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関連審決 審判1996-19721
審判1992-1770
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  発明の詳細な説明 /  技術的意義 /  置き換え /  実施 /  加工 /  交換 /  構成要件 /  設定登録 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 390号 審決取消請求事件
原告 日本電子株式会社
訴訟代理人弁護士 久保田 穣
同 増井和夫
同 橋口尚幸
被告 理学電機株式会社
訴訟代理人弁護士 山崎順一
同 弁理士 鈴木利之
同 岡崎謙秀
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/03/10
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が平成4年審判第1770号事件について平成13年8月2日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「微小領域X線デイフラクトメーター」とする特許第1609226号発明(昭和53年10月30日特許出願,平成3年6月28日設定登録,以下「本件発明」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成4年2月3日,本件特許を無効にすることについて審判を請求をした。
特許庁は,同請求を平成4年審判第1770号事件として審理した上,平成6年7月15日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)をした。
原告は,平成8年11月19日に本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂正審判の請求をし,特許庁は,同請求を平成8年審判第19721号事件として審理した上,平成9年7月14日に上記訂正を認める旨の審決(以下「訂正審決」という。)をし,その謄本は,同月30日,原告に送達された。
その後,当庁平成11年(行ケ)第81号審決取消請求事件の判決(平成11年6月9日判決言渡し)により前審決が取り消され,同判決が確定したので,特許庁は,上記審判請求につき更に審理した上,平成13年8月2日,「特許第1609226号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月13日,原告に送達された。
2 訂正審決により訂正された後の本件発明の特許請求の範囲の記載 多数の結晶粒から成る試料と,X線源と,該X線源からのX線をコリメートして前記試料上の微小領域に照射するための手段と,前記試料上のX線照射位置を観察するための光学顕微鏡と,前記X線の光路を含む面内に前記試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように試料の回りに半円状を成して配置された位置感応型X線検出器と,前記光学顕微鏡を用いて試料の所望の微小領域を測定位置に位置付けるため前記試料の位置を微調整するための調整機構と,前記検出器からの信号を処理し位置情報を得る回路と,この信号を一定期間積算的に記憶する手段と,該信号を積算的に記憶する測定期間中,その先端に前記試料を保持する回転軸φを連続的に回転させると共に該試料を前記回転軸φとは垂直なχ軸の回りに連続的に回転させるための試料駆動機構と,前記記憶された信号を読み出し,表示する手段とから構成したことを特徴とする微小領域X線デイフラクトメーター。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件発明は,1977年(昭和52年)発行の「ADVANCES IN X-RAY ANALYSIS Vol.20」529頁〜545頁(本訴甲3,審判甲1,以下「引用例1」という。),1949年(昭和24年)発行の「THE REVIEW OF SClENTIFIC INSTRUMENTS,Vol.20,No.5」365頁〜366頁(本訴甲4,審判甲8,以下「引用例2」という。),昭和47年8月発行の「材料21巻227号」807頁〜815頁(本訴甲5,審判甲10,以下,「引用例3」という。),昭和53年3月発行の「材料27巻294号」216頁〜220頁(本訴甲6,審判甲13,以下「引用例4」という。),昭和51年発行の「日本結晶学会誌18巻30号」30頁〜34頁(本訴甲7,審判甲15,以下「引用例5」という。),1978年発行の「16th annual proceedings reliability physics 1978」56頁〜58頁(本訴甲8,審判甲18,以下「引用例6」という。)及び昭和53年発行の「JAPANESE JOURNAL of APPLIED PHYSICS,Vol.17 No.6 JUNE 1978」1161頁〜1162頁(本訴甲9,審判甲23,以下「引用例7」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,平成5年改正前(注,平成5年法律第26号による改正前の趣旨と解される。)の同法123条1項1号に該当し,無効とすべきものであるとした。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(相違点の看過) 本件発明は,コリメートしたX線を,試料上の「微小領域」(100μm〜10μm)に照射するのに対して,引用例1(甲3)は,「板状」(line focus)にコリメートしたX線を,試料の幅全部(数mm)にわたり照射するもので,「微小領域」を照射するものではない。審決は,上記相違点を看過した誤りがある。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り) 審決は,相違点1「本件発明は,多数の結晶粒からなる試料の微小領域を測定対象とするのに対して,引用例1記載の発明の測定対象は粉末試料である点」(審決謄本9頁第2段落)につき,引用例5(甲7),引用例6(甲8)及び引用例4(甲6)の各記載を根拠として,「引用例1記載の発明のX線デイフラクトメータが,位置感応型比例計数管を用いて広い角度範囲の多数の回折像を検出して粉末試料の定性分析を行なうもので,『小さな試料の粉末スペクトルを,フィルムまたは従来の粉末デイフラクトメータを使う場合よりも非常に高速に得ることができる』ものであってみれば,引用例1記載の位置感応型比例計数管を用いるX線デイフラクトメータを用い,かつ対象試料の変更に伴う設計変更を適宜行いつつ多結晶試料の微小領域の定性分析を試みることは当業者が通常の研究開発において容易になし得る」(同11頁第1段落)と判断するが,誤りである。
