関連審決 | 無効2005-80019 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成17ワ 785特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
昭和60ワ4297特許権に基づく侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ3155特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成16ワ8682損害賠償請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11ワ23013特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 製造方法 / 新規性 / 公然知られ(29条1項1号) / 29条1項3号 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 慣用技術 / 技術的範囲 / 技術常識 / 化学構造 / 優先権 / 参酌 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 構成要件 / 差止請求(差止) / 侵害 / 損害額 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
16年
(ワ)
26728号
特許権侵害差止等請求事件
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原告 昭和電工株式会社 訴訟代理人弁護士 吉澤敬夫 同 牧野知彦 被告 DSMニュートリションジャパン株式会社 訴訟代理人弁護士 細谷義徳 同 外山興三 同 原田芳衣 訴訟代理人弁理士 津國肇 同 齋藤房幸 同 小國泰弘 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2005/11/01 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 被告は,別紙物件目録記載の製品を輸入し,販売し,又は,販売のために展示してはならない。 2 被告は,原告に対し,684万円及びこれに対する平成16年12月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要等
本件は,「甲殻類養殖飼料用添加物」に係る特許権を有する原告が,被告が輸入,販売する飼料用添加物製品が同特許権に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張して,被告に対して,同特許権に基づき同製品の輸入販売等の差止め及び損害賠償を求めている事案である。 被告は,これに対して,@被告が輸入販売する製品は原告の上記特許発明の技術的範囲に属しない,A原告の特許発明には無効理由(特許法29条1項1号,2項)があるから,原告は上記特許権に基づき権利を行使することができないと主張して,原告の請求を争っている。 1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実,該当箇所末尾掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実) (1) 当事者 原告は,化学肥料,農薬並びに飼料及び飼料添加物の製造,売買等を業とする株式会社である。 被告(旧商号ロシュ・ビタミン・ジャパン株式会社)は,化学薬品,ビタミン,飼料添加物などの製造,調合,輸入,輸出,販売等を業とする株式会社である。 (2) 原告の有する特許権(甲1の1ないし1の3) 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。 特許番号 第2137557号 登 録 日 平成10年7月31日 出 願 日 昭和61年6月5日 出願公告日 平成6年11月24日 出願公告番号 特公平6-93822号 発明の名称 甲殻類養殖飼料用添加物 (3) 特許請求の範囲の記載 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報〔甲1の2〕及び平成6年法律第116号による改正前の特許法64条及び17条の3第1項の規定による補正公報〔甲1の3〕参照。以下,同補正公報を「本件公報」という。)の特許請求の範囲第1項の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。 「アスコルビン酸活性を示す有効成分としてL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有することを特徴とする甲殻類養殖用ペレット飼料用添加物。」 (4) 構成要件の分説 本件特許発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下「構成要件A」などという。)。 A アスコルビン酸活性を示す有効成分としてL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する B ことを特徴とする甲殻類養殖用ペレット飼料用添加物。 (5) 被告の行為 被告は,別紙物件目録記載の製品名の飼料用添加物(以下「被告製品」という。)を輸入し,販売している。 (6) 無効審判の経緯 被告は,平成17年1月21日,本件特許発明について,特許庁に対し,無効審判を請求した(無効2005-80019。乙16)。特許庁は,平成17年6月24日,本件特許発明についての特許を無効とする審決をした(乙48)。 2 本件における争点 (1) 被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか(争点1) (2) 本件特許発明には無効理由があり,原告が,本件特許権に基づいて権利を行使することができないか(争点2) (3) 原告の被った損害額(争点3) |
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争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか。)について 【原告の主張】 (1) 被告製品の構成は,@アスコルビン酸活性を示す有効成分としてL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する,A甲殻類養殖用ペレット飼料に使用される添加物であり,上記構成@が本件特許発明の構成要件Aに,上記構成Aが本件特許発明の構成要件Bに該当することは明らかである。そして,被告製品は本件特許発明の作用効果を奏するので,被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属する。 (2) 被告は,被告製品は,魚類養殖用飼料用の添加物であるから,本件特許発明の構成要件Bに該当しない旨主張する。しかし,被告製品は,被告の親会社であるDSM社のホームページにおいて,甲殻類用に使用することができる製品として宣伝されており,被告のホームページから,当該ホームページに行き着けるようにリンクが張られているのであるから,被告製品を購入する顧客は,被告製品が甲殻類養殖用飼料に使用することができることを理解し,現実に使用しているものである。 原告が分析し,被告製品が含まれていることを確認した飼料である「ニッパイえびトップ」は日本配合飼料株式会社製のものであり,同じく「ヒガシマルGOLD PAWN」は株式会社ヒガシマル製のものである。そして,両社が甲殻類用飼料市場において最大手のメーカーであることからすれば,被告は,被告製品が甲殻類養殖用飼料に使用されることを十分認識した上で,被告製品を両社に販売していることは明らかである。 (3) 被告は,原告の提出した飼料分析に関する報告書(甲5)において,当該飼料に被告製品が含まれていることが示されていないとか,分析手法が適当でなく,分析結果に誤りが存するなどと主張する。しかし,原告の分析手法は適切であり,その測定結果に何ら不適当なところはない。 【被告の主張】 (1) 被告は,被告製品を,魚類養殖用飼料用の添加物として輸入販売しており,甲殻類養殖用のペレット飼料に使用される添加物として輸入販売していない。 したがって,被告製品は,魚類養殖用飼料用の添加物であるから,本件特許発明の構成要件Bには該当しない。 原告は,被告製品が魚類養殖用飼料用の添加物であるとの被告の上記主張は被告の主観にすぎない旨主張する。しかし,本件特許発明はいわゆる用途発明であり,物の特許としての形式をとっていても,特許された用途に使用されない限り,当該物質自体の販売は本件特許権を侵害するとはいえない。そして,販売される物質そのものから用途を区別することはできないから,その用途は包装や添付文書等の記載という,当該物質が提供・販売される際の客観的・外形的事情から判断することになる。