運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 異議2000-74180
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の判断 /  技術常識 /  警告 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 13年 (行ケ) 298号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社東芝
訴訟代理人弁理士 宇治弘
同 竹花喜久男
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 氏原康宏
同 西野健二
同 大野克人
同 宮川久成
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/03/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2000-74180号事件について平成13年5月24日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「車いす用踏段付エスカレータ」とする特許第3045890号発明(平成5年3月17日出願,平成12年3月17日設定登録。以下「本件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。その後,本件特許につき特許異議の申立てがされ,この申立ては,異議2000-74180号事件として特許庁に係属した。原告は,平成13年4月17日,本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲等の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は,上記事件につき審理した結果,同年5月24日,「訂正を認める。特許第3045890号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年6月11日,原告に送達された。
2 本件訂正に係る本件発明の要旨 【請求項1】車いす運転モード時にのみ動作する運転停止スイッチと,車いす運転モードにおける停止状態から再起動させる再起動スイッチとを有する操作部を欄干部に設けた車いす用踏段付エスカレータにおいて,前記操作部を前記欄干部の内側の踏段走行方向に沿って間隔をおいた複数個所に設け,前記各操作部の運転停止スイッチをボタンスイッチで構成するとともに,再起動スイッチをキースイッチで構成したことを特徴とする車いす用踏段付エスカレータ。
【請求項2】前記再起動スイッチの動作信号によって起動されて当該エスカレータを駆動する動力回路にタイマを介在させたことを特徴とする請求項1に記載の車いす用踏段付エスカレータ。 【請求項3】前記再起動スイッチの動作信号によって当該エスカレータの再起動を乗客に認知させる視覚認知手段又は聴覚認知手段を設けたことを特徴とする請求項1に記載の車いす用踏段付エスカレータ。
(以下,【請求項1】〜【請求項3】に係る発明を,それぞれ「本件発明1」〜「本件発明3」という。) 3 本件決定の理由 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件訂正を認め,本件発明の要旨を本件訂正に係る本件明細書(以下「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲のとおり認定した上,本件発明1は,特開昭60-19681号公報(審判甲1,本訴甲4,以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「刊行物1発明」という。)及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明2及び本件発明3は,刊行物1発明,実願昭61-22878号(実開昭62-136483号)のマイクロフィルム(審判甲3,本訴甲6,以下「刊行物3」という。)に記載された発明(以下「刊行物3発明」という。)及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,いずれも特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであって,本件発明の特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認められるから,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により取り消されるべきものとした。
原告主張の決定取消事由
