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関連審決 審判1999-35214
関連ワード 発明者 /  新規性 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  上位概念 /  同一の発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  択一的 /  実質的に同一 /  技術的意義 /  特許発明 /  実施 /  交換 /  構成要件 /  発明の範囲 /  目的の範囲 /  新規事項追加(新規事項の追加) /  訂正の目的 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  変更 /  釈明 /  独立特許要件 /  申し立てない理由 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 209号 審決取消請求事件
原告 東洋ゴム工業株式会社
訴訟代理人弁理士 大島泰甫
同 稗苗秀三
同 後藤誠司
被告 バンドー化学株式会社
訴訟代理人弁理士 児玉喜博
同 長谷部 善太郎
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/03/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が平成11年審判第35214号事件について平成13年3月27日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,昭和59年12月12日,発明の名称を「電子写真複写機用クリーニングブレード」とする発明について特許出願(昭和59年特許願第263469号,以下「本件出願」といい,その願書に添付された明細書及び図面で当初の記載状況のものを,併せて「当初明細書」という。)をし,平成8年8月9日,特許第2076415号として登録を受けた(以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)。
原告は,平成11年5月7日,本件特許を無効とすることについて審判の請求をした。特許庁は,これを平成11年審判第35214号事件として審理し,その結果,平成13年3月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年4月11日,その謄本を原告に送達した。
この審判手続において,被告は,平成11年8月23日付けで,下記のとおりの訂正(以下,本件訂正といい,訂正前の発明を「本件訂正前発明」といい,訂正後の発明を「本件訂正後発明」という。訂正後の明細書と願書添付の図面を併せて「訂正後明細書」という。)の請求をした。
2 本件発明の特許請求の範囲 (1) 本件訂正前発明の特許請求の範囲 「重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)が2以下である分子量分布を有するポリオールとポリイソシアネートとを反応させてなるウレタンゴムからなることを特徴とする電子写真複写機用クリーニングブレード」 (2) 本件訂正後発明の特許請求の範囲(判決注・下線は本判決において付した。) 「重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)が,GPC法の測定によって2以下である分子量分布を有するポリオールとポリイソシアネートとを反応させてなるウレタンゴムからなることを特徴とする電子写真複写機用クリーニングブレード」 3 審決の理由の骨子 別紙審決書写しのとおりである。要するに,原告が, 本件訂正は,新規事項の追加に当たり,かつ,特許請求の範囲を実質的に変更するものであるから,平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下「平成6年改正前特許法」という。)134条2項ただし書,同134条5項において準用する同126条2項の規定に反し許されないと主張し,さらに,本件特許の無効理由として,@本件訂正前発明の特許請求の範囲には,平均分子量分布を特定するための測定方法及び測定条件が記載されておらず,発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているものではないから,本件出願は,昭和62年法律第27号による改正前の特許法(以下「昭和62年改正前特許法」という。)36条4項の要件を充足しない,本件訂正後発明においても,GPC法の測定条件が構成要件として特定されていないから,同様である,A当初明細書及び訂正後明細書において,分子量分布を特定するための測定方法としてGPC法の記載があるとはいえ,その測定条件が開示されていない以上,当業者が本件発明を容易に実施できる程度に構成が記載されているとはいえないから,本件出願は,昭和62年改正前特許法36条3項を充足しない,B本件発明は,甲第21号証(審判甲第8号証)に記載された発明と実質的に同一であるから,平成11年法律第41号による改正前の特許法(以下「平成11年改正前特許法」という。)29条1項3号に該当し特許を受けることができないものである,C本件発明は,甲第12号証(審判甲第3号証の1),甲第13号証(審判甲第3号証の2),第14号証(審判甲第3号証の3),甲第8号証(審判甲第4号証),甲第7号証(審判甲第5号証),甲第22号証(審判甲第7号証の1及び2),甲第21号証,甲第23号証(審判甲第9号証),甲第18号証(審判甲第10号証)に記載された発明から,容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項に該当し,特許を受けることができないものである, と主張したのに対し,本件訂正は,明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当し,平成6年改正前特許法134条2項ただし書3号,134条5項において準用される126条2項に適合するので,これを認める,とした上で,その他の原告の主張をすべて排斥したものである。
原告主張の取消事由の要旨
審決は,ポリオールの重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比である分子量分布(Mw/Mn)の測定方法,そのうちの一つであるGPC法(ゲル・パーミュエーション・クロマトグラフィ)に関する当業者の技術常識についての認定判断を誤り,その結果,本件訂正が,平成6年改正前特許法134条2項ただし書3号,134条5項によって準用される126条2項の規定に反しないとの誤った判断をして,これを認めた上で(取消事由1),本件出願が昭和62年改正前特許法36条4項,同条3項の要件を充足すると判断し(取消事由2,3),また,平成11年改正前特許法29条1項3号,29条2項に該当しないと判断したものであり(取消事由4,5),取り消されるべきである。
1 取消事由1(訂正の瑕疵)について (1) 審決は, 「平成11年8月23日付の訂正請求書による訂正事項は次のとおりである。
a.特許請求の範囲の記載を下記の通り訂正する。 「重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)が,GPC法による測定によって2以下である分子量分布を有するポリオールとポリイソシアネートとを反応させてなるウレタンゴムからなることを特徴とする電子写真複写機用クリーニングブレード。」 b.明細書の「例えば,GPC法による分子量測定から算出されることができる。」(本件特許明細書第6頁第8〜9行,本件公告公報第2頁第4欄第11〜12行)を「GPC法による分子量測定から算出されることができる。」と訂正する。」(審決書11頁1行目〜10行目) と訂正事項(以下それぞれ,「訂正事項a」,「訂正事項b」という。)を認定した上で, 「訂正事項a.は,・・・明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当し,願書に添付した明細書の記載の範囲内の訂正であって,実質上特許請求の範囲拡張し又は変更するものではない。 訂正事項b.は,・・・明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当し,願書に添付した明細書の記載の範囲内の訂正であって,実質上特許請求の範囲拡張し又は変更するものではない。」(11頁13行目〜25行目) として,各訂正事項について,明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当する,と判断した。
