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関連審決 不服2000-20252
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 64号 審決取消請求事件
原告 東京応化工業株式会社
訴訟代理人 弁護士 稲元冨保、弁理士 小山有
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 末政清滋、辻徹二、大野克人、林栄二
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/03/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
特許庁が不服2000-20252号事件について平成13年11月27日にした審決を取り消す、との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成7年2月27日、名称を「塗布方法」とする発明につき先の出願(特願平6-295143号)に基づく優先権(優先権主張日平成6年11月29日)を主張して特許出願(特願平7-38350号)をし、拒絶査定を受けたので、これを不服として平成12年11月21日に審判(不服2000-20252号)を請求したが、平成13年11月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり(平成14年1月8日発送)、その送達を受けた。
2 本願発明の要旨(平成13年9月19日付け手続補正書による補正後のもの)【請求項1】 矩形状基板の上方に連続した1本のスリットノズルを臨ませ、このスリットノズルから塗布液を噴出しつつ矩形状基板と平行にスリットノズルを相対的に移動させて、矩形状基板表面の略全域に塗布液を塗布した後、矩形状基板を回転させて矩形状基板表面に塗布された塗布液を均一に拡散せしめるようにした塗布方法において、前記スリットノズルから塗布液を矩形状基板表面に向けて噴出する際に、塗布液に圧力をかけるとともにスリットノズル下端と基板表面との間の間隔を調整することで、塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布することを特徴とする塗布方法。
【請求項2】 円板状基板の上方に連続した1本のスリットノズルを臨ませ、このスリットノズルから塗布液を噴出しつつ円板状基板を低速で回転させて塗布液を円板状基板表面の略全域に塗布液を塗布する際に、塗布液に圧力をかけるとともにスリットノズル下端と基板表面との間の間隔を調整することで、塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布し、この後、円板状基板を回転させて円板状基板表面に塗布された塗布液を均一に拡散せしめとともに、前記スリットノズルから塗布液を円板状基板表面に塗布された塗布液を均一に拡散せしめることを特徴とする塗布方法。
【請求項3】 請求項1または請求項2に記載の塗布方法において、塗布液の粘度は10cP以下、塗布液にかける圧力は0.5kg/cm2以上10kg/cm2以下、スリットノズル下端と基板表面との間隔は10mm以下としたことを特徴とする塗布方法。
【請求項4】請求項1乃至請求項3に記載の塗布方法において、カップ内に矩形状基板または円板状基板をセットし、この矩形状基板または円板状基板の表面の略全域に塗布液を塗布した後、前記カップを回転させ遠心力にて前記基板表面に塗布された塗布液を均一に拡散せしめるようにしたことを特徴とする塗布方法。
【請求項5】請求項1乃至3に記載の塗布方法において、前記矩形状基板または円板状基板の表面の略全域に塗布液を塗布し、この後直ちに矩形状基板または円板状基板をカップ内にセットし、次いでカップを回転させ遠心力にて前記基板表面に塗布された塗布液を均一に拡散せしめるようにしたことを特徴とする塗布方法。
【請求項6】 請求項4または請求項5に記載の塗布方法において、前記カップを回転させ遠心力にて前記基板表面に塗布された塗布液を均一に拡散せしめる際にカップ上面の開口を蓋体で閉塞し、前記基板と一体的に回転させるようにしたことを特徴とする塗布方法。
3 審決の理由の要点 審決は、別紙審決の写しのとおり、請求項2の発明(以下では、このものを「本願発明」という。)は、引用例1(特開平4-332116号公報。甲第3号証。)に記載された発明(以下、「引用発明」という。)及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、とした。
上記の結論を導くに当たり審決のした本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定は、以下のとおりである。
