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事件 平成 13年 (行ケ) 255号 審決取消請求事件
原告 株式会社スーパーツール
訴訟代理人弁護士 松本司
訴訟代理人弁理士 森義明
被告A
訴訟代理人弁護士 青木俊文
訴訟代理人弁理士 水野喜夫
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/06/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が無効2000-35580号事件について平成13年4月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「敷鉄板吊上げ用フック装置」とする特許第2833671号(平成3年2月26日特許出願(以下「本件出願」という。),平成10年10月2日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は5である。)の特許権者である。原告は,平成12年10月20日,本件特許を請求項1ないし5のすべてに関し無効にすることにつき審判を請求した。特許庁は,これを無効2000-35580号事件として審理し,その結果,平成13年4月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年5月14日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 「【請求項1】吊上げ装置のワイヤー先端部に取付けられ,敷鉄板を吊上げるためのフック装置において,前記フック装置が, (i).先端部に脱落防止部(11),後端部にワイヤー固定部(12)を有するフック支持体(1), (ii).前記フック支持体(1)に接合ピン(2)を介して回動自在に配設されたフック(3), (iii).前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)と前記フック(3)の先端部(31)が略当接関係にあるとき,前記フック(3)の後端部(32)に係合して前記フック(3)を係止するための前記フック支持体(1)側に配設されたロック(4), 及び, (iv).前記フック(3)と前記フック支持体(1)は,前記フック(3)と前記ロック(4)の係合が解除されて前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたとき, (iv)-1.前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が,前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32)の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ, (iv)-2.前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と, 前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されること,を特徴とする敷鉄板吊上げ用フック装置。」(以下「本件発明1」という。) 「【請求項2】 ロック(4)が,フック(3)の後端部(32)に設けたフック側係止部(33)に対して,ロック(4)に設けたロック側係止部(41)を係合させる構成のものである請求項第1項に記載の敷鉄板吊上げ用フック装置。」(以下「本件発明2」という。) 「【請求項3】 ロック(4)が,フック(3)の後端分(32)に設けたフック側係止部(33)に対して,スプリング弾発力によりロック(4)に設けたロック側係止部(41)を係合させるものである請求項第2項に記載の敷鉄板吊上げ用フック装置。」(以下「本件発明3」という。) 「【請求項4】 フック支持体(1)を一枚の鋼板製とするとともに,フック(3)の後端部(32)を二股構造とし,前記二股構造のフック(3)の後端部(32)の間にフック支持体(1)の略中間部位を枢着したものである請求項第1項に記載の敷鉄板吊上げ用フック装置。」(以下「本件発明4」という。) 「【請求項5】 フック支持体(1)を所定の間隔をもった二枚の鋼板製とし,前記二枚の鋼板間でフック(3)の後端部(32)を枢着したものである請求項第1項に記載の敷鉄板吊上げ用フック装置。」(以下「本件発明5」という。本件発明1ないし5の全部をまとめて,「本件発明」ということがある。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,@本件特許は,平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項及び5項1,2号(以下,単に「特許法36条4項及び5項1,2号」という。)の規定に違反してなされたものとはいえない,A本件出願につきなされた平成10年7月23日付け手続補正(以下「本件補正」という。)は,本件願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「当初明細書」という。甲第3号証参照)の要旨を変更するものではなく,本件特許に係る出願日が平成3年2月26日から繰り下がることはないから,当初明細書の写しの1991年7月13日付けファクシミリ(審判甲第3号証,本訴甲第3号証)記載の発明を特許法29条1項1号の発明とすることはできない,として,原告主張の無効理由をすべて排斥するものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「4.本件特許発明」は認める。「5.甲第1〜9号証の記載事項等」(審決書5頁14行〜13頁1行)のうち,審判甲第1号証(本訴甲第10号証)の図1に「フック先端部31の内側に接して描いた線分」と「フック先端部31と対向するフックの内側に接して描いた線分」が略平行線をなすことが示唆されているとする点,同号証の図7に仮想略平行線が示唆されているとする点を争い,その余は認める。「6.対比,判断」(13頁2行〜17頁18行)のうち,「(1)第1の理由(特許法36条4項,5項違反)について」(13頁3行〜15頁13行)は,13頁6行ないし14行,13頁末行ないし14頁7行は認め,その余は争う。「(2)第2の理由(特許法29条1項1号違反)について」(15頁14行〜17頁18行)のうち,(イ)は争い,(ロ)は認める。(ハ)は16頁1行ないし15行を認め,その余は争う。
