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関連審決 無効2000-35701
関連ワード 改良発明 /  技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  相違点の判断 /  公知技術 /  援用権(援用) /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 428号 審決取消請求事件
原告 日本エンヂニヤ株式会社
訴訟代理人弁理士 松波祥文
被告 株式会社黒岩設計事務所
訴訟代理人弁理士 谷山守
同 片伯部 敏
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/05/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2000-35701号事件について平成13年8月15日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等 原告は,名称を「表流水の背面取水装置」とする特許第3075928号の発明(平成6年9月7日出願,平成12年6月9日設定登録。以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。被告は,平成12年12月25日,本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本件発明」という。)について特許の無効審判を請求し,同請求は,無効2000-35701号事件として特許庁に係属した。原告は,平成13年4月23日,本件明細書の特許請求の範囲等の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は,上記事件につき審理した結果,同年8月15日,「訂正を認める。特許第3075928号の請求項1に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同月28日,原告に送達された。
2 本件訂正に係る本件発明の要旨 【請求項1】左右の側面板1,2と前面板3と後面板4と底面板5で形成したボックス形状の取水器本体Bであって, 当該取水器本体Bの上面開口部8に取水スクリーンSを斜め後ろ下がりに支持し, 当該取水スクリーンSの上方部に臨ませた表流水の流入受け板10を,当該表流水の流入側へ張り出し形成し, 当該流入受け板10から流入する表流水を,取水器背面の取水スクリーンSから取水するようにし, 前記取水器本体Bへ流入した水の取水口17を,取水された水の導水管18の配管方向によって,当該取水器本体Bの前面板3,左右の側面板1,2又は後面板4のいずれかに形成し, 前記取水口17に連結管19を取り付け, 前記取水器本体Bを取水用堰提27の凹所に構成した ことを特徴とする表流水の背面取水装置。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件訂正を認め,本件発明の要旨を上記2のとおり認定した上,本件発明は,特開平3-55309号公報(審判甲1,本訴甲4,以下「引用例1」という。),農業土木学会論文集171号67〜73頁(1994年6月発行。審判甲2,本訴甲5,以下「引用例2」という。),土地改良事業計画設計基準(農林水産省構造改善局昭和53年10月2日改訂)14頁(審判甲3,本訴甲6,以下「引用例3」という。)及び論文集「水と土」第22号(1975年)50〜56頁(審判甲4,本訴甲7,以下「引用例4」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきであるとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,引用例1〜4に記載された発明(以下「引用例発明1」〜「引用例発明4」という。)の認定を誤り(取消事由1),本件発明と引用例発明2との相違点の判断を誤り(取消事由2),引用例発明1〜4の組合せに係る容易想到性の判断を誤り(取消事由3),本件発明の顕著な作用効果を看過し(取消事由4),本件発明の商業的成功を参酌しなかった(取消事由5)結果,本件発明が引用例発明1〜4に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った判断をしたものであるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用例発明の認定の誤り) (1) 引用例1 審決は,引用例1の実施例においては,透水フィルターが形成される取水部はボックス形状となっていることが認められる(審決謄本4〜5頁(1))と認定するが,誤りである。
