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関連審決 異議2001-72121
関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  上位概念 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 101号 特許取消決定取消請求事件
原告 セイコーエプソン株式会社
訴訟代理人弁護士 生田哲郎
同 山田基司
同 山崎 理恵子
同 高橋淳
同 池田博毅
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 末政清滋
同 北川清伸
同 小林信雄
同 高橋泰史
同 宮川久成
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/06/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2001-72121号事件について平成14年1月10日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「ダイクロイックプリズムおよびこれを用いた投写型カラー表示装置」(後記訂正により「投写型カラー表示装置」と訂正)とする特許第3131874号発明(昭和62年12月15日に特許出願した特願昭62-316710号の一部につき新たな特許出願,平成12年11月24日設定登録,以下「本件発明」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許につき特許異議の申立てがされ,異議2001-72121号事件として特許庁に係属し,原告は,平成13年12月18日付け訂正請求書により願書に添付した明細書の特許請求の範囲等の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。
特許庁は,同特許異議の申立てについて審理した上,平成14年1月10日,「訂正を認める。特許第3131874号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年2月2日,原告に送達された。
2 本件訂正後の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 光源と,該光源から出射された光を3つの色光に分離する色分離系と,該色分離系で分離された前記3つの色光をそれぞれ変調する第1,第2,第3の液晶ライトバルブと,該第1,第2,第3の液晶ライトバルブにより変調された前記3つの色光を合成するダイクロイックプリズムと,該ダイクロイックプリズムにより合成された光を投写する投写レンズとを備える投写型カラー表示装置において,(注,以下「構成要件(A)」という。) 前記色分離系は,前記光源から出射された光を,第1の色光と,第2及び第3の色光とに分離する第1のミラーと,前記第1のミラーによって分離された前記第1の色光を,前記第1の液晶ライトバルブに導く第2のミラーと,前記第1のミラーによって分離された前記第2及び第3の色光を,第2の色光と第3の色光に分離するとともに,前記第2の色光を前記第2の液晶ライトバルブに導く第3のミラーと,前記第3のミラーによって分離された前記第3の色光を,前記第3の液晶ライトバルブに導く第4,第5のミラーと,を備え,(注,以下「構成要件(B)」という。) 前記ダイクロイックプリズムは,波長選択反射層が略十字状に配置されるように4個の直角プリズムの直角を挟む面がそれぞれ接着剤により貼り合わされてなり, 第1の前記直角プリズムの直角を挟む2つの面には,それぞれ第1の波長選択反射層と第2の波長選択反射層が形成され, 第2の前記直角プリズムの直角を挟む2つの面のうち,一方の面には第1の波長選択反射層が形成され,他方の面には波長選択反射層が形成されておらず, 第3の前記直角プリズムの直角を挟む2つの面のうち,一方の面には第2の波長選択反射層が形成され,他方の面には波長選択反射層が形成されておらず, 第4の前記直角プリズムの直角を挟む2つの面には,波長選択反射層が形成されておらず, 前記4個の直角プリズムは,前記第1の波長選択反射層と前記第2の波長選択反射層が直交するように,前記波長選択反射層の形成される面と,前記波長選択反射層の形成されない面とが前記接着剤により貼り合わされてなり, 前記直角プリズムの直角を挟む面を隣接させて対向する2つの直角プリズム同士の間には,1つの前記波長選択反射層と1つの前記接着層を介在してなり,(注,以下「構成要件(C)」という。) 