関連審決 | 異議2001-72246 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 分割出願 / 技術的意義 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 請求の範囲 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
130号
特許取消決定取消請求事件
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原告 東京応化工業株式会社 訴訟代理人弁護士 稲元富保 訴訟代理人弁理士 小山有 被告 特許庁長官太田信一郎 指定代理人 西川恵雄 同 氏原康宏 同 高木進 同 大橋良三 同 涌井幸一 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/06/05 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が異議2001−72246号事件について平成14年1月28日にした特許取消決定を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨。 2 被告 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「被膜形成方法」とする特許第3135846号の特許(平成8年8月27日に,平成元年9月13日出願の平成1年特許願第238142号の分割出願として特許出願(以下「本件出願」という。),平成12年12月1日に特許権設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。 本件特許(請求項の数は1である。)について,特許異議の申立てがなされ,特許庁は,この申立てを,異議2001-72246号として審理し,その結果,平成14年1月28日に,「特許第3135846号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年2月18日にその謄本を原告に送達した。 2 特許請求の範囲(請求項1) 「ガラス板や半導体ウェハー等の被処理物の搬送ラインに沿って,上流側から下流側に向かって,塗布装置,減圧乾燥装置及び洗浄装置を配置した被膜形成ラインによる被膜形成方法であって,この被膜形成方法は,塗布装置にて表面に塗布液が塗布された被処理物を減圧乾燥装置に送り込み,この減圧乾燥装置において,被処理物表面に塗布された塗布液をある程度乾燥せしめ,次いでこのある程度塗布液が乾燥せしめられた被処理物を洗浄装置に送り込み,被処理物の表面から廻り込んで付着し,ある程度乾燥せしめられた余分な塗布液を除去するようにしたことを特徴とする被膜形成方法。」(以下「本件発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書の写し記載のとおりである。要するに,本件発明は,特開昭63-234530号公報(甲第3号証。以下「刊行物1」という。)記載の発明(以下「刊行物1発明」という。),米国特許第4510176号明細書(甲第4号証。以下「刊行物2」という。)記載の発明(以下「刊行物2発明」という。)及び周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができない,というものである。 決定が上記結論を導くに当たり認定した本件発明と刊行物1発明との一致点・相違点は,次のとおりである。 (一致点) 「ガラス板や半導体ウェハー等の被処理物の搬送ラインに沿って,上流側から下流側に向かって,塗布装置,減圧乾燥装置及び少なくとも一部の洗浄装置を配置した被膜形成ラインによる被膜形成方法であって,この被膜形成方法は,塗布装置にて表面に塗布液が塗布された被処理物を乾燥装置に送り込み,この乾燥装置において,被処理物表面に塗布された塗布液を乾燥せしめ,次いでこの塗布液が乾燥せしめられた被処理物を洗浄装置に送り込み,被処理物の表面から廻り込んで付着し,乾燥せしめられた余分な塗布液を除去するようにしたことを特徴とする被膜形成方法。」