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関連審決 審判1998-15651
関連ワード 物の発明 /  製造方法 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  優先日 /  実施 /  加工 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 364号 審決取消請求事件
原告 マリンクロッド・インコーポレイテッド
訴訟代理人弁理士 青山葆
同 中嶋正二
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 山口由木
同 田中秀夫
同 高木進
同 千壽哲郎
同 涌井幸一
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/03/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年審判第15651号事件について平成13年4月5日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成7年12月25日,米国において1985年12月20日及び1986年12月8日にした出願に基づく優先権を主張して昭和61年12月15日にした特願昭61-296845号特許出願の一部を,発明の名称を「造影剤既充填滅菌プラスチック注射器およびその製造方法」とする新たな特許出願(特願平7-336616号)としたが,拒絶査定を受けたため,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,この請求を平成10年審判第15651号事件として審理し,その結果,平成13年4月5日に,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年4月23日にその謄本を原告に送達した。なお,出訴期間として90日が付加された。
2 特許請求の範囲請求項4 「【請求項4】 開放端,その反対側の端にあるノズル,及び該ノズルを閉塞する先端シール,を備えた成型プラスチックバレル,及び該バレル内をしゅう動自在でかつバレルの開放端を封止して液状造影剤をバレル内に封入するピストン,並びに,これらを組み立てた注射器のバレル内に予め充填保持されている所望量の液状造影剤を含んで成る,充填済み滅菌プラスチック注射器であって; 該先端シール及びピストンは異物及びその他の汚染物質が除去されており, 該先端シール及びピストン上の微生物汚染物質は破壊されており, 該バレルは洗浄され異物及び発熱性物質を除去されており, 該先端シール,ピストン及びバレルには潤滑剤が適用されており, 該組み立てられ,予め充填され,封止された注射器及びその内容物が,充填封止後にオートクレーブ処理滅菌されたものである,注射器」(以下「本願発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写し記載のとおりである。要するに,本願発明は,本願に係る優先権主張日(以下「本願優先日」という。)前に米国内で頒布された刊行物である米国特許第3902491号明細書(本訴甲第4号証。以下,審決と同じく「第1刊行物」という。)記載の発明(以下「第1刊行物発明」という。)及び本願優先日前に西独国内で頒布された刊行物であるPharm.Ind.40,Nr.6(1978)第665-671頁(本訴甲第5号証。以下,審決と同じく「第2刊行物」という。)記載の発明(以下「第2刊行物発明」という。)に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができない,とするものである。
審決が上記結論を導くに当たり認定した本願発明と第1刊行物発明との一致点・相違点は,次のとおりである。
(一致点) 「「開放端,その反対側の端にあるノズル,及び該ノズルを閉塞する先端シール,を備えた成形プラスチックバレル,及び該バレル内を摺動自在でかつバレルの開放端を封止して液状造影材をバレル内に封入するピストン,並びに,これらを組み立てた注射器のバレル内に予め充填保持されている所望量の液状造影剤を含んで成る,充填済み滅菌プラスチック注射器」である点」 (相違点) 1「本願発明が「バレルの開放端を封止して注射用液状物質をバレル内に封入する」部材がピストンであるのに対し,第1刊行物では,ピストンを覆いフランジに固定されたプラスチック薄片である点」(以下「相違点1」という。) 2「本願発明が「先端シール及びピストンは異物及びその他の汚染物質が除去されており,先端シール及びピストン上の微生物汚染物質は破壊されており,バレルは洗浄され異物及び発熱性物質を除去されており,該先端シール,ピストン及びバレルには潤滑剤が適用され」たものであるのに対し,前記第1刊行物に記載された発明においては,注射器の各部品が組み立て前にどのように処理されたかが記載されていない点」(以下「相違点2」という。) 3「本願発明が「組み立てられ,予め充填され,封止された注射器及びその内容物が,充填封止後にオートクレーブ処理滅菌されたものである」のに対し,前記第1刊行物に記載された発明は,組み立て後の滅菌処理について記載がない点」(以下「相違点3」という。)