(2) 被告は,訂正事項aについて,平成6年改正前特許法134条2項ただし書1号に規定する「特許請求の範囲減縮」のみを訂正の目的として掲げており,同ただし書3号に規定する「明りょうでない記載の釈明」を目的として掲げていない。他方,特許法は,その153条2項で,「審判長は,前項の規定により当事者又は参加人が申し立てない理由について審理したときは,その審理の結果を当事者及び参加人に通知し,相当の期間を指定して,意見を申し立てる機会を与えなければならない。」と規定している。審判体は,被告が申し立てない理由である「明りょうでない記載の釈明」に該当するか否かについて審理し判断したにもかかわらず,当事者の一方である原告(無効審判請求人)に対し,相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えておらず,上記153条2項の規定に違反している。
(3) 訂正事項aについて,審決は,特許請求の範囲減縮であるか否かを判断せず,独立特許要件(平成6年改正前特許法134条5項で準用する同法126条3項)の判断もしていない。
(4) 本件訂正は,特許請求の範囲変更するものである。
ア 分子量分布を示す重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比(Mw/Mn)を求める手段として,GPC法以外に,氷点降下法,沸点上昇法,浸透圧法などの測定法により得られた数平均分子量Mnと,光散乱法,沈降速度法,拡散法などの測定法により得られた重量平均分子量Mwとから比(Mw/Mn)を算出する方法も,本件出願前に知られていた(甲第4号証2頁5行目〜9行目,3頁3行目〜4行目)。そして,GPC法で求められた分子量分布(Mw/Mn)が他の方法によるものと異なる値を示すこと,さらに,同じGPC法でも,カラムの組合せを変えると,比(Mw/Mn)につき,異なる測定値が得られることは,当業者の技術常識であった(甲第4号証160〜161頁)。
したがって,本件出願においても,ポリオールなどの高分子の分子量分布を表す比(Mw/Mn)を提示する場合,どのような測定方法によって算出された値かを明示するべきである。これを明示しないで,単に比(Mw/Mn)の値のみを記載しても,それが示す技術的意義は不明確である。
イ 被告は,甲第13号証や第18号証記載の測定条件が一般的なものであるから,殊更測定条件を明示する必要はない,と主張する。しかし,甲第25号証の公開特許公報(公開日・昭和58年11月28日)には,「/ :GPC(ゲル・パーミエーシヨン・クロマトグラフイー)により測定した。装置:東洋曹達社製 HLC-801A;カラム構成:G4000H8+G3000H8+G2000H8×2;溶媒:THF;速度:1.0ml/min;温度:40℃,キヤリブレーシヨンはポリプロピレングリコールの単分散品(ウオーターズ社製市販品)を用いて行つた。
:JIS K1557-1970に準拠,PTMGのOH価の測定により求めた。試料を無水フタル酸のピリジン溶媒で処理して,両末端のOH基をエステル化し,過剰の酸を水酸化ナトリウムで滴定し,エステル化に用いられた酸の量を求め,計算により平均分子量()を算出した。」(2頁右下欄8行目〜3頁左上欄5行目)と記載されており,これは,甲第13号証や第18号証のものとは明らかに異なる測定条件である。したがって,甲第13号証や第18号証に記載されている測定条件を,一般的なものであるとすることはできない。
ウ 当初明細書には,「ポリオールの分子量分布は,例えば,GPC法による分子量測定から算出することができる。」(甲第2号証4欄10行目〜12行目)と記載されている。これによれば,分子量分布は,GPC法のみならず,上述の,本件出願前に知られた方法のうち,いずれの方法で求めてもよいことになる。
すなわち,ここでは,分子量分布を求める具体的な方法は特定されていない。
このように特定されていない方法によって求められるものとされていた比(Mw/Mn)を,本件訂正により,GPC法で求められる値の比とすることは,「比(Mw/Mn)が2以下」であることの意味を実質的に変更することになる。本件訂正は,実質上特許請求の範囲変更するものである。
エ 当初明細書では,上述したように,本件出願前に知られた方法の中から,どの方法によって比(Mw/Mn)を求めてもよいとされていた。これらの方法の中から,その一つを特定することは,当初明細書の記載の範囲内の訂正であるとはいえず,新規事項の追加に該当する。
2 取消事由2(昭和62年改正前特許法36条4項の適用判断の誤り)について (1) 審決は,「請求人は,GPC法の測定条件が構成要件とされるべき旨主張するが,重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の両方を測定する方法として,GPC法は当業者にとって周知慣用の手段であり,GPC法による分子量測定において,測定対象(本件の場合は,ポリオール)に応じて,装置,移動相溶媒,カラム,標準物質等に,適切なものの選定は,当業者において通常行うことであるから,本件明細書において,ポリオールの重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)を求めるためのGPC法の測定条件を構成要件とすることまでが必須の事項であるとはいえない。」(審決書11頁39行目から12頁7行目),としている。
(2) GPC法では,装置,移動相溶媒,カラム,標準物質等の測定条件について,測定機関において適切な条件を設定したとしても,例えばカラム温度や試料濃度の選定如何により,比(Mw/Mn)の測定値が異なることがある。また,分子量分布の計算において,GPCチャートのベースラインの引き方によって,あるいは,低分子量域を資料の分子量の算出に入れるか否かによって,比(Mw/Mn)の値も異なってくる。後者につき,低分子量域をカットしないのが,本件出願当時の技術常識であった,ということはできない(甲第6号証,第7号証,第13号証,第16号証,第17号証,第26号証,乙第6号証の2)。
したがって,装置,移動相溶媒,カラム,標準物質等の測定条件や,GPCチャートにおけるベースラインの引き方,低分子量域の取り込み範囲の設定等の解析条件を,特許請求の範囲に記載すべきである。
これらの測定条件ないし解析条件の記載がなければ,分子量分布を示す比(Mw/Mn)の示す技術的意義を理解することができない。
(3) 当初明細書に記載されたプラクセル220の比(Mw/Mn)の値は「2.4」である。ところが,同じプラクセル220の比(Mw/Mn)であるにもかかわらず,甲第7号証の分析により得られた値は「1.8018」であり,甲第16号証では「2.7」,甲第17号証では「2.18〜2.25」,甲第13号証では「2.8〜3」と異なっている。この相違が何に基づくのか,測定条件の相違が明らかにならないと,当業者は理解することができない。
(4) 訂正後明細書には,単に「GPC法による分子量測定から算出されることができる」としか記載されていない。その測定条件も解析条件も何ら開示されていない。訂正後明細書は,発明の構成に欠くことのできない事項のすべてを記載しているものではなく,昭和62年改正前特許法36条4項の要件を充足していない。