審決は,本件特許に係る明細書が特許法36条4項,5項所定の記載要件に違反するものであるか否かについての判断を誤り(取消事由1),本件特許の特許法29条1項1号該当性についての判断を誤った(取消事由2)ものである。これらの誤りが,それぞれ,請求項1ないし5のいずれに関しても,審決の結論に影響を及ぼすことは,明らかである。
1 取消事由1(特許法36条4項,5項に係る記載要件違反についての判断の誤り) (1) 審決は,本件発明の構成(iv),(iv)-1,(iv)-2は,@本件願書に添付した図面及び明細書(本件補正後のもの。以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明の段落【0006】に記載されていること,A第二実施態様の図である本件明細書中の図7(別紙図面1参照。以下,単に「図7」という。)に当業者が容易に実施できる程度に具体的かつ明確に示されていることから,本件発明は,発明の詳細な説明に,当業者が容易に実施できる程度に構成を記載したものでないとも,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものではないともすることはできない,と判断した(審決書13頁4行〜28行)。
しかしながら,本件明細書の段落【0006】は,本件発明の請求項1の構成をそのまま記載しているにすぎず,請求項に記載された構成の具体的な説明をしているとはいえない。
本件発明の請求項1ないし3は,いずれも本件明細書中の図1(別紙図面1参照。以下,単に「図1」という。)に記載された第一実施態様(以下,単に「第一実施態様」という。)にも図7に記載された第二実施態様(以下,単に「第二実施態様」という。)にも対応する請求項である。これに対し,請求項4はフック(3)を二股構造とする第一実施態様に対応する請求項であり,請求項5はフック支持体(1)が第二実施態様に対応する請求項であるから,請求項5以外は,第一実施態様を含む請求項である。
第一実施態様の図である図1には,その構成が当業者が容易に実施できる程度に具体的かつ明確に示されているとはいえないことは後記のとおりであるから,第一実施態様を含む請求項1ないし4については,第二実施態様の図である図7に,その構成が当業者が容易に実施できる程度に具体的かつ明確に示されているとしても,そのことから,その構成が当業者が容易に実施できる程度に具体的かつ明確に示されているということはできない。
(2) 審決は,第一実施態様を示す本件明細書中の図1(別紙図面1参照。以下,単に「図1」という。)について,フック(3)の後端部(32)が「二股構造」となっていることに関して,次のとおり認定,判断した。
「「二股構造」とは,二つに分かれた『末』の部分と二つに分かれた『末』の部分を統合する『もと』の部分を有する構造と解される。そして,当該構造を【図1】(判決注・本件明細書中の図1)に相当する見積図面(無効2000-35582号の甲第9号証)(判決注・審決書添付の参考資料2)に当てはめてみると,『見積図面の点線』の上部は,内部に空間を有する部位,すなわち,二つの分かれた『末』の部分であり,上記『見積図面の点線』より下部(ただし,背部は除く)は,二つに分かれた『末』の部分を統合する『もと』の部分であると認められる。つまり,「二股構造」は,フックの『見積図面の点線』の上部から上記『見積図面の点線』を越えて下方に延びた部分までを含む範囲に相当し,当該範囲がフックの「後端部」が示す範囲となると認められる。
上記見積図面のフックは,見積図面の点線の下方にまで及ぶ後端部に有しているから,【図1】で示されるフックも,『【図1】の線分A』の下方にまで及ぶ後端部を有していると認められる。『【図1】の線分A』下方の後端部は,フック先端部に対向する位置に存在しているから,当該『【図1】の線分A』下方の後端部の内側すなわちフックの後端部の内側に接して描いた接線は,フックの先端部の内側に接して描いた接線と,仮想略平行線を構成していると認められる。」(審決書14頁23行〜38行) しかしながら,「二股構造」が,二つに分かれた『末』の部分と,二つに分かれた『末』の部分を統合する『もと』の部分とを有する構造であるとしても,本件発明のフック(3)の後端部(32)が,なぜ,『もと』の部分である『【図1】の線分A』の下方にされるのかについては,審決は,理由を全く示していない。
審決が認定した「二股構造」を有する部分は,上記フックの『見積図面の点線』の上部から『見積図面の点線』を越えて下方に延びた部分までを含む範囲の部分に相当する。この範囲がフックの「後端部」が示す範囲となることを前提にしても,【図1】で示すフックの後端部は線分Aで屈曲しているから「前記フック(3)の・・・・後端部(32)の内側に接して描いた」線分には,『末』の部分の内側に接して描いた線分Bと,『もと』の部分の内側に接して描いた線分C(別紙図面2参照)とが存在することになり,特定されていないことになる。
本件発明の構成(iv)-1の仮想略平行線がどのように引かれるのかについては,本件明細書中のどこにも説明がない。
被告は,当業者が上記「線分C」のほかに「線分B」を描くことは,フック(部)の機能から蓋然性が極めて低いことである,と主張し,その理由として,フック(部),特にその開口部の大きさは,所定の吊上げ対象物の引っ掛け部との関連で意味をなすから,当業者は別紙図面2の線分Cを重視し,線分Bは念頭に置かない,と主張する。
しかしながら,「蓋然性が極めて低い」ということは,当業者も描く可能性があるということであり,一義的に明確とはいえないことを意味する。
本件明細書には,開口幅の狭小なことの問題点の指摘はあるものの,この開口幅とは,「フック先端部(31)と脱落防止部(11)の間に形成される開口幅」のことである。被告が主張するような「フックの開口部の大きさ」は,本件明細書には一切記載されていない。
2 取消事由2(特許法第29条第1項1号該当性についての判断の誤り) (1) 本件補正による要旨変更を認めなかった誤り(出願日認定の誤り) ア 審決は,当初明細書の【図1】,【図7】及びこれらの図について説明する段落【0008】,【0010】に,本件明細書の【図1】,【図7】,段落【0008】,【0010】と実質上同一の内容の事項が記載されており,本件明細書の【図1】,【図7】,段落【0008】,【0010】に記載されている本件発明の構成(iv)-1及び(iv)-2は,当初明細書に記載されていたと認められるから,本件補正は,当初明細書の要旨を変更するものではない,と判断した(審決書15頁16行〜27行)。
当初明細書の【図1】,【図7】及びそれらの図を説明する段落【0008】,【0010】に,本件明細書の【図1】,【図7】,段落【0008】,【0010】と実質上同一の内容の事項が記載されていることは,事実である。