被告製品の販売において買主である飼料メーカーに示された包装ラベルには,同製品が「魚用」の飼料添加物であることが記されており,「甲殻類用」飼料添加物であることの記載はない。被告製品の販売の際の客観的・外形的事情から判断すれば,被告が被告製品を魚類養殖用飼料用の添加物として輸入販売していたことは明らかである。 (2) 原告が提出した飼料分析に関する報告書(甲5)によっても,原告が分析した飼料の中に被告製品が含まれているとはいえない。同報告書における分析手法は適切でなく,分析結果に誤りがあり,信頼できない。 2 争点2(本件特許発明には無効理由があり,原告は,本件特許権に基づき権利を行使することができないか。)について 【被告の主張】 (1) 無効理由1(特許法29条1項3号違反)について ア 本件特許発明は,米国特許第4179445号公報(乙2の1。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)と同一であるから,新規性がない。 すなわち,刊行物1の1欄56行〜61行には,「Additionally, the 2-phosphate and 2-sulfate derivatives of L-ascorbic acid are known to exhibit vitamin activity in animals which makes them attractive, stabilized derivatives of vitamin C which can be used to supplement the diet of fish, for example.(さらには,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートおよび2-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,このことにより,それらは例えば「fish」の餌に補充するために使用できる魅力的かつ安定なビタミンC誘導体となることが知られている。)」と記載されている。このL-アスコルビン酸の2-ホスフェート誘導体は,刊行物1の実施例においては,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートのマグネシウム,ナトリウム等の塩が得られていることからすれば,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を意味することは明らかである。また,「fish」は,日本語の「魚」と必ずしも同義ではなく,魚類の他に甲殻類をも意味するから,「fish」の餌とは,「甲殻類」の餌をも意味する。そして,甲殻類等の水産動物の餌の形態として考えられるものは,粉末,クランブル及びペレットのせいぜい3種類くらいであるから,刊行物1には,甲殻類養殖用の餌の形態としてペレットが記載されているに等しい。 以上によれば,刊行物1には,「アスコルビン酸活性を示す有効成分としてL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する,甲殻類養殖用ペレット飼料用添加物」に関する発明が記載されているといえるから,本件特許発明は,特許法29条1項3号に違反して特許されたものであり,同法123条1項2号により無効とされるべきものである。 よって,原告は,本件特許権に基づき権利を行使することができない。 イ 原告は,刊行物1における「the diet of fish」の上記訳が誤訳であると主張する。しかし,「the diet of fish」は,文法的にも前後の文脈からしても,「魚の餌」と訳すのが合理的である。原告が主張するように「魚からなる人間の食事に補充する」という意味に解釈する方が不合理である。 (2) 無効理由2(特許法29条2項違反)について ア 仮に,刊行物1に記載された「fish」が日本語の「魚」を意味するものであり,刊行物1には,アスコルビン酸活性を示す有効成分としてL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を含有する,魚類養殖用飼料用の添加物に関する発明しか記載されていないとして,引用発明1を解釈するとしても,本件特許発明の出願時に,魚と同様に,エビ類にもビタミンCが必要であることは知られており(乙7),魚類養殖用飼料を,クルマエビ,ガザミ,カニ等の甲殻類に転用することも広く行われていた(乙6,乙8ないし乙10)。 したがって,有効成分としてL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を含有する,アスコルビン酸活性を有する魚類養殖用飼料の添加物を,甲殻類養殖用飼料用に容易に転用することができることは明らかである。 また,前述のとおり,甲殻類の餌の形態として考えられるものは,粉末,クランブル及びペレットの3種類くらいであるから,魚類用の餌を甲殻類に使用する場合にペレット形態を採用することは当業者には容易である。 以上からすると,引用発明1を上記のとおり解釈したとしても,本件特許発明は,引用発明1に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものといえるから,特許法29条2項に違反して特許されたものであって,同法123条1項2号により無効とされるべきものである。 よって,原告は同法104条の3により本件特許権に基づき権利を行使することができない。 イ 原告は,魚類養殖用飼料用の添加物を甲殻類養殖用飼料用に転用するのは容易でない旨主張する。しかし,甲殻類が魚と同様,水産動物であり,ビタミンCを必要とすること(上記ア参照)に加え,魚と同様に,甲殻類に,L-アスコルビン酸-2-ホスフェート誘導体(L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩)のホスフェートエステル基を開裂する酵素が存在することは知られていた(乙23ないし25参照)のであるから,魚類養殖用飼料用の添加物を甲殻類養殖用飼料用の添加物に転用することは,当業者であれば通常行い得ることである。 原告は,刊行物1に記載されている「L-アスコルビン酸-2-サルフェート」は魚に対する有効性が認められていないとも主張する。しかし,刊行物1には,ホスフェート基を開裂することが知られている酵素がほとんどすべての動物の消化系に存在することを理由に,L-アスコルビン酸-2-ホスフェート誘導体が当該酵素を消化系に有する魚に対して有効であることが記載されているのであって,L-アスコルビン酸-2-ホスフェート誘導体と全く別の化合物であり,当該酵素によって開裂されないL-アスコルビン酸-2-サルフェート誘導体が魚に対して有効でないとしても,刊行物1に記載された事項を解釈するのに何ら影響しない。 (3) 無効理由3(特許法29条2項違反)について ア 特開昭52-136160号公報(甲12。以下「刊行物2」という。)には,「アスコルビン酸活性を示す有効成分としてL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有することを特徴とする魚養殖用飼料用添加物」が記載されており(以下「刊行物2」に記載された発明を「引用発明2」という。),かかる添加物において「魚養殖用飼料用添加物」を「甲殻類養殖用ペレット飼料用添加物」にするのは,当業者であれば,刊行物2の頒布時の技術常識を参酌することにより容易に想到し得ることである。 イ@ 刊行物2において,「L-アスコルベート2-ホスフェート」が,「L-アスコールベート2-ホスフェートの塩」を意味することは明らかであり(甲12・3頁左上欄17行ないし右上欄13行,5頁右下欄11ないし14行,6頁左上欄14ないし16行を参照),「L-アスコールベート2-ホスフェートの塩」がビタミンC源として認識されている(同・3頁左下欄9ないし5行を参照)。そして,「L-アスコールベート2-ホスフェートの塩」が「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩」と同義であることは,当業者にとって自明であるから,刊行物2には,「L-アスコールベート2-ホスフェートの塩」,すなわち,「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩」が「魚の餌の補充材として用いられる」ことが記載されているといえる(同・3頁左上欄1ないし16行参照)。 A 魚の消化管内には,基質特異性が低く,広範囲のリン酸モノエステルを加水分解できるアルカリ性ホスファターゼが存在することは,本件特許発明の出願時において周知であり(乙17ないし20),魚類の消化管に存在するアルカリ性ホスファターゼは,刊行物2における「ホスフェートエスエル基を開裂することが知られている酵素」に該当する。 