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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17ネ10085特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成17ネ10040特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成17ネ10005損害賠償等請求控訴事件 判例 特許
平成17ネ10024特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成18ネ10077特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 冒認出願(冒認) /  特許を受ける権利 /  職務発明 /  守秘義務 /  公然実施(29条1項2号) /  周知技術 /  技術常識 /  実質的に同一 /  権利の濫用(権利濫用) /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  不法行為(民法709条) / 
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事件 平成 17年 (ネ) 10096号 損害賠償請求控訴事件

控訴人 控訴人X
同訴訟代理人弁護士 戸田泉
同 佐藤剛志
被控訴人 伊藤超短波株式会社
同訴訟代理人弁護士 原口健
同 久保田理子
同 丹羽厚太郎
同 坂元正嗣
同 古金千明
同訴訟代理人弁理士 牛久健司
同 井上正
同 高城貞晶
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/10/26
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を(2)の限度で取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,2億1000万円及びこれに対する平成15年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(4) (2)項につき仮執行宣言 2 被控訴人 主文と同旨
事案の概要
1 事案の要旨 本件は,控訴人が,被控訴人の製造販売に係る低周波治療器が控訴人の有する特許権(以下「本件特許権」といい,これに係る特許を「本件特許」という。)を侵害すると主張して,特許法100条に基づき,上記製品の製造等の差止め及び廃棄を求めるとともに,民法709条に基づく損害金及び特許法65条に基づく補償金の合計2億1000万円並びにこれに対する訴状送達日の翌日である平成15年12月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
原判決は,控訴人の本訴請求をいずれも棄却した。
これに対し,控訴人は,原判決のうち上記金銭請求に係る部分を不服として本件控訴を提起した。したがって,被控訴人製品の製造等の差止め及び廃棄請求については,当審における審理の対象となっていない。
なお,控訴人は,当審において,原審における権利濫用の主張を撤回し,これに代えて,特許法104条の3第1項に基づく権利行使の制限を主張した。
2 争いのない事実等,争点及びこれに関する当事者の主張 次のとおり当審における追加的な主張の要点を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」及び「第3 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決2頁16行目の「本件発明の」を「本件特許出願の」に,8頁5行目の「本件特許に無効理由が存在することが明らかか否か」を「本件特許に無効理由が存在するか否か(本件特許権の行使の制限)」に,同頁7行目及び9行目の各「か否か」を「発明であるか否か」に,それぞれ改める。)。
(1) 当審における控訴人の追加的な主張(争点(2)イについて) ア 公然実施について (ア) 平成9年12月20日における被控訴人のタクト医療に対する被控訴人製品1(4台)の販売(以下「対タクト医療販売」という。)については,英語による取扱説明書は存在したが,日本語による取扱説明書や販売カタログもない状態での販売であるから,正規商品を一般向けに国内販売したものではなく,将来の国内販売を見込んで,取引先を増やすために,試作サンプルを同業の医療機器販売会社に販売したものにすぎない。このような場合,守秘義務を明示しなくても,商慣習上の黙示の守秘義務が存在することは明らかである。