引用例1(甲3)の「X線デイフラクトメーター」は,粉末試料を詰めたキャピラリに板状X線ビーム(line focus beam)を照射するとともに,キャピラリの長手軸を囲むように検出器(位置感応型比例計数管)を配置し,回折に関与する結晶粒の数を実効的に増やすため,試料を長手軸回りに回転する構成により,広い測角範囲にわたって多数の回折X線を検出し,粉末試料の定性分析を行うものである。板状X線ビームを照射するのは,できるだけ多数の結晶粉末を回折に関与させるためであり,キャピラリ中の粉末試料の全体が測定対象となる。このように,引用例1は,「微小領域」を測定対象とするものではない。仮に,引用例1の構成を使用し,X線ビームを「棒状」(point focus)にしても,キャピラリを長手軸回りに回転させると,棒状X線ビームは「微小領域」以外の領域にも当たってしまい,「微小領域」の分析は不可能である。
また,引用例1の「X線デイフラクトメータ」は,あくまで粉末試料を対象とするもので,試料を破壊しないでその「微小領域」のみを測定対象とするものではない。「微小領域」の測定には,試料の位置合せが不可欠であるところ,引用例1の「X線デイフラクトメータ」は,位置合せ機構を備えていないから,引用例1は「微小領域の定性分析」の動機を欠いている。
引用例4(甲6)の位置感応型検出器は,「応力測定」を目的とするものであり,「測定対象は・・・Cr-Kα線によりα鉄(211面)の回折像を記録する。すると回折ピークは2θで156°近辺に生ずるので測角範囲を156°±10°・・・としたい」(217頁右欄第4段落)との記載によれば,試料「α鉄の(211面)」の特定の回折角「156°」だけを検出対象とし,その測定範囲は「156°±10°」に限られる。同検出器が短小(有効長85mm)で直線状であることも,測定範囲が限られることを示しており,また,同検出器では,試料は回転しない。
引用例6(甲8)の「マイクロデイフラクトメーター」(56頁図2)は,引用例5の装置を「応力測定」目的に使用したものである。引用例6の「ゆえに微小領域のひずみ測定を行う必要がある。X線マイクロデイフラクトメーターを用いた10μmスポットからの試験試料のひずみ測定の例を示し,その技術を報告する」(訳文1頁第2段落),「このマイクロデイフラクトメーターは・・・デバイ・シェーラーX線光学機構に基づいている。このことは,ブラッグ条件を満たすために試料を回さなくてもよいということを意味し,それゆえ試料上に照射を受ける固定領域がつくられる」(訳文2頁第1段落)との記載によれば,引用例6の「マイクロデイフラクトメーター」は,「微小領域」を測定するものの,この「微小領域」は固定した領域であり,回転しない。したがって,引用例4及び引用例6は,「応力測定」を目的とするものであって,「応力測定」用装置では,特定の回折X線(回折角が既知)のみを検出対象とし,試料は静置している。
上記のとおり,「定性分析」には,試料に特有な回折X線のすべてを広い角度範囲にわたって検出することが要求され,試料の回転は好ましい操作であるのに対し,「応力測定」には,試料に特有な回折X線のうち特定の回折X線のみを検出することが要求され,試料の回転は本質的に矛盾する操作である。「応力測定」は,面間隔dの変化分を検出して,応力の方向と大きさを測定するものであり,試料を回転すると,様々な方向を向いた格子面の面間隔dを同時に検出することになり,応力が測定できないから,「応力測定」は,試料を特定の方向に静置して,回転させることなく測定を行うことを原則とする。このように,「定性分析」に要求される機能が,「応力測定」に要求される機能を包含する一方,「応力測定」に要求される機能は「定性分析」に要求される機能を包含しない。すなわち,「定性分析」用装置で「応力測定」を行うことは可能であるが,逆に,「応力測定」用装置で「定性分析」を行うことは不可能である。機能の観点から見て,多くの回折X線を検出し試料回転が好ましい「定性分析」用装置である引用例1に,特定の回折線のみ検出し試料回転を必要としない「応力測定」用装置である引用例4又は引用例6を組み合わせることには,合理性がない。
引用例5(甲7)の「粉末法X線ディフラクトメータは試料の同定分析・・・に使われている。しかし・・・試料の局部(例:介在物,析出物など)・・・を議論するには不得意な装置である」(30頁第1段落),「従来このような微小部分の研究には微小焦点X線発生装置を用い,微小部の研究にふさわしいX線カメラが用いられてきた。しかしこれらのX線カメラには・・・欠点があった」(同第2段落)との記載によれば,本件特許出願前,「微小領域の定性分析」との課題が公知であったことが認められる。引用例5の「X線ディフラクトメータ」(30頁第1図)は,広い角度範囲にわたり検出するものの,リング状スリットを有する検出器(比例計数管)をX線軸に沿って一定速度で機械的に移動させる構成であり,X線軸回りの回転効果は得られても,X線軸に直交する軸回りの回転効果は得られない等の欠陥がある。したがって,引用例5は,課題「微小領域の定性分析」は開示するものの,その課題解決手段は本件発明とは異なるばかりでなく不完全なものである。
審決は,「引用例1記載の発明の測定対象は粉末であり微量試料である。しかしながら,微小領域を測定対象として測定することは出願前に広く行なわれていた」(審決謄本11頁第4段落)と認定する。しかし,本件発明は,微少又は微量の「多数の結晶粒から成る試料」の「微小領域」を分析するものであり,引用例1の試料は,「粉末であり微量試料」であるが「微小」ではない。引用例1のキャピラリ中の粉末試料を「多数の結晶粒から成る試料」に代えたところで「微小領域」の分析はできない。上記のとおり,引用例5によれば,本件特許出願前,課題「微小領域の定性分析」は公知であったとしても,分析自体は困難であり,存在する装置も不完全であったことが認められるから,審決は,本件特許出願時の技術水準を誤認している。
そうすると,引用例1が「微小領域」を測定する動機を欠き,「微小領域の定性分析」が出願前に広く行われていたとは認められず,しかも,引用例4〜6の測定目的(応力測定)及び構成(静置試料,検出器)が引用例1の目的(定性分析)及び本件発明の構成(2軸回転試料,位置感応型検出器)と異なる以上,引用例1の装置に引用例4〜6に開示された技術又は周知技術を適用し,「微小領域の定性分析」のために引用例1を本件発明のように設計変更することは当業者にとって容易ではない。
3 取消事由3(相違点4についての判断の誤り) 審決は,相違点4「本件発明の試料駆動機構は,試料を保持する回転軸(φ)を連続的に回転させるとともに『試料を前記回転軸(φ)とは垂直なχ軸の回りに連続的に回転させる』もの,すなわち2軸回転させるものであるのに対して,引用例1記載の発明の試料駆動機構は1軸回転させるものである点」(審決謄本9頁第5段落)につき,「引用例1記載の装置においても試料駆動機構を2軸回転のための機構とすることは当業者であれば適宜なし得ることと認められる。・・・引用例1記載の装置において,多結晶試料の微小領域を測定しようとする際に,試料の2軸回転を行なわせようとすることは当業者にとって容易に採用することができる」(同13頁第3段落)と判断するが,誤りである。