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,1.(審決書1頁下から11行〜2頁8行)は認める。2.(審決書2頁9行〜4頁19行)のうち,「「フランジ3が形成された開放端,その反対の側にあるノズル2,及び該ノズルには封止された液不透過性の封止部材を有するチューブ状の薄くて破り得る部材が取り付けられたポリプロピレン製の中空の円筒体,フランジに固着され,ピストン5を覆うとともに開放端を覆うプラスチック薄片,これらを組み立てた注射器のバレル内にあらかじめ封入した注射液としての造影剤から成るプラスチック注射器。」の発明が記載されている。」(3頁21行〜27行)は否認し,その余は認める。3.ないし6.(審決書4頁20行〜6頁13行)は争う。
審決は,本願発明と第1刊行物発明との相違点を看過し(取消事由1),本願発明と第1刊行物発明との相違点についての判断を誤り(取消事由2),本願発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由3)ものであり,これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点の看過) 審決は,本願発明と第1刊行物発明との間の次の相違点を看過しており,このことが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
(1) 本願発明では,ピストンは,注射器が組み立てられ液状造影剤を充填された後オートクレーブ滅菌処理される間も保存中も,使用時と同様に,バレル内で摺動自在の状態にあるピストンそれ自体が,液状内容物封止保持機能を果たしており,ピストン以外の封止手段を利用していないのに対し, 第1刊行物発明では,ピストンは,注射器が組み立てられ液状造影剤を充填された後オートクレーブ滅菌処理される間及び保存中は,使用時とは異なり,バレル内で摺動不能状態に固定され,封鎖されており,バレルの開放端の封止に関与せず,同ピストンを覆い更にバレルの開放端全面をも覆う,固定密閉封止部材であるプラスチック薄片を付加的に設置し,付加的部材である同薄片に液状内容物封止保持機能を果たさせている点 (2) 本願発明の注射器では,ピストンは,注射器が組み立てられ液状造影剤を充填された後オートクレーブ滅菌処理される間も保存中も,使用時と同様に,固定されておらず,また,直接液状造影剤と接触しながらバレル内を摺動することが自在な状態にあり,ピストンが存在し得る状態の不可逆的変化はないのに対し, 第1刊行物発明の注射器では,注射器が組み立てられ液状造影剤を充填された後オートクレーブ滅菌処理される間および保存中は,ピストンは,バレルに固定されて存在する固定密閉封止部材であるプラスチック薄片に覆われて封鎖状態にあり,液状造影剤とは直接接触せず,液状内容物注射のための使用に際してピストンロッドをピストンに接続して強く押し込む外力を加えて右プラスチック薄片をちぎり破るという,注射器構造の一部を不可逆的に破壊することにより,ピストンの封鎖を解除し,その時点以後はじめてピストンは摺動し注射機能を果たし得る状態に変化するという,ピストンが存在し得る状態をある時点で不可逆的に変化させて注射機能を果たせる特異な構成である点 2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り) 審決は,相違点1について,「造影剤の注射器におけるピストンは,バレル内の液状造影剤をバレル先端から押し出すものであるから,バレル内に液状造影剤を封入する機能を有するものである。したがって,前記第1刊行物において,プラスチック薄片を使用することなくピストンのみで液状造影剤をバレル内に封入し,使用に際して封止部材のフランジ接合部を切り離す操作を不要とすることに格別の困難性はない。」(審決書5頁8行〜13行)と判断したが,誤りである。
