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関連審決 無効2000-35451
関連ワード 容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  寄せ集め /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先日 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 280号 審決取消請求事件
原告 極東産機株式会社
訴訟代理人弁護士 美勢克彦
同 弁理士 岡崎謙秀
同 西澤利夫
同 西義之
被告 ヤヨイ化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士 島田康男
同 弁理士 佐藤正年
同 佐藤年哉
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/05/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2000-35451号事件について平成13年5月11日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,名称を「壁紙糊付機」とする特許第3020161号発明(平成10年11月20日特許出願〔国内優先日・平成10年7月24日〕,平成12年1月14日設定登録,以下「本件発明」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成12年8月25日,本件特許の請求項1ないし6に係る特許を無効にすることについて審判の請求をし,無効2000-35451号事件として特許庁に係属した。
被告は,同年12月8日付け訂正請求書により本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲等の訂正を請求した。
特許庁は,上記特許無効審判事件について審理した上,平成13年5月11日に「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月24日,原告に送達された。
2 平成12年12月8日付け訂正請求書による訂正後の本件発明の特許請求の範囲の記載(以下【請求項1】〜【請求項6】に係る発明を「本件発明1」〜「本件発明6」という。) 【請求項1】 本体後部から引き入れられるシート状の壁装材を,前記本体の前面側から使用者が手で引き出すことにより,本体内部に配設された糊付けロールを含む複数のロール間の所定の経路に添って移動させ,本体下部に配設された糊桶内の糊を前記糊付けロールにより前記壁装材の裏面に連続的に塗布する手動壁紙糊付機において, 前記糊付けロールに対して前記壁装材の引き出し力を助勢する補助動力源と, 前記補助動力源からの駆動力を前記壁装材の引き出しの回転力として前記糊付けロールに伝達すると共に,当該引き出し方向への前記糊付けロールの単独遊転を許容する一方向クラッチ機構とを備えていることを特徴とする手動壁紙糊付機。
【請求項2】 前記補助動力源は,前記壁紙糊付機の使用者が足で操作する操作部を備えていることを特徴とする請求項1記載の手動壁紙糊付機。
【請求項3】 前記補助動力源は,予め入力される設定値に基づいて所定量(時間又は長さ)稼働した後に停止する動作制御手段を更に備えている,ことを特徴とする請求項1又は2に記載の手動壁紙糊付機。 【請求項4】 本体の外部から引き入れられるシート状の壁装材を,前記本体部の前面側から使用者が引き出すことにより,本体内部に配設された糊付けロールを含む複数のロール間の所定の経路に添って移動させ,本体下部に配設された糊桶内の糊を前記糊付けロールにより前記壁装材の裏面に連続的に塗布する壁紙糊付機において, 前記本体部が,開閉可能に構成された上部構体と下部構体とから構成され,前記糊付けロールは前記下部構体に配設され, 前記糊付けロールの上流側には,前記壁装材の上面側から接して他のロールと連動しない押さえステーが前記上部構体に配設され, 前記糊付けロールの下流側には,前記壁装材の上面側から接して前記糊付けロールと連動するドライブロールが前記上部構体に配設され,さらにその下流側に前記壁装材の下面側から接して前記糊付けロールと連動する均しロールが配設され, 前記糊付けロールに前記壁装材の引き出し力を助勢する補助動力源が,前記本体部に対して着脱自在に配設されており, 前記補助動力源からの駆動力の伝達部が,前記補助動力源の出力軸の回転を前記壁装材の引き出し方向への回転力として前記糊付けロールに伝達すると共に,前記糊付けロールの単独遊転を許容する一方向クラッチ機構を備えており, 前記動力源の操作部が,前記壁紙糊付機の使用者の足で操作されるフットスイッチを備えている, ことを特徴とする手動壁紙糊付機。 