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関連審決 審判1997-13859
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事件 平成 12年 (行ケ) 500号 審決取消請求事件
原告 有限会社光電鍍工業所
訴訟代理人弁理士 小林保
同 大塚明博
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 冨岡和人
同 涌井幸一
同 大橋良三
同 粟津憲一
同 森田 ひとみ
同 一色 由美子
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成9年審判第13859号事件について平成12年11月8日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成4年9月9日,発明の名称を「表面処理加工を行った金属の乾燥方法,及び表面処理加工を行った金属の乾燥装置」とする発明につき特許出願(平成4年特許願第240941号。以下「本願出願」という。)をし,平成9年7月11日に拒絶査定を受けたので,同年8月20日,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,これを平成9年審判第13859号事件として審理し,その結果,平成12年11月8日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年11月27日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 【請求項1】金属の表面処理加工を行った後,ランプから発する波長380〜780nmの光線を照射し前記金属の表面に付着した有機物を分解させて除去することにより乾燥することを特徴とする表面処理加工を行った金属の乾燥方法。(以下「本願発明」という。) (【請求項2】ないし【請求項9】の記載は省略する。) 3 審決の理由 審決は,別紙審決書の写しのとおり,「「波長380〜780nm」の可視光領域の光を照射するだけで発明の詳細な説明に記載された,酸素分子の分解反応,有機物を触媒としたオゾン発生反応,及びオゾン分解反応が起こることを依然として確認できないし,日常生活における経験則に照らしても,当該諸反応が起こると推測することもできない。」(審決書2頁第5段落)と指摘した上で,「明細書に記載される,「金属の表面に付着した有機物を分解させて除去することにより乾燥するようにしたため,乾燥染を残すことなく確実に表面処理加工を行った金属を複数個連続して乾燥することができる」(段落【0049】)という効果を達成するためには,「波長380〜780nm」が連続波長光であるのか単一波長光なのか,その照射光量や照射時間,或いは表面処理工程の内容等の技術的条件の開示が必要であると認められる。したがって,そのような条件が明細書に記載されていない以上,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の構成が記載されているとはいえない。」(審決書2頁第6段落)ものであるから,特許法36条4項に規定する要件を満たしていない,と判断した。
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本願発明が,本願出願の願書に添付した明細書及び図面(以下,両者を併せて「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているにもかかわらず,これを明確かつ十分に記載されていないものと,誤って判断した。この誤りは結論に影響するものであるから,審決は,違法として取り消されるべきである。
1(1) 酸素分子の結合エネルギーは,119.1kcal/molであることが知られている(甲第3号証)。この酸素分子の結合エネルギーは,酸素分子(O2 )中に共有結合している二つの原子(O,O)を切断する(共有電子対をそれぞれ不対電子にする)のに要するエネルギーである。そして,酸素原子(O)は,基底状態(最も安定した,エネルギーの最も低い状態)で2個の不対電子を持っている。原子や分子は,エネルギーを得て基底状態よりも高いエネルギーになった励起状態においては,エネルギーが増すに従い,原子内の電子の原子核からの距離が大きくなる(甲第4号証)。
「第4版 実験化学講座11 反応と速度」(平成5年2月5日,丸善株式会社発行)の233ないし236頁(甲第5号証,以下「甲5文献」という。)の図3・43のO2 のポテンシャル曲線(別紙参照)においては,O(3P),O(1D),O(1S)というように酸素に記号が付されている。これは,酸素原子に何らかのエネルギーが与えられ,酸素原子が励起している状態を意味する。たとえば,O(1D)は,「準安定な電子状態に励起された酸素原子(2P4 1D,1Dはシングレット-Dと読む)で,1.96eV(=189kJ・mol-1)の内部エネルギーを持っている」(甲第8号証68頁第3段落)のである。