B 上記の@及びAを勘案すれば,L-アスコルベート2-ホスフェートの塩が,ホスファターゼを有する魚の体内においてL-アスコルビン酸に開裂されて活性を示すことは,当業者には合理的に理解し得るところである。 C L-アスコルベート2-ホスフェートの塩類も,ホスフェートエステルを有する以上,魚により,ビタミンC源として利用されることは,Prog,or.Fish-Cult.47(1),January,1985の「RESEARCH AND DEVELOPMENT COMMUNICATIONS」(乙21)からも明らかである。 以上の@ないしCからすれば,刊行物2には,引用発明2として,「アスコルビン酸活性を示す有効成分としてL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を含有する魚の餌の補充剤」が記載されているということができ,餌は飼料であり,補充剤は添加物であって,魚用の飼料は養殖用の魚に使用されることは自明であるから,結局,刊行物2には,「アスコルビン酸活性を示す有効成分としてL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する魚養殖用飼料用添加物」に関する発明(引用発明2)が記載されているといえる。 ウ 本件特許発明と引用発明2との対比 本件特許発明は添加対象の養殖用飼料が甲殻類用のものであるのに対し,引用発明2は添加対象の養殖用飼料が魚類用である点(以下「相違点1」という。),本件特許発明は添加対象の飼料形態がペレット型であるのに対し,引用発明2は添加対象の飼料形態を特定していない点(以下「相違点2」という。)で,両者は相違する。 しかし,相違点1については,刊行物2における魚は動物の例示であること,甲殻類が魚と同様にビタミンCを必要とすること,魚類用の飼料が甲殻類用の飼料としても使われること,甲殻類にも魚類と同様にホスフェートエステルを開裂する酵素が存在することなどからすると,魚類養殖用飼料用の添加物を甲殻類養殖用飼料用の添加物に転用することは,当業者にとっては容易である。 また,相違点2については,甲殻類養殖用飼料の形態については,粉末,クランブル,ペレットの3種があるものの,ほとんどがペレットであること,飼料のペレット化により安定なアスコルビン酸誘導体が求められていたことからすると,飼料の形態をペレットとするのは,当業者であれば当然試みる手段である。 エ 本件特許発明の効果の非顕著性について 引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には,進歩性の存在を推認するのに役立つ事実として有利に参酌されるものの,発明の構成に困難性がない場合には,これによって生ずる効果がたとえ顕著であっても発明の進歩性は認められるべきではない。引用発明2の構成は,刊行物2及び周知技術から当業者が当然試みるものであり,当業者であればその構成を容易に想到することができる。仮に,本件特許発明の効果を参酌するとしても,本件特許発明と引用発明2の構成上の相違点に基づく本件特許発明の効果は,引用発明2の効果に比べて,格別顕著なものではない。 オ 小活 以上からすると,本件特許発明は,引用発明2に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条2項に違反して特許されたものであって,同法123条1項2号により無効とされるべきものである。 よって,原告は,同法104条の3により本件特許権に基づき権利を行使することができない。 【原告の主張】 (1) 無効理由1について 被告は,刊行物1の「supplement the diet of fish」を,「魚の餌に補充する」と訳している。しかし,これは,「魚からなる人間の食事に補充する」と訳すべきところを誤訳しているものである。また,魚の餌と訳した場合,引用発明1の特許出願以前にL-アスコルビン酸の2-ホスフェートを魚の餌に使用した例はないから,当該記載は不合理であり,事実に反することになる。 したがって,刊行物1には,アスコルビン酸活性を示す有効成分としてL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する,甲殻類養殖用ペレット飼料用添加物は記載されていないのであり,新規性がないとの被告の主張は失当である。 (2) 無効理由2について 仮に,刊行物1に,「魚の餌に補充する」ことが記載されているとの前提に立ち,エビ類にもビタミンCが必要であることが知られていたとしても,本件特許発明が使用する「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩」と「ビタミンC」とは化学構造が異なる物質であるから,甲殻類に「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩」が有効であることが明らかでない以上,これを甲殻類の飼料用添加物として使用することが当業者にとって容易であるとはいえない。 (3) 無効理由3について ア 刊行物2は,刊行物1を翻訳した文献であり,本来「魚からなる食事の補充剤」と訳さなければならないところを,「魚の餌の補充剤」と誤訳しているものである。しかも,刊行物2が刊行された時点で,L-アスコルビン酸-2-ホスフェートを魚の餌の補充剤に使用した例は存在しなかったのであるから,刊行物2の「このものは,例えば魚の補充剤として用いられていることが知られている。」との記載は誤りである。 したがって,刊行物2には,被告が主張しているような本件特許発明との一致点が記載されているとはいえない。 イ 仮に,刊行物2に,本件特許発明との一致点が記載されていると判断されるとしても,本件特許発明の対象である甲殻類と刊行物2に記載された魚とはその生理作用がまったく異なるものであるから,魚に関する知見が甲殻類に適用できるものではない。むしろ,当時の技術常識からすれば,魚に関する知見を甲殻類に適用することには阻害事由があった。 a) 刊行物2に記載されているほ乳類と魚は,生物の分類としては,比較的近いところに分類されるのに対し,ほ乳類と甲殻類は最も遠いところに分類されており,甲殻類と魚は異なる系統に属することが明らかである(甲19)。したがって,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルが魚類養殖用飼料に有効であるからといって,当然に甲殻類養殖用飼料にも有効であるとはいえない。 b) 甲殻類は,魚類やほ乳類とは異なり,抗原抗体反応による免疫系を有さず,メラニン等の生成による生体防衛を行っている。本件特許発明の出願当時,大量のビタミンCの投与が,甲殻類の上記生体防衛機能を阻害することが知られていたのであるから,甲殻類と魚に対するビタミンCの投与を同視することができないことは,当業者にとって明らかであった。したがって,L-アスコルビン酸-2-ホスフェートが魚に有用であるとの知見を甲殻類に適用することには重大な阻害要因がある(甲20ないし22)。 c) 甲殻類の摂餌行動は,魚類と異なり,日没から夜間に及んで摂餌し,見つけた飼料を抱きかかえて,端部から少しずつ噛食するため,数時間を要することが知られており,餌の水への溶解性が大きな問題となる(甲23,24)。一方,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類は,本件特許発明の出願前には,水への溶解性が非常によいことが知られており,しかも高価なものであった。 したがって,本件特許発明の出願当時,当業者であれば,水への溶解性が高いにもかかわらず,あえて高価なL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を甲殻類養殖用飼料に使用しようとせず,従来から使用していた安価なビタミンCを使用すれば足りると考えるはずである。 ウ 甲殻類において,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩が有効であるといえなければ,当業者は,甲殻類養殖用ペレット飼料に,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を添加しようとはせず,また,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩の甲殻類に対する効果を予測することができないから,本件特許発明は,引用発明2から当業者が容易に発明できたとはいえない。 a) 甲殻類において,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩が有効であるといえるためには,甲殻類の有するホスファターゼが,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を開裂し,ビタミンC(L-アスコルビン酸)に変換することができなければならない。