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事件 平成 13年 (行ケ) 3号 審決取消請求事件
原告 株式会社クリプトン
訴訟代理人弁理士 八嶋敬市
被告 マクロビジョン・コーポレーション
訴訟代理人弁理士 伊東忠彦
同 湯原忠男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/03/03
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が平成9年審判第5422号事件について平成12年11月22日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,下記ア記載の特許(以下「本件特許」といい,その特許発明を「本件発明」という。)の特許権者,原告は,本件特許の無効審判請求人であり,その経緯は下記イのとおりである。
ア 特許第1925090号「ビデオ信号処理方法及び装置」 特許出願 昭和61年4月17日 (優先権主張,1985年(昭和60年)4月17日・米国) 設定登録 平成7年4月25日 イ 平成 9年 4月 4日 無効審判請求(平成9年審判第5422号) 平成11年 4月30日 本件特許を無効とする旨の審決 同 年10月 1日 被告が上記審決の取消しを求める取消訴訟を東京高等裁判所に提起(平成11年(行ケ)第323号) 同 年11月 2日 被告による明細書の訂正審判請求(平成11年審判第39089号) 同 年12月17日 上記訂正を認める旨の審決 平成12年 3月12日 上記無効審決を取り消す旨の判決(そのころ同判決は確定し,特許庁に事件が再び係属) 同 年11月22日 無効審判請求を不成立とする旨の審決(以下単に「審決」という。) 同 年12月11日 原告への審決謄本送達 2 上記訂正後の特許請求の範囲に記載された本件発明の要旨 (1)テレビジョン受像機上に標準的なカラー画像を生成すると共に満足なビデオテープ記録を妨げるように,同期パルスを含む帰線消去期間を持つビデオ信号を処理する方法において, 処理されたビデオ信号の変更部分が前記テレビジョン受像機によって,表示されないような実質的な垂直帰線消去期間内の同期パルスの存在しない期間に,前記同期パルスに続き,所定順序の,各対が偽同期パルスと正パルスにより形成される,偽同期パルスと正パルスの複数の対を前記ビデオ信号に付加する工程を含み, ビデオテープレコーダの自動利得制御システムに,前記付加された前記複数のパルス対のうち偽同期パルスを同期パルスとして識別させ,続いてサンプルした正パルスのレベルに基づいて誤った自動利得制御をさせて,満足できないビデオテープ記録に帰着する利得補正を行わせることを特徴とするビデオ信号処理方法。
(12)テレビジョン受像機上に標準的なカラー画像を生成するが,それらの満足できるビデオテープ記録を妨げるように,同期パルスを含む帰線消去期間を持つビデオ信号を処理するためのビデオ信号処理装置において, 前記ビデオ信号を受けるための入力手段と, 前記入力手段に接続され,処理されたビデオ信号の変更部が前記テレビジョン受像機によって表示されないような実質的な垂直帰線消去期間内の同期パルスの存在しない期間に,前記ビデオ信号の前記同期パルスに続き,前記入力されたビデオ信号に,所定順序の,各対が偽同期パルスと正パルスにより形成される,偽同期パルスと正パルスの複数のパルス対を付加して,変更ビデオ信号として出力するビデオ信号変更手段と, 前記変更手段に接続され,前記変更ビデオ信号を前記テレビジョン受像機又はビデオテープレコーダに出力する出力手段と, を備え,前記テレビジョン受像機は前記変更ビデオ信号から満足できる品位の画像を生成するが,前記ビデオテープレコーダの自動利得制御システムは,前記付加された前記複数のパルス対のうち偽同期パルスを同期パルスとして識別し,続いてサンプルした正パルスのレベルに基づいて誤った自動利得制御を行い,前記変更ビデオ信号の満足できないビデオテープ記録に帰着する利得補正を生じることを特徴とするビデオ信号処理装置。