本件決定は,本件発明1と刊行物1発明との一致点の認定を誤り(取消事由1),両発明の相違点の判断を誤り(取消事由2),本件発明1の顕著な作用効果を看過し(取消事由3),本件発明2と刊行物1発明の相違点の判断を誤り(取消事由4),本件発明3と刊行物1発明の相違点の判断を誤った(取消事由5)ものであるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明1と刊行物1発明との一致点の認定の誤り) (1) 本件決定は,本件発明1と刊行物1発明との一致点として「車いす運転モード時にのみ動作する運転停止スイッチと,車いす運転モードにおける停止状態から再起動させる再起動スイッチとを有する操作部・・・を前記欄干部の踏段走行方向に沿って間隔をおいた複数個所に設けてなる」(決定謄本6頁4-1(1))点を認定する。
(2) しかしながら,刊行物1には,本件発明1のように,運転停止スイッチ及び再起動スイッチを操作部とすること,また,このような操作部を欄干部の踏段走行方向に沿って間隔をおいて複数箇所設けることについて,記載も示唆もない。刊行物1発明は,長い帯スイッチが非常停止用スイッチや運転起動用スイッチとして用いられ,欄干移動手摺の外側に設置されている構成を有するのみであり,本件発明1のように,キースイッチで構成された再起動スイッチとボタンスイッチで構成された運転停止スイッチとを操作部として,欄干部内側に設けている構成と全く異なる。
また,刊行物1では,帯スイッチが分割される場合があることは示されているが,本件発明1のように,キースイッチで構成された再起動スイッチとボタンスイッチで構成された運転停止スイッチとを操作部として欄干部の内側に設けている構成は記載がない。
このように,刊行物1では,押すことにより作動する帯スイッチの危険性を意識し,帯スイッチを上昇及び下降運転起動用のスイッチとする場合でも,移動手摺の外側に設ける構成を採用することにより,誤って押すことがなく,確実に非常停止し得るエスカレータを提供するものである。
(3) これに対して,本件発明1では,運転停止スイッチと再起動スイッチとを有する操作部を,欄干部の内側に設けており,明らかに構成を異にする。この構成により本件発明1が確実に誤操作を防止するとともに非常停止し得るのは,操作部をボタンスイッチから成る運転停止スイッチとキースイッチから成る再起動スイッチの組合せとしているからである。
(4) 確かに,刊行物1には,上昇及び下降運転起動用のスイッチを欄干の内側に非常停止用スイッチと離して設けることも可能であることが記載されているが,その位置関係や態様は全く不明であるし,非常停止用スイッチは帯スイッチであるから,離れて設けられた両スイッチが本件発明1の操作部に相当するということはできない。また,両スイッチが分割された帯スイッチであっても,両分割位置がずれていた場合には,両スイッチが操作部に相当するということは困難である。このように,刊行物1には,運転停止スイッチと再起動スイッチとを有する操作部という構成の記載も示唆もない。
刊行物1では,操作部を欄干部の踏段走行方向に沿って間隔をおいた複数箇所に設けることの記載もない。刊行物1には,上昇及び下降運転起動用スイッチを単品の押釦スイッチとし,欄干の甲板に所定間隔で一線に配列することの記載はあるが,この記載は,上昇及び下降の運転起動用スイッチに関するもののみである。
(5) 被告は,訂正明細書の特許請求の範囲に記載された「操作部」は,欄干の各甲板ごとに設けられる運転停止スイッチ及び再起動スイッチの総称,二つのスイッチが欄干部に配置されているという限度におけるスイッチを意味するもの,又は単に運転停止スイッチと再起動スイッチとを共に意味するものにすぎない旨主張する。
しかしながら,訂正明細書の特許請求の範囲には,車いす運転モード時にのみ動作する運転停止スイッチと車いす運転モードにおける停止状態から再起動させる再起動スイッチとを有する操作部,操作部を欄干部の踏段走行方向に沿って間隔をおいた複数箇所に設けることが記載され,本件特許出願の願書に添付した図1(以下,単に「図1」という。)には,運転停止スイッチ及び再起動スイッチが操作盤を示す矩形内に近接配置されている構成が図示されているから,「操作部」は,複数のスイッチが近接し又は1箇所に設けられているものである。
2 取消事由2(本件発明1と刊行物1発明の相違点の判断の誤り) (1) 相違点イ 本件決定は,「相違点イ」として「本件発明1は・・・操作部を『欄干部の内側』に設けているのに対し,刊行物1に記載された発明は・・・操作部の再起動スイッチは『欄干部の甲板上』に設けており,操作部を全体として『欄干部の内側』に設けていない点」を認定した上(決定謄本6頁4-1(1)),「刊行物1には・・・再起動スイッチを欄干の内側に運転停止スイッチと離して設けることも可能である旨示唆されている・・・すなわち,操作部を全体として欄干部の内側に設ける点も示唆されている」と判断する(同7頁4-1(2))。
