関連審決 | 異議1997-74930 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の判断 / 周知技術 / 上位概念 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 化学構造 / 優先権 / 優先日 / 置き換え / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 交換 / 設定登録 / 発明の範囲 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 合理的な理由 / 取消決定 / 忌避 / |
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事件 |
平成
12年
(行ケ)
232号
特許取消決定取消請求事件
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原告 ロレアル 訴訟代理人弁理士 志賀正武 同 船山武 同 渡邊隆 同 実広信哉 被告 特許庁長官太田 信一郎 指定代理人 森田 ひとみ 同 一色 由美子 同 宮川久成 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/03/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が平成9年異議第74930号事件について平成12年1月28日にした決定のうち「特許第2601642号の請求項1ないし4,6ないし11に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「パラ-フェニレンジアミン誘導体およびメタ-アミノフェノール誘導体を含有する,ケラチン繊維の酸化染色用組成物,および該組成物を用いる染色方法」とする特許第2601642号発明(平成7年1月23日特許出願,優先権主張日1994年〔平成6年〕1月24日・フランス共和国,平成9年1月29日設定登録,以下「本件発明」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。 本件特許につき特許異議の申立てがされ,平成9年異議第74930号事件として特許庁に係属した。 原告は,平成10年9月30日付け訂正請求書により本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲等の訂正を請求(以下「本件訂正請求」という。)し,平成11年7月19日付け手続補正書により同請求書の補正(以下「本件補正」という。)をした。 特許庁は,上記特許異議の申立てについて審理した上,平成12年1月28日,「特許第2601642号の請求項1ないし4,6ないし11に係る特許を取り消す。同請求項5に係る特許を維持する。」との決定(以下,同決定のうち前段の部分を「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年3月8日,原告に送達された。 2 設定登録時の特許請求の範囲の記載 【請求項1】染色に適当な媒体に,少なくとも1つの酸化染料前駆物質,および,少なくとも1つのカップリング剤を含有する,髪等のケラチン繊維の酸化染料組成物において,酸化染料前駆物質として,式(I): 【化1】 ここで,mは,0または1の整数であり,nは,1から4の整数である,で表わされる少なくとも1つのパラ-フェニレンジアミン,および/または,少なくとも1つの,このパラ-フェニレンジアミンと酸との付加塩を含有し,および,カップリング剤として,式(II): 【化2】 ここで,R1は,1〜2の炭素数を有するアルキル基,または2〜3の炭素数を有するβ-ヒドロキシアルキル基である,で表わされる少なくとも1つのメタ-アミノフェノール,および/または,少なくとも1つの,式(II)のメタ-アミノフェノールと酸との付加塩を含有し,式(I)においてmが0であり,式(II)においてR1がβ-ヒドロキシエチル基である場合,前記染料組成物が3-メチル-パラ-アミノフェノール,2-メチル-パラ-アミノフェノールおよび2-ヒドロキシメチル-パラ-アミノフェノールからなる群から選択される更なる酸化染料前駆物質を含有しないことを特徴とする,染料組成物。 【請求項2】式(I)で表わされるパラ-フェニレンジアミンが,2-(ヒドロキシメチル)-パラ-フェニレンジアミン,2-(β-ヒドロキシエチル)-パラ-フェニレンジアミン,2-(β-ヒドロキシエトキシ)-パラ-フェニレンジアミン,および酸とのこの付加塩とから選択されることを特徴とする,請求項1に記載の染料組成物。 【請求項3】式(II)で表わされるカップリング剤が,2-メチル-5-N-(β-ヒドロキシエチルアミノ)フェノールおよびこれと酸との付加塩から選択されることを特徴とする,請求項1または2に記載の染料組成物。 【請求項4】式(I)で表わされる酸化染料前駆物質として,少なくとも2-(β-ヒドロキシエチル)-パラ-フェニレンジアミンまたはこれと酸との付加塩の1つ,および,カップリング剤として,少なくとも2-メチル-5-N-(β-ヒドロキシエチルアミノ)フェノールまたはこれと酸との付加塩の1つを含有することを特徴とする,請求項1ないし3のいずれかに記載の染料組成物。 【請求項5】式(I)で表わされる酸化染料前駆物質として,少なくとも2-(β-ヒドロキシエトキシ)-パラ-フェニレンジアミンまたはこれと酸との付加塩の1つ,および,カップリング剤として,少なくとも2-メチル-5-N-(β-ヒドロキシエチルアミノ)フェノールまたはこれと酸との付加塩の1つを含有することを特徴とする,請求項1ないし3のいずれかに記載の染料組成物。 【請求項6】酸との付加塩が,塩酸塩類,硫酸塩類,臭酸塩類,および酒石酸塩類から選択されることを特徴とする,請求項1ないし5のいずれかに記載の染料組成物。 【請求項7】式(I)で表わされるパラ-フェニレンジアミンまたはその塩が,組成物の全重量に対して約0.01と10重量%の間で存在し,式(II)で表わされるカップリング剤が,組成物の全重量に対して約0.005と3重量%の間で存在することを特徴とする,請求項1ないし6のいずれかに記載の染料組成物。 【請求項8】式(I)で表わされるパラ-フェニレンジアミンまたはその塩が,組成物の全重量に対して0.05と5重量%との間で存在し,式(II)で表わされるカップリング剤が,組成物の全重量に対して約0.05と2重量%の間で存在することを特徴とする,請求項1ないし6のいずれかに記載の染料組成物。 【請求項9】使用準備のできた組成物であり,さらに,酸化剤を含有し,pHが3と11の間であることを特徴とする,請求項1ないし8のいずれかに記載の染料組成物。 