(1) 第1刊行物発明の注射器のピストンは,バレル内の液状造影剤をバレル先端から押し出す機能を有していない。第1刊行物発明では,ピストンが上記機能を発揮するためには,使用に際してピストンの封鎖部材(プラスチック薄片10,11,12)をちぎり破るという封鎖解除手段を講じてピストン5の封鎖を解除する注射器構造の一部の不可逆的な破壊が必要である。このような不可逆変化後に初めて実現されるピストンの状態は,第1刊行物発明1の注射器の本来の存在状態ではない。
(2) 第1刊行物発明の注射器のピストンは,バレル内に液状造影剤を封入する機能を有しない。第1刊行物発明の注射器では,ピストン5はプラスチック薄片10,11,12により覆われ封鎖されており,液状造影剤封入保持には関与していない。
(3) 第1刊行物発明において,プラスチック薄片を使用することなくピストンのみで液状造影剤をバレル内に封入し,使用に際して封止部材のフランジ接合部を切り離す操作を不要とすることに格別の困難性がない,との審決の判断は誤りである。
第1刊行物発明は,オートクレーブ滅菌工程において,摺動自在のピストンだけで液状内容物をバレル内に封入保持することに不安があったため,わざわざピストン5を固定封鎖しておき,別の封止手段としてバレル開口部をくまなく密閉するプラスチック薄片10,11,12を付加したものである。もし,付加的にプラスチック薄片を使用することなくピストンのみで液状内容物をバレル内に封入することを当業者が予見できたならば,あえて構成が複雑となり製作も使用も面倒になる第1刊行物の注射器のような特殊構造の注射器の発明がなされるはずがない。
第1刊行物の注射器のような特殊構造が解決手段として提案され,それが特許された事実自体が,構造的にはより単純化されているが本願出願前にはだれも実現できると予見できなかった本願発明の予測困難性を裏付けるものである。
本願発明の注射器は,本願出願前にだれも実現し得なかった,付加的な封止部材(プラスチック薄片)を使用することなく,切り離す操作も不要で,注射機能もそのままの状態で発揮しう得る簡単な構成で,使いやすく,保存性の良い滅菌済みプラスチック注射器製品を実現したものである。
審決の上記判断は,「プラスチック薄片」という別の封止部材の助けを借りなくとも「ピストンだけで」液状内容物封止保持機能を果たし得るという本願発明が初めて到達し得た技術に想到することに格別の困難性がない,とするものであり,誤っている。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り) 審決は,相違点2について,「第1刊行物には,滅菌処理については,具体的な記載がないが,注射器として使用する以上,当然に何らかの滅菌処理を施すのは当然のことである。そして,注射器の加工に際し,各部品を洗浄し,滅菌しシリコン処理したものを組み立てることは,前記第2刊行物に記載されており,これを第1刊行物に記載された発明に適用することに格別の困難はないから,先端シール,ピストン及びバレルとして,汚染物質を除去したもの,滅菌したもの,異物及び発熱性物質を除去したもの,潤滑剤を適用したものを用いることに格別の困難性はない。」(審決書5頁15行〜22行)と判断したが,誤りである。
(1) 審決の上記判断は,注射器の各部品の滅菌ではなく,組み立てた注射器のバレル内に液状内容物が充填され摺動自在のピストンにより封止保持される注射器全体の滅菌については,その実現手段が知られていなかった,という重要な点を没却している。
審決は,組立て前の注射器各部品についての滅菌処理を,組み立てた後の液状内容物既充填注射器全体についての滅菌と同視するものであって,誤りである。
(2) 第2刊行物の記載は,プラスチックより硬質で耐熱性耐圧性が勝ると思われていたガラス製の既充填注射器(シリンジアンプル)に関するもので,当業者には,ガラス製の注射器について記載された上記技術をプラスチック製の注射器に適用することができるとの認識はなかった。
一般的に,プラスチック製の方がガラス製の注射器より取扱いにおいても製造コストにおいても有利であることは当業者の常識であるから,プラスチック製の既充填滅菌注射器に対する願望も強く存在していたと思われる。もし,第2刊行物発明の技術を転用することにより,この願望を容易に実現することができたのであれば,そもそもプラスチック製のものよりコスト的にも不利なガラス製造の既充填注射器の大量生産を第2刊行物記載のように計画し実施する者などいなかったはずである。
第1刊行物発明の注射器は,ピストンを覆う固定封鎖薄片をバレルの開口部のフランジに複雑な立体構成で設置するものである。第2刊行物の教示するガラス素材で上記薄片を構成させることは,立体的な精密加工が困難となる不利が生じる。使用に際してガラス製の封止薄片部材を使用しそれをフランジからちぎり破る構成とすれば,その際にガラスの破片が液状内容物中に混入し,体内に入る危険が生じ注射器として根本的に不適となる。このように,第1刊行物記載の技術はガラス素材を利用する第2刊行物記載の技術と異質の技術であって,互いになじまない。