しかしながら,上記のように,刊行物1発明には,運転停止スイッチ及び再起動スイッチの双方を有する操作部の構成は記載がなく,両スイッチが別々に設けられているだけである。したがって,相違点イに関して,刊行物1に,再起動スイッチを欄干の内側に運転停止スイッチと離して設けることも可能である旨示唆されているとしても,そのことをもって,操作部を全体として欄干部の内側に設ける点も示唆されているとする本件決定の判断は,誤りである。
(2) 相違点ロ 本件決定は,「相違点ロ」として「操作部の運転停止スイッチについて,本件発明1は,『ボタンスイッチ』で構成しているのに対し,刊行物1に記載された発明は,『帯スイッチ』で構成している点」を認定した上(決定謄本6頁4-1(1)),「エスカレータの運転停止スイッチとして『ボタンスイッチ』を用いることは,刊行物2(注,特開平4-16494号公報)・・・にも記載されているように従来周知の技術的事項である」と判断する(同7頁4-1(2))。しかしながら,刊行物2では,運転停止用にキースイッチとボタンスイッチが採用され,起動用にキースイッチが採用されているにすぎないから,刊行物2が非常停止用スイッチにボタンスイッチを採用していることのみから上記技術的事項が周知であるということはできない。
(3) 相違点ハ 本件決定は,「相違点ハ」として「操作部の再起動スイッチについて,本件発明1は,『キースイッチ』で構成しているのに対し,刊行物1に記載された発明は,『帯スイッチ』で構成している点」を認定した上(決定謄本7頁4-1(1)),「エスカレータの起動用スイッチとして『キースイッチ』を用いることは,刊行物2・・・にも記載されているように従来周知の技術的事項である」と判断する(同(2))。しかしながら,刊行物2では,キースイッチが起動用だけでなく運転停止用にも用いられている点において,本件決定の判断は誤りである。刊行物2には,運転停止用にキースイッチとボタンスイッチを採用し,起動用にキースイッチを採用した運転操作盤が示されているにすぎない点で,相違点ハに係る本件発明1の構成と相違し,また,刊行物2の1例のみから上記技術的事項が周知であるということはできない。
本件決定は,「スイッチとしてキースイッチを採用することで,スイッチの誤作動防止を図り得るのは自明」(決定謄本7頁4-1(2))であるとしているが,何の根拠も示されておらず,どのような技術分野で自明であるかについても全く示されていない上,本件発明1が車いす用踏段付エスカレータの技術分野における発明であるのに対し,刊行物2が車いす用踏段付エスカレータに関するものではないことを無視するものであって,誤りである。また,誤作動といっても,キースイッチをどの技術分野に適用するかにより,誤作動の重要度,深刻度が大きく異なるのであり,技術分野を無視して,キースイッチを採用することでスイッチの誤作動防止を図り得ることを自明ということはできない。
本件決定は,「この周知の技術的事項(注,エスカレータの起動用スイッチとしてキースイッチを用いること)を刊行物1に記載された発明における『再起動スイッチ』として適用できない特段の事情は見当たらない」(決定謄本7頁4-1(2))とするが,刊行物1に記載された再起動スイッチが帯スイッチである点で誤っている。刊行物1に記載された帯スイッチは,帯状部分のどの部分が押されても作動するものであり,このようなスイッチを再起動スイッチとしてエスカレータの欄干の内側に設けた場合,不注意に帯状部分のいずれかが押される可能性があり,必ずしも常に安全性が確保されるわけではない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過) (1) 本件決定は,「本件発明1の奏する作用効果は,刊行物1に記載された発明及び上記周知の技術的事項から当業者であれば予測することができる程度のもの」(決定謄本7頁4-1(2))であると判断するが,誤りである。
(2) 本件発明1は,車いす運転モード時にのみ動作する運転停止スイッチと,車いす運転モードにおける停止状態から再起動させる再起動スイッチとを有する操作部を,欄干部内側の踏段走行方向に沿って複数箇所に設けている。したがって,通常の乗客だけでなく,車いすに乗った乗客及び一人の介添え人にも十分な安全性を確保し得る車いす用踏段付エスカレータを提供することができるという顕著な作用効果が得られるのであり,この作用効果は,刊行物1発明などから当業者が予測し得るものではない。
また,本件発明1は,運転停止スイッチをボタンスイッチとし,再起動スイッチをキースイッチとして,性質の異なる2種のスイッチの巧みな組合せを車いす用踏段付エスカレータの操作部とすることにより,一般のエスカレータとは要求される安全度が異なる車いす用踏段付エスカレータを提供するという特有の作用効果を奏する。
