運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2000-9903
関連ワード 製造方法 /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  上位概念 /  下位概念 /  技術常識 /  パリ条約 /  優先権 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  国際出願 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 14年 (行ケ) 373号 審決取消請求事件
原告 インターナショナルコーティングス リミテッ ド
訴訟代理人弁理士 浅村皓
同 浅村肇
同 小池恒明
同 岩井秀生
同 安藤克則
同 赤澤太朗
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 石井 あき子
同 谷口浩行
同 大橋良三
同 森田 ひとみ
同 涌井幸一
同 一色 由美子
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/05/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2000-9903号事件について平成14年3月11日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文1,2項と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「粉末被覆組成物」とする発明につき,平成4年12月1日に,特許法184条の5第1項の規定による書面を提出し(平成3年特許願第510089号,国際出願番号PCT/GB91/00868。国際出願日1991年5月31日,パリ条約による優先権主張1990年6月1日,イギリス。),平成10年4月7日付けの手続補正書により「明細書及び請求の範囲」を,平成12年2月3日付けの手続補正書により「請求の範囲」をそれぞれ補正したものの,平成12年3月24日拒絶査定を受け,同年7月3日,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,この請求を不服2000-9903号として審理した。原告は,この審理の過程で,平成12年8月2日付けの手続補正書により「特許請求の範囲」の補正をした(以下,この補正後の明細書及び図面をまとめて「本願明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成14年3月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年3月22日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(判決注・判断の便宜上,AないしDの符号を付した。) 「【請求項1】A 着色粉末被覆組成物において,該粉末粒子は個々の粒状成分を溶融又は結合し複合体粒子とした凝集物であって,該複合体粒子は該組成物の基体への適用に関する機械的及び/又は静電気力下で分離せず,且つ該個々の粒状成分は,主たるフィルム形成性成分と,フィルム形成性成分及び非フィルム形成性成分から選択された一種類以上の他の成分とからなり,然も, B - 凝集物が金属又は光沢成分,及び流動化可能なフィルム形成性成分を含む場合には,それは,更なる粒状成分として,少なくとも90体積%が50μmより小さい非相容性フィルム形成性成分,又は非フィルム形成性の性能成分,又はそのような成分の二種類以上をも含み,また C - 凝集物が二種類以上の異なった色の相容性フィルム形成性成分及び任意に非着色相容性フィルム形成性成分を含み,これらのフィルム形成性成分の各各の粒径が,粉末被覆を基体に適用して加熱し,連続的な被覆を形成した時,得られる被覆が均一な色となる位充分小さい場合には,それは,更なる粒状成分として,非相容性フィルム形成性成分,又は非フィルム形成性成分,又は二種類以上のそのような成分をも含んでいる, D 上記組成物。」 (以下「本願発明」といい,AないしDを付した構成を「構成A」ないし「構成D」という。) (【請求項2】ないし【請求項23】は省略。) 3 審決の理由 審決は,別紙審決書の写しのとおり,本願発明は,公開日を平成元年(1989年)8月24日とする特許出願に係る特開平1-210472号公報(甲第6号証。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,と認定判断した。
審決が,上記認定判断において,本願発明と引用発明との一致点・相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「着色粉末被覆組成物において,該粉末粒子は個々の粒状成分を溶融又は結合し複合体粒子とした凝集物であって,且つ該個々の粒状成分は,主たるフィルム形成性成分と,非フィルム形成性成分からなる組成物」 相違点 「複合体粒子について,前者(判決注・本願発明)が,「組成物の基体への適用に関する機械的及び/又は静電気力下で分離しない」としているのに対して,後者(判決注・引用発明)ではこのような特定がなされていない点」
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本願発明の認定を誤ったため,本願発明と引用発明との相違点を看過し,この相違点についての判断を遺脱し(取消事由1),本願発明及び引用発明の認定を誤ったため,本願発明と引用発明との一致点・相違点の認定を誤り,その結果,相違点を看過し,この相違点についての判断を遺脱し(取消事由2,3),また,相違点についての判断を誤った(取消事由4)ものであり,これらの誤りは,それぞれ結論に影響することが明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願発明の認定の誤りによる相違点の看過) 審決は,「引用発明は,凝集物が金属又は光沢成分を含んでおらず,また,二種類以上の異なった色の相容性フィルム形成性成分を含んでもいない」(審決書3頁4行〜6行)と認定して,これを根拠に,本願発明の構成から,構成B又は構成Cにより特定した2種類の凝集物の場合を除外して本願発明を認定した上,これと引用発明との一致点を認定した。審決は,本願発明から,構成B又は構成Cにより特定した2種類の凝集物の場合を除外した点において本願発明の認定を誤り,その結果,引用発明との相違点を看過し,その判断を遺脱したものである。
本願発明における構成B及び構成Cは,本願発明の従属項として規定されているものではなく,独立項として,本願発明における上位概念である「凝集物」を更に限定したものである。したがって,審決が,本願発明の上位概念である「凝集物」が引用発明の複合粉体材料と一致する以上,それを更に限定した構成B又は構成Cからなる下位概念の凝集物については判断するまでもない,としたのは誤りである。すなわち,本願発明の下位概念である「凝集物」について,そこに特許性を肯首し得るのであれば,仮に万が一,上位概念である本願発明の「凝集物」が引用発明から容易に成し得る発明であるとしても,発明保護の見地より,下位概念である発明について,その判断が示されて然るべきだからである。
