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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成11ワ23945特許権に基づく損害賠償請求事件 判例 特許
平成14ワ11630損害賠償請求事件 判例 特許
平成16ワ8553特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成19ワ4544特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成12ネ4200損害賠償請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  新規性 /  インターネット /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  慣用技術 /  公知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  実質的に同一 /  実施料相当額 /  商標権 /  権利の濫用(権利濫用) /  特許出願日 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  権原 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 13年 (ワ) 15719号 特許権侵害差止等請求事件
原告 カシオ計算機株式会社
訴訟代理人弁護士 水谷直樹
同 岩原将文
補佐人弁理士 牛久健司
被告 株式会社ソーテック
訴訟代理人弁護士 升永英俊
訴訟復代理人弁護士 上山浩
補佐人弁理士 谷義一
同 新開正史
同 南条雅裕
同 窪田郁大
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/04/16
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙イ1号物件目録記載の物件を製造し,販売し,又は使用してはならない。
2 被告は,その占有に係る前項記載の物件を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対して,金5億5000万円及びこれに対する平成13年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
原告は,被告に対して,パーソナルコンピュータを販売する被告の行為等が原告の有するマルチウインドウ表示制御装置に係る特許権を侵害するとして,販売等の差止めと損害賠償を求めた。
1 争いのない事実 (1) 当事者 原告は,電子計算機,情報通信機器その他の情報機器の製造,販売等を主要な業務とする法人である。
被告は,コンピュータ及びその周辺機器の製造,販売等を主要な業務とする法人である。
(2) 原告の特許権 原告は,以下の特許権(以下,「本件特許権」といい,その発明を「本件発明」という。)を有している。
出願年月日 昭和61年2月15日 出願公告日 平成8年2月7日 登録年月日 平成10年1月9日 特許番号 特許第2134277号 発明の名称 マルチウィンドウ表示制御装置 特許請求の範囲 「表示優先順位が決められた複数のウインドウをその表示優先順位に従って重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段と, メニュー表示の指示があった際に,上記各ウインドウの表示状態を保ったまま複数のメニューを表示すべく制御するメニュー表示制御手段と, 上記複数のメニューの中でウインドウ整理表示のメニューを選択するメニュー選択手段と, 上記ウインドウ整理表示のメニュー選択により,上記各ウインドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段と, を具備したことを特徴とするマルチウインドウ表示制御装置。」 (3) 構成要件 本件発明の構成要件は,次のとおりに分説することができる。
@ 表示優先順位が決められた複数のウインドウをその表示優先順位に従って重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段と, A メニュー表示の指示があった際に,上記各ウインドウの表示状態を保ったまま複数のメニューを表示すべく制御するメニュー表示制御手段と, B 上記複数のメニューの中でウインドウ整理表示のメニューを選択するメニュー選択手段と, C 上記ウインドウ整理表示のメニュー選択により,上記各ウインドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段と D を具備したことを特徴とするマルチウインドウ表示制御装置。
(4) 被告の行為 被告は,現在,別紙イ1号物件目録記載の物件を販売又は使用している。
また,被告は,平成12年9月以降,別紙イ2号物件目録記載の物件を販売した(なお,現在ではその販売を終了した。) 別紙イ1号物件目録及び別紙イ2号物件目録記載の各物件(以下「イ号物件」という。)の構成は,いずれも別紙イ1号及びイ2号物件説明書記載のとおりである。
(5) 構成要件@の充足性 イ号物件においては,モニタ9の表示画面10上に複数のウインドウを表示させることが可能であり,表示画面10上に複数のウインドウが重ね合わせて表示された場合における各ウインドウ間の表示優先順位は,ウインドウ管理メモリ6b内に記憶されている各ウインドウごとのウインドウ構造データ中の「兄弟ウインドウへのポインタ」の内容により定まっている。
そして,CPU3及びオペレーティング・システム5aは,各ウインドウごとのウインドウ構造データ中の上記「兄弟ウインドウへのポインタ」の内容に従って,表示優先順位を制御している。
したがって,イ号物件は,本件発明の構成要件@を充足する。
2 争点 (1) イ号物件は,構成要件AないしDを充足するか(争点1) (2) 本件特許は,新規性欠如の明らかな無効理由が存在するか(争点2) (3) 本件特許は,進歩性欠如の明らかな無効理由が存在するか(争点3) (4) 損害額はいくらか(争点4)
争点に関する当事者の主張
1 争点1(構成要件AないしDの充足性)について (原告の主張) (1) 構成要件Aの充足性 構成要件Aにおける「メニュー」とは,本件発明の明細書(以下「本件明細書」という。甲2,3)の発明の詳細な説明(【0021】〜【0022】)の記載によれば,「指示リスト」又は「任意選択機能の一覧」の中の個別の指示項目を意味するものと解される。
これに対して,イ号物件においては,表示画面10上に複数のウインドウを表示させた状態において,表示画面上に,更に複数のメニュー(指示項目)よりなるショートカットメニューM1を表示することが可能であり,この複数のメニューの表示制御は,CPU3及びオペレーティング・システム5aにより制御されている。
したがって,イ号物件は,本件発明の構成要件Aを充足する。
(2) 構成要件Bの充足性 イ号物件においては,ポインティングデバイス1の操作等により,前記(1)において表示画面10上に表示された複数のメニュー(指示項目)を表示するショートカットメニューM1中から,ウインドウの表示を表示優先順位に従って整理表示させるメニュー(指示項目)である「重ねて表示」メニューM2を選択することが可能である。そして,これらの選択処理は,CPU3及びオペレーティング・システム5aにより制御されている。
したがって,イ号物件は,本件発明の構成要件Bを充足する。
(3) 構成要件Cの充足性 イ号物件においては,前記(2)で「重ねて表示」メニューM2が選択された際には,表示画面10上に表示されていた複数のウインドウは,その表示優先順位に従って,表示優先順位が下位のウインドウから上位のウインドウの順に上方向に重ね合わさり,かつ表示画面上において,表示優先順位の下位のウインドウから順に上位のウインドウへと,左上位置から右下方向に向かって順次一定間隔でずらして配置され,これと共に各ウインドウのタイトルバーが識別可能に表示されるように制御されている。そして,上記「重ねて表示」の処理は,CPU3及びオペレーティング・システム5aにより制御されている。
したがって,イ号物件は,本件発明の構成要件Cを充足する。
(4) 構成要件Dの充足性 構成要件Dにおける「マルチウインドウ表示制御装置」とは,構成要件@ないしCの要件を具備している装置を意味する。
これに対して,イ号物件は,構成要件@ないしCの要件を具備するパーソナルコンピュータである。
したがって,イ号物件は,本件発明の構成要件Dを充足する。
(被告の反論) (1) 構成要件Aの非充足性 構成要件Aは「複数のメニュー」と記載されている。「複数」とは「二つ以上の数」を意味し,「一つ」を含まない。また,「メニュー」とは,コンピュータシステムにおいて,「『選択可能な』指示リスト」又は「任意選択機能の一覧」を意味する(乙14,15)。そうすると,構成要件Aにおける「メニュー表示制御手段」とは,「『選択可能な』指示リスト」又は「任意選択機能の一覧」を,少なくとも二つ以上表示するものを指すと解される。
これに対して,イ号物件は,メニュー表示の指示があった際,ただ一つのメニューを表示するのみであり,「複数のメニュー」を表示する手段は有していない。また,イ号物件においては,マウスのいわゆる右クリックにより表示されるショートカットメニューはただ一つだけである。
したがって,イ号物件は,構成要件Aを充足しない。
(2) 構成要件Bの非充足性 前記(1)のとおり,コンピュータシステムにおける「メニュー」とは,「『選択可能な』指示リスト」もしくは「任意選択機能の一覧」を意味する。
これに対し,イ号物件は,「上記複数のメニュー」を有していない。また,イ号物件は,ショートカットメニューを表示させ,複数のウインドウをカスケード状に整理表示させるコマンドである「重ねて表示」コマンドを選択するようになっているにすぎないのであるから,「ウインドウ整理表示のメニュー」を有していない。
したがって,イ号物件は,構成要件Bを充足しない。
(3) 構成要件Cの非充足性 前記(2)のとおり,イ号物件は,「上記ウインドウのメニュー選択」を有していない。したがって,イ号物件は,構成要件Cを充足しない。
(4) 構成要件Dの非充足性 イ号物件は,パーソナルコンピュータであって,「マルチウインドウ表示制御装置」ではないから,構成要件Dを充足しない。
2 争点2(新規性欠如の明らかな無効理由の存在)について (被告の主張) (1) 本件特許出願日前の公知文献 以下に詳述するとおり,本件発明の構成は,FULLPAINTというアップルコンピュータ社製パーソナルコンピュータのマッキントッシュ(Macintosh)向けのグラフィックアプリケーションプレリリースバージョン(version 0.9)のマニュアル(乙1,以下「FULLPAINTマニュアル」という。)にそのすべてが開示されている。そして,FULLPAINT(version 0.9)は,遅くとも1986年1月16日に米国でその最初のバージョンが販売された。FULLPAINTマニュアルは,FULLPAINT(version 0.9)のユーザ用操作マニュアルとして,FULLPAINT(version 0.9)のパッケージに同梱されて頒布されたのであって,本件特許出願日よりも前の公知文献である。
したがって,本件発明は,新規性を欠き,無効事由の存在することが明白である。