3 取消事由3(昭和62年改正前特許法36条3項の適用判断の誤り)について (1) 審決は,「重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の両方を測定する方法として,GPC法は当業者にとって周知慣用の手段であり,GPC法による分子量測定において,測定対象(本件の場合は,ポリオール)に応じて,装置,移動相溶媒,カラム,標準物質等に,適切なものの選定は,当業者において通常行うことであるから,本件明細書において,ポリオールの重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)を求めるためのGPC法の測定条件を構成要件とすることまでが必須の事項であるとはいえない。」(11頁39行目〜12頁7行目),「GPC法による測定において,測定対象(本件の場合は,ポリオール)に応じて,装置,移動相溶媒,カラム,標準物質等に,適切なものを用いることは,当業者において通常行うことであるから,本件明細書において,ポリオールの重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)を求めるためのGPC法の詳細測定条件の記載がないからといって,当業者が本件発明を容易に実施できる程度に明細書が記載されていないとすることはできない。」(審決書12頁9行目〜15行目),「本件出願後に頒布された刊行物ではあるが,GPC法に係る一般的な技術常識として,甲第6号証(判決注・本訴甲第6号証)には,GPC法の測定条件として適切な条件を選定することが必要であることが記載されているものの,そうであるからといって,ポリオールについて,その重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)が2以下のものを選定する際に,GPC法の詳細測定条件が具体的に開示されなければ,当業者が本件発明を容易に実施することができないとまではいえない」(審決書12頁16行目〜22行目),としている。
(2) 前記のとおり,GPC法における測定条件及び解析条件についての基準というものは存在しないから,これらが具体的に明らかにならなければ,そもそも比(Mw/Mn)の意味が明らかにならず,したがって,ポリオールを特定して,本件発明を再現することができないことになる。測定条件及び解析条件を具体的に明らかにしていない訂正後明細書の記載によって,当業者が容易に本件訂正後発明を実施できる,とすることはできない。
審決は,本件訂正後発明を容易に実施することができないとまではいえない,と判断しているが,その根拠ないし証拠を何ら示しておらず,理由不備である。
(3) GPC法による測定において,同じ物質を対象としても,測定値に差異が生じ得ることは,次のことからも明らかである。
前記のとおり,当初明細書に記載されたプラクセル220の比(Mw/Mn)の値は「2.4」であるのに対し,甲第7号証の分析により得られた値は「1.8018」である。この相違は,測定条件や解析条件の相違によるものであって,本件発明で適用された測定条件や解析条件は,甲第7号証におけるものとは異なると推察できる。同じことは,同じプラクセル220についての測定値が,甲第16号証では「2.7」であり,甲第17号証では「2.18〜2.25」であり,甲第13号証では「2.8〜3」であることからもいい得る。この相違の原因が何かは,測定条件が明らかにならないと理解できず,結局,当業者が訂正後明細書に基づき本件発明を容易に実施できる,ということはできない。
なお,上記甲第13号証,第16号証,第17号証では,測定条件が具体的に開示されている。
これに対し,審決は,甲第7号証について,「甲第5号証(判決注・本訴甲第7号証)を根拠とし,プラクセル220の重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)は,1.8018であることを前提とした請求人の主張は妥当とはいえない。」(審決書13頁29行目〜31行目)とし,甲第7号証の分析により得られた値を根拠に本件発明を当業者が容易に実施できないとすることはできないと判断するが,以下に述べるとおり,誤りである。
ア 審決は,上記判断の前提として,「甲第5号証における測定で使用されたサンプルは,最近になって新しく用意されたもので,本件特許発明の出願当時の比較例の試料として使用しているプラクセル220と同一物(性状ないし物性上全くの同一物)のものであるとの保証はないものである。」(審決書13頁9行目〜12行目),とする。
そもそも,化学分野の一般的常識として,同一商品名のプラクセル220は本件出願当時も現在も同一の性状であるとして取り扱うのが相当である。そして,このことは,プラクセル220の製造メーカーであるダイセル化学工業株式会社が,プラクセル220について,発売以来現在に至るまで製造条件が変わっていないこと,その製造条件である原料モノマーの種類と量,触媒の種類と量,反応温度,反応に要する時間は全く変わっていないこと,及び,昭和53年4月以降現在に至るまでの分析項目である色相,酸価,水分,OH価,融点,粘度は一定範囲内であり,その製品規格幅を変えていないことを保証していることからも明らかである(甲第8号証ないし第10号証)。特に,比(Mw/Mn)が一定範囲内であることについては,「武田薬品工業株式会社から東洋ゴム工業株式会社宛の「プラクセル220の分子量分散度」についての見解書」(甲第11号証)において,製造当初以降現在に至るまで変わっていないと推定されている。
イ 審決は,「甲第5号証(判決注・本訴甲第7号証)の分析証明書は,添付の「THF系GPCポリスチレン換算分子量-保持時間曲線」は1999年2月22日のものと推定され,証明書の作成日(平成11年2月8日)より後日の検量線であり,このことだけでも,証明書の信憑性に疑問を抱かせるものであるが,この検量線によったとされた試料PCL-220-HG-005についてのGPC分子量計算結果のチャートのおけるピーク位置の保持時間(42.667分)に対応する分子量MP(5910)と該検量線によった計算式から算出される保持時間42.667分に対応する換算分子量(5628)が一致しないという不備もある。」(審決書13頁13行目〜21行目)としている。
甲第7号証の検量線が証明書の作成日より後日のものである点は,証明日付はそのままにして検量線のみを追加したためであり(「2000年10月20日付け武田薬品工業株式会社の東洋ゴム工業株式会社あての「H11.2.8付け分析報告書に対する指摘事項について」の回答書」(甲第15号証)),さらに,検量線による換算分子量については,これを5628とするのは審決の読み誤りであり,実際には「5928」であって,分子量5910と換算分子量5928との差はわずかなものであり,しかも,これは検量線から求められるMP値とコンピュータ処理で算出したMP値の差によるものである。したがって,甲第7号証は十分信憑性がある。
なお,審決は,原告が甲第7号証の検量線の差し替えを申し立てたことは,証拠の実質的な変更に当たる,としているが,原告は,甲第7号証の検量線を差し替えるなどという上申はしていない。原告が上申したのは,乙第3号証(判決注・審判旧甲第15号証を参考資料6としたもの)の検量線の差し替えである。このことは,乙第2号証(平成12年10月28日付上申書)6頁22行目以下の記載をみれば明らかである。
ウ 審決は,「測定試料であるプラクセル220は,甲第3号証の2(判決注・本訴甲第13号証)によれば,平均分子量は2000であるから,GPC法による測定で,数平均分子量(Mn)は2000に近い値の分析結果が得られることが想定されるところ,甲第5号証では,数平均分子量(Mn)は3141であることが示されていることから,溶出時間52分以降の成分をカットして測定したものであるとしても,数平均分子量(Mn)の値の点からも,甲第5号証の結果は妥当なものとはいえない。」(審決書13頁22行目〜28行目),「溶媒にテトラヒドロフラン,標準物質にポリスチレンを用いて検量線を作成し,プラクセル220をGPC法により測定した結果を示す,審判乙第6号証(判決注・甲第16号証)及び審判乙第7号証(判決注・甲第17号証)では,2000に近い値が得られているから,請求人の釈明は採用することができない。」(審決書13頁38行目〜14頁3行目)とする。
しかし,甲第13号証に示す平均分子量は,末端基法による水酸基価で測定したもので,標準物質(ポリスチレン)との対比において求めた相対的な数平均分子量であるGPC法によるものとを対比すること自体が無意味である。
甲第16号証と甲第17号証では,数平均分子量(Mn)の測定に際して,低分子量域のクロマトグラフを除外しないで,すべて取り込んで測定したため,数平均分子量(Mn)が小さく算出されただけである。本件発明は,ポリオールとポリイソシアネートとが反応してポリウレタンになることを前提にしており,ポリウレタン化学的な反応に関与する成分を重視すべきであるから,これに関与しない低分子量域をカットして解析するのは当然である。
