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関連審決 異議2000-73811
関連ワード 技術的思想 /  創作性(創作) /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  慣用技術 /  着想 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 263号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社村田製作所
訴訟代理人弁理士 小谷悦司、仙波司
同復代理人弁理士 大月伸介
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 長島孝志、川名幹夫、小林信雄、高橋泰史、林栄二
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/06/05
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が異議2000-73811号事件について平成13年4月24日にした決定を取り消す、との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成6年9月28日、名称を「複合高周波部品」とする発明について特許出願し、平成12年2月10日に特許第3031178号として設定登録を受けた(本件特許)。本件特許に対して異議の申立てがされ(異議2000-73811号)、原告は、平成13年3月19日、訂正請求をしたが、特許庁は、平成13年4月24日、「訂正を認める。特許第3031178号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定をした(平成13年5月16日に原告に決定謄本送達。)。
2 本件発明の要旨(上記訂正請求による訂正後の特許請求の範囲の記載) 【請求項1】 高周波デバイス、第1の伝送線路およびコンデンサからなる高周波スイッチ部品と、第2の伝送線路およびコンデンサからなるフィルタ部品とで構成され、前記高周波スイッチ部品、前記フィルタ部品、アンテナ、送信回路および受信回路を接続する信号ラインを備える複合高周波部品であって、
前記高周波スイッチ部品は、誘電体セラミックグリーンシートを積層し、焼成することによって、複数の誘電体層を積層してなる多層基板の外面に前記高周波デバイスを搭載し、前記多層基板に前記第1の伝送線路、前記コンデンサおよび前記信号ラインを内蔵することにより形成され、
前記フィルタ部品は、前記多層基板に前記第2の伝送線路、コンデンサおよび前記信号ラインを内蔵することにより形成されたことを特徴とする、複合高周波部品 【請求項2】 前記高周波デバイスとしてダイオードを用い、また前記伝送線路としてストリップラインを用いたことを特徴とする、請求項1に記載の複合高周波部品。
【請求項3】 前記フィルタ部品としてローパスフィルタ部品を用いたことを特徴とする、請求項1または請求項2のいずれかに記載の複合高周波部品。
(以下、各請求項の発明に請求項の番号を付して「本件発明1」などという。) 3 決定の理由の要点 (1)決定の理由は別紙決定書のとおりである。要するに、本件発明1は、刊行物1(特開平6-204912号公報、甲3)、刊行物2(特開平6-197040号公報、甲4)及び刊行物3(特開平4-301901号公報、甲5)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明2及び3も刊行物1ないし3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1ないし3についての特許は、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり、特許法113条2号に該当し、取り消されるべきものである、というものである。
(2)決定が上記結論を導くに当たり、本件発明1と刊行物1に記載された発明(以下「刊行物1発明」という。)との一致点及び相違点として認定した事項は、
以下のとおりである。
【一致点】 「高周波スイッチ部品と、第2の伝送線路およびコンデンサからなるフィルタ部品とで構成され、前記高周波スイッチ部品、前記フィルタ部品、アンテナ、送信回路および受信回路を接続する信号ラインを備える複合高周波部品であって、
前記フィルタ部品は、複数の誘電体層を積層してなる多層基板に前記第2の伝送線路、コンデンサおよび前記信号ラインを内蔵することにより形成された複合高周波部品」、である点。
【相違点】 相違点1:「高周波スイッチ部品」が本件発明1においては、高周波デバイス、
第1の伝送線路およびコンデンサからなり、かつ、複数の誘電体層を積層してなる多層基板の外面に前記高周波デバイスを搭載し、前記多層基板に前記第1の伝送線路、前記コンデンサおよび信号ラインを内蔵することにより形成されたものであるのに対し、刊行物1発明においては、単に「高周波スイッチ」というにとどまる点。
相違点2:「多層基板」が、本件発明1においては、誘電体セラミックグリーンシートを積層し、焼成することによって、複数の誘電体層を積層してなるものであるのに対し、刊行物1発明においては、単に、複数の基板(ガラス基板又はセラミック基板)を積層してなるものである点。
原告主張の審決取消事由
決定は、刊行物1の記載内容の認定を誤り(取消事由1)、本件発明1と刊行物1発明との対比判断を誤ることによって、本件発明1の進歩性についての判断を誤り(取消事由2)、本件発明2及び3の進歩性についての判断を誤った(取消事由3)ものである。
1 刊行物1についての認定の誤り(取消事由1) (1) 決定は、刊行物1の「フィルタタップ電極7,6」や「フィルタ入力電極4」及び「フィルタ出力電極5」は一種の信号ラインの一部を構成するから、刊行物1発明の「フィルタ」部分の構成において、信号ラインが多層基板に内蔵されるものであることは当業者にとって明らかであると認定し(決定書7頁)、この認定に基づいて刊行物1発明を認定した(同7頁)が、以下のとおり、誤りである。