引用例1の「ウエハ」、「ポリイミド」、「滴下」、「ゆっくり回転させながら」及び「膜厚形成のためにウエハを高速回転させる」が、本願発明の「基板」、「塗布液」、「噴出」、「低速で回転させて」及び「基板を回転させて基板表面に塗布された塗布液を均一に拡散せしめる」に相当する。
また、引用例1では、図1から、ウエハが一回転すれば基板表面の略全域に塗布液が適用されていることは、明らかである。また、引用例1の記載事項から、
引用例1のものに「塗布方法」が記載されていることも明らかである。
したがって、両者は、以下の点で一致し、相違点1ないし5で相違する。
【一致点】 基板の上方にスリットノズルを臨ませ、このスリットノズルから塗布液を噴出しつつ基板を低速で回転させて塗布液を基板表面の略全域に塗布液を適用する際に、塗布液に圧力をかけ、この後、基板を回転させて基板表面に適用された塗布液を均一に拡散せしめることを特徴とする塗布方法。」 【相違点】 相違点1:本願発明は、基板が「円板状基板」であるのに対し、引用例1には、「円盤状」の記載がない点。
相違点2:本願発明は、スリットノズルが「連続した1本のスリットノズル」であるのに対し、引用例1では、スリットノズルは仕切壁9aによりこまかく仕切られている点。
相違点3:本願発明は、塗布液を適用するのに「塗布」しているのに対し、引用例1では、「滴下」している点。
相違点4:本願発明は、スリットノズル下端と基板表面との間隔を調整しているのに対し、引用例1には、その点の記載がない点。
相違点5:本願発明は、塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布しているのに対し、引用例1には、その点の記載がない点。
原告主張の審決取消事由の要点
原告が争う点は、審決の理由欄の「3.対比」の項のうち、審決書2頁末行から3頁13行まで(一致点の認定)、及び相違点4、5の判断である。その余は争わない。
本願発明は、低粘度の塗布液を基板に塗布する場合に、ノズルと基板との間で塗布液が連続した状態で行うとした点で既に引用発明と相違している。本願発明は、
上記の点を前提として、「塗布液に圧力をかけるとともにスリットノズル下端と基板表面との間隔を調整することで、塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布する」ことを要件としたものであり、この点について当業者が適宜採用し得る最適な条件で塗布を実行したにすぎないとした審決は、本願発明が表面張力に着目した最初の発明であることを見落とし、本願発明の想到容易性についての判断を誤ったものであるから、取り消されるべきである。
1 取消事由1:本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り (1)引用発明における塗布液は【0004】、【0009】に記載されるようにポリイミドなどの高粘度の液体であり、高粘度の液体は表面張力よりも粘性力の方が大きく、表面張力によってノズルと基板との間の塗布液の連続性が維持されるものではない。引用発明において圧力をかけるのは、高粘度の液体を押し出すためであり、
圧力をかける対象はタンク8内に入っている塗布液である。
一方、本願発明で圧力をかける目的は、ノズルと基板との問に保持されている塗布液の表面張力を抑制するためであり、当然、圧力がかけられる対象はノズルと基板との間に保持されている塗布液である。
本願の請求項には単に「塗布液」と記載しているが、本願発明の塗布液は、圧力をかけることで表面張力が抑制されるものであるから、当然低粘度の塗布液ということになる。
したがって、審決が、「塗布液に圧力をかける」点のみを抽出して本願発明と引用例1とが一致するとしたことは、誤りである。
(2)被告は、圧力をかける対象は引用例1と本願発明とも塗布液であることに変わりはないと主張する。しかし、引用発明における塗布液に圧力をかけても高粘度であるため、ビード部(ノズル先端と基板表面との間の液溜まり部)の体積は変化しないが、本願発明にあっては圧力をかけることでビード部の体積が変化するので、両者は異なる。
(3)本願発明は、低粘度塗布液の表面張力に着目した塗布方法の最初の発明である。本願発明は、低粘度塗布液の塗布には表面張力が大きなファクターになっていることを指摘した最初の文献である甲第4号証(月刊 FPD Intelligence 1999.1 技術水準示す文献である。)が公知となるよりも5年も先に出願されている(もっとも、甲第4号証では表面張力を塗膜の端部の厚みが厚くなる原因として捉え、本願発明では表面張力をノズルと基板との間の塗布液を連続した状態とする要素として捉えている点が異なる。)。