第1刊行物記載の技術と第2刊行物記載の技術とを組み合わせる発想は,実際には成立する余地はない。
4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り) 審決は,相違点3について,「本願発明の構成である「組み立てられ,予め充填され,封止された注射器及びその内容物が充填後にオートクレーブ処理滅菌されたものである」は,物の発明の構成を製造方法で限定したものと認められるが,このような製造方法で限定したものが,物の発明の構成上前記第1刊行物に記載されたものと対比し,実質的に相違するところはない。なお,当該製造方法の限定のみによって,滅菌の程度が決定されるものでもなく,また,滅菌の程度を高めることは,注射器に当然要求されるものであって,当該製造方法以外の方法によっても,高い滅菌精度を得ることができるものであるから,当該相違点は,格別の構成上の相違とは認められない。」(審決書5頁24行〜33行)と判断したが,誤りである。
(1) 本願出願当時,液状造影剤を充填した注射器全体の滅菌は,オートクレーブ処理滅菌以外の方法で得ることは困難であった。当該方法以外の方法によっても高い滅菌精度を得ることができた,との審決の判断は誤りである。
(2) オートクレーブ処理は,高度滅菌を達成し得る良好な手段として知られている。しかし,同処理は,125℃にも達する高度過熱とそれに伴う加圧という激しい条件の処理であることから,密封方式の容器で小容量のものならともかく,本願発明のように,大容量であってしかも摺動自在のピストンで開口部封止をしただけの液状造影剤注射器にも適合し得る滅菌手段とまでは認識されていなかった。第1刊行物発明からは,このようなことは予測できなかったものである。
5 取消事由5(顕著な作用効果の看過) (1) 審決は,「薬液を使用時に充填する際の滅菌度の低下が防げるという効果,及び内容溶液の危険な誤用を避け得るようにあらかじめラベル表示をして製品化することも容易に可能であるという効果は,第1刊行物に記載された発明そのものの有する効果である。そして,本願発明のその余の効果も,前記第1及び第2の刊行物に記載されたものから予測し得ない格別のものではない。」(審決書5頁下から4行〜6頁2行)と判断した。
しかし,本願発明の注射器は,本願出願当時まだだれも達成し得なかった摺動自在のピストン自体により滅菌処理中の液状造影剤の封止保持を達成し得た画期的な製品である。第1刊行物発明の注射器は,ピストン以外に液状内容物の封止保持のために,プラスチック薄片という付加的な封止部材の設置を必要とし,さらにその結果,内容液状物注射のための使用に際し,同薄片を破壊して不可逆的に切り離し,同薄片に覆われて封鎖されていたピストンに注射機能を発現させる封鎖解除手段が必要となるという不利がある。これに対し,本願発明では,それらの不利が一切なく,直ちに注射機能を発揮できる状態で存在するという,顕著な作用効果を奏する。
(2) 審決は,「なお,本願発明の注射器が,その製造に際して薬液充填のための無菌的環境の整備や,該環境下に細菌汚染を防ぎながら細心の注意を要して行わなければならない無菌充填操作も不要であるという効果は,「組み立てられ,あらかじめ充填され,封止された注射器及びその内容物が充填後にオートクレーブ滅菌処理」される製造方法そのものの効果であって,そのような製造方法によって製造された注射器の効果ではない。」(審決書6頁3行〜8行)と判断した。
しかし,そもそも,組み立てられ,あらかじめ充填され,封止された注射器及びその内容物が充填後にオートクレーブ滅菌処理される製造方法は,本願出願前に知られておらず,当該製法によって製造された注射器も本願出願前には存在しなかった。上記効果は,上記製造方法によって製造された注射器であることにより得られる顕著な作用効果である。
被告の反論の骨子
審決の認定判断は正当であり,これを取り消すべき瑕疵はない。
1 取消事由1(相違点の看過)について 原告の主張は,要するに,第1刊行物発明の注射器は固定密着封止部材が存在する点を審決が看過している,ということである。
しかし,審決は,相違点1として,第1刊行物発明の注射器は固定密着封止部材(プラスチック薄片)で注射用液状物質を封止している点に係る相違を認定しており,原告主張の相違点の看過はない。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について 本願発明の特許請求の範囲は,前記第2の2記載のとおりであり,本願発明においては,加圧下の加熱殺菌に際してのピストンの飛出し等を防止するような手段は何ら講じられていない。