【請求項10】請求項1ないし9のいずれかに記載の染料組成物(A)を髪等のケラチン繊維に適用し,該組成物(A)に使用時にのみ添加する,または別に同時にまたは順次に適用する組成物(B)に存在する,酸化剤を用いて,アルカリ性,中性,または酸性媒体において顕色処理することを特徴とする,髪等のケラチン繊維の染色方法。 【請求項11】髪等のケラチン繊維を染色するためのキットまたはいくつかの区分を含有する装置において,少なくとも2つの区分を有し,その1つには,請求項1ないし8のいずれかに記載の組成物(A)を含有し,他の1つには,染色に適する媒体に,酸化剤が含有された組成物(B)を含有することを特徴とする,キットまたは装置。 (以下【請求項1】〜【請求項11】に係る発明を「本件発明1」〜「本件発明11」という。) 3 本件補正後の本件訂正請求に係る明細書の特許請求の範囲【請求項1】の記載 染色に適当な媒体に,少なくとも1つの酸化染料前駆物質,および,少なくとも1つのカップリング剤を含有する,髪等のケラチン繊維の酸化染料組成物において,酸化染料前駆物質は,式(I): 【化1】 ここで,mは,0または1の整数であり,nは,1から4の整数である,で表される少なくとも1つのパラ-フェニレンジアミン,および/または,少なくとも1つの,このパラ-フェニレンジアミンと酸との付加塩のみからなり, および,カップリング剤は,式(II): 【化2】 ここで,R1は,1〜2の炭素数を有するアルキル基,または2〜3の炭素数を有するβ-ヒドロキシアルキル基である,で表される少なくとも1つのメタ-アミノフェノール,および/または,少なくとも1つの,式(II)のメタ-アミノフェノールと酸との付加塩のみからなることを特徴とする,染料組成物。 (以下「訂正発明」という。) 4 本件決定の理由 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,訂正発明は,特開昭55-145762号公報(甲6,以下「刊行物1」という。),英国特許明細書GB2239265A(甲7,以下「刊行物5」という。)及び特開昭52-7450号公報(甲8,以下「刊行物6」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定によって特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件訂正請求は,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則6条の規定によりなお従前の例によるとされる特許法120条の4第3項(注,「特許法等の一部を改正する法律(平成11年法律第41号)附則2条12号の規定によりなお従前の例によるとされ,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則6条の規定によりなお従前の例によるとされる特許法120条の4第3項」の趣旨と解される。)において準用する同法126条4項の規定に適合しないので,認められないとし,本件発明1〜4,6〜11は,刊行物1,5,6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条1項,2項の規定により,取り消すべきものであるとした。 |
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原告主張の本件決定取消事由
本件決定は,訂正発明と刊行物6(甲8)に記載された発明との相違点の判断を誤り(取消事由1),訂正発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由2)ことによって進歩性の判断を誤り,本件訂正請求を認めなかったものであるから,違法として取り消されるべきである。 (以下,化学構造が同一である, 2-(β-ヒドロキシエチル)パラ-フェニレンジアミン =2-(2,5-ジアミノフェニル)エタノール =2,5-ジアミノ-β-ヒドロキシエチルベンゼン = を「X」といい, 2-メチル-5-[N-(β-ヒドロキシエチル)-アミノ]-フェノール =メチル-2N-β-ヒドロキシエチルアミノ-5フェノール = を「Y」という。) 1 取消事由1(相違点の判断の誤り) (1) 本件決定は,訂正発明と刊行物6(甲8)に記載された発明との相違点「訂正発明ではパラ-フェニレンジアミン系化合物として,式(I)で示された化合物またはその酸の塩に限定しているのに対して,刊行物6にはそのようなパラ-フェニレンジアミン系化合物またはその酸の塩について記載されていない点」(決定謄本8頁第2段落)につき,刊行物1,5(甲6,7)に記載された発明及び周知技術から当業者が適宜選択し得ると判断するが,誤りである。 刊行物5(甲7)の目的は,過敏化作用や変異源性を持たない,顕色物質(酸化染料前駆物質)とカップラー物質(カップリング剤)の特定の組合せを提供することであり,その目的の達成のために,「X」とレゾルシノール,3,4-メチレンジオキシフェノール,3-アミノフェノール,及びN-(2-ヒドロキシエチル)-3,4-メチレンジオキシアニリンとを組み合わせることを発明の本質としている。一方,刊行物6記載の発明は,当時としては新規なカップリング剤を提供することであり,その目的の達成のために,特許請求の範囲に記載の式(II): 【化2】 (R1はアルキル基中に炭素原子を1ないし4個有するヒドロキシアルキル基)の化合物をカップリング剤としている。そうすると,両発明は,目的及び目的を達成するための手段が全く異なり,発明の本質が異なるといえるから,両者を組み合わせる動機付けは何ら存在しない。 したがって,本件特許出願の優先日当時,刊行物6(甲8)の第1表「組成物の例」4(7頁右下欄,以下「例4」という。)の組成物において酸化染料前駆物質としてパラ-フェニレンジアミンに代えて「X」を使用して訂正発明の構成とすることが当業者に容易であったとはいえない。 (2) 本件特許出願の優先日当時,既に多数の酸化染料前駆物質と多数のカップリング剤が知られており,酸化染料前駆物質とカップリング剤の可能な組合せは無数に存在していたのであるから,新たな特定の組合せが既知の組合せに比して新規かつ有用であれば進歩性は認められる。また,その判断に当たっては,「X」を単独で酸化染料前駆体として使用し,かつ,カップリング剤として「Y」のみを採用して両者を組み合わせることの示唆が必要である。 訂正発明が刊行物5,6(甲7,8)に記載された発明から容易に発明をすることができたかどうかは,訂正発明の組合せが,刊行物5,6に開示された酸化染料前駆物質とカップリング剤の組合せから容易に想到できたかどうかの観点から判断されなければならない。刊行物5には,訂正発明の式(I)の酸化染料前駆物質に包含される「X」が記載され,刊行物6の例4には,訂正発明の式(II)のカップリング剤に包含される「Y」が記載されているが,刊行物5,6には,「X」のみを酸化染料前駆体として選択し,同時に「Y」のみをカップリング剤として選択して,両者を組み合わせて使用することを示唆する記載はない。