すなわち、本願発明は「塗布液に圧力をかけるとともにスリットノズル下端と基板表面との間隔を調整することで、塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布する」を特徴としているのであり、審決は、この内容を誤認している。
2 取消事由2:相違点4についての容易性判断の誤り (1)相違点4について、審決は、ノズル下端と基板表面との間隔を調整することは従来周知の技術事項であり、これを引用例1のものに適用するのは当業者にとって容易であると判断し(審決4頁12〜25行)、周知技術を示す文献として引用例2(特開昭59-213130号公報。甲第6号証)、特開平4-118073号公報(甲第9号証)及び特開平6-151296号公報(甲第10号証)を挙げている。
(2)しかし、引用例2(甲第6号証)に開示された内容は、ノズル先端と基板との間隔Aを広くすることで基板の搬送を容易かつ安全に行えるというものであり(甲第6号証2頁右下欄13〜15行)、本願発明のように塗布液の連続性が途切れない範囲で間隔を広くするのとは「調整する」の意味が異なる。
甲第9号証に開示された内容は、コーティング材と塗布ヘツドとの間隔を測定し、コーティング材が所定の厚さになるように基板の高さを調整するというものであり(甲第9号証4頁右下欄11〜17行)、塗布液の連続性が途切れないようにしつつ間隔を広げるものではない。
甲第10号証のものは、段落【0018】に「吐出ノズル14は前方のガラス液溜16aを押しながらウエハ12の表面に沿って進み」と記載され、また図1からも明らかなように、吐出ノズル14の下面で高粘度の液状ガラスをウエハ12表面に押し付けながら塗布するようにしているのであり、吐出ノズル14の下面とウエハ12との間隔は、形成される塗膜の膜厚と等しいかそれ以下である。
(3)本願発明は、審決が周知技術を示す例として挙げた上記のものとは異なり、例えば表面に20μm前後の凹凸を有する基板の表面に10μm程度の塗膜を形成しようというものであり、ノズルとウエハ(基板)との間隔で塗膜の厚さを決定するものではない。ノズルとウエハ(基板)との間隔で塗膜の厚さを決定しようとすると、例えば凹凸20μmの基板表面に厚さ10μmの塗膜を形成することはできない。
本願発明の「ノズル下端と基板表面との間隔を調整する」という構成は、「塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布」する構成と不可分の関係にある。ノズル下端と基板表面との間の塗布液が途切れると、加圧力がノズル下端と基板表面との間に保持されている塗布液まで伝わらず表面張力を抑制することはできない。そこで、ノズル下端と基板表面との間の塗布液が途切れる限界よりは間隔を小さくして(調整して)連続性を維持しつつ、塗布液の表面張力を抑制するというものである。
甲第6号証、甲第9号証、甲第10号証のいずれにも、上に述べたような意味での「ノズル下端と基板表面との間隔を調整する」ことについての開示はない。
(4)被告は、ノズル下端と基板表面との間において「塗布液の連続性が途切れないように塗布する」という点は本願発明の構成に基づかないとし、同時に、乙第1号証ないし乙第4号証を挙げて「連続性が途切れないように塗布する」ことは周知であると主張するが、被告の主張は矛盾している。「連続性が途切れないように塗布する」ことが周知であるならば、特に特許請求範囲に記載されている必要はない。原告も「連続性が途切れないように塗布する」のが周知であることは、認識しており、「連続性が途切れないように塗布する」ための手段として、塗布液に圧力を加えて表面張力を抑制しているのである。
また、被告は、「乙第1号証には、ビード部を適当な大きさに保つには液圧が主要なパラメータであることが記載されている」と主張するが、誤りである。
また、本願明細書の図3には、スリットノズル6が塗布液10を基板Wに押し付けている状態が示されていると主張するが、図3からはそのような状態は認められない。実施例は低粘度のホトレジスト液を用いており、このような低粘度の塗布液が、スリットノズル6で基板表面に押し付けられるわけがない。
甲第10号証のように高粘度塗布液をノズルが基板に押し付ける場合には、ノズルと基板との間隔で塗膜の厚さが決定されるが、低粘度の塗布液の場合には、塗膜の厚さは塗布液の供給量と相対速度で決定されるのであり、これは、甲第4号証および被告が提出した乙第2号証からも明らかである。
