審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成13ワ3485特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成10ワ16832補償金請求事件 平成12ワ5572補償金請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ310特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ワ3021不当利得返還請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ22834債務不存在確認等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 同一技術分野(同一の技術分野) / 技術的範囲 / 発明の詳細な説明 / 共有 / 実施料相当額 / 存続期間 / 出願経過 / 技術的意義 / 実施 / 構成要件 / 業として / 侵害 / 損害額 / 実施料 / 請求の範囲 / 変更 / 異議申立 / |
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事件 |
平成
14年
(ワ)
2774号
不当利得返還請求事件
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原告 松下電器産業株式会社 訴訟代理人弁護士 大野聖二 同 中道徹 補佐人弁理士 加藤真司 被告 東芝イーエムアイ株式会社 訴訟代理人弁護士 水谷直樹 同 岩原将文 補佐人弁理士 越智浩史 同 伊丹勝 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2003/03/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
被告は,原告に対して,2億円及びこれに対する平成14年2月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
本件は,オーディオ情報やビデオ情報を記録した円板状記録担体に関する特許権を有していた原告が,音楽CD及びCD-ROMを製造,販売した被告に対して,上記音楽CD及びCD-ROMは,上記特許権に係る発明の技術的範囲に含まれるとして,不当利得返還請求をしている事案である。 1 争いのない事実等 (1) 原告は,以下のとおりの特許権(以下「本件特許権」といい,その発明を「本件発明」という。)を有していた(平成12年9月11日に存続期間満了)。 特許番号 第1780318号 発明の名称 円板状記録担体 出願日 昭和55年9月11日 登録日 平成5年8月13日 特許請求の範囲 別紙特許公報写しの該当欄記載のとおり(以下,同公報掲載の明細書を「本件明細書」という。) (2) 本件発明の構成要件は,以下のとおり分説できる。 A オーディオ情報やビデオ情報などの主たる情報が B ほぼ同心円状のトラック内に C アドレス及び識別信号を付与した情報単位の形態で記録され, D 前記主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報のうち少なくとも一方をこの円板状記録担体が再生される時の情報トラックの最初の複数の情報単位内に記録し, E かつ前記識別信号により主たる情報が記録された情報単位か,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位かを区別するようにした F ことを特徴とする円板状記録担体。 (3) 被告は,業として,平成4年2月13日から平成6年2月12まで,別紙イ号物件目録記載の音楽CD(以下「イ号物件」という。)及び別紙ロ号物件目録記載CD-ROM(以下「ロ号物件」といい,イ号物件とロ号物件とを併せて「被告製品」という。)を製造,販売した。 2 争点 (1) 構成要件Bの充足性 (2) 構成要件Cの充足性 ア 被告製品は「識別信号を付与した」といえるか。 イ 被告製品は「情報単位の形態で記録され」といえるか。 (3) 構成要件Dの充足性 (4) 構成要件Eの充足性 (5) 損害額 3 争点に対する当事者の主張 (1) 構成要件Bの充足性(争点(1))について (原告の主張) ア 「ほぼ同心円状のトラック」の意味 (ア) 「ほぼ」という語は,広辞苑によれば,「およそ」という意味であり(広辞苑第5版2472頁),「およそ」の意味は,「多少の例外の有無は問わず,概略的又は原則的に述べる意を表す。」とされている(同410頁)。また,「同心円」とは,「中心を共有する二つ以上の円」を意味するとされている(同1883頁)。さらに,「××状」という表現は,物のありさまが「××」のようであることを意味する(同1299頁)。 そうすると,「ほぼ同心円状」の形状とは,概略的に同心円のようである形状を意味すると解釈される。 (イ) また,本件出願前の公報である,特公昭54-4603号公報(甲3)では,「本明細書に云う用語“螺旋構造”は,多数の準-同心または同心トラックからなる構造を意味するものである。」,「キャリア70は多数の準同心トラックからなる螺旋構造を有する。トラックはまた同心であってもよい。」と記載され,米国特許第4238843号(甲4)の請求項第1項に「実質的に同心の情報トラックを有する円板形状の記録担体」と記載され,かつ第1図に螺旋状のトラックが示されている。このように,当業者の理解によれば,螺旋構造は,同心に準ずるものといえる。 構成要件Bにおいて「ほぼ同心円状」と記載されているのは,情報記録形態として,螺旋状と同心円状という二つの形態が存在することを前提として,螺旋状を含める趣旨であると理解される。 したがって,「ほぼ同心円状」には,螺旋状も含まれる。 イ 被告製品との対比 被告製品では,「ピット21が螺旋状に連続して並んでトラック20を形成して」おり,このトラック20の形状はイ号物件目録及びロ号物件目録の各第1図のとおりであるから,被告製品のトラック20の形状は,「ほぼ同心円状」といえる。 したがって,被告製品は構成要件Bを充足する。 (被告の反論) ア 「ほぼ同心円状のトラック」の意味 (ア) 本件明細書中には,「ほぼ同心円状」の意義について,格別の説明がされていない。そうすると,「同心円」とは,「中心が同じ位置にある二つ以上の円」という一般的な意味に解すべきである。 (イ) この点について,原告は,螺旋状も「ほぼ同心円状」に含まれる旨主張する。 しかし,原告の上記主張は,以下のとおり,理由がない。 すなわち,螺旋状とは,連続した渦巻き状を意味するから,中心を同じくする二つ以上の円からなる同心円とは全く概念を異にしているというべきである。 