(2) 刊行物1のフィルタ入力電極4、フィルタタップ電極7及びフィルタ出力電極5、フィルタタップ電極6は、多層基板に内蔵されているものではなく、多層基板の側面に形成されているものである。
すなわち、刊行物1には、「前記本体2の外周には、…バンドパスフィルタ15用のフィルタ入力電極4,フィルタ出力電極5,…を各々本体2の上面から下面に至るように設けている。」(甲3の2頁右欄36行〜41行)と記載され、図1に長手方向の一方側面(同図において手前側の側面)と他方側面にそれぞれフィルタ入力電極5、フィルタタップ電極6とフィルタ出力電極4、フィルタタップ電極7とが上面から下面に至るように形成された本体2の斜視図が示されており、刊行物1のフィルタ入力電極4、フィルタタップ電極7及びフィルタ出力電極5、フィルタタップ電極6は、多層基板の側面に形成されていることが明示されている。
(3) 刊行物1発明は、上記(2)のように多層基板の外部に形成した電極によってフィルタを構成する回路素子間の接続とフィルタと他の高周波回路との接続を行う構成であるから、本件発明1の信号ラインに相当する電極を多層基板の内部に形成するという技術思想は存在しない。
すなわち、甲3の図3に、第3,第4の基板23,24の上面にそれぞれバンドパスフィルタ15の回路素子であるコンデンサC1〜C4を構成する容量電極層27a,27bと容量電極層26a,26bとが形成されるとともに、第5の基板25の上面にバンドパスフィルタ15の回路素子であるコイル素子L1,L2を構成する導体層28a,28bが形成され、容量電極層26aと容量電極層26bとはそれぞれフィルタ入力電極4とフィルタ出力電極5とによって、また、容量電極層27a及び導体層28aと容量電極層27b及び導体層28bとはそれぞれフィルタタップ電極7とフィルタタップ電極6とによって、第1の基板21の上面に搭載された高周波アンプ14及びミキサ回路16に接続される構成が示されている。
(4) 以上のとおり、刊行物1発明は、バンドパスフィルタ15を構成するコンデンサC1〜C4やコイル素子L1,L2の回路素子を多層基板の各層内に形成し、
多層基板の側面に形成した電極によって、これらの回路素子間とバンドパスフィルタ15と多層基板の上面に搭載された高周波アンプ14及びミキサ回路16との間を接続するものであり、フィルタ部分の構成において「多層基板に・・・信号ラインを内蔵する」ものではない。
2 本件発明1と刊行物1発明との対比における認定・判断の誤り(取消事由2) 2-1 本件発明1と刊行物1発明の一致点の認定の誤り 1で述べたとおり、刊行物1には、「前記フィルタ部品は、…前記信号ラインを内蔵することにより形成された複合高周波部品」なる構成は示されていないから、
本件発明1と刊行物1発明の一致点についての決定の認定は誤りである。
2-2 相違点1についての判断の誤り(その1:刊行物1発明に刊行物2の技術を転用することは適宜設計事項であるとした判断の誤り) (1) 決定は、本件発明1と刊行物1発明との相違点1(高周波スイッチ部品の構造)について、刊行物1発明における「『高周波スイッチ』を、高周波デバイス、
第1の伝送線路およびコンデンサからなるもので構成し、前記高周波デバイスを、
複数の誘電体層を積層してなる多層基板の外面に搭載し、かつ、前記第1の伝送線路およびコンデンサを、前記多層基板に内蔵させるようなものとすることは、刊行物2に記載された高周波スイッチに関する技術を転用することにより、当業者が適宜に設計できる事項にすぎないものと認められ、また、前記多層基板に高周波スイッチの信号ラインを内蔵させるようにすることも、刊行物1に記載された発明において、フィルタ部品の信号ラインを多層基板に内蔵させることと同様に、当業者が適宜に設計できる事項にすぎない」(決定9頁)と判断した。
この対比判断は、本件発明1が多層基板で構成したフィルタ部品の上に多層基板で構成した高周波スイッチ部品を積み重ねて両部品を多層基板の内部で接続したものにすぎないとするものであるが、以下に述べるとおり、誤りである。
(2) 本件発明1は、高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路とを「複合」して同時設計することを可能とし、これにより多層基板を用いた複合高周波部品の小型化を図ったものである。
「複合」とは、一般に「2種以上のものが合わさって1つになること」(広辞苑(第四版))という意味であるから、「高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路とを複合して同時設計する」とは「高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路とを1つの回路として扱って複合高周波部品を設計する」という意味である。具体的には、甲2の図1に示される複合高周波部品の回路図において、高周波スイッチ部品1の回路とLPF部品F1の回路とを別々に扱うのではなく、全体を1つの回路として扱うことを意味する。
(3) これに対し、刊行物1発明は、基本的に2つの部品を上下に配置したものであるから、多層基板内に高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路とを複合して(一つの回路として扱って)、同時設計するという技術思想に基づいて複合高周波部品を実現したものではない。
刊行物1の請求項1には、「高周波帯で使用する複数の回路部からなる送受信端回路装置において、前記複数の回路部のうち、一の回路部を積層基板を用いた本体に組み込むとともに、複数の回路部のうちチップ部品を用いて構成した残余の回路部を前記本体上に搭載した」と記載され、同請求項2には、「前記一の回路部はフィルタであり、前記残余の回路部は高周波アンプ、高周波スイッチ、アイソレータ、サーキュレータ、ミキサ回路から選ばれるものを含む」と記載されている。さらに、図3には、フィルタの具体的構成が示され、そのフィルタ構成について、
「最上部の第1の基板21上には、前記高周波アンプ14及びミキサ回路16を搭載するようになっている。」(甲3の3頁左欄8行〜10行)、「前記第2の基板22の上面には、図3に示すように、長方形状の接地層31が形成され、」(同欄11行〜12行)、「第5の基板25の下面には、図3で最下欄に示すように、前記接地層31と略同様な形状の接地層31aを形成している。」(同欄43行〜45行)との記載がある。