甲5文献の図3・43のO2のポテンシャル曲線に付されているO(1D)+O(1D),O(3P)+O(1D)等の記述は,それぞれ,何らかのエネルギーが与えられ励起されている酸素分子であると考えられる。ここで,O(3P)+O(3P)は,ほぼ基底状態の酸素分子である(甲第8号証68頁末行参照)。基底状態の酸素分子であるO(3P)+O(3P)の光分解生成物のしきい波長は,242.4nmであり(甲第5号証233頁末行),この242.4nmを換算式(E(eV)・λair(μm)≒1.23950,乙第3号証659頁。以下「乙第3号証の換算式」という。)によりポテンシャルエネルギーに換算すると,242.4nm≒5.10eV≒117.5kcal/molとなる。
したがって,O(3P)+O(3P)の酸素分子は,117.5kcal/mol以上のエネルギーを与えれば酸素原子に分離することができる。
特開昭63-162038号公報(甲第6号証)には, 184.9nm+O2 →O+O との記載があり,酸素の光分解生成物のしきい波長が, O(3P)+O(3P) 242.4nm であるところから(甲第5号証233頁末行),短波長の光を照射するとO2 がO+Oに分解されることが分かる。このことから,酸素分子(O 2)は,波長184.9nm,242.4nm等の短波長を利用した低圧水銀灯で酸素原子に分解され,結果的にオゾンが発生するといわれている。
(2) 酸素分子は,甲5文献の図3・43のO2のポテンシャル曲線に示されるように,三つの励起状態(c1Σ u-,A′3Δ u,A3Σ u+)のほかに,エネルギーの低い領域に二つの準安定励起状態a1Δ g(T 0=0.977eV),b1Σ g+(T 0=1.626eV)を持つ。これらは,いずれも,甲5文献の図3・42の吸光断面積に示されるO3のHartley帯(オゾンの吸収断面積で波長320〜200nmのところ)での光分解によって生じ,日常生活の場にも普通に存在する(甲第5号証234頁下から4行以下)。このことは,「第U期気象学のプロムナード12 大気の物理化学」(1991年8月30日,株式会社東京堂出版発行,甲第8号証。
以下「甲8文献」という。)の記載からも明らかである。すなわち,同文献には,「O3+hv(波長310nm以下)→O(1D)+O 2 (3.9)」という式と,「波長域300〜310nmの太陽紫外光は大気中でかなり減衰するが,地上まで到達可能である」との記載があり(甲第8号証68頁),オゾンはもともと対流圏(地上)に存在しているものであることは知られているところであるから(甲第8号証の表3.1,表3.15。別紙参照),地上にあるオゾンと波長310nm以下の紫外光により,準安定励起状態の酸素分子(a1Δ g,b1Σ g+)ができることは,甲8文献の上記記載からも明らかなのである。
これら準安定励起状態の酸素分子は,基底状態の酸素分子と同じように結合エネルギー以上のエネルギーによって酸素原子に分解できることが明らかであるから,そのポテンシャルエネルギー〔a1Δ g(T 0=0.997eV),b1Σ g+(T 0=1.626eV)〕をみれば,波長380〜780nmのエネルギーで酸素原子に分解できることが分かる。すなわち,T0=1.626eVのエネルギーは,これを上記の換算式により波長に換算すれば,約760nmであるから,b1Σg+(T 0=1.626eV)の酸素分子は,波長380〜780nmのエネルギーで分解できるのである。したがって,可視光線の波長領域では,酸素分子が酸素原子に分解しないとする審決の判断は誤りである。
本願明細書における「表面処理加工を行った金属に対してランプを点灯して波長380〜780nmの光線(キセノンランプのときは波長200〜1800nmの光線)を照射する。この光線の照射が行われると,光線の光エネルギーによって空気中の酸素分子は, O2+光→O+O と酸素原子に分解される。」(甲第2号証【0014】)との記載は,地上にある準安定励起状態の酸素分子についての記載であると解すべきであり,一般によく知られている基底状態の酸素分子についての記載であると解すべきではない(このことは,光線の波長が380〜780nmであることに照らしても,当然のことというべきである)。
審判官は,拒絶理由の中で,「例えば,特開昭63-162038号公報や特開平3-10092号公報には,184.9nmの紫外線が酸素分子を分解可能であることが示されており,この点とも技術的な矛盾があり,また,経験的にみても,日常生活においてこのような分解が生じていない。」(審決書2頁第1段落)と記載している。しかし,この二つの公報は,184.9nmの紫外線が酸素分子を分解し得ることを示しているだけで,「波長380〜780nm」の領域の光が酸素分子を酸素原子に分解するかどうかについては,何らの記載もしているわけではないので,本件明細書の記載との間に,何らの技術的な矛盾も生じさせていない。