2 取消事由2(「着色粉末被覆組成物」についての一致点・相違点の認定の誤り) 審決は,刊行物1の記載から,「引用例1の複合粉体材料は,粉末被覆組成物として使用されることも明らかである」(審決書2頁29行〜30行),及び,「セメント粒子は有色であるから,該粉末被覆組成物が,着色粉末被覆組成物であること,・・・もまた明らかである」(審決書2頁32行〜34行)と認定し,その結果,本願発明と引用発明とは,「着色粉末被覆組成物」(審決書3頁6行目)である点で一致すると認定した。しかし,審決のこの認定は,誤りである。
(1) 本願発明は,構成Aにおいて「着色粉末被覆組成物において」と規定されていることから分かるとおり,着色粉体塗料の技術分野に属する発明である。粉体塗料とは,塗料中に揮発性成分をほとんど含まない塗料をいい,自動車,家電製品などの金属材料の塗装に広く使用されている(甲第7号証)。これに対し,引用発明は,「粉体塗料」に関するものでも,「溶剤含有タイプの塗料」に関するものでもなく,そもそも,「塗料」の技術分野に属する発明ではない。すなわち,引用発明の「複合粉体材料」は,「セメント粒子」と「樹脂粒子」とから成るものであって,その一方の成分である「セメント粒子」は本願発明の属する「粉体塗料」の成分としても,一般の「塗料」の成分としても,使用されるものではない。
引用発明は,一方の核となる「粒子」を他方の粒子で被覆する技術であるのに対し,本願発明は,その特許請求の範囲の請求項1に規定されているとおり,金属材料等の基体を被覆する粉体塗料に関する技術であるから,両者は,その被覆の対象を異にするものである。
(2) 引用発明は,本願発明の「着色粉末被覆組成物」には当たらない。
(ア) 本願発明の「着色粉末被覆組成物」は,透明塗料に対するものであり,ここにいう「着色」は,「着色剤」すなわち「顔料及び(又は)染料」によるものを意味し,かつ,それに限定される。
(イ) 引用発明における「セメント粒子」は,コンクリートの原材料であって,それが有色であるとしても,本願発明でいう「着色剤」すなわち「顔料及び(又は)染料」により着色されたものではない。
引用発明の「セメント粒子」は,仮に,一般的意味においては「顔料」に相当するとしても,「塗料」の技術分野における「顔料」には当たらない。このことは,「化学便覧 応用編」日本化学会編,丸善株式会社昭和41年4月30日第2版発行(甲第10号証,以下「甲10文献」という。)の874頁「表13.3塗料の原料」から明らかである。
したがって,引用発明は,いずれにせよ,「着色粉末被覆組成物」には当たらない。
(ウ) 引用発明は,セメントとポリマー樹脂とから成る塗装材料の取扱い性を改善するために,従来,液状材料であったものを粉体材料とし,さらに,粉体材料におけるセメントとポリマー樹脂との混合状態を安定化させ,セメント及びポリマー樹脂それぞれの材料管理や,作業現場で両者を混合する作業を解消するために,両者を強固に一体化して「セメント-樹脂複合粉体材料」としたものである。これに対し,本願発明は,@粉末被覆の光沢減少の防止,A粗面状・ハンマー仕上げについての課題,B多層被覆についての課題,C粉末のブロッキング(塊化)の減少の課題の解決を目的としたものである。このように,両発明は,そもそも,その技術的課題を異にするものである。
3 取消事由3(「個々の粒状成分」についての一致点・相違点の認定の誤り) 審決は,引用発明について,「その際,複合粉体材料を構成する樹脂粒子が,フイルム形成成分となることは明らかであり,・・・セメント粒子が,非フイルム形成成分であることもまた明らかである。」(審決書2頁30行〜34行)と認定した上で,本願発明と引用発明とは「「・・・該個々の粒状成分は,主たるフイルム形成性成分と,非フイルム形成性成分からなる組成物」である点で一致し」(同3頁8行〜9行)と認定した。しかし,審決のこの認定は誤りである。
(1) 引用発明には,そもそも,本願発明の「フイルム」に相当するものがない。なぜならば,「フイルム」とは,一般的に「薄膜」を意味するものであるのに,引用発明における樹脂粒子は,「フイルム」すなわち「薄膜」を形成する成分ではないからである。
(2) 仮に,引用発明に「フイルム」に相当するものがあり得るとしても,審決が,引用発明の「樹脂粒子」が本願発明の「フイルム形成性成分」に相当し,両者は,「主たるフイルム形成性成分」において一致する,としたのは誤りである。
(ア) 本願発明における「主たるフイルム形成性成分」は,本願明細書によれば,「一種類以上のフイルム形成系(重合体結合剤系)を含み,通常少なくとも一種類の着色剤も含む。」(甲第3号証6頁左下欄末行〜右上欄2行)ものをいう。
しかし,引用発明の「樹脂粒子」が「少なくとも一種類の着色剤」を含むことについては,引用例1に全く開示されていない。引用発明の「樹脂粒子」を本願発明の「主たるフイルム形成性成分」に相当するということはできない。
なお,本願明細書における上記の「通常少なくとも1種類の着色剤を含む」における「通常」の記載は,請求項1に「着色」との構成を限定付加する補正をした際に,それとともに削除されるべき記載が誤ってそのまま残されたことによる。特許請求の範囲の記載と相入れない内容の詳細な説明の記載が存するときは,前者を優先してこれと両立させるように後者を解釈すべきである。
(イ) 仮に,引用発明の「樹脂粒子」が,物自体としては,本願発明の「主たるフイルム形成性成分」に相当し得るとしても,本願発明で規定する「主たるフイルム形成性成分」は,「一種類以上のフイルム形成系(重合体結合剤等)を含み,通常少なくとも一種類の着色剤も含む。フイルム形成系自身は固体フイルム形成性樹脂及びそのために必要な硬化剤からなる。」(甲第3号証6頁左下欄末行〜右上欄3行)ものである。
しかし,刊行物1には,引用発明の「樹脂粒子」が「そのために必要な硬化剤」を含むことについては全く記載されていない。このことは,引用発明がもともと「フイルム形成」を目的とするものではないことに由来しているものである。
(ウ) 本願明細書における「フイルム形成性樹脂/重合体とは,結合剤として働くもの,即ち顔料を濡らし,顔料粒子間に凝集力を与えることができ,基体を濡らすか又は基体に結合し,基体に適用した後の硬化/後硬化で流動して均一なフイルムを形成するものを意味する」(甲第3号証6頁右下欄3行〜8行)との記載によれば,本願発明における「主たるフィルム形成性成分」は,「顔料粒子間に凝集力を与え」,「基体を濡らすか又は基体に結合」し,「基体に適用した後の硬化/後硬化で流動して均一なフイルムを形成」するものである。しかし,刊行物1には,引用発明における「樹脂粒子」がこのようなものであることについての開示はない。審決が引用発明の「樹脂粒子」が本願発明の「フイルム形成性成分」に相当する,と認定したことは誤りである。