これらの記載及び図面によれば、刊行物1に記載されているのは、「フィルタを積層基板を用いた本体に組み込むとともに、高周波スイッチを本体上に搭載した送受信端回路装置」であって、そのバンドパスフィルタ15は、第2の基板22〜第5の基板25を積層してなる上下面が接地層31,31aで電磁気的に遮蔽された積層基板の層間にコンデンサやインダクタ等の回路素子を電極パターンで形成した構造をなし、電磁気的な影響がないように上下面が接地層により遮蔽されたフィルタである。
つまり、刊行物1発明は、電磁気的な影響がないように上下面が接地層により遮蔽された単一部品としてのバンドパスフィルタの上に高周波スイッチを搭載し、この高周波スイッチと下段のフィルタとを基板側面の信号ラインで接続したものにすぎず、多層基板内に高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路とを複合して(一つの回路として扱って)、同時設計するという技術思想に基づいて複合高周波部品を実現したものではない。
(4) 刊行物2には、「図1に示す高周波スイッチ10では、第1および第2のストリップライン38および40などが積層体12に内蔵され、第1および第2のダイオード18および20などが積層体12の1番上の誘電体層14上に実装されている」(甲4の4頁右欄36行〜40行)、「積層体12表面上に形成されているコンデンサや抵抗を、適宜内部に埋設させるようにすることなど、この発明の趣旨の範囲での設計変更は自由である」(同5頁左欄5行〜8行)と記載されている。
つまり、刊行物2に記載されている技術は、高周波スイッチ部品を構成する回路素子のうち、ダイオードを多層基板の上面に搭載し、インダクタ、コンデンサ及び抵抗を多層基板の内部に埋設させるという技術である。
(5) そこで、刊行物1発明に刊行物2の高周波スイッチに関する技術を転用した場合、刊行物1発明は、前述のとおり、上下面が接地層により遮蔽された単一部品としてのフィルタ部品の上に、高周波スイッチ部品を搭載したものであるから、
その高周波スイッチについて刊行物2の技術をどのように適用しても、フィルタ部品の上に、高周波スイッチ部品を搭載し、両部品を基板側面に形成された信号ラインで接続した構成とならざるを得ず、多層基板の上面に高周波デバイスを搭載し、
多層基板の内部に高周波スイッチ部品及びフィルタ部品を構成する回路素子と両部品を接続する信号ラインとを内蔵させて一体的に形成した本件発明1の構成を実現することはできない。
2-3 相違点1についての判断の誤り(その2:インピーダンスマッチングについての誤認に基づく容易性判断の誤り) (1) また、決定は、本件発明1のインピーダンスマッチングの思想を「2つの回路部品を積層してモジュール化することにより、該2つの回路部品間に整合回路を設けなくてもインピーダンスマッチングが図れるという技術思想」と認定し、かかる技術思想は刊行物3(甲5)に記載されていることにすぎないとするが、これも誤りである。
(2) 本件明細書には、「高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路を複合して同時設計することにより、高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路のインピーダンスマッチングを施した設計を行うことができるため、インピーダンスマッチング用回路を新たに付加する必要がなくなり、回路的に簡略化がなされる。」(甲2中の全文訂正明細書9頁14行〜18行)と記載されている。これは、高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路とを1つの回路として扱うため、両回路の間はインピーダンスを任意に設計できるので、両回路間の整合回路を別途設計する必要がないという意味である。
(3) 一方、刊行物3には、刊行物3発明の効果として「フィルタとRF回路ブロックの整合を取るための回路が不要になり、製品の著しい小型化が実現できる。」(甲5の3頁左欄3行〜5行)と記載されている。
しかし、刊行物3発明は、高誘電率基板を用いたトリプレート構造の誘電体フィルタからなるフィルタ部品の上に、低誘電率基板の上にRF回路ブロックを搭載した部品(以下「RF回路部品」という。)を積載し、両部品を接続したものであり、2つの部品(フィルタ部品とRF回路部品)を上下2段に配置する構成であるから、その基本的構成は、明らかに本件発明1と相違する。このような基本的構成の相違により、刊行物3発明は、フィルタ部品とRF回路部品とを誘電率の異なる誘電体基板で構成し、誘電体フィルタ部品とRF回路部品とを別々に設計せざるを得ない構成、すなわち、フィルタとRF回路とを複合して同時設計し得ない構成なのであり、刊行物3に記載されたインピーダンスマッチングの効果も、当然、本件発明1の効果とは技術的意義が相違する。
また、刊行物3には、RF回路部分を2つのブロックに分け、各ブロックを積層基板の上下に配置してモジュール化する技術が記載されるのみで、2個の高周波部品を誘電体セラミックグリーンシートを用いて多層基板に一体的に組み込むことにより1の複合高周波部品を実現する技術は何ら開示されておらず、それを示唆する記載も一切ない。
(4) 以上のとおり、本件発明1と刊行物3発明とは、高周波回路の具体的な内容が全く相違するとともに、多層構造の具体的な内容が全く相違するのに、決定は、
これらの相違点を検討することなく、「整合回路が不要になる」という本件発明1と共通の効果の記載のみをもって本件発明1のインピーダンスマッチングの思想が刊行物3に記載されていることにすぎないと認定しており、合理的根拠を欠くものである。
このような誤認に基づいてされた相違点1に係る構成の想到容易性についての判断は誤りである。
2-4 相違点2(誘電体セラミックグリーンシートを積層・焼成した多層基板)についての判断の誤り 決定は、誘電体セラミックグリーンシートを積層し、焼成することによって複数の誘電体層を積層した多層基板を形成する技術は広く行われている周知慣用技術にすぎないから、ガラス基板又はセラミック基板を積層してなる多層基板を用いた刊行物1発明と本件発明1とに格別の相違は認められないと判断しているが(決定書9頁)、この判断は、本件発明1において、誘電体セラミックグリーンシートを積層し、焼成した多層基板(以下「グリーンシート法による多層基板」という。)を用いることの技術的意義を看過した誤った判断である。
