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関連審決 異議2001-70293
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10767審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 創作性(創作) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  下位概念 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  分割出願 /  援用権(援用) /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  交換 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 585号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社半導体エネルギー研究所
訴訟代理人弁理士 玉城信一
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 影山秀一
同 中西一友
同 市川裕司
同 森田ひとみ
同 一色由美子
同 宮川久成
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/03/19
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2001-70293号事件について平成13年11月19日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,下記特許異議の申立てに係る下記特許(以下「本件特許」という。)の特許権者であり,その手続の経緯は次のとおりである。
昭和56年11月30日 特許出願(特願昭56-192292号)(以下「本件当初出願」という。) 平成 3年 6月14日 その分割出願(特願平3-169057号) 平成 7年 8月28日 その分割出願(特願平7-240477号) 平成 9年 3月28日 その分割出願(特願平9-95070号)(以下「本件特許出願」という。) 平成12年 5月26日 本件特許出願に係る特許の設定登録(特許第3069682号「反応室のクリーニング方法」) 平成13年 1月24日 本件特許の全請求項(1,2)につき特許異議の申立て(異議2001-70293号) 同 年 6月25日 原告による明細書の訂正請求 同 年10月22日 上記訂正請求についての手続補正書 同 年11月19日 訂正を認め,全請求項に係る本件特許を取り消す旨の決定(以下「本件決定」という。) 同 年12月 5日 原告への決定謄本の送達 2 上記訂正請求(平成13年10月22日付け手続補正書による補正後のもの)に係る訂正後の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 1.被膜形成を行う反応室を有する装置において,被膜形成を行わないときに,エッチング用ガスとしてNF3を用いてプラズマエッチングを行うことにより,前記反応室をクリーニングすることを特徴とする反応室のクリーニング方法。
2.被膜形成を行う複数の反応室と,当該複数の反応室の全てに連結され,減圧手段,及び基板を移動する移動機構とを備えた共通室と,から構成される装置において,被膜の積層形成プロセス時に,前記複数の反応室の一部において被膜形成を行わずに,エッチング用ガスとしてNF3を用いてプラズマエッチングを行うことにより,前記反応室をクリーニングすることを特徴とする反応室のクリーニング方法。
(以下,上記請求項1記載の発明を「本件発明1」,同2記載の発明を「本件発明2」という。) 3 本件決定の理由 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,平成13年10月22日付け手続補正書による補正及び同補正後の訂正請求に係る訂正を認めた上,本件発明1は,特開昭54-86968号公報(本訴甲3,以下「刊行物1」という。),特開昭55-145338号公報(本訴甲4,以下「刊行物2」という。)及び特開昭52-131470号公報(本訴甲5,以下「刊行物3」という。)記載の各発明に基づいて,本件発明2は,刊行物1〜3及び特開昭55-21553号公報(本訴甲6,以下「刊行物4」という。)記載の各発明に基づいて,いずれも当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1,2は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものとして,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により取り消すべきものとした。
原告主張の本件決定取消事由
本件決定は,本件発明1と刊行物2記載の発明との相違点の認定を誤る(取消事由1)とともに,同相違点1についての判断を誤り(取消事由2),また,本件発明2と刊行物2記載の発明との相違点2,3についての判断をそれぞれ誤った(取消事由3,4)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点の認定の誤り) (1) 本件決定は,刊行物2に記載された付着生成物の除去とは「『エッチング用ガスを用いてプラズマエッチングを行うことにより,反応室(の内壁に付着した生成物)をクリーニングする』ということに他ならず,そうすると,本件発明1と刊行物2記載のクリーニング方法の相違は,結局,本件発明1ではエッチング用ガスとしてNF3を用いているのに対して,刊行物2に記載されたものでは,エッチング用ガスとしてNF3を用いていない点であるといえる」(決定謄本7頁最終段落〜8頁第1段落)と認定するが,この認定は,本件発明1の「プラズマエッチング」の技術的意義と,刊行物2記載の発明のフッ素プラズマ化された洗浄ガスによる反応室の洗浄の技術的意義との誤認に基づくものであり,その結果,本件発明1と刊行物2記載の発明との相違点の認定を誤ったものである。