引用例1(甲3)の,長手軸を有するキャピラリ,板状のX線ビーム及び長手軸を中心にこれを囲むように配置した円弧状検出器から成る構成は,すべて長手軸周りの回転を想定したもので,それ以外の回転は想定されておらず,「2軸回転」に対し阻害要因がある。
引用例2(甲4)は,単結晶試料を2軸回転しながらX線を照射し,単結晶から粉末パターンと等価なパターンを直接得て,単結晶試料を同定する装置であり,X線は,2軸回転中,試料全体に照射される。微小領域の測定には,試料の特定部分のみを照射し,他の部分を照射しない回転方法を採用する必要があり,そのためには,微小領域を試料の回転中心と一致させ,2軸とも所定範囲で往復回転させることが必要であるところ,引用例2にはこの点につき記載がなく,結局,引用例2には,微小領域の測定という技術的思想がない。審決は,「引用例2は,単一の単結晶であっても,2軸回転を行なえば結晶格子面の方向分布は充分ランダマイズでき,粉末試料と同様のデータを得て試料の同定を可能とすることを開示しており,結晶格子面の方向分布をランダマイズするための2軸回転という技術的意義は,対象が単結晶であっても微小領域であっても変るところはない」(審決謄本13頁第4段落)とする。しかし,引用例2は,2軸回転の意義(回折線の増加)が公知であることを,単結晶試料について示すだけであり,「微小領域」について示すものではない。試料の回転と微小領域の照射は相反する要求であるから,「微小領域の2軸回転」に至ることは困難である。
引用例3(甲5)は「応力測定」を目的とする装置であり,「定性分析」に適用することができない。引用例3には「塑性変形があまり大きくない材料から試料・フィルムの静止状態で得られる細束X線回折像は通常連続環となっていない。
しかし,結晶振動法を導入し試料を写真撮影中にX線軸およびそれに垂直な軸(図21参照)のまわりに小さい角度範囲で振動させることにより,X線束の照射位置を変化させることなく回折にあずかる結晶粒の数を倍加させ得る。そのため振動条件を適当に定めると,焼なまし材あるいは塑性変形があまり大きくない材料のときにもデバイ環全周に渡って連続した回折像が得られる。・・・X線軸のまわりの回転角度範囲は±10度で試料軸回りの回転角度は±2.5度であった・・・上述の実験ではX線軸回りの回転はフィルムカセットを振動することにより得ている。この様な方法で細束X線回折像として連続環が得られると通常のX線応力測定と同様の手順により100〜200μφ程度の領域の応力測定が可能となる」(813頁右欄最終段落〜814頁左欄第1段落)との記載があり,同記載は,試料を,X線軸及びX線軸に垂直な軸の回りに振動させることを開示している。この構成は,回折に関与する結晶粒の数を倍加し,デバイ環全周にわたって連続する細束X線回折像を得るためであり,上記「応力測定」の原理に反するようにも見えるが,上記「X線軸回りの回転はフィルムカセットを振動することにより得ている」の記載のように,X線軸周りには,試料自身は回転せずフィルムカセットを回転するだけで,連続する回折像を得ているものである。X線軸に垂直な軸の周りの振動も,極めて小さい範囲(±2.5度)に限定されているが,これは,大きく振動したのでは特定の格子面以外の格子面も測定してしまい,「応力測定」の目的を達成できないからである。したがって,引用例3の装置は,実質的に1軸回転であり,2軸回転ではなく,引用例3の「振動」の意義は「定性分析」を目的とした試料回転とは全く異なるものであり,本件発明の「2軸回転」を開示するものではない。審決は,引用例3につき,「結晶粒の結晶格子面の方向分布を充分ランダマイズするための試料の2軸回転を開示するものであることは明らかである」(審決謄本14頁第4段落)と認定するが,上記のとおり,「応力測定」におけるランダマイズは,かえって回避すべきことであり,誤りである。
以上によれば,「引用例2,3に記載されているように,X線照射領域内に少数の(あるいは一つの)結晶粒しかない場合でも,漏れのない粉末X線回折パターンを得ようとして,X線照射微小領域内の結晶粒の結晶格子面の方向分布を充分ランダマイズするために試料の2軸回転を行なうことが知られており,粉末試料に対して回折にあずかる結晶粒を増加させるために必要に応じて試料を回転させることは周知」(審決謄本13頁第3段落)とはいえない。引用例1は「2軸回転」を妨げる構成であり,引用例2,3に「X線照射微小領域内の結晶粒の結晶格子面の方向分布を充分ランダマイズするために試料の2軸回転を行うこと」が開示されていない以上,引用例1記載の装置に引用例2,3に開示された技術又は周知技術を適用し,「2軸回転」(本件発明)のように設計変更することは,当業者にとって容易ということはできない。
4 取消事由4(相違点2についての判断の誤り) 審決は,相違点2「本件発明の位置感応型X線検出器が半円状を成して配置されているのに対して,引用例1記載の発明は,3個の別個の独立した円弧状の検出器を配置している点」(審決謄本9頁第3段落)につき,「引用例1には,位置感応型X線検出器について・・・円弧状にカーブしている・・・理想的には・・・180°をカバーする・・・と記載され,引用例7には・・・円弧状の位置感応型X線検出器が記載されている。したがって,引用例1記載の装置の位置感応型X線検出器として半円状の検出器を当業者が採用することに困難性は認められない」(同11頁最終段落〜12頁第1段落)と判断するが,誤りである。本件発明は,微小領域の2軸回転と半円状位置感応型X線検出器との組合せにより,微小領域の定性分析を行うことに特徴がある。引用例1の検出器は分割されており測定範囲が狭く,2軸回転に適さない検出器である。したがって,引用例1の「位置感応型X線検出器」を引用例7の「半円状の検出器」に置き換えることは容易とはいえない。
5 取消事由5(相違点3についての判断の誤り) 審決は,相違点3「本件発明は,『試料上のX線照射位置を観察するための光学顕微鏡』を備え,『前記光学顕微鏡を用いて試料の所望の微小領域を測定位置に位置付けるため前記試料の位置を微調整するための調整機構』を備えるのに対して,引用例1記載の発明は,光学顕微鏡及び試料位置調整機構を備えていない点」(審決謄本9頁第4段落)につき,「引用例5及び引用例6に記載されているように・・・光学顕微鏡を用いて位置合わせを行うことは知られているから,引用例1記載の装置において,微小領域を測定する際に,『・・・光学顕微鏡』を備え,『・・・試料の位置を微調整するための調整機構』を備えるようにすることは,当業者が容易になし得る」(同12頁第3段落)と判断するが,誤りである。引用例1から,微小領域の2軸回転に想到しない限り,引用例1に試料の位置合せ機構を導入することは困難であるところ,微小領域の2軸回転に想到することが困難であることは上記のとおりである。