むしろ,刊行物6において,カップリング剤である「Y」の上位概念である化合物群と組み合わされるべき酸化染料前駆物質として規定されているものは,訂正発明で使用される式(I)の酸化染料前駆物質を含まない。刊行物6において,カップリング剤と組み合わされるべき酸化染料前駆物質から「X」が排除されている以上,刊行物5に「X」が記載されているからといって,刊行物6の例4に含まれる「Y」と組み合わせる酸化染料前駆物質として「X」を使用する合理的な理由は存在しない。 したがって,本件特許出願の優先日当時,当業者が,刊行物5,6の記載から訂正発明を想到することは容易とはいえない。 (3) 本件決定は,刊行物6の例4の組成物に含まれるパラ-フェニレンジアミンの毒性及び突然変異誘発性を回避しようとして,当該パラ-フェニレンジアミンに代えて,刊行物5(甲7)記載の「X」を使用して訂正発明の構成とすることは容易であると判断する(決定謄本9頁第3段落)が,本件特許出願の優先日当時において,パラ-フェニレンジアミンより低毒性の酸化染料前駆物質は1989年(平成元年)発行の「The Jounal of Toxicological Sciences, Vol.14, 77-86, 1989」(甲26)に記載された「2,2’-((4-アミノフェニル)イミノ)ビスエタノール硫酸塩(4APE)」(訳文1頁第1,第2段落)等多数知られていたのであるから,そのような多数の低毒性の酸化染料前駆物質から刊行物5記載の「X」のみを特に選択する合理的理由がない。 刊行物5は,「X」とレゾルシノール,3,4-メチレンジオキシフェノール,3-アミノフェノール又はN-(2-ヒドロキシエチル)-3,4-メチレンジオキシアニリンとを組み合わせることによって,突然変異作用や過敏化作用のない酸化染色用組成物を得ることが可能であることを開示しているが,上記以外のカップリング剤と組み合わせた場合にも,突然変異作用や過敏化作用のない酸化染色用組成物を得ることが可能である保証は何らされていないのであるから,パラ-フェニレンジアミンが毒性であるといっても,刊行物5の記載に基づいては刊行物6の例4のパラ-フェニレンジアミンに代えて「X」を使用することを容易に想到することができるものではない。 特表昭55-500519号公報(乙1,以下「乙1公報」という。)には,一般式 の1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼンが無毒性であることを示す客観的な実験結果は何ら示されていないし,1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼンがどのようなカップリング剤と組み合わせても酸化染色用組成物全体として無毒であることを示す実験結果は何ら存在しない。そうすると,乙1公報の「本出願により毛髪染色剤中に1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼンが含まれていることによって,毒物学上および皮膚科学上従来のものに比して著しい進歩が認められるということは特に意義がある」(3頁左下欄)の記載は,何らの裏付けのない単なる希望的観測の表明にすぎない。酸化染色用組成物のように,酸化染料前駆物質がカップリング剤と共に過酸化水素等の作用により酸化重合して染料となる物質を生成するタイプの染色組成物の分野では,突然変異誘発性のない酸化染料前駆物質を用いたとしても,染色時にこの酸化染料前駆物質がカップリング剤と共に酸化重合して生成する染料物質が突然変異誘発性を有することがあることが知られているし,また,薬事日報社発行の日本化粧品技術者会編「最新化粧品科学〈改訂増補U〉」(甲16)に「酸化染毛剤の感作能力,あるいはその他の毒性は過酸化水素を含んだ染毛剤混合液で行うことによって,意味のある評価ができる」(162頁最終段落)と記載されているように,酸化染料前駆物質とカップリング剤とが組み合わされた酸化染色用組成物としての毒性は必ずしも酸化染料前駆物質又はカップリング剤自体の毒性から直ちに予想できるものではないから,「X」をどのようなカップリング剤と組み合わせて染色しても有害作用を呈しないなどとは到底いえない。そして,刊行物5には,「1-ヒドロキシメチル-2,5-ジアミノベンゼン化合物(2,5ジアミノベンジルアルコール)は過敏化作作用(「過敏化作用」の誤記と認める。)を持つことが証明されている」(訳文3頁第2段落)と記載されており,1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼンが「1-ヒドロキシアルキル」部分の炭素原子数によっては必ずしも無毒性ではないことが明確に述べられている。そうすると,刊行物6の例4の酸化染色用組成物よりそのパラ-フェニレンジアミンを「X」と置換して得られる酸化染色用組成物の方が全体として毒性が必ず低いと本件特許出願の優先日前に予想できたとはいえないから,刊行物6の例4のパラ-フェニレンジアミンを「X」で置換しようとする動機付けが,乙1公報から得られるものではない。 (4) 刊行物5(甲7)は,酸化染料前駆物質としてパラ-フェニレンジアミンを使用しても「X」を使用して得られる色の点では同レベルのものしか得られず,しかも,染色の強度の点では,パラ-フェニレンジアミンを使用した場合よりも「X」を使用した方がわずかに劣ることを示している(訳文3頁最終段落〜4頁第1段落)。したがって,刊行物5に接した当業者が,刊行物6の例4のパラ-フェニレンジアミンに代えて「X」の使用を試みるはずはない。 2 取消事由2(顕著な作用効果の看過) 訂正発明の染色組成物が刊行物1,5(甲6,7)に開示される組成物よりも耐汗性及び耐光性といった染色特性の面で優れていることは,訂正拒絶理由通知に対する原告の平成11年7月19日付け意見書(甲13)添付の比較実験成績書1,2,4の記載から明らかであり,かつ,この作用効果は刊行物1,5,6及び周知技術から予測可能なものではないにもかかわらず,本件決定は,このような顕著な作用効果を看過し,その結果,訂正発明の進歩性の判断を誤ったものである。 酸化染色用組成物としての染色特性は,使用される酸化染料前駆物質とカップリング剤との組合せに依存するから,たとえ好ましい染色特性を与えるとされている酸化染料前駆物質を使用したとしても,組み合わされるカップリング剤によっては,酸化染色用組成物全体としては好ましい染色特性を得ることができない場合もあるし,また,その逆の場合もあるから,上記各刊行物の記載及び周知技術から,比較実験成績書1,2,4の結果が予測可能であるということはできない。 