以下,上記(a),(b)の相違点をそれぞれ「相違点a」,「相違点b」という。)と認定し,相違点a及びbについては,当業者が慣用手段及び引用発明自体に基づいて容易に発明をすることができたものである,と認定判断して,本件特許は,無効とすべきである,とするものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,刊行物1が本件出願前に頒布された刊行物であると誤って認定し(取消事由1),相違点a及びbについての認定判断を誤り(取消事由2及び3),本件発明と引用発明との課題が全く異なることを看過して判断した(取消事由4)ものであり,取消事由1ないし4の誤りは,それぞれ結論に影響を及ぼすものであるから,違法として,取り消されるべきである。
1 取消事由1(刊行物1の頒布時期の認定の誤り) (1) 審決は,「熊本大学医学部代謝内科のAらの研究報告に係わる甲第6号証の3(判決注・本訴甲第5号証)には,10名の脳卒中の患者にジャネフ濃厚流動食(リキッドダイエットKー1)を1日800kcal与えて,自覚症状および臨床検査成績について検討したことが,同じく東京慈恵会医科大学第二外科のBらの研究報告に係わる甲第6号証の6(判決注・本訴甲第7号証)には,ジャネフ濃厚流動食(リキッドダイエットKー1)が大腸検査食として適した食品であるか否かについて試験したことが記載され,また,甲第6号証の7(判決注・本訴甲第8号証)には,キューピー株式会社の広告としてジャネフ濃厚流動食(リキッドダイエットKー1)が写真入りで掲載され,甲第6号証の8(判決注・本訴甲第9号証)には,日本ヘルスフード株式会社によるジャネフ濃厚流動食(リキッドダイエットKー1)の広告が写真入りで掲載されている。そして,これら刊行物に記載されているジャネフ濃厚流動食(リキッドダイエットKー1)は,上記商品パンフレット(判決注・刊行物1)に記載のジャネフ濃厚流動食(リキッドダイエットKー1)と同一の物であり,しかもこれらはいずれも本件特許の出願前に頒布された刊行物であることを考えると,上記商品パンフレットに記載のジャネフ濃厚流動食(リキッドダイエットKー1)は,本件特許の出願前にすでに不特定多数の第3者に販売されていたものと認められる。」(審決書9頁第2,第3段落)と認定した。
しかし,ジャネフ濃厚流動食(リキッドダイエットKー1)(以下「ジャネフ」という。)には,刊行物1に記載されているジャネフのように,中鎖脂肪酸トリグリセライドが含まれているもののみならず,「臨床栄養」第67巻第4号昭和60年10月号(甲第21号証,以下「甲21文献」という。)403頁の「表1」の「K」の欄,月刊フードケミカル1991-7(甲第22号証,以下「甲22文献」という。)85頁の「表5-2」の「キユーピー」の「K-1」の欄に記載されているように,中鎖脂肪酸トリグリセライドが配合されていないものも存在する。また,B(東京慈恵会医科大学第二外科。以下「B」という。)らによる「大腸X線検査前処置におけるジャネフ・濃厚流動食[K-1]の効果について」と題する論文(JJPEN.Vol.11,No.1(1989)109-112頁)(甲第7号証,以下「甲7文献」という。),及び,「臨床栄養」vol.75,No.2,1989に掲載されたジャネフの広告(甲第9号証,以下「甲9広告」という。)には,ジャネフについての記載があるものの,中鎖脂肪酸トリグリセライドに関しては何ら記載されていない。にもかかわらず,審決は,ジャネフには,中鎖脂肪酸トリグリセライドが配合されたものの一種類しかないものと誤認して,これを前提に刊行物1の頒布時期を認定したものである。
「臨床栄養」第68巻第1号昭和61年1月号(甲第5号証,以下甲5文献」という。)の77ないし79頁及び「JJPEN」1988年7月増刊号(甲第8号証,以下「甲8文献」という。)の23頁には,ジャネフに「中鎖脂肪」が配合されているという記載はあるものの,中鎖脂肪酸トリグリセライドが配合されているという記載はない。中鎖脂肪酸トリグリセライドには,多種類のものがあるから(甲第23号証-1,28頁右欄2行〜4行,甲第23号証-2,162頁の表,甲第23号証-3,486頁のTable 1.の表参照),甲5文献,甲8文献に単に中鎖脂肪の記載があるからといって,その中鎖脂肪が,刊行物1に記載された引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドと同一のものであると認定することはできない。
(2) 審決は,「一般に商品パンフレットは,その性質上,配布,公開してその商品を広く紹介,宣伝する目的で作成されるものであるから,商品発売時あるいは発売日からそれほど日時を経ることなく頒布されるものとみるのが社会常識であり,加えて,甲第6号証の2(判決注・甲第4号証)において,キユーピー株式会社 家庭用加工食品部のCが,ジャネフ濃厚流動食(リキッドダイエットKー1)の発売当時(1985年11月)から上記商品パンフレットを商品紹介用に頒布したことを証明していること,甲第6号証の5(判決注・本訴甲第6号証)において,東京慈恵会医科大学附属柏病院外科のBが,ジャネフ濃厚流動食発売当時(1985年末頃)に商品と一緒に上記商品パンフレットを受け取ったことを証明していること,及び被請求人は,上記商品パンフレットが本件特許の出願前に頒布されていなかったと窺えるような証拠方法を何も提出していないことを考えると,甲第6号証の1の商品パンフレットは,本件特許の出願前に頒布されたものと認めるのが相当である。」(審決書9頁第4段落)と認定判断している。
しかし,甲第4号証の証明書(以下「甲4証明書」という。)は,これを作成したCは,被告キユーピー株式会社の社員であるから,信ぴょう性に欠ける。
甲第6号証の証明書(以下「甲6証明書」という。)も,これを作成したBは,日々多忙な大学附属病院外科に属する者であり,ジャネフと同種の商品が多数ある中で(甲第22号証の84頁表5-1〜86頁表5-3参照),刊行物1に記載されたジャネフを受け取ったという,15年も昔のことを記憶しているということは考えられず,信ぴょう性がないといわざるを得ない。また,甲6証明書には,刊行物1の受領日付が記載されておらず,このような記載では,刊行物1を本件出願前に受領したかどうかも不明である。
甲4証明書と甲6証明書とが上記のようなものである以上,これらと照らし合わせてみても,刊行物1が本件出願前に頒布されたものであると認めることはできない。
(3) 審決は,「被請求人は・・・1985年(昭和60年)11月18日発行の会社年鑑(乙第3号証(判決注・本訴甲第12号証))によれば,キユーピー株式会社の関東支店の所在地は,東京都新宿区西新宿7ー1ー12薫友ビルとなっており,甲第6号証の1(判決注・本訴甲第3号証)のパンフレットが,甲第6号証の2(判決注・本訴甲第4号証)にいうように,1985年11月より商品紹介用に頒布したものであるなら,関東支店の住所は,上記の住所になっているはずであるが,上記商品パンフレットの末尾には,関東支店の住所は東京都渋谷区代々木2ー7ー7池田ビルとなっているのであるから,上記パンフレットは1985年11月から頒布されたものと認めることはできない旨主張している。しかしながら,請求人の提出した上記の証拠方法及び社会常識を考慮することなく,上記商品パンフレットに発行年月日が印刷されていない事実だけをもって直ちに上記パンフレットが本件特許の出願前に頒布されたものでないとすることはできず,また,乙第3号証(判決注・本訴甲第12号証)の会社年鑑の発行月日とそこに記載の住所の表記データの入手時期とは時期的にずれていると考えられることからすれば,上記パンフレットの住所表記をもってこれが本件特許の出願前に頒布されたものではないとすることはできない。」(審決書10頁第1〜第2段落)と判断している。