原告の主張は本願発明の構成に基づくものではなく,失当である。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について (1) 審決の相違点2についての認定・判断は,注射器を組み立てる前に,汚染物質の除去,微生物汚染物質の破壊,バレルの異物及び発熱性物質の除去,先端シール・ピストン及びバレルに対する潤滑剤の適用等がなされる点についてなされたものである。
組み立てられ,内容物が充填,封止された後のオートクレーブ処理滅菌についての原告の主張は,相違点2についての主張とは認められず,主張自体失当である。
(2) ガラスに対して行われるオートクレーブ処理滅菌につき,プラスチックに対しては到底行うことができない,とする阻害理由を見いだすことはできない。
4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り)について 原告は,オートクレーブ処理を,大容量であってしかも摺動自在のピストンで開口部封止をしただけの液状造影剤注射器にも適合し得る滅菌手段とまでは認識されていなかった,と主張する。
しかし,本願発明の特許請求の範囲には注射器の大きさについて何の限定もされていない。原告の主張は,請求項の記載に基づくものではなく,失当である。
充填済み滅菌プラスチック注射器も,充填封止後にオートクレーブ滅菌することも,それぞれ,第1,第2刊行物に記載されており,それらを総合するのみで本願発明に想到することができるのである。
5 取消事由5(顕著な作用効果の看過)について (1) 本願発明において,第1刊行物発明との対比で優れているとされる,封鎖解除手段が不要であるとの作用効果は,本願発明の構成に基づく自明の作用効果である。
(2) 審決が,審決理由5のなお書き(審決書6頁3行〜8行)で述べたところは,本来必要のなかった記載であり,かつ,正確でない記載である点は認める。
本願発明に係る注射器は,その製造に際して薬液充填のための無菌的環境の整備や,同環境下に細菌汚染を防ぎながら細心の注意を要して行われなければならない無菌充填操作も不要であるという効果を物(注射器)としても有している。
しかし,この効果は,組み立てられ,あらかじめ充填され,封止された注射器及びその内容物が充填後にオートクレーブ滅菌処理される製造方法から必然的に得られる効果であって,その製造方法によって製造された注射器の効果としては格別のものではない。
審決の上記記載は,物としての注射器の効果としては格別のものではない点を確認的になお書きとして記載したものにすぎないから,上記記載が正確性を欠くことは,審決の結論に影響しないというべきである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の看過)について 原告は,審決が本願発明と第1刊行物発明との次の相違点を看過した,と主張する。
@ 本願発明では,ピストンは,注射器が組み立てられ液状造影剤を充填された後オートクレーブ滅菌処理される間も保存中も,使用時と同様に,バレル内で摺動自在の状態にあり,かつピストンそれ自体が,液状内容物封止保持機能を果たしており,ピストン以外の封止手段を利用していないのに対し,第1刊行物発明では,ピストンは,注射器が組み立てられ液状造影剤を充填された後オートクレーブ滅菌される間及び保存中は,摺動不能状態に固定され,封鎖されており,バレルの開放端の封止に関与せず,同ピストンを覆い更にバレルの開放端全面をも覆う,固定密閉封止部材であるプラスチック薄片を付加的に設置し,付加的部材である同薄片に液状内容物保持機能を果たさせている点 A 本願発明の注射器では,ピストンは,注射器が組み立てられ液状造影剤を充填された後オートクレーブ滅菌処理される間も保存中も,使用時と同様に,固定されておらず,また,直接液状造影剤と接触しながらバレル内を摺動することが自在な状態にあり,ピストンが存在し得る状態の不可逆的変化はないのに対し, 第1刊行物発明の注射器では,ピストンは,注射器が組み立てられ液状造影剤を充填された後オートクレーブ滅菌処理される間および保存中は,バレルに固定されて存在する固定密閉封止部材であるプラスチック薄片に覆われて封鎖状態にあり,液状造影剤とは直接接触せず,液状内容物注射のための使用に際してピストンロッドをピストンに接続して強く押し込む外力を加えて右プラスチック薄片をちぎり破るという,注射器構造の一部を不可逆的に破壊することにより,ピストンの封鎖を解除し,その時点以後初めてピストンは摺動し注射機能を果たし得る状態に変化するという,ピストンが存在し得る状態をある時点で不可逆的に変化させて注射機能を果たせる構成である点 しかしながら,審決は,相違点1として,「本願発明が「バレルの開放端を封止して注射用液状物質をバレル内に封入する」部材がピストンであるのに対し,第1刊行物では,ピストンを覆いフランジに固定されたプラスチック薄片である点」を認定している。