しかしながら,当初明細書には,本件補正によって追加された(iv)-1,2の構成(前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が,前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32)の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と,前記仮想略平行線とが略平行になるように配設される構成)についての記載もこれを示唆する記載もなく,図面を見ても,仮想略平行線も,ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分も示されていない。
当業者といえども,このような当初明細書の記載及び図面(【図1】,【図7】)から,当然のこととして,上記仮想略平行線,及び,ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心とを結ぶ線分を描くなどということは,あり得ないことというべきである。
イ 本件補正のうち,「前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が,前記フック(3)の先端部(31)の内側・・・に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように」の構成を追加する部分は,「フックの先端部の内側が直線状となる」との構成要素を新たに追加したものである。フックの形状は,一般には先端部と後端部が絞られて,その各内側は湾曲した形状となっている。ある線が先端部の内側に接する仮想線であるためには,その線は,先端部の内側の任意の点で接すればよいから,このような先端部の内側が湾曲した形状では,仮想線の方向は定まらないことになって,どのような仮想線か特定できないことになる。フック先端部の内側が直線状でない限り,このような仮想線は引けない。
本件明細書には,「前記したように,本発明の敷鉄板吊上げ用フック装置は,敷鉄板の吊上げ作業において,フックの外れによる敷鉄板の転倒事故を防ぐことができるため,更に重量の重い敷鉄板からのフックの抜去作業が極めて容易であるため,現場での安全性と作業性を向上させることができるため,その意義は大きい。」(甲第10号証8欄19行〜24行)との記載がある。このような抜去作業が容易に行えるという作用効果は,フックの先端部の内側を直線状とする形状としたことにより奏する効果である。脱落防止部(11)とフック先端部(31)との開口幅を大きくしても,フックの先端部の内側を湾曲状としている場合は,抜去作業を容易に行うことはできない。
本件補正は発明の要旨を変更する補正であり,審決はこれを看過した結果,本件特許の出願日の判断を誤った。
(2) 当初明細書の写しのファクシミリ(審判甲第3号証。本訴甲第3号証)記載の発明の公知性 審決は,発明の内容が,発明者のために秘密を保つべき関係にある者に知られたとしても,特許法第29条第1項第1号にいう「公然知られた」ことには当たらず,この発明のために秘密を保つべき関係は,法律上又は契約上秘密保持の義務を課されることによって生じるほか,社会通念上又は商慣習上,発明者側の明示的な指示や要求がなくとも,秘密扱いとすることが暗黙のうちに求められ,かつ,期待される場合においても生じる,とした上で,被請求人(被告)が,本件特許の出願公開前に,請求人(原告)に対し,本件発明の実施許諾交渉の過程で,ファクシミリにより送付した当初明細書の写し(審判甲第3号証。本訴甲第3号証)について,請求人(原告)は,実施許諾交渉の決裂後においても,上記ファクシミリ中の当初明細書の記載内容につき秘密保持の義務を有していたと認められる,と判断した(審決書16頁16行〜17頁13行)。
しかしながら,このような基準を採用するなら,真実は秘密でないような情報の開示を受けた場合にも,その開示を受けた者は秘密保持義務を課せられることになる。不正競争防止法が,「この法律において「営業秘密」とは,秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないものをいう。」(同法2条4項)として,守られるべき営業秘密を限定していることにも,反することになる。
仮に,秘密か否かにつき問題があるなら,被告は,原告に対して,秘密保持契約の締結を要請すべきであった。
原告が被告から示された当初明細書記載の発明は,進歩性の欠如した内容の発明であり,開示を受けた者が秘密保持義務を課せられるような非公然性を有する内容のものではない。補正後の本件発明も進歩性の欠如する発明である。
本件出願より前である1989年(平成元年)11月に発行された米国法人ニューコ・マニファクチャリング・カンパニーのカタログ(甲第11号証。以下「甲第11号証刊行物」という。)には「ニューコ貨物用フックは,その開口部が全開されるように設計され,・・・フックを開くには,手動で圧縮バネを圧縮しなければならない。」との説明があり,さらに,サイズ毎に各部分の寸法データが一覧表として記載されている。原告が,このカタログに記載された図面と寸法データに基づき作成したのが,甲第12号証の図面(別紙図面5参照)である。
このように「開口部が全開されるように設計され,」と説明され,また,図面を参酌しても何らの回動係止手段もないことから,前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたときは,甲第11号証の第2図のように開くことが分かる。
本件発明の「フック(3)の後端部(32)の内側」が,どこを意味するのか争いはあるが,仮に「後端部(32)の内側に接して描いた」線分が別紙図面2記載のCの線分であるなら,甲第11号証刊行物には,本件発明において,補正により追加されたと同じ構成が開示されている。特に本件発明の第二実施態様(支持体が二股構造)と同じである。補正後の本件発明も進歩性を欠如する発明であるから,原告が秘密保持義務を課せられるような場合ではない。
審決が,上記ファクシミリ記載の発明の公知性を認めなかったのは,誤りである。
被告の反論の要点
審決の認定,判断は正当であり,審決に,取消事由となるべき誤りはない。
1 取消事由1(特許法36条4項,5項に係る記載要件違反についての判断の誤り)について (1) 本件明細書の段落【0006】は,その書き出しの部分から分かるように本件特許発明の必須の技術的構成を概説した部分であり,より詳細な説明は段落【0007】以降になされている。段落【0006】の記載内容が請求項1と全く同じであっても,そのことは,何ら本件明細書の記載不備に結び付くものではない。