前記第1乃至第4の直角プリズムの直角に対する斜面には,それぞれARコートが施されており,(注,以下「構成要件(D)」という。) かつ,前記ダイクロイックプリズムは,前記第1の液晶ライトバルブにより変調された前記第1の色光を前記接着剤を介さずに前記第2の波長選択反射層に導いて反射し,前記第3の液晶ライトバルブにより変調された前記第3の色光を前記接着剤を介さずに前記第1の波長選択反射層に導いて反射し,前記第2の液晶ライトバルブにより変調された前記第2の色光をそのまま透過するようにして,前記3つの色光を合成するように配置されていることを特徴とする投写型カラー表示装置。(注,以下「構成要件(E)」という。) 3 本件決定の理由 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明は,特開昭62-1391号公報(本訴甲3,審判甲4,以下「引用例1」という。)及び英国特許第754590号公報(本訴甲4,審判甲1,以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」,「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法113条2号に該当し,取り消されるべきものであるとした。
原告主張の本件決定取消事由
本件決定は,本件発明と引用発明1との相違点1についての判断を誤り(取消事由1),また,同相違点4についての判断を誤った(取消事由2)ものであり,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り) (1) 本件決定は,本件発明と引用発明1との相違点1として,「本件発明1(注,本件発明)の色分離系は,『前記光源から出射された光を,第1の色光と,第2及び第3の色光とに分離する第1のミラーと,前記第1のミラーによって分離された前記第1の色光を,前記第1の液晶ライトバルブに導く第2のミラーと,前記第1のミラーによって分離された前記第2及び第3の色光を,第2の色光と第3の色光に分離するとともに,前記第2の色光を前記第2の液晶ライトバルブに導く第3のミラーと,前記第3のミラーによって分離された前記第3の色光を,前記第3の液晶ライトバルブに導く第4,第5のミラーと,を備え』ているのに対し,引用発明1では,第1のキューブプリズム52とミラー53により構成されており,そのような構成を備えていない点」(決定謄本9頁「相違点1」)を認定し,同相違点について,「光源からの光を3つの色光に分離するのに,第1,第2の波長選択反射層を有するミラーで順次各色光に分離することは,従来周知(特開昭60-179723号公報〔注,甲5,以下「甲5公報」という。〕,特開昭62-30215号公報〔注,甲6,以下「甲6公報」という。〕,特開昭62-133424号公報〔注,甲7,以下「甲7公報」という。〕参照)であり,全反射ミラーを適宜組み合わせて,引用発明1の色分離系に替え,本件発明1の色分離系とすることは,当業者にとって容易である」(同10頁「相違点1について」)と判断したが,誤りである。
(2) 仮に,「光源からの光を3つの色光に分離するのに,第1,第2の波長選択反射層を有するミラーで順次各色光に分離すること」という抽象的な形態が周知であったとしても,そのことから直ちに,本件発明におけるミラー配置とすることが当業者にとって容易であることにはならない。本件決定が周知技術として挙げる甲5〜7公報記載の各技術におけるミラー配置は,本件発明におけるミラー配置とは,全く異なる。
まず,甲5公報の第3図記載の装置は,色分離系にも色合成系にも各2枚のダイクロイックミラーを用い,かつ,合わせて4枚の反射ミラーを用いるものである。色合成系にダイクロイックプリズムを用い,色分離系にはダイクロイックミラーを用い,かつ,反射ミラーを3枚用いる本件発明の装置とは構成が全く異なる。