3 取消事由3:相違点5についての容易性判断の誤り (1)相違点5について審決は、塗布液の粘度、塗布速度、塗膜の必要膜厚等に応じて、塗布液の加圧圧力、ノズルと基板面の間隔等を調整し、最適な条件で塗布を実行することは当業者にとって当然のことであり、また最適な条件で塗布を実行すれば、塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布していることになるから、「塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布」した点は格別の構成ではなく、そのような限定を付すことは、当業者にとって容易なことである(審決4頁26行〜5頁2行)、と判断したが、誤りである。
(2)スリットノズルを用いた塗布方法において、塗布液が高粘度の場合と低粘度の場合とでは、全く異なる挙動を示し、前者では表面張力を無視することができたが、後者では表面張力が大きなファクターとなる。
このことについて初めて触れた文献が1999年に発行された甲第4号証であることは既に述べた。この文献中では、中外炉工業が1996年4月からテーブルゴータ(スリットノズルを用いた塗布装置)をPDP用及びLCD用として約20台販売したが、結局のところ、LCD用については表面張力に起因する問題があることを指摘するに止まっている。
審決では、最適な条件で塗布を実行すれば、塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布したことになると認定しているが、加圧によって塗布液の表面張力を抑制するには、ノズル下端と基板との間の塗布液が連続していることが要件となる。この連続した状態について示しているのは、甲第10号証(特開平6-151296号公報)のみである。しかも、甲第10号証に開示される塗布液は表面張力の影響のない高粘度のSOG(液状ガラス)であり、更に膜厚がノズル下面と基板との間隔に等しいかそれ以下となっており、この甲第10号証から、表面張力を抑制するという考えは全く出てこない。
高粘度の塗布液にあっては、粘性が強いため必然的にノズルと基板との間において塗布液が連続した状態になる。一方、低粘度の塗布液は、連続した状態になりづらく、引用例3(特開昭63-274150号公報。甲第7号証)の図2に示すように、基板の表面に塗布液の液滴を落下させるようにしている。このように液滴状に分離した塗布液に対して表面張力を抑制することはできない。また、レジスト液(低粘度塗布液)を塗布液としている甲第8号証(特開平6-260404号公報:審決における引用例4)にあっても、ノズルと基板との間に塗布液が連続している旨の記載はなく、むしろ「滴下」なる記載から液滴を落下させていると推察される。
(3)被告は、本願発明において表面張力が大きなファクターになるとの原告の主張は発明の構成に基づかない主張であると反論しているが、特許請求の範囲に記載される発明の構成からみて、表面張力が大きなファクターになるのは明らかである。この点に着目した本願発明の相違点5に係る「塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布」する構成は、格別なものである。
被告の反論の要点
本願明細書には塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布を行うことが具体的にどのようなことであるのか記載がない。また、表面張力を抑制することと、塗布液にかける圧力、あるいは、表面張力を抑制することと、ノズル下端と基板表面との間隔、
あるいは、これら3者がどのように関係するのかについても具体的な記載がない。
原告は様々な前提と仮定の下に、本願明細書の特許請求の範囲発明の詳細な説明の記載を逸脱して説明・主張をしているが、いずれも根拠のないものであり、審決の認定判断に誤りはない。
1 取消事由1(本願発明と引用発明との一致点の認定誤り)に対して 原告の主張は本願発明の構成に基づかないものであり、審決の本願発明と引用発明との一致点の認定に誤りはない。
原告は、本願発明における塗布液は、圧力をかけることで表面張力が抑制されるものであるから、当然低粘度の塗布液ということになる、と主張しているが、本願発明の構成に基づかない主張である。
また、原告は、引用例1において圧力をかける対象はタンク8内に入っている塗布液であるが、本願発明では、圧力をかける目的はノズルと基板との間に保持されている塗布液の表面張力を抑制するためであるから、当然、圧力がかけられる対象はノズルと基板との間に保持されている塗布液である旨主張する。しかし、本願明細書の段落【0020】の「スリットノズル6には加圧装置7を介して塗布液が供給され、またスリットノズル6の構造としては、図3に示すような1本のノズル孔8を有する構造に限らず、・・・」との記載及び図3を参照すれば、本願発明でもノズルの上方から塗布液に圧力をかけている。圧力をかける対象が異なるという原告の主張は失当である。
