関連審決 | 審判1998-35403 |
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関連ワード | 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 公知技術 / 技術常識 / 着想 / クレーム / 優先日 / 置き換え / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 交換 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
297号
審決取消請求事件
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原告 旭化成株式会社 訴訟代理人弁護士 花岡巌 同 木崎孝 訴訟代理人弁理士 加々美 紀雄 被告 日本ジーイープラスチックス株式会社 訴訟代理人弁護士 近藤惠嗣 訴訟代理人弁理士 松井光夫 同 五十嵐 裕子 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/03/11 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年審判第35403号事件について平成13年5月29日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「ジアリールカーボネートの連続的製造方法」とする特許第2135099号の特許(平成3年2月19日出願(優先日平成2年2月21日,以下「本件優先日」という。),平成10年2月27日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。 被告は,平成10年8月31日,本件特許を請求項1ないし7のいずれに関しても無効にすることについて審判を請求した。 特許庁は,この請求を10年審判第35403号事件として審理し,その結果,平成13年5月29日,「特許第2135099号の請求項1ないし7に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は,被請求人の負担とする。」との審決をし,審決の謄本を同年6月5日に原告に送達した。 2 特許請求の範囲(以下,【請求項1】ないし【請求項7】に係る発明を,それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明7」といい,まとめて呼ぶときは「本件発明」という。) 【請求項1】 ジアルキルカーボネートと芳香族ヒドロキシ化合物からジアリールカーボネートを製造するに際して (A)原料化合物であるジアルキルカーボネート及び芳香族ヒドロキシ化合物を,第1連続多段蒸留塔内に連続的に供給し,該第1連続多段蒸留塔内でアルキルアリールカーボネート化触媒と該原料化合物とを接触させることによって反応させながら,副生する脂肪族アルコールを含む低沸点成分を蒸留によってガス状で連続的に抜き出し,一方,生成したアルキルアリールカーボネート類を含む高沸点成分を塔下部より液状で連続的に抜き出す第1工程 (B)アルキルアリールカーボネート類を含有する第1連続多段蒸留塔の塔下部抜き出し液を,第2連続多段蒸留塔内に連続的に供給し,該第2連続多段蒸留塔内でアルキルアリールカーボネートとジアリールカーボネート化触媒とを接触させることによって反応させながら,副生するジアルキルカーボネートを含む低沸点成分を蒸留によってガス状で連続的に抜き出し,その一部または全部をガス状又は液状で第1連続多段蒸留塔に供給することによって循環させ,一方,生成したジアリールカーボネートを含む高沸点成分を塔下部より液状で連続的に抜き出す第2工程 を含むことを特徴とするジアリールカーボネートの製造法。 【請求項2】 アルキルアリールカーボネート化触媒が,反応条件で反応液に溶解し得る触媒であって第1連続多段蒸留塔に連続的に供給されることを特徴とする請求項1記載の方法。 【請求項3】 ジアリールカーボネート化触媒が,反応条件で反応液に溶解し得る触媒であって第2連続多段蒸留塔に連続的に供給されることを特徴とする請求項1記載の方法。 【請求項4】 アルキルアリールカーボネート化触媒および/またはジアリールカーボネート化触媒が,固体触媒であって連続多段蒸留塔内部に配置されることを特徴とする請求項1記載の方法。 【請求項5】 第1連続多段蒸留塔の塔下部抜き出し液を第2連続多段蒸留塔に供給するに際して,該抜き出し液を第1触媒分離装置に導き,アルキルアリールカーボネートを含む低沸点成分とアルキルアリールカーボネート化触媒を含む高沸点成分とに分離した後,該低沸点成分の一部または全部を第2連続多段蒸留塔に供給することによって循環させ,一方,該触媒を含有する高沸点成分の一部または全部を第1連続多段蒸留塔に供給することによって循環させることを特徴とする請求項2記載の方法。 【請求項6】 第2連続多段蒸留塔の塔下部抜き出し液を第2触媒分離装置に導き,ジアリールカーボネートを含む低沸点成分と,ジアリールカーボネート化触媒を含む高沸点成分とに分離した後,該触媒を含む高沸点成分の一部または全部を第2連続多段蒸留塔に供給することによって循環させることを特徴とする請求項3記載の方法。 【請求項7】 第1連続多段蒸留塔の塔下部抜き出し液を第2連続多段蒸留塔に供給するに際して,該抜き出し液を第1触媒分離装置に導き,アルキルアリールカーボネートを含む低沸点成分とアルキルアリールカーボネート化触媒を含む高沸点成分とに分離した後,該低沸点成分の一部または全部を第2連続多段蒸留塔に供給することによって循環させ,一方,該触媒を含有する高沸点成分の一部または全部を第1連続多段蒸留塔に供給することによって循環させ,さらに第2連続多段蒸留塔の塔下部抜き出し液を第2触媒分離装置に導き,ジアリールカーボネートを含む低沸点成分と,ジアリールカーボネート化触媒を含む高沸点成分とに分離した後,該触媒を含む高沸点成分の一部または全部を第2連続多段蒸留塔に供給することによって循環させることを特徴とする請求項2又は3記載の方法。 3 審決の理由 審決は,別紙審決書の写しのとおり,本件発明1ないし本件発明7は,いずれも,ING. CHIM. ITAL.,V.21,N.1-3, GEN-MAR. 1985年,6頁ないし12頁(甲第3号証,審判甲第7号証。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。),Ger, Chem. Eng.3,1980年,252頁ないし257頁(甲第4号証,審判甲第6号証。以下「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)及びPetrole et Techniques,No.329,1986年,34頁ないし38頁(甲第5号証の1,審判甲第5号証。以下「刊行物3」という。)に記載された発明(以下「引用発明3」という。),並びに,平田光穂著「最新蒸留工学」日刊工業新聞社,昭和45年,207頁ないし247頁(甲第6号証,審判甲第1号証。以下「甲6文献」という。),Petrole et Techniques,No.350,1989年,36頁ないし40頁(甲第7号証,審判甲第3号証。以下「甲7文献」という。),特開昭54-48733号公報(甲第8号証,審判甲第8号証。),特開昭61-291545号公報(甲第10号証,審判甲第10号証。),European Chemical News,13 November 1989,44頁(甲第13号証,審判甲第28号証。以下「甲13文献」という。),Chemical Marketing Reporter,vol.236,December 4,1989,No.23(甲第14号証,審判の甲第29号証。以下「甲14文献」という。),Europa Chemie 35-36/89,585頁(甲第15号証,審判甲第30号証。以下「甲15文献」という。)及びWO83/03825号公報(甲第16号証,審判甲第49号証。「以下「甲16文献」という。)の各文献に記載された発明及び周知技術を勘案することにより,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,請求項1ないし7のいずれについても,特許法29条2項に違反して特許されたものであるから,無効とすべきである,と認定判断した。 審決が,上記結論を導くに当たり,本件発明と引用発明1との一致点・相違点として認定したところは,次のとおりである。 一致点 「ジアルキルカーボネートと芳香族ヒドロキシ化合物からジアリールカーボネートを製造するに際して, (A)ジアルキルカーボネートと芳香族ヒドロキシ化合物を第1の反応装置内で「アルキルアリールカーボネート化触媒」の存在下に反応させ,アルキルアリールカーボネートを生成させる工程 (B)アルキルアリールカーボネートを含む反応生成物を第2の反応装置内で「ジアリールカーボネート化触媒」の存在下に反応させ,ジアリールカーボネートとジアルキルカーボネートを生成させ,ジアリールカーボネートを回収し,一方ジアルキルカーボネートは第1段階に循環させる工程 を含むジアリールカーボネートの製造法である点」 相違点 「前者(判決注・本件発明)では,第1工程において原料化合物を第1連続多段蒸留塔内に連続的に供給して反応させ,副生する脂肪族アルコールを含む低沸点成分を蒸留によって連続的に抜き出し,一方,生成したアルキルアリールカーボネート類を含む高沸点成分を塔下部より連続的に抜き出し, そして第2工程では塔下部の抜き出し液を第2連続多段蒸留塔に連続的に供給して反応させ,生成するジアルキルカーボネートを蒸留によって連続的に抜き出し,第1連続多段蒸留塔に供給して循環させ,一方ジアリールカーボネートを含む高沸点成分を塔下部より連続的に抜き出しているのに対し,後者(判決注・引用発明1)では反応と反応生成物の分離,取り出しをこのような方法で行うことについて記載されていない点」(相違点1) 「前者(判決注・本件発明)が第1連続多段蒸留塔の塔下部の抜き出し液を第2連続多段蒸留塔内に供給するのに対し,後者(判決注・引用発明1)では第1段階の反応後に反応液に残存するジアルキルカーボネート(DMC[判決注・ジメチル カーボネートの略称であり,本件発明のジアルキルカーボネートに該当する。 以下「DMC」という。])と芳香族ヒドロキシ化合物(フェノール)を除いて第2段階に供給している点」(相違点2) |