(2) 本件発明1の「プラズマエッチング」の意義について,本件明細書(甲14添付)は特に説明をしていないため,一般的な技術文献を参照すると,第一に,刊行物3(甲5)には,「プラズマエッチングは酸素や,CF4,CCl 4などのガスを数10〜0.01Torrの圧力下で反応室内でプラズマ化し,このプラズマ中に半導体基板を晒してプラズマ化したガスとの化学反応によってその表面を食刻するものである」(1頁左下欄末行以下)と記載されている。これによれば,「プラズマエッチング」が,プラズマ中で発生する反応ガスによるプラズマ中でのエッチングをいうことは明らかであり,エッチングが行われる反応室にはプラズマ発生装置が備えられていることとなる。この趣旨は,刊行物1(甲3)の「プラズマ・エッチャーと称する装置が使用されている。この装置は,石英反応管内に被処理品を配置した状態で,管内に導入したCF,CF4,C 3F 8のようなフッ化物ガスを高周波プラズマで励起することによりエッチング反応を起こさせるようにしたものであ」る(1頁左下欄下から4行目以下)との記載からも裏付けられるほか,被告の提出に係る後記第4の1の乙2〜5も,これに沿う内容といい得る。第二に,昭和59年11月30日オーム社発行の「LSIハンドブック」(甲10)269頁には,「〔3〕プラズマエッチング」との項目中で,「反応性イオンエッチング(RIE)」等を例にして説明されており,「プラズマエッチング」が,プラズマを用いたエッチングであり,エッチングに寄与するエッチング種は少なくともイオンを利用したものであることが分かる。同様に,平成10年4月30日オーム社発行の「応用物理用語大辞典」(甲11)847〜848頁の「プラズマエッチング」についての説明中には,「反応性プラズマ中でハロゲンガス(CF4,CCl 4,C 3F 8など)の反応性ガスの放電プラズマ中で,反応性のラジカルやイオンの照射により,固体(半導体,金属,絶縁物など)表面の微細加工を行うこと。・・・その原理は反応性ラジカルやイオンの元素と基板の元素とが物理化学的に反応して・・・されることによる」との記載があり,「プラズマエッチング」が,「ラジカル」とともに,少なくとも「イオン」を利用したものであることが分かる。なお,これらの文献及び後掲の甲12,15は,本件当初出願前に刊行されたものではないが,その用語の定義は,当該刊行物の刊行前に知られていた技術に関する事項であるから,「プラズマエッチング」の技術的意義を明らかにする証拠になり得るものである。
上記のとおり,「プラズマエッチング」とは,プラズマ中で発生する反応ガスによるプラズマ中でのエッチングをいうものであり,かつ,エッチングに寄与するエッチング種は少なくともイオンを利用したものをいうことが明らかであり,本件発明1にいう「プラズマエッチング」も,この技術用語を用いたものにほかならない。
(3) これに対し,刊行物2記載の発明は,中性活性種であるラジカルのみによるエッチングにより反応管内部を洗浄するものであり,技術的には,ケミカルドライエッチング(甲10の429頁左欄5行目参照),あるいはダウンフローエッチング(甲12の216頁参照)と呼ばれる技術であり,本件発明1の「プラズマエッチング」とは全く異なるものである。以下詳説する。
ア 刊行物2(甲4)に記載されている「フッ素プラズマ化された洗浄ガス」の技術的意義を,その第1,第2図に記載の装置と同じ装置を示している「日経エレクトロニクス」1977年5月2日号(甲7)及び前掲甲10に基づいて見るに,甲7には,「輸送管によって,長寿命のエッチャントだけを,エッチング室に輸送する。・・・長寿命のエッチャントだけがエッチング室に来る」(35頁左欄8行目以下)との記載があり,甲10には,「当初,放電部とエッチング部の分離を試みたが,CF4放電のみでは不可能でO 2添加を行って初めて可能になった。
これは,CF4+O 2→COF 2+F+COの反応で,CF 4中のCをOによって除去(scavenge)した結果,再結合相手がいなくなったF原子(基底状態)が長寿命で存在できるようになったからである」(428頁右欄最終段落),「これを輸送して励起光,電界の全くないエッチング室に導き,並べたウェーハに照射して,Si+4F*→SiF 4↑の反応でエッチングする」(429頁左欄第1段落)との記載があり,これらの記載を総合すれば,刊行物2記載の発明の「フッ素プラズマ化された洗浄ガス」のエッチング種が,長寿命のフッ素ラジカル(F*)のみであり,イオンを含まないことを示すものといえる。しかも,長寿命のフッ素ラジカル(F*)は,フレオンCF 4に酸素O 2を混合させることにより初めて作り出すことができたものであり,フレオンCF4と酸素O 2という特殊な組合せで成り立っているものというべきである。
イ さらに,刊行物2記載の発明のようなダウンフローエッチングと,本件発明1のようなプラズマエッチングの違いを補足すると,平成2年3月31日サイエンスフォーラム発行の「最新版 超LSIプロセスデータハンドブック」(甲12)には,ダウンフローエッチング技術の背景に関して,「反応性イオンエッチング(RIE)に代表されるような,プラズマ中またはプラズマに近接して試料が置かれ,プラズマから引き出されたイオンの入射によりエッチングを行う方法とは対照的に,プラズマから離れた場所に試料を置き,プラズマにより生成された活性種(主に中性粒子)をガスの流れの下流に置かれた試料まで輸送すること(ダウンフロー方式またはダウンストリーム方式)によりエッチングする方法をダウンフローエッチングと呼ぶ。・・・歴史的には,化学の分野では,ダウンフロー方法は,“Discharge-flow”または“Discharge fast flow system”と呼ばれ比較的古くから,中性活性種の生成方法として用いられ,主に,ラジカルの気相反応の研究に多く使われていたが,半導体プロセスのような固体表面反応の研究例は少ない。