(3) 分解され生成された酸素原子によって,有機物があたかもオゾン発生反応における触媒として機能しているような形で,オゾン発生反応が起こることを,確認することができる。このような反応が起こることは,日常生活における経験則に照らしても,推測することが可能である。
(4) 甲5文献には,酸素の光分解生成物のしきい波長として, O(3P)+O(3P) 242.4nm O(3P)+O(1D) 175.0nm O(3P)+O(1S) 133.2nm と,三つあることが示されている(甲第5号証233頁最下行〜234頁2行)。本願発明における波長領域の光の光源は,単一波長光であっても,連続波長光であっても,何ら差し支えるものではなく,あえて連続波長光なのか,単一波長光なのかを特定する必要はないことは,このことからも明らかである。したがって,本願発明における波長領域の光の光源が,単一波長光なのか連続波長光なのかを特定しなければ,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の構成が記載されているとはいえない,とした審決の判断は誤りである。
2 波長380〜780nmの光線を照射しさえすれば,表面処理加工を行った金属を,乾燥染を残すことなく確実に乾燥することができる,という本願発明の効果が奏せられることは,原告らが行った実験からも明らかである。しかも,この実験条件を見れば,何ら,特別な技術的条件は必要としないのであるから,本願発明は,特別な条件の開示がなくとも,容易に実施することができるのである。本願明細書には,容易に本願発明の実施をすることができる程度にはその構成が記載されていない,ということはできない。
(1) 甲第9及び第10号証の実験 100mm×150mmの試験片(Fe板)にZnメッキ(クロメート処理)をし,その後,井戸水(生菌数2.0×105cfu/ml)を使用して水洗いをした2枚の試験片について,@波長451ないし780nmの光を照射して乾燥したものと,A波長184.9nmと253.7nmの光(紫外線)を照射して乾燥したものを作成し,両者を比較観察した。後者の試験片には乾燥染があるのに対し,前者の試験片には乾燥染がないことが一目して分かる(甲第9及び10号証)。このことは,波長451ないし780nmの光を照射することにより,井戸水に含まれる有機物を除去することができたことにほかならない。
(2) 東京都立産業技術研究所(八王子庁舎)における実験 原告は,東京都立産業技術研究所(八王子庁舎)に依頼し,同研究所は,通常の乾燥機による乾燥と,本願明細書の記載に基づいて,キセノンランプ灯光の全波長光を照射する乾燥と,「波長380〜780nm」の連続波長光(キセノンランプ灯光)を連続照射する乾燥と,「波長412nm」の単一波長光(キセノンランプ灯光)を照射する乾燥を行い,各試料の表面の染の生成状態を試験した。この乾燥試験において,試験片としては,Fe板にZnメッキ(クロメート処理)したもので表面に染のないものを4枚用いた。
試験方法は,試験片4枚のそれぞれに精製水を0.5μl滴下した後,次のそれぞれの方法で乾燥した。すなわち,試験片@は,乾燥機により60℃の雰囲気中で10分放置し,試験片Aは,キセノンアーク灯光(全波長領域)を照射し,試験片Bは,フィルターを掛けて380nm〜780nmの波長のキセノンアーク灯光を照射し,試験片Cは,フィルターを掛けて412nmの波長のキセノンアーク灯光を照射して乾燥した(乾燥方法の詳細は,甲第11,甲第14ないし第16号証,第23号証のとおりである。)。その結果はといえば,これら試験片@ないしCの写真(甲第11号証2頁,甲第13号証)から明らかなように,試験片@に乾燥染が認められるのに対し,試験片AないしCには乾燥染が全く生じていない。
これは,正に,キセノンアーク灯光の照射によれば乾燥染が生成しないという本願発明の効果が奏せられることを示すものである。そして,試験片B及びCの結果から,本願発明の上記効果は,「波長380〜780nm」が連続波長光である場合でも単一波長光である場合でも達成できることも分かるから,連続波長光であるか単一波長光であるかという技術的条件の開示は上記効果を達成するのに何ら必要でないことも明らかである。
これに対し,被告は,試験片@については,外部空気の導入があるのに対し,試験片AないしCについては,外部空気の導入がない,などと反論する。しかし,試験片AないしCを得る際にも,外部からの空気の導入及び室内の空気の循環があることは明らかである(甲第17号証)。また,試験片の上に滴下した精製水には,一般細菌数(生菌数)が1.9×104/ml含まれており(甲第20号証),このような一般細菌数(生菌数)は有機物を利用して必要なエネルギーを得ているから(甲第22号証),上記精製水に有機物が存在していることも明らかである。