しかし,社会常識からすれば,上記会社年鑑(甲第12号証。正確には,ダイヤモンド会社職員録・上巻・1986である。以下「甲12会社年鑑」という。)に記載された関東支店の住所と刊行物1に記載された同支店の住所とが一致していると考える方が自然である。上記のような住所の不一致がある以上,少なくとも刊行物1の頒布日を特定することはできないというべきであるから,審決の上記認定判断は誤っている。
2 取消事由2(相違点aについての認定判断の誤り) 審決は,「乳成分を含有する中性飲料においては,種々の微生物が発育し易いことは周知の事実であり(例えば,乙第2号証参照),このような中性飲料を容器に充填密封後に加熱加圧殺菌することは本件特許の出願前当業者の慣用手段である(必要なら,甲第1号証,甲第7号証の1,甲第7号証の2,乙第2号証,及び乙第4号証参照)ことから,上記商品パンフレットに記載の中性飲料を容器に充填密封後に加熱加圧殺菌して本件特許発明のような構成にすることは当業者が容易になし得ることである。」(審決書12頁第5段落)と判断した。
しかし,審決が挙げる,甲第15号証(審判甲第7号証の1),甲第16号証(審判甲第7号証の2),甲第11号証(審判乙第2号証),甲第13号証(審判乙第4号証)の各文献には,ジャネフのようなビタミン入りの中性飲料のレトルト殺菌に関する記載はない。そもそも,中性飲料であって,加熱によって破壊されやすいビタミン等の原料を含有しているものについては,加熱加圧殺菌が避けられ,無菌充填等の殺菌法が採用されるのが常識である。このことは,新FDA規格-食品編-(昭和53年3月10日,日本衛生技術研究会発行,99頁〜126頁,甲第17号証(審判甲第4号証),以下「甲17文献」という。)の101頁右欄(a)に,静置式レトルトで蒸気により加圧殺菌するための装置が記載されていると同時に,その117頁左欄(g)に,無菌缶詰システムが記載されていることからも明らかである。
特開昭61-56061号公報(甲第14号証,以下「甲14文献」という。)の3頁右下欄には,4頁第1表に掲げられている,ビタミンを含有した乳化状栄養組成物をオートクレーブ内で115℃,15分間レトルト滅菌することが記載されている。しかし,甲14文献に記載された乳化状栄養組成物は,中性飲料ではなく,酸性飲料である。これは,大阪市立工業研究所の試験により,上記乳化状栄養組成物のpHが5.40であると測定されていることから明らかである(甲第18号証2頁下から6行〜5行参照)。酸性飲料では,中性飲料に比べて,微生物が発育しにくいため,殺菌条件が緩やかでよいことは明らかであるため(甲第11号証参照),甲14文献の乳化状栄養組成物に対するレトルト滅菌は,中性飲料に対する加熱加圧殺菌条件より,緩やかな115℃,15分間の条件で行われるのである。このため,甲14文献に記載されている上記方法では,ビタミン類を含有している乳化状栄養組成物を酸性にすることによって,緩やかなレトルト滅菌でも微生物の発育を防止できるようにしていると考えられる。
酸性乳化状栄養組成物の配合時のビタミン量が,殺菌工程と保存を経て最終製品中に維持されているかどうかは不明であり,当業者であれば,ビタミン類の損失があると考えるのが自然である。これに対して,刊行物1に記載されているジャネフにおけるビタミンの含有量は,ビタミンA・200IU,B・0.1mg,B2・0.14mg,C・5mg(甲第3号証の3頁末行)というように微量である。そして,刊行物1に記載されたジャネフは,中性であることから,中性飲料に求められる厳しい条件の加熱加圧殺菌を行えば,上記のような微量のビタミン類が,熱による分解を免れないことは当業者に自明である。(甲第24号証573頁左欄10行〜12行参照) したがって,当業者であれば,刊行物1を見て,このような微量のビタミン類を含有する中性の飲料に対して,ビタミン類を破壊することが必至な,厳しい条件の加熱加圧殺菌を施すことに想到するはずがない。
3 取消事由3(相違点bについての認定判断の誤り) (1) 審決は,「請求人が提出した甲第6号証の9の実験成績書(判決注・本訴甲第10号証)には,上記商品パンフレットに記載のジャネフ濃厚流動食(リキッドダイエットKー1)に配合した中鎖脂肪(MCT)の融点を島津示差走査熱量計DSCー60(島津製作所製)を使用し,「A:試料を-40℃に30分ホールドし,昇温速度1分間に10℃」及び「B:試料を-40℃に30分ホールドし,昇温速度1分間に10℃」という条件で測定し,それぞれ-15.26℃及び-15.26℃ の結果を得たことが記載されている。一方,被請求人は,上記実験成績書の実験結果に対し何も反論しておらず,また,上記ジャネフ濃厚流動食に配合する中鎖脂肪を入手して被告自身が追試試験を行って融点を確認することができたにもかかわらず,実験成績書の提出はなく,また,上記ジャネフ濃厚流動食に配合する中鎖脂肪の融点は「-5℃以下」の条件を満足するものではないと推測できる合理的理由も示していない。・・・以上の点を考慮すると,両者は,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点の点で実質的に相違しているということはできず,上記相違点(b)は単なる表現上の差異に過ぎないものと認める。」(審決書12頁第7,第8段落,13頁第1,第4段落),としている。しかし,審決のこの認定判断は誤りである。
(ア) 特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明の認定は,当該刊行物の記載のみに基づいてなされるべきである。しかし,審決は,刊行物1の記載を参照して後に作成された試料について,甲第10号証の実験成績書でその融点を測定をすることによって初めて得られた情報を基準として,刊行物1に記載された引用発明中の中鎖脂肪酸トリグリセライドの認定をし,本件発明の進歩性の判断をしている。甲第10号証の実験成績書で,後から刊行物1記載の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点を示しても,その融点が刊行物1に記載されていない以上,当業者といえども,刊行物1の中鎖脂肪酸トリグリセライドの記載に接して,その刊行物1に記載された引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点が-5℃以下であると想到することは困難である。審決は,相違点bについての検討に当たり,引用発明を誤認し,これを前提に判断したため,誤った結論に至ったものである。
(イ) 中鎖脂肪酸トリグリセライドには,融点が-5℃を超えるものが存在することはよく知られている。例えば,特公昭58-20578号公報(甲第31号証,以下「甲31文献」という。)には,融点が-2℃であるMCT(中鎖脂肪酸トリグリセライドのことであり,以下,単に「MCT」ということもある。)のことが記載されており(同4頁8欄12行),「第35回夏季ゼミナール-油糧資源の高度利用と油化学-主催 日本油化学協会」(甲第32号証,以下「甲32文献」という。)には,MCTとして融点17℃のものが記載されている(同103頁下から17行〜16行)。したがって,当業者であっても,刊行物1のジャネフの中鎖脂肪酸トリグリセライドについての記載から,その融点が-5℃以下であることに想到することは困難である。
(ウ) 引用発明における中鎖脂肪酸トリグリセライドの,カプリル酸(C8),カプリン酸(C 10),ラウリン酸(C 12)の組成が,それぞれ20.3%,3.9%,0.1%(甲第3号証3頁右上欄)となっていても,カプリル酸,カプリン酸,ラウリン酸がグリセリン(グリセロール)のどの位置に結合するかによって,その融点は異なるのである(「油化学」Vol.28,No.10(1979)681頁左欄下から16行〜8行,甲第25号証,以下「甲25文献」という。)。