また,原告が有する,本件発明と同一の技術分野に属する別特許の「特許請求の範囲」の欄には「データが一定線速度で螺旋状に複数のブロックとして記録されている光ディスク」との記載があり,原告も,データの記録形態が「同心円状」である場合と「螺旋状」である場合とを,明確に使い分けている(乙3)。 さらに,本件特許出願前にも,情報の記録形態が,「同心円状」である場合と「螺旋状」である場合とが,それぞれ異なる情報の記録形態の技術として,実際にも存在していた(「PCMオーディオディスクプレーヤー」テレビジョン学会誌1978年10月号(乙4),「PCMレーザーサウンドディスクおよびプレーヤー技術資料」昭和52年8月31日(乙5))。 したがって,「ほぼ同心円状」には,螺旋状は含まれない。 イ 被告製品との対比 被告製品においては,「情報記録領域13上では,ピット21が螺旋状に連続して並んでトラック20を形成している」のであるから,トラックが「ほぼ同心円状」であるとはいえない。 したがって,被告製品は構成要件Bを充足しない。 (2) 構成要件Cの充足性-「識別信号を付与した」といえるか(争点(2)ア)について (原告の主張) ア 「識別信号」の意味 (ア) 「識別信号」とは,字義どおり,識別するための信号であり,本件発明の場合は,主たる情報が記録された情報単位か,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位かを区別するようにした信号を意味する。 なお,後記(5)で述べるとおり,上記区別は,識別信号の存否のみによってするものではなく,識別信号の存否又は識別信号の内容によりするものである。 (イ) この点について,被告は,識別信号は,一般的な技術用語であるから,その文言のみからその内容を具体的に確定することはできないと主張する。しかし,識別信号は,文言上,一義的に明らかであり,しかも,特許請求の範囲において,「主たる情報が記録された情報単位か,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位かを区別するようにした」信号であると規定されており,その意味内容は明らかである。したがって,被告の上記主張は失当である。 また,被告は,識別信号とは,円板状記録担体において,情報エリアと制御エリアとの量的割合を自由に設定可能とするものであると主張する。しかし,被告の上記主張は,本件発明の効果の記載を特許請求の範囲に読み込んで同記載を変更するに等しい解釈であり,失当であることは明らかである。 イ イ号物件との対比 (ア) 後記(5)のとおり,イ号物件のTNOは,主たる情報が記録された情報単位か,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位かを区別することができるから,識別信号に該当する。そして,TNOはイ号物件に常に記録されるのであるから,イ号物件は,構成要件Cの「識別信号を付与」されたといえる。 (イ) 被告は,TNOは,プログラム記録領域における曲番号,楽章番号等を意味するトラック番号であることを理由に,識別信号に該当しないと主張する。 しかし,TNOがトラック番号であるとしても,これにより主たる情報が記録された情報単位か,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位かを区別することができる限り識別信号に該当するところ,後記(5)のとおり,TNOはこの区別をすることができるから,被告の上記主張は失当である。 (ウ) また,被告は,モード2,モード3にはTNOが記録されていない以上,イ号物件上でモード2,モード3が記録されている部分が読み取られた際には,TNOによりリードイン領域かプログラム領域であるかの区別ができず,したがって,TNOが識別信号に当たらない旨主張する。 a しかし,イ号物件においては,モード1のサブコードであるTNOは,モード1が採用された時にのみ記録されるものではなく,モード1のサブコードであるTNOが付された上に,モード2,3のサブコードが付されることになっており,イ号物件には,常にTNOが付されている。 したがって,被告の上記主張は失当である。 b また,イ号物件のリードイン領域におけるモード2のQチャネルのサブコードは,「第9図(c)に示すように,ADR=「2」に設定される。モード2のQチャネルのサブコードには,トラック番号TNOの情報は存在しない。DATA-Qは,当該CDの識別信号コードを構成する各4ビットのN1,N2,…,N13,12ビットのZERO,8ビットのAFRAMEからなる。」とされ,具体的には,「N1ないしN13」には13桁のBCD(Binary Code Decimal)符号で表されたPOS(Point of Sales)コードが与えられ,ZEROには,「0」のデータが与えられ,AFRAMEには「0」のデータが与えられる(イ号物件目録8頁23行ないし9頁7行)。また,プログラム記録領域におけるモード2のQチャネルのサブコードの内容は,「リードイン領域に割り当てられるモード2のQチャネルのサブコードとほぼ同じ内容である」とされている(イ号物件目録10頁22ないし24行)。したがって,モード2のサブコードには,意味のあるデータとしては,POSのデータのみが記録されていることになる。 また,プログラム記録領域におけるモード3のサブコードは,「第10図(d)に示すようにADR=「3」に設定される。モード3のQチャネルのサブコードもまたトラック番号TNOの情報を持たない。モード3では,第10図(d)に示すように,DATA-QがI1〜I12までの途中に「00」を含む60ビットのISRC(International Standard Recording Code)コード,4ビットのZERO,8ビットのAFRAMEからなる。」とされている(イ号物件目録11頁5ないし11行)。したがって,モード3のサブコードには,意味のあるデータとしては,レコーディング情報としてのISRCのデータのみが記録されている。 以上のとおり,モード2に記録されているPOSのデータも,モード3に記録されているISRCのデータも,主たる情報が頭出しされ,再生される際には,全く無意味な情報であり,主たる情報が頭出しされ,再生される場合には,モード2,3が利用されることはあり得ない。 したがって,本件発明の目的(本件明細書の1欄15行ないし2欄1行)からすると,主たる情報が頭出しされ,再生される際に,利用されることが全くないモード2,3は,本件発明とは無関係な構成であり,モード2,3の存在によって構成要件該当性が左右されることはあり得ず,この点からも被告の上記主張は失当である。 ウ ロ号物件との対比 ロ号物件のTNOが識別信号に該当し,TNOはロ号物件に常に記録されているから,ロ号物件は構成要件Cの「識別信号を付与」されたといえる。この点についての被告の主張が失当であることは上記イで述べたとおりである。 (被告の反論) ア 「識別信号」の意味 原告は,本件特許についての特許異議申立てにおける特許異議答弁書で,本件特許が規定している「識別信号」が情報単位に付与されることの効果として,情報エリアと制御エリアとの量的割合を自由に設定することが可能になり,一枚の円板状記録担体上に情報を無駄なく記録することが可能になることを強調している。