本件発明は,引用例発明1の「透水フィルター」ではなく,落ち葉や流木等の異物を洗い流しながら背面取水に供される「取水スクリーン」による取水装置であって,取水器本体が「取水用堰堤27の凹所に」構成されることで「流水受け板」から流入する表流水の背面取水に供されるものであり,引用例発明1とは異なる。
(2) 引用例2 審決は,引用例2に記載されている技術的な説明や施工事例等を公知技術と認定するが(審決謄本5頁(2)),誤りである。
(3) 引用例3 審決は,引用例3について,バースクリーン構造の取水工の正面構造と断面構造が記載されているとし,これを公知技術として認定するが(審決謄本6頁(3)),誤りである。
(4) 引用例4 審決は,引用例4の認定(審決謄本6〜7頁(4))を誤っており,その理由として,審判における原告の主張を引用する。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り) (1) 相違点1 審決は,本件発明がボックス形状の取水器本体を備えるのに対して,引用例発明2がこれを備えるものではない点を[相違点1]とし(審決謄本7頁[相違点1]),引用例1にこの相違点に係る構成が開示されているとした上,「一般に構造物を設置するに際して,設置現場で施工工事して設置するか,前もって製造された構造物を現場に運んで設置するかは,当業者が構造物の形状・規模・設置個所等に応じて適宜選択し得ることである」(同8頁[相違点1について])と判断するが,誤りである。
本件発明のような取水装置は,相違点1に係る構成を具備するかどうかによって作用効果が異なるから,これを当業者が適宜選択し得る構成ということはできない。また,ボックス形状の取水器を設置するに際して,設置現場で施工工事して設置するか,前もって製造された構造物を現場に運んで設置するかも,当業者が適宜選択し得ることではない。
(2) 相違点2 審決は,本件発明が上記第2の2の流入受け板を具備するのに対し,引用例発明2がこれを具備しない点を[相違点2]とした上(審決謄本7頁[相違点2]),これが表流水の案内において格別の作用効果を奏するとも認められないから,当業者が適宜採用し得る設計上の事項であると判断したが(同8頁[相違点2]について),誤りである。
相違点2に係る構成が格別の作用効果を奏するかどうかは,本件発明の他の構成と一体のものとして判断されるべきである。
(3) 相違点3 審決は,本件発明が上記第2の2のとおり取水口の設置個所及び連結管の構成を具備するのに対し,引用例発明2がこれを明示するものでない点を[相違点3]とした上(審決謄本7頁[相違点3]),取水部をボックス形状のものとすれば,取水を利用するために取水口を取水部の周囲のいずれかに設けることは技術的に自然なことであり,導水管の配管方向を考慮して取水口を設けることは当業者が設計に際して当然考慮すべきであって,取水口に連結管を取り付けておくことも当業者が必要に応じて適宜採用し得ると判断したが(同9頁[相違点3]について),誤りである。
引用例1の取水器は,コンクリート工事で施工されたものであり,これがボックス形状として同一の技術内容と理解されるのは,図面上でボックス形状及び取水という原理が同じだけで,技術的に相違点3に係る技術事項を示すものではない。
(4) 相違点4 審決は,本件発明が取水器本体を取水用堰提の凹所に構成したのに対し,引用例発明2は凹所に構成することを開示しない点を[相違点4]とした上(審決謄本8頁[相違点4]),この構成を当業者であれば容易になし得る設計上の事項であるとするが(同9頁[相違点4]について),誤りである。
相違点4に係る構成が格別の作用効果を奏するかどうかは,本件発明の他の構成と一体のものとして判断されるべきである。
3 取消事由3(引用例の組合せに係る容易想到性の判断の誤り) 複数の引用例に基づいて発明の容易想到性を判断する場合には,引用例を組み合わせる起因ないし動機付けがあるかどうかを基準として判断されるべきであるが,引用例発明1〜4は,公知の文献であっても,課題,作用効果等において本件発明と全く異なり,これらを組み合わせて本件発明に想到する起因ないし動機付けが存在しないから,当業者にとって,これらを組み合わせて本件発明に想到することが容易ではない。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過) 本件発明は,持ち運びが簡単で極めて容易であり,また,工場生産して現場に持ち込んで容易に設置し得るため,小規模工事で済み,工事コストを低廉に抑え得る,水田の水路の各部にも設置して水田ごとに水の供給が可能である等の本件発明特有の顕著な作用効果を奏する。このような顕著な作用効果を参酌すると,本件発明の進歩性が肯定されるべきである。
5 取消事由5(商業的成功を参酌しない違法) 審決は,本件発明の進歩性を判断するに際して,商業的成功の事実を参酌しない違法がある。
本件発明の実施品のカタログ(甲11)には,本件特許出願時の技術水準では市場に提供されなかった技術的事項及び優れた技術的効果が説明されているが,このような技術的効果を奏する競合製品は皆無であったため,当業界で歓迎され独占的な商品となったという商業的成功は,本件発明の作用効果が顕著であることを示すものである。