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原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本件優先日当時の技術水準を誤って認定したため,刊行物1ないし3に記載された技術内容(引用発明1ないし3)をいずれも誤認し,その結果,本件発明と引用発明1との上記の相違点1についての判断を誤り(取消事由1),本件発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由2)ものであり,これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として,取り消されるべきである。 1 取消事由1(本件優先日当時の技術水準の認定判断の誤りに基づく相違点1についての判断の誤り) (1) 引用発明1に係る反応の実施可能性についての認識について 審決は,刊行物1の図3に記載された反応(以下「引用発明1に係る反応」ということがある。)の実施可能性について,次のとおり判断した。 「「図3」の「反応シークエンス」(判決注・引用発明1に係る反応のことである。)は,「PMC(判決注・フェニルメチルカーボネートの略称であり,本件発明のアルキルアリールカーボネートに該当する。以下「PMC」という。)合成反応器」(R1)と「DPC(判決注・ジフェニルカーボネートの略称であり,本件発明のジアリールカーボネートに該当する。以下「DPC」という。)合成反応器」(R2)の2段階の反応からなり,生成したDMCはリサイクルされるものであるが,反応液中に存在する未反応物,生成物等の取り出しとリサイクル及び生成物の流れが示されており,製造が全体として合理的に行い得る設計であることは明らかである。 このように甲第7号証(判決注・刊行物1。以下同じ。)が,DPC製造の実験結果の発表にとどまらず,その合理的といえる製造プロセスを「図3」(10頁)に示し,「この反応シークエンス(図3)に基づく製造プロセスが現在開発中である。」とまで記載していることは,該製造プロセスによるDPCの製造を可能にすることを積極的に公表するものであり,ホスゲンを用いない図3に記載のDPC製造プロセスであっても効率よくプロセスが構成し得ることを期待させるものである。更に図3は製造プロセスの概略図であるが,主要な構成と共にその意味も明らかにしている上,当時この分野ではホスゲン法から「エステル交換反応」による合成への切り換えは,危険があるホスゲンの使用を避けられるという認識もあったのであるから,該製造プロセスに着目しそこに示された2段階の反応からなり第1段階ではメタノール除去手段を有するDPCの製造方法を行うことは何等困難を要するものではない。 甲第28号証(甲第7号証の頒布日より後の1989年11月に頒布された。(判決注・甲13文献))には,エステル交換反応によりDMCとフェノールとからDPCを工業的に製造(年産4000トン)することが記載され,甲第29,30号証(頒布日は甲第7号証より後。(判決注甲14,甲15文献))にも同様な記載があり,これら甲号証からは本件優先日(1990年2月21日)前にエステル交換反応によるDPCの工業的製造が行われていたことが認められる。甲第28〜30号証によるDPCが工業的に製造されているということの公表は,甲第7号証の記載(9〜10頁)に見られるようにDMCとフェノールからDPCを製造する反応に技術面の向上があることから,平衡定数が非常に小さいとしても,それはエステル交換反応を実用化していく上で重大な障害にはならないであろうと期待を抱かせるものであり,同時に甲第7号証の図3記載のDPC製造方法の実施に対し強い関心をもたせるものである。」(審決書第27頁第4,第5段落,28頁第1,第2段落) しかし,審決は,刊行物1の図3に記載された,反応に係る物の出入りを単に図式化したにすぎない反応シークエンスを,上記のとおり,「製造が全体として合理的に行い得る設計である」と誤解し,現実には実用化が困難である同図の反応を,あたかも容易に実用化できるものであるかのように誤認したものであり,誤りである。 (ア) 刊行物1の図3には,DMC(ジメチルカーボネート)とフェノールからPMC(フェニルメチルカーボネート)を得る第1反応(以下「引用発明1の第1反応」という。)と,これを更に不均化する第2反応(以下「引用発明1の第2反応」という。)とにより,DPC(ジフェニルカーボネート)を製造する2段階製造法の反応シークエンスが示されている。しかし,同図からは,反応シークエンスがPMC合成反応器(R1),DPC合成反応器(R2),PMC精製(S1),DPC精製(S2)からなること,これらにおける原料,生成物などの物の出入りが分かるにすぎず,PMC合成反応器(R1),DPC合成反応器(R2)とはいかなるものか,連続法かバッチ法かなどは,一切不明である。 (イ) 刊行物1には,「この反応シークエンス(図3)に基づく製造プロセスが現在開発中である。」(甲第3号証10頁左欄12行〜13行,被告提出の訳文3頁下から2行〜1行)と記載されている。「製造プロセスが現在開発中である」との記載は,同図の反応シークエンス自体から直ちにその製造プロセスを実施することは,可能でなく,これを具体的にどのような製造プロセスで実施するかはまた別の問題である,ということを意味するものであり,どのようにこの反応を実施するかはまだ何も分からない,場合によっては,開発が未完に終わることもあり得る,ということを意味しているのである。 ところが,審決は,上記のとおり,「製造が全体として合理的に行い得る設計であることは明らかである」,「その合理的といえる製造プロセスを「図3」(10頁)に示し」,「該プロセスによるDPCの製造を可能にすることを積極的に公表するものであり,ホスゲンを用いない図3に記載のDPC製造プロセスであっても効率よくプロセスが構成し得ることを期待させるものである。」(審決書27頁17行〜28頁3行)と同図の反応シークエンスを同図に基づいて容易に工業的に実施化できるかのように誤まった認定をしている。特に,このプロセスの実施に当たっては,平衡定数が極めて小さいなど,実用化する上での障壁があるにもかかわらず,それらの問題点をいかにして克服するかについて,同図のフローからはいささかのヒントも与えられないのである。 (ウ) 審決は,上記のとおり,甲13文献ないし甲15文献における,単にDMCとフェノールから工業的にDPCを製造している旨を報じるにすぎない記載と,刊行物1の9ないし10頁の記載とを結びつけて,引用発明1に係る反応の実用化の可能性が肯定できるかのように認定する(審決書28頁9行〜15行)。 しかし,甲13文献ないし甲15文献においては,エステル変換反応を具体的にどのようにして行っているかについては,一切記載されていない。すなわち,反応蒸留で行われるか否かはもとより,1段法か2段法かあるいは連続法かバッチ法かすら不明であり,まして,このエステル交換反応を実施するに当たり,前記問題点をいかにして克服したかについては知るすべもない。 審決の引用発明1に係る反応の実用化についての上記認定は,甲13文献ないし甲15文献の記載から大きく逸脱した認定である。 (2) 引用発明1に係る反応に蒸留手段を適用する動機付けについて 審決は,「甲第7号証の図3に記載のDPC製造プロセス(判決注・引用発明1の反応)は「PMC合成反応器」を特定していないが,該プロセスにおいて低沸点生成物を除去し,平衡をズラすのに蒸留手段が適することは従来からよく知られていることである。」(審決書28頁第4段落),及び,「「PMC合成反応器」を特定する場合に,平衡反応で従来から用いられる蒸留手段を備えた装置の中から有利なもの,有利であることが期待されるものが採用されるのはごく当然のことである」(審決書29頁第1段落)と認定判断した。 しかし,刊行物1の図3に記載されている「PMC合成反応器」は,メタノールを選択的に分離しているものである。メタノールは,蒸留においてDMCと共沸組成物を形成するため,蒸留手段によってメタノールのみを選択的に分離することは,不可能である。そうである以上,引用発明1の「PMC合成反応器」は,蒸留手段による反応装置ではないと解するのが合理的である。 審決は,前記認定の根拠として,甲7文献,甲6文献及び刊行物2(審判事件甲第3,第1,第6号証)を挙げている(審決書28頁第4段落)。 確かに,刊行物2,甲6文献及び甲7文献には反応蒸留が記載されている。しかし,これらにおいては,DPCの製造プロセスへの反応蒸留の適用には全く言及されていない。DPC製造プロセスにおいて,従来から用いられている蒸留手段を備えた装置は,甲第8ないし第11号証(審判事件甲第8〜10,12号証)に記載されているようにすべて蒸留塔付きバッチ反応器である。 したがって,審決が,その認定に係る上記事項を根拠として,「「PMC合成反応器」を特定する場合に,平衡反応で従来から用いられる蒸留手段を備えた装置の中から有利なもの,有利であることが期待されるものが採用されるのはごく当然のことである。」(審決書29頁第1段落)と判断し,引用発明1に係る反応自体に,あたかも反応蒸留を適用する動機付けがあるかのように認定したことには,論理の飛躍がある。 (3) 引用発明2の認定の誤りによる相違点1の判断の誤りについて 審決は,「結局,甲第6号証(判決注・刊行物2)からは,「反応塔(連続)」で省エネルギーの利点がもたらされる場合に比揮発度関係の制約があることは認められるが,甲第6号証は上記したA+B<=>C+D(Cは最大の比揮発度)のような平衡反応において,平衡定数が小さくなるほど「反応塔(連続)」の方が「バッチ反応器」よりも利点があることを示しているのであるから,平衡定数が小さく,C,Dの揮発度差が大きく,Cが最大の比揮発度であり,Dの比揮発度が特に低い反応,例えば甲第7号証記載の第1工程のDMC+フェノール<=>PMC+メタノールのような反応への「連続多段蒸留塔」適用を示唆していると言える。」(審決書32頁第4段落)と判断した。 しかし,審決のこの判断は,省エネルギーの観点から検討されている刊行物2に記載されたシミュレーションから得られた結果を,省エネルギーの検討には全くなじまず,また,その前提として仮定したところのものに到底該当しない引用発明1に係る反応に,無理に当てはめるという誤りを犯した結果,刊行物2は,引用発明1に係る反応について,反応蒸留を適用することを示唆していると判断したものであり,誤りである。 (ア) 刊行物2は,目的転化率を達成するために必要な投入エネルギーを減らす観点から,反応蒸留と蒸留塔付きバッチ反応のどちらが有利かをシミュレーションに基づき論じたものである。反応蒸留を適用することが実用上可能かどうかも不明な引用発明1に係る反応を工業化しようとするに当たり,当業者がまず考えることは,どのようにして目的物を高い生産速度,高い選択率で得るかということであり,一足飛びに,その次の段階の課題である,省エネルギーの観点からの実用性を検討することは,常識上あり得ないことである。したがって,刊行物2に記載されたシミュレーションによる検討は,そもそも引用発明1に係る反応とは無縁のものである。