(2) 審決は,本件発明の第一実施態様を示す【図1】のフック(3)の後端部(32)が「二股構造」であると認定し,次にこの二股構造がどこまで及んでいるかについて,【図1】に相当する『見積図面』(審決書添付の参考資料2),及び「二股(構造)」の定義(「広辞苑」参照)からみて,前記「二股構造」は『見積図面』の点線(「図1」の線分Aに相当する)の上部からこの点線を越えて下方に延びた部分までを含むと認定した上で(審決書14頁5行〜34行),認定した「フック(3)の二股構造の後端部(32)」の部位に基づいて,本件特許発明の「構成要件(iv)-1」,すなわち,フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32)の内側に接して描いた「仮想略平行線」が存在するのか否かを審理し(13頁29行〜32行),「図1の線分A」下方の後端部は,フック先端部に対向する位置に存在しているから,当該「図1の線分A」下方の後端部の内側すなわちフックの後端部の内側に接して描いた接線は,フックの先端の内側に接して描いた接線と,「仮想略平行線」を構成していると認定しており(14頁35行〜38行),何らの誤りはない。
「仮想略平行線」という用語自体に基づいて,フック装置に関係する当業者であれば,@フック(3)の先端部(31)の内側に接して描く線分と,A「フック(3)の後端部(32)の内側に接して描く線分とが略平行な関係にある一組のものを一義的に描くことができる。
原告主張のように,「線分C」のほかに「線分B」を描くことは,フック(部)の機能(吊上げ対象物を引掛け,吊り上げるという本来的な機能)からして描く蓋然性が極めて低いものである。フック(部),特にその開口部の大きさは,所定の吊上げ対象物(本件特許発明の応用分野である敷鉄板など)の引掛け部(例えば吊掛け用の穴部)との関連で意味をなすものであり,フック(3)の先端部(31)と線分Cの間の距離がフックの開口部の大きさを示し,これが吊上げ対象物の引掛け部(穴部)の大きさに合致することが大事であるため,当業者は,線分Cを重視するものであり,線分Bはフック(3)の先端部(31)との関係において全く意味のないものであるため,当業者は線分Bを念頭に入れないものである。このことは原告の製品パンフレット(乙第1号証)において,仮想略平行線が描かれていることからも明らかである。
本件発明において,「仮想略平行線」は,審決が認定したように特定して存在するものであり,かつ,その描き方は当業者において自明のことである。
本件発明の「仮想略平行線」は,当初明細書にもとから存在するものであり,審査経緯に照らしてみてもその存在が自明であることは明白である。
2 取消事由2(特許法第29条1項1号該当性判断の誤り)について (1) 本件補正による要旨変更を認めなかった誤り(出願日認定の誤り),の主張について 本件発明の構成要件(iv)-1及び(iv)-2は,当初明細書に記載されていたものであるから,本件補正により発明の要旨は変更されていない。
本件発明の技術的構成及び実施態様を説明する図1〜図6(第一実施態様を説明するための図)及び図7(第二実施態様を説明する図)は,出願以降,一切,その内容が変更されていない。
特許庁での審査過程において,本件発明と先行技術(特開昭55-82814号公報)記載の技術との間の,技術的構成やメカニズム(機構)における相違が説明され,これを基にして,本件補正がなされ,本件発明と先行技術との区別化(差別化)が図られたものである。当初明細書に記載された発明の技術的構成の内容は,本件補正により何ら変更を受けていない。要旨変更の問題が発生する余地はない。
原告は,本件補正により,「フックの先端部の内側が直線状になる」との構成要件を新たに追加したことになる,と主張する。しかし,原告のこの主張は,フックの形状は,一般には,「先端部と後端部が絞られて,その各内側は湾曲した形状」となっている,ということを前提とするものである。この前提自体が誤りである。フックの形状には,種々のものがあることは周知だからである(乙第3号証,第4号証の1ないし6,第5号証参照)。また,フック先端部の内側が直線状のものでない限り,「仮想略平行線」を引くことができない,との主張も誤りである。フックの先端部の内側が湾曲しているフックについても,仮想略平行線を特定して描くことができる。このことは,原告自身がフック先端部の内側が湾曲しているフックについて,仮想略平行線を特定して描いていること(乙第4号証の4,5。乙第4号証の5につき別紙図面3参照)からも,明らかである。
したがって,本件特許の出願日を本件出願日である平成3年2月26日であるとした審決の判断は正しい。
(2) 当初明細書の写しのファクシミリ(審判甲第3号証。本訴甲第3号証)記載の発明の公知性,の主張について 甲第8号証に示されているように,原告(審判請求人)と被告(被請求人)は,平成3年6月11日以来,本件発明の実施許諾について当事者間での話合いを重ね,その過程で,被告は,原告の要求に応じて,平成3年7月13日に,パテント料を試算するための資料として,特許出願書類を原告にファクシミリ送付したものである。
原告は,被告のアイデア(発明)に興味をもち,被告と委託製造や技術提携について話合いをし,さらにはパテント料の試算のために被告に特許出願明細書の提示を求めたものである。このような原告の行動の下で被告から得た発明に関する情報は,原告において秘密として保持すべきものであったというべきである。
当業者の技術水準を熟知しているフック装置の専門メーカーである原告は,被告から得られる本件発明に関する情報が高度な情報であると認識していたのであるから,それを秘密扱いにする義務を負う,とするのが相当である。
原告は,甲第11号証刊行物及びこれに記載された図面と寸法データを基にして作成した図面(甲第12号証)を提示し,本件発明の構成要件(iv),(iv)-1及び(iv)-2が開示されているから,本件発明は進歩性を欠如しており,原告において秘密保持義務を課せられるようなものではない,と主張する。