(以下,上記(1)記載の本件発明を「本件第1発明」,上記(12)記載の本件発明を「本件第2発明」という。なお,その余の請求項は,本件第1,第2発明の実施態様項である。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件発明が,特開昭53-78819号公報(審判甲1・本訴甲4),特開昭52-114313号公報(審判甲2・本訴甲5),特公昭59-35557号公報(審判甲3・本訴甲6),特開昭57-23366号公報(審判甲4・本訴甲7),特開昭52-127213号公報(審判甲5・本訴甲8),特開昭56-168480号公報(審判甲6・本訴甲9,以下「引用例」といい,その記載の発明を「引用発明」という。)及び特開昭57-2179号公報(審判甲7・本訴甲10)記載の各発明と同一でなく,また,これらの発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから,請求人(原告)の主張及び証拠方法によっては,本件特許を無効とすることはできないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本件発明と引用発明との相違点の認定を誤る(取消事由1)とともに,両者の相違点についての判断を誤った(取消事由2)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点の認定の誤り) (1) 審決は,本件発明と引用発明との相違点として,妨害信号の付加位置が,本件発明では「同期パルスの存在しない期間」であるのに対し,引用発明では「垂直同期パルスの存在する期間」である点,妨害信号の波形が,本件発明では「偽同期パルスと正パルスの複数の対」であるのに対し,引用発明では「交流信号」である点をそれぞれ認定する(審決謄本9頁20行目以下)が,誤りである。
(2) まず,妨害信号の付加位置について,引用例(甲9)の第2図(h)は,切り込みによって分割された垂直同期パルスの存在する期間と,垂直同期パルスの存在しない切り込み部分の期間,すなわちペデスタルラインとに妨害信号を連続して付加することを示しており,これは,垂直同期パルスの存在する期間に限定して妨害信号を付加するものではない。審決の上記認定は,この点を看過したものであって,誤りというべきである。
(3) 次に,妨害信号の波形について,引用発明の妨害信号である交流信号は,交流軸が垂直同期信号の先端部に位置するものの,正と負を交互に繰り返す高い周波数の連続した交流パルスであるから,この交流パルスの開始順序が正で始まるか負で始まるかにかかわりなく,負のパルスの到来でAGC回路を働かせる開始の役割を担い,引き続く所定時間内の連続した正のパルスのレベル値を読み取る働きをする。他方,本件発明では,偽同期パルスの到来でAGC回路を働かせ,続く正パルスの到来でそのレベルを読む一組の働きを「対」と称しているのであるから,引用発明の「交流信号」は,本件発明の「偽同期パルスと正パルスの複数の対」における「偽同期パルス」が担う働きと,引き続く「正のパルス」が担う働きを有し,これを「対」として形成した妨害信号と同等の働きをする。具体的には,引用例(甲9)の妨害信号の周波数は,3.58MHz程度から100KHzまでとされているところ,この範囲内である166.6KHzの場合,負のパルスと正のパルスは,それぞれ3μsの幅となるから,負のパルスの前縁から4.7μs経過後の検出タイミングを有するキードAGCを誤作動させることの可能な波形である。また,本件発明の妨害信号が「複数の対」である点も,引用発明の交流信号が連続パルスである以上,複数の対を構成していると同様であり,その目的及び作用においても異なるところはない。したがって,妨害信号の波形についても,本件発明と引用発明とで相違するところはなく,審決の上記相違点の認定は誤りである。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り) (1) 審決は,上記1(1)記載のとおりの相違点を前提に,当該相違点について,本件発明と引用発明とでは自動利得制御システムを誤らせる妨害方法に違いがあることを根拠として,容易想到性を否定する(審決謄本9頁25行目以下)が,誤りである。
(2) まず,妨害信号の付加位置に関して,引用発明の妨害信号は,垂直同期信号の信号位置に重畳付加しても,また,同信号のない期間に付加されていても,同一の効果が期待できる。すなわち,垂直同期期間に周波数の高い交流パルスによる妨害信号を付加しても,これを積分すれば垂直同期パルスの検知を妨げることなく,AGCを誤動作させることができることから,引用発明に基づいて,妨害信号の付加位置を「同期パルスの存在しない期間」とすることに想到することは容易である。
また,昭和59年9月1日株式会社コロナ社発行の「テレビジョン用語辞典」287頁(甲17)及び昭和41年9月20日日刊工業新聞社発行の「パルス技術便覧」860頁(甲18)には,水平同期パルスの存在しない期間に各種の制御信号を挿入することが,汎用技術として,従来から公知公用となっていたことが示されている。この汎用技術に,引用例(甲9)に記載されている「垂直同期信号Pvの3H区間のすべてに連続した状態で妨害信号を付加する」技術を組み合わせると,等化パルスや水平同期パルス等の「同期パルスの存在しない期間」に妨害信号を付加することは,当業者であれば容易に想到し得ることである。なお,上記甲17,18は,審判手続で提出されていない刊行物であるが,これらは従来既知の基本技術を示すためのものであるから,本件訴訟の証拠として許容されるというべきである。