比較実験成績書1には,2-メチルパラフェニレンジアミン(パラトルイレンジアミンのこと)と「Y」の組合せ(刊行物6〔甲8〕の例1に相当)よりも,2―(ヒドロキシメチル)-パラ-フェニレンジアミン(訂正発明の範囲の酸化染料前駆物質ではあるが「X」よりCH2が一つ少ないもの)と「Y」の組合せの方が耐汗性に優れた染色状態を与えることが示されている。これに対し,乙1公報は,「X」を含む上位概念である一般式 の化合物が酸化染料前駆物質として好ましい旨が漠然と述べられているにすぎず,具体的なカップリング剤と酸化染料前駆物質との組合せについては,実施例に記載されたものを除き,何ら示していない。また,上記酸化染料前駆物質と組み合わせて使用することを示唆しているカップリング剤(特許請求の範囲の請求項3,2頁左下欄)には「Y」は含まれておらず,訂正発明の構成を導くどころか忌避するものである。そうすると,乙1公報は,訂正発明で使用されるカップリング剤に含まれる「Y」と組み合わせて使用した場合に,「X」が2-メチル-パラ-フェニレンジアミン(2,5-ジアミノトルエン)よりも,より良い染色特性を示すことを何ら予測可能とするものではない。同公報には,カップリング剤の種類にかかわらず,酸化染料前駆物質として「X」を使用した方が2-メチル-パラ-フェニレンジアミンを使用した場合よりも更に良い染色特性が必ず得られるとの記載又は示唆はない。したがって,同公報の記載から,比較実験成績書1に示される内容が予測可能であったとはいえない。 比較実験成績書2には,「X」とメタアミノフェノールである3-アミノフェノールの組合せ(刊行物5〔甲7〕の実施例2に相当)よりも,「X」と「Y」の組合せの方が耐汗性に優れた染色状態を与えることが示されている。刊行物6(甲8)は,そこに記載されたカップリング剤と組み合わされるべき酸化染料前駆物質に「X」が含まれていない以上,「X」を刊行物6の例4に含まれる「Y」と組み合わせた場合に,「Y」がメタアミノフェノールよりもより良い染色特性をもたらすことを何ら予測可能とするものではない。したがって,比較実験成績書2の内容は刊行物6から予測可能なものではない。 比較実験成績書4には,訂正発明の「X」のみと「Y」のみの組合せを含む酸化染料組成物の方が,刊行物1(甲6)の実施例13のように「X」と「Y」以外に他のカップリング剤(2,4-ジアミノフェニル-β-アミノエチルエーテル)を必須に含む酸化染料組成物よりも光に対する耐性が優れた染色状態を与えることが示されている。酸化染色用組成物の相対的な染色特性は酸化染料前駆物質のみの特性又はカップリング剤のみの特性から予測することは困難であるから,上記実施例13の組成物から2-メチル-5-アミノフェノール,レゾルシン,メタアミノフェノールを排除した場合に,組成物の染色特性が向上するかどうかを予測できるものではない。また,乙1公報では,「X」が含まれる一般式の酸化染料前駆物質をレゾルシン,m-アミノフェノール,3-アミノ-6-メチルフェノール(2-メチル-5-アミノフェノール)等と組み合わせることが示唆されている(特許請求の範囲の請求項3,2頁左下欄)が,これは耐久性の優れた染色状態を得ることを目的としたものであることが明らかである。そうすると,当業者は,「X」が含まれる刊行物1の実施例13からレゾルシン,m-アミノフェノール,3-アミノ-6-メチルフェノールを排除すると,かえって組成物全体のもたらす染色の耐久性が劣ることになるか,少なくとも染色の耐久性が劣るおそれがあると予測するはずである。したがって,上記実施例13において,「X」が存在するにもかかわらず,2-メチル-5-アミノフェノール,レゾルシン,メタアミノフェノールが存在しない場合に染色状態の耐久性が改善するという比較実験成績書4の結果は,当業者の予測できないものというべきである。 |
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被告の反論
本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(相違点の判断の誤り)について (1) 刊行物6(甲8)には,単に使用可能な新規のカップリング剤が記載されているというにとどまらず,パラ-フェニレンジアミン系酸化染料前駆物質と組み合わせるメタアミノフェノール系カップリング剤として,訂正発明で特定するカップリング剤を使用するものであり,これにより,洗濯,悪天候,光線への耐久性を改善した毛髪用染色組成物が記載されている(4頁右上欄,右下欄など)。また,刊行物5(甲7)には,単に酸化染料前駆物質「X」が示されているすぎないものではなく,メタアミノフェノール等のカップリング剤と組み合わせる酸化染料前駆物質としてパラ-フェニレンジアミン等を使用した場合には,過敏症,突然変異誘発性の問題があり,これを改善するために酸化染料前駆物質「X」を代替使用することが示されている。染毛用組成物は,使用時に直接人間の皮膚に接触することが避けられないから,その安全性が重視されることも周知であり,中でも酸化染料前駆物質として代表的なパラ-フェニレンジアミンはその毒性により使用時に注意を払う必要があることから,当業者の目指す課題としては,この問題は最優先されるべきものである。そうすると,刊行物6の例4の成分であり安全性に問題のあるパラ-フェニレンジアミンを,より安全なものに代えようとすることはごく自然なことであり,パラ-フェニレンジアミンを他の酸化染料前駆物質に代えること自体には強い動機付けがある。そして,問題のある成分を,周知又は公知の酸化染料前駆物質の中から,同系統(パラ-フェニレンジアミン系)の周知の成分で,染色性,安全性を総合的に勘案して,優れたあるいは問題のない成分に代えてみることは,当業者が通常行う範囲のことである。 (2) 原告の主張は,「Y」とパラ-フェニレンジアミンの組合せにおけるパラ-フェニレンジアミンを「X」に代えることについて,「Y」と「X」を組み合わせることの記載又は示唆がない限り,その構成は容易に想到し得るものでないというに等しい。「X」と「Y」を組み合わせること自体が全く考えも付かないという場合ならばともかく,酸化染料前駆物質とカップリング剤を組み合わせ使用することが日常的であり,新たな組合せについても日常的に研究されている染毛用組成物分野にあっては,具体的な組合せが記載ないし示唆されない限り,公知物質同士の組合せに進歩性があるとして特許を付与するならば,無数の特許が乱立してしまい,結果的に製品開発や製造販売に当たって常に成分の個々の組合せにつき多くの特許の存在をチェックしなければならない事態を招くこととなり,発明の奨励どころか,かえって産業活動の妨げとなりかねない。したがって,刊行物5,6に「X」のみを酸化染料前駆物質として選択し,同時に,「Y」のみをカップリング剤として選択して,両者を組み合わせて使用することを示唆する記載が存在しないからといって,直ちに進歩性が認められるものではない。 (3) 原告は,本件特許出願の優先日当時既知の多数の低毒性の酸化染料前駆物質から「X」のみを特に選択する合理的理由がないと主張するが,本件においては,「X」と「Y」の組合せの進歩性を否定する論理を示せば足りるのであり,他の物質をも含めた進歩性を議論する必要はない。 「X」が周知であることを示す刊行物の一つである乙1公報には,「X」を包含する1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼンは一般に使用されているカップリング剤と組み合わせることができる旨記載され(1頁左下欄,2頁左下欄),特に不適切なカップリング剤の説明がないことからすると,特定のカップリング剤に限定されないことを意味していると解すべきである。さらに,刊行物5(甲7)には,「本発明で使用されるカップラー物質に加えて,ある色合いを得るために,ただし,染色剤が結果的に変異源性や過敏化作用を示さないことを条件として,任意に更なるカップラー物質が追加的に少量存在することができる」(訳文7頁第3段落)とも記載され,記載されているカップリング剤以外のものも,毒性を示さない限りは「X」との組合せは可能であることが示されているといえる。 皮膚に対する害は酸化染料前駆物質自体,カップリング剤との混合物及び生ずる染色剤にも有害作用がないことが要求されるのは当然であるが,その基本は,組合せに係る成分自体に有害作用がないことである。したがって,副作用のない酸化染毛用組成物を企図する当業者が,パラ-フェニレンジアミン系酸化染料前駆物質の中から皮膚科学的等に問題がないとされる成分を選択するのはごく自然なことであり,刊行物5及び乙1公報で問題ないことが記載又は示唆される「X」を選択することには格別の困難はない。 (4) 刊行物5(甲7)の「本発明のカップラー物質によって,予期される色合いが得られる。色の定着力と安定性は2,5-ジアミノベンジルアルコールを用いた場合と同等である。得られた染色の強度は,ごくわずかに劣っている」(訳文4頁第1段落)との記載は,「X」と2,5-ジアミノベンジルアルコールの比較をしているものであり,パラ-フェニレンジアミンとの比較ではない。 2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について 酸化染料前駆物質「X」をカップリング剤「Y」とを組み合わせることは当業者が適宜に採用し得たことである以上,比較実験成績書1,2(甲13添付)のように,「X」又は「Y」の一方を他のものに代えた場合と比較して「X」と「Y」との組合せがより良好な効果を示したとしても,その組合せが良好な効果を示すことを確認したにすぎず,この組合せが困難であることが推認されることにならない。原告主張の比較実験は,耐久性が良好でないことが予期される従来の酸化染料前駆物質やカップリング剤を含むものであるから,これらの個々の配合例と比較して,「X」及び「Y」のみを組み合わせた場合に良好な耐久性を示すとしても,訂正発明が格別の効果を示したとすることはできない。また,「X」と「Y」は,それぞれが一般的な成分と組み合わせても同様の優れた効果を奏する旨が知られているのであるから,「X」と「Y」の組合せによる効果の予測が困難ともいい難い。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の判断の誤り)について (1) 刊行物6(甲8)には,「酸化染色組成物は一般に,いわゆる『酸化塩基』例えば,特に,パラおよび(または)オルトフェニレンジアミンまたは置換もしくは非置換のパラおよび(または)オルトアミノフェノールを,メタジアミン,メタアミノフェノール,メタジフェノールであってよい・・・カップリング・・・剤と混合することを特徴とする。使用する塩基およびカップラーに依存しつつ種々な色合いを得ることができることが一般に知られているとはいえ,得られる着色が経時的に安定ではない・・・染色組成物を毛髪上に適用する際に・・・光線への曝露の際または何回かシャンプーした後で変化することがありうるということである。上記の非難にせめて部分的に耐えるカップラーがすでに知られており,特にメチル-2アミノ-5フェノールを挙げることができる。・・・上記の試みの大部分は否定的であることが確認されている」(3頁右下欄〜4頁右上欄),「本発明は・・・既知の酸化塩基との組合さって,保存中に安定であり,また酸化剤の添加により本来の色合を呈する染色を達成し,洗濯,悪天候,光線に対する耐久力のある酸化染色組成物を生成しうるという事実に基く」(4頁右上欄),「本発明の組成物は洗濯,光線および悪天候に対して良好な耐久性を示す本来の色合いないしは色を得ることを可能にする。・・・一般にこのようにして,パラ-フェニレンジアミンを酸化塩基として用いる場合,帯紫赤色から紫青色にわたる色が・・・が得られる」(4頁右下欄〜5頁左上欄)と記載されている。また,その特許請求の範囲の請求項1には,アミノ基に置換基Rを有する2-メチル-5-アミノフェノールが記載され,この置換基Rは「アルキル基中に炭素原子を1ないし4個を有するヒドロキシアルキル基」(1頁左下欄)であり,このカップリング剤を少なくとも一つと「パラおよび(または)オルトフェニレンジアミンもしくは置換または非置換のパラおよび(または)オルトアミノフェノールおよびヘテロ環塩基の部類の少くとも一つの酸化塩基・・・とを含むことを特徴とする・・・染色組成物」(同)が記載され,第1表「組成物の例」には,カップリング剤として「Y」のみを含有し,酸化染料前駆物質として1種類の化合物のみを含有する染色組成物が多数記載されているところ,上記置換基Rが「-CH2CH2OH」のものは,組成物4(7頁右下欄,「例4」)において,「メチル-2N-β-ヒドロキシエチルアミノ-5フェノール」(すなわち「Y」)と記載されているもので,訂正発明のカップリング剤に包含される物質である。そうすると,刊行物6には,単に使用可能な新規のカップリング剤が記載されているというにとどまらず,パラ-フェニレンジアミン系酸化染料前駆物質と組み合わせるメタアミノフェノール系カップリング剤として,訂正発明で特定するカップリング剤を使用するものであり,これにより,洗濯,悪天候,光線への耐久性を改善した毛髪用染色組成物が開示されているということができる。 刊行物5(甲7)には,「ヒト毛髪の染色用の酸化染色剤については多くの特別な要求がある。染色剤は毒性および皮膚科学の観点からみて安全でなければならず,また,所望の強度に毛髪を染めなければならない。さらに,光やパーマネント処理,酸及び摩擦にさらされたときにも,得られた毛髪の色が良い品質を有することが求められる。すべての場合で,この型の毛髪染色は光や摩擦,あるいは化学物質による影響を受けなくとも少なくとも4週間から6週間は安定な状態を保たなければならない。さらに,適当な顕色物質とカップラー物質の結合によって様々に異なった多くの色合いを生み出すことが要求される。