【請求項5】 本体後部から引き入れられるシート状の壁装材を,前記本体の前面側から使用者が手で引き出すことにより,本体内部に配設された糊付けロールを含む複数のロール間の所定の経路に添って移動させ,本体下部に配設された糊桶内の糊を前記糊付けロールにより前記壁装材の裏面に連続的に塗布する手動壁紙糊付機において, 前記糊付けロールに対して前記壁装材の搬送方向への引き出し力を助勢する補助動力源を着脱可能に保持する為の補助動力源の取付部を備え, 該取付部側に,前記補助動力源からの駆動力を前記壁装材の引き出しの回転力として前記糊付けロールに伝達すると共に,当該引き出し方向への前記糊付けロールの単独遊転を許容する一方向クラッチ機構を備えていることを特徴とする手動壁紙糊付機。 【請求項6】 本体の後部側から引き入れられるシート状の壁装材を,本体内部に配設された糊付けロールを含む複数のロール間の所定の経路に添って移動させ,本体下部に配設された糊桶内の糊を前記糊付けロールにより前記壁装材の裏面に連続的に塗布する壁紙糊付機において, 前記糊付けロールに対して前記壁装材の搬送方向への引き出し力を付与する動力源と, 前記動力源からの駆動力を前記壁装材の引き出し方向への回転力として前記糊付けロールに伝達すると共に,当該方向への前記糊付けロールの単独遊転を許容するクラッチ機構と,を備えていることを特徴とする壁紙糊付機。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,請求人(注,原告)の主張する無効理由,すなわち,@本件発明1,5,6は,「NEWα取扱説明書」(本訴甲3-1,審判甲1,以下「第1引用例」という。)及び特開平10-34776号公報(本訴甲4,審判甲2,以下「第2引用例」という。)又は特開平5-43084号公報(本訴甲5,審判甲3,以下「第3引用例」という。)記載の各発明に基づいて,いずれも当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明2,3は,第1引用例及び第2引用例記載の各発明に基づいて,いずれも当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明4は,第1引用例,第2引用例及び特開平7-313913号公報(本訴甲6,審判甲4,以下「第4引用例」という。)記載の各発明(以下,上記第1〜第4引用例記載の各発明を,「第1〜第4引用例発明」などという。)に基づいて,いずれも当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである,A本件発明5は,発明の詳細な説明において,当業者が容易に実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから,特許法36条4項,6項に規定する要件が満たされず,その特許は,同条に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとの請求人(注,原告)の主張に対し,@本件発明1は,第1〜第3引用例発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできず,本件発明2〜6は,本件発明1についての理由と同様の理由により,第1〜第4引用例発明に基づいて,いずれも当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできず,A本件発明5について,発明の詳細な説明において,当業者が容易に実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないとすることはできず,特許法36条4項,6項に規定する要件が満たされていないとすることはできないから,請求人の主張及び証拠方法によっては本件特許を無効とすることはできないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本件発明1と第1引用例発明との相違点についての判断を誤り(取消事由1),また,本件発明2〜6の容易想到性の判断を誤った(取消事由2)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り) (1) 