である点 (相違点) 「塗布ラインに配置される洗浄装置が,前者では洗浄装置の全部であるのに対して,後者では洗浄装置の一部である点。」(以下「相違点1」という。) 「乾燥装置が,前者は減圧乾燥装置であるのに対して,後者はプリべーク部である点。」(以下「相違点2」という。) 「乾燥装置及び洗浄装置における塗布液の乾燥の程度が,前者はある程度の乾燥であるのに対して,後者は,乾燥の程度が明らかではない点。」(以下「相違点3」という。) |
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原告主張の決定取消事由の要点
決定は,本件発明と刊行物1発明との一致点・相違点の認定を誤り,相違点2,3についての判断を誤ったものであり,これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 本件発明と刊行物1発明との一致点・相違点の認定の誤り (1) 決定は,「後者(判決注・刊行物1発明)の「レジスト周辺除去装置11」及び「現像処理の装置」は,両者で半導体基板4の周辺,側面及び裏面に付着したレジストを除去する機能を有するものであるから,前者(判決注・本件発明)の洗浄装置に相当し,後者の「レジスト周辺除去装置11」は,不要なレジスト部分を,その後の現像処理により除去し得るように,半導体基板の周辺,側面及び裏面部分に,紫外線等のレジストを露光する波長の光を含んだ光線を照射するものであって,レジスト周辺除去装置11による紫外線等の照射はレジスト周辺除去工程の一部と認められるから,前記「レジスト周辺除去装置11」は,前者の「洗浄装置の一部」というべきものである。」(決定書4頁第29行〜37行)と認定し上で,これを前提として,本件発明と刊行物1発明とは,「ガラス板や半導体ウェハー等の被処理物の搬送ラインに沿って,上流側から下流側に向かって,塗布装置,減圧乾燥装置及び少なくとも一部の洗浄装置を配置した被膜形成ラインによる被膜形成方法であって,この被膜形成方法は,塗布装置にて表面に塗布液が塗布された被処理物を乾燥装置に送り込み,この乾燥装置において,被処理物表面に塗布された塗布液を乾燥せしめ,次いでこの塗布液が乾燥せしめられた被処理物を洗浄装置に送り込み,被処理物の表面から廻り込んで付着し,乾燥せしめられた余分な塗布液を除去するようにしたことを特徴とする被膜形成方法。」(決定書5頁4行〜11行)である点で一致し,「塗布ラインに配置される洗浄装置が,前者(判決注・本件発明)では洗浄装置の全部であるのに対して,後者(判決注・刊行物1発明)では洗浄装置の一部である点」(決定書5頁13行〜14行。相違点1)で相違する,と認定した。しかし,決定の上記一致点・相違点の認定は,誤りである。 (2) 刊行物1発明の搬送ライン上に存在する「レジスト周辺除去装置11」は,露光装置のことである。露光装置が洗浄装置でないことは,技術常識に照らし明らかである。刊行物1発明においては,現像の後にリンスつまり洗浄工程があるため,現像処理も洗浄とは異なるものである。現像液によって不要な部分を除去するという機能面からみて,刊行物1発明の現像装置が本件発明の洗浄装置に相当する,と解する余地はあるものの,露光装置を,洗浄装置そのものであるとか,洗浄装置の一部であるとか解する余地はない。 刊行物1発明における「レジスト周辺除去装置と現像処理の装置を合わせたもの」は,プリベークが終了したポジ型ホトレジストに光を照射して,照射した部分をアルカリ可溶化せしめ,この後,現像液(アルカリ液)によって光を照射した部分を除去する,というものである。 本件発明の「洗浄装置」は,基板周辺部の生乾き状態の塗布液に洗浄液を吹き付けて除去するというものである。 刊行物1発明の「レジスト周辺除去装置と現像処理の装置」と本件発明の「洗浄装置」との間には,上記のような相違がある。