タクト医療は,平成7年から被控訴人と卸取引が継続しており(乙52),また,被控訴人製品1を小売希望価格7万8000円(甲3)より40%引きの仕入価格4万6800円(乙8)で購入している。このように,被控訴人とタクト医療とは,密接な関係を有していたから,タクト医療は,黙示の守秘義務を負う。
(イ) 上記(ア)の販売日から本件特許の出願日まで約1か月間しかないところ,被控訴人提出の解析結果(乙54)は,販売当時には存在しなかった日本語による取扱説明書を前提としたものであるが,それでも約2か月間の解析期間を必要としている。したがって,対タクト医療販売があっても,被控訴人製品1の解析が終了するのは,本件特許出願後になるから,公然実施があったとはいえない。
容易想到性について (ア) 本件発明のI0は無負荷時の一次電流であり,定数αは,事前試験を行い本件式Aから求めた値であり,技術的意味を持つ数値であるのに対し,乙54の解析から発見したパラメータP1及びP2は単なる数値であって,その定義や測定方法又は計算方法,及び技術的意味が明らかでないから,P1/1000=α,P2/10=αI0を推定することはできない。技術的概念から数式や数値を創出することはできるが,単なる数式や数値から技術的概念を創出することは極めて困難である。
(イ) 本件式Bを本件式Aに相当する式「Ap=(P1/1000)・(Ai-100・P2/P1)」(以下「式A」という。)に変形操作をしなければならない理由,動機,技術的意義が定かでないから,変形操作に想到することはできない。たとえ変形操作して数値を特定しても,それが定義済みの技術的意味を持った定数α及び無負荷励磁電流I0に該当するかが保証されないから,パラメータP1及びP2から定数α及び無負荷励磁電流I0を想到することは不可能である。
ウ 控訴人の意に反する公然実施について 控訴人は,平成9年6月6日,ニッセイ電子の職務発明規定に則り,本件発明について特許出願申請をしたが,当時の上司であったA(技術部長)から2度にわたる妨害を受けたため,同年11月20日,同人から申請書類を差し戻されるまでの5か月半の期間,本件発明について特許出願をすることは不可能であった(甲23〜33)。したがって,本件発明については,特許法30条2項所定の例外事由が存する。なお,原判決が認定したとおり,控訴人が平成9年12月20日の時点において,被控訴人製品1の販売をすることを予期していたことは認める。
(2) 控訴人の上記主張に対する被控訴人の反論 ア 公然実施について 対タクト医療販売は商業ベースの実売である。また,解析期間の長短は,公然実施の立証上,問題とならない。なお,平成9年12月時点において,被控訴人製品1についての日本語の取扱説明書が存在していたことは,証拠(乙10)の記載から明らかであり,同時点以後の被控訴人製品1の国内販売に当たっては,すべて上記取扱説明書を添付しているから,控訴人の前記(1)アの主張は,その前提を欠く。
容易想到性について トランスの一次電流値を二次電流値に換算することは,トランスの初歩ともいうべき周知技術であって,被控訴人製品1の解析から明らかになった本件式Bは,本件式Aと実質的に同一である。
ウ 控訴人の意に反する公然実施について 特許法30条2項は,公知の状態となったことが意に反する場合を規定しており,特許出願が遅滞したことが意に反する場合は規定されていない。また,Aが控訴人の特許出願を妨害した事実はない。
当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人の被控訴人に対する本件損害金及び補償金請求は理由がないと判断する。その理由は,次のとおり補正付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の1記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の補正 (1) 原判決32頁18〜20行目の「が,この図中の各構成部品の呼称と被告製品1の回路図中の各構成部品の呼称の対応は,別紙呼称対応一覧表のとおりとなる」を削除する。
(2) 原判決46頁7行目の「本件特許には無効理由が存在することが明らかである。」を「本件特許には無効理由が存在するから,本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められ,被控訴人に対する本件特許権の行使は許されない。したがって,その余の争点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人に対する本件損害金及び補償金請求は理由がない。」に改める。