被告の反論の骨子
1 本願明細書には,(a)波長380nm〜780nmの光線を照射すると,この光線の光エネルギーによって,空気中の酸素分子が酸素原子に分解し(酸素分子の分割反応),(b)その酸素原子は,表面処理加工を行った金属の表面に付着している有機物を触媒として空気中の酸素分子と結合してオゾンを発生させ(オゾン発生反応),(c)そして,発生したオゾンは,波長380nm〜780nmの光線によって,酸素分子と酸素原子に分解する(オゾン分解反応),という一連の反応過程において,前記表面から有機物を除去することが記載されている(甲第2号証【0014】,【0031】参照)。
しかし,「波長380nm〜780nmの光線」は,日常生活にごくありふれた可視光領域の光線であり,また,酸素分子は,通常,常温で空気中に酸素分子として存在するから,仮に(a)の反応が起こるのであれば,日常生活においても空気中に酸素原子が充満しなければならないはずであるのに,実際には,そのような事態は生じていなことは,経験的に明らかである。そうだとすると,波長380nm〜780nmの光線を照射するだけで空気中の酸素分子が酸素原子に分解することはない,と考えるのが自然であり,(a)の反応を生起させるためには,何らかの技術的条件が存在することが必要となるというべきである。ところが,本願明細書には,そのような技術的条件が開示されていない。本願明細書には,当業者が容易に本願発明の実施をすることができる程度に,その発明の構成が記載されている,ということはできない。
甲5文献の図3・43のO2のポテンシャル曲線において,a1Δg(T0=0.977eV),b1Σ g+(T 0=1.626eV)の「T 0」は,基底状態にある酸素分子のポテンシャルエネルギーを0eVとしたときに酸素分子を励起させるために必要なエネルギーを示したものであるから,この値をもって,準安定励起状態にある酸素分子を酸素原子に分解するエネルギーの値と解するのは誤りである。
2 実験に基づく原告の主張に理由はない。
(1) 甲第9及び第10号証の実験に基づく主張は失当である。
甲第9号証のものは,波長451〜780nmの光線を照射して得られたとするもので,本願発明の波長380〜780nmの光線を照射するという条件を忠実に実施していない。したがって,波長380〜780nmの光線を照射さえすれば,乾燥染を残すことなく確実に表面処理加工を行った金属を乾燥することができるという本願発明の効果が奏せられることを裏付けるものではない。
甲第9号証のものは,Znメッキ(クロメート処理)が施されたものである。しかし,本願明細書には,単に「表面処理加工」を行った金属と記載されているにすぎず,その「表面処理加工」がZnメッキ(クロメート処理)であることをうかがわせる記載は全く存在しない。このような特定の表面加工の場合に限って上記効果が達成できるということであるならば,この表面加工が本願明細書に記載されていなければ,当業者が容易に実施をすることができる程度に発明の構成が記載されているということはできない。
甲第9号証のものは,波長451〜780nmの光を6分間照射して得られたものであり,甲第10号証のものは,波長184.9nmと253.7nmの光(紫外線)を30分照射して乾燥したものであり,照射時間が異なる。
(2) 東京都立産業技術研究所(八王子庁舎)における実験に基づく原告の主張は失当である。
本願明細書には,先に述べたように,上記(1)の(a)ないし(c)の反応という一連の反応過程において,表面処理加工を行った金属の表面から有機物を除去することが記載されているのであって,試験片AないしCに関しては,精製水が試験片の表面から消滅したとき,染みなどを残さないということを示しているにすぎず,そもそも,前記一連の反応過程が起こっていることを明らかにするものではない。
試験片@を得るに際しては,乾燥室外の空気を送風ファンによって取り入れ,シーズヒータで加熱した後,循環ファンによって乾燥室内の循環空気とともに乾燥室内に供給し,熱風によって乾燥しているのに対し,試験片AないしCを得るに際しては,「14)エアー・バルブ」や「7)充満室(強制空気流入口)」,「15)空気整流円錐」を使用していないことから,外部からの空気の導入,乾燥室内の空気の循環はない(甲第15号証)。このような異なる実験条件下で得られた,それぞれの結果を比較することは意味のないことである。そして,試験片AないしCを得るに際しては,上述したように,外部からの空気の導入及び空気の循環はなく,しかも,試験片には精製水を使用しているから,そもそも乾燥室内に有機物が存在し,試験片に有機物が付着していることが明らかでなく,まして,有機物を分解させて除去することにより乾燥染が消滅することを明らかにするものではない。
当裁判所の判断
1 本願明細書の記載 本願明細書には,以下の記載が含まれている(甲第2号証)。