甲第11号証刊行物には,原告主張のように,@ニューコ貨物用フックは,その開口部が全開されるように設計されていること,Aフックを開くには,手動で圧縮バネを圧縮しなければならないこと,が開示されている。しかしながら,この安全フックは重量物の吊上げ時にケーブル・タックル(ワイヤー吊り道具)とともに使用されるものであること,周知のようにこの種のケーブル・タックルには種々の大きさのものがあること(したがって,大きなケーブル・タックルを使用したとき,フック開口部は,小さなケーブル・タックルを用いる場合に比較して相対的に狭まることになる。)などからみて,甲第11号証刊行物記載の安全フックにおいては,本件発明の構成要件(iv),(iv)-1及び(iv)-2の必要性(重要性)を明確に意図(認識)してはいないというべきである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(特許法36条4項,5項に係る記載要件違反についての判断の誤り)について (1) 審決は,「本件特許発明1〜5の構成に欠くことができない事項である,上記(C),(C)-1,(C)-2の事項は,少なくとも本件発明の第二実施態様及びその対応図面である【図7】に当業者が容易に実施できる程度に具体的かつ明確に示されている。」(審決書13頁17行〜20行)と認定し,このことを理由に,本件発明は,「発明の詳細な説明に,当業者が容易に実施できる程度に構成を記載したものでないとも,特許請求の範囲の記載が,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものではないとも,することはできない。」(審決書13頁26行〜28行),と判断した。
本件発明の特許請求の範囲中の,(C),(C)-1,(C)-2の事項は, 「(C).前記フック(3)と前記フック支持体(1)は,前記フック(3)と前記ロック(4)の係合が解除されて前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたとき, (C)-1.前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が,前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32)の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ, (C)-2.前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と, 前記仮想略平行線とが略平行になるように配設される」 というものである。
原告は,本件明細書は,上記の事項を具体的に実現する手段が記載されていないから,本件発明1ないし5について,発明の詳細な説明に当業者が容易に実施できる程度に構成が記載されておらず,特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項を記載したものでもない,と主張する。
本件発明の特許請求の範囲の記載だけでは,上記記載の技術的意義を一義的に明確に理解することができない。その技術的意義の理解に当たっては,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌する必要がある。
(2) 本件明細書(甲第10号証はこれに係る特許公報である。)の発明の詳細な説明中には,次の記載がある。図面として,図1ないし図7(別紙図面1参照)が付されている。
ア「【産業上の利用分野】本発明は,建設現場などの軟弱地盤の養生足場として使用される敷鉄板を吊上げるとき及び敷設するときに使用するフック装置に関する。更に詳しくは,本発明は敷鉄板を確実にかつ容易に引掛けることができるとともに,吊上げ時の落下の危険性を排除し,更に抜去が容易な敷鉄板の吊上げに専用に使用されるフック装置に関するものである。」(2頁3欄18行〜24行) イ「【従来の技術】・・・前記した作業に多用されているフックの構造をみると,フックはクレーンなどでフックが吊り下げられて敷鉄板の近くまで運ばれ,敷鉄板に通されたワイヤーを空中にあるフックに引掛けるようにして使用される関係上,搬送中の敷鉄板の落下を防止するために,即ち,フック部からワイヤー等が外れないようにするためにフック支持体に取付けられている落下防止板とフックとの開口幅は極めて小さく設定された構造のものが多用されている。このようなフックの構造は,もとより危険防止のために案出されたものである。
しかしながら,実際の現場作業においては,敷設されている重さが数トン(t)にも及ぶ敷鉄板にワイヤーを引掛け作業自体が極めて重労働であるため,いきおい,フックの引掛け部を直接,敷鉄板に穿設された穴に挿入し,吊上げるということが行われている。この場合,前記したように落下防止板とフックとの開口幅が小さいことから,フックを敷鉄板に穿設されている吊上げ用の穴に引掛けることが極めて困難である。即ち,敷鉄板のように地面に敷設された物を引掛けて吊上げる場合,引掛け時に前記した開口幅が小さいため,落下防止板が地面と当接してしまい,引掛けることが極めて困難である。そのうえフックを前記敷鉄板の穴に引掛けられたとしても,前記した開口幅が小さいため,脱着時にフックを敷鉄板から取り外すのに困難を来す。
このため,本来ならば,この種の敷鉄板の吊上げ及び敷設作業には落下防止装置のないフックを使用することが禁止されているが,多くの作業現場においては落下防止装置が無く,かつ開口幅の大きなフックが使用されているのが現状である。しかし,この種の作業に落下防止装置のないフックを使用した場合,相当に危険なものである。この点を具体的にみると,脱落防止装置の無いフックで敷鉄板を吊上げている時は外れる事はほとんど無いが,敷鉄板を地面に敷設する時,吊りワイヤーなどの緩みで吊上げ用の穴とフックの間に遊びが生じ,フックが敷鉄板の吊上げ用の穴から外れてしまうケースが多発する。前記したように,フックが敷鉄板の吊上げ用の穴から外れると,敷鉄板の転倒事故に繋がり,作業者は重さが数トン(t)にも及ぶ敷鉄板の下敷きになり死亡事故に至るという危険性がある。現実に,この種の作業現場においては,敷鉄板の転倒による死亡事故が多発しているのが現状である。」(2頁3欄26行〜4欄27行) ウ「【発明が解決しようとする問題点】本発明者は,前記した従来技術の問題点を解消すべく鋭意,検討を加えた。その結果,フックと一端部が脱落防止の機能を有するフック支持体とが回動自在に配設されたフック装置において,ロック解除したとき,ロック状態(フックの先端部がフック支持体の脱落防止部と一体的関係にあり,ロック状態を維持している状態)からフックを前記フック支持体の脱落防止部に対して略180゜,反転回動させるようにしたとき,即ち,フックと脱落防止部との開口幅を大きくしたとき,フックの引掛け部を地面に敷かれた敷鉄板の吊上げ用の穴に容易に引掛ける事ができ,また,脱落防止部が脱着作業時に地面などの障害にならず,フックの脱着作業を極めてスムーズに行うことができるということを見い出し,本発明を完成するに至った。」