このことに,本件明細書における特許請求の範囲の文言,発明の詳細な説明,出願経過等を総合考慮すれば,本件発明の円板状記録担体は,情報エリアと制御エリアとの量的割合を自由に設定することが可能である円板状記録担体であることを前提としていることは明らかである。 したがって,本件発明における「識別信号」とは,これが主たる情報が記録される情報単位ごとに記録されることにより(同信号の有無により),円板状記録担体上で,オーディオ情報やビデオ情報などの主たる情報が記録される領域(情報エリア)と,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要な情報のうち少なくとも一方が記録される領域(制御エリア)のいずれの領域であるかを区別することを可能にするとともに,円板状記録担体上での上記二つの領域の量的割合を自由に設定することを可能にすることを内容とする信号を指すものと解すべきである。 イ 被告製品との対比 (ア) 被告製品中の対比の対象部分として,被告製品上へ記録されるディジタルデータの形態(後記(3)で主張するとおり,これが本来対比の対象とされるべき部分である)や,データ変換の途中段階のデータ形態中の同期信号から次の同期信号の手前までの範囲を対比の対象とした場合においては,いずれの場合もデータは完全にばらばらの状態となって,意味のない数字列の連続にすぎないため,この「情報単位」に対応する区間内に,原告が問題にしているTNOなど,何ら記録されているとはいえない。 このため,被告製品に「識別信号」が具備されているのか否かを検討するに当たっても,原告が主張する1フレーム(F2フレーム)が98個分集まった98フレームを対比の対象とした場合でなければ,具体的な検討すら行うことができない。 したがって,被告製品は,「識別信号」を具備していない。 (イ) 仮に,被告製品におけるデータ変換の途中段階の98フレーム分を対比の対象としたとしても,被告製品は,リードイン領域とプログラム記録領域(イ号物件),ユーザデータ領域(ロ号物件)の境界が固定されており,これを移動させることはできず,両者の量的割合を自由に設定することもできないから,「識別信号」を具備しているとはいえない。 (ウ) また,被告製品におけるTNOは,プログラム記録領域における曲番号,楽章番号を意味するトラック番号(イ号物件の場合)又はユーザデータ領域における情報トラック番号(ロ号物件の場合)を意味するにすぎず,リードイン領域とプログラム記録領域又はユーザデータ領域とを区別するための識別信号ではない。 さらに,被告製品においては,リードイン領域でモード2が採用された場合,プログラム記録領域(イ号物件),ユーザデータ領域(ロ号物件)でモード2,モード3が採用された場合には,当該モードにおいてはTNOは記録されていないから,この点からもTNOは「識別信号」に該当しない。 これに対して,原告は,被告製品ではモード1が記録されていることを前提に,これに加えて,モード2ないしモード3が記録されるのであり,モード1にはTNOが記録されているのであるから,被告製品には常にTNOが記録されていることになり,被告の主張は理由がない旨反論する。 しかし,被告製品において,モード2及びモード3は,モード1上に重ねて記録されるものではなく,被告製品上で別々の部分に記録されるものである。したがって,被告製品の再生時には,モード1と,モード2及びモード3とは,別々に読み取られることになるが,モード2,モード3にはTNOが記録されていない(イ号物件目録8頁下から4ないし3行,10頁下から7ないし3行,11頁7行。ロ号物件目録10頁5ないし6行,11頁下から4ないし1)。このため,被告製品上でモード2,モード3が記録されている部分が読み取られた際には,リードイン領域であるのか,プログラム記録領域(イ号物件),ユーザデータ領域(ロ号物件)であるのかを区別することができない。したがって,原告の上記主張は理由がない。 また,原告は,被告製品においては,モード2,モード3は,主たる情報が再生される際には利用されることがないから,被告製品が「識別信号」を具備しているか否かを判断するに当たり,モード2,モード3については考慮する必要がない旨主張する。 しかし,イ号物件については,イ号物件目録中の第7図及び第8図(c),(d),(e)から明らかなとおり,プログラム記録領域においては,モード2,モード3のサブコードが「SUB」の部分に記録される場合にも,これに続く「データシンボル群」の部分には,再生対象となる信号(オーディオ情報)が記録されている。したがって,イ号物件においては,モード2,モード3のサブコードが「SUB」の部分に記録されている場合にも,「データシンボル群」の部分に記録されているオーディオデータが再生される。また,ロ号物件については,ロ号物件目録中の第8図及び第9図(c),(d),(e)から明らかなとおり,ユーザデータ領域においては,モード2,モード3の制御バイトが「CNT」の部分に記録される場合にも,これに続く「データ」の部分には,再生対象となる信号(ディジタルデータ)が記録されている。したがって,ロ号物件においては,モード2,モード3の制御バイトが「CNT」の部分に記録されている場合にも,「データ」の部分に記録されているディジタルデータが再生される。したがって,原告の上記主張は失当である。 (エ) したがって,被告製品は構成要件Cの「識別信号」を具備しているとはいえず,構成要件Cを充足しない。 (3) 構成要件Cの充足性-「情報単位の形態で記録され」といえるか(争点(2)イ)について (原告の主張) ア 「情報単位」の意味 (ア) 「情報単位」とは,文字どおり「情報の単位」を意味しており,それ以外の限定的な意味を持つものではない。そして,構成要件Cには,アドレス及び識別信号を付与した情報単位であることが明確に記載されているのであるから,構成要件Cの情報単位は,アドレス及び識別信号を付与された情報の単位として把握すれば足りる。 (イ) この点,被告は,本件特許の出願過程等を根拠として,情報単位とは,同期信号から次の同期信号の手前までの範囲を単位としているものであると主張する。 しかし,被告の同主張は,出願過程等を根拠としても,実施例に限定して解釈することはできない。 イ イ号物件との対比 (ア) イ号物件のAMIN,ASEC及びAFRAMEは,構成要件Cの「アドレス」に相当し,TNOは同「識別信号」に相当する。そして,イ号物件では,AMIN,ASEC,AFRAME及びTNOを含むQチャネルのサブコードを含むサブコードブロックが98フレームごとに割り当てられて信号が記録されているから,イ号物件は,この割り当てられた98フレームをアドレス及び識別信号を付与した「情報単位の形態で記録」している。イ号物件は,構成要件Cを充足する。 (イ) これに対して,被告は,イ号物件上に実際に記録されるデータの形態は,記録変調の処理までを終了した後のものであるところ,イ号物件のフレームに記録されているデータは,CIRCエンコード,サブコードシンボルの付加の段階が終了した後の中間段階での形態にすぎず,上記の形態と全く異なっている旨主張する。 しかし,被告の上記主張は,以下のとおり,失当である。 すなわち,構成要件Cは,「アドレス及び識別信号を付与した情報単位の形態で記録され」と記載されているのみであり,主たる情報のデータの形態については,何ら限定がない。イ号物件が構成要件Cを充足するか否かを検討するに当たっては,イ号物件において,主たる情報がアドレス及び識別信号を付与した「情報単位の形態」で記録されているかどうかを検討すれば足り,EFM変換などの各変換処理が固有の技術的意義や必要性をもっているか否かは検討の対象にならない。 また,CIRCエンコード,サブコードシンボルの付加の段階後のデータの形態自体の変換処理は,単なる付加であって,これにより構成要件該当性が左右されるものではない。さらに,コンパクトディスク等において,記録された情報に対して,エンコード,変調等のデータの形態に関する付加的処理が行われることは一般的に行われている。そして,このようなエンコード,変調等の付加的処理が行われたとしても,これらは一定のルールに従って処理され,デコード,復調操作等により,元のデータの形態に容易に復元できる状態となっており,「情報単位の形態で記録され」ていること自体には相違ない。 したがって,被告の上記主張は失当である。 ウ ロ号物件との対比 ロ号物件のA-MIN,A-SEC及びA-FRACは構成要件Cの「アドレス」に相当し,TNOは「識別信号」に相当する。そして,ロ号物件では,TNOを含むQチャネルを含む制御バイトのテーブルがF2フレームの98フレームごとに割り当てられて記録されているから,ロ号物件は,この割り当てられた98フレームを識別信号を付与した情報単位の形態で記録しており,構成要件Cを充足する。 この点に関する被告の主張が失当であることは上記イで主張したとおりである。 (被告の反論) ア 「情報単位」の意味 本件特許公報の第3図中の左側から3番目のブロックは,同期信号33,識別信号37,アドレス信号42,オーディオ情報44とから構成されているところ,構成要件AないしCの内容を上記ブロックに対応させて検討してみると,オーディオ情報44は「主たる情報」に,識別信号37は「識別信号」に,アドレス信号42は「アドレス」にそれぞれ対応している。そして,構成要件AないしCについては,本件特許公報中の上記部分以外には,開示されていない。構成要件Cが規定している「情報単位」とは,上記ブロックを指しているというべきである。 したがって,構成要件Cの「情報単位」とは,オーディオ情報やビデオ情報などの主たる情報に対してアドレス及び識別信号が付与された情報を単位とするものであって,同期信号から次の同期信号の手前までの範囲を単位とする情報の単位を指すものと解すべきである。 この点,原告は,被告の上記解釈は発明の技術的範囲を実施例に限定する解釈であり失当である旨主張する。しかし,被告の上記主張は本件発明の技術的範囲を実施例に限定するものではなく,本件特許公報中の開示内容を合理的に斟酌したにすぎないから,原告の上記主張は理由がない。 イ 被告製品との対比 (ア) 被告製品においては,ディジタルデータを記録するに当たり,多段階にわたるデータ変換が行われ,最終段階に到るまでの変換を経た後の最終のデータ形態にて記録がされる。すなわち,被告製品においては,途中段階のデータ形態の後に,さらに,EFM変換,フレームフォーマット,記録変調が行われ,これらの変換の結果としての最終のデータ形態が記録されるもので,当該データ形態は,上記途中段階のデータ形態と比べてみても,その内容が全く異なるものになる。 したがって,被告製品においては,「識別信号を付与した情報単位の形態で記録され」を充足しない。 (イ) これに対して,原告は,被告製品には,データ変換途中のデータ形態を対比の対象として,被告製品は,構成要件Cを充足すると主張する。 しかし,被告製品における前記の変換処理は,原告が主張しているような単なる「付加」というものではなく,各過程固有の技術的意義ないし必要性に基づくものである。したがって,このような被告製品上へのデータの記録形態を検討することなく,データ変換の途中段階のデータ形態を対比の対象とする原告の上記主張は失当というべきである。 また,仮に,被告製品において,データ変換の途中段階のデータ形態を対比の対象としても,被告製品は,「情報単位」を具備しているとはいえない。 すなわち,本件発明が規定している「情報単位」とは同期信号から次の同期信号の手前までの範囲を内容とするものであるから,被告製品において,データ変換の途中段階でこのようなデータ形態を有しているのは,イ号物件目録の第14図,ロ号物件目録の第11図に図示されている1フレームであるところ,この1フレームの単位では,その中に含まれているサブコードシンボルないし制御バイトは,単独では何ら意味をなさない数字列にすぎず,「識別信号」と「アドレス」が記録されているとはいえない。 (ウ) したがって,被告製品は,「情報単位の形態で記録され」とはいえず,構成要件Cを充足しない。 (4) 構成要件Dの充足性(争点(3))について (原告の主張) ア 構成要件Dの解釈について (ア) 構成要件Dは,「主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報のうち少なくとも一方を・・・情報単位内に記録し」と記載されているのであり,この点の解釈は,文字どおりの意義と解すべきである。 (イ) これに対して,被告は,構成要件Dの情報単位は,主たる情報の内容表示に必要な情報又は主たる情報の頭出しに必要な情報のうち少なくとも一方の情報であり,アドレスや識別情報は含まれない旨主張する。 しかし,構成要件Dは,制御エリア,すなわち前記主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報のうち少なくとも一方が記録されている領域に,アドレスや識別信号を付与することについては何ら限定を加えていない。したがって,構成要件Dは,制御エリアの情報単位内にアドレスや識別信号を付与する態様と,それらを付与しない態様との両方の態様を含めるものであることは,構成要件の記載から明らかである。また,本件明細書において,識別信号はリードイン領域に付与されていることからも,この点は明らかである。 (ウ) また,被告は,構成要件Dにおける「再生する時の情報トラックの最初の複数の情報単位」とは,「主たる情報が記録されている領域」と,「主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報のうち少なくとも一方の情報が記録されている領域」に,実際に記録される情報の量的割合の大小に応じて,各領域の量的割合を,識別信号の付与により,自由に円板状記録担体上に設定できることを前提とした上で,これにより個別具体的に設定される分量に応じた複数個分の情報単位であると主張する。 