(2) FULLPAINTマニュアルの頒布開始日 FULLPAINTマニュアルは,以下に述べるとおり,遅くとも本件特許出願日(1986年2月15日)より前の同年1月16日に頒布が開始された。
すなわち,米国のAnn Arbor Softworks, Inc.(以下,「A2S社」という。)は,1986年1月15日,FULLPAINTのプレリリースバージョン(version 0.9)を完成し,同月16日から18日まで米国サンフランシスコで開催されたMACWORLD EXPOSITION(以下「マックワールドエキスポ」という。)に出展した。マックワールドエキスポでは,FULLPAINTのプレリリースバージョン(version 0.9)のフロッピーディスクとFULLPAINTマニュアルを同梱し,シュリンクラップしたパッケージが商品として展示され,99ドルで販売された。なお,FULLPAINTマニュアルは,A2S社のブースに閲覧可能な状態で展示されて,実際にFULLPAINTを購入するか否かにかかわらず,ブースを訪れた者であれば誰でも読むことができた。
以上のとおり,FULLPAINTマニュアルは,遅くともマックワールドエキスポ初日の1986年1月16日から頒布が開始された。
ア FULLPAINTマニュアルの頒布開始日を裏付ける事実 以下の(ア)ないし(サ)各事実に照らせば,FULLPAINTのプレリリースバージョン(version 0.9)が,1986年1月16ないし18日のマックワールドエキスポで販売開始されたこと,及びこのプレリリースバージョンのパッケージ中には,FULLPAINTマニュアル(乙1)が同梱されていたことが明らかである。すなわち, (ア) FULLPAINTマニュアルの記載 FULLPAINTマニュアルの34頁の次に頁番号の付されていない頁があり,そこには以下の記載がある。
「 無料アップグレード及びユーザ登録 ご購入いただいた製品は,FULLPAINTのプレリリースバージョンです。ご購入製品のAnn Arbor Softworksへの登録,及び,プログラムとマニュアルの無料アップデートをお受け取りいただくために,以下のはがきにご記入の上当社までご送付下さい。」 この記載は,購入者に対して,@このマニュアルとセットで販売された製品がFULLPAINTのプレリリースバージョンであることを知らせるとともに,Aアップデート版を受け取るためには,ユーザ登録葉書に記入の上返送するよう促す趣旨のものである。
この記載は,FULLPAINTマニュアルがFULLPAINTのプレリリースバージョン(version 0.9)と同梱されて頒布されたものであることを示すものである。
したがって,これは,FULLPAINTマニュアルがFULLPAINTのプレリリースバージョン(version 0.9)とともに,1986年1月16日から18日までマックワールドエキスポで出品,販売されたことを裏付けるものである。
(イ) FULLPAINTのフロッピーディスクのラベル(乙2) FULLPAINTのフロッピーディスクのラベルには,“version 1.0”,“c 1985 Ann Arbor Softworks ”の文字が印刷されている。これは,A2S社が当初設定したFULLPAINT( version 1.0)の開発完了時期が1985年内であったことを示すものである。
さらに,ラベル(乙2)には,“PRE-RELEASE”の文字が赤色のスタンプで押印されている。これは,開発作業の遅れのために予定していた機能をすべては備えてはいないが,ほぼすべての機能を備えるものをプレリリースバージョンとして出荷することにしたことを裏付けるものである。すなわち,プレリリースバージョンとして出荷することを決定した時点では,既に“version 1.0”,“c 1985 Ann Arbor Softworks”の文字を印刷したラベルが出来上がっていたため,そのラベルの上に“PRE-RELEASE”の文字を赤色のスタンプで押印することで対応したのである。
(ウ) プレリリースバージョンのソフトウェア情報(乙13) マッキントッシュでは,FileメニューのGetInfoコマンドを用いることで,ソフトウェアのバージョン情報,ファイルの最終更新日等の情報を知ることができる。乙13は,FULLPAINTプレリリースバージョン(乙2)のソフトウェア情報をGetInfoコマンドで表示させたものである。これによれば,@最終更新日(Modified:)は,1986年1月15日(水)午前10時55分であったこと,Aバージョンは,“Pre-release Version 0.9”であったことが分かる。
これは,FULLPAINT(version 1.0)を,マックワールドエキスポへの出展に間に合わせるため,プレリリースバージョン(すなわちバージョン0.9)として出品・販売することとし,マックワールドエキスポ初日の前日の1986年1月15日にプレリリースバージョンが完成したことを裏付けるものである。
(エ) MACWORLD 1986年1月号の記事(乙6) マッキントッシュに関するパソコン雑誌のMACWORLD1986年1月号には,“Announcing the only computer show devoted to entirely to the MacintoshTM”と題する記事があり,1986年1月16日から18日までサンフランシスコにおいて開催予定のマックワールドエキスポが紹介されている。そして,“Here are some of the companies who will be showing Macintosh products:”(マッキントッシュ製品展示予定企業は以下のとおりです)という箇所にA2S社の社名が記載されている。
これは,A2S社が1986年1月16日から18日のマックワールドエキスポにおいてFULLPAINTを展示,販売したことを裏付けるものである。
(オ) InfoWorld 1986年1月27日版の記事(乙7) コンピュータ情報誌のInfoWorld 1986年1月27日号の14頁に“Publishing Products Shown at Expo”と題する記事があり,1986年1月16日から18日のマックワールドエキスポでリリースされた印刷用アプリケーションを紹介している。この記事の最後の部分にFULLPAINTに関する記載があり,新製品として100ドルで販売されたことが記されている。
これは,FULLPAINTが1986年1月16日から18日のマックワールドエキスポで,新製品として販売されたことを裏付けるものである。
(カ) FULLPAINTの商標登録証(乙11) 米国特許商標庁による商標登録証(乙11)には,@A2S社が“FULLPAINT”という商標を登録していること,A指定商品は“COMPUTER PROGRAMS AND INSTRUCTION MANUALS SOLD AS A UNIT”(ユニットとして販売されるコンピュータプログラムと操作マニュアル)であること,B“FULLPAINT”商標の最初の使用日は1986年1月15日であること,が記載されている。
これは,その商標を使用したソフトウェア製品であるFULLPAINTが1986年1月16日から開催されたマックワールドエキスポで展示,販売されたことを裏付けるものである。
(キ) FULLPAINTの著作権登録(乙12) 米国著作権庁(United States Copyright Office)の著作権登録(乙12)には,@著作物はユーザマニュアルの全テキストで,その表題が“Fullpaint : the professional paint program for the 512K Macintosh and beyond.”であること,Aこの著作物,すなわちユーザマニュアルは1986年1月15日に発行されたこと,が記されている。
これは,FULLPAINTが1986年1月16日から18日のマックワールドエキスポで販売され,FULLPAINTマニュアルも一般に頒布されたことを裏付けるものである。なお,著作権登録された作品のタイトルは“Fullpaint : the professional paint program for the 512K Macintosh and beyond.”であるのに対し,FULLPAINTマニュアルの表示は“FULLPAINT : The professional paint program for the 512K Macintosh”であり,両者のタイトルは異なっている。しかし,著作権登録されたタイトルのうちの“and beyond”の部分は,著作権登録出願日(1988年11月14日,乙12)において,ユーザが利用可能であったマッキントッシュには,Macintosh 512Kに加え,その後継機種のMac Plus,Macintosh 512Ke,Mac SEがあったことから,これらの後継機種を包含する趣旨で表示されたものと思われる。米国における著作権登録出願の実務として,プログラム又はマニュアルが変更された場合にも,最初のバージョンではないものに基づいて登録されることは,珍しいことではない(乙18)。
(ク) FULLPAINTの商標登録出願関係書類(乙19) “FULLPAINT”の商標登録出願関係書類(乙19の4〜5枚目)中に,米国特許商標庁長官を名宛人として,FULLPAINTの開発・販売元であるA2S社の経理部長A名義で作成された文書があり,その中で,Aは,虚偽の陳述は法律に基づく処罰等の制裁があることを知った上で,「(FULLPAINT)商標は,1986年1月15日に最初に商品に関して使用され,1986年1月15日に最初に各州間の通商で商品の販売において使用され」たと述べている。
(ケ) MACWORLD 1986年4月号の宣伝広告(乙20) MACWORLD 1986年4月号(乙20の2〜5枚目)には,アイコン・レビュー(Icon Review)社のソフトウェア等の宣伝広告が掲載されており,その中に,FULLPAINTを69ドルで販売していることが記載されている。
MACWORLD 1986年4月号は,同年3月ころには販売されていたと考えられるから,この広告から,FULLPAINTは,1986年3月ころ以前からアイコン・レビュー社のような一般の販売業者によって販売されていたことが分かる。そして,FULLPAINTの紹介には大きなスペースが割かれていることからすれば,FULLPAINTがこの時期,既に一定の知名度を獲得していたことが推察される。
MACWORLD 1986年4月号の広告(乙20)は,FULLPAINTが1986年1月16日から開催されたマックワールドエキスポで展示,販売されたこととよく整合する事実である。
(コ) MACUSER 1986年6月号の製品レビュー記事(乙21) パソコン雑誌のMACUSER 1986年6月号に掲載されたFULLPAINTに関する製品レビュー記事には,FULLPAINTに対する評価やFULLPAINTの定価が99.95ドルであること等が記載されている。MACUSER 1986年6月号は1986年5月ころには販売されていたと考えられるから,このレビュー記事から,FULLPAINTは,MACUSER 1986年6月号の出版日(1986年5月ころ)の以前から販売されており,マッキントッシュ向けのソフトウェア製品として高い評価を得ていたことが分かる。
この記事の冒頭箇所に記されている5個のマウスの印は,FULLPAINTが5段階のうちの最高レベルの評価を与えられたことを示すものである。
MACUSER 1986年6月号の記事(乙21)は,FULLPAINTが1986年1月16日から開催されたマックワールドエキスポで展示,販売されたこととよく整合する事実である。