半導体プロセスの分野に導入されたのは,1970年代の半ばであり,CF4+O 2ガス放電により生成されるF原子によるSiやSiO 2,Si 3N 4等のエッチングの研究が行われ,半導体プロセスとしての応用が始まった。・・・しかし,近年,LSIの微細化にともない,RIEでのイオン衝撃等によるダメージの問題がクローズアップされるにつれ,ダウンフローエッチングが無ダメージであるという大きな利点が注目されるようになった」(216頁左欄)との記載が,ダウンフローエッチングの原理及び特徴に関して,「図-1に,代表的なダウンフローエッチング装置の概略図を示す。エッチング種の生成は,一般的に,RF(13.56MHz)やマイクロ波(2.45GHz)による減圧下でのグロー放電が用いられる。
放電領域で生成されるイオン,電子等の荷電粒子や短寿命の励起粒子は輸送の過程で消滅(失活)するためにエッチングには寄与せず,すなわち,エッチング種は,中性で長寿命のものということができる。活性化領域と反応領域をどの程度分離するかについては,厳密な定義はない。例えば,ECRプラズマエッチングでは,ECR放電部と試料とは分離されており,方式としてはダウンフローであるが,主に放電部から引き出されたイオンを用いてエッチングを行うものであり,ダウンフローエッチングとは区別される。・・・以上述べたダウンフローエッチングの原理からもわかるように,その特徴として次のようなことがあげられる。まず,試料への荷電粒子の入射がないためにダメージの発生がないこと,さらに,中性粒子による純粋な化学反応によるエッチングであるために,材料間での高選択性エッチングが可能であるという大きな利点・・・がある」(216頁右欄〜217頁左欄)との記載がある。以上の記載から,ダウンフローエッチングとは,プラズマから離れた場所に試料を置き,プラズマにより生成された活性種(主に中性粒子)をガスの流れの下流に置かれた試料まで輸送することによりエッチングを行う方法であり,この方法にはイオンではなくプラズマにより生成された活性種(主に中性粒子)が利用されるものであること,この点で,ダウンフローエッチングは,反応性イオンエッチング(RIE)に代表されるようなプラズマエッチングとは全く異なるエッチングであることが分かる。
ウ 同様のことは,平成11年3月20日日刊工業新聞社発行の「半導体用語大辞典」(甲15)からも裏付けられる。すなわち,同号証には,「ドライエッチングのうち,プラズマ発生室内で発生したラジカルにより化学的にエッチングが進行するものをプラズマエッチングと呼ぶ。同じ化学的ドライエッチングでも,ウェーハ処理室をプラズマ発生室の下流に置きラジカルのみを処理室に移送してエッチングする方式はCDEあるいはダウンフロー型と呼ばれ区別される。プラズマエッチング装置はその形状からバレル型エッチング装置とも呼ばれ,設計基準5〜7.5μmのDRAMからSi3N 4やSiのエッチングに実用化された。プラズマエッチングは高い選択性を実現できるが,等方性エッチングであるため微細加工には向かない。プラズマエッチング装置は,図に示すように円筒型の石英製反応室のなかに圧力10〜100Paの反応性ガスを流し13.56MHzの高周波電圧を数百W印加して低温,低電離プラズマを生成させる。電極構造は石英管の周りに2枚の電極板を配置する(容量型)のが一般的であるが,石英管の周りにコイル状の電極を巻いたもの(誘導型)もある。ウェーハは電気的浮遊状態に置かれるため,プラズマ中のイオンはプラズマ電位と浮遊電位の差によって加速されて入射するが,その電位差はせいぜい数十Vと小さいため,エッチングに対するイオンの寄与は小さい。エッチングは,主にランダムな速度成分を持ったラジカルによって起こるので等方的に進行する」(963頁右欄〜964頁左欄)と記載されており,プラズマエッチングは,プラズマ中のエッチングであり,ダウンフローエッチングとは区別されていることが示されている。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り) (1) 本件決定は,本件発明1と刊行物2記載の発明との相違点1として,「本件発明1では,『エッチング用ガスとしてNF3を用いてプラズマエッチングを行うことにより』クリーニングするとしているのに対して,刊行物2では,『フッ素プラズマ化された洗浄ガス,例えばフレオンCF4と酸素O 2の混合気体,により,その内壁に付着した窒化シリコンや多結晶シリコン等の生成物と反応させてこれを除去し』クリーニングするとしている点」(決定謄本7頁第2段落)を認定の上,相違点1について,「刊行物2に記載される反応室のクリーニング方法,即ち,エッチング用ガスを用いてプラズマエッチングを行うことにより,反応室をクリーニングする反応室のクリーニング方法において,そのエッチング用ガスとしてNF3を用いることは,刊行物3の記載から当業者が容易に想到し得ることと認められ,そして,これによる効果も,当業者が当然予想し得る程度のものであって,格別顕著であるとはいえない」(同8頁第3段落)と判断するが,誤りである。
(2) まず,上記1のとおり,本件発明1が,エッチング用ガスとしてNF3を用い,そのNF3を反応室に導入し反応室でプラズマ化させ,プラズマ化したイオン及びラジカル等のエッチング種でプラズマエッチングを行うことにより反応室をクリーニングするものであるのに対して,刊行物2発明は,反応室の外でCF4と酸素O2の混合気体をプラズマ化し,プラズマ化したエッチング種のうちラジカルのみを反応室に導入し,当該ラジカルでエッチングすることにより反応室をクリーニングするものである。したがって,刊行物2記載の発明のエッチング用ガスであるCF4と酸素O 2の混合気体をNF 3に変更したとしても,それだけで本件発明1を構成することはできない。さらに刊行物2記載の発明でエッチング用ガスをプラズマ化させる場所を反応室に変更することも考えられるが,そのような変更を行った場合,刊行物2記載の発明自体が成立しなくなり,当業者の想定しないものといわざるを得ない。
(3) 他方,刊行物3(甲5)には,基板表面をエッチングするガスとして,CF4ではなくNF 3を用いるため,分離した炭素が反応室側壁に付着して表面が黒変したり汚染されることがないことが記載されているにすぎず,NF3をエッチング用ガスとして反応室のクリーニングを行っているものではない。また,刊行物3に,三フッ化窒素NF3のプラズマ化によりフッ素ラジカルが発生することが記載されていることは被告の指摘するとおりであるが,「長寿命のフッ素ラジカル」については記載されていない。ところが,刊行物2記載の発明は,「フッ素プラズマ化された洗浄ガス」のエッチング種である長寿命のフッ素ラジカル(F*)を作り出すため,フレオンCF 4と酸素O 2という特殊な組合せで成り立っているものであるから,その「CF4と酸素O 2の混合気体」に代えて,刊行物3記載のNF 3を適用することはできない。さらに,そもそも刊行物3記載のものは,プラズマエッチングを行うものであって,ダウンフローエッチングを行う刊行物2記載の発明とは,エッチング用ガスをプラズマ化する場所が異なるから,両者を組み合わせることはできない。