審決は,本件発明1と第1引用例発明との相違点として,「動力源の駆動力を糊付けロールに伝達するための構成として,本件発明(注,本件発明1)が,動力源からの駆動力を前記壁装材の引き出しの回転力として前記糊付けロールに伝達すると共に,当該引き出し方向への前記糊付けロールの単独遊転を許容する一方向クラッチ機構を備えているのに対し,引用発明は,このような一方向クラッチ機構を備えていない点」(審決謄本14頁相違点)を認定した上,同相違点について,「本件発明(注,本件発明1)及び甲各号証(注,本訴甲4,5,7〜11)記載の発明のようなワンウェイクラッチ応用技術に関する発明については,特許法に規定する特許要件が満たされているかどうかの判断に当たっては,発明の目的とワンウェイクラッチの使用態様を考慮しなければならない。・・・本件発明の目的は,壁紙糊付機において,特に切り替え動作無しに,手動型と自動(動力補助付き〔注,「補助動力付き」は誤記と認める。以下同じ。〕)型とを使い分けられるようにすることにあり,またワンウェイクラッチの使用態様は,上記の相違点に相当するものであり,手動壁紙糊付機において糊付けロールに対して壁装材の引き出し力を与えるために備えられた動力源の駆動力を糊付けロールに伝達するための構成として,動力源からの駆動力を前記壁装材の引き出しの回転力として前記糊付けロールに伝達すると共に,当該引き出し方向への前記糊付けロールの単独遊転を許容する一方向クラッチ機構を用いるものである。他方,上記甲第2号証(注,本訴甲4),甲第3号証(注,本訴甲5)及び甲第5号証ないし甲第9号証(注,本訴甲7〜11)記載の発明の目的は,上述したとおりであり,壁紙糊付機とは技術分野を異にするものであって,本件発明の目的,すなわち,壁紙糊付機において,特に切り替え動作無しに,手動型と自動(動力補助付き)型とを使い分けられるようにすることはもとより,壁紙糊付機において当該目的達成のためにワンウェイクラッチを使用することを教示又は示唆しているものと認めることができない。・・・甲第2号証記載の糊付機は壁紙糊付機ではないし,手動で使用されるものではなく,甲第3号証記載の搬送装置は壁紙糊付機ではないし,搬送装置の通常の使用において手動型と自動型に使い分けられるものではなく,また甲第5号証及び甲第7号証記載の発明は電気自転車に関するもので壁紙糊付機とは技術分野が異なり,それ故発明の作用効果も異なるから,請求人の主張する点を根拠にして,本件発明の目的及びワンウェイクラッチの使用態様が甲第1号証ないし甲第10号証により教示又は示唆されているとすることはできない。そして,本件発明は,上述のとおりのワンウェイクラッチの使用態様を採ることにより,明細書に記載の作用効果を奏するものと認める。したがって,本件発明は,甲第1号証及び甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることができない」(審決謄本16頁第2段落〜17頁第3段落)と判断する。
(2) 審決の上記相違点の認定は認めるが,相違点についての判断は,以下のとおり誤りである。すなわち,第1引用例記載の糊付機の動力源に一方向クラッチ機構を使用するだけで,同糊付機がもともと有する糊付ロールに動力を伝達する機能に,引出方向への単独遊転を許容する機能を単に付加することになり,本件発明1と全く同一の構成となるが,このようなことは,一方向クラッチ機構の周知の基本的機能であり,各技術分野で広く使用されている技術事項であって,当業者が容易に採用し得るものである。そして,動力伝達機構として一方向クラッチ機構を採用すれば,特に切り替え動作なしに,手動型としても自動型としても使えるようなことは,一方向クラッチ機構が有する基本的機能そのものにすぎない。