原告が指摘する上記相違点は,いずれも,審決が相違点1として認定した,刊行物1発明に,本願発明にはない,注射器の内容物を封止保持する部材であるプラスチック薄片が用いられている,という構成の相違に起因して生ずることが自明の事柄である。審決は,上記相違点を相違点1として実質的に認定しているというべきである。相違点1に係る構成の相違に起因して生ずることが自明の点を明示しなかったからといって,相違点を看過したことにはならない。
審決に,原告主張の相違点の看過はなく,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について (1) 原告は,審決が,相違点1の判断において,「造影剤の注射器におけるピストンは,バレル内の液状造影剤をバレル先端から押し出すものであるから,バレル内に液状造影剤を封入する機能を有するものである。したがって,前記第1刊行物において,プラスチック薄片を使用することなくピストンのみで液状造影剤をバレル内に封入し,使用に際して封止部材のフランジ接合部を切り離す操作を不要とすることに格別の困難性はない。」(審決書5頁8行〜13行)と述べたのに対し,第1刊行物発明において,ピストンが上記機能を発揮するためには,プラスチック薄片をちぎり破らなければならず,このような不可逆的な変化後に初めて実現されるピストンの機能を,第1刊行物発明のピストンの機能とすることはできない,と主張する。
しかしながら,審決の上記説示は,前記相違点1の存在を前提にしてなされているものであるから,それが,プラスチック薄片をちぎり破った場合,すなわちプラスチック薄片が存在しなくなった状態下においては,第1刊行物発明のピストンは,液状造影剤をバレル先端から押し出し,バレル内に液状造影剤を封入する機能を果たすことに着目して,初めから,プラスチック薄片を使用しないで,ピストンに上記機能を果たさせるようにすることは容易である,と述べたものであることが,明らかである。
刊行物1発明のピストンのプラスチック薄片をちぎり破らない状態での機能を問題にする原告の上記主張は,審決の上記判断に対する反論となっておらず,主張自体失当であるというべきである。
(2) 原告は,本願優先日当時,プラスチック薄片を使用することなくピストンのみで液状造影剤をバレル内に封入することは,技術的に困難であったから,プラスチック薄片を不要とし,使用に際して封止部材のフランジ接合部を切り離す操作を不要とする構成を採用することに困難性はない,とした審決の判断は誤りである,と主張する。
第1刊行物発明は,ピストンだけで液状内容物をバレル内に封入保持することに不安があったため,ピストンとは別の封止手段としてバレル開口部を密閉するプラスチック薄片を付加したものであり,このことは原告も認めるところである。これに対し,本願発明は,プラスチック薄片を使用することなく,ピストンのみで液状内容物をバレル内に封入するという構成を採用したものであるから,上記の不安のあるままで満足することにした,いわゆる退歩発明であると理解するほかなく,このような発明に想到することが容易であることは明らかである。
原告の主張は,本願発明が上記解決困難な技術的課題を解決したものであることを前提として,初めて成り立つ主張である。しかしながら,本願発明の願書に添付した明細書及び図面(以下「本願明細書」という。)中には,特許請求の範囲にも,発明の詳細な説明にも,ピストンのみで液状造影剤をバレル内に封入することの技術的困難性やそれを克服するための技術,構成について述べた記載は見当たらない。原告の主張は,本願明細書に開示された本願発明の構成に基づかないものであるというほかなく,失当である。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について (1) 原告は,審決の相違点2についての判断について,注射器の各部品の滅菌ではなく,組み立てた注射器のバレル内に液状内容物が充填され摺動自在のピストンにより封止保持される注射器全体の滅菌については,その実現手段が知られていなかった点を没却している,と主張する。
しかしながら,相違点2は,注射器の各部品に対する組立て前の処理に関する相違であるから,組立て後の滅菌を問題にする原告の主張は,相違点2とは関係がなく,主張自体失当というべきである。