(サ) セマフォア・コーポレイションのWEBサイト(乙22) セマフォア・コーポレイション(Semaphore Corporation,米国カリフォルニア州)のWEBサイトの“Welcome to (Semaphore) Signal!”と題する頁(乙22の1)及び当該頁からリンクされている“Semaphore Signal #26, March 1986, circulation 45,013”の頁(乙22の2)には,1986年3月ころ,Bという名の人物が,FULLPAINTのプレリリースバージョンを実際に使用していたことが記載されており,このことから,FULLPAINTのプレリリースバージョンが実際に存在したことが裏付けられる。
これは,FULLPAINTが1986年1月16日から開催されたマックワールドエキスポで展示,販売されたこととよく整合する事実である。
イ FULLPAINTの外箱(甲6)の記載について FULLPAINTの外箱(甲6)には,“FULLPAINT is a registered trademark of Ann Arbor Softworks,Inc.”と印刷されているが,この記載は,以下に述べるとおり,誤記であることが明らかである。
第1に,@甲6の1葉目及び3葉目の“FULLPAINTTM The professional Paint Program for the 512K MacintoshTM”との記載,A甲6の2葉目のタイトル部の“If you own a 512K MAC, you must own FULLPAINTTM”との記載から,同外箱を制作した時点でA2S社が意識していたマッキントッシュの対象機種は,Macintosh 512Kのみだったことが明白である。
そして,Macintosh 512Kの販売期間は1984年9月10日から1986年4月14日で,1986年1月16日のマックワールドエキスポ開催直前まではMacintosh 512Kが唯一の現役機種であり,その後継機種であるMac Plusが発売されたのは,FULLPAINTが頒布開始されたのと同じマックワールドエキスポにおいてであった(乙17)。つまり,商標登録日の1987年10月27日の時点では,Mac Plus,Mac SEの2機種が現役機種として販売されていた。一方,Macintosh 512Kは,1986年4月14日に既に販売中止となっており,Macintosh 512Keも1987年9月1日をもって販売が終了していた。
以上の各事実に照らせば,FULLPAINTの外箱(甲6)が制作されたのは,Macintosh 512Kのみが現役機種として販売されていた1984年9月10日から1986年1月15日の間であったと考えられる。
したがって,当該外箱が制作された時期は,遅くともMac Plusの発売された1986年1月16日より前であり,“FULLPAINT is a registered trademark of Ann Arbor Softworks,Inc.”の記載は誤記であると解される。
第2に,“FULLPAINT is a registered trademark of Ann Arbor Softworks,Inc.”という記載は,2葉目の最下部に小さな文字で記載されている文章の一部を抽出したものである。当該部分には,FULLPAINT商標は,他の“MacPaint”,“Macintosh”という商標に関する一連の文章の中に含まれて記述されているにすぎず,しかも,この文章は,他の部分に比べて一回りも二回りも小さい文字で記載されており,担当者であっても注意を怠りがちな態様の表記となっている。しかも,記載位置も,下箱部底面の左下隅部に,他の部分から離れて配置されており,その他の部分と一体性がなく,なかなか注意の向けられにくい表記態様となっている。このような表記態様にFULLPAINTリリース直前の混乱状況等をあわせて考慮すれば,外箱の制作担当者が“FULLPAINT is a registered trademark of Ann Arbor Softworks,Inc.”の誤記に気付かなかったことは,十分あり得ることである。 第3に,米国法(Lanham Act §29, 15 U.S.C §1111)においては,商標が登録済であれば“R”マークを付すことが認められており,登録商標権者は“R”マークを付すことが慣例である。しかし,甲6の1〜3葉目に表示されているFULLPAINT商標はいずれも“FULLPAINTTM”と表記されており,“FULLPAINTR”とは表記されていない。“ TM ”マークは当該標章が何人かの所有に係る商標であることを示すにとどまり,当該商標が登録されていることを意味しない。したがって,“FULLPAINTTM”との表記は,FULLPAINT商標が未登録であり,“FULLPAINT is a registered trademark of Ann Arbor Softworks,Inc.”の記載が誤記であることを示すものである。
以上の各事実に照らせば,当該外箱が制作された時期は,遅くとも1986年1月16日より前であり,当該外箱制作時にはFULLPAINT商標は実際には未登録で,“FULLPAINT is a registered trademark of Ann Arbor Softworks,Inc.”の記載は誤記であったことが明白である。
なお,FULLPAINTマニュアルの表紙にも,”FULLPAINTTM The professional Paint Program for the 512K MacintoshTM”の記載があるが,以上に述べたところは,FULLPAINTマニュアルの頒布時期についてもそのまま妥当する。
(3) FULLPAINTマニュアル(乙1)の記載内容及び本件発明の構成との対比 ア 構成要件@について (ア) FULLPAINTマニュアルの10頁には,以下の記載がある。
「・複数の文書を開く Windowsメニューには,ウインドウ表示用に別のオプションが用意されています。最大4個の文書をデスクトップに同時に表示することができます。文書を保存して閉じて,別の文書を開くという面倒な手順を辿ることなく,複数の文書で作業することができます。」 また,上記記載部分の下には,複数のウインドウが表示された画面が図示されている。
構成要件@における「表示優先順位」とは,構成要件Cの「上記各ウインドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり」との記載から,「複数のウインドウの重ね合わせの順序」を意味するものと解される。
FULLPAINTマニュアルの12頁の図には4つのウインドウが重ね合わせて表示されている様子が示されているが,各ウインドウを重ね合わせて表示するためには,各ウインドウごとに重ね合わせの順序(=表示優先順位)を定めて,その順序に応じて重ね合わせる必要があるから,当業者が当該図を見れば,「表示優先順位」についての概念を明白に把握できる。また,後記のとおり,本件特許出願当時,マッキントッシュにおいては,構成要件@における「表示優先順位」の概念は,慣用技術であったといえる(Macintosh Revealedの109頁。乙4の120頁) (イ) したがって,構成要件@,すなわち「表示優先順位が決められた複数のウインドウをその表示優先順位に従って重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段」は,FULLPAINTマニュアルの前記(ア)の部分に記載されているといえる。
(ウ) これに対して,原告は,FULLPAINTマニュアルには,4つのドキュメントの配列が,その背後にあるどのような構造の,どのような手順に基づく働きにより生じたのかについての説明がないと主張する。しかし,構成要件@においても「表示優先順位が決められた複数のウインドウをその表示優先順位に従って重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段」と記載されているのみで,それ以上に具体的に各ウインドウの配列が,その背後にあるどのような構造の,どのような手順に基づく働きにより生じたのかについては記載されていない。前記のとおり,構成要件@は,すべてFULLPAINTマニュアルに記載されており,構成要件@に含まれない事項がFULLPAINTマニュアルに記載されているか否かを問題にすることは無意味であるから,原告の上記主張は主張自体失当である。
構成要件Aについて (ア) FULLPAINTマニュアル12頁の図には,画面上部のメニューバー部分に「Windows」というメニューがあることが示されている。また,FULLPAINTマニュアル21頁の図には,メニューバー上の 「Font」,「FontSize」,「Style」というメニューを選択し,各メニューから実行可能な複数のコマンドが表示されている様子(プルダウン表示)が示されている。さらに,マッキントッシュにおいては,メニューを表示する際は,ウインドウの表示状態が保たれたまま複数のコマンドからなるメニューが表示されることは,本件特許出願日の1986(昭和61)年2月15日において既に技術常識であった(乙5)。
(イ) したがって,構成要件A,すなわち「メニュー表示の指示があった際に,上記各ウインドウの表示状態を保ったまま複数のメニューを表示すべく制御するメニュー表示制御手段」は,FULLPAINTマニュアルの上記部分に記載されているといえる。
構成要件Bについて(ア) FULLPAINTマニュアル10〜11頁には,以下の記載がある。
「・文書の配置を変更する Windowsメニューには,画面上で複数のウインドウの配置を調整する複数の方法が用意されています。メニューの最初の4つのコマンドは,現在開いている文書のリストです。メニューから文書タイトルのどれか1つを選択すると,その文書のウインドウがアクティブになります。現在アクティブでないウインドウをクリックしてアクティブにしようとするときにウインドウが全部隠れていて見えない場合に重宝する機能です。
Clean Up(並べて表示)とStack Up(重ねて表示)コマンドは,複数の文書ウインドウの配置方法を変えるときに使います。Clean Up(並べて表示)は,開いているすべての文書を,サイズを小さくして同時に表示します。最後に開かれた,または作業したウインドウがアクティブなウインドウになります。
Stack Up(重ねて表示)を選択すると,開かれているすべてのウインドウが奥から手前に重ねて表示されます。アクティブなウインドウが一番手前に表示され,他の開いている文書のタイトル・バーがその上部位置に見えるように表示されます。ここでも,最後に開かれた,または作業したウインドウが一番手前のアクティブなウインドウになります。」 上記記載のStack Up(重ねて表示)コマンドは,「ウインドウ整理表示メニュー」に相当する。
そして,上記部分には,「Stack Upコマンドの選択」(Choosing Stack Up)という操作が「開かれているすべてのウインドウが奥から手前に重ねて表示されます。アクティブなウインドウが一番手前に表示され,他の開いている文書のタイトル・バーがその上部位置に見えるように表示されます。」という構成要件Cに相当するウインドウの整理表示制御を「引き起こす」(causes)ことが明瞭に記載されている。
(イ) したがって,構成要件B,すなわち「上記複数のメニューの中でウインドウ整理表示のメニューを選択するメニュー選択手段」は,FULLPAINTマニュアルの上記部分に記載されている。