次に,甲6公報の第5図記載の装置は,同第1図記載の装置を平面配置したものであって,色分離系にも色合成系にもクロスしたダイクロイックミラーを2枚用いるものであり,かつ,4枚の反射ミラーを用いるものであり,やはり,本件発明の装置とは構成が全く異なる。
さらに,甲7公報の第2図記載の装置は,色分離系にも,色合成系にも各2枚のダイクロイックミラーを用い,かつ,反射ミラーを各1枚用いるものである。したがって,これも本件発明の装置とは構成が全く異なる。
(3) 各ミラーの配置は,光源からの光を,単に各色光に分離できればよいというものではなく,各色の経路の長さや,経路上における接着剤等の異物の存在などが装置の性能に大きく影響するため,その構成は極めて重要である。例えば,甲6公報の第5図記載の装置の場合,経路の長さは,緑1に対し,赤及び青は3(赤:緑:青=3:1:3)となり,赤と青の減衰が激しくなる。また,同第1〜4図記載の装置は,2階建て方式と呼ばれる方法を採用し,各色の経路の距離は等しくなるが,すべての経路が長くなるため,全体が暗くなる。これに対し,本件発明の装置は,赤:緑:青=4:2:2とすることができ,ハロゲンランプのように赤色の光量が多いものを光源とする場合のバランスがよい(赤の経路が長く,赤の減衰が大きい)という特徴がある。さらに,ダイクロイックプリズムを1個用い,その置き方を工夫することで,光の接着剤部分の通過を減らし,信頼性の向上を目指している。このように,ミラーをいかに組み合わせるかは,装置の性能を左右する重要な事項であり,当業者が適宜組み合わせて容易に構成し得るという性質のものではない。
(4) 本件発明は,ミラーの組合せ方を具体的に記載し,これにより所定の効果(ダイクロイックミラーを色分離系として用いつつ,プリズムを張り合わせる接着剤の通過を減らし,かつ,各色の調子を合わせる等の効果)を得ようとするものであるにもかかわらず,本件決定は,その抽象的な上位概念である「第1,第2の波長選択反射層を有するミラーで順次各色光に分離する」装置が周知であることを理由に,当業者が本件発明の構成を容易推考できると判断した点において,誤りである。
なお,特開昭62-257123号公報(乙1,以下「乙1公報」という。)は,新たな引用例であるから,これに基づく主張は許されない。
2 取消事由2(相違点4についての判断の誤り) (1) 本件決定は,本件発明と引用発明1との相違点4として,「本件発明1のダイクロイックプリズムは,『前記第1の液晶ライトバルブにより変調された前記第1の色光を前記接着剤を介さずに前記第2の波長選択反射層に導いて反射し,前記第3の液晶ライトバルブにより変調された前記第3の色光を前記接着剤を介さずに前記第1の波長選択反射層に導いて反射し,前記第2の液晶ライトバルブにより変調された前記第2の色光をそのまま透過するようにして,前記3つの色光を合成するように配置されている』のに対し,引用発明1では,上記記載事項ウ.,及び図3(b)に示されたダイクロイックプリズムの構成により,接着剤を挟んで同種の波長選択反射層が2層あるので,第1,第3の色光は,それぞれ同種の波長選択反射層で直接反射されるものと,接着剤を介して反射されるものとがある点」(決定謄本10頁「相違点4」)を認定し,同相違点について,「3つの色光を合成して投写レンズの方へ出射しようとすると,第1,第3の色光を,接着剤を介さずに波長選択反射層で反射するか,接着剤を介して波長選択反射層で反射するか,あるいは第1(第3)の色光を,接着剤を介さずに波長選択反射層で反射し,第3(第1)の色光を接着剤を介して波長選択反射層で反射するか,の4通りの配置が取り得る。第2の色光については,いずれの場合もそのまま透過する。いずれの配置とするかは,当業者が必要に応じて選択しうる設計事項である」(同11頁「相違点4について」)と判断したが,誤りである。