(3) 審決が,引用発明の「セメント粒子」が本願発明の「非フイルム形成性成分」に相当する,と認定したこと(審決書2頁19行〜20行)も誤りである。
(ア) 本願発明における「非フイルム形成性成分」は,「性能に影響を与えるもの,・・・及び(又は)美的硬化(判決注・「美的効果」の誤記と認める。)を有するもの」(甲第2号証11頁下から3行〜末行)をいう。しかし,引用発明における複合粉体材料における「セメント粒子」は,そのいずれのものとも言い難く,引用発明の「セメント粒子」を本願発明の「非フイルム形成性成分」に相当すると認定することはできない。
(イ) 引用発明のうち,「セメント粒子が・・・樹脂粒子で被覆」される態様のものにおいては,「セメント粒子」は,本願発明の「主たるフイルム形成性成分」に相当するとみるべきである。すなわち,引用発明においては,粒径の大きい核となる方の粒子を主成分としてその主従を決定すべきである。そして,そうだとすれば,引用発明における「セメント粒子」を常に「非フイルム形成性成分」であると断じることはできないというべきである。
4 取消事由4(相違点についての判断の誤り) 審決は,本願発明と引用発明とは,「複合体粒子について,前者が,「組成物の基体への適用に関する機械的及び/又は静電気力下で分離しない」としているのに対して,後者ではこのような特定がなされていない点で相違している」(審決書3頁9行〜12行)と認定した上で,この相違点につき,「引用発明における複合体粒子を構成する個々の粒状成分は,強固に結合しているといえる。そして,この複合体粒子を基体へ適用する工程で分離しなければならない理由は何もないのであるから,該複合体粒子を,基体への適用に関する機械的及び/又は静電気力下で分離しないものとすることは,ごく当たり前のことであり,当業者にとって格別の創意工夫を要するものとはいえない。」(同3頁23行〜29行)と判断した。しかし,この判断は,誤りである。
本願発明の上記構成と,これに対応する引用発明の上記構成(個々の粒状成分の強固な結合)との技術的意義は,全く異なるものである。すなわち,引用発明の被覆技術における上記構成の技術的意義は,刊行物1の〔発明の効果〕(甲第6号証6頁右欄)として要約されているとおり,(@)「乾式の粒子状であることから取り扱い性が良く,塗装材料等として有効に用いることができ」ること及び(A)「現場での混合,あるいは予め混合した場合の混合比の変化等の問題を解消」できることの2点にある。これに対し,本願発明の粉体塗料技術における上記構成の技術的意義は,「本発明は,溶融又は結合した凝集物の形成が,色の混合のみならず,単一層及び多層系の両方に対して種々の添加物を粉末被覆組成物に導入するのに適切な方法を与えると言うことを実現したことに基づいている。」(甲第3号証5頁左下欄8行〜11行)との知見に基づいている。
本願明細書には,本願発明の利点に関して,「(A)第二に,それは取り扱い工程中,例えば移送及び適用中,及び過剰噴霧粒子の回収中,固体状態で凝離し易い既知の材料についての組成を効果的に永久的に混合させるものである。」(甲第3号証5頁左下欄15行〜18行)との記載がある。しかし,これは,本願明細書における,これに続く記載である「従って,特に,それは慣用的なそのような被覆の上記欠点を持たない光沢減少された粗面化被覆を製造することができるようにする」(甲第3号証5頁左下欄19行〜21行)との記載から明らかなように,引用発明の上記(@)及び(A)の効果とは全く異なるものである。
したがって,審決が,上記のとおり,「この複合体粒子を基体へ適用する工程で分離しなければならない理由は何もない」ことだけを理由に「当業者にとって格別の創意工夫を要するものとはいえない。」と判断したのは,全く的外れの理由としかいいようがなく,誤りである。
被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(本願発明の認定の誤りによる相違点の看過)について 本願発明は,構成A及び構成Dから成る組成物であって,構成Bの「凝集物が金属又は光沢成分,及び流動化可能なフィルム形成性成分を含む場合」並びに構成Cの「凝集物が二種類以上の異なった色の相容性フィルム形成性成分及び任意に非着色相容性フィルム形成性成分を含み・・・の場合」のいずれにも該当しないもの,を包含する。審決は,「引用例1に記載された凝集物は,金属又は光沢成分を含むことは示されていないし,二種類以上の異なった色の相容性フィルム形成性成分を含むことも示されていない。」(審決書2頁34行〜36行)と認定して,引用発明の凝集物は,本願発明の構成B及び構成Cの上記いずれの場合にも該当しないことを示し,その上で,構成A及び構成Dから成る本願発明と引用発明との一致点及び相違点を示したものである。審決の上記認定に誤りはない。
2 取消事由2(「着色粉末被覆組成物」についての一致点・相違点の認定の誤り)について (1) 原告は,引用発明が塗料の技術分野に属する発明ではない,と主張する。
しかし,刊行物1には,「複合粉体材料」を塗装材料として使用すること,及び,塗料の技術分野に属する発明が記載されている。引用発明が,塗料の技術分野に属する発明であることは明らかである。原告の主張は失当である。
(2) 原告は,本願発明で規定する「着色粉末被覆組成物」は,「着色剤」すなわち「顔料及び(又は)染料」を含むものに限定される(以下「第1の主張」という。),引用発明における「セメント粒子」は,コンクリートの原材料であって,本願発明でいう「着色剤」ではないから,引用発明は,「着色粉末被覆組成物」には当たらない(以下「第2の主張」という。),と主張する。
(ア) 第1の主張について 本願明細書の請求項1には,「着色粉末被覆組成物」が着色剤を含むことは記載されていない。原告の第1の主張は,請求項1の記載を離れた主張であり,失当である。
本願明細書の他の部分をみても,「本発明の凝集物は,一種類以上のフイルム形成系(重合体結合剤系)を含み,通常少なくとも一種類の着色剤も含む」(甲第3号証6頁左下欄末行〜右下欄2行)と記載されているだけであって,本願発明の「着色粉末被覆組成物」が着色剤を含むものに限定されることを示す記載はない。それどころか,本願明細書には,上記のとおり,「通常少なくとも一種類の着色剤も含む」と記載されているのであるから,本願発明の凝集物に着色剤が含まれるとは限らないことが明らかである。
本願発明は,「着色粉末被覆組成物」に係るものであるから,組成物中に着色する要素が存在することは当然である。しかし,その着色する要素は,原告が主張する意味での「着色剤」に限られるわけではない。
(イ) 第2の主張について 原告の第2の主張は,第1の主張を前提とするものである。原告の第1の主張は,上記のとおり理由がないから,第2の主張も理由がない。
引用発明における「セメント粒子」は,着色という観点からみれば「顔料」に相当するものである。セメントが,通常,灰色あるいは白色であることは,周知事項であり,これが組成物中で着色する要素となることは明らかである。天然に存在する有色の無機物を砕けば「顔料」となるのであるから,「セメント粒子」も,「顔料」ということができる。