そして,刊行物1には,中鎖脂肪酸トリグリセライドのグリセリンに対する結合位置に関する記載はないのであるから,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点を知ることはできない。審決は,中鎖脂肪酸トリグリセライドのカプリル酸,カプリン酸,ラウリン酸の組成が一定であれば,融点も一定である,と誤認したため,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドと,本件発明に用いる中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点が実質的に同一であると誤った判断をし,ひいては本件発明の進歩性を否定するという誤った結論を導いたものである。
(エ) 「油脂」Vol.40,No.4(1987)59頁(甲第36号証,以下「甲36文献」という。)によれば,引用発明に含有される中鎖脂肪酸トリグリセライドの組成「カプリル酸(C8)20.3%(83.5%),カプリン酸(C10 )3.9%(16.1%),ラウリン酸(C 12 )0.1%(0.4%)」(括弧内は中鎖脂肪酸全体中における各配合割合である。)に近似した組成の中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)のβ結晶形の融点は,プラス0.5℃近辺であることが分かる。すなわち,甲36文献の59頁の図-1(MCTの組成とそのβ-結晶形の融点曲線)において,刊行物1記載の中鎖脂肪酸組成のC8:83.5%,C10 :16.1%に近似した,C 8:83%,C 10 :17%のところから垂線を上に引き,融点曲線と交差したところの融点をみてみると0.5℃近辺となるのである。甲36文献に示されたものと同様のMCTのβ結晶形の融点曲線は,「薬局」Vol.31,No.9(1980),株式会社南山堂発行」(甲第37号証,以下「甲37文献」という。)の78頁第5図にも記載されている。
中鎖脂肪酸トリグリセライドのβ結晶とは,脂肪酸の4種の結晶(α,β′,β,中間の4種類)の最終形態である(甲第37号証77頁の下から3行,注-1)。「Bailey's Industrial Oil and Fat Products,(Copyright c 1964)」(甲第39号証108頁〜109頁,以下「甲39文献」という。)において,中鎖脂肪酸トリグリセライドは,多彩な結晶形を有するものの,「融点は最も高く最も安定した形態に与えられる」(甲第39号証訳文1頁末行)との記載があることからすれば,最も安定なβ結晶形の融点がトリグリセライドの融点であることは明らかである。そして,甲39文献の109頁の融点の表には,カプリリック(カプリル酸)のトリグリセライドの融点が8.3℃,カプリック(カプリン酸)のトリグリセライドの融点が31.5℃と記載されており,それぞれ甲36文献の図-1,甲37文献の第5図のカプリリック(カプリル酸)(C8が100%)の融点8.3℃及びカプリック(カプリン酸)(C10 が100%)の融点31.5℃と一致する。すなわち,当業者であれば,甲36文献及び甲37文献の中鎖脂肪酸トリグリセライドのβ結晶形の融点が,刊行物1記載の中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)の融点であると理解することは明らかである。
特開昭61-173743号公報(甲第40号証,以下「甲40文献」という。)には,中鎖脂肪酸トリグリセライドである,「トリカプリンはその融点が約31℃と高いため」(同2頁左下欄3行〜4行)と記載され,「本発明にて用いるトリカプリンは商品名「パナセート1000」(日本油脂(株)製)として市販されているものを用いることができる」(同2頁左下欄13行〜16行)と記載されていることから,市場を流通している中鎖脂肪酸トリグリセライドであるパナセート1000の融点は約31℃であると認められ,この融点は,甲36文献及び甲37文献の,MCTのβ結晶形の融点曲線のC10 100%の融点が31.5℃であるのと略一致する。
このように,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点を,最終形態のβ結晶形の融点で示すことは当業者に自明である。したがって,当業者は,甲36文献及び甲37文献に記載された中鎖脂肪酸トリグリセライドのβ結晶形の融点曲線がその融点を表すものと認識するものであり,この融点曲線からすれば刊行物1に記載された中鎖脂肪酸トリグリセライドの組成「カプリル酸(C8)20.3%(83.5%),カプリン酸(C10 )3.9%(16.1%),ラウリン酸(C 12 )0.1%(0.4%)」(括弧内は中鎖脂肪酸全体中における各配合割合である。)に近似した組成の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点については,プラス0.5℃近辺と理解するのである。したがって,これらの文献に接した当業者であれば,刊行物1の中鎖脂肪酸トリグリセライドの組成の記載から,その融点が-5℃以下であると想到することは,困難である。
(オ) 本件出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)に,中鎖脂肪酸トリグリセライドとして記載されている花王株式会社製の「ココナードMT」の組成は,C6が0.3%,C 8が81.6%,C 10 が17.4%,C 12 が0.4%であるのに対し,刊行物1に記載された中鎖脂肪酸トリグリセライドは,C8が83.5%,C 10 が16.1%,C 12 が0.4%である。ココナードMTは,低分子量のC8が81.6%と刊行物1記載の中鎖脂肪酸トリグリセライドのC8 :83.5%より1.9%も低く,また,より低分子量のC 6を0.3%含有しており,脂肪酸組成も4成分である。したがって,ココナードMTの融点が,刊行物1に記載された中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点より低いことは,この相違からしても当然である。ココナードMTと刊行物1に記載された中鎖脂肪酸トリグリセライドが,異なるものであることは明らかである。
(2) 審決は,「本件特許発明における「融点」が「凝固点」を意味するものと仮定すれば(本件特許明細書には,「融点」を技術的に定義した記載はなく,その測定方法,測定条件等についても何も記載されていない。),請求人の提出した甲第20号証には,上記ジャネフ濃厚流動食に配合する中鎖脂肪の脂肪酸組成(カプリル酸とカプリン酸の含有比)と類似する,カプリル酸とカプリン酸を75:25の比で配合した混合脂肪酸より合成された中鎖脂肪酸トリグリセリドは-5℃以下の凝固点を有することが記載され,同じく甲第21号証には,上記ジャネフ濃厚流動食に配合する中鎖脂肪の脂肪酸組成(カプリル酸とカプリン酸の含有比)と類似する商品名「ホモテックス」(花王フード製)の中鎖脂肪酸トリグリセライドは,-5℃〜-20℃の凝固点を有することが記載されている。・・・以上の点を考慮すると,両者は,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点の点で実質的に相違しているということはできず,上記相違点(b)は単なる表現上の差異に過ぎないものと認める。」(審決書13頁第2,第3段落)と認定判断している。