被告の反論
1 取消事由1(引用例発明の認定の誤り)について (1) 引用例1 引用例1の実施例に「透水フィルター」が形成される取水部はボックス形状となっているとする審決の認定は正当であり,原告の主張する認定の誤りはない。原告は,引用例1の「透水フィルター」が本件発明の「取水スクリーン」と異なるとも主張するが,審決は,両構成を[相違点1]として認定しており,原告は,この点を正解していない。
(2) 引用例2 審決は,引用例発明2を引用例2に記載された文言どおりに認定しており,その認定に誤りはない。
(3) 引用例3 引用例3の図-16には,バースクリーン構造の正面構造と断面構造が記載されており,審決の認定に誤りはない。
(4) 引用例4 原告は,審判において,引用例4に係るまとまった主張をしておらず,この主張を援用するという趣旨は不明である。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について (1) 相違点1 引用例1には,ボックス形状の取水器が示され,その第3図のものはコンクリート製の取水器であることがうかがわれるから,審決の説示するとおり,引用例1には相違点1に係る本件発明の構成が開示されている。
一般に,構造物は,工場生産する部分が大きいほどコストを低減することができ,取水器のような小型の構造物は,工場生産が望ましいことは当業者の常識である。また,あらかじめ工場生産し得ることは,本件明細書に何ら記載はなく,本件発明の作用効果ということはできない。
(2) 相違点2 本件発明の一体のものとしての作用効果とは別に「流入受け板」単独の作用効果を判断する審決の判断は正当である。原告は,相違点2に係る構成が格別の作用効果を奏するかどうかは,本件発明の他の構成と一体のものとして判断されるべきであると主張するが,そのような格別の作用効果も認められない。
(3) 相違点3 引用例1の取水器は,コンクリート製であることはうかがわれるが,コンクリートのプレキャスト製の取水器を工場生産することも,当業者が容易に行う技術であり,引用例1が相違点3に係る技術を示すものというべきである。
(4) 相違点4 本件発明の一体のものとしての作用効果とは別に「取水器本体を取水用堰提の凹所に構成した」こと単独の作用効果を判断する審決の判断は正当である。原告は,相違点4に係る構成が格別の作用効果を奏するかどうかは,本件発明の他の構成と一体のものとして判断されるべきであると主張するが,そのような格別の作用効果も認められない。
3 取消事由3(引用例の組合せに係る容易想到性の判断の誤り)について 原告は,複数の引用例を組み合わせる起因ないし動機付けを基準として本件発明の進歩性を判断すべきであると主張するが,本件発明及び引用例発明1〜4に係るどのような起因ないし動機付けを問題とするのかについて具体的主張がないから,意味のない主張である。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)について 原告は,本件発明の顕著な作用効果として,持ち運びが簡単で極めて容易であり,また,工場生産して現場に持ち込んで容易に設置し得るなどと主張するが,従来のものに比べ,本件発明がこれらの点で顕著な作用効果を奏するものではない。
また,取水器をボックス形状とすることは,本件特許出願時,既に公知の技術的事項であり,本件発明の取水器がボックス形状であることは,その進歩性を肯定する根拠とはなり得ない。
5 取消事由5(商業的成功を参酌しない違法)について 本件発明の実施品のカタログ(甲11)は,原告自身が作成したものであり,そこに記載された作用効果が実際に奏されることについて証明力は乏しい。
商業的成功が発明の進歩性判断に当たり参酌されるためには,その構成及び効果に特徴がある場合に限られるべきである。商業的成功は,発明の技術的思想のほか,宣伝活動,営業努力等,種々の要素により影響を受けるから,発明自体に特徴がないときは,商業的成功を参酌する余地はない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用例発明の認定の誤り)について (1) 引用例1 ア 原告は,引用例1(甲4)の実施例における「透水フィルター」が形成される取水部はボックス形状となっているとする審決の認定が誤りであると主張する。
ところで,「ボックス形状」とは,おおむね四角様の形であり壁を成す部材で内空間を区画形成していることを意味するところ,引用例1には,審決認定の上記構成が記載されており(特許請求の範囲,第2図),原告の主張は採用し得ない。
イ また,原告は,引用例発明1(甲4)の「透水フィルター」は,本件発明における「取水スクリーン」とは異なる技術であると主張する。
