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関連審決 審判1999-1309
関連ワード 方法の発明 /  アクセス /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  周知技術 /  技術常識 /  パリ条約 /  優先権 /  着想 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  交換 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 170号 審決取消請求事件
原告 イーコピー,インコーポレイテッド
訴訟代理人弁理士 古谷馨
同 溝部孝彦
同 古谷聡
同 西山清春
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 関川正志
同 東次男
同 大橋良三
同 小林信雄
同 涌井幸一
同 高橋泰史
同 小曳満昭
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/06/05
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第1309号事件について平成13年11月27日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文1,2項と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成5年11月5日(パリ条約による優先権主張1992年11月5日,米国),発明の名称を「ディジタル走査文書の自動的な作成,識別,経路指定および保存のための方法とシステムと装置」とする発明につき特許出願(平成5年特許願第277051号。以下「本件出願」という。)をし,平成10年10月27日に拒絶査定を受けたので,平成11年1月25日に,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,これを平成11年審判第1309号事件として審理し,その結果,平成13年11月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年12月17日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 「【請求項1】所定の複数のシートからなる個別の文書を作成すると共に,走査した文書情報をコンピュータネットワークのユーザに経路指定して送るために,表紙を使用して情報を含むシートをディジタル的に走査する方法であって,前記表紙の有無により各文書の最初と最後のシートを識別し,前記表紙には,機械識別コード内にある前記ユーザの識別情報が含まれていて,文書の走査中にその情報が読み取られるようになっており, 連続するシートの積み重ねを用意して,ディジタル的に走査するための1以上の文書を構成するステップと, 文書を走査するときに,一つの文書を構成するその積み重ね内に最初のシートと他の全てのシートを配置するのに先だって,前記ユーザの識別情報とコンピュータネットワークにおけるディジタル情報の前記ユーザへの所望の経路指定情報とを含む機械識別マークコードを有する表紙を配置するステップと, 前記表紙と前記シートの積み重ねをディジタル化するためのスキャナに供給するステップと, 走査の開始時に,表紙の存在,すなわち,走査されることになる文書の始まりを認識し,次に,表紙の機械識別マークコードを読み取って,それの識別情報及び経路指定情報を記録し,これによって,該表紙を破棄するステップと, スキャナに供給された新しい表紙を認識するか,または他のシートがないことを認識すると,前回の表紙から走査された全てのシートを一つの文書として識別し,次に,走査されディジタル化された文書情報を,前記記録された表紙の識別情報と経路指定情報に従って,前記ユーザに経路指定して直接送信するステップと, 次の検索または次の処理のために前記ユーザのディレクトリにそれらの文書情報を保存するステップ からなる方法。」(以下,請求項1の発明を「本願発明」という。) (【請求項2】ないし【請求項19】は省略。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平3-236668号公報(甲第6号証。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,とするものである。
審決が,上記結論を導く過程において,本願発明と引用発明との一致点・相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「所定の複数のシートからなる個別の文書を作成すると共に,走査した文書情報を指定して送るために,表紙を使用して情報を含むシートをディジタル的に走査する方法であって,前記表紙の有無により各文書の最初と最後のシートを識別し,前記表紙には,情報が含まれていて,文書の走査中にその情報が読み取られるようになっており, 連続するシートの積み重ねを用意して,ディジタル的に走査するための1以上の文書を構成するステップと, 文書を走査するときに,一つの文書を構成するその積み重ね内に最初のシートと他の全てのシートを配置するのに先だって,情報を含む機械識別マークコードを有する表紙を配置するステップと, 前記表紙と前記シートの積み重ねをディジタル化するためのスキャナに供給するステップと, 走査の開始時に,表紙の存在,すなわち,走査されることになる文書の始まりを認識し,次に,表紙の機械識別マークコードを読み取って,それの情報を記録し,これによって,該表紙を破棄するステップと, スキャナに供給された新しい表紙を認識するか,または他のシートがないことを認識すると,前回の表紙から走査された全てのシートを一つの文書として識別し,次に,走査されディジタル化された文書情報を,前記記録された表紙の情報に従って,送信するステップと, 次の処理のためにそれらの文書情報を保存するステップ からなる方法。」 相違点 「機械識別マークコード内にある情報が, 前者(判決注・本願発明)は,「コンピュータネットワークのユーザのディレクトリに,文書情報を保存するための,ユーザの識別情報とユーザへの経路指定情報」 であるのに対して, 後者(判決注・引用発明)は,「ファクシミリのメモリ送信や,直接送信,あるいは,コピー等のそれぞれ異なる処理形態のための情報」 である点。」(以下「審決認定相違点」ということがある。)