(3) 第2引用例(甲4)は,本件発明1と同じ糊付装置において,糊ロールが駆動軸に組込まれた一方向クラッチ機構により,糊ロールの回転速度が駆動軸の回転速度を上回ると糊ロールへの回転伝達を遮断するもので,糊付機という本件発明1と共通の技術分野における糊ロールの駆動機構に一方向クラッチ機構を介装した点では本件発明1と軌を一にするものである。このような同一技術分野で既に使用されている一方向クラッチ機構を,壁紙糊付機において使用して,自動と手動を切り替えるなどということは,単に壁紙糊付機に一方向クラッチ機構を使用するというだけのものにすぎない。また,第3引用例(甲5)は,ファクシミリ装置等の用紙搬送装置に関するもので,シート材が搬送されるローラに駆動力伝達手段としてワンウェイクラッチを適用するという点では本件発明1と共通の技術分野に属し,課題,機能及び作用においても共通するものである。第3引用例の明細書の段落【0016】には,「複数のワンウェイクラッチ21は前記各送りローラ10〜12と減速歯車機構20との間に介装され,常にはワンウェイクラッチ21を介して各送りローラ10〜12が減速歯車機構20に作動連結されている。そして,原稿4が搬送通路5内に詰まった際に,駆動モータ19の停止状態で原稿4を送り出し側に引っ張った場合には,このワンウェイクラッチ21による各送りローラ10〜12と減速歯車機構20との連結が解離されて,各送りローラ10〜12の自由回転が許容されるようになっている」と記載されており,同記載によれば,原稿が詰まった際には,一方向クラッチ機構を介して引き出し方向へのロールの単独遊転を許容することにより,手動により原稿の引き出し作業を行うことができるもので,特に切り替え動作を行うことなしに,手動,自動の切り替えを行えるようにした点で,本件発明1と同一の課題を解決するものとして一方向クラッチ機構を使用して,同一の機能及び効果を得ていることが開示されている。審決は,上記各引用例の評価を誤り,一方向クラッチ機構が動力伝達手段として汎用されているということを全く勘案することなく,各引用例記載の装置との使用形態の相違点のみに依拠して進歩性の判断を行ったものであり,誤りである。
(4) 駆動装置の速度以上で回転し,あるいは停止しているときに回転させるというオーバーラン時に一方向クラッチ機構を使用することは,周知慣用の技術であり,このように一方向クラッチ機構を使用しさえすれば,自動装置と手動装置を切り替えることなく,いずれでも遊転することにより使用できるのであり,本件発明1における一方向クラッチ機構を適用するための課題及び作用と全く同一である。
また,一方向クラッチ機構のオーバーラン機構を糊付機に適用した先行例である特開昭57-35067号公報(甲18)によれば,本件特許の出願時から15年以上も前に,壁紙糊付機に一方向クラッチ機構をオーバーラン時の遊転という本件特許と同じ構成の適用例のものが存在するのであり,一方向クラッチ機構が周知慣用の技術であることは明らかである。
2 取消事由2(本件発明2〜6の容易想到性の判断の誤り) 審決は,本件発明2〜6は,いずれも「動力源からの駆動力を前記壁装材の引き出しの回転力として前記糊付けロールに伝達すると共に,当該引き出し方向への前記糊付けロールの単独遊転を許容する一方向クラッチ機構を備えていることを,発明を特定するために必要な事項とするものであるから,請求項1に係る発明(注,本件発明1)についての検討における理由と同様の理由により・・・当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない」(審決謄本17頁(2-2))とするものであるところ,上記のとおり本件発明1についての判断が誤っているから,本件発明2〜6についての判断も誤りである。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について (1) 審決は,本件発明1が,「特に切り替え動作などを必要としないで手動でも電動でも使用できる装置を得ること」という目的のために,手動糊付機に特定の駆動力伝達方向と空転方向とを特定して,一方向クラッチ機構を採用したものであって,単なる寄せ集めではないことを正当に認定判断している。