4 取消事由4(本件発明2と刊行物1発明の相違点の判断の誤り) (1) 本件決定は,本件発明2を刊行物1発明と比較し,刊行物1にはエスカレータを駆動する動力回路にタイマを介在させる構成が記載されていないけれども,刊行物3に,タイマーを介してモータの駆動を一定時間遅らせる構成が記載されているから,本件発明2は,刊行物1発明,刊行物3発明及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと判断する(決定謄本8頁4-2)。
(2) しかしながら,刊行物3も,刊行物2と同様,一般のエスカレータに関するものであって,車いす用踏段付エスカレータに関する技術は記載も示唆もない。
車いす用踏段付エスカレータでは,車いすを介添えする係員が再起動のためにキースイッチを挿入して回した直後に起動すると,キースイッチを抜く余裕さえもなく,また,自分自身及び車いすに乗った乗客の再起動に対する準備ができない場合が多い。したがって,車いす用踏段付エスカレータにおいては,再起動されてからタイマを介在させて駆動する必要性は大きい。
また,本件発明2は,本件発明1に従属するものであり,上記のとおり,本件発明1が刊行物1から容易に発明をすることができたものでない上,本件発明2は,車いす用踏段付エスカレータを駆動する動力回路にタイマを介在されたものであり,更に安全性を上げる作用効果を奏する。
5 取消事由5(本件発明3と刊行物1発明の相違点の判断の誤り) (1) 本件決定は,本件発明3を刊行物1発明と比較し,刊行物1にはエスカレータの再起動を乗客に認知させる視覚認知手段又は聴覚認知手段が記載されていないけれども,刊行物3に,キースイッチ投入後,聴覚認知手段及び視覚認知手段を用いて第三者にコンベヤの起動を認知させる発明が記載されているから,本件発明3は,刊行物1発明,刊行物3発明及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと判断する(決定謄本8頁4-3)。
(2) しかしながら,刊行物3には上記4(2)のとおり車いす用踏段付エスカレータに関する技術は記載も示唆もないこと,本件発明3が件発明1に従属するものであることに加え,本件発明3は,車いす用踏段付エスカレータの再起動を乗客に認知させる視覚認知手段又は聴覚認知手段を設けたものであり,更に安全性を上げることができる作用効果を奏するから,本件決定の上記判断は誤りである。
被告の反論
1 取消事由1(本件発明1と刊行物1発明との一致点の認定の誤り)について (1) 刊行物1に記載された運転起動用帯スイッチ及び非常停止用帯スイッチが,共に欄干の各甲板ごとに設けられるものであり,運転起動用帯スイッチ及び非常停止用帯スイッチが,それぞれ,踏段走行方向に間隔をおいて配設されていることは,刊行物1の記載から明らかである。一方,刊行物1の記載から,欄干の各甲板ごとに設けられる非常停止用帯スイッチ及び運転起動用帯スイッチは,車椅子使用者の利用運転モード時に,エスカレータを非常停止又は再起動させるための操作部に相当することも明らかである。そうすると,刊行物1には,非常停止用帯スイッチと運転起動用帯スイッチとを有する操作部が欄干の踏段走行方向に沿って間隔をおいた複数個所に設けられるとの技術的事項が開示されているというべきである。
本件発明1の「運転停止スイッチ」と刊行物1発明の「非常停止用帯スイッチ」は,いずれも「車いす運転モード時にのみ動作する運転停止スイッチ」であり,また,本件発明1の「再起動スイッチ」と刊行物1発明の「運転起動用帯スイッチ」は,いずれも「車いす運転モードにおける停止状態から再起動させる再起動スイッチ」ということができる。そうすると,刊行物1には,訂正明細書の特許請求の範囲に記載された「車いす運転モード時にのみ動作する運転停止スイッチと,車いす運転モードにおける停止状態から再起動させる再起動スイッチとを有する操作部を欄干部に設けた車いす用踏段付エスカレータにおいて,前記操作部を前記欄干部の踏段走行方向に沿って間隔をおいた複数個所に設け」という構成が開示されているのは明らかである。
(2) なお,本件決定は,運転停止スイッチ及び再起動スイッチの種類,操作部を欄干部の内側に配設する点については,本件発明1と刊行物1発明の一致点として認定するものではない。
(3) 本件決定は,欄干の各甲板ごとに設けられる運転停止スイッチ及び再起動スイッチを総称して「操作部」と認定するものであり,そのような機能を有する二つのスイッチが欄干部に配置されているという限度において,本件発明1の「操作部」に相当すると判断するものである。したがって,刊行物1に記載される発明において,複数のスイッチが近接し又は1箇所に設けられている操作部を一致点として認定するものではない。