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本願発明と引用発明との一致点の認定を誤り(取消事由1ないし3),相違点の認定をも誤ったため(取消事由4),これにより真の相違点を看過して,これらの相違点についての判断を遺脱し,また,審決認定相違点についての判断を誤り(取消事由5),本願発明の顕著な作用効果を看過したものであり(取消事由6),これらの判断の誤りがそれぞれ結論に影響することは明らかであるから,違法として取消しを免れない。
1 取消事由1(「スキャナ」に係る一致点の認定の誤り) 審決は,「後者(判決注・引用発明)の「原稿毎に表紙を付け,ADF上に纏めて重ねておいて,スキャニングすること」・・・は,前者(判決注・本願発明)の「連続するシートの積み重ねを用意して,表紙を使用して情報を含むシートを,スキャナによってディジタル的に走査すること」に・・・対応する。」(審決書4頁(c))と認定した。しかし,この認定は誤りである。
引用発明では,文書の走査(スキャンニング)に,通信機能を具備するファクシミリ装置のスキャナ機能(原稿読取り機能)を使用するのに対し,本願発明では,通信機能を具備しない単独機器のスキャナを通信機能を有するコンピュータに接続して使用するものである。両者は,スキャナの構成が異なる。
したがって,審決の上記一致点の認定は誤りである。
2 取消事由2(「表紙を破棄する」に係る一致点の認定の誤り) 審決は,「後者(判決注・引用発明)においては,「識別シートから,処理形態,および,識別シート番号を認識し,その後,メモリ送信用識別シートであれば,識別シートの後に続く原稿をスキャニングし,メモリ蓄積を行なうなど,処理形態に応じた処理を行っている」・・・のであるから,識別シートである表紙は,処理形態,および,識別シート番号を認識した後は,もはや利用されないことは明らかなことであり,これは,前者(判決注・本願発明)における「表紙の機械識別マークコードを読み取って,その情報を記録し,これによって,該表紙を破棄すること」に,相当する」(審決書5頁(f))と認定した。しかし,この認定は誤りである。
本件出願の願書に添附した明細書及び図面(以下,両者を併せて「本願明細書」という。)の,「次の表紙1’が出現すると(もしくはADFが空),適切に経路指定された文書はステップ26でネットワーク上に送出され,必要なら,ステップ28で表紙データは捨てられる。」(【0026】),及び「(付加した)表紙を捨てる」(図6のステップ28)との記載に照らすと,本願発明の「表紙を破棄する」は,「表紙を捨てる」ことのみならず,「表紙データを捨てる」ことをも含むことが明らかである。しかし,刊行物1には,「表紙を捨てる」との構成も,「表紙データを捨てる」との構成も記載されていない。したがって,本願発明の「表紙を破棄する」との構成は,引用発明にはないのであり,審決がこの構成があることを一致点と認定したのは,誤りである。
被告は,引用発明において,表紙の制御情報が記録された後,表紙を保存する必要がないことは当業者に自明な技術常識である,と主張する。
しかし,本願発明は,「走査の開始時に,表紙の存在,すなわち,走査されることになる文書の始まりを認識し,次に,表紙の機械識別マークコードを読み取って,それの識別情報及び経路指定情報を記録し,これによって,該表紙を破棄する」との構成を備える発明である(請求項1)。すなわち,本願発明は,単に表紙データを認識することにより「表紙を破棄する」のではなく,識別情報及び経路指定情報を記録した結果として,「表紙を破棄する」のである。
不要なものは保存の必要がないことが技術常識であるとしても,これをもって「表紙を破棄する」と同じであるとすることは,短絡にすぎる。被告の主張は,失当である。
3 取消事由3(「文書情報を保存する」に係る一致点の認定の誤り) 審決は,「後者(判決注・刊行物1)においては,処理形態の1つとして,「メモリ送信」が記載されており,これは前者(判決注・本願発明)の,「文書情報を保存すること」に,相当する。」(審決書5頁(g))と認定する。しかし,この認定は誤りである。
本願発明では,送信先ユーザに割り当てられたコンピュータネットワーク上のディレクトリ(領域)に文書情報を保存するものであり,送信元のコンピュータにこれを保存するものではない。これに対して,引用発明では,送信元であるファクシミリ装置の内部記憶部に画像データを保存するのであり,保存の段階で送信先ユーザを区別することはない。両者は,保存する領域が異なるのである。
したがって,本願発明における「コンピュータネットワーク」の「ユーザのディレクトリにそれらの文書情報を保存する」(請求項1)との構成は,引用発明にはない構成であり,この構成の存在を一致点と認定したのは誤りである。
被告は,審決が一致点としたのは「文書情報を保存する」点のみであり,審決は,「コンピュータネットワーク」の「ユーザのディレクトリにそれらの文書情報を保存する」との構成の有無は相違点として認定している,と主張する。