すなわち、本件発明1は、高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路とを複合して同時設計が可能で、かつ、小型の複合高周波部品を実現する方法として最も適していることに着目して、グリーンシート法による多層基板を採用するものである。本件決定は、本件発明1のグリーンシート法による多層基板を採用する技術的意義を看過し、単に多層基板回路技術における周知慣用技術の1つを選択したにすぎないかのごとく判断しており、誤りである。
2-5 顕著な効果の看過 (1) 本件発明1は、高周波スイッチ部品とフィルタ部品とからなる複合高周波部品をグリーンシート法による多層基板に一体的に組み込むことで、高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路とを複合して同時設計を可能にし、これにより両部品の回路間の整合回路を不要にし、この分回路構成を簡単にして複合高周波部品の小型化を図ることができるという効果を奏するものである。また、本件発明1は、高周波スイッチ部品及びフィルタ部品を区別することなく高周波スイッチ部品及びフィルタ部品の回路素子と両部品を接続する信号ラインを多層基板に内蔵するから、各回路素子及び信号ラインの多層基板内における配置の自由度が高く、しかも、回路素子間の距離が可能な限り短くできるから、これによっても複合高周波部品の小型化を図ることができるというものである。
(2) これに対し、刊行物1発明及び刊行物2発明は、トリプレート構造のようなそれ自体で完結した誘電体フィルタ部品の上に高周波スイッチ部品を積載して一体化するもので、誘電体フィルタ部品と高周波スイッチ部品とを別々に構成し、両部品を接続する信号ラインを基板側面に形成しなければならないから、誘電体フィルタ部品及び高周波スイッチ部品を構成する各回路素子の多層基板における配置の自由度は本件発明1よりも低くならざるを得ず、しかも、誘電体フィルタ部品と高周波スイッチ部品との整合回路が設計上不要になるというものでもないから、本件発明1よりも小型化にすることも困難である。
3 本件発明2及び3の想到容易性についての判断の誤り(取消事由3) 本件発明2及び3は、本件発明1の高周波デバイスをダイオードに限定するとともに、伝送線路をストリップラインを用いたものに限定したものであるから、本件発明1が容易に発明し得たものでない以上、本件発明2及び3も刊行物1ないし刊行物3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでないことは明らかである。
被告の反論の骨子
1 刊行物1についての認定の誤り(取消事由1)に対して 刊行物1発明において、基板23、24上でコンデンサを形成する部分に繋がる電極が、コンデンサとの間で電気信号をやりとりする「信号ライン」としての役割を果たしており、かつ、積層されている基板に内蔵されているものであるということは、当業者にとって明らかである。
2 本件発明1と刊行物1発明との対比判断の誤り(取消事由2)に対して 2-1 一致点の認定について 決定における刊行物1発明の認定に誤りはないから、本件発明1と刊行物1発明との一致点の認定に誤りはない。 2-2 相違点1について(その1:刊行物1発明に刊行物2の技術を転用して相違点1に係る構成とすることの容易性) (1) 原告のいう、全体を1つの回路として扱い同時設計することは、刊行物3に記載された「モジュールとして設計する」ことに相当する事項にすぎず、原告のいう、両回路の間に別に整合回路を設ける必要がないという効果も、刊行物3の記載中の「整合を取るための回路が不要」になるという効果と実質的な差異があるものではない。
(2) 刊行物2には、「積層体12表面上に形成されているコンデンサや抵抗を、
適宜内部に埋設させるようにすることなど、この発明の趣旨の範囲での設計変更は自由である」(甲4の5頁左欄5行〜8行)として、高周波スイッチ部品において高周波デバイスとしてのダイオード以外の回路素子を積層体の内部に埋設させるようにすることができる旨の記載がある。したがって、刊行物2に記載された技術を刊行物1発明の高周波スイッチに適用する場合、積層体の内部に、高周波デバイスとしてのダイオード以外の高周波スイッチ部品の回路素子を形成させるようにすることは、当業者にとって格別な創作力を要することではない。
2-3 相違点1について(その2:インピーダンスマッチングの思想) 刊行物3のトリプレート構造の誘電体フィルタにおいて、フィルタとRF回路ブロックとをモジュール化してモジュールとして設計できるような構成とした場合には、「フィルタとRF回路ブロックの整合を取るための回路が不要になり、製品の著しい小型化が実現できる」(3頁左欄3行〜5行)のであり、このことは、まさに、本件発明1のインピーダンスマッチングと共通する技術思想である。
また、本件発明1も、「高周波スイッチ部品」が形成される「多層基板」と「フィルタ部品」が形成される「多層基板」とを別のものとし、「高周波スイッチ部品」と「フィルタ部品」とを多層基板中の別の段に配置して複合化した構造を含むものであり、刊行物3の「モジュール化」の設計思想がこれと異なるものではない。
したがって、「モジュール化することにより、・・・整合回路を設けなくてもインピーダンスマッチングが図れるという技術思想も、刊行物3に記載されていることにすぎないから、高周波スイッチを上記のように構成したことによる作用効果も当業者が容易に類推することができる程度のことと認められる。」とした決定の判断に誤りはない。
2-4 相違点2の判断について 多層基板回路技術において、誘電体セラミックグリーンシートを積層し、焼成することによって、複数の誘電体層を積層した多層基板を形成するようにすることは、乙1(特開平4-355902号公報)に示されるように、広く行われている周知慣用技術にすぎない。グリーンシート法による多層基板を採用したことは、周知慣用技術の1つを選択したという以上のものではない。