2 取消事由2(本件発明1と刊行物1発明の相違点の判断の誤り)について (1) 相違点イ 刊行物1において,運転停止スイッチと再起動スイッチは,踏段に居ながらにして,車いす用踏段付エスカレータを非常停止させ再起動させるという一連の動作を行わせる操作部を構成するものであって,原告が主張するような,両スイッチが別々に設けられているだけのものではない。
(2) 相違点ロ エスカレータの技術分野において,運転停止用スイッチとしてボタンスイッチを用いることは,従来周知の技術的事項である。
(3) 相違点ハ エスカレータの技術分野において,起動用スイッチとしてキースイッチを用いることは,従来周知の技術的事項である。そして,起動用スイッチとしてキースイッチを採用することで,乗客の足,衣服若しくは手荷物の接触又は幼児童のいたずらによる誤動作を防止し得ることは,当業者にとって自明の事項である。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について (1) 運転停止スイッチと再起動スイッチとを有する操作部を欄干部の踏段走行方向に沿って間隔をおいた複数箇所に設けることによって,原告の主張する作用効果を奏することは,刊行物1の記載から明らかである。
(2) ボタンスイッチ及びキースイッチという,性質の異なる2種のスイッチを組み合わせることにより,運転停止スイッチの操作性を損うことなく,乗客の誤操作による転倒を防ぎ,安全性を上げるという程度の作用効果を奏することは,当業者であれば当然予測し得る範囲のものである。
4 取消事由4(本件発明2と刊行物1発明の相違点の判断の誤り)について (1) 車いす用踏段付エスカレータは,その適用を妨げる特段の事情がない限り,一般のエスカレータに採用されている技術的事項を適用し得るところ,特に,乗客の安全面に関する安全装置の類の適用を妨げるべき事情がないことは,技術常識に照らし明らかである。
(2) そして,車いす運転モード時の再起動時において,キースイッチ投入後タイマーを介してモータの駆動を一定時間遅らせるという安全装置を採用することで,再起動スイッチ操作後,車いす用踏段付エスカレータが起動するまでに所定の準備時間が確保されることから,車いすに乗った乗客の再起動に対する準備やキースイッチを抜く余裕が生ずることは明らかである。
5 取消事由5(本件発明3と刊行物1発明の相違点の判断の誤り)について (1) 一般のエスカレータに採用されている技術的事項を車いす用踏段付エスカレータに適用し得ることは,上記4(1)のとおりである。
(2) また,車いす運転モード時の再起動時において,キースイッチ投入後,聴覚認知手段及び視覚認知手段を用いて第三者にエスカレータの起動を認知させる安全装置を採用することで,乗客に対し再起動を知らせるようにして乗客の不意の起動による転倒を防ぎ安全性を上げる程度のことは,当業者の当然予測できる範囲のものである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1と刊行物1発明との一致点の認定の誤り)について (1) 原告は,刊行物1(甲4)には,運転停止スイッチ及び再起動スイッチを操作部とする構成は記載も示唆もないから,本件発明1と刊行物1発明との一致点として,「車いす運転モード時にのみ動作する運転停止スイッチと,車いす運転モードにおける停止状態から再起動させる再起動スイッチとを有する操作部・・・を前記欄干部の踏段走行方向に沿って間隔をおいた複数個所に設けてなる」点を認定した本件決定は誤りであると主張する。
(2) しかしながら,刊行物1(甲4)には,「この発明は・・・車椅子使用者が乗つている時のマンコンベアの非常停止及び起動操作を容易にしたマンコンベアに関するものである」(1頁右下欄),「この発明は上記点に鑑みなされたもので,欄干のほぼ全長に亘り起動スイッチ及び停止スイッチを配設し,これにより車椅子使用者が利用しているときの非常停止をステップ上に居ながら容易にかつ即刻行うことができ,併せて非常停止後の再起動もステップ上に居ながらなし得るようにしたマンコンベアを提供する」(2頁左上欄〜右上欄),「第8図はこの発明の第2の実施例を示すもので,欄干2の甲板2a上にその長手方向に沿って配置される上昇及び下降の運転起動用帯スイッチを甲板2a(又は手摺フレーム)ごとに分割し,この分割した上昇及び下降の運転起動用帯スイッチ13a,13b,…及び14a,14b,…をエレベータ(注,「エスカレータ」の誤記と認める。)の長手方向に継ぎ合される甲板2a毎に一線をなすよう配置する。このとき,各帯スイッチ13aと13b,…14aと14b,…の間隔dは50cm程度である。また,右及び左側欄干2の内側に配設される非常停止用の帯スイッチを甲板2a(又は手摺フレーム)毎に分割し,この分割した各帯スイッチ17a,17b,…及び18a,18b,…を甲板2aごとに一線をなすよう配設したものである。なお上記分割された各組の帯スイッチは欄干内部で並列に接続されている。上記の実施例の帯スイッチにあつては,上記第1の実施例と同様な作用効果が得られるほか,予め部品段階で分割帯スイッチを甲板に組付けることができ,従って生産性が良くなる」(4頁左下欄〜同右下欄)と記載されている。上記の記載によれば,刊行物1(甲4)に記載された第2実施例に係る発明は,運転起動用帯スイッチ及び非常停止用帯スイッチが,いずれも,欄干の各甲板ごとに,それぞれ踏段の走行方向に間隔をおいて配設され,車いす運転モード時に,車いす用ステップ付きエスカレータを非常停止又は再起動させるものであることは明らかである。