引用発明の「塗装材料用の複合粉体材料」(すなわち粉末被覆組成物)は,「セメント粒子」の存在により,有色となるのである。
(3) 原告は,引用発明は,本願発明と技術的課題が異なる,と主張する。しかし,二つの発明の構成の一致点の認定は,その構成の比較によってなされるものであり,それぞれの技術的課題によって変わるものではない。原告の主張は失当である。
本願発明は,移送中の凝集物の組成を効果的に永久的に混合させるとの課題を有する。引用発明も,同様の課題を解決するものである。このように,実際には,引用発明は,本願発明と技術的課題においても一致している。
3 取消事由3(「個々の粒状成分」についての一致点・相違点の認定の誤り)について (1) 「主たるフイルム形成性成分」について (ア) 原告は,「主たるフイルム形成性成分」とは,「フイルム形成性樹脂/重合体」,「着色剤・・・「顔料及び(又は)染料」及び「硬化剤」」(甲第3号証6頁右下欄3行〜9行)から成るものを指称する,と主張している。
しかし,本願明細書の請求項1には「主たるフイルム形成性成分」と記載されているだけで,ここに着色剤と硬化剤が配合されることは記載されていない。原告の上記主張は,請求項1の記載を離れた主張であり,失当である。
本願明細書のその他の記載をみても,「主たるフイルム形成性成分」について原告が主張するような定義付けは存在しない。
(イ) 刊行物1には,複合粉体材料からなる塗装材料が明記されている。塗装材料である以上,その中に本願発明でいうフイルム形成性成分が存在することは当然である。塗料において樹脂がフイルム形成性成分であることは技術常識である。
引用発明における樹脂粒子がフイルム形成性成分であることは自明である。
(2) 「非フイルム形成性成分」について (ア) 引用発明のセメント粒子がフイルムを形成しないことは自明である。この点は,原告も認めている。引用発明のセメント粒子は,このようにフイルムを形成しないのであるから,本願発明の「非フイルム形成性成分」に相当することは当然である。
(イ) 原告は,「非フイルム形成性成分」は,「性能に影響を与えるもの,・・・美的効果を有するもの」をいう,と主張する。しかし,本願明細書の請求項1には,このような特定はない。原告のこの主張は,請求項1の記載を離れた主張である。本願明細書の他の部分にも,原告が主張するような定義付けは存在しない。本願明細書における「性能に影響を与えるもの,・・・美的効果を有するもの」との記載は,「非フイルム形成性成分」の例示にすぎない。
(ウ) 引用発明のセメント粒子が「顔料」であることは,前記のとおりである。 したがって,セメント粒子を「非フイルム形成性成分」とした審決の判断に誤りはない。
4 取消事由4(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,相違点についての審決の判断が誤りである理由として,相違点に係る本願発明の構成と対応する引用発明の構成の技術的意義の相違を主張する。しかし,審決は,本願発明の相違点に係る構成は,刊行物1の記載からみて,当業者が当然に採用できるものであると判断したのであって,相違点に係る構成の技術的意義を理由に判断したものではない。原告が指摘する技術的意義は,審決で示した判断と何の関係もない。
(2) 審決は,引用発明には相違点に係る構成が存在しないからこそ,すなわち,刊行物1には相違点に係る構成が記載されていないからこそ,これを相違点と認定したのである。刊行物1にその技術的意義が記載されているはずがない。原告の主張は,この点においても,その論理が破綻している。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明の認定の誤りによる相違点の看過)について 本願発明の特許請求の範囲の請求項1の記載は,前記第2の2のとおりである。
本願発明は,その請求項1の記載から明らかなとおり,構成A及び構成Dに規定された「凝集物」から成るものであり,その構成Bは「凝集物が金属又は光沢成分 ,及び流動化可能なフィルム形成性成分を 含む場合 」,構成Cは「凝集物が二種類以上 の異なった 色の相容性 フィルム 形成性成分 及び任意に非着色相容性フィルム形成性成分を 含み,これらのフィルム形成性成分の各各の粒径が,粉末被覆を基体に適用して加熱し,連続的な被覆を形成した時,得られる被覆が均一な色となる位充分小さい場合」(下線付加)についてのみ,その構成を追加的に規定しているものである。したがって,本願発明は,構成B及び構成Cに規定されていない凝集物で,構成A及び構成Dに規定された「凝集物」をその発明として包含するものであることが,明らかである。審決が「引用例1に記載された凝集物は,金属又は光沢成分を含むことは示されていないし,二種類以上の異なった色の相容性フィルム形成性成分を含むことも示されていない。」(審決書2頁34行〜36行)として,引用発明が構成B及び構成Cに規定されている凝集物に当たらないことを認定した上で,本願発明における「凝集物」として,構成A及び構成Dから成るものを採り上げ,これと引用発明とを対比し,一致点を認定したことに,何の誤りもない。
原告は,本願発明の下位概念である構成B又は構成Cから成る「凝集物」について,そこに特許性を肯首し得るのであれば,仮に,万が一,上位概念である本願発明の「凝集物」が引用発明から容易に成し得る発明であるとしても,発明保護の見地より,下位概念である発明について,その判断が示されて然るべきである,と主張する。しかし,本願発明の構成A及び構成Dの凝集物に該当し,かつ,構成Bの凝集物にも,構成Cの凝集物にも該当しない発明が,本願発明に包含されるものであることは明らかであるから,この発明が引用発明等に基づいて容易に発明をすることができるものであれば,本願発明全体を拒絶すべきものである。原告の主張は採用することができない。
2 取消事由2(「着色粉末被覆組成物」についての一致点・相違点の認定の誤り)について (1) 原告は,本願発明は,構成Aにおいて「着色粉末被覆組成物において」と規定されていることから分かるとおり,着色粉体塗料の技術分野に属する発明である,これに対し,引用発明は,「粉体塗料」に関するものでも,「溶剤含有タイプの塗料」に関するものでもなく,そもそも,「塗料」の技術分野に属する発明ではない,引用発明の「複合粉体材料」は,「セメント粒子」と「樹脂粒子」とから成るものであって,その一方の成分である「セメント粒子」は本願発明の属する「粉体塗料」の成分としても,一般の「塗料」の成分としても,使用されるものではない,と主張する。
しかし,刊行物1には,「複合粉体材料」の用途並びに樹脂粒子及びセメント粒子に関し,次の記載がある。
(ア) 「(1)セメント粒子の表面が,該セメント粒子よりも小さい粒径の樹脂粒子で被覆されてなることを特徴とする複合粉体材料。