ところが,アルカリホスファターゼは,比較的基質特異性が広い酵素であるといっても,生物の種類,その採取器官により基質特異性は異なるから,アルカリホスファターゼだからといって,すべてのリン酸エステルを分解あるいは有効に分解し得るものではない(甲25ないし28)。また,酸性ホスファターゼは,通常の健康状態にある動物の消化系において,通常アスコルビン酸のホスフェートエステルを有効に開裂することはない。基質特異性が比較的広いといわれる酸性ホスファターゼにおいても基質特異性は存在し,生物起源等により基質特異性は異なるから,甲殻類の消化系に酸性ホスファターゼが存在しても,それのみでアスコルビン酸-2-リン酸塩を有効化するとはいえない(甲29ないし32)。さらに,アルカリホスファターゼ及び酸性ホスファターゼ以外のホスファターゼは,基質特異性が低く,何らの実験もなしに,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を分解し得るとはいえない。 b) 酵素がその作用を発揮するためには,酵素反応系のpH,温度,含有金属等の条件が酵素の作用条件と一致しなければならないから,甲殻類におけるホスファターゼの作用条件及び甲殻類の消化系等の臓器のpH等が明らかでなければ,甲殻類において,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩が開裂し,有効化するとはいえない(甲33ないし36)。 c) L-アスコルベート2-サルフェートを例にとってみても(甲37ないし40),ある特定の種類の魚あるいはほ乳類動物に対するL-アスコルビン酸誘導体の有効性は,魚とほ乳動物間でも同じとはいえないし,まして,魚とほ乳動物は,同じ脊椎動物であるものの,甲殻類は無脊椎動物であって,脊椎動物と甲殻類とは生物系統上も全く異なるものであるから,魚あるいはほ乳動物において有効であるL-アスコルビン酸誘導体があっても,直ちにその誘導体が甲殻類においても有効とはいえない。 d) 被告は,魚類養殖用飼料を甲殻類養殖用飼料に転用することができることは知られていたと主張する。しかし,一方で,クルマエビ用飼料と記載されているように,魚類養殖用飼料と甲殻類養殖用飼料とが区別されて使用されることも知られているし(甲41,42),甲殻類養殖用飼料と魚類養殖用飼料は異なるとする見解もある(甲23,24)から,魚類養殖用飼料用の添加物を甲殻類養殖用飼料用の添加物に直ちに転用することができるとはいえない。 e) したがって,被告が主張する各事実が知られていたとしても,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩が甲殻類に有効であることは,当業者が容易に想定することができないものといえる。 エ 本件特許発明の出願当時の技術水準であるL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類は水に溶解しやすいとの認識に反し,本件特許発明では,本件明細書における実施例4が示すとおり,水分含量30%に調湿し,蒸煮し,成型し,110度から160度で送風乾燥した条件の下で,水中安定性が良好で,添加したL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルマグネシウムの98%が残存していたとの結果が得られたものであり,当業者には予想することができない極めて優れた効果を奏するものであった。したがって,この点のみで,本件特許発明が,当業者が予測できない極めて優れた効果を奏するものであることは明らかである。 また,本件明細書の各実施例に示されるように,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を添加したペレット飼料は,甲殻類に対して,極めて顕著なへい死率の低下と平均体重の増加効果をもたらすものである。本件特許発明のこのような効果は,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩が甲殻類に対して有効であるといえて初めて予測することができるものである。 オ 以上のとおり,本件特許発明は,引用発明2及び周知技術に基づき,当業者が容易に想到することができるものとはいえない。 3 争点3(原告の被った損害額)について 【原告の主張】 被告は,遅くとも平成8年ころから被告製品の輸入販売を開始した。被告製品は,甲殻類養殖用飼料以外にも魚類養殖用飼料用の添加物として使用されている。被告製品が甲殻類養殖用飼料用の添加物として使用された量は,販売開始から現在まで少なくとも合計760キログラム程度となる。 原告は,本件特許発明を実施した製品(以下「原告製品」という。)を製造,販売しているものであり,被告製品の販売行為により,原告製品1キログラム当たりの利益額9000円に,被告製品の販売量である760キログラムを乗じた684万円相当の損害を被った。 【被告の主張】 被告が販売していた被告製品は,魚類養殖用飼料用の添加物であり,同製品の販売により原告が損害を被ることはなく,損害に関する原告の主張は争う。 |
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当裁判所の判断
1 本件については,事案の内容にかんがみ,争点2のうち,被告の主張する無効理由3から判断する。 (1) 刊行物2に記載された事項について ア 刊行物2には,次の記載がある(甲12)。 a) 「本発明は広範囲の食品に使用しうる安定な栄養価値のあるビタミンC源として有用なホスホリル誘導体類を製造するためのモノアスコルビル-およびジアスコルビル-2-ホスフェートの合成法に関する。」(2頁右上欄下から5行〜1行) b) 「L-アスコルビン酸は,それを特定の化学誘導体に変えることによって,酸素および熱に対して一層安定化されうることが知られている。特にL-アスコルベート2-ホスフェートまたはL-アスコルベート2-サルフェートの如きアスコルビン酸の2-位置の無機エステル類は,L-アスコルビン酸のようには容易に酸化されない。さらには,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートおよび2-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,動物によつて有用な安定なビタミンC誘導体とされ,このものは例えば魚の餌の補充剤として用いられることが知られている。ホスフェートエステル基を開裂することが知られている酵素が動物の消化系に存在するから,かかる2-ホスフェートエステルは,殆ど全ての動物中で活性を示すと考えられる。」(3頁左上欄1行〜16行) c) 「L-アスコルベート2-ホスフェートを合成するいくつかの方法が過去に提案されてきておりまた該ホスフェートエステルが期待通り高ビタミンC効力を有することが示されている。例えば,クトロ(E.Cutolo)およびラリツア(A.Larizza)は,モルモット(guinea pig)にL-アスコルベート2-ホスフェートマグネシウム塩を給餌または注射すると,モルモットが尿中にL-アスコルベートを排泄することを発表している[Gazz.Chim. Ital. 91(1961), 964]。L-アスコルベート2-ホスフェートを与えられた動物によつて排泄されたL-アスコルビン酸の量は,当量のL-アスコルビン酸を与えた動物によつて排泄された量と同じであつた。これらの結果は,L-アスコルベート2-ホスフェートは腸内で定量的にL-アスコルベートと無機燐酸塩とに変化することを示している。」(3頁左上欄17行〜右上欄13行) d) 「従って,本発明の最も重要な目的は,分析化学的に純粋な状態に容易に回収でき,しかも酸素の存在によりまたは高熱条件下で活性を失うことなく食品系中におけるビタミンC源またはビタミンプレミックスとして使用しうるアスコルビン酸のホスフェートエステルを高収率で製造するための工業的に使用しうる方法を提供することにある。」(3頁左下欄9行〜15行) e) 「ホスホリル化反応の完結後,2-ホスフェートモノエステルは,無定形マグネシウム塩の形でまたは結晶性トリシクロヘキシルアンモニウム塩(TCHAP)の形で単離することができる。」(5頁右下欄11〜14行) f) 「この時点で,単離されたマグネシウム塩は実質的に純粋なL-アスコルベート2-ホスフェートであり,」(6頁左上欄14〜16行) g) 実施例1には,「実質上純粋なマグネシウムL-アスコルベート2-ホスフェート(19.5g)を自由流動粉末として得た(収率約86%)。」(8頁右下欄7行〜9行)こと,「遠心分離工程の上澄液およびエタノール洗液を一緒にして得た溶液(このものは理論量のL-アスコルベート2-ホスフェートの6%を含んでいた)を減圧下に蒸発乾固した。得られた固体残渣を水(50ml)中に溶解し,水酸化バリウム(2g)を加えて,バリウムL-アスコルベート2-ホスフェートを沈殿させた。このバリウム塩はpH7の水に難溶性であつたが,pH3〜4で可溶性になつた。