仮に,審決が一致点としたのが,「文書情報を保存する」点のみであるとしても,審決は,「機械識別マークコード内にある情報」(審決書6頁4行)の相違を相違点として認定しているだけであり,「コンピュータネットワーク上のユーザのディレクトリにそれらの文書情報を保存する」との構成の有無自体を相違点として認定することは,していないのである。
4 取消事由4(相違点の認定の誤り) 審決は,本願発明と引用発明との相違点として,「機械識別マークコード内にある情報」(審決書6頁4行)の相違以外のものは認定していない。しかし,本願発明の「走査した文書情報をコンピュータネットワークのユーザに経路指定して送るために,表紙を使用して情報を含むシートをディジタル的に走査する」,「ユーザの識別情報と・・・ユーザへの所望の経路指定情報とを含む・・・表紙」,及び「走査されディジタル化された文書情報を,・・・表紙の識別情報と経路指定情報に従って,ユーザに経路指定して直接送信する」(請求項1)との各構成は,いずれも引用発明にはない構成である。審決は,相違点の認定において,本願発明と引用発明とのこの相違点を看過している。
5 取消事由5(相違点についての判断の誤り) 審決は,審決認定相違点について,「通信ネットワークとして,コンピュータネットワークもファクシミリネットワークも,よく知られたものであり,また,コンピュータネットワークを利用して,文書情報をユーザへ送信することも,周知のことである。・・・したがって,後者(判決注・引用発明)の「処理目的の異なる複数の原稿群に対して,ファクシミリのメモリ送信や,直接送信,あるいは,コピー等のそれぞれの処理形態を,自動的に認識し,処理するための情報」の記載から,文書情報を,コンピュータネットワークを利用して,それぞれのユーザへ,自動的に送信するために,「ユーザの識別情報とユーザへの経路指定情報」を用いて,前者のようにすることは,当業者が容易に想到し得ることである。」(審決書6頁4.)と判断した。しかし,この判断は誤りである。
(1) ファクシミリ装置(及びファクシミリネットワーク)は,コンピュータネットワークとは,使用する通信プロトコルやハードウエア及びソフトウエア構成が異なっており,そのため,コンピュータネットワークには接続することができない。刊行物1には,コンピュータネットワークとファクシミリ装置の関連付けを示唆する記載はない。
(2) 本願発明は,「オフィスにおいて潜在的に増大するスキャナ使用」(本願明細書,甲第2号証【0012】)に対処し,「オフィスその他におけるスキャナ使用の増加を可能にする」(同【0034】)ことを課題とするものである。刊行物1には,このような課題は記載されていない。このような状況で,引用発明と周知技術に基づき,本願発明に着想することは,当業者といえども困難である。
被告は,引用発明は,ファクシミリ装置の自動原稿送り(ADF)機能を有するスキャナを使用して,送信先,処理形態等が異なる複数の原稿群を,表紙に記録された制御情報の指示に従って一括自動処理するものである,と主張する。
本願発明は,単独で動作し得るスキャナをコンピュータネットワークに接続することを可能にした構成である。これに対して,引用発明は,スキャナ機能をファクシミリ装置内に一体不可分に構成したものである。すなわち,本願発明の課題は,単独の機器として存在する既存のスキャナを更に有効に活用することであって,ファクシミリ装置(及び同装置に組み込まれたスキャナ機能)を有効に活用するものではない。
(3) 審決が引用した周知文献(特開平2-172348号公報,甲第7号証。
以下「刊行物2」という。)において,コンピュータネットワークを介して送信されるものとされているのは,「文書情報の送受信結果に関する情報」であって「文書情報」そのものではない。したがって,刊行物2は,「コンピュータネットワークを利用して文書情報をユーザへ送信すること」が周知技術であることを示す文献ではない。また,コンピュータネットワークを介して文書情報をファイル転送することは,周知技術ではあるものの,この周知技術は,スキャナで走査した経路指定情報等を使用するものではなく,また,走査した文書情報を自動的に送信するものでもない。
したがって,本願発明は,ファクシミリに関する引用発明を,従来のコンピュータネットワーク通信技術に単に転用することにより容易になし得た程度のものである,とする審決の判断は誤りである。
6 取消事由6(顕著な効果の看過) 本願発明は,コンピュータネットワークを介して文書情報の通信を行うものであり,ディジタル情報の通信を行なうコンピュータネットワークと,紙等の物理的媒体に記載されているアナログ情報を読み取るためのスキャナという,それぞれ単独で機能する異質の構成同士を有機的に関連付け,また,文書の表紙にコンピュータネットワーク上の「識別情報」及び「経路指定情報」を含ませるものである。
本願発明は,このような構成により,コンピュータネットワーク上の各ユーザへ文書情報を直接配信することが可能となり,ファクシミリ通信よりも,アクセスの利便性や紙資源の削減などの優れた効果を奏することができるものである。
本願発明においては,送信元ユーザは,文書走査(スキャニング)から送信先ユーザのディレクトリへの文書情報の送信とそこでの保存までを,何らの操作もなく自動的に実行することができる。
送信先ユーザは,自身のディレクトリに文書情報が保存されるため,自身の電子的インボックスを開くことにより,自分あての文書情報をコンピュータネットワーク上の任意のコンピュータで随時閲覧することができる(本願明細書,甲第2号証【0008】10頁8行〜15行)。また,本願発明では,保存された文書を検索して,その文書情報に対して他の処理(コンピュータ上での加工,他のユーザへの送信など)を行うことも可能となる。