(4) 被告は,GPC法で求められた比(Mw/Mn)は測定条件や解析条件の差によってのみ引き起こされるものではなく,原料のロット差によっても,あるいは実験環境によっても影響を受けるものである,と主張する。
そもそも,GPC法で求められる比(Mw/Mn)が,原料のロット差や実験環境によっても影響を受けるものならば,なおさら,訂正後明細書にロット差や実験環境も記載すべきであり,この記載のない訂正後明細書には不備があることになるはずである。
甲第28号証の1ないし4の測定結果によれば,同一ロット(220-BJ-027)の比(Mw/Mn)は,株式会社アクトリサーチ社で「1.7」(甲第28号証の3の3頁Tab.3のAverage欄6行),株式会社カネカテクノリサーチで「2.2」(甲第28号証の1の1頁表1のMw/Mn),株式会社島津テクノリサーチで「6.3」(甲第28号証の2の1頁測定結果Mw/Mn欄),ダイセル化学工業株式会社では「1.94461」(甲第28号証の4の本文-7の右欄No.6のMw/Mn)であった。この測定結果から,測定条件が異なれば同一ロットであっても測定値に差異が生じることが分かる。
甲第28号証の1ないし4は,ポリオールの比(Mw/Mn)についての現在の分析測定結果である。本件出願当時に比べて,格段に分析精度の上がった現在においても,各測定機関によって,測定結果に差異がある。ましてや,現在に比べて分析精度の劣る本件出願時においては,明細書に測定条件や解析条件が記載されなければ,比(Mw/Mn)の値の意味するところが明らかにはならない。これらの記載のない訂正後明細書が記載不備の評価を免れることは,不可能である。
4 取消事由4(新規性判断の誤り)について (1) 審決は,特開昭59-30574号(甲第21号証・審判甲第8号証,以下「引用例1」ということがある。)に記載された発明につき, 「後者(判決注・引用例1を指す。)には,ポリオールについて,その平均重量分子量Mwと数平均分子量Mnの比についての限定及びその比が2以下のものを用いることの記載及びその認識がない。
したがって,本件発明が,甲第8号証に記載された発明であるとすることはできない。」(審決書14頁30行目〜34行目), としている。
(2) ポリカプロラクトンポリオールの分子量分布(Mw/Mn)は,2以下のものであり,エステル交換反応が起こったとしても,比(Mw/Mn)の値は2よりも小さいことが,本件出願当時,当業者に知られていた(甲第22号証,第23号証)。
加熱分解反応により,数平均分子量(Mn)が減少し,それとともに分子量分布が広がるということもない。加熱分解は特殊な状況下で起こり得るものであり,ポリカプロラクトンの生成過程において通常発生する反応ではない。その製造過程で,品質劣化を招くような行為は,通常なされない(甲第24号証)。
そうすると,引用例1には,分子量分布を示す比(Mw/Mn)が2以下であるポリカプロラクトンエステルと,ポリイソシアネートとを反応させてなるウレタンゴムからなる電子写真複写機用クリーニングブレードが記載されていることになる。
(3) 前記のとおり,本件訂正は不適法であり,さらに,仮に本件訂正を認めるとしても,「比(Mw/Mn)が2以下」の意味するところが不明確である。しかし,あえて,本件訂正後発明と引用例1を対比すると,引用例1のポリカプロラクトンエステルは,ポリカプロラクトンポリオールであるから,両者は,ポリオールとポリイソシアネートとを反応させて成るウレタンゴムから成る電子写真複写機用クリーニングブレードにおいて,ポリカプロラクトンポリオールの重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比(Mw/Mn)が2以下である点で一致しており,実質的に同一の発明である。
したがって,本件訂正後発明は,平成11年改正前特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない発明である。
5 取消事由5(進歩性の判断の誤り)について (1) 審決は,甲第7号証,第8号証,第12号証ないし第14号証(審判甲第3号証ないし第5号証)に基づいて,本件訂正後発明の進歩性を判断している。しかし,原告は,これらに基づいてのみ,本件訂正後発明の進歩性を否定する主張をしているものではない。
また,審決は,引用例1(甲第21号証・審判甲第8号証)に基づき,本件訂正後発明の進歩性を判断している。しかし,原告は,この証拠のみに基づいて進歩性を否定する主張をしているものではない。
原告は,上記証拠全部を根拠として,本件訂正後発明の進歩性を否定する主張をしているのであって,審決は,本件訂正後発明と対比すべき証拠を誤認して判断している。
(2) 引用例1の発明(甲第21号証に記載された発明)は,特定ポリオールとポリイソシアネートとを反応させて成るウレタンゴムから成る電子写真複写機用クリーニングブレードであり,「このような特徴を有するウレタンゴムを材質とするクリーニングブレードは,良好な物性を有し,しかもその物性の温度安定性並びに耐加水分解性,保存中の経時変化等において優れた特性を有する。その理由は明かではないが,カプロラクトン環の有する高い反応エネルギーが結果的にクリーニングブレードとして特性の優れたウレタンゴムを形成するに到るものと推擦される。」(甲第21号証・3頁右上欄5行目〜13行目),「クリーニングブレードとして良好な物性を有し,温度変化による弾性を始めとする物性の変化が小さくて温度安定性が大きく,また高湿高温雰囲気における耐久性が大きくて経時的劣化が僅かであり,結局電子写真複写機用クリーニングブレードとして長期間に亘って良好な感光体クリーニングを安定に行うことができる。」(同・7頁左下欄1行目〜8行目)と記載されている。
このように,引用例1には,経時的劣化についての課題やクリーニング性能についての課題が開示されている。しかも,その手段として,分子量分布を示す比(Mw/Mn)が2以下のポリオールを使用することも記載されている。
(3) 本件訂正後発明と引用例1は,ポリオールとポリイソシアネートとを反応させて成るウレタンゴムから成る電子写真複写機用クリーニングブレードである点において,及び,ポリカプロラクトンポリオールの重量平均分子量Mwと数平均分子量の比(Mw/Mn)が2以下である点において一致している。
また,前述のとおり,引用例1には,経時的変化についての課題ないし効果が開示されており,分子量分布を示す比(Mw/Mn)が2以下のポリオールを使用することも記載されていたことになる。
他方,引用例1には,そこに示されるポリオールの分子量分布(Mw/Mn)につき,その測定方法として採用されるのがGPC法であることは記載されていないから,この点で,本件訂正後発明と相違する。
(4) 甲第18号証(審判甲第10号証)には,GPC法による分子量分布(Mw/Mn)が1.1〜2.0以下であるポリカプロラクトンポリオールによって,弾性回復率に顕著な効果があることが記載されている。
甲第13号証(審判甲第3号証の2)には,GPC法による分子量分布(Mw/Mn)が1.4〜2.1以下であるポリカプロラクトンポリオールであるプラクセル220Nが記載され,その用途と特徴として「特にPlaccelベースのポリウレタンは,エラストマー,フォーム,スパンデックス,コーティング,接着剤等多くの分野に利用でき,特に耐久性,耐加水分解性,耐油性,耐熱性,低温特性等にすぐれた性能を発揮します。」(9頁下から4行目〜2行目)と記載されている。
甲第14号証(審判甲第3号証の3)には,同じくポリカプロラクトンポリオールであるプラクセル220Nについて,特性として分子量分布が狭い点,圧縮永久歪性が良好であること,その用途としてウレタンエラストマーに使用できることが記載されている(3頁「プラクセル一般品」と題する表のPlaccel220Nの欄)。
(5) 上記の証拠によれば,本件出願時において,GPC法により測定した分子量分布を示す比(Mw/Mn)の値が2以下のポリカプロラクトンポリオールを採用すれば,エラストマー等の分野において,耐久性,耐加水分解性,耐油性,耐熱性,低温特性に優れた性能を発揮し,圧縮永久歪性も良好であることが知られていた,ということができる。