バリウムL-アスコルベート2-ホスフェートを遠心分離で捕集し,上澄液を棄てた(UV損失率0.24%)。」こと(8頁右下欄10行ないし末行),「沈殿バリウムL-アスコルベート2-ホスフェートを固体マグネシウムL-アスコルベート2-ホスフェートと一緒にした混合物を・・・・・一晩冷却することによつて,18gの結晶性トリシクロヘキシルアンモニウムL-アスコルベート2-ホスフェート(TCHAP)を得た」(8頁末行ないし9頁左上12行)こと,「・・・ピリジンとアルカリとの混合物中における5,6-0-イソプロピリデンL-アスコルビン酸およびオキシ塩化燐の反応から単離される主生成物がL-アスコルベート2-ホスフェートであることは,ほとんど疑いがない。」(9頁右上欄11行ないし15行)ことなどが記載されている。 h) 実施例2には,「目的とする塩,L-アスコルベート2-ホスフェート(TCHAP)は,実施例1と実質上同じ収率および純度で得られた。」(9頁左下欄9行ないし11行)と記載されている。 i) 実施例3には,「前述のようにして,マグネシウムL-アスコルベート2-ホスフェートおよびトリシクロヘキシルアンモニウムL-アスコルベート2-ホスフェート(TCHAP)の単離を行なった。このマグネシウムの塩(固体)は17.1gであり(5水和物固体基準で計算して収率65%),一方TCHAP(m.p.145〜149℃)は合計16.1g(収率51%)であった。」(9頁右下欄9行ないし16行)と記載されている。 j) 実施例4には,「・・・収量は15.20g(収率28.9%)であった。再結晶により分析化学的に純粋なバリウムビスー(L-アスコルビル)2,2’-ホスフェートを得た。」(10頁左上欄12行ないし15行)と記載されている。 k) 実施例5には,「固体のナトリウムLーアスコルベート2-ホスフェート(0.67g)の収率は,UVスペクトロスコビィで測定して95%であつた。その他の塩は,すべて吸湿性であり,・・・・これらは下記の置換カチオンを有する化合物を含有していた。バリウム(0.97g),カリウム,マグネシウムおよびカルシウム(0.92g),鉄(U),コバルト(U)および亜鉛。」(10頁右上欄18行ないし左下欄6行)と記載されている。 イ 上記アの記載事項の解釈 上記アのb)に記載された「L-アスコルビン酸の2-ホスフェートおよび2-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,動物によつて有用な安定なビタミンC誘導体とされ,このものは例えば魚の餌の補充剤として用いられることが知られている。」との記載から,L-アスコルビン酸の2-ホスフェート誘導体は,ビタミンC活性,すなわちアスコルビン酸活性を示す有効成分として,魚の餌の補充剤として用いられることが記載されている。 そして,上記アのc)における「L-アスコルベート2-ホスフェートを合成するいくつかの方法が過去に提案されてきておりまた該ホスフェートエステルが期待通り高ビタミンC効力を有することが示されている。例えば,・・・L-アスコルベート2-ホスフェートマグネシウム塩」と記載されていること,上記アのd)において,「本発明の最も重要な目的は,分析化学的に純粋な状態に容易に回収でき,しかも酸素の存在によりまたは高熱条件下で活性を失うことなく食品系中におけるビタミンC源またはビタミンプレミックスとして使用しうるアスコルビン酸のホスフェートエステルを高収率で製造するための工業的に使用しうる方法を提供することにある。」と記載された後,その実施態様として,「・・2-ホスフェートモノエステルは,・・・・塩の形で単離することができる。」(上記アのe)),「単離されたマグネシウム塩は実質的に純粋なL-アスコルべート2-ホスフェートであり」(上記アのf))などと記載されていること,及び,実施例1ないし5に具体的に開示された製造方法により,純粋な状態で回収されているアスコルビン酸のホスフェートエステルは,いずれもL-アスコルベート2-ホスフェートの塩類であることが示されていること(上記アのg)ないしk)) からみると,刊行物2においては,「L-アスコルベート2-ホスフェート誘導体」が,「L-アスコルベート2-ホスフェートの塩」を意味する用語として用いられていることは明らかである。 そして,「L-アスコルベート2-ホスフェートの塩」が,「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩」と同義であることは,当業者にとって自明である。 したがって,刊行物2には,引用発明2として,「有効成分としてL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する,アスコルビン酸活性を有する魚の餌の補充剤」が記載されているということができる。 (2) 引用発明2と本件特許発明の対比 ア 一致点 引用発明2における「魚の餌の補充剤」は,魚の養殖用の餌に配合される添加物を意味しているものと解され,魚は水産物であるから,引用発明2は,水産養殖用飼料用の添加物という技術的概念に包含されるといえる。これに対し,本件特許発明は,「甲殻類養殖用ペレット飼料用添加物」に関するものであるところ,甲殻類も水産物であるから,水産養殖用飼料用添加物という技術的概念に包含される。 したがって,引用発明2と本件特許発明は,「アスコルビン酸活性を示す有効成分としてL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する水産養殖用飼料用添加物」である点で一致しているものと認められる。 イ 相違点 引用発明2と本件特許発明とでは,@養殖用の飼料の対象が,本件特許発明では甲殻類であるのに対し,引用発明2では魚である点(相違点1),A養殖用の飼料の形態が,本件特許発明ではペレット飼料であるのに対し,引用発明2では飼料の形態は明らかでない点(相違点2)の2点において異なる。 ウ 相違点1についての検討 a) 本件特許発明の出願当時の公知文献等 @ 特開昭58-71847号公報(乙6,以下「乙6公報」という。)に記載された発明は,各種魚類及びその他の水産動物類のふ化直後からのビタミン混合を配合した稚魚用初期配合飼料に関するものであり,乙6公報の実施例1には,「クルマエビ,ガザミ,ヒラメなどの稚魚用配合飼料を得た。」ことが記載され(3頁右上欄10行ないし11行),同実施例2にも,「クルマエビ,ガザミ,ヒラメなどの稚魚用精製配合飼料を得た。」ことが記載されている。また,乙6公報の試験例1(3頁左下欄17行ないし右下欄9行)には,実施例1のビタミン混合を配合した飼料を幼生のクルマエビに与えて,生物飼料を投与したものと比較試験をした例が,乙6公報の試験例4には,実施例1のビタミン混合を配合した飼料をヒラメの稚魚に投与した例が,それぞれ記載されている。 A 昭和54年12月15日初版発行,水産庁振興部・監修に係る「特用水産養殖ハンドブック」(乙8,以下「乙8文献」という。)には,オニテナガエビの養殖に関し,その餌に「マス稚魚用ペレット(P・3)を用いて試験した結果,増肉係数1.8〜2.2という結果が得られている・・・」(516頁下から2〜1行)こと,その他,コイ用ペレットを用いた実験も行われれたこと(517頁表V-90「オニテナガエビの養殖事例」)が記載されている。 B 特開昭60-156349号公報(乙9,以下「乙9公報」という。)に記載された発明は,グルタチオンを使用する魚介類の養殖方法及び魚介餌飼料に関するものであるが,乙9公報には,「対象となる養殖魚介類としては,ブリ,タイ,ウナギ,シマアジ,トラフグ,ヒラメ,アユ,コイ,マス,などの魚類,ガザミ,クルマエビなどの甲殻類,アワビ,ホタテガイ,カキなどの貝類が例示される。」(2頁左下欄下から10行〜6行)と記載されている。 C 特開昭48-80395号公報(乙10)に記載された発明は,魚貝類用餌料の製造法に係るものであるが,「ここにいう養魚貝とは,うなぎ,はまち,えび,かに,あわび,ます,こい,あゆ等のクランブルまたはマツシュタイプの餌料を食べる魚,貝,甲殻類を指している。」(乙10,1頁右下欄末行〜2頁左上欄3行)と記載されている。 D Bulletin of Japanese Society of Scientific Fisheries 40(4)413-419(1974)における弟子丸修・黒木克宣「クルマエビの精製合成餌料に関する研究-T 餌料の基本組成」(乙27,以下「乙27文献」という。)において,試験餌料として用いられたのは,「蛋白材料として,・・・・無機質材料として無機塩混合物(Table2)を使用した。その他の配合材料にはビタミン混合物(Table3:判決注・Table3のビタミン混合物にはアスコルビン酸を含む。),コレステロール,・・・・を用いた。無機塩混合物組成はクルマエビ用配合餌料の灰分の分析値とマダイ用精製試験餌料の無機塩混合物の組成を参考とし,・・」(414頁下から6行ないし415頁1行及び同頁Table3)たことが記載されている。 