甲第4号証は、何ら本願出願前の技術水準を明らかにするものではない。
2 取消事由2(相違点4についての判断の誤り)に対して (1)原告は種々主張するが、いずれも本願発明の構成に基づかない主張である。ノズル下端と基板表面との間隔を調整することは、審決の「相違点4について」で述べられているように従来周知の技術事項である。この周知の技術事項を引用発明に適用してスリットノズル下端と基板表面との間隔を調整することは、当業者にとって容易なことである、とした審決の判断に誤りはない。
(2)付言すれば、ノズル吐出端と被塗布表面との間の塗布液が途切れないように塗布することは、本願発明の構成に基づかない構成ではあるが、そのような構成は、乙第1号証(特開昭62-117666号公報2頁左下欄1〜14行目)、乙第2号証(特開平4-61958号公報6頁右上欄下から3行〜左下欄12行目、
同7頁右上欄1〜11行目、及び図4、5)、乙第3号証(特開平4-139633号公報2頁左上欄末行〜左下欄6行目)、及び乙第4号証(特開平5-13320号公報左欄44行〜右欄9行目))にあるように、従来周知の構成である。
特に、乙第1号証には、ビード部(液だまり部)を適当な大きさに保つためには、液圧が主要なパラメータであることが記載され、乙第2号証には、ビード66を保持しながら塗布した点が記載され、乙第3号証には、ノズル開口部と基板との間に生じる表面張力により塗布液が基板側に転移される旨記載され、乙第4号証からは、「ノズル3底面突出部と半導体ウエハ1表面との微少間隔」及び「噴出するのではなく、例えば毛細管現象に類似する如く、滲み出る」の文言から塗布液が途切れていないことが理解される。
3 取消事由3(相違点5についての判断の誤り)に対して 原告は種々主張するが、いずれも本願発明の構成に基づかないものである。塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布することは、格別の構成でなく、当業者にとって容易なことであるとした審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り)について (1)原告は、本願発明の塗布液は、圧力をかけることで表面張力が抑制されるものであるから当然低粘度の塗布液であるのに対し、引用発明の塗布液は高粘度の塗布液であって圧力をかけることで表面張力が抑制されるものではないから、両者は相違するのであって、審決が両発明を「塗布液に圧力をかける点」で一致するとしたことは、一致点の認定を誤ったものであると主張する。
(2)本願明細書(甲第2、第3号証)の特許請求の範囲【請求項2】の記載は、「円板状基板の上方に連続した1本のスリットノズルを望ませ、このスリットノズルから塗布液を噴出しつつ円板状基板を低速で回転させて塗布液を円板状基板表面の略全域に塗布する際に、塗布液に圧力をかけるとともにスリットノズル下端と基板表面との間隔を調整することで、塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布し、・・(中略)・・塗布された塗布液を均一に拡散せしめることを特徴とする塗布法。」というものであり、塗布液を低粘度のものに限定する記載はない。
また、本願明細書の発明の詳細な説明欄には、塗布液に関して、「塗布液の表面張力を抑制する手段としては、スリットノズル下端と基板表面との間隔を小さくし且つ塗布液に圧力をかけることが挙げられる。具体的な数値で示せば、塗布液の粘度が10cp以下のときには、塗布液にかける圧力は0.5kg/cm2以上10kg/cm2以下、スリットノズル下端と基板表面との間隔は10mm以下とする。」(【0011】)との説明、実施例についての「塗布液の表面張力に関与するファクターとしては、@塗布液の粘度(cP)、A塗布液にかける圧力(kg/cm2)、Bスリットノズル下端と基板表面との間隔(mm)、Cノズルの移動速度、D基板の表面粗度、E温度等が考えられる。例えば、カラーフィルター用のフォトレジストについて考察すると、通常の粘度は10cP以下である。このような10cP以下の塗布液に対して、上記の条件C〜Eを固定した場合、塗布液にかける圧力Pは0.5(kg/cm2)以上10(kg/cm2)以下、スリットノズル下端と基板表面との間隔は10(mm)以下とするのが好ましい。」(【0024】、
【0025】)との説明、及び粘度6.5cpのカラー用フォトレジストを塗布する実施例(【0027】、【0028】表1)が記載されていることが認められるが、挙げられた塗布液の粘度はスリットノズル下端と基板表面との間隔との相関関係における数値にすぎず、しかも、塗布液の粘度の例示にすぎないものであって、
本願発明における塗布液を低粘度のものに限定する趣旨の記載は、本願明細書中に見いだすことができない。