(3) 次に,自動利得制御システムを誤らせる妨害方法に関して,引用例(甲9)には,「なお,VTRの記録系に設けられているAGC回路12が,それの時定数が短かく,垂直走査周期毎に応答するものであった場合には,垂直同期信号部分に存在している妨害信号Psに応答してAGC回路が動作し,それにより映像信号のレベルを低下させるので,盗録された複製物からの再生信号による再生画像は暗くなされる」(8頁左上欄第3段落。以下「『なお書き』」という。)との記載があるところ,この記載中の「垂直走査周期毎に応答する」とは,「垂直走査周期毎に同期された」ということであるから,明らかに垂直期間にサンプルホールドするキードAGCを対象にした記載である。また,ピークAGCは,数フィールド分にまたがる長い期間における入力信号の最小値と最大値を検出するものであるのに対し,上記なお書きでは,「時定数が短かく」と記載しており,数フィールドにまたがるような期間のピークレベルを検出することを意図していない。しかも,垂直同期期間で検知するということは,もともと,ビデオ信号を含んでいない場所であるから,この期間でピークAGCを働かせる意味はなく,ピークAGCを意図する記載でないことは明らかである。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(相違点の認定の誤り)について (1) 垂直同期信号期間における垂直同期パルスの切り込みは,水平同期を維持するために設けられたもので,機能的には水平同期パルスの代わりをするものであり,垂直同期の維持には関係しない。したがって,垂直同期パルスは,切り込みの有無にかかわりなく垂直同期パルスであって,引用発明は,垂直同期パルスの存在する期間に交流信号が付加されたものにほかならない。
(2) 引用発明における垂直同期信号に付加される妨害信号Psは,本件発明の偽同期パルスのように,同期パルスとして認識されることを意図したパルスではなく,垂直同期パルスのPvの先端から外方に突出させて,VTRの記録系のクランプ回路を誤動作させるものである。引用例(甲9)に記載された妨害信号Psには,本件発明のパルスの「対」という概念がなく,そもそも,「対」であることを必要としないものである。本件発明における「偽同期パルス」と「正パルス」間には,「偽同期パルス」が「正パルス」の前に置かれ,サンプリングの起点を作るという順序としての技術的意義と,「偽同期パルス」に対し「正パルス」がサンプルされるような所定の時間的間隔をもって「偽同期パルスと正パルス」が存在するという対の技術的意義を有しているが,単なるパルス交流信号は,このような技術的意義を有していない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,妨害信号の付加位置のみを取り上げてその容易想到性の判断の誤りを主張するが,審決は,「同期パルスの存在しない期間」と,そこに付加される「偽同期パルスと正パルスの複数の対」とを併せた構成として判断しているのであるから,前者のみを取り上げて審決の誤りを主張することは当を得ていない。当該構成については,引用例に何ら記載されていない。また,原告の援用する甲17,18は,本件の無効審判で審理判断されなかった公知事実に関するものであり,これに基づいて無効理由を主張することは許されない。
(2) 原告は,「なお書き」はキードAGCを対象とした記載であると主張するが,「なお書き」には,「垂直走査周期毎に応答する」と記載されており,この記載によれば,AGCは各フィールド毎に応答することから,「なお書き」のAGCは,1フィールド分の期間(約1/60秒)にわたって,入力信号の最小値と最大値を検出するものであり,ピークAGCとして機能するものであることは明らかである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の認定誤り)について (1) まず,妨害信号の付加位置について,原告は,引用例(甲9)の第2図(h)の図示を根拠として,引用発明の妨害信号は,垂直同期パルスの存在しない切り込み部分の期間にも連続して付加されているから,垂直同期パルスの存在する期間に限定して妨害信号を付加するものではない旨主張する。