(2) 本件発明は,従来技術の問題点として,「ダイクロイックプリズムに入射した光が波長選択反射層で直接反射する光と,貼り合わせに用いる接着剤を通過してから波長選択反射層で反射する光とがあり,屈折率のちがいから,色が変わったり,投写光学系の場合にはレンズを用いるのでピントのズレや重なりが生じる」(本件明細書〔甲2,ただし,本件訂正により訂正。以下同じ。〕段落【0003】【発明が解決しようとする課題】)という点を指摘した上で,ダイクロイックプリズムの構造を構成要件(C)のようなものとし,かつ,そのダイクロイックプリズムを構成要件(E)のように配置することにより「ダイクロイックプリズムに入射した光を波長選択反射層で直接反射させ,変色やピントのズレの生じない,色合成のためのダイクロイックプリズムを提供する」(段落【0004】)ものである。構成要件(C)のようなダイクロイックプリズムを用いた場合,前記4通りの配置を取り得るのに対し,ダイクロイックプリズムに入射した光を波長選択反射層で直接反射させ,変色やピントのずれの生じない,色合成のためのダイクロイックプリズムを提供することができるのは,構成要件(E)のような構成を採用する場合しかない。すなわち,本件発明は,構成要件(C)のような構造を有するダイクロイックプリズムを用いた投写型カラー表示装置において,ダイクロイックプリズムの配置を構成要件(E)のように限定することによって,入射した光が接着剤を通過せず波長選択反射層で直接反射させる構成とすることができ,これにより顕著な効果が得られることを見いだしたものである。数値,形状,配列,材料の変更又は限定の発明において,その変更又は限定により顕著な効果を奏する場合には,進歩性が認められる。したがって,ダイクロイックプリズムの配置が,当業者が必要に応じて選択し得る設計事項であるとした本件決定の判断は誤りである。
(3) 引用例2(甲4)においては,本件発明の目的及び効果は全く意識されておらず,これを解決するための手段も何ら記載されていない。引用例2には,構成要件(C)のような構造を有するダイクロイックプリズムの製造方法については記載されているが,構成要件(E)のように配置すること及びその効果については記載されていない。そもそも引用例2は,ダイクロイックプリズムの製造方法についての発明であり,その目的とするところは,歪みのないプリズムの製造方法を提示する点にあり,これにより製造されたプリズムを用いた投射型カラー表示装置に関する記載はなく,これをどのように使用するかについては考慮していない。すなわち,引用例2には,ダイクロイックプリズムに入射する光が接着剤の層を通過するかしないかという発想はなく,この観点からの記載はない。色合成のために可能な構成は,2通りのA型ダイクロイックプリズムと,これと鏡像関係にある2通りのB型ダイクロイックプリズムの4通りがあり,本件発明の配置とする場合には,まず,プリズムをA型プリズムとして作成した上で,更にその配置を正しく選択する必要があるが,引用例2のプリズムがA型プリズムかB型プリズムかは不明である。したがって,引用発明2を引用発明1に適用しても,本件発明とならないことはもちろん,本件発明は,引用発明1,2に基づいて当業者が容易に発明できたものということはできない。
被告の反論
本件決定の判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について (1) 原告は,周知例と本件発明の色分離系のミラー配置が全く異なると主張するが,本件決定は,上記構成の異なることは認めており,相違点として認定している。光源から出射された光を3色光に分離するには,光を2回分離する必要があり,2枚のダイクロイックミラーを用いることは,当然のことであり,本件発明,周知例ともそのような構成になっている。反射ミラーの配置は異なるものの,反射ミラーの具体的配置は,光源の位置,3色光をそれぞれ入射させる液晶パネルの配置等によって決定されるもので,設計上の問題であり,当業者にとって容易である。また,原告は,本件発明の色分離系の具体的構成として,3枚の反射ミラーを用いる点が周知技術と異なるとも主張するが,本件決定が周知例として挙げた甲5公報の第3図に示された色分離系は,2枚のダイクロイックーミラーと3枚の反射ミラーで構成されており,本件発明の色分離系の構成と同様であり,他の周知例である乙1公報にも,本件発明と同様の配置の色分離系が記載されている。
(2) 原告は,赤,緑,青の各色の経路の距離に関して主張しているが,本件発明の構成に基づかない主張であり,失当である。なお,周知例のものも,各色の経路の長さについては,いろいろな場合のものが記載されており,特に乙1公報記載のものには,本件発明と同様のミラー配置の色分離系が示されているので,本件発明のようにミラーを配置することは,当業者にとって容易である。