2-5 本件発明1の効果について 本件発明1の効果は、刊行物1及び刊行物2から予想し得る程度のものにすぎない。
3 本件発明2及び3の想到容易性についての判断の誤り(取消事由3)に対して 審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(刊行物1についての認定の誤り)について (1) 原告は、刊行物1に記載されているのは、多層基板の外部に形成した電極によってフィルタを構成する回路素子間の接続とフィルタと他の高周波回路との接続とを行う構成であり、フィルタ部品が「多層基板に第2の伝送線路、コンデンサ及び信号ラインを内蔵することにより形成された」ものは記載されていないと主張し、刊行物1のコンデンサ(C1、C2)に接続するフィルタ出力電極5、フィルタタップ電極6及びフィルタ入力電極4、フィルタタップ電極7は、多層基板の側面に形成されていることを指摘する。
(2) まず、本件発明1における「信号ラインを内蔵する」の意義を検討する。
ア 本件明細書(平成12年3月19日付け訂正請求書に添付された全文訂正明細書を指す。甲2)には、以下の記載がある(下線を付加)。
【発明が解決しようとする課題】 @「上述のような高周波部品にフィルタ部品を接続して使用する場合、従来は高周波部品とフィルタ部品とを別々に設計・製作していたため、プリント基板上において大きな占有面積・体積を必要とし、回路配置の融通性を悪くするという問題があった。また、高周波部品とフィルタ部品のインピーダンスマッチングを行うために、高周波部品およびフィルタ部品に、新たなインピーダンスマッチング用回路を付加しなければならないという問題があった。・・・」【0011】【作用】 A「上記の構成(判決注:本件発明1の構成)によれば、前記高周波スイッチ部品と前記フィルタ部品とを、誘電体セラミックグリーンシートを積層し、焼成することによって、複数の誘電体層を積層してなる一つの多層基板に形成し、複合高周波部品とすることにより、従来の別々に形成した高周波スイッチ部品とフィルタ部品を接続したものに比べて、全体の寸法が小さくなる。また、高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路を複合して同時設計することにより、高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路のインピーダンスマッチングを施した設計を行うことができる。」【0014】【実施例】 B「図2に、複合高周波部品の断面図を示す。・・・そして、誘電体層11乃至25には信号ライン電極(図示せず)とビアホール電極(図示せず)を必要な箇所に形成し、また多層基板の外面にも外部電極(図示せず)を形成して適宜接続することにより、図1に示す回路構成と等価に、複合高周波部品2を形成してなるものである。」【0017】 C「このような複合高周波部品を製造するにあたっては、誘電体セラミックグリーンシートが準備される。そして、誘電体セラミックグリーンシート上に、各電極・信号ラインの形状に応じて電極ペーストが印刷される。 なお、同一平面上にある信号ラインと第1の伝送線路、および信号ラインと第2の伝送線路とは、同一の誘電体セラミックグリーンシート上に同時にあるいは別々に、その形状に応じて電極ペーストが印刷され形成される。次に、所定形状の電極・信号ラインに電極ペーストが印刷された誘電体セラミックグリーンシートを積層し、焼成することによって、誘電体層が積層してなる多層基板が形成される。 この多層基板の外面に電極ペーストが印刷され、それを焼き付けることによって外部電極が形成される。・・・この多層基板の外面に高周波デバイスが搭載される。なお、高周波部品の信号ラインとフィルタ部品の信号ラインとは多層基板の内部に形成された接続手段、例えばビアホールなどで接続され、その結果高周波部品とフィルタ部品とが多層基板の内部で接続されることとなる。以上のような工程を実施することにより、多層基板に、高周波部品のグランド電極、信号ラインおよび第1の伝送線路と、フィルタ部品の信号ラインおよび第2の伝送線路とを 、多層基板の外面に高周波部品の高周波デバイスを搭載し、高周波部品とフィルタ部品とが多層基板の内部で接続された複合電子部品を提供することができる。」【0018】 D「このように構成した複合高周波部品では、前記高周波部品と前記フィルタ部品とを、複数の誘電体層を積層することにより、一つの多層基板に形成してなるもので、従来の別々に形成した高周波部品とフィルタ部品を接続してなるものに比べ、全体の寸法を小さくすることができるため、プリント基板上における占有面積・体積を小さくすることができる。また、高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路を複合して同時設計することにより、高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路のインピーダンスマッチングを施した設計を行うことができるため、インピーダンスマッチング用回路を新たに付加する必要がなくなり、回路的に簡略化がなされる。」【0019】【発明の効果】 E「・・・本発明によれば、高周波スイッチ部品とフィルタ部品とを、誘電体セラミックグリーンシートを積層し、焼成することによって、複数の誘電体層を積層してなる一つの多層基板に形成して構成することにより、複合高周波部品としてなるもので、従来の別々に形成した高周波スイッチ部品とフィルタ部品を接続したものに比べて、全体の寸法を小さくすることができるため、プリント基板上における占有面積・体積を小さくすることができる。また、高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路を複合して同時設計することにより、高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路のインピーダンスマッチングを施した設計を行うことができるため、インピーダンスマッチング用回路を新たに付加する必要がなくなり、回路的に簡略化がなされる。さらに、前記インピーダンスマッチング用回路を設計するための時間も不要とすることができる。」【0025】 イ 上記アの各記載によれば、本件発明1は、高周波スイッチ部品とフィルタ部品とを別々に設計・製作し、接続していた従来技術の問題点を解消するために、高周波スイッチ部品とフィルタ部品とを一つの多層基板に形成し、複合高周波部品としたというものである。そして、本件発明1の作用、効果として記載されている、全体の寸法を小さくすることができる、2つの部品の回路を複合して同時設計することができるので、インピーダンスマッチング回路を別に付加する必要がない等の点は、いずれも、高周波スイッチ部品とフィルタ部品という、従来は別々に設計・製造されていた部品を「1つの多層基板」に形成することによってもたらされるものと認められる。