(6) 引用例1には,経時的劣化やクリーニング性能についての課題を解決するため,特定ポリオールとポリイソシアネートとを反応させたウレタンゴムからなる電子写真複写機用クリーニングブレードが記載されているから,上記の知見に基づいて,GPC法により測定した分子量分布を示す比(Mw/Mn)が2以下のポリカプロラクトンポリオールを採用し,クリーニング性能を良好にして,訂正後明細書記載の効果を予期することに,格別の困難はない。
したがって,本件訂正後発明は,引用例1(甲第21号証),甲第18号証,第13号証及び第14号証により,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項に該当し,特許を受けることができないものである。
被告の主張の要旨
1 取消事由1(訂正の瑕疵)に対して (1) 訂正事項a 特許庁の運用によれば,「5.実質上特許請求の範囲拡張又は変更するもの(1)a.H7.6.30以前の出願に係る特許・・・その内容,殊に目的,範囲,性質などを実質上拡張又は変更するものである。その具体例を以下@〜Hに示す。・・・@請求項に記載された直列的構成要件の一部の削除,A請求項に記載された択一的記載の要素の追加,B請求項に記載された構成要件上位概念への変更,C請求項に記載された構成要件の入れ替え,D請求項に記載された数値範囲が広がるか又はずれるかするもの,Eその補正によって,特許請求の範囲減縮されるものであっても,補正前の請求項に記載された事項によって構成される発明の具体的な目的の範囲を逸脱してその技術的事項を変更する場合,F請求項のカテゴリーの変更,G請求項のカテゴリーは変更しないが,発明の対象が変更される場合,H請求項の記載そのものは補正しない場合であっても,発明の詳細な説明又は図面を補正することによって,上記@〜Gに実質上該当するに至った場合」が,例示されている(乙第1号証・審判便覧54-10,6頁) 訂正事項aは,特許請求の範囲の記載に,「GPC法の測定によって」を挿入する訂正であり,願書に添付された明細書の発明の詳細な説明の項における直接的かつ一義的記載の範囲内の事項である。上記運用に例示されるような,請求項に記載した事項をより広い意味を表す表現に入れ替える訂正ではないから,「実質上特許請求の範囲拡張」する訂正ではない。また,別の表現に入れ替える訂正ではなく,訂正前の請求項に記載された事項よって構成される発明の具体的目的の範囲を逸脱してその技術的事項を変更する場合でもないので,「実質上特許請求の範囲変更」する訂正でもない。
(2) 訂正事項b 特許庁の前記運用では,「(1)「明りょうでない記載」とは,その文理上,それ自体意味の明らかでない記載など,明細書又は図面の記載に不備を生じさせている記載を意味する。しかし,平成7年6月30日以前の出願に係る訂正の場合,明細書又は図面の記載自体に格別の不備を生じさせていない記載であるとしても,発明の目的,構成又は効果が技術的に不明りょうである等の場合は,その記載は,「明りょうでない記載」に該当する。そして,「釈明」とは,それ本来の意味内容を明らかにすることである。(2)「明りょうでない記載の釈明」に該当する場合の類型は,@それ自体記載内容が明らかでない記載を正す場合,Aそれ自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じている記載を正す場合,B発明の目的,構成又は効果が技術的に不明りょうとなっている記載等を正し,その記載内容を明確にする場合」,があるとされている(乙第1号証・審判便覧54-10,5頁)。
訂正事項bは,「例えば,GPC法による分子量測定から算出されるたことができる。」の「例えば」を削除することにより,本件発明で用いるポリオールの分子量分布がGPC法により測定されたものであることを,より明確にするものであるから,審決の判断に誤りはない。
(3) 原告は,訂正事項a及びbに対して,弁駁書(乙第9号証)及び上申書(乙第10号証)において,「明りょうでない記載の釈明」を目的としたものではない,との主張もしている。審決は,原告の主張を勘案した上で,訂正事項a及びbが,明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当すると判断して,本件訂正を認めたものである。また,実質的に,独立特許要件の判断もしている。
2 取消事由2(平成6年改正前特許法36条4項の適用判断の誤り)に対して (1) 原告は,本件出願後の刊行物である甲第6号証を根拠に,本件出願時においても,GPC法による分子量分布の測定法において,使用カラムや試料濃度などの測定条件によって,分子量分布を示す比(Mw/Mn)が大きく変化することが,当業者間で知られていた,と主張している。しかし,これは原告の推測にすぎない。
審決は,甲第6号証が本件出願後に頒布された刊行物であることを前提として,同号証によって,本件出願当時にGPC法の測定条件として適切な条件を選定することが必要であることを明らかにすることはできないので,条件の設定が必要であることを理由として,本件発明を容易に実施することができないとすることまではできない,と判断しているものである。
(2) 本件発明におけるポリオール自体の粘度,水酸基値,酸価などの特性は,プラクセル220の原料であるカプロラクトン(CL)ダイマーやエチレングリコール(EG)モノマーを含んだ値であり(これらモノマーが100%反応し,残存しないということはありえない。),これらの特性値はCLダイマー,EGモノマーの影響を受けることが明らかであるから,原告のいうように,ポリオールのみについての分子量分布を示す比(Mw/Mn)を算出すること,すなわち,CLダイマー,EGモノマーを除外して算出することは,技術者の常識からみて,一般的ではない。
クリーニングブレードの特性は,それを構成するポリウレタンの特性に依存しており,そのポリウレタンの特性はそれを構成する全成分,すなわち,ポリオール,ポリイソシアネート,EGモノマーなどのウレタン化学反応に関連するもの並びにCLダイマーなどのウレタン化学反応に関与しないものによって決定されるものである。クリーニングブレードの性能を特徴付けるCLダイマーやEGモノマーなどのポリウレタン構成成分を,除外すべきでないとするのが,技術常識である。
(3) 本件出願において,ポリオールの測定は,プラクセル220やプラクセル220Nの製造会社であるダイセル化学工業株式会社(以下「ダイセル」という。)の発行したパンフレット等の測定条件を参考にして,行っている(甲第13号証,第18号証)。この測定条件は,一般的なものである。
3 取消事由3(昭和62年改正前特許法36条3項の適用判断の誤り)に対して (1) 訂正後明細書には,発明の目的,発明の効果及び発明の構成のいずれも,明確に記載されている。
(2) 原告は,GPC法による測定において,装置,移動相溶媒,カラム,標準物質等の測定条件は,各測定機関がそれぞれ最適と判断したものを使用しているのが実際で,最適な測定条件についての基準がないこと,分子量計算についても,そのベースラインの設定の仕方や対象試料の低分子物質を取り込むか否かは各測定機関の判断に委ねられていることからすれば,分子量分布の計算に必要な検量線,対象試料のGPC曲線,解析範囲等の測定条件及び解析条件を明示しなければ,解析結果として示される分子量分布を示す比(Mw/Mn)の意味するところが明らかにならない,と主張する。
しかし,前述のとおり,原告主張の前提となる技術常識を認定するための証拠は,本件出願後のものであり,上記技術常識が,本件出願時に存在していたということはできない。
(3) 審決は,「本件出願後に頒布された刊行物ではあるが,GPC法に係る一般的な技術常識として,甲第6号証には,GPC法の測定条件として適切な条件を選定することが必要であることが記載されているものの,そうであるからといって,ポリオールについて,その重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)が2以下のものを選定する際に,GPC法の詳細測定条件が具体的に開示されなければ,当業者が本件発明を容易に実施することができないとまではいえないから,請求人(判決注・原告を指す)の主張する(理由二)は採用することはできない。」(審決書12頁16行目〜23行目)としている。これは,「本件出願後の頒布の甲第6号証によれば,現在の一般的な技術常識としては,GPC法の測定条件として適切な条件を測定することが必要であるけれども,本件出願当時においては,それは明確でなかったから・・・」との趣旨に解するのが最も適切な解釈である。