このような検討が全くなじまない引用発明1に係る反応にその検討結果を当てはめた結果,審決は,刊行物2は,省エネルギーの観点から,引用発明1に係る反応に反応蒸留を適用することを示唆している(審決書31頁11行〜16行,32頁15行〜23行),との誤った判断をしたのである。 (イ) 刊行物2に記載された反応蒸留が使用できるための前提条件の一つは,「反応は,反応塔の棚上の合計滞留時間が十分であるべく充分に速くなければならない。」(甲第4号証253頁左欄1行〜4行,原告提出の訳文2頁3行〜4行)ということである。この前提条件は,刊行物2の(6)式(甲第4号証254頁左欄)に示されているように,反応塔の各棚上において,非常に早く平衡に達する反応(瞬間反応)を必要としているものであるから,引用発明1に係る反応の反応速度が遅いことが常識であることからすれば(甲第17〜第21号証(審判事件乙第32〜36号証)),この反応に反応蒸留を適用するという着想を妨げるものである。 審決は,「反応速度は滞留時間内に平衡が十分生成物側にズラせ得る程度に速い方がよいことは当然のことであり,反応速度が遅いと判断されるとき反応温度の上昇等で反応速度を高められることは常識である。又反応塔は反応液の滞留時間を長くも短くもできるものであり,それが短くなければならないというものではない・・・。反応は異なるが,甲第49号証に記載の「反応蒸留」では「滞留時間」は好ましくは「約2.4時間」とある(4頁12行〜5頁3行)。それだけでなく,「反応塔」の実施において反応速度又は転化率は必ず一律に一定以上でないと工業的な製造プロセスとして成功したことにならないというものでもない。工業化される製造プロセスは全体として評価され,評価の仕方も反応によって変わるのが普通である。したがって,「1.」の記載が,「反応塔」適用を思い止まらせるものであるとすることはできない。」と判断して,刊行物2の上記記載は,反応速度が遅い反応に反応蒸留を適用する妨げにならないとしている(審決書29頁第5段落)。 しかし,反応蒸留の場合,「反応と蒸留の操作温度,圧力が両立しなければならない」(甲第5号証の1(審判事件乙第1号証)12頁下から6行〜5行,原告提出の訳文1頁下から6行)のであるから,任意に温度を上昇させることができるわけではなく,滞留時間についても塔の長さなどによる制限がある。刊行物2には,反応速度が十分速くなければならないと記載されているのであるから,反応速度が遅い引用発明1に係る反応には,反応蒸留は不適切だと考えるのが自然である。 (ウ) 審決は,「バッチ反応器での反応とは反応形式だけが異なる「反応蒸留」において,本件発明が実施できないということは常識では考え難いことである」(審決書35頁第2段落)とも述べる。しかし,刊行物2の著者は,反応蒸留の成立のためには蒸留塔付きバッチ反応器の成立よりも厳しい条件が要求されるとしているのであるから,蒸留塔付きバッチ反応が成立したからといって,反応蒸留が当然に成立するわけではないのである。 (エ) 引用発明1に係る反応は,低沸点成分であるメタノールが原料のDMCと共沸組成物(メタノールの割合70%)を形成するため,塔頂純度が70%を超えることができない。ところが,引用発明2においては,塔頂純度を99.9%から98%に置き換えただけでシミュレーションによる結論が変化しているのである。引用発明2におけるこのようなシミュレーションの結果を塔頂純度が70%以下である引用発明1に係る反応に適用することはできない。 (4) 引用発明3の認定の誤りによる相違点1の判断の誤りについて 審決は,引用発明3について,次のとおり,認定した。 「甲第5号証(抄訳文2(判決注・刊行物3))には,「P=生成物」と「R=反応物」を「揮発度(V)」と関連させて分類し,「表II」において「クラスI」〜「クラスIV」として示している(38頁)。「クラスII」は「一つのPのV<各RのV<一つのPのV」であるとし,「数学的シミュレーションによって,これら2つのクラスに属する反応のみが反応蒸留で利点を示すことをバブコックは示している。利点は,クラスIIの反応の場合に最大である。」(37頁右欄下から第1段落(判決注・刊行物3の37頁))と記載している。これらの記載からは,反応物の揮発度が生成物の揮発度の間にあるときに反応蒸留(これが「連続多段蒸留塔」を用いることは常識である。)の利点が最大になることを教示しているといえる。」(審決書32頁第5段落), 「甲第7号証の第1工程の反応である「DMC+フェノール<=>PMC+メタノール」は,フェノール(A),DMC(B),メタノール(C),PMC(D)の比揮発度関係がD なお,甲第5号証における「現実に,適用の好ましいケースは何であるか?・・・反応物のほぼ完全な転化を可能にするところの平衡化学反応のためにのみ反応蒸留は真に有利であるようである。」(37頁右欄第4段落)は,適用が最適となる場合を述べているようであるが,それに制限されるとは記載されていないので,最適となる場合にだけ適用できる(最適の場合から外れたときは実施不能)という意味に限定しては解せない。又,反応蒸留を行わせる反応塔において一律に一定以上の転化率が達成されないと製造装置全体としては工業化の意義がないというものではない。「運転温度及び圧力の両立」等の制約条件も挙げられているが(37頁右欄第4段落),これらも本件発明の反応への「反応蒸留」(連続多段蒸留塔)の適用の着想を妨げるものではない。 上記したように甲第5号証は,揮発度関係が「クラスII」である反応が反応蒸留に適することを示しており,DMC+フェノール<=>PMC+メタノール(甲第7号証記載の第1工程)は揮発度関係が「クラスII」となることは容易に分かることであるから,このような反応に連続多段蒸留塔の使用が適することが示唆されているといえる。」(審決書33頁第1〜第3段落) しかし,刊行物3は,反応蒸留の適用には制限があることを明示しているのであるから,本来,引用発明1に係る反応にすることはできないことを,明らかに教示しているものと解すべきである。また,刊行物3においては,バブコックの分類が一般的に有効なものとは評価できないとされている。したがって,刊行物3が,引用発明1に係る反応に反応蒸留の適用を示唆しているとした審決の上記認定判断は,誤りである。 (ア) 刊行物3は,「反応蒸留の既知の適用は,すでに極めて多いが,それらは理論的に可能な反応と蒸留のすべての組み合わせの微少な部分だけを表していることは明らかである。」(甲第5号証の1,37頁右欄見出しの下1行〜5行,原告提出の訳文1頁第4段落)として,理論的には可能な反応と蒸留であっても,実際にはその適用に制約があって,現実の適用例は非常に少ないことを明らかにしている。また,刊行物3には,「実際に,連用の好ましいケースとは何か?反応蒸留は,生成物が生じるとき生成物の蒸留の結果として平衡のずれが反応物質のほとんど完全な転化を許す平衡化学反応にとってのみ真に有利であるように思われる。」(甲第5号証の1,37頁右欄見出しの下6行〜11行,原告提出の訳文1頁第5段落)との記載もある。 平衡定数及び反応速度が小さい反応の場合には,上記の生成物の蒸留の結果としての平衡のずれによって反応物質の「ほとんど完全な転化」を達成させることは非常に困難であると考えられ,また,共沸混合物を形成する反応系では,常に反応物質の一部は未反応のまま存在することとなるから,反応物質の「ほとんど完全な転化」は達成されない。したがって,反応蒸留が利点を有する反応とは,その平衡定数とその反応速度が大きいもので,反応物質と生成物とが共沸混合物を形成しない反応である。 ところが,引用発明1に係る反応は,平衡定数が極めて小さく,その反応速度も極めて遅く,また,生成物と反応物質とが共沸混合物を形成することが知られていたのであるから,刊行物3の上記教示は,むしろ,同反応に反応蒸留を適用することはできないことを示すものである。 (イ) 刊行物3の「反応物質と生成物質の揮発度の順序」に関して紹介されているバブコックの分類について,刊行物3の著者自身が懐疑的である上,反応蒸留の適用例として例示された反応のほとんどすべてがバブコックが反応蒸留で最大の利点を示すとするクラスUに属していないという事実(甲第25号証参照)からすれば,バブコックの分類が反応蒸留の適用の是非の指針に成り得ないことは明らかである。 審決は,上記のとおり,バブコックの分類を重視した上で(審決書32頁第5段落),引用発明1に係る反応はクラスUに属すると認定し,このことを根拠として,このような反応に反応蒸留を使用することが刊行物3に示唆されているとしている(審決書33頁第3段落)。 反応蒸留の適用の指針として絶対的なものとはいえないこのバブコックの分類を根拠として,引用発明1に係る反応に反応蒸留を使用することが適することが示唆されているとする審決の判断には合理性がない。 2 取消事由2(本件発明の顕著な効果の認定判断の誤り) 審決は,本件発明の効果について,次のとおり判断した。 「そして,本件第1発明におけるジアリールカーボネート類(DPC)が連続的に高収率で得られるという効果も,「連続多段蒸留塔」の分留機能により揮発度差がある成分が塔の上下に連続的に分離されること,多段蒸留塔では塔の段数の違いにより差は生じるが反応域が塔底部に近くなる程最低揮発度の生成物は減少していくこと(反応が起こり得る領域では塔底に向かって平衡がよりズラし易い条件となることは自明)がいずれも常識であること,第2段階の反応が甲第7号証によると比較的高い速度,高収率で行えること(甲第7号証の上記摘示,(ロ),(ハ)参照。)から,当業者が予期しえない格別の効果を奏するものとも認められない。 又ジアリールカーボネート類が同時に高選択率で得ることができるという効果は,甲第7号証にアニソールの目立つ形成なしでPMCが得られるとあり,「アニソール選択%」が「<1」(反応時間:5〜8時間)であることが示されていること(「表3」参照),PMCからDPCを生成する反応(第2段階の反応)は「比較的高い速度」で実施できたと記載(甲第7号証の上記摘示,(ハ)参照。)されていることから,予測しえない優れた効果とは認められない。」(審決書37頁第4,第5段落) 審決は,また, 「なお,被請求人は,乙第24,25号証(判決注・甲第22,第23号証)を提出し,本件発明の「実施例2」の結果は本件明細書比較例1,従来例(バッチ反応器使用)よりもジアリールカーボネートの生産速度と,選択率の点で優れている旨主張しているが(13年2月5日付け上申書,22〜23頁),「実施例2」の結果は「連続多段蒸留塔」の使用において特定の反応条件,塔の使用条件(例えば,反応温度,反応液の供給と流出の速度,塔充填物の大きさ,空間率等。)を設定したときの結果であり,反応温度,反応液の供給と流出速度,充填物の大きさ,空間率のような反応条件及び塔の使用条件は,本件の特許請求の範囲(請求項1)においては特定されていないので,特定条件において生じる「実施例2」の結果が,2つの「連続多段蒸留塔」を使用し反応と蒸留を連続的に行うという本件第1発明の構成要件のみによりもたらされるものであるとは認められない。」