しかし,被告の上記解釈は,構成要件の意味内容に発明の効果を含めて限定的に解釈するものであり,失当である。 イ イ号物件との対比 (ア) イ号物件におけるリードイン領域は,構成要件Dの「円板状記録担体が再生される時の情報トラックの最初」の領域に相当するところ,リードイン領域におけるモード1のQチャネルのサブコードのPOINT,PMIN,PSEC,PFRAMEは,「前記主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報のうち少なくとも一方」に相当する。 したがって,イ号物件は構成要件Dを充足する。 (イ) なお,イ号物件においても,プログラム記録領域の開始位置は最大0.34mm変動するから,被告の下記ア(ウ)の解釈によってもイ号物件は構成要件Dを充足する。 ウ ロ号物件との対比 (ア) ロ号物件におけるリードイン領域は,構成要件Dの「円板状記録担体が再生される時の情報トラックの最初」の領域に相当するところ,リードイン領域におけるQモード1のQチャネルのポインタ,P-MIN,P-SEC,P-FRACは,「前記主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報のうち少なくとも一方」に相当する。 したがって,ロ号物件は構成要件Dを充足する。 (イ) なお,ロ号物件においては,ユーザデータ領域の開始位置は最大0.34mm変動するから,被告の下記ア(ウ)の解釈によってもロ号物件は構成要件Dを充足する。 (被告の反論) ア 構成要件Dの意味 (ア) 構成要件Dの「情報単位」中に記録される情報の内容は,「主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要な情報のうち少なくとも一方」であって,「主たる情報」,「アドレス」及び「識別信号」を含まない。換言すれば,構成要件Cが規定している「情報単位」中に記録される情報の記録フォーマットと,構成要件Dが規定している「情報単位」中に記録される情報の記録フォーマットとは,全く別のものである。(なお,構成要件Dの「主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報」と構成要件Cの「アドレス情報」とは内容が異なり,「頭出しアドレス40」は,構成要件Cの「アドレス情報」ではなく,構成要件Dの「アドレス情報」である。) このように,両者が異なる記録フォーマットにおいて,情報を記録しているからこそ,「識別信号」によって,両者を区別し,情報読取り後に異なる信号処理を行なう必要が生じるものである。また,原告が特許異議答弁書(乙24)中で主張しているとおり,「一枚の円板状記録担体の上に情報エリアと制御エリアの割合を自由に設定して無駄なく情報を記録できるという特有の効果を有する」(同3頁12ないし15行)ためには,構成要件Dが規定している「情報単位」中に,「主たる情報」,「アドレス」等の不要な情報を記録しないことを前提としているものであり,このことは,本件特許公報及び出願経過からも明らかである。 (イ) 構成要件Dにおける「情報単位」とは,以下のとおり,主たる情報の内容表示に必要な情報又は主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報のうち少なくとも一方が記録される単位であり,かつ同期信号から次の同期信号の手前までの範囲を単位とする情報の単位を指すものと解すべきである。 すなわち,前記のとおり,構成要件Dにおける「情報単位」は,基本的には,構成要件Cにおける「情報単位」と同一内容を意味すると解すべきであるが,構成要件Dにおける「情報単位」中に記録される情報は,主たる情報の内容表示に必要な情報又は主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報のうちの少なくとも一方であるから,この点において,構成要件Cにおける「情報単位」と相違することになる。 (ウ) 構成要件Dにおける「再生する時の情報トラックの最初の複数の情報単位」とは,円板状記録担体上での記録領域の量的な大小があらかじめ固定されておらず,「主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報のうち少なくとも一方」の情報が記録されている領域に実際に記録される情報の量的割合の大小に応じて,各領域の量的割合を,識別信号の付与により自由に円板状記録担体上で設定できることを前提とした上で,これにより個別具体的に設定される分量に応じた複数個分の情報単位を指すと解すべきである。そして,同情報が再生する時の情報トラックの最初の部分に記録されることになる。 イ 被告製品との対比 (ア) 前記(3)イ(ア)で主張したとおり,原告は,データ変換の途中の段階のデータ形態を対比の対象としており,失当である。 (イ) 仮に,データ変換の途中段階の98フレーム分を対比の対象としたとしても,被告製品においては,リードイン領域とプログラム記録領域(イ号物件)ないしユーザデータ領域(ロ号物件)との量的割合は固定されており,相互の量的割合を自由に設定することはできない。 (ウ) また,被告製品においては,リードイン領域にもプログラム記録領域(イ号物件)ないしユーザデータ領域(ロ号物件)にも「主たる情報」が存在している。 (エ) なお,被告製品においては,曲の頭出し用のアドレス等は,多数回にわたって記録されているものであり,記録領域を効率的に利用できるように記録回数を制限ないし調整しているとはいえない。したがって,被告製品は,無駄なく情報を記録可能とするという本件発明の効果を実現していない。 (オ) したがって,被告製品は構成要件Dを充足しない。 (5) 争点(4)(構成要件Eの充足性)について (原告の主張) ア 「識別信号により区別する」の意味 「識別信号により区別する」とは,識別信号の有無によって区別することだけを意味するものではなく,識別信号の内容によって区別することも含むと解すべきである。 イ イ号物件との対比 イ号物件のプログラム記録領域及びリードイン領域には,いずれも,98フレームごとにサブコードブロックが割り当てられており(イ号物件目録5頁下から1行ないし6頁4行),プログラム記録領域におけるモード1のQチャネルのサブコードには,プログラムのトラック番号(曲番号,楽章番号等)であって「01」〜「99」までの数値を与えることができるTNO(イ号物件目録9頁下から4ないし2行)が付されている。イ号物件のリードイン領域におけるモード1のQチャネルのサブコードには,トラック番号として「00」の数値が与えられるTNO(イ号物件目録7頁11ないし12行)が付されている。 