「【0004】 【発明が解決しようとする課題】 しかしながら,従来の乾燥方法にあっては,遠赤外線ヒーター130,140から発する熱をファン160によって熱風として被乾燥物150の表面に吹き付けるようになっているため,筐体110内の乾燥空気内に浮遊する微少な有機物が熱風によって被乾燥物150の表面に運ばれて付着する。この乾燥空気内に浮遊する有機物が被乾燥物150の表面に付着したまま乾燥すると,被乾燥物150の乾燥が完了した後,被乾燥物150の表面に乾燥染が生じ,製品としての商品価値が低下するという問題点を有していた。
【0005】 本発明は,乾燥染を残すことなく確実に表面処理加工を行った金属を複数個連続して乾燥することのできる表面処理加工を行った金属の乾燥方法,及び表面処理加工を行った金属の乾燥装置を提供することを目的としている。
【0006】 【課題を解決するための手段】 上記目的を達成するために,本発明の表面処理加工を行った金属の乾燥方法は,金属の表面処理加工を行った後,ランプから発する波長380〜780nmの光線を照射し前記金属の表面に付着した有機物を分解させて除去することにより乾燥するようにしたものである。
【0014】 【作用】 表面処理加工を行った金属に対してランプを点灯して波長380〜780nmの光線(キセノンランプのときは波長200〜1800nmの光線)を照射する。この光線の照射が行われると,光線の光エネルギーによって空気中の酸素分子は, O2+光→O+O と酸素原子に分解される。
この酸素原子は,被乾燥物の表面に付着している有機物を触媒として空気中の酸素分子と O+O2+P→O3+P 但)P:有機物(触媒) のように結合してオゾンを発生させる。
このように酸素原子を利用して,被乾燥物の表面の有機物を触媒として使用する際に,被乾燥物の表面から有機物を除去する。このようにして発生したオゾンは,ランプから発せられる波長380〜780nmの光線によって, O3+光→O+O 2 と酸素原子と酸素分子に分解される。
このような反応が行われると,熱が発生し,この熱によって被乾燥物が影響を受ける。そこで,光線の発生光源(光ランプ)と被乾燥物との距離を変えることにより,被乾燥物の周囲の温度コントロールを行う。あるいは,光線の発生光源(光線ランプ)からの紫外線の照射量を調整することによって,被乾燥物の周囲の温度コントロールを行っている。
【0048】 【発明の効果】 本発明は,以上説明したように構成されているので,以下に記載されるような効果を奏する。
【0049】 金属の表面処理加工を行った後,波長380〜780nmの光線を照射し前記金属の表面に付着した有機物を分解させて除去することにより乾燥するようにしたため,乾燥染を残すことなく確実に表面処理加工を行った金属を複数個連続して乾燥することができる。」 本願明細書のこれらの記載によると,本願発明は,従来の乾燥方法にあっては,乾燥空気内に浮遊する微少な有機物が被乾燥物である表面処理加工を施した金属の表面に付着し,この有機物が原因となって乾燥染が生じていたことから,この乾燥染による商品価値の低下という問題点の解決を目的として設定した上,金属の表面処理加工を行った後,ランプから発する波長380〜780nmの光線を前記金属の表面に照射し,この表面に付着した有機物を分解させて除去することにより乾燥する,という構成の採用によって,上記目的を達成しようとするものであることが認められる。この構成は,ランプから発する波長380〜780nmの光線の光エネルギーによって空気中の酸素分子が酸素原子に分解され,この酸素原子が被乾燥物の表面の有機物を触媒として空気中の酸素分子と結合してオゾンを発生させる際に,この表面から上記有機物が分解され金属から除去されるとの現象に基づくとされていることも,上記記載により認められる。この現象は,光エネルギーは光線の波長に対応することが技術常識であることから(「光物性ハンドブック」(1989年12月10日,株式会社朝倉書店発行)658〜659頁参照,乙第3号証),ランプなど光源の種類を問わず,波長380ないし780nmの光線によって,空気中の酸素分子が酸素原子に分解され,この酸素原子の作用により上記有機物が分解され金属から除去されることを意味するものということができる。
2 波長380〜780nmの光線と酸素分子の分解について (1) 「化学大辞典2縮刷版」(昭和54年11月10日,共立出版株式会社発行)161頁及び436頁(乙第1号証)には,「オゾン」について,「・・・製法 原理的には酸素分子O2に活性酸素Oが作用して生成するものである.・・・この原子状の酸素を得る手段によっていろいろな製法がある.最も一般的な製法は,清浄な乾燥空気または酸素中に無声放電を行なわせる方法である・・・.そのほか低温で希硫酸を電解する方法,液体酸素を加熱する方法などがある.紫外線(2090Å)を空気にあてたり,フッ素と水とが反応したり,リンが酸化したりするときにも発生する。」との記載があり,「活性酸素」について,「一般的に普通の酸素に比べて著しく化学反応性に富む酸素のこと.