6 取消事由6(顕著な作用効果についての判断の誤り) 本件発明は,微小領域の2軸回転と半円状位置感応型X線検出器との組合せにより,多数の結晶から成る試料の微小領域からの回折X線の測定を,X線の検出漏れを生ずることなく比較的短時間に行うことができ,微小領域の定性分析が可能であるとの顕著な作用効果を奏するものである。審決は,上記顕著な作用効果は,各引用例から予測できると判断するが,「微小領域の定性分析」は,本件特許出願時において,引用例5(甲7)を除き存在しなかったのであり,本件発明の微小領域の2軸回転と半円状位置感応型検出器との組合せにより「微小領域の定性分析」を可能にした点を無視するものであって,誤りである。
被告の反論
1 取消事由1(相違点の看過)について 審決は,本件発明と引用例1(甲3)記載の発明の一致点として,「該X線源からのX線をコリメートして前記試料上の領域に照射するための手段・・・から構成したことを特徴とするX線デイフラクトメーター」(審決謄本8頁最終段落〜9頁第1段落)と認定し,「微小領域」を一致点とは認定してはいない。他方,「相違点1」において,「本件発明は,多数の結晶粒からなる試料の微小領域を測定対象とするのに対して,引用例1記載の発明の測定対象は粉末試料である点」(同9頁第2段落)とし,「微小領域」を相違点として認定している。すなわち,原告主張の相違点については,照射領域が微小か否かの相違として,審決の認定した相違点1に含まれているから,審決に,原告主張の相違点の看過はない。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について 引用例1(甲3)は,容器形状(細長いキャピラリー)に即してX線ビームを「板状」としたものであり,測定対象を「微小領域」とする場合,その照射領域の形状に即してX線ビームを「スポット状」とすればよいことは明らかである。そして,X線ビームの形状変更は,照射領域に応じてコリメータ(絞り)を交換するだけで済むことは当業者に慣用である。
被告発行の「X線回折の手引」(甲10)によれば,試料は,多結晶試料と単結晶試料に大別され,粉末試料は「多数の結晶粒から成る試料」に該当する。引用例5(甲7)は,粉末試料(α-Al2O 3粉末)及び固形試料(Al箔と岩石薄片)を対象にする。原告発行の「DX-MAP2微小領域X線回折装置」のカタログ(乙2)の3頁には,微量粉末用,小量粉末用,平板用など各種の試料ホルダが示されている。このように,「X線ディフラクトメータ」は,測定目的に応じて多種多様な試料を対象とするから,引用例1が粉末試料を対象とするとしても,他の試料と組み合わせることに何の困難性もない。
「定性分析」は,結晶の格子面間隔dが物質に特有であることにかんがみ,測定した試料のdと既知の物質のdとを比較することにより試料の物質を同定するものであり,「応力測定」は,応力によって試料内に生じた格子の歪みによりdが変化することにかんがみ,同様に測定した試料のdと正常値dとのずれにより応力を測定するものであって,「定性分析」も「応力測定」も,ブラッグの回折条件式に基づいて試料の格子面間隔dを測定する点においてその測定原理は同一である。
引用例5(甲7)の「粉末法X線ディフラクトメータは試料の同定分析,定量分析,状態の研究など広い応用分野に使われている」(30頁第1段落)との記載によれば,「X線ディフラクトメータ」は,定性分析(同定分析),定量分析,状態の研究(例えば応力測定)など,広い分野に応用されていることが認められる。引用例6(甲8)には,「マイクロディフラクトメーターを用いた10μmスポット内のひずみの決定」(訳文1頁第1段落),「X線マイクロディフラクトメーターを用いた10μmスポットからの試験試料のひずみ測定の例を示し,その技術を報告する」(同第2段落)との記載がある。そして,引用例5の著者は被告研究部に所属し(30頁脚注),そこに記載された「X線ディフラクトメータ」(第1図)は被告製の装置であること,引用例6には「この論文は,リガクのマイクロディフラクトメーターを,直径10μmほどの小さい領域における方向ひずみ(したがって応力)と相の測定に適用することを記述するものである」(訳文1頁第4段落),「使用したX線回折装置は,12kW回転陽極リガクX線装置の,リガクのマイクロディフラクトメーターである(図1)」(同第5段落)との記載があること,引用例6の第2図が引用例5の第1図とは酷似していることを考慮すると,引用例6の第2図の「マイクロディフラクトメーター」は引用例5の第1図の「X線ディフラクトメータ」と同一のものであり,引用例6の「X線マイクロディフラクトメータ」は,引用例5の定性分析用装置を「応力測定」に応用したものであることが,明らかである。したがって,「X線ディフラクトメータ」において,「定性分析」と「応力測定」は,互いに応用が可能であり,「応力測定」に関する技術を「定性分析」を行う「X線ディフラクトメータ」に適用することに困難性はない。
本件発明の「微小領域」とは,「直径100μm程度のスポットで照射される」領域のことである(甲2-2の12頁右欄第1段落)。一方,引用例3(甲5)には,「100〜200μφ程度の領域の応力測定が可能となる」(814頁左欄第1段落)と記載され,しかも,細束X線の照射と試料の2軸回転により「X線束の照射位置を変化させることなく回折にあずかる結晶粒の数を倍加させ得る」(813頁右欄第2段落)と記載されており,正に「微小領域の測定」がされている。引用例3は,「応力測定」を目的とするものではあるが,上記のとおり「応力測定」と「定性分析」は,互いに応用が可能であるから,「微小領域の定性分析」が開示されているということができ,引用例3,5によれば,「微小領域の定性分析」は本件特許出願時「広く行われていた」とする審決の認定に誤りはない。
3 取消事由3(相違点4についての判断の誤り)について 引用例1〜3(甲3〜5)は,いずれもX線回折装置の技術分野に属するものであり,これらの引用例に開示された技術要素を互いに組み合わせることは当業者にとって困難とはいえず,また,引用例2,3は,いずれも試料の2軸回転と,その役割(回折に寄与する結晶粒の数を増やすこと)を明確に開示しており,そのような機能を果たす目的をもって,試料の2軸回転をいろいろなX線回折装置に適用することは,当業者の通常の設計業務の範囲内のことである。