(審決書37頁第6段落〜38頁第1段落) と判断し,本件明細書に記載された実施例,及び,甲第22,第23号証(審判事件乙第24,25号証)に記載された効果は,本件発明の効果であるとはいえないと判断した。 しかし,審決の上記判断は,いずれも誤りである。 DMCとフェノールを原料として,DPCを,連続的に,高い生産速度をもって,高収率,高選択率で得ることができるという本件発明の効果は,(a)平衡定数が極端に小さく,(b)反応速度が非常に遅く,(c)共沸組成物(DMCとメタノール)を形成し,さらには(d)アニソールが副生しやすいという,この反応に特有の,工業化する際に障壁となる問題点を考慮すると,全く意外な効果であるというべきである。 すなわち,この反応は,平衡定数が極端に小さく,しかもその反応速度も非常に遅いので,生成系側への移行効率がきわめて低いのである。また,平衡反応において生成系側への移行を促進するために通常採用されている生成系の揮発性成分(上記反応ではメタノール)を蒸留分離する手段も,メタノールが反応系のDMCと共沸混合物を形成してこの原料成分を系外へ排出することにより有効に作用することが期待できないのである。したがって,当業者は,こうした反応に,反応蒸留技術を適用してもその利点が得られないと認識していたのである。本件発明は,それにもかかわらず,この反応に反応蒸留を適用したことにより,高収率,高生産速度,高選択率を達成できたのである。 (1) 生産速度,収率について 審決は,上記のとおり,本件発明において連続的に高収率で得られるという効果は, (ア) 「「連続多段蒸留塔」の分留機能により揮発度差がある成分が塔の上下に連続的に分離されること,」 (イ) 「多段蒸留塔では塔の段数の違いにより差は生じるが反応域が塔底部に近くなる程最低揮発度の生成物は減少していくこと(反応が起こり得る領域では塔底に向かって平衡がよりズラし易い条件となることは自明)がいずれも常識であること,」 (ウ) 「第2段階の反応が甲第7号証(判決注・刊行物1)によると比較的高い速度,高収率で行えること」から, 「当業者が予期しえない格別の効果を奏するものとも認められない。」と判断した。(審決書37頁第4段落) しかし,(イ)の「反応域が塔底部に近くなる程最低揮発度の生成物は減少していく」との認定は明らかな誤まりである。また,「生成物側に反応が進行し易い条件」を意味していると思われる(イ)の括弧内の「平衡がよりズラし易い条件」についていえば,生成物側に反応が進行するか否かは,単に生成物の濃度の大小で議論することができることではない。さらに,甲第32号証の図-4の,酢酸メチルの合成反応における反応蒸留中の塔内組成を示す組成プロファイルをもとに,反応が起こり得る領域での酢酸メチル生成反応の平衡のズラし易さを算出した甲第33号証の表1及び図1から明らかなように,実際の反応蒸留においては,その各段での反応の状態は,その上下に隣接する段から分離供給される成分の影響もあって,非常に複雑となり,正反応が起こり易い段がある一方で逆反応が起こり易い段もあるのであって,審決の(イ)の括弧内の認定とは明らかに異なっている。 連続多段蒸留塔(反応蒸留塔)内の反応は,上記のとおり,その上下に隣接する段から分離供給される成分の影響もあって,非常に複雑となり,単純に反応速度を予測することができないということは,上記の(ア)から直ちに,反応蒸留によれば蒸留塔付きバッチ反応に比べて,分留機能により高生産速度が達成されるということはできないことも意味する。 審決の(ウ)の認定の根拠となった刊行物1の記載は,反応蒸留の適用による結果ではない上に,第2段階の反応についての評価は具体性のないものである。 刊行物1の表3の脚注及びその引用文献(USP4,045,464)に示された条件に基づき算出されたDPCの生産速度は,蒸留塔付きバッチ反応器を用いた甲第8ないし第11号証記載の実施例の場合とおおむね同程度であり,本件発明の実施例の場合に比べてはるかに劣った値である(甲第26号証参照)。 このように事実に反する「常識論」や本件発明に比べて劣ったDPCの生成速度を示すにすぎない刊行物1の記述から,本件明細書の実施例や甲第20,第21号証で実証した本件発明の高い生産速度をもって高収率,高選択率でDPCを得るという効果を予期できるものではない。 本件優先日において,工業的に反応蒸留が適用されていた,又は適用の検討がなされていた具体的な反応は,ほとんどすべて平衡定数が約1よりも大きいものであり,平衡定数の非常に小さい引用発明1に係る反応にまで反応蒸留が適用できると予測できる根拠はどこにもない。加えて,反応蒸留を適用するためには,反応が十分速いなどの条件を満足することが必要であるとされていたのに対し,引用発明1に係る反応は,反応速度が遅い反応として知られていたのである。 (2) 選択率について 審決は,本件発明が高選択率を達成したことに関して,引用発明1に係る反応は,「アニソール生成が非常に少なく,これが問題になるような反応ではない。」(審決書36頁「(j)について」)と認定している。しかし,引用発明1に係る反応がアニソールを副生し易い反応であることは,この反応の本質的な問題点の一つとして当業者に認識されているものである。 刊行物1の表3で示された性能のよい(副反応が少ない)触媒にしても,低い温度条件にかかわらず,選択率が100%というわけではなく,刊行物1が引用する上記米国特許(USP4,045,464)によれば,DMCからDPCへのトータルの選択率はよくても94%以上であり,改善の余地がまだまだあるのである。 したがって,審決が,触媒の選択によることなく,プロセス技術の改良によって,高い生産速度をもって同時に高選択率を達成した本件発明の効果を,予測し得るものと判断したことは,明らかに誤まりである。 (3) 甲第22,第23号証について 審決は,甲第22,第23号証に記載された,本件発明における実施例2と,比較例及び従来例との効果の違いは,特定の反応条件,塔の使用条件によるものであり,それらがクレームに記載されていないから本件発明の効果とは認められない,と認定した。しかし,この効果は,本件発明の反応に反応蒸留を適用したことによる顕著な効果を示すものである。 |
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被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。 1 取消事由1(本件優先日当時の技術水準の認定判断の誤りに基づく相違点1についての判断の誤り)について (1) 引用発明1に係る反応の実施可能性についての認識について 審決が,審決書27頁25行から28頁15行において述べているのは,要するに,DMCとフェノールとからエステル交換法によってDPCを製造することが工業的に可能であることは,刊行物1により分かることであり,このことが分かっていれば,当業者にはその解決策を考える強い動機付けがある,ということである。 (2) 引用発明1に係る反応に蒸留手段を適用する動機付けについて 刊行物1及び甲13ないし甲15文献によれば,ホスゲン法に代わるものとしてのエステル交換法が実用化されていると当業者が認識するであろうことは明白である。他方,平衡反応を進行させるために反応蒸留を採用することは広く知られていたことである。審決は,このような一般的状況の下で,引用発明1に係る反応に,反応蒸留の利点を詳細に記載している刊行物2及び刊行物3の知見を組み合わせて本件発明に想到することは容易である,と判断したものであり,審決の判断に誤りはない。 (3) 引用発明2の認定の誤りによる相違点1の判断の誤りについて (ア) 原告は,刊行物2記載のシミュレーションが省エネルギーの観点から検討されていることを挙げて,当業者が,この結果を,実用上可能であることすら不明な引用発明1に係る反応に適用しようとする,と考えるのは誤まりである,と主張する。 引用発明1の平衡反応を実施しようとするとき,反応蒸留器も蒸留塔付きバッチ反応器も使用可能であると予想することができるから,次に,どちらが有利かを検討することになる。この検討において,刊行物2が参考になるのである。 その図5において,下の実線二つは,平衡定数K=0.01の場合であり,反応蒸留器と蒸留塔付きバッチ反応器との間で差が大きいから,これを見れば,エネルギー消費の観点からも,転化率の観点からも,反応蒸留器が蒸留塔付きバッチ反応器よりも実用性に優れることは明白である。一方,刊行物2の図5の長点線はK=1の場合であり,反応蒸留器と蒸留塔付きバッチ反応器との間で差が小さく,この場合には,殊更に反応蒸留を用いる必要性は少ない。すなわち,刊行物2の図5から,平衡定数Kが小さいと反応蒸留に適することが分かるのである。 グラフをy軸からx軸へと見ることも,x軸からy軸へと見ることも,同じようにできることは常識である。審決は,前者を採ってエネルギー消費の観点から,刊行物2の図5を説明しただけのことである。転化率を所与とすると,必要なエネルギーの多寡によって両方法を比較することができる。逆に,投入エネルギーを同じくしてどちらの反応方式が高い転化率を与えるかを比較することもできる。刊行物2からは省エネルギーのことしか分からないとの原告の主張は失当である。 (イ) 原告は,反応速度が速いことを前提とした刊行物2のシミュレーション結果を引用発明1に係る反応に適用することはできない,と主張する。 刊行物2の「反応は,反応塔の棚上の合計滞留時間が十分であるべく充分に速くなければならない。」(甲第4号証,原告提出の訳文2頁3行〜4行)との記載の意味は,反応蒸留によって平衡点を生成物側にズラしても反応速度が遅くて蒸留塔の中での滞留時間内に反応が実質上進行しないのでは平衡点をズラしたことによる効果が出ないことから,反応が反応蒸留を行うために十分に速いことが必要であるといっているのであり,ここで「速い」とか「遅い」とかいっても,それは相対的なことである。 引用発明1の第1反応の反応速度は,乙第4号証によれば,135℃では平衡に達するのに1.5時間ほどかかり,165℃では10分間ほど,180℃ではもっと速く平衡に近づく程度のものである。一方,反応蒸留における滞留時間は,例えば,甲16文献に記載されているように,2.4時間にできることが知られている。 引用発明1の第1反応は,10分を単位とする程度の時間で平衡に近づくものであるから,「反応塔の棚上の合計滞留時間が十分であるべく充分に速い」ことは明らかである。 (ウ) 刊行物2には,反応蒸留法とバッチ反応器とでの有利性の差が小さい場合(図6)であっても,塔頂生成物の要求純度を99.9%から98%へと下げれば(図7),反応蒸留が明確に有利になることが記載されている。 