現在,主に用いられている顕色物質であるp-フェニレンジアミン,2,5-ジアミノトルエン及び4-アミノフェノールの生理学的親和性について,最近,問題が持ち上がっている。問題の一つは,ある人たちはp-フェニレンジアミン誘導体に過敏になることである(パラアレルギー体質の人)。このような人々は現在まで,p-フェニレンジアミン誘導体に基づいた染色剤によって髪を染めることができない。さらに,その顕色物質単独での過敏化作用に加えて,カップラー物質との混合物の過敏化作用についても,それらから生じる染色剤の過敏化作用と同様に,考慮しなければならない。毒性学的問題は,顕色物質としてピリミジン誘導体を使用することによって抑制できるが,これらの化合物は染色特性の点で完全に満足されるものではない」(訳文2頁第2段落〜第5段落),「顕色物質としての2-(2,5-ジアミノフェニル)エタノールと,そして,レゾルシノール,3,4-メチレンジオキシフェノール,3-アミノフェノール,及びN-(2-ヒドロキシエチル)-3,4-メチレンジオキシアニリンから選択される少なくとも1つのカップラー物質との組合せを含む毛髪の酸化染色剤によって良好に達成されることが思いもよらず発見された」(同2頁最終段落〜3頁第1段落),「前に述べられたカップラー物質と共に2-(2,5-ジアミノフェニル)エタノールを用いることによって成し遂げられた偉大で驚くべき技術的進歩は,むしろその生理的特性に基づいている。例えば,Amesの突然変異誘発性テストにおいて,過酸化水素が存在しようがしなかろうが,2-(2,5-ジアミノフェニル)エタノールは突然変異誘発を全く示していない。CHO細胞を使用したin vitro染色体異常テスト(CAテスト),マウスリンパ腫テスト(in vitro点突然変異)及び姉妹染色体交換テスト(SCEテスト)においても同様である。ところが一方,顕色物質2,5-ジアミノベンゼンアルコールは,これらいくつかのテストにおいて突然変異誘発の潜在性を示した」(訳文4頁第2段落)と記載されている。これらの記載によれば,毛髪の酸化染色用組成物に,従来技術ではレゾルシノール,メタ-アミノフェノール等のカップリング剤と,酸化染料前駆物質としてのパラ-フェニレンジアミン,4-アミノフェノール等が利用されていたが,そのパラ-フェニレンジアミンは,過敏症等の問題があり,無毒性で良好な染色性を有する酸化塩基が望まれていたことが開示されていることが明らかであって,そうとすれば,毛髪の酸化染色剤に使用する酸化染料前駆物質のパラ-フェニレンジアミンは過敏症等の問題があり,これを改善した無毒で良好な染色性を有する毛髪の酸化染色が望まれていたという課題は,本件特許出願の優先日当時,当業者に知られていたということができる。 したがって,本件特許出願の優先日当時,刊行物6(甲8)の例4の毛髪酸化染色用組成物においてカップリング剤「Y」と酸化染料前駆物質としてパラ-フェニレンジアミンを組み合わせていることから,当業者において,この組成物は,刊行物6に係る課題である洗濯,天候,光等に対する耐久性は改善されているものではあるが,毒性についてはパラ-フェニレンジアミンの使用に基づく過敏症等安全性の問題が存在していることを認識することができ,この組成物を無毒で安全なものにすべきであるとの動機付けが存在するというべきである。そして,刊行物5(甲7)には,刊行物6記載の発明と同じ酸化染料用組成物の技術分野において,酸化染料前駆物質であるパラ-フェニレンジアミン系の化合物「X」が突然変異源性を有しないことが開示されているところ,突然変異作用は,遺伝子に異変を引き起こすような深刻なものであるから,既知の染色用組成物に含まれている酸化染料前駆物質を,そのおそれのない「X」に置き換えることは,当業者が容易に想到し得ることである。そうすると,当業者が,刊行物6の例4の染色用組成物中の毒性が指摘されているパラ-フェニレンジアミンを,毒性のないものに置換すること,このとき染色性,呈色性の良好さを維持向上することをも勘案して,同じ系統(パラ-フェニレンジアミン系)の範囲内であり,しかも突然変異源性を有しないことが知られた「X」に置き換えること,すなわち訂正発明の構成を想到することは,何ら困難ということはできない。 (2) 原告は,本件特許出願の優先日当時,既に多数の酸化染料前駆物質と多数のカップリング剤が知られており,酸化染料前駆物質とカップリング剤の可能な組合せは無数に存在していたのであるから,新たな特定の組合せが既知の組合せに比して新規かつ有用であれば進歩性は認められ,その判断に当たっては,「X」を単独で酸化染料前駆体として使用し,かつ,カップリング剤として「Y」のみを採用して両者を組み合わせることの示唆が必要であると主張する。しかし,酸化染料前駆物質とカップリング剤が各々多数あるといっても,刊行物5,6(甲7,8)の上記記載によれば,既に優れた効果を奏する組合せが提示されていること,その組合せの改良という観点から,当業者は,酸化染料前駆物質とカップリング剤の様々な組合せを試みていることが認められ,これらの本件特許出願の優先日当時の技術水準を考慮すれば,刊行物5,6に,「X」を単独で酸化染料前駆体として使用し,かつ,カップリング剤として「Y」のみを採用して両者を組み合わせることについて直接的な記載又は示唆がないことは,刊行物6の例4の染色用組成物中の毒性が指摘されているパラ-フェニレンジアミンを「X」に置き換えることの容易想到性を肯定すべきものとする上記判断を何ら左右しない。 原告は,また,刊行物6(甲8)において,カップリング剤と組み合わされるべき酸化染料前駆物質から「X」が排除されている以上,刊行物6の例4に含まれる「Y」と組み合わせる酸化染料前駆物質として「X」を使用する合理的な理由は存在しないと主張する。しかし,刊行物6には,「本発明は,一般式・・・を有する化合物は既知の酸化塩基と組合さって,保存中に安定であり,また酸化剤の添加により本来の色合を呈する染色を達成し,洗濯,悪天候,光線に対する耐久力のある酸化染色組成物を生成しうるという事実に基く」(4頁右上欄)と記載され,「Y」を含む一般式で示される化合物と組み合わせる酸化染料前駆物質は,上記「既知の酸化塩基」との記載から,特に特定の塩基に限定する旨の記載ではなく,一般的な塩基をいうものと認められる。したがって,刊行物6において,カップリング剤と組み合わされるべき酸化染料前駆物質から「X」が排除されているということはできず,原告の上記主張は理由がない。 (3) 原告は,刊行物5(甲7)は,「X」と特定のカップリング剤以外のカップリング剤とを組み合わせた場合にも,突然変異作用や過敏化作用のない酸化染色用組成物を得ることが可能である保証はないと主張する。しかし,乙1公報には,「X」を包含する1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼンは一般に使用されているカップリング剤と組み合わせることができることが記載され(1頁左下欄,2頁左下欄),そこには特に不適切なカップリング剤の説明がないことからすると,上記カップリング剤は,特定のカップリング剤に限定されないことを意味しているものと認められる。