(2) 第1引用例(甲3-1)には,「手動型」,「半自動型」,「全自動型」の3種類の糊付機が開示されているが,「全自動型」は,糊付け長さのカウンターを備え,あらかじめ定めた設定長さで自動的にオンオフがされるものであり,「糊付け長さのカウンターを備えていて,あらかじめ定めた設定長さで自動的にオンオフがなされる」ことを「全自動」といい,「半自動型」は,「全自動型」におけるような「自動的なオンオフ」がされるものではなく,フットスイッチ又はインチングスイッチの操作時のみ駆動するので,これを「全自動」と比較して「半自動」といっている。そして,「NEWαシリーズカタログ」(甲3-2)における「NEWα-U(フート式半自動糊付機)」の説明によれば,「NEWα-U」は電動型であって,手動型として用いることはできないものである。ただし,駆動部の取り外し等の切り替え作業を行えば手動として利用できることはいわば当然であって,このことは全自動型についても同様である。本件発明1は,手動型の糊付機を基にして,補助動力源を用いることで,切替作業(切替動作)なしに連続して自動から手動へあるいは手動から自動へ切り替えて使用することができる手動糊付機を提供するものであり,本件発明1におけるこのような目的(課題)は,従来の糊付機には全く見られないざん新なものであって,第1引用例には何らの示唆もない。
(3) 本件発明1と引用発明を対比するに際しては,本件発明1における一方向クラッチ機構の具体的構成が正確に理解されなければならない。一方向クラッチ機構は,駆動力伝達状態と特定方向に対する空転状態とを切り替えるためのものであるから,その駆動力伝達状態と空転状態との相互の状態を特定しないと正確に特定できないものであり,「本件発明(注,本件発明1)が,動力源からの駆動力を前記壁装材の引き出しの回転力として前記糊付けロールに伝達すると共に,当該引き出し方向への前記糊付けロールの単独遊転を許容する一方向クラッチ機構を備えている」(審決謄本14頁相違点)と審決が認定しているように,駆動力の伝達状態と非伝達状態とを区分けするだけの単なるクラッチとは異なるものである。一方向クラッチ機構が,特定の回転方向に対して駆動力を伝達し,特定の回転に対して空転するという作用効果を有するものであるとしても,その駆動力を伝達する回転方向や,空転する回転方向は,一方向クラッチ機構を応用する技術分野でそれぞれ異なるものである。本件発明1は,壁紙糊付機の固有の構成やその回転方向などをそれぞれに特定していることに照らして,本件発明1の各部分は機能的あるいは作用的に関連しており,本件発明1を壁紙糊付機に単に一方向クラッチ機構を組み合わせたものにすぎないということはできない。
(4) 一方向クラッチ機構は,その慣性回転分を許容するために用いる場合があり,オーバーラン機能を有するが,オーバーランは,一方向クラッチ機構のみが有する機能ではないし,一方向クラッチ機構は,オーバーラン機能しか有しないというものではない。また,本件発明1は,自動と手動を切り替えなしに連続して使用できる手動糊付機を提供することを目的としており,オーバーラン機能を目的とするものではない。原告は,特開昭57-35067号公報(甲18)に記載の「オーバードライブ機構10」は一方向クラッチ機構そのものであると主張するが,同公報には「オーバードライブ機構10」と記載されているだけであって,「一方向クラッチ」と記載されているわけではない。また,同公報には,「オーバードライブ機構」を,補助動力源を用いることで,切替作業(切替動作)なしに連続して自動から手動へあるいは手動から自動へ切り替えて使用することができる手動糊付機に利用することの記載及び示唆はない。
2 取消事由2(本件発明2〜6の容易想到性の判断の誤り)について 本件発明2〜6が,いずれも本件発明1と同様,「動力源からの駆動力を前記壁装材の引き出しの回転力として前記糊付けロールに伝達すると共に,当該引き出し方向への前記糊付けロールの単独遊転を許容する一方向クラッチ機構を備えていることを,発明を特定するために必要な事項とする」ものであることは,原告主張のとおりであるが,上記のとおり本件発明1についての審決の判断に誤りはないから,本件発明2〜6についての判断にも誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について (1) 