(2頁4欄29行〜43行) エ「【問題点を解決するための手段】(省略・請求項1記載のとおりの構成を採用したことが記載されている。)」(2頁4欄45行〜3頁5欄19行) オ「図1(判決注・別紙図面1参照)は,本発明の第一実施態様のフック装置の構造を説明するための正面図である。図示されるように,本発明の第一実施態様のフック装置の構造を説明するための正面図である。図示されるように,本発明の第一実施態様のフック装置(F)は,フック支持体(1),フック(3),ロック(4)の主要な構成要素から成る。フック支持体(1)は,先端部に脱落防止部(11),後端部にクレーン(C)の巻取機構に接続されたワイヤーロープ(R)を固定するためのワイヤー固定部(12)を有するものである。なお,図示のフック支持体(1)は一枚の鋼板製のものである。また,フック支持体(1)の略中間部位の脱落防止部(11)を突設させる部位には接合ピン(2)を介して回動自在にフック(3)が配設される。更に,フック支持体(1)には,該フック(3)の後端部(32)に当接して該フック(3)の回動を規制するロック(4)が,接合ピン(5)を介して回動自在に配設される。なお,図示のフック(3)は,その後端部(32)がフック支持体(1)の略中間部位に跨設されるように二股構造になっているものである。同様に,ロック(4)もフック支持体(1)に跨設されるように配設され,前記フック(3)の後端部(32)に当接する。図1のフック装置(F)のフック(3)は,敷鉄板(図示せず。)を吊上げるときの状態にある。フック(3)とロック(4)のロック状態は,フック(3)の後端部(32)に設けられたフック側係止部(33)と,ロック(4)に設けられたロック側係止部(41)の係合により達成される。そして,この状態で,フック支持体(1)の先端部の脱落防止部(11)とフック(3)のフック先端部(31)は,図示のように一体的関係をなし,敷鉄板がフック(3)から外れないようにされる。本発明のフック装置における最大の特徴点は,ロック(4)によりフック(3)とフック支持体(1)がロック解除されたとき,フック先端部(31)と脱落防止部(11)の間に形成される開口幅を大きくするようにフック(3)とフック支持体(1)が配置構成されるという点にある。図1には,フック(3)とフック支持体(1)がロック解除され,フック(3)がフック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して略180゜,反転した状態が示されている。即ち,図1は,ロック(4)をその自重にさからう方向に反転させてフック(3)とフック支持体(1)のロック状態を解除し,フック(3)を図示のように略180゜,反転回動させた状態のフック装置(F)をも示している。本発明のフック装置(F)において,極力,フック先端部(31)と脱落防止部(11)の間に形成される開口幅を大きくするということから,フック(3)の背部(34)が,フック支持体(1)の側部(13)に当接できるように構成される。このため,フック支持体(1)の構造上,フック(3)の反転回動を阻害するものは避けるべきである。図1の第一実施態様のフック装置(F)においては,前記開口幅を大きくする手段として,フック(3)の回動中心となる接合ピン(2)の配設位置とフック支持体(1)のワイヤー固定部(12)との間の距離を十分にとる手段が採用されている。なお,本発明のフック装置(F)において,前記したフック先端部(31)と脱落防止部(11)の間に形成される開口幅を大きくする手段は,前記したものに限定されず,後述するようにフック支持体(1)の構造をフック(3)の反転回動時にフック(3)を収納させてしまうように構成してもよいものである。
図2〜図6(判決注・別紙図面1参照)は,図1に示される構造のフック装置(F)の使用態様を説明する図である。・・・図3は敷鉄板(I)を吊上げる為にロック(4)を上に揚げてロック状態を解除し,脱落防止部(11)とフック先端部(31)を開口させている状態を示す。図4は脱落防止部(11)が地面(E)に当たること無く,敷鉄板(I)の穴(H)と地面(E)の間にフック(3)の先端部(31)を差込んでいる状態を示す。・・・敷鉄板(I)を敷設したあと,ロック(4)を上方に回動させてフック支持体(1)とフック(3)のロック状態を解除する。このとき,第4図に示されるようにフック支持体(1)の脱落防止部(11)とフック(3)のフック先端部(31)との開口幅を大きくさせることができるため,前記フック先端部(31)と脱落防止部(11)を地面(E)から容易に抜き取ることができる。・・・」(3頁5欄23行〜4頁7欄11行) カ「図7(判決注・別紙図面1参照)は,本発明の第二実施態様のフック装置(F′)の構造を説明するための正面図である。図示されるように,本発明の第二実施態様のフック装置(F′)は,フック支持体(1′),フック(3′),ロック(4′)の主要な構成要素からなる。フック支持体(1′)は,図示される形状の二枚の鋼製板から成り,フック(3′)を狭持するものである。フック支持体(1′)は,図1のものと同様に先端部に脱落防止部(11′),後端部にワイヤー固定部(12′)を有するものである。また,フック支持体(1′)の略中間部位の脱落防止部(11′)を突設させる部位には接合ピン(2′)を介して回動自在にフック(3′)が配設される。更に,フック支持体(1′)には,該フック(3′)の後端部(32′)に当接して該フック(3′)の回動を規制するロック(4′)が配設される。図示されるように,図7のロック(4′)の機構は,図1のものと比較してレバー式になっており,ロック(4′)の作動は,ロックレバー(41′)の操作により行われる。なお,本発明において,ロック機構は,図1,図7のものに限定されず,バネによる弾発力を利用したもの等,各種のものであってよく,その機構に何等の制限を受けるものではない。図7に示されるフック装置(F′)において,フック支持体(1′)とフック(3′)がロック(4′)によりロック状態にあるとき,フック(3′)の先端部(31′)はフック支持体(1′)の脱落防止部(11′)と一体的関係をなし,吊上げ対象物である敷鉄板(図示せず。)の外れを防止する。
また,フック支持体(1′)とフック(3′)がロック(4′)の操作によりロック解除されるとき,フック(3′)はフック先端部(31′)と脱落防止部(11′)の開口幅を大きくする方向に反転回動し,二枚のフック支持体(1′)の間に収納される状態に至ることができる。従って,図7に示される構造のフック装置(F′)においても,図1のものと同様に敷鉄板の吊上げ作業,脱着(抜去)作業を極めて効率的,かつ確実,安全に遂行することができる。」(4頁7欄17行〜8欄4行)との記載がある。