引用発明は,公衆網等を使用したファクシミリ装置間での通信を利用するものであり,文書情報のあて先の特定は,ユーザを特定してではなくファクシミリ装置を特定して行われる。したがって,送信先ユーザは,自分あての文書情報にアクセスするには,文書情報を受信したファクシミリ装置の設置場所まで出向く必要がある。また,画像データを送信元ファクシミリ装置の内部記憶装置に格納する構成であるから,送信先ユーザは,受信後に,本願発明では可能な上記処理を行うことはできない。
本願発明は,「表紙の機械識別マークコードを読み取って,それの識別情報及び経路指定情報を記録し,これによって,該表紙を破棄する」(請求項1)との構成により,表紙データのためのバッファメモリ領域を少なくすることが可能になる。本願発明のこの効果は引用発明からは期待できない。
本願発明の効果は,コンピュータネットワークとスキャナとの結合によりはじめてもたらされたものであり,引用発明及び周知技術から予測される範囲を超えた顕著なものである。審決には,このような効果を看過した誤りがある。
被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(「スキャナ」に係る一致点の認定の誤り)について 引用発明のスキャナ(ファクシミリ装置のスキャナ部)がファクシミリ装置内のコンピュータの制御の下で動作していることは明らかであるから,引用発明もスキャナをコンピュータに接続して使用するものということができる。本願発明と引用発明において,スキャナをコンピュータに接続して使用する点について差異はない。
引用発明は,表紙付きの原稿の積み重ねをスキャナ部によりスキャニングしながら読み取っている。本願発明も,表紙付きの連続シートの積み重ねをスキャナによりスキャニングしながら読み取っている。表紙付きのシート(原稿)をスキャナの読取り対象とする点においても,両者間に差異はない。
審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2(「表紙を破棄する」に係る一致点の認定の誤り)について 引用発明においても本願発明においても,表紙は,読取り後の処理を指示する制御情報を提供するものであり,複数の原稿群をまとめて読み取る際に便宜的に導入されたものである。両発明のいずれにおいても,上記制御情報がメモリに記憶された後は,表紙自体は不要となり,これを保存する必要がないことは,当業者に自明な技術常識である。そうである以上,引用発明においても,メモリに記憶された表紙を不要なものとして取り扱うものとされていると理解すべきは当然である。
このように不要なものとして取り扱うことは,これを「破棄する」ことと同じである,とみるべきである。
審決は,上記技術常識に鑑み,引用発明の処理を,本願発明の「表紙を破棄する」に対応すると認定したものであり,この認定に誤りはない。
3 取消事由3(「文書情報を保存する」に係る一致点の認定の誤り)について 審決は,「文書情報を保存する」ことに関して,一致点として認定したのは,「文書情報を保存する」点のみであり,それ以上に,「コンピュータネットワーク」の「ユーザのディレクトリにこれらの文書情報を保存する」ことについてまで,一致点として認定することはしていない。このことは,相違点の認定において,「ユーザのディレクトリに,文書情報を保存するための,ユーザへの識別情報とユーザへの経路指定情報」(審決書6頁5行〜6行)を挙げていることから明らかである。
審決の一致点の認定に誤りはない。
4 取消事由4(相違点の認定の誤り)について 審決は,原告主張の各相違点を,実質上,すべて相違点として認定し,その各相違点に係る本願発明の構成に想到することが容易であると判断したのである(審決書6頁第2,第3段落)。審決が相違点を看過した,とすることはできない。
5 取消事由5(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,ファクシミリネットワークはコンピュータネットワークと異なるから,ファクシミリに関する引用発明をコンピュータネットワークに転用することはできない,と主張する。
(ア) コンピュータネットワークとファクシミリネットワーク(公衆網等を使用したファクシミリ装置間での通信)とは,共に通信回線を使用する点において共通しており,技術的構成上の差異はない。両者間の相違は,単なる経済活動上のものにすぎない。
(イ) 特開平3-145259号公報(乙第1号証。以下「乙1文献」という。)には「図示すれば,第10図のようにして処理する。パーソナルコンピュータ部に組み込まれたスキヤナエミユレーシヨンドライバソフトを介して,読取り対象を外部記憶装置14に保存されたFAX受信データにしたり,フアクシミリ部のイメージスキヤナ22(FAXスキヤナという)にしたり,パーソナルコンピュータ部に接続される本来のイメージスキヤナ(パソコンスキヤナという)にしたりする・・・本実施例においては予め用意されたパソコンスキヤナ,FAXスキヤナ,FAX受信データの3つの機能を有するドライバが用意されていて,それらをアプリケーション起動以前にロードしておく。」(乙第1号証13頁左上欄8行〜右上欄8行)との記載がある。
このように,乙1文献には,コンピュータにスキャナを搭載することも,ファクシミリ装置のスキャナをあたかもコンピュータに常備のスキャナのように使用することも,共に開示されている。
刊行物2の「[産業上の利用分野] 本発明は,電子メール機能を備えたコンピュータネットワークに接続されるファクシミリ装置に関する。」(甲第7号証2頁左上欄12行〜15行)との記載によれば,同発明のファクシミリ装置がコンピュータネットワークに接続されるように構成されていることは,明らかである。
刊行物2及び乙1文献に示された周知技術によれば,ファクシミリ装置は,いわば,通信機能を有するスキャナ付きコンピュータであり,ファクシミリ装置がコンピュータネットワークの端末装置としてネットワークに接続されることも周知である,ということができる。