(2) 原告は,第2刊行物記載の滅菌処理は,ガラス製の既充填注射器に関するもので,プラスチック製の注射器に適用することができるとは考えられていなかった,と主張する。
審決が引用した第2刊行物の技術は,注射器の組立て前に各部品を洗浄し,滅菌し,シリコン処理するという技術である。洗浄や滅菌の方法を部品の素材に応じて適当な温度や条件で行うことが設計事項にすぎないことは,当業者でない裁判所においても明らかなことである。このことは,本願明細書において,洗浄や滅菌の具体的な方法が特定されていないことからも明らかであるというべきである。すなわち,本願明細書中には,特許請求の範囲にも,発明の詳細な説明にも,プラスチック製の注射器の部品を組立て前に滅菌処理することの技術的困難性や,それを克服するための技術,構成について述べた記載は見当たらないのである。
原告の主張は採用することができない。
4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り)について 審決は,相違点3について,「本願発明の構成である「組み立てられ,予め充填され,封止された注射器及びその内容物が充填後にオートクレーブ処理滅菌されたものである」は,物の発明の構成を製造方法で限定したものと認められるが,このような製造方法で限定したものが,物の発明の構成上前記第1刊行物に記載されたものと対比し,実質的に相違するところはない。なお,当該製造方法の限定のみによって,滅菌の程度が決定されるものでもなく,また,滅菌の程度を高めることは,注射器に当然に要求されるものであって,当該製造方法以外の方法によっても,高い滅菌精度を得ることができるものであるから,当該相違点は,格別の構成上の相違とは認められない。」(審決書5頁24行〜33行)と判断した。
原告は,オートクレーブ処理は,本願発明のように,大容量であってしかも摺動自在のピストンで開口部封止をしただけの液状造影剤注射器にも適合し得る滅菌手段とまでは認識されていなかったから,第1刊行物発明から,本願発明におけるオートクレーブ処理を施すことを予測することは困難であった,と主張する。
しかしながら,本願発明の特許請求の範囲には,本願発明の注射器の容量を大容量のものに限定する記載はない。また,本願明細書中には,ピストンで開口部封止をしただけの液状造影剤注射器にオートクレーブ処理を施す場合の技術的困難性についての記載も,これを克服するための技術や構成についての記載もない。本願発明の特許請求の範囲には単に「オートクレーブ処理」との記載があるのみで,その条件を限定する記載はない。原告の主張は,本願発明の構成に基づかないものというほかなく,失当である。
原告は,審決がオートクレーブ処理以外の方法によっても高い滅菌精度を得ることができるものである,と述べたことについて,本願出願当時,液状造影剤を充填した注射器全体の滅菌はオートクレーブ滅菌以外の方法で得ることは困難であった,と反論を加えている。しかしながら,仮にこの点が原告の主張のとおりであったとしても,そのことは,本願発明の注射器についてオートクレーブ処理を施すことの動機付けにこそなれ,オートクレーブ処理を施すことを妨げる理由にはならないことは明らかである。
原告の主張は,採用することができない。
5 取消事由5(顕著な作用効果の看過)の主張について (1) 原告は,本願発明の注射器は,第1刊行物発明のように注射機能の発現のためにプラスチック薄片をちぎるという封鎖解除手段を必要とせず,直ちに注射機能を発現できる状態で存在する,という作用効果を奏する,と主張する。
しかしながら,上記作用効果は,本願発明においてプラスチック薄片を用いない構成を採用したことによる自明の作用効果にすぎない。
(2) 審決は,本願発明の注射器が,その製造に際して薬液充填のための無菌的環境の整備や,その環境下に細菌汚染を防ぎながら細心の注意を要する無菌充填操作も不要であるという作用効果が製造方法そのものの作用効果であって,製造された注射器の作用効果でない,と述べた。原告は,上記作用効果は製造された注射器の作用効果であると主張し,被告も本訴においてこれを認めている。審決の上記説示部分は,誤りであるといわざるを得ない。
しかしながら,上記作用効果は,本願発明の構成を採用したことによる自明の作用効果にすぎず,顕著な作用効果であるといえないことは,当業者でない裁判所にも明らかである。上記審決の説示の誤りは,結論に影響を及ぼすものではない。
結論
以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他,審決にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久