以上の構成で,プログラム記録領域中のサブコードブロックが割り当てられた各98フレームは,「主たる情報が記録された情報単位」に相当し,リードイン領域中のサブコードブロックが割り当てられた98フレームは,「主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位」に相当するから,プログラム記録領域及びリードイン領域に付されたTNOは,主たる情報が記録された情報単位か,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位かを区別できるようにしている。 したがって,イ号物件のTNOは「識別信号」に当たり,イ号物件は構成要件Eを充足する。 ウ ロ号物件との対比 ロ号物件のユーザデータ領域及びリードイン領域には,いずれも,F2フレームの98フレームごとに制御バイトのテーブルが割り当てられており(ロ号物件目録7頁下から5行ないし2行),ユーザデータ領域におけるQモード1のQチャネルには,情報トラック番号であって「01」〜「99」までの数値を与えることができるTNO(ロ号物件目録11頁3ないし5行)が付されている。ロ号物件のリードイン領域におけるQモード1のQチャネルには,情報トラック番号として「00」の数値が与えられるTNO(ロ号物件目録8頁下から4行ないし3行)が付されている。 以上の構成で,ユーザデータ領域中の制御バイトのテーブルが割り当てられたF2フレームの各98フレームは,「主たる情報が記録された情報単位」に相当し,リードイン領域中の制御バイトのテーブルが割り当てられたF2フレームの各98フレームは,「主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位」に相当するから,ユーザデータ領域及びリードイン領域に付されたTNOは,主たる情報が記録された情報単位か,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位かを区別できるようにしている。 したがって,ロ号物件のTNOは「識別信号」に当たり,ロ号物件は構成要件Eを充足する。 (被告の反論) ア 「識別信号により区別する」の意味 「識別信号」の意味については前記(2)で,「情報単位」の意味については前記(3),(4)で,それぞれ述べたとおりである。 「識別信号により区別する」とは,以下のとおり,識別信号の有無により,情報エリアと制御エリアを区別することを意味し,識別信号の内容により区別することは含まないと解すべきである。 すなわち,構成要件A,Cにおいては,主たる情報が記録される領域においては,情報単位ごとに識別信号が付与されて記録されていると記載されている。これに対して,構成要件Dにおいては,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報のうち少なくとも一方を,情報単位中に記録すると記載されているが,識別信号を付与して記録することについては記載されていない(構成要件Dの情報単位中には識別信号は存在しない。)。そして,構成要件Eは,これらを受けて,構成要件Cが規定している情報単位であるのか,構成要件Dが規定している情報単位であるのかを「前記識別信号」により「区別」することを規定している。 このように,構成要件Eの「前記識別信号」とは,構成要件Cが規定している識別信号の有無により,構成要件Cが規定している情報単位であるのか,構成要件Dが規定している情報単位であるかを区別するものである。 イ 被告製品との対比 まず,前記(2)で主張したように,被告製品のTNOは識別信号に当たらない。また,前記(3),(4)で主張したように,被告製品は,構成要件Cの情報単位も構成要件Dの情報単位も具備していない。さらに,被告製品においては,TNOは,プログラム記録領域,ユーザデータ領域だけでなく,リードイン領域にも記録されている。 したがって,被告製品は構成要件Eを充足しない。 (6) 利益及び損失の額(争点(5))について (原告の主張) 被告は,平成4年2月13日から平成6年2月12日までの間に,被告製品を,合計5000万枚以上製造,販売した。 本件発明の実施料相当額は1枚当たり4円を下らない。 したがって,被告が本件特許権を侵害したことにより得た利益及び原告の損失は,2億円となる。 (被告の認否) 争う。 |
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当裁判所の判断
1 構成要件Cの充足性-被告製品は「識別信号を付与した」といえるか(争点(2)ア)について。 (1) 構成要件Cの「識別信号を付与した」の意味 本件発明に係る特許請求の範囲の記載からすれば,構成要件Cの「識別信号」は,少なくとも,その存否又は内容(このうちのいずれか一方のみか若しくは双方ともかの点は措く。)により,主たる情報が記録された情報単位か,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位かを区別する機能を有することが必要であると認められる。 (2) 被告製品との対比 原告は,被告製品のうち,TNOが本件発明の「識別信号」に当たる旨主張する。そこで,以下,被告製品のTNOが構成要件Cの「識別信号」に当たるか,すなわち,その存否又は内容により,主たる情報が記録された情報単位か,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位かを区別する機能を有するかについて検討する。(なお,前記争いのない事実,証拠(乙1,2)並びに弁論の全趣旨によれば,TNOを除く外,被告製品の中で「識別信号」に相当するものは見当たらない。) ア イ号物件について (ア) 事実認定 前記争いのない事実,証拠(乙1)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 a イ号物件の情報記録領域には,内周側から外周側にかけて,リードイン領域,プログラム記録領域及びリードアウト領域が,順に設けられている。 b イ号物件のプログラム記録領域の主信号であるアナログ音楽信号は,サンプリング,A/D変換,CIRCエンコード,サブコードシンボルの付加,EFM変換,同期パターン付加,フレームフォーマット,記録変調の各処理を経た後に,CDに記録されるディジタル情報となる。 c プログラム記録領域の主信号は,サンプリング,A/D変換を経てディジタルデータに変換され,一つのまとまった記録単位であるフレームが構成される。この段階のフレームは,24個のデータシンボルからなるが,CIRCエンコードによってフレームが再構成され,1フレームが24個のデータシンボル,四つのQパリティシンボル及び四つのPパリティシンボルの合計32シンボルから構成されたものとなる。 d CIRCエンコード後にサブコードシンボルが付加されるが,その段階のデータ形態は,次のとおりである。 すなわち,プログラム記録領域では,上記32個のシンボルからなるフレームを98フレーム分集めて,この98フレームごとに,サブコードブロックが割り当てられる。