ところで、本件特許請求の範囲には、複合高周波部品の構成要素のうち高周波デバイスは多層基板の外面に搭載され、それ以外の構成要素、すなわち、コンデンサ、第1、第2の伝送線路(ストリップライン)及び信号ラインは、複数の誘電体層を積層してなる多層基板に「内蔵」されることが規定されているところ、それらの「内蔵」されるコンデンサ、伝送線路及び信号ラインは、「各電極・信号ラインの形状に応じて電極ペーストを印刷」し、「所定形状の電極・信号ラインに電極ペーストが印刷されたセラミックグリーンシートを積層し、焼成することによって・・・多層基板が形成される。・・・」という一連の工程を実施することによって、「多層基板に内蔵」されるものであることが説明されている(前記C)。
そして、一の層の表面に電極ペーストを印刷して形成される信号ラインと他の層の信号ラインあるいは回路との接続に関しては、実施例の説明中に、「誘電体層11乃至25には信号ライン電極(図示せず)とビアホール電極(図示せず)を必要な箇所に形成し、また多層基板10の外面にも外部電極(図示せず)を形成して適宜接続する」(前記B)、「なお、高周波部品の信号ラインとフィルタ部分の信号ライン とは多層基板の内部に形成された接続手段、例えばビアホールなどで接続され、その結果高周波部品とフィルタ部品とが多層基板の内部で接続され」(前記C)と説明されており、個々の層の表面に形成される「信号ライン」と、これを他層との間で接続する接続手段とは、一応区別されていることが認められる。
そうすると、本件発明1の特許請求の範囲において、高周波フィルタ部品等を構成する構成要素とされる「信号ライン」についていう「信号ラインを内蔵する」とは、上記のように多層基板を形成することになる各層の表面に所定形状の電極ペーストを印刷し、これを積層し、焼成することによって、信号ラインとなる導電層が多層基板内に存在するようになった状態を表現したものと解される。そして、上記のようにして多層基板に内蔵される「信号ライン」が、各層の誘電体の表面に形成された導電層の部分を指していることは、上記認定のとおりであるところ、本件特許請求の範囲には、他の層の回路や回路素子等への接続をするための電極や外部接続をするための電極をどこに形成するかについては規定されていないから、それらの接続手段については適宜の手段に委ねられていると解される(ちなみに、実施例には、異なる層の信号ライン同士の接続をビアホールによって行うことが開示されており、原告は、このことを根拠として、本訴係属中に、高周波スイッチ部品とフィルタ部品とを接続する信号ラインを多層基板に内蔵させる構成を付加して請求項1を減縮することを内容とする訂正審判の請求をしている。)。
(3) 以上の見地に立って、刊行物1の記載を検討する。
ア 刊行物1(甲3)には、次の@ないしCの記載とともに、送受信端回路装置の本体2の斜視図である【図1】に、長手方向の一方側面(同図において手前側の側面)と他方側面に、それぞれ、フィルタ出力電極5、フィルタタップ電極6と、フィルタ入力電極4、フィルタタップ電極7とを上面から下面に至るように形成したものが示され、本体2の分解斜視図である【図3】に、本体2を構成する各層の構成が示されている。
@「【0013】前記本体2の外周には、…バンドパスフィルタ15用のフィルタ入力電極4,フィルタ出力電極5,…を各々本体2の上面から下面に至るように設けている。」 A「【0019】また、上から3番目の第3の基板23の上面には、フィルタタップ電極7,6に各々接続され、後述する第1,第2の容量電極層26a,26bに対応する領域まで展開した第3,第4の容量電極層27a,27bを形成している。」 B「【0020】上から4番目の第4の基板24の上面には、フィルタ入力電極4,フィルタ出力電極5に各々接続され、この第3の基板23の上面に対称形状に展開した第1,第2の容量電極層26a,26bを形成している。」 C「【0021】そして、第1の容量電極層26aと第3の容量電極層27aとの重なり領域により、図4に示す入力コンデンサC1を形成し、第2の容量電極層26bと第4の容量電極層27bとの重なり領域により、図4に示す出力コンデンサC2を形成している。」 イ 上記アの各記載及び【図1】によれば、刊行物1の送受信端回路装置において、「入力コンデンサC1」を形成しているのは、上から4番目と3番目の基板上(24、23)に形成された「第1の容量電極層26aと第3の容量電極層27aとの重なり領域」である矩形状の部分であり、また、「出力コンデンサC2」を形成しているのは、同様に形成された「第2の容量電極層26bと第4の容量電極層27bとの重なり領域」である矩形状の部分であると認められる。
そして、【図3】によれば、基板23の上面には、コンデンサの電極層を形成している矩形状の「第3,第4の容量電極層27a,27b」の部分に繋がるL字状の部分(以下「L字状部分」という。)が存在し、また、基板24の上面には、コンデンサの電極層を形成している矩形状の「第1,第2の容量電極層26a,26b」の部分に繋がる直線状の部分(以下「直線状部分」という。)が存在することが認められるところ、これらの「L字状部分」と「直線状部分」は、いずれも、コンデンサを構成する部分ではないから、コンデンサとの間で電気信号をやりとりする「信号ライン」としての役割を果たすものであると認められる。
してみると、刊行物1において、コンデンサC1、C2に接続された信号ラインである「L字状部分」及び「直線状部分」は、多層基板を構成する基板23、24の表面に形成されることによって、多層基板の内部に形成されていることが明らかである。