その原因は酸素が原子状態で存在するか,または酸素分子が準安定状態に励起された状態で存在するためだといわれている.・・・酸素分子が酸素原子に解離するには,1モル当り117.3kcalのエネルギーを要する.したがって,活性酸素は,非常にエネルギーに富んだ条件においてしか生成されない.酸素分子が低圧化で放電を受けたり,紫外線(<1900Å)で照射されるとき,大部分が酸素原子に変わるという.オゾンの生成過程では,必ず原子状の酸素が生成する.単独で安定に存在することはできない.物質の表面で容易に再結合し,その際白金をも融解するほどの熱を放出する.」との記載がある。これらの記載により,酸素分子は,波長紫外線によって酸素原子に分解することが認められるものの,波長380〜780nmの可視光領域の光線を照射することによっては,原則として,酸素原子に分解されることはない,ということを理解することができる。
(2) 原告は,甲5文献の233ないし236頁によれば,準安定励起状態a1△g(T 0=0.977eV)及びb1Σ g+(T 0=1.626eV)の酸素分子は,日常生活でも普通に存在しており,これらのポテンシャルエネルギー(T0)をみれば,波長380〜780nmのエネルギーで分解できることが分かる,すなわち,T0=1.626eVのエネルギーは,これを乙第3号証の換算式により波長に換算すれば,約760nmであるから,b1Σ g+(T 0=1.626eV)の酸素分子は,波長380〜780nmのエネルギーで分解できるのである,と主張する。しかし,この原告の主張は,次に述べるとおり,理由がないことが明らかである。
(ア) 甲5文献中には,「酸素分子の基底状態はX3Σg-で,二つの不対電子をもつ(D0=5.116eV).」(甲第5号証233頁第2段落),「図3・43のポテンシャルに示されるように,これらの励起状態のほかに,酸素分子はエネルギーの低い領域に二つの状態a1△ g(T 0=0.977eV),b1Σ g+(T 0=1.626eV)をもつ5).これらの励起状態は,基底状態からの遷移がいずれも光学禁制なので,輻射寿命が非常に長い準安定励起状態となる.a1△ g状態を生成するには,基底状態からの吸収が非常に弱いので光励起法は用いられず,O 3のHartley帯での光分解やO 2を放電し,不要の酸素原子を水銀との反応で除くなどの方法がよく使われる.また,b1Σ g+状態の生成には,O(1D)からのエネルギー移動反応のほかに,励起酸素分子同士の反応も用いられる。」 (甲第5号証234頁第2段落〜235頁1行。下線付加。)との記載と,これに対応する「図3・43 O2のポテンシャル曲線」(同235頁)の記載もある。
これらの記載によると,酸素分子には,基底状態X3Σg-のもののほかに,輻射寿命が非常に長い準安定励起状態a1△ gのもの及びb1Σ g+のものが存在することを認めることができる。しかし,これらの記載から,a1△ gのもの及びb1Σg+のものが,日常生活において普通に存在していることを認めることはできず,これらの記載からは,むしろ,a1△ gのものもb1Σ g+のものも日常生活において普通に存在するものではないことを認めることができる。すなわち,a1△ g状態のものを生成するには,上記のとおり,オゾンの光分解や酸素分子を放電するとか,酸素原子を水銀と反応させるとかなどのそのための特別な方法が用いられるというのであるから,これらの生成方法により生成されるものが日常生活において普通に存在することはあり得ないことになるのである。b1Σ g+状態のものについても同様であり,その生成のためには,特別の方法が用いられるとされているのであるから(O(1D)からのエネルギー移動反応は,O(1D)そのものが,「準安定な電子状態に励起された酸素原子・・・で・・・オゾンの光解離で作られることがはっきり解っている.」(甲第8号証68頁)ものであり,これも,オゾンから生成されるのであるから,日常生活において普通に存在しているものではない。励起酸素分子同士の反応も,日常生活において普通に存在しているものではない。),このように,そのための特別な方法によって生成されるとされているものが日常生活に普通に存在することになることは,あり得ない。
原告は,甲8文献には「O3+hv(波長310nm以下)→O(1D)+O2 (3.9)」という式と,「波長域300〜310nmの太陽紫外光は大気中でかなり減衰するが,地上まで到達可能である」との記載がある(甲第8号証68頁),そして,オゾンはもともと対流圏(地上)に存在していることから(甲第8号証の表3.1,表3.15),地上にあるオゾンと波長310nm以下の紫外光とにより,準安定励起状態の酸素分子(a1△ g,b1Σ g+)ができることは,甲8文献の上記記載からも明らかである,と主張する。