(ウ) 以上によれば,コンピュータネットワークを介して通信を行う周知技術を引用発明に記載された発明に転用することは,当業者が適宜になし得ることである。審決の判断に誤りはない。
(2) 原告は,引用発明及び周知技術に基づいて,本願発明の課題「スキャナを有効に活用する」に着想することは,当業者といえども困難である,と主張する。
しかし,引用発明は,ファクシミリ装置の自動原稿送り(ADF)機能を有するスキャナを使用して,送信先,処理形態等が異なる複数の原稿群を,表紙に記録された制御情報の指示に従って一括自動処理するものである。
そうすると,引用発明も,「スキャナを有効利用する」ものであり,その課題において本願発明と相違するものではない,ということができる。
乙1文献に,コンピュータにスキャナを搭載することも,ファクシミリ装置のスキャナをあたかもコンピュータに常備されたスキャナのように使用することも,共に記載されていることは,前記のとおりである。これは,本件出願前,「スキャナを有効利用する」ことが周知であることを示すものである。
原告の主張は失当である。
6 取消事由6(顕著な効果の看過)について 原告は,引用発明では,文書情報のあて先は,ユーザを特定してではなくファクシミリ装置を特定して行われるから,ユーザは文書を受信したファクシミリ装置の設置場所まで出向く必要がある,と主張する。
しかし,通信において,ネットワークが規定する規約及び手順を遵守しなければならないことは自明である。その際,あて先も所定の形式としなければならないことも自明である。あて先をユーザ名とするか装置名とするかは,単なる規約の問題であり,進歩性の問題ではない。
コンピュータネットワークを介した通信においても,情報はユーザその人に送信されるのではなく,ユーザ所有の端末に送信されるのである。本願発明においても,ユーザが端末まで出向く必要があることは,ファクシミリ装置の場合と変わるものではない。原告の主張は失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(「スキャナ」に係る一致点の認定の誤り)について 本願発明は,請求項1の記載から明らかなように,方法の発明であり,スキャナの動作を伴う一連のステップ(段階)によりその構成が特定され,各ステップがコンピュータにより制御・実行されているものである。もっとも,本願発明において,スキャナとコンピュータとが,接続されていることは当然としても,その具体的な接続関係は,請求項1において,格別特定されてはいない。
一方,引用発明においても,スキャナ部4及び通信制御部6による各処理ステップが,コンピュータである「中央処理装置を含むシステム制御部1」(甲第6号証4頁左上欄3行)によって制御・実行されていることは,刊行物1(甲第6号証)の記載とその第2図等から明らかである。
原告は,引用発明では,文書の走査(スキャンニング)に,通信機能を具備するファクシミリ装置のスキャナ機能(原稿読取り機能)を使用するのに対し,本願発明では,通信機能を具備しない単独機器のスキャナを通信機能を有するコンピュータに接続して使用するものである,両者は,スキャナの構成が異なる,と主張する。
しかし,引用発明においても,スキャナ部4がそれ自体として通信機能を有するものではなく,通信機能は通信制御部6によって行われていることは,甲第6号証の第2図等から明らかであり,また,これらがコンピュータであるシステム制御部に接続され,制御されているものであることは,上記のとおりである。両者は,スキャナの構成が異なる,との原告の主張に理由がないことは明らかである。
審決が,引用発明の「スキャンニングすること」が本願発明の「スキャナによってディジタル的に走査すること」に対応すると認定したことに,誤りはない。
2 取消事由2(「表紙を破棄する」に係る一致点の認定の誤り)について 審決は,「後者(判決注・引用発明)においては,「識別シートから,処理形態,および,識別シート番号を認識し,その後,メモリ送信用識別シートであれば,識別シートの後に続く原稿をスキャニングし,メモリ蓄積を行なうなど,処理形態に応じた処理を行っている」・・・のであるから,識別シートである表紙は,処理形態,および,識別シート番号を認識した後は,もはや利用されないことは,明らかなことであり,これは,前者(判決注・本願発明)における「表紙の機械識別マークコードを読み取って,その情報を記録し,これによって,表紙を破棄すること」に,相当する」(審決書5頁(f))と認定した。
しかし,刊行物1には,識別シートである表紙及びその表紙のデータの処分についての記載はない(甲第6号証)。したがって,審決が,本願発明における「表紙を破棄する」との構成(ステップ)を,引用発明との一致点と認定したことは,誤りであるといわざるを得ない。
もっとも,本願発明においては,機械識別マークコードを有する表紙からユーザの識別情報と経路指定情報を読み取り,これを記録するステップは,本願発明の効果を奏するために重要なステップではあるものの,そのステップの後に,当該表紙を破棄するかどうかは,不要なものを破棄するとのステップを付加するか,不要なものをそのまま不要なものとして放置するかどうかの差にすぎないことであり,方法の発明における単なる設計事項にすぎないものであることが明らかである。審決は,本来,引用発明においては,「表紙を破棄する」との明確な処理がなされていないのであるから,これを一応の相違点とした上で,「表紙を破棄する」かどうかは,方法の発明における単なる設計事項にすぎないと,判断すべきところを,上記のとおり,引用発明における識別シートである表紙は,処理形態及び識別シート番号が認識された後は,もはや利用されないものであることから,これを「表紙を破棄すること」と実質的に同視することができるとして,これを一致点と認定したものと解することができる。このように,審決の上記一致点の認定は,一応の相違点ではあるものの,単なる設計事項にすぎず,実質同一である相違点を,同一であると認定判断したにすぎない,と理解することのできるものであるから,その誤りは,軽微なものであり,審決の結論に影響を及ぼすものではないことが明らかであって,審決を違法とするものであるということはできない。