しかし,特開昭54-84036号公報(甲第19号証(審判甲第20号証),以下「甲19文献」という。)の中鎖脂肪酸トリグリセライドの組成は,「C8:75,C 10 :24」であり,「油脂」Vol.37,No.8(1984)(甲第20号証(審判甲第21号証),以下「甲20文献」という。)の中鎖脂肪酸トリグリセライドの組成は,「C8:81.6〜97.3,C 10 :2.2〜17.4」とかなりの幅をもっており,刊行物1に記載された中鎖脂肪酸トリグリセライドの組成である「C8:83.5,C 10 :16.1,C 12 :0.4」とは,かなり離れている。そして,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの組成と略同一の組成をもつ中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点は,前記のとおり,甲36文献及び甲37文献に記載されており,+0.5℃近辺となっているのである。したがって,審決の上記判断が誤っていることは明らかである。
(3) 本件明細書には,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点の測定方法についての記載はない。しかし,中鎖脂肪酸トリグリセライドのように,常温で液体であるものについての融点を示差走査熱量計で測定することは,当業者に周知であるから,本件発明における中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点の概念が不明確ということはない。現に,被告も,甲第10号証において,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点を示差走査熱量計で測定しているのである。また,甲31文献及び甲第32号証にも,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点が,それぞれ「融点-2℃」,「融点17℃」と記載されているのであり,中鎖脂肪酸トリグリセライドの測定方法は,当業者に自明である。
4 取消事由4(本件発明と引用発明との課題の相違)について 引用発明のジャネフは,脂肪の消化吸収をよくするという課題を解決するために,中鎖脂肪酸トリグリセライドを用いているのに対して,本件発明では,中性飲料に対する厳しい加熱加圧殺菌によっても乳化安定性を保ち,高温保存,低温保存時の脂肪の分離凝集,風味の劣化を防止するとの課題を解決するため,中鎖脂肪酸トリグリセライドを用いており,この融点は,中性飲料に対する厳しい加熱加圧殺菌によって乳化安定性を損なうことなく,低温保存に長時間さらされた時でも,脂肪の分離,凝集を防ぐ意味で重要であるから,引用発明と本件発明とは課題が全く異なる。このように課題の全く異なる引用発明を本件発明の容易遂行性判断のための対比資料とすることは許されない。
被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(刊行物1の頒布時期の認定の誤り)について 刊行物1の頒布時期については,甲5文献,甲7文献,甲8文献,甲9文献及び甲6証明書等から,昭和60年末ころであることは明らかであり,審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2(相違点aについての認定判断の誤り)について 加熱加圧殺菌は,この種の飲料を製品化する際の慣用手段である(甲14文献,甲第15,第16,第11,第13号証等)から,審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点bについての認定判断の誤り)について 甲第10号証は,刊行物1に記載された中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点を測定したものであるから,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点にほかならず,審決の認定判断に誤りはない。また,中鎖脂肪酸トリグリセライドに4種類の結晶形が存在し,その融点に差があることは当業者に知られているところである。したがって,原告が主張する甲36文献及び甲37文献に記載された,MCTのβ結晶形の融点曲線をもって,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点を測定することは不可能である。
4 取消事由4(本件発明と引用発明との課題の相違)について 引用発明のジャネフと本件発明の中性飲料とは,実質上同一の組成から成る以上,引用発明のジャネフにおいても,本件発明の効果は当然に奏されるものである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(刊行物1の頒布時期の認定の誤り)について (1) 刊行物1には,ジャネフについての詳しい記載はあるものの,その発行時期についての記載はない。しかし,昭和61年1月に発行された甲5文献には,「今回われわれは,低残渣食(LRD),ジャネフ濃厚流動食(リキッドダイエットK-1)(キューピー株式会社製)およびハイネックス-R(H-R)を用いて,使用時の自覚症状,諸臨床検査成績の変化について比較検討を行ったので報告する。」と記載されるとともに,「表2 組成表(400ml中)」の「K-1」の欄に,原材料として「脱脂粉乳,粉あめ,食用植物油脂(米油,中鎖脂肪,サフラワー油),砂糖,卵黄レシチン,卵黄,紅茶エキス,ビタミン」との記載がある(甲第5号証77頁右欄〜78頁左欄)。そこに記載されているジャネフの原材料は,刊行物1に記載されているジャネフの使用原材料である「脱脂粉乳,粉あめ,食用植物油脂(米油,中鎖脂肪,サフラワー油),砂糖,卵黄レシチン,卵黄,紅茶エキス,ビタミン」と全く同一である。したがって,甲5文献における上記組成表の「K-1」が,引用発明のジャネフであることは明らかというべきであるから,「中鎖脂肪」が含まれたジャネフは,遅くとも昭和61年1月には発売されていたと認めることができる。
昭和63年7月15日に発行された甲8文献には,「ジャネフ濃厚流動食リキッドダイエットK-1」との商品名の記載と,内容物がジャネフであることの表示のある容器の写真が掲載されるとともに,「1.たんぱく質」,「2.糖質」,「3.脂質」,「4.ビタミン」,「5.風味」,「6.流動性」,「7.浸透圧」,「8.乳化性」の各項目についての説明があり,それに続いて,「9.収れん作用を呈すると言われているタンニンが紅茶エキスとして自然な形で含まれています.」と記載され,さらに,組成(製品100ml当り)」が,比重,pHとともに記載され,特に「3.脂質」の項目には「消化吸収のよい中鎖脂肪(MCT)と調整サラダ油(米油7:サフラワー油3)及び,卵黄レシチンを使用しています.」との記載がある(甲第8号証23頁左欄)。甲8文献のこの掲載内容を刊行物1の掲載内容と比較すれば,甲8文献に掲載された写真と刊行物1に掲載された写真との間に,異なるところは認められない上,甲8文献における「1.たんぱく質」,「2.糖質」,「3.脂質」,「4.ビタミン」,「5.風味」,「6.流動性」,「7.浸透圧」,「8.乳化性」の各項目の記載内容及び上記「9」のタンニンについての記載内容,さらには,比重,pHとともに記載された組成(製品100ml当り)」は,刊行物1の「1.成分について[1]たんぱく質,[2]糖質,[3]脂質,[4]ビタミン」,「2.性状について[1]風味,[2]流動性,[3]浸透圧,[4]乳化性」,「3.使用原材料」の各項目の記載内容と,それぞれ完全に一致していることが明らかである。したがって,甲8文献に記載されたジャネフは,刊行物1に記載された引用発明のジャネフと同じものであり,「中鎖脂肪(MCT)」が含まれたジャネフが,遅くとも昭和63年7月には,販売されていたことがこれから明らかである。また,平成元年8月発行の甲9広告には,日本ヘルスフード株式会社の広告として,「ジャネフの流動食」との見出し,商品の写真等が記載されており(甲第9号証),これにより,ジャネフが遅くとも平成元年8月には販売されていたことが認められる。