ウ なお、刊行物1発明では、原告の主張するとおり、ハンドパスフィルタ15を構成するコンデンサC1〜C4やコイル素子L1、L2の回路素子を多層基板の各層内に形成し、多層基板の側面に形成した電極によって、これらの回路素子間とバンドパスフィルタ15と多層基板の上面に搭載された高周波アンプ14及びミキサ回路16との間を接続していると認められる。しかし、異なる層の間の回路素子又は回路を接続するための接続手段をどこにどのような態様で設けるかは、前記(2)アで認定したとおり、本件発明1の構成として特定された事項外のことであるから、ある層に存在する信号ラインを他層の回路又は外部に接続するための電極層が多層基板の外部(側面)に形成されていることは、信号ラインが多層基板に内蔵されることと何ら矛盾するものではない。したがって、刊行物1発明において、それらの接続を多層基板の外面(側面)に形成した電極によって行っていても、「信号ライン」に当たる導電層が積層体を構成する個々の誘電体層の表面に形成され、
積層・焼成されることによって多層基板内に存在する形態になっている以上、信号ラインは多層基板に「内蔵」されていると認めることができる。
(4) 以上検討したところによれば、決定が、刊行物1発明について、「上から3番目の第3の基板23の上面に形成された「第3、第4の容量電極層27a、27b」が接続されるところの「フィルタタップ電極7,6」や、上から4番目の第4の基板24の上面に形成された「第1、第2の容量電極層26a,26b」が接続されるところの「フィルタ入力電極4」、「フィルタ出力電極5」は、一種の信号ラインの一部を構成するものであるということは、当業者にとって明らかなことであるから、「フィルタ」部分の構成において、信号ラインが多層基板に内蔵されるものであることは、当業者にとって明らかである。」と認定したことに誤りはない。
原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本件発明1と刊行物1発明との対比判断の誤り)について 2-1 一致点の認定について 前記1のとおり、刊行物1発明の認定に誤りはないから、決定のした一致点の認定に誤りはない。一致点の認定の誤りをいう原告の主張は理由がない。 2-2 相違点1について(刊行物1発明に刊行物2の技術を転用することは適宜設計事項とした判断の当否) (1) 刊行物2(甲4)には、「ストリップラインは多層基板に内蔵され、第1のダイオードおよび第2のダイオードは多層基板上に実装された、高周波スイッチである」(【発明が解決しようとする課題】欄の【0009】)と記載され、その実施例を示す【図1】及び【図2】には、積層体12(多層基板)の一番上の誘電体層14上に、第1、第2のダイオードとコンデンサと抵抗を形成したものが示されており、さらに、「積層体12表面上に形成されているコンデンサや抵抗を、適宜内部に埋設させるようにすることなど、この発明の趣旨の範囲での設計変更は自由である」(【0036】)との記載がある。
(2) 上記記載及び図面によれば、刊行物2には、ダイオード、インダクタ、コンデンサ及び抵抗等の回路素子を用いた高周波スイッチ部品を多層基板で構成する技術として、高周波デバイスであるダイオードを多層基板の上面に搭載し、それ以外のインダクタ、コンデンサ及び抵抗を多層基板の内部に埋設させるという技術が開示されているということができる。
そうすると、刊行物1発明の高周波スイッチに刊行物2に記載された高周波スイッチの技術を適用することは当業者が容易になし得たことというべきであり、また、その際に、高周波デバイス(ダイオード)を複数の誘電体層を積層してなる多層基板の外面に搭載し、それ以外の高周波スイッチ部品の回路素子及び伝送線路を上記多層基板に内蔵させるようにすることも、当業者にとって何ら格別な創作力を要することなく、容易になし得たことというべきである。
(3) 原告は、刊行物1発明には、「高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路とを複合して1つの回路として同時設計する」という思想がないから、刊行物1発明に刊行物2に記載された技術を適用しても、2つの部品(高周波スイッチ部品とフィルタ部品)を上下2段に配置し、両部品を基板側面に形成された信号ラインで接続した構成にしかならず、本件発明1のように高周波スイッチ部品とフィルタ部品を多層基板に一体化した構成にはならないと主張する。
しかしながら、原告のいう「複合して1つの回路として同時設計する」ことや「高周波部品とフィルタ部品を一体化した構成」は、刊行物3(甲5)に記載された「本発明による高周波モジュールによれば、フィルタとRF回路ブロックとを容易にモジュール化することができるとともに、モジュールとして設計することができるため、RF回路ブロックの影響を受けることがない。」(甲5の2頁右欄49行〜左欄3行)というモジュール化の思想と別段異なるところはなく、それ自体として格別のものではない。
そして、上記のような「モジュール化」の設計思想が本件発明1と同種の部品について既に存在していた以上、高周波部品とフィルタ部品を一体化したものとして設計、製作しようとすることは、当業者が容易に着想し、試みることであると考えられ、そのような発想に立って、刊行物1発明に刊行物2の技術を適用することは、当業者が容易に考え付くことである。また、その場合に、高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路とを複合して1つの回路として設計することは、当業者が適宜なし得ることにすぎない。
2-3 相違点1について(刊行物3におけるインピーダンスマッチング) 原告は、決定には刊行物3(甲5)に本件発明1と同様の作用効果をもたらすインピーダンスマッチングの思想が記載されているとした誤りがあり、これを前提とする相違点1についての判断も誤りであると主張する。
(1) 本件明細書の記載(前記1(2)ア)によれば、本件発明1の作用効果とは、
@高周波部品とフィルタ部品を1つの多層基板に形成することにより、全体の寸法を小さくできる、A高周波部品の回路とフィルタ部品の回路を同時に設計するので、あらかじめインピーダンスマッチングを施した回路設計が可能となり、インピーダンスマッチング用の整合回路を別に設ける必要がない、という点に集約される。