したがって、本願発明の塗布液が低粘度のものに限定されると認めることはできない。
(3)原告は、圧力をかけることで表面張力が抑制されるということから、当然、塗布液は低粘度であることが理解されると主張する。しかし、この点に関し、
本願明細書には、「【発明の効果】・・・このスリットノズル下端と基板表面との間隔を小さくし且つ塗布液に圧力をかけつつ塗布するようにしたので、基板表面に接触したときの塗布液に表面張力を相殺する力が作用することとなり・・・」(【0036】)と記載されているのみであって、本願明細書の記載からは、表面張力を相殺する力が作用するメカニズムと塗布液が低粘度であることとの関係は不明であるといわざるを得ない。また、原告の主張するような理解が当業者の技術常識であることを示す証拠も存在しない。原告の上記主張は採用することができない。
原告は、また、本願発明はノズルと基板との間に保持されている塗布液の表面張力を抑制するために圧力をかけるので、圧力をかける対象はノズルと基板との間の塗布液であり、ノズルの上方から圧力をかける引用発明とは圧力をかける対象が異なると主張するが、本願明細書の「スリットノズル6には加圧装置7を介して塗布液が供給され、またスリットノズルの構造としては、図3に示すような1本のノズル孔8を有する構造に限らず・・・」(【0020】)との記載及び図3によれば、本願発明においてもノズルの上方から塗布液に圧力をかけていることが認められるから、圧力をかける対象が異なるということはできない。
(4)以上説示したところによれば、本願発明と引用発明とが「・・・塗布液を適用する際に、塗布液に圧力をかけ、この後、基板を回転させて基板表面に適用された塗布液を均一に拡散せしめることを特徴とする塗布方法。」の点で一致するとした審決の認定に誤りはない。
原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点4についての判断の誤り)について (1)本願発明と引用発明との相違点4(引用例1にはスリットノズル下端と基板表面との間隔を調整することについて記載がない点)についての審決の判断は、
「ノズル下端と基板表面との間隔を調整することは従来周知の技術事項(甲第6、
9、10号証)であり、これらはいずれも基板への塗布に用いるものであるので、
引用例1のものに適用して、スリットノズル下端と基板表面との間隔を調整することは、当業者にとって容易なことである。」というものである。
(2)原告は、審決が周知技術を示す文献として挙げたものは、いずれも本願発明のようにノズル下端と基板表面との間で塗布液の連続性が途切れない範囲で間隔を調整するものではなく、「調整」の意味が異なると主張する。
しかしながら、「塗布液の連続性が途切れない範囲で間隔を調整する」ことについては、本願明細書の特許請求の範囲に記載されておらず、また、発明の詳細な説明欄の記載を検討しても、本願発明が「塗布液の連続性が途切れない範囲で間隔を調整する」ものであることを示唆する記載は見いだすことができない。したがって、「調整」が前記のとおり限定された意味内容のものであるとする原告の主張は、本願明細書及び図面の記載に基づかないものといわざるを得ず、採用することができない。
(3)スリットノズル下端に対して基板を移動(回転)させながらスリットノズルから塗布液を噴出させ、基板表面に塗布液を塗布する場合に、塗布状態を良好なものとするべく、スリットノズル下端と基板表面との間の間隔を適宜調整することは、所期の塗布状態を得る上で、ごく自然に行われるものである。さらに、乙第1ないし第4号証(特開昭62-11766号公報、特開平4-61978号公報、
特開平4-139633号公報及び特開平5-13320号公報)によれば、ノズル吐出端と被塗布表面との間の塗布液が途切れないように塗布することも周知技術であると認められる(原告も争わない。)。
そうすると、引用発明に上記周知の技術事項を適用して相違点4に係る構成とすることは当業者の容易になし得たことというべきである。これと同旨の審決の判断に誤りはない。
原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(相違点5の判断の誤り)について (1)本願発明と引用発明との相違点5(引用例1には、塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布していることの記載がない点)についての審決の判断は、
「ノズルから塗布液を塗布する場合に、塗布液の粘度、塗布速度、塗膜の必要膜厚(「圧」は誤記と認められる。)等に応じて、塗布液の加圧圧力、ノズルと基板面の間隔等を調整し、最適な条件で塗布を実行することは、当業者にとって当然のことであり、格別の創意を要するものではない。