構成要件Cについて (ア) FULLPAINTマニュアル12頁の図には,4つのウインドウが,その表示優先順位が下位のものから順に上方向に重ね合わされ,且つその個々のウインドウが,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置され,個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示されている様子が示されている。
また,FULLPAINTマニュアル10〜11頁には,上記の図に関する説明として,以下のとおり,上記のウインドウ整理表示は,Stack Upコマンドの実行結果として得られることが記載されている。
「Stack Up(重ねて表示)を選択すると,開かれているすべてのウインドウが奥から手前に重ねて表示されます。アクティブなウインドウが一番手前に表示され,他の開いている文書のタイトル・バーがその上部位置に見えるように表示されます。ここでも,最後に開かれた,または作業したウインドウが一番手前のアクティブなウインドウになります。」 したがって,構成要件C,すなわち「上記ウインドウ整理表示のメニュー選択により,上記各ウインドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段」は,FULLPAINTマニュアルの上記部分に記載されているといえる。
(イ) なお,本件明細書の特許請求の範囲構成要件Cに係る部分には,「上記各ウインドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり」と記載されているにすぎず,「各ウインドウの関係の『表示優先順位を保った状態で』重ね合わせて整理して表示」することは一切記載がなく,本件明細書の【発明の効果】にその旨の記載があるにすぎない(本件明細書4頁右欄29〜31行)。
したがって,「表示優先順位を保った状態で」との限定は,本件発明の構成要件ではないから,本件発明が新規性を欠如するかどうかの問題に関しては,FULLPAINTマニュアルに「各ウインドウの関係の表示優先順位を保った状態で重ね合わせて整理して表示」する記載があるか否かは,無関係である。
構成要件Dについて 原告は,イ号物件のパーソナルコンピュータも「マルチウインドウ表示制御装置」に該当すると主張する。そうすると,FULLPAINTもマッキントッシュというパーソナルコンピュータ用のソフトウェアであるから,FULLPAINTをインストールしたマッキントッシュも「マルチウインドウ表示制御装置」に該当することになる。
したがって,構成要件D,すなわち「を具備したことを特徴とするマルチウインドウ表示制御装置」も,FULLPAINTマニュアルに記載されている。
(原告の反論) (1) FULLPAINTマニュアルの頒布開始日 FULLPAINTマニュアルは,本件特許出願日より前に頒布されたとは認められないから,これにより本件発明が新規性を失うことはない。被告の主張するFULLPAINTマニュアルの頒布開始日を裏付ける事実は,以下に述べるとおり,FULLPAINTマニュアルが本件特許出願日より前に頒布されたことを推認させるものではない。
ア 乙1の34頁の次の頁について 乙1の34頁の次頁には,乙1がFULLPAINTのプレリリースバージョンのマニュアルである旨の記載があるが,それがいつ販売されたのか,どこで頒布されたのかについては記載がない。したがって,乙1の34頁の次の頁の存在は,FULLPAINTマニュアルが1986年1月16日から18日に開催されたサンフランシスコのマックワールドエキスポで頒布されたことを裏付けるものではない。
また,FULLPAINT(version 1.0)は,“special effects features”(特別効果機能),具体的にはFree Rotate(回転),Skew(スキュー,ゆがみ),Distort(ねじり),Perspective(透視)の4つの代表的な機能を有しているのに 対して,FULLPAINTプレリリースバージョン(version 0.9)は,これらの機能を欠いている。このような機能を欠いているにもかかわらず,操作マニュアル中にプレリリースバージョンである旨を表示した1頁を加えただけで,上記機能を欠いていることを一切明示せず,外箱(甲6)及び操作マニュアル(乙1)の説明中に上記機能を備えている旨表示したまま同ソフトを販売することなど,まともなソフト事業者が行うとは考えられない。
以上のとおり,このような内容の操作マニュアル(乙1)を,甲6の外箱に同梱して販売することは,およそ考えられない。
イ 雑誌記事(乙6,7)について MACWORLDの1986年1月号(乙6)中には,マックワールドエキスポが1986年1月16日から18日にかけてサンフランシスコで開催されることが掲載されているが,出展企業の1つとしてA2S社の名称が記載されているだけで,FULLPAINTについての記載はない。また,InfoWorldの1986年1月27日号(乙7)中にも,同様にマックワールドエキスポに関係する記事が掲載されているが,同誌中には「A2S社がフルスクリーン・ペインティングプログラムであるFULLPAINTを出展」と記載されているだけで,それ以上に商品内容の説明やバージョンその他関連事項の記載はない。このことから,マックワールドエキスポでは,単にFULLPAINTが新製品として販売されることが公表されたに止まり,その内容,機能等の詳細は公表されなかったというのが実情ではなかったかと推測される。
ウ 米国特許商標庁の商標登録証(乙11)について 乙11には,“FULLPAINT”が,1987年10月27日に米国特許商標庁に商標登録され,しかも,FIRST USEは1986年1月15日であることが記載されているが,このFIRST USEの日付が1986年1月15日であることの具体的根拠は何ら示されておらず,出願人の申立内容がそのまま記録されているにすぎない。
ところで,被告がFULLPAINTのプレリリースバージョンであると主張するソフトウェアの外箱(甲6)上には“FULLPAINT is a registered trademark of Ann Arbor Softworks, Inc.”(FULLPAINTはAnn Arbor Softworks社の登録商標である)と表示されているが,FULLPAINTが商標登録されたのは,上記のとおり1987年10月27日とのことであるから,このことからすると,上記の外箱は,同日以後に頒布された商品の外箱であると考えることが素直である。
したがって,FULLPAINTのプレリリースバージョンなるものが1986年1月16日に頒布されたことなどあり得ないことである。
なお,上記外箱(甲6の2枚目の5,6行)には,“Now FULLPAINT is here, an amazing four-document, full-screen painting program for the 512k Mac and beyond”と記載されている。このように,FULLPAINTについて“for the 512k Mac and beyond”と記載されているから,上記外箱(甲6)は1986年1月16日に頒布されたことなどあり得ず,それよりもずっと後になって作成されたことが裏付けられるものと言うべきである。
エ 著作権登録(乙12)について 乙12には,Publishedの項に1986年1月15日の日付が記載されているが,これを具体的に裏付ける根拠は何ら示されておらず,登録時の申立内容がそのまま表示されているというものにすぎない。また,登録されたとされるFULLPAINTの操作マニュアルが,いずれのバージョンのものであるのかも不明である。すなわち,乙12によれば,著作権登録された作品のタイトルは“FULLPAINT:the professional paint program for the 512K Macintosh and beyond”であるが,操作マニュアル(乙1の1枚目)の表示は“FULLPAINT:the professional paint program for the 512K Macintosh”であり,両者のタイトル表示は明らかに異なっている。
よって,乙12からFULLPAINTマニュアルの頒布開始日を特定することはできない。
オ ラベル,ソフトウェアー画面情報(乙2,13)について 乙2は,フロッピーディスクのラベル面のコピーにすぎず,これからFULLPAINTの頒布開始日が特定されるものではない。また,乙13の写真の画面には,FULLPAINTが1986年1月14日に作成され,同年1月15日に改変されたことが表示されているが,このことからFULLPAINTの頒布開始日が特定されるものではない。かえって,A2S社は,当時ミシガン州にあったから,1986年1月15日に改変したソフトウェアから一夜にして多数の複製物を作成し,これらをFULLPAINTの操作マニュアルと共に1個ずつ梱包(シュリンクラップの状態にする)して販売可能な商品の形態にした上で,翌1月16日までに遠く離れたサンフランシスコに運んでマックワールドエキスポに展示することは物理的に極めて困難である。
カ WEBサイト(乙22)について 乙22が1986年3月ころに記載されたものであるかは疑わしい。乙22の内容をみると,個人ユーザが自己のソフトウエアの使用状況を語ったものにすぎず,特に重要な情報とはいい難い内容であるところ,このようないわば取るに足らない類の情報が,1986年3月に書き込まれ,16年もの間インターネット上に存続しているとは,にわかに信じ難い(書き込み内容は,いつでも改変,加除が可能である)。
仮に,乙22が,1986年当時書き込まれたものであったとしても,その内容は,記入者が,その当時FULLPAINTのプレリリースバージョン(version 0.9)を使用していたことを記入していることが分かるのみであり,それ以上に,同バージョンが1986年1月16日に販売開始されたことまで裏付けられるものではない。
(2) FULLPAINTマニュアル(乙1)の記載内容及び本件発明の構成との対比 仮にFULLPAINTマニュアルが本件特許出願日より前に頒布された公知文献であるとしても,FULLPAINTマニュアルにより本件発明の新規性が否定されることはない。
ア 乙1と本件発明の技術的思想の相違 本件発明の特徴は,マルチウインドウ表示制御装置(構成要件D)としての構造が,ウインドウ表示制御手段(構成要件@),メニュー表示制御手段(構成要件A),メニュー選択手段(構成要件B)及び整理表示制御手段(構成要件C)の有機的な結合によって構成されているところにある。すなわち,本件発明は,ハードウエアと協働して本件発明の各手段(構成要件@ないしC)を実現するソフトウエアを搭載したコンピュータのマルチウインドウ表示制御装置としての特徴的構成を規定したものである。
本件発明のマルチウインドウ表示制御は,ユーザ・インターフェイスの提供と各種アプリケーションプログラムの管理にまたがる機能のものとして位置付けられ,その管理範囲は複数のアプリケーションプログラムがそれぞれ開いた複数のウインドウに及ぶものである。すなわち,構成要件@のウインドウ表示制御手段が制御対象としている「表示優先順位が決められた複数のウインドウ」は,異なる複数のアプリケーションプログラムの実行に伴って開かれた複数のウインドウである。
したがって,構成要件Cの整理表示手段は,複数の異なるアプリケーションプログラムの実行に伴うウインドウであっても,構成要件@の表示制御の対象となっているものについては,当然に「各ウインドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり」かつ「順次一定間隔でずらして配置する」表示制御を行なうものである。