しかしながら,引用例発明1(甲4)の「透水フィルター」は土砂を除去して背面取水を行うものであり(特許請求の範囲),一方,本件発明(甲2)における「取水スクリーン」は落ち葉や流木等の異物を表流水の流勢により流出させながら背面取水を行うものであるから(段落【0004】),いずれも異物を除去して背面取水を行う機能において共通しており,本件発明の「取水スクリ-ン」が引用例発明1の「透水フィルター」と一致すると認められる。
ウ さらに,原告は,本件発明(甲2)では,取水器本体が「取水用堰堤27の凹所」に構成されるのであるから,この構成を有しない引用例発明1(甲4)のものとは異なると主張する。
しかしながら,審決は,引用例発明1(甲4)がこの構成を具備するとは認定しておらず,原告の主張は,その前提を欠く。
(2) 引用例2 引用例2(甲5)には,審決認定のとおりの記載があり(68頁「U.取水工の構造」,71〜72頁「W.構造上の留意点」,72頁「Y.施工事例」,同頁「Z.あとがき」),これらが誤記であるなどの事情もうかがわれないから,審決の上記認定は正当である。
(3) 引用例3 引用例3(甲6)には,審決認定のとおりの記載があり(図-16),これが誤記であるなどの事情もうかがわれないから,審決の上記認定は正当である。
(4) 引用例4 引用例4(甲7)には,審決認定のとおりの記載があり(50頁「T 渓流取水工とその目的」,53頁「3 スクリーンの長さの計算」「図-4」,54頁「1 スクリーンの構造上の問題」,56頁「9 あとがき」),これらが誤記であるなどの事情もうかがわれないから,審決の上記認定は正当である。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について (1) 相違点1 ア 本件発明の要旨は上記第2の2のとおりであり,審決が相違点1において指摘する本件発明の構成要件は,「ボックス形状の取水器本体」であって,これを限定する構成としては,「左右の側面板1,2と前面板3と後面板4と底面板5で形成した」との要件が規定されているだけである。取水装置である本件発明にとって,「取水器本体」は不可欠な基本的構成であり,また,これを限定する上記要件は,単に,取水器本体を側面板,前面板,後面板及び底面板で形成するという,極めてありふれた構成であるから,このような要件の有無は,特段の作用効果を奏するものではない。そして,本件発明の実施例等,本件明細書(甲2)の記載を参酌しても,取水スクリーンが簀の子状断面を呈する溶接構造に形成されることが説明されている(段落【0011】,【図2】)ものの,それ以外,取水器本体の大きさ,材料,板部材の厚み等の限定は付されていない。
したがって,相違点1に係る本件発明の構成について,当業者が適宜選択し得る構成であるとした審決の判断は正当である。
イ 原告は,ボックス形状の取水器を設置するに際して,設置現場で施工工事して設置するか,前もって製造された構造物を現場に運んで設置するかも,当業者が適宜選択し得ることではないと主張する。しかしながら,上記第2の2のとおり,本件発明には,ボックス形状の取水器がコンクリート材料で製造されるものを排除する限定はなく,一方,前もって製造された構造物を現場に運んで設置するとの限定も付されていない。原告の主張は,本件発明の要旨に基づかない主張であり,採用することができない。
審決は,上記のとおり,施工現場で施工工事して設置するか,前もって製造された構造物を現場に運んで設置するかは,当業者が適宜選択し得ることであるとし,本件発明の要旨について,前もって製造された構造物を現場に運んで設置することを要件としているかのように説示する部分があり,適切な説示とはいえないが,いずれにせよ,相違点1に係る本件発明の構成について,当業者が適宜選択し得る構成であるとした審決の判断を左右するものではないから,原告の上記主張は失当である。
(2) 相違点2 審決は,相違点2に係る本件発明の構成が格別の作用効果を奏するとも認められないから,当業者が適宜採用し得る設計上の事項であると判断するところ,本件発明の流入受け板の構成は,取水スクリーンとの関係において特段の限定が付されていないから,これが格別の作用効果を奏すると認められない設計事項であるとする審決の判断は正当である。
原告は,相違点2に係る構成が格別の作用効果を奏するかどうかは,本件発明の他の構成と一体のものとして判断されるべきであると主張する。しかしながら,他の構成と一体のものとして格別の作用効果を奏するかどうかは,取消事由4(顕著な作用効果の看過)において検討されるべきものであって,相違点2の判断において考慮されるべきものではないから,原告の主張は採用することができない。
(3) 相違点3 原告は,引用例1(甲4)の取水器はコンクリート工事で施工されたものであり,これがボックス形状として同一の技術内容と理解されるのは,図面上でボックス形状及び取水という原理が同じだけで,技術的に相違点3に係る技術事項を示すものではないと主張する。