しかし,対流圏(地表付近)における大気組成は,別紙表1.1のとおりであり,オゾンは,別紙表3.1のとおり,表1.1以外の主な対流圏大気成分として記載されているにすぎず,体積混合比でいえば,大気中においてわずかに30(ppbv=10-9)存在しているだけである(甲第8号証3頁,62頁)。地表付近の大気中にこのようにわずかしか存在しないオゾンと地上に到達する310nm以下の紫外光から,準安定励起状態の酸素分子ができ,これが日常生活において普通に存在しているとの原告の主張は,理由がないことが明らかというべきである。
原告は,本願明細書における「波長380〜780nmの光線・・・を照射する。この光線の照射が行われると,光線の光エネルギーによって空気中の酸素分子は, O2+光→O+O と酸素原子に分解される。」(甲第2号証【0014】)との記載は,地上にある準安定励起状態の酸素分子についての記載であると解すべきであり,一般によく知られている基底状態の酸素分子についての記載であると解すべきではない,と主張する。
しかし,準安定励起状態の酸素分子は,上記のとおり,日常生活において普通に存在するとは認められないのであるから,原告のこの主張を前提とすると,本願発明を実施可能なものとして理解することは到底困難である。
(イ) 原告は,準安定励起状態の酸素分子は,基底状態の酸素分子と同じように結合エネルギー以上のエネルギーによって酸素原子に分解できることが明らかであるから,そのポテンシャルエネルギー〔a1△ g(T 0=0.997eV),b1Σg+(T 0=1.626eV)〕をみれば,波長380〜780nmのエネルギーで酸素原子に分解できることが分かる,すなわち,T0=1.626eVのエネルギーは,これを上記の換算式により波長に換算すれば,約760nmであるから,b1Σ g+(T 0=1.626eV)の酸素分子は,波長380〜780nmのエネルギーで分解できるのである,と主張する。
しかし,原告のこの主張もまた誤りである。すなわち,甲5文献の記載と図3・43とによれば,次のようにいうことができる。
@ 図3・43におけるO(3P)+O(3P)から成る酸素分子は,その曲線についてのX3Σ g-との記載,甲5文献の「酸素分子の基底状態はX3Σ g-で,二つの不対電子をもつ(D0=5.116eV).」との上記記載及び甲8文献の「電子エネルギーの基底状態・・・にある酸素原子であることを明示するためO(3P)と表記した」(甲第8号証68頁下から2行〜末行)との記載によれば,電子状態が基底状態にある酸素原子から成る酸素分子であり,その結合エネルギーは,D0=5.116eVであることが明らかである(なお,5.116eVを乙第3号証の換算式で波長に換算すれば,242.3nmとなり,これは,甲5文献の「酸素の光分解生成物のしきい波長は,O(3P)+O(3P) 242.4nm」との記載とほぼ合致する。)。
A 図3・43を検討すると,基底状態X3Σg-,準安定励起状態a1△g及びb1Σ g+の酸素分子については,核間距離が2.8Å以上の状態は酸素原子に分解されたものと理解することができ(図3・43の横軸は,酸素分子の酸素原子核の核間距離(A)を示す。),その状態でのポテンシャルエネルギーは5eVを若干超えたものであることをグラフ自体から読みとることができ,この数値は上記D0=5.116eVの数値と同一のものと推認することができる。
B 準安定励起状態にあるa1△ g及びb1Σ g+の酸素分子は,それぞれ,T0=0.977eV及びT 0=1.626eVのポテンシャルエネルギーを持つ(甲第5号証234頁下から7行,8行)。
C このポテンシャルエネルギーとは,図3・43をみると,基底状態X3Σ g-の酸素分子のポテンシャルエネルギー(eV)の最も低い値を零とした上で,準安定励起状態にあるa1△ g及びb1Σ g+の酸素分子がもつポテンシャルエネルギーを表示したものである,すなわち,準安定励起状態a1△ gの酸素分子がもつT0=0.977eV,及びb1Σ g+の酸素分子がもつT 0=1.626eVのポテンシャルエネルギーは,図3・43に示された,これら準安定励起状態の酸素分子のポテンシャル曲線において最も低いポテンシャルエネルギーの値に一致していることをグラフ自体から読みとることができ,このことからすれば,この数値は,基底状態X3Σ g-の酸素分子の持つ最も低いポテンシャルエネルギーの値と上記準安定励起状態のものの持つ最も低いポテンシャルエネルギーの値との差であることが明らかである。
D これらからすれば,上記準安定励起状態のa1△g及びb1Σg+の酸素分子を酸素原子に分解することができる光エネルギーは,a1△ gについては,4.139eV(5.116eV-0.977eV)であり,b1Σ g+については3.490eV(5.116eV-1.626eV)である,と理解することができる。
この4.139eVと3.490eVを乙第3号証に記載された換算式により,波長に換算すれば,299.5nm及び355.2nmに相当する。これによれば,上記準安定励起状態のa1△ g及びb1Σ g+の酸素分子についても,波長380〜780nmの光線では酸素原子に分解できないことになる。