そもそも,本件出願当時の技術常識の測定条件によっても,GPC法による測定において,原告が主張するほど,測定結果に大きなばらつきは生じない(甲第17号証)。
以上のとおり,訂正後明細書の記載は,当業者が本件発明を容易に実施するに足りるものであった。
(4) 原告提出の証拠によっても,訂正後明細書の比較例として記載されたプラクセル220と,甲第7号証(審判甲第5号証)で用いられたそれとの同一性は証明されていない。
甲第8号証は,プラクセル220及びプラクセル220Nの製造条件が,それらの発売以来変わってないことを保証するものにすぎない。
甲第9号証は,ポリオールであるプラクセル220及びプラクセル220Nの原料モノマー,すなわちポリカプロラクトンと開始剤が発売以来変わっていないこと,及び,その製造に伴う触媒の種類と量,反応温度,反応に要する時間が変わっていないことを保証するものにすぎない。
甲第10号証は,色相,酸価,水分,OH価,融点,粘度が,ダイセルとその顧客との間であらかじめ定めている製品品質規格内であることを保証するものにすぎない。甲第11号証も,製造条件保証書及び製品品質規格に基づく推定を述べているにすぎない。
上記の証拠によっても,本件出願当時におけるプラクセル220及びプラクセル220Nの分子量分布(Mw/Mn)が,現在に至るまで不変であることを証明するものではない。
仮に,プラクセル220及びプラクセル220Nの分子量分布(Mw/Mn)が現在に至るまで不変であるとしても,それは,パンフレット(甲第13号証)に示された範囲(2.8〜3)にある,ということにすぎない。
(5) パンフレットやカタログなどの製品紹介に係る記載が,常に自社製品の現実の性能,性状,品質などを表示していることは,社会常識である。カタログ記載値の範囲外の保証値を,カタログ記載値より信頼すべきであるなどというのは,非常識である。
(6) 原告が,平成12年10月28日に特許庁に提出した上申書(乙第2号証)によれば,原告は,「参考資料6(旧甲第15号証)(判決注・本訴乙第3号証)の最終頁に添付のTHF系GPCポリスチレン換算分子量-保持時間曲線について,参考資料13(判決注・本訴乙第7号証)の2頁<3>に「H12.9.13付け分析証明書(判決注・本訴乙第3号証を指す。)添付の検量線は,先(H12.2)(請求人注:甲第5号証)に提出しました検量線をそのまま用いたものですが,実際その時(H12.9.12〜13測定)に使用しました検量線を別添で提出いたしますので,差し替えご使用くださいますようお願いします。」との釈明があり」と述べている。
原告が差し替えを意図していたことは明白である。
(7) GPC法の測定においても,当業者の技術常識的な測定条件を採用する限り,ポリオールの分子量分布において,原告が主張するほど大きな相違を生じない(甲第16号証・審判乙第6号証,甲第17号証・審判乙第7号証)。
原告が提出する甲第28号証の1ないし4は,低分子量域のカットの有無等の事由から,異なる測定値が得られているにすぎない。
4 取消事由4(新規性の判断の誤り)に対して (1) 甲第13号証には,ダイセルの製造するポリカプロラクトンポリオールのプラクセル220の分子量分布を示す比(Mw/Mn)が2.8〜3,プラクセル220Nの比(Mw/Mn)が1.4〜2.1と,比(Mw/Mn)が2以上のポリカプロラクトンポリオールが存在していたことが示されている。
ポリカプロラクトンポリオールの分子量分布を示す比(Mw/Mn)の値は,2以下であるのが当然であった,ということはできない。
(2) 甲第22号証では,同時に分解現象が起こらないことを前提に,エステル交換反応により比(Mw/Mn)が2に近づくことを示しているにすぎない。
甲第23号証でも,停止反応や交換反応が起こらないことを前提にしている。
甲第23号証及び第24号証は,ポリカプロラクトンエステルの開環重合に当たって,停止反応や交換反応が起こらないことを直接的に明示していないから,結局,甲第22号証及び第24号証を併せても,ポリカプロラクトンの分子量分布を示す比(Mw/Mn)が,2よりも大きくならないことは本件出願当時明らかであった,ということはできない。
5 取消事由5(進歩性の判断の誤り)に対して (1) 審決は,「本件発明は,甲第3〜5及び7〜10号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。」(審決書15頁20行目〜22行目),としている。
原告が,進歩性を否定するために提出した証拠の一部だけを用いて,進歩性の有無を判断しているものではない。
(2) 原告は,甲第13,14及び18号証の記載を参照すれば,引用例1に記載された発明におけるポリカプロラクトンポリオールとして,GPC法で求められた比(Mw/Mn)の値が2以下であるものを選定することは容易になし得ることであると主張するが,失当である。
甲第13号証,第14号証,第18号証のいずれにも,電子写真複写機用のクリーニングブレードという用途を示す記載はない。
引用例1には,「従来,クリーニングブレードにおいては,例えばポリエチレンアジペートエステル,ポリオキシプロピレングリコール若しくはカプロラクトンエステル等とポリイソシアネートとを反応せしめ得られるウレタンゴムが材質として使用され得ることが,例えば特開昭54-104840号公報に記載されている。しかしながら,このような物質群に属する物質が,その構造或いは分子量等の如何にかかわらず,すべてクリーニングブレードとして好適であるのではない。
事実,本発明者等の研究によつても,温度安定性,機械的強度,耐湿性等の点で必ずしも良好なクリーニング効果が得られず実用上好適とは言い難いものも少なくないことが確認されている。」(1頁右下欄16行目〜2頁左上欄9行目)と記載されている。クリーニングブレードにおいては,カプロラクトンエステルとイソシアネートの反応物に属するものすべてが,温度安定性,機械的強度,耐湿性等の点で必ずしも良好なクリーニング効果が発揮されるとは限らないことが示されている。
甲第18号証には,「分子量分布(Mw/Mn)が1.1〜2のポリカプロラクトンポリオール」を用いて得られたポリウレタンは,従来品に比べて弾性回復率が優れかつ低粘度で作業性の良好なものであって,その用途としてスパンデックス,接着剤,合成皮革及び塗料としての例が,甲第13号証には,エラストマー,フォーム,スパンデックス,コーティング,接着剤等多くの分野で利用でき,特に耐水性,耐加水分解性,耐油性,低温特性等が,甲第14号証には,プラクセル220の用途として電着塗料が,それぞれ記載されている。
したがって,これら各甲号証の記載を見ても,これらを甲第21号証に記載された電子写真複写機用クリーニングブレードに係る発明と組み合わせ,同発明におけるポリカプロラクトンポリオールとして,GPC法で求められた比(Mw/Mn)の値が2以下であるものを選定することが,容易なこととはいえない。
当裁判所の判断
1 当初明細書の記載内容について(本件訂正前発明の容易実施性) (1) 当初明細書には,以下の記載がある(甲第2号証)。
「(発明の効果) 本発明のクリーニングブレードは,以上のように分子量分布が2以下のポリオールを用いて製造されたウレタンゴムからなり,分子量分布が本発明の範囲外であるポリオールを用いた場合に比べて,機械的物性,温度安定性及び物性の耐経時変化等にすぐれ,従つて,電子写真複写機に装着したときに,安定したクリーニング性能が得られ,クリーニングブレードの交換までの複写枚数も格段に上昇する。
(実施例) 以下に本発明の実施例を示す。
実施例 (1) ポリオールの調製 第1表に実施例において使用したポリオールの種類,数平均分子量及び分子量分布(Mw/Mn)を示す。Po1,7,9,10及び11以外は本発明において特に調製したポリオールである。