本件発明1と第1引用例発明との相違点が,「動力源の駆動力を糊付けロールに伝達するための構成として,本件発明(注,本件発明1)が,動力源からの駆動力を前記壁装材の引き出しの回転力として前記糊付けロールに伝達すると共に,当該引き出し方向への前記糊付けロールの単独遊転を許容する一方向クラッチ機構を備えているのに対し,引用発明は,このような一方向クラッチ機構を備えていない点」(審決謄本14頁相違点)にあることは,当事者間に争いがないところ,原告は,同相違点について,第1引用例(甲3-1)記載の糊付機の動力源に一方向クラッチ機構を使用するだけで,同糊付機がもともと有する糊付ロールに動力を伝達する機能に,引出方向への単独遊転を許容する機能を単に付加することになり,本件発明1と全く同一の構成となり,このようなことは,一方向クラッチ機構の周知の基本的機能であり,各技術分野で広く使用されている技術事項であって,当業者が容易に採用し得るものであると主張する。
(2) そこで検討するに,本件発明1においては,「補助駆動源からの駆動力を壁装材の引き出しの回転力として糊付けロールに伝達すると共に,引き出し方向への糊付けロールの単独遊転を許容する」ような構成の一方向クラッチ機構を備えることで,「手動壁紙糊付機」において「特に切り替え動作無しに,手動型と自動(動力補助付き)型とを使い分けるようにする」ことを実現するものとされ,一方向クラッチ機構を採用するに当たって,明確な解決課題の下に,一方向クラッチ機構に係る具体的構成態様が特定されている。機械要素としての一方向クラッチ機構が,一方向の回転のみを伝達し,これとは逆方向の回転を遮断する,すなわち,伝達しないことを基本機能として備えるものであること自体は技術常識に属するとしても,当該一方向クラッチ機構を採用するに当たり,回転遮断を行う回転方向をいずれとするか,また,いかなる状況で回転遮断を行うかは,目的とする技術的課題があって,初めて,その具体的構成態様を決定し得るものである。しかしながら,以下のとおり,第2〜第4引用例には,一方向クラッチ機構を備えることで,「手動壁紙糊付機」において「特に切り替え動作無しに,手動型と自動(動力補助付き)型とを使い分けるようにする」との技術的課題について,記載ないし示唆はない。
すなわち,第2引用例(甲4)には,糊付機の駆動伝達系に一方向クラッチ機構を設けることが開示されているものの,当該一方向クラッチ機構は,段付ロールと糊ロールの回転を同期させるべく用いられているものであって,糊付されている紙を手動で引き出し得るように作用させるものとしての機能はなく,本件発明における構成態様の一方向クラッチ機構の使用を示唆するところはない。
次に,第3引用例(甲5)は,ファクシミリ装置等の用紙搬送装置に関するものであって,送りローラを駆動機構に対して一方向クラッチ機構を介して連結する構成とすることで,用紙が詰まった場合に用紙を送り出し方向に引っ張れば,駆動機構が停止状態にあっても,詰まった用紙を容易に取出し得るようにするものが開示されているが,用紙搬送自体を手動と自動との両方で行うことを意図するところはなく,本件発明1における一方向クラッチ機構の構成態様が示唆されているものとはいえない。
また,第4引用例(甲6)は,手動クロス糊付機に関するものであって,第1引用例と同様の糊付機の構成が開示されているものの,従来,クロス糊付機には手動のものと自動化されたものが存在することが記載されているにすぎず,開示される構成はあくまで手動のものであって,一方向クラッチ機構の使用は記載されていない。
したがって,本件発明1と第1引用例発明との相違点について,第1引用例(甲3-1)記載の糊付機の動力源に第2〜第4引用例記載の一方向クラッチ機構を使用するだけで,当業者が容易に採用し得るものであるということはできず,原告の上記主張は採用することができない。
(3) 原告は,駆動装置の速度以上で回転し,あるいは停止しているときに回転させるというオーバーラン時に一方向クラッチ機構を使用することは,周知慣用の技術であり,このように一方向クラッチ機構を使用しさえすれば,自動装置と手動装置を切り替えることなく,いずれでも遊転することにより使用できると主張するので検討する。
特開平1-186487号公報(甲7)は,動力補助式自転車の動力伝達装置に関するものであって,モータによる駆動力と,ペダルを踏むことによる駆動力とを,いずれも被駆動軸に伝達し得るように,駆動力の合成が可能なように機能する一方向クラッチ機構の使用が開示されているが,ここにおける一方向クラッチ機構の使用形態は,本件発明1の一方向クラッチ機構の使用形態とは全く異なり,本件発明1における一方向クラッチ機構の使用が記載ないし示唆されているものとはいえない。