2 当審における控訴人の主張に対する判断 (1) 公然実施について ア 控訴人は,平成9年12月20日の対タクト医療販売は,日本語による取扱説明書や販売カタログもない状態でされたものであるから,一般向けの販売ではなく,試作サンプルを同業の医療機器販売会社に販売したものにすぎず,このような場合,守秘義務を明示しなくても,商慣習上の黙示の守秘義務が存在することは明らかである旨主張する。
しかし,証拠(乙10)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人製品1の取扱説明書(乙10)の裏表紙(乙10の1頁目)には,「NO.23397A9712NA-V」との記載があるところ,このうち「A」とは,初版を,「9712」とは,平成9年(1997年)12月を,「NA」とは,印刷業者である有限会社ニューアートを,「V」とは印刷部数500部を意味するものと認められるから,上記取扱説明書は,既に平成9年12月には印刷されていたものであって,同月20日の対タクト医療販売に際しても添付されたものであると認めることができ,控訴人の上記主張は,その前提を欠き,採用できない。
なお,仮に,対タクト医療販売が,日本語による取扱説明書や販売カタログもない状態でされたものであるとしても,そのことから直ちにタクト医療が商慣習上の黙示の守秘義務を負うということもできない。
イ 控訴人は,タクト医療が,平成7年から被控訴人と卸取引を継続しており,また,被控訴人製品1を小売希望価格より大幅に安い仕入価格で購入しているように,被控訴人とタクト医療とは,密接な関係を有していたから,タクト医療は,黙示の守秘義務を負う旨主張する。
証拠(乙52)によれば,被控訴人がタクト医療との間で平成7年以降取引をしているが,いわゆる継続的供給関係があるわけではなく,タクト医療から個別に被控訴人の製品の購入申し込みがある度に,被控訴人が卸販売を行っていたことが認められるところ,この程度の取引関係があるからといって,そのことから直ちにタクト医療が商慣習上の黙示の守秘義務を負うということはできない。また,証拠(甲3)によれば,被控訴人製品1のメーカー希望小売価格は7万8000円であるところ,仮に,タクト医療がこれから相当程度の値引きを受けて被控訴人製品1を購入したとしても,卸売価格は市場の状況等の商取引上の様々な事情に応じて適宜決定されるものにすぎないから,上記値引の事実があったとしても,そのことから直ちにタクト医療が商慣習上の黙示の守秘義務を負うということもできない。したがって,控訴人の上記主張も採用できない。
ウ 控訴人は,対タクト医療販売の行われた日から本件特許の出願日まで約1か月間しかないところ,販売当時には存在しなかった日本語による取扱説明書を前提とした被控訴人提出の解析結果(乙54)でも約2か月間の解析期間を必要としているから,対タクト医療販売があっても,被控訴人製品1の解析が終了するのは本件特許出願後になり,公然実施があったとはいえない旨主張する。
しかし,前記アのとおり,被控訴人製品1の取扱説明書は,既に平成9年12月には印刷されており,同月20日の対タクト医療販売に際しても添付されたものであるから,控訴人の上記主張は,その前提を欠き,採用できない。
なお,対タクト医療販売は平成9年12月20日に行われ,本件特許出願は平成10年1月14日に行われ,その間には1か月弱の期間が存在したのであるから,その期間において被控訴人製品1について必要な解析を行い,本件発明の構成要件1Aないし1H及び1K,並びに構成要件2Aないし2Fを知ることは,当然に行い得ることというべきである。被控訴人提出の解析結果(乙54)が約2か月間の解析期間を経たものであっても,常にそのような解析期間が必要とされるわけではなく,適宜必要な人員等を用意すれば解析期間をより短縮できることは明らかである。したがって,この観点からも,控訴人の上記主張は採用できない。
(2) 容易想到性について ア 控訴人は,本件発明のI0や定数αは技術的意味を持つ数値であるのに対し,乙54の解析から発見したパラメータP1及びP2は単なる数値であって,その定義や測定方法又は計算方法,及び技術的意味が明らかでないから,P1/1000=α,P2/10=αI0を推定することはできない旨主張する。
しかし,被控訴人製品1の解析(乙54)で明らかとされた本件式BにおけるAi及びApが本件発明における一次電流値I1及び二次電流の波高値I2に相当するものであることは明らかである。そうすると,本件式Bは,本件式Aと同様に,一次電流値から二次電流の波高値を計算して出力電流値を正確に把握することに資するものであるといえる。