キ「【発明の効果】・・・本発明の敷鉄板吊上げ用フック装置は,脱落防止部とフック先端部の開口幅を従来よりも極めて大きくすることができるため,フックを敷鉄板に穿設されている吊上げ用の穴部(引掛け口)に極めて容易,かつ確実に引掛けることができ,また,吊上げ搬送中及び脱着時はフック先端部と脱落防止部が一体的にロックされているため敷鉄板がフックから外れず,更には敷鉄板からのフックの脱着は脱落防止部とフック先端部の開口幅が大きいため極めて容易に行うことができる。前記したように,本発明の敷鉄板吊上げ用フック装置は,敷鉄板の吊上げ作業において,フックの外れによる敷鉄板の転倒事故を防ぐことができるため,更に重量の重い敷鉄板からのフックの抜去作業が極めて容易であるため,現場での安全性と作業性を向上させることができるため,その意義は大きい。」(4頁8欄6行〜24行) 本件明細書の上記認定の記載によれば,従来,敷鉄板の吊上げ作業においては,フックの引掛け部を直接,敷鉄板に穿設された穴に挿入し,吊り上げるという方法がとられていたこと,この方法による場合,敷鉄板の落下防止に配慮して落下防止装置を備えた開口幅の小さいフックを用いると,地面に敷設された敷鉄板を引掛けて吊り上げる際に,落下防止板が地面と当接してしまい,引掛けることが極めて困難であること,フックを敷鉄板から取り外す際にも,フックの開口幅が小さいことから取外しが困難であること,このため,多くの作業現場においては,落下防止装置がなく,かつ開口幅の大きなフックが使用されており,このようなフックの構造のため,敷鉄板の敷設時に吊ワイヤーの緩みなどによりフックが外れて敷鉄板が転倒する事故が発生していたこと,本件発明は,このような問題点を解決するため,脱落防止部を備えたフック装置において,フックの先端部と脱落防止部の開口幅を大きくすることによって,敷鉄板にフックを引掛ける際に,脱落防止部が地面に当たらないようにしてフックの引掛けを容易にし,敷設後の敷鉄板からのフックの取外しも容易にできるようにしたものである,ということができる。
(3) 上記認定の本件明細書の記載及び本件発明の第二実施態様の正面図である図7(別紙図面1参照)が図示するところによれば,これに接した当業者が,フック(3)がフック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたときに,フック(3)の先端部の内側及び後端部(32)の内側に接した仮想略平行線,及び,これと略平行な,ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分を,一義的に描くことができることは,明らかというべきである。本件発明の構成に欠くことのできない事項である上記(C),(C)-1,(C)-2の事項は,少なくとも本件発明の第二実施態様及びその対応図面である図7に当業者が容易に実施できる程度に具体的かつ明確に示されている,とした審決の認定判断に誤りはない,というべきである。
(4) 審決は,本件発明の第一実施態様(後端部(32)が二股構造になっているもの。)の正面図である図1(別紙図面1参照)について,フック(3)の先端部の内側及び後端部(32)の内側に接して描いた仮想略平行線が存在しない,との請求人の主張に対し,「『二股』とは一般的に,「もとが一つで,末の二つに分かれたもの」を指すと認められる(・・・広辞苑・・・)。また,上記『二股』と同義である『二又』が,一つの状態である『もと』の部分と,間に空間を有して二つに分かれた『末』の部分と,から構成されるものであることは,当業者にとって技術常識である(「JIS用語辞典 機械編」・・・)。そうすると,「二股構造」とは,二つに分かれた『末』の部分と二つに分かれた『末』の部分を統合する『もと』の部分を有する構造と解される。当該構造を【図1】に相当する見積図面(判決注・審決書添付資料2)に当てはめてみると,『見積図面の点線』の上部は,内部に空間を有する部位,すなわち,二つに分かれた『末』の部分であり,上記『見積図面の点線』より下部(ただし,背部は除く)は,二つに分かれた『末』の部分を統合する『もと』の部分であると認められる。つまり,「二股構造」はフックの上記『見積図面の点線』の上部から上記『見積図面の点線』を越えて下方に延びた部分までを含む範囲に相当し,当該範囲がフックの「後端部」が示す範囲となると認められる。上記見積図面のフックは,見積図面の点線の下方にまで及ぶ後端部に(判決注・「後端部を」の誤記と認める。)有しているから,【図1】で示されるフックも,『【図1】の線分A』の下方にまで及ぶ後端部を有していると認められる。」(審決書14頁15行〜34行)ことを挙げた上で,「『【図1】の線分A』下方の後端部は,フック先端部に対向する位置に存在しているから,当該『【図1】の線分A』下方の後端部の内側すなわちフックの後端部の内側に接して描いた接線は,フックの先端部の内側に接して描いた接線と,仮想略平行線を構成していると認められる。」(審決第14頁35行〜38行)と述べた。
原告は,第一実施態様における後端部(32)の構造である「二股構造」が,二つに分かれた「末」の部分と,二つに分かれた「末」の部分を統合する「もと」の部分を有する構造であるとしても,フック(3)の後端部(32)の内側に接して描いた線分には,別紙図面2記載のとおり,「末」の部分の内側に接して描いた線分Bと「もと」の部分に接して描いた線分Cとが存在し得るから,後端部(32)の内側に接して描いた線分といっても,「もと」の部分に接して描いた線分に特定されない,と主張する。
しかしながら,本件発明の第一実施態様を示す図1において,フック先端部(31)の内側は直線状であるから,ここに接する直線は一義的に描くことができ,この直線と略平行な後端部(32)の内側に接する直線を描こうとすれば,それは,別紙図面2記載の後端部(32)の「もと」の部分に接して描いた線分C以外にはあり得ない。当業者が,このように,一義的に描くことができるフック先端部(31)の内側に接する直線に略平行な直線をフック後端部(32)の内側に引く場合に,平行とならないことが明らかな別紙図面2記載の線分Bの位置に描くことはあり得ないというべきである。さらに,構成(C)-2には,上記仮想略平行線は,ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と略平行になるように配設されるとされており,図1において,ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分を一義的に引くことができる。当業者が,この直線と略平行な直線をフック後端部(32)の内側に引く場合に,平行とならないことが明らかな別紙図面2記載の線分Bの位置に描くことはあり得ないというべきである。このように,本件明細書の記載及び本件発明の第一実施態様の正面図である図1(別紙図面1参照)に接した当業者は,フック(3)がフック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたときに,フック(3)の先端部の内側及び後端部(32)の内側に接した仮想略平行線及びこれと略平行なワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分を,一義的に描くことができるというべきである。これと同旨の審決の認定判断に誤りはない。