3 取消事由3(「文書情報を保存する」に係る一致点の認定の誤り)について 原告は,本願発明では,送信先ユーザに割り当てられたコンピュータネットワーク上のディレクトリ(領域)に文書情報を保存するものであるのに対して,引用発明では,送信元であるファクシミリ装置の内部記憶部に画像データを保存するのであり,両者は,保存する領域が異なる,と主張する。
本願発明においては,請求項1の記載から明らかなように,文書情報は,コンピュータネットワーク上に構築されたユーザ毎に割り当てられた各ディレクトリに保存されるものである。
これに対し,引用発明は,ファクシミリ装置であり,刊行物1の「送信・受信する画像データ・・・を蓄積しておく記憶部9」(甲第6号証4頁左上欄12行〜13行)との記載及び刊行物1の第2図によれば,文書情報(画像データ)をファクシミリ装置の「送信・受信する画像データ・・・を蓄積しておく記憶部9」に保存するものである。
本願発明と引用発明とは,いずれも文書情報を保存する点では一致するものの,文書情報を保存する領域が異なることは明らかである。
審決は,本願発明と引用発明との一致点につき,引用発明の「メモリ送信」は,本願発明の「文書情報を保存する」に相当すると認定し(審決書5頁(g)),本願発明と引用発明との相違点として,「(相違点) 機械識別マークコード内にある情報が,前者(判決注・本願発明)は,「コンピュータネットワークのユーザのディレクトリに,文書情報を保存するための,ユーザの識別情報とユーザへの経路指定情報」であるのに対して,後者(判決注・引用発明)は,「ファクシミリのメモリ送信や,直接送信,あるいは,コピー等のそれぞれ異なる処理形態のための情報」である点。」(審決書6頁(相違点))を認定するとともに,同相違点につき,「上記のような,機械識別マークコード内にある情報の相違は,スキャナで読み取った文書情報を,どのような通信ネットワークを利用して,ユーザへ送信するかによる相違であると認められる」(審決書6頁4.)とも認定し,その上で,これらの相違点に係る本願発明の構成の容易想到性についての判断をしている(審決書6頁4.)。
以上からすれば,審決が文書情報の保存に関して一致点として認定したのは,「文書情報を保存する」ことだけであり,審決は,「コンピュータネットワーク」の「ユーザのディレクトリに」文書情報を保存することまでを一致点としては認定してはいないことが明らかである。審決が,文書情報の保存に関して,一致点の認定を誤り,相違点を看過した,との原告の上記主張は,理由がない。
4 取消事由4(相違点の認定の誤り)について 原告は,本願発明の「走査した文書情報をコンピュータネットワークのユーザに経路指定して送るために,表紙を使用して情報を含むシートをディジタル的に走査する」,「ユーザの識別情報と・・・ユーザへの所望の経路指定情報とを含む・・・表紙」,及び「走査されディジタル化された文書情報を,・・・表紙の識別情報と経路指定情報に従って,ユーザに経路指定して直接送信する」等の構成は,いずれも引用発明にはない構成であり,審決は,相違点の認定において,これらの相違点を看過している,と主張する。
確かに,本願発明と引用発明との相違点(取消事由2の「表紙を破棄する」との部分は除く。)を正確に表現するとすれば,次のとおりになる,というべきである(下線付加)。
@ 本願発明が「走査した文書情報をコンピュータネットワークのユーザ に経路指定 して 送るために ,表紙を使用して情報を含むシートをディジタル的に走査する」のに対して,引用発明は「走査した文書情報を回線のユーザ に処理形態 を指定して 送るために ,表紙を使用して情報を含むシートをディジタル的に走査する」点。
A 本願発明が「ユーザの識別情報 と・・・ユーザ への 所望 の経路指定情報とを含む機械識別マークコードを有する表紙」であるのに対して,引用発明は「処理形態情報 を含む機械識別マークコードを有する表紙」である点。
B 本願発明が「走査されディジタル化された文書情報を,・・・識別情報と経路指定情報 に従って ,・・・ユーザに経路指定 して 直接送信する」ものであるのに対して,引用発明は「走査されディジタル化された文書情報を,・・・ユーザに直接送信する」点。
C 本願発明が「ユーザのディレクトリ に・・・文書情報を保存する」のに対して,引用発明は「ファクシミリ装置 の記憶部 に・・・受信する画像データ(文書情報)を蓄積する」点。
審決は,本願発明と引用発明との相違点を,「機械識別マークコード内にある情報が,前者(判決注・本願発明)は,「コンピュータネットワークのユーザのディレクトリに,文書情報を保存するための,ユーザの識別情報とユーザへの経路指定情報」であるのに対して,後者(判決注・引用発明)は,「ファクシミリのメモリ送信や,直接送信,あるいは,コピー等のそれぞれ異なる処理形態のための情報」である点。」(審決書6頁(相違点))と認定した上で,「上記のような,機械識別マークコード内にある情報の相違は,スキャナで読み取った文書情報を,どのような通信ネットワークを利用して,ユーザへ送信するかによる相違であると認められる」(審決書6頁4.)とも認定し,この相違点に係る本願発明の構成の容易想到性について,判断していることは,前記のとおりである。