E 昭和55年11月15日初版発行,荻野珍吉編「新水産学全集14魚類の栄養と飼料」(乙22)には,「・・クルマエビについて試験を行い,飼料中の添加量を増すに従って増重と摂餌は低下するが,飼料効率はCの添加量にかかわりなくほぼ同じであったという。そしてC欠乏または不足の飼料を与えた区では高水温時にへい死率が著しく高くなり,へい死したエビの多くは殻皮の周辺が灰白色化していたという。」(乙22,210頁12行ないし16行)と記載されている。 F 月刊海洋科学12巻12号(1980)の金澤昭夫「エビ類の栄養要求」(乙7,以下「乙7文献」という。)には,「イセエビ,クルマエビなどのエビ類について,グルコースからビタミンCへの合成能をしらべた結果,ほとんど合成能のないことを明らかにし,飼料としての必要性を示唆した。」(870頁下から15行ないし12行)と記載されている。 G Act a histochem.Bd.47,S.8-14におけるK.A.GOEL,and K.V.SASTRYによる「Distribution of alkaline phosphatase in the digestive system of a few telcost fishes」の8頁・Summary部分(1973年発行,乙17)には,「Clarias batrachus(LIXX.)(アルビノクララ),Ophiocephalus(Channa)punctatus(BLOCH)(インディアンスネークヘッド),Ophioce phalus(Channa)gachua(BLOCH)(ドワーフスネークヘッド)およびarbus(Puntius)sophore(HAM.)(Pool barb)の消化器系の種々の部分における,アルカリホスファターゼの分布について研究した。胃においては,ホスファターゼは粘膜,固有層,胃腺,毛細血管およびリンパ腔の基底部分に分布している。・・・Barbusの腸の球および4匹の魚すべての腸において,強力な活性が,粘膜および固有層の刷子縁で見られる。Ophiocephalusの両種の幽門盲嚢における分布パターンは,腸と同様である。」と記載されている。 H 尾崎久雄「魚類生理学講座 第4巻/消化の生理〔下〕」(乙18,291頁)には,「Arvy(1960)によるとScorphtalmusの咽頭から肛門までのすべての消化管の上皮にアルカリフォスフォモノエステラーゼ(alkaline phosphomonoesterase)の作用が存在する。」と記載されている。 I 1965年12月発行,野田宏行・立野新光「魚類のホスファターゼに関する研究-U 各種ホスファターゼの魚体内分布」(乙19,305頁)には,11種類の魚類から各器官を分離して抽出した粗酵素液についてAlk Pase活性を測定した結果について,「Alk Pase[判決注・アルカリ性ホスファターゼ]は殆どすべての臓器に高濃度に存在しているが,とりわけ腎臓,腸,幽門垂に豊富に含まれる。」(305頁下から13〜12行)と記載されている。 J 1984年4月第1刷発行,今堀和友,山川民夫監修「生化学辞典」(乙20,79頁右欄下から13行〜9行)には,「アルカリ(性)ホスファターゼ」の説明として,「 ・・・最適pHをアルカリ性にもち,ほとんどすべてのリン酸モノエステル結合をほぼ同じ速度で加水分解し,無機リン酸を生じる非常に特異性の広い亜鉛酵素である。その存在は高等動物から細菌に及」ぶことが記載されている。 K Prog.Fish-Cult.47(1),January,1985の「RESEARCH AND DEVELOPMENT COMMUNICATIONS」(乙21)には,「本研究は,チャネルキャットフィッシュがビタミンCの食餌源としてL-アスコルベート2-サルフェート,Lーアスコルベート2-ホスフェートまたはL-アスコルビル6-パルミテートを利用できるか否かを調査するために行われた。」(55頁右欄下から11行から7行の訳),「チャネルキャットフィッシュが,試験したアスコルビン酸誘導体を利用できると結論した。試験した3種のアスコルベートは,壊血病の症状の発現を阻止し,アスコルビン酸を投与された魚と同様の成長率及び飼料効率を得るのに十分なビタミンCを提供した。」(56頁右欄下から16〜10行の訳)と記載されている。 L Biochemical Systematics and Ecology,Vol.8pp171-179,1980の「Influence de la Temperature sur quelques Activites Enzymatiques chez Palaemon serratus」における「要約」部分(抄訳・171頁)(乙23)において,「スジエビ属エビ・・・」の肝膵臓及び腹筋における,2-Cカルボン酸エステル類の加水分解に関係するエステラーゼ2C活性,α-グルコシダーゼアセチルグルコサミニダーゼ並びにアルカリ及び酸ホスファターゼの変化を,ポリアクリルアミド勾配ゲル電気泳動法により調べた。」と記載されている。 M 1983年発行,山田常雄ら編集「生物学辞典第3版」には,「肝膵臓・・・=中腸腺」と記載され(乙24,235頁),「中腸腺・・・・軟体動物と節足動物の中腸に開く複胞状または複管状の腺様組織で,暗緑色から暗褐色を呈することが多く,消化酵素を分泌して胃に送ることから,脊椎動物の肝臓と膵臓との機能をあわせもつという意味で肝膵臓ともよばれる。」と記載されている(乙25,846頁)。 b) 小括 @ 上記@,B及びCの記載からすると,甲殻類用と魚類用について特に区別することなく飼料を配合していることが認められ,上記Dにみられるように,甲殻類養殖用の飼料について,魚類養殖用飼料の組成を参考としていることも認められる。また,上記@には,ビタミン混合が配合された同一の飼料を甲殻類であるクルマエビと魚類であるヒラメの稚魚に投与してそれぞれ実験した結果が記され,上記Aによれば,オニテナガエビの養殖にマス稚魚用ペレットやコイ用ペレットを用いた実験が行われていることなどにかんがみると,甲殻類養殖用飼料と魚類養殖用飼料とで,特に区別することなく,同一の飼料が投与されていたことが一般的であったと認められる。 したがって,上記@ないしDの記載からすると,本件特許発明の出願当時,魚類あるいは甲殻類の養殖用の餌については,両者間の飼料は,共通に使用され,あるいは,転用されていることが認められる。 A 上記E及びFの記載からみると,本件特許発明の出願当時,甲殻類にもビタミンCが必要であり,その飼料にビタミンCを添加することが必要であったことは,当時の技術常識であったと認められる。 B 上記GないしJの記載からすると,本件特許発明の出願当時,魚類の消化管内にはアルカリホスファターゼが存在し,アルカリホスファターゼは,基質特異性が低く,広範囲のリン酸モノエステルを加水分解できることが知られていたといえる。 したがって,魚類の消化管内に存するアルカリホスファターゼは,刊行物2の「ホスフェートエステル基を開裂することが知られている酵素が動物の消化系に存在するから,かかる2-ホスフェートエステルは,殆ど全ての動物中で活性を示すと考えられる。」(同・3頁左上欄12行〜16行。上記(1)アのb)を参照。)との記載中の「ホスフェートエステル基を開裂することが知られている酵素」に該当するものといえる。また,このことは,上記Kに記載のとおり,魚類であるチャネルキャットフィッシュ(ナマズ)がビタミンC源としてL-アスコルベート2-ホスフェートを利用できたこと(乙21,56頁右欄下から16〜10行)からも裏付けることができる。 C 上記L及びMの記載からすると,本件特許発明の出願当時,甲殻類であるエビの肝膵臓中には,アルカリホスファターゼと酸ホスファターゼが存在することは知られていたといえる。 D 以上の@ないしCを総合すると,引用発明2が開示する技術事項に接した当業者であれば,刊行物2において,L-アスコルベート2-ホスフェートマグネシウム塩が,モルモットの体内においてL-アスコルビン酸の形に活性化されるのと同様に,L-アスコルベート2-ホスフェートの塩が,ホスファターゼを有する魚の体内でもL-アスコルビン酸に開裂されて活性を示す,つまりビタミンC源として利用されることは,合理的に理解し得ることである。 そして,甲殻類についても,魚類と同様に,その飼料としてビタミンCを添加することの必要性が認識されていたこと,及び,甲殻類の消化系にアルカリ性ホスファターゼが存在することは知られていたのであるから,魚類と同様に,L-アスコルベート2-ホスフェートの塩類を甲殻類の餌の補充剤として使用すること,すなわち,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を餌の補充剤として用いれば,甲殻類のビタミンC不足を補うことになることは容易に予測可能であり,これを実証することにも困難性は認められず,当業者であれば,容易に想到し得えた事項であるということができる。 エ 相違点2についての検討 a) 本件特許発明の出願当時の公知文献等 @ 昭和60年4月15日発行の米康夫編「水産学シリーズ54 養魚飼料-基礎と応用」(乙5)には,「現在市販されている海水魚用配合飼料の形状と使用区分を表10ー1に示した。」