(2) ウレタンゴムの調製及びクリーニングブレードの製作 上記の各ポリオールに第2表に示す割合にてポリイソシアネートを加え,80℃で120分間反応させてウレタンプレポリマーを得,更に第2表に示すように所定量の硬化剤を加え,110℃で2分間混合して反応させた。得られた液状ゴム組成物を予め約150℃に加熱した金型に注入し,2時間後に固化したゴム板を金型より取出し,温度120℃の加熱炉で8時間熱処理した後,室温で7日間熟成し,厚さ3.0mmのウレタンゴム板Pu1〜Pu13を得た。
各ウレタンゴム板を,電子写真複写機「リコーFT-4060」(リコー社)の規格に合わせて裁断し,クリーニングブレードFT1〜FT13を得た。
(3) クリーニングブレードの物性の経時変化 以上のようにして得られたFT1〜FT13について,温度50℃,相対湿度85%の条件下で保存したときの引裂き強さ及び永久伸びの経時変化を初期,28日経過後及び56日経過後について調べた。・・・ 結果を第3表及び策4表に示す。例えば,ポリオールがポリエチレンアジペートの場合,これが本発明による分子量分布を有するクリーニングブレードはFT2〜FT5であり,分子量分布が本発明の範囲外である市販のポリオールを用いた比較品のFT1と比べ,明らかに56日経過後でも引き裂き強さ並びに永久伸びとも,その経時変化率は小さい。他のポリオールについても,それぞれ同様の傾向が認められる。
(4) クリーニングブレードのクリーニング性能 次に,FT1〜FT13の各クリーニングブレードを温度35℃,相対湿度85%の環境条件下で,「リコーFT-4060」に装着してコピー操作を行ない,クリーニング性能を不良が発生するまでのコピーの枚数により評価した。・・・ 結果を第5表に示す。例えば,ポリオールがポリエチレンアジペートの場合,本発明による分子量分布を有するポリオールを用いたクリーニングブレードFT2〜FT5は,すべてすぐれたクリーニング性能を有するが,ポリオールの分子量分布が本発明範囲外であるクリーニングブレードFT1はクリーニング性能が劣る。
同様に,ポリオールとしてポリエチレンブチレンアジペートを用いる場合は,本発明品FT6は比較品FT7に対してクリーニング性能が著しく改善されており,また,ポリオールとしてポリ-ε-カプロラクトンを用いる場合も,本発明品FT8は比較品FT9に対してクリーニング性能が著しく改善されている。ポリオールとしてポリ(オキシテトラメチレン)グリコールを用いる場合は,用いるポイソシアネート及び硬化剤の種類によって,クリーニング性能は若干異なるが,比較品FT10に対する本発明品FT12,及び比較品FT11に対する本発明品FT13において,クリーニング性能が格段に向上している。」(3頁5欄28行〜6頁12欄末行)及び第1表〜第5表(4〜6頁)) 当初明細書のこれらの記載によると,同明細書は,本件訂正前発明が,分子量分布を示す比(Mw/Mn)が2以下のポリオールを採用することにより,機械的物性,温度安定性及び物性の耐経時変化等に優れ,そして,安定したクリーニング性能が得られるという効果を奏することを述べた上で,比(Mw/Mn)が1.4〜2.0であるポリオールを採用した本件訂正前発明と,2.1〜2.6であるポリオールを用いたクリーニングブレードにつき,引裂き強さ,永久伸びの経時変化及びクリーニング性能の比較を行い,上記効果を,具体的な視点から裏付けようとしていることが認められる。
この比(Mw/Mn)の数値に注目すると,小数点以下第一位までを有効数字としていること,及び,数値2.0のFT5を本件訂正前発明の具体例とし,数値2.1のFT11を比較例とし,これら小数点以下第一位が「1」違うものを対比して,上記効果を裏付けようとしていることから,当初明細書は,比(Mw/Mn)の具体的数値として,小数点以下第一位までを有意なものとしていると認められる。
(2) 「高分子工学講座4 化学繊維の紡糸とフィルム成形(I)」(株式会社地人書館発行,昭和43年2月10日発行,甲第4号証。以下「甲4文献」という。)には,以下の記載がある。
「開発されてから日が浅いので,GPCにより得られた分子量分布と他の方法から求めた分子量分布とを比較検討した報告は未だ少ない。図1.3.80はシスポリブタジエンについて,それぞれ,GPC法およびコアセルベーションによる分別法から求めた積分分布曲線を示す1)。両方の結果はかなり異なっている。積分曲線で較べると,低-中分子量域ではGPCから求めた点が上にあり,途中で交差し,さらに高分子量域では,逆にGPCの結果が下にきている。このような様子はやはりポリブタジエンについて,GPCとカラム法(BAKER-WILLIAMS法)を比較した山田ら1)の報告にも見られ,かなり一般的な現象のように思われる。この原因の解明は今後の課題である。
鋭い分布のポリマーの場合,条件が適当でないと分布がひろく出る傾向があることは先にも述べた。MOOREとHENDRICKSON2)はアニオン重合ポリスチレンにつき20ftのカラムを用いてGPCで得たw/ nの値はMcCORMIKの超遠心法の結果3)と良く一致したと述べている。
表1.3.21には,NBS標準ポリスチレンについてGPCで得られた結果を他の方法から得られた結果と比較して示す4)。この場合にも一致は必ずしも良くない。その原因が理論段数の不足(カラム数の不足)にあるのか他の理由によるものか明らかでない。
いずれにしても,各種分別法,超遠心法等から求めた分子量分布とGPCの結果を比較検討し,誤差の原因およびその補正法等を明らかにして行くことは今後の問題である。さらに,共重合体やグラフトポリマー,分岐ポリマーへの応用も今後に残された問題であろう。」(160頁下から7行〜161頁23行,及び 161頁表1.3.21) 甲4文献においては,上記不一致の具体例として,上記表1.3.21に,NBS-705とNBS-706のポリスチレン試料につき,光散乱法と超遠心法で求められたMw,浸透圧法で求められたMn,カラム104Aを4本用いたGPC法及びカラム105A+104A+103Aの3本によるGPC法で求められた比(Mw/Mn)が記載されている。ここでは,NBS-705について,上記カラム4本のGPC法で求められた比(Mw/Mn)は1.07,上記カラム3本による場合の比は1.29と記載されており,さらに,ここに,光散乱法で求められたMwと浸透圧法で求められたMnとして記載されている各数値に基づき比(Mw/Mn)を算出すると1.05となり,超遠心法で求められたMwと浸透圧法で求められたMnとして記載されている各数値から比(Mw/Mn)を算出すると1.11となる。また,NBS-706については,上記カラム4本のGPC法で求められた比(Mw/Mn)は1.68,上記カラム3本の場合による場合の比は3.05と記載されており,さらに,ここに,光散乱法で求められたMwと浸透圧法で求められたMnとしてと記載されている各数値とから比(Mw/Mn)を算出すると1.89,超遠心法で求められたMwと浸透圧法で求められたMnとして記載されている各数値とから算出すると2.11となる。このように,いずれの試料の場合も,その求め方の違いによって比(Mw/Mn)の数値に違いがあり,小数点以下第一位までを有効数字とした場合,一致しないことが示されている。
(3) 甲4文献のこれらの記載によれば,同文献が発行された昭和43年当時,同じ高分子物質についての比(Mw/Mn)であっても,GPC法によって求められたものと各種分別法や超遠心法等から求められたものとの間に差異があるものと,すなわち,同じ高分子物質であっても,GPC法を用いた場合と他の測定法を用いた場合とで,比(Mw/Mn)は異なるものと,さらに,同じGPC法による場合であっても,使用するカラムの種類・本数が異なると,やはり比(Mw/Mn)が異なるものと,一般的に考えられていた,と認めることができる。なお,上記甲第4号証の実験結果の記載は,基本的に特定の高分子物質に関するものではあるものの,それに限るものとして提示されたものではなく,むしろ一般的な現象の一例を提供するものとして提示されているものである(甲第4号証)。
以上のとおりであるから,分子量分布を示す比(Mw/Mn)の算出において,その求め方を特定しなければ,比(Mw/Mn)の数値を,小数点以下第一位までを有効桁数として得ることはできないとの知見が,甲4文献の出版当時,すなわち本件出願前に,一般的なものとして存在していたものと認められる。そして,この状況が,本件出願時までに失われたことをうかがわせる資料は,本件全証拠を検討しても見いだすことができない。かえって,本件出願後の平成3年12月10日に発行された「サイズ排除クロマトグラフィー-高分子の高速流体クロマトグラフィー-」(甲第6号証)に,移動相流量,カラム温度,試料注入量,試料濃度次第で,サイズ排除クロマトグラフィーにおける保持容量(カラムから溶出した移動相の容積)が変動すること,すなわち,GPC法において,条件次第で比(Mw/Mn)の測定結果が変わるとの知見が示されていることからは,上記状況は本件出願時にも継続して存在していたと推認できるのである。