決定は,上記相違点を看過した結果,誤って両者が一致すると認定した。相違点1の認定は,この誤った認定の下になされたものである。 2 相違点2についての判断の誤り 決定は,相違点2(乾燥装置が,前者は減圧乾燥装置であるのに対して,後者はプリべーク部である点)につき,「レジスト塗布後のプリベークによる乾燥を減圧条件下で行うことは,刊行物3〜7(判決注・後記甲第5ないし第9号証刊行物)に示されているように,本件特許出願の出願前において,斯界では周知の事項である。してみると,刊行物1記載の発明のプリベーク部による乾燥を,上記周知の事項を適用して,減圧条件下で行うようにすることは,当業者が容易に想到し得ることと認められ,しかも,周知の事項を適用することを阻害する特段の事情も認められない。したがって,刊行物1記載の発明に周知の事項を適用して,相違点1(判決注・「相違点2」の誤記であると認める。)に係る構成を本件発明のように設けることは,当業者が容易になし得るといわざるを得ない。」(決定書5頁28行〜37行)とした。しかし,この認定判断は誤りである。 本件発明の「減圧乾燥装置」は,本件出願の願書に添付された明細書及び図面(以下,両者を併せて「本件明細書」という。甲第2号証はこれに係る特許公報である。)全体の記載,及び,加熱する場合には塗布液の表面が先に乾燥してしまい生乾きにすることが困難であるという技術常識に照らすと,加熱を併用する減圧乾燥装置を除外するものであることが明らかである。 刊行物1発明のプリベーク炉で行われる塗布液の加熱乾燥においては,表層の固化が優先的に進む。そのため,同炉において塗布液を生乾き状態にするためには,加熱温度を細かく制御する必要がある。プリベーク炉でこのような制御をすることは,極めて困難である。連続して被処理物を処理する場合には,前の処理によって炉内が加熱されているので,最初の数枚の被処理物と,処理がある程度進んだ時点の被処理物とで,加熱時間を変えなければならないことになる。このようなことは極めて困難である。刊行物1に記載されたプリベーク炉での加熱乾燥で,塗布液を生乾き状態にすることは,実質的に不可能である。 特開昭62-22431号公報(甲第5号証),特開昭60-21522号公報(甲第6号証),特開昭63-229829号公報(甲第7号証),特開昭63-52410号公報(甲第8号証),特開平1-130525号(甲第9号証。)(以下,これらを併せて「甲第5ないし第9号証刊行物」ということがある。)に,「レジスト塗布後のプリベークによる乾燥を減圧条件下で行うこと」が開示されていることは,決定の述べるとおりである。しかし,上記各刊行物記載の発明はいずれも加熱処理を行うものであるから,これらの刊行物の記載をもって,直ちに,刊行物1のプリベーク部を,加熱手段を有さない本件発明の「減圧乾燥装置」に置換することが容易であるとすることはできない。 3 相違点3についての判断の誤り (1) 決定は,相違点3(乾燥装置及び洗浄装置における塗布液の乾燥の程度が,前者はある程度の乾燥であるのに対して,後者は,乾燥の程度が明らかではない点)につき,本件発明における「ある程度乾燥」とは,「洗浄に極めて長時間を要しない乾燥状態」であり,「完全乾燥を除く乾燥の程度が進んだ状態」である(決定書7頁11行〜12行),と認定し,これを前提に,「刊行物2には,フォトレジストのような塗布液をほとんど乾燥させた後,ほとんど乾燥せしめられた余分な塗布液を除去することが記載されており,刊行物2記載の発明の「ほとんど乾燥」は,完全乾燥ではない乾燥が進んだ状態であるから,本件発明の「ある程度乾燥」の範疇に属する乾燥状態であると認められる。そして,刊行物2記載の発明は,刊行物1記載の発明と同じく,「半導体ウェハー等の被処理物に対する被膜形成方法」という技術分野に属するものであるから,刊行物1記載の発明に刊行物2記載の発明を組み合わせ,相違点3に係る構成を本件発明のように設けることは,当業者が容易になし得るものである。」