甲6文献の反応蒸留において,塔頂で得られる低沸点生成物(水)の純度は27%と低く,過剰に供給されている反応原料(酢酸)の一部は共沸混合物として塔頂から出てしまう(甲第6号証215頁7行)。それでも反応蒸留法は実施されるのである。この場合,共沸混合物として塔頂から出てしまう反応原料(酢酸)は,分離回収して再利用することになる。 塔頂生成物の要求純度は個別の事情によって適宜決まることである。刊行物2のシミュレーションにおいて設定した要求純度が99.9%あるいは98%であるから,刊行物2に記載された知見が引用発明1に係る反応の参考にならない,などということはない。引用発明1に係る反応において,共沸混合物が生じて塔頂生成物(メタノール)の純度が低いということは,反応蒸留の適用を断念させる理由とはならない。 (4) 引用発明3の認定の誤りによる相違点1の判断の誤りについて (ア) 原告は,引用発明1に係る反応は,平衡定数が極めて小さく,その反応速度も極めて遅く,また,生成物と反応物質とが共沸混合物を形成することが知られていたのであるから,刊行物3は,同反応に反応蒸留を適用することはできないことを教示しているものと解すべきである,と主張する。 原告は,刊行物3の「反応蒸留は,生成物が生じるとき生成物の蒸留の結果として平衡のずれが反応物質のほとんど完全な転化を許す平衡化学反応にとってのみ真に有利であるように思われる。」(甲第5号証37頁右欄見出しの下6行〜11行,原告提出の訳文1頁第5段落)との記載を誤解している。この記載は,正しくは,平衡をずらすからこそ,ほぼ完全な転化が可能になる場合をいっているのである。逆にいうと,反応蒸留を用いなくても転化率が高いところの反応には,反応蒸留を用いる意味がないことを刊行物3は教示しているのである。平衡定数が小さいと反応蒸留に適さないとする理論は全くない。平衡定数が小さいからこそ,反応蒸留を用いて平衡をずらす必要があるのである。 (イ) 刊行物3の著者は,バブコックの分類が不完全であるとしている。その理由の一つは,複数の反応物を一箇所から供給するケースのみを検討している点である。刊行物3の著者は,この点については,反応物を別の個所から供給するケースも知られていると述べているのであり,反応蒸留法の適用の可能性をバブコックよりも広く示しているのであって,バブコックの分類を否定しているのではない。 バブコックの分類が不完全であるもう一つの理由は,塔の液相が理想溶液でありかつ成分の相対揮発度が一定のままであるケースのみを考慮している点である。刊行物3においては,共沸混合物が生じる場合(非理想溶液)のように,共沸組成物が生じても反応蒸留は行われていることが注記されているのである。ここでも,反応蒸留法の適用の可能性をバブコックよりも広く示しているのであって,バブコックの分類を否定しているものではない。 刊行物3において,例示された反応中にクラスUに属するものが存在しないのは,反応蒸留に最適でないクラスの反応でも工夫して反応蒸留を適用しているからである。したがって,このことは,引用発明1に係る反応につき,それが,クラスUに属するものであるから,反応蒸留に最適である,と刊行物3から理解することの妨げにはならない。 2 取消事由2(本件発明の顕著な効果の認定判断の誤り)について (1) 生産速度,収率について 平衡定数が小さい平衡反応において,反応を進行させるために反応蒸留法を採用するのであるから,転化率が高くなり,生産速度が高くなるのは当然の結果に過ぎない。 反応蒸留は,蒸留塔付きバッチ反応に比べて,時間当たりの生産量が大きいことは,刊行物2,刊行物3,甲6文献及び甲7文献が教えているところである。本件発明が反応蒸留に何らかの工夫を加えた結果として生産量が増大したというのならばともかく,本件発明は,引用発明1に係る反応に,単に反応蒸留を適用したにすぎないものである。 (2) 選択率について 刊行物2の「結語」(甲第4号証256頁右欄,原告提出の訳文5頁第3段落)は,反応蒸留法に本来は適する反応を実験室の蒸留塔付反応フラスコで行なうと,厳しい熱的条件にさらされるので,選択率が小さくなること,及び,反応蒸留で行えば選択率が高くなることを教示している。 反応蒸留を用いれば,蒸留塔付きバッチ反応よりも副生成物の生成が少なくなることは,当然に予測されることにすぎない。 DMCとフェノールを反応させてDPCを作る反応において,アニソールが副生すること及びアニソールの副生を抑制することが望ましいことは周知である。そして,一般に反応蒸留により副生成物の生成が抑制されることはよく知られていることであるから,反応蒸留によりアニソール副生が抑制されること自体は容易に予測されることである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本件優先日当時の技術水準の認定判断の誤りに基づく相違点1についての判断の誤り)について (1) 相違点1の実質的内容について 審決は,相違点1を「前者(判決注・本件発明)では,第1工程において原料化合物を連続的に 供給して反応させ,副生する脂肪族アルコールを含む低沸点成分を蒸留によって連続的に抜き出し,一方,生成したアルキルアリールカーボネート類を含む高沸点成分を塔下部より連続的に 抜き出し,そして第2工程では塔下部の抜き出し液を 連続的に 供給して反応させ,生成するジアルキルカーボネートを蒸留によって連続的に抜き出し,供給して循環させ,一方ジアリールカーボネートを含む高沸点成分を塔下部より連続的に抜き出しているのに対し,後者(判決注・引用発明1)では反応と反応生成物の分離,取り出しをこのような方法で行うことについて記載されていない点」(審決書26頁[(a)対比],38頁第4段落,同第6段落,39頁第1段落,同第4段落,同第7段落。下線付加。)と認定した。 審決は,本件発明と引用発明1との相違点1を,便宜上,構成を一連にまとめた形式で記載しているものの,正確には,上に記載されたところのすべてが相違点というわけではないことは明らかである。 すなわち,刊行物1の図3には,本件発明の製造対象化合物の一例であるDPCをDMC及びフェノールから製造する2段階の反応 PhOH+DMC←→MeOH+PMC(引用発明1の第1反応) (PhOHはフェノール,MeOHメタノールを示す。) 2PMC←→DMC+DPC (引用発明1の第2反応) の反応シークエンスが示され,各反応段階ごとに別の反応器で行うこと,引用発明1の第1反応を行う「PMC合成反応器」でメタノールを分離すること及び関与する各化合物の装置間の流れが示されているから,上記の相違点1の内の下線を付加していない構成については,刊行物1に記載されていることが明らかである。 また,反応器が連続多段蒸留塔であるとき,その運転形態は,原料化合物を連続的に供給して反応させることになり,また,反応器からの化合物は連続的に抜き出すことになる。このとき,低沸点成分は蒸留により,高沸点成分は塔下部から液体として抜き出すことになることも当然である。(甲第4号証の図1aについての「図1aは連続的に操作される反応蒸留器である」(原告提出の訳文第1頁1.見出し下3行など)との記載及び甲第16号証(WO83/03825号公報)) したがって,相違点1のうち,二重下線を付した構成,すなわち,刊行物1の図3に記載されたDPC製造プロセスの「PMC合成反応器」及び「DPC合成反応器」と,本件発明の「第1連続多段蒸留塔」及び「第2連続多段蒸留塔」との間の相違こそが,相違点1の実際の内容である。審決も,当業者が,前者を出発点として後者の構成に容易に想到することができるか否かについて判断しているところである(審決書32頁15行〜23行,33頁27行〜31行)。 (2) 引用発明1に係る反応の実施可能性についての認識について 刊行物1の図3に記載された引用発明1の第1反応及び第2反応がそれぞれ平衡反応であって,(a)平衡定数が極めて小さく,(b)かつその反応速度も小さく,(c)引用発明1の第1反応の反応原料であるDMCと反応生成物であるメタノールとが共沸混合物を形成し,(d)脱炭酸反応によりアニソールを副生するものであることはそれぞれ知られている。((a),(b)は,甲第17号証(特開平1-265062号公報2頁左上〜右下欄),(c)は甲第9号証(特開昭54-48732号公報2頁右上欄),(d)は甲第3号証9頁右欄Scheme4,被告提出の訳文2頁反応図4参照。) 引用発明1の第1反応及び第2反応の2段の反応を経てDPCを製造する場合に,低沸点反応生成物であるメタノールを除去できる蒸留塔付きバッチ反応器が用いられていること(甲第8ないし第11号証),及び,この製造方法には生産速度,収率,選択性が不十分であるという欠点があることは,本件優先日当時既に知られていた。(甲第11号証(特開昭51-105032号公報2頁左上欄11行〜12行) 審決は,引用発明1に係る反応について,「製造が全体として合理的に行い得る設計であることは明らかである」,「その合理的といえる製造プロセスを「図3」(10頁)に示し」,「該プロセスによるDPCの製造を可能にすることを積極的に公表するものであり,ホスゲンを用いない図3に記載のDPC製造プロセスであっても効率よくプロセスが構成し得ることを期待させるものである。」(審決書27頁17行〜28頁3行)と認定し,引用発明1に係る反応が,本件優先日において,刊行物1の記載自体から,さらには甲13文献ないし甲15文献の記載をも考慮して,工業的に実用化することができる可能性があると考えられるものであったことを強調している。 引用発明1に係る反応の種類の反応が工業的に実用化することができる可能性のあるものであることは,上記のとおり蒸留塔付きバッチ反応器で既に知られていたことであり,あえて強調するまでもないことである。したがって,刊行物1の図3に記載されたプロセスが合理的に製造を行い得る設計であるとの審決の上記認定に誤りはない。また,甲13文献ないし甲15文献に,エステル交換反応によりDPCが工業的に製造ができることが記載されていることも確かである。そうである以上,同図記載の反応が,本件優先日において,工業的に実用化することができる可能性のあるものであった,との審決の認定に何ら誤りはない。 (3) 引用発明1に係る反応に蒸留手段を適用する動機付けについて 平衡反応において,生成物ができる方向の反応を進行させるのに,蒸留により生成する低沸点生成物を除去する手段が適することは,従来からよく知られていることである。甲6文献には,「エステル化反応は液相平衡反応の代表的なものであり,反応蒸留に適した要素を有している。・・・エステル-エタノール-水の3成分系共沸物がこの塔の留出物として得られる」(甲第6号証212頁9行〜18行)との記載があり,刊行物2には,「平衡反応を工業的なスケールで実施する際,化学的平衡をずらす手段として反応に蒸留工程を結合することが,平衡定数の大きさに応じて多かれ少なかれ重要である。」