引用例2(甲4)の試料駆動機構(365頁図1)では,試料を保持するロッド8が回転し,その回転軸(本件発明のφ軸)はX線ビームに対して垂直である。ロッド8を保持するベアリング・ハウジング6が駆動ディスク4の回りを回転し,その回転軸(本件発明のχ軸)はX線ビームと同軸である。このような関係は,本件発明(本件明細書〔甲2-1〕第5図及び第6図によれば,X線ビームは第5図紙面に紙面手前から垂直に試料7に当たり,φ軸34はX線ビームに垂直である。φ軸34に垂直なχ軸の回転中心線はX線ビームと同軸である。)と同じである。定性分析が多数の回折X線を検出する一方,応力測定が一つの回折X線を検出することは,原告主張のとおりである。しかし,異なる物質の応力測定や,同一物質の異なる回折X線を用いた応力測定では,回折角度は異なるので,応力測定でも,回折角度を変え汎用的に測定できることが必要である。引用例3(甲5)の各種デバイ環の図示(813頁図20)によれば,幅のある環が対象となる。さらに,引用例4(甲6)の「測定対象は・・・測角範囲を156°±10°すなわち20°としたい」(3頁右欄第4段落)との記載によれば,単一デバイ環の測定で20°程度の測角範囲が要求される。応力測定でも,「微小領域」では回折に寄与する結晶粒数は少なくなり,回折像は連続環とはならない。このために,引用例3は,「2軸回転」により回折に寄与する結晶粒数を倍加するとしているのであり,これは,2軸回転により漏れのない回折X線の検出をする本件発明と同じである。
したがって,応力測定は多数の回折X線を検出する必要はない(2軸回転を必要としない)とか,広い角度範囲をカバーする検出器が不要であるとはいえない。
4 取消事由4(相違点2についての判断の誤り)について 引用例1(甲3)の「理想的には,このワイヤー式検出器は2θで180°をカバーするはずである」(訳文2頁第4段落)との記載は,検出器は180°をカバーすべきことを示唆するが,製造上の理由から70°のものを3個組み合わせているにすぎない。そして,引用例7(甲9)に至り,製造上の理由が克服され160°をカバーする位置感応型X線検出器が完成したのであるから,この引用例7の検出器を引用例1の検出器として採用することは,当業者にとって容易である。
5 取消事由5(相違点3についての判断の誤り)について 理学電機図書出版社発行のアンドレ・ギニエ著「X線結晶学の理論と実際」(乙1)には,DS法の「試料の位置合せ」について,「試料が正確に回転軸上におかれ,この回転軸がカメラの軸と一致することが必要なのは勿論である。試料の支持は,試料の位置を正確に調整できるようなものでなければならない」(139頁最終段落),「最初に試料を回転軸に合せる操作をする。・・・試料の数cm前方にある小さな照準器を用いる・・・十字線の1本を棒状試料の軸にあわせる。試料を180°回転すると,棒状試料は一般に十字線からはずれてくる。これを,顕微鏡と試料とを動かして再び棒状試料の軸に合わせる。2つの方向で軸と十字線とが確実に一致するまでこの操作をくり返えす」(141頁第5段落,最終段落)との記載があり,同記載によれば,X線回折装置において,試料の位置合せ手段を備えることは,当然のことであることが認められる。また,引用例1(甲3)を微小領域測定用に変更すること及び引用例1に試料の2軸回転を組み合わせることが容易にし得ることである以上,微小領域測定に必要な「試料の位置合せ手段」を設けることも当業者にとって当然の事項である。
6 取消事由6(顕著な作用効果についての判断の誤り)について 各相違点に係る構成とその効果は,各引用例のいずれかに開示されており,また,引用例1(甲3)と各相違点とを組み合わせた本件発明が,当業者が予測できないような優れた効果を奏するわけでもない。各引用例を参照すれば,本件発明の効果は当業者が容易に予測できる程度のものである。引用例4(甲6)には,「位置検出型比例計数管は・・・実用化されている。これをX線応力測定に応用したのは・・・微小領域の残留応力測定が可能と考えられ,今後の重要な測定技術となり得ることが考えられる」(216頁左欄第1,第2段落)との記載,位置検出型比例計数管についての説明(217頁)があり,位置感応型X線検出器を使用して微小領域の測定をすることは,本件特許出願時において公知である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の看過)について 審決は,本件発明と引用例1(甲3)記載の発明の一致点として,「該X線源からのX線をコリメートして前記試料上の領域に照射するための手段・・・から構成したことを特徴とするX線デイフラクトメーター」(審決謄本8頁最終段落〜9頁第1段落)と認定しているところ,上記「試料上の領域」は,「試料上の微小領域」と「試料全体」の双方を含むから,照射領域につき,審決の一致点の認定に誤りはない。加えて,審決は,本件発明と引用例1記載の発明の相違点1として,「本件発明は,多数の結晶粒からなる試料の微小領域を測定対象とするのに対して,引用例1記載の発明の測定対象は粉末試料である点」(同9頁第2段落),すなわち,照射領域につき「試料の微小領域」を相違点1として認定している。したがって,原告の主張する相違点は,審決の認定した相違点1に含まれており,審決に,原告主張の相違点の看過はない。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について 引用例1(甲3)は,その記載から,Debye-Sherrer法(以下「DS法」という。)の配置を採用し,位置感応型検出器を備えた定性分析を目的とするX線デイフラクトメータであり,長軸回りに回転するキャピラリ中の粉末試料を測定対象とし,板状のX線を照射するものであることが認められる。
引用例5(甲7)には,「X線ディフラクトメータには・・・粉末法X線ディフラクトメータ・・・単結晶解析用X線ディフラクトメータなどがある。粉末法X線ディフラクトメータは試料の同定分析・・・に使われている。・・・この装置は試料の全体から情報を得,試料全体がどういう物質から成っているか,どういう状態にあるのかを研究するために用いられており,試料の局部(例:介在物,析出物など)がどのような物質構成で,どのような状態になっているかを議論するには不得意な装置である」(30頁第1段落),「従来このような微小部分の研究には微小焦点X線発生装置を用い,微小部の研究にふさわしいX線カメラが用いられてきた。しかしこれらのX線カメラには次のような欠点があった。(1)微小部にX線を照射することから,回折に寄与する結晶粒子の数が少なくなり,しばしば回折像がデバイリングにならず放射状の回折斑点として現われる・・・(2)・・・同定が困難になってくる。(3)・・・十分な回折線の数が得難い」(同第2段落)との記載があり,同記載によれば,@粉末法X線デイフラクトメータは,試料全体の定性分析には適するが,局部の定性分析は不得手であること,A微小部分の研究は,微小焦点X線発生装置と微小部研究にふさわしいX線カメラを用いることにより,従来から行われていたこと,Bしかし,従来の微小部分の研究では,回折に寄与する結晶粒子の数が少なく,完全なデバイ環と十分な数の回折線が得られず,微小部分の定性分析は困難であったことが認められる。