(4) 本件発明1は,反応室の全内壁面を,クリーニングガス成分の付着もない清浄状態に保つことができ,成膜時における被膜中への不純物の混入を防ぐことができるという効果を奏するところ,刊行物3(甲5)には,「フッ素と分離した窒素(N)は反応には直接寄与しないが,従来用いられてきたCF4の炭素Cと異なり,半導体基板上や反応室側壁に付着することもなく,反応の系全体を清浄に保つことができる」(2頁右上欄7行目以下)と記載されており,「反応室側壁」という限定的な記載がされている。すなわち,刊行物3記載の発明の上記効果は,半導体基板上回りのごく限られた反応室側壁にとどまると解されるものであり,本件発明1の上記効果を予測することはできない。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り) (1) 本件決定は,本件発明2と刊行物2記載の発明との相違点2として,本件発明2は,「複数の反応室と,当該複数の反応室の全てに連結され,減圧手段,及び基板を移動する移動機構とを備えた共通室と,から構成される装置」における反応室のクリーニング方法であるのに対して,刊行物2には,これが記載されていない点を認定(決定謄本9頁6行目以下)の上,相違点2は,刊行物4の記載から当業者が容易に想到し得たものと判断する(同頁(1)の項)が,誤りである。
(2) 本件発明2の「複数の反応室」は,特許請求の範囲の記載から明らかなように,すべての反応室が連結されていなければならないところ,刊行物4記載の「複数の薄膜作製室10」は,真空室20にどのように連結されるものであるか不明であるから,本件発明2の「複数の反応室」に相当するとはいえない。また,本件発明2の「減圧手段」及び「基板を移動する移動機構」は,特許請求の範囲の記載から明らかなように,共通室に備えられていなければならないところ,刊行物4記載の発明には,「共通室」に相当する構成はないから,「真空排気系40,50」及び「基板23を搬送する移送手機構30」は,本件発明2の「減圧手段」及び「基板を移動する移動機構」に相当するとはいえない。したがって,これらの対応関係を前提とする本件決定の上記判断は誤りである。
(3) 本件決定は,上記容易想到性の判断中で,「複数の反応室と真空室とを連結するに際し,複数の反応室に夫々対応させて複数の真空室を設けるか,或いは,複数の真空室を一体化して共通室となし,複数の反応室の全てに対応するように一体化させた真空室,即ち,共通室,を設けるかは,単なる設計的事項と認められ」る(決定謄本9頁(1)の項の第3段落)と判断する。しかし,「複数の反応室」と「真空室」との連結形態は無数に考えられるのであるから,「複数の反応室に夫々対応させて複数の真空室を設ける」連結形態と,「複数の真空室を一体化して共通室となし,複数の反応室の全てに対応するように一体化させた真空室,即ち,共通室,を設ける」連結形態との二者択一の問題ととらえ,これを設計的事項と決めつけた判断は誤りというべきである。
(4) 本件明細書(甲14添付)の段落【0066】には,「本発明はプラズマ気相法に対し多量生産を可能にする横型反応方式を採用し,さらにそれらに共通室を設け連続的に製造する構造とすることによりバッチ方式と連続方式とを結合させることが可能となった。このためこの思想を基礎とし,2つの反応系,4〜8の反応系等を作ることができ,初めてPCVD装置で大量生産可能な方式を開発することができた」と,その効果が記載されている。すなわち,本件発明2は,共通室を設けることにより,初めてPCVD装置で大量生産可能な方式を開発することができたという特有な効果を奏するものであるから,これを看過した本件決定の判断は誤りである。
4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り) (1) 本件決定は,本件発明2と刊行物2記載の発明との相違点3として,本件発明2は,「被膜の積層形成プロセス時に,前記複数の反応室の一部において被膜形成を行わずに」クリーニングするのに対して,刊行物2には,これが記載されていない点を認定(決定謄本9頁10行目以下)の上,相違点3は,当業者が当然に採用すべき手順にすぎず,格別の困難性を要するものではないと判断する(同頁末行以下)が,誤りである。
(2) 本件発明2は,相違点2に係る構成を備えることにより,被膜形成を連続的に行い,大量生産を可能にするものであるが,このような装置で連続的に被膜形成を行っていると,複数の反応室のすべてにおいてフレイクが発生するようになり,装置を止めてクリーニングを行わざるを得なくなる。すなわち,反応室のクリーニングを行おうとすれば被膜形成を行っていない反応室を対象とすべきことはそのとおりであるが,その手順としては,いったん装置を止めてクリーニングを行うのが自然である。ところが,本件発明2は,「被膜の積層形成プロセス時に,前記複数の反応室の一部において被膜形成を行わずに,エッチング用ガスとしてNF3を用いてプラズマエッチングを行うことにより,前記反応室をクリーニングする」という特殊で新しいクリーニング手法を創作し,このクリーニング手法を上記装置と一体不可分のものとして組み合わせることにより,高品質で大量の半導体装置を低価格で製造することができるという特有な効果を達成したものである。
(3) また,刊行物4記載の発明は,移送手31で基板を保持した状態で薄膜作製室10内で薄膜を作製するものであり,移送手31と基板を載せる支持板29とは直交し,支持板29の下側から支持板29を貫通する形態で移送手31が上下動するものであるから,当然移送手31にもフレークが付着し,クリーニングが必要となるとともに,薄膜作製室10内で薄膜を作製しているときには,支持板29を移動することができない。そうすると,移送手31の役割及び移送手31と支持板29の動作関係を維持したまま,本件発明2におけるように,「被膜の積層形成プロセス時に,複数の薄膜作製室の材部において被膜形成を行わずに,薄膜作製室をクリーニングする」ようにしようとしても,果たしてどのような構成になるのか全く不明である。