特開平5-8895号公報(甲8)は,搬送装置に関するものであって,搬送装置の駆動系にフライホイールを設け,駆動系のモータに対する最上流側に一方向クラッチ機構が設けられたことにより,瞬時停電があったとしても,フライホイールの慣性力により,搬送が途切れないようにしたものが開示されているが,用紙搬送自体を手動と自動との両方で行うことを意図するところはなく,本件発明1における一方向クラッチ機構の使用が示唆されているものではない。
特開平5-278670号公報(甲9)は,上記甲7と同様の電気自転車に関する構成が開示されているにすぎない。
特開平5-155450号公報(甲10)は,自動給紙装置に関するものであって,用紙分離ローラに一方向クラッチ機構を備えることで,用紙供給時には,用紙の分離を良好に行う一方,印字後の用紙を戻し得るような構成が開示されているが,用紙搬送自体を手動と自動との両方で行うことを意図するところはなく,本件発明1における一方向クラッチ機構の使用が示唆されているものではない。
特開平5-169767号公報(甲11)は,電子写真方式の印刷機に使用される感光ドラムや定着ロールの汚れを除去する印刷機のドラムクリーニング装置に関するものであって,巻き取り軸のみを巻き取り方向へ回転させるための弛み取り機構が開示されている。しかしながら,この場合においても,単に一方向クラッチ機構を備えるものの,やはり手動と自動との両方で行うことを意図するところはなく,本件発明1における一方向クラッチ機構の使用が示唆されているものではない。
特公昭38-3161号公報(甲12)は,一方クラッチに関するものであって,一方向クラッチ機構の一形態が開示されているにすぎない。
以上のように,原告が一方向クラッチ機構が周知慣用であるとして提示している各証拠には,一方向クラッチ機構の各種の使用形態が開示されるものの,壁紙糊付機における手動と自動とを特に切り替え動作なく使い分けられる一方向クラッチ機構の使用を開示ないし示唆するところはない。
また,原告は,特開昭57-35067号公報(甲18)によれば,本件特許の出願時から15年以上も前に,壁紙糊付機に一方向クラッチ機構をオーバーラン時の遊転という本件特許と同じ構成の適用例のものが存在すると主張する。しかしながら,同公報の「この発明は・・・シートの繰り出し長さ,または引き出し長さを検出することができるようにした自転ローラを提供するものである」(1頁右欄第2段落)との記載によれば,同記載の発明は,「繰り出された」あるいは「引き出された」壁紙シートの所要長さを検出するための自転ローラを提供することを目的とするものであり,そこに記載された一方向クラッチであるオーバードライブ機構を介在させた目的は,当該検出手段を良好に稼働させることを担保するためであって,「手動壁紙糊付機」において「特に切り替え動作無しに,手動型と自動(動力補助付き)型とを使い分けるようにする」との技術的課題の開示ないし示唆があるということはできない。
したがって,駆動装置の速度以上で回転し,あるいは停止しているときに回転させるというオーバーラン時に一方向クラッチ機構を使用することが周知慣用の技術であったことを前提とした上,同技術を第1引用例(甲3-1)記載の糊付機の動力源に使用して本件発明1の構成に至ることが,当業者にとって容易であったとする原告の上記主張は失当である。
(4) 以上によれば,本件発明1は,第1〜第3引用例発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないとした審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(本件発明2〜6の容易想到性の判断の誤り)について 本件発明2〜6が,いずれも本件発明1と同様,「動力源からの駆動力を前記壁装材の引き出しの回転力として前記糊付けロールに伝達すると共に,当該引き出し方向への前記糊付けロールの単独遊転を許容する一方向クラッチ機構を備えていることを,発明を特定するために必要な事項とする」ものであることは,当事者間に争いがなく,上記説示のとおり,本件発明1に係る取消事由1は理由がないから,これを前提とする原告の取消事由2の主張も理由がないことに帰する。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 長沢幸男