本願明細書の発明の効果の欄には、塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布する点について、『スリットノズル下端と基板表面との間隔を小さくし且つ塗布液に圧力をかけつつ塗布したので、基板表面に接触したときの塗布液の表面張力を相殺する力が作用することになり』と記載され、前述のように、塗布液の加圧圧力、
ノズルと基板面の間隔等を調整し、最適な条件で塗布を実行すれば、結果として、
塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布していることになるといえる。
したがって、「塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布」した点は、格別の構成ではなく、そのような限定を付すことは、当業者にとって容易なことである。
また、本願発明の効果も引用例1の記載及び上記の周知技術から予測される程度のものにすぎない。」 というものである。
(2)原告は、「塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布する」とは、ノズル下端と基板表面との間で連続した状態になりにくい低粘度の塗布液を、加圧により、ノズル下端と基板表面との間の塗布液が連続した状態で、塗布することを意味している旨主張し、このような表面張力に着目してなされた相違点5に係る本願発明の構成は、相違点4に係る構成と一体に理解されるべきもので、格別な構成であると主張する。 (3)しかしながら、「塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布する」ことに関連する説明としては、本願明細書中に「塗布液の表面張力を抑制する手段としては、スリットノズル下端と基板表面との間隔を小さくし塗布液に圧力をかけることが挙げられる。」(【0011】)、「【作用】スリットノズルと基板表面との間隔を小さくし且つ塗布液に圧力をかけることで、基板表面に接触したときの塗布液に表面張力を相殺する力を与えることになる。」(【0015】)、「・・・塗布液を薄くかつ均一に塗布しておくことが好ましい。このためにはガラス基板表面に向けて塗布液を噴出する際に、塗布液の表面張力を抑制しつつ行うようにすればよい。」(【0023】)、「【発明の効果】・・・このスリットノズル下端と基板表面との間隔を小さくし且つ塗布液に圧力をかけつつ塗布するようにしたので、基板表面に接触したときの塗布液に表面張力を相殺する力が働くことになり、・・」(【0036】)と記載されているのみである。
そして、「塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布する」ことを実現するために考慮すべき各種塗布条件については、何ら特定されていないから、それらは当業者が適宜選択するところに委ねられていると解される。
そうすると、本願発明の相違点5に係る構成は、その具体的手段が特定されていないものであるから、当業者が塗布を行うに際して、良好な塗布状態を得るべく試みるであろう条件設定のすべてを包含するものとして理解せざると得ない。
してみれば、本願明細書に表面張力を抑制する手段として記載された「スリットノズル下端と基板表面との間隔を小さくし且つ塗布液に圧力をかけつつ塗布」することと、「塗布液の加圧圧力、ノズルと基板面の間隔等を調整し、最適な条件で塗布を実行」すること(審決)との間に画然たる差異は存在しないというべきであり、引用発明においても、良好な塗布状態を得るべく、塗布条件は適宜選択されるものであって、最適な塗布条件が選択されていれば、結果として、塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布していることになるというべきである。
(4)なお、原告は、本願発明の「塗布液の表面張力を抑制しつつ塗布する」との構成に関して、この構成は、塗布液が低粘度であること、ノズル下端と基板表面との間の塗布液の連続が途切れないように塗布することを前提としている旨主張するが、それらの主張が本願発明の構成に基づかない主張として採用し得ないことは既に説示したとおりであり、その前提に立って本願発明の相違点5に係る構成が格別のものであるとする原告の主張も採用することができない。
(5)以上のとおりであるから原告主張の取消事由3は理由がない。
結論
以上のとおり、原告主張の取消事由1ないし3はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は認められない。
原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利