また,リードイン領域及びリードアウト領域では,0又は0に近い振幅値のデータ(無音のデータ)を主信号としてフレームが構成され,そのフレームを98フレーム分集めて,この98フレームごとに,サブコードブロックが割り当てられる。 e サブコードブロックは,98個のサブコードシンボルによって構成される。サブコードシンボルは,8ビットのデータであるが,最初の二つのサブコードシンボルは,サブコード同期パターンS0,S1である。サブコードブロックの縦方向の各列には,P,Q,R,S,T,U,V,Wの名称が付されており,各列を順にPチャネルのサブコード,Qチャネルのサブコードなどという。 Qチャネルのサブコードは,同期信号(S0,S1)に続いて,4ビットのコントロールデータ(CNT),4ビットのアドレス(ADR),72ビットのデータ(DATA-Q),及び16ビットの誤り検出コード(CRC)から構成されているが,その内容は,リードイン領域,プログラム記録領域及びリードアウト領域により異なっている。 f 各領域におけるQチャネルのサブコードの内容は,次のとおりである。 (a) リードイン領域におけるQチャネルのサブコード リードイン領域におけるQチャネルのサブコードには,目次表を構成するモード1のサブコードと当該CDの識別コードを示しているモード2のサブコードとがある。 モード1のQチャネルのサブコードは,ADRが「1」に設定され,DATA-Qは,各8ビットのTNO,POINT,MIN,SEC,FRAME,ZERO,PMIN,PSEC,PFRAMEからなる。このうち,TNOには,トラック番号として「00」の数値が与えられる。 モード2のQチャネルのサブコードは,モード1のQチャネルのサブコード中に割り込まれるように割り当てられている。モード2のサブコードでは,ADRが「2」に設定され,DATA-Qは,当該CDの識別コードを構成する各4ビットのN1ないしN13,12ビットのZERO,8ビットのAFRAMEからなり,TNOの情報は存在しない。 (b) プログラム記録領域におけるQチャネルのサブコード プログラム記録領域におけるQチャネルのサブコードには,主としてCD上のアドレスを示すモード1のサブコード,当該CDの識別コードを示しているモード2のサブコード,レコーディング情報を示しているモード3のサブコードとがある。 モード1のQチャネルのサブコードは,ADRが「1」に設定され,DATA-Qは,各8ビットのTNO,X,MIN,SEC,FRAME,ZERO,AMIN,ASEC,AFRAMEからなる。TNOは,プログラムのトラック番号(曲番号,楽章番号等)であって,「01」ないし「99」までの数値を与えることができる。 モード2のQチャネルのサブコードは,所定の割合で割り当てられているが,その内容はリードイン領域におけるそれとほぼ同じであり,TNOの情報は存在しない。 モード3のQチャネルのサブコードもまた所定の割合で割り当てられているが,モード2と同様にTNOの情報は存在しない。 なお,プログラム記録領域におけるフレームには,サブコードブロックのQチャネルのサブコードがいずれのモードであっても,再生の対象となるオーディオ情報が記録されている。 (c) リードアウト領域におけるQチャネルのサブコード リードアウト領域におけるQチャネルのサブコードには,モード1のサブコードとモード2サブコードとがある。 モード1のQチャネルのサブコードは,プログラム記録領域と同様,DATA-Qが,各8ビットのTNO,X,MIN,SEC,FRAME,ZERO,AMIN,ASEC,AFRAMEから構成される。但し,TNOには16進符号の「AA」が与えられる。 モード2のQチャネルのサブコードは所定の割合で割り当てられており,その内容は,リードイン領域及びプログラム記録領域におけるそれとほぼ同じであり,TNOの情報は存在しない。 (イ) 判断 a 上記(ア)で認定したとおり,イ号物件のCIRCエンコード処理後のサブコードシンボルが付加された段階のデータ形態を見ると,サブコードブロック中のQチャネルのサブコードが,モード1のものの他に,リードイン領域においてはモード2のものが,プログラム記録領域においてはモード2及びモード3のものがそれぞれ割り当てられているところ,モード2及びモード3の各サブコードにはTNO情報が存在しない。そうすると,モード2又はモード3が読み取られた場合には,TNOの存否又はその内容によっては,当該サブコードブロックを含む情報単位が,主たる情報が記録された情報単位(プログラム記録領域内の情報単位)か,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位(リードイン領域内の情報単位)かを区別することはできない。 したがって,イ号物件のTNOは,その存否又は内容により,主たる情報が記録された情報単位か,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位かを区別する機能を有するものではないから,本件発明の「識別信号」には当たらない。 b この点について,原告は,主たる情報が頭出しされ,再生される場合には,モード2,モード3に記録されているデータは無意味な情報であるから,モード2,モード3が利用されることはあり得ず,したがって,モード2,モード3の存在によってイ号物件の構成要件該当性が左右されることはない旨主張する。 しかし,プログラム記録領域においては,データシンボル群に付加されるサブコードブロック中のQチャネルのサブコードとして,モード1の他にモード2及びモード3の各サブコードが割り当てられているところ,モード2,モード3の各サブコードがサブコードブロックに記録されている場合にも,これに続くデータシンボル群には再生対象となるディジタル信号(オーディオ情報)が記録されているのであるから,イ号物件において,モード2又はモード3のサブコードを含む情報単位のデータシンボル群が利用されないということはできない。 したがって,原告の上記主張は採用できない。 また,原告は,イ号物件には常にTNOが付されている旨主張するが,前記(ア)で認定した事実に照らし,同主張は理由がない。 c 以上のとおり,原告主張に係る,イ号物件のCIRCエンコード後にサブコードシンボルが付加された段階のデータ形態のうち,フレームを98個集めたもののデータ構造を本件発明との対比の対象とするとの前提に立ったとしても,イ号物件は,主たる情報が,「識別信号を付与した」情報単位の形態で記録されたものとはいえない。 イ ロ号物件について (ア) 事実認定 前記争いのない事実,証拠(乙2)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 a ロ号物件の情報領域には,内周側から外周側にかけて,リードイン領域,ユーザデータ領域及びリードアウト領域が,順に設けられている。 