原告は、上記Aの点が本件発明1のインピーダンスマッチングの思想であるとし、そのような技術的思想は、刊行物3には記載されていないと主張する。
(2) しかし、刊行物3(甲5)には、前記2-2(3)で摘示した「本発明による高周波モジュールによれば、フィルタとRF回路ブロックとを容易にモジュール化することができるとともに、モジュールとして設計することができるため、RF回路ブロックの影響を受けることがない。」(甲5の2頁右欄49行〜3頁左欄3)との記載に続いて、「フィルタとRF回路ブロックの整合を取るための回路が不要になり、製品の著しい小型化が実現できる。」(3頁左欄3行〜5行)と記載されており、原告のいう、全体を1つの回路として扱い同時設計することは、上記記載中の「モジュールとして設計する」ことに相当する事項にすぎないというべきである。
また、原告のいう、両回路の間に別に整合回路を設ける必要がないという効果も、刊行物3の上記記載中の「整合を取るための回路が不要」になるという効果と実質的な差異があるものではない。
(3) 原告は、刊行物3発明は、トリプレート構造の誘電体フィルムからなるフィルタ部品とRF回路部品とを別々に設計せざるを得ない構成であると主張する。しかし、刊行物3には、トリプレート構造の誘電体フィルタにおいて、フィルタとRF回路ブロックとをモジュール化してモジュールとして設計できるような構成とした場合には、「フィルタとRF回路ブロックの整合を取るための回路が不要になり、製品の著しい小型化が実現できる」(甲3の3頁左欄3行〜5行)という技術的思想が明確に記載されているのであるから、刊行物3に本件発明1のインピーダンスマッチングと共通する技術思想が記載されていることは明らかである。
(4) 原告は、また、決定は本件発明1を刊行物3に記載された多層構造(高周波スイッチ部品とフィルタ部品とを2段に配置してモジュール化した構造)であるかのごとく誤って認定した旨主張する。
しかし、本件発明1は、例えば実施例に示されるように、多層基板の1枚目から10枚目までの層に「高周波スイッチ部品」を形成し、11枚目から25枚目までの層に「フィルタ部品」を形成する構成、すなわち、1つの多層基板の中で「高周波スイッチ部品」が形成される部分と「フィルタ部品」が形成される部分とが区画された構成を含むものであるから、刊行物3に記載のものとの間に実質的な違いがあるものではない。したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。
(5) 以上のとおり、刊行物3には本件発明1と同様のモジュール化によるインピーダンスマッチングの技術的思想が開示されていると認められるから、決定の「2つの回路部品を積層形成してモジュール化することにより、該2つの回路の回路部品間に整合回路を設けなくてもインピーダンスマッチングが図れるという技術的思想も、刊行物3に記載されていることにすぎないから、「高周波スイッチ」を上記のように構成したことによる作用効果も、当業者が容易に類推することができる程度のことと認められる。」という判断に誤りはない。
2-4 相違点2(誘電体セラミックグリーンシートを積層・焼成した多層基板)についての判断の当否 (1) 被告が周知慣用技術を示すものとして提出した特開平4-355902号公報(乙1)には次の記載がある。
@「本発明は、・・・小型で、設計の自由度が高く、・・・しかも良好な周波数特性を実現することを目的とする。」(3頁左欄1行〜6行)A「本発明の高周波フィルタ等の高周波回路の製造方法に特に制限はないが、グリーンシート法を用いることが好ましい。」(4頁右欄19行〜21行)B「多層回路基板に実装した高周波フィルタは、単体素子としても利用できるが、
他の部品と一緒に実装基板内への内蔵も可能である。」(7頁左欄44行〜46行) (2) 上記記載Aには、多層回路基板に実装した高周波フィルタに関して、「グリーンシート法」なる用語が格別の説明もなく既知のものとして使用されており、多層基板回路技術において、誘電体セラミックグリーンシートを積層し、焼成することによって、複数の誘電体層を積層した多層基板を形成するようにすることは、周知慣用技術に属するものと認められる。
そして、上記Bの「他の部品と一緒に実装基板内への内蔵も可能である」という記載が、多層基板に複数の部品を一緒に形成した「複合」高周波部品を形成することが可能であることを意味していることからすれば、本件発明1が複合高周波部品についてグリーンシート法による多層基板を採用したことは、周知慣用技術の1つを選択したという以上のものではないというべきである。
したがって、決定が、「多層基板回路技術において、誘電体セラミックグリーンシートを積層し、焼成することによって、複数の誘電体層を積層した多層基板を形成することは、広く行われている周知慣用技術にすぎず」とし、このことを理由に、相違点2が格別のこととは認められないと判断したことに誤りはない。
2-5 以上に判断したところによれば、原告が本件発明1と刊行物1発明との対比における判断の誤りとして主張したところをすべて勘案しても、本件発明1が刊行物1発明に刊行物2記載の技術事項及び周知慣用技術を適用することによって容易に想到し得たものである旨の決定の判断に誤りはない。
原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3について 取消事由3についての原告の主張は、もっぱら刊行物1発明についての認定の誤り及び本件発明1と刊行物1発明との相違点1、2についての判断の誤りをいうものであるところ、その主張に理由がないことは、前記1、2に示したとおりである。そして、本件発明2及び3において本件発明1の構成に付加された限定事項が、いずれも格別なこととは認められないとした決定の認定判断に誤りがあるとは認められない。
したがって、原告主張の取消事由3も理由がない。
4 結論 以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がないから、原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利