として,「表10-1」には,形状として,「粉末(マッシュ)」,「固型」として,「ペレット」,「クランブル」,「多孔質ペレット」の3種類が記載されている(111頁)。 A 乙6公報には,「一般の配合飼料は魚粉や小麦粉などを主原料とした固型のペレット,クランブル,フレーク或いはマッシュである」(乙6,2頁左上欄5行ないし7行)こと,「特に,水中において養分が溶出し難いモイストペレット様微粒子状を保ち,摂餌がよく,生物飼育試験においても生物初期飼料に匹敵するすぐれた成績を示すものである。」(2頁右上欄10行ないし13行),「即ち,水中において難溶保形性で,ゲル様物質で包まれたモイストペレット様顆粒子の摂餌しやすい物性は・・・」(2頁右上欄末行ないし左下欄2行)と記載されている。 B 昭和59年6月20日三版発行,配合飼料講座編纂委員会編「配合飼料講座上巻設計篇」(乙26)には,「クルマエビ用配合餌料の形状は,粉末を「練り餌」としていた時代もあったが,現在では,殆んどが径2mm,長さ数cmのペレットである。」(600頁17行ないし19行)と記載されている。 C 乙27文献の414頁には,「実験方法」として,「供試エビ クルマエビ・・・」,「餌料の組成と調整 対照用配合固型餌料:本研究ではペレット状配合固型餌料を対照用餌料に用いた。その組成をTable1に示した。この組成表に従って配合した・・・長さ2cm程度のペレット状に調整した。」(乙27)と記載されている。 D 昭和55年11月15日初版発行,荻野珍吉編「新水産学全集14 魚類の栄養と飼料」の297頁(乙28)には,「固型飼料を製造するときには,どうしても熱が加えられるので,ある程度の変質が起こり,そのため油脂類の添加が限られている。仲川によれば,ビタミンのうちで最も損失の大きいものはビタミンAで,次にビタミンCである。ビタミンCは,30℃の貯蔵で製造1か月後に20%,4か月後に27%減少した。」と記載されている。 E 乙7文献の870頁左欄下から10行ないし7行には,「また飼料製造中および飼料製造後保存中のビタミンCは不安定で,とくに飼料製造中の熱処理により,添加量の40%が破壊されることを認めた。」と記載されている。 b) 本件特許発明の出願前に,上記@ないしBの記載のとおり,魚介類の養殖用飼料としてペレット飼料の形態があることは広く知られていた上,Cに記載されたとおり,甲殻類であるエビの養殖用飼料としてペレット飼料が使用されていたことも周知であったといえるから,引用発明2における魚の餌の補充剤を,甲殻類養殖用飼料用添加物として用いる際の飼料の形態について,周知の飼料形態であるペレット飼料とすることは単なる設計事項にすぎない。 一方,上記D及びEに記載されているように,本件特許発明の出願当時,固型飼料の製造の際に加熱するとビタミンCが損失するから,ペレット化した飼料を製造する場合,ビタミンC源の安定化という課題は周知であり,安定なビタミンC誘導体を用いれば,同課題を解決できると考えることに困難性はないというべきである。 オ 本件特許発明と引用発明2の顕著な効果について a) 本件公報には,「本発明の水産甲殻類養殖用ペレット飼料用添加物は,飼料の製造工程およびその長期の保存に対して安定で,かつ広範囲の水産甲殻類においてアスコルビン酸活性を発現することができる。そして,本発明の水産甲殻類養殖用ペレット飼料用添加物を配合してなる水産甲殻類養殖用ペレット飼料の使用により水産甲殻類の成長率の向上,へい死率の低下,品質の向上が可能となる。」(甲1の3,8頁右欄下から3行〜9頁右欄1行)と記載されており,本件特許発明の水産甲殻類の養殖用飼料の添加物が,その製造工程及び長期の保存において安定で,かつ,広範囲の甲殻類養殖用飼料に使用されれば,ビタミンC活性を発揮し,甲殻類の成長率の向上やへい死率の低下などをもたらすことが示されている。 一方,引用発明2は,広範囲の食品に使用しうる安定な栄養価値のあるビタミンC源の合成法に関するものであり(甲12・2頁右上欄下から5行ないし末行参照),「L-アスコルビン酸(ビタミンC)は均衡栄養食の必須成分であり,このビタミンの推奨摂取許容量は確立されている」ものの,「ビタミンCは空気中の酸素と非常に反応性であるので,食品中で最も低安定なビタミンである」し,「アスコルビン酸は酸性媒中で高温度において脱水反応により分解反応により分解される」性質を有していることから(同2頁左下欄12行ないし右下欄3行),引用発明2の最も重要な目的は,「分析化学的に純粋な状態に容易に回収でき,酸素の存在あるいは高熱条件下において活性を失うことがないビタミンC源又はビタミンプレミックスとして使用しうるアスコルビン酸のホスフェートエステルを高収率で製造するための工業的に使用しうる方法を提供することにある」(同3頁・左下欄9ないし15行参照)とされているものである。 そうすると,引用発明2と,甲殻類の養殖の際にビタミンCの供給が必要であることなど前述の周知技術を総合すれば,甲殻類養殖用飼料用の添加剤として,安定なビタミンC源を供給すれば得られる本件特許発明の効果は,当業者が容易に予測することができるものであり,本件特許発明の効果が,その構成から予測し得ない格別に顕著なものであるということはできない。 カ 小活 以上のアないしオを総合すると,本件特許発明は,当業者であれば,引用発明2と周知技術から容易に発明をすることができたものというべきであり,特許法29条第2項に違反して特許されたものであるから,同法第123条1項2号に該当し無効とされるべきものである。 キ 原告の主張について 原告は,本件特許発明は,引用発明2から容易に想到し得たものではないと主張するので,以下,順に論ずる。 a) 原告は,刊行物2は,刊行物1を翻訳した文献であり,これを誤訳したものであると主張し,これに関する証拠として,甲8ないし10を提出する。また,原告は,刊行物2の「(L-アスコルビン酸-2-ホスフェートの塩を)魚の餌の補充剤として用いられることが知られている」との記載は誤りであり,当時,魚の餌の補充剤にL-アスコルビン酸-2-ホスフェートを使用した例は存在しなかった旨主張し,これに沿う証拠として,甲11を提出する。 しかし,そもそも,刊行物2が優先権主張の基礎とした文献は,米国特許第683888号であり,刊行物1ではない。仮に,米国特許第683888号の継続出願(米国特許番号817555号)の更なる継続出願に係る刊行物1に,同米国特許の明細書と同趣旨の記載があるとしても,当裁判所が引用発明2を認定した刊行物は,刊行物2であり,刊行物1ではないから,原告主張の刊行物2の記載は,引用発明2の認定を何ら左右するものではない。 また,刊行物2の「L-アスコルビン酸の2-ホスフェートおよび2-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,動物によつて有用な安定なビタミンC誘導体とされ,このものは例えば魚の餌の補充剤として用いられることが知られている。」との記載は,「L-アスコルビン酸-2-ホスフェート及び2-サルフェート誘導体類が動物によって有用な安定なビタミンC誘導体とされる」ことの具体例として,L-アスコルビン酸-2-ホスフェートや2-サルフェート誘導体が魚の餌の補充剤として用いられていることを挙げているものと解され,刊行物2には,続いて,「ホスフェートエステル基を開裂することが知られている酵素が動物の消化系に存在するから,かかる2-ホスフェートエステルは,殆ど全ての動物中で活性を示すと考えられる。」ことが記載されていることや,モルモットにおける具体例で実際にビタミン活性の効果が得られたことが記載されていることからみても,刊行物2の「魚の餌の補充剤」との記載については何ら不自然,不合理な点も見当たらない。原告の上記主張は採用できない。 なお,甲11においては,引用発明2の出願当時,「L-アスコルビン酸-2-ホスフェート」を魚の餌に使用したことを示す文献は記載されていないものの,甲11は,原告会社従業員が,PATOLISなどによって国内外の文献を調査した結果を作成した調査報告書にすぎず,これをもって,直ちに刊行物2の「L-アスコルビン酸の2-ホスフェートおよび2-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,動物によつて有用な安定なビタミンC誘導体とされ,このものは例えば魚の餌の補充剤として用いられることが知られている。」との上記記載が誤っていると認めることはできない。 b) 原告は,甲殻類と魚類とは,@生物学的に異なる系統に属すること,A生体防御機能が相違すること,B摂餌行動様式の相違があることから,刊行物2に記載された魚に関する知見を甲殻類に適用することには阻害事由があったと主張し,これに関する証拠として,@に関して甲19,Aに関して甲20,21,Bに関して甲23などを提出する。 しかし,甲殻類と魚類とが生物として全く異なる系統に属することが明らかであるとしても,それだけで,それぞれの生物が有する特性や特定の物質に対する作用効果も異なるということはできない。 