b ロ号物件に記録されるディジタルデータは,スクランブリング,CIRCエンコード,制御バイトの付加,EFM変換,同期ヘッダ付加及びフレームフォーマット,記録変調の各処理を経た後に,CD-ROMに記録されるディジタルの記録情報となる。 c ユーザデータ領域に記録されるディジタルデータは,スクランブリング後に24個のデータバイトからなるF1フレームを構成する。F1フレームは,CIRCエンコードによって,24個のデータバイト,四つのQパリティバイト及び四つのPパリティバイトの合計32バイトから構成されるF2フレームに変換される。 d CIRCエンコード後に制御バイトが付加されるが,その段階のデータ形態は,次のとおりである。すなわち,32バイトからなるF2フレームを98フレーム分集めて,この98フレームごとに,制御バイトのテーブルが割り当てられる。 e 制御バイトのテーブルは,98個の制御バイトによって構成される。制御バイトは,8ビットのデータであるが,最初の二つの制御バイトは,同期信号0,同期信号1である。テーブルの縦方向の各列には,P,Q,R,S,T,U,V,Wの名称が付されており,各列を順にPチャネル,Qチャネルなどという。 Qチャネルは,同期信号(0,1)に続いて,4ビットの制御領域(制御),4ビットのQモード領域(Qモード),72ビットのデータ(Qデータ),及び16ビットの誤り検出コード(CRC)から構成されているが,その内容は,リードイン領域,ユーザデータ領域及びリードアウト領域により異なっている。 f 各領域におけるQチャネルの内容は,次のとおりである。 (a) リードイン領域におけるQチャネル リードイン領域におけるQチャネルには,目次表を構成するQモード1と当該CD-ROMの識別コードを示しているQモード2とがある。 Qモード1のQチャネルは,Qモードが「1」に設定され,Qデータは,各8ビットのTNO,ポインタ,MIN,SEC,FRAC,ゼロ,P-MIN,P-SEC,P-FRACからなる。このうち,TNOには,情報トラック番号として「00」の数値が与えられる。 モード2のQチャネルは,Qモード1のQチャネル中に割り込まれるように割り当てられている。Qモード2のQチャネルは,Qモードが「2」に設定され,Qデータは,当該CDの識別コードを構成する各4ビットのN1ないしN13,12ビットのゼロ,8ビットのA-FRACからなり,TNOの情報は存在しない。 (b) ユーザデータ領域におけるQチャネル ユーザデータ領域におけるQチャネルには,主としてCD-ROM上のアドレスを示すQモード1のQチャネル,当該CD-ROMの識別コードを示しているQモード2のQチャネル,オーディオトラックが記録される場合に限りそのレコーディング情報を示しているQモード3のQチャネルとがある。 Qモード1のQチャネルは,Qモードが「1」に設定され,Qデータは,各8ビットのTNO,インデックス,MIN,SEC,FRAC,ゼロ,A-MIN,A-SEC,A-FRACからなる。TNOは,情報トラック番号であって,「01」ないし「99」までの数値を与えることができる。 Qモード2のQチャネルは,所定の割合で割り当てられているが,その内容はリードイン領域におけるそれとほぼ同じであり,TNOの情報は存在しない。 Qモード3のQチャネルもまた所定の割合で割り当てられているが,Qモード2と同様にTNOの情報は存在しない。 なお,ユーザデータ領域におけるF2フレームには,制御バイトのテーブルのQチャネルがいずれのモードであっても,再生の対象となるディジタルデータが記録されている。 (c) リードアウト領域におけるQチャネル リードアウト領域におけるQチャネルには,Qモード1のQチャネルとQモード2のQチャネルとがある。 Qモード1のQチャネルは,ユーザデータ領域と同様,Qデータが,各8ビットのTNO,インデックス,MIN,SEC,FRAC,ゼロ,A-MIN,A-SEC,A-FRACから構成される。但し,TNOには16進符号の「AA」が与えられる。 Qモード2のQチャネルは所定の割合で割り当てられており,その内容は,リードイン領域及びユーザデータ領域におけるそれとほぼ同じであり,TNOの情報は存在しない。 (イ) 判断 a 上記(ア)で認定したとおり,ロ号物件のCIRCエンコード処理後の制御バイトが付加された段階のデータ形態を見ると,制御バイトのテーブル中のQチャネルが,Qモード1のものの他に,リードイン領域においてはQモード2のものが,ユーザデータ領域においてはQモード2及びQモード3のものがそれぞれ割り当てられているところ,Qモード2及びQモード3にはTNO情報が存在しない。そうすると,Qモード2又はQモード3が読み取られた場合には,TNOの存否又はその内容によっては,当該制御バイトのテーブルを含む情報単位が,主たる情報が記録された情報単位(ユーザデータ領域内の情報単位)か,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位(リードイン領域内の情報単位)かを区別することはできない。 したがって,ロ号物件のTNOは,その存否又は内容により,主たる情報が記録された情報単位か,主たる情報の内容表示に必要な情報または主たる情報の頭出しに必要なアドレス情報が記録された情報単位かを区別する機能を有するものではないから,本件発明の「識別信号」には当たらない。 b この点について,原告は,主たる情報が頭出しされ,再生される場合には,Qモード2,Qモード3に記録されているデータは無意味な情報であるから,Qモード2,Qモード3が利用されることはあり得ず,したがって,Qモード2,Qモード3の存在によってロ号物件の構成要件該当性が左右されることはない旨主張する。 しかし,ユーザデータ領域においては,データに付加される制御バイトのテーブル中のQチャネルとして,Qモード1の他にQモード2及びQモード3が割り当てられているところ,Qモード2,Qモード3が制御バイトのテーブルに記録されている場合にも,これに続くデータには再生対象となる信号(ディジタルデータ)が記録されているのであるから,ロ号物件において,Qモード2又はQモード3を含む情報単位のデータが利用されないということはできない。 したがって,原告の上記主張は採用できない。 また,原告は,ロ号物件には常にTNOが付されている旨主張するが,前記(ア)で認定した事実に照らし,同主張は理由がない。 c 以上のとおり,原告主張に係る,ロ号物件のCIRCエンコード後に制御バイトが付加された段階のデータ形態のうち,F2フレームを98個集めたもののデータ構造を本件発明との対比の対象とするとの前提に立ったとしても,ロ号物件は,主たる情報が,「識別信号を付与した」情報単位の形態で記録されたものとはいえない。 2 したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 飯村敏明 |
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裁判官 | 榎戸道也 |
裁判官 | 佐野信 |