被告の反論
本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(相違点の認定の誤り)について 刊行物2に記載されたものでは,洗浄ガスとして,CF4と酸素の混合気体が使用され,プラズマ化された洗浄ガスは,その内壁に付着した窒化シリコンや多結晶シリコンと反応してこれを除去する,とされているのであるから,付着物の除去がエッチング反応によって行なわれることは明らかである。
そして,本件明細書及び図面には,本件発明1でいう「プラズマエッチング」について,その技術的な意義が特別定義されているわけではないから,本件発明1でいう「プラズマエッチング」の意味する技術内容については,本件当初出願当時(昭和56年11月30日当時)の技術水準及び当業者の技術常識から判断されることとなるが,乙2(特開昭50-11672号公報),乙3(特開昭52-87985号公報),乙4(特開昭54-107840号公報)及び乙5(特開昭54-162969号公報)にも示されるように,CF4(あるいは酸素O 2との混合ガス)から生成したプラズマ中に存在する活性化フッ素との反応によるエッチングは,本件特許出願前より「プラズマエッチング」と称されているものであることは明らかである。また,前掲甲7には,CF4+O 2の混合ガスを使い,プラズマ発生室とエッチング室を分離し,長寿命のエッチャントF*によるエッチング装置が「プラズマ・エッチング」装置として記載され,前掲甲10には,甲7に記載されたものと実質的に同じ構造のドライエッチング装置(図4・11(b)参照)が,代表的な「プラズマエッチング」装置の一つであると記載されているから,これらの証拠に照らしても,刊行物2に記載されるようなCF4(あるいは酸素O 2との混合ガス)から生成したプラズマに存在する活性化フッ素との反応によるエッチングが,「プラズマエッチング」と称される技術であることは明らかである。
したがって,刊行物2に記載された技術は,まさに,「プラズマエッチング」に関する技術にほかならず,これと異なる前提の下に本件決定の誤りをいう原告の取消事由1の主張は失当である。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について 原告は,刊行物2に記載された技術が「プラズマエッチング」と異なるとの主張を前提として,相違点1についての本件決定の判断の誤りを主張するが,その前提が失当であることは,上記1のとおりである。
刊行物2には,フッ素ラジカルが洗浄作用物質として記載されている一方,刊行物3には,三フッ化窒素NF3をプラズマ化することでフッ素ラジカルが発生することが記載されているのであるから,これを刊行物2記載の発明に適用することは,当業者の容易に想到し得たものというべきである。また,原告の主張する相違点1に係る本件発明1の効果は,当業者が当然に予期し得る程度のものであり,格別顕著な効果とはいえない。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について 原告は,刊行物4に記載の「複数の薄膜製作室10」が真空室20にどのように連結されるものであるか不明であると主張するが,刊行物4(甲6)記載の薄膜作製装置においては,「基板23を収納した治具22を真空室20に入れ・・・真空室20内を高真空にまで排気を行なう。・・・次に薄膜作製室10と真空室20とを隔てているバルブ47を開き・・・ウエハー表面に所定の厚さの膜の付着を行なう」(2頁右上欄最終段落以下)と記載されているように,薄膜作製室10と真空室20とは,バルブ47を介して連結されているのであるから,「複数の薄膜製作室10」と真空室とは,少なくとも,バルブを介して連結されることは明らかであり,その連結形態はどのような構造からなるものか不明であるとはいえない。
また,原告は,「複数の反応室」と「真空室」との連結形態は無数に考えられるとして,これを二者択一の問題として設計的事項と決めつけた判断は誤りであると主張するが,刊行物4記載のものにおいては,単に,複数の反応室と真空室とを連結すればよいというものではなく,前述のとおり,「複数の反応室」と「真空室」とは,少なくとも,バルブを介して連結するものであるから,これを前提として連結形態を考えた場合には,本件決定の挙げる2種の連結形態が,当業者が難なく想起し得る連結形態であるといえる。なお,本件発明2におけるように真空室を共通にする例としては,すでに,特開昭55-141570号公報(乙7)が提案されている。
4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り)について 原告は,相違点3についての本件決定の容易想到性の判断の誤りを主張するが,被膜形成を行わない反応室は,被膜形成の面からは非稼働であって生産に寄与しないものであり,一方,高品質化のためには,被膜形成を行わない反応室に対してクリーニングをする必要があるのであるから,被膜の積層形成プロセス時に,被膜形成を行わない非稼働の反応室に対してクリーニングを行うという手順を採用することは,製品の高品質化,生産の効率化という観点を考慮すれば,当業者にとって特段の困難性を要することではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の認定の誤り)について (1) 原告は,本件決定は,本件発明1の「プラズマエッチング」の技術的意義と,刊行物2記載の発明のフッ素プラズマ化された洗浄ガスによる反応室の洗浄の技術的意義とを誤認していると主張するので,その根拠とするところにつき,順次検討する。
ア 原告は,「プラズマエッチング」とは,プラズマ中で発生する反応ガスによるプラズマ中でのエッチングをいい,エッチングが行われる反応室にはプラズマ発生装置が備えられている旨主張し,その根拠として,刊行物3(甲5),刊行物1(甲3),乙2〜5を援用する。