(3) また,訂正明細書(甲3)の特許請求の範囲【請求項1】には,「車いす運転モード時にのみ動作する運転停止スイッチと,車いす運転モードにおける停止状態から再起動させる再起動スイッチとを有する操作部」,「前記操作部を前記欄干部の内側の踏段走行方向に沿って間隔をおいた複数個所に設け」と記載され,図1(甲2)には,運転停止ボタンスイッチ及び再起動スイッチが操作盤を示す矩形内に近接配置されている構成が図示されているところ,原告は,これらの記載により,「操作部」は複数のスイッチが近接し又は1箇所に設けられているものと解すべきであるが,刊行物1(甲4)には,運転停止スイッチ及び再起動スイッチを近接し又は1箇所に設けられている操作部とする構成は記載されていない旨主張する。
(4) しかしながら,本件発明1の実施例として,運転停止スイッチ及び再起動スイッチを近接し又は1箇所に設けられている操作部とする構成が記載されていても,一実施例の記載にすぎない場合には,発明の要旨を限定すべき根拠とはならないばかりでなく,訂正明細書(甲3)の特許請求の範囲において,操作部は「車いす運転モード時にのみ動作する運転停止スイッチと,車いす運転モードにおける停止状態から再起動させる再起動スイッチとを有する操作部」と記載され,操作部を構成する複数のスイッチが近接し又は1箇所に設けられていることの記載はない。
一般に,操作部とは,操作に関する部分を意味し,上記実施例に基づいて,運転停止スイッチ及び再起動スイッチを近接し又は1箇所に設けている構成を具備するものに限定されるということはできない。
また,本件決定は,本件発明1と刊行物1発明の一致点として,「車いす運転モード時にのみ動作する運転停止スイッチと,車いす運転モードにおける停止状態から再起動させる再起動スイッチとを有する操作部を欄干部に設けた車いす用踏段付エスカレータにおいて,前記操作部を前記欄干部の踏段走行方向に沿って間隔をおいた複数個所に設けてなる」(決定謄本6頁4-1(1))点を一致点として認定し,相違点イとして,「本件発明1は,運転停止スイッチと再起動スイッチとを有する操作部を『欄干部の内側』に設けているのに対し,刊行物1に記載された発明は,操作部の運転停止スイッチは『欄干部の内側』に設けているものの,操作部の再起動スイッチは『欄干部の甲板上』に設けており,操作部を全体として『欄干部の内側』に設けていない」点を認定しているから,本件決定は,刊行物1発明が「運転停止スイッチと再起動スイッチ」を有する点を一致点として認定しているのであって,操作部が両スイッチを近接し又は1箇所に具備する構成までを一致点と認定するものではない。そうすると,刊行物1に「運転停止スイッチ及び再起動スイッチの双方を近接し又は1箇所に有する操作部」が記載されていないとして,本件決定の一致点の認定に誤りがあるとする原告の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本件発明1と刊行物1発明の相違点の判断の誤り)について (1) 相違点イ 原告は,本件決定の相違点イの判断について,刊行物1には,車いす運転モード時にのみ動作する運転停止スイッチ及び再起動スイッチを有する操作部の構成は記載がないから,再起動スイッチを欄干の内側に運転停止スイッチと離して設けることも可能である旨示唆されているとしても,そのことをもって操作部を全体として欄干部の内側に設ける点までも示唆されているとはいえない旨主張する。しかしながら,刊行物1(甲4)において,車いす運転モード時にのみ動作する運転停止スイッチ及び再起動スイッチとを有する操作部が開示されていることは上記1のとおりであるから,原告の主張は失当である。
(2) 相違点ロ 原告は,刊行物2が非常停止用スイッチにボタンスイッチを採用していることのみから,エスカレータの運転停止スイッチとしてボタンスイッチを用いることが周知であると認定することはできないと主張する。しかしながら,実公昭46-29007号公報(乙5),特開昭61-243795号公報(乙6),特開平1-294193号公報(乙7)及び特開平4-201982号公報(乙8)には,いずれもエスカレータの運転停止スイッチとしてボタンスイッチを用いることが記載され,エスカレータの運転停止スイッチにボタンスイッチを用いることは,本件特許出願時において,当業者に周知の技術的事項であったと認められる。