(決定書7頁16行〜25行)と認定判断した。しかし,決定の上記認定も,これを前提とする認定判断も誤りである。 本件発明の特許請求の範囲にいう「ある程度乾燥」とは,本件明細書中の発明の目的,作用・効果の記載によれば,基材表面に塗布された塗布液が搬送の振動で波打ったり,裏面に回りこんだり,塗布液を除去した跡に新たな塗布液が流れ込んだりしない範囲で,できるだけ液体に近い状態の乾燥,すなわち,「生乾き」状態を指すことが明確である。すなわち,本件発明における「ある程度乾燥」とは,決定のいう「洗浄に極めて長時間を要しない乾燥状態」とは異なる状態である。あえて洗浄時間を基準として規定するならば,「洗浄に長時間を要しない乾燥状態」である。ここに「洗浄に長時間を要しない乾燥状態」とは「完全乾燥」と「ほとんど乾燥」とを除く乾燥の程度が進んだ状態のことである。 (2) 刊行物2発明における「ほとんど乾燥」は,フォトレジストが最終的な厚さになるまで基板を2000rpmから5000rpmで高速回転させた場合の乾燥状態であるから,「完全乾燥」に近い状態,完全ではないが極めて完全に近い,あるいは完全とみなしてもよい程度の乾燥のことをいい,本件発明における「ある程度乾燥」とは異なる,というべきである。 |
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被告の反論の要点
決定の認定判断は正当であり,決定に取消事由となるような誤りはない。 1 本件発明と刊行物1発明との一致点・相違点の認定の誤り,の主張について 刊行物1には,「次にレジストを塗布された半導体基板4は・・・レジスト周辺除去装置11(第1図)に搬送される。・・・このときに光源1より発生する光線例えば436nmの波長を含んだ光線を,・・・半導体基板4の周辺,側面及び裏面部に照射する。・・・次に本発明によるレジスト周辺除去装置による処理が終了した後,半導体基板4はアンローダー部12に収納され,後で行われる現像処理時に半導体基板4のレジスト不要部分が完全に除去される。」(甲第3号証第2頁左下欄20行〜右下欄20行),「本発明はレジストの回転塗布終了後に,レジストを塗布された半導体基板の周辺,側面及び裏面部分に被着している不要なレジスト部分のみに,紫外線等のレジストを露光する波長の光を含んだ光線を照射した後,その後の現像処理により不要なレジスト部分を完全に除去できる効果がある。」(同3頁左上欄9行〜15行)との記載がある。 刊行物1のこれらの記載によれば,刊行物1発明において,露光を行う「レジスト周辺除去装置11」と「現像処理の装置」とは,両者が一体不可分の関係で,半導体基板4の周辺,側面及び裏面に付着したレジストを除去するという,作用・機能を発揮しているということができる。 本件明細書の特許請求の範囲には,「被処理物を洗浄装置に送り込み,被処理物の表面から廻り込んで付着し,ある程度乾燥せしめられた余分な塗布液を除去するようにした」(甲第2号証1欄9行〜12行)との記載があり,同記載によれば,本件発明の「洗浄装置」は,被処理物周辺部の塗布液を除去するという,作用・機能を発揮する装置であるということができる。 決定は,刊行物1発明における「レジスト周辺除去装置11」と「現像処理の装置」とを合わせたものと,本件発明の「洗浄装置」とが,共に,被処理物周辺部の塗布液を除去するという,同一の作用・機能を発揮していることをとらえて,その同一の作用・機能を発揮している限りにおいて刊行物1記載の発明の「レジスト周辺除去装置11」及び「現像処理の装置」が本件発明の「洗浄装置」に相当する,と認定したものである。決定の上記認定に誤りはなく,この認定を前提とする本件発明と刊行物1発明との一致点・相違点の認定にも誤りはない。 2 相違点2についての判断の誤り,の主張について レジスト塗布後のプリベークによる乾燥を減圧下で行うことは,甲第5ないし第9号証刊行物に示されているように,刊行物1発明の属する「半導体ウェハーのレジスト被膜形成」の技術分野において周知の事項であり,刊行物1発明に上記周知の事項を適用することを阻害する特段の事情も認められない。