かえって,魚類と甲殻類は,同じく水産動物であり,養魚飼料を甲殻類用飼料として転用することができることは周知技術といえることは前記のとおりであり(前記ウのa)の@の乙6公報,同Aの乙8文献,同Bの乙9公報など参照。),甲殻類が魚と同様にビタミンCを要求するものであることは,当業者にとって,公知あるいは慣用技術であったことも前記のとおりであるから(前記ウのa)のFの乙7文献参照),甲殻類と魚類との生物学的な相違により,投与する飼料及びその配合成分等に影響があるものと認めることはできない。 また,甲殻類の成長等にビタミンC源が必要となることは周知であったことを前提として,甲殻類と魚類の生体防御機能の相違を原告が主張しているのは,ビタミンCは甲殻類にとって有害となりうる物質であるので大量に投与すべきでないという趣旨であると解される。そうであれば,甲殻類に対してはその投与量を調節すれば足りるはずであり,甲殻類の生体防御機能が魚類と異なるとしても,このことは,甲殻類の飼料としてL-アスコルビン酸-2-ホスフェートを投与することについての阻害事由とはなり得ない。 さらに,甲殻類が噛食し終えるのに相当時間を要するから,水に溶解しやすいL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を投与しようとする動機付けに欠けるとの原告の主張についても,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩のうち,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルのカルシウム塩であれば水への溶解性は低く,すべてのL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩が,原告主張のように水に溶解しやすいものではないことは明らかである(なお,原告も,特許第2139541号(特願昭61-16739号)の審査過程における平成6年1月28日付けの意見書(乙44,8頁)において,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類の一つであるL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルのカルシウム塩が水に対してほとんど溶解しないことを示しており,すべてのL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩が水に溶解し易いものではないことを自認している。)。 原告の主張は採用することができない。 c) 原告は,ホスファターゼにも基質特異性があるから,甲殻類にホスファターゼが存在するといっても直ちにL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を分解し,有効化するとはいえないとも主張する。 しかし,原告が,上記主張を裏付けるものとして提出した甲25ないし32は,いずれも甲殻類の消化系に存在する基質特異性に関するものではなく,これらをもって,甲殻類の消化系に存するホスファターゼが,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を開裂しないとの結論を導くことはできない。むしろ,上記ウのa)のJに記載のとおり,アルカリ性ホスファターゼはほとんとすべてのリン酸モノエステル結合を加水分解する酵素であり,酸性ホスファターゼについても,1984年4月第1刷発行,今堀和友,山川民夫監修「生化学辞典」・532頁左下欄下から5行ないし末行(乙45)に,「正リン酸エステルを酸性で加水分解する酵素で,広く動物界のみならず,植物,細菌に分布する」と記載されているように,リン酸エステルを加水分解する酵素であることが示されていることからすれば,甲殻類の消化系に存在するアルカリ性及び酸性ホスファターゼは,リン酸モノエステル結合を含むL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を加水分解することができ,アスコルビン酸を生成し,これを有効化すると予測することは,当業者にとって容易であるということができる。 d) 原告は,甲殻類におけるホスファターゼの作用条件や消化系統の臓器のpHなどが明らかにならなければ,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類が開裂して有効化されるかどうかは分からないとも主張する。 確かに,酵素がその作用を発揮するためには,酵素反応系のpHなどの作用条件が必要となるものである。しかし,刊行物2の記載を見た当業者が本件特許発明を容易に想到することができるか否かは,刊行物2に実質的に記載されていると認められる「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類が魚の餌の補充剤として用いられる」ことを認識した者が,これを甲殻類の養殖において,甲殻類の餌の補充剤として用いることを想到し,かつ,これを試みることが容易か否かによるものである。前述のとおり,魚類の餌の補充剤として使用しているものを甲殻類の餌の補充剤として使用することに何ら困難性はないのであるから,引用発明2を甲殻類の餌の補充剤に適用することを想到し,これを試みることが容易であることは明らかである。 e) 原告は,ほ乳動物類に対するL-アスコルビン酸誘導体の有効性は,魚と同様とはいえず,甲殻類とは生物系統上も全く異なるから,ほ乳動物類において有効なL-アスコルビン酸誘導体が,ただちに甲殻類にも有効であるとはいえないと主張し,甲37ないし40を提出する。 しかし,ここで原告が例に挙げているのは,いずれもアスコルビン酸-2-サルフェートの例であり,これは本件特許発明の有効成分とは異なる化合物であるから,これをもってL-アスコルビン酸誘導体一般について述べることは適当でない。すなわち,アスコルビン酸-2-サルフェートは,リン酸エステル結合を有しておらず,ホスファターゼによりL-アスコルビン酸に活性化されるものではないから,本件特許発明のL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類においても,同様とはいえない。よって,上記の原告の主張は採用することができない。 また,刊行物2において,L-アスコルベート2-ホスフェートとモルモット(ほ乳動物)の試験例から直ちに魚においてもこれが有効であると解することができないとしても,魚の消化管内にアルカリ性ホスファターゼが存在することは周知であったから,当業者であれば,L-アスコルベート2-ホスフェートの塩を投与すれば,アスコルビン酸に開裂され活性を示すことを予想することができるというべきであって,ほ乳動物の場合と同一の効果が期待できることまでは必要がないというべきである。原告の主張は採用することができない。 f) 原告は,甲殻類養殖用飼料と魚類養殖用飼料とが区別されていたことをもって,魚類養殖用飼料を甲殻類養殖用飼料に転用することができないと主張し,証拠として甲41,42などを提出する。しかし,上述したように,乙6公報,乙8文献,乙9,乙10公報のように,ある飼料が魚類養殖用にも甲殻類養殖用にも使用されていた例もある以上,両者を直ちに転用することができないということはできないし,既にアスコルビン酸を含む飼料が存在していた以上,ホスファターゼの存在によりアスコルビン酸活性を有するL-アスコルビン酸-2-ホスフェートを含む魚用飼料を甲殻類に転用することは,当業者が容易に想到することができるというべきである。原告の主張は採用することができない。 g) 原告は,本件特許発明の効果は,当業者に予測できない極めて優れた効果を奏するものであったと主張する。しかし,甲殻類の養殖をする際に,アスコルビン酸がそのへい死率を下げ,平均体重を増加させる効果をもたらすことは周知の事実であり,溶解性の高いアスコルビン酸に代わって,安定性の高いL-アスコルビン酸-2-ホスフェート誘導体を用いることができれば,さらに,甲殻類のへい死率が低下し,平均体重の増加をもたらす効果を得られるであろうことは,当業者が当然予測できる範囲内の効果にすぎない。原告の主張は採用することができない。 2 結論 以上によれば,本件特許権は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,原告は,被告に対し,本件特許権に基づき,その権利を行使することができない。 よって,原告の本訴請求は,その余の点については判断するまでもなく,いずれも理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 設樂隆一 |
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裁判官 | 鈴木千帆 |
裁判官 | 荒井章光 |