(3) 相違点ハ 原告は,相違点ハに係る本件決定の判断について,刊行物2(甲5)は車いす用踏段付エスカレータに関するものでなく,また,この1例のみから,起動用スイッチとしてキースイッチを用いることが周知であるとはいえず,キースイッチを採用することでスイッチの誤作動防止を図り得ることを自明とする根拠や,どのような技術分野で自明であるかについても示されていないこと,刊行物1に記載の再起動スイッチは帯スイッチであるからキースイッチを適用し得ない特段の事情があることを主張する。
しかしながら,特開昭59-207383号公報(乙1),実願昭49-6833号(実開昭50-98482号)のマイクロフィルム(乙2),実願昭57-94708号(実開昭58-196361号)のマイクロフィルム(乙3)及び特開昭64-64990号公報(乙4)には,いずれもエスカレータの起動用スイッチとしてキースイッチを用いることが記載されており,特に,乙3には「マンコンベヤにおいては・・・安全を確認した上で,操作スイッチ9,一般にはキースイッチ操作キーを差し込み操作して運転を開始するようにしている」(2頁),「乗客が徒らに操作し得ないようにキースイッチを用いている」(3頁)と記載され,乙4には「操作盤は・・・非常停止スイッチ,起動スイッチ,欄干照明スイッチなどシリンダー錠式,押ボタン式及び波形の押付式など各種スイッチが適宜選択,採用されている。・・・操作盤の構成において特にスイッチの頭部がステップ側に向けて露出する押ボタン,波形の押付けスイッチの場合は,乗客の足,衣服及び手荷物の接触,あるいは幼児童のいたずらによって無用な作動を招いている。これらスイッチの誤動作は,乗客輸送の妨げとなるばかりでなく,急停止による乗客の転倒・・・など安全,取扱い両面で問題となっていた。なお,この誤動作防止を図るのにシリンダー錠式の専用キー式のスイッチを設けることも考えられる」(1頁右下欄〜2頁左上欄)と記載されている。
上記の証拠によれば,エスカレータの起動用スイッチとしてキースイッチを採用することが,本件特許出願時において,当業者に周知の技術的事項であったということができるし,これにより,乗客の足,衣服若しくは手荷物の接触又は幼児童のいたずらなど種々の原因による誤動作を防止し得ることも,周知の技術的事項自体から,当業者に自明の事項であったというべきである。また,車いす用踏段付エスカレータは,車いすの使用者が利用するという点で特殊性があるものの,その余の点においては一般のエスカレータと技術的に異なる点はないから,その適用を阻害する特段の事情がない限り,一般のエスカレータにおける周知の技術的事項を車いす用踏段付エスカレータに適用することは当業者が容易に想到し得るところ,本件において,その適用を阻害する事情は見当たらない。
なお,刊行物1(甲4)には,「第10図はこの発明の第4の実施例を示すもので,左右の欄干2の内側に配設される非常停止用帯スイッチを第8図の場合と同様に甲板2a毎に分割し,そして該分割した帯スイッチ17a,17b,…及び18a,18b,…を甲板2a毎に配設するとともに,上昇及び下降運転起動用スイッチを単品の押釦スイッチ30,31により構成し,この各押釦スイッチ30及び31を右側及び左側欄干2の甲板2aに所定間隔(例えば40cm以下)で一線に配設したものである」(4頁右下欄〜5頁左上欄)と記載され,運転起動用スイッチを欄干の甲板に所定間隔で一線に配設した構成も開示されている。したがって,刊行物1の運転起動用スイッチが帯状部分のどの部分が押されても作動する帯スイッチであるということはできず,キースイッチを適用できない特段の事情がある旨の原告の主張は,その前提を欠く。
(4) そうすると,本件発明1と刊行物1発明の相違点の判断の誤りをいう取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について (1) 原告は,本件発明1は,車いす運転モード時にのみ動作する運転停止スイッチと,車いす運転モードにおける停止状態から再起動させる再起動スイッチを有する操作部を,欄干部内側の踏段走行方向に沿って複数箇所に設け,さらに,運転停止スイッチをボタンスイッチ,再起動スイッチをキースイッチとして,性質の異なる2種のスイッチを組み合わせているため,特有の作用効果を奏しており,刊行物1発明などから当業者が容易に想到し得たものではないと主張する。
(2) しかしながら,刊行物1(甲4)に,「欄干のほぼ全長に亘り起動スイッチ及び停止スイッチを配設し,これにより車椅子使用者が利用しているときの非常停止をステップ上に居ながら容易にかつ即刻行うことができ,併せて非常停止後の再起動もステップ上に居ながらなし得るようにしたマンコンベア」が開示されていることは,上記1(2)のとおりであって,これによれば,運転停止スイッチと再起動スイッチとを有する操作部を欄干部の踏段走行方向に沿って間隔をおいた複数箇所に設けることによって,原告が本件発明1に特有のものとして主張する作用効果を奏することは,当業者が容易に予測し得ることである。