(4) 当初明細書において,前述のとおり,訂正前発明に係る比(Mw/Mn)は,その数値として小数点以下第一位までを有意なものとしており,その求め方として,「本発明においては,上記のようなポリオールは,その分子量分布が2以下であることが必要であり,好ましくは1.4〜1.8の範囲である。このポリオールの分子量分布は,例えば,GPC法による分子量測定から算出することができる。」(甲第2号証・2頁4欄7〜12行)として,GPC法が具体的な求め方の例の一つとして記載されている。しかし,当初明細書には,これ以外に,具体的な求め方に関する記載はなく,GPC法を更に具体化して説明した記載もない(甲第2号証)。
(3)で認定した技術常識に照らすと,結局,当初明細書には,比(Mw/Mn)の値が2以下(小数点以下第一位までを有意なものとする)であるポリオールをどのように求めたらよいのか,記載されていないことになり,本件発明の原材料としてどのようなポリオールを用いればよいのか,当業者は理解できない。したがって,当初明細書には,当業者が容易に本件訂正前発明を実施することができる程度に,発明の構成が記載されている,と認めることはできない。
2 訂正後明細書の記載内容について(本件訂正後発明の実施容易性) (1) 審決が訂正を認めた事項は,「重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)が,2以下である分子量分布を有するポリオールとポリイソシアネートとを反応させてなるウレタンゴムから成ることを特徴とする電子写真複写機用クリーニングブレード」という特許請求の範囲中の「2以下である分子量分布」の前に,「GPC法による測定によって」を付加して,「重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)が,GPC法による測定によって 2以下である分子量分布を有するポリオールとポリイソシアネートとを反応させてなるウレタンゴムからなることを特徴とする電子写真複写機用クリーニングブレード。」(審決書11頁2行目〜6行目・下線部は本判決において特に付した。)とするもの(訂正事項a),及び,発明の詳細な説明中の,「・・・例えば,GPC法による分子量測定から算出されることができる。」(本件特許明細書6頁8行目〜9行目,本件公告公報第2頁第4欄第11〜12行)から,「例えば」を削除して,「GPC法による分子量測定から算出されることができる。」とするもの(訂正事項b)である(当事者間に争いがない。)。
(2) 訂正後明細書も,訂正後発明が,GPC法による測定によって比(Mw/Mn)が2以下のポリオールを採用することにより,機械的物性,温度安定性及び物性の耐経時変化等に優れ,そして,安定したクリーニング性能が得られるという効果を奏することを述べ,さらに,比(Mw/Mn)が1.4〜2.0のポリオールを採用した訂正後発明の具体例と,2.1〜2.6をポリオールを用いたクリーニングブレードの引裂き強さ,永久伸びの経時変化及びクリーニング性能を比較することにより,上記効果を具体的な視点から裏付けようとしている。そして,この比(Mw/Mn)の具体的数値として,小数点以下第一位までを有意なものとしているものである(甲第3号証)。
(3) 前記1(3)で説示したとおり,甲4文献からは,同じGPC法を用いても,使用するカラムが違うと,得られる比(Mw/Mn)の数値が異なり,小数点以下第一位までを有効数字とした場合,一致しないとの知見があったと認めることができる。
(4) 「特開昭57-185313号公報」(甲第18号証)及び「特開昭58-204026号公報」(甲第25号証)には,以下の記載がある。
ア 甲第18号証 「2.特許請求の範囲 1 (a)有機ジイソシアネート単位と(b)重量平均分子量/数平均分子量の比が1.1以上2.0以下であり,平均分子量が500〜5000の分子量分布の狭いポリカプロラクトンポリオール単位とがウレタン結合により線状に連結してなるポリウレタン」(甲第18号証1頁左下欄4行目〜10行目) 「本発明に於て分子量分布の広狭を示す重量平均分子量と数平均分子量との比はゲル;パーミエーシヨンクロマトグラフィー(以下GPCと称す)により下記の条件で求めたものである。
装置 島津LC-SA 溶媒 テトラヒドロフラン 1mil/min 温度 室温 カラム 島津 HSG-PRE 1本 HSG-20 1本 HSG-15 3本 HSG-10 1本 検出器 昭電 Shodex R1 SE11」(甲第18号証2頁右上欄2行目〜13行目) イ 甲第25号証 「以下の実施例及び比較例において,(重量平均分子量)/ (数平均分子量)値及びMnは次の方法により求めた。
/ :GPC(ゲル・パーミエーション・クロマトグラフイー)により測定した。装置:東洋曹達社製HLC-801A;カラム構成:G4000H8+G3000H8+G2000H8×2;溶媒:THF;速度:1.0ml/min;温度:40℃,キャリブレーションはポリプロピレングリコールの単分散品(ウォーターズ社製市販品)を用いて行なつた。」(甲第25号証2頁右下欄5行目〜17行目) 「得られたPTMGの, / 値を表-1に示す。表-1から明らかなとおり,実施例の/ 値は比較例に比べて1.0に近く,分子量分布の狭いものが得られることがわかる。」(甲第25号証3頁左下欄5〜末行)及び「表-1」(甲第25号証3頁) 上記各刊行物のこれらの記載によると,本件出願当時既に頒布されていた上記各刊行物のいずれにおいても,ポリオールについてGPC法により求めた比(Mw/Mn)の数値として,少なくとも小数点以下第一位までを有意なものとしていること,その場合,GPC法の測定条件として使用カラム等の測定条件を具体的に明示していることが認められる。
上記1(3)で認定した知見に,上記認定の事実を併せ考慮すると,ポリオールについても,少なくとも使用カラムを特定しなければ,GPC法による測定により得られた比(Mw/Mn)の数値を,小数点以下第一位までを有意なものとすることはできないとの知見が,本件出願当時に技術常識として存在していた,と認めることができる。
(5) 訂正後発明は,分子量分布を示す比(Mw/Mn)を,GPC法により求めた場合,2以下であるポリオールであることを,要件とするものである。訂正後明細書の説明においては,訂正後発明に係る上記比(Mw/Mn)の数値を,小数点以下第一位までを有意なものとして扱っているのであるから,前記技術常識,すなわち,ポリオールについて,その分子量分布を示す比(Mw/Mn)をGPC法によって求める場合,少なくとも使用カラムを特定しなければ,比(Mw/Mn)の数値として小数点以下第一位までを有意なものとはし得ないとの技術常識によれば,訂正後明細書においても,少なくとも使用カラムを明確にすべきである。しかし,訂正後明細書には,比(Mw/Mn)を測定するGPC法について,その測定条件である使用カラムに関するものを含め,具体的な記載は一切ない。
そうだとすると,GPC法により,比(Mw/Mn)の数値として小数点以下第一位まで有意なものとして求める前提として必要となる,使用カラムについての記載がない訂正後明細書の詳細な説明は,当業者が容易に実施できる程度には本件訂正後発明が記載されていないものという以外にない。
3 以上によれば,本件訂正前発明及び本件訂正後発明には,いずれにも,昭和62年改正前特許法36条3項違反の誤りがあることになり,これに反する審決の判断は誤りである。審決は,その余の点について判断するまでもなく,取消しを免れないことが明らかである。
4 結論 以上のとおりであるから,審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がある。そこで,これを認容することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久