これに対して,FULLPAINTはグラフィック用のアプリケーションプログラムである。FULLPAINTマニュアルの10頁から12頁には,スクリーン図が掲載されているが,同図中に表わされた複数のドキュメントウインドウは,FULLPAINT自体が開いたものと位置付けられる。すなわち,FULLPAINTマニュアルは,単一のアプリケーションプログラムであるFULLPAINTにより開かれる複数のドキュメントウインドウのみを制御の前提としているものであり,この点において本件発明とは対象が異なる。
構成要件@について FULLPAINTマニュアルの10頁上段には,「4つまでのドキュメントをデスクトップ上に同時に開くことができる」旨,及び4つのドキュメントをずらして配置した様子を示すスクリーンの図が記載されているが,これは,コンピュータの表示画面上の表示内容を説明しているにすぎず,4つのドキュメントの配列が,その背後にあるどのような構造の,どのような手順に基づく働きにより生じたのかについての説明は全く記載されていない。
したがって,FULLPAINTマニュアルは,構成要件@における,「表示優先順位が決められた複数のウインドウをその表示優先順位に従って重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段」を開示していない。
構成要件Aについて FULLPAINTマニュアルの21頁のメニューの図は,Font,Font Size及びStyleのメニューの図であるから,これらのメニューは本件発明の構成要件Aとは全く関係がないものである。また,FULLPAINTマニュアルの12頁の図上には,メニューなど表示されていない。
したがって,FULLPAINTマニュアルは,構成要件Aにおける,「メニュー表示の指示があった際に,上記各ウインドウの表示状態を保ったまま複数のメニューを表示すべく制御するメニュー表示制御手段」(構成要件A)を開示していない。
構成要件Bについて FULLPAINTマニュアルは,10〜11頁のStack Upコマンドが,構成要件Cに記載されている整理表示制御手段に相当する「手段」の動作を開始させるものであることを示唆する記載は全くない。
構成要件Cについて FULLPAINTマニュアルの11頁には,Clean UpコマンドとStack Upコマンドの説明がなされており,11頁に掲載されたスクリーンの図はClean Upコマンドによって生じた4つのドキュメントの配列を示しているものと思われ,12頁上部に掲載されたスクリーンの図はStack Upコマンドによって生じた4つのドキュメントの配列を示しているものと思われるが,プログラムのどのような働き(処理と手順)によって,これらのスクリーンの図が現われるのかの説明はない。
構成要件Cの特徴は,表示優先順位が決められたウインドウを整理表示の対象とすることであり,複数のウインドウについて,その表示優先順位が下位のものから順に,一定方向に順次一定間隔ずらして配置するように表示制御する点にある。これにより,複数のウインドウが混在した状態で表示されていたとしても,「各ウインドウの表示優先順位を保った状態で」重ね合わせて整理して表示させることが可能になる。すなわち,構成要件Cにおける複数のウインドウの整理表示制御は,「各ウインドウの表示優先順位を保った状態で」重ね合わせて整理して表示すべく制御することを内容としている。
したがって,FULLPAINTマニュアルは,構成要件Cにおける,「上記ウインドウ整理表示のメニュー選択により,上記各ウインドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段」を開示していない。
構成要件Dについて 前記のとおり,FULLPAINTマニュアルには,構成要件@ないしCは何ら開示されていないから,このような各構成要件の有機的結合を導き出すことも全く不可能である。
したがって,FULLPAINTマニュアルは,構成要件Dを開示していない。
3 争点3(進歩性欠如の明らかな無効理由の存在等)について (被告の主張) (1) Macintosh Revealed(乙3)の頒布時期 “MacintoshTM Revealed Volume Two Programming with the Toolbox” (以下「Macintosh Revealed」という。乙3)は,1985年に米国で第1刷が出版され,これにより公知になった。
(2) 本件発明の進歩性の有無について 本件発明は,以下のとおり,「FULLPAINTマニュアル」,「Macintosh Revealed(乙3)」及び慣用手段によって,出願時において,当業者が容易に発明することができたものである。
構成要件@について Macintosh Revealed(乙3)によれば,構成要件@,すなわち「表示優先順位が決められた複数のウインドウをその表示優先順位に従って重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段」の複数のウインドウを重ね合わせて表示する機能は,いわゆるマルチウインドウ機能として,マッキントッシュにおいて,本件特許出願日より前から標準的に利用されていた機能であったことは明らかである。
また,Macintosh Revealedの109頁(Macintosh Revealedの翻訳書である「マッキントッシュの道具箱」(乙4)の120頁)には,すべてのウインドウは「ウインドウ・リスト」というデータによって管理され,かつ,“nextwindow”というデータを用いて「画面に表示された手前から後ろへという順序」で各ウインドウのリンクが管理されることが説明されているが,この“nextwindow”の「画面に表示された手前から後ろへという順序」の管理は,ウインドウの「表示優先順位」の管理に他ならない。したがって,本件特許出願当時,マッキントッシュにおいては,構成要件@における「表示優先順位」の概念は,慣用技術であったといえる。
以上から,構成要件@の実現手段は,本件特許出願当時において,慣用技術であったといえる。
構成要件A及びBについて 構成要件A,すなわち「メニュー表示の指示があった際に,上記各ウインドウの表示状態を保ったまま複数のメニューを表示すべく制御するメニュー表示制御手段」によるウインドウの表示状態を保ったままメニューを表示する機能,及び,構成要件B,すなわち「上記複数のメニューの中でウインドウ整理表示のメニューを選択するメニュー選択手段」によるメニューの中からコマンドを選択する手段は,マッキントッシュにおいて,本件特許出願日より前から標準的に利用されていた機能であった(乙3の“Chapter 4 What’s on the Menu?”137〜200頁。乙4の「第4章 メニューの中身は?」152〜219頁)。
以上から,構成要件A,Bの実現手段は,本件特許出願当時において,慣用技術であったといえる。
構成要件Cについて (ア) 構成要件C,すなわち「上記ウインドウ整理表示のメニュー選択により,上記各ウインドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段」によるウインドウをカスケード状に整理して表示する手段は,Macintosh Revealedの“Nuts and Bolts”(105〜107頁,乙4の116〜118頁)に直接的に解説されており,解説に加えてプログラムコードの例(乙3のProgram 3-11 Offset new window ,106〜107頁。乙4の117〜118頁)も示されている。
さらに,“Figure 3-11 Offsetting windows”(105頁)には,複数のウインドウが,表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり,かつ,その個々のウインドウが,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置され,個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるようになっている状態が図示されている。
上記解説は,新規にウインドウを開く場合についてのものであるが,既に開かれている複数のウインドウをカスケード状に整理表示する場合も同様の手段を用いることができるから,構成要件Cの整理表示手段と実質的に同一の機能を実現する手段といえる。
以上から,構成要件Cの実現手段は,本件特許出願当時において,慣用技術であったといえる。
(イ) 仮に,乙3及び乙4の該当頁に,構成要件Cのすべてが記載されていないと解したとしても,当業者であれば,Macintosh Revealedに基づけば,複数のウインドウが表示されている場合に,ユーザによるコマンドの選択により,各ウインドウのタイトル表示領域が識別できるよう各ウインドウを斜めにずらして自動的に整理表示することを容易に想到できたことは明白である。
さらに,FULLPAINTマニュアルの10頁,12頁の図にはウインドウのカスケード状の整理表示状態が明瞭に記されているから,これらの図とMacintosh Revealedに基づけば,複数のウインドウが表示されている場合に,ユーザによるコマンドの選択により,各ウインドウのタイトル表示領域が識別できるよう各ウインドウを斜めにずらして自動的に整理表示することをより一層容易に想到できたことも明白である。
また,既に開かれているウインドウを対象とするのと新規にウインドウを開く場合とで,両者の課題(=ウインドウが他のウインドウの背後に隠れて見えなくなる等)は共通し,解決手段も同一(=タイトル・バーが視認できるよう各ウインドウをずらして表示する)であり,かつ,実現手段も容易であり,その組合せを困難ならしめる事情は何ら存在しない。
(3) イ号物件は,いわゆる自由技術を利用したものである。
被告が実施している技術と等価な技術(FULLPAINT)が本件特許出願当時に既に実施されていた場合には,原告の有する特許権に基づく権利行使は,いわゆる自由技術に対する権利行使であり,特許法の法目的に鑑み,許容されるものではない。
本件においては,前記のとおり,イ号物件の技術は,FULLPAINTをインストールしたマッキントッシュにおいて実施されていた技術と等価なものであるから,そのような技術に対しては特許権の効力は及ばない。
(原告の反論) (1) Macintosh Revealed(乙3)の頒布時期 Macintosh Revealed(乙3)の3枚目下部の表示から明らかなとおり,Macintosh Revealedの刊行時期は,1993年であるから,本件発明の公知文献たり得ない。
(2) 本件発明の進歩性の有無について 仮に,FULLPAINTマニュアル及びMacintosh Revealedが本件特許出願日より前に頒布された公知文献であるとしても,以下のとおり,これらによって本件発明の進歩性が否定されることはない。
構成要件@について (ア) Macintosh Revealedの72頁の図は,2つのウインドウのうち,前にあるウインドウをクローズして,後ろにあるウインドウをアクティブにする操作の手順を示しているにすぎず,また,97頁の図はアップデート前とアップデート後の様子を2つのウインドウを示すものにすぎず,さらに,105頁の図は新たに作成したウインドウについて,位置をずらして表示するときの手順を示すというものにすぎない。