(3) 原告は,光経路上における接着剤等の異物の存在の影響,接着剤の通過を減らすことによる効果を主張しているが,接着剤については,本件発明の色分離系の構成に基づかない主張であり,失当である。
2 取消事由2(相違点4についての判断の誤り)について (1) 引用例2の図1〜6も参照すれば,本件発明と同様の構成のダイクロイックプリズムも記載されていることは明らかである。原告は,ダイクロイックプリズムの4通りの配置について,接着剤の層を通過することの影響に関する発想がなければ,適切なものを選択するという発想も得られないと主張するが,失当である。
引用例2のものにおいても,接着剤を介さずに,第1,第2の波長選択層に相当する被膜G,R(順不同)で直接反射される直角プリズムAから入射すると記載されている。色分離と色合成の相違はあるにしても,引用例2のダイクロイックプリズムを本件発明に適用しようとすれば,G,Rの色光を被膜G,Rで直接反射させ,直角プリズムAから合成光が出射するように,本件発明と同様に配置するのが普通である。各色のバランスをチェックすることは,当業者であれば当然に行うべきことであり,4角形のダイクロイックプリズムは,配置の仕方が4通りしかないのであるから,本件発明の配置を選択することは,技術の具体的適用に伴う設計上の問題であり,当業者が必要に応じて選択し得る事項である。
(2) 原告は,本件発明の顕著な効果を主張するが,全く同じ構成のダイクロイックプリズムが,引用例2に記載されており,その配置の仕方は設計事項であるので,原告主張の効果は,引用例2記載のダイクロイックプリズムが有する効果にすぎない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について (1) 原告は,本件決定が周知技術として引用する甲5〜7公報のミラー配置は,本件発明におけるミラー配置とは,全く異なるから,「光源からの光を3つの色光に分離するのに,第1,第2の波長選択反射層を有するミラーで順次各色光に分離すること」という抽象的な形態が周知であったとしても,そのことから直ちに,本件発明におけるミラー配置とすることが当業者にとって容易であることにはならず,また,各ミラーの配置は,単に各色光に分離できればよいというものではなく,各色の経路の長さや,経路上における接着剤等の異物の存在などが装置の性能に大きく影響し,本件発明の装置は,赤:緑:青=4:2:2とすることができ,ハロゲンランプのように赤色の光量が多いものを光源とする場合のバランスがよい(赤の経路が長く,赤の減衰が大きい)という特徴があり,さらに,ダイクロイックプリズムを1個用い,その置き方を工夫することで,光の接着剤部分の通過を減らし,信頼性の向上を目指していると主張するので検討する。
(2) 本件明細書(甲2)には,「従来のダイクロイックプリズムは,図4のように直角を挟む2つの面にそれぞれ第1の波長選択反射層と第2の波長選択反射層を持つ直角プリズムを4個貼り合わせたものや,図5のように直角を挟む2つの面のうち1つの面に第1の波長選択反射層を持つ直角プリズム2個と,同様に第2の波長選択反射層を持つ直角プリズム2個を交互になるように貼り合わせたものがあった。しかし,前述の技術では,前者は波長選択反射層を形成する蒸着面が8面であり,製造コストが高くつく。また後者では,ダイクロイックプリズムに入射した光が波長選択反射層で直接反射する光と,貼り合わせに用いる接着剤を通過してから波長選択反射層で反射する光とがあり,屈折率のちがいから,色が変わったり,投写光学系の場合にはレンズを用いるのでピントのズレや重なりが生じる。そこで本発明は,このような問題点を解決するもので,その目的とするところは,波長選択反射層は4面で,コストを低くし,かつダイクロイックプリズムに入射した光を波長選択反射層で直接反射させ,変色やピントのズレの生じない,色合成のためのダイクロイックプリズムを用いた投写型カラー表示装置を提供するところにある」((段落【0002】〜【0004】),「図3は,本発明の投写型カラー表示装置の一実施例の構成図である。