(甲第4号証252頁左欄2行〜5行,原告提出の訳文1頁1.の1行〜2行)との記載がある。刊行物3には,平衡反応において生成物分離手段として,吸収,抽出なども考えられるものの,「最も多くの実験的及び理論的研究の対象となってきたのは反応蒸留である」(甲第5号証の1・被告提出の訳文1頁第2,第3段落)との記載もある。 そうであるから,刊行物1の図3記載の「PMC合成反応器」及び「DPC合成反応器」として,「平衡反応で従来から用いられる蒸留手段を備えた装置の中から有利なもの,有利であることが期待されるものが採用されるのはごく当然のことである。」(審決書29頁第1段落)との審決の判断は相当である。 審決は,引用発明1の第1反応について,「該プロセスにおいて低沸点生成物を除去し平衡をズラすのに蒸留手段が適することは従来からよく知られていることである。」(審決書28頁第4段落)と認定し,その根拠として反応蒸留が記載されている甲7文献,甲6文献及び刊行物2(審判事件甲第3,第1,第6号証)を挙げ,上記判断を導いているため,原告から,引用発明1に係る反応自体に,あたかも反応蒸留を適用する動機付けがあるかのように認定したことには,論理の飛躍がある,との指摘を受けている。しかし,「該プロセスにおいて」は「該プロセスのような平衡反応において」の意味であることは,その根拠文献の記載内容から,及び,それに続く上記判断に自然につながることから,明らかである。そして,審決のこの「該プロセスにおいて・・・」との記載は,それに続く文章において,正しく「平衡反応で従来から用いられる蒸留手段を備えた装置の中から有利なもの,有利であることが期待されるものが採用されるのはごく当然のことである。」(審決書29頁第1段落)と記載され,判断されているにすぎないのであるから,審決は,引用発明1に係る反応自体に反応蒸留を適用する動機付けがあるとして,それを根拠に判断しているわけではなく,審決に原告主張の論理の飛躍があるとすることはできない。 原告は,刊行物1の図3の「PMC合成反応器」は,メタノールを選択的に分離しているものであるとして,これを前提に,メタノールは,蒸留においてDMCと共沸混合物を形成し選択的に分離することができないものであるから,この分離手段は蒸留ではないとするのが合理的である,と主張する。 しかし,フローチャートを書くときに,注目する物質(上記図3の場合,メタノール)のみを表示して,その他の物質,例えば,意図せずに同伴する物質(この場合DMC)等の記載を省略することが,ごく普通に行われることであることは,当裁判所に顕著である。同図において,すべての物質が記載されているわけではないことは,アニソールが副生する際に二酸化炭素が生成するにもかかわらず(甲第3号証9頁右欄Scheme4(被告提出の訳文2頁反応図4)の一番上の反応式参照),図3においては,この二酸化炭素についての記載が省略されていることからも明らかである。刊行物1の図3の「PMC合成反応器」における分離手段は蒸留ではないとするのが合理的である,との原告の上記主張は,前提とするところが誤っており,採用することができない。 (4) 引用発明2の認定判断の誤りについて (ア) 平衡反応で従来から用いられる蒸留手段を備えた装置として典型的なものに,反応塔(連続)と塔付きバッチ反応器(不連続)とがある。すなわち,刊行物2には,工業的規模での平衡反応を実施する方法として,「a)反応塔(連続)」,「b)塔付きのバッチ反応器(不連続)」,「c)CSTR又は反応器カスケード(連続)」の三つが挙げられてはいる(甲第4号証252頁図1)ものの,使用装置に着目すると基本的な装置単位は,2種類であり,「a)反応塔」と「b)塔付きのバッチ反応器」であるものとされている(甲第4号証252頁右欄下から7行〜1行,原告提出の訳文1頁18行〜21行)。そして,この「反応塔(連続)」は,「連続多段蒸留塔」を意味している(本判決においては,これを「反応蒸留塔」といい,その方法を「反応蒸留」という。また「塔付きのバッチ反応器(不連続)」を「蒸留塔付きバッチ反応器」といい,その方法を「蒸留塔付きバッチ反応」という。) (イ) 平衡反応であり,生産速度が低いことが知られていた引用発明1に係る反応においては,平衡反応をより生成物側に効率的にずらし,高い生産速度及び収率とすることが望まれていた(甲第10号証1頁右下欄,甲第19号証2頁右上欄)。また,引用発明1の第1反応は,アニソールを副生しやすい反応であることは知られているから(甲第11号証(特開昭51-105032号公報)2頁左上欄11行〜12行),選択率を向上させることも望まれていたということができる。 したがって,刊行物1の図3に記載された「PMC合成反応器」を選択する場合に,平衡反応で従来から用いられる蒸留手段を備えた装置,すなわち,蒸留塔付きバッチ反応器と反応蒸留塔から,工業化上有利なものとして,目的物を高い生産速度,収率で,高い選択率で得ることができるもの(あるいは有利であることが期待されるもの)を選択するのは当然のことである。 そして,引用発明1に係る反応において,反応蒸留塔の方が蒸留塔付きバッチ反応器よりも転化率及び選択率の向上,さらには生産速度の向上の側面で,より大きく期待できることが刊行物2に示されていることは,次に述べるとおりであるから,当業者が「PMC合成反応器」及び「DPC合成反応器」に反応蒸留塔(連続多段蒸留塔)を選択することに格別の困難性はない。 (ウ) 刊行物2は,「蒸留を上置した反応に対する反応器の選択」と題する論文であり,反応蒸留塔と蒸留塔付きバッチ反応器を比較している。(甲第4号証252頁左欄及び右欄,原告提出の訳文1頁9行〜21行) 刊行物2において,両者の比較は,典型的な平衡反応 A+B←→C+D の場合について行われている。上記式において,BはAよりも揮発性が大であり,CはDよりも揮発性が大であり,かつCが最も揮発性が大である。(甲第4号証253頁左欄18行〜24行,原告提出の訳文2頁15行〜17行) 刊行物2の文頭に記載された要約には,「反応の平衡定数及び各成分の相対揮発度(沸点)は容易に決定可能な反応系の特性である。これらのデータを用い,下図の典型的なケースを参照して,省エネルギーの見地から,反応蒸留器と,蒸留器を載せたバッチ反応器のいずれを選択すべきかを速やかに決定することができる。表1にその結果を示す。」(甲第4号証252頁,原告提出の訳文1頁3行〜7行)と記載され,その結果を一覧として記載する「表1」には,A,B,C,Dの相対揮発度をそれぞれ「1.0」,「1.1」,「4.0」,「0.1」としたときに,平衡定数「K」値が「10」,「1」,「0.01」と小さくなるほど,反応蒸留塔は蒸留器付きバッチ反応器より好ましいことが示されている。(甲第4号証252頁右欄,被告提出の訳文1頁) そして,刊行物2の本文には,「反応蒸留器は,もし平衡定数が小さければ特に有利であると想定できるかも知れない。平衡定数が大きければ大きい程,すなわち,とにもかくにも,反応が速やかに進行すればする程,平衡をずらすと言う反応蒸留器の特別な能力はより重要でなくなるであろう。これらのことが下記において検討され,定量的に示されるであろう。」(甲第4号証253頁右欄第1段落,原告提出の訳文2頁18行〜21行)と記載され,「4.平衡定数の影響」との見出しの下に,相対揮発度の設定を前記のとおりと設定し,平衡定数を変化させてシミュレーションを行っている。(甲第4号証255頁左欄,原告提出の訳文4頁1行〜7行) 刊行物2の図5は,その結果を示している。図中,「cont.」は反応蒸留を示し,「disc.」は蒸留塔付きバッチ反応を示す。(甲第4号証254頁右欄1行〜3行,原告提出の訳文3頁18行) 刊行物2の図5は,平衡定数Kが0.01のとき(実線),熱投入量の大小にかかわらず反応蒸留が蒸留塔付きバッチ反応よりも著しく大きい転化率を常に与えること,逆に,達成すべき転化率が決まっている場合を想定する(すなわち縦軸の所定の位置でグラフを見る)と,反応蒸留が蒸留塔付きバッチ反応よりも著しく小さい熱エネルギーで足りることを示している。そして,同図は,平衡定数Kが1(長鎖線)と大きくなると,反応蒸留の優位性の差が縮まり,平衡定数Kが10(鎖線)とさらに大きくなると,その差はより小さくなることを示している(甲第4号証255頁左欄,被告提出の訳文4頁図5)。前記表1の記載は,この結果をまとめたものである。 刊行物2の図5の記載は,平衡定数が大きければ,殊更に反応蒸留を用いて平衡をずらすよう構成する必要はないが,平衡定数が小さいと反応蒸留を用いて平衡をずらす効果が顕著になり,エネルギー的観点からも,転化率の観点からも,反応蒸留が蒸留塔付きバッチ反応よりも優位であることを示している,ということができる(審決は,転化率を一定とした場合の所要エネルギーの大小の観点から見て両者の比較をしている。しかし,上記のとおり,転化率の観点からも図5を見ることができる。)。 (エ) 引用発明1の第1反応 PhOH+DMC←→MeOH+MPC におけるそれぞれの相対揮発度は,フェノール(PhOH)を1としたとき,それぞれ「1.0」,「8.12」,「23.6」,「0.53」である(甲第24号証2頁18行〜19行。なお,この相対揮発度は,温度が約200℃程度におけるものである(乙第5号証4頁 2.1.2の7行,訳文9頁7行))から,その相対揮発度の関係は,上記シミュレーションの反応式 A+B←→C+D の記号で表すと D この相対揮発度は,刊行物2の図5で検討された上記の相対揮発度の条件 D 刊行物2の図5で検討された反応における相対揮発度の条件は,「A,B二つの反応物がぼぼ同等の揮発度を有すると仮定し,Dは非常に揮発度が小さいと仮定する。・・・このような特殊な場合には反応蒸留器のエネルギー的な優位性は最大のものとなる。」(甲第4号証253頁左下欄下から17行〜9行,原告提出の訳文2頁第3段落)とされる反応蒸留に理想的な相対揮発度の条件(D しかしながら,刊行物2において,「A,B二つの反応物がほぼ同等の揮発度」であるということが,理想的な条件のうちの非常に重要な要件であるとされている,というわけではない。すなわち,刊行物2の「5.AとBの相対揮発度が異なるとき」の項には,先の検討条件におけるBの相対揮発度を「1.1」から「3」としてAとBとを異なる相対揮発度とした場合について,「図6はAとBの相対揮発度が非常に異なる時(1:3),・・・反応蒸留器の優位性はほとんどなくなってしまっている。しかしながら,Bの相対揮発度を増加すると,BとCの相対揮発度の比が同時に変わることに留意しなければならない。おそらく,BとCの分離と言う問題が非常に大きくなったため,他の違いはもはや明白に注目すべきものではなくなったのであろう。」(甲第4号証255頁右欄〜左欄,原告提出の訳文4頁9行〜13行)と記載されており,刊行物2の著者は,AとBとの相対揮発度差の増大より,BとCの相対揮発度差の減少の方が重要であるとしている。