そこで,本件発明が妨害信号の付加位置を「同期パルスの存在しない期間」と規定した技術的意義について見るに,本件明細書(乙1)には,「これらの公報(注,従来技術として例示の特開昭53-78819号,特開昭52-114313号公報)に記載された装置では,パルスを水平同期信号の直後に付加しているので,通常のテレビジョン受像機が黒レベルを誤って認識し,通常の画像さえ再生できなくなるおそれがある」([従来技術及び発明が解決しようとする課題]欄)との課題を踏まえ,「本願の発明者は,上記黒レベル低下問題を解決すると同時にビデオカセットレコーダのAGCシステムを『混乱させる』,即ち,誤動作させるための,新しい発明をなした。即ち,本発明のビデオ信号処理方法は・・・処理されたビデオ信号の変更部分が前記テレビジョン受像機によって,表示されないような実質的な垂直帰線消去期間内の同期パルスの存在しない期間に,前記同期パルスに続き,所定順序の,各対が偽同期パルスと正パルスにより形成される,偽同期パルスと正パルスの複数の対を前記ビデオ信号に付加する工程を含み,ビデオテープレコーダの自動利得制御システムに,前記付加された前記複数のパルス対のうち偽同期パルスを同期パルスとして識別させ,続いてサンプルした正パルスのレベルに基づいて誤った自動利得制御をさせて,満足できないビデオテープ記録に帰着する利得補正を行わせることを特徴とする」([課題を解決するための手段及び作用]欄)との記載が認められ,これによれば,本件発明は,妨害信号の付加位置を同期パルスの存在しない期間とすることにより,上記黒レベル低下問題を解決し,妨害信号が同期信号に悪影響を与えることなく通常のテレビジョン受像機が標準的な画像を生成できるようにしたものであると認められる。本件発明における「同期パルスの存在しない期間」との構成の上記技術的意義に照らせば,同構成は,妨害信号の位置が,同期パルスの存在する期間と存在しない期間とに及ぶことを許容するものではなく,同期パルスの存在する期間に妨害信号が位置することを積極的に排除する要件にほかならない。
そうすると,引用例(甲9)の第2図(h)において,垂直同期パルスの切り込み部分に妨害信号が付加されているにしても,その前後の垂直同期パルスの存在する部分にも,妨害信号が連続して付加されている以上,妨害信号の付加位置を「同期パルスの存在しない期間」と規定する本件発明の構成と相違することは明らかであって,これと同旨をいう審決の認定に誤りはない。
(2) 次に,原告は,妨害信号の波形について,本件発明では「偽同期パルスと正パルスの複数の対」であるのに対し,引用発明では「交流信号」である点を両者の相違点と認定した審決の誤りを主張するので,判断する。
ア 本件第1発明は,特許請求の範囲に記載のとおり,「前記同期パルスに続き,所定順序の,各対が偽同期パルスと正パルスにより形成される,偽同期パルスと正パルスの複数の対を前記ビデオ信号に付加する工程」を規定し,この偽同期パルスと正パルスの複数の対をもって,「ビデオテープレコーダの自動利得制御システムに,前記付加された前記複数のパルス対のうち偽同期パルスを同期パルスとして識別させ,続いてサンプルした正パルスのレベルに基づいて誤った自動利得制御をさせ」るものであり,本件第2発明も,特許請求の範囲の記載の表現上の相違はあるものの,これと同趣旨の構成を規定するものと認められる。そうすると,本件発明における「偽同期パルスと正パルスの複数の対」とは,まず,偽同期パルスを自動利得制御システムに同期パルスとして識別させ,これに続く正パルスのレベルに基づいて誤った自動利得制御をさせるものであって,キードAGCを誤作動させるものであることは明らかである。本件発明の「偽同期パルスと正パルスの複数の対」がこのような技術的意義を有するものである以上,偽同期パルスは,自動利得制御システムが正パルスのレベルをサンプリングするための起点となるのであるから,正パルスは,当該起点(偽同期パルスの前縁)からサンプリングを行うために必要な所定の時間的間隔を保って位置するものでなければならない。そして,自動利得制御システムが正パルスのレベルのサンプリングを行うために必要な所定の時間は,任意に設定し得るものではなく,当業者に自明の同期パルスの幅等に応じて必然的に定まるものであるから(原告の主張によれば4.7μs),負のパルスと正のパルスが交互に存在しさえすれば,「偽同期パルスと正パルスの複数の対」といえるものではなく,上記のような技術的意義に即応した時間的順序と間隔をもって「対」となっていなければならないというべきである。