1989年に発行された甲7文献によれば,Bらが,昭和61年10月から昭和62年6月まで,ジャネフを使用した症例について研究を行い,甲7文献においてその成果を発表していることが認められる(甲第7号証)。すなわち,Bらは,甲7文献において,「今回献立による手間を省きかつ高カロリーを摂取できる食餌として,ジャネフ・濃厚流動食[K-1]を用いて良好な成績を得たので報告する。」(甲第7号証109頁左欄第3段落),「1986年10月〜1987年6月までに本院で行った注腸X線検査の症例を対象に行った。前処置として[K-1]を使用した症例35例,(男21例,女14例),と対象群として従来本院で実施していた献立による食餌制限の症例35例(男19例,女16例)を用いた。」(同109頁左欄第4段落〜右欄第1段落)と記載しており,これにより,同人らがジャネフを用いて症例研究を継続していたものであることが認められる。
そして,このBは,甲6証明書において,刊行物1が昭和60年末ころから販売されたジャネフのパンフレットであり,ジャネフの発売当時から頒布され,同人もこれを受領していることを証明している(甲第6号証)。
以上の各認定事実,及び,商品のパンフレットは商品の発売開始時期に作成され頒布されるのが通常であるという一般的事実からすれば,ジャネフは,本件出願の数年前である昭和60年10月ころから発売されていたこと,刊行物1は,遅くとも,昭和60年末ころから一般に頒布されたものであることが認められる。
(2) 原告は,甲21文献,甲22文献中の,ジャネフの原材料や主原料の欄に,中鎖脂肪酸トリグリセライドが記載されていないことを挙げて,ジャネフには,中鎖脂肪酸トリグリセライドが配合されていないものが存在すると主張する。
しかし,前掲甲5文献及び甲8文献(これらは,それぞれ,昭和61年1月ころ及び昭和63年7月15日の発行である。)によれば,中鎖脂肪酸(MCT)を含有するジャネフ(刊行物1に記載されたジャネフと同一のもの)が本件出願前から販売されていたことは明らかである。したがって,甲21文献及び甲22文献中に記載されたジャネフの原材料や主原料の欄の記載中に,中鎖脂肪酸(MCT)等の記載がなかったとしても,甲21文献の「今回われわれは,臨床応用への前段階として,キューピー株式会社が開発した濃厚流動食K-1(以下K)を健常人へ大量投与してKの便の性状への影響,副作用の有無,味および性状について検討した。」(甲第21号証403頁左欄)との論文の目的,及び,甲22文献の「本稿では,栄養療法における最近の経口経管食への認識の高まりを若干の歴史的背景を踏まえて述べてみたい。」(甲22号証81頁左欄)との論文の目的からみて,ジャネフの原材料のすべてを同論文に正確に記載する必要があったとは認められないのであり,これらの論文中に中鎖脂肪酸等の記載がないことから,中鎖脂肪酸トリグリセライドを含まないジャネフが存在していたと認めることはできない。
原告は,甲7文献及び甲9広告には,中鎖脂肪酸トリグリセライドについて何ら記載がないと主張する。しかし,甲5文献及び甲8文献から,中鎖脂肪酸トリグリセライドを含有するジャネフが存在することが明らかであるから,甲7文献及び甲9広告に記載されたジャネフの主成分として,中鎖脂肪酸トリグリセライドの記載がなくとも,前記のような目的で記載された甲7文献及び単なる広告である甲9広告に,常にすべての原材料が記載されていると解すべき理由はなく,単に,中鎖脂肪酸(MCT)等の記載が省略されているだけのことであると認めることができる。
(3) 原告は,甲5文献,甲8文献には,中鎖脂肪との記載はあるものの,その中鎖脂肪が刊行物1に記載された中鎖脂肪酸トリグリセライドと同一のものであるとはいえないと主張する。しかし,甲5文献及び甲8文献に記載されたジャネフの組成が,刊行物1に記載されたジャネフ(引用発明)の組成と全く同一であることは,前記認定のとおりであることからすれば,殊更に,両者の中鎖脂肪が異なるものであると推認すべき特段の事情がない限り,これを同一のものと認めるのが相当である。そして,本件においては,全資料を検討してもこのような推認をすべき特段の事情を見いだすことはできない。原告の主張は採用することができない。
原告は,甲6証明書には信ぴょう性がない,と主張する。甲6証明書のみを取り出して一般的に言えば,原告の主張に合理性を認めることは可能であろう。
しかし,甲6証明書は,この点に関する他の証拠や事実と離れて独立に存在するものではない。既に掲げた他の証拠や事実とともにその中の一環として存在するのである。同証明書はB作成に係るものであり,そのBは,前記のとおり,ジャネフを使用して研究論文の発表を行った者であるから,同種の他の商品と区別して,ジャネフとその商品パンフレットである刊行物1を受領したことを記憶していたとしても,格別不自然なことではないということができる。
(4) 原告は,昭和60年11月18日に発行された甲12会社年鑑中の被告キューピー株式会社の関東支店の住所と刊行物1に記載された同支店の住所とが異なることを挙げて,甲12職員録が発行された時期である昭和60年11月18日には刊行物1は頒布されてはいなかった,との原告主張を排斥した審決の判断を誤りである,と主張する。
しかし,キユーピー株式会社は,昭和60年(1985年)9月5日に,「東京都渋谷区代々木弐丁目七番七号所在池田ビルディング」を賃借する契約を訴外池田ビル有限会社と締結しており(乙第2号証),前記認定のとおり昭和60年末には頒布されたと認められる刊行物1に記載された同支店の住所がこれに合致していること,及び,ダイヤモンド会社職員録・上巻・1987年版(昭和61年(1986年)11月25日発行)には,同支店の所在地として,刊行物1の記載と同一の住所(東京都渋谷区代々木2-7-7池田ビル)が記載されていること(乙第1号証)からすれば,昭和60年11月18日に発行された甲12会社年鑑の住所は,その作成者が,その発行前に同支店の住所が変更されたことを知らなかったため,同支店の旧住所を記載したものにすぎず,甲12年鑑の同支店の住所と刊行物1に記載された同支店の住所とが異なることが,刊行物1が甲12年鑑が発行されたころに頒布されたとの前記認定を何ら左右するものではないことが明らかである。このような住所の相違をもって,刊行物1が本件出願前に頒布されたものでないとすることはできない,とした審決の判断に何ら誤りはない。
2 取消事由2(相違点aについての認定判断の誤り)について 原告は,審決が,中性飲料を容器に充填密封した後に加熱加圧殺菌をすることが本件出願前に慣用手段であったと認定するに当たり,その例を示すものとして引用した甲第15,第16,第11,第13号証の各文献には,ジャネフのようなビタミン入りの中性飲料のレトルト殺菌に関する記載はないこと,甲14文献に記載された飲料は,中性飲料ではなく酸性飲料であるため,緩やかな条件で滅菌が行われる性質のものであることからすれば,刊行物1に記載されたビタミン類を含有する中性飲料であるジャネフについて,加熱加圧殺菌を施すことは当業者が容易に想到することではない,と主張する。
確かに,甲第15,第16,第11,第13号証の各文献には,ビタミン類を配合したものについての記載はない(甲第11,第13,第15,第16号証)。しかし,甲14文献には,「たん白質またはその分解物,糖質,脂質,ビタミン,ミネラル,および水を主成分とする乳化状栄養組成物において,乳化剤として,コハク酸モノグリセリド,リンゴ酸モノグリセリド,およびクエン酸モノグリセリドから選ばれる1種以上を全組成量に対し,0.05〜3重量%含有し,かつ乳化後に高温滅菌処理を行うことを特徴とする乳化状栄養組成物。」(甲第14号証,特許請求の範囲),及び,「レトルト滅菌は均質液を缶,びん,レトルトパウチなどの包装容器に充填密封したものをオートクレーブにて加熱滅菌するもので,100〜125℃,3〜30分の条件で滅菌が行われる。」(同3頁右上欄2行〜6行)と記載されていること,滅菌処理における加熱に伴う問題点として挙げられているのは,たん白質の変性であり,ビタミンについては格別の言及がないこと(甲第14号証)が認められ,これらにより,ビタミン類を含有する栄養組成物に加熱加圧殺菌を施すことは本件出願前に周知であった,と認めることができる。