また,刊行物5には,「本発明で使用されるカップラー物質に加えて,ある色合いを得るために,ただし,染色剤が結果的に変異源性や過敏化作用を示さないことを条件として,任意に更なるカップラー物質が追加的に少量存在することができる」(訳文7頁第3段落)と記載され,そこに記載されているカップリング剤以外のものも毒性を示さない限りは「X」との組合せが可能であることが示されている。さらに,刊行物5には,「例えば,Amesの突然変異誘発テストにおいて,過酸化水素が存在しようがしなかろうが,2-(2,5ジアミノフェニル)エタノールは突然変異誘発を全く示していない」(訳文4頁第2段落)と記載され,その表1(訳文5頁))には「2-(2,5ジアミノフェニル)エタノール」の「カップラー物質なし」の項に「-」と記載され,これが裏付けられている。また,乙1公報にも,「X」を包含する「1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼン」について,「本出願により毛髪染色剤中に1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼンが含まれていることによって毒物学上および皮膚科学上従来のものに比して著しい進歩が認められるということは特に意義がある」(3頁左下欄)と記載されており,これらの記載からすれば,「X」自体に突然変異作用や過敏化作用がないことは明らかである。皮膚に対する害は酸化染料前駆物質自体,カップリング剤との混合物及び生ずる染色剤にも有害作用がないことが要求されるのは当然であるが,組合せに係る成分自体に有害作用がないことが前提となるところ,たとえ,カップリング剤との混合物及び染色剤に有害作用がないとは直ちにいえないとしても,当業者が酸化染料前駆物質自体として有害作用がないものを選択することは当然のことである。そして,刊行物5には,他のカップリング剤と組み合わせた場合に有害作用を呈することまでは記載されておらず,乙1公報の「X」を包含する「1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼン」についての上記「毒物学上および皮膚科学上従来のものに比して著しい進歩が認められる」との記載からすれば,当業者において,「X」は,特定のカップリング剤以外の組合せにおいても有害作用は呈さないと理解するのが自然であり,少なくとも他のカップリング剤との組合せを阻害する要因とはなり得ないというべきである。したがって,副作用のない酸化染毛用組成物を企図する当業者が,パラ-フェニレンジアミン系酸化染料前駆物質の中から毒物学上及び皮膚科学的問題がないとされる成分を選択するのはごく自然なことであり,刊行物5及び乙1公報に問題ないことが記載又は示唆されている「X」を選択することに格別の困難は認められない。 原告は,乙1公報の「本出願により毛髪染色剤中に1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼンが含まれていることによって,毒物学上および皮膚科学上従来のものに比して著しい進歩が認められるということは特に意義がある」(3頁左下欄)の記載は,何らの裏付けのない単なる希望的観測の表明にすぎないとも主張する。しかし,乙1公報の上記記載が,毒性的,皮膚科学的に相当程度すぐれた毛髪染色剤が期待できることを示唆していることは,記載自体から明らかであり,このような物質について,変異源性を含めて毒性を種々検討し確認することは,当業者が通常行うことである。そして,刊行物5に「X」を包含する「1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼン」が毒性を示さないことが開示されていることは上記のとおりであるから,当業者が刊行物6の例4のパラ-フェニレンジアミンに代えて「X」を選択することが困難であるということはできない。また,原告は,原料が無毒でも染毛用組成物が無毒とはいえないとも主張するが,パラ-フェニレンジアミン系酸化染料前駆物質については,パラ-フェニレンジアミンの重大な副作用であるアレルギー性皮膚炎の原因物質に係る技術常識からすれば,当業者は,まず原料が皮膚科学上問題なく毒性を示さないとされているものを選択し,その中から染毛用組成物としての変異源性について問題がないことを確認すれば足りるから,上記主張も理由がない。 (4) 原告は,刊行物5(甲7)は,パラ-フェニレンジアミンを使用した場合よりも「X」を使用した方が染色の強度の点でわずかに劣ることを示している(訳文3頁最終段落〜4頁第1段落)から,刊行物5に接した当業者が刊行物6の例4のパラ-フェニレンジアミンに代えて「X」の使用を試みるはずはないと主張する。しかし,刊行物5の「本発明のカップラー物質によって,予期される色合いが得られる。色の定着力と安定性は2,5-ジアミノベンジルアルコールを用いた場合と同等である。得られた染色の強度は,ごくわずかに劣っている」(同4頁第1段落)との記載は,「X」と2,5-ジアミノベンジルアルコールとを比較しているものであって,パラ-フェニレンジアミンと比較しているものではないことが明らかであり,刊行物5には,他に原告の上記主張に沿う記載は認められない。 (5) 以上検討したところによれば,訂正発明と刊行物6(甲8)に記載された発明との相違点につき,刊行物1,5(甲6,7)に記載された発明及び周知技術から容易想到性を肯定した本件決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。 2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について (1) 原告は,訂正発明の染色組成物が刊行物1,5(甲6,7)に開示される組成物よりも耐汗性及び耐光性といった染色特性の面で優れていることは比較実験成績書1,2,4(甲13添付)の記載から明らかであり,かつ,この作用効果は刊行物1,5,6及び周知技術から予測可能なものではないと主張する。 しかしながら,本件明細書(甲2)の「このようにして得られた新規の染料によれば,持続性があり,無毒性で,特に同時に,光,洗浄,厳しい天候,汗,および髪に与えられた種々の処理に対して耐性があり,赤色から紫色の範囲で呈色することが可能である。特に,これらは,シャンプーに対して非常に耐性を有するものである」(発明の詳細な説明【0010】),「この混合物を次いで,90%白髪の白髪まじりの毛髪に,30分間適用した。