したがって,「A,B二つの反応物がほぼ同等の揮発度」でなかったとしても,BとCとの相対揮発度が大きい場合には,直ちに反応への反応蒸留適用が阻害されることになるものではないということができる(これに加えて,刊行物2には,AとBの相対揮発度の間の差の減少がもたらすエネルギーの優位性の減少について,「この省エネの利点の減少は,別別の段に反応物質を導入することで妨げることができる。」(甲第4号証255頁右欄21行〜23行,原告提出の訳文4頁21行〜22行)と,AとBに相対揮発度に差があっても,反応物の供給位置の変更で解決し得ることも示されている。)。 (オ) 引用発明1の第1反応の平衡定数Kは,0.0001の位のものである(弁論の全趣旨)のに対し,刊行物2には,平衡定数が0.01より小さい反応例はない(甲第4号証)。 しかしながら,引用発明1の第1反応は,たとい平衡定数が0.01より小さいものであるとしても,平衡を生成物側にずらし得る平衡反応であるという点においては,平衡定数0.01の場合と特段変わるものではない。 したがって,平衡定数が0.01より小さい領域でも,平衡定数が0.01の場合と同じ傾向であると考えるのが自然であり,このように考えるべきことを妨げる事実も見当たらない。平衡定数が小さいほど反応蒸留の方が蒸留塔付きバッチ反応よりも利点が大きくなることが示されているのであるから,例示されている平衡定数より小さい平衡定数の反応へ反応蒸留の適用を試みることに何ら困難はないというべきである。 平衡定数が小さくなるほど,蒸留塔付きバッチ反応に比べて,省エネルギー及び転化率の利点が大きくなることが明確に示されている反応蒸留を,前提とされる相対揮発度関係の特徴の主要な部分が共通し,かつ平衡定数が小さい反応であることが知られている引用発明1の第1反応へ適用することは,当業者にとって格別困難なことではなかったというべきである。 (カ) 刊行物2には,上記のとおり,平衡定数が小さくなるほど,反応蒸留の方が,蒸留塔付きバッチ反応より省エネルギー及び転化率の利点が大きくなることが明確に示されているだけでなく,選択率も後者の方が高いことも示唆されている。 刊行物2の「結語」には,「最初の実験的検討は一般にバッチ方式で行われることに留意することが必要である。もし,反応系が反応蒸留器に理想的に適合するのであれば,蒸留器を載せた反応フラスコで行われるバッチ方式の実験は反応物と生成物を反応蒸留器における場合よりも激しい熱的条件にさらすであろう。 これは選択率の大きなロスを引き起こし,このプロセスを実験的検討の段階で放棄させることになりかねない。このような場合には,反応蒸留器ではより高い選択率が得られるかも知れないことを,初期の段階で評価することが重要である。」(甲第4号証256頁右欄第3段落,原告提出の訳文第5頁第3段落)と記載されている。 この記載が,反応蒸留に実際には適するはずの反応であっても,これを実験室の蒸留塔付き反応フラスコ(バッチ式)で行なうと,反応蒸留におけるものより厳しい熱的条件にさらされ副反応が起こり選択率が小さくなることから,この段階でプロセスを断念することになりかねないことを指摘して,それを防ぐため,反応蒸留で実施すれば,蒸留塔付き反応フラスコ(バッチ式)による場合より選択率が高くなる傾向があることを念頭に置くよう注意を喚起するものであることは,明らかである。 DMCとフェノールとを反応させてPMCを作る引用発明1の第1反応において,熱分解反応によってアニソールが副生すること及びアニソールの副生を抑制することが望ましいことは,前記のとおり周知のことである。 そして,反応蒸留において転化率が向上し,選択率が向上すれば,転化率に選択率をかけたものである収率もまた向上することが期待できるのである。 したがって,選択率及び収率を向上させるという観点からも,引用発明1の第1反応に反応蒸留を選択することについて十分な動機付けがあったということができる。 (キ) 引用発明1の第2反応 2MPC←→DMC+DPC についても,相対揮発度は,同様に D したがって,引用発明1の第2反応についても,蒸留塔付きバッチ反応器よりも反応蒸留塔での実施に適していることは,当業者が容易に想到することができるところである。 (ク) 以上によれば,引用発明1の第1反応を担当する「PMC合成反応器」及び引用発明1の第2反応を担当する「DPC合成反応器」のそれぞれに,反応蒸留器(連続多段蒸留塔)を選択することは,当業者が容易に想到し得たことであると認められる。 (ケ) 原告は,刊行物2記載のシミュレーションが省エネルギーの観点から検討されていることを挙げ,これを根拠に,そもそもこの結果を実用上可能であることすらわかっていない引用発明1に係る反応に適用しようとするはずがない,と主張する。 しかしながら,刊行物1の第3図に記載された種類の平衡反応が,揮発成分の蒸留により平衡反応をずらすことにより,実用化することができるものであることは,甲第8ないし第11号証に記載されたとおり既に知られていたこと,及び,この反応を実施しようとするとき,この種の反応装置として反応蒸留塔と蒸留塔付きバッチ反応器があることは予想することができることは,前述のとおりである。そして,刊行物2は,上記二つのうち,どちらが有利かを検討する場合において,参考にし得るものである。刊行物2記載の上記シミュレーションは,省エネルギーの観点から検討されたものではあるものの,そこからは省エネルギーのことしか分からない,などということはない。その各グラフからは,エネルギー消費の観点のみならず,転化率の観点からも,両反応方式の優劣をみることができることは明らかである。すなわち,転化率を所与とすると,必要なエネルギーの多寡によって両方法の優劣を比較することができるし,逆に投入エネルギーを同じくしてどちらの方法が高い転化率を与えるかを比較することもできるのである。原告の上記主張は理由がないことが明らかである。 (コ) 原告は,反応速度が速いことを前提とした刊行物2記載のシミュレーション結果を,反応速度が遅いことが知られた引用発明1に係る反応に適用することはできない,と主張する。 刊行物2における「反応は,反応塔の棚上の合計滞留時間が十分であるべく充分に速くなければならない。」(甲第4号証253頁左欄2行〜4行,被告提出の訳文2頁3行〜4行)との記載は,表現が明確でなく,「反応塔の棚上の合計滞留時間が十分」がどの程度をもって十分と想定しているのか,「充分に速く」がどの程度をもって十分速いというのか必ずしも明りょうではない。しかし,反応が,少なくとも,実用可能な程度に平衡が生成物側にずれる程度に速くあるべきことは,「平衡をずらすと言う反応蒸留器の特別な能力」(甲第4号証253頁右欄13行〜14行,原告提出の訳文2頁20行)を蒸留塔付きバッチ反応器と比較するこのシミュレーションの前提として当然のことである。 引用発明1の第1反応の反応速度は,遅いといってもバッチ式で平衡をずらしてPMCが製造できる程度には速い速度であるから(甲第3号証9頁右欄TAB.3,被告提出の訳文3頁表3等参照),瞬間反応ではないにしても反応を実用可能な程度にずらすことができる程度の速度ではあるということができる。また,この反応においては,温度の上昇等でその速度が高められ,温度によっては,分単位で示される程度の時間で平衡状態に至ることが知られている(乙第4号証によれば,引用発明1の第1反応の反応速度は,130℃では平衡に達するのに1.5時間ほどかかるが,170℃では30分ほどで,200℃ではもっと速く平衡に近づくことが認められる。)。 引用発明1の第2反応の反応速度については,刊行物1に「比較的高い速度かつ高収率で実施することができた。」(甲第3号証10頁左欄第2段落,被告提出の訳文3頁下から4行〜5行)と記載されている。 反応塔の反応液の滞留時間は,比較的広範囲に長くも短くもできるものである(本件明細書では,「滞留時間」について「通常0.001〜50時間」としている。また,甲16文献に記載された反応蒸留では,反応は異なるものの,滞留時間は約2.4時間(甲第16号証4頁12行〜5頁3行)と時間単位で示される程度に長い時間をとることができることが知られている。)。 このような状況の下で,刊行物2の上記記載が,引用発明1の第1反応及び第2反応に反応蒸留を適用することを思いとどまらせるものであるとすることはできない。 原告は,刊行物2に記載されたシミュレーションは,刊行物2の(6)式(甲第4号証254頁左欄)に示されているように,非常に速く平衡に達する反応(瞬間反応)を前提としている,と主張する。しかし,刊行物2におけるシミュレーションの前提となるモデル式は,単にそれ以降の計算を簡単にするための単純化したものにすぎない(甲第4号証253頁右欄〜254頁左欄,原告提出の訳文2頁「2.数学的モデル」)。このシミュレーションにおける単純化の意味は,審決が述べているとおり「シミュレーションは,一定の前提をおいた分析であるが,前提が重要な条件を満たしていれば,条件の一部に変更があってもそれによってどのような変化が生じるのか,ある程度は予測可能」(審決書36頁1行〜3行)なのであり,予測可能であるからこそ,化学装置の設計にシミュレーションが頻繁に利用されるのである。 したがって,「反応は,反応塔の棚上の合計滞留時間が十分であるべく充分に速くなければならない。」としても,この要件を満たすものを,原告が主張するように瞬間反応に限定すべき理由はない。瞬間反応でなければ,刊行物2に記載された知見が役に立たないというものではない。 (サ) 原告は,塔頂成分純度の99.9%から98%というわずかな違いが結果に大きく影響するような刊行物2に記載された知見(引用発明2)は,塔頂成分純度が70%を越えないほど低い引用発明1の第1反応へ適用することができないものである,と主張する。 しかしながら,刊行物2の上記知見(引用発明2)は,反応蒸留と蒸留塔付きバッチ反応との間の優位さの差が小さい場合(図6)であっても,塔頂生成物の要求純度を99.9%から98%へと下げれば(図7),反応蒸留がはっきり有利になるというものである。すなわち,低沸点生成物Cと低沸点反応物Bの蒸留での分離が困難であると,BとCとの分離に要するエネルギーが増大する結果,反応蒸留の蒸留塔付きバッチ反応とのエネルギー上の優位性に差がなくなるものの,塔頂で得られる生成物C中に少々多くの反応物Bが混ざってもよいとする(塔頂生成物における生成物Cの要求純度を下げる)と,BとCとの分離に要するエネルギーが減少するため,反応蒸留のエネルギー上の優位性が明確になることを意味するものである。 したがって,塔頂の要求純度を下げると反応蒸留のエネルギー上の優位性が明確になるという刊行物2の上記知見は,むしろ引用発明1の第1反応へ反応蒸留を選択する動機付けになるものである。 