また,運転停止スイッチとしてボタンスイッチを使用すること,再起動スイッチとしてキースイッチを使用することが,いずれも本件特許出願時に周知であったことは上記のとおりであって,運転停止スイッチは,非常停止をステップ上に居ながら容易にかつ即刻行うことができるものである必要があり,一方,再起動スイッチは,上記2(3)摘示の乙3及び乙4の記載に加え,刊行物1(甲4)の「事故発生時にエスカレータをとつさに非常停止させる場合でも,誤つて運転起動用の帯スイッチを押すようなことがなく」(4頁右上欄)との記載からも,誤って起動されることのないようにする必要があることは明らかであるから,これら両スイッチに要請される事項に基づき,運転停止スイッチをボタンスイッチとし,再起動スイッチをキースイッチとすることに何ら困難性はないというべきである。
(3) そうすると,本件発明1の顕著な作用効果の看過をいう取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(本件発明2と刊行物1発明の相違点の判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物3(甲6)は一般のエスカレータに関するものであって,車いす用踏段付エスカレータに関する技術は記載も示唆もなく,また,本件発明2は本件発明1に従属するものであり,本件発明1は刊行物1から容易に発明をすることができたものとはいえないから,本件発明2は,刊行物1及び刊行物3から当業者が容易に発明をすることができたものではないと主張する。
(2) しかしながら,刊行物3(甲6)には「上方のキースイッチSTを投入すると,下方の警報ブザーが鳴り,タイマーT1が励磁され,T 1が閉路し,下方の警告燈LBが一定時間点燈する。この間,リレーXが励磁され,X bが開路し,モータMは起動しない。一方,下方のキースイッチSBを投入すると,上方の警報ブザーBZT が鳴り,タイマーT 2が励磁され,T 2が閉路し,上方の警告燈L Tが一定時間点燈する。この間,リレーXが励磁され,Xbが開路し,モータMは起動しない。
このように,警告燈L T,L Bが点燈するため,起動時は聴覚と視覚による喚起がなされ,より安全に起動動作を行うことができる」(4頁)と記載されており,これによれば,本件発明2の「再起動スイッチの動作信号によって起動されて当該エスカレータを駆動する動力回路にタイマを介在させたこと」の構成が開示されていることは明らかである。
そして,刊行物3に記載された,一般のエスカレータにおける起動時の安全装置の技術的課題は,車いす用踏段付エスカレータにおける起動時の安全装置の技術的課題と異なるところはないから,刊行物3に記載された上記技術的事項を,車いす用踏段付エスカレータに関する刊行物1発明に適用することは,当業者にとって格別の困難性はないというべきである。
(3) 本件発明1が刊行物1から容易に発明をすることができたことは上記のとおりであるから,本件発明2は,刊行物1,刊行物3及び周知の技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたというべきであり,取消事由4は理由がない。
5 取消事由5(本件発明3と刊行物1発明の相違点の判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物3(甲6)は一般のエスカレータに関するものであって,車いす用踏段付エスカレータに関する技術は記載も示唆もなく,また,本件発明3は本件発明1に従属するものであり,本件発明1は刊行物1から容易に発明をすることができたものでないから,本件発明3は,刊行物1及び刊行物3から当業者が容易に発明をすることができたものではない旨主張する。
(2) しかしながら,上記のとおり,刊行物3(甲6)には,本件発明3の「再起動スイッチの動作信号によって当該エスカレータの再起動を乗客に認知させる視覚認知手段又は聴覚認知手段を設けたこと」の構成要件が記載されていることは明らかである。また,本件発明1が刊行物1から容易に発明をすることができたことは上記のとおりであるから,本件発明3は,刊行物1,刊行物3及び周知の技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものである。したがって,取消事由5は理由がない。
6 以上のとおりであるから,原告主張の本件決定取消事由はいずれも理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 長沢幸男