すなわち,審決は,上記のとおり,機械識別マークコード内にある情報の内容を相違点と認定しただけでなく,スキャナで読み取った文書情報を,どのような通信ネットワークを利用して,ユーザへ送信するかについても相違点があることを認めて,その上で,これらの相違点について,「通信ネットワークとして,コンピュータネットワークもファクシミリネットワークも,よく知られたものであり,また,コンピュータネットワークを利用して,文書情報をユーザへ送信することも,周知のことである。・・・したがって,後者の「処理目的の異なる複数の原稿群に対して,ファクシミリのメモリ送信や,直接送信,あるいは,コピー等のそれぞれの処理形態を,自動的に認識し,処理するための情報」の記載から,文書情報を,コンピュータネットワークを利用して,それぞれのユーザへ,自動的に送信するために,「ユーザの識別情報とユーザへの経路指定情報」を用いて,前者のようにすることは,当業者が容易に想到し得ることである。」(審決書6頁4.)と判断しているものである。
したがって,審決が,本願発明においては,文書情報の送信にコンピュータネットワークを利用することを相違点として認定して,これについて判断していることは明らかであるから,審決の行った相違点の認定には,上記のとおり,その表現に正確性に欠けるところはあるものの,相違点を看過しこれについての判断を看過した,とするまでのことはできないというべきである。原告の前記主張は,理由がないことに帰する。
5 取消事由5(相違点についての判断の誤り)について (1) 刊行物2(甲第7号証)には,次の記載がある。
@「第1図は,本発明の一実施例にかかるコンピュータネットワークを示している。・・・ホストコンピュータHSTは,電子メール機能を備えており,・・・接続されている端末装置TE1〜TEnの利用者およびファクシミリ装置FXから発行された電子メールを,その宛先の利用者に対応して装備されているメールボックスに配信する。」(甲第7号証2頁左下欄下2行〜右下欄14行) A「第11図は,広域的なコンピュータネットワークの一例を示している。
このコンピュータネットワークは,ローカルなコンピュータネットワークCSA,CSB,CSC,コンピュータネットワークCSA,CSB,CSCを構成するホストコンピュータHSA,HSB,HSC,・・・データ通信網DXから構成されている。」(同6頁右下欄14行〜7頁左上欄2行) B「コンピュータネットワークCSCは,ホストコンピュータHSCとこれに接続される複数の端末・・・およびファクシミリ装置FXCからなり,ファクシミリ装置・・・FXCは,公衆電話回線網PXに接続されている。」(同7頁左上欄8行〜13行) C「それぞれのコンピュータネットワークCSA,CSB,CSCには,ネットワーク識別名が設定されており,例えば,「[ネットワーク識別名]@[ユーザ識別情報]」のように,ユーザ識別情報の先頭にそのネットワーク識別名を付加することで,他のコンピュータネットワークCSA,CSB,CSCのユーザに対して電子メールを発行することができる。」(同7頁左上欄14行〜20行) 刊行物2の上記記載によれば,本件出願に係る優先権主張の日当時,コンピュータネットワークがメール機能を備え,同機能により文書を送信することができることは当業者には周知の事項であったことが認められる。また,刊行物2には,上記メール機能においては,ユーザ識別情報の先頭にそのネットワーク識別名を付加したあて先「[ネットワーク識別名]@[ユーザ識別情報]」を使用することが記載されている。その「ネットワーク識別名」及び「ユーザ識別情報」が,本願発明の「経路指定情報」及び「ユーザ識別情報」に対応することは,明らかである。
刊行物2において,公衆電話回線網PX(ファクシミリ通信網)とデータ通信網DX(コンピュータネットワーク)を併設していることから見て,両ネットワークの統合を志向することも,ネットワーク設計者には周知の事項であったと認められる。
(2) 本願明細書には,本願発明の従来技術として, 「【従来の技術】近年,オフィスにおいてコンピュータによる文書作成プロセスの自動化が進められてきた。しかしながら,・・・オフィスにおける情報の95パーセント以上に未だ紙が使われている・・・1980年代中盤に,この問題に目を向けた最初の商業システムがいくつか紹介された。これらはペーパー文書をディジタル走査しディジタルイメージの文書へと変換する。これらの文書はそれから磁気ディスクに保存され,コンピュータネットワークを通じて送信され,・・・る。これらは一般に文書イメージ化システムと呼ばれ,その概要については・・・に述べられている。」(甲第2号証【0002】) と記載されている。ペーパ文書をディジタル走査し,ディジタルイメージ文書へと変換された文書を,コンピュータネットワークを介して送信する技術は,本願明細書自体,既に存在するものとしているところである。
(3) 刊行物1には,次の記載がある。
@「[従来の技術]・・・任意の文字や図形の送受信が可能なファクシミリ通信の効用を一層高めるため,蓄積交換機能を利用した公衆網サービスに,ファクシミリ通信網サービスがある。この通信網では,端末相互の直接的な接続より,むしろ,通信網が一旦情報を預かった後に配送する蓄積処理をベースとしている。・・・さらに,データ信号とファクシミリ信号を相互交換するメディア変換機能によるファクシミリと計算機間通信も可能となっている。このようなファクシミリ通信網により,様々なサービスが実現されている。・・・これらのサービスの1つとして,マークシート等を用いて,送信先,すなわち「宛先」を読み取り,通信処理ノードに送られてきた通信文を複数の「宛先」の端末に送達する同時通信サービスもある。」(甲第6号証2頁左上欄7行〜左下欄14行) A「[発明が解決しようとする課題]しかし,これら従来の技術によるファクシミリの機能では,利用者が,原稿を装置に読み込ませる時の不都合に対処されていなかった。