イ これに対し,引用発明は,引用例(甲9)の「周波数変調器に供給される複合映像信号の同期尖端部がクランプ回路15において特定な電位に固定されるようにする手段を必らず備えている記録系を有するホームVTRによって,第2図(g),(h)図示のように,垂直同期信号部分に垂直同期信号尖端部より外方に向かって大きく突出するような妨害信号Psが付加されている場合映像信号が記録される場合には周波数変調器18に供給される複合映像信号は,それの垂直同期信号部分がクランプ回路15におけるクランプ作用により垂直同期信号の尖端部より外方に突出されている妨害信号Psの尖端部が特定な電位にクランプされるために,本来の垂直同期信号が映像信号側に変位した第4図(d)図のようなものとなってしまうのである。・・・前記のように,クランプ回路15によって妨害信号Psの尖端部が特定な電位にクランプされることにより,垂直同期信号が映像信号の白側へ変位された状態の複合映像信号,すなわち,垂直同期信号部分に付加されている,エネルギの大きな周波数成分で大きな振幅を有している妨害信号Psが映像信号の白側に大きく突出しているような状態の複合映像信号が,周波数変調器18に供給された時に得られる周波数変調波は,前記した垂直同期信号部分に存在する妨害信号Psによって大きな周波数偏移が生じているものとなるから,それにより垂直同期信号が失われてしまうことは明らかである」(7頁左下欄〜右下欄)との記載から明らかなように,垂直同期信号部分に垂直同期信号尖端部より外方に向かって大きく突出するような妨害信号Psを付加することによって,クランプ回路を誤作動させ,垂直同期信号を実質的に無効にするものであって,少なくとも,その妨害信号が直接意図するところは,キードAGCを誤作動させる本件発明とは,その妨害方法において全く異なるものというべきである。
そうすると,引用発明の妨害信号が交流信号であって,正と負を交互に繰り返す連続したパルスであるにしても,これが直接にはクランプ回路の誤作動を意図するものにすぎない以上,その信号の負のパルスと正のパルスとが,自動利得制御システムによるサンプリングに必要な所定の時間という観点から特定される時間的順序と間隔をもって「対」となっていることを具体的に裏付ける記載のない限り,引用発明の交流信号が本件発明の「偽同期パルスと正パルスの複数の対」に相当するものということはできないというべきである。
ウ そこで,進んで,上記の点を裏付ける記載の有無を検討するに,引用例(甲9)には,「複合映像信号におけるすべての垂直同期信号または一部の垂直同期信号に対して,等価パルス(注,等化パルスと同義,以下同じ。)の繰り返し周波数に比較して充分に高い繰返し周波数値または周波数値を有する妨害信号が付加される場合に,前記した妨害信号はそれの交流軸が略々垂直同期信号の尖端部付近に位置するようにして垂直同期信号と妨害信号との付加が行われている複合映像信号を記録した記録済記録媒体」(1頁左下欄,特許請求の範囲の項2),「同期分離回路4から端子4bに送出された水平同期パルスは,ロックド・オッシレーダ9に与えられており,ロックド・オッシレーダ9からは等価パルスの繰返し周波数31.5KHzよりも充分に高い繰返し周波数を有する発振波が単安定マルチバイブレータ10に供給される。前記したロックド・オッシレーダ9で発振される信号の周波数は,例えば,色刷搬送波の周波数3.58MHz程度から100KHz程度までの周波数範囲内で適当に選定される」(3頁左下欄第3段落以下)との記載はあるものの,甲第9号証の発明の妨害信号の波形は,周波数が,「等価パルスの繰返し周波数31.5KHzよりも充分に高い繰返し周波数・・・例えば,色刷搬送波の周波数3.58MHz程度から100KHz程度までの周波数範囲内で適当に選定される」周波数であると記載されているにとどまり,正のパルスと負のパルスとが,自動利得制御システムによるサンプリングに必要な所定の時間という観点から特定される時間的順序と間隔をもって「対」となっていることを示す記載はない。なお,引用例の「なお書き」についても,上記の趣旨を示す記載といえないことは後述するとおりである。
原告は,引用例に記載されている周波数の範囲内である166.6KHzの場合,負のパルスと正のパルスは,それぞれ3μsの幅となるから,これは,キードAGCを誤作動させることの可能な波形である旨主張するが,「周波数3.58MHz程度から100KHz程度までの周波数範囲内で適当に選定される周波数」という程度の記載から,自動利得制御システムによるサンプリングに必要な所定の時間という観点から特定される時間的順序と間隔という技術的意義を読み取ることはできないといわざるを得ず,その主張は採用することができない。
エ そうすると,引用発明の「交流信号」が本件発明の「偽同期パルスと正パルスの複数の対」に相当するものではないとの前提で,これを相違点とした審決の認定に誤りはなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,妨害信号の付加位置を「同期パルスの存在しない期間」とする本件発明の構成は当業者の容易に想到し得たものであると主張し,その根拠として,@ 引用発明の妨害信号は,垂直同期信号の信号位置に重畳付加しても,同信号のない期間に付加されていても,同一の効果が期待できること,A 水平同期パルスの存在しない期間に各種の制御信号を挿入することは,汎用技術として,従来から公知公用となっていること(甲17,18),B この汎用技術に,引用例に記載されている「垂直同期信号Pvの3H区間のすべてに連続した状態で妨害信号を付加する」技術を組み合わせると,「同期パルスの存在しない期間」に妨害信号を付加することは,当業者が容易に想到し得ることを挙げる。