また,反応原料の一部が共沸混合物として塔頂から出てしまう場合は,甲6文献の215頁に記載された反応例にもあるとおり,その原料を過剰に供給し,分離回収されたものから再利用する等の工夫で反応蒸留を実施することができるのであり(甲第6号証),塔頂から共沸混合物が出ることは,反応蒸留の当該反応への適用を阻害することになるものではない。 (シ) 以上のとおり,刊行物2には,引用発明1の第1反応及び第2反応の反応器に,反応蒸留器(連続多段蒸留塔)を適用する強力な示唆があるということができるのであるから,審決が引用している刊行物3及びその余の公知技術ないし周知技術を検討するまでもなく,本件発明1は,引用発明1及び引用発明2から容易に想到することができたものということができる。 (5) 引用発明3の認定判断の誤りについて 本件発明1は,上記のとおり,引用発明1及び引用発明2から,容易に想到し得るものである。しかし,審決は,引用発明3についても認定判断をして,その上で,本件発明が容易に想到し得るものであるとの判断をし,原告はこれについて争っている。そこで,次に,念のために,引用発明3について判断する。 (ア) 刊行物3の表Uにおいては,平衡反応が,反応物及び生成物の相対揮発度に従って,四つの類型に分類されている。クラスIは,すべての生成物の相対揮発度が,すべての反応物の相対揮発度より大きいか,又は,小さいケース;クラスUは,一つの生成物の相対揮発度が,すべての反応物の相対揮発度より小さく,かつ,他の生成物の相対揮発度がすべての反応物の相対揮発度より大きいケース;クラスV及びWは,その他のケースである(甲第5号証38頁左欄,被告提出の訳文4頁)。そして,刊行物3には,「数学のシミュレーションによりBabcookはこれら2つのケースに属する反応だけが反応蒸留において利点を与えるということを示している。利点はクラスUの反応のケースにおいて最大である。」(甲第5号証の1,37頁右欄下から第1段落,原告提出の訳文2頁13〜15行)と記載されている。 クラスUにおける相対揮発度を,刊行物2における平衡反応 A+B←→C+D の記号で表すと D この相対揮発度の関係は,刊行物2の理想的な相対揮発度の比の条件 D しかも,このクラスUにおいては,AとBとの相対揮発度の関係については,刊行物2におけるようには,問題とされていない。 そして,引用発明1の第1反応及び第2反応の化合物間の相対揮発度は,それぞれクラスUに属するものであることが,明らかである。 このように,引用発明1の各反応の相対揮発度の関係が反応蒸留に適するものであることは,刊行物2のみならず刊行物3にも示されている。引用発明1に係る各反応に反応蒸留を適用することに進歩性はないとした審決の判断に誤りがないことは,引用発明3をも考慮に入れれば,より明らかとなるということができる。 (イ) 原告は,バブコックの分類について刊行物3の著者自身が懐疑的である上,反応蒸留法の適用例として例示された反応には,バブコックが反応蒸留で最大の利点を示すとするクラスUに属するものがほとんどない,という事実(甲第25号証)から,バブコックの分類が反応蒸留適用是非の指針として絶対的なものとはいえない,と主張する。 刊行物3の著者がバブコックの分類が不完全であるとしている理由の一つは,複数の反応物を一箇所から供給するケースのみを検討している点である。しかし,刊行物3の著者は,この点については,反応物を別の個所から供給するケースも知られていると述べているものであり,反応蒸留法の適用の可能性をバブコックよりも広く示しているのであって,バブコックの分類を否定しているのではない。また,刊行物3の著者がバブコックの分類が不完全であるとしているもう一つの理由は,バブコックが,塔の液相が理想溶液でありかつ成分の相対揮発度が一定のままであるケースのみを考慮している点である。しかし,この点については,刊行物3においては,共沸組成物が生じても反応蒸留は行われていることが注記されている。すなわち,刊行物3の著者は,バブコックよりも広く反応蒸留の適用の可能性があることを示しているのであって,バブコックの分類を否定しているのではない。(甲第5号証の1,被告提出の訳文4頁第1ないし第3段落,5頁1行) 刊行物3の結論の項には,「反応物/生成物の揮発性の順序は多かれ少なかれ好都合であることができ,しかしそれが先験的な限定を示すと考える必要はない。反応と蒸留を逐次に行う慣用のプロセスよりも効率的なプロセスに最終的に到達するために,特定の解決法を考案することが可能である。」(甲第5号証の1,38頁「結論」の項,被告提出の訳文5頁)と記載されており,相対揮発度の順序が条件に合致することは反応蒸留の実施に都合がよいと結論されている。このことは,バブコックの分類は,不正確な面もあるものの,十分な指針となり得ることを示すものである。 したがって,刊行物3の記載は,バブコックの分類によって相対揮発度の順序が適合するとされる引用発明1の各反応に,反応蒸留を適用する動機付けとなり得るものである。 刊行物3に例示された反応にはクラスUに属するものがほとんどないということは,バブコックの分類では反応蒸留に最適な相対揮発度ではないとされる場合の反応であっても,解決法を工夫すれば反応蒸留の適用が可能であるとする上記結論の記載を裏付けるものである。しかし,このことが,引用発明1に係る反応は,クラスUに属するから反応蒸留に適するであろうということを刊行物3から理解することを,何ら妨げるものではないことは,当然である。 (ウ) 原告は,刊行物3によれば,反応蒸留の適用には制約があり,その制約は,引用発明1に係る反応への適用について否定的である,と主張する。 原告のこの主張は,刊行物3における「実際に,適用の好ましいケースとは何か?反応蒸留は,生成物が生じるとき生成物の蒸留の結果として平衡のずれが反応物質のほとんど完全な転化を許す平衡化学反応にとってのみ真に有利であるように思われる。」(甲第5号証の1,37頁右欄第4段落,原告提出の訳文1頁第5段落)との記載に基づくものである。しかし,この記載は,反応蒸留の適用が最適となる場合について述べているものであり,反応蒸留の適用が最適となる反応に制限されるという趣旨ではない。したがって,刊行物3のこの記載は,引用発明1に係る反応について反応蒸留の適用を断念させるものということはできない。 (エ) 以上のとおり,引用発明3は,引用発明1に係る各反応に,反応蒸留を適用をすることを示唆するものであると認められるから,当業者は,引用発明1と引用発明2に,引用発明3が加われば,より容易に本件発明1に想到することができるものと認められる。 2 取消事由2(本件発明の顕著な効果の認定判断の誤り)について 本件発明1の構成に想到することは,上記のとおり,容易である。そして,その奏する効果として原告の主張するものは,単にその構成が奏する効果を確認したにすぎない程度のものである。このような効果によって,構成自体によっては特許性(進歩性)の認められない本件発明1に特許性(進歩性)を認めることはできない。 しかも,引用発明1に係る反応における「PMC合成反応器」及び「DPC合成反応器」に反応蒸留器(連続多段蒸留塔)を適用したものが,蒸留塔付きバッチ反応器に比し,高生産速度,高収率及び高選択率であるという作用効果を奏することは,引用発明2から予測されるものである。このことを念のため説明すれば,次のとおりである。 (1) 生産速度,収率について 上記のとおり,平衡定数が小さい平衡反応において,蒸留塔付きバッチ反応におけるより反応蒸留の方が転化率(反応物量に対する全生成物量の割合であり,例えば,引用発明1の第1反応におけるDMC基準の転化率は,(PMC+アニソール)/DMCとなる。)が高いことが予測されることは,反応蒸留を採用する理由の一つであるから,本件発明1において,反応蒸留を採用したことにより,蒸留塔付きバッチ反応を採用した場合よりも,転化率が高くなるのは当然の結果である。そして,収率は,転化率に選択率(生成物量に対する目的の生成物量の割合であり,例えば,引用発明1の第1反応におけるPMCの選択率は,PMC/(PMC+アニソール)となる。)を乗じたものである。引用発明1の第1反応におけるPMCの収率は,PMC/DMCとなるから,転化率及び選択率の両方が高ければ収率が高くなるのである。そして,選択率が反応蒸留において高くなることが予測されることは,下記(2)のとおりであるから,本件発明1において収率が高くなることは,当然予測されたことである。 刊行物2記載の図5においては,前記のとおり,平衡定数が小さいほど同じエネルギーを与えた場合の反応蒸留と蒸留塔付きバッチ反応の両者における転化率の差が大きくなることが示されている。比較実験においては,比較される両者は,比較する部分以外の温度や,反応物の量等の条件は,可能な限り同等の条件で行うことは技術常識である。したがって,両反応方式において同じエネルギー量(横軸目盛り)を与えるのに必要な時間は,同程度であると考えられ,同図における横軸は時間目盛りと同等ということができる。そうすると,平衡定数が小さくなるときの反応蒸留の転化率の優位さの差の拡大の傾向は,経過時間における転化率の優位さの差の拡大の傾向と同等と考えられる。したがって,生産速度(単位時間あたりの目的生成物の収量:例えば引用発明1の第1反応においては単位時間当たりのPMCの収量)は,選択率が同じとすると,同等の傾向,すなわち,平衡定数が小さくなるほど反応蒸留の優位さが蒸留塔付きバッチ反応より拡大する傾向にあるということができる。 したがって,平衡定数が小さい反応に反応蒸留を適用している本件発明に係る反応が,蒸留塔付きバッチ反応に比し,高生産速度,高収率であろうことは,十分に予測されたものである。 原告は,審決が,本件発明の高生産速度,高収率の効果を格別ではないと認定した根拠について縷々主張する。審決は,本件発明の効果は単に反応蒸留を採用した場合に奏する効果にすぎないから,本件発明は当業者が予期し得ない格別の効果を奏するものではないこと,また,全体の収率及び生産速度は,引用発明1の第2反応でなく,第1反応により律せられるものであることを述べたものにすぎず,審決のこれらの判断に誤りはない。なお,審決の一部に誤記があったとしても,審決の結論に影響する誤りであるとはいえない。 (2) 選択率について 刊行物2の「結語」には,バッチ方式の方が反応蒸留より激しい熱的条件にさらされ選択率が低くなることが示されていることは,前記のとおりである。したがって,本件発明1に係る第1反応における副反応であって熱分解反応であるアニソールの副生は,バッチ方式より反応蒸留において抑制されることは容易に予測されたことであり,その結果,PMC,さらには2段の反応全体でのDPCの選択率が高いことも容易に予測されたことである。 |
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結論
以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 阿部正幸 |