(5) 原告は,取消事由2の要旨変更に関する主張部分において,本件発明の構成中の,(C)-1の「前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が,前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32)の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように」の部分は,「フックの先端部の内側が直線状となる」との構成を示すものである,と主張する。これに対し,被告は,本件発明におけるフックの形状は,先端部の内側が直線状のものに限定されず,先端部の内側が湾曲しているものも含み,このような場合でも,上記仮想略平行線を特定することができる,と主張する。
しかしながら,別紙図面3記載のように,フックの先端部の内側が湾曲した形状では,内側のどの点をとるかによって,これに接する仮想線の方向は異なることになるから,ただ先端部の「内側に接した仮想線」といっただけでは,仮想線の方向は定まらないことになって,どのような仮想線か特定できないことになる。
本件発明の上記(C)-1の構成は,「フックの先端部の内側が直線状である」との構成を示すものと解釈すべきである。
前記のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明中には,従来,フックの開口幅が小さいと脱着時にフックを敷鉄板から取り外すのに困難を来すとの問題点があり,このような問題点を回避しフックの取外しを容易とするために,従来,フックの開口幅の大きなフックが使用されていたとの記載(上記(2)のイ),及び,本件発明においては,脱落防止部とフック先端部の開口幅を従来より極めて大きくすることができるため,敷鉄板からのフックの脱着を容易に行うことができるとの記載(上記(2)のキ)がある。これらの記載によれば,フックの開口幅が小さいと敷鉄板からのフックの脱着を容易に行うことができないことは明らかであり,本件発明の作用効果の一つであるフックの脱着(取外し)を容易に行うことができるようにするためには脱落防止部とフック先端部の開口幅を大きくするだけでなく,フック自体の開口幅を大きくすることが必要であることは明らかである。すなわち,本件発明は,開口幅の小さなフックを排除し,従来例として記載された開口幅の大きなフックを用いることを当然の前提とするものであることは,本件明細書の上記発明の詳細な説明の記載及び図1,7から自明なことであるというべきである。
本件発明におけるフックの先端部の内側の形状が直線状であるとの解釈は,本件明細書の上記記載にも合致するものである。
このような解釈は,本件発明の審査の過程で,原告が,拒絶査定に対し提出した意見書(甲第4号証)中において,拒絶査定において引用された発明と本件発明との差異を説明するために提出した参考第3図,第4図(別紙図面4参照)において,フックの先端部の内側の形状が直線状である本件明細書の図1,図7に仮想略平行線を引いた図面を用いて説明し,この説明を元に,本件発明の特許請求の範囲に構成(C)-1,2を加えることを内容とする本件補正がなされたこと(甲第5号証の1ないし3,第6号証の1,2)からも裏付けられる。
本件発明におけるフックの形状は,先端部の内側が直線状のものに限定されず,先端部の内側が湾曲しているものも含む,との被告の主張は,採用することができない。
被告は,原告自身がフック先端部の内側が湾曲しているフックについて,仮想略平行線を特定して描いている(乙第4号証の4,5。乙第4号証の5につき別紙図面3参照),と主張する。しかし,同図面のフック先端部の内側が湾曲しているフックにおいては,想定される仮想略平行線は,原告が同図面中に描いたものに特定されないことは,前記説示のとおりである。同図面の記載は,上記認定判断を左右するものではない。
(6) 以上のとおりであるから,本件明細書に特許法36条4,5項に違反する記載の不備はない,とした審決の認定判断に誤りはない。
取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(特許法29条1項1号該当性についての判断の誤り)について 原告は,本件補正により,本件発明の要旨が変更されたから,審決の出願日の認定は誤りである,と主張する。
しかしながら,本件補正は,当初明細書に記載されていた第一実施態様及び第二実施態様記載のように,フックの先端部の内側が直線状のもので,フックの先端部の内側とフックの後端部の内側に接して描いた仮想略平行線を一義的に引くことができるものに限定したものであり,このような発明は,当初明細書の記載から自明であるというべきことは,1で述べたところから明らかである。
原告の主張は採用することができず,その余の点について判断するまでもなく,取消事由2も理由がないことが明らかである(なお,原告は,この点に関し,当初明細書の写しのファクシミリ(審判甲第3号証。本訴甲第3号証)記載の発明の公知性について詳細に主張する。しかしながら,仮に要旨変更により本件発明の出願日が本件補正がなされた平成10年7月23日と認定されることになるとすると,当初明細書記載の発明が,それ以前に出願公開されたことは明らかであるから,当初明細書の写しのファクシミリに記載された発明の公知性を秘密保持義務との関係で論じたことは,本来必要のない議論をしたものと評価するほかない。)。
結論
以上のとおりであるから,原告の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他審決にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸
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