確かに,甲第18,第26号証の各実験報告書によれば,甲14文献の実施例1のものは酸性飲料であることが認められる。しかし,甲14文献に記載された発明は,「従来の技術では,衛生的に安全でかつ栄養成分を十分に含有する長期安定な液状栄養組成物の製造は難しいという問題点があった。・・・本発明は,これら問題点を解決するためのもので,乳化剤としてコハク酸モノグリセリド,リンゴ酸モノグリセリド,およびクエン酸モノグリセリドを使用して乳化後,高温滅菌処理を行うことにより,加熱変性によるたん白質の凝集や沈殿がなく,かつ乳化破壊による油脂の分離もなく,長期間保存安定性の良好な液状を保ち,下痢や腹部膨満感などの副作用がなく,栄養的に優れた乳化状栄養組成物を提供する。本発明はたん白質またはその分解物,糖質,脂質,ビタミン,ミネラル,および水を主成分とする乳化状栄養組成物において,乳化剤として,コハク酸モノグリセリド,リンゴ酸モノグリセリド,クエン酸モノグリセリドから選ばれる1種以上を全組成量に対し0.05〜3重量%含有し,かつ乳化後に高温滅菌処理を行うことを特徴とする乳化状栄養組成物である。」(甲第14号証2頁右上欄第1段落〜左下欄第1段落)というものであり,同文献に,特定のpHを呈する乳化状栄養組成物に限った発明であるとの趣旨の記載は存在せず,むしろ配合される成分の種類や配合量の選択によって,乳化状栄養組成物のpHが様々な値をとることを前提にした発明であるということができる(甲第14号証)。結局,甲第18,第26号証の各実験報告書は,甲14文献に記載された種々の実施例のうち,実施例1の組成物が酸性であったとの実験結果を示すにとどまるものにすぎない。これに対し,原告は,中性飲料に比べて酸性飲料では微生物が発育しにくいため殺菌条件が緩やかでよいから,甲14文献の乳化栄養組成物の殺菌は,中性飲料に対する加熱加圧殺菌条件より緩やかな115℃,15分間の条件で行われると主張する。しかし,甲14文献には,殺菌の条件として,その実施例1に記載された115℃,15分のみならず,これより過酷な条件を含む「100〜125℃,3〜30分」の条件についての記載があることからすれば,原告のこの主張も採用することができない。
原告は,刊行物1に記載されたジャネフは,中性であることから,中性飲料に求められる厳しい条件の加熱加圧殺菌を行えば,微量のビタミン類が,熱による分解を免れないことは当業者に自明である,とも主張する。しかし,所定量のビタミンを配合した組成物からなる製品を得ようとする場合,ビタミン類が加熱加圧殺菌により損失するのであれば,あらかじめ損失を計算した上,必要なビタミン類を添加しておけばよいことは明らかであるから,原告の上記主張も理由がないことが明らかである。
甲17文献には,静置式レトルトで蒸気により加圧殺菌するための装置のほか,無菌缶詰システムについても記載されており(甲第17号証),また,(「食品と容器・第26巻第11号」(昭和60年11月1日,573頁〜580頁,甲第24号証),「食品と容器・第22巻第3号」(昭和56年3月1日,140頁〜142頁,甲第27号証),「PACKS・第26巻6号」(昭和57年6月1日,70頁〜71頁,甲第28号証),「缶詰時報・第58巻第9号」(昭和54年9月1日,63頁〜67頁,甲第29号証),「防菌防黴・第5巻第7号」(昭和52年7月20日,T302頁,甲第30号証)にも,それぞれ,無菌充填システム,食品における無菌包装,流・粘性食品の無菌化包装,無菌充填缶詰法,無菌充填包装について記載されている。しかし,このように加熱加圧殺菌以外の殺菌方法が存在するからといって,そのことが,ビタミン類が配合されている場合には,加熱加圧殺菌処理を必ず回避しなければならない,ということを示すことになるわけのものではないことは,当然である。
ビタミン類を含有する中性飲料について加熱加圧殺菌を施すことは当業者が容易に想到することではない,との原告の主張は,採用することができない。
3 取消事由3(相違点bについての認定判断の誤り)について (1) 引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点について (ア) 原告は,審決は,刊行物1の記載を参照して後に作成された試料について,甲第10号証の実験成績書でその融点を測定することによって初めて得られた情報を基準として,刊行物1に記載された引用発明の認定をし,本件発明の進歩性を判断した,として,この認定判断が誤りである,と主張する。
本件発明の進歩性の判断のために考慮されるべき技術が,本件出願前のものでなければならないことは,いうまでもないことである。しかし,審決は,相違点bにつき,本件出願後に公知となった技術に基づいて,当業者がこれに容易に想到できると判断したわけではない。審決が本件発明の進歩性を判断するに当たり,論証の出発点となるべき技術として採用したのが,本件出願前に頒布された刊行物1に記載されている,中鎖脂肪酸トリグリセライドを原材料の一部とする中性飲料そのもの(引用発明)であり,それ以外に存在しないことは,審決の説示自体で明らかである。そして,使用される中鎖脂肪酸トリグリセライドが物として特定されれば,それに応じて,その範囲内でその属性である融点も特定されるものであること(本件発明がこのことを前提とする発明であり,中鎖脂肪酸トリグリセライドを物として特定した上に,さらに,同じ物について融点を選択するということを前提とするものではないことは,本件明細書の記載全体に照らし,明らかである。),及び,引用発明で使用される中鎖脂肪酸トリグリセライドは,刊行物1の記載によりその組成が特定されていることからすれば,引用発明で使用される中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点は,上記特定に応じて既に客観的に特定されているのであり,当該融点が-5℃以下であるならば,この中鎖脂肪酸トリグリセライドを原材料に使用する中性飲料は,少なくとも,使用する中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点に関する限り,本件発明の中性飲料との間に何らの差異もないものとなる。しかも,このことは,刊行物1に接してそこに記載されている中鎖脂肪酸トリグリセライドを使用しようと考える当事者にとって,当該融点に想到することが容易であるか否か,とは関係なく,さらには,融点について想到することが容易であるか,とも,全く無関係にいい得るところである。
審決が行ったのは,このように刊行物1の記載により既に定まっている客観的事実を認定するに当たって,本件出願後のものである甲第10号証の実験結果を資料の一つにするということである。本件発明の構成要件とされる融点は,本件出願当時における技術水準に従って特定されるものであることを前提として定められているというべきであるから,測定技術の進歩などにより,本件出願時と現実の測定時とで,測定方法に変化が生じ,同じ物についても,融点が異なった数値で示される,といった事態が生じれば,本件出願後測定された値をそのまま用いることは許されないことになる。しかし,甲第10号証の実験結果にそのような事項は存在しないことは,弁論の全趣旨で明らかである。