理学電機図書出版社発行のアンドレ・ギニエ著「X線結晶学の理論と実際」(乙1)には,「試料が1/100〜1/1000mm程度の非常に多数の小結晶からできている・・・これらの小結晶はでたらめの方位を持っているものとする。・・・試料は,その体積がかなり小さくてもある任意の方位を持つ結晶がかなりの数存在するとする」(131頁第2段落),「D.S.カメラのくわしい構造・・・試料 2つの条件が実現されねばならない:すなわち結晶はできるだけこまかく,試料は直径が10分の数mmの棒状でなければならない。・・・a)固体が微細結晶からなり,また加工できるとき(金属の場合)は・・・正確な形をした直径10分の数mmの針状試料が得られる。・・・b)粉末の場合には,パイレックスガラスの非常に細い棒(1/10mm)をつくる。・・・この棒に糊をぬり粉末の中に入れると,細い棒状試料ができる。・・・c)非常によく用いられるもうひとつの方法は,内径約0.3mmの管に粉末をみたすものである。・・・角度の小さい回折線だけを研究し,試料を回転する必要のないときは,棒状試料のかわりに板状試料を用いることができる」(139頁第1段落〜141頁第4段落),「X線管とD.S.カメラとの関係・・・1)小さな焦点を用いることは・・・もし普通のカメラを用いる場合には,結果はむしろ,大きな焦点のX線管による場合よりも悪くなる。・・・Debye-Scherrer法で用いる焦点は,0.1か0.2mmより小さいと利益がない・・・3)焦点の最適の大きさは,そのみかけの幅が試料と同程度のものである。微細焦点の応用分野の1つは,極めて小さい試料の研究である(例えば不均質な固体の1点1点についての観察)。・・・小さいカメラを用いることは図形の強度の点で有利で,精度の点でも可能である・・・4)われわれの扱った例では,結局試料の大きさは25μに定められた。・・・5)普通のDebye-Scherrer法のように,試料が棒状で,完全な図形を記録したいような場合に,0.1mm以下の直径の棒状試料を用いるのは例外的であることは明らかである。粉末の場合は,一般に棒状試料は常にせいぜい0.2mmから0.3mmである」(142頁第3段落〜145頁第2段落),「D.S.法には不便な点がいくつかある。この方法では細い棒状の試料が必要であるが,こうすることの不可能な物質もある(非常に堅い金属)」(148頁第1段落)との記載があり,同記載によれば,@DS法では,一般に0.2〜0.3mm(200〜300μm)の棒状の試料が用いられ,粉末の場合には,内径約0.3mmの管に粉末を満たす方法がよく用いられること,A微細焦点のX線管は,極めて小さい試料の研究(不均質な固体の1点1点の観察)に応用でき,小さいカメラの使用が強度及び精度の点で有利であること,B普通のDS法(棒状試料の完全な図形を記録する場合)では,0.1mm以下(100μm以下)の直径の棒状試料を用いることは例外的であることが認められる。
引用例3(甲5)には,「結晶質材料中に存在する微視的組織の観察手段としての細束X線回折法は次の3つの大きな利点を有している。・・・(3)X線照射域の大きさが数10〜100μ程度であり材料が不均一に変形している場合などその一部分の領域の変形を選択して観察することが可能である」(807頁左欄第1段落),「本講においては特に細束X線回折背面反射デバイ法の回折像の解釈および回折法の工学的応用という点に力点をおいてその実験法および応用例について述べる」(同第2段落),「2 実験法 細束X線回折写真撮影のためには基本的にはX線発生装置とX線カメラが必要である。前者は通常のディフラクトメータやラウェ写真あるいは粉末写真を撮影するときの発生装置でよく,後者も普通の粉末カメラがあればよい。ただしカメラに付けるピンホールは入射X線を細束にするための細い径のものでなければならない」(同第3段落)との記載があり,同記載によれば,@X線の照射域の大きさを数10〜100μm程度とし,材料の一部分を選択して観察する方法(細束X線回折法)が存在すること,A細束X線回折法は,装置的には,通常のX線発生装置と普通の粉末カメラを使用し,ピンホールを細い径にするだけで実現することができることが認められる。
以上によれば,本件特許出願当時,@X線回折分析の分野において,微小領域の定性分析を行うという目的は従来から認識されていたこと,Aその際,微小領域を照射するにはピンホールを細くするだけでよく,装置上格別の変更は要しないこと,B微小領域は,回折に寄与する結晶粒が寡少で十分な回折線が得られず,実用上定性分析は困難であったこと,すなわち,実用上困難であったとしても,微小領域にX線を照射して定性分析を行うこと,その際の技術的課題はよく知られていたことが認められる。そうすると,引用例1記載の位置感応型比例計数管を用いるX線デイフラクトメータを使用して,微小領域にX線を照射し微小領域の定性分析を試みることは,当業者が容易にし得ることというべきである。
原告は,引用例1の「板状X線ビーム」と「1軸回転」の構成では,試料が回転した際にX線が「微小領域」以外の領域にも当たるので「微小領域」の分析に応用することはできないと主張する。しかし,引用例1は,細長い容器(キャピラリ)と板状X線ビームという一つの組合せを例示したものと認められる。そして,上記のとおり,微小領域にX線を照射し定性分析を試みることは,本件特許出願時当業者によく知られていたことであり,微小領域を照射する場合には照射領域の形状に即して細いビームにするだけでよいことも上記のとおりである。また,上記「X線結晶学の理論と実際」(乙1)の「試料が正確に回転軸上におかれ,この回転軸がカメラの軸と一致することが必要なのは勿論である」(139頁第3段落)との記載によれば,回転軸上の微小領域を照射する限り,この微小領域以外の領域を照射することは回避できることも明らかである。そうすると,「板状X線ビーム」と「1軸回転」の構成も「微小領域」を照射することを妨げる構成とはいえず,原告の上記主張は,失当である。
また,原告は,引用例1は位置合せ機構を備えていないから,「微小領域の定性分析」の動機を欠いていると主張する。しかしながら,引用例1に「位置合せ機構」を備えない旨の記載はなく,上記「X線結晶学の理論と実際」の「試料の支持は,試料の位置を正確に調整できるようなものでなければならない」(139頁最終段落),「最初に試料を回転軸にあわせる操作をする。・・・試料の・・・前方にある小さな照準器を用いる・・・十字線の1本を棒状試料の軸にあわせる。試料を180°回転すると,棒状試料は一般に十字線からはずれてくる。これを,顕微鏡と試料とを動かして再び棒状試料の軸に合わせる。2つの方向で軸と十字線とが確実に一致するまでこの操作をくり返えす」(141頁第5段落〜最終段落)との記載によれば,試料の位置を調整することは,当然のことと認められ,原告の上記主張は,前提において失当である。
さらに,原告は,すべての回折X線を検出し試料回転が好ましい「定性分析」用装置である引用例1に,特定の回折線のみ検出するために試料回転を必要としない「応力測定」用装置である引用例4,6を組み合わせることは合理的でないとも主張する。しかし,微小領域にX線を照射して定性分析を行うこと及びその際の技術的課題はよく知られていたことが明らかであることは前示のとおりであり,原告の上記主張も失当というほかない。