そして,本件式Bにおいて,Ai=100・P2/P1となるときAp=0となるから,係数の設定が正しくなされているとすれば,100・P2/P1は本件発明の無負荷励磁電流I0に相当するものであるといえる。また,本件式BのP1/1000が本件発明のαに相当することも明らかである。本件式Bが一次電流値と二次電流値の関係を表すものであるといえる以上,本件式BにおけるパラメータP1及びP2の技術的概念を把握することに何ら困難性はないといえる。
なお,被控訴人製品1及びその取扱説明書等にはP1,P2の係数の技術的意味について何ら記載はないから,仮に,係数の設定が正しく行われていない場合は,上記100・P2/P1が無負荷励磁電流I0と異なる値となる場合も考えられる。しかし,一般に,出力トランスの一次電流に無負荷励磁電流に相当するオフセットがあること,オフセットを除いた一次電流値と二次電流値が比例関係にあることは技術常識である。このことは,本件特許出願より相当以前である昭和61年2月20日に発行された飯高成男ほか著「絵とき電気機器」(乙38)において,負荷時の一次全電流I1,励磁電流I0,一次負荷電流I1’の関係が「I1=I0+I1’」で表されていること(112頁10行),一次負荷電流I1’と二次電流I2との関係が「I1’=-I2/a」で表されていること(115頁16行)からも明らかである。したがって,該技術常識に鑑みれば,100・P2/P1が無負荷励磁電流I0と異なる値となった場合であっても,被控訴人製品1の本件式Bから本件式Aを想到することは容易であるということができる。
したがって,控訴人の上記主張は採用できない。
イ 控訴人は,本件式Bを,本件式Aに相当する式である「Ap=(P1/1000)・(Ai-100・P2/P1)」(式A)に変形操作をしなければならない理由や動機や技術的意義が定かでないから,該変形操作に想到することはできないし,たとえ変形操作して数値を特定しても,それが定義済みの技術的意味を持った定数α及び無負荷励磁電流I0に該当するかが保証されないから,パラメータP1及びP2から定数α及び無負荷励磁電流I0を想到することは不可能である旨主張する。
しかし,上記のように本件式Bが一次電流値と二次電流値との関係を表すものと把握でき,一次電流値のオフセット値があることも明らかである以上,そのオフセット成分を明示する式Aのように本件式Bを変形することは,容易に想到し得ることである。
また,本件式Bは,一次電流値と二次電流値の間に一次式で表される線形な関係であることを表しており,本件式Bと式Aはこの関係を表す最も簡単な表記方法である。本件式Bがy=ax+b(bはy切片)という形であるとすれば,式Aは,y=a(x-c)(cはx切片)という形であって,両式間の変形は基本的な数学的操作であるから,この観点からも,本件式Bを式Aのように変形することは,当業者が容易になし得ることである。
さらに,上記アのとおり,100・P2/P1が本件発明の無負荷励磁電流I0に相当し,P1/1000が本件発明のαに相当するのであるから,パラメータP1,P2から本件発明の定数α,I0を設定することは当業者が容易になし得ることである。
したがって,控訴人の上記主張も採用できない。
(3) 控訴人の意に反する公然実施について 控訴人は,平成9年6月6日,ニッセイ電子の職務発明規定に則り,本件発明について特許出願申請をしたが,当時の上司であったAから2度にわたる妨害を受けたため,同年11月20日,同人から申請書類を差し戻されるまでの5か月半の期間,本件発明について特許出願をすることは不可能であったから,本件発明については,特許法30条2項所定の例外事由が存する旨主張する。
しかし,仮に,控訴人が本件発明について特許を受ける権利を有するのであれば(そうでなければ,本件特許出願は冒認出願となる。),ニッセイ電子の職務発明規定が定める手続や上司であったAの意向如何にかかわらず,自ら本件発明について特許出願をすることができたものというべきであるから,控訴人がAから申請書類を差し戻されるまで本件発明について特許出願をすることは不可能であったということはできない。また,仮に,控訴人の主張するとおり,平成9年11月20日まで控訴人が本件発明について特許出願をすることは不可能であったとしても,その後,対タクト医療販売が行われた同年12月20日までに本件発明について特許出願をすることは可能であったものというべきである。したがって,いずれにしても,被控訴人製品1に係る発明が控訴人の意に反して本件特許出願前に公然実施をされたということはできず,控訴人の上記主張も採用できない。
3 結論 以上によれば,控訴人の本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 沖中康人
裁判官 若林辰繁