確かに,原告も引用するとおり,刊行物3(甲5)には,「プラズマエッチングは酸素や,CF4,CCl 4などのガスを数10〜0.01Torrの圧力下で反応室内でプラズマ化し,このプラズマ中に半導体基板を晒してプラズマ化したガスとの化学反応によってその表面を食刻するものである」(1頁左下欄末行以下)との記載が,刊行物1(甲3)には,「プラズマ・エッチャーと称する装置が使用されている。この装置は,石英反応管内に被処理品を配置した状態で,管内に導入したCF,CF4,C 3F 8のようなフッ化物ガスを高周波プラズマで励起することによりエッチング反応を起こさせるようにしたものであり,微細パターンの加工が可能なため近年各種半導体装置の製造過程にて好んで用いられるようになっている」(1頁左下欄下から4行目以下)との記載が認められ,これらの記載においては,直接的には,原告の上記主張にいう「プラズマエッチング」が念頭に置かれていると解する余地もあるが,その記載内容及び特許公報という刊行物の性格に照らすと,技術用語としての「プラズマエッチング」の内包と外延を過不足なく定義するような記載であるとは到底認められず,このことは,乙2〜5の記載についても同様である。
かえって,「日経エレクトロニクス」1977年5月2日号(甲7)35頁の図3では,明らかにダウンフローエッチングに係るものと認められる装置を,「プラズマ・エッチング装置」として紹介していることが認められる。しかも,その目次中で,記事の内容がいかなる技術分野に関するものであるかを示す表示として,下位概念順に「プラズマ・エッチング,エッチング,半導体製造技術」と記載されており,これは,ダウンフローエッチングが「プラズマ・エッチング」の技術分野に属することを明らかに示すものである。そして,このような用法が甲7のみに特異なものということはできず,本件当初出願から間もない時期に刊行されている一般的な技術文献である,昭和59年11月30日オーム社発行の「LSIハンドブック」(甲10)においても,429頁図4.11(b)で,甲7の上記「プラズマ・エッチング装置」と実質的に同じ構造の装置を,「代表的なプラズマエッチング装置」(428頁右欄7行目以下)の一つとして紹介しており,これらを総合すれば,本件当初出願当時,プラズマ発生室とエッチング室を分離して,プラズマ外に導入された長寿命エッチング種でエッチングを行うもの(ダウンフローエッチング)も,広い意味で「プラズマエッチング」の範ちゅうに属するものとして当業者に理解されていたと認めることができる。
イ 次に,原告は,「ダウンフローエッチング」と「プラズマエッチング」が異なるものとして区別されていた根拠として,甲12,15を援用する。
しかし,甲12は,平成2年3月31日サイエンスフォーラム発行の「最新版 超LSIプロセスデータハンドブック」であり,本件当初出願から約9年も後に刊行されたものである上,原告が引用するその記載内容(前記第3の1(3)イ)によっても,「反応性イオンエッチング(RIE)に代表されるような,プラズマ中またはプラズマに近接して試料が置かれ,プラズマから引き出されたイオンの入射によりエッチングを行う方法」と,「プラズマから離れた場所に試料を置き,プラズマにより生成された活性種(主に中性粒子)をガスの流れの下流に置かれた試料まで輸送すること(ダウンフロー方式またはダウンストリーム方式)によりエッチングする方法」の原理及び特徴を対比検討しているにとどまり,これらの方法のうちの前者のみが「プラズマエッチング」の範ちゅうに入るのか,両者を含めて「プラズマエッチング」といえるのかについては,何らの言及もないといわざるを得ないものである。したがって,甲12は,原告の上記主張を何ら基礎付けるものとはいえない。
次に,甲15は,平成11年3月20日日刊工業新聞社発行の「半導体用語大辞典」であり,本件当初出願から約18年も後の刊行に係るものである。この間,半導体関連技術が飛躍的に進歩していることは当裁判所に顕著であり,技術の進歩に伴う技術用語の細分化が進行している可能性が強いことを考えると,本件発明1における「プラズマエッチング」の用語の技術的意義の解釈に当たり,これを参酌することはできないというべきである。
したがって,「ダウンフローエッチング」と「プラズマエッチング」が異なるものとして区別されていたとの原告の主張は根拠がない。
ウ また,原告は,「プラズマエッチング」とは,プラズマを用いたエッチングであり,エッチングに寄与するエッチング種は少なくともイオンを利用したものである旨主張し,その根拠として甲10,11を援用する。
しかし,甲10の昭和59年11月30日オーム社発行の「LSIハンドブック」269頁には,「プラズマエッチング」の一例としての「反応性イオンエッチング(RIE)」等について記載されているにすぎず,「プラズマエッチング」のエッチングに寄与するエッチング種が少なくともイオンを利用したものであることを説明するものとは認められない。また,甲11の平成10年4月30日オーム社発行の「応用物理用語大事典」は,その刊行時期に照らし,本件発明1における「プラズマエッチング」の用語の技術的意義の解釈上これを参酌し得ないことは,上記イで述べたところと同様である上,原告の引用する「反応性プラズマ中でハロゲンガス(CF4,CCl 4,C 3F 8など)の反応性ガスの放電プラズマ中で,反応性のラジカルやイオンの照射により,固体(半導体,金属,絶縁物など)表面の微細加工を行うこと。・・・その原理は反応性ラジカルやイオンの元素と基板の元素とが物理化学的に反応して・・・されることによる」との記載も,プラズマエッチングではラジカルやイオンが反応することを述べているにとどまり,イオンがエッチング種として必ず必要であることを述べているものとはいえない。
したがって,「プラズマエッチング」とは,プラズマを用いたエッチングであり,エッチングに寄与するエッチング種は少なくともイオンを利用したものであるとの原告の上記主張は根拠がない。
(2) 以上のとおり,本件発明1の「プラズマエッチング」の技術的意義に関する原告の上記主張は,採用することができず,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について (1) 刊行物2記載の発明のエッチング用ガスである「フレオンCF 4と酸素O 2の混合気体」に代えて,三フッ化窒素NF 3を用いることが,刊行物3の記載から当業者が容易に想到し得たかどうかについて検討する。