(イ) 原告は,甲31文献,甲32文献を示して,融点が-2℃あるいは17℃である中鎖脂肪酸トリグリセライドが存在することはよく知られており,当業者であっても,刊行物1に記載された引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点が-5℃以下であることに想到することは困難である,と主張する。
しかしながら,本件において問題とされているのは,刊行物1に記載された中鎖脂肪酸トリグリセライドが有する融点という客観的事実であり,原告の主張するような,想到困難性を問題とする余地がないことは,既に述べたとおりである。客観的事実の面でいえば,中鎖脂肪酸トリグリセライドといっても,その組成及び結晶形によって,融点が大きく異なることは後述のとおりである。そして,甲第10号証の実験成績書によれば,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点は,測定条件Aのときにおいて-15.26℃,測定条件Bのときにおいて-15.21℃と測定されたことが認められ,この実験内容に格別不合理,不自然な点は認められないことからすれば,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点は,この測定値の近辺の値であると認めるのが相当である。したがって,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドと,その組成あるいは結晶形が同一かどうかも不明な中鎖脂肪酸トリグリセライドに関し,融点が-5℃を超えるものが存在したとしても,そのことによって,上記実験の結果が何らかの影響を受けるものではない。
原告の上記主張は理由がない。
(ウ) 原告は,甲25文献を示し,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点は,カプリル酸,カプリン酸,ラウリン酸がグリセリンのどの位置に結合するかによって,異なる,と主張する。
確かに,甲25文献には,「油脂の物理的性質は,構成脂肪酸の長さ,その不飽和度及びそれらのグリセリド結合の位置によってきまる。融点を例にとると,・・・グリセリド組成による差の1例として,オレオ,ジステアリンにおいては,1-オレオ-2,3ジステアリン,38.5℃,2-オレオ-1,3ジステアリン,44.0〜44.5℃等のちがいがある。」(甲第25号証681頁左欄下から16行〜8行)と記載されている。しかし,この記載によっても,グリセリド組成による融点の差がさほど大きなものであると認めることはできない。したがって,甲第10号証の前記実験結果によれば,約-15℃と認められる,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点が,グリセリドの結合の位置による上記程度の差異があることをもって,-5℃以上であるとすることはできない。審決の認定に誤りはない。
別の観点からみるときは,原告の上記主張は,そもそも主張自体失当であるというべきである。仮に,原告主張のとおりであるとしても,すなわち,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点に複数のものがあり,その中には,-5℃以下でないものがあるとしても,逆にいえば,-5℃以下のものもあるということであり,これを用いることが何らかの理由で排除されない限り,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドを用いて中性飲料を作れば,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点につき本件発明と同一のものもできてしまうことにならざるを得ないからである。
いずれにせよ,原告の主張は失当である。
(エ) 原告は,甲36文献及び甲37文献に記載されたβ結晶形の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点曲線によれば,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドと類似した組成のものの融点は,いずれも+0.5℃近辺となるのであるから,当業者は,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点についても,プラス0.5℃近辺と理解するのであり,当業者が,刊行物1記載の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点が-5℃以下であることに想到することは困難である,と主張し,また,甲39文献及び甲40文献の記載を根拠に,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点をβ結晶形の融点で示すことは当業者に自明である,とも主張する。
しかし,本件において融点について問題となるのは,既に述べたとおり,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの属性としての融点という客観的事実であり,融点についての当業者の認識ではない。したがって,本件において,原告がここで主張する想到困難性を問題にする余地はない。
のみならず,仮に上記の点をおくとしても,原告の上記主張自体,採用することができないものである。
甲37文献には,「トリグリセライド結晶は多形現象を有し,4種類の変態(α,β’,中間,β)が知られている。」(甲37号証77頁)と記載され,その「第3表 単酸基トリグリセライドの特性」として,カプリル酸(C8),カプリン酸(C 10 ),ラウリン酸(C 12 )のそれぞれについて,α,β’,βの各結晶形の融点が記載されており(各融点は,カプリル酸(C8)のβ’形が-21℃,β形が8.3℃,カプリン酸(C10 )のα形が-15℃,β’形が18℃,β形が31.5℃,ラウリン酸(C12 )のα形が14℃,β’形が34℃,β形が43.9℃である。),その融点の値は,各結晶形によって数十℃の違いがあることが認められる。
本件明細書には,中鎖脂肪酸トリグリセライドの具体例として,花王(株)製「ココナードMT」(以下「ココナードMT」という。)が記載されている(甲第2号証の2,全文訂正明細書の5頁第1表(注1))。そして,乙第16号証(花王食品添加用製品紹介技術資料(K-1))によれば,ココナードMTの脂肪酸組成は,カプロン酸(C6):0.3%,カプリル酸(C 8):81.6%,カプリン酸(C10 ):17.4%,ラウリン酸(C 12 ):0.4%であり,凝固点は約-20℃であることが認められる。しかし,甲36文献の図-1及び甲37文献の第5図に記載されている,MCTを構成するC8とC 10 の組成比に応じたβ結晶形の融点曲線によれば,ココナードMTの融点は,そのカプリル酸とカプリン酸の組成比からすれば,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドと同様に,プラス0.5℃付近と推定される。したがって,原告が主張する甲36文献の図-1及び甲37文献の第5図によれば,本件明細書に唯一開示された中鎖脂肪酸トリグリセライドであるココナードMTが本件発明における「融点-5℃以下」との構成を満足しないことになる。
ココナードMTは,原告が主張するとおり,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドとの間に,低分子量のC8の含有量が1.9%低く,低分子量のC 6を0.3%含有している等の違いがある。しかし,このことにより,ココナードMTの融点が,プラス0.5℃よりも若干低くなることがあり得るとしても,甲36文献及び甲37文献のβ結晶形の前記融点曲線を前提とした場合に,その組成における上記のわずかな違いにより,ココナードMTの融点が-5℃以下になるとか,-20℃になるというようなことは,到底あり得ないことであるということができる。