原告は,引用例5は,課題「微小領域の定性分析」は開示するが,その解決手段は本件発明とは異なるばかりでなく不完全であると主張する。しかし,課題「微小領域の測定」が公知であったことから,引用例1において微小領域を照射することが容易であることは,前示のとおりであるところ,解決手段が本件発明と異なること及び不完全であることは,上記課題を引用例1に適用することの妨げになるものではない。
原告は,微小領域の定性分析が本件出願前「広く行われていた」とはいえないと主張するが,微小領域の定性分析を行うこと及びその際の技術的課題はよく知られていたことは,前示のとおりである。
したがって,原告の取消事由2の主張は採用することができない。
3 取消事由3(相違点4についての判断の誤り)について 引用例1(甲3)には,「この粉末法は,ランダムな方向を向いた小さな結晶粒を必要とし,そのために,この方法は,比較的弱くてしばしば密集している反射群によって特徴づけられる。現在入手できる・・・ディフラクトメータは・・・コリメートされた移動計数管検出器を用いているが,弱い強度を補う何の手段もない。要望されているものは,広い角度範囲をカバーする検出器であって・・・高い効率を備え・・・角度分解能を備えることである。・・・我々は位置感応型の単線比例検出器を開発したが,これは,上述の検出器仕様に適合するものである」(訳文1頁第3段落〜2頁第2段落)との記載があり,同記載から,粉末法はランダムな方向を向いた小さな結晶粒を必要とすること,弱くてしばしば密集している反射群があることが当業者に認識されていたことは明らかである。
また,上記「X線結晶学の理論と実際」(乙1)には,「試料の体積・・・は,十分な数の結晶を含んでいて,すべての方向が現われ,ある面による散乱X線が対応する円錐の表面に連続的に分布していなければならない。そうでないと,回折図形上の線は一様にならずに個々の結晶粒による回折斑点が・・・あらわれる。
この・・・場合は・・・線の強度の正確な測定が難しくなる。この不便を防ぐため,棒状試料を・・・その軸のまわりに回転させる。こうすると,回転のとき結晶の大部分がつぎつぎに適当な方位をとり・・・一定格子面とBragg角をなす・・・D.S.環上にあらわれる斑点の数は,試料が動かないときよりもずっと多いから,線は一様に黒くなる。ある人達はX線の当る部分を大きくするために,さらに回転軸にそって振動させることを提案している」(139頁第2段落)との記載があり,同記載によれば,DS法における棒状試料の1軸回転は,照射領域内に存在する結晶粒をいろいろな方向に向けさせ,ある格子面について連続する回折環を得ると同時に,連続する回折環を各格子面について得るためであることが認められる。
そして,上記引用例1から明らかな認識及び上記乙1の記載を考慮すると,DS法において棒状試料の一つであるキャピラリを使用する引用例1の「1軸回転」は,各結晶粒をいろいろな方向に向けさせて回折に関与する格子面を多くし,連続する回折環を各格子面について得るためであることが認められる。
他方,引用例2(甲4)には,「単結晶を粉末にすることなく単結晶の同定をすることが時々要求される」(訳文第2段落),「同定の目的には単結晶から直接粉末データが得られれば便利である。このことは,X線ビーム中に配置した結晶に,非常に多数の方向性を与える事によって達成される」(同第3段落),「試料ホルダーはコリメータの軸の回りに回転する。同時に・・・コリメータ軸に垂直な軸の回りに試料を回転させる」(同第4段落)との記載があり,同記載によれば,引用例2は,2軸回転により単結晶に多数の方向性を与えて,単結晶中の異なる多数の格子面からそれぞれ回折線,すなわち粉末試料からの回折線と等価な回折線を得ることにより,単結晶の定性分析を行うものである。したがって,「2軸回転」の意義は,回折に関与する格子面の数を多くすることにあることは明らかである。
本件明細書(甲2-2)には,2軸回転の意義につき,「その結果,試料のX線照射領域中に比較的少数の結晶粒しか存在しないにもかかわらず,前記測定期間中(注,比較的短時間の測定期間中)を通してみれば,X線照射領域中にランダムな方向分布を有する多数の結晶粒が存在するのと同等となり,…検出漏れが無い連続した回折スペクトル信号となる」(13頁左欄最終段落〜同右欄第1段落),「特に,微小領域内の結晶粒の結晶格子面の方向分布に偏りがある場合であっても,前記φ軸とχ軸の回りの回転によりこの偏りがあることによる検出漏れの発生を大きく改善できるため,充分測定が可能となる」(13頁右欄第1段落)と記載されている。同記載によれば,本件発明の2軸回転の意義は,比較的短時間の測定期間に着目すると,微小領域内の結晶粒の個数の増加ではなく,各結晶粒につき格子面を増加させることにより,検出漏れを改善するものであることが認められる。
そうすると,微小領域の定性分析を行うこと及び微小領域は回折に寄与する結晶粒が寡少で十分な回折線が得られないとの問題点が当業者の間によく知られているとの技術水準の下において,引用例1を使用して,微小領域の定性分析を試みるに当たり,その1軸回転を2軸回転とすることは,当業者が容易に採用し得ることと認められる。したがって,これと同旨の審決の判断に誤りはない。
原告は,@引用例1の構成(キャピラリ,板状X線ビーム及び円弧状検出器)には,2軸回転につき阻害要因がある,A引用例2は単結晶であるから粉末試料を対象とする引用例1には適用できない,B引用例2には,他の部分を照射しないための技術的事項,すなわち,(@)微小領域を試料の回転中心と一致させること,(A)2軸とも所定範囲で往復回転することにつき記載がない,C2軸回転により回折線を多くすることは単結晶についてはいえても,微小領域についてはいえない,D試料の回転と微小領域への照射は相反する要求であるから,微小領域の2軸回転に至ることは困難である,E引用例3は,応力測定を目的とする上に,実質上1軸回転であるから,定性分析を目的とする引用例1に適用できない,F引用例2,3には,「微小領域内の結晶粒の格子面の分布方向をランダマイズすること」が開示されていない,G「微小領域」と「2軸回転」とは不可分の構成であると主張する。しかしながら,これらの点について順次検討するに,@引用例1は,細長い容器(キャピラリ)と板状X線ビームという組合せにおいて1軸回転を採用したものであり,一方,微小領域にX線を照射し定性分析を試みることは,本件特許出願時当業者によく知られていたことは上記のとおりであり,微小領域を照射する場合には照射領域の形状に即して細いビームにするだけでよいことも上記のとおりであるから,細長い容器ではなく照射形状も「板状」でないときにまで「1軸回転」をする必然性はなく,2軸回転が困難であるとする物理的理由もない。A引用例1と引用例2は,試料の形態において相違するが,いずれも一つの結晶粒(引用例1では結晶粒,引用例2では単結晶)に着目すると,いろいろな方向に向けさせることにより回折に関与する格子面を多くするという技術的思想において共通するものであるから,試料の形態が相違したとしても,適用が困難であるとはいえない。