ア 刊行物2(甲4)には,「このように構成される装置においては・・・さらに洗浄ガスを用いた洗浄作業が行なわれる。この反応管11の内部の洗浄作業は,真空ポンプ13を作動させ,反応管11内部を減圧状態にし,洗浄ガス導入管24より洗浄ガスとして,例えばフレオンCF4と酸素O 2の混合気体を導入する。
この混合気体は,電離室21においてマグナトロン22で発生し矩形導波管23で電離室21に導かれた電磁波が照射されており,導入管24よりの洗浄ガスをフッ素プラズマ化されたものである。このようにして発生したフッ素プラズマは,その寿命が非常に長く,電離室21より数m離れた場所でも活性化している。このことは・・・(注,本訴甲7)に示されているように広く知られていることである。このようにして,反応管11に導入されたフッ素プラズマ化された洗浄ガスは,その内壁に付着した窒化シリコンや多結晶シリコンと反応してこれを除去する。・・・なお,この実施例の場合は,マグネトロン22による電磁波照射により,フッ素プラズマの発生する例を示したが,塩素等の他の洗浄ガスや高周波誘導加熱等によるプラズマの発生方法も,もちろん可能であることは言うまでもない」(2頁5欄最終段落〜3頁7欄第2段落)との記載が認められ,これによれば,刊行物2記載の発明の洗浄ガスにおいては,プラズマ化したフッ素が洗浄作用を担う,すなわちエッチング種として機能することが示されており,また,エッチング用ガスである「フレオンCF4と酸素O 2の混合気体」は,「例えば」と例示の位置付けで示されているように,代替可能なものとして示唆されているということができる。
イ 他方,刊行物3(甲5)には,「三フッ化窒素(NF3)を用いたプラズマエッチングを行なう場合について説明する。NF3-120℃以上では気体であって,これを反応室内に導入して高周波電力を印加するとNとFとは分離してプラズマ化して,一般にフッ素ラジカルと呼ばれる活性な原子状のフッ素が発生し,これが半導体基板上のSiやSiO2,Si 3N 4と反応して,これらを食刻する。
この食刻の速度はプラズマエッチングの条件によって変化するが,CF4ガスを用いた場合とほぼ同様な食刻速度を得ることができる。・・・フッ素と分離した窒素(N)は反応には直接寄与しないが,従来用いられてきたCF4の炭素Cと異なり,半導体基板上や反応室側壁に付着することもなく,反応の系全体を清浄に保つことができる」(2頁左上欄最終段落〜右上欄第1段落)との記載が認められ,これによれば,刊行物3記載の発明における三フッ化窒素(NF3)を用いたプラズマエッチングにおいても,プラズマ化されたフッ素がエッチング種として機能することが示されており,しかも,従来技術として言及されているCF4ガスを使用する方法との代替可能性が示唆されているということができる。
ウ 上記ア,イの認定判断を総合すれば,刊行物2において,プラズマ化したフッ素がエッチング種として機能して洗浄作用を担うことに着目した反応室の洗浄(クリーニング)技術が開示されており,他方,刊行物3において,NF3をエッチング用ガスとした場合にもフッ素ラジカルがエッチング種として機能すること及び反応の系を清浄に保つという利点のあることが開示されているということができる。そうとすれば,エッチング種としての共通性,クリーニング技術に応用する上での利点等から,刊行物2記載の発明のエッチング用ガスである「フレオンCF4と酸素O 2の混合気体」に代えて,刊行物3記載のエッチング用ガスである三フッ化窒素NF3を用いる十分な動機付けが存在し,相違点1については,これら刊行物の記載に基づいて,当業者の容易に想到し得たことというべきである。
(2) 取消事由2に関する原告のその余の主張について検討する。
ア 原告は,本件発明1の「プラズマエッチング」は刊行物2記載の発明のエッチングとは異なることを前提として,本件決定の上記判断の誤りを主張するが,その前提を採用し得ないことは,上記1で述べたとおりである。また,刊行物3には,反応室のクリーニングへの応用技術についての記載がないことは原告の主張するとおりであるが,この点については,刊行物2にフッ素プラズマによる反応室の洗浄技術が開示されており,当業者が,これらの組合せにより,本件発明1の相違点1に係る構成に至ることは容易に想到し得たものというべきであって,原告主張の点は,その容易想到性を否定する根拠となるものではない。
イ 原告は,刊行物3には,「長寿命のフッ素ラジカル」については記載されていない一方,刊行物2記載の発明は,長寿命のフッ素ラジカルを作り出すためのフレオンCF4と酸素O 2という特殊な組合せで成り立っているものであるから,「CF 4と酸素O 2の混合気体」に代えて,刊行物3記載のNF 3を適用することはできない旨主張する。
しかし,刊行物2の記載上,「フレオンCF4と酸素O2の混合気体」が長寿命のフッ素ラジカルを作り出すための特有の組合せであるとの趣旨は読みとれず,かえって,「フレオンCF4と酸素O 2の混合気体」を例示的に位置付けていることは前記アのとおりであるし,また,刊行物2記載の発明のエッチング種であるプラズマ化したフッ素が長寿命であることを必須の構成とすることを基礎付ける記載もない。さらに,ダウンフローエッチングと,RIEに代表されるようなプラズマ中でイオンの入射によりエッチングを行う方法とが,ともに周知の技術として当業者に慣用されていたことは,以上の認定判断から明らかであるところ,プラズマエッチングを反応室の洗浄(クリーニング)に応用する技術が,上記のいずれかの方法に固有のものであって,相互に転用することのできないといった阻害要因も認められない。
ウ 原告は,本件発明1の顕著な効果について主張するが,その主張に係る本件発明1の効果は,刊行物2(甲4)の「この発明は・・・反応管11をつけたまま反応管内部の洗浄が効果的に行なわれ,非稼動時間を短縮して効率のよい,半導体ウエーハ17表面上に不純物の付着されない効果的な半導体ウエーハ17の被膜形成作業を行なわせることのできる」(2頁右上欄第2段落)との記載,刊行物3(甲5)の「フッ素と分離した窒素(N)は反応には直接寄与しないが,従来用いられてきたCF4の炭素Cと異なり,半導体基板上や反応室側壁に付着することもなく,反応の系全体を清浄に保つことができる」(2頁右上欄7行目以下)との記載から,当業者が当然に予想し得るものであって,格別顕著なものとはいえない。原告の主張は,刊行物3の上記記載を不自然に限定的に解釈すべきことをいうものであって,採用することができない。