刊行物1発明のプリベーク部による乾燥を減圧条件下で行うようにすることは当業者が容易に想到し得るとした,決定の判断に誤りはない。 原告の主張は,本件発明の減圧乾燥が,非加熱乾燥であることを前提とするものである。しかし,@本件明細書には,特許請求の範囲はもちろん発明の詳細な説明,図面のいずれにも,本件発明の減圧乾燥を非加熱条件下で行う,との記載が全くないこと,A甲第5ないし第9号証刊行物には,減圧乾燥として,加熱条件下の乾燥(甲第5ないし第8号証刊行物参照)と非加熱条件下の乾燥(甲第9号証刊行物第3頁右上欄18行〜左下欄3行参照)との双方が存在することが示されていることからすれば,原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものというべきであり,失当である。 3 相違点3についての判断の誤り,の主張について (1) 本件発明にいう「ある程度乾燥」の文言も,刊行物2記載の「ほとんど乾燥」の文言も,いずれも乾燥の程度を定量的に厳密に表現するものでないため,両者を文言のみで対比してその関係を判断することはできない。本件発明にいう「ある程度乾燥」と刊行物2発明の「ほとんど乾燥」の関係は,それぞれの発明の作用・効果を含めた技術的意義に照らして判断する必要がある。 決定は,本件明細書の発明の詳細な説明中の「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,被処理物の裏面を洗浄液によって裏面に廻り込んだ塗布液を除去しても,またすぐに表面側から塗布液が廻り込んでしまう。逆に,表面側の塗布液を完全に乾燥させ塗布液が廻り込まないようにしてから洗浄すると,洗浄に極めて長時間を要することになる。」(甲第2号証段落【0005】),「【課題を解決するための手段】・・・被処理物に塗布した液体がある程度乾燥した後に,裏面洗浄を行なうので,塗布した液体が再び裏面に廻り込むことがない。ここで,「ある程度乾燥せしめる」とは所謂「生乾き」状態を指し,完全乾燥を含まないのは,発明の目的から当然である。」(同号証段落【0006】,「【発明の効果】・・・塗布装置にて被処理物に塗布された塗布液を,減圧乾燥装置にて所謂生乾きの状態にして洗浄装置に送り込むようにしたので,表面に塗布された塗布液が搬送の振動で波打ったり,表面に塗布した塗布液が裏面に過度に廻り込んだり,更には裏面に廻り込んだ塗布液が落下することを防止でき,しかも完全に乾燥させていないので,簡単に溶媒(洗浄液)に溶解し,裏面洗浄の時間を短縮することができる。」(同号証段落【0018】)との記載に基づいて,本件発明における「ある程度乾燥」の語について,「塗布液が裏面に廻り込むことがなく,しかも,洗浄に極めて長時間を要しない,乾燥状態」を意味し,「洗浄に極めて長時間を要しない」乾燥状態とは,完全乾燥を除く乾燥の程度が進んだ状態であると解したものであり,その認定判断に誤りはない。 (2) 刊行物2発明は,「ほとんど乾燥」の状態で,溶媒噴流によってレジスト周辺部を除去しているから,当該「ほとんど乾燥」は,周辺部の除去を円滑に行い得る乾燥状態というべきであり,また,乾燥状態であることから,当然に塗布液が裏面に廻り込まない状態である。そして,「ほとんど乾燥」の状態において周辺部を除去した後に,レジストを完全に乾燥させているから,「ほとんど乾燥」が完全乾燥でもないことは明らかである。 (3) 上に述べたところによれば,決定が,作用・効果を含めた技術的意義に明確な差異がないことを根拠に,刊行物2記載の「ほとんど乾燥」を本件発明の「ある程度乾燥」の範疇に属する,とした上で,刊行物1発明の乾燥装置及び洗浄装置に,「ウエハ表面に塗布されたフォトレジストをほとんど乾燥させた後,ほとんど乾燥せしめられたウエハ周囲の余分なフォトレジストを除去すること」という,刊行物2発明を組み合わせ,相違点3に係る本件発明の構成とすることは,当業者が容易になし得ることである,とした決定の判断にも誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明と刊行物1発明との一致点・相違点の認定の誤り,の主張について (1) 原告は,決定が,刊行物1発明における「レジスト周辺除去装置11」及び「現像処理の装置」を合わせたものが,本件発明の「洗浄装置」に相当すると認定した上で,この認定に基づき,両発明は,「洗浄装置」を備えている点において一致する,と認定したことは,誤りである,と主張する。 (2) 刊行物1(甲第3号証)には,半導体基板周辺のレジストの不用部分の除去方法に関し,次の記載がある。 ア「〔産業上の利用分野〕本発明は,マスクを用いて半導体基板(ウェハー)の表面にパターンの転写を行うに先だって,ウェハー周辺,側面及び裏面部に付着したレジストを除去する装置に関する。」(1頁左下欄10行〜14行), イ「第2図(判決注・別紙図面2参照)は本発明のレジスト周辺除去装置を塗布機に組み込んだ一実施例である。 7はCRT(操作部を含む),8はローダー部,9は塗布処理部,10はプリベーク部,11はレジスト周辺除去装置(第1図)(判決注・別紙図面2参照),12はアンローダーである。 半導体基板4はローダー部8より塗布処理部9に搬送され,その後レジストを所望の膜厚に回転塗布をする。・・・次にレジストを塗布された半導体基板4はプリベーク部10において100℃〜130℃の範囲内の任意の温度でプリベークを行い,レジスト周辺除去装置11(第1図)に搬送される。ここで,半導体基板4はチャック5により吸着固定され,モーター6により1000〜5000rpmの範囲内の任意の回転数で半導体基板4を回転させる。このときに光源1により発生する光線例えば436nmの波長を含んだ光線を,光ファイバー2を介して投光器3から半導体基板4の周辺,側面及び裏面部に照射する。・・光線を照射する時間はレジストが完全に露光される時間以上照射する必要がある。次に本発明によるレジスト周辺除去装置による処理が終了した後,半導体基板4はアンローダー部12に収納され,後で行われる現像処理時に半導体基板4のレジスト不要部分が完全に除去される。」(2頁左下欄11行〜右下欄20行) ウ「本発明はレジストの回転塗布終了後に,レジストを塗布された半導体基板の周辺,側面及び裏面部分に被着している不要なレジスト部分のみに,紫外線等のレジストを露光する波長の光を含んだ光線を照射した後,その後の現像処理により不要なレジスト部分を完全に除去できる効果がある。」(3頁左上欄9行〜15行) 上に認定した刊行物1の記載及び図面1,2によれば,刊行物1発明における「レジスト周辺除去装置11」は,半導体基板の周辺,側面及び裏面部分に被着しているレジストの不要部分のみに,紫外線等のレジストを露光する波長の光を含んだ光線を照射する装置であり,「レジスト周辺除去装置11」において可溶化されたレジストは,その後,ライン上に設置されていない現像装置において現像液により溶解除去されるものであるということができる。 すなわち,刊行物1発明における「レジスト周辺除去装置11」は,レジストを塗布され,プリベーク部10において100℃〜130℃の範囲内の任意の温度でプリベークをされた半導体基板周辺のレジストの不要部分を,その後の現像処理により完全に溶解除去できるように,これを現像液との関係で可溶化する(現像液によって溶解させられる状態にする)ものである。刊行物1発明においては,「レジスト周辺除去装置11」においてレジストを可溶化して初めて,「現像装置」においてレジストの不要部分を除去できるものであるから,「レジスト周辺除去装置11」及び「現像装置」の両者を合わせたものが半導体基板周辺部の不要なレジストの除去処理装置であり,搬送ラインには,このような除去処理装置のうちの一部の装置が設置されているということができる。 (3) 本件明細書(甲第2号証はこれに係る特許公報である。)には,本件発明の「洗浄装置」に関し,次の記載がある(別紙図面1参照)。 