したがって,これらは構成要件@の「表示優先順位が決められた複数のウインドウをその表示優先順位に従って重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段」の実現手段を何ら開示していない。
(イ) また,Macintosh Revealedの68頁には,ウインドウがアクティブになると,そのタイトルバーが明るくなる(または強調される)ことが記載されているだけである。93頁ないし97頁は,一部が重なり合っている2つのウインドウのうちの後ろのウインドウをアクティブにして前に重ねた表示状態とする場合に,前に現れるウインドウ内(オーバラップしている領域)の表示の書き直しを行なう際の手順を示しているにすぎない。120頁ないし121頁の「3.3.3 Front-to-Back Ordering」は,いくつかのプログラム(ルーチン)についての解説を行なっているにすぎない。
(ウ) したがって,Macintosh Revealedは構成要件@の実現手段を開示していないし,構成要件@そのものを開示しているとはいえない。
構成要件A及びBについて Macintosh Revealedの137頁ないし200頁は,主にプルダウン・メニューの表示,機能,作り方,使い方等を解説しているにすぎない。
したがって,Macintosh Revealedは,構成要件A,Bの実現手段を開示しておらず,また,構成要件A,同Bそれ自体についても開示していない。
構成要件Cについて Macintosh Revealedの105頁ないし107頁のNuts and Boltsの項は,新しくウインドウを生成する場合に,GetNewWindowプログラムを使って新しいウインドウを作成し(このときウインドウは画面上に表示させないようにする),その後すみやかに,OffsetWindowプログラムで,作成したウインドウの位置を移動し,最後に同プログラムでウインドウを見えるようにするというものである。これは,一つのウインドウを新たに生成させる場合に関するものであって,表示領域上に既に表示されている複数のウインドウを対象とするものではない。
したがって,Nuts and Boltsの項に記載された技術は,混在した状態で表示されている複数のウインドウを重ね合わせて整理して表示する技術とは全く異なり,これとは結びつかないものであり,しかもこれに加えて,表示優先順位の観点の開示も示唆もない。
したがって,構成要件Cの実現手段はMacintosh Revealedに全く開示も示唆もされていないし,構成要件Cそのものについても何ら開示されていない。
エ まとめ 以上のとおり,Macintosh Revealedは構成要件@ないしCと関係のない個々の技術を解説しているに止まるものであり,また,これらの個別の技術により本件発明の技術思想を実現できるものではない。
したがって,FULLPAINTマニュアル,Macintosh Revealed及び慣用技術によって本件発明の進歩性が否定されることはない。
(3) イ号物件は,いわゆる自由技術を利用したものであるとの主張について 出願前の公知技術に基づいたイ号物件に本件特許権の効力は及ばないとの被告の主張は以下のとおり失当である。
すなわち,前記のとおり,FULLPAINTをインストールしたマッキントッシュが,本件特許出願当時既に存在していたということは何ら裏付けられておらず,被告の主張は,この点において理由がない。
4 争点4(損害額)について (原告の主張) (1) 被告は,平成12年9月以降現在までの間に,イ号物件を少なくとも合計38万台製造,販売し,その販売金額の合計は金520億円に達している。
そして,原告が,被告の上記行為により被った損害額実施料相当額に基づき算出すると,その実施料率はイ号物件1台当たりの販売金額の5パーセントが相当であるから,上記販売金額に上記実施料率を乗ずると,原告が被告の本件特許権の侵害行為により被った損害額は金26億円と算定される。
(2) 原告は,被告の本件特許権侵害行為に対する訴訟を原告訴訟代理人に委任したが,その費用としては,上記金額の1割の金5000万円が相当である。
(3) よって,原告は,被告に対して,上記(1)のうちの5億円(一部請求)と(2)の合計である金5億5000万円及び不法行為の後である平成13年8月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の認否) 原告の主張のうち,被告が平成12年9月以降現在までの間に,イ号物件を少なくとも合計38万台販売し,その販売金額の合計は金520億円に達していること,原告が本件訴訟を原告代理人に委任したことは認め,その余は否認し,争う。
当裁判所の判断
1 争点3(進歩性欠如の無効理由の存在)について まず,争点3について判断する。
(1) FULLPAINTマニュアルの頒布開始時期 当裁判所は,FULLPAINT(version 0.9)が,遅くとも1986年1月18日に米国で販売されたこと,FULLPAINTマニュアルが,FULLPAINT(version 0.9)の操作マニュアルとして,パッケージに同梱されて頒布されたことを認定した。その理由は,以下のとおりである。
ア 証拠(乙1,2,6,7,11ないし13,19,20,22の1〜2,37,検乙6,7,証人C)と弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(ア) 米国の雑誌“MACWORLD”の1986年(昭和61年)1月号には,同年1月16日から同月18日までサンフランシスコでマックワールドエキスポが開催される旨の記事が掲載されており,その記事の中で,マッキントッシュ製品の展示予定企業として,A2S社の社名が記載されている。
(イ) 1986年1月16日から同月18日までサンフランシスコでマックワールドエキスポが開催された。マックワールドエキスポは,マッキントッシュ製品を製造,販売する多くの企業が自社の製品を出展し,宣伝,広告する大規模な催しである。
(ウ) 米国の新聞“InfoWorld”の1986年1月27日号には,サンフランシスコで開催されたマックワールドエキスポで展示されたパブリッシング製品に関する記事が掲載されており,その中に,「また,ミシガンのA2S社の新製品FULLPAINTもある。100ドルのフルスクリーンのペインティング・プログラムである。」との記載がある。
(エ) A2S社は,1987年3月16日,米国特許商標庁に対し,商品「ユニットとして販売されるコンピュータ・プログラムと取扱マニュアル」について商標“FULLPAINT”の登録出願をし,同年10月27日,その旨の商標登録がされた。その商標登録証には,商標“FULLPAINT”の最初の使用日及び最初の商業的使用日がいずれも1986年1月15日であると記載されている。また,上記商標登録出願の添付書類には,商標“FULLPAINT”は1986年1月15日に最初に商品に使用され,かつ,最初に各州間の通商で商品の販売において使用された旨の記載がある。
(オ) FULLPAINTマニュアルは,1988年(昭和63年)11月4日付けで米国著作権庁に著作権登録された(登録番号TX-2-453-128)。その登録事項であるタイトルは「Fullpaint:マッキントッシュ512K及び以降の機種用プロフェッショナル・ペイント・プログラム」,作成日は1986年,発行日は1986年1月15日,著者は,ユーザーマニュアルの全テキストについてA2S社,とされている。
(カ) FULLPAINTマニュアルの34頁の次の頁には,「無償アップデートとユーザ登録」と題する頁があり,そこには,「お客様にお買い上げいただいたのは,FULLPAINTのプレリリースバージョンです。Ann Arbor Softworksにユーザ登録し,プログラムとマニュアルの無償アップデートを受け取るには,下のカードに記入して,弊社にお送りいただくだけで結構です。」との記載がある。
(キ) FULLPAINT(version1.0)のプレリリースバージョン(version0.9)の収録されたフロッピーディスクのラベルには,“FULLPAINTTM Version1.0c1985 Ann Arbor Softworks”と印刷されているが,そのラベルには“PRE-RELEASE”の赤字スタンプが押されている。また,上記フロッピーディスクのソフトウエア情報では,最終更新日が1986年1月15日午前10時55分となっている。
(ク) 米国カリフォルニア州所在のセマフォア・コーポレイション(Semaphore Corporation)のWEBサイトの“Welcome to (Semaphore) Signal!”と題するサイトからリンクされている掲示板“Semaphore Signal #26, March 1986, circulation 45,013”には,1986年3月ころ,Bという人物によるFULLPAINT(version1.0)のプレリリースバージョン(version0.9)を使用している旨の書込みがある。
(ケ) 米国の雑誌“MACWORLD”の 1986年4月号にはアイコン・レビュー(Icon Review)社のソフトウェア等の広告が掲載されており,その中に,A2S社製のFULLPAINTを69ドルで販売する旨の記載がある。
イ 以上の認定事実を総合すれば,A2S社は,1986年1月16日から同月18日までサンフランシスコで開催されたマックワールドエキスポにおいて,マッキントッシュ用のペインティング・プログラムであるFULLPAINT(version1.0)のプレリリースバージョン(version0.9)を展示,販売したこと,その際,FULLPAINTマニュアルがFULLPAINT(version0.9)を収録したフロッピーディスクと同梱されて販売されたこと,以上の事実を認めることができる。したがって,FULLPAINTマニュアルが最初に頒布されたのは,1986年1月16日,遅くとも同月18日であると認められる。
ウ これに対して,原告は,以下のとおり主張するので,原告の主張について検討する。
(ア) 原告は,商標“FULLPAINT”の商標登録(乙11)について,乙11にFIRST USEが1986年1月15日であると記載されているが,その具体的根拠は何ら示されておらず,出願時の申立内容がそのまま記録されているにすぎないので,商標登録の記載どおりであると認定することはできない旨主張する。
確かに,乙19によれば,商標登録(乙11)のFIRST USEが1986年1月15日とされたのは,商標登録の出願書類(乙19)にその旨記載されたことに基づくものと推認される。
しかし,上記出願書類の内容には特段不合理,不自然な点は認められず,しかも,前記ア(ケ)認定の事実によれば,FULLPAINT(version1.0)が1986年3月ころに販売されていたことは確実であるが,A2S社があえて商標“FULLPAINT”の最初の使用日を約2か月遡らせ,同年1月15日として商標出願をしなけらばならない動機は全く窺えない点に鑑みると,商標登録記載どおりの日に使用されたと認定するのが合理的である。
したがって,原告の主張は採用できない。