(2)樹脂粒子が,該樹脂粒子よりも小さい粒径のセメント粒子で被覆されてなることを特徴とする複合粉体材料。」(甲第6号証1頁左下欄「特許請求の範囲」) (イ) 「本発明は複合粉体材料・・・に係り,特に,静電粉体塗装法,流動粉体塗装法等の塗装材料等として有用な複合粉体材料・・・に関する。」(同1頁右下欄9行〜13行) (ウ) 「本発明において,用いるセメント材料としては,特に制限はなく,通常のポルトランドセメント,あるいはその他の各種セメント材料を用いることができる。」(同2頁左下欄20行〜右下欄3行) (エ) 「樹脂材料としては,本発明の複合粉体材料の塗装材料としての用途を考慮した場合には,通常,ポリエチレンビニルアルコール(EVOH)を用いることができる。」(同2頁右下欄4行〜7行) 刊行物1には,上記(イ)のとおり,引用発明の「複合粉体材料」が,塗装材料として有用であること,特に,静電粉体塗装法,流動粉体塗装法等のための塗装材料として有用であることが明示されている。「静電粉体塗装法」及び「流動粉体塗装法」が,粉状の塗料を基体に適用し,基体上の塗料粉末を加熱等することにより塗膜を形成する粉体塗装法の一方法であることは,本出願の優先権主張日前に周知となっていた事項であり,例えば,本願明細書に「粉末は基体に種々の方法,例えば,流動床を用いて,或いは最も一般的には静電噴霧銃を用いて適用することができ」(甲第3号証右上欄14行〜16行)と記載されているとおりである。
引用発明の「複合粉体材料」が,上記のとおり,粉体塗装のための塗料として有用であることは明らかであるから,原告の上記主張は,理由がない。
審決が「引用例1の複合粉体材料は,粉末被覆組成物として使用されることも明らかである。」(審決書2頁29行〜30行)と認定判断したことに,誤りはない。
(2) 本願発明の「着色粉末被覆組成物」における「着色」について (ア) 原告は,本願発明の「着色粉末被覆組成物」は,透明塗料に対するものであり,「着色」は「着色剤」すなわち「顔料及び(又は)染料」によるものを意味し,かつ,それに限定される,引用発明における「セメント粒子」は,コンクリートの原材料であって,それが有色であるとしても,本願発明でいう着色剤すなわち「顔料及び(又は)染料」ではない,と主張する。
しかし,本願発明の「着色粉末被覆組成物」の「着色」について,本願明細書の請求項1においては,特にこれを限定する記載はない。
そうだとすると,「着色」という言葉の一般的意義に照らし,本願明細書の請求項1の記載は,本願発明の「着色粉末被覆組成物」は,それ自体及びこの組成物から形成される被覆(塗膜)が無色でないこと,すなわち,何らかの色を有するものであること,要するに,その組成物中に着色する機能を有する要素が存在することを規定するにすぎないものというべきである。原告が主張する「着色剤」すなわち「顔料及び(又は)染料」が,甲10文献の表13.3の「顔料」の欄の「着色顔料」(塗膜を希望の色とするために添加する剤である顔料。以下,この顔料を「着色顔料」という。)を意味するとすれば,本願発明の「着色粉末被覆組成物」がこのような「着色顔料及び(又は)染料」を必須の要素とするものとは認められないというべきである。
このことは,本願明細書の請求の範囲を除いた部分における「着色」に関する記載からも,明らかである。
本願明細書には,次の記載がある。
(a) 「本発明は,溶融又は結合した凝集物の形成が,色の混合のみならず,単一層及び多層系の両方に対して種々の添加物を粉末被覆組成物に導入するのに適切な方法を与えると言うことを実現したことに基づいている。
凝集法は数多くの利点を有する: (i)第一に,凝集法は本出願人の色混合法を或る範囲の美的効果を与える所まで拡大するものである。
(A)第二に,それは取り扱い工程中,例えば移送及び適用中,及び過剰噴霧粒子の回収中,固体状態で凝離し易い既知の材料についての組成を効果的に永久的に混合させるものである。従って,特に,それは慣用的なそのような被覆の上記欠点を持たない光沢減少された粗面化被覆を製造することができるようにするものである。
(B)第三に,混合重合体系を用いて,フイルム形成中そのフイルム内での凝離(積層)の促進又は操作を行い易くする。従って,それは従来法の系の前記欠点を持たない一層満足できる多層被覆を製造できるようにするものである。
(C)第四に,押出しではなく,凝集により添加物を配合すると,慣用的経路(例えば押出し及び微粉砕)では製造することができなかった種々の新しい製品を製造することができるようになる可能性を与える。なぜなら,例えば添加物は製造方法によっては駄目になるか,又はそれ自身が製造装置に損傷を与え易いからである。」(甲第3号証5頁左下欄8行〜右下欄7行) (b) 「本発明の凝集物は,一種類以上のフイルム形成系(重合体結合剤系)を含み,通常少なくとも一種類の着色剤も含む。フイルム形成系自身は固体フイルム形成性樹脂及びそのために必要な硬化剤からなる。(フイルム形成性樹脂/重合体とは,結合剤として働くもの,即ち顔料を濡らし,顔料粒子間に凝集力を与えることができ,基体を濡らすか又は基体に結合し,基体に適用した後の硬化/後硬化で流動して均一なフイルムを形成するものを意味する)。通常着色剤(一種又は多種)〔顔料及び(又は)染料〕及び硬化剤を,一種類以上のフイルム形成性樹脂と一緒に押し出し,そこから形成された粒子がフイルム形成性樹脂及び着色剤(一種又は多種)及び(又は)硬化剤を含むようにする。一般にそのような粒子の少なくとも大部分はは,(判決注・「大部分は,」の誤記と認める。)少なくとも一種類の着色剤を含有する。しかし,着色剤及び硬化剤は,もし望むならば,別々の成分として存在していてもよい。もし望むならば,凝集物には夫々着色又は着色していない二種類以上のフイルム形成性成分が存在していてもよい。もし望むならば,一種類以上の他の添加物が凝集物中に含まれていてもよい。それらの各々はフイルム形成性成分又は別の成分(非フイルム形成性成分)として存在していてもよい。」(同6頁左下欄最終行ないし右下欄21行目) 上記(a)においては,本願発明の凝集法の利点として,着色剤が関係しないと認められる利点が上記(A)ないし(C)に挙げられ,また,上記(b)においては,着色剤(着色顔料及び(又は)染料)はフィルム形成系に「通常」含まれるものであるとされ,常に含まれるものではないことが記載されている。これらの本願明細書の記載からすれば,むしろ,本願発明の「着色粉末被覆組成物」において,着色剤すなわち「着色顔料及び(又は)染料」は,そもそも必須の要素ではなく,まして,フィルム形成性成分(上記(b)にいう「フィルム形成系」)に必須の要素ではないというべきである。
その他,本願明細書においては,「着色粉末被覆組成物」について着色剤すなわち「着色顔料及び(又は)染料」を必須の要素であると解すべき記載も,フィルム形成性成分に必須の要素であると解すべき記載も,見当たらない。
以上のとおりであるから,本願発明の「着色粉末被覆組成物」の「着色」は,上記認定のとおりのものであるというべきである。これを「着色剤」すなわち「着色顔料及び(又は)染料」を必須とするものであると認めることはできない。