ア「【従来の技術】液晶基板として用いるガラス板にはガラス中のナトリウムが液晶に悪影響を及ぼすのを防止したり,ガラス板の屈折率を調整するため,ガラス板表面に所定の性質を有する被膜を形成している。斯かる被膜を形成するには,被処理物の表面に被膜形成用の塗布液を滴下し,これをスピンナーによって均一に拡げ,次いで加熱することで被膜とするようにしている。 上述した従来の装置において,スピンナーによって被膜形成用の液体を被処理物表面に塗布する場合,被処理物の外端部まで拡がった塗布液の一部が被処理物の裏面まで廻り込んでそのまま固まってしまう。 斯かる不利を解消するため,従来にあってはスピンナー装置と同一箇所において,被処理物の裏面に洗浄液を吹き付け,裏面まで廻り込んだ塗布液を除去するようにしている。」(段落【0002】〜【0004】) イ「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,被処理物の裏面を洗浄液によって裏面に廻り込んだ塗布液を除去しても,またすぐに表面側から塗布液が廻り込んでしまう。逆に,表面側の塗布液を完全に乾燥させ塗布液が廻り込まないようにしてから洗浄すると,洗浄に極めて長時間を要することになる。」(段落【0005】) ウ「【課題を解決するための手段】上記課題を解決すべく本発明に係る被膜形成方法は,ガラス板や半導体ウェーハ等の被処理物の搬送ラインに沿って,上流側から下流側に向かって,塗布装置,減圧乾燥装置及び洗浄装置を配置した被膜形成ラインによる被膜形成方法を前提とし,前記塗布装置にて表面に塗布液が塗布された被処理物を減圧乾燥装置に送り込み,この減圧乾燥装置において,被処理物表面に塗布された塗布液をある程度まで乾燥せしめ,次いでこのある程度塗布液が乾燥せしめられた被処理物を洗浄装置に送り込み,被処理物表面に既に廻り込んでいる塗布液を除去するようにした。このように本発明によれば,被処理物に塗布した液体がある程度乾燥した後に,裏面洗浄を行なうので,塗布した液体が再び裏面に廻り込むことがない。ここで,「ある程度乾燥せしめる」とは所謂「生乾き」状態を指し,完全乾燥を含まないのは,発明の目的から当然である。」(段落【0006】) エ「以上において被処理物Wの表面に被膜を形成する方法を以下に述べる。先ず投入部1まで搬送されてきた被処理物Wを搬送装置6を用いて塗布用スピンナー2のチャック22上に移載する。この場合,被処理物はその前後端下面を一対の水平バー62,62の支持爪63にて係止された状態で移される。 この後ノズル23からチャック22上に保持されている被処理物2表面の中央に被膜形成用の塗布液をを均一に拡げる。この時,被処理物Wの外端部下面には被膜形成用の液体の一部が廻り込んでいるがそのまま減圧乾燥装置3に搬送してある程度まで乾燥せしめる。 次いで搬送装置6によって被処理物を洗浄用スピンナー4のチャック42上に移載し,チャック42で吸着した状態で被処理物Wを高速回転せしめるとともに仮面にノズル43から洗浄液を噴出し,下面に廻り込んである程度固まった塗布液を洗い落とす。」(段落【0014】〜【0016】) オ「【発明の効果】以上に説明したように本発明によれば,被処理物の搬送ラインの上流側から下流側に向かって,塗布装置,減圧乾燥装置及び洗浄装置を配置した被膜形成ラインによって被膜を形成するにあたり,塗布装置にて被処理物に塗布された塗布液を,減圧乾燥装置にて所謂生乾きの状態にして洗浄装置に送り込むようにしたので,表面に塗布された塗布液が搬送の振動で波打ったり,表面に塗布した塗布液が裏面に過度に廻り込んだり,更には裏面に廻り込んだ塗布液が落下することを防止でき,しかも完全に乾燥させていないので,簡単に溶媒(洗浄液)に溶解し,裏面洗浄の時間を短縮することができる。」(段落【0018】) 上に認定した本件明細書の記載によれば,本件発明は,塗布液を塗布され減圧乾燥装置である程度乾燥された被処理物の洗浄を行うことにより,被処理物の表面から廻り込んで裏面に付着した塗布液を除去するものであり,本件発明における「洗浄装置」とは,溶媒(洗浄液)を被処理物表面に吹き付ける等して適用し,被除去対象を被処理物から除去する装置であるということができる。 (4) 上記(2)及び(3)でそれぞれ認定した刊行物1及び本件明細書の各記載によれば,刊行物1発明における「レジスト周辺除去装置11」及び「現像処理の装置」と,本件発明の「洗浄装置」とは,被除去対象である被処理物周辺の不要部分を被処理物から除去するという機能において一致する。決定が,このような機能における一致点に着目して,刊行物1発明における「レジスト周辺除去装置11」及び「現像処理の装置」が,本件発明の「洗浄装置」に相当する,と認定したこと自体は,何ら,誤りではない。 しかしながら,上記認定の本件明細書及び刊行物1の各記載によれば,本件発明と刊行物1発明とは,被除去対象である被処理物周辺の不用部分の具体的な除去方法において異なることが明らかである。すなわち,本件発明においては,「洗浄装置」により溶媒を用いた洗浄処理によって不要部分の除去を行うのに対し,刊行物1発明においては,搬送ラインに設けられた「露光装置」及び搬送ラインに設けられていない「現像装置」とから成る装置により,光の照射及び現像液による溶解処理を行うことによって不要部分の除去を行うものである。 決定は,本件発明と刊行物1発明とは,「ガラス板や半導体ウェハー等の被処理物の搬送ラインに沿って,上流側から下流側に向かって,塗布装置,減圧乾燥装置及び少なくとも一部の洗浄装置を配置した被膜形成ラインによる被膜形成方法であって,この被膜形成方法は,塗布装置にて表面に塗布液が塗布された被処理物をを洗浄装置に送り込み,この乾燥装置において,被処理物表面に塗布された塗布液を乾燥せしめ,次いでこの塗布液が乾燥せしめられた被処理物を洗浄装置に送り込み,被処理物の表面から廻り込んで付着し,乾燥せしめられた余分な塗布液を除去するようにしたことを特徴とする被膜形成方法。」で一致」(決定書5頁4行〜11行)するとし,洗浄装置についての相違点(相違点1)として「塗布ラインに配置される洗浄装置が,前者では洗浄装置の全部であるのに対して,後者では洗浄装置の一部である点」を挙げるのみで,上記被処理物周辺の不要部分の具体的な除去方法における相違を相違点として認定していない。 上記のとおり,刊行物1発明において搬送ラインに設けられるものは,洗浄機能を有しない,溶解処理装置の一部である露光装置であって,これを「洗浄装置」の一部ということはできない。決定が「少なくとも一部の洗浄装置を配置」する点及び「被処理物を洗浄装置に送り込」む点を両発明の一致点と認定したのは誤りであり,決定は,被処理物周辺の不要部分の除去方法が,本件発明においては「洗浄装置」によるものであるのに対し,刊行物1発明においては「露光装置」及び「現像装置」によるものであるという相違点を看過したものというべきである。 決定は,上記相違点を看過した結果,刊行物1発明から同相違点に係る本件発明の構成に想到することの容易性,例えば,刊行物1発明の露光装置及び現像装置によるものを洗浄装置によるものに置換する点の容易想到性,さらに,置換した場合において,洗浄のために搬送ライン上に乾燥のための減圧乾燥装置を前置する点等の容易想到性については,何ら判断をしないままに,結論に至っているのである。 2 以上のとおりであるから,決定は,本件発明と刊行物1発明との一致点・相違点の認定を誤って相違点を看過し,その結果,同相違点に係る本件発明の構成の容易想到性についての検討を欠いたまま結論に至ったものであり,この誤りが決定の結論に影響を及ぼすことは明らかである。決定は,取消しを免れない。 |
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結論
以上によれば,その余の原告主張について検討するまでもなく,原告の本訴請求は,理由があることが明らかである。そこで,これを認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 阿部正幸 |