しかしながら,本件発明の取水器があらかじめ工場生産されたものに限定されないことは上記(1)イのとおりであって,引用例1の取水器がコンクリート工事で施工されたものであることは,これが相違点3に係る本件発明の構成につき開示していることを,何ら否定するものではない。また,審決は,取水部の側面に取水口を設ける構成を相違点3に係るものとするが,取水口がボックス形状である構成を相違点3とするものではないから,引用例発明1(甲4)の取水部がボックス形状かどうかを問題とする原告の主張は失当である。
(4) 相違点4 取水器を設置するに際しては,水利特性や規模等を考慮することは当然であり,これを河川幅全体ではなく取水用堰堤の凹所に設けて,河川幅の一部から取水することは,当業者が適宜選択し得る設計事項であることは明らかであるから,これと同旨をいう審決の判断は正当である。
原告は,本件発明の相違点2に係る構成が格別の作用効果を奏するかどうかは,本件発明の他の構成と一体のものとして判断されるべきであると主張するが,相違点2と同様,相違点4についても,他の構成と一体のものとして格別の作用効果を奏するかどうかは,取消事由4(顕著な作用効果の看過)において検討されるべきものである。
3 取消事由3(引用例の組合せに係る容易想到性の判断の誤り)について 引用例発明1(甲4)は河床埋設型取水装置に係るもの,引用例発明2(甲5)は渓流取水工に係るもの,引用例発明3(甲6)は河川からの取水工に係るもの,引用例発明4(甲7)は渓流取水工に係るものであり,いずれも同一技術分野の発明で,その技術事項を相互に適用可能なものであって,適用を阻害する要因もうかがわれないから,引用例発明1〜4を組み合わせることは,当業者にとって容易に想到することができる。
原告は,複数の引用例に基づいて発明の容易想到性を判断する場合には,引用例を組み合わせる起因ないし動機付けがあるかどうかを基準とすべきであると主張するところ,確かに,この主張は,一般論としては首肯することができる。しかしながら,本件においては,上記のとおり,引用例発明1〜4は,同一技術分野の発明であり,その技術事項を相互に適用可能なものであるから,複数の引用例を組み合わせる起因ないし動機付けがあるということができ,原告の主張は採用することができない。
また,原告は,引用例発明1〜4が課題,作用効果等において本件発明と全く異なると主張するが,複数の引用例を組み合わせることが当業者にとって容易想到かどうかは,引用例自体から判断されるべき事項であって,本件発明と課題,作用効果等が共通するかどうかを問題とすべきではないし,仮に,これを問題とするとしても,本件発明は,表流水の背面取水装置であって,引用例発明1〜4と同一技術分野の発明であるから,課題等を共通にするというべきである。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)について 原告は,本件発明について,持ち運びが簡単で極めて容易であり,また,工場生産して現場に持ち込んで容易に設置し得るため,小規模工事で済み,工事コストを低廉に抑え得る,水田の水路の各部にも設置して水田毎に水の供給が可能である等の本件発明特有の顕著な作用効果を奏すると主張する。しかしながら,本件発明は,その構成上,取水装置の大きさ,重量等について何ら限定を付したものではないから,持ち運びが簡単で極めて容易であることが本件発明の作用効果であるということはできないし,工場生産して現場に持ち込んで容易に設置し得ることが本件発明の構成から導かれないことも上記のとおりである。また,取水器をボックス形状とすることにより,格別の作用効果が奏されるというべき根拠も見当たらない。したがって,原告の主張は採用の限りではない。
5 取消事由5(商業的成功を参酌しない違法)について 原告は,本件発明の実施品のカタログ(甲11)には,本件特許出願時の技術水準では市場に提供されなかった技術的事項及び優れた技術的効果が説明されているが,このような技術的効果を奏する競合製品は皆無であったため,当業界で歓迎され独占的な商品となったという商業的成功は,本件発明の作用効果が顕著であることを示すものであるとした上,審決は,本件発明の進歩性を判断するに際して,この商業的成功の事実を参酌しない違法があると主張する。
しかしながら,上記のとおり,本件発明の奏する顕著な作用効果として原告の主張するものは,いずれも,本件発明の構成が奏する効果とは認められない上,原告が主張する本件発明の実施品のカタログ(甲11)には,流水受け板の左右両側位置に跳水防止ガイドが設けられているなど,本件発明の改良発明である本件明細書の特許請求の範囲【請求項2】〜【請求項8】記載の発明の実施品である可能性が高いのであるから,商業的成功を本件発明の進歩性の判断において参酌すべきことをいう原告の主張は採用することができない。
6 そうすると,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 長沢幸男