(イ) 原告は,引用発明の「セメント粒子」が一般的意味において「顔料」に相当するとしても,「塗料」の技術分野における「顔料」には当たらないことは,甲10文献の874頁「表13.3塗料の原料」より明白であるから,引用発明は,「着色粉末被覆組成物」には当たらない,とも主張する。
(a) しかし,塗料について記載した一般的文献であると認められる甲10文献には,「顔料着色塗料」は「顔料で透明塗料を着色したもの」で透明塗料(ビヒクル)に顔料を分散したものであることが(甲第10号証873頁右欄7行〜10行,表13.1ツリー図),「化学大辞典6」(化学大辞典編集委員会編,共立出版株式会社・昭和37年7月25日発行。甲第22号証,以下「甲22文献」という。)には,「着色塗料」は「透明塗料」と「顔料」とからなる(甲第22号証532頁右欄ツリー図)ことが,それぞれ記載されている。そして,甲10文献には,塗料における「顔料」は「塗膜に色・不透光性を与え,あるいは塗膜の機械的性質を補強するために加える不溶性の粉末成分」であると記載され(甲第10号証873頁,表13.1),その「顔料」には「着色顔料」のほかに「金属粉顔料」,「体質顔料」,「ツヤ消シ顔料」,「補強顔料」,「サビ止メ顔料」などがあることが記載されている(同874頁,表13.3「顔料」の欄)。
上記各文献に記載されたところによれば,透明塗料に添加する「顔料」は,着色顔料に限定されることはないのであるから,甲10文献の「顔料着色塗料」,甲22文献の「着色塗料」は,着色顔料によって着色するものばかりではなく,着色顔料以外の,不溶性の粉末成分である「顔料」が透明塗料に分散することによって,その透明塗料の透明性が低下する結果,「着色」したものをも包含するものであると認められる。
(b) セメントは,粉体塗料においては,膜を形成する機能は有さず,塗膜の主成分となり得るものではない(セメント粒子が塗料において塗膜を形成する要素になり得ないことは,原告も認めるところである。)。
セメントは,「無機物質」の粉末で,不溶性であり,「多くは灰色で,いわゆるセメント色を呈するが,マグネシアセメントは白色である」(乙第1号証,同378頁左欄下から15行〜13行)から,「塗膜に色・不透光性を与える」機能を有するものであり,さらにアルカリ性であること(乙第1号証378頁左欄下から11行目)に基づくさび止め等の「塗膜の機械的性質を補強する」機能も有するものであるから,刊行物1その他の文献には明示の記載があるわけではないものの,引用発明においては,上記のいずれか又は両方の機能を果たす目的で添加されるものであると認められる。そうすると,引用発明における「セメント粒子」は,粉体塗料において「塗膜に色・不透光性を与え,あるいは塗膜の機械的性質を補強するために加える不溶性の粉末成分」ということができるから,粉体塗料の技術常識からみて,塗料の構成要素のうちの「顔料」に当たるものということができる。
このように,引用発明の「セメント粒子」は,「塗料」の技術分野における「顔料」に相当するものであり,審決が「セメント粒子は有色であるから,該粉末被覆組成物が,着色粉末被覆組成物である」(審決書2頁32行〜33行)と認定したことに誤りはない。引用発明の「セメント粒子」が「塗料」の技術分野における「顔料」には当たらないとの,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 原告は,本願発明と引用発明とは,その技術的課題を異にする,とも主張する。しかし,原告の同主張が,引用発明の複合粒子が本願発明の「着色粉末被覆組成物」に相当するとの審決の上記認定を誤りとする理由とはなり得ないことは,上に説示したところから明らかである。
3 取消事由3(「個々の粒状成分」についての一致点・相違点の認定の誤り)について (1) 引用発明の「セメント粒子」について (ア) 引用発明の「複合粉体材料」が粉体塗料として有用であることは前示のとおりである。
塗料は,流動状態で物の表面に広がって薄い膜となり,その面に固着したまま固化し,連続してその面を覆うものである(甲第10号証873頁左欄「a.(i)」)。これに対し,セメントは,粉体塗料においては,膜を形成する機能は有さず,塗膜の主成分となり得るものではないこと,及び,引用発明の「セメント粒子」が,粉体塗料の構成要素のうち「顔料」(「着色顔料」ではなく広い意味での「顔料」)に相当すると認められることは,上記認定のとおりである。
このように,引用発明の「セメント粒子」は,粉体塗料において塗膜を形成する要素とはなり得ず,顔料に当たるものであるから,本願発明の3種の個々の粒状成分のうちの「主たるフィルム形成性成分」にも他の成分の「フィルム形成性成分」にも当たらず,「非フイルム形成性成分」であるということができる。
(イ) 原告は,本願発明における「非フイルム形成性成分」は,「性能に影響を与えるもの,・・・及び(又は)美的効果を有するもの」(甲第2号証11頁下から3行〜末行)をいう,引用発明における複合粉体材料における「セメント粒子」はそのいずれのものとも言い難く,したがって,「セメント粒子」を「非フイルム形成性成分」に相当すると認定することはできない,と主張する。
しかし,原告の主張は,本願明細書の請求項1の記載に基づくものではない。本願明細書の他の部分には,「非フイルム形成性添加物は,性能に影響を与えるもの・・・及び(又は)美的効果を有するもの「美的添加物」),通常視覚的効果を有するもの(「外観添加物」)でもよい。」(甲第3号証6頁右下欄23行〜7頁左上欄1行)と記載されており,むしろ,「性能に影響を与えるもの」,「美的効果を有するもの」は,単なる例示にすぎないものであることが,明らかである。したがって,本願発明の組成物中の「非フイルム形成性成分」を原告の主張するように特定することはできない。また,引用発明における「セメント粒子」は,上記認定のとおり,粉体塗料において「塗膜に色・不透光性を与え,あるいは塗膜の機械的性質を補強するために加える不溶性の粉末成分」ということができるものである。以上,いずれの点からみても,原告の上記主張は,失当である。
原告は,引用発明のうち,「セメント粒子が・・・樹脂粒子で被覆」される態様のものにおいては,「セメント粒子」は,本願発明の「主たるフイルム形成性成分」に相当するとみるべきである,すなわち,引用発明においては,粒径の大きい核となる方の粒子を主成分としてその主従を決定すべきである,そして,そうだとすれば,引用発明における「セメント粒子」を常に「非フイルム形成性成分」であると断じることはできないというべきである,と主張する。しかし,引用発明においては,セメント粒子を樹脂粒子が被覆する態様のものであっても,樹脂粒子をセメント粒子で被覆する態様のものであっても,「セメント粒子」を本願発明の「フィルム形成性成分」であるということができないことは,上記のとおりであるから,原告の主張は失当である。