B原告主張の点はいずれも本件発明の構成要件ではない上,上記乙1の「試料が正確に回転軸上におかれ,この回転軸がカメラの軸と一致することが必要なのは勿論である」(139頁最終段落)との記載のとおり,(@)は装置構成上当然の事項であって,回転角の範囲によっては測定領域以外を照射する場合もあることは当然予想されることであり,(A)も装置使用上の当然の設定事項にすぎないから,これらの点について記載がないからといって,引用例2の適用が困難であるとはいえない。C引用例1の「1軸回転」は,各結晶粒をいろいろな方向に向けさせて回折に関与する格子面を多くし,連続する回折環を各格子面について得るためであることは上記のとおりであるから,「比較的少数の結晶粒しか存在しない」(甲2-2の13頁左欄最終段落)ところの「微小領域」においても,回転により回折X線を多くできること,2軸回転により一層の効果(回折X線を多くする)が得られることは引用例2から明らかである。D照射径(細束)と試料状態(静止又は振動)とは独立して設定できる事項であり,照射領域が小さくなるほど回転が困難となるという実施上の意味では「相反する要求」とはいえるが,2軸回転するという技術的思想に至ることが困難であるとするほどの根拠とはいえない。E2軸回転により一つの結晶粒(引用例1では結晶粒,引用例2では単結晶)をいろいろな方向に向けさせることにより回折に関与する格子面を多くすることは,引用例2に記載のとおり公知であって,この技術事項を引用例1に適用することが容易であることは上記のとおりである。F上記「X線結晶学の理論と実際」(乙1)の記載及び引用例1の「この粉末法は,ランダムな方向を向いた小さな結晶粒を必要とし」(訳文1頁第3段落)との記載によれば,引用例1の1軸回転は,「微小領域内の結晶粒の格子面の方向分布の偏り」をランダマイズすることにほかならない。G照射径(細束)と試料状態(静止又は振動)とは独立して設定できる事項であり,「微小領域の2軸回転」が,引用例5,乙1及び引用例3に開示された技術水準において,引用例2の構成から容易に採用し得ることも上記のとおりであり,「微小領域の2軸回転」の組合せ効果についても,引用例3から容易に予測できることである。したがって,原告の上記各主張は,いずれも採用することができない。
以上のとおり,原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 取消事由4(相違点2についての判断の誤り)について 引用例1(甲3)には,「理想的には・・・180°をカバーする」(訳文2頁第4段落)との記載があり,「半円状位置感応型検出器」が開示されているものと認められる。また,分割タイプ(60°)が広い回折角範囲の測定を目的とする2軸回転に適さないことは認められるとしても,3個配置して「180°カバーする」ことが記載されている以上,分割タイプ自体の測定範囲が狭いことにはならない。加えて,引用例7(甲9)には,「新湾曲形位置敏感形X線検出器」に関し,「この新形湾曲形検出器は,回折角2θで160°をカバーする・・・陽極芯線は5cmの半径で曲げられ,170°2θの広い角度範囲にわたって弾性的に支持されている・・・検出器のテストはシリコン粉末試料からのデバイ環の測定で行った。湾曲形検出器はワイセンベルグカメラに取り付け,測定中は試料を回転させた」(訳文1頁下から第3段落〜2頁第3段落)との記載がされ,第1図「湾曲形X線検出器試作機の電極配置」(1161頁)の図示によれば,円弧状のX線検出器がその中心に配置された試料Sに入射するX線の光路を含む面内に配置されていること及びこの検出器の単一の陽極芯線Aの角度範囲は170°であることが明らかである。したがって,審決の「引用例1記載の装置の位置感応型X線検出器として半円状の検出器を当業者が採用することに困難性は認められない」(審決謄本12頁第1段落)とする判断に誤りはなく,原告の取消事由4の主張は理由がない。
5 取消事由5(相違点3についての判断の誤り)について 引用例5(甲7)の第2図(31頁)には,試料ホルダに並んで光学顕微鏡が示され,引用例3(甲5)には,「X線カメラの中に光学顕微鏡が組込まれ,・・・試料の随意の位置に細束X線束を照射することが可能となった」(807頁右欄第1段落)との記載が,引用例6(甲8)には,「コリメータ・・・のアライメントは光学顕微鏡を用いてなされた」(訳文2頁第2段落)との記載が,上記「X線結晶学の理論と実際」(乙1)には,「試料の支持は,試料の位置を正確に調整できるようなものでなければならない」(139頁最終段落),「最初に試料を回転軸にあわせる操作をする。・・・試料の数cm前方にある小さな照準器を用いる・・・十字線の1本を棒状試料の軸にあわせる。試料を180°回転すると,棒状試料は一般に十字線からはずれてくる。これを,顕微鏡と試料とを動かして再び棒状試料の軸に合わせる。2つの方向で軸と十字線とが確実に一致するまでこの操作をくり返えす」(141頁第5段落,最終段落)との記載があり,これらの記載によれば,光学顕微鏡を用いて試料の位置を調整することは,当然のことと認められる。そうすると,審決の「引用例5及び引用例6に記載されているように・・・光学顕微鏡を用いて位置合わせを行うことは知られているから,引用例1記載の装置において,微小領域を測定する際に,『・・・光学顕微鏡』を備え,『・・・試料の位置を微調整するための調整機構』を備えるようにすることは,当業者が容易になし得る」(審決謄本12頁第3段落)とする判断に誤りはない。
また,試料の位置調整は,当然の構成であり,独立した構成でもあって,微小領域の2軸回転と格別の関係にある構成とは認められないから,引用例1に試料の位置合わせ機構を導入することは困難であるとの原告の主張は,採用することができない。
したがって,原告の取消事由5の主張は理由がない。
6 取消事由6(顕著な作用効果についての判断の誤り)について 「多数の結晶からなる試料の微小領域の定性分析」は,引用例5(甲7)及び上記「X線結晶学の理論と実際」(乙1)に記載された周知技術から容易にし得ることであり,本件発明の「定性分析を,回折X線の検出漏れを生ずることなく比較的短時間に行う」との作用効果も,引用例1(甲3)に「この新しい検出器は,実質的に完全な回折スペクトルを・・・収集する。したがって,小さな試料の粉末スペクトルを・・・従来・・・よりも非常に高速に得る事ができる」(訳文1頁第2段落)と記載されるとおり,当業者の予測できることにすぎない。また,微小領域,2軸回転及び半円状位置感応型検出器の組合せによる効果についての原告の主張は,このような組合せにつき引用例に記載がないことをいうに帰するところ,その組合せが容易にし得ることは上記のとおりであり,これによる効果も各引用例以上のものではなく,当業者が引用例から予測できる程度のものにすぎないといわざるを得ない。したがって,「本件発明の作用効果は当業者が予測し得る範囲を越えるものではない」(審決謄本16頁第1段落)とする審決の判断に誤りはない。
7 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 長沢幸男