(イ) 原告は,FULLPAINT(version1.0)のプレリリースバージョン(version0.9)の外箱(甲6)について,@上記外箱上には“FULLPAINT is a registered trademark of Ann Arbor Softworks, Inc.”(FULLPAINTはAnn Arbor Softworks社の登録商標である)と表示されているが,FULLPAINTが商標登録されたのは,1987年10月27日であるから,上記の外箱は,同日以後に頒布された商品の外箱であると考えることが素直である,A上記外箱(甲6の2枚目の5,6行)には,“Now FULLPAINT is here, an amazing four-document, full-screen painting program for the 512k Mac and beyond”というように,FULLPAINTについて“for the 512k Mac and beyond”と記載されているから,上記外箱(甲6)は1986年1月16日に頒布されたことなどあり得ず,それよりも後になって作成されたものであると解するのが合理的である旨主張する。
確かに,FULLPAINTのプレリリースバージョンの外箱(甲6,検乙6)には,“FULLPAINT is a registered trademark of Ann Arbor Softworks, Inc.”(FULLPAINTはAnn Arbor Softworks社の登録商標である),“Now FULLPAINT is here, an amazing four-document, full-screen painting program for the 512k Mac and beyond”と記載されている。また,FULLPAINTが使用できるマッキントッシュ各機種の販売期間を見ると,1986年1月16日当時に販売されていたのは,Macintosh 512K(同年4月14日販売終了)とMac Plus(ただし,同機種は,同年1月16日,マックワールドエキスポで販売開始し,1990年10月15日販売終了)であり,その後,Macintosh 512Keが同年4月14日から1987年9月1日まで販売され,Macintosh SEが1987年3月2日から1989年8月1日まで販売された(乙17の2〜5)。
しかし,FULLPAINTのプレリリースバージョンの外箱(甲6,検乙6)の上箱の上面及び側面には,比較的大きな文字で目立つ態様で,“FULLPAINTTM The professional Paint Program for the 512K MacintoshTM”と記載され,外箱の下箱の下面に比較的大きな文字で目立つ態様で,“If you own a 512K MAC, you must own FULLPAINTTM”と記載されている。このように,上記外箱に目立つ態様でFULLPAINTのプレリリースバージョンがMacintosh 512Kのみを対象とすることが明記されていることからすれば,A2S社がFULLPAINTのプレリリースバージョンを販売することを決定した時点で想定した対象機種は,Macintosh 512Kであったと考えるのが自然である。そうすると,上記のマッキントッシュの販売期間に照らせば,上記外箱は,1986年1月16日よりも前に製造されたものといえるから,上記外箱の“FULLPAINT is a registered trademark of Ann Arbor Softworks, Inc.”(FULLPAINTはAnn Arbor Softworks社の登録商標である)との記載は,明白な誤記であると認められる。
したがって,原告の@,Aの主張は採用できない。
(ウ) 原告は,FULLPAINTマニュアルの著作権登録(乙12)について,@Publishedの日付が1986年1月15日と記載されているが,これを具体的に裏付ける根拠は何ら示されておらず,登録時の申立内容がそのまま表示されているというものにすぎない,A著作権登録された作品のタイトルは“Fullpaint:the professional paint program for the 512K Macintosh and beyond”であるが,FULLPAINTマニュアルの表示は“FULLPAINT:the professional paint program for the 512K Macintosh”であり,両者のタイトル表示は明らかに異なっているから,著作権登録されたFULLPAINTの操作マニュアルが,いずれのバージョンのものであるのかも不明である,と主張する。
確かに,著作権登録された作品のタイトルは“Fullpaint:the professional paint program for the 512K Macintosh and beyond”であるのに対し,FULLPAINTマニュアルの表示は“FULLPAINTTM:the Professional paint program for the 512K MacintoshTM”であり,両者のタイトル表示は異なっている(検乙6,乙12) しかし,前記のとおり,FULLPAINT(version1.0)が1986年3月ころに販売されていたことは明らかであるが,A2S社があえてFULLPAINTマニュアルの発行日を約2か月遡らせ,同年1月15日として著作権登録申請をしなけらばならない動機は全く窺えない。また,乙18(米国弁護士の意見書)には,米国の著作権登録の実務上,プログラム又はマニュアルがアップデートされた場合において,1つのバージョンのみを著作権登録するとき,最初のバージョンではないバージョンに基づいて登録することは珍しいことではなく,上記のとおり,FULLPAINTマニュアルについてタイトルが異なるのも,その一例であるとしており,本件全証拠によるも,同見解を否定するまでの事情は窺われない。
以上によれば,原告の上記主張は採用できない。
(エ) 原告は,FULLPAINT(version1.0)のプレリリースバージョン(version0.9)は,バージョン1.0で予定されていた機能のうちの4つの“special effects features”(特別効果機能)を欠いているが,これらの4つの代表的機能を欠いているにもかかわらず,操作マニュアル中にプレリリースバージョンである旨を表示した1頁を加えただけで,上記機能を欠いていることを一切明示せず,外箱(甲6)及び操作マニュアル(乙1)の説明中に上記機能を備えている旨表示したまま同ソフトを販売することは,まともなソフト事業者が行うとは考えられないことに鑑みれば,このような内容の操作マニュアル(乙1)が甲6の外箱に同梱された事実はなかったと推測すべきである旨主張する。
しかし,FULLPAINT(version1.0)のプレリリースバージョン(version0.9)の購入者は,A2S社からFULLPAINT(version1.0)のプログラム及びマニュアルについて無償アップデートを受けられること(乙1),マックワールドエキスポのブースにおいて,A2S社の担当者が来場者に対して,プレリリースバージョンは上記4つの代表的機能を欠いている旨を口頭で説明していたこと(証人Cの証言)等の事実に照らすならば,FULLPAINTマニュアルや外箱に上記4つの代表的機能を欠いている旨の記載がないという一事をもって,FULLPAINTマニュアルがマックワールドエキスポにおける頒布がされなかったと推測すべきであるとすることはできない。
したがって,原告の主張は採用できない。
(オ) その他,原告は乙号証の信用性ないし証明力について縷々主張するが,前記(1)ア認定の事実に照らし,FULLPAINTマニュアルの頒布開始日が1986年1月16日,遅くとも同月18日であるとの前記認定を左右するに足りるものはない。
エ 以上のとおりであるから,FULLPAINTマニュアルは,本件特許出願前に頒布された公知文献である。
(2) Macintosh Revealedの頒布開始時期 証拠(乙31,32)と弁論の全趣旨によれば,Macintosh Revealedは1985年に出版されたことが認められ,これに反する証拠はない。
したがって,Macintosh Revealedは,本件特許出願前に頒布された公知文献である。
(3) FULLPAINTマニュアルの記載内容 FULLPAINTマニュアルには,以下の記載がある(乙1)。
ア 10頁 「・複数の文書を開く Windowsメニューには,ウインドウ表示用に別のオプションが用意されています。最大4個の文書をデスクトップに同時に表示することができます。文書を保存して閉じて,別の文書を開くという面倒な手順を辿ることなく,複数の文書で作業することができます。」 上記記載部分の下に,4つのウインドウが,下から順に上方向に重ね合わされ,かつ,その4つのウインドウが,表示領域の左上位置から右下方向に向けて順次一定間隔でずらして配置され,個々のウインドウのタイトル・バーが識別できるように表示されている状態の画面が図示されている。この図の画面上部のメニューバー部分には,「Windows」,「Font」,「FontSize」,「Style」というメニューがある。
「・文書の配置を変更する Windowsメニューには,画面上で複数のウインドウの配置を調整する複数の方法が用意されています。メニューの最初の4つのコマンドは,現在開いている文書のリストです。メニューから文書タイトルのどれか1つを選択すると,その文書のウインドウがアクティブになります。現在アクティブでないウインドウをクリックしてアクティブにしようとするときにウインドウが全部隠れていて見えない場合に重宝する機能です。」 イ 11頁 「Clean Up(並べて表示)とStack Up(重ねて表示)コマンドは,複数の文書ウインドウの配置方法を変えるときに使います。Clean Up(並べて表示)は,開いているすべての文書を,サイズを小さくして同時に表示します。最後に開かれた,または作業したウインドウがアクティブなウインドウになります。
Stack Up(重ねて表示)を選択すると,開かれているすべてのウインドウが奥から手前に重ねて表示されます。アクティブなウインドウが一番手前に表示され,他の開いている文書のタイトル・バーがその上部位置に見えるように表示されます。ここでも,最後に開かれた,または作業したウインドウが一番手前のアクティブなウインドウになります。」 ウ 12頁 10頁の図と同一の画面が図示されている。
エ 21頁 メニューバー上の「Font」,「FontSize」,「Style」というメニューを選択し,各メニューから実行可能な複数のコマンドが表示されている様子(プルダウン表示)が図示されている。
(4) 本件発明とFULLPAINTマニュアルの記載内容との一致点及び相違点 ア 事実認定 (ア) FULLPAINTマニュアルには,「最大4個の文書をデスクトップに同時に表示することができ」,「文書を保存して閉じて,別の文書を開くという面倒な手順を辿ることなく,複数の文書で作業することができ」ることが記載されている。FULLPAINTは,マッキントッシュのOS上で動くソフトウエアであり,文書を作成し,これを開いてペインティングをするためのペイント・プログラムである。FULLPAINTマニュアルには,FULLPAINTを起動した状態での操作方法が説明されているのであるから,上記記載は,FULLPAINTを起動したマッキントッシュにおいて,複数の文書の表示制御ができることを意味するものと理解できる。また,FULLPAINTマニュアル10頁には,4つの文書を重ね合わせて表示した画面が記載されている。
したがって,FULLPAINTマニュアルには,FULLPAINTを起動したマッキントッシュが「複数のウインドウを重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段」を備えることが記載されていると認められる。