(ウ) 以上によれば,波長380〜780nmの光線により,酸素分子が酸素原子に分解することができるとの原告の前記主張及びこれに関する原告の前記主張は,いずれも主張自体理由がないものであることが明らかである。
3 原告は,波長380〜780nmの光線を照射すれば,乾燥染を残すことなく,表面処理加工を行った金属を乾燥することができるという,本願発明の効果が奏せられることは,甲第9及び第10号証に係る実験,並びに,東京都立産業技術研究所(八王子庁舎)における実験(甲第11ないし第17号証及び第23号証に係る実験)から明らかであって,しかも,これらの実験の実験条件をみれば,何ら,特別な技術的条件を必要としないのであるから,本願発明は,特別な技術的条件の開示がなくても容易に実施することができる,したがって,本願明細書には容易に本願発明の実施をすることができる程度にはその構成が記載されていない,ということはできない,と主張する。
しかし,原告が提出した,甲第9及び第10号証に係る実験,並びに,甲第11ないし第17号証及び第23号証に係る実験によっても,波長380〜780nmの光線によるだけで,表面処理加工を行った金属の表面に付着した有機物を分解することができることを実証しているということはできない。
甲第9,第10号証の実験については,単に写真が2枚提出されているだけであり(甲第9,第10号証),その実験も第三者機関によってなされたものではなく,客観的な実験条件その他についての証拠もないものであるから,証拠としての価値に乏しいものといわざるを得ない。
甲第11ないし第17号証及び第23号証に係る実験は,都立産業技術研究所(八王子分室)によって行われたものではあるものの,その実験内容を具体的にみると,試験片@についてと試験片AないしCについてとで,実験条件が異なる。
すなわち,試験片@については,乾燥機による乾燥(60℃,10分)を行ったのに対し,試験片AないしCについては,キセノンアーク灯光を3分間照射しているのであり,両者の乾燥時間が異なり,さらに,試験片@の乾燥は,シロッコ型電動送風機を使用して乾燥したため,外部からの空気を取り入れて送風機を用いて乾燥するものであるのに対し,試験片AないしCは,キセノンランプの光を照射するものであるため,温度調整のための空気導入が必要な場合を除いて,送風の必要がないものである。このように,試験片@については,試験片AないしCについてとは,異なる乾燥時間の間,しかも,その間外部からの空気を導入して送風するという試験片AないしCについては行われないことをして乾燥が行われているのであって,試験片@についてと,試験片AないしCについてとは,その実験条件が異なるものである以上,その結果から,これらについて乾燥染の存否についての差異を検討しても意味がないものである。また,この実験は,試験片AないしCに,精製水をわずか0.5μl滴下した後に,キセノンアーク灯光を3分間照射した結果,乾燥染がなく乾燥することができたことを立証しているにすぎず,一般に波長380〜780nmの光線を照射すれば,表面処理加工を行った金属の表面に付着した有機物を分解して除去することができるという構成を実証しているということはできず,ましてや,ランプから発する波長380〜780nmの光線の光エネルギーによって空気中の酸素分子が酸素原子に分解され,この酸素原子の作用により上記有機物を分解させ金属から除去されるとの現象が生じることを実証するものではないのである。
4 以上に検討したところによれば,ランプから発する波長380〜780nmの可視光領域の光線の光エネルギーのみによっては,空気中の酸素分子を酸素原子に分解することはないと理解すべきであるから,仮に,本願発明の構成により本願明細書に記載されているような効果を奏することが事実であるのならば,ランプから発する波長380〜780nmの光線を照射しただけではなく,これに他の技術的要件が加わることによって空気中の酸素分子が酸素原子に分解されたからであると理解せざるを得ない。ところが,本願明細書中には,この技術的要件を推測させる記載すら見当たらない。このように,本願明細書中の記載によっては,当業者が空気中の酸素分子を酸素原子に分解することを容易に実施することができるとはいえないのであるから,本願明細書には,金属の表面処理加工を行った後,ランプから発する波長380〜780nmの光線を照射し,空気中の酸素分子を酸素原子に分解することにより,前記金属の表面に付着した有機物を分解させ,これを除去するという,という構成の本願発明を,当業者が容易に実施することができる程度に,その内容が記載されている,とすることはできないというべきであり,これと同旨の審決の判断に,何ら誤りはない。
5 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久