(2) 引用発明の「樹脂粒子」について (ア) 塗料の構成として塗膜を形成する要素が必須のものであることは,塗料が物の表面で薄い膜となり,連続してその面を覆うものであることから当然である。甲10文献における表13.1「塗料の構成」における「塗膜形成要素」(甲第10号証873頁)及び甲22文献の「塗膜要素」(甲第22号証532頁右欄)が塗膜を形成する要素であり,この要素が塗料に必ず含まれる成分であることは,上記各文献に記載されているとおりである。
引用発明の複合粉体材料は,樹脂粒子とセメント粒子との2種の粒子が付着した複合粉体材料であり,これら2種の粒子のうち,セメント粒子が塗膜を形成する要素となり得ないことは前示のとおりである。
そして,引用発明における樹脂粒子が塗膜を形成する要素であることは,塗膜を形成する要素として樹脂が用いられることが技術常識であること(塗膜を形成する要素の具体的な原料として,甲10文献及び甲22文献には各種の物質が示されており(甲第10号証874頁表13.3「塗膜形成要素」,876頁ないし878頁表13.5「塗膜形成要素」,879頁ないし888頁「13.1.2 各論」,甲第22号証532頁右欄),これらの記載からみて,塗膜を形成する要素には主に樹脂が用いられていることが明らかである。),及び,刊行物1にその具体例として挙げられているポリエチレンビニルアルコール(EVOH)が塗膜を形成し得る性質があることから,明らかである。
したがって,審決が,引用発明の「樹脂粒子」が塗膜を形成する要素であって,本願発明の「個々の粒状成分」のうち「フィルム形成性成分」に相当すると認定したことに,誤りはない。
(イ) 原告は,「フイルム」とは,一般的に「薄膜」を意味するものであるのに,引用発明における樹脂粒子は「フイルム」すなわち「薄膜」を形成する成分ではないから,引用発明には本願発明の「フィルム」に相当するものがない,と主張する。しかし,引用発明の複合粉末材料が粉体塗料として使用される場合においては,その「樹脂粒子」は塗料の塗膜を生成する要素であることは前示のとおりである。原告の主張は失当である。
原告は,本願発明における「主たるフイルム形成性成分」は,本願明細書によれば,「一種類以上のフイルム形成系(重合体結合剤系)を含み,通常少なくとも一種類の着色剤も含む。」ものをいう,しかし,引用発明における複合粉体材料においては「少なくとも一種類の着色剤」を含むことについては全く開示されていないのであるから,引用発明の「樹脂粒子」を本願発明の「主たるフイルム形成性成分」に相当するということはできない,と主張する。しかし,本願明細書の請求項1によれば,本願発明における「主たるフィルム形成性成分」が「少なくとも一種類の着色剤」を含むことは,その要件とされていない。また,本願明細書の他の部分においても,「着色剤及び硬化剤は,もし望むならば,別々の成分として存在していてもよい。」(甲第3号証6頁右下欄14行〜15行)とも記載されているのである。原告の主張は,本願明細書の請求項1の記載にも,本願明細書の他の部分の記載にも基づかない主張であり,失当である。
原告は,本願発明で規定する「主たるフイルム形成性成分」は,本願明細書に記載されているとおり,「一種類以上のフイルム形成系(重合体結合剤等)を含み,通常少なくとも一種類の着色剤も含む。フイルム形成系自身は固体フイルム形成性樹脂及びそのために必要な硬化剤からなる。」ものである,しかし,刊行物1には,引用発明における複合粉体材料が「そのために必要な硬化剤」を含むことについては全く記載されていない,と主張する。しかし,本願明細書の請求項1には,本願発明の組成物に「硬化剤」が必須のものであるとはそもそも記載されていない。また,本願明細書の他の部分にも,原告が主張する上記記載に続いて,「着色剤及び硬化剤は,もし望むならば,別々の成分として存在していてもよい。」(甲第3号証6頁右下欄14行〜15行)とも記載されている。さらに,塗料には硬化剤が常に「必要」とされるものではないことは,甲10文献の表13.5塗料一覧表の「塗膜副要素」の欄において,「硬化剤」が一部の塗料についてのみ記載されていること(甲第10号証)からも明らかである。原告の主張が理由がないことは明らかである。原告の上記主張も失当である。
(ウ) 原告は,本願明細書における「フイルム形成性樹脂/重合体とは,結合剤として働くもの,即ち顔料を濡らし,顔料粒子間に凝集力を与えることができ,基体を濡らすか又は基体に結合し,基体に適用した後の硬化/後硬化で流動して均一なフイルムを形成するものを意味する」との記載によれば,本願発明における「主たるフィルム形成性成分」は,「顔料粒子間に凝集力を与え」,「基体を濡らすか又は基体に結合」し,「基体に適用した後の硬化/後硬化で流動して均一なフイルムを形成」するものである,しかし,刊行物1には,引用発明における「樹脂粒子」がこのようなものであることについての開示はない,と主張する。
しかし,引用発明の複合粉末材料が粉体塗料として使用される場合においては,その「樹脂粒子」は塗料の塗膜を生成する要素であることは前示のとおりである。
そして,塗膜を形成する要素は,甲10文献の表13.1に定義されるとおり,「塗膜の主成分となる物質」であるから(甲第10号証873頁表13.1),塗膜が施される基体を濡らすか又は基体に結合するかして,基体に適用した後の硬化/後硬化で流動して均一なフイルムを形成する機能を有するものであり,また,顔料が分散されるビヒクルであるから顔料を濡らし,顔料粒子間に凝集力を与えることができるものであることは当然のことである(本願明細書の上記記載も,本願発明のフィルム形成性成分が,塗料の塗膜を生成する成分であることから,上記のような機能を有するものであることを,当然のこととして,確認的に説明しているものにすぎない。)。このように,引用発明の「樹脂粒子」は,複合粉末材料が粉体塗料として使用される場合において,塗膜を形成する要素となるものであることは,自明のことである以上,明示の記載はなくとも塗膜を形成する要素に必要とされるこれらの性質を有するものであることは明らかである。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(3) 以上によれば,引用発明の複合粉体材料を粉体塗装の用途に用いたとき,「複合粉体材料」は,本願発明の「着色粉体被覆組成物」に,「樹脂粒子」は「フィルム形成性成分」に,セメント粒子は「非フィルム形成性成分」に,それぞれ相当するものであると認められる。したがって,審決が,引用発明の複合粉体材料は,粉末被覆組成物として使用される際,「複合粉体材料を構成する樹脂粒子が,フイルム形成成分となる」(審決書2頁31行),「該粉末被覆組成物が,着色粉末被覆組成物である」(同2頁32行)及び「セメント粒子が,非フイルム形成成分である」(同2頁33行)と認定したことに,何ら誤りはない(ただし,「形成成分」とあるのは「形成性成分」の誤記である。)。