したがって,本件明細書において,中鎖脂肪酸トリグリセライドの具体例として唯一記載されたココナードMTが,本件発明における必須の構成である「融点-5℃以下」を満足することを当然の前提とする以上,本件発明における中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点が,β結晶形の中鎖脂肪酸トリグリセライドではないことは明らかというべきである。
甲31文献には,C6:1%,C8:75%,C10:24%からなる融点-20℃のMCT油が記載されている(甲第31号証,実施例4,5,6,10)。甲36文献及び甲37文献に記載された前記融点曲線によれば,甲31文献に記載された中鎖脂肪酸トリグリセライドの主要成分であるC8及びC 10 の組成比に相当する融点は,-5℃よりも高くなることは明らかである。そうすると,甲31文献においても,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点をβ結晶形で測定した値で表してはいないことが明らかである。
以上によれば,原告が主張するように,甲39文献及び甲40文献に記載された中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点はβ結晶形の融点を意味するとしても,本件明細書や甲31文献のように,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点を,明らかにβ結晶形以外の結晶形のもので測定した値で表記している文献も存在するのであるから,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点をβ結晶形の融点で示すことが当業者に自明であるとする原告の前記主張,及び,これを前提に,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドと類似した組成の融点が+0.5℃近辺であるとの原告の前記主張は,いずれも到底採用することができない。むしろ,本件明細書でいう中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点は,β結晶形ではないカプリル酸(C8),カプリン酸(C10 ),ラウリン酸(C 12 )から成る中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点であることは,上述したところから明らかである。
(2) 原告は,審決が-5℃以下の凝固点をもつものとして援用した甲19文献及び甲20文献に記載された中鎖脂肪酸トリグリセライドは,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドとは,カプリル酸(C8)の配合割合など,その組成が異なる,と主張する。しかし,中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点については,前記のとおり,カプリル酸(C8),カプリン酸(C 10 ),ラウリン酸(C 12 )等の各結晶形によって顕著な差異があることは認められるものの,その組成の結晶形が同じであれば,カプリル酸(C8)の配合割合が,原告が主張する程度に異なっているとしても,これによってその融点に大きな差異が生じるとすると認めることはできない。
(3) 甲第2号証の2によれば,本件明細書には,中鎖脂肪酸トリグリセライドを組成するものの各結晶形の種類,及び,融点を測定する際の試料の作成方法,融点の測定方法については何ら記載されていないことが認められる。 「食品油脂の科学」(1989年10月20日株式会社幸書房発行)には,「わが国の食用油脂業界で一般に行われているのは,最も簡便にできる上昇法による融点の測定である。しかし,わが国及びAOCSで公定化されている方法だけを取上げてみても,表5.7に示すように測定の具体的方法に関する規制と適用範囲に差があり,特に一番大事な冷却条件だけみても問題がある。また,同じ公定法でも二通りの冷却条件が定められており,これは結晶多形からみると,図5.2に示すように,理屈の上ではそれぞれ異なった多形での融点が測定されていることになる。しかし表5.8に示すように,実際上はいずれもばらつきの範囲内にあるため大きな問題とはならないが,固形油脂の種類によって転移の速いものもあり,硬化油や液体油を配合した場合はさらに複雑になるので,統一されることが望ましい。」(乙第17号証204頁下3行〜207頁2行)と記載されていることから,油脂類の融点は,公定化された測定方法によった場合ですら一義的には定まらないことが認められる。
前記認定のように,中鎖脂肪酸トリグリセライド類の融点は,その結晶形によりかなり違う値となること,その融点測定について,融点が一義的に決まる特定の測定条件が上記のとおり公定化されているともいえないことが認められるにもかかわらず,本件明細書においては,中鎖脂肪酸トリグリセライドを組成するものの各結晶形及び融点の測定条件について何ら記載されていないのであるから,いずれの結晶形であれ,また,いかなる状態の試料で,どのような条件で測定したものであれ,本件出願前に,融点が-5℃以下である中鎖脂肪酸トリグリセライドが知られていたのであれば,本件発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点は,公知の中鎖脂肪酸トリグリセライドの融点と区別することができないものというべきである。
したがって,刊行物1に記載された組成の中鎖脂肪酸トリグリセライドが,前記認定のとおり,融点がおよそ-15℃のものを含むものであることからすれば,同じ組成でも結晶形が異なり,融点が異なるものも開示されているとしても,刊行物1に記載されたところにより,融点が-5℃以下の中鎖脂肪酸トリグリセライドも開示されていることに変わりはないのであるから,引用発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドと本件発明の中鎖脂肪酸トリグリセライドが実質的に同一であるとした審決の判断は,この限りにおいて誤りではない。
4 取消事由4(本件発明と引用発明との課題の相違)について 原告は,引用発明のジャネフは,脂肪の消化吸収をよくするという課題を解決するために,中鎖脂肪酸トリグリセライドを用いているのに対して,本件発明では,中性飲料に対する厳しい加熱加圧殺菌によっても乳化安定性を保ち,高温保存,低温保存時の脂肪の分離凝集,風味の劣化を防止するとの課題を解決するため,中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)を用いており,この融点は,中性飲料に対する厳しい加熱加圧殺菌によって乳化安定性を損なうことなく,低温保存に長時間さらされた時でも,脂肪の分離,凝集を防ぐ意味で重要であるから,引用発明と本件発明とは課題が全く異なるのであって,このように課題の全く異なる引用発明を本件発明の容易遂行性判断のための対比資料とすることは相当でない,と主張する。
しかしながら,本件発明も引用発明も,中鎖脂肪酸トリグリセライドを含有する密封容器入り中性飲料である点で,技術分野を同一にするものである以上,それぞれに明記されている課題が異なるとしても,そのことが引用発明を本件発明の容易推考性を判断するための公知の技術資料とすることを妨げるべき理由とはなり得ない,というべきである。
結論
以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久
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