(3) したがって,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物4記載の「複数の薄膜作製室10」は,真空室20にどのように連結されるものであるか不明である,あるいは,複数の反応室と真空室との連結形態は無数に考えられるのであるから,複数の反応室とそのすべてに対応する真空室を設ける連結形態を選択することが設計的事項とはいえないと主張する。確かに,刊行物4(甲6)の第1図に図示されているものは,一つの「薄膜作製室10」を設置する実施例に関するものであり,「複数の薄膜作製室10」については,発明の詳細な説明中で,「勿論これに限らず,例えば・・・多層膜をつけるために薄膜製作室や薄膜源を複数個設けて・・・使用することができる」(3頁左下欄1行目以下)との記載があるにすぎず,その場合の具体的な連結形態が明示されているものではない。しかしながら,この記載は,むしろ,「複数の薄膜作製室10」を真空室20にどのように連結するかは,当業者の必要に応じて適宜採用することのできる事項にすぎないことを前提とするものと理解されるものであって,その選択肢の一つとして,「複数の薄膜作製室10」のすべてと,共通の真空室とを連結して,相違点2に係る本件発明2の構成のようにすることも,当業者の適宜採用し得るものというべきである。このことは,例えば,特開昭55-141570号公報(乙7)に,真空室を共通にする構造が開示されていることによっても基礎付けられるものであり,原告の上記主張は理由がない。
なお,原告は,刊行物4には「共通室」に相当する構成がないことを前提に本件決定の認定の誤りを主張するが,上記認定判断に照らして,採用することができない。
(2) 次に,原告は,本件発明2の特有な効果について主張するが,その根拠とする本件明細書(甲14添付)の段落番号【0066】には,「本発明はプラズマ気相法に対し多量生産を可能にする横型反応方式を採用し,さらにそれらに共通室を設け連続的に製造する構造とすることによりバッチ方式と連続方式とを結合させることが可能となった。このためこの思想を基礎とし,2つの反応系,4〜8の反応系等を作ることができ,初めてPCVD装置で大量生産可能な方式を開発することができた」と記載されており,この記載は,横型反応方式の採用,共通室の設置,バッチ方式と連続方式との結合等により,PCVD装置で大量生産可能な方式を開発することができたことを述べたものであって,これが本件発明2の構成に基づく効果であるとはいえない。また,前掲乙7に「エッチング室をエッチング終了毎に基板交換のため大気にさらすことなしに,前記圧力を保持しエッチング開始前までの排気時間を短縮しエッチングサイクルを高め,基板のエッチング処理能力(単位時間に処理する基板の数量)を改善することにあり,かかる処理能力の改善は,エッチング室の複数個設置によりさらに向上する。本発明の目的を遂行するため,複数個の個々のエッチング室への基板の搬送及び電極への配置を該エッチング室と接続された他の減圧された真空室から行うことになる」(1頁右下欄下から2行目以下),「基板の処理時間の短縮を可能とし,生産量の増大に寄与することができる」(2頁左下欄5行目以下)と記載されているように,共通室を設けることにより大量生産可能になるということは,当業者が当然予想し得る程度の効果にすぎない。
(3) したがって,原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り)について (1) 原告は,被膜形成を連続的に行う装置においては,いったん装置を止めてクリーニングを行う手順になるのが自然であるから,相違点3に係る構成を採用することが容易に想到し得るものではない旨主張する。しかし,フレイクの発生した反応室のクリーニングを行おうとすれば,少なくとも,被膜形成を行っていない反応室を対象とせざるを得ないことは,原告も自認するとおり,自明の事項であり,しかも,刊行物2(甲4)に「この発明は・・・反応管11をつけたまま反応管内部の洗浄が効果的に行なわれ,非稼動時間を短縮して効率のよい,半導体ウェーハ17表面上に不純物の付着されない効果的な半導体ウェーハ17の被膜形成作業を行なわせることのできる減圧CVD装置を提供することを目的とする」(2頁4欄第2段落)と記載されているように,反応管の非稼働時間を短縮することで生産効率を向上させるということは,それ自体,自明の課題というべきであるから,複数の反応室を設けた装置における被膜の積層形成プロセスにおいて,被膜形成を行っていない反応室を対象としてクリーニングを行うことは,当業者の当然に採用する手順にすぎないというべきである。したがって,上記自明の技術事項に基づいて,当業者が相違点3に係る本件発明2の構成を採用することに格別の困難性はないというべきであり,これと同趣旨をいう本件決定の判断に誤りはない。また,刊行物2(甲4)の上記記載に照らせば,原告の主張する,高品質で大量の半導体装置を低価格で製造することができるとの効果は,当業者の予測し得る程度のものにすぎないというべきである。
(2) 原告は,刊行物4記載の発明の移送手31の役割及び移送手31と支持板29の動作関係を維持したまま,本件発明2のように構成しようとしても,どのような構成になるのか全く不明である旨主張するが,相違点3に係る本件発明2の構成である,「被膜の積層形成プロセス時に,前記複数の反応室の一部において被膜形成を行わずに」クリーニングするという手順が決まれば,これを実現するための装置の具体的な構成は,当業者の適宜採用する方法により実施し得る程度のものにすぎないというべきであり,上記の点は,容易想到性の判断を左右するものとはいえない。
(3) したがって,原告の取消事由4の主張は理由がない。
5 以上のとおり,原告主張の本件決定取消事由は理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利