ハロゲンランプ等の白色光の投写光源7から出射する光束をリフレクタ8及び集光レンズ9により集光し,熱線カッ卜フィルター10(注,「11」とあるのは誤記と認める。)により赤外域の熱線をカッ卜し,可視光のみが色分離系に入射する。集光系には楕円リフレクタやパラポラリフレクタを用いて集光してもかまわない。色分離系においては,青色反射ダイクロイックミラー11により青色光(おおむね500〔nm〕以下の波長成分)を反射し,次に緑色反射ダイクロイックミラー12で緑色光(おおむね500〔nm〕から590〔nm〕の波長成分)を反射し,透過光から赤色光(おおむね590〔nm〕以上の波長成分)として色分離を行なう。その後反射ミラー13で方向を変え,それぞれの色の画像変調用の液晶ライトバルブに入射する」(段落【0011】〜【0013】),「以上述べたように本発明によれば,波長選択反射層の形成面が4面ですむため非常に製造コストが安くなる上に,色の違いやピントのズレといった問題を解決し,特に投写光学系において高画質な画像表示を可能とするといった効果を有する。また本発明は,カラー表示装置の分野において優れた色分離,色合成の特性を得られる点で特に有効である」(段落【0020】,【0021】)との記載があり,これらの記載によれば,本件発明は,投写型カラー表示装置の色合成に用いるダイクロイックプリズムを改良したものであって,波長選択反射層を形成する蒸着面を4面と少なくし,光が貼り合わせに用いる接着剤を通過せずに波長選択反射層で反射するダイクロイックプリズムとすることによって,製造コストを低くし,かつ,変色やピントのズレの生じないという作用効果を奏するものであり,また,その結果,カラー表示装置において優れた色分離,色合成の特性を得られるものと認められる。
(3) 本件明細書の特許請求の範囲の記載には,第3の色光が赤色光であるとの記載はなく,また,本件明細書の上記記載によれば,本件発明は,投写型カラー表示装置の色合成に用いるダイクロイックプリズムの改良に関するものであり,色分離系については,青色反射ダイクロイックミラー11により青色光を反射し,次に,緑色反射ダイクロイックミラー12で緑色光を反射し,透過光から赤色光として色分離を行うこと,その後,反射ミラー13で方向を変え,それぞれの色の画像変調用の液晶ライトバルブに入射することが記載され,また,ハロゲンランプについては,「ハロゲンランプ等の白色光の投写光源」と記載され,白色光源の単なる例示があるが,赤色の光量が多いことや,赤色の経路を長くしてバランスを調整することに関する記載はない。さらに,光の接着剤部分の通過に関しては,ダイクロイックプリズムの改良で解決することが記載されているが,ミラーの配置により解決することは記載されていない。したがって,ミラーの配置が,各色の経路の長さや,経路上における接着剤等の異物の存在などが装置の性能に大きく影響するとの原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものというほかなく,かえって,本件明細書の「反射ミラー13で方向を変え,それぞれの色の画像変調用の液晶ライトバルブに入射する」(段落【0013】)との記載によれば,本件発明において,適宜配置された画像変調用の液晶ライトバルブに入射させるには,ミラーの配置を適宜決定すればよいものと解される。そうすると,本件決定の「全反射ミラーを適宜組み合わせ」ることは容易である旨の上記判断は相当と認められ,また,本件発明の色分離系のミラー構成は,乙1公報の第6図に開示されているように,本件特許出願当時において周知の構成と認められるから,「引用発明1の色分離系に替え,本件発明1の色分離系とすることは,当業者にとって容易である」(決定謄本10頁「相違点1について」)とした判断も相当である。
原告は,乙1公報は,新たな引用例であるから,これに基づく主張は許されないと主張するが,乙1公報は,本件発明の色分離系のミラー構成が本件特許出願当時において周知の構成であることを裏付けるための証拠であり,新たな引用例ではないから,上記主張は採用することができない。