そして,引用発明の複合粉体材料を構成する2種の粒状成分のうちで塗膜を形成する成分は「樹脂粒子」のみであるから,この「樹脂粒子」こそが本願発明の塗膜を形成する成分である「主たるフィルム形成性成分」,「フィルム形成性成分」のうち必須成分である「主たるフィルム形成性成分」に相当する,ということができる。したがって,審決が,本願発明と引用発明とは,「着色粉末被覆組成物において,・・・該個々の粒状成分は,主たるフィルム形成性成分と,非フィルム形成性成分からなる組成物」(審決書3頁6行〜9行)である点で一致する,とした点にも誤りはない。
4 取消事由4(相違点についての判断の誤り)について (1) 本願発明の構成Aにおける「該複合体粒子は該組成物の基体への適用に関する機械的及び/又は静電気力下で分離せず」との構成の技術的意義について 本願発明における,個々の粒状成分を凝集させるとの構成が有する技術的意義について,本願明細書には,次の記載がある。
(a) 「凝集は,適用及び取り扱い中,例えば適用工程自身中(静電気帯電差による),又は付随する回収及び再循環工程中〔粒径及び(又は)粒子密度の差による〕,又は移送中の,成分の凝離をも防止する。さもなければ凝離が起きることにより,得られる被覆にバッチ毎の変動を惹き起こすことになる。」(甲第3号証5頁左下欄2行〜7行) (b) 「凝集法は数多くの利点を有する:・・・ (A)第二に,それは取り扱い工程中,例えば移送及び適用中,及び過剰噴霧粒子の回収中,固体状態で凝離し易い既知の材料についての組成を効果的に永久的に混合させるものである。従って,特に,それは慣用的なそのような被覆の上記欠点を持たない光沢減少された粗面化被覆を製造することができるようにするものである。」(甲第3号証5頁左下欄12行〜21行) 粉体塗料は,上記(a)にもみられるとおり,粒径及び(又は)粒子密度に差がある物質の混合物である。そして,粉体塗装にあっては,上記(a)でも指摘されているとおり,移送中,あるいは粉体塗料の回収及び再循環工程中に材料の分離が起こりやすい上,粉体塗料を基体へ適用する工程で機械的及び(又は)静電気的な力が加わるため,適用工程中においても分離が生じやすく,所望の塗膜を得るという塗料の本来の目的が達成されず,かつ,塗膜にバッチ毎の変動を引き起こす結果となる。
上記状況の下では,本願発明における個々の粒状成分の凝集の主要な目的の一つは,これら粒径及び(又は)粒子密度の差がある粉体混合物において,塗料の本来の目的である混合時の組成を保持した所望の塗膜を形成すること,そしてバッチ毎の変動のない塗膜を形成することであると認められる。
本願発明の上記目的を達成するためには,粉体塗料の移送中等の「取り扱い中」(上記(a))のみならず,基体への「適用工程中」(上記(a))においても,複合体粒子の粒子同士の「成分の凝離をも防止」(上記(a))し,「効果的に永久的に混合させる」(上記(b))ことが必要である。
静電粉体塗装法,流動粉体塗装法等に用いられる粉体塗料においては,その粉体塗料を基体へ適用する工程中において,機械的及び(又は)静電気的な力が加わるのであるから,その力の下においても複合体粒子の個々の粒状成分が「成分の凝離をも防止」し,「効果的に永久的に混合」される必要があり,このことを規定したのが,本願発明の構成A中の「組成物の基体への適用に関する機械的及び/又は静電気力下で分離しない」との構成であると認められる。
そうすると,本願発明のこの構成は,粉体塗料において個々の粒状成分を凝集させる目的からみて当然に必要とされる凝集力の強さの程度を単に明示したにすぎないものであり,それ以上の意味はないということができる。
(2) 引用発明における「複合粉体粒子」という構成の有する技術的意義について 引用発明における「複合粉体粒子」という構成の有する技術的意義について,刊行物1には,次の記載がある。
(a) 「粉体材料であっても,セメントと樹脂とが,各々別個に供給されるものでは,それぞれの材料管理,現場での混合の問題がある。予め,これらを混合して混合物として供給される場合には,材料の輸送等における振動が加えられた場合などに,各粒子の粒径,比重の相違から,容器内にて偏析が変化する恐れがある。
本発明は上記従来の問題点を解決し,塗装材料として好適な,セメント-樹脂複合粉体材料及びその製造方法を提供することを目的とする」(甲第6号証2頁左上欄5行〜14行) (b) 「本発明の複合粉体材料は,比較的粒径の大きいセメント粒子又は樹脂粒子が,比較的粒径の小さい樹脂粒子又はセメント粒子で被覆された安定な粉体材料である。このため,乾式の粒子状であることから取り扱い性が良く,塗装材料等として有効に用いることができ,現場での混合,あるいは予め混合した場合の混合比の変化等の問題が解消される。」(同5頁左上欄4行〜11行。同6頁右上欄[発明の効果]の欄にもほぼ同じ記載がある。) 上記(b)の「予め混合した場合の混合比の変化の問題」とは,粒径,比重の相違がある粉体を予め混合して混合物とした場合に,材料の輸送等による振動のため,粒径,比重の相違から偏析が変化するとの問題(上記(a)),すなわち,均一混合状態ではなくなるとの問題であると認められる。引用発明においては,混合時の均一の組成を保持する必要性は,複合粉体材料を塗料として用いる場合には,塗料の本来の目的である粉体材料の混合時の組成を保持したまま,所望の塗膜を形成するためであり,そのために粒子を付着させて複合粉体粒子とするものであると認められる。
引用発明においても,静電粉体塗装法,流動粉体塗装法等の塗装材料の用途に複合粉体材料を用いる場合においては,少なくとも基体に適用させる時に個々の粒子が分離しない程度の付着力としようとすること,すなわち,その材料を「基体への適用に関する機械的及び/又は静電気力下で分離しない」強さで付着するものとしようとすることは,上記複合体粒子を形成する目的からみて当然のことというべきである。
(3) 刊行物1には,セメント粒子と樹脂粒子との付着強度について,次の記載がある。
(a) 「処理温度は高過ぎると樹脂が過度に軟化ないし溶融して粒子状態を保持し得なくなる。一方,処理温度が低過ぎると樹脂の軟化が不十分となり,核粒子と被覆粒子とを強固に熱融着することができない。」(甲第6号証4頁左下欄下から5行〜右下欄1行) (b) 「核粒子となる原料粉体の表面に,被覆粒子となる原料粉体が,メカノケミカル的に強固に熱融着した複合粉体材料が得られる。」(同4頁左下欄8行〜11行) (c) 「このような本発明の方法によれば,・・・核粒子に・・・被覆粒子が強固に付着して一体化した・・・複合粉体が得られる。」(同4頁右下欄8行〜12行) 引用発明のセメント粒子と樹脂粒子との付着強度は,上記のとおり,相当程度強固なものであると認められ,その付着強度を「組成物の基体への適用に関する機械的及び/又は静電気力下で分離しない」強さとすることに困難があると認めることはできない。
(4) 以上によれば,引用発明の複合粉体粒子において,これを粉体塗料として使用する場合には,セメント粒子と樹脂粒子との付着強度を,組成物の「基体への適用に関する機械的及び/又は静電気力下で分離しない」とすることは,当業者にとって容易に想到し得る事項であると認められる。審決の同旨の判断に誤りはない。
5 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久