(イ) FULLPAINTマニュアルの10頁の図には,4つのウインドウが,下から順に上方向に重ね合わされ,かつ,その4つのウインドウが,表示領域の左上位置から右下方向に向けて順次一定間隔でずらして配置され,個々のウインドウのタイトル・バーが識別できるように表示されている状態の画面が図示されており,その画面上部のメニューバー部分には,「Windows」,「Font」,「FontSize」,「Style」というメニューがある。
また,21頁の図には,メニューバー上の「Font」,「FontSize」,「Style」というメニューを選択し,各メニューから実行可能な複数のコマンドが表示されている様子(プルダウン表示)が図示されている。さらに,本件特許出願(昭和61年2月15日)当時,マッキントッシュにおいては,メニューを表示する際にウインドウの表示状態が保たれたまま複数のコマンドからなるメニューが表示されることは,公知の事項であったと認められる(乙4,乙5,弁論の全趣旨)。
したがって,FULLPAINTマニュアルには,FULLPAINT(version0.9)を起動したマッキントッシュが「メニュー表示の指示があった際に,各ウインドウの表示状態を保ったまま複数のメニューを表示すべく制御するメニュー表示制御手段」を備えることが記載されていると認められる。
(ウ) FULLPAINTマニュアルには,「文書の配置を変更する」の項に「 Windowsメニューには,画面上で複数のウインドウの配置を調整する複数の方法が用意されています。(中略) Clean Up(並べて表示)とStack Up(重ねて表示)コマンドは,複数の文書ウインドウの配置方法を変えるときに使います。(中略) Stack Up(重ねて表示)を選択すると,開かれているすべてのウインドウが奥から手前に重ねて表示されます。アクティブなウインドウが一番手前に表示され,他の開いている文書のタイトル・バーがその上部位置に見えるように表示されます。ここでも,最後に開かれた,または作業したウインドウが一番手前のアクティブなウインドウになります。」と記載され,これに続けて,4つのウインドウが,下から順に上方向に重ね合わされ,かつ,その4つのウインドウが,表示領域の左上位置から右下方向に向けて順次一定間隔でずらして配置され,個々のウインドウのタイトル・バーが識別できるように表示されている状態の画面が図示されている。この画面は,WindowsメニューのStack Upコマンドを実行したときのウインドウの表示状態を示すものであるから,「WindowsメニューのStack Upコマンド」は,本件発明の「複数のメニューの中のウインドウ整理表示のメニュー」に相当する。
したがって,FULLPAINTマニュアルには,FULLPAINTを起動したマッキントッシュが「複数のメニューの中でウインドウ整理表示のメニューを選択するメニュー選択手段」と「ウインドウ整理表示のメニューの選択により,複数のウインドウを下から順に上方向に重なり合わせ,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段」を備えることが記載されているものと認められる。
(エ) 本件特許出願日より前から,マッキントッシュのパソコンは,ディスプレイ上に複数のウインドウを同時に表示する機能を有するパソコンであって(乙4),FULLPAINT(version0.9)を起動したマッキントッシュにおいても,4つのウインドウを同時に表示することができた(乙1)のであるから,FULLPAINT(version0.9)を起動したマッキントッシュは,本件発明の「マルチウインドウ表示制御装置」に相当する。
イ 一致点 FULLPAINTマニュアルは,本件発明における 「複数のウインドウを重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段と,」 「メニュー表示の指示があった際に,各ウインドウの表示状態を保ったまま複数のメニューを表示すべく制御するメニュー表示制御手段と,」 「上記複数のメニューの中でウインドウ整理表示のメニューを選択するメニュー選択手段と,」 「上記ウインドウ整理表示のメニューの選択により,上記各ウインドウを下から順に上方向に重なり合わせ,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段と」 「を具備したマルチウインドウ表示制御装置」 が記載されており,この点において両者は一致する。
ウ 相違点 (ア) 本件発明においては,「表示優先順位が決められた複数のウインドウをその表示優先順位に従って重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段」(構成要件@)との構成を有するのに対し,FULLPAINTマニュアルにおいては,「複数のウインドウを重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段」が開示されているものの,「表示優先順位が決められた」複数のウインドウを「その表示優先順位に従って」重ね合わせることまでは開示されていない。
(イ) 本件発明においては,「上記ウインドウ整理表示のメニュー選択により,上記各ウインドウをその表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重ね合わさり,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段」(構成要件C)との構成を有するのに対し,FULLPAINTマニュアルにおいては,「上記ウインドウ整理表示のメニューの選択により,上記各ウインドウを下から順に上方向に重なり合わせ,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段」が開示されているものの,各ウインドウを下から順に上方向に重なり合わせるときの各ウインドウの「表示優先順位」については開示されていない。
(5) 容易想到性の有無 ア 相違点(ア)について (ア) Macintosh Revealedの記載 Macintosh Revealedには,以下の記載がある(乙3,4) a ウインドウに関する原則 「ウインドウを画面上にいくつ表示するかは自由で,どんな順序でオーバーラップ(重ね合わせる)しても構いません。(中略)画面上のウインドウが手前にあるとか後ろにあるとかという,ウインドウの位置は「プレイン(plane)」と呼ばれ,各ウインドウには画面上でそれぞれのプレイン(面)があります。画面上で二つのウインドウが重なり合うと,前部にあるウインドウが後部のウインドウに被さって表示されます。」(乙3の65頁及び67頁,乙4の72頁) 「ある一定の時間内において最も手前にあるウインドウを「アクティブ・ウインドウ」と呼び,皆さんがメニューで選んだものやキーボードから入力したものはすべて,「アクティブ・ウインドウ」に働きかけます。」(乙3の67頁,乙4の74頁) b ウインドウ・レコード 「ある一定期間内に存在するウインドウはすべて(見えるものでも見えないものでも),画面上での「プレイン」に応じて,前にあるものから後ろにあるものという順序で,一つの「ウインドウ・リスト」内でつながれていきます。
リストの先頭はWindowListというシステム・グローバルにキープされ,これは常に画面上最も手前にあるウインドウを指します。各ウインドウのフィールドnextWindowは,そのすぐ後ろにあるウインドウを指しています。リストの一番最後のウインドウは,NILのnextWindowを持ちます。」(乙3の79頁,乙4の87頁) 「すべてのウインドウはウインドウ・リスト内にキープされ,画面に表示されるに従って手前から後ろへという順序でフィールドnextWindowを通じてリンクされる。」(乙3の109頁,乙4の120頁) (イ) Macintosh Revealedには,画面上に複数のウインドウを表示した場合,各ウインドウは,画面上で手前にあるか後ろにあるかという位置を意味する「プレイン」を持ち,画面上での「プレイン」に応じて,前にあるものから後ろにあるものという順序で,一つの「ウインドウ・リスト」内でつながれて管理されていることが開示されている。これによれば,マッキントッシュにおいては,本件特許出願当時,画面上に複数のウインドウの重ね合わせ表示を行った際の,重ね合わせの順序,すなわち本件発明における「表示優先順位」の管理が標準の機能として実施されていたことが認められる。
そうすると,FULLPAINTマニュアルを基礎として,Macintosh Revealedに記載されている技術を組み合わせることによって,当業者であれば,「複数のウインドウを重ね合わせて表示すべく制御するウインドウ表示制御手段」において,「表示優先順位が決められた」複数のウインドウを「その表示優先順位に従って」重ね合わせることを容易に想到し得たものということができる。
イ 相違点(イ)について (ア) 前記アで述べたように,マッキントッシュにおいては,本件特許出願当時,画面上に複数のウインドウの重ね合わせ表示を行った際に,各ウインドウの「表示優先順位」を管理することは標準の機能として実施されていたことが認められる。
そうすると,FULLPAINTマニュアルを基礎として,Macintosh Revealedに記載されている技術を組み合わせることによって,当業者であれば,「上記ウインドウ整理表示のメニューの選択により,上記各ウインドウを下から順に上方向に重なり合わせ,且つその個々のウインドウを,表示領域上の左上位置から右下方向にそって順次一定間隔でずらして配置することで上記個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように表示制御する整理表示制御手段」において,各ウインドウを「その表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重なり合わせる」ことは,容易に想到し得たものということができる。
(イ) これに対して,原告は,構成要件Cにおける複数のウインドウの整理表示制御は,「各ウインドウの表示優先順位を保った状態で」重ね合わせて整理して表示すべく制御することを特徴とするのであるから,これをFULLPAINTマニュアルから想到することはできない旨主張する。
しかし,構成要件Cにおける複数のウインドウの整理表示制御が「各ウインドウの表示優先順位を保った状態で」重ね合わせて整理して表示すべく制御することを要件として含むとしても,この点は,FULLPAINTマニュアルを基礎として,Macintosh Revealedに記載されている上記技術を組み合わせることによって,当業者であれば,容易に想到し得たものということができるから,原告の主張は採用できない。
(6) 小括 したがって,FULLPAINTマニュアルに記載されたマルチウインドウ表示制御装置において,「ウインドウ表示制御」に際して「表示優先順位が決められた」複数のウインドウを「その表示優先順位に従って」重ね合わせること及び「整理表示制御」に際して各ウインドウを「その表示優先順位が下位のウインドウから順に上方向に重なり合わせる」ことは,いずれも当業者が容易に想到することができる。
本件発明は,FULLPAINTマニュアル及びMacintosh Revealedに基づいて当業者が容易に発明することができたものといえるので,特許法29条2項の規定に該当することは明らかである。
そうすると,本件特許は無効理由が存在することが明らかであるから,本件特許権に基づく原告の本訴請求は,権利の濫用に当たり許されない。
2 結論 以上のとおり,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 榎戸道也
裁判官 佐野信