濯ぎ洗いして,シャンプーで洗浄し,また洗い流して乾燥した後,毛髪は,特にシャンプーに極めて良好な耐性を有し,赤-紫色の明度を有するものに染まった」(同【0039】)との記載によれば,訂正発明は,光,洗浄,厳しい天候,汗及び髪に与えられた種々の処理に対する耐性,持続性があり,無毒性であり,赤色から紫色の範囲で呈色することが可能であるとの作用効果を示すものであるということができる。他方,刊行物6(甲8)の「本発明の組成物は洗濯,光線および悪天候に対して良好な耐久性を示す本来の色合いないしは色を得ることを可能にする。・・・一般にこのようにして,パラ-フェニレンジアミンを酸化塩基として用いる場合,帯紫赤色から紫青色にわたる色が・・・が得られる」(4頁右下欄〜5頁左上欄)との記載から,当業者は,パラ-フェニレンジアミン系酸化染料前駆物質に「Y」を組み合わせた毛髪酸化染色用組成物は,耐洗濯性,耐天候性,耐光線等の耐久性が優れており,「帯紫赤色から紫青色にわたる」範囲で呈色することを容易に予測できるものというべきである。また,刊行物5(甲7)には,「X」が突然変異源性を有さないこと及び「X」を包含する「1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼン」が毒物学上及び皮膚科学上従来のものに比して著しい進歩が認められることが示されていることは前示のとおりであるから,当業者は,パラ-フェニレンジアミンを「X」に置換することにより,過敏症,突然変異の問題が生じない無毒性のものであることも容易に予測できるというべきである。そうすると,酸化染料前駆物質として「X」のみとカップリング剤として「Y」のみとを組み合わせた訂正発明の毛髪用組成物が,上記の作用効果を示すことは,刊行物5,6の記載から当業者が容易に予測できる程度のもので,格別顕著であると認めることはできない。 (2) 進んで,原告の主張する比較実験成績書1,2,4(甲13添付)について順次検討するに,「X」は毛髪の酸化染色用組成物の分野において周知のものであるところ,乙1公報には,「顕色剤として特に2,5-ジアミノトルエン,p-アミノフェノールおよび1,4-ジアミノベンゼンが使用されている。・・・得られた毛髪の色彩に対しては耐光性,耐パーマ性,耐摩性および耐酸性が十分であることも要求される。いずれにしろこの様な毛髪染色は・・・光や摩擦や化学薬品によって変色することなく,耐久性を示すものでなければならない。しかし,・・・毛髪染色用顕色剤は上に述べた様な要求をまだ完全には満足し得ない状態である。 そこで上で述べた様な要求を十分に満す適当な顕色剤の開発が望まれていた」(2頁左上欄〜右上欄)と記載され,これに続けて,酸化染料前駆物質として,1ないし4個の炭素原子を有するヒドロキシアルキル基を有する1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼンないしはその無機又は有機酸塩を使用した酸化染色用組成物が毛髪の染色に対して非常に優れた効果を示すことが見いだされた(同右上欄〜左下欄)との記載があり,これによれば,「X」は従来から使用されている酸化染料前駆物質「2-メチルパラフェニレンジアミン」よりも優れた酸化染色性,耐久性を有することが明らかである。そして,比較実験成績書1で酸化染料前駆物質として(A)の組成物で使用している2-ヒドロキシメチルパラフェニレンジアミンは,乙1公報で酸化染料用組成物の耐久性等を改善するとされる酸化染料前駆物質である1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼンのうちの1種であり,(B)の組成物で使用している2-メチルパラフェニレンジアミンは,上記公報で従来の酸化染料前駆物質として示されている(2頁左上欄)2,5-ジアミノトルエンである。そうすると,より耐久性がある酸化染料用組成物となることが知られた酸化染料前駆物質を含む(A)の組成物が(B)の組成物よりも退色性が良好であるとしても予想外の効果ということはできず,(A)の組成物の酸化染料前駆物質の「2-ヒドロキシメチルパラフェニレンジアミン」は,「X」自体ではないが,「X」は1-ヒドロキシアルキル-2,5-ジアミノベンゼンの1種であるから,「X」を用いた場合でも同様の結果であろうことは,当業者が容易に予測することである。 次に,「メタアミノフェノール」は刊行物6(甲8)中に従来から使用されているカップリング剤として列挙されているものの一つであって,耐久性が不十分であったとされるものである(3頁右下欄)。刊行物6には「上記の非難にせめて部分的に耐えるカップラーがすでに知られており,特にメチル-2アミノ-5フェノールを挙げることができる。他の研究は,置換されたメタアミノフェノール・・・に向けられている」(4頁左上欄)との従来技術に関する記載の後,「本発明は,一般式・・・を有する化合物は既知の酸化塩基との組合さって,保存中に安定であり,また酸化剤の添加により本来の色合を呈する染色を達成し,洗濯,悪天候,光線に対する耐久力のある酸化染色組成物を生成しうるという事実に基く」(4頁右上欄)と記載されている。そして,比較実験成績書2でカップリング剤として(a)の組成物で使用している2-メチル-5-N-(β-ヒドロキシエチル)アミノフェノール(すなわち「Y」)は,刊行物6で酸化染料用組成物の耐久性を改善するとされているカップリング剤の1種であり,(b)の組成物で使用している3-アミノフェノールは,刊行物6で従来のカップリング剤として示されている(3頁右下欄)メタアミノフェノールであるから,より耐久性がある酸化染料用組成物となることが知られたカップリング剤を含む(a)の組成物が(b)の組成物より退色性が良好であるとしても予想外の効果ということはできない。 以上のとおり,比較実験成績書1,2に記載の内容は,本件特許出願の優先日当時において,「X」又は「Y」よりも耐久性が劣る組成物を与えることが知られている酸化染料前駆物質やカップリング剤を比較例として使用しているものにすぎず,「X」と「Y」とを組み合わせた場合に,より良好な耐久性を示すとしても,予測された範囲内のものであって格別の効果を示したとはいえない。 また,比較実験成績書4には,「X」と「Y」を組み合わせたものが,更にカップリング剤として2,4-ジアミノフェニル β-アミノエチルエーテル,3HClを含む場合より退色性が良いことが示されているが,このことは,上記カップリング剤を配合すると退色性が劣ることを示すというにすぎず,これによって訂正発明の顕著な作用効果を基礎付けることはできない。 以上の検討によって明らかなとおり,比較実験成績書1,2,4(甲13添付)の記載から訂正発明の染色組成物が顕著な作用効果を示したとすることはできない。 (3) したがって,本件決定に訂正発明の予測困難な顕著な作用効果を看過した誤りがあるということはできず,原告の取消事由2の主張は理由がない。 3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 岡本岳 |
裁判官 | 長沢幸男 |