例えば,第1の利用者が,A社宛に原稿を送信している時に,第2の利用者が,同じファクシミリで,B社宛に他の原稿を送ろうとする場合には,第1の利用者の原稿がADFから無くなるまで待たなければならなかった。このように,ADFが設けてあっても,送信先の違いや,メモリ送信,直接送信等の原稿毎の処理形態の違いにより,原稿を纏めてADFで処理することが出来ず,操作性が良くなかった。さらに,・・・マークシート部分の誤記や,読み込みミス等により,利用者が意図していた送信先と異なる所へ送信される等の問題があった。」(同2頁左下欄15行〜右下欄11行) B「本発明の目的は,これら従来技術の課題を解決し,ADF上に置かれた処理形態の異なる原稿群を,纏めて,かつ,正確に自動処理し,操作性の向上を可能とするファクシミリの原稿認識・処理方法を提供することである。」(同2頁右下欄12行〜16行) 刊行物1の上記記載によれば,引用発明は,データ信号とファクシミリ信号とを相互に交換するメディア変換機能,による,ファクシミリと計算機(コンピュータ)との間の通信も可能な蓄積交換機能,を利用したファクシミリ通信網であり,同通信網のサービスとして,通信文を複数の「宛先」の端末に送達する同時通信サービスなどがあることを前提とした発明であると認められる。
このように,引用発明は,ファクシミリ信号とデータ信号とを相互に変換することによるファクシミリ・計算機(コンピュータ)間の通信が可能なファクシミリ通信網を想定したものであるから,そのような通信網をコンピュータネットワークと呼ぶことに格別支障はない。したがって,刊行物1には,ファクシミリ装置をコンピュータネットワークに接続する動機が開示されているというべきである。
(4) 以上によれば,コンピュータネットワークにより文書情報(メール)を送信することは,周知の事項であり,本願発明が前提とする技術も,走査文書をコンピュータネットワークを介して送信するものであり,また,刊行物1には,ファクシミリ装置をコンピュータネットワークに接続する動機が十分に開示されているのであるから,引用発明のファクシミリ装置をコンピュータネットワークに転用することは容易になし得ることというべきである。
刊行物1には,マークシートを用いて送信先を設定することが従来の技術として開示されている。文書を送信するのに送信先の指定が必要であることは当然であり,引用発明においても,いずれかのステップで送信先を指定する必要がある。引用発明において,識別シートによりメモリ送信,直接送信など「送信処理」の形態を指定する一方,「送信処理」に付随して「送信先」の指定も同じ識別シートにより同時にすることは当業者が容易になし得ることであるというべきである。
そして,ファクシミリの「送信先」として「相手先氏名」と「電話番号」とを指定することは周知である(乙第4号証)から,ファクシミリ装置をコンピュータネットワークに転用する場合においては,ファクシミリ通信の「相手先氏名」及び「電話番号」に対応するコンピュータネットワークの「ユーザ識別情報」及び「ネットワーク名」,すなわち,本願発明の「経路指定情報」及び「ユーザ識別情報」を指定することになることは,上記周知技術に照らせば,当然のことである。
コンピュータネットワークにおいて,例えば,その電子メールサービスでは,ユーザに対応して装備されているメールボックスにメールを配信することも,前記のとおり周知の事項であると認められることから,「ユーザのディレクトリに・・・文書情報を保存する」ことも,ファクシミリ装置をコンピュータネットワークに転用する場合においては,当然のことと認められる。
以上によれば,本願発明と引用発明との上記の相違点(審決書6頁3行〜10行。前記4@ないしC参照。)に係る本願発明の構成を採用することは,引用発明のファクシミリ装置をコンピュータネットワークに転用するに当たって,当業者にとって自明なことというべきであるから,審決の相違点の判断に誤りはない。
(5) 原告は,ファクシミリネットワークは,コンピュータネットワークとは使用する通信プロトコルやハードウエア及びソフトウエア構成が異なる,刊行物1には,コンピュータネットワークとファクシミリ装置の関連付けを示唆する記載はない,と主張する。
しかし,引用発明は,ファクシミリ信号とデータ信号とを相互に変換することによるファクシミリ・計算機(コンピュータ)間の通信が可能なファクシミリ通信網をも想定したものであることは前記のとおりであるから,刊行物1自体に,ファクシミリ装置とコンピュータネットワークとの関連付けが示唆されている,というべきである。原告の主張は理由がないことが明らかである。
原告は,本願発明の課題は,単体機器として存在するスキャナを更に有効に活用することである,と主張する。
引用発明は,前記のとおり,ファクシミリ信号とデータ信号とを相互に変換することによるファクシミリ・計算機(コンピュータ)間の通信が可能なファクシミリ通信網を想定したものであり,また,原稿自動送り機能を使用し,送信先,処理形態が異なる複数の原稿群について,表紙に記載された制御情報を利用して,上記のような,オペレータの操作ミスや光学的読み取りミスを防止し,正確な処理をするものであるから,ファクシミリ装置の活用範囲の拡大を図ったものであり,このことは,ファクシミリ装置の一機能であるスキャナ部の活用範囲も拡大されることをも意味することは当然である。そうである以上,引用発明には,「スキャナを有効に活用する」との課題も開示されている,というべきである。原告の主張は失当である。
6 取消事由6(顕著な効果の看過)について 原告が主張する効果は,本願発明の構成から,通常予測し得る範囲内のものである。そして,本願発明の構成が,前記のとおり,引用発明及び周知技術から容易に想到し得るものである以上,原告の主張に理由がないことは明らかである。
7 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久