しかしながら,まず,上記@の点について見るに,本件発明において,妨害信号の付加位置を「同期パルスの存在しない期間」とすることにより,黒レベル低下問題を解決し,妨害信号が同期信号に悪影響を与えることなく通常のテレビジョン受像機が標準的な画像を生成できるようにしたものであること,このような技術的意義に照らして,「同期パルスの存在しない期間」の構成は,同期パルスの存在する期間に妨害信号が位置することを積極的に排除する要件と解すべきことは前示のとおりであり,妨害信号の付加位置が垂直同期信号の信号位置であるか,同信号のない期間であるかによって,上記黒レベル低下問題に関して,その奏する作用効果が異なることが予想され,同一の効果が期待できるとする原告の主張は根拠を欠くというべきである。
次に,上記Aの点について,水平同期パルスの存在しない期間に「各種の制御信号」を挿入すること自体が汎用技術として知られていたとしても,キードAGCを誤作動させる妨害信号の付加位置を「水平同期パルスの存在しない期間」とする技術が慣用的に行われていたことを認めるに足りる証拠はなく,また,原告の援用に係る甲17,18にもそのような趣旨の記載はないから,上記の点は,妨害信号の位置を「同期パルスの存在しない期間」とする構成の容易想到性を何ら基礎付けるものとはいえない。
さらに,上記Bの点について,引用発明が,垂直同期信号部分に垂直同期信号尖端部より外方に向かって大きく突出するような妨害信号Psを付加することによって,クランプ回路を誤作動させ,垂直同期信号を実質的に無効にするものであることは,上記1(2)イで認定したとおりであり,妨害信号を垂直同期期間(の全部又は一部)に付加することに主要な技術的意義があることが明らかであるから,「同期パルスの存在しない期間」にこれを付加することを何ら示唆するものとはいえない。
(2) 次に,原告は,引用例(甲9)の「なお書き」は,キードAGCを対象とする記載であるとして,自動利得制御システムを誤らせる方法の違いを理由に相違点に係る容易想到性を否定した審決の誤りを主張するので,検討する。
引用例(甲9)の「なお書き」は,「なお,VTRの記録系に設けられているAGC回路12が,それの時定数が短かく,垂直走査周期毎に応答するものであった場合には,垂直同期信号部分に存在している妨害信号Psに応答してAGC回路が動作し,それにより映像信号のレベルを低下させるので,盗録された複製物からの再生信号による再生画像は暗くなされる」(8頁左上欄第3段落)との記載であり,妨害信号のAGC回路への影響について触れているものの,いかなる作用機序によってAGC回路を動作させるのかについては何ら説明されておらず,しかも,引用例中には,上記「なお書き」のほか,妨害信号のAGC回路への影響について記載されている部分はないから,これがキードAGCに関する記載か,ピークAGCに関する記載か,一義的に明確であるとはいえない。原告は,「なお書き」の記載中の「垂直走査周期毎に応答する」との文言及び「時定数が短かく」との文言は,キードAGCを意図したものである旨主張するが,これらの記載文言のみから,これをキードAGCに関するものか,ピークAGCに関するものかを,断定することはできないといわざるを得ない。
加えて,引用発明の妨害信号は,垂直同期パルスPvの尖端から外方に突出しているから(上記1(2)イ及び引用例の第2図(g),(h)参照),このような妨害信号を付加した場合,少なくとも,ピークAGCを誤作動させ,映像信号のレベルを低下させる,すなわち,再生画像を暗くさせる要因となることは明らかである。そうすると,上記「なお書き」は,ピークAGCを対象とした記載と理解するのに,格別不自然不合理な点はない。これに対し,引用発明の妨害信号がキードAGCに作用するためには,信号の負のパルスと正のパルスとが,自動利得制御システムによるサンプリングに必要な所定の時間という観点から特定される時間的順序と間隔をもって「対」となっていることが必要であることは前示のとおりであるが,上記「なお書き」の記載からこのような趣旨を読み取ることはできない。
以上を総合すれば,引用例の「なお書き」に接した当業者の自然な理解としては,これをピークAGCを対象とした記載と考えるものと認められ,したがって,キードAGCを前提とする本件発明の相違点に係る構成を何ら示唆するものとはいえない。これと同旨の認定に基づいて,相違点に係る容易想到性を否定した審決の判断に誤りはないというべきである。
3 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利