(4) 以上検討したところによれば,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点4についての判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明は,構成要件(C)の構造のダイクロイックプリズムを用いた投写型カラー表示装置において,ダイクロイックプリズムを構成要件(E)のように配置することによって,入射光が接着剤を通過せず波長選択反射層で直接反射するので顕著な効果が得られるが,引用例2には,構成要件(E)のように配置することやその効果,投射型カラー表示装置に関する記載はないから,ダイクロイックプリズムに入射する光が接着剤の層を通過するかしないかという発想はなく,相違点4について,本件発明のダイクロイックプリズムの配置が設計事項であるとした本件決定の判断は誤りであると主張する。
(2) 引用例2(甲4)には,四つのプリズムは,下記図1に示されるように,A,B,C,Dと呼称され,各プリズムの対応する面は,1,2,3と呼称されること,プリズムAの面A2とプリズムDの面D1には,被膜Gが塗布され,プリズムAのA1面とプリズムBのB2面には被膜Rが塗布されること,光学的接合剤10が各プリズムの間の空間へ流し込まれ,プリズムは所要の厚さの接合層を形成するように押され,下記図6に示されるように位置合わせして接合されること,3色カメラに使用する場合,光がプリズムAに入射すると,3色の成分はプリズムB,C,Dを通り,三つのプリズムに隣接した三つのフィルムゲートに現れることが記載されている(甲4訳文2頁最終段落〜4頁第3段落)。
(3) 引用例2(甲4)の上記記載によれば,光がプリズムAに入射すると,緑色光は面A2及び面D1で反射されてプリズムDから出射し,赤色光は面A1及び面B2で反射されてプリズムBから出射し,青色光はそのまま通過してプリズムCから出射するものと認められる。そうすると,引用例2には,色分離系の説明として記載されているが,これらのプリズムが色合成系にも適用できることは当業者に明らかであり,その場合には,青色光はプリズムCから入射してそのまま通過し,赤色光はプリズムBから入射して面A1及び面B2で反射され,緑色光はプリズムDから入射して面A2及び面D1で反射されて,各々プリズムAから出射することになり,この場合,赤色光,緑色光とも,光学的接合剤層を通過することなく,波長選択反射層で直接反射する。したがって,引用例2には,第1及び第3の色光(赤色光及び緑色光)を接着剤を介さずに波長選択反射層で反射し,第2の色光(青色光)をそのまま通過させるダイクロイックプリズムの配置が開示されていると認められ,ダイクロイックプリズムに入射する光が接着剤の層を通過するかしないかという発想は記載されていないとしても,プリズムの配置方法は4通りしかなく,引用例2に開示されている前記配置を引用発明1に適用すると,本件発明と同じ配置になるのであるから,いずれの配置とするかは,当業者が必要に応じて選択し得る設計事項であるというべきであり,これと同趣旨の本件決定の判断を誤りということはできない。なお,引用例2には,ダイクロイックプリズムに入射する光が接着剤の層を通過せずに反射することは明示されていないが,光が接着剤層を通過すると光路長が長くなる,光量が減少する等の問題が生ずることは自明であるから,当業者は,引用例2が,被膜の形成箇所,光の入射方向を,接着剤の層を通過せずに反射するように規定しているのは,このような問題点が生じないようにするとの意図に基づくものであると理解するものと認められる。
(4) 原告は,色合成のために可能な構成は,2通りのA型ダイクロイックプリズムと,これと鏡像関係にある2通りのB型ダイクロイックプリズムの4通りがあり,本件発明の配置とする場合には,まず,プリズムをA型プリズムとして作成した上で,更にその配置を正しく選択する必要があるが,引用例2のプリズムがA型プリズムかB型プリズムかは不明であるとも主張するが,A型プリズム,B型プリズムとの分類は,本件明細書に記載がなく,原告の上記主張は明細書の記載に基づかないものである上,引用例2に開示されている配置は,入射光のいずれも接着層を介さないで反射するものであって,原告の分類によれば,A型プリズムの正しく選択した配置に相当するから,原告の上記主張も採用することができない。
(5) したがって,原告の取消事由2の主張も理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